創価学会現役活動家のみなさまへ

みなさまのおかげで、連日とても実のある対話が展開されていますね。

すばらしいです。ありがとうございます。

ちょっと目を離すと、すごい数のコメントが寄せられていて、管理人の私がページの更新を慌てている始末です。コメントを寄せられるお一人お一人のすべてに私が対応できる範囲はすでに超えていますので、たいへん失礼かとは思いますが、ここの管理人はそうしたものとあきらめてください(笑)。逆に皆さん同士での対話がますます活発になることを望んでいます。これからもよろしくお願いします。

ふと思ったのですが、ここには正々堂々と創価学会の正義を主張してくる創価学会員がまったくいないというのも不思議です。自分の立場を隠し、第三者を装いながら、このブログの勢いをなくそうとする卑怯な活動家なら見受けられます。自分が信じる信仰であるならば、なおのことこの場に来て創価学会の正義と真実の姿を訴えればいいものを、こそこそと他人のフリをして脅しにかかる。または頭のおかしな荒らしのフリをして、ブログの信頼性を落とそうとする。どこまでも汚い奴らです(笑)。

このブログは毎日2000以上のアクセスがあります。少なくとも大部分が創価学会に何らかの興味のある方たちだと思われます。そしてその中の10%が学会の活動家だったとしても200人は見ているわけです。毎日毎日200人の学会の正義を信じている人が見ていると仮定しても、実際にその中の一人として自分の考えを書く事がない。ここは某巨大掲示板ではないですから、だれでも普通にコメントを書けますし、毅然とした態度で意見を述べられるのであれば、私やここに訪れている他の方も、きちんと対応するでしょう。間違っても罵倒したり一方的に攻撃するようなことはしません。それはこのブログのテーマである「対話を求めて」というタイトルに思いを託しています。現役の創価学会の活動家の意見を聞きたいと思っています。ただ、組織の上から降りてくるステレオタイプのいいわけは聞きたくありません。そんなものはみなさん嫌というほど聞いています。実際に嫌というほど聞いてほんとに嫌になったのですから(笑)。たとえば「それでも私は創価学会の未来を信じている」「どこの社会でも組織は完璧ではない。しかし仏法を貴重とするかぎり創価学会の信仰に間違いはない」「内部の改革さえできればすばらしい教団に生まれかわることができる」など、いろいろ言い分はあると思います。現代社会にとって創価学会の存在は必要であるということを、本気で信じて、本気で活動している方がいましたら、是非ご意見を伺いたいのです。よってたかって袋だたきにはしませんから(笑)。ちなみに私は創価学会の活動家のブログへ思いの丈をコメントしたら、ものの見事に袋だたきにあいました。ボコボコにされたげく問答無用でナリスマシと断定され、アクセス禁止となりました。対話もなにも、そんなレベルではありませんでした。ですからなおのこと、学会の正義を信じて今日も戦っている勇敢な地湧の菩薩さんたちと真実の対話を試みたい。可能なかぎり徹底的に対話を試みたい。ただし、人としてのマナーが理解できる学会員に限ります。ちょっと痛いところをつかれただけで逆上したり、理屈の通らないことを繰り返したりする方はノーサンキュです。またどこぞの座談会のように、ひとりをぐるりと取り囲んで改心するまで帰さないようなことはしません(笑)。あくまで人間対人間として、お互いによりよい人生を歩むための対話をしようじゃないかということです。一人が怖いなら、二人三人と束になって来てもいいですよ。対話をする人を限ってもかまいません。私一人に対してでもいいし、他の方を指名されてもかまいません。ただその方が受けてくれるかは、その方次第ですが。

ということで、このブログが気になって仕方がなくて、ついつい毎日覗いてしまっているそこの創価学会活動家のみなさん。一度、ここで対話をしてみるというのはいかがでしょうか。ここにコメントされている多くの方は、創価学会の内部事情にとても詳しい方ばかりなので、いちいち細かい事を説明する必要はありません。最初からストレートに信仰の核心部分の話ができる方ばかりです。あなたの人生はあなたのためにあるのです。組織のためにあるのではありません。そして創価学会があなたの人生のために必要であるならば、正々堂々とそのことを主張していただきたいと思います。言い争いやののしりあいではなく、お互いの立場や考えを認め、尊重し、そこからさらによりよい人生を模索するための真の対話をしませんか。腹の底から人生を語り合うのは、匿名のネットだからこそできることかもしれません。私たちはあなた方の人生を否定しているのでは決してありません。あなた方を巧妙に騙し続けている創価学会の組織のありかたに疑問を投げかけているのです。あなた方が犠牲者となっている姿に黙っておれないから発言しているのです。私たちとあなた方の違いは、創価学会の真実に気づくか気づかないか、ただそれだけの違いです。折伏、新聞啓蒙、選挙活動、新聞配達、各種書籍販売、民音、会館警備と維持、会合運営、そして一般社会では考えられない規模の財務。これらのことと、あなたの信仰にどのような関わりがあるのかを、この場でみんなと一緒にもう一度考えてみませんか。

 

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創価学会現役活動家のみなさまへ」への29件のフィードバック

  1. こんにちは、初めまして、「乾河原」といいます。本当は本名で話を進めたいのですが、若干の不都合もあるやもしれませんので、仮名にてお許し下さい。しかし名前以外は全て事実を記載しています。
    まず、私は創価学会員です。当ブログ的な名称の「ばり活」的な活動家と言う訳でもありません。役職は嫌い(B長が自分にとって理想です)、選挙、新聞啓蒙はやる気無し。折伏は過去に1名のみで、現在彼とは疎遠となっています。
    57才男性。ちょっと珍しいのですがこの年齢で学会3世です。祖母が信心をやり出してそのまま受け継いでいるだけの話です。娘が2人いて一応学会の4世。2人の信心の活動は、さぁてどうかな?という感じです。役職は副本部長。ある地区の担当で地区部長、前進勝利長さん達を支える活動をしています。
    1日1時間の唱題はずっとやっています。たまに3時間、10時間もやりますが、だからといって題目が好きな訳でもありません。自分にとって必要なのでやっているだけの話です。
    高校の時まで親に強制されて勤行・唱題・活動を渋々やっていました。小学生や中学生の時には罰として題目1時間を何度も命じられ、それが今でも若干のトラウマとなっています。子供の、強制された1時間は、多分大人の24時間ぐらいの長さじゃないかと思います。大学になってから以降は全く活動からも信心からも離れていました。かと言って信心から離れる抵抗感も、後ろめたさも全くありませんでした。
    あるグループを作っていてそこに今の妻が入会してきました。結婚して初めてお互い学会員だと言うことが判り、再度強制的な学会員生活が始まりました。ただ部員さん周り(訪問)が好きだったせいで、意外に活動には精を出していました。
    私は疑問に思ったことは何でも聞く方で、その頃はとにかく誰に対しても、何に対しても聞きまくったものです。信心の事に対して疑問に思ったことが法謗だとは一度も思ったことはありません。御書講義でもキリスト教の話しとかも平気でやってました。
    今もそうですがその時代も仏法だけではなく様々な宗教の事を勉強していました。元々クリスチャンの高校だったのでキリスト教に対しては若干の興味があって色んなキリスト教関連の本を読んでいました。今はイスラム教のことを色々調べています。面白いですよねイスラム教は、クアラーン(コーラン)を読もうとしてチャレンジしてみたことがありますが、途中うんざりして挫折しました。知っていました?クアラーンに、「…死んだら7人の処女と(セックス)出来る」と書いていることを。
    少々脱線しましたが、そういう感じで今に至ります。このコメントを書く切っ掛けは先月1月の中旬に、2月座がブロックなので何か研究発表を創ってみようかとネットを検索している内にこのブログを見つけたもので、はじめは単なる脱会者の愚痴のブログかなと思っていましたが、読み進めていく内に結構しっかりした悩みを抱えてなおかつそれに向かっていると、真摯な気持ちが伝わってきて心打たれました。で、若干質問したいと思うようになったのです。2回ほどブログの全項を読ませていただき、さらに自分にとって重要な場所は3~4回ほど目を通しました。
    以上非常に長くなりましたが、自己紹介を兼ねてこのコメントを出そうとした経過をお話ししました。いい加減な気持ち、まして荒らしをしたいとか思ってコメントを書いている事ではないということは、ご理解いただけたか思います。ただ、初めにハッキリお話ししておきますが、そちらを非難しようとか、糺したいとか、そういう考えは全くありません。中立的な話をしようという気持ちもまた持っていません。自分がこのブログに対して疑問に思ったことを直接聞いてみたいなと言う気持ちだけしかありません。
    以下気になった箇所について少々の疑問点について、自分なりに書いてみますのでもしお答えいただければ幸いと思います。ブログの切り取り及び、それに対しての疑問・私の考え等を書いてみます。

    ①「学会陰謀論」
    1/13「…なぜかこのブログのコメントが全国的に閲覧不能になったようです。…もし意図的にこのような操作がなされているとしたらたいへん恐るべきことです…」
    疑問…『陰謀論』がこのブログの主題なのでしょうか?かなりの頁に渡って陰謀論が展開されている様に感じます。「ブログの閲覧が出来なくなった」ことが創価学会からのサイバー攻撃として記述されている様に読めますが、学会にそういう組織があるのですか?どなたかそこの組織で勤務していた体験があって、その方に直接聞いたお話なのでしょうか?
    単にシステムのバグとかそういうものではないかと思えますが、簡単に何かの組織の陰謀と結論付けるのは論理の飛躍な気がします。
    ②「学会は宗教ではない。みんな騙されている」
    1/12「…創価学会は精神の暴力をつかって巨万の冨を集める集団です。その莫大な利益はすべて「先生」に集まってきます…」
    2/1「…創価学会は宗教ではなくて、精神を縛ることで一方的に金と権力を吸い上げようとする悪質なネットワークビジネス…」
    疑問…「精神の暴力を使って広布金等を集め、それが池田先生の元に全て集まる」というのは具体的にどういう事なのでしょう?広布部員さん募る活動は何度もやっていますが、「精神の暴力」という意味不明な力を使ったことは一度もありませんし、又された記憶もありません。もしそういう体験があったとしたら、私なら即上層部に話を持って行きどういうことか糺す作業をします。
    そもそも精神の暴力の具体的な記述(誰が、誰を、どうしたのか、その結果どうなったのかの具体例)がないのでよく解らない話となっています。池田先生の元に金が集まるという具体的な証拠というものがあるのかどうかも、疑問とします。「学会の金庫番」等の話も聞いた事がありますが、その話をしている人は現在の創価学会の誰と誰と誰なのでしょうか?脱会者は何でも話します。作り話でもね。それを真実と信じる具体的な証拠というものがあるのかどうか、それこそ具体的に示すべきです。
    学会が否定しているのに、数人の話を真実だと言い張ることは公平性を欠くような気がします。学会の会員の何十%の人が『精神の暴力を受けて』、金を吸い取られているのでしょうか?そういうしっかりした統計ってあるのでしょうか?今集計中という話ではなく、この話の元となった実際のデーターです。
    ③『洗脳、マインドコントロール』
    山のいぬさんの質問に対して「…いつも創価仏法が正しいと思い込まされていたものですから…」
    他「…学会の会合に参加することを想像した時に、まわりが一人残らず洗脳されたカルトの集団だと思うと気持ち悪いですね…」
    疑問…マインドコントロールの言葉はよくこのブログに出てきます。洗脳とマインドコントロールは若干概念が違うようですが、大体同じだとしてここでは話を進めます。
    まず、MCは誰が誰に行っているのでしょう?学会本部のそれ相当のMCの知識と経験を持っている人が新入会員及び末端の会員に対してMCを定期的に行っているのでしょうか?また末端の会員とはどこまでなのでしょうか?私は小学校からずっと一度もそういうことは受けた記憶がありません。洗脳(MC)の知識は中途半端ではだめだそうです。心理学の知識また、薬物、物理的なショックも必要らしいです。現時点では少なくとも本部幹部は(私も含めて)そういう教育は受けていません。区幹部かそれ以上になるとそういう洗脳教育を誰かに受けるのでしょうか?是非知りたい話です。
    ④「民族蔑視」
    荒らしの人「…池田大作と幹部の大半は在日である事。(学会旗の三色は韓三色)本尊は日蓮正宗のものを都合よくコピーした偽物だという事…」
    疑問…在韓の方は結構居られます。知り合いのビルオーナーさんも在韓です。なぜ韓国が問題になるのか、それが全く解りません。米国人、中国人、欧州人等色々居ますが、その中で特に在韓の人がどうしてだめなのか説明がないですよね?『統一協会』とかの事はありますが、それとこれとは別の事だと思います。三色が問題であれば、ドイツの国旗を見てください。これってダメなのでしょうか??民族・人種蔑視というのは取り上げている本人のコンプレックスの投影だと思われます。
    また、御本尊はほとんどが印刷されたものだと言うことは学会員周知の事実ですが、なぜこんな話題を大仰に持ち出すのか理解不能です。
    「陰謀論」、「洗脳」、「民族蔑視」等なんだか面白半分の『対話を求めて』ですが、どういう『真実』の『対話』を求めているのでしょう?もしお答えしていただければ、幸いと思います。
    このコメントがもし削除の対象になるのであれば、これ以後ここには入らないようにします。
    以上です

  2. 乾河原 様

    涼風と申します。
    コメント拝見させていただきました。

    正直、私も気になっていたことです。
    私自身は、ある出来事に対する、度重なる幹部の傍若無人な態度と対応に腹が立ち、未活動になりました。
    日々の勤行唱題は、今も継続しています。
    学会幹部から見れば、「身勝手な信心だから功徳はない」「組織から離れては、意味がない」「境涯が変わらないから、宿命転換なんて、出来ない!」等々、きっと言われますね…。

    将来的に、どうなるんだろう…と、今は模索しています。

    管理人さんに対する質問ですが、冒頭でも述べました通り、私も気になっていたことです。
    是非とも、回答が知りたいです。

  3. 乾河原さんへ
    ①についてだけ
    国立香川大学の高倉教授が創価学会から殺害予告を受け、現在、裁判中です。
    その経過を全てブログで明かしています。その中に、創価学会本部職員(元副教学部長)野崎至亮氏の
    発言が載っています(実の弟は副会長だった野崎勲氏)。彼は大幹部ですが、学会のおかしなところを
    正面から直視しており、高倉教授に次のように言っております(高倉教授のブログ中から抜粋)。
    「創価学会本部はインターネットを監視しており、創価学会を批判するブログやホームページを潰す工作をしているとも言われました。」
    上記発言がここにあります↓
    http://wrpandora.blog.shinobi.jp/Date/20110723/1/

  4. 乾河原さん、コメントありがとうございます。思わず「おおっ」と声をあげました。感激です。ほんとうに感謝しています。
    年上の方に対してこんな言い方をして失礼かとは思いますが、学会活動を続けている方で、やっとノーマルな感性の方と出会えたという気がしています。灼熱の砂漠を水もなしに彷徨っていて突然オアシスに出会ったような。これは蜃気楼ではないかと疑うほど、ありがたい気持ちです。乾河原さんのコメントが削除の対象になるわけがありません。私は乾河原さんのような方の出現を待つために、荒らしとかわけのわからない攻撃にもいやいや対応してきたようなものです。どうかよろしくお願いします。
     ①「学会陰謀論」②「学会は宗教ではない。みんな騙されている」③『洗脳、マインドコントロール』④「民族蔑視」の4つについてのご質問。いきなりすべてを私が応えるには、すこし時間がいるかもしれません。しかし精一杯話せるだけ話をしたいと思います。また、ここに訪れてくださる他の方による回答もあると思います。そうした複数の方のご意見を参考にしてください。
    すぐに結論までたどり着くものと、そうではないものがありそうです。できるだけ誤解のないように、慎重に言葉を選ぼうと思いますが、それでも活字の羅列だけでの言葉ですので、伝わらなかったり、違ったニュアンスを伝えてみたりはあると思いますので、その点はお互い様ということでご理解いただければ嬉しいです。

    ①「学会陰謀論」について。
    これは私がこのブログを立ち上げる際に選んだグーグル社の「ブロガー」を使ったことが原因によるものと思われます。つまりグーグル社の「ブロガー」はブラウザのインターネットエクスプローラーとの相性がよくなかったために起きたと考えられます。全国から寄せていただいた不具合の報告から判断したこてで、私を含めたWindowsIE以外のブラウザでは正常に表示できたとのことですので、少なくともこのブログの障害に関しての陰謀は存在しなかったと思います。その経緯については移行後のブログ上に書いているとおりです。このブログの不具合が起こったときに、私はそれほど警戒はしませんでした。たとえ学会やその他の組織がさまざまな情報をリサーチしているとしても、まさか初めてひと月ならない個人のブログを攻撃するなんてことがあるんだろうかと思っていました。それから間もなく複数の方からメールをいただきました。ある人は「これは間違いなく学会によるサイバー攻撃です」またある人は「攻撃という可能性も否定できないので十分注意してください」などです。他のメールもこの二つのあいだのどこかに位置する程度の違いでした。私はそれでもそんなことがあるかなあと思っていました。正直かなり困りました。ほっときゃいいと思うんだけどと思っていましたが、実際に一番多く使われているブラウザでブログのコメントが表示できないのは困る。そして管理者として、ここでブログを閉鎖したのでは自分の気持ちがおさまらないし、さらに万が一、ほんとうに万が一攻撃だったとしたら大変な事にもなりかねないと思いました。管理者としての立場上、可能性に関しては万全を尽くすべきかなと考えました。ですからとりあえず引っ越しをして様子を見ようと判断しました。乾河原さんが問題にしているのは、ちょっとしたバグまで何の確証もないまま陰謀論と安易に決めつけることは、このブログの信用にもかかわることだし、陰謀論をことさら強調している論調はいかがなものかということですよね。私としては「攻撃という可能性も考えられないわけではない」→「どうやらシステム上の不具合らしい」という報告をしたように覚えています。「もしこれが攻撃だったら日本はとんでもない国だ」みたいなことは書きましたが、それは一般論として書いた事です。ことさら今回の事が学会の陰謀であるとは言っていないと思いますが、乾河原さんには根も葉もない極端な表現に見えたのですね。おそらく、学会が不都合なサイトをリサーチしていることの情報は、ここを訪れてくださっている方が提示してくれると思いますので、しばらくお待ちください。

    ②「学会は宗教ではない。みんな騙されている」について。
    私は私の創価学会員としての経験からこのように思っています。このように確信できたからこそブログを立ち上げました。このことはこのブログでも幾度となく書いています。それ以上でも以下でもありません。このブログで私は一貫してこのことを言い続けてきましたし、おそらくこれからも様々な事実を明らかにしながら言い続けていくつもりです。そしてこの事に関してのさまざまな意見(それは共感もあれば反論もあるでしょうが)を多くの方に知っていただいて、それぞれに判断してもらう事を目的としています。これは根も葉もない事をいたずらに煽っているわけではありません。このことに関してはここにコメントしてくださっている多くの方の事例や体験が紹介されているとおりです。このブログでは一万人を目標にこうしたことの裏付けとなる証言を記録していくつもりです。
    >もしそういう体験があったとしたら、私なら即上層部に話を持って行きどういうことか糺す作業をします。
    このブログでもリンクさせていただいている「白バラ通信 パンドラの箱」を実名で運営されている高倉先生のブログをはじめ、こちらにも具体的な事例を報告してくださっている「もも(ら)」さんからの信頼できる報告など多数あります。是非こうした事実を上層部に掛け合っていただきたいです。ただこれまでのことを考えれば相手にされないのは目に見えています。だからこそ私はこうした事実を一般社会に対して示していく以外にないと考えてブログを立ち上げました。その2ヶ月間の経過がご覧のとおりです。ですから①「学会陰謀論」に関しても、必要以上にデリケートになるのも無理もない話だと思います。

    ④「民族蔑視」について。
    乾河原さんの出された上記の質問には、私の発言だけではなく、このブログに寄せられたコメントもいっしょにしての感想が含まれています。とくに民族蔑視に関してのこのブログでのコメントに対して私はそうとうな違和感を抱いています。アジア全般の歴史認識や差別問題と、創価学会の問題を安易につなげるのはとても危険な事だと思いますし、私がこのブログで提示している問題とはまったく次元の違うものと考えています。ですから乾河原さんが私が民族蔑視をしているような認識を持たれるのは心外です。乾河原さんが指摘されている箇所
    >荒らしの人「…池田大作と幹部の大半は在日である事。(学会旗の三色は韓三色)本尊は日蓮正宗のものを都合よくコピーした偽物だという事…」
    は、私がそう言っていることではありません。どなたかが「ネットで調べてみたらこんなことが載っていた」と書かれていただけです。その内容をうけて
    >なぜ韓国が問題になるのか、それが全く解りません。
    といった質問はスジ違いではないかと思います。さらに言えば、ここでは取り上げるべき問題ではないことを述べた上で言いますが、日本と韓国との国際関係や歴史認識、在日と呼ばれる方々についての日本社会での問題は、ご自分で勉強されたほうがいいのではないかと思います。
    >なぜ韓国が問題になるのか、それが全く解りません。
    という乾河原さんの言葉からそう思いました。少しでも勉強すればおそらく認識が変わると思います。私が言えるのはそこまでです。念のためこのブログとはいっさい関係ない事を申し上げておきます。

    ③『洗脳、マインドコントロール』について。
    これについての答えは長くなりそうです。というか言いたい事が山ほどあります(笑)。ですがすみません、仕事がたまっていて、朝までにやらなくてはいけないことがタイムリミットなので、続きは後日ということにさせてください。
    これについてはとりあえずひとことだけ言っておきます。私としては創価学会の組織運営にマインドコントロールの要素がないという根拠を逆に示していただきたいくらいです。たとえば「学会の信仰をやめると地獄に堕ちる」この創価学会幹部が指導という名目で会員に言い放つ言葉で、どれだけの人が苦しんでいるか、これがマインドコントロールでなくして何なのかを教えていただきたい。百歩譲って、これがマインドコントロールではないとして、この言葉で多くの会員を実際に苦しめている実態に対して、乾河原さんは学会に非はないとお考えでしょうか。これは是非乾河原さんにお訊きしたいです。
     
    長々と生意気なことを申し上げてすみません。でも私なりに真剣にお答えできる範囲で書いたつもりです。単なる言い訳ととらないでください。ここにはいろんな方が来られて、さまざま意見を書かれます。立場も様々です。ほとんどの方がお互いにリアルを知りません。極端な考え方の人もいれば、すばらしい卓越した人生観から言葉を紡ぐ方もいらっしゃいます。中には言ってはいけないような事を無自覚に言ってしまう方もいらっしゃいます。このブログの趣旨に賛同して、普段はとても内向的な方がたいへんな勇気を振り絞って素直な気持ちを懸命に語ってくださる方もいらっしゃいます。そうした様々な方の意見を、あたかも一人の人間の発言であるかのように捉えれば、どれだけでも矛盾や疑問はわいてくると思います。逆にそうした見方で矛盾を指摘されるのはいいがかりとしか受けとれなくなります。たとえば上記でいえば「民族蔑視」についてです。このブログの中でもどういう立場の人が言った言葉が、乾河原さんにとってどのように受け取ったのか。それに対して乾河原さんはどのように考えるのかということをはっきりした上での質問であってほしいと思いました。そのあたりが乾河原さんの気持ちの中で曖昧にしたまま質問されるので
    >「陰謀論」、「洗脳」、「民族蔑視」等なんだか面白半分の『対話を求めて』ですが、どういう『真実』の『対話』を求めているのでしょう?
    といった言葉が出てくるのではないでしょうか。
    乾河原さんの質問のうち「陰謀論」と「民族蔑視」については、はっきり言って私にとっては「いいがかり」です。「洗脳」は事実関係を提示する事で明らかになると思われます。「学会は宗教ではない。みんな騙されている」は、私の数十年にわたる経験の結果見いだされた確信です。これもこのブログや他のサイト等を通じて数ある事例を示す事で納得いただけるかと思います。

    最後にひとつ私から乾河原さんにお訊きしたいのですが、乾河原さんがここでの対話を通して、もし学会の矛盾に気づかれたとします。もしもの話ですよ。そうした場合に「私なら即上層部に話を持って行きどういうことか糺す作業をします。」と言われるごとく、ほんとうにそうされますか?そして本当にそうしたとして、学会はどんな態度をとると予想されますか?またこんなことを過去に誰もやった事がないと考えでしょうか?
    4つも年上の乾河原さんをつかまえて、こんなことを言うのはたいへん恐縮ですが、乾河原さんはやはり創価学会に対する認識が甘すぎると思います。甘いというより知らなさすぎです。このブログも何度も読まれたそうですが、あまり信用されていない、むしろそうとう懐疑的な眼でしか見られていないように感じます。もちろん強要はしませんが、心ある方の文章は読めばわかります。ここにコメントを寄せられる方でも、かなり頭をかしげる事を言われる人もいます。同じ読むにしても、そこまでしっかりと読み込んでいただければ、上の質問のおおかたの部分は解決するのではないかと思います。

    私以外にも乾河原さんの質問にきちんと答えてくれる方がたくさんいらっしゃると思います。おそらく真剣に答えてくださると思います。ですから

    >「陰謀論」、「洗脳」、「民族蔑視」等なんだか面白半分の『対話を求めて』ですが、どういう『真実』の『対話』を求めているのでしょう?もしお答えしていただければ、幸いと思います。

    などと言った表現は慎んでいただきたいと思います。私は乾河原さんがおそらく真面目に質問をされていると信じています。しかし、もし私がそれに対して「あなたも面白半分に軽口たたかないでくださいね〜♩」などと茶化したとしたらどんな気持ちですか?こんな無神経な言葉でまともな対話を否定しているのは乾河原さんではないでしょうか。
    このブログは名もない一人の創価学会員のつたないひとりごとかもしれません。しかし面白半分ではじめたわけではありません。断じてありません。53年間の自分の人生をどうやってつじつまを合わせられるのかを毎日毎日考えあぐねての行動です。面白半分で自ら自分の仕事を犠牲にしながらこれだけの時間を割く53歳の人間がどこにいますか。乾河原さんも面白半分の暇つぶしでここまで書いたわけではないでしょう。そうした互いの存在を認めるところからしか対話は始まらないと、私はこのブログの冒頭から何度となく申し上げているとおりです。
    今後、このブログで乾河原さんとの意義ある対話が続きますよう、よろしくお願いします。

    なお、時間がなくてとりあえず一気に書きなぐったものなので、誤字脱字などあるかと思いますが見逃してください。

  5. 乾河原さま
    はじめまして。はちみつと申します。
    シニフィエさま。二度目の投稿でおじゃま致します。
    乾河原さま風に自己紹介をさせていただくと、昨年まで当ブログ的な名称の「ばり活」的な活動家でした。
    選挙、新聞啓蒙はやる気満々。折伏は過去に10名です。

    ②の池田先生の元に金が集まるという具体的な証拠について
    私が非活となったきっかけは乾河原さま同様、何か研究発表を創ってみようかとネットを検索している内に「創価学会幹部の年収」について書かれたサイトを見てしまった事がきっかけでした。
    そこには四ッ谷税務署公示の長者番付の書類が添付してありまして例として・・・(役職は当時のものです)

    秋谷 栄之助会長
    平成5年度の所得 5770万円 (納税額 1886万円)
    平成6年度の所得 5500万円 (納税額 1810万円)
    平成7年度の所得 6213万円 (納税額 2050万円)

    森田 一哉理事長
    平成5年度の所得 5424万円 (納税額 1758万円)
    平成6年度の所得 4850万円 (納税額 1550万円)
    平成7年度の所得 4889万円 (納税額 1560万円)

    八尋 頼雄副会長
    平成5年度の所得 5070万円 (納税額 1627万円)
    平成6年度の所得 3748万円 (納税額 1138万円)
    平成7年度の所得 3810万円 (納税額 1161万円)

    上田 雅一副会長

    平成5年度の所得 3889万円 (納税額 1190万円)
    平成6年度の所得 3587万円 (納税額 1045万円)

    青木 亨副会長
    平成6年度の所得 3635万円 (納税額 1024万円)

    池田大作名誉会長の金額に関してだけはばり活だった為疑問には思いませんでした。(苦笑)
    ちなみに平成5年度の所得 4億円 (納税額 1億3551万円)平成6年度の所得 7億円 (納税額 2億4109万円)だそうですが・・・

    ご参照ください。→http://kanbusyotoku.99k.org/

    いつもならネット上の学会批判はデマ!嘘ばかり!と見向きもしなかったのですが、この公的書類の添付が捏造であれば創価学会としては訴えているであろうし、この書類が本物であれば・・・いや、そんなはずは無い!!と、幹部に確認をしました。私の予想に反し、「その金額はあっている。大変なお仕事をされているのだから当然の報酬だ。それよりもそんな事で心が揺らぐあなたの信心が問題だ。魔が入っている。それに本部職員の方々は相当額を財務されている。私利私欲でこの額の給与をもらわれている訳ではない。」と指導?されました。
    非課税の宗教団体に勤める職員に高額な給与を支払う事で、皆の真心からの財務のうちものすごい金額が所得税として国家に支払われる。それをまた財務として学会に還元している?なんだそれ?もう疑問だらけになりまた。
    これを調べた当時の総理大臣の給与がたしか4000万円ほどだったと思います。すごいですよね。よく坊主丸儲けとか言いますけど、私の感覚では財務から生活の糧を得られている本部職員の方々は出家信者だと思うんですよ。その出家信者が5000万も6000万も給与を貰っていては坊主ならぬ職員丸儲けではないですか?これはトップの金額であって地方には何千人と職員がおられると思うのでもちろんもっと低い所得の方もおられると思います。しかし、私の知る地方勤務の職員の方も一軒家を持ち、子どもさんも学費のかかる私学である創価学園に通わせられる所を見るとそれなりの給与は頂かれていると思います。広宣流布のために使っていただきたい!会館の維持費にもお金がかかる。衛星中継にもお金がかかる。世界広布にもいろいろお金はかかる。先生の広宣流布の御構想のために使っていただきたい!!と毎年毎年節約に節約を重ねて財務をしている会員さんにこの事実を知らせたらどうなることか・・・

    ②の「学会の金庫番」等の話というのは聖教新聞社専務理事などを歴任した中西治雄氏の事ではないですか?
    これは私自身が確認するすべを持ち合わせておりませんが参考→http://www.asyura2.com/11/senkyo119/msg/613.html

    ③『洗脳、マインドコントロール』について・・・私もマインドコントロールなんてされてないと思って今まで創価学会のど真ん中で生きてきました。しかし1つ疑問が湧き出し2つ疑問が湧き出し、子どもの頃から当たり前のようにしてきた「ご本尊中心・学会中心・先生中心の考えでいけば何事も間違いは無い」というような思考=創価学会的な思考ではなく自分の頭で考え心で感じるままに思いをめぐらせること半年。『洗脳、マインドコントロール』を自覚するに至りました。『洗脳、マインドコントロール』とは集団催眠術的な何か特別な事を誰かにされたというものではなく、私の場合は幼い頃からそれが当たり前の環境で育ったが為の『洗脳、マインドコントロール』であったと感じています。

  6. みなさん、おはようごさいます。
    非常に、おごがましく、高尚ぶったものの言い方で大変に恐縮ですが、
    まず、日曜日の朝から、下記のような「言葉」の為に、キーボードを叩かなければならない事に「強い憤り」を禁じ得ません。

    「知っていました?クアラーンに「死んだら7人の処女と(セックス)出来る」と書いてあることを」

    乾河原様へ

    はじめまして「もも」と申します。貴殿同様に「匿名」「HN」で乾河原様と対話との対話を求めます。
    貴殿も云われているように不都合もあるので差しさわりの無い簡単な自己紹介をさせて頂きます。
    関東甲信越地方・某県在住の30代前半のサラリーマン。妻と2人の子どもの4人家族。
    信仰を持たない無宗教。実家のお墓は父方が「真言宗」母方が「浄土真宗」です。
    HNの「もも(ら)」の由来はドイツの作家「ミヒャエル・エンデ」の「モモ」から由来しています。
    「時間泥棒の灰色男たちと闘う1人の少女モモ」の物語です。
    純粋無垢な会員の貴重な時間を盗む創価学会をこの時間泥棒に例えて
    創価学会という組織を適切に批判、監視している「覚悟を決めた方たちの集団」です。
    この闘い(笑)を始めたきっかけは・・・、長くなるので割愛します(爆笑)過去の私たちのコメントを参考にしてください。
    白バラ通信・パンドラの箱と云う「希望様」のブログに「もも(ら)」の「壮絶な闘い」(爆笑)の「軌跡」が記されています(苦笑)

    乾河原様へ

    貴殿の見識を疑います。上記のコメントは全く理解不能です。2人の娘さんをお持ちの父親が
    「匿名」であっても「発言するべき言葉ではありません」と、強く思いますが、いかがでしょうか?

    ★おそらく、このブログに訪問し閲覧しているほとんどの「女性」が「嫌悪感」を覚えたはずです。★

    (会社等で同様の発言をし女子社員らが訴え出た場合、セクハラ行為と認定されるのは「間違いない」でしょう)

    貴殿が本当に正真正銘の信仰心を持つ方ならば、他宗の教義の一部分だけを、あげつらい
    「知ってましたか?」なとど面白半分には取り上げないはずです。推測するに普段からそのような
    指導を会員さんに対しても行っているのでしょう・・・いかがですか?回答をお待ちしています。
    キリスト教の「ユダ」を取り上げ「裏切り者」の、そしりに晒される恐怖を植え付けたうえで
    「池田大作氏」との「師弟関係」を「刷り込む手法」に「酷似」しているように思えますが、
    いかがでしょうか?回答をお待ちしています。

    MCされている人間が「MC」や「洗脳」を「自覚」しているのならば、それは「MC」でも「洗脳」でもありません。
    本人たちに「自覚」と「意識」がないからこそ第三者の一般人は「嫌悪感」と「恐怖心」を覚えるのだと
    考えますが、いかがでしょうか?
    先の大戦で中国に抑留された方たちから直接聞きましたが、捕虜収容所での
    中国側による捕虜に対する「洗脳教育」「指導」「総括」「私刑(リンチ)」等々の話しは
    あまりにも壮絶過ぎて「言葉」を失いました・・・。この辺りの話しは「NR」さんが詳しそうなのでお任せします(笑)

    「脱会者は何でも話しします。つくり話しでもね。それを真実と信じる具体的な証拠というものがあるのか
    それらを具体的に示すべきです」
    「学会の金庫番等の話しも聞いたことがありません」

    乾河原様へ

    脱会者の話しには真実もあることを認めている発言ですよね?ありかどうごさいます。脱会者さんたちが救われます(笑)
    具体的な証拠を示したら「素性」「本名」が判明して自分だけではなく家族や周辺に迷惑がかかるからと
    「云いたくても」「云えない」とても、とても、つらい状況の渦中にいる方たちへの配慮が全く感じられません。
    このことからも貴殿の「ばり活的」な活動家という訳ではありません、との言葉に疑問を抱きます。
    活動家では無い、と、しながらもキーボードを叩くうちに自ら「墓穴」を掘っているかに見えますが、
    いかがでしょうか?回答をお待ちしています。

    「学会の金庫番」は、昨年、創価学会を脱会して、日蓮正宗の信徒になった「中西治雄氏」のことです。
    中西氏は現在都内の某日蓮正宗寺院の信徒として熱心に信心されているとのことです。
    この件につきましては「希望様」のブログにて「情報拡散」の一旦を担った者としてコメントを
    させて頂きます。但し、ボリュームがある為に今回の投稿とは別に本日中に連投させて頂きます。
    希望様のブログ・白バラ通信・パンドラの箱での投稿は2011年・9/5です。
    週刊誌はデマだ嘘だと云わずにバックナンバーを確認してください(笑)
    週間現代 H23・9・25発売(10月1日号)にも掲載されました。

    「創価学会激震!反創価学会に転じた池田名誉会長の金庫番」

    最後に、大変に失礼ですが貴殿はあまりネット上での「対話」「会話」に慣れてはいないのでは?と感じますが
    いかがでしょうか?
    なぜ、コメントの投稿を「リンクフリー」にしている理由を理解されていますか?
    ブログによってはコメントは「承認制」を採用しているところもあるのですよ。
    「荒らし」や「なりすまし」、「内部調査」の方たちも含めて
    自由闊達にコメントを投稿し幅広く大勢ののみなさんと「対話」ができれば。と云う、
    シニフィエ様の「心意気」を貴殿は理解をされていないように思えますが、
    いかがでしょうか?回答をお待ちしています。
    「リンクフリー」でなければ貴殿のコメントは公表されない可能性もあったのですよ。
    そうなれば貴殿の大変に長いコメントも「取り越し苦労」に終わり、
    貴殿の「目的」も「意図」も、叶わぬ結果となったと思いますが、
    いかがでしょうか?回答をお待ちしています。

    長くなりました。
    それでは「中西治雄氏」の記事等々は、本日中にコメントを投稿させていただきます。

    文責「もも」

    追伸

    「情緒が中学生」の「里芋(ら)」が
    「絶対に看過できない発言だわ!」と「憤怒」しております。
    その形相はまさに「怒髪天を突く」です。
    乾河原様、女性を敵に回してはいけませんよ。

  7. こんにちは。本で読んだことを、私なりに解釈して補足します。

    洗脳とマインドコントロールは違う考え方だと解釈されます。
    マインドコントロールとは、刷り込みや教育と似たようなもの。例えば、北朝鮮の子供たちへの将軍様教育。
    二世三世の方が主に悩んでいるのは、この躾と称した家庭創価教育によるものですね。
    家庭に学会活動を持ち込まない親御さんに育てられた方なら、あるいは自らに刷り込まれたMCに気付かない方
    なら、何の違和感も持たないでしょう。
    一般的には、自らの過去と現在の価値観のズレに違和感を持つようです。私もそうでした。

    洗脳とは、多くは大人に対するものであって、考え方というより人格を変えてしまうというのが当てはまるのかなと思います。
    学会のこととなると、スイッチが入り発狂してしまうというのがコレにあたるのかなと思います。
    私の親もそうです。学会のことになると、人が変わってしまいます。

    ただ、MCから大人になり洗脳に晒されるということもありなのかもしれないと、ここ最近では思うことがあります。
    大人になっても、組織から離れない方の多くが当てはまるのかもしれません。
    私の兄は多分これにあたります。大人になって、学会スイッチが入るようになりました。

    多面的に物事を考えられない、語れないこと自体に疑問を感じないことをおかしいと思いませんか?
    MCされていないと言いきれるのは、どうしてそう言いきれますか?
    内部の人同士で「洗脳されてないよね~」なんて、滑稽ですよ。
    もしかして、それが多面的に自身を捉えた結果とは、まさか仰いませんよね?
    そう断言されること自体が、MCされているという可能性もありうるのでは?
    「もしかしたら」「そうかもしれない」ということを考えられない、それがMCという可能性もあると言うことです。

    「面白半分の対話」に私も引っかかりました。
    自分に都合の悪い分からないことは嘘、自分に都合よく分かることだけ正義などという世界は、やっぱりおかしいですよ。

  8. 管理人さん、お忙しい中早速の非常な長文ありがとうございました。又他の方のコメントもありがとうございました。今回の初のコメントを送付する時は多分削除かな?良くて怒濤の批判かな?などと思いながらクリックしましたが、でもしっかり受け取っていただいてとても感謝しています。
    また、ほとけさん、7人→72人の修正、ありがとうございました。そして、間違いの記述、申し訳ありませんでした。『少々脱線した』話題がちょっと大きくなりました。以下にて何故こういう話を持ち出したのかを説明いたします。
    ただ、私の話が「正しい答え」だとか、「正しい話し」なんだとか言うつもりはありません。「私の今の考え」をお話しするだけです。自分自身が今この事に対して素直に納得いっていると言うこと、それを展開するだけですので、そこはお含み置きをお願いします。これは純粋に個人的な納得なので、これを批判されても何て言っていいのか解りませんので。
    また、一度に複数の話題の「考え」を載せることはしないようにします。コメント全体が収拾のつかないものになるし、又私も仕事、活動がありますので少しずつ「自分の今の考えを」単発的に(又は少ない項目)記載していきたいと思っています。(ばり活の称号に関しては、こんないい加減な活動家でもそういう風に見ていただけるって事は若干の励みになりますので、気持ちよくお受けいたします。ありがとうございます)
    さて、一神教(ユダヤ教、キリスト教、イスラム教)と仏教(日蓮仏法)の決定的な違いを自分なりに思索して結論づけたものの一つがそれぞれの聖典と呼ばれるものの中身です。

     1、ユダヤ教…旧約聖書…神の御業を人間の記載者が記載・編集したもの
     2、キリスト教…新約聖書…同上(ナザレのイエスの行動が中心)
     3、イスラム教…クルアーン…神からの直接の言葉を初代カリフがみんなに話したもの
     4、日蓮仏法…御書…日蓮のお手紙が中心として編纂されたもの

    以上、反対意見も多分あるでしょうが、アバウトに書くとこんな感じになるものと考えます。
    今の問題の「処女云々」がなぜ自分にとって問題なのかを簡単に説明します。
    もし聖書や御書に「処女…」の話が出てきたらどうします?私ならそういう宗教には近づかない様にします。それは宗教ではない何か変な教えだと思います。日蓮仏法は一神教三教と違って人間(日蓮)が人間(門下の人々)に人間の感情にて(時代を同じくして、又苦労も同じくした話題を)話していること、これが決定的な違いだと思っています。
    一神教は神に対しての絶対的な帰依(これは特にイスラム教が典型です)、そして神の御許(天国)に生まれ変わることが最終的な目的となっています。仏法は人間を中心にして、現実生活に対してどうすれば人間自身が良く変わっていくか、又強くなっていくかを徹底的に考察したものだと私は考えます。(生命の永遠性、宿業等の話しは今は置いておきます)
    他人はともかく私はこの仏法の考え方、哲学は自分にとって全く納得のいくものとして受け入れています。こういう目でイスラム教の聖典を読んでみて、とてもショックを受けたフレーズがこの「処女云々」だったのです。(人数の間違いは許してください)読み進めていく内に、かなりうんざりしました。なぜこんな言葉が聖典と言われるものに記載されているのか?これを読んでイスラム教徒達は納得出来ているのだろうか?もし、卑俗な話しですが、小学校や中学校の教科書にこんな言葉が出てきたら、さてどうしたものでしょうか?

    …と言う気持ちで「少々脱線」した話を記載してしまいました。言葉足らずで申し訳ありませんでした。管理人さんにはご迷惑をおかけするかもしれませんが、これからもお互いの考えを話し合って行けたら、とてもいい勉強になると思っています。
    いま、2月座談会の研究発表をまとめないとダメなので、又時間ができ次第に徐々にコメントをさせていただきたいと考えています。
    以上です

  9. 乾河原さん、初めまして
    アレックスと申します。
    私自身、イスラム教には詳しくないのですが、世界中にある「死者の書」を読んで研究した事があります。
    特に、エジプトの死者の書がもっとも古いと言われています。
    6000年前とも言われています。
    旧約聖書やコーランよりはもっとも古いでしょう?
    チベットの死者の書もありますし、日本の高知の死者の書もあります。
    他にも私の知らないところでも、死者の書はあると思います。

    死者の書を書いた人がほとんどが男性だったので、コーランに『男性は天国で72人の処女(フーリー)とセックスを楽しむことができる。彼女たちは何回セックスを行っても処女膜が再生するため、永遠の処女である。また決して悪酔いすることのない酒や果物、肉などを好きなだけ楽しむことができる。』とか書いてあるとするならば、男性的な視点で描写されていると言いますか?そう言った視点で物事が書かれている事が分かりますね。

    逆に、仮に女性が書かれたものであるならば、天国で72人の童貞・・・・・云々」と書かれる可能性もあり得ます。
    あくまでも仮定の話ですが、そう言った可能性も一応頭に入れておいて下さい。
    それ位、今までは非常に男性的な時代であったと言う事ですね。

    死者の書は、世界中に至る所にある様です。
    内容は、細かい描写が異なるものの、基本的にはほとんどが似通っていると言う点が面白いのです。
    そう言った基で世界各地で色々な宗教が派生して行きましたが、天候も異なれば言語や習慣も異なりそれぞれの宗教に特徴が出て来ても無理もありません。
    しかし、人は死んだらどうなるのか?と言う点では、基本的には世界共通の様です。

    さて、先ほどのコーランに処女云々が出て来ている場面は、天国で・・・と言う事になっていますが、詳しく言えば天国ではなくて現実の今の世界と天国の中間の位置に「幽界」とか?「精霊界」とか?色々な用語がありますが、たとえて言えば、海の中での減圧が必要な様に、慣らしが必要な如く中間に位置する死後の世界がある様です。
    そこは、誰もが通過するらしく想念が簡単に現実化してしまいますので、想いのままセックスなどの性欲、そして、酒や果物、肉などを好きなだけ楽しむことができる食欲を満たす事が出来る様です。

    ですから、その事自体が喜ばしい事ではなくて、実はそのまま溺れていくか?気づいて脱出するか?その上で、天国へ行けるのか?あるいはどうなって行くか?色々と試されるなど非常に厳しい内容が書かれていて、まさにこの世の現実の厳しさと変わりありません。^^
    ですから、弱い人は幸せにはならないなあと感じたのが研究しての感想でした。
    こんな訳ですので、皆様、もっと強くなって行きましょうと訴えたいですね。

  10. 乾河原様へ

    私からの対話要求は完全に「スルー」しましたね。このことからも貴殿の「立ち位置」が良く判ります。
    乾河原様とは「永い」お付き合いになりそうです(笑)
    今後とも、よろしくお願いいたします(爆笑)
    繰り返しますよ、女性も見ているであろう、このブログに「かのような」記述をするのは
    いかなる理由があろうと「論外」です。経典がどうだとか、教祖がどうだと云う以前の問題です。

    乾河原様へ

    お忙しい状況は良く判りましたので、お時間ありましたら、私の稚拙で拙い駄文をお読みくださいね。
    お約束通り「影の会長」「池田の金庫番」と言われ、昨年、創価学会脱会した「中西治雄氏」の記事を
    抜粋して投稿いたします。様々な媒体で情報拡散された内容ですので「斜に構えて」「スルー」せず、
    「真実に目を向けてはいかがですか?」

    では、記します。

    週刊現代 10月1日号 H23・9・25発売より抜粋

    (前略)

    埼玉県・所沢市にある「能安寺」という寺の機関紙(H23・9月1日付)に書かれたコラムが、創価学会関係者の間で
    大きな話題を集めている。
    「ある学会幹部の入講」とと題したコラムの内容は、聖教新聞専務理事などを歴任した「中西治雄氏」が今年7月、
    学会と対立関係にある日蓮正宗(以下、宗門)の信徒になったというもの。中西氏は、池田氏が会長に就任(1960年)する
    前の50年代から側近として仕え、一時は「影の会長」「池田氏の金庫番」と呼ばれていた人物である。
    裏方として、池田氏を公私にわたって支えていた中西氏だか、一度だけ表舞台に立ったことがあった。
    それが、89年6月に起きた「捨て金庫事件」だ。横浜市のゴミ処分場で、現金1億7000万円が入った金庫が見つかり、
    捜査の結果、金庫は聖教新聞社からゴミとして出せれたものと判明。世間では「学会の裏金ではない」と囁かれた。
    このとき、「20年以上前に、自分が学会内で不正に蓄財したカネで、そのうち存在を忘れているうちに誤って捨てられた」
    と名乗り出たのが中西氏だった。
    「当時、中西氏は会見を開きましたが、説明はしどろもどろ。約2億円もの大金の存在を忘れていたというのに、自宅を
    担保に350万円の借金をしていたことも判明した。あまりにも不自然で、
    学会内部でも「中西氏が池田氏と学会のために泥を被った」という見方をする者は少なくなかった(元創価学会幹部)
    以来、学会の役職から身を引き20年以上、一学会員として沈黙を守ったが、ここへ来て対立する宗門側への転身。
    本誌が都内にある自宅を訪ねたが、中西氏は、

    「その件については、どなたにもお話ししないことにしています」

    と語るだけだった。

    (後略)

    乾河原様へ

    私は約束を守りました。

    「影の金庫番」等の話も聞いたことがありません。

    、と言い切った、乾河原様。私はいつまでもお待ちしますので
    どうか、事実関係を確認して頂き、私の対話要求にお答えして頂ける日を
    楽しみにしております。貴殿は全く回答をしてくれていません。
    「曖昧な返答、回答」をし、たった一文のみに「こちらの」コメントを流用し
    全体感として捉えた時には「いかにも」「こちら側」に「分が悪い」ように「導く手法」は
    「見事です」、「感服いたします」(爆笑)
    全国数多(あまた)いる、純粋無垢な創価学会員さんが「騙されるのも」これで「理解が出来ます」
    こうして「ハイル!池田」の「カルト信者」が「養成」されて行くのです・・・(爆笑)

    乾河原様へ

    いかがですか?

    わたくし「もも」と、正々堂々と「対話」をしませんか?
    一方的な情報の発信は「真実を見抜く目を退化させますよ」

    あ、それと「サイバー攻撃」の件ですが、
    「愉快さん」も指摘しているように、
    結論が出てからの「あと出しじゃんけん」は「誰でもできますからね」

    文責「もも」

  11. 訂正します。

    (誤)金庫は聖教新聞社からゴミとして出せれたものと判明→(正)金庫は聖教新聞社からゴミとして出されたものと判明

    (誤)世間では「学会の裏金ではない」と囁かれた。→(正)世間では「学会の裏金ではないのか」と囁かれた。

    すいません。誤解を招く「ケアレスミス」でした。申し訳ごさいません。

    あ? そう云えば、当時の中西治雄氏の秘書を勤めていたのは
    本名「石神国子」と云われている、★原★と★の母親でしたよね・・・(笑)

    文責「もも」

  12. 今晩は。自分のコメントを引用するのはかなり抵抗がありますが、ももさん、再読お願いします。
    >ももさんの文章…「影の金庫番」等の話も聞いたことがありません。」
    、と言うことにこだわっておられますが、もう一度下の文章を読んで、そして私の本文を読んでいただけますでしょうか?
    >私の文章…「学会の金庫番」等の話も聞いた事が『あります』が、云々(『』は追加にて記載)
    私は書こうとするコメントなり、管理人さんの文章なりを最低2回読みます。もし間違った時非常に恥をかき、又その方に対して失礼に当たりますので。
    また、
    >私の文章…また、一度に複数の話題の「考え」を載せることはしないようにします。コメント全体が収拾のつかないものになるし、又私も仕事、活動がありますので少しずつ「自分の今の考えを」単発的に(略)記載していきたいと思っています。
    書かれた文章に対して無視するとは一切書いていません。時間的にも、自分の文章能力的にも内容が中途半端になる事は避けたいと思っているのです。なので上記の考えで今からコメントさせていただきたいと考えています。
    この事って、そんなに悪いことでしょうか??
    以上、又お送りします。

  13. はじめまして。初めてコメントをさせていただきます。

    シニフィエさんのブログを興味深く拝見させていただいております。

    まず、自己紹介をさせていただきましょう。

    私は首都圏在住で50代の壮年部員です。

    信仰心は厚い方と自負していますが、半面、組織が嫌いで、子どものころから(学会2世です)、会合の誘いから逃げまくっていました。

    高校、大学と進むうちに組織にがんじがらめにされ、いやいや折伏もし、活動をしてきましたが、常に疑問を抱え、今日に至っているというのが実情です。

    それほど嫌なものであれば、さっさとやめてしまえばよかったじゃないかと思われるかもしれませんね。

    でも、このブログを読んでいる多くの学会員さんと同様、信仰とそれに絡む団体から抜けるという行為は、言うほど簡単なものはないことはご理解いただけると思います。

    やめるにやめられない、かといって続けるのは苦しい…悶々と悩み、祈った抜いた末、たどりついたのが、「学会を理想の団体に変えていけばよいのだ」というシンプルかつ、極めて大それた考えでした。

    宗教の歴史は宗教改革の歴史といっていいほど、時と人、政治や経済、文化などの影響をさまざまに受けながら、変容を重ねるという試練を乗り越えてきました。

    そうした観点でいうなら、創価学会はわずか創立80年という極めて新しい宗教団体です。

    80年といえば、キリスト教なら、まだ教会という組織の体すら存在せず、それこそ命がけで布教にまい進する弟子たちが、行く先々で迫害を受け、首を刎ねられ殉教していたという段階です。

    そう思うにつけ、組織としての創価学会は80年を経た今も草創期にあるに過ぎず、これから幾度となく繰り返されなければならない宗教改革という試練をどう乗り越えて、普遍的な宗教へと変貌を遂げていくかが問われているのではないかと痛感せざるをえないのです。

    信仰、組織ともに心が離れてしまっているのであれば、むしろ楽なのかもしれないのですが、組織には懐疑的、むしろ否定的だが、信仰には絶対を感じているというような私に似たタイプの学会員は決して少なくないと思うのです。

    そうした人たちにとっては、組織を抜けることより、組織が変わる、つまり正常化する、常識化、さらにいえば良識化するということの方がどれだけ希望になるかわからないと思うのです。

    以上のような立ち位置にいる人間だということを知っていただき、シニフィエさんをはじめ、皆さんと有意義な対話ができることを望んでおります。

  14. 乾河原様へ

    「驚くべき」「レスポンス」でのコメントに「頭が」下がります(爆笑),

    「重箱のすみをつつく」「手法」に改めて、感服いたします(爆笑)

    「読んだことがありません」とか「読んだことがあります」が問題ではなく、

    貴殿が云うように「具体的な事実」を示しているのですよ(笑)

    さあ、乾河原様、「中西治雄氏」について
    ここまでの事実を私たちは示したのですよ(爆)

    誰しも「完璧ではありませんよね?」
    創価学会の組織が完璧ではなく「常に動いている組織」と同様に(爆笑)

    さあ、乾河原様、
    「学会の金庫番」と云われた
    中西治雄氏の脱会について、貴殿のコメントを早々に
    投稿されるがいい・・・。

    真の「対話」はそれからですよ(爆笑)

    文責「もも(ら)」

  15. こんばんは。SJです。変なところに出てきてすみません。
    乾河原さん、質問なんですがよろしいでしょうか?
    シニフィエさんにも聞いてみたいと思っていたことなんですが、少なくとも、私よりも今の学会を知っていらっしゃるお二人に。

    私は、非活になってもう随分経ちます。
    宗門問題の起こった20余年前の学会員と今の学会員は、変わったと感じますか?
    10年前と今ではどうでしょうか?
    鳥居をくぐることや、参詣するのがokになったとか、あと、勤行も短くなりましたね。
    時代の流れに沿ってのことなんですよね。私はそれにも違和感を感じましたが、そういうことではなく。

    今の学会員は、自主性を持っていると感じますか?自己責任の意味を知っていますか?
    今の学会員は、家庭を大事にしていますか?その一般的な意味を分かっていますか?
    学会員は多くの二世三世が、非活になっていく現状をどう捉えているんでしょう。
    色々な人間がいるからという常套句は無しで。

    あくまで、個々学会員レベルでの意識的なことをお聞きしたい。だから敢えて「組織」ではなく「学会員」としました。

    乾河原さんは、変わる必要が無いのにどうしてこういう質問をするんだと思われるかもしれませんね。
    では、そうお答えいただいても構いません。それも立派な答えです。

    私の身内は、現在の学会サンプルでは無いのかも知れないと思い当たり、
    今の学会員の本当の姿が知りたいと思いました。
    すみません。変な質問ですがよろしくお願いします。

  16. SJさん、今晩わ
    SJさんの話に共感します。

    >宗門問題の起こった20余年前の学会員と今の学会員は、変わったと感じますか?
    10年前と今ではどうでしょうか?

    >今のの学会員は、自主性を持っていると感じますか?自己責任の意味を知っていますか?
    今の学会員は、家庭を大事にしていますか?その一般的な意味を分かっていますか?
    学会員は多くの二世三世が、非活になっていく現状をどう捉えているんでしょう。

    私も同様、質問しますので現状を聞きたいです。

  17. はい、削除っと。
    みなさま、お願いがあります。
    削除されそうなコメントには最初から相手しないでください。
    削除されたコメントに対してのコメントだけが残っていても意味不明となるので
    それも削除しなくてはならなくなります。
    今回もそのようにさせていただきますので、
    ほとけ氏に対するコメントも仕方ないので削除します。
    ご了解ください。

    とにかくおかしな投稿が出てきたら、管理人の私だけが対応します。
    みなさまは決して相手にしないでください。
    また、何を書いても相手にされない方は、
    やましいところが見え見えなのだと自覚して
    さっさと退場してください。

    みなさまは粛々と本来の正常な対話を貫いてください。
    削除されるべき方のコメントは、ちょっとつつくとすぐにボロが出ます。
    ですからボロが出るまでは、管理人だけがバカのふりをして相手をします。
    バカのふりをするのは私だけで大丈夫です(笑)。
    みなさまは決して相手をしないようにお願いします。
     
    それから、ここに初めてコメントされる方は、
    挨拶と自己紹介を忘れないようにしてくださいね。
    怒りますよ(笑)

  18. わたしも知りたいです。
    ここに来られる創価学会の活動家の方々は、今年ある選挙に対して、どのようなお気持ちでいらっしゃるか。
    やはり選挙活動は信仰に必要だと思っていらっしゃるのか?
    みなさんの今回の選挙への想いをお伺いしたいですね。

    すみません、管理人さん、話題が散漫となりそうでしたらごめんなさい。

    活動家の方々の書き込みが急に増えて参りましたが、これもある意味、選挙対策かと勘ぐりましたaiです。
    なにしろ、創価学会は選挙を中心に動いておりますからね。

    ここを閲覧する非活になりつつある純粋な創価学会の方々の目眩ましを兼ねているのではと思いましたが、違うでしょうか?

    わたしは基本的にsinifieさんのこの場が、悩める創価学会の方々の一助になればとの想いで投稿させていただいています。

    どのような書き込みも深層を探りながらが良くて、多分、中にはアラシのような書き込みだとしても、いまの創価学会に深く悩み、ある意味、動執正疑を起こしての書き込みもあるかもしれませんし、しら~っと確信犯的な方もいるようにも思います。

    まあ、どちらにしても、それだけ今の創価学会にとって厄介なBlogになったということですね。

  19. 自己紹介を忘れました、今頃ですが
    想学サロンに出入りしていた者ですとしか申し上げられません。
    じつは、過去に個人的な書き込みで、組織にわたしの素性が分かってしまったようなので、その弊害は恐ろしいものでした。

    ここに書き込まれる方も個人情報には気をつけたほうが良いと思われます。
    祈り殺されたくなかったらですが、いえ、マジで。

  20. おはようございます。
    本来であれば完全に夢の中の時間帯ですが、何となく眠れなくてPCを起動してみました。

    SJさんからのご質問
    >宗門問題の起こった20余年前の学会員と今の学会員は、変わったと感じますか?
    >今の学会員は、自主性を持っていると感じますか?自己責任の意味を知っていますか?
    >学会員は多くの二世三世が、非活になっていく現状をどう捉えているんでしょう。
    『宗門問題』以後の学会員が変わったかどうかは、私個人の感覚としては変化は感じられません。にぶいと言えばそれまでですが、創価学会に対してのイメージとは自分自身のイメージの投影と言うことも言える気がします。なのでほとんど変わっていない様な気がしています。
    『自主性』に関しても変化はないと思っています。能動的な人は昔も今も居ますし、受け身で信心をしている人も又同じ割合で居ると思います。よく「昔は良かった云々」の言葉がまかり通る時、場所、グループがありますが、それと似た様な感覚で見ている様な気もしています。
    『自己責任』も同じではないでしょうか?
    社会は確かに変化しています。また、創価学会も同じように変化していますが、言われている様な下降的な変化は、個人的には少なくとも感じられません。
    二世三世が非活動家になっていると言うこともあまり感じません。昔も二世連中は活動していなかった人が多いです。私自身三世で活動に対しては独自の世界で生きてきました。(やりたいことしかやらなかった)それを今頑張って家庭訪問で彼らを持ち上げているのが現況です。これは多分5000年経っても同じよう状況でしょうね。
    変化というものはどんな人であれ、必要なことではないでしょうか。恐ろしく卑近な例ですが、わたしは美術大に入ったほど画が好きです。(才能はゼロに近いですが)毎回画も描く度に変化をしています。そのままでは自分自身が許せないし、飽きてきますので。…例題としては、解りづらかったでしょうか?

    Aiさんの質問
    >ここに来られる創価学会の活動家の方々は、今年ある選挙に対して、どのようなお気持ちでいらっしゃるか。
    やはり選挙活動は信仰に必要だと思っていらっしゃるのか?
    自分自身選挙は全く消極的な活動しかしません。好き嫌いでやるものではないとは知りつつ、やっぱり燃えません。なので適当にお茶を濁しながら、選挙が終わるのを待っている状態がいつものパターンとなっています。
    が、宗教と政治は密接な関係を持っているとは、思っています。政治を変えることは日本人の意識を変えないと無理です。政治家が悪い悪いと言うキャンペーンが盛んに行われますが、誰が誰を選んだのかを考えると、みんながしっかりとした政治に対する見識を持っているべきだと思います。みんなの意識を変化させるのは、いろいろな方法が考えられるでしょうが、宗教が一番だとは感じています。(これを突き詰めて話していくと、今日眠れないので時間のある時に投稿いたします)
    以上、寝むれない夜に起きていた乾河原より

  21. 政治の世界で公明党も創価学会も基本、信用していません。
    昔、選挙当時、公明党の浜四津さんが、あれほど自民党バッシングをしていたのに、いまは自民党と仲良くなって権力側にすり寄っている。

    政治に対する見識と言われますが、創価学会の方々には、それを微塵も感じさせないくらいに政治音痴です。
    会合で幹部に洗脳されて、ただ闇雲に選挙活動しているだけ。
    国会討論で公明党が実際に何を言っているのかも知りもしない。
    民主党の悪口ばかり、以前に自民党に言っていたと同じパターン。学会の人は、みんな同じことを言う。自分の考えではなく、幹部から聞いたそのままに。
    非常に笑えます。
    学会の人も聖教新聞と公明新聞ばかり読んでいないで、もう少し外の世界を知ったほうがいいと思いますね。

    公明党もイイカゲン創価学会員の選挙活動ナシで選挙に臨んでいただきたいものですね。

    宗教と政治は結びつかないほうがいいに決まってるでしょ。
    過去の歴史が証明していると思いますが

  22. 女性ですがコーランの死んだら処女と云々、別になんとも思いません。
    そうなのかぁぐらいです。そういう風に書いてありますよ、と紹介しただけですよね。
    男性優位社会の表れというのも非常に納得いくし、ひとつの豆知識として心に留めました。
    まぁ人によって受け取り方は様々なのでしょうが・・・そこまでこだわることではないような気がします。
    それからどなたとは申しませんが(爆笑)だとか(大爆笑)だとかあまり見ていていい気持ちではありません。
    どうにかなりませんか?
    落ち着いて丁寧にコメントされている方に対しても失礼かと・・・
    大人の対話を望みます。

  23. ↑のコメントだけなのもなんなので。
    どなたかへの意見というものではないのですがMCについて自身が体験したことをひとつ。

    かなり前の話ですがドイツにいたことがあり、一度だけですが学会施設のひとつ、ヴィラ・ザクセンの一般公開日に行く機会がありました。
    当時私はあまり活動はしていませんでしたが、ときたまやっぱり学会から離れず頑張ろうと思ったり
    中途半端な立ち位置にいたと思います。
    このヴィラ・ザクセンはよく聖教新聞でも紹介されたりして、まだ純粋に学会を信じていたころは憧れの存在でもありました。

    公開日にはドイツのメンバーによる施設内の案内があって、建物の歴史や学会がどのようにこの文化財的な建築物を修復したかなど説明があったのですが
    最後にその場にいた一般ドイツ人より「その建物の修復や維持にかかる費用はどこからきてるのか?」という質問がありました。
    若干うる覚えですが、学会メンバーであるドイツ人は、会員からの善意の寄付で賄われているというような答え方をしていたと思います。
    質問した人はあまり納得いった風ではありませんでした。

    私はそのときはっと思ったのです。一般的な人からしたら当然このような疑問を誰もが感じるものなんだと。
    なんで自分は今までそのようなことを考えもしなかったのかと。
    純粋に信じきってる会員が新聞などでこの立派な文化財的建物が学会のもので
    そこでなにか意義のあるイベントが行われました!みたいな記事を読むと
    すごいねー、さすが世界に認められた創価学会だねーとなってしまうのですよね。
    いったいそこにどれだけのお金が、どこから来てどこへ流れているのか・・・そういうことには考えが絶対に行かないのです。

    当然ながらこの広大な敷地とバカでかいお屋敷はうちの両親を含めた日本の末端の学会員が汗水垂らして働いて稼いだお金でした「真心の財務」で購入され修復され今も維持されてるわけですよね。
    きっとその学会員の大半がこの施設のあるドイツを訪れることもなく生涯を終えるのでしょう。
    それでもこんなすごいものを所有してる学会に所属していることを誇りに思い幸福に感じているのです。
    名誉会長が次々受け取ってる称号だとかも同じようなものですよね。
    とても憐れなことです・・・これってやっぱり洗脳とかMCとか呼ばれる類のものじゃないでしょうか?

    それから学園出身の私のところにはご丁寧に学園より定期的に学園ニュースみたいなものが届くのですが
    なにやら最近また新しい建物が建ったようで・・・高校生にはもったいないような立派な図書館やら食堂やら。
    エントランスの説明には「床にはブラジルと中国の石を内壁にはトルコの石を使用しています」ってあります。
    こういうのも当然学会からの費用で建てられてるんだろうなーと冷ややかな目で見てます。
    というか嫌悪感すら抱きます。

  24. 乾河原さまへ

    私は草創期のころから母が入会して学会二世でした。

    幼いころから姉妹の中で私だけはよく会合に連れられて座談会に参加していました。今は脱会しましたが。

    >皆さんの意識を変えるのには宗教が一番では・・・本気でそう思っているのですか?

    それでは今の公明党の政党の政策が一番だと思っているのですか?

    はっきり言うと私が女子部の大B長だった時によく公明党は創価学会を守るため、先生を守るためにあるんだとよく聞きました。

    その時は私も大拍手で幹部の話を疑問もなく当たり前のことだと思って聞いていました。

    議員さんというのは一般の方が支払われる税金が使われているんですよね~

    冷静考えるとそんな恐ろしいこと疑いもなく会合で聞いていた私はMCされていました。

    以前は自民党はよ~く池田大作を証人喚問するように要求していたことは誰でもが知っていることです。

    それから一緒に政権参加されるようになってからは自民党は証人喚問という言葉は一切国会の場で持ち出さないように変わってきました。

    国民の皆さんが変革するのは宗教が一番ではなくて、・・・
    今のマスコミ、テレビ、新聞が真実の報道を流せば国民の変革はされると思います。

    某大学の教受が公開講座で言っていましたが真実の80%は国民に知らされていないと・・・

    国民の意識の変革は宗教ではなくて今のマスメディア、報道を変革することではないでしょうか?

  25. 最終的には真実ありのままを知るということが意識を変化させる第一歩ではないでしょうか?

    そういう意味ではこのブログの意義は素晴らしいです。

  26. ココアさんの意見を支持します。やたら「爆」「笑」を連投する人がいますけど、不愉快極まりないです。全然面白くないですのでやめてもらいたいですね。

  27. ココア様、元活動家様へ

    ご指摘ありがとうございます。
    ご気分を害され、不愉快な思いをさせてしまった事を
    心からお詫び申し上げます。
    聖教新聞紙上で展開される座談会においては、
    当たり前の様に「多用」されている「言葉」であったとは言え、
    不適切に使用した事を深く反省しています。

    今後は皆さんのご気分を損ねない程度に
    適切に使用して行きたいと考えております。

    ご迷惑をおかけし、誠に申し訳ございませんでした。

    文責「もも」

  28. コメントをしようかどうしようか迷っていましたが、一言。

    流れの見方によっては「もも」さんが恐縮されてるようにも読めますが、元は「処女云々・・」の書き込みに怒りのキーボードを叩かれたのであり、「もも」さんの指摘は評価されるべきではないでしょうか。ただ表現方法に物言いが付いたことはしょうがないとしても。

    私の勤務する会社では「セクハラ」「パワハラ」はご法度で、仮にあったとすれば一つの”事件”であり厳重注意では済まないくらい厳しい位置づけをしています。

    それも周囲にいる人が聞いて、話題に嫌悪感を感じただけでも「セクハラ」行為に引っ掛かってきます。
    職場に若い女性が多いため厳しく対処しているようです。

    いかなる場にあっても、社会的モラルは厳守したいものです。 以上です。

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