昨日はバラモン教と仏教の関わりから、いまの日本の仏教がどうしてこのような形になっているかについて書きました。毎回言ってますように、特別なことを書いているわけではありません。ごくごく一般的な史実を書いているだけですから、普通の人は少しも驚くようなことではないし、なんの違和感も持つようなことではありません。ただ日蓮正宗を信じている方と、創価学会を信じている方にしてみれば、聞き捨てならない事なのかもしれません。
では、日蓮正宗としては日蓮こそが末法の本仏であり、釈迦はあくまで迹仏(一時的な仏)であるとしています。もちろん創価学会も同じ考えです。いわゆる日蓮本仏論ですね。わたしもこの日蓮本仏論がどの時点で出てきた考えなのかを知りません。学会員時代は日蓮が自らそう言ったのだと思っていましたが、どうもそうじゃないらしい。では日蓮正宗の開祖である日興上人が言い出したことなのかというと、どうもよくわからない。しかも日蓮正宗の信仰の対象である弘安二年の大御本尊は、どうもかなり後の時代に作られたものらしいという噂。これが今だに噂になっているのは、日蓮正宗が弘安二年の大御本尊は確かに弘安二年に日蓮が残したものだということをいまだにはっきり証明しないということからも疑われ続けているんだそうです。まあ、宗教ですから科学的に事実関係を問われたり証明したりする義務はないし、そんなこと言ったらどんな宗教でも何も証明できなくなります。「神様神様って言ってるけど、神様って本当にいるかどうか証明しなさいよ」とキリスト教の信者に言ってもしょうがないのと似たようなものです。「私が神様を信じているんだから、他人につべこべ言われる筋合いはない」で話は終わります。日蓮正宗にしても、弘安二年の大御本尊が弘安二年に作られていなくても、日蓮作でなくとも、日蓮正宗の信者さんにとってはどうでもいいことなんですからね。だって「信じる」ってそういうことですよね。なんの確証もないことを真実だと思い込むことを信じるって言うんです。
話のついでに日蓮正宗について、もう少し話をしますね。別に日蓮正宗を嫌ってるわけじゃありませんのでお間違いなく。
日蓮正宗の公式HPの中で、「日蓮大聖人の教え」という項目には、このように書いてあります。
「釈尊(しゃくそん)は、今から約3000年前、人々を救うため50年間にわたって説法し、その最後の8年間で出世の本懐(目的)である法華経(ほけきょう)を説かれました。
この法華経の予言どおり、釈尊滅後2000年が経過し、釈尊仏法の功力がなくなる末法(まっぽう)時代に、民衆を救済する仏として出現されたのが、日蓮大聖人(にちれんだいしょうにん)です。
日蓮大聖人は、法華経の極理を御本尊(漫荼羅)として顕され、その御本尊に向かって“南無妙法蓮華経”の題目を唱えることにより、いかなる人も仏の境界に至ることができると説かれました。」
さて、日蓮正宗としてはこの話が前提に成り立っているということですね。
日蓮正宗としては釈迦は3000年前に50年間説法をして、その最後の8年間で法華経を説いた。この釈迦が説いた法華経の中には「自分が死んだ2000年後には、自分の教えの効力がなくなる時代がくる。しかしその時は自分ではない仏が出現して民衆を救うのだ」という予言が書かれている言っています。確か闘諍言訟とか百法隠滅とか教わった気がします。いわゆる末法思想ですが、日本ではそれが平安時代に流行ったんですね。芥川龍之介の羅生門に描かれた恐ろしく荒れ果てた世の中だっただけに、いよいよ末法が訪れたというリアリティがあったのでしょう。だから釈迦が3000年前に法華経を説いたという話が平安時代に広まったんでしょう。
まず、釈迦は3000年前に生まれてもいません。確かに詳しい年代は不明です。なぜ不明かというと、石や木に記録したメソポタミアや黄河文明とは違い、当時のインドの記録は葉っぱに書かれたものが主だったので何千年も保存できなかったからです。しかも釈迦自身が自分の説法を何かに書き留めることを禁じていたので残っていないというのもあります。しかし近年の研究により、とにかく釈迦が生きていたのは今から2500年前後である可能性が一番高いことは確かなようですので、日蓮正宗の公式HPの「釈迦は3000年前に50年間説法をして」という記載は明らかに間違いです。釈迦はシャーキヤ族の王子として生まれたわけですが、ヒマラヤ山麓のカピラヴァストゥに都があったシャーキヤが存在したのは紀元前5〜6世紀だったことがわかっていますし、釈迦の晩年にシャーキヤ族はコーサラ国に滅ぼされます。
それでは日蓮正宗が「その最後の8年間で出世の本懐である法華経を説かれました。」というのはどうでしょう。これも明らかに間違いです。法華経は釈迦が説いたものでないのはもちろん、誰が書いたのかもいまだにわかっていません。しかも書かれたのは釈迦が死んで少なくとも500年以上経ってからの100年間ぐらいの間に書かれたということまではわかっています。日蓮正宗に破門された創価学会でさえ、法華経は釈迦が説いたものではないという史実を認めていますが、日蓮正宗は今もこのように「法華経は釈迦の晩年8年間に解いた究極の教えだ」という立場を崩すことはありません。それもそうでしょう。日蓮正宗は法華経を最高の教えであるということを前提に成り立っているのですから、その法華経が間違ってましたなどと認めるわけにはいかないんでしょうね。いいんです。べつに日蓮正宗を批判しているのではありません。ただ史実とは違うことを言い続けなければならない日蓮正宗は、何を持って「正しい」と言えるのかどうか心配にすらなります。でもいいんです。宗教なんだから。史実がどうあれ、誰に迷惑をかけていないのでれば、信じれる人が信じたらいいんじゃないでしょうか。私はそう思っています。私はとても信じる気にはなれませんけどね。
そこで素朴な疑問が浮かぶんです。もし釈迦が晩年の8年間で法華経を説いたのだとしたら、なぜそれから500年以上も誰一人として法華経について語らなかったのか?ということです。実際は釈迦が死んで500年以上も法華経は存在しなかったから当然ですね。でも、それでも日蓮正宗は「その最後の8年間で出世の本懐である法華経を説かれました。」と公式HPに堂々と書いているんです。もしかしたら「法華経は末法の衆生を救うために説かれたから、末法より前の時代には誰も語らなかった」という言い訳をしてくるかもしれません。そうなると釈迦は2000年後の人々にしか通用しない教えを晩年の8年間を使ってまで説く必要があったのかどうかという疑問が湧いてきますね(笑)
もう少し話を続けます。日蓮正宗としては、法華経に末法には末法の仏が現れて民衆を救ってくれると書いてあって、その末法の仏こそが日蓮なのだという考えなんですね。私は勉強不足で、法華経に本当にそんなことが書かれているとは知りませんでした。学会員時代はそう教えられるのでそうなんだろうとは思っていましたが、実際に法華経のどの部分がそれに当たるのかを知りません。それと、法華経にそんなことが書かれているとしても、その末法の仏が日蓮だということは法華経にはもちろん、何のどこにも書いていないのですが、日蓮正宗とそこから派生した新興宗教団体だけは日蓮が末法の御本仏だと言い張っているんですね。
それともう一つ。日蓮正宗では「釈迦は3000年前に法華経を説いて、その法華経には2000年後には末法になって釈迦ではない末法の本仏が民衆を救ってくれるという予言がある」となっていますが、実際の釈迦は2500年前の人間ですから、その2000年後となると、日蓮はもうとっくに死んじゃってます。末法の御本仏として出てくるにはちょっと早かった(笑)実際の釈迦滅後2000年は、日本にザビエルやフロイスが来てキリスト教を広めている頃ですよ。おそらく日蓮正宗のお坊さんたちはこのことを知っているからこそ「釈迦は3000年前に法華経を説いて」といった明らかな間違いを書くしかなかったんじゃないでしょうか。
それから「日蓮大聖人は、法華経の極理を御本尊(漫荼羅)として顕され、その御本尊に向かって“南無妙法蓮華経”の題目を唱えることにより、いかなる人も仏の境界に至ることができると説かれました。」と日蓮正宗の公式HPには書かれていますが、法華経には南無妙法蓮華経と唱えるとどんな人も仏界に至るなんて書いていません。日蓮が勝手に言ってるだけです。それと「法華経の極理を御本尊(漫荼羅)として顕され」と書いていますが、法華経の極理があの曼荼羅に書き表されていると言っても、前スレで紹介したように、半分はバラモン教の神様の名前が並べてあるだけなんですよ。その神様の名前は、バラモン教の司祭が自分たちの都合がよくなるように作られた話に登場してくるいろんな神様の名前でしかないんです。それがなんで「法華経の極理」と言い切ってしまえるのか、日蓮正宗は説明しているのでしょうか。少なくとも私は知りません。たとえその曼荼羅が法華経の極理であったとしても、その法華経自体が釈迦の教えでもないし、誰が書いたのかもわからないものなんです。
おそらく日蓮正宗のお坊さんたちも、法華経が釈迦の説いたものではないことぐらい知っているはずです。もし本当に知らないならもっと問題だと思います(笑)。でも今さら法華経は釈迦の教えではなかったなんて言えるはずもないんでしょう。理屈が通らなくても日蓮の曼荼羅が法華経の極意だと言うしかないんでしょう。それはちょうどスケールこそ違いますが、カトリックが地動説や進化論を認めるわけにいかなかったのと同じようなものではないでしょうか。ちなみにカトリックは今ではさすがに認めてますけどね。いいんですよ。それはそれ、これはこれで。信じる人がいて、それでその人が幸せだというのであればいいじゃないですか。
これまで書いてきたように、宗教ってフィクションなんです。これまで書いてきたように、いろんな宗教が長い年月の中でごちゃ混ぜになりながらどんどん変化してきた物語なんですね。でもそのフィクションによって心が救われてきた人たちがいることは間違いないのですから。それこそ「信じる信じないはあなた次第です」でいいと思います。他人がとやかくいうことではないと。
ただし、それはあくまでも宗教である場合に通用することだと思います。だからと言って、宗教の曖昧さ、いい加減さ、デタラメさを利用して人を騙すような詐欺行為は許されるものではありません。だから私は宗教の神秘的でいい加減なところを利用して会員を騙してお金を搾り取るような創価学会という詐欺集団は許されてはいけないと言っています。伝統的なお寺や神社や教会も、かなりえげつなく商業主義に走っているところも少なくありませんが、それもまあ仕方ないかと思います。宗教も半分商売ですよ。でも創価学会の場合はそんな生易しいものではありません。とにかく会員になったら最後、骨までしゃぶって、お金を出せなくなったら簡単にポイするような、それこそ反社会勢力と同じことをやっています。私は実際にこの目で見てきましたから言うのです。
さて、ここ数日、世界で最初に現れた宗教であるゾロアスター教から東側に広がったバラモン教、仏教までをざっと書きました。次はゾロアスター教が西側に広がってギリシャ哲学やユダヤ教、キリスト教になった話をしてみたいと思います。創価学会にしか興味のない学会員さんにしてみれば、ギリシャ哲学やキリスト教なんてただのボンクラ宗教としか思えないのかもしれませんが、少なくとも中学生が知る程度の宗教に関する知識を持っていても損はしないと思うので、よかったら次も読んでみてください。その前に、よくギリシャ哲学って言いますけど、あれじつは宗教なんですよ。有名なソクラテスやプラトンも偉大な哲学者と言われていますが、じつは宗教の神官だったんですね。じゃあなぜ一般に宗教家ではなく哲学者と呼ばれているかというと、それにはなるほどと納得する訳があったんです。
私は以前、しばらくヨーロッパの古い町に住んだことがあるのですが、ヨーロッパ人のキリスト教会に対する敬虔な態度は、日本人にはおよそ想像がつかないと思いました。バチカンはバチカンでその強大な権力と商業主義を目の当たりにしますが、田舎の小さな村に行ったりすると、神とキリストとマリアが人々の心に深く染みついていることを目の当たりにしたものです。日曜の教会に行くと感動します。もちろん私はキリスト教の神を信じてはいませんが、それでもこの人たちに神様が本当にいると思いますかなんて、口が裂けても言えるものではありません。
では次の「なるほど!ザ・宗教」でお会いしましょう(笑)。