創価学会は詐欺だという証拠

とあるノーベル文学賞作家の小説の中に「独裁者が国民を支配する方法は、国民に情報を与えないようにすることと、教育である」といった意味のセリフがありました。創価学会そのものですね。「ネットはデマだから見るな」「日本は池田先生に嫉妬しているから悪口しか言わないが、世界では認められている」「いよいよ世界広布新時代がやってきた」「先生はお元気で、全国の同志の激励に飛び回っている」みんな何の証拠も根拠もないデタラメです。聖教新聞社は会社ではありませんし、聖教新聞は新聞ですらありません。創価に都合のいい情報だけを会員にお金を出させてしんじこませ、一般社会の情報を遮断するために作られている会報です。勤行唱題も会員が考えるこができないようにするための儀式です。会合も組織活動も会員のマインドコントロールを強化し、会員同士を相互監視するためのシステムです。創価は会員に対してあらゆる手段を使って情報を遮断し、創価の都合のいい嘘をつきまくって会員からお金を巻き上げ続けてきました。ネットがなかった昭和まではそれが通用しましたが、ネットの普及によって誰もがある程度の情報を手に入れることができるようになりました。若い人が創価に入らないのは、情報を得ているからでしょう。これから先も若い人が創価に入ることなど考えられません。創価は今になって情報操作に必死ですが、今さら遅すぎです。今の創価はほとんど50歳代以上が中心です。日本の人口分布と同じで70歳前後の団塊の世代がピークですので、10年後は情報が遮断されたままの80歳代前後の会員だけしか残ってはいないと思われます。当然、聖教新聞を読む人も配る人もいなくなるし、集まる財務の額も激減します。10年後には創価の損益分岐点が来ると個人的には思います。
もちろん創価学会が目指しているとする広宣流布は100%できるわけはありません。そもそも創価学会は広宣流布をやるなどと考えていません。広宣流布は会員を騙してお金を巻き上げるための見え透いた嘘です。デタラメです。インチキです。ましてや宗教なんかじゃありません。単なる詐欺です。学会員さんにとっては信じられないかもしれませんし、信じたくもないでしょうが、創価学会はどこをどう見ても最初から詐欺でしかなかったんです。情報を遮断され、創価に都合のいい教育だけを受けてきた学会員にはそれがわからなかった。しかしネットの普及によって、創価の真実に気がつく会員が増えてきた。ネットの情報と創価の現実がピタリと一致していることに気づいた学会員は次々と脱会し始めた。そして今は創価の活動家は情報を遮断し続けている100万人程度に減ってしまった。これからはさらに減り続けるしかないのが創価学会です。現実を見れば広宣流布などできるわけがないのは小学生にでもわかる話です。高齢の学会員も長年創価の活動をしてもちっとも幸せになっていない自分がいることにようやく気づいてきた。ようやく目の前の現実を見て自分の頭で考えることをはじめた。これから先、創価に残る学会員がいるとしたら、現実を受け入れることが恐ろしくてできない人たちだけになるでしょう。これから先、増える見込みのまったくない創価学会が、残された学会員だけでどうやって広宣流布をやるのでしょう。その人たちは死ねまで創価からお金を絞り取られるだけの人生になります。あるいは創価が崩壊するのが早いかもしれません。創価が正しい宗教だと信じるのは勝手ですが、それで幸せになった人を見たことがあるかどうか、自分は創価でない人よりも幸せなのか、目の前の現実を見てほしいと思います。

そこで今回のテーマはズバリ『創価学会は詐欺だという証拠』とさせていただきます。

先日、ダイナムさんが声をかけられた4人の学会員さんが、ダイナムさんの話を真剣に聞いてくださって、このブログも真剣に読んでくださったそうです。学会員さんにとって『創価学会は詐欺だ』という言葉はあまりに衝撃すぎて、とても信じられないのが当然だと思います。今、4人の学会員さんはものすごく動揺されていらっしゃると思います。こういう私もそうでした。何日も眠れませんでした。かといって誰にも相談できませんでした。おそらくこのブログを訪れる人のほとんどが創価学会が詐欺だなんてそんなことがあるわけないと思っていたと思います。でも現実は違いました。創価が詐欺だということは、自分の頭で考えたらすぐにわかることでした。ただその現実はあまりにも残酷で、恐ろしくて、すぐには受け入れられませんでした。それでもこの現実を受け入れるしか、これからの人生はないと思いました。このどうしようもない恐怖と焦りと絶望感を、私はとりあえず言葉にしました。それがこのブログのスタートです。そしたら自分と同じような思いをしている学会員や学会経験者の人たちがたくさんいることがわかりました。一人で落ち込んでいる私にはカンダタが蜘蛛の糸を見つけたときのような思いでした。それから同じ思いをしていた人がどんどんブログにコメントされるようになりました。今ではコメント数は3万件を超え、そのコメントを読まれる人のアクセス数が800万を超えました。今も毎日5,000から6,000のアクセスがあります。来年の今ごろは確実に1,000万アクセスを突破する勢いです。なぜここまでのアクセス数に至るのかの答えは明らかです。このブログには創価経験者の膨大な真実があるからです。根も葉もないいい加減な感情論は徹底して排除しています。ここで語られるのはまぎれもない創価学会の現実だけです。そしてその創価学会の現実とは「創価学会は宗教ではなく詐欺だ」ということです。

あらためてこうした創価学会の現実を見て、創価学会を信じてきた自分の人生を振り返ってみたときに「創価学会は人々を幸せしてきたのか?」という疑問、あるいは「創価学会員である自分は幸せになったのか?」といった素朴な疑問が浮かんだ人が多かったと思います。それまでも時々同じような疑問が浮かんでも「疑問を持つと罰があたる、福運を消す」などとどうしようもなく恐怖心が湧いてきて、それ以上考えることをやめてしまっていたのも事実でしょう。それもこれもみんな知らないうちにマインドコントロールされていたんですね。今まではそうしたマインドコントロールで学会員を思考停止にさせてこれましたが、もうそんな時代は終わりました。

若い学会員はもちろん、長年創価にすべてを捧げてきた活動家さえ、創価が詐欺だということに気づいて、今ではどんどん脱会者が増えています。

このスレッドでは、このブログの原点である「創価学会は宗教ではなく詐欺だ」ということを、動かしがたい事実をもとにして、あらためてわかりやすく検証していきたいと思います。

そして、おそらく今はまだとても混乱のさなかにいらっしゃるであろう4人の学会員さんが、皆さんとの対話を通じて、少しでも心の平安を取り戻されるように願っています。

これから創価学会はこうなります

前スレで少し話しましたが、今回のテーマは『これから創価学会はこうなります』とさせていただきます。これまで皆さんが実際に見てきた創価学会の現実の姿を語っていただきました。その現実をもとに、これから先、創価学会がどのようになっていくかを、できるだけ具体的に予想して話をしていただけたらと思います。

ひとつはいちばんわかりやすいところで座談会はどうなるでしょうか?それから男子部の牙城会、創価班はどんな形になるでしょう。白蓮はどうなるでしょう?守る会(今もあるのか知りませんが)やその他の各種活動、あと女子部はもうすでに消息不明になっているようですよね。未来部も男女青年部がいないので消息不明みたいです(笑)。創価学会は何と言ってもやはり婦人部が支えていますよね。できるかぎり仕事をしないで、朝から晩まで勤行唱題と活動に入り浸ることができるのは婦人部ですからね。選挙で票をとるのも婦人部だし、新聞配ったり集金したり、日顕撲滅唱題会で人を呪い殺そうと本気で考えてるのも婦人部の皆さんです。壮年部は婦人部からお尻をひっぱたかれてしぶしぶやってる感じです。創価の活動家の半分以上が婦人部ではないでしょうか?知りませんけど(笑)

これから創価学会は間違いなく減り続けるでしょう。今回の沖縄県知事選では出口調査で公明党支持者の4人に1人が玉城氏に投票したと答えたそうですから、沖縄創価学会の崩壊は本土より早いかもしれません。ただし今も公明党は疑っても創価は正しい、あるいは今の創価はおかしくても池田は正しいなどと、自分を正当化したいがために現実を見誤っている学会員さんもまだまだたくさんいるでしょうから、沖縄創価学会完全崩壊はもうしばらくかかるでしょうね。とはいえ、創価学会はこれから大きくなることは絶対にありえないことは確かです。若い人は減り続けます。今さら創価に入るような若者がいるわけないですからね。座談会でさえ青年部は見かけないのですから、増えるわけないです。あと、今の壮年婦人部は当然歳をとります。いまの壮年婦人部が10年後には確実に減ります。すでに少ない青年部が10年後に組織の中心になり、10年後に半減した壮年婦人部と協議会や座談会をやるわけです。そのとき青年部がいると思いますか?未来部がいるでしょうか?

これから10年後には、創価学会員のほとんどが50歳から高齢者だけの集団になると思います。牙城会はすでに男子部だけでは成り立たなくなって、壮年部が手伝っているという話もありましたね。創価班はどうなんでしょう。男子部だけでやれてるんでしょうか?では10年後の牙城会や創価班はどんな様子なんでしょう。この10年で男女青年部はかなり減りましたよね。これから増える可能性があるのでしょうか?あるわけないのは明らかですね。

学会員が減っているのは日本人全体の少子化の影響とは比較にならない割合で減っていることは以前にも話をしました。また、創価は会員数を絶対に明かしませんが、地域の統監数と活動家数の割合でいえば、活動家数はおよそ4人に1人ぐらいのようです。このブログでもわかるように、活動家の方が脱会する割合が高いです。籍だけある非活の学会員はとくに困りもしないし疑問を感じることもないので脱会もしないようです。つまりこれからは活動家がより脱会していくだろうとおもわれます。

いま実際に創価の活動家って何人ぐらいいるんでしょうね。ここで言う活動家とは、座談会に出るくらいではなく、新聞啓蒙や折伏や家庭訪問するような学会員のことです。そうなると100万人ぐらいかなと私はおいます。10年後は半分の50万人ぐらいにはなってると思います。しかし活動家が50万人で創価学会は成り立つでしょうか?今現在、聖教新聞は550万部だそうです。活動家が50万人にらなったら聖教新聞の売り上げも半減するでしょう。財務の総額を少なくとも半分になります。少なくともと言うのは、10年後の学会員の年齢構成が高齢者が圧倒的に増えるので、出せる金額は今より確実に減るからです。

さて10年後に活動家が半分になって、集まるお金も半分以下になった創価学会が現実的にやっていってるかという話です。活動家が半分ですから公明党の得票数も単純に半分の350万票となりますから、議席も半分くらいにはなるでしょう。自民党は連立を組む意味がなくなります。たぶんその前に公明党は孤立するでしょう。自民党に見放された公明党は当然野党からも相手にされなくなります。政党としての存在意義がなくなるのです。今でこそ自民党の太鼓持ちとして存在していますが、票もとれない議席も少ない、野党からは嫌われている公明党は10年後にあるのかどうかも怪しいです。

また、10年後は確実に池田大作はこの世にいません。創価学会を率いる力は今の執行部にはありません。だから今でも「先生はお元気です」と言うしかないのです。8年半も姿を見せない90歳の池田が100歳まで誰にも見られずに「お元気です」はあり得ませんから、Xデーは近いですね。会憲とかで会長の権限をどんなに大きくしても、ダーハラ以下、他の最高幹部の誰だろうと学会員を率いる魅力のある人間はいません。なのでXデーをさかいに脱会者は急増するでしょう。

このように、これから創価の会員が増える要素は何ひとつありません。数は減り続け、残った会員も高齢者ばかりになり、活動自体も老人会さながらとなるでしょう。

私の予想では、創価は会員に事前の説明もなく突然解散すると思います。その前に創価に関係する企業が手を引くと思います。職員は突然解雇され、会員も突然ほったらかしになると思います。地方の副会長が矢面に立たされて吊るし上げられるでしょう。最高幹部はトンズラ、あるいは東電の幹部のように家族もろとも海外で悠々自適に暮らすのかもしれません。しばらくは日本中がパニックになると思います。日本中に被害者の会がたちあがり、しばらくはテレビのワイドショーは創価でもちきりになるでしょう。全国の閉鎖された会館には石が投げられ荒れ放題になると思います。日蓮正宗の信者は浮かれまくりでしょうね。

私の予想はざっとこんな感じです。いずれにせよ創価の崩壊は時間の問題であり、10年以内には創価が詐欺だったことが一般社会に知れ渡ることになると私は思います。

皆さんもこの機会に創価崩壊の具体的なシナリオを聞かせてください。もちろん部分的な話でかまいません。一日も早く創価崩壊の日が来るように、気づいた人から創価学会を静かに去りましょう。

自分のことを創価脳だったなあと思う瞬間

現役の創価学会員は創価の実情をいちばんわかっているはずなのに、創価が衰退しているという明らかな事実をなかなか認めようとはしません。この事実を事実として認められない限り、学会員は対話などできるわけがないと思います。

そこで、このブログでは『対話を求めて』というタイトルにあるように、対話ができることが覚醒の第一歩だと考えています。言いかえれば、創価が衰退している事実を事実として認められないのは、マインドコントロールされて、対話能力を奪われている状態だということです。創価脳は対話の意味すら理解できなくなっているということです。

だから座談会に参加している学会員が、その座談会の様子を見て「創価は衰退している」と思えないのは、もはやホラーだと思います。赤いリンゴを見て「このリンゴは黄色いですね」「そうですね、このリンゴはたしかに黄色いです」とみんなで喜んでいるようなものです。怖いです。その中には「あれ?これ自分としては赤く見えるんだけど、そんなことこの場では言えないな」と思っている人がかなりいる。でもそんなこと言ったら最後、このコミュニティにはおれなくなることがわかっているから口が裂けても言えない。創価とはそんな人たちの集まりだと思います。

創価脳かどうかを判断するとき「創価は衰退していると思いますか?」という質問にたいして、組織の中ではっきりとこの真実を言えるかどうか。あるいは創価ではない人たちに向かって「はい。創価学会は明らかに衰退しています」と、目の前の真実を認めることができるかどうかで判断できると思います。

同様に、原田会長が会員に向かってしきりに池田大作は元気だと言っていることを疑わないのも、創価脳であるという判断ができると思います。また池田が元気でないことぐらいわかっていながら、決してそのことを口にだせないのが創価学会という組織です。むしろそれは学会員同士でのタブーとしてまかり通っていることが問題だということに気づいていないのです。

問題は池田が本当に元気かどうかではなく、池田が元気だと思っているような顔をしなければいけない組織だという事実です。

8年半もの間、まったく動いている池田の姿を一般の会員が1人も見たことがないことも十分に奇妙なことですが、会員の誰もがそのことを疑問として口に出すことがないことのほうが何倍も奇妙で恐ろしさを感じます。

「池田先生はお元気ですと原田会長は言っていますが、あなたは本当にそう思いますか?」という質問で、創価脳かどうかを判断することができると思います。そのとき「聖教新聞にはちゃんと元気な先生の写真が載っている」とか「先生はすべてを私たちに託されたので、あえて姿を見せないんです」などと苦し紛れの言い訳しかしないのであれば創価脳です。屁理屈だとわかっていながらもそんな答えしかできないのが創価脳です。

このブログではそんな創価脳とは対話ができないことはわかりきっているので対話はしません。ただし少しでも創価に疑問を持てる学会員であれば、対話ができる可能性はありますから、喜んで対話をします。これがこのブログのスタンスです。

そこで、今回のテーマですが、

『自分のことを創価脳だったなあと思う瞬間』

とさせていただきます。

創価脳の方たちはもちろん自分が創価脳だなんて思いません。自分の頭で考えて正しい判断して、最高の信仰を実践していると信じています。それがまるごと自分の頭で考えていない結果であることに気がつきません。自分の頭で考えて、創価に疑問を抱けるようになって初めて覚醒し、自分の愚かさに気がついてショックを受けます。また、多少は創価に疑問を持っていても、自分がそこまでものごとを考えないようになっていたなんて思いもよらないんですよね。それは覚醒しなければ絶対に気づけないことは、みなさんが自分のこととして痛いどころの話ではないほどわかっていると思います。

そこで、あえて今回は創価脳だったあの頃を思い出しながら

『自分のことを創価脳だったなあと思う瞬間』

について率直に語っていただけるとありがたいと思います。つまりあの頃の自分では何を言われでも聞く耳を持たなかったなあといったことです。そして自分の頭で考えることがいかに大切なことなのかを、あらためて確認できる場にしたいと思います。

よろしくお願いします!

ここ1・2年ぐらいの座談会の様子を教えてください

みなさん、先日の800万アクセスの際には怒涛のお祝いコメントありがとうございました!

5日間で180のお祝いコメントと3万を超えるアクセスをいただきました。そして創価崩壊の足音が一段と近くに聞こえてきました。

それでも創価脳のみなさんたちは、創価は世界中に広まって、いよいよ世界広布新時代がやってきて、もうすぐ世界は創価の思想によって平和が訪れるなどとお花畑満載の人も多いようです。そこで、今回は創価学会の現実の姿をもう一度確認するスレッドにしていきたいと思います。

このブログにも1年前まではまだ普通に活動をしていた方もたくさんおられます。座談会や協議会に参加し、聖教新聞のノルマをどうやって穴埋めしていこうかと頭を悩ませておられた婦人部の方も多いのではないでしょうか。また同中に行っても来てるのは座談会と同じ老人たちばかりで、いつもの創価班が進行して、いつもの幹部が同じようなことを話すだけの状態だと思われます。私は10年以上も創価から離れていますので、今の創価の実態を知りませんから、私が見てきたようなことを言っても説得力がありません。なので、ここ1年ぐらいの座談会や協議会、同中に参加した方の話をできるだけ具体的に教えて欲しいのです。はたして、そこにダーハラ会長が言う世界広布新時代の到来が感じられる光景があるのかどうか。連日のように聖教新聞に載っているような幸せいっぱいの笑顔の学会員が本当にいるのかどうかを、実際に参加している方の話をしていただければ嬉しいです。それからすでに学会組織は来年の選挙態勢に突入しているということですので、みなさんが実際に学会員から選挙の話をどのようにされているのかも合わせて報告していただけるとありがたいです。

創価学会の現場は今どうなっているのか?

10年前とどう違っているのか?

20年前とどう違っているのか?

新しい会員が座談会に参加しているのか?

地区座に地元の男女青年部が何人ぐらいいるのか?

協議会ではどのような雰囲気なのか?

ぜひ教えていただけるとありがたいです。それは脱会した私たちにではなく、創価に少しでも疑問を持っている学会員さんに、創価学会の現実に気がついてもらうきっかけにして欲しいからです。

聖教新聞に載っているような男女青年部が嬉々として参加している笑顔いっぱいの座談会が自分の組織にもあるのかどうか考えて欲しいと思います。学会員はこの新人によって本当に幸せになっているのかどうか?学会員じゃない人とどこが違うのか?学会員じゃなくて幸せそうな人が近所にたくさんいるのはなぜなのか?自分はいつになったら学会員じゃない人より幸せになれるのか?幸せになる前に死んでいった学会員が周りにいっぱいいるのはどうしてなのか?

そんなことを考えるきっかけになればと思います。

どうかよろしくお願いします。

それからいつも言ってますが、スレッドのテーマは、あくまでみなさんからコメントをしてもらいやすくするためのものですので、テーマに関係のないことでも大歓迎です。

特に「新聞やめました」「脱会届け出しました」「脱会宣言しました」「アポなし訪問を撃退しました」など、嬉しい報告はどしどししてください。もうそれだけでとても勇気づけられる方がたくさんいらっしゃいます。些細なことでもいいんです。創価から一歩でも離れることができた話がたくさん集まれば集まるほど嬉しいです。今の創価学会の現実の姿を学会員さんに気づいてもらえれば素晴らしいと思います。

よろしくお願いします!

祝!!800万アクセス!♪( ´▽`)

皆さま!とうとう800万アクセス達成できました!

創価学会が宗教ではなく、会員からお金と時間と幸せな家庭を奪う悪質な詐欺であることを、訴え続ける創価経験者の声が集まるブログが800万アクセスを達成したということは、たいへん重要な意味があると考えます。

6年半前にスタートした『対話を求めて  静かに創価学会を去るために』は、たくさんの創価経験者の実体験によって、創価が詐欺であることの確かな証拠を積み重ねて来ました。スレッド数430。コメント数30,000。アクセス数800万。半年で100万アクセスあるこのブログの存在は、すでに多くの創価経験者の心を捉え、ここに寄せられる創価学会の実態に気がついて、脱会へとたどり着いた方は数えきれません。日本における戦後最大の宗教詐欺犯罪事件。それが創価学会です。

おそらく来年の今頃は1000万アクセスを達成すると思われます。もしかしたらイケダXデーもそれまでにやってくるかもです。新人間革命も終わったし、教義の変更もしたし、会憲もきめて、イケダが教祖様になる布石も整った。いくらなんでもこれ以上「先生はお元気です」も写真捏造も限界がきた。そろそろXデーを発表しないとヤバい。ということで、Xデーも近いと思われます。かといってイケダに代われるカリスマ性のある指導者などいるわけもない。Xデー後は確実に会員離れが起こります。創価もバカじゃないので計算済みでの今の動きです。ただ自分たちだけではどうにもできなくて、莫大な費用をつぎ込んでコンサル会社に広報を依頼しているようですが、それもことごとく失敗しているようですね。

そう言う意味では、これからの1年間の創価の動きはかなり激しくなるかもしれません。選挙もあるし、これ以上得票数を減らせば自民党からも利用価値がなくなるので、公明党は与党からも野党からも相手にされなくなるでしょう。聖教新聞の収益も減る一方ですから、財務も今より露骨に集めると思われ、ますます会員が減るのは間違いないです。今よりもっともっと衰退が加速すると思います。地区の統合が進み、支部単位でしか座談会もできなくなるんじゃないでしょうか。それでも男女青年部は少なく、暇な老人の集まりになるのは時間の問題です。そうした現場をいちばん知っているのが地区部長と支部長、婦人部長なのですが、彼らは間違っても創価が、衰退しているなんて口に出せません。でも彼らは肌で感じているはずです。そうした葛藤を抱えているはずですですが、それは誰にも言えないので、考えないようにしているのだと思います。なんともかわいそうな気もします。素直に目の前の現実を見ることもできない人生なんですよね。そんな生活の何が幸せなんでしょう。

ということで、このスレッドは800万アクセス達成おめでとうをみんなでお祝いする場所です。

このスレッドに限って初めての方でも自己紹介は必要ありません。何かしらひとことでもコメントください。もちろん長いコメントでもいいですよ(笑)そしてできれば、創価が詐欺だと気づけてよかった。活動がやめられてよかった。家族との時間ができてよかった。無駄なお金を使わなくなってよかった。友人と心を通じ合えてよかった。などなど、創価を去ってよかったと感じたことを話していただけるとうれしいです。そして創価をやめてもバチなんか当たらないことを学会員さんに向けて話していただけたら、多くの悩める学会員さんを救うことになると思います。どうかよろしくお願いします!

 

活動家は時間をどれくらい奪われたのか

みなさんいつもたくさんの有意義なコメントありがとうございます。

おかげさまで来週の前半に800万アクセス達成しそうです。

今回も、みなさんと一緒にお祝いできればと思います。

今回のテーマは「動家は時間をどれくらい奪われたのか」とさせていただきます。

創価の活動を真面目にすればするほど自分の時間が奪われるというのは、これまでもほとんどの方が実体験として感じてきたことです。そしてその結果どうなったのかも、このブログに多くの方が証言してくださいました。結論から言いますと、創価の活動家がお金も時間も自分で考えることも奪われた奴隷でしかありません。しかも一般に言われる奴隷は理不尽な労働を強制されているという自覚はありますが、創価の活動家は自分の時間も思考も奪われていることの自覚がありません。いわゆるマインドコントロールによって、自分が被害者であるという意識を持てない精神状態になってしまっていますので、単なる奴隷よりも悲惨な状態だと言えます。奴隷が解放されtれば素直に自由の喜びを感じることができますが、創価の精神的呪縛から逃れることができても、マインドコントロールの恐ろしい後遺症によって、すぐには正常な社会生活ができない場合もあります。すでに家族や友人との人言関係が破綻してしまっていたり、家族の中で自分一人が創価から抜けたりすると、新たな問題を抱えてしまう場合もあります。創価が詐欺だと気付いたから脱会した。それで万々歳だというわけにはいかない場合も多いです。そしてそうした問題も、活動家にとっては創価が正しいという動かしがたい前提があるので、問題の全ては脱会者にあるとしか思えないのが創価脳です。

今回は特に活動家が実際にどれだけの時間を創価に費やし、その結果、家庭を顧みなかったり、子どもに留守番ばかりをさせてネグレクト状態になっている学会員の家庭は今でも多いのではないでしょうか。前スレの「創価をやめてよかったこと」でも、ほとんどの方が「自由になった」「自分の時間ができた」「やりたいことがやれて嬉しい」「子どもと触れ合う時間ができた」など、時間の面だけとっても嬉しいことばかりが報告されています。逆に活動すればするほど、自分の思いを押し殺して、嫌なことでもやるしかないんだと無理を重ねて、体調を崩したり、精神的にも破綻したりする学会員がとても多いのが現実です。

そこで今回のテーマは特に活動家時代の時間に絞って「動家は時間をどれくらい奪われたのか」ということを、みなさんの経験したことをできるだけ具体的にお話しいただければと思います。例えば1日のうちに勤行、唱題、各会合(座談会、協議会、唱題会、同中、幹部会など)、創価班・牙城会・白蓮などの各種奉仕活動、会館の清掃や植え込みの手入れなど、連絡報告事務、統監、家庭訪問、新聞配達・集金業務、家庭訪問、選挙活動。ざっとあげただけもこのようなことを学会員は自腹を切ってやっているわけです。入会するとこんなにやることが多いなんて、入会を勧めるときには絶対に言いませんよね。入ったら最後、どんどんやることが増えて、自分の時間などなくなるのは当たり前です。しかも持っているお金は全て創価に捧げるように言われます。いうことを聞かなければ「バチが当たる」と脅されます。知らないうちにバチの恐怖に絡め取られているので、もう後へは引けなくなっています。そうなるとあとはお金も時間も全て創価に捧げるだけの奴隷になってしまいます。そんな創価奴隷が今でも日本には少なくとも100万人はいるようです。もしかしたら200万人ぐらいいるのかもしれません。そうした創価奴隷がどんどん減ってきているのはせめてもの救いではありますが、それでも百万人単位で創価に騙されて人生をもうに振らされている人がいると思うと恐ろしいです。

また長くなってすみません(笑)

それではみなさんが活動家時代に、どのようなことをどれくらいの時間を費やして創価のために働いていたのかを書いていただけると嬉しいです。以前、財務二ついての具体的な金額を書いてもらいましたが、少ない人でも10年20年やっているうちに1000万円は出していることがはっきりしましたし、多い人は億単位で出していることもはっきりしました。今回はどれくらい時間を奪われているかをはっきりさせたいと思います。

よろしくお願いします。

創価の活動をやめてよかったこと

これまでみなさんから動かしがたい自分の体験と、貴重な資料を提供していただいた『創価脳にもわかる創価の疑問シリーズ』は、とても説得力のあるものになりました。本当にありがとうございます。
1. 学会員は創価にどれだけお金を出したのか?
2. 学会員は幸せになったのか?
3. なぜ選挙活動が功徳になるのか?
4. なぜ創価脳(思考停止)になるのか?
5. 池田大作とは何か?
この5つの観点から、みなさんの実体験にもとずくたくさんの事実と、たくさんの関連する資料が揃いました。
創価に少しでも疑問を持ってこのブログにたどり着いた学会員のみなさん。ぜひこの基本的な疑問について自分の頭で考えてみてください。創価の活動をしていると、知らないうちに自分でものことを考えることが悪いことのように思えてきます。さらに自分で考えると悪いことが起こるような恐怖心がつきまとうようになります。これも創価が日蓮の教義を功徳と罰の部分を特化して会員に刷り込んだ結果のことです。そうなってしまうと、目の前の現実から自然と目を背けて、創価から言われるままに行動することが何よりも幸せなことなのだと思いこんでしまうんです。そうなると創価以外のどんな考えでも、どんな現実であっても、それを受け入れることができなくなってしまいます。要するに創価の言うことだけが正しく、それ以外はすべて間違いであり、そんな間違ったことを信じてしまうから不幸になるんだという考えに縛られてしまいます。日蓮宗派の中でも異端である日蓮正宗の日蓮本仏論を詐欺の道具として採用したのは、会員を思考停止に陥らせ、創価に逆らうと地獄に落ちるといった脅迫を徹底できるからです。その結果、会員は創価から言われるがままにお金を差し出し、何部も新聞を購入し、家庭をおろそかにしながら、選挙活動にあけくれます。さらに隣近所や職場からは疎まれ、まともな人間関係さえ保つことができなくなり、地域や職場から自然と孤立してしまいます。
ここに寄せられたコメントは、かつて真面目に学会活動をしてきた学会員さんが語っている、すべて客観性のある事実です。もはや誰にも否定することはできないものです。個人的な考え方とか、感想などではなく、実際に創価学会の中で何が起きてきたのかということの事実が述べられています。こうした事実を前にすれば、もはや創価学会がまともな宗教だなどと言うことが、どれだけおかしなことかは誰の目にも明らかです。この期に及んでもなお創価は正しい宗教団体だと思える人がいたとしたら、それは完全にマインドコントロールされているという証拠であると言えます。
みなさんから寄せられた資料によってマインドコントロールとは何かということもわかりましたし、それが創価が会員にやってきたことだということも今回よくわかりました。創価学会は宗教ではなく、会員をマインドコントロールしてお金を巻き上げるために作られた極悪詐欺集団だったということは、もはや言い逃れることはできないのです。それはこのブログに寄せられた30,000件もの創価経験者の声が証明しています。まずこうした事実を認めない者が、創価が正しいなどと言っても、何の説得力もありません。
現実に創価学会はあからさまに衰退しています。脱会者が日増しに増えているのも数字として明確に出ていますし、実際に座談会や本部幹部会の同時中継などの会合の様子からも明らかです。しかしマインドコントロールされている学会員は、こうした事実が目の前にありながらも、決してその事実を認めようとはしません。わかっていて認めないのではなく、創価があからさまに衰退しているという事実が何を意味しているのかを理解できないのです。学会員はマインドコントロールされているので、相変わらず創価が打ち出している世界公布新時代という言葉を信じています。創価は世界中に広まって、やがて世界中の人々が創価が発行するカラーコピーの曼荼羅に南無妙法蓮華経と唱える時代が来ると本気で信じているのです。一般の人から見れば狂人としか映らないようなことですが、残念ながらこれが創価学会員の現実です。こうした姿は創価学会に限らず、典型的なカルト宗教を利用した詐欺団体の手法なのですが、そのいちばんの被害者である創価学会員はマインドコントロールされているために、自分が被害者であることに気づくことができません。しかし今まさに現実に起ころうとしているのは、創価学会が戦後日本最大のカルト宗教詐欺団による恐るべき犯罪であることが、もうすぐ社会的にも明らかになろうとしていることです。

さて、こうして創価の疑問に対する答えが事実関係とともに出揃いましたので、今回のテーマはそのまとめにしたいと思います。

このブログの目的は、大きく2つにまとめられます。

一つは、創価に疑問を持っている現役の学会員さんが、その疑問をどのように理解すればいいのかを整理し、膨大な体験談と資料を知ることによって「創価は宗教ではなく詐欺だ」ということに気づいてもらうこと。

もう一つは、創価が詐欺だと気づいても、人によってはすぐに脱会することができない環境の方も多くいらっしゃいます。そうした方にとっては特に毎日が辛い日々となり、精神的に参ってしまわれる方もいらっしゃいます。ここではそうしたどうしようもできない悩み、他人に言っても理解してもらえない創価に関する悩みを、ここで吐き出したり、情報を共有したりすることで、家族揃っての脱会に向けていける力を出してもらえるように、お互いに励ましあっていけるような場所になることを目指しています。また、この世で一番正しい信仰だと信じていた創価が実はとんでもない詐欺集団であったことがわかり、それまでの自分の人生の大切な部分が間違いであったということを受け入れることは、それほど簡単なことではありません。脱会できてもなお、創価後遺症と言われるような精神的不安や焦燥感に襲われて、これからどうやって生きていけばいいおかわからな位という悩みを抱えてしまわれる方もいらっしゃると思います。そうした方の悩みを理解できるのも、同じような経験をしたこちらの方々だからこそできるアドバイスもあります。またそうした悩みが自分だけではなかったんだということがわかるだけでも、とても大きな心の支えにもなるでしょう。このブログはそうしたみなさんの対話によって成り立っています。

このブログのタイトルである『対話を求めて』の対話とはこうした意味をさしています。マインドコントロールされて、物事の判断力を奪われている人との対話は成り立ちません。それはこのブログでも何度となく試み、その都度断念してきました。創価脳とは日々のマインドコントロールによって思考停止させられ、闘争心を煽られ、常に敵と戦うことによって偽りのアイデンティティを確立させて満足感を与えられている人たちのことをさします。

創価脳の中身は差別意識による優越感と好戦的で独善的な価値観で成り立っています。創価以外の人の話を聞こうとする思考回路はありません。特にこのブログのように創価を完全否定しているようなものに対しては闘争心をむき出しにして感情のままに罵詈雑言を浴びせます。そして自分たちの矛盾を突かれても完全にスルーしてしまいます。そのような創価脳との対話は初めから成り立たないということが今回も立証されました。

創価に少しでも疑問を持つことができた学会員さんであれば、マインドコントロールを自分で解ける可能性はあります。事実、このブログにはそうやって覚醒に至った方がたくさんいらっしゃいますし、そのような方が自分の経験を告白することで、少しでも多くの学会員が覚醒して、創価地獄から静かに去ってもらえるようにとコメントしてくれています。とてもありがたいことです。

ということで、今回のテーマは800万アクセス直前ということで、

『創価の活動をやめてよかったこと』にします。

と言っても、まだ正式には脱会までいけてない方も大勢いらっしゃると思いますので、あえて「創価の活動をやめてよかったこと」としました。創価の活動をやめたら地獄に落ちるなどと脅されます。そんなことがあるわけありませんし、もしあるならここに訪れる脱会者の方は今頃みんな地獄に落ちてなくてはなりません(笑)。以前、創価をやめてバチが当たりましたか?といった質問に対して、全員が「罰などありませんでした」という回答をいただきました。こんなこと当たり前なんですが、マインドコントロールされていると、本当に罰が恐ろしくてたまらないんです。真面目に活動している学会員でも、ちょっと悪いことがあったら「罰が当たったのかしら?」と不安になっているのが現実です。そうやって創価は会員の心に恐怖心を植え付けることで脱会させないようにしています。

そこで、今回はみなさんから『創価の活動をやめてよかったこと』というテーマで、創価の活動をやめて、具体的にどのような生活になったのかを教えてください。

また、800万アクセス達成のスレッドがあと2週間ほどで立ち上がると思いますので、そこでは「創価の活動をやめて罰があたりましたか?」という質問に対してお答えいただきたいと思います。創価をやめたいけど罰が強くてやめられないという方が意外と多いようなのです。そのためにも、「創価の活動をやめても罰は当たりませんでしたよ」と一言行っていただきたいのです。その一言だけで、悩まれている学会員さんにとってはどれだけの救いになるか計り知れないと思います。あと2週間後には800万アクセス達成します。その時は初めての方も面倒な自己紹介はなしでもOKです。誰でも一言だけでもコメントできます。できるだけたくさんの方が「創価の活動をやめても罰は当たりませんでした」と全ての学会員さんに向けて言ってあげてください。よろしくお願いしますね( ´ ▽ ` )ノ

 

 

創価脳でもわかる創価の疑問その5   池田大作って何?

さて、これまでシリーズ「創価脳でもわかる創価の疑問」もその5となりました。今回は学会員の永遠の師匠池田大作先生に対する疑問をテーマにみなさんのお話を伺いたいと思います。

いまどきの創価では「永遠の師匠池田大作先生」と言うように決まっているそうです。なんか「世界の山根明」を彷彿とさせますが(笑)いったい池田大作先生は8年以上もどこで何をされているのか、会員が誰一人知らないというのも凄いと思いますが、もっとすごいのは、このことに誰も疑問を持ったり、幹部に質問したりしないことがもっと凄いなと思います。脱会した私たちにとっては池田がどこで何をしていようが関係ないし、どうでもいいんですが、普段からあれだけ先生先生と森昌子さんのように慕っている学会員さんが、ひとことも疑問を口にしないことが、なにか空恐ろしささえ感じます。言いたいけど言えないのか、本気で何とも思っていないのか、どっちにしても怖いですよね。「池田先生にお応えするんだ!」「とにかく先生と呼吸を合わせるのよ!」と寝ても覚めても池田先生命!の創価脳なのに、8年以上も顔を見せない、声も聞こえない、しかし毎日執筆活動が忙しく、あるいは全国の会員の激励に飛び回っていると言う割には、誰もその姿を見た人はいないという事実。「先生はお元気です」と繰り返す原田会長。でも聖教新聞に毎日載ってくる池田の写真は10年も20年も前のものだけです。この8年間に聖教新聞に載った池田の写真は3回か4回だけで、そのどれもが視線の定まらない虚ろな目をして小さくしぼんだ姿でした。もちろん創価以外の人とは一人も会った記録はありません。この状況で、池田が元気で全国を飛び回っているという副会長のテレビインタビューはどう考えてもウソをついているとしか考えられないですが、創価脳はそれも何とも思っていないか、言えないかのどちらかだと思われます。

長い前置きはこれくらいにして(笑)本題に入ります。

「池田大作って何?」

学会員さんにとっていったい池田大作って何なんでしょう?永遠の師匠と言うのは創価が会員に一方的に刷り込んでいることです。会員さんは8年以上も姿を見せない永遠の師匠をどう思っているのでしょうか?最近まで活動していた方には教えてほしいです。末端組織の現場では池田大作についてどんな話をしていたのか?実際のところどう思っていたのかをお話ししていただけるとありがたいです。

また、本幹でのマハローキンマンコ事件や、杉田かおるメロンお下がり事件や、オーストラリアのカジノで億単位のお金をスった事件など、有名な事実を学会員さんはどう感じているのでしょう。また、創価の利権に群がる企業の社長を集めて毎月高級料亭で開いていた社長会での記録が残っていますが、あのような事実を知っても、創価脳にとっては池田大作は永遠の師匠なんですよね。日本の広域暴力団はもとより、麻薬王ノリエガや独裁者チャウシェスク元大統領、ローマクラブ代表アウレリオ・ペッチェイとの交流の事実も、創価学会が単なる詐欺団体では済まされない恐ろしい犯罪集団であることは容易に想像できます。そしてこれらの誰もが知り得る事実もさることながら、池田がとんでもない犯罪者である事実も、このブログに寄せられています。これを公表すればこのブログが本気で潰されますのでしませんが、問題はこうした事実があるにもかかわらず、創価脳は全部スルーしてしまうことだと考えます。

今回はこうした事実を踏まえた上で、みなさんが覚醒前に抱いていた池田大作と、覚醒後に気づいた池田大作がどう変化したのかを語っていただけるとありがたいです。

どうかよろしくお願いします。

創価脳でもわかる創価の疑問その4 なぜ創価脳(思考停止)になるのか?

創価脳でもわかる創価への疑問シリーズ第4弾は「なぜ創価脳(思考停止)になるのか?」です。

おそらくこのブログで初めて「創価脳」という言葉が生まれました。みなさんとの対話の中で自然と生まれた言葉です。創価学会に入ったばっかりに「創価脳」になってしまった。これは自然となるのではなく、明らかに創価学会という組織が意図して会員をそのような思考しかできないようにしているものと考えられます。

これは創価がおかしいと感じて、自分の頭で考え出してから、創価が実は詐欺だったんだと気づいた方ならよくわかることだと思います。おそらく催眠術にかかって、わけのわからないことを平気でやっていた人が、催眠が解かれて「今まで自分はなんでこんなものを信じていたのだろう?」と驚くようなこととよく似ている気がします。

だから、創価学会に入会し、言われた通りに毎日勤行唱題し、会合に参加し、各種グループの活動にも積極的に参加し、一人で何部も聖教新聞という名の会報を購入し、ノルマとして回ってきた書籍や民音のチケットをしぶしぶ購入し、毎年「お金を出せば出すほど功徳がある」という言葉を信じて、持てる限りのお金を差し出したり、「公明党の票をとればとるほど功徳がある」と言われて、友人を失ったり、勤め先での信頼を失ってでも公明党の票をとることに熱中する。

こうした世間一般の常識からは考えられないようなことを、創価脳になるとなんの疑問も持つことなくやってしまいます。そして友人や職場の人からドン引きされても「正しいことをやっているから嫌われる」などとわけのわからない理屈で自分を納得させています。

よく創価学会の会員の間で交わされる言葉に「信心で捉える」というものがあります。普通に考えて理屈の通らないことが活動していく中で起こったとしても「それは信心で捉えましょう」との言葉で、それがなかったことのようになってしまいます。平和を基本理念とする公明党がイラク派遣や安保法案を強行採決したことに疑問を持って幹部に質問したら「確かにそうかもしれないが、そこは信心で捉えましょう」との指導?で、問題をうやむやにされてしまいます。公明党のことに限らず、創価にはいくらでも理屈に合わないことが溢れているのですが、会員がどんなに疑問を持ったとしても「そこは信心で捉えて、お題目を上げきって、池田先生にお応えできる人材になりましょう。それがあなたの使命であり、あなたが創価学会員として生きることの意味がここにあるのです」などと煙にまきます。それでも納得できない会員には恐ろしい罰論で脅しまくります。そうやってたいていの創価脳は再度洗脳されて、どんなおかしなことがあっても自分で考えたりしなくなります。どんなにおかしなことでも「信心で捉える」の一言で、思考停止になるわけです。それは創価の信仰が世界で唯一の正しい信仰であると思いたいからです。もし自分の信仰が間違っているといった可能性がちょっとでも感じられたら、不安で不安で仕方ないでしょう。夜も眠れなくなるでしょう。自分の人生を自分で否定することになるんですからね。だから創価が正しい宗教であることは、創価脳にとっては何がどうあっても譲れないんです。譲ってしまったら自分の人生はただ単に詐欺に騙されてきただけのものだったという恐ろしいことになるんですからね。

このブログで「創価脳でもわかる創価の疑問」というのは、ちょっと矛盾しているんです。創価の疑問を疑問として捉えることができれば、それはもう創価脳ではないんですよね。だから創価脳にでもわかる創価の疑問なんて存在しません。疑問に思ったその瞬間に創価脳ではなくなります。その意味を込めて、あえて矛盾したタイトルをつけています。つまり「創価脳のみなさん!どうか創価に創価に疑問を持ってください!」という願いを込めたタイトルです。

その第1弾として、誰にも確認できる「創価学会員は実際にどれくらいお金を出しているのか」という事実をみなさんに教えていただきました。普通の家庭でも10年、20年で1000万円は出している。多いところでは億単位で出しているところも少なくないということがはっきりしました。その金額は創価の職員の給料や会館の建設維持費や運営費などを考慮しても、桁外れな多額の金額であることがわかります。ではその国家予算なみのお金を何にどれくらい使っているのか?そのことを創価学会はただの一度も公表しません。公表できるわけがありません。公表したら創価学会は一発で消えて無くなるからです。これだけは何があっても知られたくない。だから公明党を作ったんです。そして国会や警察や裁判所にたくさんの創価学会員を送り込み、集めたお金の一部を暴力団に渡して、創価のお金が何に使われているのかバレないようにしてきました。それには政府自民党に楯つくわけにはいきません。宗教法人に課税できれば、国の借金は簡単に解決します。それがされれば創価学会は莫大な額の税金を取られるだけではなく、収支も公表しなければならなくなります。これを何としてもくい止めたいがために、自民党のいうことには逆らえません。これは統一教会などの朝鮮系組織にしても同じだし、ただこの辺りの支配、被支配の構造はわかりません。誰が支配者で誰が被支配者なのか。これはこのブログではこれ以上は関わらないことにしています。取り上げたとしても意図的に怪しいい陰謀論で片付けられてしまうし、みなさんからの貴重な証言の信憑性にも関わってきますので、ここでは創価学会の詐欺の部分だけに特化して、創価学会を潰すことではなく、一人でも創価の被害者を減らしていくきっかけになるブログとして続けていきたいと思います。

第2弾として「会員は幸せになったのか?」というテーマで、創価経験者のみなさんが実際に経験してきた、その目で見てきた創価学会員の現実を語ってもらいました。創価で幸せになった人はいません。自分は創価で幸せだと思っている学会員はたくさんいます。それは思っているだけであって、実際の生活は悲惨である場合が多いということも、みなさんの報告ではっきりしました。

第3弾は「なぜ選挙活動が功徳になるのか?」というテーマでした。これはもうその通り。学会員さんは「公明党の票をとればとるだけ功徳がある」と本気で信じて、家庭のことなどないがしろにして、自分がとったFの数に執着します。そのFの数が功徳の数であると思い込まされているんですね。これのどこが信仰なのか、普通に考えればわかりそうなものなのですが、「ここは信心で捉えましょう」という魔法の言葉で疑うことがなくなります。そしてみなさんからは、創価学会員がどれだけおかしな選挙活動をしているかという現実を報告してくださいました。

そこで今回の第4弾は「なぜ創価脳になるのか?」です。第一弾でわかったように、創価脳は上から言われるがままにお金を創価に貢ぎます。それは功徳という代償があることを信じているからです。これが単に組織運営のための寄付であれば、3桁4桁出す人はいないでしょう。ここまで多くのお金を差し出すのは「お金を出せば出すほど功徳がある」ということを信じ込まされているからです。で、実際にそれだけお金を出した分だけの功徳があったと感じている学会員がいるのかというと、現実にはいません。学会員がお金をいくら出そうと出すまいと、何の違いもありません。学会員の中だけではなく、創価とは何の関係もない一般の人と、どれだけの違いがあるのかというと、創価にお金を貢いだ分だけ貧乏に苦しんでいるという現実しかありません。創価では「財務をたくさんすればするだけ功徳があるし、しかも出したお金は後で何倍にもなって返ってくる」といった何の根拠もないことを会員に信じ込ませてお金を出させます。これは一部の幹部が勝手に言っているのではなくて、組織的に全国でこうした指導がされていることもわかりました。組織ぐるみで嘘をついて会員からお金をだまし取っているという事実があります。これが詐欺でなくて何なのでしょう。しかし創価脳はこんな簡単なことがわかりません。創価脳は創価学会が宗教だと信じているし、創価学会の言うことに間違いはないと信じきっています。被害者意識が全くありません。どんなにおかしなことを言われても自分で考えることができなくなっているからです。

こうしてみると、創価にお金を貢ぐ(第1弾)のも、創価で幸せになったと勘違いする(第2弾)のも、公明党を血眼になって応援する(第3弾)のも、全てはこの創価脳(思考停止)のなせる技だということが言えます。

そこで今回のテーマ「なぜ創価脳(思考停止)になるのか?」ですが、これまでのテーマと違って、すこし難しいかもしれません。しかしここはひとつよく考えていただきたいのです。自分はどの時点で創価脳になってしまっていたのか。何をどうしたら創価脳になってしまうのか。それぞれ自分が創価脳になってやっていたときことを思い出してお話をしていただけるとありがたいです。特に「信心で捉えましょう」と指導された時、自分の心にどのような動きがあったのか?少しは葛藤がありはしなかったか。それでもそれ以上のことは考えないようにして活動に専念してしまわなかったか。日顕撲滅唱題会に参加している時に「こんなことしていいんだろうか?」と自分の心のどこかに疑問がわかなかったか?安保法案が閣議決定されるときの国会前でのものすごいデモを見て、公明党はこんなことして大丈夫なのか?などなど、自分の本当の心と創価脳との間でのせめぎ合いを経験したことはありませんでしたでしょうか。そうしたリアルな心の葛藤の体験と、のちにあれが創価脳であることがわかったときの衝撃を語っていただけたらと思います。

よろしくお願いします。

創価脳でもわかる創価の疑問その3 なぜ選挙活動が功徳になるのか?

いろいろゴタゴタが続いたので、ここで気持ちをリセットしまして、『創価脳でもわかる創価の疑問その3 なぜ選挙活動が功徳になるのか?』へといきたいと思います(笑)

今回は、すでに創価では始まっている来年の選挙のための公明党支援活動、いわゆる法戦についてがテーマとなります。公明党がやっていることが、創価の平和主義に反していると言ったことで、相当な数の学会員さんが活動を離れているようです。自衛隊のイラク派遣、特定機密保護法、安保法制、そして安倍政権がこの秋に何としても成立させようとしています。このブログでもそうしたことを話題にした時期もありましたが、今回はそれではないです。政治議論をするような場所ではないし、創価が詐欺であることとは、関係があるとはいえ論点がぼやけてしまいますから、あえてそこにはいかないようにしたいと思います。

公明党がやっている政治活動の批判を始めれば、とめどなくあります。それ一つとってもどう考えてもおかしいことばかりですが、今回はそこはぐっとこらえてください(笑)

では何を語るのか。みなさんが創価学会員時代に実際に行ってきた公明党支援と称してやってきた具体的な活動内容と、それをやることで実際にどうなったか?創価学会員による政治活動がどういうものであったのかを、自分が体験してきたこと、自分がこの目で見てきたこと、そしてそれをやることによって人間関係や家庭環境がどうなったのかまで含めて、できるだけ具体的にお話をしていただければと思います。

選挙活動が始まると、創価脳でも本当に鬱陶しいと思うようです。でもおかしいとかやりたくないなどと言えるような雰囲気ではないですよね。私の父は公明党の議員だったので、子供の頃から直にその雰囲気は染み込んでいます。選挙が始まると、朝の5時から集まって1時間唱題会をします。どう考えても近所迷惑です。周りの住民からすれば異様ですよね。選挙なのに朝の暗いうちから集まって一心不乱に題目を大声で大合唱する選挙運動員。選挙の終盤になると男子部が夜中に相手候補のネガティブチラシを住宅のポストに入れて回る。みんな興奮状態です。とりつかれたようにやります。もちろん友人知人への投票依頼も常軌を逸しています。頼まれる方はいつものことなので口だけハイハイと言ってやり過ごしますが、学会員はそんなこと構いません。とにかくFの数が取れた分だけ功徳になると思っていますから、頼んだ相手が投票しようがしまいが関係なんですね。特に婦人部の方たちは顕著です。政策について聞いてもほとんど知りません。「そんな難しいことわからないわよ。とにかく公明党に入れれば功徳があるんだからやってるの。それの何がいけないの?」と逆ギレします。

まあ、私もいろいろ言い出したらキリがないので(笑)これくらいにしますが、今回はみなさんが体験してきた驚愕の選挙活動の実態を昭隆にできればと思います。

その1 お金と功徳

その2 学会員は幸せになったのか?

そしてその3はなぜ選挙活動が功徳になるのか?

その「功徳」というのも学会員は本来の仏教でいう功徳とは違うものとして刷り込まれていますから、「なぜ選挙活動が功徳になるのか?」と言うタイトルは、いまいち相応しくないのですが、ここでいう「功徳」とは学会員が思い込んでいる「ラッキーなこと」という意味で捉えてください。

それではよろしくお願いします。