あらためて「功徳って何だろう?」

全国の方が突然ここのコメントが読めなくなるというトラブルが起こり、スワッ、サイバー攻撃か?!と身構えましたが、グーグルのブログ故の不具合だったようです。みなさま大変ご心配をおかけして申し訳ありませんでした。多くの方がWINDOWSのIEでブラウズされているため、あちらこちらでコメントが表示できないとかフリーズしてしまうなどのトラブルが発生した模様です。とりあえず原因がわかってほっとしました。ただ、緊急避難的にこのFC2さんに引っ越しては来ましたが、なにぶん勝手がわからず、お世話になっていてあつかましいですが居心地悪いです(笑)。個人的な好みもあるでしょうけど、とにかく広告があるのが耐えられないんです。
。引っ越しのやり方もなんとかわかりましたし、少し落ち着いたら広告のないすっきりした場所にサイド引っ越そうと思ってます。今後ともよろしくお願いします。
ひとつお詫びをしなければなりません。このブログをFC2さんへ移した時に、なぜかコメントされた方の名前がのきなみクロさんと希望さんの名前に入れ替わってしまいました。もう私の方ではどうにもできません。とくにクロさんと希望さんには大変申し訳ないのですが、どうか見過ごしてやってください。お願いします。
ということで、今日はこのゴタゴタであまり仕事にならなかったので、これから徹夜で仕事です(笑)。

しかしまあ、今回はほんとにサイバー攻撃を受けたときにどうするかということがわかりました。勉強になります。そして多くの方がこのブログをガッチリ守ろうとしていただきました。ほんとに心強いです。ありがとうございました。ほんとに一人じゃないって思いました!

この騒ぎで、先の「功徳って何だろう?」が薄れてしまったので、ここからもう一度始めるために、ここに再度アップさせていただきます。ここはひとつ仕切り直しってことで、よろしくお願いします。
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創価学会員のみなさん。「功徳」って何だろうって、もう一度あらためて考えてみませんか。
私は学会のおかしさに気づいてから、功徳ということばがどれだけ滑稽なものかを感じます。多くの学会員は「功徳」につられて信心を始め、「地獄に落ちる」という言葉で学会から抜けられなくなります。信心したおかげで病意が治った。信心のおかげで貧乏から抜け出した。私も子どもの頃からそんな話をさんざん聞かされて育ちました。信心すれば、もっといえばお題目を唱えるだけでどんな夢も叶う。「法華経の行者の祈りのかなはぬ事はあるべからず」などと御書の中のいろんな箇所を引っぱり出しては、とにかく何も考えなくていいから信じていきなさいという。信心してもしなくても、人生にはいいこともあれば悪いこともあります。なのになぜか学会では入信した途端いいことは信心による功徳であり、悪いことは信心が足りないことになる。どんなときもです。幹部は会員のそうした一喜一憂を功徳と信心が足りないのどちらかで済ませてしまいます。つまり「余計なことは考えなくていいから、学会活動に励みなさい」結局幹部が言うのはこれだけです。会員はそれを真に受けます。さらに近頃は功徳は「信心のおかげ」ではなく「先生のおかげ」になっています。いいことすべては「先生のおかげ」であり、することすべては「先生のために」が合い言葉です。どこかの将軍様とひとつも変わらないですよね。
昔、私が若い頃勤めていた仕事場の同僚がネットワークビジネスにはまったことがありました。「ちょっと話があるんだけど家に行っていいかな」から始まりました。私も別に断る理由はなかったので、軽い気持ちで彼が来るのを待っていました。結局簡単に言うと「一生遊んで暮らせるビジネスをしないか?」ということでした。「これだけのことをやるだけで、孫の代まで遊んで暮らせるんだ」ということです。「今度そんな暮らしを実現している凄い人が来るから、話だけでも聞きに来ないか」と言うんです。どこかで聞いたような話でしょ(笑)。「僕はね、君の幸せを思って誘っているんだ」「ここでほんの少し頑張れば、あとは素晴らしい人生が待っている」「ほら、こんなにたくさんの人が入っていて、みんなで楽しくやってるよ」「僕もね、最初はそんなうまい話があるわけないだろと思ってたんだけど、実際にこれをやってる人たちは、ものすごい財産を築いてる。それも最初に数人の友だちを誘うだけで、あとは何にもしなくてもその友だちがまたその友だちを誘って、その人たちが稼いだ利益が全部自分のものになる仕組みなんだよ。これは驚いたね。友だちに健康にいい食品や素晴らしいキッチン用品を勧めるだけで、あとは何もしなくてもどんどんお金が舞い込んでくる。夢のビジネスが目の前にあるんだ。その利益はたとえ自分が死んだとしても、自分の子どもたちに入って来るんだよ、ありがたいよね、凄いだろ。」やはりどっかで聞いた話です(笑)。そのとき私は友人として止めるべきだったのかもしれません。しかし彼はまさに欲に目が眩んでしまって「僕はこの夢のようなビジネスに人生をかけてみるよ」という始末。結果は案の定でした。もちろん私はそんな口車には乗りませんでしたが、つきあいでいろんな健康食品やキッチン用品を買いました。商品はどれも粗悪なものでした。トマトすら切れない包丁やバカ高いフィルターをしょっちゅう交換しなければならない浄水器。ほんとに効果があるのか分からないサプリメント…彼ばかりではなく、それまで会ったこともなかった彼の家族までがどかどかと自宅に乗り込んで来ては商品を売りつけに来ます。30万円ほどは買ったでしょう。そのうち彼はそのビジネスを辞めました。私に何も言わなくなりました。辞めたことすら言いませんでした。まあ、それはそれでよかったのだと思います。
それから10数年後に、別の友人が彼とは別のネットワークビジネスにハマりました。私は以前の友人のことがあったので、「君とは今まで通り友人としてつきあっていきたいから、僕の前ではネットワークビジネスの話をしないでくれ」と言いました。彼は約束を守ってくれました。そのうち彼もネットワークビジネスから足を洗いました。以前の友人と同じで、そうとう損をした結果のようでした。
ネットワークビジネスがあれだけ社会問題として世間を騒がしていたにもかかわらず、なぜ彼らはハマっていったのか。それはまさに欲に目が眩んでまわりが見えなくなるんですね。「一生遊んで暮らせる方法」を目の前にちらつかせる。実際に億万長者になったほんの一部の人の体験談のパンフレットを読ませる。話を聞かせる。自分もこんなふうになりたいと思ってしまう。それはそっくりそのまま創価学会の折伏にあてはまります。学会はそれこそ「功徳」ということばの魔力によって多くの会員を獲得しました。「これをやれば夢のような人生を送ることができる」「これをやれば不治の病も必ず治る」といった甘い言葉で会員を増やしていく手法はネットワークビジネスとひとつも変わりません。
ご存知のようにネットワークビジネスで実際に利益を上げるのは、上層部のほんの一部だけです。上にお話しした友人のようにほとんどの人が犠牲となります。つまりもともとこの犠牲を目的としています。会員は多くの自分の顧客(会員)を獲得することで組織の上部に昇進することが出来ます。逆に昇進しなければいつまでも自分で商品を仕入れて売り続けなければなりません。会員の多くは昇進を目指してビジネスを続けますが、結局とんでもない量の在庫を抱え込んで破綻します。一定期間に販売実績を確保しなければ上には上がれない。だから売れもしない商品を自腹を切ってでも仕入れて数字をあわせることで現状をキープするのです。来月もその次の月も同じように…ということで、いつのまにかビジネスではなく自分自身がネットワークビジネスの餌食になっていることに気づかない。それは欲に目が眩んでいるから現実が見えなくなってしまっているんですね。ほんの一部の億万長者を掲げることで、そこにたどり着けるよう一心不乱にビジネスに駆け回る。あの遠慮のない異様な姿はほんとうに創価学会員によく似ています。こうした何も知らされずに狂ったように働く末端会員の犠牲をほんの一部の上層部が吸い上げて巨万の冨を独占するシステムがネットワークビジネスであり、それはそのまま創価学会の「功徳」による集金システムでもあります。
もうひとつ創価学会によく似たことをやる集団がいます。「あなたは先祖を粗末にした罰で病気になった。このままではあなたの子どもまで長くは生きられない。でもこの印鑑を買えばすばらしい先祖供養ができて、家族共々幸せがやってきます。はい30万円」「どうやらあなたの曾祖母がとてもひどい死に方をして成仏できないでこの家に災いをもたらしています。でも安心してください。この壷を買って玄関に飾っておけば、すべての災いを跳ね返してくれます。はい200万円」こうした霊感商法に引っかかる人が今でも絶えません。わけのわからない不安を煽って恐怖心を植え付け、そこにつけ込んで法外な高額商品を売りつける。この手口もどこかで聞いたことがありますよね(笑)。創価学会員がみんな口にすることば「地獄に落ちる」。会員さんの多くはほんとうにそれを信じています。私もそうでした。毎日行なっている朝晩の勤行を何かの理由でできなかった日に、ちょっと悪いことが起こると「あ、勤行さぼったからかもしれない」と思ってしまう(笑)。それくらいならまだ可愛いものですが、子どもが大きな病気にかかってしまったとか、連帯保証人になって他人の莫大な借金をかぶってしまったとか、そんなこともみんな自分の信心が足りなかったからなんだと思い込まされて、ますます学会活動に励みます。それでいくら折伏や新聞啓蒙をやり、全財産を財務に貢いでも何も事態は変わらない。当然です。たとえ疑問を抱いたとしても幹部は「仏法は道理だ。仏法に背けば地獄に落ちるのはあたりまえ」そんな言葉で脅しに脅してなんとか学会に留まらせる。こうした精神的な脅しは完全に暴力です。いまどき他人にそんなことを言えば普通に訴えられます。ここにコメントしてくださる方も、この精神の暴力に耐えられなくて脱会できないでいた場合が多いようです。創価学会は精神の暴力をつかって巨万の冨を集める集団です。その莫大な利益はすべて「先生」に集まってきます。
このように創価学会はネットワークビジネスと同様の「功徳」と、霊感商法と同様の「精神の暴力」によって末端会員からお金をすいあげてきました。こんなわかりやすいシステムが内部にいるとわからなくなるんですね。これがMCの恐ろしいところです。要は人間の心の弱さにつけ込んで、どこまでもお金をしぼりだしていく。それだけの集団です。創価学会は世界の平和や文化とは無縁の非合法な営利集団なのです。
53年間、創価学会員であるこの私がはっきりと言います。
創価学会の信心による功徳なんかありません。
功徳欲しさに信仰にすがりつく姿は、欲に目が眩んでネットワークビジネスに明け暮れる人と同じです。
学会活動をやめても地獄へ落ちません。
私はこの2ヶ月間、勤行唱題目を全くしていません。でも悪いことは何一つないばかりか、以前より仕事も順調で家庭も円満です。
創価学会員のみなさん。ここに寄せられる多くの学会員の体験や思いを、この「功徳」と「精神の暴力」といった観点から、もう一度見直してみてはいかがでしょうか。自分が日々行なっている信仰は、単に「功徳」と呼ばれる甘い汁欲しさのためではなかったろうか。そして信仰に背くことに対して異常なまでに恐怖心を抱いてはいないか。はたしてそれが信仰と呼べるものなのかどうか。もしかしたらとんでもないネットワークビジネスと霊感商法の餌食になっているんじゃないか。一度でいいですからそうした視点でここに寄せられる多くのコメントを読んでみてください。きっと自分のやってきたことの本当の姿が見えてくるかもしれませんよ。

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あらためて「功徳って何だろう?」」への17件のフィードバック

  1. シニフィエさん、今回はコメント閲覧できずどうしたものかと思っていました。
    私はPCでは閲覧できなかったけどスマホからはできていました。
    単なる不具合で良かったです。

    私も半年前位から勤行せず、三唱だけ。今年7日脱会する事を決めてからは三唱もしなくなりました。子供も全くしていません。
    何も悪いことは起こっていません。
    それよりとても気持ちがすがしがしいです。
    もう脱会するんだ、学会と私は関係ない、本当の素の私でいられる、偽らない何も隠すことのない私でいられると思うととても嬉しいのです。
    子供の時は学会反対の父の顔色を見ながら隠れて勤行娼題をし、
    学会員であることを心の中で後ろめたく思っていました。
    大人になっても周りの人たちに
    学会宣言はなかなかできませんでした。
    職場の責任者はアンチ学会で
    なぜか学会員のお客さんは変な人ばかりで要注意人物として印
    つけて誰が書類を見てもわかるようになっています。
    学会幹部も要注意人物でした。
    そんな状況では自分が学会員だと口が裂けても言えません。
    どうしてお客さんの学会員が見るからに変な人たちなのだろう、個性が強すぎるのかなとも思っていました。
    思い返せばバリバリの地区婦人部長は自営業が上手くいかず持ち家を手放し、
    次の地区婦人部長も同じく自営業が破産し家を手放し、公営住宅に転居しました。
    本人たちはそれでも幸せなのかもしれないけど端から見たらどうみても幸せには見えません。
    母はボロアパートで1人暮らし。
    「精神は自由だ!」と言っていますが
    子供が愛想つかして寄りつかず寂しいといってました。
    先生について行く!と言っていますが先生は何をしてくれるのでしょう。
    母が哀れです。
    功徳と言われるものがもらえることよりささやかでもいい、
    幸せを感じることや、穏やかな気持ちを持てることが大事なのではないでしょうか。
    新聞啓蒙やF取りに躍起になるより自分の好きな事、趣味などに打ち込んだり家族と過ごす時間を大切にする事が
    人生を豊かにするのではないかなと
    思い始めています。
    子供に早く脱会しようと催促されているので
    予定より早く脱会します。
    また、報告します。
    今日の新聞、地方版は、青年部の決意を載せていました。
    相変わらず勝利しますだの、前進しますだの、先生にお応えしますとかで、いつもと同じ言葉の羅列でした。自分で考える事を放棄した人たちが本当に可哀想になりました。

  2. レモンです。
    ブログの引越し、お疲れ様でした。
    心配していましたが、とりあえず安心しました。

    『功徳』・・・自己満足だと思います。なにかあると、『お題目しかない』だの、『お題目が足りない』だの。
    一生懸命な人ほど、酷い形相していますよね。そして、次から次へと、『魔』が襲ってくる・・・。更に、『お題目しかない!もっと!もっと!』冷静に考えて、おかしいでしょ。MCの極みですね。そういう人達は、他人に対して、『折伏』し、功徳の押し付けをしてきます。せめて、MCは、ご自分だけにして下さいな。
    私の仕事仲間の女性のことですが、少しお話しますね。
    同じ仕事仲間の男性を、違う件で休みの日に呼び出し、そのまま会館へ連れて行き、入決カードに記入させました。普段からその男性は、あまり強く自分の意見を言えなく、正反対に、その彼女は普段からズケズケと物を言う方です。彼女曰く、「この信心をしない人は、2012年から不幸になる」と、ガンガン言ってたそうです。本尊流布の数字が欲しいんでしょうけど、「功徳」は「苦毒」のほうが、漢字として正しいようですね。私は、その男性に正直に自分の考えを話しました。池田カルトの話も全てです。一人、救った気持ちになりましたが、その彼女との戦いは避けて通れないかもしれません。

  3. eriさん、言葉からすがすがしさが伝わってきます。私も気づいてからは急激に学会が見えてきました。いかに今まで何も見えないでいたかが猛スピードでわかってきます。突然目隠しを外されたような感じです。それまでは目隠しをされていたことさえ気づかないのですから、そのギャップの大きさに毎日が驚きっぱなしでした。
    私には同居はしていませんが高齢の母がいて、今でも変わらず信心しています。もう入信60年です。もう認知症が次第にひどくなっていて、今さらこの信心が間違いだったなんて言えません。言ったところで理解できないし、たとえ理解したとしても苦しむだけです。いろいろと考えた末、ほんとうに残念なのですが、母には最期まで隠しておこうと思っています。母親にしてみれば子どもたちが幸せであればそれ以上の幸せはないのだと思います。20年前に亡くなった父親ともども、私の両親の人生は何だったのか、こればかりは考えるたびに怒りがこみあげてきます。圏幹部の兄夫婦とはいずれ話し合うことになるでしょう。話し合うと言ってもどこまで話が通じるのかわかりません。お互いもういい年なのですから、それぞれの意思を尊重しあうべきなのですが、私が脱会するなどと言おうものなら縁を切るぐらいのことは言うでしょう。やはり「ご本尊に祈るしかない。お題目をあげて考え直せ」としか言わないでしょうね。悲しいですが兄弟とはいえ思考停止している人間とは対話さえできないと思います。すみません、なんか愚痴ってしまいましたね(笑)。とにかくeriさんは気持ちの整理ができて本当によかったですね。おめでとうございます。こうなったら一日も早く脱会してしまったほうがいいと思います。また報告まってますね。

  4. シニフィエさん、こんばんは。
    お引越しがこんなに早まるとは!!ビックリですね。落ち着かれたご様子で安心しました。

    功徳も仏罰も存在しません。
    生きていれば体調も崩すし、事故に遭うこともあるでしょう。それが生きているってことなんですよね。
    家族に向き合えば、子供は応えてくれる。
    仕事に向き合えば、成果が見えてくる。
    これは、功徳なんかじゃなく「努力」です。
    祈っても知恵なんか湧いてこない。大事なのは考えて経験し糧とすることだと思います。

    私たちは、考えて話しましょう。
    それこそが最大の武器だと思います。

    お仕事頑張ってください。

  5. 初めまして。あおみゆと申します。
    30代の未活の学会3世です。

    ブログが復活して安心しました。
    実は、先週の水曜、コメントを投稿しようとしていたのですが、どう試しても投稿できず、悩んでおりました。
    投稿できて良かったです。

    私は20歳頃まではバリ活でした。
    しかし、公明党が連立政権に与党入りした頃から様々なことに疑問を持ち、徐々に未活動になって現在に至ります。

    私が退会しようと思ったのは、昨年秋の折伏闘争中の出来事がきっかけでした。
    身元がばれてしまうので背景は書くことができませんが、私に対して「お守りご本尊を頂かないか?」という話がありました。
    お守りご本尊は、限られた人しか頂けないものだと思っていたので、「頂けるものなら頂きます」と安易に返答しました。
    しかし、用意されていた申込用紙を見ると『新入会申込書』でした。
    すかさず「学会員の私が、なぜ新入会の申込書に記入しなくてはならないのか?」と聞きました。
    後日、ある幹部が登場して私を説得しに来ましたが、納得できる回答が得られないので、私はお守りご本尊の授与を拒否しました。

    私は「ここまでして折伏の数をあげたいのか」と、学会がおかしいことにようやく気付きました。
    こんな折伏で数字を達成して、何が功徳なんでしょう。

    今は、自分の立ち位置をどうしようかと悩んでおりますが、シニフィエ三と同様に3でいこうかなぁと考えています。
    しかし、自分の両親・妹弟は救いたいので、どうしたものか悩んでいます。

    思い起こせば不可解な出来事は多々あり、すべてコメントに投稿したいところですが、またの機会にコメントさせていただきます。
    早く1万人のコメントが集まりますように!

  6. 三度目の投稿をさせていただきます。
    これまでは匿名でしたが、一応HNをつけました。何のとりえもない、初老の男です。
    本部幹部会の放映、また見てきてしまいました。
    はっきり言って、「下らん」の一言に尽きます。
    馬鹿じゃないのか。これでいつまでも信者をだまし続けられるとでも思っているのでしょうか。
    信じられんですよ。まったく。
    「ナンミョー狂信」のキーワードで検索してみられると、〔カルトに嵌る女性信者の心理」という文章が出てきますが、まったくもって、私の言いたいことを言ってくれてます。
    いろいろ私も言いたいことがあるのですが、今日はこれまでにします。
    管理者様、ならびにカルトと戦っておられる全ての方々、どうぞ風邪などひかれませんよう。
    ブログの故障、とりあえず解決してほんとによかったです。

  7. はじめまして。
    学会三世のほしと申します。
    こちらへはお引っ越し前からお伺いしてましたが、なかなかコメントする勇気もなく、見ているだけでした。
    管理人様を始めコメントを寄せられている皆様のご経験されていることについて、私自身の経験と重なるところが多々あり、涙が出てきます。
    私は高校生の頃から未活ですが、バリ活の父と活動家の母がおります。
    父は創価学会の話となると目の色が変わり、私と喧嘩になることもあります。
    普段は心優しく、賢い人なのに、何故創価学会に心を奪われてしまったのか。
    子どもよりも創価学会を選ばせてしまうMC。高齢の親に真実を伝えるのは、酷かと思った時期もありましたが、私も親の心を創価学会から取り戻したいと思います。必ず。
    私の話ばかりですみません。
    こちらのブログにたくさん勇気を頂いてます。ありがとうございます。

  8. ブログの無事移転、おめでとうございます。池田カルト一派による攻撃ではないかと心配していました。

     さて、そもそも欲望の充足を功徳と捉えること自体が、根本的な間違いです。
     
     創価学会初代会長の「利美善」、二代会長の「幸福製造機」、「生命論」、三代会長の「王仏冥合論に基づく公明党」、「師弟不二」は、いずれも全て誤っています。福島泰照氏の『創価学会・公明党の解明』(展望社)で、見事に論破されています。とても高い本ですが、是非ともご覧になられて下さい。

     ある方に言わせると、この本は、創価学会と公明党が買い占めたのではないかとのことです。

     では、お互いに、明るく楽しい気持ちで、創価学会池田カルト一派との闘いを続けましょう。

  9. みなさま、コメントありがとうございます。
    みなさんのおかげで、私がいちばん救われていると思います。このようなみなさんからの訴えや励ましがなければ、どうなっていたかわかりません。ほんとうにありがたいです。これからも、気づいたことや、組織で実際にあったことなど、どんどんお話ししていただければと思います。それが何より学会のおかしさを社会に示していくことだと思います。よろしくお願いします。

  10. アレックスです。
    先日は、挨拶抜きでコメントさせて頂いた失礼をお許し下さい。
    最近、下記のようなサイトを見つけ読みました。
    絶句しました。
    これらを読みますと、もう完全に吹っ切れます。
    凄いサイトです。

  11. シニフィエさん、ブログ開設時からコメントも全部読ませて頂いております。今は心の拠り所となっており感謝しております。
    私は組織に非活宣言をして半年になる、40代婦人学会三世です。宣言をしたにも関わらず、白ゆり長が交代になり(私は副白ゆりでした)私を活動家の様に対応してきます。それが耐えられず一人で悩んでいる時にこの場所に出会い大変勇気を頂いています!
    功徳って…シニフィエさんに共感します。私も無我夢中で活動に励んでいましたが目が覚めました。
    活動家の時に聞いた話でさすがにおかしいだろ?と思った話があります。
    ある事で警察沙汰になり 県男子部長の計らいで事がうまく進み 題目の功徳で釈放になったと堂々と体験発表するのです。本当に功徳って何だろう?です。
    長くなりましたが 応援していますので是非続けてください。私も私の立場で出来る事をしていきます。

  12. アレックスさん、サイト見ました。
    正直恐ろしくなりました。
    脱会届を作っていると主人が見て、
    ○○(子供)も入っていたのか?と驚いていました。
    私が内緒で入信させちゃったんです。知らなかったんですね。
    主人は「脱会なんかしないほうがいいんじゃないか。
    学会員が来ても、はい、はい、って返事しておけば
    いいんじゃないか」と言います。
    「何か仕返しがあったら困る。波風立てないほうがいい」と心配しています。
    普通はこんな感覚なのでしょうね。

    でも私は辞めたい。もうかかわりたくないのです。

    アレックスさんの紹介サイトやその他のサイトを見ても
    だいぶ不安ですが、もし何かあっても毅然とした態度をとります。
    必ず地区のAさんとBさんは「退転者は地獄に落ちるよ!」と言いにくると思いますが。。。

    ANさん、私も白ゆり長を5~6年しながら非活になって
    数年です。非活の白ゆり長では組織も困っていたんですよね。
    去年はとうとう地区副婦人部長に任命です。
    役職はいらないと言ったのですが学会は
    先生の御計らいにより降格人事はないとのこと。
    会館での面接も拒否したので自宅玄関先での出張面接により終了でした。
    学会はみなさんが言っているとおりなんでも功徳にしてしまいます。
    ある人はご主人が病気で休職しており休職手当てを支給されていたが期限が切れることになったそうです。
    働いていなくて、決まった期限が過ぎれば手当は本当はもらえませんよね。
    それがお題目をあげたおかげで支給期限が延長になった、功徳だというのです。
    ご家族にとっては手当てがもらえて助かるし良かったねってことになりますが、それを功徳だと触れまわるのは
    おかしくないかと思いました。

    友人の一人は隣人が学会員で嫌な思いをしたと言っていました。
    友人の飼い犬のリードがはずれてしまい、隣人の飼っているうさぎを噛み殺してしまったそうです。
    あわてて隣人へ謝罪のお菓子か何かを包んで謝りに行ったら、隣人は家族みんなが泣いていたそうです。ここまでは普通です。
    隣人は泣きながら、聖教新聞を取ってと言ったそうです。
    友人は本当に悪かったなあと思って謝りに行ったのに
    泣きながら新聞取ってと言われ、仕方なくとりました。呆れていました。そんなに新聞が取ってほしいの?
    今回だけ仕方なく取ったけどなんだかなあと嘆いていました。
    MCとはおそろしいものです。常識すらなくなってしまうのです。
    学会員でもいろんな人がいるからと言われてきましたが、私の周りばっかりなんでしょうか。目立ちすぎます。入会者を増やしたいために精神疾患がある人を
    (正常な判断ができないひと)入会させたり、一般常識では考えられません。
    こんなことは尾ひれ背びれがついているにしても
    ネット上にあふれている情報ですがどうしても
    言いたくなり、コメントしました。

  13. シイフィエ様へ

    移転先、初投稿です。
    よろしくお願いします。

    さて、つい先ほど「希望様」のブログへ「重たい」
    コメントを投稿したばかりなので気分転換も兼ねて、久しぶりに「地域ネタ」をご紹介させて頂きます。
    「あおみゆ様」のコメントにもありました「お守りご本尊」のお話しです。私たちが相談を受けた内容と「あおゆみ様」の体験は若干の違いはありますが地域性と個人差だと捉えて頂ければと思います。「ある方」が学会員の友人から熱心に「会館へ来てほしい、来れば判るから」と誘いを受け
    「行くだけだよ、勧誘や入会を勧めたなら即、帰るよ」と条件を提示。「それでもいいから来てよ」となりました。「ある方」は友人にも色々事情があり彼の顔を立ててあげればなぁ~くらいの気持ちで会館へ行きました。会館へ入る際に「会館に入る前にこれに住所名前を書いて」と云われ入館手続きに必要なのだろうと「不自然に折られた」用紙に記入をしました(勘のいい方はもうお判りですね)

    何人かの方たちを紹介され、たわいもない世間話しをし館内を案内され、そろそろ帰ろうとすると
    帰り際にその友人から「今日は来てくれてありがとう、これ君の為のお守りを用意したから受け取ってよ」と「お守り」を手渡されました。「ある方」は神社仏閣で購入する一般的なお守りと受け止め
    「ありがとう」と受け取りました。

    このブログに訪問している賢明な皆さんは
    もう、その後の展開が読めてますよね(笑)

    そうなんです「ある方」が入館時に記入したのは、肝心な箇所が折られて見えないようにされていた「新規入会申込書」だったのです。
    「ある方」の友人の家庭は全員が創価学会員で地区の幹部でした。ただ単に「新規入会者」のカウントに利用されただけなのです。
    選挙の際に見ず知らずの男性や女性が入れ替わり立ち代り「ある方」の自宅を訪問しては執拗に「新聞をなぜ取らないのか?」といわれ問いただしたところ
    「君は新規入信者リストに名前がのっているのに新聞をとっていないからだよ」と云われ
    友人に問い詰めた結果
    「黙っていてごめん、でも僕は君に幸せになってほしかったし一緒にやって行きたいとずっと思っていたんだよ」と云われたのです。
    「ある方」は勝手に名前が使われた事に呆れて腹を立て「勝手に名前を使われたならば許さない」と友人に伝え「お守りご本尊」返却しました。
    もう2年前のことです。「ある方」はその友人とは
    今でも連絡は取っていますが選挙と学会の話しになると電話を一方的に切る等々の態度で接しています。ここまでされても連絡をしてくる「しつこさ」に閉口しているとも語っていました。

    ま、こんな事は全国数多ある「事例」のひつとでしょうし自覚の無い創価学会員らの
    はた迷惑な行動、
    弊害のひとつなのでしょうけれど(笑)

    文責「もも(ら)」

  14. 年末の風物詩で『今年一年を振り返って功徳の体験を語りましょう』などと座談会等で言われますが…

    私の地域ではご高齢の方が多く『いやぁ〜特に話すような事はありません。何も無いです…』と仰られる方に対して幹部は『○○さん!その何も無いことが功徳ですょ〜病気や事件や事故に巻き込まれることもなく毎日平穏に過ごせていること自体が功徳なんですよ〜』と………

    なんだそれ?

    そこへ間髪入れず『私は今年は病気になり手術を繰り返して大変な一年でした。』と言われる方に対しては、『私はその同じ病気でもっとひどい症状の方を知っています!いやぁ〜貴方はご本尊に守られましたね〜功徳ですね〜』と幹部。

    ん?何かヘンだぞ。

    極めつけは、病気を克服して職場復帰された方がほどなくして病気が再発してお亡くなりになった事がありまして…

    通夜に同席した幹部は『功徳で病気を治してもらっておきながら、退院後に活動に戻らず仕事に流されて職場復帰なんかするから再発したんだ!』と…………はぁ?

    ↑これが創価学会の功徳感です!

    中にどっぷり浸かっている時には幹部のこんなおかしな発言さえ『なるほどなぁ〜』と納得してしまったり、自分がまたこれに習っ

  15. 創価学会に疑問を持ち、新しい一歩を踏み出そうとしている学会員が集ってきている場所と知り、この場をお借りいたします。

    脱会届を作成しようとしている方、何を書けばいいかわからない方へ、その情報を記載させていただきます。

    こちらに脱会届の参考となるフォーマットがあります。
    http://park5.wakwak.com/~soka/dakkai.htm

    お役に立てればと思い記載させていただきます。

  16. ありがとうございます。本当におかしな話ですね。eriさんの周りだけではないと思います。その中で普通に過ごしていた自分って何だったんだろう…取り返しのつかない人生を送ってきてしまったという気持ちでいましたが、ここで 皆さんの声を聞きながら MCからの解放を目指したいと思います。

  17. 皆さま、おはようございます
    功徳、私もシニフェイ様に同感です
    両サイド見えないようにされ、鼻ずらにニンジンぶらさげられて、重たい荷物引っ張り続ける馬車馬を創造してみてください,滑稽でもあり、やがて哀れで悲しい思いに代わるではありませんか。
    理性あるまっとうな世間の人から見れば当に、この感情以外にないでしょう
    学会員であれば解ることですが悪い人なんてほんといませんよ。
    ただただ純真さゆえ心の隙に付け込まれコントロールされているだけなんですものね
    幹部といえども所詮は同じコントロールが強くかかってるだけの話だと思います。所詮はロボット、操作している かの一凶を 禁ぜん、かぎりはね!
    かつて元側近大幹部が。悩んだ挙句何千万遍も唱題した挙句自ら出した結論は
    限りなく本物近い偽物、第六天の魔王だと喝破してましたね。それゆえに見破り難いと!

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