『対話を求めて』のこれまでとこれから

みなさんに大切なお知らせがあります。

もしかしたらこのブログが近いうちに一方的に閉鎖されるかもしれません。

ここで詳細を話すのは危険ですので控えますが、先日のように突然アクセス不可能になったらそういうことだと理解してください。これまでここに集まった「創価は宗教ではなく詐欺だ」という確かな証言の6年半の記録はネット上から消えてなくなるかもしれません。なんとかならないかと検討していますが、もともとこうした世界に疎い人間だし、なにぶん外国のサービスですのでうまくいきません。どなたかこのあたりのことに詳しい方がいらっしゃいましたら、コメントいただけると有り難いです。

もちろん最悪このブログが閉鎖されて過去の記録が消滅しても、別のブログサービスを使って『対話を求めて』は新たにスタートするつもりですので、そこは安心してください。緊急事態の時は、先日と同じく高倉先生のブログ『白バラ通信 パンドラの箱』にコメントさせていただきますのでよろしくお願いします。

このブログをスタートさせた6年半前とは違って、創価は確実に崩壊へまっしぐらに加速度をまして転がり落ちています。新入会員はほとんど見込めず、いたとしてもわけも分からず入会させられる高齢者ぐらいです。さらに現役会員も高齢化が進み、実際の活動家と言われる一人の会員に課せられる負担もどんどん大きくなっているようで、それが原因で覚醒して脱会する学会員も増えているようです。いずれにせよ創価学会は近いうちに機能不全を起こし、化けの皮が剥がれるでしょう。ですからこのブログがたとえ消滅したとしても、もう創価学会に未来などありません。例えば5年後、創価学会の活動家は半減しているのではないかと思います。地区単位の座談会がまともにできるのかどうか、聖教新聞の購読数もますます減るでしょうから、広告を掲載する企業も減っていくでしょう。もちろん会員が減るのですから財務の金額も減ります。集金能力と集票能力のない創価学会は外部の権力にとっても何の魅力もない老人集団でしかなくなると思います。そしてその後の5年で創価学会は存続不可となるのではないかと、個人的には期待しています。

で、この際ですので(笑)今回のテーマは「『対話を求めて』のこれまでとこれから」とさせていただきます。これまでの『対話を求めて』はみなさんにとってどのようなものであったか、そしてこれから先、この『対話を求めて』というブログはどのようにしていけばいいのか、みなさんからのご意見をいただきたいのです。私としては、これからも淡々とと言いますか、粛々と言いますか(笑)この形で続けていければと思っていましたが、こうした事態に遭遇して、また違った形での展開もあり得るのではないかなどとも考えます。

この場の『対話を求めて』がどれくらい保つかは全くわかりませんが、みなさんのご意見をいただけるとありがたいです。

 

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結婚相手が創価だとわかったみなさんへ

創価は最初から単なる詐欺集団として発足しました。それが池田大仏の代になって超極悪詐欺集団として巨大化していきました。そこに宗教的要素はこれっぽっちもありません。もともと宗教なんかじゃなかったのです。創価をやる前は、エロ本販売だったりサラ金の取り立て屋だったりして、いかに楽して金儲けをするかしか考えていなかった連中です。だから日蓮正宗は最初から利用されただけでした。でも日蓮正宗としても黙っていても会員から騙しとったガンガンお金が回ってくるものだから、金に目のくらんだ日蓮正宗は創価に対して何も言えなかった。日蓮正宗は未だにそのことに対する謝罪などしてませんよね。その後、創価の傍若無人があまりにも目に余るようになり、日蓮正宗も創価と組む旨味がなくなり破門することにした。表向き、創価学会は日蓮正宗の信徒団体として発足したのだから、少しでも創価学会が宗教であるならばその時点で解散せざるをえなかったのですが、もともと創価学会は日蓮正宗を最初から利用した金儲けでしかなかったので、今度は日蓮正宗とはまったく関係のない新興宗教団体として生き延びることになったわけです。とにかくお金儲けのためにはなりふり構わずなんでもやってきたのが創価学会であり、その本質は今も変わっていません。表向きは新興宗教団体として宗教法人格を継続したまま、今も非課税で会員からのお金を騙し取り続けています。創価が宗教を装う理由の一つは、宗教的な功徳や罰の話で会員を思考停止にさせることと同時に、宗教法人格でいることで、会員から騙しとったお金の集取報告をする必要もなければ、税金を納める必要もないという、まさにやりたい放題にできる夢のようなシステムだからです。だからこそ、宗教法人格にも課税をすることがないように、公明党は自民党の言いなりになってどんな無理難題も通すようにしています。現在は会員が急速に減り続けているとはいえ、600万票以上の集票能力のある思考停止集団ですので、表向き自民党であるところの勢力はまだまだ利用し続けると思われます。ただもうこれからの10年先はどうなるかわかりません。創価の衰退ぶりはますます加速度を増していくでしょうし、創価が会員から騙し取れる金額も、どこかの時点で経費を下回ったりする時がくるでしょう。確かな根拠などはありませんが、個人的にはなんとなくこの10年が創価の潮時ではないかと思っています。もちろん、オウム真理教のように超カルト化した部分で残ったりするのかもしれませんが、創価の終わりは、創価を利用してきた勢力がどの時点で見放すかだと思っています。ダーハラなどかろうじて首の薄皮一枚でつながっているようなものだと。権力の裏側の使いっ走りといったところでしょうか。
創価は裏の世界にも通じています。暴力団でさえ顎で使っていました。だから希望様の言う通り、暴力団とは比べ物にならない超極悪非道集団なんです。というより裏の世界ではもっと大きな極悪権力に利用されているといったほうがいいのではないでしょうか。もうそのあたりになると、私たちのような一般市民には手の届かないところですので言及はしません。したところでなんの意味もないでしょうから。
とにかくここでは創価学会は宗教ではなく、暴力団も呆れるほどの極悪非道の詐欺集団であるという認識が大切だということです。「創価にもいいところはある」などといった話はまだ洗脳されている人間の言葉です。あるいはそれは創価にいいところがあるのではなくて、騙されている会員の個人的な人間性をさしていうことでしょうから、それと創価の本質をはき違えてはいけないと思います。
創価をやめたくてもやめられない。その理由の多くは年老いた創価脳の親に言って嘆き悲しませたくない。言ったところでわかるはずもない。そうした悩みでもがいていらっしゃる方が本当に多いと思います。なので創価がどんなに人を不幸にしていても、それを止めることができなかったり、自分自身が脱会することすらできないでいるというのが現実です。創価学会というのは本当にどこまで人間を不幸にしてしまう犯罪集団なのでしょう。
また、結婚を決めている相手が創価学会員だとわかって、創価学会がどのようなものかを知りたくてこのブログにたどり着いたみなさん。創価学会は宗教でないことは当然ですが、創価学会にちょっとでも関わると大変なことになります。「宗教は個人の問題だから、個人の意思を尊重する。相手がしたいと言えばそれはそれでいいのではないか。自分は自分の考えでするしないを決めればいい」などと思うのが普通の人間の考えでしょうが、残念ながら創価にそんなものは通用しません。まず第一に創価学会は宗教ではありません。ここを勘違いすると大変なことになります。そして創価の人間と結婚すると、必ず信仰しろと強制してきます。その強制の仕方が常軌を逸しています。めちゃくちゃなんです。そこには信教の自由はもちろん、基本的人権さえ存在しません。ここは日本だというのに、信教の自由も基本的人権も皆無です。もう8年も姿を見せない池田大作のために、人生のすべて(財産も時間も人間関係も)を捧げなければ地獄に落ちると死ぬまで脅され続けます。ちょっとでも批判するとすぐに幹部がやってきて徹底的に恐怖を植え付けます。それでも逆らえば「あの人は頭がおかしくなったから相手にしないように」とふれまわります。さあ、こんな気狂い集団に従わなければならない人生を選択するのかどうかです。もちろん恋愛も結婚も個人の自由です。しかしそこに創価がちょっとでも関わってくると個人の問題だけでは済まなくなるのです。そして創価は一般常識など全く通用しない世界です。だからそれでも創価の人間と結婚したいと思うのであれば、それ相当の覚悟は必要だと思います。ある意味、暴力団の娘と結婚するとか、暴力団員の妻になる覚悟があるかどうかよりも大変な選択だと思います。

ということで、今回のテーマは、このブログが始まってから再三問題として上がってくる、創価学会員との結婚についてを取り上げます。題して「結婚相手が創価だとわかったみなさんへ」です。これは親が創価脳なので自分もやめられないと言った問題と同様に、とても深刻な問題です。実際に創価の人間と結婚してどんな問題が出てきたのか。逆に創価だった自分が外部の相手と結婚してどうなったのか。あるいは創価の人間と結婚しようとしてどうなったのか。などなど、どちらかが創価であるがゆえに結婚できなかった、結婚してもうまくいかなかった、別れるし開かなくなった、家族が崩壊した。これまでに様々なケースがこのブログに寄せられました。ここでまた、あらためて創価であるがゆえの結婚問題を取り上げたいと思います。思い出すだけでも嫌な気持ちになる方もたくさんいらっしゃると思いますが、これから創価の彼氏彼女との結婚を考えるにあたってのアドバイスをお願いします。

なぜ創価学会をやめられないのか

世界中のどんな宗教よりも正しい、いや、この宗教以外では幸せになれない。なれないどころかこの宗教以外を信じているから不幸になる。この宗教を疑ったらとんでもなく不幸になる。だからこの宗教を疑うことなく、新聞をたくさんとって、会員を増やし、公明党の票を集めるだけ集め、年中会合をやり続け、年末にはありったけのお金を創価に貢ぎなさい。そうすれば必ず幸せになれる。これまで創価学会はそうやって会員を騙くらかしてお金を吸い取ってきました。多くの人の人生を食い物にして大きくなりました。日蓮本仏論はそんな騙しのためにぴったりだったんですね。ちょっと考えればこんなものは詐欺だとすぐにわかりそうなものなのですが、人間というものは不思議なもので、一旦信じてしまうと、それがどんなにつじつまが合わなくても信じてしまうものなんですね。要はうまい話につられて信じてしまう。一旦信じたら、疑わないように脅しまくればいつまでも騙される。「この信心だけが幸せになれる。御本尊にお題目を唱えるだけで、どんな願いも叶う」こんなとんでもなくうまい話にまんまと乗せられて、結局は信じていない人よりも明らかに不幸になっていることにも気づかないいで人生を無駄にしてお金を出し続けているのが学会員です。

ところが正しい宗教だと思い込んでいた創価が、何かがきっかけで実は悪どい詐欺だと気づいたからやめる。これはもっともな話なんですが、そのもっともなことができない状況にあるということが、これまた大きな問題としてあります。

前にも書きましたが、本人がやめると決心した時点で、本来ならばもうそれは「脱会成立」なんです。少なくとも日本に住む日本人であるならそれは誰も妨げることはできません。総理大臣だろうが警視総監だろうが最高裁の裁判官だろうが、たとえ天皇であっても個人の信教の自由(もちろん信じないことも含めて)を妨げることはできません。そんなことをすれば法律で罰せられるのが日本という国です。日本国民は信教の自由が保障されているんです。だからこそ本人が「創価学会やめました」と言えば、誰がなんと言おうとその瞬間からその人は学会員ではありません。まずそこははっきりと認識することが大前提です。

もし創価をやめたいと幹部に言ったとして、その幹部が「そう簡単にはやめられないんだよ」と言おうものなら、日本ではありえない人権侵害行為として訴えることができます。だから「私がやめたいと言っているのに、組織がやめさせないというのであれば警察に被害届を出します」と言っていいんです。「ちゃんと書類を本部に出して、本部から連絡があって、幹部が面接をしてから認められないとやめることはできない決まりになっている」などという幹部もいたりしますが、そんなものはデタラメです。それは簡単にやめさせないようにするための勝手な口実でしかありませんから、そんなものを真に受ける必要はありません。幹部が家庭訪問して話をする義務などないんです。御本尊を返却したりする必要もありません。別に借りているわけではありませんから(笑)。お金を出して買わされたものです。

いやそんな筈はないと思われるなら、いちど学会本部に電話して聞いてみてください。「創価学会を退会するには、幹部の面接を受けたり、御本尊を返却しないとできないんですか?」と。

あと気になるのは統監カードですよね。脱会して地区の責任者が統監カードをちゃんと廃棄してくれるかどうか。その個人情報は本部にもあるのかどうか。その辺りはわかりません。ただ本部としては会員はただの「金ヅル」でしかありませんから、お金を出さない会員の個人情報など何の意味もないですので、本部がどこまで管理しているのかはわかりません。要は本人の気持ちの問題ではないかと私は思います。性格的にきっちりしないと気が済まない人は、脱会時に御本尊を本部に送りつけ、統監カードもどうなるのかを確認すればいいと思います。ちなみに私の場合は支部幹部に「創価学会をやめます。今月末で新聞も止めてください」の一言で終わりました。その後は選挙の時に投票依頼に来たことがありますが、信心云々の話をしたことはありません。もちろんこれは周りの学会員の状況によって違うと思います。

問題は、創価脳の家族がいる場合です。これが一番厄介だと思います。自分がやめようものなら、親が半狂乱になって止めにかかる。それこそ狂ったように朝から晩まで仏壇の前に座り続けて唱題する。やめるなら家を出ていけと言い出す。妻や夫が離婚を口にする。色々とありますが、これが原因で「やめたくてもやめられない」と言う覚醒後の学会員さんもかなりいらっしゃるようです。もうそこは「創価脳の親が死ぬまではやめられない」と諦めている方も多いですよね。たとえ親であろうと創価脳である限りまともに話ができるわけはないです。それはこのブログに寄せられたみなさんのコメントからもよくわかります。なにしろ創価をやめたら地獄に落ちるという脅しに怯えきっています。大切な家族を地獄に落とすわけにはいかないと創価脳も必死ですからね。

さて、今回のテーマは、あらためて「なぜ創価学会をやめられないのか」とします。つまり創価が詐欺だと気づいても簡単にはやめられない現実。それも相当な辛い現実です。そのことをあえて問題提起できればと思います。創価学会員であるということは、客観的に見ればどう考えても不幸でしかありません。でも創価脳本人は自分がそうやって不幸な人生を歩まされていることに気づかないどころか、これこそが人間の幸福だと思い込まされいるんです。でもその間違いに気づくには一筋縄ではいきません。そしてたとえ気づいても家族が創価脳である限りは簡単にはやめられないんです。これこそ本当に地獄です。創価脳はこの地獄を天国だと信じているんですからね。そこに自分で気づくしか解決の道はないと思います。

ということで、このスレッドでは、みなさんの脱会にあたっての経緯や、その時の周りの学会員の対応や、創価脳の家族の対応、あるいは自分より先に覚醒した家族の様子など、いろんな場合があると思いますので、脱会できている人、まだできないでいる人も含めて、創価を脱会するにあたって実際にどんな状況なのかを知ることができれば、脱会できないで悩んでいらっしゃる方の有意義な情報となったり、勇気を出して脱会できるきっかけにもなるのではないかと思います。みなさんの体験コメントをよろしくお願いします。

 

学会員さん、幸せですか?

日によっては夏のような陽気となりましたね。

ゴールデンウィークも間近で、日本の多くの家族や恋人たちも、旅行や野外ライブやキャンプやらと楽しい計画を立てていることだと思います。

創価学会では5月3日は「創価学会の日」。戸田と池田大仏の会長就任の記念すべき日なんだそうです。今はどうなのか知りませんが、昔の学会員は毎年この日に結集を迫られて行楽だ家族旅行だなどと言ってる場合ではありませんでした(笑)。

ところで学会員さん、幸せですか?

創価学会員にとっての幸せって何でしょう?

「永遠の師匠池田大作先生のお役に立てる人材となって広宣流布目指して活動に励むこと」ですか?

活動に励むというのは、聖教新聞を何部も購入して、毎年の財務にありったけのお金を収めて、座談会だ協議会だと仕事も家事も子育てもそっちのけで組織活動に没頭することでしょうか?それが世界平和につながると本気で信じているのでしょうね。

創価学会が発足して88年経つそうですが、創価学会のおかげで世界は平和になりましたか?

88年経った今でも、世界には創価学会ではない人がほとんどです。

あと何年経ったら創価学会が世界を平和にしてくれるのでしょうか?

どんなに生活が苦しくても、借金してでも創価にお金を差し出しながら、家庭を顧みず、自分の時間の全てを創価に捧げること。選挙が近づいたら、公明党が何をやっているのかもろくに知らないで、とにかく公明党の票を集めたら功徳があると信じて、なりふり構わず知り合いに投票依頼に駆けずり回って友人をなくしているんですよね。

それのどこが世界平和と関係あるんでしょうか?

近所の人からも「あそこは創価だから」と変人扱いされて、当たり障りのない近所づきあいしかされない。

仕事場では活動があるので残業もしない、親戚を何人も殺して忌引きをするので仕事場での信用もない。

これが創価学会員にとっての幸せなんですよね。それにこれをやらなかったらどんな不幸が待ち構えているかわからないという恐怖に怯えながら、必死で勤行唱題するんですよね。何も考えずに唱題をすることで、沸き起こる余計な疑問を無理やり振り払う日々。「創価の言うとおりにすれば必ず幸せになれる。自分の子どもも創価の信心をさせることが最高に幸せなことなんだ」と無理やりにでも活動させる。しなかったら「親子の縁を切る」と言ってでもさせる。それが創価学会員にとっての幸せなんですよね。一般の人たちとはずいぶん「幸せ」の内容が違っていますが、それこそ創価学会員であることの誇りなんですよね。

創価学会員さんは幸せになりたいがために毎日勤行唱題をし、会合に参加し、アポなしの家庭訪問をしたりされたりの日々。人によっては新聞配達や集金業務までタダ同然でさせられ、選挙のたびに自腹を切って投票依頼に県外にまで出かけていく。そして年末には「お金を出せば出すほど幸せになれる」とさんざん言われて「ここで思い切って3桁をやりきって過去世の宿業を切るんだ。お金は何倍にもなって返ってくる」などと適当なことを言われてその気になって気がついたらスッカラカンになる。

学会員さんの幸せって客観的に見るとそういうことなんですが、それでも本人は「この信心に出会えて最高に幸せだ〜!」と思っているんですよね。自分よりも幸せな人を見ても「いつか不幸になる」と他人の不幸を願っているんですよね。そして「いつか自分は幸せになれる」といつまでも幸せになれない自分に言い聞かせている。これが多くの学会員さんの幸福論なんですよね。

学会員さん、幸せですか?

いつか幸せになれると思っているのですか?

創価をはじめて何年になりますか?

まだ幸せになれませんか?

いつなれそうですか?

創価でないと幸せになれないと思っているのはなぜなんですか?

創価で幸せな人を見たことがありますか?

創価でない人でも幸せな人がいっぱいいますよね。

そんなこと考えたことないんですよね。

考えちゃダメだって言われてますもんね。

この仏法は凡夫の我々がはかりしれないのだから、我見で判断すると地獄行きだぞと脅されますよね。

でもですよ、

自分が幸せかどうかも自分で考えちゃいけないって言うのが、本当に仏法なんでしょうか?

創価でない他人の不幸を思わず願ってしまうあなたは幸せになれるんでしょうか?

それは本当に正しい仏法なんでしょうか?

あ、考えちゃダメだから考えないんですよね。

自分で考えないのが世界で唯一正しい仏教だというのが創価の教えなんですもんね。

創価の言うとおりにして、自分では何も考えずに、お金を出せば出すほど幸せになれると信じて生きることが最高の幸せなんですね。

つまり家庭も仕事も隣近所の人間関係も顧みずに一心不乱にお題目を唱えて、創価の活動をして、お金を創価に貢ぎ続けている今の自分こそが最高に幸せだというわけですね。

創価である以上、今のあなたが最高に幸せなのであれば、これ以上の幸せはないということですよね。

世の中の誰よりも幸せな人たちの集まりが創価学会だというわけですね。

創価学会の人以上に幸せな人はこの世に存在しないという創価の教えを何も考えることなく信じているのが創価学会員ですからね。

で、学会員さん、幸せですか?

ということで、今回のテーマは5月3日の「創価学会の日」を目前に「学会員さん、幸せですか?」とさせていただきます。このテーマを考えたのは、学会員さんに何を訊いても創価から言われたことをそのまま繰り返すばかりだからです。学会員さんは自分が幸せかどうかなんて、自分でも気づかないうちに考えなくなっているんですよね。この信心に出会えたということでものすごい功徳だと植えつけられています。いいことがあったら信心のおかげ。悪いことがあったら自分の信心が足りない。というふうにしか考えられなくなる。おそらく「幸せですか?」と訊いたら「幸せです」と答えるでしょう。本当に幸せかどうかは恐ろしくて考えることができなくなっています。「あれ?本当に幸せなのかな?」って思うだけでバチが当たるかもしれないと背筋が凍りつくのです。

自分の幸せについて自分で考える。この人として当たり前と思われることができなくなっていることに気づいて欲しいんです。だからちょっとでもいいから自分で考えることから逃げないで欲しいんです。

ちょっとでも自分や家族の幸せについて考えることができたら、創価が宗教なのか、ただの金目当ての詐欺なのかがすぐにわかります。きっとわかることが怖い学会員さんもいると思います。でも真実は一つです。残念ながら創価学会は詐欺だったんです。最初から会員を騙してお金を巻き上げることが目的の詐欺集団だという真実に目を向けて欲しいと思います。

学会員さん、幸せですか?

 

 

自分で考えるとバチが当たるから怖いと思っている学会員さんへ

「こんなに世界に広まっているほど大きな宗教団体が詐欺なわけない」

きっとダーハラ会長は会員にそう思わせたいがために、何かにつけて世界、世界と繰り返しているのでしょう。それに国内の創価の現状は会員自身が知っているので、広まっているなどと言っても現実とはあまりの違いに疑うんじゃないかとの危惧もあるのでしょう。ならば会員を煙にまくには確かめようのない外国の学会員の様子を嘘八百言うしかないと思ったんでしょうね。それにこのブログをはじめ、ネット上には隠しようのない創価の事実が溢れているし、もはや見るなというのも無理がありすぎる。だったらネット上に書いてあるのはみんな嘘だと言うしかない。顔を真っ赤にして世間を嘘つき呼ばわりするしかない。まあ、そんなところなんでしょうね。


創価が本当に世界に広まっているのであれば、会員が「こんなに世界に広まっているほど大きな宗教団体が詐欺なわけない」と思って当然ですが、どう考えても創価学会は世界に広まっていないという客観的事実があります。しかし学会員さんはこの客観的事実を見ようとしません。なぜ見ないのか。見るとバチが当たるぞと脅されているからです。

このブログにある27,000以上もの創価経験者による「創価学会は詐欺でした」というコメント。この事実を前にして、どうやったら「詐欺ではない」という結論に辿りつけるというのでしょう。学会員さん、創価学会は詐欺ではないわけがないんです。でもそんなこと信じられませんよね。考えもしないから信じられるわけもないですよね。そう考えもしないのはなぜかということを、一度でいいから考えてみてください。あ、無理ですかね。自分で考えようとしない人に考えろって言っても無理ですよね。学会員さんにとって「自分で考えること=恐ろしい」ですからね。ただただ「こんなに世界に広まっているほど大きな宗教団体が詐欺なわけない」という漠然とした思い込みだけで創価は正しいと思っているんですよね。違いますか?

例えば創価は世界に広まってはいません。池田大作も元気なんかじゃありません。原田会長は「いよいよ創価学会は世界宗教となった」などと会員に嘘をつき続けています。「先生はお元気です」と会員に嘘をつき続けています。

では私がなぜはっきりと原田会長は嘘をついていると言えるのかを説明しましょう。

まず学会員さんに訊きます。いま現在、創価学会の会員は何人いるんですか?

誰も知りませんよね。827万世帯ですか?いったいいつから827万世帯と言ってますか?創価学会はなぜ会員数を人数ではなく世帯数でしか発表しないんですか?その理由を会員さんは知りません。世界にまで広まっていると言いながら、少なくとも10年以上はこの827万世帯という数字ですよね。また、原田会長は会合のたびに創価がどんどん広まっていると言っているのに、公明党の得票数(参議院全国区得票数)が選挙のたびにどんどん減っているのはなぜですか?会員が増えているのであれば、公明党の得票数が減るのはおかしいですよね。でも学会員さんはおかしいと思わないんです。なぜ思わないのか?考えないからですよね。考えないから疑問も持たない。創価が何を言っても、そのことに対して自分で考えたりしないから疑問を持つわけありませんよね。ちょっとでも自分の頭で考えれば、創価学会の会員数が増えているのであれば、公明党の得票数も増えるのに、実際には減ってるのはなぜなんだろう?と考えるのが当然です。公明党の得票数は現実には減り続けています。それもすでに700万票を切りました。公明党の得票数が、創価学会の世帯数よりも100万以上も少ないんです。なぜなんですか?選挙の時にあれだけ票をかき集めているにもかかわらず、学会員の世帯数よりも100万票以上も少ないというのに、学会員さんはそのことに対して何の疑問も感じないんですよね。そして創価は世界に広まっているという原田会長の言葉をそのまま鵜呑みにしている。

学会員さん、それでも創価学会は拡大していると言える根拠は何ですか?それとも日本の創価学会員だけが減っていて、日本以外で広まっているんですか?見たことあるんですか?外国の学会員は170万人だと副会長がテレビで言ってました。外国の会員数は言えるのに、肝心の日本の学会員の数はいつまでたっても827万世帯としか言わないのはなぜなんですか?学会員さんは知りませんよね。知らされませんからね。知らないから答えられませんよね。創価学会の会員さんは、自分が所属している創価学会に何人の会員がいるのか誰も知らないんです。なのに「創価学会は世界に広まっている。いまや世界一の宗教だ」などと何の根拠もないのに思いこまされているんです。


いま世界の人口は約746400万人だそうです。そこからいまの日本の人口約1億2,700万人を引くと約733,700万人が外国人ということです。副会長によればその中の170万人が創価学会員なんだそうです。つまり外国には約733,530万人の創価学会ではない人がいるということですよね。外国の創価学会員は0.023%ということです。ちなみにキリスト教徒は225400万人 33.4%、イスラム教は15億人 22.2%、ヒンズー教は91360万人 13.5%、仏教徒は38400万人 5.7%です。言っときますが創価は仏教ではなく幸福の科学や世界平和統一家庭連合(昔の統一教会)やオウム真理教と同じ新宗教です。世間一般の認識では創価学会は仏教ではないことを知っていましたか?
さあ「創価学会が世界に広まっている」という原田会長の言葉は、何を根拠に言っているのでしょう。学会員さん、答えられますか?外国の約733,700万人のなかの170万人が創価学会員だと「創価学会は世界宗教だ」ということになるのでしょうか?しかもこの外国には170万人の創価学会員がいるという話の根拠など何もありません。創価が勝手に言っているだけです。客観的な証拠などどこにもありません。
私がここで何を言いたいのかというと、学会員さんに何の根拠もないことを勝手に思い込んでいる自分というものに気づいて欲しいということです。創価は世界に広まっていません。なのに学会員さんは広まっていると思い込んでいる。そうです。何の根拠もないことを思い込んでいる自分に気づいてほしんです。


では「先生はお元気です」と原田会長は本幹やなんちゃら総会のたびに言ってますが、この8年間、池田大作が歩いたり喋ったりしているところを見たという学会員さんが一人でもいますか?いませんよね。元気に全国の会員を激励に飛び回っているという人間が、8年間も誰も見られずに生きていけるものでしょうか?学会員さんは何を根拠に「元気です」という言葉を信じているのですか?ただ言われるからそう思っているだけですよね。別に池田の元気な姿を見たわけでもない。歩いたり喋ったりしている映像も、この8年間、ただの一度もない。なのに毎日のようにメッセージやらエッセイやら短歌やらを書いては、会合で誰かが読み上げている。自分が書いたはずのメッセージなのに、自分で読んだ音声が流れることもただの一度もありません。8年ですよ。ただの一度も声ひとつ聞いたものがいないのに「先生はお元気です」と信じるほうが不自然だとは思いませんか?思わないですよね。思ったらバチが当たると信じてますからね。その「バチが当たる」って何を根拠に信じてるんですか?いったいどこの誰が言ったんですか?法華経に書いてあるんですか?日蓮が言ったんですか?戸田は言ったかもしれませんね。池田も言ったかもしれません。戸田や池田は仏様ですか?全知全能の神様ですか?(笑)学会員さんは何を信じているんでしょう?8年間も誰も見たことのない人間を「元気です」と言われただけで信じてしまう自分ってやばくないか?って普通なら思うはずなんですが、学会員さんは「バチが当たる」と思うと恐ろしくて考えることもできないでいるんですよね?


さて、話を元に戻します。
創価学会は決して世界に広まってなんかいません。いろんな客観的な事実がそれを証明しています。でもそんな事実など見向きもせずに「こんなに世界に広まっているほど大きな宗教団体が詐欺なわけない」と勝手に思い込んでいるのが創価学会員さんたちだということもわかりますよね?あ、わかりませんか。そうですか。
原田会長の「先生はお元気です」というのは何の根拠もない大嘘です。いろんな客観的な事実がそれを証明しています。でもそんな事実など見向きもせずに「先生はお元気です」と勝手に思い込んでいるのが創価学会員さんたちだということはわかりますよね?あ、わかりませんか。そうですか。わかるのが怖いから考えないようにしてるんですよね。いやいや、自分で考えないから、自分が考えてないことすらわからないんですよね。

ということで、今回のテーマは「自分で考えるとバチが当たるから怖いと思っている学会員さんへ」とさせていただきます。前々スレで「創価をやめてバチが当たりましたか?」というテーマにたくさんの創価経験者が全員「創価をやめてもバチなど当たりませんでした」と断言されました。当たり前です。創価は詐欺なんですからバチもへったくれもありません。でも学会員は創価は正しい仏教だと信じていますから、バチが怖くて自分で考えることすらできなくなっていて、自分で考えることができなくなっているという自覚も持てなくなっています。ちなみに仏教に日蓮本仏論もなければ罰論もありません。さらに創価学会は仏教ですらありません。


新入信者が激減し、従来の会員も高齢化し数も少なくなっている。もはや衰退の一途を辿るしかない今の創価学会の最後のあがきが「創価は世界に広まっている」「先生はお元気です」の二つをなんとか信じ込ませてお金を巻き上げることのようです。ですから、今回はこの二つのことについて、みなさんのこれまでの体験を通じて思ったことを学会員さんに教えてあげましょう。ひとつは自分が活動してきた組織の衰退ぶりと「創価は世界に広まっている」がいかに矛盾しているかを気づいてもらいましょう。もう一つは8年間も誰も見たことのない池田なのになぜか「先生はお元気です」という言葉を信じている学会員さんに客観的事実を教えてあげましょう。そして自分で物事を考えてもバチなど当たりませんよと教えてあげましょう。よろしくお願いします。

本部幹部会という洗脳強化

前スレでは、ものすごい勢いで「創価をやめてもバチは当たらない」という創価経験者の証言が集まりました。

今回は3月31日に行われた本部幹部会の様子を紹介します。

創価脳が聞けば「創価は世界に広まって、これからいよいよ世界広布新時代の到来なのだ」「池田先生はお元気なんだ」と思わせる内容です。創価の実態を客観的に知っている私たちから見れば、これが会員の洗脳を強化して会員の創価離れを食い止めるための扇動であることは一目瞭然です。こんな子どもだましでも、洗脳された学会員は簡単に騙されるんですね。本当に気持ち悪いです。実際の話、創価は世界に広まってなんかいません。世間一般には社会性のないカルト宗教団体という認識でしかありません。でもそのような認識が当の学会員にはありません。以下に紹介する本部幹部会でも、すでに池田大作が人前に出なくなって8年が経つというのに、あたかも元気でいるかのようなメッセージが読み上げられます。これ一つとってもインチキであることは明白なのですが、学会員は疑うとバチが当たると植えつけられていますから、恐ろしさのあまり否が応でも信じようとします。決して今の池田の音声や画像が出るわけではない。そして最後に大昔の池田の若い頃の映像が流されて、なんとなく今も元気でいるかのような気分にさせる。これぞ今の創価学会会員を洗脳する手口です。創価が詐欺だと気づいた人間が読めば、そんなことはすぐにわかるのですが、悲しいかな学会員にはわかりません。今回は具体的に本部幹部会で会員を洗脳するリアルな様子を紹介することで、創価学会が宗教ではなく詐欺だということに一人でも気づいてくれる学会員が出てくれればと思い紹介します。

みなさんからのコメントは、こうした本部幹部会をはじめとした創価の洗脳の手口について、過去に自分が感じていたことなどを話していただければと思います。

なお、この本部幹部会の書きおこしをして送ってくださった現役学会員さんに感謝します。実際に本部幹部会に出席している現役学会員さんの中にも、こうして「創価はおかしい」と感じている方がいるということです。

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3月31日1時半

ただいまより世界公布新時代第32回本部幹部会北海道総会を開催いたします。
メッセージ紹介。池田主任副会長。

みなさん、こんにちは。池田先生からのメッセージを紹介させていただきます。
栄光の未来は北海道から始まる。いな、北海道からつくる。これが創価3代の師弟を貫く誓いであり、ロマンであります。わが誉れの3代城の同志が広宣流布の拡大と立正安国の勝利のりょうもうくじゅうの人材育成を晴れ晴れと成し遂げて意気天をつく本部幹部会。そして、全道を結んでの北海道総会まことに誠におめでとう。私の胸にまざまざとよみがえる戸田先生の笑顔と獅子吼があります。それは、60年前の3月記念の式典を終えた戸田先生をお見送りする青年の中に3人の乙女がいました。私が「夕張の女子部です」と申し上げると先生は「おお、夕張か」と、会心の笑顔を浮かべられました。当時、炭労事件の圧迫の中で毅然と勇気ある信仰を貫き通してきたリーダーたちです。先生はけなげな3人と握手をされながら、「夕張は青年が立つ、北海道は青年が立て」と、励まされたのです。この師弟共戦の心は脈々と受け継がれ今これほどのすがすがしい華陽の姉妹と地涌の花武者が北海道で立ち上がってくれています。本当にありがとう。戸田先生が最晩年方便品寿量品講義の締めくくりに掲げてくださった法華経の経文があります。それは、寿量品のごほんぎょう菩薩道、すなわち、仏の境涯を得るための根本の原因は菩薩の道を業ずることであると明かされた一文です。この菩薩の道の究極こそ南妙法蓮華経を信じ唱えひろげぬくことであります。そのじせん?によってたれ人なりとも仏の境涯を開くことができると教えてくださったのが、末法の御本仏日蓮大聖人であられます。この大聖人のほうい・のままに金の菩薩の道を行事手いるのはだれか戸田先生は現実の娑婆世界の真っただ中であらゆる苦悩に立ち向かいながら広宣流布に励みゆく学会員に他ならないと高々に宣言なされました。先生とご一緒に北海道を旅した折にも勇敢に戦う愛弟子たちにいつも慈しみのまなざしを注がれて「大作、この人たちこそ真の地涌の菩薩だ。尊い仏さまだよ」といわれ、そして「北海家族とともに牧口先生と私の故郷に世界一の幸福の仏国土を築いてくれ」と託されたのです。御聖訓には「心の立法?より国土世間もいったい?することなり」とおおせであります。仏法の生命哲理の眼で見れば、様々な国土の違いも心から出てきます。ゆえにどんな境遇にあっても妙法を受持するならば、今いるその場所でわが心を変革し、人間革命の挑戦を起こすことができる。そして、一人から一人その波動を広げながら身近な家庭を変え地域を変え社会を変え國土までも変えていける、この壮大なる実験証明を我ら創価の師弟はいずこにあっても示しきってきました。世界はますます不安と混迷の闇を深めています。だからこそ、我らは大聖人の仰せどおり苦楽共に思い合わせて題目を唱えぬき、日々心にだんにょ?の太陽を昇らせて希望の光、英知の光、平和の光をかくかくとはなっていこうではありませんか。その意味において、思い出深き厚田の戸田墓園開園の折、ともどもにやくしあった?三つの指針を改めて確認しておきたい。第一に自身の人間革命を根本に。第二に地域に友好、信頼の拡大を。第三に一家一族の信心の継承、そして後継の育成を。との三点です。毎年桜前線が日本列島を北上するやまきの中で戸田先生の像を彩る八千本の桜が咲き誇るのは5月の上旬です。4月の二日から5月の3日へ創価桜の対話の花、家族の花、人材の花をいよいよ爛漫と咲かせゆく歓喜に踊る花の旅を皆で心豊かに決意しあって私のメッセージといたします。わが不二の青年部よ。厚田村の歌のごとく、「正義は断じて勝て」との創価の父母の祈りにこたえて大きく明るく朗らかに前進してくれたまえ。
以上。大変におめでとうございました。

挨拶。くさか北海道長、小松婦人部長。
男)みなさん、こんにちは~~。3代会長由縁の北海の天地で広布拡大に走りゆく世界一の三代城を???皆様、御元気ですか~~。
女)池田先生、奥様に温かく見守っていただき、本日の本部幹部会を北海道総会として盛大に開催することができました。先生、奥様、本当にありがとうございま~す。
男)寒風をものともせず、吹雪に胸張る全道の同志の大奮闘のおかげで北海道は一昨年、昨年と2年連続の世帯増を達成、その勢いはとどまるところを知らず、本年も3か月間で正義証明の3代城らしく100人を大きく超える法華講を救済、そして、地区一のご本尊流布を見事に達成し、3年連続の世帯増へ爆発的に勢いを加速させる中で本日を迎えることができました。本当におめでとうございま~す。
女)「そだね~」
婦人部と女子部は本日を目指し、3代城サンフラワーウルトラ大作戦と銘打ち婦女一体で前進してきました。婦人部はウルトラの母として、「女子部はわが娘と」との想いで一緒に折伏に走りました。その中で、昨年の11.18に入会した女子部員が今月さっそく自らの友人の入会決意を勝ち取るなど、全道各地で女子部の新入会メンバーが大活躍しています。
男)北海道は我が家で一世帯、私が一世帯を合言葉に全員が青年の気概に燃えて対話に打って出ています。その先頭を走る男子部は昨年の3倍にあたる750人の男子部大学校一期生を輩出。中でも函館総県は昨年の6倍を超える大学校生が出ました。そしてまた東京23区の約10倍にあたる広大な地域に18支部が点在する稚内北斗圏最北端の圏では厳しい環境の中男子部として初めて、部?いちの弘教を達することができました。
女)小説新人間革命第13巻北斗の章には50年前の伝統の年の九月、その稚内への初訪問の様子が綴られています。「北海道はこの北斗七星のように広宣流布の永遠なる希望の指標であらねばならぬ」このご指導通り全国全世界の希望の指標と輝き続けるべく青年を先頭に壮婦拡大の上げ潮を三代城の天地から巻き起こしてまいります。
男)本年は、1973年昭和48年先生から広宣流布は北海道から、北海道を学会健児の手で世界一の理想郷にとの永遠の指標が発表されてから45周年。そして50周年を迎える2023年への5年間こそ、我が北海道にとっての勝負所であり、まさにごううん?の5年間であります。後日より世界公布は北海道からとの大いなる決意に燃えて弘教人材、青年、聖教の拡大にさらにまい進してまいりたい。さあ、北海道の皆さん、巌窟王のごとき不屈の折伏精神で本年を3代城栄光の年にそして広布の自分史に残る私にとっての栄光の年にしてまいりましょう。
三代城の皆さん、
男女)頑張りましょう。

ここで、代表の方に活動体験を披露していただきます。
札幌牧口総県男子部総県主任部長村田こうじさん。
みなさん、こんにちは。札幌牧口総県の村田こうじと申します。よろしくお願いします。
私は道内屈指の果物の産地??郡??町で果樹園を営んでいます。わが村田果樹園は明治17年の創業で私が6代目です。3ヘクタールの農地ではイチゴ、サクランボ、ブドウ、りんご、梨、プルーン、ブルーベリーなど春から秋まで様々な果物が実ります。この果樹園を継ぐのを決めたのは今から4年前のことでした。平成8年に高校を卒業した私は都会暮らしにあこがれ、実家を離れて専門学校に進学、卒業後は札幌市内の企業に就職し、実家に帰る気は全くありませんでした。今が楽しければそれでいいと、仕事が終われば友人の家にたむろ、ススキノで朝まで飲み歩く日々、生活は乱れ、勤務態度もいい加減で上司から叱られることもしばしばでした。そんな暮らしが3年も続き、さすがに将来への不安を抱き始めたころ、友人からドライブに誘われました。「ちょっとここに寄ろう」といわれた建物の看板には「創価学会北海道文化会館」と書いてありました。その日以来「宗教なんて関係ない」と反発する私を友人は何度も会合に誘ってくれました。その熱心さに心を打たれ、自堕落な生活を変えられるのならと入会を決意。平成15年25歳の時にご本尊をいただくことができました。「始めたからにはとことんやってみよう」と腹を決め、勧められるままに創価班大学校にも入校しました。実は当時学会に入会したことを家族に打ち明けられないままでした。年末に帰省した時、思い切って話すと団らん中の家族全員が凍り付きました。偶然、居間のテレビからは「そうかがっかい」と、CMが流れ始めました。席を切ったように父も母も猛反対。私は御書で学んだ通りだ。まずは両親に理解してもらえる自分に成長しようと深く決意しました。自身の成長をかけ、折伏にも全力で挑戦しました。しかし何十人にあたっても対話が実ることはありませんでした。大学校の卒だんをも空前に控えたある夜題目をあげていると突然大阪で就職していた妹から、電話があり、泣きながら悩みを打ち明けられました。男子部の先輩に話すと「すぐに会いに行くべきだ」と飛行機で一緒に大阪まで着いてきてくれました。真心がつうじ、妹は入会を決意、初めてのご本尊流布をできることができました。職場でも、徐々に信頼を取り戻し、数年後にはあらゆる部署から引き抜きを受けるまでに。特別表彰も3回いただきました。男子部でも札幌しろいそ総区で部長から総区男子部長まで務め、北海道で模範となる弘教の戦いをさせていただきました。平成25年には女子部だった妻と結婚、信心でこんなに人生が充実するのかと感謝の日々を過ごしていました。そんな矢先妹が事故に遭ったとの連絡がありました。5日間の意識不明ののち、奇跡的に命はとりとめましたが、脳には重い障害が残りました。さらに半年後、今度は父が不調を訴えました。医師の診断の結果はパーキンソン病。農業を続けるのが困難になりました。歴史ある果樹園がこのままではなくなってしまう。実家に戻るべきか悩みに悩みました。ありのままを妻に打ち明けると「自分の信じた道を歩むべき」と背中を押してくれ、「親孝行する時は今しかない」と果樹園を継ぐことを決意しました。子供のころから、身近に接してきた果樹栽培ですが、見るのとやるのでは大違い。厳しい重労働に体は悲鳴をあげました。しかも果樹は繊細で樹木の剪定ひとつをとっても少しの違いで果物の品質も収穫量も大きく変わってしまいます。父から厳しい薫陶を受けながら、地域の農家の方にも教えを請い、さらには専門書を読み漁り、懸命に技術を身に着けていきました。ようやく仕事に慣れ始めた一昨年秋、大型台風が果樹園を襲いました。手間暇かけた果物が一夜にして無残な姿になっているのを見て自然の厳しさを痛感しました。しかし、こんな時こそ信心で立ち上がろうと題目をあげにあげ、一層丹精込め栽培に取り組みました。妻も札幌でもデパート勤務の経験を活かし、果樹園に併設している直売所を担当。店内を明るく変え、ワンコインの果物詰め放題企画を始めるなど、販売にも工夫を重ねました。こうした夫婦二人三脚の努力が実を結び、昨年は順調に収穫が進みました。果樹園もテレビや雑誌で取り上げられ、果物狩りは連日多くのお客様でにぎわい、売り上げも2倍になりました。農業の後継者不足が叫ばれる中、近所の方々も若い夫婦が来てから、活気が出たねこんなにも変わるんだね。と、喜んでくださっています。我が家の宿命転換も進みました。社会復帰は無理といわれていた妹が医師も驚くほど回復、地元の企業で働けるまでになりました。父も体に合った薬が見つかり、思いの他、病状も進行せず、今も一緒に畑に出ています。さくねん、12月には待望の長女も誕生、数々の実証に感動した母は本年2月に入会することができました。3・11の世界青年部総会には妹も参加、その日の夜には父と祖母も含め、初めて家族全員で勤行することができました。今日は妻も母も参加しています。組織では今年1月に発足した男子部大学校の総研事務局長に任命されました。この冬は豪雪に見舞われましたが、先輩への恩返しの思いで港町から山奥まで21市町村に点在する64人を一人一人徹して激励に歩いています。仕事では冬の間、最も大切な果樹の剪定に取り組みました。人と同じように同じ果樹でも元気な木、弱っている木と個性は様々です。だからこそ、木と真剣に向き合い、一本一本に題目をしみこませました。いよいよ北海道の長い冬があけます。家族とともに大切な大学校生とともにどこまでも励ましあい、必ずや処理の花を咲かせていく決意です。大変にありがとうございました。

(音声紹介は無く映像に名前が書かれた三人が話始める)

男)北海道男子部は部一の弘教を大きく突破、世界青年部総会から2週間で450の拡大を成し遂げ、本日を迎えることができました。
女)3・16に結成された池田華陽会11期生は昨年を150名以上上回る近年最大となりました。
男2)笑笑三代城青年部は拡大に次ぐ拡大で3年連続世帯増?突破口を開き、愛する北海天地を大発展してまいります。
女)池田先生は戸田先生のふるさと厚田村で小説人間革命の執筆を決意され、若き日の戸田先生の姿を思う浮かべられながら、厚田村の詩を綴られました。
男)厚田の浜で若き池田先生に「君は世界の広宣流布の道を開くのだ。この私に代わって」と、世界公布を託されました。「ゆけと一言、武士の唄」その歌詞をきくたびに師弟の魂が燃え上がります。
男2)池田先生。決意を込めて青年部で「厚田村」をうたいます。

伴奏、歌唱

司会)ありがとうございました。

ここでSGIの代表の方に活動体験を披露していただきます。
台湾OOO副壮年部長よろしくお願いいたします。
みなさん、こんにちは。台湾創価学会の副壮年部長OOOです。よろしくお願いします。
私は1980年に道鏡宇世の折伏で入会しました。この同級生は優しく聡明な女性です。今は私の妻になっています。1992年、沖縄研修道場で開催された第一回アジア総会では池田先生との忘れえぬ出会いを刻みました。野外での交換会。私たちは台湾の伝統舞踊を披露しました。無我夢中で演技を終え、先生のいらっしゃる方を向くとなんと先生は私たちが事前にお届けしていた台湾の民族衣装を身に着けてくださっていました。感激し思わず駆け寄った私の手を先生は強く強く握ってくださいました。どれほど先生が台湾の同志を思い続けてくださってきたのかこの一瞬で深く感じることができました。それからは台湾総区にすべてをささげる決意で戦い、実証を示そうと仕事にも全力で取り組みました。学会活動を通して成長すればするほど、それに比例して会社でも重責を担うようになり、残業が続き学会活動に参加すること自体が大きな挑戦となりましたが、ここ台湾創価学会の男子部長青年部長として、必死で公布の最前線に身を置き続けました。難しい仕事にも学会で培った負けじ魂で挑み続け、勤続31年、現在は本社の重役に就任。会社も台湾屈指の乳製品メーカーとして空前の売り上げを続け、大きく発展しております。信心の偉大さを実感してきた私は未入会の両親にも仏法対話を続けてきました。しかし、母は私の分までお前が祈っておくれ。というばかりでした。そんな両親も祖母の葬儀をきっかけに地域の学会員の温かさに触れ入会を決意。24年越しの折伏が実りました。いま、母はもっと早く自分で祈ればよかったと言っています。最愛の娘二人も公布の庭でそだち、長女は4年前に弁護士をつとめる男子部と結婚。二人のかわいい孫も誕生しました。次女も地区リーダーとして公布の第一線で戦っています。優しくて聡明な我が家の太陽の妻も6年前には癌との闘病を見事にうち越えて現在は区婦人部長として同志を暖かく照らしています。一家和楽の信心に感謝する毎日です。本日は娘婿も参加しております。
本年は台湾広布55周年の佳節です。1963年1月27日台北の空港に降り立たれた池田先生は草々の同志を励ましてくださいました。本当の勝負は30年40年先です。「冬は必ず春となります」と。当時、台湾では戒厳令が敷かれ、この3か月後には組織に解散命令が下されました。私が入会した当時でも法人は認可されておらず活動には困難が付きまといました。しかし、良き市民たれとの先生の指針を胸にひとりひとりが使命の場所で歯を食いしばり粘り強く信頼を広げてきました。1990年に、待望の法人認可を受けてからはいっそう、平和、文化、教育への貢献に全力で取り組みました。この緻密な戦いが今大きく花開いています。本年3月原田会長の台湾訪問の際にOO県から池田先生に名誉県民賞が贈られました。これによって先生には台湾全土の全市、全県の名誉市民、県民に就任いただくことができました。同月、チリ?パリ大学からの名誉教授によって台湾の学術機関から先生に贈られた名誉称号は14を数えるまでになりました。さらに台湾創価学会としても社会団体OOO貢献賞金賞をはじめ台湾行政院財政部が授与する最高の賞を20回連続で送られるなど社会貢献は高く評価されております。
また、3月11日の世界青年部総会では台湾でも48会場で同時中継され1万257人の青年部が意気軒昂に集いあいました。先生がおっしゃった通り台湾には今勝利の春が到来しております。これからも先生のご指導通りに戦い、栄光の創立100周年となる2030年を台湾の全力勝利で荘厳していく決意です。先生、ありがとうございます。

会長指導、原田会長。
世界公布新時代、第32回本部幹部会、並びに北海道総会まことにおめでとうございます。
本日は5か国地域から80人のSGIメンバーも参加されております。遠いところようこそお越しくださいました。心より、歓迎申し上げます。
過日の世界青年部総会におきましては壮年部婦人部の熱烈な応援によって見事に大成功3・1660周年を勝ち飾ることができました。まことにおめでとうございます。池田先生はご指導くださっています。何百人、何千人の人が集う大きな会合も元気が出るし、勢いがついていいでしょう。しかし、本当に大事なのは小単位での一人一人との懇談です。それが一切の根っこになっていくからなんです。小単位での語らいを根とするなら、大会合は枝葉の茂る幹です。大会合がいかに盛り上がっていても根である小単位での語らいがしっかりできていない組織はもろいものです。本当の戦いはここからです。今回をきっかけにどう一人一人を世界公布新時代建設の主体者へとはぐくんでいけるのか、毎日が3.・16との決意で地道にかつ着実に訪問激励にあたっていきたいと思います。今、各地で弘教が勢いよく進んでいますが、私には仏縁の拡大という点で忘れられない池田先生の戦いがあります。それは、池田先生が1996年コスタリカを初訪問された時のことであります。4日間の滞在中は分刻みのスケジュールでした。到着した翌日にはフィギョレス大統領と会談し、その後、SGIメンバーとの交換会に出席。三日目には中南米で初の開催となった「核の脅威展」の開会式でスピーチ、さらに中南米10か国の同志が集っての代表者会議に出席、四日目には大統領と滞在中二度目となる会談。宿舎を出れば激闘に次ぐ激闘の瞬間瞬間でした。せめて、宿舎に戻られたときくらいはお休みいただきたい。こう私ども随行員は思っておりましたが、池田先生は違いました。プールサイドで仕事をしている人や、荷物を運んでくれている人などとにかく先生は見る人みる人に「ご苦労様」「ありがとう」と自ら声をかけられました。そして、笑顔で答える従業員たちにカメラを向け、シャッターを切られるとすぐさま写真を現像するよう指示され、数時間後には出来上がった写真を従業員に届けて差し上げるなど激励に次ぐ激励は宿舎でも間断なく続けられたのです。池田先生はいわば、国賓のような存在です。しかも、超多忙な毎日です。しかし、先生に垣根は一切なく、一人の人を人として本当に大切にされるその先生の心が従業員の皆さんの心をうち、心をつかみました。最終日にホテルを出発されようとしたとき、なんと受付、ボーイ、ドアマン、清掃員、シェフに至るまでたくさんのホテルの従業員がロビーに勢ぞろいし池田先生を見送りに来られたのであります。オーナーに命じられて集まったのかと思ったのですが、聞けばそうではありませんでした。皆さん、先生に感謝の思いを伝えたい、そのために自発的に見送りに来たというのです。それは映画のワンシーンのような、感動的な一コマでありました。池田先生は小説・新人間革命で綴ってくださっています。広宣流布の使命に生きる私どもの振る舞いは一切が下種へとつながっていかなければならない。つまり、日々の学会活動はもとより毎日毎日の生活の姿や行動がすべて妙法の種子を植えていく大切な作業であるということを自覚していただきたい。ゆえに、信心していない人に対してもまた、現在は信心に反対であるという人に対しても幸せを願い、大きな広い心で笑顔で包み込むように接して有効に努めていくことが大事です。それが仏円を結び、広げていくことになるからです。このような御指導でございます。4月から、受験の申し込みが始まる教学部任用試験も仏縁拡大への最大の最高の機会です。私たちは自らの振る舞いと通し、また勇気の対話を通して縁するすべての人に仏の種を植えてまいりたい。日蓮大聖人の仏法は下種仏法です。妙法を聞いて相手が発心する発心下種も相手が話は聞いたものの発心しなかった??下種もいずれも相手の生命に妙法の種をまいた点では全く同じです。ゆえに、折伏は相手ではなく自分です。信心する、しないは相手の都合、信心を語る、語らないは自分の都合、この自分の都合がすなわち勇気でありまうす。どうせ、相手が入会しようか、しまいが、聞こうか聞くまいが、自分が勇気を奮いだした分だけ功徳もまたあるのです。北海道の方面歌「三代城の歌」の前身である「ああ、共戦の歌」を池田先生が1978年に贈ってくださった当時私は北海道総合長でした。出来上がったばかりの歌詞を見せてくださりながら、先生は語られました。「支障が見ておられる。勝利を待ってくださっている。」というのが私の力の源泉なんだ。師弟共戦とは弟子が戦い、勝って、師に勝利を報告することだと私は決めてきた。今もその思いで戦っています。さあ、4・2から5・3へ、私たち池田門下の弟子が戦い、勝って、先生に勝利をご報告してまいろうではありませんか。以上でございます。

(池田大作の若い頃の映像が流れる)
先日ある財界人が、ともかく創価学会というのは何があっても???。すごいことだと。もう、何十年間、???全部波を押しのけて?戦っていると、?素晴らしいことだと。よく頑張ってくださいました。ありがとう。(拍手)
仏のことを??????。したがって、立派な最高の幸福の根底は何があっても人間として競っていく??ていく、その人にはかなわないんです。もうなんでも幸福幸福幸福の内容???いっぱいありますよ。何があっても恐れない。何があってもぶれない。ま、そのあとに?んだリ、よく忍びながら、生き抜いていく。生きて生き抜いていく。戦いぬいていく。なぜ、三世永遠の幸福のためです。三世永遠の勝利のためです。したがって仏になるためです。そのために今世がある。柔道であろうが剣道であろうが相撲であろうがピアノであろうが、なんでも修行のない耐えて耐え抜いて練習しないような修行なんてないよ。まずない。勝つためには修行だ。あらゆる点で耐えながら、その道を進めぬいて技を磨くとか学を磨くとか、ということではないですか。道理は。やりましょうよ。ね。創価?のは、生き抜き勝ち抜き永遠にその道を歩むことだ。こういうことで行きましょう。どうだ。(ハイ)
牧口先生はノーベルの有名な言葉を引いてこういわれる。「財産は相続される。財産、遺産というのは相続される。幸福というものの相続は不可能。幸福は誰からも与えられない。誰も幸福を与えることはできない。幸福は自分自身が創造するものだ。ね。自分自身で決める。ゆえに牧口先生は幸福を創造できる人間、創造性のある人間、価値を創造できる人間これをつくろうと。仏法も同じです。それで牧口先生はしからば、どうすればいいか、それで教育と信仰を通して自分で幸福を創造できる人間をつくる以外にない。永遠にその解決はできない。以外に教育革命以外にないとされて実践なさった。しかし、もっと、根本的にないか。宗教革命しかない。それが私どもの創始者である牧口先生の結論です。実践です。したがって、人間をつくる、人間革命以外に幸福はない。とこうなるわけであります。ゆえに。誰かの力で幸福なんてとんでもないことだ。というおすがり信仰それはもう牧口先生もはじめから、真正面からの反対なんです。幸福は誰からも相続できないからであると牧口先生は何回かこう結論為されています。人生はだれしも生老病死と闘い、妙法だ、生じ即涅槃の法理、生じ苦しみをそのまま仏に、多くの境涯をを開いていけるという法則、有難いことだ。大聖人もしたがって絶対のカオ?があることはこの法理からわかるし、確信しなければ損です。当然、我々は凡夫ですから、悩みとか病気とかいろいろあるけれどもしかし、同じその病気になったり何があっても同志が祈ってくれる。こんな有難いことないですよ。こんな人生にとって喜悦はかりない安全の軌道を歩んでいける世界は世界中どこを探してもないと確信しますが、どうですか。大聖人はある???でこう、あなたがこの病気にかかったことについてある人から報告がありました。私は大聖人はあなたの平癒を回復を日夜朝暮に法華経に申し上げ、祈り、朝暮、朝な夕なに青天に大空に日天、月天に向かって訴えております。大きいですね。空。晴天。青い空ですよ。あなたの病気が治った。よかった。今日聞きました。これほど喜ばしいことは私はありません。これは本当にいつくしんでいつくしんでね。よかったね。よかった。励まし、喜んでくれる。詳しいことは、お会いした時にまた聞きましょう。語りましょう。もう、本当に自愛の言葉、お会いしたら語りましょう。ぜひ、報告してください。聞きたいです。こういう、ご??です。病気、当然これは本人にとっては重大問題です。その重大問題を大聖人はご自身も同じように重大問題ととらえ、?祈る、何とか、天か天に向かってこのお心を拝しながら大切な会員に真剣に祈って守ってあげるこれが創価学会です。だから、ここまで発展したんです。何があってもびくともしないです。したがって信心の根本。何度も申し上げますが、祈りです。自分の祈り、ひとに対する祈り、具体的な祈りじしの根本これも祈りしかない。指導の根本これも祈りです。ききょうの根本これも祈りです。大聖人は病気が快復したという報告を聞かれた。間髪を入れずその日のうちに手紙を書かれた。すぐ励ましの言葉を。間髪を入れずに。迅速そのもののおん??。学会が???すぐに反応してすぐに手を打ってすべてを訴える。これで??大きくなった。?全部報告をきいたらすぐに反応してあげることが?反応?わかった、わかんない、反応、わかった、すぐに手を打つ、原則です。これがある間、学会は栄える。その人も成長します。おお???救います。これはもう一事が万事です。一番の根本です。商売も同じ。国も同じ、会社も同じ、反応のいい組織は伸びています。反応の悪い組織は絶対伸びてない。学会にあってもスピード。こういうふうに言った人がいるけれどもその通りだ。全員が頑健な、頑健にして健康にして長寿の命のね、ご本尊から祈っていただいてください。???そして、無量の知見が湧くようにご本尊に祈ってもらってください。お願いしますよ。????悠々と勇んで自由奔放にまた、行動し戦い、指揮をとっていただきたいと、心からお願い申しあげます。ありがとうございました。ありがとうございました。

(画像切り替わる)
さあ、全員で方面歌「三代城の歌」を大合唱してまいりましょう。

以上を持ちまして本部幹部会を終了いたします。

映像終わり。
以上を持ちませて本部幹部会の同時放映を終了いたします。
お題目三唱をOO部長の導師で行います。

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以上です。

こうしてみると、先日の世界青年部総会とほとんど変わらないですね。違うのは司会をお笑いタレントにしたところぐらいでしょうか(笑)いったいあの総会は何だったんだろう?と疑問に思う学会員も多かったんじゃないでしょうか。

創価をやめてバチが当たりましたか?

おかげさまで今月の10日に700万アクセスを達成することができました。今日はそれから10日経ちますが、早くも今日10万アクセスになります。今回の700万アクセス達成を機に、ぐっとアクセス数が増えたのは、やはり世界青年部総会のおかげだと思います(笑)まるで創価が詐欺だと訴えているこのブログを多くの学会員に知らしめるために、わざわざ総会まで開いてくれた創価学会最高幹部の皆さんに感謝です(笑)

学会員さんが一般の人たちに創価を宣伝するたびに、その人たちは速攻ネットで創価を調べるでしょう。「創価学会」をググれば、必ずその下にこのブログのリンクが現れます。そこには開口一番「創価学会は詐欺です」という文字が目に飛び込んできます。見た人は「え?」と思うでしょうが、そこに書いてあるのは、実際の創価学会経験者の実体験。それもすでに27,000以上ものコメント数。そのほとんどが「創価学会は詐欺です」ということを裏付けるための事実が書いてあるわけですから、これを「嘘だ」と思う方が無理です。100人や200人が言ってるんじゃないんです。そしてそんな創価経験者のコメントに、すでに700万ものアクセスがあり、毎日毎日7,000以上ものアクセスが続いているんです。もちろんそんなブログはここだけではありません。創価に洗脳されていない普通の人が見れば、創価が詐欺かどうかは一目瞭然です。一般の人は創価に興味なんかありませんから見ることもないでしょうけど、学会員から入会してほしいなどと言われたら、とりあえず「創価って何?」と思って調べます。だから、学会員が会員を増やそうとするたびに「創価は詐欺」ということが世間に広まることになります。今の学会員さんは折伏すればするほど、選挙活動すればするほど、一般世間に「創価は詐欺」ということを広めることになるんです。いわば「逆広宣流布」です(笑)。学会員さんは折伏しているつもりでも、創価を広めるどころか、創価が詐欺だという真実を広く世間に公表することになるんですよね。それはぜひ頑張ってほしいですね(笑)

もうそんな時代になったということです。創価はもう衰退するしか道はないんです。折伏なんか成り立たない。だから新入会員といえば、創価脳を親に持つ新生児が無理やり入会させられるか、ネットを知らない老人がわけもわからず入会させられるか、たまに人生に落胆して破れかぶれになった人が藁をも掴む気持ちで入会するかぐらいです。

学会員さん。今更ですが「ネットはデマ」とかが通用するのは創価脳の人たちだけです。一般人に「ネットがデマ」とか言っても笑われるだけですよ。もう完全にそんなウソが通用するような時代じゃないことすら理解できないのが創価脳なので仕方ないんですけどね。

この頃つくづく思うのは、学会員さんが「創価は詐欺」ということに気づかないのは、本当にバチが怖いからだということです。いくら活動をやっても幸せになれない。いいことない。それは実感していても、その理由を自分の信心が足りないからだとか、お題目が足りないんだとか、一瞬でも御本尊を疑ったりしたからだなどと、みんな自分のせいにしている。この信心に力がないなんて思おうものなら、どんな恐ろしいことが起きるかわからない。怖くて考えることすらできない。だいたいそんなパターンですよね。いくら真面目に活動しても功徳がないことを実感していても、それを自分のせいにすることで、この信心に間違いはないと安心するしかない。というか、実際はバチが怖くてたまらないんだと思います。学会員にとって功徳がないことよりもバチが当たることの方が深刻な問題なのだと、この頃は特に感じます。

逆に言うと「創価を疑ってもバチなんか当たらない」ということがわかれば、もっと簡単に脱会できる人が増えるんじゃないかと思いました。創価脳の親が我が子に信心させるために「信心しないなら縁を切る」とまで言わせるのは、我が子の幸せを願う親としての気持ちなのでしょうが、実は本人が気づかないまでも、信心しなかったら子どもが不幸になるという恐怖。そして我が子を信心につかせることができなかったために自分までもが不幸になるという恐怖のために、あそこまでのことを我が子に言ってしまうのではないかと思うのです。

学会員さんは「この信心に出会えて幸せです」などと表向きは笑顔で言いますし、そういうことで自分をも無理やり納得させようとしていますが、心の中ではバチが当たりやしないかと恐怖心でいっぱいなのだと思います。

そこで今回のテーマです。以前も同じようなテーマを立てましたが、ここにきてあらためてこのテーマでいきます。

『創価をやめてバチが当たりましたか?』

とさせていただきます。これはぜひ多くの創価経験者の方にお答えいただきたいです。数が多ければ多いほど説得力があります。もちろんこれまでここにコメントされた方のほぼ全ての方が「バチなんかありませんでした」と答えられています。でも、バチの恐怖に怯えている学会員さんには、いくら言っても言い足りないと思います。なので、普段ロム専の方でも「創価をやめてもバチはありません」と一言でもいいですからコメントしてほしいんです。学会員さんの心の奥にある恐怖心を取り除いてあげてください。そうすれば、創価脳の学会員さんでも今までよりもっと自分で考えることの不安を少なくできるのではないでしょうか。学会員さんは自分で考えるとバチが当たると教えられていますので、そこを少しでも取り除くことができれば覚醒への扉が開くと思うのです。

『創価をやめてバチが当たりましたか?』

当然ですが、バチなんか当たるわけがないんです。そもそもただの詐欺ですから。宗教じゃないんです。そして本来の仏教での「バチ」という概念はそんなものではありません。学会員さんは完全に「バチ」という嘘で思考停止にされてお金も時間も際限なく奪われているだけなんです。でもそんなことをいくら理路整然と説明したところで「バチの恐怖」があっては考えることもできないんです。

だからまずは「バチはない」ということをわかってもらうことが先決なのではないかと思いました。実際に創価をやめてバチが当たったりしないことを、ここでたくさんの証言があれば、多少なりとも自分で考えることができる学会員さんが増えるのではないかと思います。今回は皆さんの「バチはない」という証言の数にかかっています。どうかよろしくお願いします。

また、ダイナムさんが実施されている脱会座談会に参加されている現役の学会員さんに向けての皆さんからのメッセージをお願いします。

もしもしダーハラ会長さん

みなさん、前スレでの700万アクセス達成についてのお祝いのコメント、本当にありがとうございました。3日前に立ち上げたこのスレッドですが、すでに213件ものコメントをいただきました。本当にありがとうございます!昨日までの3日間のアクセス数が43,540です。
しかしながらこの数にどんな意味があるのか、創価脳には理解できないでしょう。創価学会が世間からどんな風に見られているかもわからないのが創価脳です。わからないからこそ今でも創価が正しい宗教だと信じて疑わないのでしょう。なぜわからないのか。いつも言ってますが、自分で考えることができないから。というより、自分で考えることが恐ろしくてたまらないからできないというのが正直なところでしょう。かつての私もそうでしたから実感としてわかります。創価脳は他人には決して口にしませんが、実際はいつも「バチが当たりはしないか」と怯えています。ちょっと悪いことがあったら「信心がおかしくなってるんじゃないか」と自分を疑います。自分を疑うことはできても、信心そのものを疑うことは怖すぎてできない。ましてや正しい宗教を実践しているのに、なぜそんなに怯えていなければならないのかと言った疑問も浮かばないほど、自分で考えることができなくなっているということでもあります。
人間誰しも嫌なことは考えたくないし、いつでも幸せでいたいという気持ちは、よほどのことがない限りは共通していると思います。特に宗教に興味のある人、または進んで信仰をしている人は、信仰自体に人生を変えていける力、特に良い方に変えていける力があると信じているからこそ実践するのだと思います。それが宗教によって一神教的な全知全能の神様のような存在を信じているのか、多神教的な世界観なのかの差はありますが、いずれにせよ抗うことのできない力によって自分の幸不幸が決められているような気になっているのは確かです。創価脳の頭の中にある御本尊というのは、一神教的な、いわば強大な力を持つ神様の機嫌をとることが幸せになることだと言った感じで捉えているようにもいます。もちろんその時点で仏教とは全く違うものなのですが、そんな『御本尊様どうか私を幸せにしてください!題目もたくさんあげます、新聞もたくさんとります、折伏だってします、公明票も選挙違反してでも集めます。だからどうかこの私に功徳をください〜!』というのが多くの創価脳の祈りだと言えます。なぜ新聞(新興宗教の会報)にお金をたくさん使ったり、公明党の票を頼んだりすると『御本尊様』が幸せにしてくれるのだろうかと言った疑問も、それに対する回答も求めない。何しろこれをやれば幸せになれる、というよりこれをやらなければ何もしないよりも不幸になると恐怖に震えているのが創価脳ではないでしょうか。そうした「幸せになりたい」と願う気持ちを利用して思考停止にしてお金を巻き上げ、結果として人を不幸にしているのが創価学会です。
創価学会は宗教ではなく詐欺だ。たとえ宗教であったとしても、ペラッペラのカラーコピー用紙に呪文を唱えたら誰よりも幸せになれる、しなかったら不幸になる、なんて信じている時点で頭おかしいんです。そしてこのブログにはそれを実践してきて、やはり創価は詐欺だと実感した方の声がすでに何万と集まっているという事実。この事実を前にしてもなお「創価学会は世界で唯一正しい宗教で、今は世界中が認めて広まっている」と信じて疑わないのも頭おかしいやつでしかありません。騙されていることに気づかない。気づけない。気づきたくない。恐ろしい。それが創価脳の姿ですよね。
それがどうもここ最近は違ってきた気がします。昨年末から創価の様子が随分と変わってきたように思います。こっそり会則を変更したり、創価学会仏とか、会憲などと言ったわけのわからない決まりを突然発表して会長一人に教義も含めたすべての権限を与えるような、宗教としてはありえないようなことをこっそりやるようになりました。創価脳には何が何だかわからないのでしょう。そして今度の世界青年部総会。創価にとって3月16日という最重要の日を記念した会合なのに、そのお粗末さと言ったらあきれ返るほどです。もちろん池田大仏が姿を現さないこともさらりと受け流し、3.11に行うことの意味もなんとも考えていない。異様なほどのあまりのお粗末さに私は「おや?」と思っているところです。世界青年部総会と名前は大きいですが、そのHPはとってつけたように貧相なもので、制作会社に作らせるのではなく、完全にほぼ素人が作っています。内容もほとんど既存のページのリンク集でしかなく、地域別アピールの動画も完全に地方の青年部がしょうがなしに作った感じで、ど素人もいいとこでしたし、地域別と言っても北海道、東京以外の関東、東海、中部、北陸、関西、中国の動画はありません。あるのは東京、第二東京、東北、四国、九州、沖縄のみです。その中身は何人かの青年部が上から言われて仕方なく作りましたと言った、それはそれは見るに堪えないものです。3月16日から60周年という創価にとってはまたとない記念すべき日の世界的な会合が、ここまで貧弱な打ち出ししかできないということに、別の意味で不可解さを感じています。本来なら、もっと前の段階から時間とお金をかけて制作会社に見栄えのいいものをい作らせたり、ハービーハンコックやティナターナーなどの世界的なミュージシャンなども呼んで盛大にやるところだと思いますが、実際には毎月やってる本幹に司会をお笑い芸人にさせただけみたいなもので、しかも3.11なのに犠牲者の追善供養なども一切ない。
つまりですね、もはや創価は会合一つ満足にできない状況なのではないかと思ったんです。だからダーハラも本来なら悠々と会員に明るい創価の未来を思い浮かべるような話をして盛り上げるべき立場なのに、真っ赤な顔をして創価存続の危機感をさらけ出してしまったのではないでしょうか。私たちが思っている以上に、創価はボロボロなのかもしれません。創価崩壊まで10年とかの話ではないのかもしれません。

そんな気がしていた昨年末でしたが、この世界青年部総会のレポートを読んで、ますます創価崩壊は本当に間近だと思った次第です。これだけの巨大組織の長であるダーハラが、会員の前で醜く取り乱した。そう言ってもいいと思います。学会本部には連日脱会者が送りつけてくるカラーコピーと脱会届。聖教新聞の売り上げは落ちるばかり。公明党の得票数もどんどん下がる。末端組織は合併統合しなければ維持できないほど閑散としている。男女青年部の活動家は軒並み減っている。そしてこの先会員が増える見込みもない。もう「先生はお元気です」という騙しも限界にきている。かと言って自分自身には会員から何の人望もなければ指導(洗脳)力もない。こうした中で創価学会会長としてはもはやどうしようもないのが現実でしょう。

そこで今回のテーマですが『もしもしダーハラ会長さん』とさせていただきます。

先の会憲で

第9条 この会に、会長を置く。
2. 会長は、「三代会長」を継承し、その指導および精神に基づき、この会を指導し、統理する。
3. 会長は、この会の教義および化儀を裁定する。
4. 会長は、御本尊に関する事項を司る。
5. 会長は、この会の儀式行事を主宰する。
6. 会長の選出、代行および任期は、創価学会会則の定めるところによる。

とあります。

ここにきてダーハラ会長さんが何を思っているのか。先の世界青年部総会で会員に何が言いたかったのか、いろいろと聞いてみたい気がします。ダーハラくんがこのブログを見たことがあるかどうかはわかりませんが、創価学会公式HPをググれば、必ずいくつか下に出てくる『静かに創価学会をさるために|このブログには「創価学会は宗教ではなく…』のリンクがあるので、ネット監視が仕事の本部職員は必ず見ているでしょう。

そこで、今回はみなさんが創価学会会長のダーハラくんに訊いてみたいことや、言いたいことを書いていただければ嬉しいです。これだけの人を不幸にしてきた巨大詐欺組織の頂点に立っているダーハラくんが、みるみるうちに衰退の様相を見せる創価を前に何を思うのか。そこに人間として良心の呵責など一粒もないのか。ただただ今更引き返せないで立ち尽くしているのか。その心情たるや如何なものかを訊いてみたいと思いました。

みなさんも、目の前に真っ赤な顔して怒り心頭のダーハラくんがいたら、どんな言葉をかけるか想像してコメントお願いします。

もちろんいつものように、テーマとは関係ないことでも大いに結構です。新聞やめました。脱会できました。の報告でもいいし、家族がやっと気づいてくれました。いや、その前にやっと自分が覚醒出来ましたの報告がいちばん嬉しいです。テーマには特にこだわりません。スレッドごとにテーマをつけているのは、あくまでコメントされる皆さんのきっかけでしかありません。言いたいこと、吐き出したいこと、何でもOKです!よろしくお願いします。

あ、ここからはまたいつものように、挨拶と自己紹介をお願いします。

 

祝!!700万アクセス(⌒▽⌒)

みなさんのおかげで、とうとう700万アクセスを達成できました。本当にありがとうございますm(_ _)m

創価学会が極悪詐欺集団である証拠を限りなく積み重ね続けているブログ『対話を求めて』も、この6年の間に700万アクセスを超えることができました。このブログでは100万アクセスごとに、みなさんと一緒にお祝いしました。今回の700万アクセス達成は、創価学会崩壊の鐘が高らかに鳴り響くであろう世界青年部総会のまさに前日であることに、なにかしら因縁めいたものを感じるのは考えすぎでしょうか(笑)まあどうでもいいんですけどね。

いずれにせよ、明日の世界青年部総会は、創価学会が確実に崩壊へと突っ走っていることが誰の目にも明らかになる日だと思われます。7年前に池田大仏が倒れてから(元本部職員であるヘナチョコ三人組が普通に言っています)創価は衰退の一途をたどり、いよいよどうにもならない状態にまできた最後の悪あがきが明日の世界青年部総会だと思います。無理やり結集をかけられた非活の学会員がこのブログにたどりついて、創価が詐欺であることに気づいたりしているかもしれません。

このところアクセス数も増えて、新しい方の投稿も毎日あります。これまでとはまた違ってきた気がしています。創価学会崩壊の決定打が今回の世界青年部総会ではないでしょうか。そういう意味でも今回の700万アクセス達成は、記念すべきタイミングだと思いました。

さあ、みなさん!このスレッドに限り、自己紹介や挨拶がなくても、たったひとことでもかまいません。創価が詐欺だと気づいた人なら誰でもコメントしてください。そしてまだ創価が詐欺だと気づかない学会員に教えてあげてください。創価にいくらお金や時間を使っても幸せになれないどころか不幸にしかなれませんよ〜!創価をやめてもバチなんかあたりませんよ〜!って教えてあげてください。そして1日もはやく創価から足を洗いましょう!って。

ということで、みなさん、700万アクセス達成!本当にありがとうございます!これから創価崩壊へとみなさんとともにさらにこのブログを進めてまいりたいと思います!

どうかよろしくお願いします!(⌒▽⌒)

下のグラフは3月11日22:20現在のこのブログのアクセス数の状況です。

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世界青年部総会から見える創価学会

3.11世界青年部総会は、みなさんから寄せられた情報によりますと、参加できるのは学会員の未来部と男女青年部のみということみたいです。壮年婦人部は会場に未来部と男女青年部を連れ出すことはあっても、会場内には入れないようです。だからか知りませんが、世界とか言ってる割にはいまいち盛り上がらないんでしょうね。外部参加を呼びかけても集まらないと判断したのか。外部を入れるとなると、創価の実態を晒すことになるからできないのか。いろいろと考えられますが、どっちにせよ池田大仏がまともに姿を表すようなことはないように思います。この世界青年部総会にどのような魂胆があるのでしょう。これで男女青年部の活動家が増えるとでも思っているのでしょうか。いやいや、最高幹部もいくらなんでもそこまでアホじゃないと思いますけどね。でもこの後に及んでのヤケクソ感はありますよね。最高幹部といえども一枚岩じゃない。最高幹部同士で醜い権力は起こしているでしょう。なんせ利害のみでつながっているだけの組織ですからね。それぞれが自分に有利なことでしか動かない連中です。まだまだ莫大な金と資産と権力を持っている連中です。

前スレのコメントにも書きましたが、今回の世界青年部総会の意図がいまいち見えてこないんですよね。ただ単に衰退の歯止めをかけるためのものであるならば、あまりにお粗末ではないか。創価はいつからこんなド素人なことをやるようになったのか。もはやそんなことしかできなくなっているのか。これでどれだけの創価脳男女青年部が騙されて勢いをつけるのか。そう考えると、創価はもうかなり末期状態ではないのかという気がしてきます。これで勢いがつけられなければ、これまで以上に衰退は加速度を増していくと思われます。まあ、どっちみち近い将来、創価は確実に潰れます。それが多少とも早いか遅いかだけの話なんですが、それも最高幹部は十分にわかっていると思います。わかっていなかったら本当のアホですよね。一般の学会員とは違って、創価の最高幹部はべつに誰かから騙されているわけではないのです。彼らが一般会員を騙しているのですから、これから先、どれくらいの会員が騙され続けてお金を差し出すかの計算ぐらいできるでしょう。そうした計算の中で、今回の世界青年部総会はどういった意味があるのか。青年部活動家の掘り起こし?現役活動家の再洗脳?青年部と壮年婦人部とのチームワークを固める?いろいろ考えても、今回の世界青年部総会が創価にとってプラスになるようなことはないと思うんですが、余計なお世話ですね(笑)

世界青年部総会まであと6日。このブログの700万アクセスもちょうどその頃のようです。SGIも含めて1200万人以上という会員数を掲げる創価学会が、現実にどれだけの男女青年部が集まるのか。創価として試金石のようなものかもしれません。そして絶対にどれだけ集まったのかを外に知られたくはないでしょう。だって新年勤行会に集まる会員の数よりも明らかに少ないんですからね。少ないどころか男女青年部と未来部だけなんですから半分以下でしょう。座談会で男女青年部だけで何人いますか?いても2、3人ですよ。今となっては青年部がいない地区も結構あるようです。

今回の世界青年部総会とは、創価学会活動家が「創価学会に男女青年部が枯渇している」という事実を目の当たりにするということです。するとどうなるか。いい加減目をさます活動家も増えるでしょう。「俺ってこんなことやってていいんだろうか?」「師匠出てこないじゃん」「そういえば活動してきていいことなんか一つもなかったなあ」「結局は友だちいなくなったなあ」「完全に婚期を逃したわ」「こんな男子部から結婚相手を見つけるしかないんだわ」「もうウグイス嬢やる女子部はいなくなったわ」「女子部長どんだけ掛け持ちすりゃいいのよ」こんな活動家の心の声が聞こえてきそうです。いや、それこそが本音なのだと思います。しかしバチがあたるという恐怖で口に出せないし、そんなことを思うだけでも恐怖に震えたりします。でももうそんな男女青年部もごっそりいなくなりました。それでも残るのはインチキ宗教に依存するしかないイかれた若者だけになるでしょう。

では今回のテーマは「世界青年部総会から見える創価学会」ということで、3月11日まであと6日。みなさんが考える世界青年部総会の予想図をお話しください。ちょうどその頃には700万アクセスになるので、その時はまた『祝・700万アクセス達成!』スレッドを立ち上げます。そこではいつもの挨拶や自己紹介なしで、なんでもいいですし、一言でもいいですのでコメントいただけると嬉しいです。創価は詐欺だということに関して700万ものアクセスになったという事実をみなさんで確認し合いましょう。と同時に、世界青年部総会の様子を見知った方はぜひこちらのスレッドでお話しを聞かせてください。