初めてコメントを削除しました。

昨夜の対話はさすがにこたえました(笑)。話をしているのに言葉が通じないというのは、とても消耗するものです。でもそんなこともあるんだなと勉強させていただきました。
このブログをはじめてから23日が経ちました。最初から1日1000を超えるアクセスがあり驚いたのですが、今では1日約1500となっており、これからも次第に増えていくでしょう。ですからこれから先はますますいろんな方にこのブログを見ていただく機会が増えるものと思いますし、中にはこちらの予想外のこともあると思います。これまで、ブログをはじめたばかりということもあって、すべての方にきちんとお返事をしなければ対話のブログとして成り立っていかないと思っていましたし、それなりに頑張ってきました。しかしこれから先のことを考えると、今までのような形では無理がありすぎるということもわかってきました。全国から寄せられる見知らぬ方々のお話のすべてを私一人が受け答えしていくことは、やはり遅かれ早かれ困難になると思われます。またこのブログに応援してくださる方も多くいらっしゃいます。そこで、どうしたらいいかを考え中です。これから二ヶ月ほど、私のリアルでの仕事がとても忙しい時期になります。少なくとも毎日このブログの対応はできないと思います。


 ・すべてのコメントに対してのお礼やお返事はできない。
 ・システムの不具合でコメントがアップされない場合もある。
 ・PRのための特定のページへのリンクは許可しない。
 ・コメントを管理者が削除しても抗議しない。


とりあえず上記のことを了解していただいた上でコメントしてください。
もちろん私ができるかぎりのことはした上でということです。
どうかよろしくお願いします。
 
本日、12月29日 木曜日 午後12:58にこのブログの「創価学会のみなさんへ」のページに匿名で下記のようなコメントをいただきました。
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>もう皆さんご存じかも知れませんが、一応、URLを貼り付けておきます。

>□□□□□□□□□□□□□□□
>ここでは、法華講の有志と学会幹部や顕正会幹部との対論・法論の最前線が
>You Tubeに映像としてアップされています。かなりショッキングな映像の数々ですが、
>これがカルトと呼ばれる実態です。
_____________________


コメントはこれがすべてです。
このコメントを削除した理由を以下に述べます。
□□□□□□□□□□□□のところはYouTubeではなく法華講のPRのサイトのアドレスが記載されていました。こうしたことをひとつでも見逃していますとあとで大変なことになりますので、私の判断で削除させていただきました。また、ハンドルネームすら書かないで、挨拶もなく、自己紹介もなく、自分の考えを述べることもなく、単に創価学会の反社会的な面を訴える法華講のPRページのアドレスをいきなり他人のブログに書くのはいかがなものかと思います。これでは子供たちを出会い系サイトに引きずり込む悪質なモバイルゲーム業者と同じです。匿名さんは自己紹介すらないので、これが法華講員さんのコメントかどうかもわかりません。というかこの行為はかえって法華講を貶めるものです。はたしてこれが宗教家のモラルなのか私には理解できません。私は創価学会の真実を明らかにしようとする立場でこのブログを立ち上げましたが、だからといって法華講を応援しているものでもありません。以前も書きましたが、私は法華講について何も知りません。私は未活といえどもまだ創価学会員で、これまで客観的に法華講について知る機会はありませんでした。まだこれから勉強しないといけないなと思っていた矢先にこれです。知らない私が最初に知ることになったのが、この匿名さんによるコメントです。いきなりこういったコメントをされると、それなりの判断をせざるをえなくなります。匿名さんが誘導しようとしているのは法華講の樋田昌志氏のサイトのようですが、こういった匿名さんの行動は樋田昌志氏の指示によるものでしょうか。ほかのブログでも同じようなことをされているのでしょうか。創価学会の反社会的なところを訴えたいという気持ちはわからないわけではありませんが、もし匿名さんがほ法華講の方であるなら、相手(この場合ブログ管理者である私のことですが)の身になって考えていただきたいと思います。上に書きましたように、私は普通に働く社会人です。四六時中ブログを書いているわけではありません。サラリーマンではありませんので、昼夜を問わず働いています。文字通り寝る間を惜しんでこのブログの運営をしていて、それだけでも大変なのに、こうした心ないコメントの対応までもしなくてはなりません。これまでこのブログには削除するほどの悪質なコメントがありませんでしたので、そのことは私も誇りに感じていました。残念ながら今回の匿名さんのコメントが、初めて削除が必要なコメントとなってしまいました。しかし私が匿名さんのコメントを削除したことに対して、さらに匿名さんは自分が誰かを言うことなく、削除した理由を聞かせてほしいとのコメントを書かれています。このように。
___________________


ちょっと映像がショッキング過ぎて、投稿を削除されてしまったのでしょうか。それとも、エラーが生じたのでしょうか。もし、敢えて削除されたのでしたら、そのご理由の開示していただければと存じます。決して、悪意があっての投稿ではありません。悪意が満ち満ちているカルト教団の実態をお知らせしたかっただけです。「百聞は一見に如かず」ですからね。
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つまりなぜ自分のコメントが削除されたのか理由が分からないと言ってきました。もう一度言いますが、はじめて他人のブログにコメントするときには、まず名前を名乗り、挨拶をして、ご自分の考えを述べ、だから自分はこの映像をみなさんに見てほしいんだけどもどうでしょうかと打診するのが最低限のマナーではないでしょうか。ちがいますか?厳しい言い方かもしれませんが、他人の家に黙って入り込んで、いきなり「これを見ろ、これが創価学会の実態だ」と言われたほうはどう感じると思いますか?「なるほどこれが創価の実態なのか、ひどいなあ。教えてくれてありがとう」って感謝すると思いますか?おそらく誰もが「あなた誰?いきなり人の家にあがりこんで何を言ってるんですか?」って言うのが普通だと思います
それから今回の削除の件に関しては、法華講の方がコメントされたかどうかはわかりません。もしかしたらまったく関係のない人が、法華講のサイトに創価の真実がわかる動画が載っていることを知らせたい一心での行動かもしれません。その可能性もないではないので、もし濡れ衣であれば法華講の方にもご意見をうかがえればと思います。
   ・
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   ・
   ・
このあとしばらくして、次のようなコメントを匿名さんからいただきました。
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シニフェイ様
 ・PRのための特定のページへのリンクは許可しない。
 ・コメントを管理者が削除しても抗議しない。
明快なご開示、改めて理解させていただきました。
確かに挨拶言葉もなく、いきなり書き込みしたことに対しては,深くお詫びいたします。単に、このようなブログが心ある学会員の方から生まれたことに驚き、ロムしていました。因みに、私は法華講員(日蓮正宗は応援していますが)でもなく、学会員(元学会員でした)でもありません。ただ、貼り付けたURLに、おぞましいYouTube映像が多くリンクされていたのでご紹介させていただいただけです。お仕事が大変な最中、大変心煩わしきとこに巻き込んでしまい申し訳ありませんでした。 

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どうやら今回の匿名さんは法華講の方ではなく、元学会員の方のようです。
法華講のみなさん、申し訳ありませんでした。
数分間とはいえ、私も法華講に対して疑いをもって書いてしまいました。
上記のことについてはまったくの濡れ衣でした。お詫び申し上げます。
すみませんでした。
 
それから匿名さん、素直に謝られたことに関して感謝します。
こういったとき知らぬフリをする人もいますので、匿名さんに悪気はなかったのだということを信じています。顔の見えないバーチャルなネットといえども、逆に顔が見えないからこそ、軽はずみな行動は、自分の知らないところで多くの人を不快にしたり人間関係を壊してしまうものだということをよく反省していただきたいと思います。
やみくもに攻撃するのは愚かです。勝った負けたと言ってること自体が愚かだと思います。
ここでは論争ではなく対話をしたいのです。
あんな書き込みは、小学生が「おまえの母さんデーベーソー」って悔しまぎれに言ってるのとひとつも変わりません。小学生が言うのであれば可愛いものですが、大の大人がまじめな顔をして言うのを聞いておれないのと同じことだと思います。
匿名さんも、ハンドルネームで学会員だったときと今の気持ちをここにコメントしていただけるとありがたいです。そのときは挨拶や自己紹介もしてね(笑)
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初めてコメントを削除しました。」への13件のフィードバック

  1. いやあ、今夜も大変でした(笑)。後半の顛末をコメント欄ではなく本文に書いたのは、可能性の範囲ではあっても法華講の方に濡れ衣を着せてしまうことになりましたので、本文を読むだけで完結できるようにしました。申し訳ない。それにしても活字の羅列だけで何かを伝えるということは、ほんとうに難しく、まどろっこしいものです。声や身振り手振り、また言葉の早さや感覚がまったく失われた字列から、人間の気持ちを受け取ることは、どだい無理なことなのかもしれません。しかし「無理だから」といって諦めるわけにはいきません。どんなに遠回りになろうとも、創価学会の真実を一人でも多くここで語っていただくことは、決して無意味なことではないと信じています。その途中に思いもしない壁が立ちふさがることもある程度想定しなければいけないでしょうし、想定外なんてどこかの誰かみたいに人を食った言い訳などしたくはありません。みなさん、気軽にとはいかないでしょうけど、創価学会についての思いを少しでもいいですので、ここに記してください。どんなことでもいいです。そこから真実の対話が生まれてくれば素晴らしいではないですか。もちろん、これまでコメントしていただいた方でも、何度でもお話を聞かせてください。よろしくお願いします。

  2. クロさんのコメントです____________________こんばんは。少し前の記事ですが「一万人のコメントを」というお考えは高いハードルですが、やりがいのある、やる価値のあるものだと思います。私の大学の先生が卒業研究の時に言ってました。「数は力にもなる」と。小さく単純なものでも、圧倒するような数を造ればそれだけで評価に値する、ということです。さて、その上でコメントの管理は大変な労力と精神力を払われることになるかと思います。私が見ていた限りでは、ラピスラズリさんとは決してすれ違う関係しかなかったわけではないように思います。しかしそのすれ違いを生んだ原因の一つがコメントの不具合です。こんなにコメントの不具合の多いブログサービスは、はじめて見ました。他の方も仰られてましたが、シニフィエさん、こだわりがなければ乗り換えも検討されては如何でしょうか?もっと使いやすいブログサービス、いっぱいあります。幸いにもまだこちらのブログ、始めて間もないです。時間が経つほど乗り換えも難しくなるでしょう。こちらの最新記事に移転先のリンクを貼ってこのブログはこのまま残し、新たにスタートを切ってみるのはどうですか。差し出がましいことですが、シニフィエさんの負担にもなっているようなので思い切って提案してみました。私のブログもこちらでリンクして頂いたお陰か、ちょっとアクセス数がアップしています。ありがたいことです。今年も残すところは今日と明日だけとなりました。お仕事もお忙しいご様子、ご無理なさらず、ご自愛ください。来年もどうかよろしくお願いいたします。それでは、よいお年を!

  3. クロさん、おはようございます。アドバイスありがとうございます。おかげさまでここのアクセス数は一日1600を越えるようになりました。毎日目に見えて増えています。クロさんと希望さんとzadia1906さんのページからのアクセスが大半のようです。ありがたいことです。この2・3日、とくにエラーがひどいです。他のブログへの移行を本気で考えています。よりわかりやすいブログにしていかなければと思っています。今後ともよろしくお願いします。よいお年を!

  4. アナスタシアさんからのコメントです。___________________お忙しい中でのお返事、心より感謝致します。そして、説明で至らない部分があったことをお詫び申し上げます。入信動機ですが、簡単に書きますと、年齢層豊かで多くの人達と関わっていくことで、自分の社交性と人間性を磨きたいという考えが最も大きな理由でした。また、入信に至るまでの自分の思想や価値観が、学会の思想(正確には誘ってきた方との対話から感じたその人の考え方)にとてもよく似ていて、もっと知りたい、考え方を高めたいと思ったことも理由の一つです。また、当時、自分の力ではどうしようもない困難に見舞われていたのですが、その方は真摯になって話を聞いて下さり、私の助けになってくれたという点も大きいです。簡単に書くと、もっと人間としてしっかり生きていくための力をちゃんとつけたい。学会はそれを行うのに最適な場所だと感じた。ゆえに入信したということになります。もちろん、前のコメントでも書きましたが『そういうことなら学会以外にも場は沢山あったでしょうに』――というご意見に対しましては、まさにその通りで、返す言葉はございません。ならば、なぜ学会を選んだのかと思われるでしょうが、それは『当時の自分の望みと学会の思想・システム(宗教的な部分や訳のわからないことに多額の金銭を払うという面は含まれていません)がそれなりに合致していたから』『学会以外で私が望むような場を知らなかった』という2点が主な理由です。また、金銭の面に関してですが、入信を決める前に聞いていた話では『お金は一切かからない』とのことでした。具体的にいくらくらいかかると言われていれば、金額次第では入信しなかったかも知れません。御本尊を頂く時に初めて「おい話が違うじゃないか」と思いましたが、尋常じゃないくらいの金額ではなかったことと、人間その辺を濁したくなる気持ちはあるよねという甘さから、その時は抗議等はしませんでした。ちなみに、学会が崩壊寸前という話は全く知りませんでした。指揮をとっている(であろう)池田さんも年齢が年齢ですし、そういう点では不安に似た感情はありましたが・・・・・・。これは私の勝手な予想ですが、青年(若い世代の人達)を積極的に取り込んで育成しようとしている体制には、そのような背景があるからなのでしょうか。加えて、こちらから質問することになってしまうのですが、学会は今どのような状態なのでしょうか。できれば、外側から見たお話は除いて、見える部分だけでもいいので、内側から見たお話を聞かせて頂けると助かります。また長くなってしまいましたが、こんなところでしょうか。的外れな回答になってしまっていたら、申し訳ありません。

  5. 創価学会員さんへの質問その5複数の学会員から執拗に勧誘を受けている「女性」から直接聞いたお話しです。ぜひ現役学会員の皆様からのご意見をお聞きしたいものです(笑)勧誘時の「決まり文句」をご紹介します(笑)(勧誘している女性は50代前半です)「創立記念の年なので勝利しなきゃならないのよ」「だからあなたを必ず入信させるのが私の闘いの勝利なの」「あなたに幸せになってもらいたの一緒に幸せになりましょうよ」等々、云われていたとのこと・・・。この辺りは良く聞かれる強引な勧誘活動で何も創価学会に限ったことではないなぁ~と云う印象でしたが、私(ら)が驚いたのは次の発言です。「ご主人に内緒で入会した人なんてたくさん、いっぱいいるわよ、ね、だから早くここに署名して、ね、早く、名前だけでもいいから早く書いて、書いて」「あなたが入信しないなら私はやめるわ」(はぁ~聴いているこちらもため息がでました・・・)あげくの果てには、「あなたも本当に強情ね、こんな人とは思わなかったわ、あなたを必ず入信させると宣言した私の立場も考えてよ」、と云ったそうです(爆笑)私は普段からお世話になっている地元警察の生活安全課の担当者と刑事課の方を紹介しました。ほとんど毎日毎晩なので日常生活に支障が出ていると相談をしましょうとアドバイスをしました。その女性には勧誘に来ている学会員が訪問した日時、電話、メール等の内容を書き留めておくようにもアドバスしました。結果、書きとめた日記を警察に提出し色々と助言を頂く事が出来たのです。警察に相談したと伝えたとたんに勧誘がピタリと止まりました(笑)今ではスーパー等で出くわすと「逃げていく」との事(爆笑)創価学会員の皆様へ今回ご紹介したような「勧誘」をした事がある方はいますか?他の地域では同様な勧誘活動が行われていますか?ご意見をお待ちしています。ちなみに「あなたが入信しないなら私はやめるわ」と云った女性は、今でも「元気に」「はつらつと」と学会活動に励んでおります(笑)毎日がとても楽しそうです(爆笑)文責「もも(ら)」

  6. おはようございます。年末で何やかやとお忙しいでしょう。アナスタシアさのコメントを、感慨深く拝見しました。私のように、組織から遠ざかろうとしている純粋培養もいれば、自ら飛び込んでいく方もいらっしゃるんですよね。しかし私も、アナスタシアさんのようにその時その時で、学会をポジティブに考えていた部分もあったと思い当たりました。小中高大では、普通だったら交流の無い他校の生徒と仲良くなったり、就職時には、企業に学会員の先輩が何人もいることで、話を聞けたりとコミュニティの旨みはあったように思います。学会で成長できたとすれば、そのところだったかなと。しかしそれは一般的に、誰しもが成長すべき時期だったと思います。それは組織の旨みであって信心そのものでは無かったんですね。所詮旨みは功徳では有り得なかった。ご本尊は何でも願いを叶えてくれると、先輩に言われていました。しかし、私は『両親は何十年と仏壇にご記念の紙置いて祈ってるけど、何も叶えてないわ』と冷めていたのも事実です。私は、ファンタジーは好きじゃないんですよね。と考えると、私は培養に失敗した案件ということに。妙に納得しますね。

  7. 丁寧なお返事ありがとうございました。入信動機、おおよそわかりました。わかりましたがわかりません(笑)。すみません、茶化してるわけではありませんので、気を悪くしないでください。最初に言いましたが、文面からするとアナスタシアさんは学会のことをだいたい分かってらっしゃるような気がするのですが、にもかかわらず、失礼ですけどある意味その動機で入信に踏み切ったのは、誘ってくれた友人の学会員さんのことが大きかったのでしょうね。私にはいまいちその決心の度合いがわかりかねます。入信するかどうかと同じで脱会するかどうかも本人が本人の責任で決めることは当然です。私としては「一日も早くやめるべきだ」とか「どうして入ってしまったのですか後悔しますよ」なんてことは言いません。学会は多分池田名誉会長の去就によってますます揺れ動くでしょう。半年以上にわたって彼の安否を明らかにしない組織の体質は、自分で自分の首をしめているようなものです。それだけ池田氏のカリスマ性を鼓舞することによってなりたってきた集団であることがわかります。一本の柱だけで支えられてきた巨大な組織は、その一本の柱をすでに失っているにもかかわらず、どうしていいのかわからないで、問題を先延ばしにしているようにしか見えません。乱脈経理についても、もう隠しようがないようです。末端の会員さんたちには徹底したMCによって、そうした内情を知らされないようにしてきましたので、そうした会員さんとの関わりでは学会の姿は見えてきません。でも私のようにいったんMCが解けはじめると、どうしてこんなおかしなことに気がつかなかったのかが不思議でたまらなくなります。このあたりを話しはじめると長くなりますし、そうしたことはこのブログをはじめ、ネット上にたくさんの事例がありますからおわかりになると思いますので省きます。私が思うに、アナスタシアさんの今の疑問を入会を勧めてくれた友人(たぶん友人だとは思うのですが)に素直に話したらどうでしょう。あくまであなたとその友人とのあいだに真剣な対話があるようであれば、ふたりで徹底的に話をしてみるのもひとつの方法かと思います。どういった場合でも最終的にはアナスタシアさん自身が考えて答えを出すのがスジだと思います。ただその友人があなたの悩みを自分で受け止めずに、あなたを幹部のところに連れて行って、いわゆる「指導」を受けさせるような人物であれば要注意かもしれません。おそらく幹部は功徳のアメと法謗のムチで巧妙にあなたを思考停止に持ち込もうとするでしょう。おそらく幹部も悪気があってしているのではありません。学会自体がそういうシステムになっているからそうしているのです。私も憶測でしかものを言えないので、この程度しか言うことができません。アナスタシアさんのように、状況をしっかり分析できる方であれば、おのずと答えは出せるのではないかと思います。とりあえずこんなところでしょうか。どうにも答えになっていないので恐縮ですが、他の方のご意見もいただければと思います。

  8. 匿名改め、寒苦鳥です。改めてご挨拶させていただきます。昨夜は大変な思いをさせてしまい心苦しく思います。私は学会2世ですが、たび重なる宗門や僧侶攻撃、本尊取替要請に、帰って日蓮正宗の存在に興味を持ち始めました。そして、知れば知るほど、「学会は、先生はおかしい」と気が付き、十年ほど前から一切の学会活動を停止しました。ですから脱会はしていないので、「元学会員」というのは正確ではないですね。もちろん、毎日ではありませんが(懈怠誹謗ですね)、五座三座の勤行は行っています。今では、ご本尊様をあんなカラー印刷物に替えなくて良かったと胸を撫で下ろしていますが、もう組織活動はウンザリですので、法華講にも、どこにも属していません。YouTubeの映像は、フジテレビ抗議デモを観ていて、たまたま樋田さんと学会幹部の対論が関連映像としてあったので、夏ごろからアレコレ観ていました。そこで、2ちゃんねるの乗りで書き込んでしまったものです。「不適切でしたら、削除をお願いします」という文言を入れ忘れ、ちょっと気をもんでいたのですが、貴殿が別のコネント欄にあった私の投稿を、わざわざ最新のコメント欄に貼付けて下さったので、「ああ、大丈夫だったんだな」と思っている矢先に、いきなり削除されたのに驚き、理由をお聞きしたくて再度書き込みました。しかし、確かにこのような個人色の強いブログに対し、失礼な内容であったと反省し、お詫びした次第です。長文になり、申し訳ありませんした。

  9. 寒苦鳥さん、コメントありがとうございます。寒苦鳥というHNはいかにも二世って感じで吹き出してしまいました。私が少年部の頃、さんざん聞かされた仏教説話ですね。なつかしいです(笑)。以前、わたしが何も知らずに殴り込んでいって袋だたきにあった(笑)一部の創価学会員の暴力的なブログのように、他人を罵倒し嘲ることで自己主張をしている愚かなところなど相手にせず、毅然とした態度で学会の真実を世に示していくことが、私たち二世の役目ではないかと思います。今でも学会員の家庭に生まれていなかったら、どんな人生だったろうと悔やまれます。つまり思考停止され続けてきた自分の人生は、これから取り返しがつくのだろうかという不安があります。おそらく私のこうした行動は、この不安に対する悪あがきなのかもしれません。創価学会はいずれ崩壊するでしょう。しかし形をかえて創価学会なるものが世にはびこると思います。人間の優しさや弱さにつけこんで金と権力をむさぼる輩は、どんな時代のどこの世界にもいます。邪悪なるものは決して消え去ることはないのだと思います。そんな世界で自分はどうやって生きるのか。つまり邪悪な存在をも認めた上で、それでは自分自身の命はどうあるべきかを模索し、行動し、生きていきたいと思っています。一時の自己満足のために他者を罵倒したりしても自分がみじめになるだけだと思います。このブログでどれだけのことができるのか、まったく見当もつきませんが、先にも述べましたとおり、一万人の真実の声を、みんなで声をかけあって集結する。あとはおのずと結果が出てくると思います。創価学会の真実が世に示されたとき、はたして創価学会はどうなるのか、彼らの言うような世界の平和と文化をリードする民衆の砦となるのか、しっかりと見届けたいと思います。

  10. アナスタシアさんからのコメントです。____________________お返事ありがとうございます。入信の動機についてですが、やはり上手く伝わらなかったようで申し訳なく思います。ですが、シニフィエ様のご理解の通りでほとんど問題はありません。こちらとしても、もっとストレートにお伝えしたいところなのですが、それをやってしまうと、私がどこの誰か知られてしまう可能性があるので、その辺はご容赦下さい(今更ですが、そういう理由で濁した説明にしていました)私の学会に対する知識のお話ですが、自分としては、わかっているようでわかっていないのではと思っています。学会員の方から学会(池田さんも含め)のことを聞く機会は沢山ありましたし、ネット上で得た情報も少なくはないと思っていますが、本音を書くと『どちらも真偽はわからない』状態です。学会員のお話がMCから成される偽りかも知れませんし、真実かも知れない。また、ネット上の情報も同じです。さらに言えば、どちらも、一部は嘘だけど一部は本当のことを言っているという状況も考えられます。考えたらキリがないのですが。それを踏まえると、安易に判断することはできないというのが正直なところです。ゆえに、少しでも信憑性・信頼性がありそうな場所で公開されている情報が欲しいと思っていたのですが、そうした探りの中で目に留まったのが、シニフィエ様のブログであり、こうしてお返事を頂いたり、ブログの内容に目を通し始めたのはつい数日前のことなので、一言で書くと『勉強中』の状態です。なので“予想”はありますが、“確信”の上での判断は、今のところはできる状態にないと言えます。ゆえに、そんな状態が“現在の私”なので、入信当初は真偽に関わらず本当に無知な状態であったことは言うまでもなく、当時の私にそんな気は全くありませんでしたが、他人から見れば『よくわかんねーからとりあえず入って確かめてみっか』という、何も考えずに入信した頭のおかしい人だと思われるかも知れませんね(苦笑) 今の自分から顧みても、そう思うところが無いわけでもなく・・・・・・。と、上では今までのコメントの内容とは少し矛盾した話になってしまいましたが、入信にあたっての動機も含めて、今までにコメントさせて頂いた内容に嘘偽りはありません。あくまでも、今の自分から見て、当時の自分はちょっと考え足らずだったのではないかという意味でのお話です。さて、友人に直接話をぶつけてみるということでしたが、私もそれが一番手っ取り早いと思いました。しかし、これは上で書いたように“予想”になるのですが、高確率で怒られる(考えを改めさせられる事態になる)だろうなと思っています。その理由を以下に書きます。私は二度、入信の誘いを断っているのですが(奇しくもその内の一回はシニフィエ様がコメントで書かれた状況と全く同じ状況下での勧誘でした(笑))、その後、雑談を交える機会がありまして、その時に友人は『ネットは精神衛生上よくない(特定されると恐いので詳細は省きます)』という話をしてきました。これはつまり、遠回しにネットの情報(主に学会の)から私を間接的に遠ざけようとしているのではと思ったのですが、入信してから聞いた話の中にも、様々な題材を挙げては『ネットの情報は間違い。これが真実』という内容が少なくありませんでした。ゆえに、「○○や××だと思うのだけどどういうこと!?」と聞いても「それは違う! 正しいのはこれ! あとその情報どっから仕入れてきた!? ネットか! ネットは(以下略)」というやりとりになってしまいそうで不安なのです。しかし、逆を言えば、そうなった時こそある意味で正常な反応(もし学会が異常であったならば)なのですから、一つの確実な試験方かも知れませんね。ただし「・・・・・・そう言われるとそうかも知れない。何が正しいのか話し合って探ってみたい」とか返されたりしたら、余計、判断に困ってしまうのですが(苦笑)どちらにしても、シニフィエ様が仰られた通り、最終的には自分で考えて自分で決めるのが筋だと、私も思います。まだ結論を出して実行に移すのは先になりそうですが、また何かありましたら報告させて頂きたいと思います。最後に、自分語りな部分が混じった長文になってしまったことを深くお詫び申し上げます。また、シニフィエ様の今後の更新内容や、コメントされている他の皆様のお話も楽しみにしております(決して娯楽という意味ではなく、参考にさせて頂きたいという意味で、です)それでは失礼しましたm(_ _)m

  11. アナスタシアさん、コメントありがとうございます。私も自分がどこの誰かがわからないようにするために、かなりの部分で話をぼかしています。残念ながらそれは仕方がないことなので、アナスタシアさんの気遣いもよくわかります。学会が一番恐ろしいのはやはり思うように洗脳されてしまうことだと身にしみています。今の自分の判断がはたしてほんとうに自分の判断なのか、それさえ考えられなくなるという恐ろしさでしょう。人間の心がそういうふうにできているのですね。私の友人にオウム真理教の信者だった方を自宅に住まわせて脱洗脳のお世話をしていた方がいます。苫米地さんではありません(笑)。もうそれだけで頭が下がりますが、やはりいったん洗脳された人を救い出すというのは並大抵のことではないようです。あれだけの知性のある人たちがカルトに染まっていく現実は今でも信じられないし、オウム真理教は今でも外面を変えながらも存在しています。創価学会はそうした宗教的あるいは心理的呪縛を利用したお金と権力を搾取するための集団だということを、私は今でははっきりと言い切ることができます。ほんの2ヶ月前まではそこまで言い切ることはできませんでした。それは同時に自分の今までの人生のかなりの部分を否定しなければいけないということでもあったからです。自分だけの人生ならまだしも、学会の洗脳に気づいた人の中には、知らなかったこととはいえ自分の子供までも誤った人生を強要してしまったことに対する罪悪感で苦しみ続けていらっしゃる人も少なくないようです。私はそうしたそうした言うに言われぬ、そしてとりかえしのつかない多くの人たちの犠牲によって創価学会が成り立っていることを、少しでも社会に示すことができないかと思っています。私は妻にも子供にもこの信心を強要していませんので、私個人だけの問題だとしてしまえば、単に私が脱会してしまえばそれで済むことなのですが、私の気持ちがそれでは済まなかったのです(笑)。私が過去に信心を奨めてきた方や、この信心の正しさを主張してきた私の友人に正直に謝罪しようと思っています。直接会って話のできる人にはそうするつもりですし、会えない人にも手紙を差し上げようと思います。被害に遭われている人にとっては「今さら何を」と思われるかもしれませんが、それを承知ででもお伝えしなければならないと思っています。アナスタシアさん。私はこのブログでは誰とも何の下心も利害関係もありません。ただでさえ忙しい仕事で時間的な余裕など微塵もない中で、それでもこうしたブログを運営しているのは、この問題が自分だけの問題で済まされないということ、問題のあまりの大きさにおののいているからです。こんな現役学会員もいるんだということも頭にいれながら、アナスタシアさんの友人である学会員さんと、徹底的に話をしてみてはいかがでしょうか。シニフィエという53歳の学会二世がこんなことを言っていると話されてかまいません。いっしょにこの問題について考えてくれないかと、真剣に訴えてみてはどうでしょう。それに対してのその友人の反応で、ある程度わかってくるのではないかとも思います。もしかしたらそれはそのご友人を救うことにつながるかもしれません。長々と失礼しました。また近況報告をお願いします。よいお年を!

  12. もも(ら)さん、いつも貴重なお話をありがとうございます。外部の方からすると信じられないような非常識が学会の中では常識になっていますよね。その非常識に気づかないのは、ある意味ホラーの世界です。学会の思想は民主主義を完全に否定するところからはじまります。公明党がろくでもない独裁を目指す政党だということは、普通に考えれば普通に理解できることなんですが、それが学会員にはわからない。正しいと思っている。同時に他人の話はいっさい聞かずに自分たち以外はすべて間違いだと言ってゆずらない。この非常識が内部でまかりとおっている現実の恐ろしさ。もも(ら)さんのお話が一部の学会員のことではなく、判で押したように全国で行われているのは私にも容易に想像できます。この非常識ぶり、カルトぶり、そしてホラーな実態にちょっとでも疑問を感じることができれば、一気に目の前が見えてくるんですけどね。とにかく地道に訴えていかなければなりません。もも(ら)さん、今後ともよろしくお願いします。

  13. SJ さん、コメントありがとうございます。顔も名前も年齢も性別もしらないのに、学会二世というだけで親近感がわくというのは不思議な気がします(笑)。きっと同じ悩みを共有できているんだろうなという安堵感みたいなものを感じるからでしょうね。私、今になって思うんですが、「この信心をすると功徳がある。悩みが解決する。幸せになれる。」というのは、そもそも宗教ではないのではないかと。そんなものに依存する心を戒めるのが本来の宗教の役割ではないかと思うのです。まあ、これは私の勝手な解釈ですが(笑)。だから功徳という旨味につられて信心するほうが、信仰者としてまちがいだという気がします。間違いを間違いだと認める強い心を養っていけるのであれば、とりたてて宗教と限定しなくてもいいと思います。しかし世の中は人間の力では如何ともしがたい部分があることは間違いない。むしろ世の中は人間の力でどうにかできると思っているほうがおかしい。自然の有り様に対して敬畏をはらい、どのように生きていくことが正しいのか。少なくとも仏教の教義はそうした「生かされていることの感謝」から発生しているのではないかと思います。そうした意味でも日蓮の思考停止と排他的な危険性を含んだ思想は、世相の荒れた鎌倉時代でのある程度教養のある人間にとっては有効だったのかもしれませんが、逆に今の世の中は、池田氏がそうしたように人身を惑わす素材として利用されてしまう弱点があったのだと思います。私もすっかり惑わされたひとりなのですが。ですから私は学会のおかしさに気づくと同時に日蓮仏法に対しても疑問を感じています。先日は法華講に対して思い込みで批判めいたことを書いてしまいましたので、そこは謝罪しました。しかしかといって日蓮系の教義を信用しているわけではありません。そのあたりもこれからみなさんとの対話の中で少しずつ検証していければと思います。これからもよろしくお願いします。よいお年を!

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