戻ってきました(笑)

みなさまありがとうございます。やっと本来の「対話を求めて」に戻ることができたようです。ひとくちにブログと言ってもいろいろありますなあ(笑)。あのまま皆さんから引かれてしまったらどうしようと心配していましたが、こうして新しくコメントしてくださる方がいらして正直ほっとしています。

ここは私対みなさんの対話ではなくて、皆さん同士の対話がどんどん進んでいけばベストかなと思っています。「ずっと見てるけどまだコメントしてない」とか「他の皆さんほど深刻でもない」とか「コメントしたいけど罰が当たるんじゃないかと怖くてしょうがない」など、いろいろと事情はあるかもしれませんが、ご自分の言葉でできる範囲でありのままをお話しいただければ、それが一番だと思います。

これまでいただいた多くの方のコメントで、かなりの方の気持ちが軽くなっているようです。とくに創価学会員なのに学会に疑問を感じることは、それだけで苦しいものです。そんな方がほんとうに多くいらっしゃいます。また私のように入信動機のない学会2世は、自分の人生を最初から否定しなければ先に進めないという十字架(十字架はおかしいだろ)を背負っています。そんなこんなもみんなここに集めて、創価学会の真の姿を多くの人に知ってもらう。そうしたら自分が抱えていた疑問や恐怖がなんてことはない取り越し苦労だったということが解るはずです。いったんそれに気づくことができると、目の前がサーーーーっと開けてきます。自分が抱えていたいろんな矛盾がどんどん洗い流されていくんです。

私もこうして自分のこれまでの信仰(じつは信仰ではなかった)のことを文字にすることで、ずいぶんと救われているのだと思います。ここで見ているだけのあなた。思い切って、勇気を出して、ここにあなたの創価学会に対する思いを書いてみませんか?その一歩は必ず次の一歩を踏み出す大きな力を与えてくれると思います。あなたの人生から創価学会を切り離すことができたときに、あなたの本当の人生が見えてくるのだと思います。少なくとも私はそうでした。これでやっと当たり前のことを当たり前に見ることができると感じています。こんな歳になるまで気づかなかったことは悔しいかぎりですが、この歳になってもまだ気づくことができてよかったと思っています。

私の父は何も知らないまま学会草創の幹部として亡くなりました。母もおそらく学会の功労者として友人葬で送られるでしょう。残念です。私は死ぬ前に気づいてよかったと思います。ラッキーでした。妻や子供にも学会を押し付けなくてよかったと思います。息子が言います「おとうさん、どうせ聖教新聞は読まないんだからもったいないよ」私は「いや、ところがこのごろけっこう読んでるんだよ(笑)」息子は不思議な顔をしています。

私の創価学会潜入レポートはいつ始まるか伏せておきます。というか、これから行きます!なんていうと警戒されますから、誰にも知られずに、いつのまにか普通の学会員として会合に参加してみます。いつどこでということを隠したままになりますが、折りをみてここでご報告させていただきます。もし差し支えがなければ、ここをご覧になっている方でも、無理のない範囲で学会の会合や幹部の態度などありのままを報告していただけるとうれしいです。むやみに批判するのではなくて、学会のありのままを知ってもらえれば、その矛盾に気づくことができるし、まっとうな目で学会を見ることができると思います。

このブログは学会批判の急先鋒になるつもりはありません。創価学会の真実を粛々とお伝えするブログ。それを見てどう判断されるかは読者にゆだねられるべき問題だと考えます。だからここにコメントされる方も、実際に体験したことや思ったことをありのままに書いてくださるだけでいいんです。難しい理論をこねくりまわしたりする必要はないし、むしろ正直なありのままの気持ちを素直に書いていただく方が、何百倍、何千倍も説得力があると思います。自分の書いた一言が、同じように創価学会のことで一人で悩んでいる方の心を開く力があるのです。お一人おひとりが少しずつでも言葉を重ねることで、多くの方の人生を取り戻すことができれば素晴らしいなと思っています。どうかよろしくお願いします。

それから今回の騒動で見逃されがちなこちらのページに素晴らしいコメントを書いていただいています。ぜひご覧いただきたいと思います。

戻ってきました(笑)」への35件のフィードバック

  1. こんばんは。ほしです。
    連日に亘るご対応お疲れ様でした。
    ただただ見ているだけで、何もできず申し訳ありません。
    他のブログにはない落ち着いた場所であるという印象で、私自身も勇気をいただいているので、本来の穏やかさが戻ってきて、嬉しく思っております。
    いつもお世話になり、ありがとうございます。
    これからも真実の対話が成される場となりますよう、応援しております。

  2. こんばんは!
    いつも拝見させていただいております。
    ありがとうございます。

    私も、活動再開できればいいのですが、完全に拒否の状態です…。

  3. ほしさん、こんばんは。この一つ前のページで、またひともんちゃく起きてしまいました(笑)。でも大丈夫です。このページからはおだやかにやって行きたいと思います。よろしくお願いします。
     
    涼風さん、さきほどはほんと失礼しました。SJさんとのやりとりはとても勉強になります。ありがとうございます。
    傍若無人な幹部はやはり全国にいるんですね(笑)。

  4. signifie様

    とんでもございません。
    本当に大丈夫ですので、どうか、ご安心ください。

    傍若無人な幹部は、やはり、どこにでも存在しますよね。
    自分も、それなりに役職をもって活動をしてきた過去があるので、どうしても、そういった頭の悪い(口汚く、申し訳ございません)幹部の対応に対して、イライラしてしまったのです。

    よく、「学会の役職は、責任職だ」
    「幹部は、部員のために存在しているのだ」等、
    名誉会長は指導していますが…。
    実際の現場は、それとはかけ離れたものでしかないです。
    成果は出せても、人間性などの中身が伴っていない輩が多くなってきている気がします。
    現場で地道に頑張っている方々に対する礼儀もない。
    聖教新聞や、幹部から言われているから、とりあえず感謝の言葉を述べているだけ…。

    はっきり言って、ここ数年、私が知る限りで出会った幹部は、ほとんどが腐っています。
    ごく数人だけ、純粋に尊敬できる方がいるぐらいです。

    私が思うに、一つの角度から、成果を追い求めすぎていることが原因であると思われます。
    支援にしても、啓蒙や折伏にしても、上が「成果」と言えば、それを無能な幹部は単純に下に降ろして、協議会や座談会で、「各地区○○」とか言ってしまう。
    地区の実情を正確に把握すべき地区幹部すら、上に言われて、無理な高い目標設定をさせられてしまう。
    確かに高い目標設定は大事なのでしょうが(成長する意味で)、現実を直視しながら、慎重に目標設定をしなければならないはず。
    活動家は何名いるのか。今回の流れで、どれだけの人材を育成するのか…など。
    それすら出来ない現実がある。

    諸悪の根元は、成果を求めすぎる大幹部陣でしょうね。
    現場の苦労している人と、気持ちが離れすぎている。
    そんな腐った大幹部陣に気に入られた幹部は、はやり毒されて、結果的に傍若無人な輩に育つ。

    …あくまでも、私の個人的な見解です。
    一つの角度からの話でもありますが…。

  5. おはようございます。涼風さん、丁寧なお返事頂きまして、ありがとうございます。

    これは、とてもデリケートな問題です。色々考えてしまって、お返事が遅くなりました。
    ただ、一つだけ心に留めておいて頂きたいのは、「私は涼風さん個人を絶対に否定しない」ということです。
    もし、涼風さんがそう受け取られてしまったとしたら、私の言葉が足りないからです。
    涼風さんの悔しい思いや、悩ましい気持ちはとても伝わっています。

    私も、学会活動を「自身の研鑽・精神鍛錬」と捉えていたことがありました。とりわけ私はメンタリティを重要だと思っており、
    福運とか功徳とか信じていませんでした。むしろ俗っぽくて嫌でした。その時点で、学会員失格のような気もしますが。
    私が言った「活動と信仰の同一線上に語ることに対する違和感」に矛盾しているように思われるかもしれませんが
    学会活動に対するモチベーションを維持するための言い訳を、自分自身にしていたと言えば分かりやすいでしょうか。
    自身の学会に対する成果主義などに対する疑問や不信を封じ込めていたんですね。
    学会の愚痴は法謗だという躾けのもと、だからこそ違和感をじっと抱いていたのです。

    走り続けていて、色々あってふと立ち止まった時見えてきたものが、その時の環境や人間関係でした。
    私はとんでもない勘違いをしていたことに気付きました。
    自身の鍛錬のために、他人や家族に迷惑をかけると言うことが、どんなに自分勝手なことか。
    学会の中にいたときには全く見えなかったもの、「人として」「良識」そういうものを今度は否が応でも突きつけられました。
    それは、自身の研鑽以前の問題だったんだということ。そして一般的には、御書の引用など何の理屈にもならないこと。
    あの幹部も私も同じ学会員なんだということ。

    自分自身が高尚だと信じ言い訳して正当化してきたことが、もしかして全部虚構だったんじゃないか。
    本当に怖ろしかったです。認める、自分と向き合うことがこんなに苦しいとは、知りませんでした。
    これは個人的な価値観ですが、私にとっては「良識」とか「人として」とか「思いやり」というものが
    重要さで言うと、学会活動=自身の精神鍛錬よりもずっと上だったことに気付いたんです。求めている物が違っていたんですね。
    相手の立場に立ったら新聞啓蒙なんてできません。学会員は他の新興宗教の機関紙なんて、取るどころか塩まくでしょう。
    学会員のことを、人としてどうなのかと思ったときに、自分自身を省みるきっかけにしたいと思ったのです。

    問題は池田さん個人の過去だとか、財務の行方だとかそういうものではなく、(まぁこれらも今となっては気になりますが(笑))
    自分自身のことです。盲目に組織に従っている会員に、全く責任が無いとは言えない。
    組織は、在籍している会員全員に責任がある。そのまた逆も然りなんです。会員は、組織に責任を持つべきなんだと。

    確かに、昔から責任を履き違えている幹部が多数います。それが成果主義、上から下へのレコーダー指導の一因でしょう。
    幹部は組織に対する責任ではなく、まず会員一人一人に対する責任を自身の言動で全うすべきだと私も思います。

    最近、非活をこじらせてしまって、「会員を救えないか」と考えてたりしています。
    幹部には私も散々嫌な思いもしましたが、今となっては同情の対象でしかありません。
    今やおじいちゃんやおばあちゃんばかりですし、私の両親兄弟も含まれます。救うとは、まぁいろんな意味がありますね。
    シニフィエさんのブログが立ち上がったばかりのころは、私の心は親や組織に対する憎しみで溢れていました。
    そして、それと同時に親や組織に掻き乱されてばかりでしたが、現在はスッキリとしています。反省ばかりの毎日ですが・・・

    前回の「もも(ら)」さんのコメントの〆のお言葉「時が解決してくれる」
    本当に、時が経って、初めて分かることだなと実感しています。

    確信が無ければ、信心は脆くなると昔言われたような気がします。今となっては、あははその通りだわ(笑)としか言えません。
    長くなってしまいすみません。何かズレてるかなと思いつつ、書かせていただきました。
    涼風さん、学会のおかしいと思うことを聞かせてください。
    ここのところ、私自身外部の感覚が強くなっているので、いかんな(?)と思っているところです。

  6. サラマンダラさん、過去の2件へのコメントありがとうございます。これからもよろしくお願いします。

  7. こんばんは(^。^)
    やっと、このブログに辿り着きました・・・

    私も元学会員です・・・
    30年、女子部・(白蓮も)・婦人部として頑張ってきました・・
    とくに白樺(看護師のグループ)は皆、本当に本当に純粋で、学会のMCが解けた今は、ただただ彼女たちが可哀想で・・・
    同時に、その純粋な心を持てあぞび、いいように利用するだけしか頭にない学会上層部に腹がたつばかりです・・・

    私も自分なりに何ができるか、これからしっかり考えていきます・・・

  8. 「自分達が一番正しくて他は間違っている」

    コレが学会アイディンティティかなぁと。

    例えば・・・・

    エホバの勧誘と学会の家庭訪問・・・・

    幸福実現党と公明党・・・・

    「違いを証明するものはなんですか?」

    とオウム返しにバリバリさんに聞いてみてください。

    以外と答えられないですよ。

    全てはひとつなのに、分離しようとすることが、不幸の根源なのにね。

    人生に正しいとか正しくないとかなんてないのだから、勝った負けたもない。

  9. S J様

    おはようございます。
    こちらこそ、本当にありがとうございます。
    一語一句、丁寧に書かれている文章に、真心や気遣いが伝わってきます。

    私は、文章を書くのが苦手です。
    もしかしたら、言葉足らずで不快な思いをさせてしまうかも知れません…。
    その際は、本当に申し訳ございません。

    私は、この年まで、必死に活動しました。
    後ろを振り向かないで。今している全ての行動や言動は、全て広布のためになり、相手の幸福に繋がり、何よりも名誉会長のためになる。

    愚痴や批判は、不信であり、謗法であると…私も疑わないで…いや、心底では思っていても、それらを押し殺して、必死になって信心を深めることに努力してきました。
    会合での幹部指導を聞きながら、決意を改め続ける毎日でした。

    しかし、ある幹部の無礼な態度が因で、活動から離れました。

    生活上で悩みがあり、信頼していた先輩幹部に指導を受けたのです。
    しかし、自分の話なんか1割しか聞いてもらえず、後の9割は叱咤激励の嵐です。
    「分かるよ」「大丈夫だよ」等々…。
    何が分かるんだよ?と。
    全然、人の話を聞いてないのに何が分かるんだよ?と。
    ちょっと聞けば、悩みの本質が分かるのか?そんだけスゲー人間なのか?と。
    いや、人の話が聞けない人間に、素晴らしい人なんかいないだろう!と…。

    ある人材グループで副をしていた際、ある長がグループ員を指導する際も、同様の態度が見られました。

    幹部は原稿も作らないで、バカみたいに長々と幹部指導をする。自分の姿に酔いしれてるとしか言えない輩ばかり。私が知っている限り、1時間以上も会合で指導している会合がいました。
    幹部からしたら、皆に決意してほしいとか、頑張ってもらいたいとか思っているのでしょうが、こちらからしたら、苦痛でしかないですね。

  10. SJ様

    ある手続きの件で、先輩幹部の不手際であることが明らかにも関わらず、俺はマニュアル通りやったから問題ないと言われ、逆に仕事で忙しく連絡をよこさないお前が悪い!と、私の実情も知らないで、土足で踏みにじるような言動。

    自分は大事な用事で毎日頑張っているのに、俺が来いと言うんだから来い!という幹部もいました…。

    その都度、善知識と捉えて、そんな人間には絶対にならないと心に留めました。
    また成長させてもらえると、感謝の祈りもしました。

    ただ…結局、そんな奴らしかいないのが、今の学会の現実だと思います。
    成果出せれば上にあがれる。人間的に何か欠落していても、先輩幹部に気に入られていれば重宝してもらえる。

    信仰の世界でも、こんな薄汚れた保身的活動があるんですよ。真面目に頑張ってきた自分が、馬鹿馬鹿しい気持ちになりました。

    先日、矢野氏著「乱脈経理」を読みました。
    これは是非、読んでみてください。

    またまた長々と、読みづらい文章になってしまい、申し訳ございませんでした…。

  11. 涼風さん、おはようございます。
    すみませんがシニフィエさんがおっしゃるように、様は止めていただけませんか(汗)
    こそばゆい感じがして・・・わがまま言ってすみません。

    幹部指導って、おかしいですよね。私も、幹部の指導には不信を持っていました。
    「信心がおかしくなってる」「どんな信心をしている」「お題目が足りない」「どこにいても信心はできるはず」「逃げるな」
    「先生にお答えするんだ」「組織にはいろいろな人がいる」「お題目を送るから」
    これ以外にバリエーションありますか?今は思いつかないですね。もっとあったような気もしますが。

    私がたどり着いた結論は、「指導は学会(肯定)方針の指導であって、人生相談ではない」ということです。
    あれは「とにかく信心頑張れ」と言われるために行くものなんだとわかったんです。
    私は二世で親はバリ活ですので、幼い頃から家庭内で幹部指導(笑)を受けていました。
    友人関係や学校のことを親に相談することが、私の中で苦痛でしかなかった。叱咤激励が罵倒に聞こえました。
    いい年になった今でも、誰かに相談することができません。

    1時間以上会合で指導とか、聞いてるほうからしたら拷問ですね。話が長いおしゃべり幹部っていましたね。
    何度も同じこと言ったりして(笑)昔はお酒飲んで会合出て指導する幹部もいましたからね。

    今は、ハッキリとした答えが出ないことに不安を感じていらっしゃると思います。
    組織にいたら、自身で見なくとも「はいこれ」と答えらしきものを与えてもらえますから、少なくとも不安は無かったでしょう。

    しかし、その中で「気付けた」ということは、とても尊いことなんですよ。
    涼風さん自身が気付いたことを大事にしてください。涼風さんのペースで、ゆっくり気持ちを片付けていきましょう。
    陰ながら応援しています。

  12. みなさんおはようございます
    シニフェイさん早速のコメント有難うございます
    ここ数日のこのブログの出来事見ていてハラハラもしましたが、シニフェイさんのブログに対する心意気を強烈に感じましたし、感動もしました。 すごいなぁ~って。
    正々堂々と立ち向かわれる論調、そしてこのブログを本物にしょう、絶対に守ろうという気概が強烈に伝わってきました。
    いまだかつてないと思われる真摯な(学会が真摯だと言ってるのではありませんよ)学会に対する皆の対話、このような場を作っていただいて本当にありがたいことだと心から思います
    名のある人が告発したり疑問を呈することは出来ますが、本当に日夜純真にロボットとなって頑張っている一会員が疑問に目覚めたとき誰にも打ち明けられない悩みを吐露し皆さんのお知恵を借りれる場所として存続しつづけられることを願っています
    ただ少し気がかりなのは貴重な体験を、おもちの草創期の方などのお話がパソコン不慣れなため聞かれないのではと心配しています。私などもまだまだパソコン扱いきれませんし、みなさんのように上手く言葉で表現できませんが、この対話を求めて はどんなことがあっても守りたいと思います。何もできませんが、応援したいですね。 心ある人は応援しましよう、社会正義のために!

  13. 涼風さん、はじめまして。
    SJさんのおっしゃるように、”気付けた”これが一番大切なことだと思います。
    気付いて明らかにおかしい点を発言する、発言できる場、空気、これが創価学会の組織の中にはありません。

    間違いやおかしい点、疑問点に耳をふさぐ行為そのものが、間違った方向へ進んでいますね。

    私も、経験しました。(まだ継続中)
    学会側の事務的なミスを正してくださいと何度お願いしても、受け付けません。
    事務的なことぐらい本部は受け付けろ、まず話ぐらい聞けということですが。完全無視!

    どうしてでしょうか?
    役所と同じで仕事をしていないから?
    いいえ、答えは明らか。

    学会側にとって不都合なミスだからです。(無視する仕事をしているのです)
    裁判になった時のために、知らんふりをするのです。
    中堅?初老?のいい大人であるにもにもかかわらず、幼稚園児を相手にしているみたいです。
    側近であるにもかかわらず!あ、側近だから、根性無しなんだ・・・・。怖がりで。出てこない!

    怖がりの根性無しに、正義も平和も語る資格なし!
    ましてや、一人の人を大切に・・・こんな言葉は、どこを押せば出てくるんだろう?
    ファービーみたいな、ロボット化されているおもちゃと同じ人間が使う言葉ではありません。

    私は、まだ六年間は闘い続けるつもりでいます。
    どんなに巨大な組織でも、人間一人の魂をつぶさせるわけにはいきません。
    私は、負けません!

  14. こんにちは。
    初めて書き込みさせていただきます。

    私は30代、産まれた時から入信している学会二世です。現在未活動です。
    未入信の夫、2人の子ども、4人で生活しています。

    私の両親は熱心に活動しています。

    私も、大学生まではバリバリに活動していました。
    幼い頃から両親に、勤行、題目をやりなさいと言われるからやっていて、
    両親が喜ぶから何の疑いも抱かず活動もしていました。

    本幹にも行っていました。
    しかし、名誉会長が出てくるまでに、退転した人の退転後の散々な不幸な人生を語ったり、
    宗門問題等の裁判に勝ったことを報告したり、日顕のことを「くそ坊主」だとか「バカ」だとか、
    とにかく汚い言葉で罵る幹部(青年部が多かったかな!?)の登場が嫌いでした。

    学会の正義が証明できたとかで、みんなもわーっと賛同の拍手。
    私は、元々汚い言葉を使ったりすることが嫌いだったので、罵ってる姿にも同調できず、
    みんなの様に、拍手することができずうつむけるだけでした。

    学会の正義って何?この姿が信仰する人の姿なの・・・?と疑問を持ち始め、その場にいたくないので本幹に行くのをやめました。

    それまでにも、不満や疑問はありました。
    学会活動している両親の姿に対する不満や疑問です。

    私が幼い頃から、会合や活動優先。
    夕飯の準備ができてなくても、会合の時間になれば出かけて行く。
    夕飯の準備をしてあっても、子どもだけで食べる。
    選挙の時は、Fどりに奔走して放っておかれ、幼心にさみしかったです。
    人付き合いも、特に選挙が近くなったりすると、ちょっとでも付き合って(相手をして)おけば、選挙を頼めるというスタンス。
    新聞啓蒙や折伏(広宣流布)の数字ばかり追っている姿にも疑問を持っていました。
    仏壇の前に「ご祈念」と人の名前が書いてある紙を見るたびに、
    その人の幸せを祈っているというよりも、この人がご本尊授与され、
    うちの地区の折伏の数がとれますようにと祈っているような気がしてなりません。

    学会員みなさんがうちの両親のようだとは思いませんが。
    私は両親のようにはなりたくないと心のどこかで思っていました。

    両親はずっと(今思えば、財務のために)節約節約でした。

    私の大学の授業料も奨学金(私は優等生ではなかったので、
    無利子で学校から授業料を借りるという形で、少しずつ大学に返金する)制度を
    利用しなさいと言いました。返金は私がというのは暗黙の了解です。

    苦しい家計を助けるためにと思って、私は奨学金制度を利用し、
    お小遣いもなかったので、お小遣い稼ぎと奨学金返金のために
    在学中はアルバイトばかりし、学会活動からは自ずと離れていきました。

    その時にちょうど、大学の講義のテーマがイギリスの宗教教育のことで、
    講義中、私はなぜ創価学会を信仰しているのかと考え始め。

    やっとこの時に、信心も活動もやらされていることに気付きました。
    遅っ!!という感じですが。

    ご本尊様をいまいち信じきれていないのも、やらされているから。
    確信も全くありませんでした。
    学会員は、「二世だから、親の福運で守られているから確信がないのだ」と言うことと思います。

    会合でも近況報告として一言ずつ発表する時は、
    「先生は闘っていらっしゃる、弟子の私も勤行、題目をがんばって、先生にお応えできる人材に成長していきたい。」というような、いつも同じような内容を私は言っている・・・

    これはこのような内容のことを言っていれば大丈夫と分かっていて、ということは、ある意味言わされているから。

    信じられないものを信じるなんてことはもうできない。
    心から思ってもないことを言う事ももうできない。

    「南妙法蓮華経」や学会が正しく素晴らしいことを知っているのに退転することが一番悪で、地獄へ行く、罰があたる。
    などと教学で刷り込まれていたので、そうなったらどうしようかと少し恐かったですが。
    信心していてもしてなくても、人生なんだから、いい事も悪い事もある、
    私が学会から離れて悪い事が起これば、それはたまたまその時が重なっただけであって、
    運命なのだと自分に言い聞かせ、勤行も題目も活動もやめました。

    が、学会員が私を会合に誘ってくるので、そこら辺はやんわりと何かと理由をつけて断り続けています。

    親は、私が誰かに裏切られたから信心をしなくなったと思い、
    人を見てはだめだ。自分がご本尊様と先生とつながっていればいいのだと言います。

    数年前、財務の時に、母が三桁のお金を振り込んだのを知りました。

    これまで毎年三桁の財務をしているようです。

    だったら、大学の学費も払ってよとも思いましたが、
    バイトをして学会から離れる時間ができたので、むしろ感謝すべきでしょうか・・・

    今まで、うちは他の家庭と比べて、家計が苦しいのだろうと思っていたけど、
    決してそうではなかったのだと気付きました。

    よく考えてみれば、それはそうです。
    家には開いた事もない聖教新聞社の書籍や、シナノ企画のビデオやDVDが収めきれないほどたくさんあるし・・・
    興味のない「ミンオン」のチケットは購入できますから。

    母は、毎年財務の時期になると題目をたくさんあげ、
    振込み期日には、朝から題目をあげ、半ば勢いで、夕方に振込みに行きます。

    うちは、貧乏ではなくても、裕福でもないので、
    やはり三桁の財務は簡単に振り込める金額ではありません。

    母は、題目をあげ、自分でMCしているのだろうなと思います。

    そう思うと両親も被害者です。

    上で、学会活動している両親の姿の不満や疑問を言いましたが、でも、私の親なのです。
    嫌いになれません。大切な存在です。

    両親に学会の真実?を語りたいけれど・・・

    自ら入信し熱心に活動してきてるので、これまでの両親の人生を否定してしまうのではないか。
    真実を知って、落胆するかもしれない。
    真実ではないと私に対して憤慨するかもしれない。
    どのような反応か分からないけれど、いずれにせよ、かなりのショックを受けるのではないか。

    と思うと、言わない方が両親にとって幸せなのかなと思います。
    しかし、それは本当に幸せなことではないと思うので、どうしたらいいのかまだ分かりません。

    私は現在、学会からは距離をおいていますが、両親が生きてるうちは脱会はしないと思います。

    もしも脱会すれば自分自身は本当に楽になれ、気分的にすっきりすると思いますが、、
    私が脱会すれば、両親を悲しませることになるだろうし、周りの学会員から両親が何と言われるかと考えてしまいます。

    私にとって、脱会は簡単そうだけど、難しいことです。

    私自身のことも結局どうしたらいいのかまだ分かりません。

    文章を書くのを苦手なのですが、思い切って書き込みさせていただきました。
    長々と、取り留めのない文章で、申し訳ありません。

  15. pecoさん、こんにちは。初めまして。SJと申します。
    私が書いたかと思いました。二世に生まれて苦しんでいる人が、たくさんいるんですね。
    少し前のコメントに書いています。
    幼い頃の思い出とか母の三桁の財務とか、大学の費用とかそういうのまでそっくり同じです。
    うちはすごく貧乏だったので、三桁の財務したときに離婚沙汰になりましたが(笑)
    因みにうちも、外部の旦那と子供二人の四人家族です(同じ!)

    私は奨学金で大学に行って、それを自分で支払ったことを誇りに思っています。
    pecoさんはどうですか?自分の学費を支払ったことは、すごいことだと思いませんか?
    しかし我が子には、お金の心配なんかしないで自由に学んで欲しいと思っています。
    そのうち子供に自慢するでしょう。お母さんは自分で学校いったんだよと。

    学会から本格的に離れようとした時の、私の心情によく似ていると思いました。
    親が死ぬまで脱会しないという気持ち。よくわかります。
    親には、学会が全てなんですよね。私が親の人生を否定することが許されるのか。
    ご近所づきあいよりも組織を大事にしてきた人たちだから、私が脱会することで
    親の立場がどうなるのかという心配も、とてもよく分かります。
    私の親は狂信なので、発狂するばかりで会話になりませんでしたが、pecoさんのご両親は違いますか?
    私は、学会のおかしさを親に指摘するまで、親がこんな風だとは思ってもいませんでした。
    本当に怖ろしかったです。でも、その姿を見ることで私にあった迷いが無くなったと思います。

    気づいてしまったものには、向き合うしかありません。
    しかし、ごちゃごちゃした心の中を無理に整理しようとしてはダメです。
    そのうち、それこそテトリスで長い棒がやっと出てきたみたいに、キチンと自分にはまっていきますよ。
    私もまだ、この先どうなるか分かりませんが自分で考えたとおりにやっていこうと思っています。

    苦しい道のりですが、独りじゃないです。無理しないでくださいね。応援しています。

  16. SJ様
    (堅苦しさを感じさせてしまって、本当に、すみません。
    私自身の信念というか、どうしても「様」を付けてしまうのは、礼儀というか癖というか…)

    でも、SJ様が嫌と思われるなら、このタイミングから、SJさんと呼ばせてください。

    読ませていただきました。
    本当に、ありがとうございます。

    きっと私は、学会を退会することは、ないと思っています。
    もしかしたら、そんな中途半端な態度!とか思われるかも知れません。
    または、まだMCから抜け出れていないのか?とか。

    …でも、私自身の中では、日々の勤行・唱題は、やはり自身の心を鍛え、磨き上げる方法であると思っております。
    他に改宗することも考えられません。
    これは、誰でもない、自分自身の心で決めたことですから、変わらないでしょう。

    …ただ、組織の幹部は信用できません。
    学会活動も、そんな幹部連中が運営しているなら、出たくないですね。
    (以下、口汚く言います…すみません)
    本当に、馬鹿ばかりです。同じことしか話せないし、出来ないような人間ばかり。
    非常識なことをする奴ら(新聞啓蒙で、あり得ない報告をする奴もいる。日中に会えないから真夜中や早朝に家庭訪問をする奴もいる)と一緒に活動すれば、むしろ不幸になるだろうなと…。

    最近では、今度の国政で公○党を支援するのも辞めようと思っています。
    一人の人間を大事にするような政党ではないですよ。
    結局は、今、与党に参画する方法を模索しているはずです。
    そうでなければ、自分たちのやりたいことが出来ないと思っているから…。
    自分たちのやりたいこと=創価学会を守ること=名誉会長を、権力から守ることです。

    取り留めのない文章で、申し訳ございません。
    このブログは、本当に素晴らしいですね。
    こんな対話、現実では出来ないですよね…言った日には、大ブーイングですからね(汗)

  17. pecoさん、コメントありがとうございます。ほんとうに素直にありのままを語っていただいて感謝します。pecoさんのようなそのままの言葉がいちばん説得力があるように思います。思い切ってもらってほんとうにありがとうございます。
    同じように悩んでおられる2世3世の方が日本中にたくさんおられます。きっとその方たちがpecoさんの言葉からとても勇気をもらっていると思います。このブログではまずこうした事実を明らかにしたいと思っています。より多くの方の実態と、やり場のない気持ちがここに示されれることが大事だと思います。pecoさんから見れば私はずいぶん年上ですが、私も学会2世なので同じようなものでした。まわりの学会員から「やっぱり福子は福運が違う」などと言われて育ちました。幼い頃に題目をあげればあげるほど両親が喜んでくれましたので、私も調子に乗って一日に3時間4時間あげることもありました。一般家庭の小学校3年生の男の子が一日10時間ぶっとうしで南無妙法蓮華経と叫び続ける姿は異常ですよね(笑)。今思えば狂った家族にしか見えません。日本の何万人、何十万人、あるいは何百万人の人がその異常さに気づかないのですから、ほんとうに恐ろしいです。
    私の両親に関しては父はすでに亡くなり、母も認知症で昨日聞いたことも今日は忘れているといった感じなので、おそらく私が学会をやめると言うたびに、世界がひっくりかえるほど驚いて悲しむでしょう。ですから母に対しても学会のことは最期まで何も言わないでおこうと思っています。兄夫婦に対しては、いつかどこかの時点で対決することになると思います。そのときはこのブログを読んでもらいます。このブログを読んで、どちらが騙されているのかわからないようであれば、それ以上はつっこまないようにしようと思っています。事実を示した上で、それでも自分の人生を決めるのは自分であるべきです。それでも学会についていくというのなら私も引き止めないでしょう。若い人ならいざしらず、兄夫婦も余生の段階に入っていますから、これまでの人生をどう整理して、これからの人生をどのように考えるのか、自分で決めるべき問題だと思います。
    私はある時点で非活になり、ある程度客観的な目で学会を見てきましたから、結婚するとき妻にも入会はしてもらいましたが学会活動を強要することはありませんでした。最初は妻の方が積極的に婦人部の会合などには出ていましたので、むしろそっちの方が驚きでしたが、しだいに幹部の横柄な態度と、同じ年頃の婦人部の非常識な盲信ぶりに嫌気がさしてからはいっさい活動していません。それでも選挙前になるとその婦人部が家にやってきて、いつものように「イケダセンセイにお応えするのよ」と言ってくるので、「公明党には入れますが友人には話しません」ときっぱり断っています。その点、女性の方がすごいなと思います(笑)。私など「はいはいそうですね。4・5人には声をかけましたよ」なんて適当に流してきました(笑)。ちょっと聞けばひどいことをしていると思われるかもしれませんが、彼らにとっては実際の票に結びつくことが問題なのではなく、自分が上に報告できるのが何票なのかということが大問題なのですから、たとえ適当に言われようが数さえ言ってくれればあとはどうでもいいんです。彼らは選挙運動は犯罪レベルまでするけれども、政治のことなんて興味ないんです。試しに政治について訊いてもチンプンカンプンでした(笑)。上に数を報告できただけ功徳があると信じてます。あわれです。功徳欲しさに自分がどれだけ浅ましいことをしているかがわからないのですから。いちど真顔で「百万票!」とか言ってやろうかと思います。もしかしたら「うちの地区では百万票達成することができました〜!」って体験発表するかもしれませんね。百万票の功徳ってどれだけだろうって胸を躍らせるかもしれません(笑)。でも公明党に投票してくださいってお願いした人の数でよければ、ツイッターやフェイスブックで拡散した数を入れれば、一人で百万票もあながちウソではありません(笑)。
    すみません、話がそれましたね。pecoさん、あまり深刻になることはないと思います。残念ですが、親は親の人生です。私はそう思うことにしました。私もなんとか自分の親だけは救いたかった。真実を知ってほしかった。もちろん今でも両親は大好きですし、亡き父は今でもいちばん尊敬しています。でも実の子供であってもしてあげられることには限界があります。できるものなら自分の考えで自分の人生はこうやっていくということをきちんと伝えることは自分の気持ちの整理のためにも大切なことだとは思います。「あなたがたが自分の人生を選んだように、自分の人生は自分で決めます。日本は信仰の自由が保障された国です。私は誰の信仰にも口出ししませんから、私の信仰への態度についても口出ししないでください。」理屈を言えばこういうことです。ただ血のつながった家族との関係は理屈ではありませんからね。きっと時間と状況の変化が解決してくれると思っています。
    途中脱線して長くなってすみませんでした。

  18. 〉〉pecoさん.SJさんお二方へコメントさせて頂きます。

    初めまして、ほしと申します。
    私は祖父母の時代からなので3世です。
    お二方のように複雑な思いを抱いており、思わずコメントさせて頂きました。
    創価学会であるという現実と向き合うためには、どうしていけばいいのか。私自身も試行錯誤している状況です。
    両親は信じきっているから、最期の時を迎えるまでそのまま過ごさせた方が幸せだったのかもしれません。しかし、詳しくはお話できませんが、今現在、どうしても両親に真実を伝えなくてはならない岐路に立っています。
    両親の悲しい顔を見ながら、それでも伝えなくてはならず辛くて身が切り裂かれる思いの日もございます。
    親子や親戚など、どうしても切れない絆が絡んでくるから、創価学会の問題はより一層深刻化していくのでしょうね。
    盲信者にしても、その家族にしても形は違えど「家族を守りたい」という気持ちがあると思います。
    その純粋な思いを創価学会はどのように捉えているのでしょう。
    怒りを通り越して、悲しみさえ感じます。

    お二方も大切なご両親のことを思い複雑な思いをされていらっしゃるかと思いますが、どうか無理をなさらずに。
    誰にも打ち明けられない時はシニフィエさんにこちらの場所をお借りして話し合いましょう。

    それでは、突然のコメント失礼しました。

  19. yoko様

    はじめまして!
    お返事が遅くなってしまったこと、申し訳ございません。

    クレーム対応の職員は現に存在しますからね。
    きっと、裏では連日のように電話やメール等が本部にあるのでしょう。
    その度に、とりあえず聞いて、クレーム相手が落ち着けばいい的な対応しか考えていないのでしょうね。

    結局、組織が肥大化しているんですよ。
    馬鹿みたいに拡大するだけ拡大して、人材育成が追いつかない。
    これが現在の創価学会の実情です。
    毎年毎年、選挙だ!折伏だ!啓蒙だ!ですから。
    落ち着いて、丁寧に、ゆっくりと対話をしながら…なんてこと、やってられないわけですよ。

    そして幹部は、上に媚びを売って評価されたいと考えている。
    上層部は、名誉会長に喜んでもらいたい(実情は、注目されたい)と必死に成果を出す。
    でも、出している人間は、最前線で、無茶苦茶な目標を立てさせられて、昼夜問わず動いている人間だけ。
    幹部からは、やれば幸せになる!やらなければ不幸のままだ!という本質の指導をされる毎日…。

    悪循環です。
    誰にも止められないのでしょうね。
    このままいけば、確実に、名誉会長が亡き後、創価学会は壊滅すると思いますよ。
    利権と私利私欲の俗物ばかりが蔓延る組織に成り下がる。

    平和とか相手の幸福なんて、表向きの綺麗事でしょうね。

    「私は、まだ六年間は闘い続けるつもりでいます。
    どんなに巨大な組織でも、人間一人の魂をつぶさせるわけにはいきません。
    私は、負けません!」

    どんな戦いをされているのでしょう。
    ここでは話せない内容ですよね?
    どんなことにせよ、yoko様の熱意を、私も応援いたします!!

  20. signifieさん

    いつも拝見させていただいております!
    本当に、ありがとうございます。

    私自身、いつも長文の文章を書いてしまい、申し訳ござません…。
    (それだけ今、私の心には、いろいろなものが溜まっているのかも知れません)

    支援について言及されておりましたが。
    本当に、頷ける内容ばかりですね。
    実際、私も幹部をしていた頃がありましたから、その文章は、ほとんど正解です。
    結局、馬鹿みたいに数字だけが踊るのが、支援活動です。
    Fなんて、尋常じゃないぐらい数が出ますからね。
    でも実際、期日前や当日に、公○党に票を入れてくれた人なんて分かるわけがない。
    友人だって、「はいはい」としか思ってないでしょうね。
    例えば、友人が民○党に入れていたとしても、支援活動した学会員には、功徳があるんですよ?
    一体、どんな理屈が成り立つのでしょう。

    政治的な内容なんて、何ヶ月前から学習会を開催して、そこで幹部が一押しの実績を教えてくれるから、それを語ればいいみたいな程度ですからね。実際、真面目に研究をしている学会員なんて、皆無に等しいですよ。
    現に、公○新聞なんて、日常では、揚げ物をした時に油を吸い取る役割しかないですから…。

    矢野氏が「乱脈経理」で書いておりましたが。
    結局、公○党の政治家が増えれば、それだけ学会(名誉会長?)にマネーが入るそうです。

    “心から理解した”上で、公○党を支援してくれる人なんぞ、内外問わず、極限られた人間だけでしょうね。
    大半が、ただ支援団体だから応援しなければいけない…みたいな、姿勢だと私は思います。

  21. はじめまして涼風さん
    大変失礼とは思いますが、うえコメントで退会はしないし、勤行、唱題は自分のの心を鍛え磨くためと仰っていますが(むろん皆個人の自由ですが)やはりいまだ自ら信ずる処の本尊には功徳があり、仏力があるとお思いになるわけですね。
    それでいて幹部はろくなのいないから信用しないと、そして組織の肥大化に人材の育成がおいつかないんだと
    それではどのような人材が育成されればよいとお考えでしょうか、私などは宗教に名を借りた営利集団と割り切って考えてみたときに育ってくるのは宗教指導者でなくそれこそ口のたけた商売人のような人しか育たないと思います、現に隙も見せない口のうまい幹部が多いいではないですか。
    涼風さんの書き込みから私に伝わってくるのは心の葛藤と、もどかしさだけですね
    御自身は組織の人間に不信感を持ちながらこの先退会することなく行かれるのですね
    断っておきますがここは対話の場所いろんな考え方がありますので退会を奨励しているのではありませんので念のため

  22. 唐突で・・・・
    そして、流れを無視したコメントになるようで申し訳ないのですが。。。

    >全てはひとつなのに、分離しようとすることが、不幸の根源なのにね。
    >人生に正しいとか正しくないとかなんてないのだから、勝った負けたもない。

    (‘-‘*) さんのコメント、共感いたします。

    本来は全て一つです。
    したがって良い・悪いなどなく、悪ものも正義もないのですが、「分離」という(ある意味幻想)慣らされた意識のため
    それぞれの主張が生まれ、全てをジャッジしようとします。
    「正しい」を主張するには「正しくない」存在が必要ですし、「良い」を主張するためには「悪い」という存在が不可欠です。
    「正しくない」存在があればこそ、「正しい」の立場が維持できる。
    「悪い」という存在があればこそ、「良い」の立場を主張できて維持できる。

    我々だけが正義た!我々こそ正しい!・・・・・ そう叫ぶには、それに相対する「正しくないもの」が必要です。
    これこそが幸せの道だ!人生の幸せだ!・・・・そう叫ぶには、それに相対する「不幸感」が必要です。
    大きく声をあげて叫ぶには、それだけの相反する存在が不可欠です。

    それゆえに、創価学会は何でもない普通の意見でも、創価を肯定しない意見は「悪」として位置づける。
    異論を言おうものなら「極悪」とすら呼び、さも「悪」を糾弾するように機関誌や集団で責め立てる。
    他宗教を「邪宗」と呼び、自らの正義のみ叫ぶ。
    一見、不幸そうに映るだけの人生の単なる一スポットを、不幸と位置づけ身勝手な幸福論を押し付ける。

    わざわざ、ありもしない「悪」や「不幸」を作り上げて、我々だけが正義で幸福だ!と異常なまでに叫ぶ。
    平凡な日々が、そして普通が「悪」や「不幸」になってしまう異常な世界が創価学会です。
    「勝て!」とか「勝ちまくれ!」とか、創価学会はよく叫んでいます。
    勝敗というものは、一つのルールの下で行われるスポーツの試合くらいです。
    本来、人生に勝敗などありません。

    ジャッジなどしようもない意義深き年輪、それが人生です。
    木々の太さなど関係ありません。
    その年輪の一輪一輪に深き意義があり、深き価値があります。
    一輪一輪色合いや幅が異なり、それゆえに強き幹となり・強き樹となります。
    年輪の「統合」ゆえの自然の姿です。

    「分離」ではなく「統合」、これが本来の姿です。
    一つの中に全てがあります。
    全ての不幸感やその実態は「分離」から生まれてる!、と言っても過言ではありません。
    世間常識などかけ離れて異常な「分離」を煽る創価学会は、本来ある幸せから遠ざかります。

    熱心な活動者なのに、何故あんなに不幸な人生なんだろう?という会員さんがとても多いのも、その裏付けです。

    さらに、池田氏の異常なまでの「賞コレクター」ぶり・・・・その機関紙での自慢ぶり。。。。
    今や世間常識となって笑われてるとうり、教養の欠片もない池田氏が会員さんから搾取したお金で貪ってるわけですが
    「俺はこんなに凄いんだぞ!」という腐った自慢、そしてカリスマ化をより図ろうとする哀れなまでに愚かな組織。
    これも「分離」意識の一つです。
    本当に優れたモノは「賞状」や名誉教授や○○詩人などという形ではなく、どんなジャンルにおいても・それを通じて
    社会生活に還元し、大衆の生活の中に役立っていくものです。
    つまり個々の「分離」じゃなく、「統合」されゆく自然の姿なのです。

    不器用なので、拙い文章表現しかできなくて気恥ずかしい限りなのですが、私見ながらそう思っています。

  23. はい。サラマンダラさんのご意見、じつは私もちょっと気になったところではあります。涼風さんの揺れ動く心の葛藤の現れなのかなと思います。ですから今の段階で涼風さんにそのことを問うのは酷なのかもしれませんし、もしかしたら考えを深めていくよい機会かもしれません。でもつらいだろうなとは思います。かといってこれは最後までうやむやにできる問題でもなさそうです。もっと時間が必要なことなんだろうとも思います。もし涼風さんが今は触れてほしくなければ、そう仰っていただいてかまいません。とてもデリケートな問題です。またこの機会にみなさんの意見を聞いてもいいのでれば、私も日々心が揺れ動く一人として率直なところを述べたいと思います。ひとつ涼風さんに確認しておきたいのは、上のサラマンダラさんのご意見は、この場所だからこそ対話のひとつとして話を切り出されているということであって、涼風さんを否定しているのではないことをご理解ください。

  24. KANさん、コメントありがとうございます。
    先日のスッタモンダがあったとは思えないほど(笑)のみなさんのコメントのグレードの高さには脱帽です。ほんとにありがとうございます。このブログを立ち上げてよかったと、つくづく思います。みなさまに感謝感謝です。

  25. サラマンダラ様

    鋭い御意見、ありがとうございます。

    signifieさんのコメントが無ければ、正直、何故そこまで言われなければならないのか?と、憤っておりました(苦笑)
    対話の場所であるならば、もう少し、相手の心境を思いやりながら、文章を考えていただきたいかな…と思いました。
    まるで、急に退会を促すような文章に捉えてしまいました。
    キツイ言葉になってしまっていたら、申し訳ございません…。

    私の心境は、読んでくださった通りです。
    それ以上でも、それ以下でもありません。
    私が、これからも自行については続けようと思うのは、大なり小なり救われた体験があるからなんです。
    自分自身の心と向き合う機会が、ここにあると思っているからです。

    人材についての御意見がございました。
    私個人の人材像ですが…。
    この荒んだ世の中で、やはり、心の底から信頼できる人が必要だと思います。
    悩みや苦しみ、どこまでも聞き入れてくれる。
    気休めの叱咤激励ではなく、聞いた本人が、心底から元気になるようなことが言える。
    営利的な目的など一切なく、純粋に相手を思いやる、思いやってくれるような、そんな存在。
    難しい御意見なので、はっきりとした言葉が思い浮かばず…申し訳ございません。

  26. signifieさん

    今の学会や信心に対すること、幹部やご家族、親族との関係、揺れ動く心境や、心の葛藤など…差し支えなければお聞かせください。

    何卒よろしくお願い申し上げます。

    コメントに対する返信が、毎回遅くなってしまい、申し訳ございません…。

  27. 涼風さんおはようございます
    推測するにたぶん心優しい方なのでしょうね。私の言葉が鋭く聞こえ心外な思いをされたとしたらお詫びします。
    私も今の自分なりの考えを申し上げただけのつもりなんで涼風さんを追いつめる気など毛頭ありませんので誤解しないでくださいね
    まぁ~ これはすでに退会してしまっている私と現役で信仰されている方の根本的な考えかたの違いで ずっと平行線なのでしょうね。私としてはこのことこそ最も大切なことだと思い、もう少し突っ込んだ対話ができたらと思いました。対話とは相手を認めることではないかとシニフェイさんも仰ってる通り私も同感です。
    今また退会してからつくずく思うこともあります。 歌の文句ではないけれど、だまし続けて欲しかった というのがありますが自分などは途中で矛盾に気づき退会はしたけれども、幸せを感じてやっておられる方も多くいられる現実をかんがえると、気付かず死ぬまで騙され(ごめんなさいね今の私にはこの言葉しか思いつきませんので)続けられて気付かづ終わる人生もこれまた一つの幸せなのかなって、思うこともあります。自分の親もそうでした、亡くなる前に話し合いましたが、あなたに任せるからと言われた時は説得はしてみたものの、本当に何ともいえない複雑な気持ちになりました。ほんとに苦労して人生必死で頑張ってきたのに、亡くなる間際に親の人生否定してしまったのかなと泣けて泣けて涙が止まりませんでした。今でもあれでよかったのかなって気持強く持っています
    幸せ求めて信じたもに人生かき回されるって残酷ですね。 話とびましたがお許しを
    涼風さんこれに懲りづまた私とも対話してくださいね、そしてお互いの思いを忌憚なく意見をぶつけ合い(きつい表現ですか?)ましょう。それで心の重荷を互いに軽くしましょう、これからもよろしくお願いしますね。

    シニフェイさん早速、、補足していただき恐縮です。ありがとうございました

  28. 涼風さん、おはようございます。
    涼風さんのここでのお話の勢いや量を見て感じたことですが、もしかしたらサラマンダラさんの言葉がきつかったかもしれないと思って、誤解のないよう申し上げました。理解していただいて何よりです。ネットはこうして文字だけでのやりとりですから、通常のリアルな世界での会話とは決定的に情報量が不足してしまいます。ニュアンスが勝手に一人歩きしてしまって、受け止める側の一方的な判断に支配されがちですので、ほんとうに難しいコミュニケーションの方法だと思います。またお互いにこうして話をしていても、基本的に互いの人となりをほとんど知らないままですから、昔では考えられないやりとりをしているんだと思います。ですから基本的に通じなくて当然と思った方がいいのかもしれません。ただそうしたことをふまえた上で、わずかでも気持ちを共有する、悩みや苦しみを理解し合うことができれば、このブログの存在価値はあるのかなと思っています。
    また、互いに匿名のネット上であるが故に、リアルでは多少言いにくいことも言えるという長所?もあるのではないでしょうか。私もこのブログを立ち上げてから、自分のこれまでの創価学会との関わりを思いつくだけ書いているつもりです。それは自分の人生を検証し直す作業でもあります。ただ私の素性がバレてしまうとまずいので、肝心なところをぼかさなければならないというもどかしさはありますが、可能なかぎり正直に書いていっているつもりです。

    >今の学会や信心に対すること、幹部やご家族、親族との関係、揺れ動く心境や、心の葛藤など…
     
    このブログで私が書いてきたことのほとんどが、このことにあたると思っています。さらに私のことでお伝えできる近況がありますが、他の方にもよんでいただきたいので、次のページに書くことにします。

  29. ほしさん、おはようございます。初めましてSJと申します。
    コメントありがとうございます。
    できれば、pecoさんにも読んでいただきたいなと思います。

    私のところは、父母が独身の時に祖父母と一緒に入信しています。
    そして、学会の方の紹介で知り合い結婚し、私が生まれました。
    生まれて一ヵ月後、御授戒を受けています。久しぶりに使いました(笑)>御授戒

    今でこそ、こうやってへっへーんと暮らしていますが、MCが解ける時期はのたうちまわる苦しみでした。
    最後の最後、「この信心を捨てて、本当に大丈夫なんだろうか」
    「私が辞めたら、あの人やこの人(学会でお世話になった方々)は私のことを敵と思うんだろうか」
    「私が辞めたら、両親や兄弟は組織にどういう扱いを受けるのかしら」
    そういう自問自答を繰り返していました。まぁ、もっともこの頃には、実生活において全く活動は離れていたんですが
    人付き合いとかコミュニティという意味で、しがらみを感じていた時期でもあります。

    私は今現在は、完全非活、もう今からでも郵便局に行って本部に内容証明送れますよという状況です。
    ただ、迷いとしてあるとすれば「今が本当に辞める時なのだろうか」ということです。
    前に同じようなコメントを書いたんですが、あくまで私の考えですが非活から脱会までのプロセスが、一番苦痛で
    かつ一番重要な時なのだと思うのです。MCからの脱却と言う意味でも、乗り越えなければいけない壁です。

    もちろん学会が嫌になって、すぐに脱会することもアリだと思います。しかし、その場合往々にして遺恨が残る可能性が高い。
    私自身、勢いで辞めたらスッパリアッサリ出来る自信がありません。あくまで私の場合です。心配性なんですね。

    ほしさんは、どうあっても今ご両親に真実を告げなければいけないとのこと。
    真実を知らせるとは、どういうことでしょう?
    1ほしさんが、信仰としての学会を捨てているという真実を伝えること
    2学会の本当の姿をご両親に知らせること

    私自身は、1を両親に告げた後脱会しようと思っています。それが私が確実にわかる真実だからです。
    2は、私が話したところで両親は学会のおかしさを理解しようとしないでしょうし、本当に微塵も気付いていない
    気付きたくないというのが分かるから無意味なんです。親の人生に、学会のマイナス面は必要ないんですよね。
    はいはい死ぬまでやってていいよ。周りに迷惑掛けないようにねと言う心境です。

    学会のことではなく、親のことで悩むと言うのはとても素晴らしいことだと最近気付きました。
    ほしさん、pecoさん、苦しんでいる二世はたくさんいます。独りじゃないですからね。
    少しずつこの場を借りてお話しましょう。

  30. 3度目の投稿になります。未活の学会三世のあおみゆと申します。

    pecoさんのお話、良く理解できました。
    そして、ほしさんの親に対する気持ち、私も同じような感じです。
    それから、SJさんの上記コメントを読みながら、自分の立ち位置を考えています。
    (余談ですが、我が家も外部の旦那と子供2人の4人家族です♪)

    私は、子供のつきあいを考えて、今すぐには脱会しないでおこうと考えています。
    私の子供2人の同級生が、バリ活婦人部の子供2人と同級生どうしなので、私が脱会することで子供に迷惑をかけたくないからです。

    しかし、両親を救いたいので、どうしたものか悩み、つい最近、離れて暮らしている弟(未活)にメールで相談しました。
    返信は「姉の好きにしたら良いけど、父母を悲しませないでね・・・」と。

    両親は60歳代ですので、余生を財務や啓蒙・折伏等に費やさず、幸せな日々を送ってほしいと思っています。
    でも、学会員であれば、やはり、それらに注力することが幸せだと感じるでしょうか・・・。

    父母は支部幹部なので、いつも集計・報告の毎日です。
    しかし、父からは、「読まない書籍を毎回買って・・・」と不満を聞いたこともあるので、話し方次第で、未活にできるかもしれません。
    田舎なので、様々な付き合いがあり、両親が脱会することはないと思いますが、未活に近づけていきたいと考えています。

    でも、SJさんのコメントを読み、うちの両親も、学会のおかしさに気付きたくないのかもしれないなぁと感じたりしました。
    SJさんは、どういったところから、そのように感じられたのでしょうか?
    乳児の世話の真最中なので、コメントを読む時間も投稿する時間もあまりなく、お返事はできないかもしれませんが、良ければ教えていただけると嬉しいです。

    退会しようと思いながらも、何か事が起こると「南無妙法蓮華経・・・」と心の中で唱えている自分に矛盾を感じますが(勤行唱題はずいぶん昔からしていませんが)、皆さんのコメントを拝見しながら、徐々にMCを解いていきたいと思います。

  31. あおみゆさん、こんにちは。SJです。
    シニフィエさんが、新しい記事をアップされてますので、そちらの方でコメントしますね。

    わぁ赤ちゃんのお世話懐かしい~。お疲れ様です。赤ちゃんかわいいでしょうね(*^_^*)

  32. サラマンダラさん
    signifieさん

    ありがとうございます。
    様々な角度からの御意見、又、こういう世界での会話の難しさ…勉強になります。
    これからも、こんな私ですが、よろしくお願い申し上げます。

  33. SJさん、あおみゆさんへのコメントになります。

    〉SJ さん
    SJさんこんばんは。ほしです。
    早速コメントを頂戴し、ありがとうございます。
    今すぐにでも御返事したいところですが、恥ずかしながら風邪をこじらせまして(汗)
    誠に勝手ながら、回復してからコメントさせて頂いてもよろしいでしょうか。
    その際は最新のページにてコメントさせて頂きますので、よろしくお願いいたします。

    〉あおみゆさん
    あおみゆさん、はじめまして。
    ほしと申します。
    あおみゆさんのコメントに共感させて頂いてます。
    本来なら、もっと長文で記したいのですが、SJ さんへのコメントにも書いたとおり風邪をこじらせまして(汗)
    あおみゆさんへも、体調が回復次第、最新のページでコメントさせて頂きたいと思います。

    よろしくお願いいたします。

  34. こんにちは。

    子ども達がまだ小さく、四六時中一緒にいるので、
    なかなかパソコンの前にも座れず、タイムリーにコメント返しできず、ごめんなさい。

    SJさん、ほしさん、あおみゆさん、コメントありがとうございます。
    私たちと同じように悩み苦しんでる二世は多いのですね。

    SJさん、奨学金を自分で借りて、自分で返金することは、
    親に言われてした事であっても、すごいことだと私も思います。

    私は、結婚した時、ご本尊様を安置していないので、
    親は私が実家に帰るたびに、「ご本尊様を安置しなさい。」「信心をしなさい。」と言います。

    私は、まだ、「しない」とだけしか言えてません。

    学会のおかしさや真実を言えば、私の両親も発狂するかは分かりません。
    しかし、学会の機関紙でしか情報を得ない両親は、私が誹謗中傷している、そんな命になって(このままでは罰があたる)・・・と悲しむことでしょう。
    自分達の祈りがまだ足りないと思って、私が発心するように題目をあげるかもしれません。

    離れて客観的にみられるようにならないと、なかなか話は難しいのかもしれませんね。

    なので、私は、「信じるものは救われる」ではないですが、両親は信心していることで幸せならば、
    わざわざ私が真実を語ることをしなくてもいいのかなという気持ちの方が今は強いです。

    シニフィエさん、コメントありがとうございます。

    私の父が最近地区幹事になり、父母共にはりきっていて、折伏の数字がほしいようです。

    私はマンションを購入したく、頭金は多い方がいいと考え、先日、両親にダメもとで、
    「マンションを購入したいから少しお金を貸してほしい」と言いました。
    両親は「ご本尊様を安置するなら貸してあげられないこともないよ」と・・・

    私は唖然としました。「この話はなかったことにして」と言いましたが。

    私の親には困ったものだ。どうしたものかと。。。

    学会に疑問を持った時に、「創価学会」とネットで検索して、
    アンチ学会のサイト等を見ても、なんかしっくりこないというか、
    学会側も本当のことを全て機関紙に載せないように、
    アンチ側も書いてあることが本当なのか?どこに根拠があるのかいまいち信用できず、 (たまたま見たサイトがいけなかったのでしょうか・・・)
    10数年学会のことはネットからも離れていました。

    が、先日の出来事で、再び「創価学会」で検索し、シニフィエさんのブログにたどりつきました。

    これまでは、信心は必要ないし、したくもないから、活動しないでいるだけでしたが、
    シニフィエさんのブログに出会ってからは、
    まだ私の中で、整理できていないところもあると気づけたので、少しずつ整理しなくちゃと思うようになりました。
    これからもよろしくお願いします。

    親のことは、上にも書きましたが、シニフィエさんのコメントを読み、私に強く折伏してこない限りは、わざわざこちらから真実を伝えなくてもいいのかもしれないと、今はそう思っています。

  35. 二世です。2月闘争で、新聞啓蒙月間です。友人にお金を出してもらうなんて、申し訳なくて、6ヶ月とか3ヶ月とか贈呈することになりました。これですでに約18000円です。

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