今の気持ち

このブログは私が何かを書いていくのを見ていただくというものではなくて、皆さんのコメントが主体となって進行していくのが理想的だと思っています。ここは皆さんの創価学会に対する思いを社会に示していく器になるといいなと思っています。ただブログの性格上更新しないといけないので、自分のことについてもときどきお話をするという、私はいわば進行役と考えてください。多くの方に創価学会の本当の姿を語っていただいて、それまでどう考えてもおかしいんだけど罰が怖くて言えなかったことや、学会の指導と違った自分の考えに自信が持てない方の悩みなど、正直に心を開いていただければうれしいです。これまでのみなさんのコメントではっきりと言えるのは、学会で悩んでいる方は一人ではない。むしろ悩まない方がおかしいのだということ。これまでの学会に心酔してきた自分の人生の否を認めるのが怖い人。否を認めることで不幸が降り掛かってくるのではないかといった恐怖心に苛まれている方。心配はいりません。学会はおかしいというあなたの心の方が正しいのです。学会を否定することで何一つ不幸になることはありません。信心したからといって功徳があるわけでもなければ、勤行をしなくなったからといって災難にあうわけではありません。むしろ自分の素直な心を押さえつけて生きていくことが、最大の不幸なのです。ですから、このブログのコメント欄に、あなたの学会に対する思いの丈を示してください。そうすれば、自分が恐れていたものが何であったかがすぐにわかると思います。あなたはどこの誰とも知られずに、多くのあなたと同じ疑問を持った方がここにいらっしゃいます。そしてあなたの正直な思いの一言が、多くの方の心を開いていく力を持っているはずです。悩んでいるのならば、なおのことここにあなたの気持ちを伝えてください。あなたは決して一人で悩む必要はありません。
これはネットの匿名性の長所だと思います。このネットの匿名性とブログの信頼性が確保できるかぎりにおいては、大きな力になると考えます。ネットの匿名性の功罪はいろいろとあると思いますが、少なくともこのブログに関しては、知性と分別のある方にコメントしていただいているので、ほんとうに感謝しています。このブログを立ち上げる前に一番心配だったのが、面白半分で無益な攻撃をする方たちによる書き込みによって、真剣に悩んでいらっしゃる方が引いてしまうのではないかということでした。たしかに最初の方で数名の方が場違いなコメントをされましたが、私はあくまでできるだけ書かれた言葉に対して誠実というか愚直なまでにお答えしました。見方によっては反対意見に対する攻撃であるかのように感じられたかもしれません。しかし私は最初に「ここは戦いの場ではなく対話の場としていきたい」と申し上げているとおり、何が正しくて何が間違いなのかについての討論をする気はありません。しかし中立な立場で学会とアンチを取り上げるつもりもありません。みなさんお分かりの通り、私は2ヶ月前に完全にアンチになりました(笑)。この期に及んで学会側の肩を持つ気はさらさらありません。一日もはやく創価学会が消滅することを願っています。ただネット上で正邪を討論したところで某巨大掲示板のように暇人の無益な罵り合いになるだけで、そこから何も生み出すことはありません。というかそれらは何かを生み出す目的で存在してはいませんので当然のことです。ですから私はここで単に学会を攻撃するのではなくて、できるだけ自分がこの目で見た事実を示していきたいと思います。その事実についての思いを述べていきたいと思っています。
また、私は創価学会の提唱する日蓮仏法に関しての理論的な矛盾を指摘したり、学術的な論証をする気もありません。学会がおかしいから本来の日蓮仏法を継承しているとする他の宗教団体に加担する気もありません。正直言いますと、まだ何がなんだか分からない状態ですので、ここで仏法がどうこうという気になれないのです。戦時中の軍国教育を受けていた子供たちが、終戦を境に、日本は間違っていた、天皇は人間だった、と正反対のことを教えられたようなもので、「え?そうなの?だったら今までのことは何だったの?お国のためにとお父さんは無駄死にしたの?それで世の中済まされてしまうわけ?」といった感じです。ただ「やっぱり自分の中の創価学会以外の部分が間違いではなかったんだ」というせめてもの安堵感といいますか、そのまま死なないでよかったという気持ちはあります。ですから自分としては、これまでに積み重ねてきた学会以外の部分で信仰や哲学についての見方を深めていければと思っています。
以上、なんとなく今の気持ちを書いてみました。
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今の気持ち」への1件のフィードバック

  1. 自分は会員で、2世です。活動はしていません。末端の純真な信仰心にはやはり頭が下がります。しかし、学会は矛盾を曖昧にして終わらす組織であり、これまでも、父が兄と言って慕い、私もお世話になった老年の方(故人)に親切心を巧みに使い取り入り、多額の金を無心した婦人部幹部(後に除名)の行為に対し、警察に突き出すのでもなくただ曖昧に受け流したため、当時の道長(H氏、現総道長)激しく抗議したのですが、学会は罪を裁くところではないという始末。この件はお世話になった人だからこそ、完全解決しない事が悔しいのです。

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