功徳もなければ罰もない

昨夜は素晴らしい若者と出会えました。といってもネット上のことではなく、リアルな世界でのことです。夜おそくまで気の置けない仲間たちと楽しくお酒を飲みながら語り合っていました。ミュージシャン、アーチスト、建築家、デザイナー、作家、映画監督…おおよそ芸術系の友人が多いですが、年齢も20代前半から60代までさまざまです。あんまり詳しく言うと素性がばれるので言いませんが、私は友人に恵まれて幸せだなとつくづく思います。昨夜も若い子が仕事上の悩みをみんなに相談して、それをみんなで考えながら率直にアドバイスしてくれる。それはそのアドバイス以上に、そうしてみんなで悩んでくれる場所がリアルにあるということのほうが、信頼できる仲間といっしょに前向きに生きていける力になるのだと思います。

私は創価学会の信仰をまったくやらなくなってからも何一つ悪いことはありません。あえて言うなら最近自分のブログに頭の弱そうな人格障害者が飛び込んできたことぐらいでしょうか(笑)。仕事もこんな慢性的な不景気の世の中にもかかわらずすこぶる順調で、黙っていてもどんどん仕事が舞い込んでくるし、家庭も気味が悪いくらい円満です(笑)。仕事とは別に、友人たちとの輪が広がり、すばらしいアートプロジェクトがいくつも進行中です。そうした活動を通じて世界的なアーチストや作家もたくさん友人にいます。さきほどもパリ在住のピアニストと私が主催するコンサートの打ち合わせをネットでしたところです。また明日は日本の誰もが知っている世界的な作家がアメリカから私のところにやってきます。考えてみたら創価学会に関すること以外は順風満帆で、多くの仲間に恵まれて、若い頃からやりたかったことをこうして仕事にできる自分は本当に幸せだと思います。もちろん仕事上でもプライベートでもさまざまな問題は起きますが、それはみんなで前向きに何かを生み出していくためのプロセスの中で起きてくる問題なので、とてもやりがいがありますし、みんなで乗り越えるたびに互いの信頼関係が深まっています。これは学会の信心をしてきたこととはまったく関係ありません。私は昨年の11月に勤行を全くしなくなってから、創価学会の信仰は功徳もなければ罰もないということもよくわかりました。むしろ自分の生活を創価の信仰に結びつける必要がなくなったので、ものごとがはっきり見えるようになって、いろんなことを躊躇なく推進できるようになりました。

前にも書きましたが、私は自分の中で創価学会の部分と創価学会とは関係ない部分をはっきり分けて生きてきました。そうしなければ芸術活動は成り立たないからです。私が自分のMCに気づいてから急激に学会の姿が見えてきたのは、そうしたスタンスで生きてきたからなんだろうなと思います。だから自分の中の創価学会の部分をバッサリ取り除けば、こんなに幸せ者はそうそういないんじゃないかと思うほどです。ただ残念ながら私は学会二世として自分の意志とは関係なくこの信仰を強いられてきたという現実があります。この現実に対してどうすればいいのかということを考えた末にこのブログを立ち上げました。

罰が恐くて学会を辞められないで悩んでいるみなさん。創価学会は宗教ではありません。功徳もなければ罰もないことはあきらかです。この信仰を保てば功徳がある、捨てれば地獄に堕ちる。それはそんな言葉で人々の信仰心を悪用して心を縛り上げ、金品や労働を搾取する卑劣なシステムです。またその中で生まれる利権に群がる外部のものたちも含めた巨大な詐欺集団です。何も怖がることはありません。単なる詐欺なのですから、躊躇せずに脱会するべきだと思います。多くの人々が功徳という甘い罠に騙されているだけです。私があえて脱会せずにいるのは、学会員の立場であるほうが学会の実態を社会に示すことができると判断したからです。形式上の脱会は簡単ですし、その後に組織から何を言われようが今までのように聞き流しておけばいいのですからね。でも私は自分のこれからの人生を考えたときに、自分にとって学会の存在を何もなかったかのように考えることができません。ですから手始めにこうしたネットを通じた情報交換をしていくなかで、学会の実態を多くの人に知っていただくことから始めようと思ったわけです。その後のリアルでの展開についてもいろいろとシミュレートしていますが、まずはこのネットでできることでより多くの方とのコミュニケーションを図っていきたいと考えています。一人でも多くの方が創価学会の実態や、それに関する思いをここに語っていただくことを願っています。どうかよろしくお願いします。

それからまだ懲りずに幼稚なカマってちゃんが出没しているようですが、相手にしないでください。あれは現代社会の病理のかけらですから、相手にするだけ時間の無駄です。リアルで相手にされない寂しさを紛らわそうとしているだけなので、相手にしない方が彼のためです。現実に向き合うことのできない自分の不甲斐なさをごまかしているだけですから、みなさんスルーしてください。よろしくお願いします。

功徳もなければ罰もない」への13件のフィードバック

  1. シニィフィエささん お久しぶりです。
    いやーなかなか大変でしたね。とても驚きました。私にはコメントできる「脳」も「才」もありませ
    んから、コメントは控えさせていただきました。ハートは持っているつもりですが、弁論力がない
    のでご支援できなくてごめんなさい。お疲れさまでした。

    彼は非活20年とは思えない物言い・口ぶりでしたので、私はバリバリと初めから思っていました。
    時には、登場していただき全国のブログ閲覧者に「これぞ、カルト」という姿を見ていただくのも
    大切なことかなーとも思ってみましたが、お相手をされる方は時間・労力の無駄というものかも
    知れませんね。 他人ごとのように言ってすみません。
    昨年白バラに登場していたバリ活さんとは少し質が違って見えました。幹部ではないな? と。

    以前から思っていたのですが、外部の私は「創価問題」の学習資料を元幹部の方々の告発本
    とアンチ創価のブログに学ぶことが中心でしたので、本当のバリバリの方の論理構成や物言い
    を多くは知りませんでした。10年程前に「創価大学生」がブログ 『 「やってみないと解らない」
    はおかしい!』を立ち上げ、創価への疑問を率直に述べ広く意見を求めていたのですが、バリ
    活の人が寄ってたかってガンガンに潰しているものを見かけました。その大学生は決して怯む
    ことなく、毅然として自分の考えを述べ、とても素晴らしい方だと私には感じられました。
    昨年にも、創価大生のブログでわずか一月足らずで潰されたものがありました。先輩や家族の
    圧力によるもののように感じられました。

    事実は誠実に認め、過ちは率直に改善訂正するという姿勢が持てないのが、「創価学会」の基
    本的な体質なのかなーと感じました。これらを見て、「批判拒否」の姿勢は独善的・排他的な集
    団・グループ、狂信的集団「カルト」と見られ、一般社会には受け容れられません。組織内部で
    の問題ならどんなやり口でも弾圧・抑圧でもやれるという集団の論理は、全体主義・反民主主義
    であって、「宗教団体」とはとても考えられない、「北の国」のやり方と正に同じだなーと感じてし
    まいました。

    最近時々、創価ブログを覗いてみるのですが、なにか別の世界に引きづり込まれてしまいそうに
    感じ、頭が少し変になってきたのでは・・・と感じるほどです。腹も立たないですが、こんな青年や
    壮年が創価学会に多くおられるとは考えたくはないのですが・・・・。貴兄が対話を求めて話しが
    さっぱり繋がらないくらいですから、私が気味悪く感じるのも当たり前かも知れません。

    もっと広く人生を探る中で自分の頭で考え、自分の心で感じ創造的な人生を描かれたならどん
    なに豊かな人生が感じとられるものだろうに、と思わずにはいられませんでした。
    様々な価値観に触れ、文化・芸術に心を洗われて、自らの生き方を客観的に思索し、時には
    自分を相対化してみることも大切だと思うのですが・・・・。ましてや、50歳にも満たない者が何か
    にすがりついて生きるなんかは、「釈迦」の仏教では説いてはいないと思いますが・・・・。

    老いてくるにつれ、救われたい、癒されたいなどは時には人間誰しも求めることがあると思いま
    す。しかし、「功徳と罰」「福運と宿命転換」などのアメとムチで、『知らしむべからず、依らしむべ
    し』 という教団の「洗脳・MC」によって盲信させられているとしたら、これは宗教の顔を見せなが
    ら信者・会員を搾取する詐欺団体の何ものでもないでしょう。

    創価仏法は「真の宗教」から大きく外れています。新興宗教それも最も性質の悪い宗教になっ
    てきてしまっています。とても宗教団体とは思えません。 ・・・・・私の独善的考えでしょうか?
    創価学会の組織のあり方を突き放して遠くから見つめてみることの大事さは創価官僚・幹部の
    役員に期待しても無理かも、と思われるのですが、せめて大よそ80%以上の騙されている方々
    が一日でも早く目覚めることができるよう、手をつないで呼びかけ働きかけていきたいものです。

    外部の者が言い過ぎたかもしれませんが、ご容赦願います。
    ブログの益々の盛り上がりと、皆さんのご健勝をお祈りいたします。

  2. 桃太郎さん、沙樹羅ちゃんはただの『性格神経症』のお子ちゃまです。

    >これはただのお馬鹿な困ったちゃんの荒らしの学習教材にすぎませんから
    ポチみたいにアンチのせいにして逃げ出したいのが見え見えだから釣ってやったら喜んで食いついたお馬鹿さん(笑)
    沙樹羅ちゃんはポチ以上に目立つようになりたかっただけなんです。
    変なHNも一生懸命考えたんでしょう(苦笑)
    でも、ポチみたいに全てのアンチを敵に回しちゃいました

    何事も自己責任ですからね、イケダコンは永遠にジョーブツすることでしょう(爆笑)

    シニィフィエさんのブログの益々の盛り上がりと、皆さんのご健勝をお祈りいたします。
    白バラ通信もよろしくお願いいたします(笑)

  3. シニィフィエさん、里芋さん、みなさん、後の始末はよろしく!

    私はもう沙樹羅ちゃんに飽きちゃいました(爆笑)

    それではみなさんごきげんよう(笑)

  4. 桃太郎さん、コメントありがとうございます。何らかの形でカルトに関わるような発言をネット上ですると、あのようなカルトの寄生虫がわき出してくるんですね。ああいう手合いを相手にしている暇はありませんので、軽くスルーします。
     
    愉快さん、応援ありがとうございます。白バラ通信での愉快さんのコメントもいつも拝見しています。とても学ぶことが多いです。よろしくお願いします。

  5. 見てられないので、一言。
    荒らしは放置するなり、アク禁にしないと、見られないサイトになってしまいますよ。
    突如出現した、一人の馬鹿荒らしのせいで、このサイトをめちゃくちゃにしたいのですか?
    放置にするにしても、こういう馬鹿は暴れますので、断固たる処断を!

  6. 時がきたらいずれ名乗りますさん、最初に徹底的にやったほうがいいんですよ。この程度で気にしてどうするんです。

    晒し者にした後で管理人さんが始末しますよ(笑)

    シニィフィエさんは頭がいいから、大丈夫です。

    じゃあ後は、あなたにおまかせしますのでよろしくお願いいたします。

  7. シニィフィエさん、いい機会ですから、ブログ運営について、みなさんのご意見を取り入れてルールを作られますか、それだけでもお話するきっかけになると思いますが、いかがでしょうか?

    私は部外者ですから参加はご遠慮します。

    それでは(笑)

  8. >私は創価学会の信仰をまったくやらなくなってからも何一つ悪いことはありません。

    同感です。

    >創価学会は宗教ではありません。

    同感です。
    創価学会は非合理な営利集団です。

    >この信仰を保てば功徳がある、捨てれば地獄に堕ちる。
     それはそんな言葉で人々の信仰心を悪用して心を縛り上げ、金品や労働を搾取する卑劣なシステムです。
     またその中で生まれる利権に群がる外部のものたちも含めた巨大な詐欺集団です。

    仰るとうりです。
    ただ、>「功徳もなければ罰もないことはあきらかです。」これはちょっと実態と違う気がします。
    若き頃、バリバリの活動家だった頃から数十年、池田氏を信じ仰ぎ・ひたすら熱心に活動してき多くの方々・・
    その人間性と生活環境をじっくりと観察してまいりました。

    向上した活動家の方は一人もいませんでした。
    もちろん全国には向上した方もいらっしゃるかもしれません。それはそれで「よかったね^^」なのですが
    少なくとも、私の周りには一人もいません。
    よくて現状維持、長年にわたって熱心に活動してきた多くの方々が下がり・悲惨な状況になっています。
    宗教に関係なく、普通に暮らしてきた世間の人たちの方が、よほどまともな人間性と生活水準なのです。
    つまり、創価学会を信じ活動することは、功徳などじゃなく・・・その逆!(ある意味罰)

    将来は功徳にあふれ、悠々たる境涯になる!と言われてただろう!何故こんな人生になるんだ!??
    もう寒気がするほどの悲惨な人生・・・・・・そんな実態が周囲に数え切れないほどあるのです。

    しかし、こちらも賢く振舞えばいい。
    生活上のしがらみや生きる上での繋がりや人間関係など、様々な繋がりと人情が絡み合ったり・・・。
    全国にそんな会員さんたちはとても多いと思います。
    なので創価組織に対しては、賢く・計算高く振舞えばいいと思います。
    穏やかで暖かい人間関係にある会員さんどうしなら、その友情は人間として大切にすればいいだけのことです。

    組織にいようと・いまいと、そんなのは関係ありません。
    カルトに依存せず、我が心を師とし・それに応える弟子も我が心とし、楽しく生きていけばそれでいいと思います。

    本来、人が生きる上で宗教など必要なかったのです。
    功徳だの福運だのと散々聞かされて、その麻薬を嗅がされてきた・・・それだけだったのだと思います。
    「将来は幸せに・・、やがて功徳が・・・」その言葉を鵜呑みにする背景には、今に対する不満があります。
    今、不幸であるような不満足感があります。本来その不満足感や不幸感は、生きてる限りずっと続きます。

    誰しも何かしらの「不満足感」や「不幸感」は少しはあるものです。
    でも、「幸せな今」も何かしらは必ずあります。
    それを見つめず、不足感や不幸感にフォーカスすれば・その存在は大きくなっていきます。
    それが宗教を利用したカルトの手口です。
    今の不足感や不幸感を煽り、砂漠の蜃気楼を見せるのです。そうして時間とお金を奪うのです。
    蜃気楼は蜃気楼です。現実じゃなく幻です。

    そうじゃなく、今ある幸せに気づかせてあげる。そこにフォーカスさせてあげる。
    見つめたモノが大きくなります。
    もし宗教というものがどうしても必要なら、その導きと教えが最低限の基本だと思います。
    「少女パレアナ」の物語のほうが、宗教団体なんかよりよっぽど素晴らしいと思います。

    「師弟不二」などという言葉も、会員を隷属させるための言葉にすぎなかったのです。
    戸田氏との立派そうに聞こえるエピソードも、我々は誰もその場に立ち会っていませんよね。
    都合のいい捏造です。
    戸田氏を「師匠だ!」とか「一番の弟子だ!」とか言っても、戸田氏の講演集とか指導集とかは消えてます。
    今はなかなか手に入らない・・・・要は戸田氏の歴史を消しているのです。
    都合のいい部分だけ、上手く利用してるだけです。

    「師弟不二」という言葉、幾重にもわたって、会員を引き止め利用する「策」をこうじてる姿です。
    そんな呪縛の鎖を切り、依存をやめれば、「本来の自分の幸せ」が姿を現すと思います。
    こちらのブログ管理者様は、今そういう幸せを実生活で体感しておられる^^。
    この姿も、カルトの鎖を切ったあとの「幸せの姿」だと思います。

  9. シニフィエさんお早うございます。
    ブログがまだ賑やかですね。でも、進む方向が決まっていれば必ず新しい太陽が昇ると思います。航海するのに嵐はつきものです。

    kanさんのコメントを拝見し、まったく同感です。

    >「師弟不二」などという言葉も、会員を隷属させるための言葉にすぎなかったのです。
    戸田氏との立派そうに聞こえるエピソードも、我々は誰もその場に立ち会っていませんよね。
    都合のいい捏造です。
    戸田氏を「師匠だ!」とか「一番の弟子だ!」とか言っても、戸田氏の講演集とか指導集とかは消えてます。
    今はなかなか手に入らない・・・・要は戸田氏の歴史を消しているのです。
    都合のいい部分だけ、上手く利用してるだけです。

    学会のやり方は「座談会」でひとこと発言させることにより、あとになって学会員を本人の発した言葉によって縛るのです。これを何十年もやられたら人間もおかしくなりますよ。
    その極みが有名な「聖教座談会」ですね。あそこまで暴力団まがいの発言をすると、人を恫喝することなど平気になるでしょう。
    その煽りで元公明党委員長に対して、家を売って学会に寄付をしろなど恐喝したのですね。
    しかし、彼らは訴えられ裁判に敗訴しました。当たり前です。世の中、そんなに学会の思う通りには行かないのです。憲法は日本国家の骨組みですから。

    シニフィエさんのブログを読んでるバリ活の方がいましたら、よくよく考えたほうが身のためと思いますよ。

  10. 時がきたらいずれ名乗ります。さん、コメントありがとうございます。おっしゃるとおりだと思います。きっと多くの方が「見てられない」心境だと思います。私もしょっちゅうパソコンを見ているわけにはいきませんので、今回は開いてみてびっくりでした。それで荒らしは問答無用で削除することに決めました。ご心配おかけしました。
     
    KANさん、とても丁寧な文章をありがとうございます。学会では常識と非常識が完全に逆転する。善と悪が逆転する。価値観が裏返しになる。そのことに会員が気づかないまま増殖してきました。セーターを気づかないで裏返しに着るくらいならまだいいのでしょうが、ちょうどパンツを頭からかぶって平気で歩いているようなものです(笑)。思えば私も長い間そうやって平気で歩いてきたんだと思うと恥ずかしいかぎりです。他の人もはやくその恥ずかしさに気づいてほしいものです。KANさん、これからもよろしくお願いします。
     
    北斗七星さん、コメントありがとうございます。いやはや思った以上にしつこい荒らしでした。ですから荒らしは即削除する(笑)。そう決めました。たった一人の荒しですが、やはり真剣な多くの方の対話のためにもやむを得ないと判断しました。北斗七星さん、これからもよろしくお願いします。

  11. 初めてお邪魔致します。
    夜分に申し訳ございません。
    池田会長のお膝元、東京都大田区で生まれ育った3世の若造です。

    HNの通り、私は幼い頃よりハンディキャップを抱えております。
    映画『英国王のスピーチ』で、国王・ジョージ六世が克服した、発声に問題のある障害です。
    いわゆる「吃音症」、詳しくはWikipedia等をご覧になると、愚論よりも明解ではないかと存じるところであります。

    家族から「唱題をしろ」、「必ず功徳がある」、「社会に出て苦労する」と言われ続けて10余年。ただ一度、回復したことがあります。その時は、「これは功徳だ」と、舞い上がりました (笑) 。
    しかしながら「一炊の夢」。この直後に再発したとき、初めて信仰への失望を感じました。
    当時から5年経ちますが、強迫観念に駆られ、必死だった感覚は残った儘です。
    自宅では仏間に北枕で布団を敷いていますが、仏壇に顔を向けると、時にその記憶がフラッシュバックします。
    また、その不安を解消せんと、今まで幾度となく酒に逃げました。
    20代ですが、体には気を付けたいと思います (笑) 。

    ウチの両親は厳しく、その言葉や感情に、支配・抑圧されて成長しました。
    元々人見知りですが、
    中学校ではいじめによる怪我
    高校では他生徒との人間関係で補導
    大学は中退
    を経験しています。その度に
    「それしきで挫けるな。」
    「馬鹿野郎」
    「弱い」
    と。これではまるで仮死状態だ。
    現在、就職活動の最中ですが、その両親から志望動機のアドバイス(趣味の延長線上の業界への就職:幼時の楽しかった想い出)をもらうとは…複雑です (笑) 。

    私も、今はカルマの渦中でもがいていますが、近々、必ず幸せになります。
    末筆ながら、貴ブログの皆様の今後ますますのご健勝をお祈り申し上げます。

    長文失礼致しました。
    御免下さいませ。

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