創価学会本部職員のみなさまへ

創価学会本部職員のみなさまへ
私は創価学会員です。両親が草創期の幹部であったこともあり、生まれたときから創価学会の正義を信じてこれまで活動もしてきました。しかし53年の月日を経た今になって、ようやくその間違いに気づいたものです。おそらく創価学会本部職員のみなさまの多くも、私と同じように創価学会の正義を信じて、広布の役に立っている自分の仕事に誇りを持ってこられたと思います。また一部にはすでに学会の矛盾に気づきはしたけれども、いまさら自分の人生を否定し、家族を路頭に迷わせることに不安を感じながら、毎日を過ごしている職員の方もいらっしゃると思います。おそらく上の役職に就けば就くほど、そのジレンマは大きなものだと察します。
聖教新聞を見ても、そこにあるのは池田氏の今の姿を見せることができない学会本部の悪あがきとしか見えません。洗脳され続けてきた末端会員であっても、私がそうであるように、もはや目先のごまかしは通用しません。あなたがたの言う平和や正義がいったい社会に対してどれだけのものなのか、あなたがた自身に問いかけたいものです。会員に対する洗脳と企業や政治団体との金銭的利害だけで人の心を幸せにできるのですか…と。そうしたことで自分の人生を費やすことに疑問を感じないのですか?自分の一生を人々を騙し続けることで終わらせていいのですか…と。あなたは自分の子供や孫に対して自分の人生を胸をはって語ることができますか…と。
私は学会本部職員の上層部に至っては特に、末端会員とちがって学会の正義を信じていないと思います。学会が崩壊すれば自分の行き場がなくなるから、そして自分のこれまでの人生を否定しなくてはならなくなるから、それが怖くて何が何でも必死にとりつくろうとしているようです。学会本部職員のみなさん、あなたがたに少しでも自分や自分の家族を本当に守りたいと思う気持ちが残っているのであれば、自ら学会の真実を社会に示していただきたいと思います。自分も含めた多くの人を救うことになるのだと気づいていただきたいと思います。
創価学会は日本における戦後最大の病理現象です。それは池田大作という一人のとてつもないコンプレックスから始まりました。それは大陸、半島、日本を含めた歴史がつくりだしてきた複雑な国際関係の歪みであったのかもしれません。ここでは多くは語れませんが、私はそう解釈しています。学会の問題は、単に組織それだけでは見えてきません。極めて政治的な側面もあり、これまでの日本の政治政党の成り立ちと複雑に絡み合っています。彼と同じように出処不明の人物が日本の政治経済を操作しているという現実。これは日本という国だけの問題ではありません。学会本部職員の中でも、そうしたことをどこまで知って働いているのかはわかりませんが、あなたがたが確実に日本の巨悪に加担していることは間違いないのです。いまでこそ学会の権力や資金源にすり寄ってくる有象無象はいるかもしれませんが、ひとたび学会の真実が世に出れば、誰もあなたがたを弁護するものはいません。たとえ自分たちは何も知らない被害者だったとしても、それでは済まされないのです。すべてをあなたがたの責任に仕立て上げ話を終わらせてしまう。それが巨悪のやり方です。使い物にならなくなれば、すべての責任を負わせて葬られる。つまりあなた方も最終的には使い捨てにされるのです。今一度、そうした見方であなたの周りを見回してみてください。あなたが抱いていた様々な疑問が綺麗さっぱり見えてくるはずです。そのあまりにも反社会的な巨大組織の側面が見えてくるはずです。見えなければ仕方ありません。そのまま巨悪の捨て駒として使われ続けてください。これはあなたがた一人ひとりにとっての人生の問題です。そして家族の問題であり、日本という国の問題でもあります。

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創価学会本部職員のみなさまへ」への15件のフィードバック

  1. 匿名さんのコメントです。__________________初めて投稿させていただきます。当方は、もう還暦に手が届こうという年齢の初老の男ですが、入信歴は比較的浅く、十年ぐらいのものです。創価の女性と結婚したのを機に、別段深い考えもなく、入会してしまいました。なにしろ、晩婚だったもので。最初はそれでも、そこそこ信じていましたよ。結婚以来、毎年三桁の財務。一千万円以上が飛びました。高い授業料でしたよ。こちとら、何の財産もない、貯金もない、一介の労働者ですから。やっぱり痛いです。2009年の夏ごろに、完全に覚醒しました。創価のMCの手法。それは徹底的な反復にあると思います。同じことを何度も何度も。テレビのCMと一緒。だから、覚醒するのにも逆の方向の反復が必要なのではないでしょうか。「お笑い創価学会」の文庫本。最低十回は反復熟読しましたね。リチャードコシミズ氏の動画「ヤメカルト」と「大阪講演会」。これらも五回以上、通してみました。あと、矢野氏の著作。今にして思えば、池田さんの話にしても文章にしても、心を打たれたことがただの一度もなかった。あれだけの功績(?)、あれだけの量の著作をなした人だから、何かしら、はっとするような、本質を突いた言葉が聞けるのではないか、そう期待して固唾を飲むようにして、身を乗り出すようにして、聞いてましたけどね。毎回の本幹スピーチ。だけど結局、なーんにもない。空っぽ。薄っぺら。まあ、考えてみたら当然ですけどね。でも、脱会はできない。妻にも本当のことは言えない。言えば、即、離婚ですね。私のような状況の人間、実は五万といるんじゃないか。これが池田の巧妙なところであり、この男の犯した最大の罪だろうと思います。シニフィエさん、あなたのブログはこれからも絶対に必要だと思います。陰ながら応援しています。

  2. 旃陀羅の子さんのコメントです。___________________はじめまして。ざっとブログを読みました。シニフィエさんも、これからゆっくりと考えていけば良いのだと思います。私の場合は、2世として仏教を学ぶ過程で、創価学会の教義に疑問を持ちました(真面目て仏教の成り立ちから学んでしまったのです)。そこで本部職員に創価学会の公式見解を問うたのですが、彼はまともに答えずに逃げました(創価学会の考えるカルトの定義と宗教の定義を尋ねたのが原因かもしれません)。それが創価学会と決別するキッカケでした(退会届を出しておらず、破門の通知も届いていないので、籍はあると思います)。仏教には、偽経の問題があります(法華教の成立は、釈尊入滅200年後と言われていますから偽経と言えます。もっとも大乗非仏説への反論で、大乗仏教は偽経を肯定する立場ともなります)。また御書も偽筆・偽選の問題があり、創価学会版の御書にも含まれています。これを整理しなければなりません。また宗門との決別後、創価学会は御書根本主義を掲げたわけですが、一方で釈尊の頃はといって、友人葬を正当化しました。これは日蓮に立ち戻るのか、釈尊に立ち戻るのか、という問題でもあります(一つの考えとして、釈尊に帰るということであれば、法華教も捨て、上座部仏教になるという選択もあります)。牧口の価値論は、価値・善・美の順に上位の規範としました(価値が最高)。元ネタのカントは、真・善・美の順に人間の成長と共に規範が変わっていくとしました(美が最高)。勘違いからスターとしています。また戸田の生命論は、池田の宇宙生命論と発展しますが、どちらも宇宙即我、我即宇宙なる梵我一如思想となり、バラモン思想です(仏教ではありません)。とまあ創価学会の教学は、文献学的にも、歴代会長の教えにも、問題を含んでおり、どう整理していくのかという問題があると考えています。これについての公式見解を尋ねたら、本部職員は、まともに答えずに逃げたわけけれど。それで疑問の目で見るようになりました。宗門の坊主は職業坊主という批判について、本部職員も職業坊主ではないか(イスラム教では、宗教的指導者は宗教活動では金を受け取らない)。宗教革命と言っていたが、キリスト教のそれは、神-教会-信者の関係を、神-聖書-信者の関係にするものだった。ならば創価学会のそれは、日蓮-宗門-信者の関係を、日蓮-御書-信者の関係にするもののはずです(創価学会はあえて言えばいらないわけで、日蓮-創価学会-信者の関係に固執している現状は、革命でもなんでもない。だからこそ創価学会を変えるのか、創価学会から離れるのかという選択となります)。私の立場ですが、偽経にも意義があると考えます(釈尊から弟子が法を継ぐ過程で、自分はこうして悟りを拓いたということが経となったと考えます。天台智顗が中国で成立したわけで、偽経を肯定しなければ、日蓮を肯定できません)。そしてどの経を重視するかで宗派ができたわけで、それぞれの宗派で釈尊から現在までの変遷について整理できていれば良いと考えます(釈尊は人を見て法を説いたのであれば、法華経で悟る人もいれば、般若心経で悟る人もいても良いと思うのです)。日蓮の他宗批判は四箇の格言ですが、日蓮は排他的だったか(http://senmon.fateback.com/soukagakkai/shukyou/nichiren_4ka.html/朝日新聞夕刊)を読むと、解釈は色々とできるのかもしれません(当時の他宗派の現状批判であり、法華経を先鋭的に肯定したという解釈もありでしょう。つまり他宗派も、まともな僧侶が出て、改革すれば肯定できるということです)。最後に、コメント全てに返事をしなくてもいいと思います(時間的制約もありますし、次のエントリで、選んだテーマについて書くのもありかと)。私は一つの結論を出しましたが、シニフィエさんも良き結論・選択が出せることを祈ります。

  3. 匿名さん、旃陀羅の子さん、はじめまして。コメントありがとうございます。昨日コメントいただいたようなのですが、アップされておりませんでしたので本日の記事に載せさせていただきました。いろいろとお気遣いありがとうございます。私の場合、はからずも(笑)こうなってしまいましたので、じっとしておれないのですが、なんとか実を結ぶよう無理もそこそこに(笑)できることをできる範囲でやっていきたいと思っています。これからもよろしくお願いします。

  4. あけましておめでとうございます。今朝、新聞を開くと、ワイツゼッカー元ドイツ大統領(91)の記事。85年”過去に目を閉ざす者は現在も見えなくなる”との演説がずしりと心に響きます。(聖教新聞ではありません)81年春だったか、池田名誉会長ドイツ訪問で、留学中の私は会合に参加したものの、通訳の矢倉さんが美人だったこと以外、何も記憶に残っていないことをなぜか思いだしてしまいました。今年もよろしくお願いします。

  5. シニィフィエ様 明けまして おめでとうございます。ご家族の皆さまと輝かしい新年をお迎えのことと存じます。「白ばら通信」から来ました、桃太郎といいます。ここでは二度目のコメントになります。よろしくお願いいたします。このブログが開設されてい以来、管理人さんの素晴らしい記事や皆さんの豊富な経験を踏まえたコメントにより、大変盛り上がりのあるブログになってきていたので、これまで外部の者は憚れると考え、コメントを控えてひかえて参りました。このブログ開設三日目に貴兄が紹介された書籍「仏教の真髄を語る」(中村元著)を早速に取り寄せ読んでみました。大変勉強になりました。ありがとうございました。小さな本ですが、内容は深く澄んでいて、広い世界が見えてくるように感じました。創価学会の唱える仏法との余りの違いに驚きました。「立正安国論」も読んでみましたが、この世界との大きな違いにも驚きました。その中で、『ゴ―タマ・ブッダの思想は何ら特定の宗教の立場をとらなかった。他の宗教を他の宗教であるが故に排除することをしなかった。ただ人間の真理を明らかにすることを目指していたのだった。』というくだりがありました。又、「仏教は、一つの原因(神とか運命とかの存在)だけによって全てが造られるという見解を退けました」、「仏教では、唯一の原因や起点を求めることはありません。キリスト教やイスラム教のように、唯一である神のような存在・権威にすべてを収れんさせるような立場はとりません」、「すべての存在はその始めにおいて結果が定まっているという宿命論は、人間の努力は無意味となってしまい、特に原因と結果の間に因果関係を認めないということは、『呪術』で人間の運命は左右できるという立場を認めてしまうこととなります」などと述べていることから、多くの宗教の奇妙な姿が透かして見えてきました。この一冊の本を読む限りに於いてでさえ、「選挙で票を獲得すれば功徳が得られる」「信者をどんな方法で獲得しょうと功徳が得られる」「板曼荼羅のご本尊は幸福製造機である、百万べんの唱題で宿命転換だ」などという考えはとても想定ができません。どこからどのようにして仏教から大きく外れた教義が出てくるのか、理解ができません。ひどい新興宗教になってしまったものです。これまで、他の宗教宗派は全て邪教でありこの宗教こそ絶対に正しい、すべてを折伏しなければならないとしてきたのが創価仏法なのですが、どこにその正当性があるのでしょうか?不思議です。真の信仰とは何か? 仏教の原点とは何か? 新興宗教とは何か? 邪教とは何か? これらを深く考えさせられる一冊の本でした。創価学会の会員さんはどのような本を求められ、自らの生きる支えとされているのでしょうか? この本のような広がりのある本は余り読まれないのでしょうか? ぜひ読まれてみたらよいと私もお薦めしたいと思います。私は、外部の者であり、2年前からある事件をきっかけにして「創価学会」「仏教」について勉強をするようになりました。しかし、宗派宗教に全く執着がありません。教義を深く勉強をすることも考えていません。宗教界に何が起こっているのか、何が真実であるのかが大切なことであって、教説・言説などはなんとでも言えます。「嘘も百遍言ったら本当になる」そうですから、信用はしていません、できません。これからも広い視点・寛容な姿勢で「仏教」や「創価問題」を勉強していきたいと考えています。その中で、時々「外部目線」として拙い考えかもしれませんが、コメントを載させて貰えたらと思っています。よろしくお願いいたします。

  6. 桃太郎さん、コメントありがとうございます。そして以前ここでご紹介させていただいた本を購入して読んでくださるなんて、とても光栄です。私自身、本を滅多に読まない無精者なのですが、この本は(私が読んだ数少ない本の中ではありますが)とてもわかりやすく、そしてなにより深い内容だと思います。仏教の教えはもともと深淵なものなのに、学会いうところの仏法が完全に本来の仏教からかけはなれていることがよくわかりますね。恥ずかしいかぎりです。池田氏がダライ・ラマ氏やチベット仏教徒を弾圧し殺戮してきた中国共産党を賛美してきた理由がわかります。仏教本来の平和思想が広まると学会にとっては不都合だし、それ以前に権威や勲章が大好きな池田氏にとってはノーベル平和賞をもらったダライ・ラマ氏がうらやましくって仕方がないのでしょうね(笑)。桃太郎さん、ぜひこちらでお話を聞かせてください。私はこれまで洗脳下で本を読んだり宗教を解釈してきたので「外部目線」がまだまだ理解できていないようです。今でも日蓮のことをどうしても大聖人と言うほうがイメージしやすいですし、キリスト教やイスラム教については、多くの学会員と同じようにハナにもかけていませんでしたから、ほとんどわかりません。学会が宣揚してきた自己都合でゆがめられた日蓮仏法も、どのように位置づければいいのかもわからないでいます。ですからたとえば法華講の方に対してもどのように接していいのかさっぱりわかりません。これからいろんなことを学ばなければ、53年間の空白を埋めることはできないだろうなとも思っています。以前、なんとなく学会の矛盾に対して疑問に思っていることを、思い切って曹洞宗の僧侶をしている友人(友人とはいってもその世界では名の知れた方なのですが)に訊いたことがあります。「もしかしたら僕は学会を批判する立場に回るかもしれない。そのときはこれまでの自分や両親の人生を否定することになるんだけども、それに自分自身耐えられるかどうかわからない。でもどうしてもこれから学会の組織の中で信仰を貫くには無理がありすぎると思うし、心情的にもう後戻りはできないように思う。かといって正直どうしていいかわからないでいる」というふうなことを言いました。僧侶の彼は決して学会を否定することはありませんでしたし。むしろ「君の宗教や哲学に関する洞察は、いわばプロの私でも驚くくらいだ。今の自分がここまで宗教のことを理解できているのも両親や学会のおかげだと感謝しないといけないんじゃないか」といったふうなアドバイスをくれました。たしかに学会員である私が友人とはいえ他宗の僧侶に信仰について相談すること自体、学会組織としてはあるまじき行為だろうし、私もそれができたことは、すでにかなり学会離れしていたんだろうなと今さらながら思います。そこで彼が特に学会を否定をせず、ポジティブな視点でとらえてアドバイスをくれたこと自体、学会とはえらい違いだと思いました。おそらくこのことを学会幹部に言ったら「邪宗の僧侶に相談するなんてもってのほかだ。君は生命力が弱っているからそんなとんでもないことを考えるんだよ。お題目を上げきって、しっかり活動をしていけば、おのずと結果は出る」などと洗脳と思考停止を促すでしょう。つまり「池田先生を師と仰ぎ、何も考えずに財務と新聞啓蒙をすれば功徳がある」学会幹部の指導とはそれだけなんです。それをどれだけもっともらしく末端会員に浸透させることができるかで幹部の役職が違ってきます。私の小学校からの同級生に何人か県幹部がいるのですが、その中の一人は大幹部の息子で私と同じような二世です。彼はもちまえの口先だけの「大風呂敷」で無節操な借金を繰り返したあげく自分の会社を倒産させ、不渡りを出して多くの人に多大な迷惑をかけ、地元で働くことさえできなくなってもなお、平然と組織の中では偉そうな「指導」をしています。組織の中では誰もそのことに触れようとしません。そんなことを考えたとき、自分はなにかしら精神的にとんでもなく隔離された場所にいるのではないか。そう思いました。他宗→邪教→地獄という発想が少なくとも原始仏教にはなかった。日本に仏教が伝えられ、さらに鎌倉時代に出てきた新興宗教にさえ、ここまで短絡的な排他思想はなかったように思います。私は人間にとって宗教は必要だと思っています。そして創価学会は宗教ではないと思います。今の自分がはっきりと言えるのはそこまでのようです。これからかなり面倒なことになるかもしれない脱会への道を歩みながら、宗教そのものへも迫っていけたらいいなと思っています。それは単に文献を調べたり人から話を聞くことで達成できるものではないと思いますが、今まで自分の中に積み重ねてきた「間違い」を払拭し、少しでも「正しさ」へ近づいていくための努力を惜しまないようにしていきたいと思っています。

  7. はじめまして、月光仮面と申します。高倉教授の「白バラ通信パンドラの箱」に、時折、コメントを投稿させて頂いている者です。 貴兄のブログの質の高さとコメントを投稿される方々の問題意識には敬服しております。 さて、貴兄は、聖教新聞の購読を止め、創価学会を脱会されようとお考えとのことです。そのお気持ちは、良く分かります。 しかしながら、どちらも、今はなすべきではないと思います。もし実行されるならば、このブログを監視している創価学会の本部職員が喜ぶだけです。以下、その理由を3つ述べます。 まず、脱会されるならば、創価学会本部は、貴兄のことを「退転者」、「反逆者」、そして、「仏敵」と宣伝することでしょう。そうなれば、「善良」な学会員は、その「指導」を鵜呑みにするはずです。 つぎに、貴兄が脱会されるためには、多くのエネルギーを費やさなければならないのではないかと思います。さらに、ブログの執筆者であることが特定される可能性が、極めて高いと思います。もしそうなれば、ブログの存続も危うくなります。 それから、聖教新聞の購読を中止されると、池田カルトの「情報操作」に関する情報が入手できなくなります。 創価学会を崩壊させるためには、「面従腹背」に徹し、積極的に会合に参加され、現場の情報をブログで公開された方が効果的ではないでしょうか。 弱者の武器は情報公開しかありません。おそらく、これから、創価学会本部は、選挙運動に全力投入するはずです。「池田先生のために法戦の戦いで大勝利しよう」と会員を扇動することでしょう。 特定されないように万全の注意を払いながら、録画や録音して、インターネットで公表すれば、創価学会本部に大打撃を与えることができると思います。 私は、創価学会を改革することは不可能だと思います。崩壊させることしか、「善良」な会員を覚醒することはできないと考えています。そのためには、貴兄が脱会されないことが肝心ではないでしょうか。

  8. 創価学会員さんへの質問その弐「ももさん」が「ら」さん達と新年会に出かけてしまったので「里芋」が代筆させていただきます(笑)新年早々に複数の方から連絡を頂いたのでここ数日をかけて確認に出歩きました。創価学会員さんから届いた年賀状に金太郎飴のように(笑)同じフレーズが使われていることが確認出来ました。紹介します。「今年は解散総選挙の年になりそうです。応援よろしくお願いします」または「今度ゆっくりお茶でも飲みながらお話ししましょうよ、また連絡するね」「定型文」のように同じ言葉が使われています・・・確認できただけで7名の方に届いた年賀状です。未確認を含めたら相当数になるのではと推測しています(笑)創価学会員さんの皆様へこのような「定型文」を年賀状に書きなさいと云う「指導」がされているのですか?その指導は「誰」からですか?池田先生ですか?(爆笑)解散総選挙があると云いますけど「たかが」野党の支持母体が決定もしていないのに「言い切る」事に抵抗はないのですか?聖教しか読まないから世論が読めないのかな?(爆笑)「地域限定」なんですか?この「ご指導」は?(爆笑)非常に興味があります。ご意見聞かせてください。ちなみに私たちの「地域」では選挙が近づくと創価学会婦人部さんたちが「発起人(笑)」となり「お茶会」や「同窓会」、たまには呑みましょうよ!的な「女子会(爆笑)」等々が「多発」します(爆笑)お店はもちろん「学会員さん」が経営するお店、あるいは学会員さんが多数、働いているお店に「限定」されます(笑)非学会員の皆さんは「まったく学会さん、公明さんはしょうがないわねぇ~」と「広い心」で受け入れてくれています。この「辺り」の感覚を学会さんたちはわかっていないんだろうなぁ・・・誘ったら来たから、企画通りに集まったから、と云って「自分達」の「主張」が認められたと勘違いして「然るべき立場(誰?)」の人に「座談会」なんかで「成果報告(笑)」してるんだろうなぁ(爆笑)文責「もも(ら)」代筆「里芋」

  9. 月光仮面さん、はじめまして。コメントありがとうございます。なるほどですね。なるほど!う〜ん、なるほど。そうですね、まったくそのとおりかもしれません。気持ち的にはすぐにでも脱会してすっきりしたいのが本音なのですが、組織からや身内からの引き止めを考えるとうっとうしいばかりです。それよかあくまで内部からの声ということで、新聞とって会合に参加するのもいいかもしれません。でもカルトの集まりだと思うと気持ち悪いだろうなあ(笑)私と同じような立場で情報公開される方がたくさん出てくるといいですね。もう少し今後の展開を考えてみます。ほんとアドバイスありがとうございます。今後ともよろしくお願いします!

  10. 里芋さん、コメントありがとうございます。これまで選挙となると、めったに顔を出さない学会員が訪ねてきて、Fの数をしつこく確認してきますので、ほんとうっとうしかったです。まあ、親兄弟の対面もありますので適当に答えてはいたのですが、それでもなんともいやな気分でした。本部の婦人部長は私の母親に私の携帯番号を聞き出して電話してくるのですから、ほんと迷惑してます。一度はテレビ出演のための打ち合せ中にかかってきて冷や汗ものでした。こちらのことも考えずに大声でまくしたてるので、携帯とはいえ話の内容がまわりにダダ漏れだったのです(笑)。前にも書きましたが期日前投票に行けとうるさいし(たとえ行っても公明党には入れないんですが)妻などは最初から彼女の無礼千万に頭に来てますから「友だちには言いません!」ときっぱり。女性は強い(笑)。月光仮面さんもおっしゃっていましたが、このまま内部にいて選挙での学会の実態をリーク…いやこのブログでアナウンスするというのもいいかもしれませんね。実際の学会の姿を紹介するのですから、学会としてはありがたい話でしょう(笑)。

  11. シニィフィエ様昨晩23時50分頃、コメントを載せて一度は画面表示ができていたのですが、その後消えてしまいました。何かの不具合・トラブルなのか、それとも管理の上で消されたのかがわかりません。不具合か消されたかをお知らせください。尚、消された場合はその理由をお知らせください。管理人さんのお考えがあってのブログですから、理由が知らされることが大事で、消されることに異議を唱えるつもりはありません。許容される範囲での投稿は当たり前のことですから。別件ですが、「月光仮面さん」のご意見に賛成です。理由は、このブログはとても大切であり、長く続くことが強く求められます。組織の真実をまだまだ明らかにし広めていき、多くの悩める会員さんへの励まし・支援が必要であるからです。外部の者がこのことに意見を挿むのはどうかなと思うのですが、会員さんで仕事に就いている人でも、まだパソコンを持っていない人持っていてもネットをつないでいない人も多いかと思われます。組織からの情報以外は「見るな、聞くな」の世界でしょうから、まだまだ情報が広がるのに時間がかかると考えられます。焦らず、しっかりとした取り組みが大切かと存じます。

  12. 正義はそれを理解しない者にとっては何の力も持たない。

    僕は巨悪に加担しとろうが、正義を宣揚し続ける。そこまでいうなら、具体的に創価学会の何が悪なのか暴露してみたら?それによってあなたの日常生活にどんな悪影響があったんですか?もしあったなら、それをあなた自身が信じる正義に即して路線変更していこう位の行動はしたんですか?どんな決意をして、どんな具
    体的な行動を起こして、どんな結果
    を出したのですか?それも書かずに批判、否定されるのは甚だ愚痴に近いですね。池田先生も言われています。組織といっても長い年月を経たら、様々ある。その中でたとえ悪い事をしてしまったとしたら、その悪に気付き、そこから同じ過ちが起きないように軌道修正していけばいいんだと。あなたはそれをしましたか?
    言っても無駄と思ってるだけでしょ?
    『あなたがたとえ地獄に落ちたとしても、私も一緒に地獄に落ちます。むしろ地獄の方にこそ仏界はある
    しょう。四条金吾殿御返事より』
    この御本仏の境涯から見た時に、あなたが巨悪だの洗脳だのって言ってる事自体、それが何か?って聞きたい
    ですね。別に、あなたがそう思うならあなたが正義と思えるように変え
    てみたら?あ、もしかしてこのコメントで変えてるつもり?単なる愚痴にしか見えないのは僕だけかな?

  13. 創価を改革?路線変更?愚痴を言ってる暇があったら行動しろと?
    アホらし。そんな改革する価値もないです。こっぱ微塵になってほしいわ。
    そのくらいの団体に見られているんですよ。

    長い年月の間に組織が腐敗し、たとえ悪いことをしてしまったら、それを反省し、改め修正する?笑わせないでよ(^<^)
    創価ほど謝らない団体、見たことないです。

    キリスト教は二重人格、外道、ランクが下…謝罪したんですか?

    教えの根本である教学。間違ってました。間違いを片端から絶版にする前に、未熟でした。〇〇は以下のように訂正させて頂きます。申し訳ございませんでした、と表明したことありますか?

    宗門攻撃の時、ねつ造写真と記事を掲載したことに謝罪しましたか?報道機関として恥ずかしくないんですか?

    創価が謝らないから、私たちが代わりに謝ってるんです。嫌な顔されても事実は認めて頭を下げてるんです。不正を告発してるんです。
    人間ですから、間違いも失敗もあります。それを認めることで信頼も取り戻せているんですよ。

    創価は、自分たちは絶対正義。間違ったことなどない。間違ってるのはアナタたちだ!と創立以来、言い続けてますが、それでずっと信頼されていますか?笑われ、軽蔑されていますよ。
    それが「御本仏の境涯」なんでしょうか。

  14. たまたまこの掲示板を見ました。
    私は創価大学卒業し、現在50歳です。学会2世です。
    組織ですから、当然、学会員も過ちも犯してしまいます。しかし、それと学会組織の過ちを混同してはいけないと思います。
    私も凡人ですから、学会員同士の人間関係や組織の在り方に疑問を持つことはあります。
    しかし、池田先生は、私を一度たりとも裏切られた事はないばかりか、私がどんな状況にあっても、常に励ましを下さいます。1会員の私にまで、発心できる激励を頂戴します。
    学生時代に池田先生を師匠と定めた限りは、人生終わるまで弟子の道を歩みます。もちろん、それに十分値する師匠であると研鑽を重ねた今の年代になっても、思いは変わりません。
    学会2世は入信動機が希薄なため、どうしても、我流に陥りがちです。御書やそれが無理でも池田先生が現代に蘇らせて、すべての講義をして下さっています。その研鑽もなく、表層的なものだけで学会や池田先生を語るのは、親御さんの信心継承がなされていなかったのでしょう。残念です。当時は、生活するのに必死だったでしょうから、我が子に仏法を語って聞かせる人が少なかったのも背景にあると、私は思っています。
    信心は、「信じる心」です。個人の自由です。ただ、私は自分の体験からも我が子に語り継いでいます。
    ともあれ、私は、人間として若き日に師匠と決めた池田先生を馬鹿にされると、どうしても黙っておれないので、コメントしておきます。
    もしよければ、「新 人間革命」第8巻をお読みください。仏法に違背した退転者の心理や言動が正眼で書かれています。
    要は、自分を正当化したいだけではないですか?

    もう一度、日蓮仏法の本質を見極めるべきだと思います。事実の上で学会しか本流はありません。
    (但し、組織として悪い事は直していくべきとの意見には賛成です。)

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