聖教新聞を編集しているみなさんへ

MCが解けてから、私は聖教新聞を見るようになりました(笑)。いちいち読みはしませんが、見るのは見ます。新聞紙上で池田氏がどのように扱われているかに興味が出てきたので、以前よりも格段に隅々まで見るようになりました。やはり去年の春以降、池田氏のちゃんとした様子の写真はありません。去年の11月頃に、最高幹部と写った記念写真がありましたが、それはまるで洗濯して縮んでしまったボロボロの古いぬいぐるみのように、いかにも椅子にちょこんと座らされたといった感じで、どこを見ているのかもわからないようなまったく生気のない顔の表情でした。それはたとえ学会シンパであっても、さすがにわかったようです。そのときの新聞は記念に今でも保管しています(笑)。過去の写真は必ず撮影日と場所が明記されているのですが、この時期の数枚の写真に関してはなぜか「11月新宿区にて」などとぼかしています。なぜですか?先日の腕のかたちがとても不自然な写真は合成だろうという話もあるくらいですが、あれってどうして腕が途中でとぎれているんですか?世間にさまざまな憶測が飛び交う中でも、決して池田氏は人前に現われません。学会創立80周年も、毎年出席していた創価大学の卒業式にも、もちろん5・3にも姿を見せない。大好きな名誉称号をくれるといって外国からわざわざ来てくれた客人に会いもしない。聖教新聞にはやたらと池田氏の過去の写真が載っていますよね。なんかやり方が見え透いていて悲哀さえ感じます。それでも大きな会合にはなぜかしっかりと「メッセージ」だけは送られてくる。あのメッセージが池田氏から誰が受け取っているのですか?聖教新聞社には誰が伝えているのですか?さらに今年から聖教新聞には月一で青年に語りかける連載まではじまるそうですが、池田氏にそんな気力があるなら、どうして姿を見せないのですか?聖教新聞を編集しているみなさんは、毎日大変だろうなと思います。毎日毎日どうやってごまかそうかと頭を抱えているのではないですか?かといって誰にも愚痴れないし、まともな人間ならストレスで身が持たないでしょう。よかったら愚痴でいいですからこのブログにコメントしてみませんか?(笑)
これだけの会員数がいて、みんな「先生、先生」と「指導」を求めているのに、一年半以上も会員の前に顔を出さずに、その理由を一切明らかにしない学会本部。学会の正義を信じている創価学会員の皆さん。どなたか座談会でそのことを幹部に質問してはどうでしょうか。「池田先生はどうしてみんなの前に姿を見せないのですか?見せない理由を言わずにメッセージだけ送ってくる理由は何ですか?もし人前に出ることができないほど体調が悪いのなら、世界中の会員が先生の健康を祈ることもできるのに、どうして何も知らせてくれないんですか?こんな簡単な質問に答えられない理由は何なのですか?学会の師弟不二とはこういうことなのですか?」って(笑)。まあ、そんなことを言おうものなら、幹部は答えるどころか「あなたは信心が足りない!」とか「お題目を上げきって先生にお応えできる私たちになることです」とかわけのわからない言葉でその場はやりすごして、あとから「◯◯さんは、頭がどうかしちゃったみたい」と同志を平気で狂人あつかいするんでしょうね。で、さらに自分で物事を考えない素直な会員さんは幹部の言うことを鵜呑みにするんでしょうね。幹部の言うことに疑問を持つと不幸になると信じてますからね。
昔、幹部から「先生対自分の直の信心をしなさい」と言われたものです。直も何も姿も見せずに、その理由さえ言わない人にどうやって心を合わせられるんでしょう。聖教新聞での池田氏の動向ひとつとってみてもこれだけ不自然なのに、学会は何もなかったかのように財務だ選挙だと動きまわれるのが不思議です。でもみんな「そうは思うんだけど罰が恐くて」という脅迫観念に縛られていたり、幹部の言うことを聞いていれば自分で何も考えることをしなくてすむし、末端組織のコミュニティに依存してれば安心だし、さもなくば完全にイってしまってるかですね。そういう姿だけを見ても、彼らの思考回路はどう考えてもカルトだと思います。なんで今まで気づかなかったのか…と何度後悔してもしたりません。
これから私は創価学会に対してどのような態度で望めばいいのかをずっと考えています。
1. ただ単に脱会届を出して、これからは学会と一切関係ないこととして終らせるのか。
2. 正面切って学会の矛盾を問いかけるために同級生の副会長、もしくは従兄弟の県幹部と徹底的に議論するのか。
3. 黙ってこのまま学会員であり続けて、こっそり学会の真実をネットで訴えていくのか。
ざっとこの3つが頭に浮かびます。今のところ3の方向でいくのがいいかなと思ってはいます。1はなんだか泣き寝入りみたいで自分自身が納得できないし、2はどんな被害があるかわからない。私はともかく家族まで危険に晒される可能性もあります。私一人では何もできませんが、やはりこうして皆さんの声をできるだけたくさん集めることで、世論のレベルまで高めることができるのではないかと思っています。ここだけではなく、こうした動きを多くの方が実践されることで、創価学会がカルトであることを世の中にきちんと示すことは可能だと思います。それは「自分の人生を台無しにしやがった学会にギャフンと言わせてやる」ではなくて(笑)、学会による被害者をこれ以上出さないようにという考えです。
みなさんのお話を聞く中で、私の受けた被害はまだ軽いほうなのではないかと思いました。それは以前書いたように、自分の中での学会ではない部分の人生をしっかり生きてきたからだと思いました。パソコンに例えると、ハードディスクをパーテーションで区切っていたので、学会のディスクが壊れても、別のディスクは正常に動いていたということかなと。分かりづらかったですね(笑)。ですから私は学会のハードディスクが壊れても、それ以外のハードディスクがあったからこうしていろんなものの辻褄がすぐに合わさって、いろんなものが見えてきたのだと思います。学会のハードディスクだけで生きてきた方、つまり自分の全てを学会の組織活動に捧げて身も心もボロボロになるまで気づかなかった方、もしくはそのまま人生を終らせてしまった方(私の父)のことを思えば、私などかすり傷とまでは言わないにしても(笑)、右足骨折ぐらいのものなのかなと思います。
そう遠くないうちに創価学会は内部崩壊し、壊滅的な信者離れによって戦後最大のカルト教団事件であるという歴史的評価がなされると思います。それは基本的に池田氏のカリスマ性にのみ依存しなければ維持できない学会自体の構造が持っている宿命でもあります。もともと池田氏が金と権力を我がものにするためだけにつくった営利団体なのですから、池田氏自らがそうした性格の組織を望んだわけです。「先生、先生」と崇められ、何の疑問も抱かずに必死になってお金を貢いでくる信者が集まる集団。それは彼にとっては夢のような集団だったでしょう。
三代会長の座につくために、あらゆる汚い策略を張り巡らして競争相手を蹴落とし、この組織を自分のものにしてからさらに大きな営利集団に仕立て上げた彼の野望は見事に叶いました。そのためにどれだけの人間の人生を踏みにじってきたことか。「功徳欲しさに騙されるやつが悪いんだ」この期に及んで、そんな彼の声が聞こえてきそうです。絵に描いたような典型的なカルトです。自分が中心でない組織など池田氏にとっては何の意味もないわけですから、今となっては組織がどうなろうがどうだっていいのだろうと思います。
私はここ最近の学会本部をはじめとした異常な建設物ラッシュに恐ろしさを感じています。組織が崩壊して摘発される前にやばいお金は使い果たしてしまうつもりではないかなどと思ったりもします。学会上層部はもはや明らかな組織崩壊に備えての身辺整理に入っているんじゃないかと。矢野氏の「乱脈経理」を出すまでもなく、これから学会の裏側が隠しきれなくなれば、膨大な数の損害賠償訴訟が起こされるでしょう。それまでに宗教法人の隠れ蓑で蓄えていた表に出せない財産を、あわてて建物や他のものに変えておく算段なのかなと勝手に想像したりしてます。まあ、想像ですから、実際はもっと別のとんでもない思惑があるのかもしれません。とにかく最近の建設ラッシュは異様だと思います。学会からの甘い汁を吸っている企業のみなさん、それから見せかけだけでも会員というだけで多くの学会員のファンを獲得して営業を行なっている芸能人のみなさん、そろそろ学会から手を引いとかないと痛い目にあうかもしれませんよ(笑)。
聖教新聞をつくっているみなさん。今の聖教新聞を眺めていると、そんなことがわかります。というか、あの白々しい苦し紛れの紙面は、そんなことしか伝えていないのですよ。

広告

聖教新聞を編集しているみなさんへ」への15件のフィードバック

  1. おはようございますシニフェイ様全く同感の極みですそれと、やはり手法としては3だと思います告発、発信し続けることがもっとも大切なことだと思われます。貴方様のお立場からすればかなり中枢の情報が入るように思われますので今のままで良いのではないでしょうか(気持はすでに完全に退会されているようなので)真実を心ある人は知りたがっているのですからね。私も何十年も四六中側近で使えた副会長が、あれだけそばにいたのに会長が勤行、唱題する声など全くと言ってよいくらい聞いたことがなかった言われるのを聞いて、唖然としました。これが尊敬していた信心の、そして人生の指導者???その時思ったのは、どこかの国の将軍様のように知らぬ間に偶像化された人物を信じ切っていたんだなと、気付きました考えてみれば、新聞に載る先生、映像で見る先生、幹部から聞かされる先生しか知らされない多くの純粋な末端会員、偉大なる大先生とマインドコントロールされているのも気がつくはずもなく、疑いを抱けば自ら、スリ、ハンドク、無疑ワクシンを思い出し、疑いを打ち消す努力をしながら、矛盾を抱きながら組織について行ってるのが現状ではないでしょうか。どうかいつまでも発信、告発し続けてください取りとめのない書き込みごめんなさい

  2. どんな分野においても、徒弟制度のような師弟関係は存在します。その関係があるにもかかわらず、自分の恩師の健康状態を気にかけない弟子が存在すること自体、普通では考えられないことです。仏法は道理と教えられてきましたが、そうであるなら、ありのままの中での素晴らしさがなければ”うそ””虚”ということです。創価=価値を創る・・とんでもないです。”うそをつかない”ことは、宗教以前の問題ですが。ところで、私もサラマンダラさんと同意です。望めるならば、2番に一票投じたいところですが、不可能でしょう。私の抱えている問題を本部の副会長(名誉会長の一番の側近)に投げかけましたが、なしのつぶて、糠に釘、完全無視でした。粘ったら、本部職員から慇懃無礼なメールが来ただけです。論理的思考回路がないのか、議論ができませんね。本部は。というか、トップに行けばいくほど。。。と、感じました。誰も巻き込んでいなかったら、さっさと関わり合いをなくしてしまう上では1番がいいのでしょうけど、これは、時間の経過の中で自分を傷つけかねません。MC脱却は、ひとそれぞれ違うでしょうが、時間がかかると思います。みなさん書き込まれていますが、あせらず、ゆっくり、そして、仲間がいるんだということを忘れない、これが一番大事ですね。そういう意味でも、この対話の場が必要不可欠なものとなっています。長くなると消えるそうなので、途中で失礼します。

  3. おはようございます。リアルなコメントが届いていますね。どれも身に覚えのある、突き刺さるような思いです。私はこの二三年前まで、学会関連の書籍(潮パンプキンさえも)を書店で見るだけで舌打ちするほど(笑)でした。ですので聖教新聞なんかとんでもなかったんですが、今はむしろ知りたいと思っています。私はあくまで、私VS親兄弟という関係ですので絶対に、新聞など取るわけにいかないのです。そうすると、私の周囲は途端に疑うことなく勘違いして調子に乗ってしまいます。私は、自分の周囲には「自省」と「気付き」を求めています。無理難題だろうと思われるかもしれませんが、私に気付けたことが、なぜ気付けないのかと思うのです。目を背けず、私と話をして欲しい。その思いから逃げ発狂する限り、逃げていることを自覚できない限り、私は自身の姿を持って見せ付ける必要があります。それが、非活・拒否という選択でした。私は、親が贈与で新聞を入れてもその日に販売店に電話して止めています。私はこういうスタンスですので、どうしても新聞だけはネットで一面を見るだけです。しかしもっと内部の情報が欲しい。今なら本当の組織の姿が見えるような気がしています。宗門問題に関しても、末寺の現場の話も聞いてみたいと思っています。今さら法華講に興味は無いですけど、寺側の言い分も聞いてみたい好奇心です。お互い無理だけはしないようにしましょう。しつこいですか(笑)

  4. 初めて投稿します。以前より拝見させていただいておりました。本当に今日の聖教新聞の1面には驚かされました。え?また、連載はじめるの?って。もう、ウソの上塗りとしか感じられません。具合が悪いなら悪いと、植物人間なら植物人間だと、そうでないならばそうでないと、正直に現場組織に言えばいいのに。かつての副会長たち、側近の人たちが「自分がゴーストライターをした」ということを明かしていることがわかっています。多くの人たちも、心の中では気づいています。自分も直接、ある幹部の方に、「本部の中にそういうゴーストライターをする人たちの組織がある」ことを聞いたことがあります。 今日のような報道の仕方は、末端の会員がバカにされている感じがします。外部の方からの評価も、いわゆる未活動家の会員の方たち、2世3世からも、ますます冷めた目で見られるのではないでしょうか。 元気ならせめて、得意の同時中継(というなの編集放送)でその姿を紹介してほしいと思います。

  5. 今日のオンライン聖教新聞上に、”皆さんのためなら何でもします。”と話されて(?)います。必ず、有言実行してほしいです。創価学会と大学の創立者であるなら。行動なしの言葉は全く意味がありません!親が親なら子供も、、と鏡に写した関係で表現しますが、師弟も同じですね。

  6. シニフェイ様投稿は初めてです。このブログはスタート時より拝読させて頂いていました。一応、婦人部です。50年、学会員やっています(笑)今は、非活で、同時中継のみ参加。嘘を見つけに行っています。「全く同感の極みです、やはり手法としては3だと思います」サラマンダラさんの意見と同じです。本日付けの聖教新聞を見て、「どこまで、会員を騙すんだろう」と、以前より隅々まで目を通すようになり、自分でも笑い、シニフェイ様も同じ状態で、又、笑い・・・。私は、昨年、グラフを止めました。幹部から、電話はありましたが、まあまあすんなり止めれました。昨年末の財務も止めました。幹部の反応は、今のところありません。創価大学出身の知り合いがいます。M理事長と同期の方です。ゴーストライターは、5人いる、と、聞きました。おいおいと、内情を暴露してまいります。本日は、ここまでにしますが、同じ状況の方々が大勢いらっしゃるので、一人で悩まないで、「対話」させて頂きたく投稿いたしました。

  7. 読みました、今日の聖教。「私も皆さんのためなら何でもします。青年たちのために、 語り残しておきたいことが、まだまだ、たくさんあります。」何でもするなら、まず顔見せなさいって(笑)姿を見せずに「何でもする」のは気持ち悪いゾ。これだけ元気に喋れるのに、なんで一昨年の春から姿を見せないの?新聞なんだから、今の写真を載せるべきでしょ。人前に出られないことの不信感をもみ消す苦肉の策のつもりでしょうが、最初の「今、全国で続々と青年が入会しています。」という書き出しでそうとうな危機感がうかがえますね。こんな茶番を真に受ける会員が……いるんだなこれが(笑)もしこんなことを言えるような状態じゃなかったってことがわかったらどうするつもりなんでしょうね。こうなったらどこまでも元気でいるしかないんでしょうね(笑)「先生はお元気でこれからも私たちのために指導してくださる。 選挙も財務も新聞啓蒙も折伏も頑張ろう!」って思わせたいし、思考停止の会員さんは実際に思ってるんでしょうね。結局は会員にこの4つをやらせるだけのための団体なんですけどね。困ったちゃんです(笑)。笑いごとではないんですが、笑うしかない。

  8. 池田名誉会長の新連載がスタート「若き君へ 新時代の主役に語る」第1回 「大人になる」とは……だそうである。 かつて、池田氏はこう豪語した。「私は、日本の国主であり、大統領であり、精神界の王者であり、思想文化一切の指導者・最高権力者である」以下は作家 遠藤周作氏のことばです。「本当の大人というのは、自分のすることなすこと、必ずしも正しくないということを、身にしみて知っている存在である。そして、大人でない者は、その反対なのである。大人と大人でない者との違いにこれほど明瞭な定義はない。赤ん坊を見たまえ。赤ん坊ほど自己主張をして聞き分けのないものはない。」

  9. ”私は、・・・・・最高権力者である”えっ??こんな言葉を豪語していたのですか?いつごろですか?全く知りませんでした。あ~~~、また壁に頭をぶちつけたい気持ちです!何度でも言いましょう。”信じた私がばかでした!”人は生きてきたように死ぬ、とよく言われますが、S.ジョブズ氏は見事でした。スタンフォード大での演説の内容、その後闘病中の創作活動、CEO辞任時の言葉、どこをとってもジョブズ氏そのものであり、とても自然でした。妹のモナさんの追悼文にある通り、死ぬ直前まで瞬間を大事に生き切った人であり、挑戦し続けて生き抜いた人だということが伝わってきます。闘病中のジョブズ氏の写真からも、愛に満ちたまなざしで透き通った、崇高な感じが伝わってきました。偽りのない、ありのままの姿に感動しました。”私は、日本の国主・・・・・最高権力者である”この、あまりにもすごい言葉に、ショックを受けてしまい、横道にそれたコメントになってしまい申し訳ありません。失礼しました。

  10. yakoさんへ「私は日本の国主であり…」という池田氏の発言は、評論家・高瀬広居氏のインタビューでのものです。小多仁 伯著の「池田大作の品格 PART2」でも紹介されています。そこから抜粋しますと…高瀬氏は「人間革命を目指す池田大作その思想と生き方」(六五年、有紀書房刊)の中で「池田会長はモダンな本部応接室で、胡坐を描き直す、煙草を一服し、静かにそして激しい語気で言った。『私は、日本の国主であり、大統領であり、精神界の王者であり、思想文化一切の指導者・最高権力者である』同席の大幹部数人は深く肯き息をのんだ」と述べています。という感じです。ちなみにこれは池田氏が会長に就任して5年後、37歳の時の発言だそうです。大変夢見がちな青年(中年?)であることが伺えますね!

  11. >最初の「今、全国で続々と青年が入会しています。」という書き出しでそうとうな危機感がうかがえますね。こんな茶番を真に受ける会員が……いるんだなこれが(笑)そんな風に聖教新聞には書いてるんですね。この間母とやりあったときに「今は若い人がどんどん入信してるんだから!」って言ってたんです。これで納得です(笑)そんな姿形も見えない若い人たちがどうしようと、わたしの人生とはなんの関係ないのに・・・識者も賛同してるから、世界に認められてるんだよとかほんとうにうんざりです。

  12. クロさん、はじめまして。クロさんのブログ、いつも拝見しております。クロさんのブログコメントに挨拶もしないでシニフィエさんに直接語りかけたこと、お許しください。ずっと気になっていました。コメント、有難うございました。37歳という若さでの発言にしては、ちょっと、怖いもの知らずというか、なんと浅はかな張ったりというか、言葉になりません。自分を磨くこと(修行)を知らない人の言葉ですね。また、大幹部が深く肯くところも、大丈夫ですか???の世界ですね。恥ずかしくなってしまいます。

  13. 聖教新聞には、真実しか書いていない!それ以外は全部嘘。ネットでも週刊誌でも捏造できるからね!信じないわよ!!と、本気で思っているんですよね。一般メディアが捏造できるなら、宗教団体の機関紙が事実を歪曲し捏造することなんて、造作ないことだとは考え付かない。弱みに付け込み、一つの崇拝を掲げたら簡単にMC操作できるということが分かった今、それを逆手にとってできることは無いかと考えています。狂信者を救うことにはならないかも知れませんが、被害者を減らすことはできるのではないかと。

  14. 鋭い論陣を張っておられるシニフィエ様に、心より敬意を表します。 戦法としては、3がベストではないかと存じます。私は、実名で真正面から闘わざるを得なくなりました。 しかし、シニフィエ様には、匿名でのゲリラ戦に徹して頂きたく存じます。その方が、創価学会池田カルト一派に対しては大打撃を与えることができるのではないでしょうか。 もちろん、面従腹背することには、大変なストレスをお感じになられることでしょう。かつての私がそうでした。本当に苦しいの一語に尽きます。 僭越ながら、正攻法の闘いは、私が引き受けます。シニフィエ様は、自由自在のゲリラ戦を展開なさって頂ければ幸いです。 創価学会池田カルト一派を打倒するためには、ひたすら耐えるしかありません。これまで以上に、賢明な対応をなさって下さいますように、心よりお願い申し上げます。

  15. 初めましてわたしは、真野新作といいます、聖教新聞のメッセージも偽装文章でありますね、先生の近くにいたので、文章の癖などを知り尽くした聖教新聞社 ルポライターの仕業です、合成写真も既に誰しもが分かるようになりましたね、昔の先生の指導を何度も言葉巧みに取り替えた聖教新聞など邪宗新聞にほかなりません、創価学会の皆さんは基軸とゆうのを お分かりですか?船もほうがなければ前に進むことは出来ません、事の道理として誤った指導者を中心に会館を建てたり学会指導などしてしまえば、宗教は、必ず崩壊しますが、それでも聖教新聞 創価学会に執着していきますか?

コメントを残す

以下に詳細を記入するか、アイコンをクリックしてログインしてください。

WordPress.com ロゴ

WordPress.com アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Twitter 画像

Twitter アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Facebook の写真

Facebook アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Google+ フォト

Google+ アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

%s と連携中