創価学会は宗教ではない

「創価学会は宗教ではない」←いきなり刺激的なタイトルをつけました(笑)。でもこう考えると学会のすべてのことに合点がゆくのです。なんかおかしいな?と思うのは、創価学会を宗教団体という前提で考えているからであって、人間の良心や信仰心を逆手にとって利用した大掛かりな詐欺集団だという前提で見ると、「あっ、なるほど!」ときれいさっぱりと見えてきます。MCが解けるときって、物事の考え方の前提を変えることができるか否かにあるのではないかという気がしてきました。

今日、母に会ってきました。母は草創期の幹部で、戦後間もなくしてからその人生のほとんどを学会のために費やしてきたような女性です。もう年老いて半分認知症の状態です。私に会うのが久しぶりというわけではないのですが、今日は開口一番「あんたは誰だったかね?」と言われました。かなりショックでした。でも母は自分の認知症が進行していることを認めようとはしません。私もあえてそれには触れません。そんな母に対して「学会は間違いだった」「僕は学会をやめようと思う」などとは言えません。おそらく遅かれ早かれ母はあの気味の悪い学会の墓に埋葬されるでしょうし、母自身がそのことを望むでしょう。年に一度も家族が訪れないような遠いところにあるみすぼらしい墓に望んで入るのです。また兄夫婦がそのようにするでしょう。私の心情からすれば親を学会の墓には埋葬したくないというのが正直な気持ちですが、ここで波風たててもどうなるものでもありません。母はこの期に及んで息子が退転してしまったと、おそらく一日中仏壇の前に座って狂ったように唱題するでしょう。認知症が進みつつあるので、息子の退転の話を聞くたびに初めて聞いたように嘆き悲しむでしょう。そしてどんなに話をしたところで、それは終わりつつある母親の人生を私が一方的に否定してしまうことにしかなりません。とても悲しいです。年老いて息子の名前さえすぐには思い出せなくなった母の顔を見ると、学会って何だったんだろうとつくづく思います。どれだけの人の人生を食いものにしてきたかと思うと、やはり自分一人が脱会して済む問題ではないと私は思っています。かといって私は学会の悪の実態を指摘してギャフンと言わせることをしようとしているのではありません。自分や自分の親のように人生を間違った価値観によって利用される人がこれ以上増えないことを願うものです。復習とか報復ではなく、自分の人生を自分の考えで生きて行けるような日本であってほしいという願いからです。多くの人が学会のおかしさに、つまり「創価学会は宗教ではない」ということに気づいてほしいということです。

このブログが新しい場所に移ってまだ4日目ではありますが、今のところこれまでのような不具合は見られません。ちょっと気になるのが18日に「こんばんは」とひとことだけ投稿してあるコスモスさん、それから17日に投稿していただいたはちみつさんの文章が途中で終わっていること。これがシステムの不具合でなければいいのですが。もし、以前のようにコメント入れてもすぐに削除されてしまうなどがありましたら、ブラウザをIE以外にしてやってみてください。よろしくお願いします。

このところ仕事が忙しくて寝る間もないのですが、それでもここのことが気になるので見るだけは見ています。書き出すと仕事そっちのけで書いてしまうので、ぐっと自分を抑えています(笑)。これから3月までいよいよとんでもない忙しさになってくるので、じっくり考えてものを書いたり、学会の会合に潜入…いや参加したりすることができそうにありません。もちろん、ここでのみなさんの対話はどんどん続けてください。まだ書いたことがない方もどんどん参加されてください。ひとことだけでもいいですからコメントください。それが多くの方が学会のおかしさに気づく力となります。もちろん現役活動家の方でもいいんですよ。外部の方でもいいんです。それぞれの立場で創価学会に関してこういうことがあったとか、それに対してこんなふうに思うとか、ここのところがどうしても理解できないのだけどどう?とか。このサイトは一日のアクセスが今のところ1300〜2000ほどです。もちろん一人で何度かカウントされる場合もあるでしょうから、見られている人数はそれよりはだいぶ少ないでしょうけど、それでも少なくとも毎日数百人の創価学会に興味のある方が見てくれているわけですから、ここでのコメントはなにかしらの意味はあると思います。それぞれの立場から学会に対する質問などありましたら遠慮なくなさってください。

身元が割れないように話をするというのはけっこう大変ですね(笑)。自分の書いたものを見るにつけ、話がどうしても抽象的になって、いまいち説得力がないよなあと思います。書いている途中で「あ、いかんいかん、これじゃどこに住んでて何をしている人間かまでわかるじゃん」と思ってごっそり消してしまうこともあります。で、そのうち自分じゃないようなキャラになってしまっているときがあるんですね。四六時中学会のことばっかり考えているわけにはいかないし、それでは仕事になりませんからね(笑)。

これまでこのブログで「広宣流布って何ですか?」というのと「功徳って何だろう?」という記事を書きました。それに対して多くの方にコメントをいただきました。結果、「広宣流布って会員を騙すための口実だ」ということ、「学会の信仰に功徳なんかない」という意見というより体験をお話しいただきました。私もそのその通りだと思います。創価学会は宗教を騙る利権集団であり、戦後最大の人権侵害と詐欺の組織であるということがよくわかりました。このことが分かった以上、もういまさら後戻りはできません。私も半年前だったらそこまでは言えなかったと思います。でも、いったんこの学会のおかしさを「おかしい」と気づいてからの学会の姿を見ると、すべてに合点が行くわけです。このサイトを見られている方で、「なんか学会っておかしいな」と少しだけ疑問に思ってここを訪れていらっしゃる方、その素朴な疑問をここに打ち明けてみてください。同じような疑問を抱いていた方がその後の思いや行動を話してくださると思います。たとえば「人間にとって信仰は大事だと思うんだけど、それと選挙活動を強制されることの意味がわかりません」とか。「全財産を財務にすると人間革命ができると指導されましたが、仏法はお金を出せば幸せになれるという信仰なのですか?」とか、「聖教新聞では元気いっぱいに執筆活動やメッセージをくださる名誉会長が、実際には一年半以上もまったく姿を見せないことをなぜ誰も話題にしないのですか?」など、ほんとに素朴な疑問でいいんです。ここでは日蓮仏法の教義を詳しくひも解いて学会の矛盾を指摘するような場所ではありません。また他宗との違いを書き並べたり、学会の宗教性について議論するつもりもありません。なぜなら創価学会は宗教ではないということに気づいたからです。創価学会を宗教的側面で語るとすれば、それはカルトとしての社会的影響という視点でしょう。私はそんな難しい議論をここでもちだすつもりもありません。学会に対する素朴な疑問や、現実の組織活動の報告によって、学会の本当の姿を内外の方に知っていただくことを目指しています。そしてそのような対話の中で、これまで学会によって無駄なお金と時間と労力を費やして、自分の家族の生活や人間関係を破壊してしまった方の実態も明らかになればと思っています。創価学会の真実の姿がはっきりと社会に示されたときが、多くの学会員の目が覚めるときです。すでに学会からは慣れている方でも「私はこうして学会の真実に気づいた」そんなことをお話ししていただけるとうれしいです。どうかよろしくお願いします。

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創価学会は宗教ではない」への29件のフィードバック

  1. そうなんです。シニフィエさんの言うとおりなんです。
    創価学会は宗教ではないんだとわかったんです。
    私はここ1カ月の間に、もやもやとしていた数十年の今までの疑問が一気に解けたのです。
    そして騙されていた、騙されている末端もしくはある程度の幹部も
    いい人たちなんです。狂信してしまうと人が変わったようになってしまいます。
    ずっと変ってしまっている人もいますが。
    私の母も騙されてかわいそうです。学会がなければ私は死んでいたと言っていますが
    学会に入っていなくても何か頼るところがあれば死んでいなかったと思うし
    実際今は学会指導を受けずに占い師の指導を受けています。(学会幹部の了承を得ているそうです!!!)
    学会指導を受けても題目が足りないから題目をあげなさい、財務をしなさいと
    言われるに決まっています。だから占い師に頼ったんだと思います。・
    私や弟が脱会することは母には黙っていようと思います。
    そして脱会することで私や弟は地獄に落ちると思って怖かったです。
    というか、学会は嫌になっていたのに脱会するという
    選択枝が最初はありませんでしたし、思いつきもしませんでした。
    シニフィエさんや希望さん、クロさん、その他たくさんの方たちのブログを見て
    目が覚めたのです。

    今は何か悪いことが起きるとそれみたことかと言われると嫌なので
    車の運転にはいつも以上に気をつけています(笑)。
    まだ完全にはMCが解けていないのでしょうね。

    職場の上司が以前、「正義はふりかざすものではない」と言っていました。
    たぶん仕事上のお客さんのクレームだったか、近所づきあいの話だったのか忘れましたが
    なるほど!と思っていました。
    シニフィエさんも12月に正義は勝たないとコメントがあり、その通りと思います。
    だいぶ前に日顕打倒とか池田名誉会長ご夫妻の健康長寿とかをご祈念板に印刷されて祈っていましたが
    今から思えばとってもおかしいことでした。
    人の不幸は祈ってはだめなのに、日顕は人ではないのか?
    みんなで人の不幸を祈ってよく平気でいられたなと思います。
    どんな人にも仏性はあると言っているのに、学会を
    裏切ったと言われている人たちも人間なんです。仏性があるんでしょう?
    糾弾しなくてもいいのに。
    弱い犬ほどよく吠えるってことなんですね。
    自分たちが正しいのなら大きく構えていればいいんでしょうに。

    選挙も前回選挙時は自民党のことをぼろくそに言っていたのに
    今回から連立を組む?その疑問を
    幹部に聞くと、いいように言いくるめられていました。
    学会の指導通りにしていけば、学会についていけば幸せになれると
    言われ続け、でもこれでもかこれでもかと新聞啓蒙、選挙活動、財務が続けてあり、
    何か活動させておけば考える時間を持たせずに操れるということだったんですね。

    (前回の私のコメントが途中で切れているのは、単に削除し損ねただけです。
    不具合ではありません、紛らわしくてすみません)

  2. はじめまして~いつも読ませていただいております。
    私も親が入信していて学会二世で今は脱会しました。

    なぜ脱会したかといえば宗教というより新聞啓蒙と選挙活動に命を懸けてやっていることに疑問を持っていました。

    創価学会というのは私が思うのは宗教の名を借りた「政治団体」ではないでしょうか?

    組織にいるときは私も疑問に思わないで命がけで公明党のため世界平和という名のもと若かった私は一生懸命手弁当で活動をしておりました。
    でも一口一万円の財務に今年はこれだけで来たのだと体験発表する同志の姿に??わざわざ体験発表させるってどういうこと・・・と。、そして選挙活動に、新聞啓蒙に、これが宿命転換する活動だとは・・・

    これは宗教ではないという思いが、だんだん私の中で大きくなってきました。
    根が真面目な私は池田会長の聖教新聞にのっている講演を隅から隅までしっかり読んでみても、ナポレオンだとか、皇帝だとかルネッサンスだとか言っているけどそれがなんなのと、真剣に読んでも何をいいたいのかさっぱりわかりません。。
    先生の講演の内容は胸に温かいものが読み手に全く伝わってきませんでした。

    脱会当時はそりゃーほんと!大変でした!

    入れ代わり立ち代わり学会員が我が家にきました。私は絶対に家に上がらせませんでしたよ。
    あの人たちは絶対に一人では来ないんですよね。必ず二人ないし3人でやってきます。

    地獄にいくだの、厳罰が当たるだのと先生に弓を引くものは幸せにならないと私に向かっていいました。
    親や姉たちには脱会したことは一切話せないので一人で戦いました。。
    脱会当時は本当に苦しい思いをしました。誰にも話せず一人悶々と悩みましたが・・・。
    私は学会員の人たちに何を言われようがこの組織は自分のいるところでは絶対ないと、信念を曲げずに脱会いたしました。

    今は脱会して10年になり穏やかな毎日を暮せるようにやっとなりました。

    10年前にこのブログがありましたらどんなに良かったかと・・・・・でも、今はとてもしあわせです。

    ほんと脱会してあのつらい時期をよく乗り越えてきたもんだと自分を褒めてあげたいです。

    こちらのブログ応援していますので頑張ってくださいね。
    でも十分お気をつけて絶対に身分がわからないようにしたほうがいいと思います。
    ではまた・・・・

  3.  「創価学会は宗教を騙る利権集団であり、戦後最大の人権侵害と詐欺の組織である」とのご意見
    は、まさに、その通りだと存じます。私は、我が身に起きた出来事で、そのことを実証しました。

  4. eriさん、いつもコメントありがとうございます。
    意志の強い中高年主婦さん、コメントありがとうございます。10年ですか。たいへんでしたね。学会員はいつでもどこでも金太郎飴のように同じことしか言わないです。それも学会の中だけでしか通用しない非常識なことを平気で言いますから、話をする気になれないです。基本、自分たちが一番偉くて、それ以外はカスだと教え込まれていますからね。すごい世界です(笑)。
    希望さん、コメントありがとうございます。希望さんのブログ「白バラ通信 パンドラの箱」を日本のすべての人に読んでいただきたいです。これこそが創価学会の真実だと訴えたいです。http://wrpandora.blog.shinobi.jp/

  5. 意思の強い中高年主婦さん
    あなたが仰る通り学会員は一人ではなく、必ず2,3人で押しかけてきます。なぜか、ハッキリ言って勇気もなく一人では反対者に対応する能力がないからです。数で圧倒してきます。 なぜかって?自分も経験あるからです。ですから仮にうるさく言ってきたら、必ず一人来いと! 私も何度も経験しましたが一人で来た学会員ならば(それが幹部であろうとなかろうと)、自分の思っている疑問、世間並みの正論納得行くまでぶつけるならば最後は必ず、しどろもどろで帰りますよ、だってもともと自分の考え無いんだものね(思考停止)そしてもう絶対誰も来てくれるなと! それでもうるさかったら警察呼びますよ(これも使いました。)これ効果ありました。
    私もあなたより早い時期に気付き退会しましたが同じく、手かせ、足かせが外れたように自由に物事が考えられるようになりほんとに心身共に楽になり 大空に向かって叫びたくなるくらい気持になったものです
    思うに学会発展の原動力は座談会であることは間違いありません
      
     この座談会こそマインド、コントロール(洗脳)の場なんです

    ここで毎日、毎夜、毎夜途切れることなく同じことを口コミで叩き込まれ、知らぬ間に洗脳されるのです
    その昔ありましたねぇ~
      
     君は広布のため、先生のためにいつでも死ねるか? って真剣に深夜2時3時明け方まで指導あったな

    未熟な若い感性にはスッと植えつけられてしまうんですね。今思えば滑稽だけど、怖いことだったんだなとつくづく思う
    ですから、疑問を持ち始めたら座談会から距離を取ること、行かないようにすることだと思います
    もう最近は男女青年部が出席しなくなってきている(少なく)と聞きましたが若い感性が敏感にそういうことを感じてきているのかもしれませんよ。

    余談ですが青春時代から高齢になるまで学会ドップリでいて退会すると会員以外の友人いないのに驚きますよ。
    そんなことにならないようにね、躊躇している善良な、いまだ学会員の皆さん!

  6. 二三人連れ立っての家庭訪問、本当に気持ち悪いですよね。
    「何で一人で来ないんだよ」と一度は疑問に思います。
    素直に「なぜ一人で来ないんですか?」と聞いた時、「えーうーん何でだろう?これが普通だからねー」とか言ってましたよ。

    私の兄はもうン年ほど創価班に在籍しています。
    創価班の面接に行った時に「君は何かあった時、先生を体を張ってお守りできるか?」と聞かれたと誇らしげに言いました。
    それを「うんうん」と満足げに頷く両親。私は絶対に無理だと思いました。

    異常ですよね。詳しく知らないんですが、創価班になると保険に入ったりするんですか?
    そうであっても、何の保障も無く「(他人の)先生のために死ね」と言われて喜ぶなんて、なんという変態でしょう。
    私は自分の子がそんな扱い受けるなんて、想像するだけで怒りが湧いてきます。
    そんなにまで組織がいいなら内部同士で結婚すれば良かったのに、兄は外部の人と結婚しました。
    けれど、奥さんと子供は入会させてません。どういう心理なんでしょうかね?
    分からないことばかりです。ほんと理解できません。

  7. シニフィエさん、こんにちは。
    新しい引越し先、特にトラブルもないようで落ち着かれてよかったですね!

    学会が宗教ではないという前提は、実は外部にとってもとても大事な前提なのですよね。
    私が学会の何たるかを知る前、母親の(学会のことで)おかしいところや、学会員さんたちの非常識な言動、そして異様な聖教新聞の一面を見るにつけ、「まさかこんな大きな宗教団体が変なことするまい」と流していたことは多々あります。
    ある程度認知度のある団体に限りますが、「宗教団体」という看板によって与えられる先入観は大きなものです。
    世間一般にこの「学会=宗教団体」ではないという認識が広まれば、日本も変わるほどの現象が起こるでしょうね。

  8. 何の保証もなく(他人の先生のために死ね)と言われて喜ぶなんて

    これは昔から男子部幹部の面接時に必ずと言ってよいくらい使われてきた決まり文句です
    役職は仏意仏勅なんだからとか、先生のために死ねるか?とか言ってエリート意識をくすぐるんですよ。仏意仏勅なんて
    よくもまあ、口からでまかせ思いついたもんだとつくずくご都合主義に感心します
    昔から思想、信条のために自らの命を顧みない人はたくさんいました、だからこそ偏狂なマインド、コントロールは怖いんですよ
    自分なども若い時は真剣に考えたものですよ。とにかく人の心理を利用するのはたけてますね
    いまだに面接時そんなこと言ってるんですかね
    証人喚問と聞いて、震え逃げ回ったという情けない世界の指導者を命をかけて守るって??????????????
    バカバカしいことこの上ありません

  9. こんにちは。
    以前もコメントさせて頂きました学会3世のほしと申します(現在は未活、自身の中では脱会したつもりです)。
    ここ半年くらいで、両親を脱会させたいという思いが強くなりました。父が活動家のため、話せば話すほど関係がこじれるばかり。先日も実家で話し合いをしましたが、学会を心底信じきっている父を見て、悔し涙を流しました。
    しかし、一切聞く耳を持たなかった父がやっとこちらのブログを見てくれました。反応は、やはり創価学会を擁護する発言ばかりですが、「インターネットは信じない」と堅くなに拒否していたのを思うと、一歩前進したかなと感じております。話し合いで分かったのは、創価学会を否定しても、信仰心を否定せず、尊重すべきところは認めることにより、少しずつでも心が動くこともあるということです。
    こちらにいらっしゃる皆様の中にもご両親を救いたいとお感じの方がいらっしゃるかもしれません。
    時間は掛かると思いますが、親に対する愛情だけは忘れずに頑張って行きましょう。

    また私だけの話になり申し訳ありません。
    いつもこちらのブログに勇気を頂戴しております。ありがとうございます。

  10. 初めまして。クロさんのブログからリンクしてきました。
    身元が分からないように書くのはたいへんですよね。ときには自分がひどい嘘つきのように思えてきて、罪悪感に心が押し潰されそうになるときもあるかも知れません。が、それでいいんです。創価学会は危険です。ときにはその身に、命の危険が及ぶときすらあるのです。学会風に言うなら、「嘘も方便」ですよ(笑)。奴らのやり方を逆手に取れ!ライトクロスだ!カウンターだ!言われたら言い返せだ!命が惜しくて何が悪い!
    さあ、堂々と身分を隠してください!
    たとえそれがどんなに小さくとも確実なボディーブローとなり、やがては創価学会を崩壊させる、必殺の一撃となりKO勝利を生むのです。
    どうかご自愛しながら気長に頑張ってください。

  11. はじめまして
    意思の強い中高年主婦さんのコメントをその通りと思いました。

    私は学会二世の主人と結婚後入会して10年に成る40代主婦です。自分から入会した奇特な人間です。
    今思うに子供もいなく周りに友人も少なく、寂しかった私にやさしく接してくてた学会の婦人部の行動がその時は
    ”人のためになぜここまで”と思えたのです。

    入会後は聖教新聞を一部とり座談会に出席してまあ楽しかったです。一言挨拶してと言われるのが嫌でしたが
    そのうち素直に言われるまま会合に出て、守る会(会館掃除)、聖教新聞配達もし、新聞啓蒙期間で目標達成してないので
    マイ聖教とやらで2部とらされるし、財務、昼の会場に自宅を、最後は選挙応援。選挙事務所でただ働きもしたな~。

    2、3年前からなにかおかしい?新聞啓蒙、選挙、数字の報告ばかり!新聞読んでも会合出ても、”池田先生、池田先生”
    師と共に、先生にお応えして、師弟不ニ なんか意味分からない。

    上の人に聞いても、学会・池田先生は正しい。素直が一番。今こそお題目よ!学会活動こそ公宣流布のお役に立つのよ!
    福運がつく功徳が貰える。素直になんでも言われたことは有り難くやらせて頂くのよ!

    去年シニフィエさんのブログや色々なブログを読み、学会の会合や聖教新聞がマインドコントロールなんだと解り
    創価学会は宗教団体ではないと確信しました。 が主人をはじめ2,3人の婦人部の人には本当に学会抜きでお世話になり
    即脱会とはなかなかいきません。主人は本当に純粋な人で学会を信じています。今は仕事で忙しく座談会に行くぐらいですが。
    私が学会をやめると言うと主人はどう言うでしょう。離婚でしょうか?
    そうゆう訳で今は徐々に学会活動からやめようかと思い、同中、支部会は3カ月行ってません。(まだ3カ月ですけど)

    脱会するのは大変なのですね~!強い意志を持たなければ!

  12. 身元がわかると嫌なのではっきりした日は言えませんが、
    親子で脱会届けを出しました。
    ネットの情報の通り内容証明と配達証明で、御本尊とお守り御本尊も一緒に学会本部に送りました。
    今のところ新聞販売店の人がびっくりして(新聞を辞めると連絡したらなんで?と聞かれ、学会を辞めると言ったら)1人で家に来ました。インターホンで対応して会いませんでした。
    今までありがとうございました、これからもご近所としてよろしくお願いしますとあいさつをして、
    向こうもこれからもよろしくとあいさつして終わりました。
    地域性もあるのでしょうが、
    私のうちは田舎で、元々学会員も少ないし純朴な人が多いから、
    押し掛けては来ない気が今してます。
    ただ、電話が鳴ったりピンポーンってなるとビクッとします。
    気の弱い主婦さん、自分の意志が固まれば実行のみです。自分の気持ちに嘘はつけなくなります。
    そして気の強い主婦さんのように

    あの時は大変だったなあと振り返り、平凡でもしあわせな毎日を過ごせる日がくるんだと思っています。

  13. なぜか匿名になってしまいましたが
    先程のコメントはeriです

  14. eriさん、いつもありがとうございます。そして良かったですね!私まで気持ちが清々してきました。

    自分の為に時間とお金を使える事の幸せ。eriさんの言葉をずっとかみしめていました。
    それまでは、当たり前の幸せを ずっと 後ろめたい気持ちでいました。
    時間はかかるかもしれませんが 私も親の問題がクリアすれば脱会したいです。

  15. eriさまへ、はじめまして~
    うっふふ、私ねぇ~、気はちっとも強くないんですよ~

    ただいやだと思ったら意志は曲げないところがあるかもしれません。

    文章にすると簡単にやめたように思えるかもしれませんが実は脱会まではおかしいと思いながらも10年間ぐらい時間がかかりましたもの。
    実は本当はちっとも意志なんか強くないんですよ~(笑)

    学会ってブロック体制なので、都会はわりと周りは学会員が多いのでそれはそれは脱会するには大変でした。
    ほんと孤独との戦いでした。
    主人も私が入信させたので一切いやなことは夫には話せませんでしたし。

    学会の組織は網目のようになっているブロック体制の恐ろしさ恐怖を脱会して初めて実感することになりました。

    脱会したと分かった時には私の名前を呼び捨てにしながら会合でよく話していたらしいです。
    ひどいよね~と仲のいい学会の方が教えてくれましたよ。

    ご近所の幹部の方なんて私があいさつしても横を向いて挨拶もしませんでした。

    でも最近はお会いして挨拶はするようにやっとなりましたけど。
    それはきっと脱会しても公明党のF取りにするための大切なご近所だと考えての行動だと思っていますが(笑)

    昨日もコメントに書きましたが今は本当に穏やかな幸せな毎日を送れるようになりました。

    今は宗教という組織には入らずに、この不可思議な大宇宙の偉大な法則向かって毎日手を合わせています。

    ネット社会になって調べればいくらでも情報を得ることができるようになった今の時代は大嘘が国民側に知れてしまうようになったのではと思います。

  16. ANさん、私のつたないコメントですが、気持ちを分かり合えたようで
    嬉しく思います。
    最初は感覚だったんです。
    いつの頃からか、座談会や会合、同中唱題会が終わって歓喜が感じられない、
    この時間を学会の活動に使ったけど
    何も得るものがない、時間がもったいないって感じました。

    感覚だけだったけど、自然と足が遠のきました。
    極めつけは選挙の活動報告の会合でした。
    わざわざ遠い東京までF取りに行ったとか、聞いててとても馬鹿らしくなりそれが最後に出た会合でした。
    学会活動するよりスポーツをするとそれですがすがしい気持ちになり、ストレスも発散され、お金もかからず
    私はそちらを優先するようになりました。自分のために時間を使えることがとても嬉しいです。
    難しい話はあまり自分では考えませんが
    自分の気持ちはごまかせませんね。
    ANさん、応援してます。ご両親の問題が解決すると良いですね。

    意志のちょっぴり強い中高年主婦さん、

    HNを間違えてしまい、申し訳ありません。
    スマホで入力していると入力がうまくいかなくて四苦八苦してます。
    意志の強い中高年主婦さんの脱会は、本当に意志が強かったんだなぁと思います。
    インターネットの情報は10年前はわかりませんが
    多分今より情報量は少なくて、自分の意志のみで脱会を決意され、
    自分ひとりで耐え、すごいと思います。
    私はシニフィエさんのブログでコメントして
    自分は一人ではないと感じることもできて心強いんです。
    本当にこのブログにめぐり合えて
    私の脱会の決意もできたと思うので
    シニフィエさんやここに集ってきている皆さん、ありがとうございました。

  17. 私は昭和9年生れです.貴方の考えを同意してます.世間のあらゆる宗教が覂い人達に利用されてる事も本當です.今.神もほとけも鬼も信じません.なぜならそんな神は無能からです.自分さえ正しく生きていれば良いと思います..

  18. 学会3世の(‘-‘*)です。
    「創価学会は宗教ではない」というのは究極の結論ですね。www
    日本最大級のネットワークビジネスと申しあげたほうがいいというか・・・
    宗教法人にして非課税にしているだけといいますか・・・・w
    まだ宗門と決別するまでは筋が通っていて「本当のご本尊がある」という売りがあったとは思いますがね。

    参考までに・・別に幸福~の信者でもありませんが。

    ↓「池田大作守護霊の霊言」 大川隆法
    http://elhappy.blog51.fc2.com/blog-entry-2945.html

    いたこの真偽は別として大川隆法の霊言
    (本山から破門された後は、本山に登山できなくなり、『選挙に勝つのと池田大作を称える以外何もない宗教になってしまった』と池田氏守護霊は言っている。)

    池田大作のこととは言っていませんが、参考までに・・・
    ↓謙虚なお笑い芸人と傲慢な宗教家(笑)
    http://ameblo.jp/htomaru/entry-10979824097.html

    (仏教の言葉に「一切衆生悉有仏性」と言います。生きとし生けるもの、すべての存在が仏性をもっていると説きます。すべての人が聖なる心の種をもっている、それなのに、「俺が、俺が」という心が強すぎて、抜けなかったのでしょうね。これが一番やっかいなのかもしれません。)

    ある意味、正宗は正本堂を破壊し、学会を破門したのは良かったのかもしれません。
    トップ自ら自分の財源を切ったのですからw 自浄作用というか・・・

    あの時本当はご供養や豪華な寺・会館で信仰が決まるというのは違うと学会員は気づくべきだったのです。

    今では日蓮の本当の教えが学べない会になりましたが。
    池田大作は客寄せパンダになり、暇な人のたまり場を提供し、ただただ上層部の生活保護の為に存在する会です。

  19. こんばんは

    貴ブログの貴重さを耳にして伺いました。
    うっかり別ブログにコメントしちゃいました^^;。
    それも・・かなり長い。。。(汗)

    今後は、こちらにコメントしますね。

  20. みなさま、コメントありがとうございます。おひとりおひとりお返事ができませんことをお許しください。

  21. 私の非活になったきっかけは、ご本尊お取替えの時期でした。
    一人暮らしだった私は、日達上人の曼荼羅を仏壇に掛けていました。
    学生のときは就職活動や、社会人になると人間関係のゴタゴタ・・・悩みは尽きることなく
    一生懸命祈り活動に専念していました。
    まぁ、言わば苦楽をともにしたご本尊という感覚が私の中にあって、組織からの
    「日達上人はお取替えしなくてもいい」というお達しに、当然だろうという気持ちがありました。

    しかし、それから一ヶ月も経たないうちに「やっぱり、新しいご本尊に取り替えましょう。全部。」と会合で。
    あの時の、目の前が真っ暗になる感覚は忘れられません。あれが絶望というんでしょう。
    私は、幹部から個別で説明も受けておらず、自分で申請しなければいけないことなど知らないまま、時間は過ぎていきました。

    そんな中、ある日の会合の時に事は起きました。みなの前で本部長が突然こう言いました。
    「SJさん、もうあなただけだ。地区でご本尊をお取替えしていないのは。」
    「宗門のご本尊には功徳は無いって、この前の幹部会で言っていたし、あなただけ意地を張ってても・・・」
    のようなことを、突然言われたのです。私はあまりにも突然の吊るし上げで頭が真っ白になりました。
    それに「功徳が無い」という言葉。なんという残酷な言葉でしょうか。今までの私を全否定です。
    「今までもずっと功徳など無かったということですか?」必死で質問しました。「そういうことになるね。」

    それから、朦朧としたまま家へ帰りました。すると、兄と親から連絡がありました。
    「お前、地区で一人だけお取替えでごねてるのか?どうせ、お前が悪いんだから云々」責める口調でした。
    私は、何と言うか情けなくて涙が出てきてしまいました。その時に、家族と組織に対する憎しみを自覚したと思います。
    結局どうでもよくなって取り替えましたが、新しいご本尊に祈ったのは片手で足りるくらいでしょうか。
    今思えば、あれがMCのステップ2だったと思います。いわば踏み絵のような物。
    この「ご本尊お取替え」というイベントでかなりの人がふるいにかけられたのではないでしょうか。

    学会員にとって、ご本尊って何なんでしょう?
    自分の「命」とまで信じていたご本尊を、そんなに簡単に捨てられるものなんだと、今では怖ろしくも感じます。
    私は、どうしても信仰と組織を同一に扱えなかった。だからパンクしてしまった。
    しかしそれは、絶対に間違っていなかったと今は胸を張って言えます。
    組織は宗教になれない。まともに考えると当たり前のことなんですが・・・

    あーこれ身バレするかもしれません(笑)当時とは住居も地区も全然違うし本当のことだからいいか。

  22. SJさん、貴重なご報告ありがとうございます。組織がどれだけデタラメなことを会員に押し付けているのかがはっきりわかりますね。本来ならそれに疑問を感じないほうが不思議なんですが、一事が万事そんなふうなんですよね。何百万もの人が功徳欲しさに拝んでいたご本尊がただの紙切れだったというのなら、今の印刷物のご本尊がただの紙切れでない根拠を示してほしいものです。

  23. Toppoです。風邪で寝込んでいて、PCをみるのも億劫でしたが、やはりこのブログは盛況ですね。
    SJさんが現在ではご自分の家庭をおもちになり、幸せになっておられると聞いて、一面識もない方のことながら、本当にうれしくおもいました。ご主人と子供さんをくれぐれも大切になさってください。
    本当にMCは恐ろしいです。
    私などはもともと頭が悪く、勉強が大嫌いで、学校の方はアレでしたから、ご多分にもれず、青春時代を、ぐれてすごしましたが、それでも警察のご厄介になることもなく、なんとか手に職をつけて細々とやってこれました。私にもし子供がいて、その子が出来がよくて、上の学校に行きたいと言えば、何としてもお金をねん出しようとしますがね。これってあたりまえでしょう?それをごっそり財務に!誰が聞いても(MC学会員は別として)異常ですよ。狂ってます。
    わたしも、単細胞な人間ですから、「この人はえらいな」「すごいな」と思ったら、速攻で尊敬して、「弟子にしてください」と思わず頭を下げたくなることがしょっちゅうあります。世間の人からみたら〔なんだそんなことか〕というようなことでも、何か一点に秀でた人ってやっぱり尊敬しますもんね。「われ以外みなわが師」とおっしゃった偉い小説家もいましたよね。
    ただ、こいつだけは絶対師匠にしたくない奴がいる。みなさんわかりますよね。
    〔弟子〕からゼニを集めまくって、ふんぞり返っている奴。馬鹿か。
    皆さんもどんどん創価の異常性をこの場でどんどん訴えてほしいです。
    ただ一言。絶対に身元が割れないように細心の注意を払っていただきたいと思います。
    やつら、何をするかわかりませんからね。

  24. SJさん、私も日達上人の書かれたものから替えました。私の所は、強制的な取り替えではなかったように記憶しています。なんとなく替えてしまった。替ってしまった・・・・・。当時、何も考えてなかった自分の責任です。

    >自分の命とまで信じていたご本尊を
    そう感じている学会員は一体どれだけいるでしょうか?

    私たちは”信仰”をしてきたのです。”祈り”は、人間の持つ感情の現れの一つだと思います。
    祈ってきた自分を否定することはないと思っています。大切なのは”思い”です。
    信仰心、思いは目に見えません。いくらでも言葉でごまかせます。が、行動に少しずつ表れてくるので限界があるでしょうね。
    ごまかしは、隠すことから始まります。

    ”ありのまま”ではないところに、信仰、宗教など存在しません。

  25. シニフェイ様いつも自分勝手な独り言のような書き込容認していただきありがとうございます
    先にシニフェイ様が仰っておられるように、MCが解けるときって物事の考え方の前提を変えることができるか否かにあるのではないかと仰っておられることは私もとても重要なことだと思います。
    でも純真にバリ活やってる人は、しっかり刷り込まれた、無疑惑心、スリ、ハンドクを否定するのはとても大変なのではないでしょうか
    寧ろなまじっか変な狂学(教学)を知らない方のほうがMC解けるのは早いかも知れませんね
    会員で疑問,不信感抱いておられる方は一度でもいいからシニフェイさんの言われている物事の考え方の前提を変えてみてはいかがでしょうか。自分の心のなかに詐欺集団として学会を認識させれば、シニフェイさんの仰る通り、疑問が疑問で無くなり、大方の自分の不信感がスッと消えるのが解ります。 騙されていたんだ! と。

    悩んだ時は百万遍の題目をあげなさい

    皆さんに題目おくってます

    なんて、仏道修行の基本、勤行、唱題ほとんどほとんどやってなかった(側近幹部の証言)最高指導者が言うんですよ
    ほんと信じがたいですね。それで諫言すると俺は別だと

    これは指摘されてるように宗教者じゃ、ありませんね

    このシニフェイさんのブログが、物事の考え方の前提を変えることのきっかけになることを願っています

  26. 創価学会は似非宗教だったが故に、善良な信徒を騙しロボットにして使い銭化けしてきた、卑劣です。

  27. 私は宗教をカニに例えます。
    仮に仏教→タラバガニ。
    キリスト教→ズワイガニ。
    天理教→毛ガニ
    PL教→トゲクレガニ
    という感じです。
    創価学会?創価学会はカニカマです。カニ(宗教)ではありません。ではなんなのか?かまぼこ(政治団体)です。
    かまぼこも例えてみると、自民党→赤かまぼこ、民主党→白かまぼこ、共産党→なると、日本維新の会→ちくわ、という感じです。
    え?創価学会も宗教的な活動もしている?
    いや、カニカマにもカニのエキスくらいは入っています。エキスを入れることでカニに似せているのです。
    似せることによるメリットが大きく、それが狙いです。
    知人に寺(東系)の坊さんや、天理教の寺(?)の後取り息子がいますが、宗教は違えど、どちらも祈りや人助けに重きをおいているのがよくわかります。それに引き換え、身内の信心しているカニカマは、池田大先生か選挙の話がほとんどです。本質が全く違います。

  28. 正直に本音を書いて下さって、
    勇気のいる事だと思います。
    私も何かおかしいと思うたび、
    学会の組織を、信仰の可能性を
    信じたからこそ、幹部部員に
    言ったりしてきましたが、
    良い方程、段々辛そうになるし、
    何処か魂売り渡してる方は
    どこ迄も突っ込んでくるし、
    悲しくなるのです。

    今は、人間は皆不完全だし、
    それぞれの立場や選択の中で
    ベストを模索して生きて
    いるんだなと分かります。

    でも一度自分で選んだ信仰
    ですから以下のふたつの選択
    に行きつきます。
    責任持って辞めることを
    選ぶ人もいますが
    私は無理せず距離を置きながらも
    きちんと答えを出す迄は題目
    と本館参加( ひとりで)くらいは
    すると決めています。

    そう決めたら少し楽です。
    悩みがあっても活動が足りないから
    と考えると、振り出しにもどるので
    其処は強く自分を保ちたいと思います。
    また、思いつめなくても、時代も
    大きく変わろうとしているのだから
    極端な事せずに様子を見守っていたら
    良いのではと思います。

    今まで、お母様とあなたが頑張って
    こられた功徳は( こう言うのが
    お嫌いなのは分かりますが)信心の
    云々とは別の次元としても
    報われないはずはないとわたしは
    思いますよ!宇宙とはシンプルで
    純粋な気持ちは純粋なものに届く
    ものです。

    以上です。

  29. はじめまして。
    学会三世で、脱会を考えている男子部です。
    私は東日本大震災の少し前から未活動になったので、丸三年は学会活動に参加していません。

    去年(2012年)は創価学会は本当に正しいのか?と悶々としながら、脱会をしようかなど、たくさん考えた一年間でした。
    創価学会は宗教団体ではないと考えますと、とてもしっくり来ます。
    まさに、今、現在、この事で悩んでいる渦中にいます。

    「先生に喜んで貰える」から、「両親に喜んで貰える」為の宗教なのかな?とここ最近、思っていたところ、偶然こちらのサイトに巡り会えました。
    現在、創価学会を辞めるか、バリ活の両親のメンツの為に名前だけ残しておくべきか、悩んでおります。
    私の現在の役職は地区リーダーで、3年前は牙城会にて総括として、バリ活だった頃がありました。
    「学会の為ならば死ねる!」と本気で考えていましたから、当時の私は相当マインドコントロールをされていたのでしょうね。
    学会を批判しようものらなら、機関銃のように口撃したものです。
    創価学会を辞める事は私のこれまでの人生を全否定すると考え、「脱会=自殺するしかない!バリ活両親が地区で村八分に遭う」と究極に思い詰めるようになってらしまいました。
    聖教新聞は2012年の6月で辞めました。
    元気になるどころか、だんだん不安になり、「戦え!」や「勝て!」などの勇ましい文面に、焦りを感じてしまい、とうとう爆発してしまいました。新聞を見るたびに心臓がドキドキし、胸が痛くなると言いますか、とにかく緊張してしまいました。
    これは完全に身バレ覚悟で書きますが、聖教新聞の配達員さんが、私の家の玄関先で倒れていました。配達員さんの手元には私に配達するはずの聖教新聞が転がっていました。
    私は全身震えが止まらなくなり、救急車を呼び病院で死亡が確認されました。その後、警察による現場検証などその日は朝から本当に参ってしまいました。
    聖教新聞を見るたびにあの時の恐怖が呼び起こされ、完全にトラウマです。
    心無い学会員さんは、心配を装いながら、「亡くなった現場が外部の家じゃなくて、俺さんのところで良かったね」などと何人にも言われました。
    こちらだって、相当の精神的ショックでPTSDモノなんですがね(^^;;
    そういう言い方はどうなのかと。
    この経験が聖教新聞を辞める決定打になりました。今でも実家で聖教新聞を見るとドキドキしますので、私の目に入らない様に、チラシの下に隠すとかしています。
    バリ活の両親は何が何でも聖教新聞を継続させようと必死でした。
    母は「新聞代をあげるから取ってくれ」と。
    父からは「辞めるなんて言ったら、亡くなった配達員さんが泣くぞ」、(身振り手振りで)「うらめしゃ〜」とか、本当に心無い事を言われたときは学会員はメンツしか考えてないんだなと心の底から思いました。
    しかし、現在の創価学会に対する心境の変化を涙ながらに訴えたところ、渋々了承してくれました。
    亡くなった配達員さんのご兄弟は私が少年部時代の時に大変お世話になった方でしたので、面識がありました。にも関わらず、何にも挨拶には来られませんでした。私が古風過ぎる考えなのか、今の世の中がそうなのかわかりませんが。
    そもそも、学会活動から身を引いた理由は私個人の悩みや指導を受けた事を勝手に他人に共有されてしまったのがきっかけです。
    「他人の悩みを知る=活動家を気取る」人たちがたくさんおり、完全に人間不信になってしまいました。
    まったく関係のない人に、私が指導を受けた内容をメールなどでも共有されていて、当時はとても嫌な思いをしました。活動のせいなのか、元々の性格なのかわかりませんが、精神を病んでしまいました。
    あとは、選挙を何人頼んだのかなどの発表を毎日会合でやらされ、吊るし上げられたり、学会は選挙屋かよ!という反発もありました。新聞啓蒙といい、選挙といい、学会活動は宗教を隠れ蓑にしている「営業団体」だと思います。
    また、牙城会をやっていて、イヤと言う程感じたのが、役職が上になるほど挨拶をしない幹部が多かったです。
    会館を私物化するのは、壮年・婦人部に多く、女子部の幹部はこちらが挨拶をしてもシカトでした。男子部は上から目線の人が多かった印象です。
    創価学会という組織に疑問を持ってしまいました。
    組織を離れますと、人の気持ちが分かるようになったと思います。
    あのままイケイケゴーゴーでやっていたらどうだったのだろうと考えると怖いです。
    しかし、前述したとおり、脱会=これまでの人生を全否定されそうな事と、脱会=自殺が堂々巡りしてしまいます。
    両親が死んだ時には学会葬だと思いますので、それまで籍を残し、その後に脱会するか、今年中に脱会してスッキリするかでとても悩んでいます。
    取り留めのない話で、ごめんなさい。

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