そこそこ幹部のみなさんへ

池田名誉会長が人前に出なくなってもうすぐ2年になろうとしているのに、なぜかメッセージだけは次々と紹介され、昔の写真だけは大きく載せられ、あたかもイケダセンセイが元気なふうを装った聖教新聞がいつまでつづくんだろうと思います。そのことに対しておおっぴらに疑問をあらわさない会員。死に方や時期はベールに包まれているにせよ、自分たちの指導者は死んだと公表した北朝鮮のほうが、まだ先の事を考えていますよね。他人事ながら、いったいどうするつもりなのか心配です(笑)。

まあそんなことより、いずれ真実を知らされる何百万人という会員の心のケアが心配です。創価学会の真実が明らかになれば、世界的なニュースとして報道されるでしょうし、国家的な救済事業が必要なんじゃないかと本気で思います。なかには騙しとった財務を返せといったデモなんかも起こるのではないか。会館施設や聖教新聞販売店への暴動行為や、数えきれないほどの訴訟が起こるでしょうね。そう言う意味での国家レベルでの対策も必要になってくると思います。

そうなっても最高幹部は「知らなかった」を貫くでしょうが、間借りなりにも法治国家を標榜するこの国がそれで済むわけはありません。利害だけで結びついてきたマスコミ、企業、警察、法曹界、芸能界は言うに及ばず、学会が会員から吸い取ってきた巨万の財務のおこぼれをもらっていたにもかかわらず、ありとあらゆる団体がきっと手のひらを返すでしょう。いままで甘い汁をすい続けてきた彼らも死活問題ですから、何もなかったかのように、あるいは自分たちも被害者であるかのような顔をして、学会の不正を暴露してくるでしょうね。

そういう意味でも創価学会がたとえ崩壊したとしても、日本全体を混乱に陥れるのは目に見えています。こと利害に関してはおそろしく計算高い創価学会の幹部であれば、もういいかげん創価学会から手を引くのがおりこうさんなのではないでしょうか(笑)。創価学会のそこそこ幹部のみなさん、あなたがたはほんのちょっとのおこぼれで利用されているだけです。学会に実質的な危機が迫ってきても上の組織は誰も助けてはくれませんよ。これまでの彼らの言動を思い出せばわかるでしょう。そう思いませんか?そしてあなたがた(そこそこ幹部)自身、どうやって責任をとるつもりですか?池田名誉会長の存在を末端会員がおおっぴらに疑いだせば、それだけでとんでもない事態になると思いませんか。最高幹部はまちがいなくあなたがたにすべてを任せて知らぬ存ぜぬを通すでしょう。いちばんたいへんな目に遭うのはあなたがた「そこそこ幹部」なのです。逃げ場がありませんからね。あなたの下にいる組織の会員全員があなたに責任を追及しに来るとしら…その数と様子を思い浮かべてみてください。これは決して脅しで言っているのではありません。そこそこ学会の内情を知る現役創価学会員のひとりとして心配して言っているのです。池田名誉会長は今どうしているのかということをそこそこの幹部同士で話題にしないのかどうか。もししないのであればそれはなぜなのか。するのであればどんな内容なのか。そんなことすらわからないようでは幹部の資格はないでしょう。それこそあなたがたが利用されている事の証拠です。そこそこ幹部の皆さん、池田名誉会長の実態を知らされていないということ自体が、あなたが知らないうちに騙されて、とんでもない責任を負わされているということの証拠なのですよ。いちどそこそこ幹部の人たちと、そのあたりのことを話し合われてはいかがですか?まさにあなたがたの死活問題なのですから。そしてもしよかったら、その結果をここにリークしてくれませんか。それだけでもあなたがたの背負う罪は軽くなると思うのですがいかがでしょうか。

そこそこ幹部のみなさんへ」への54件のフィードバック

  1. ライアー回しです。
    創価学会は会長を頂点とするヒエラルキー構造の組織です。
    ヒエラルキーである以上、役職のランクが一つでも上であれば、その権限や行動範囲などにおいて、優位の立場にあるわけです。
    このヒエラルキーという組織構造は、ほぼあらゆる組織体の基本をなしていることは間違いありません。
    かつて創価学会はこのヒエラルキーがもたらす恩恵に大いにあずかってきたといえるでしょう。
    なぜならトップダウンによる明確な指導体制、上意下達、そして下部組織による競い合いなど、拡大期においては、この体制のほか考えられないに違いありません。
    しかし、時代は変わりました。
    学会の右肩上がりの成長期はとっくの昔に終わっているにもかかわらず、ヒエラルキーの組織体系は全く見直されずにきました。
    創価学会が硬直化し、上層部のエリート幹部職員の官僚化と腐敗を招いている最大の原因は、この旧態たるヒエラルキー構造を放置してきたにほかならないと思うのです。
    宗教に役職による階級の必要はありません。
    宗教に必要なものは、人間同士の温かな結びつきだけなのです。
    創価学会には、現場においては、かろうじてこの温かな結びつきが存在しています。
    これはある意味、奇跡的なことです。
    この奇跡を無駄にしないためにも、創価学会はヒエラルキーに代わる、柔軟かつ多様性の価値をいかした組織の在り方について、衆知を集めて再構築していくことが求められていると思うのですが、皆さんいかがでしょうか。
    内部改革を重視している方との対話を望んでいます。

  2. 池田さん亡き後、組織はどうなるのか?という質問を、数十年前に親にしたことがあります。
    その時の返答は「池田先生の跡を継ぐ方は、もう決まっている。だから心配していない。」というものでした。
    それは今で言う原田さんのことなんでしょうけど、当時は違っていたと思います。

    学会員にとって、絶対は池田さんであって、それを継ぐ人は誰でもいいようでした。
    いわば、運営をしてくれる人さえいればいいということでしょう。とにかく、池田さんを尊ぶことができればいい。
    それが、今組織内で主流の創価マインドなんでしょう。よく躾が行き届いていますよね。

    怖いのは、学会員が「池田先生は、生きていても死んでいても関係ない」と思っている節があるということです。
    亡くなったら当然神格化するでしょうし、現幹部の狙いはそこでしょうね。

    誰も、池田さんの後釜を狙っていないようですね。実際それが賢い選択でしょう。
    池田さんが亡くなったという事実が公表された瞬間から、本当の意味での創価ビジネスが始まるのかもしれません。

  3. ライアー回し様

    >宗教に役職による階級の必要はありません。

    『宗教団体』においてはそれが理想の姿なんでしょうが
    創価学会はもはや単なる宗教団体ではありませんよね?
    巨大な財力と政治力を保持した団体です。
    下からひたすら吸い上げて利益還元はほんの一握りのエリート幹部内でのみ。
    その一部の人たちからしたら下部の『組織を変えよう』という動きは不穏なものでしかないはずで
    良くて無視、場合によっては実力行使もあるかもしれません。
    人間同士の温かな結びつきを求めるならば、今の学会の中にいては苦しくなるだけのような気がします。

    私が学生部だった頃、一度だけ元旦に学会本部に呼ばれ
    名誉会長に新年の挨拶をすることを許されました。
    すごかったです。
    横20人ぐらいで縦にはずらーっとお目通りを許された人たちが列をなして座り
    そのまん前には名誉会長が対座して座っています。
    そして1列ごとに順番が来ておとそをもらって目の前の会長に『あけましておめでとうございます』と深々とお辞儀。
    運がいい人(?)は会長から声をかけてもらいますが、それも一瞬。
    せかされてあっという間に退場となります。それが延々と続くのです。
    当時もびっくりしましたが、今思い出しても、とんだ将軍様だったなーと。
    ああいう場に呼ばれたる側は側で『選ばれた人材』という意識がだんだん強くなってエリート意識が生まれるんでしょうね。
    私はありがたいことに(?)しっかり脱落してしまいましたが(^^ゞ
    そういえば帰り際、お年玉と称して数千円もらいました。あれもどなたかの財務やら新聞代やらから出てるんですよね・・・
    中・高等部、学生部の間に電車賃と称したりして本部からお小遣いもらったこと何度かあります。

  4. ココアさん、池田大作に挨拶するなんて、かなりの立場だったのですね。
    非常に興味あります。

    それから、池田氏は頻繁にお金を配っていたみたいですね。その類の話は
    よく聞きます。創価学園でも配るものだから、保護者から苦情が来たという
    笑えない話もあります。師匠の行為に苦情を言うとは…。

  5. ライアー回しです。
    ココアさん、コメントをありがとうございます。

    >創価学会はもはや単なる宗教団体ではありませんよね?
    >巨大な財力と政治力を保持した団体です。

    おっしゃる通りです。
    創価学会は宗教団体という範疇を超え、経済や政治に大きな影響力をもつ団体になってしまいました。
    しかもその影響力の行使は公に期するよりもむしろ保身、組織防衛のために使われていることはだれの目から見ても明らかでしょう。
    とても残念に思えてなりません。
    そうした事実を憂慮したシニフィエさんら、マインドコントロールから解放されたと認識する方々が、会員に学会をやめるよう促すことで、学会の勢力を小さくしていこうとされているのでしょう。
    創価学会という組織の在り方に終始、疑念を抱いてきた私にもよく理解できる心情です。
    それはそれで認めるべき行動ではあるのですが、私はあくまで内部改革にこだわる人間の一人です。

    創価学会という巨大組織をよくも悪くもできたのは池田名誉会長だったことは言うまでもありませんが、名誉会長は残念ながら、あるべき宗教(組織)改革を断行できなかった、いやすることがなかったというのが私の認識です。
    最初からするつもりがなかったのか、それともやろうとしたができなかったのか…それは知る由もありません。

    名誉会長による海外における講演、識者との対談、毎年のSGI提言などで示される思想は素晴らしく、私はその思想に基づいた組織改革がいつかはされるものと、悲願にも似た期待を抱いてきました。
    しかし、何十年経っても、その思想が実現されることはありませんでした。
    シニフィエさんのように、だまされた、と思う人もいるでしょう。
    私もダブルスタンダードに過ぎなかったのだなぁという思いがないわけではありません。
    しかし、私は名誉会長が残した思想には、一縷の可能性を感じているのです。
    虚飾の、ダブルスタンダードの思想ではあっても、その思想性が普遍性をもっているものであれば、使わない手はないではありませんか。
    私はそこに賭けたいのです。
    長くなりました。
    具体的な改革の方向性についは、また改めて述べさせていただこうと思います。

  6. SJさん、質問されていたんですね。すみません、なんやかんやで他の事にまぎれてしまって忘れていました。お許しください。ブログの管理って予想を遥かに超えて大変なものだとわかりました。ちょっといいかげん嫌になっていた事も事実です。でもこんなことぐらいで辞めたら、ここに期待してコメントしてくださる人に申し訳ないと思い直し、先に「『対話を求めて』はやめません」を書きました。最初はどんなものでも徹底的に誠実に対応して答えていけばどうにかなると考えていた私が甘かったです。結局自分の生活が犠牲になるほどの徒労だという事がわかっただけでした。ですので、徒労になりそうな怪しげなコメントは私の判断で削除すると決めました。ここを荒らしがかき混ぜている間も、SJさんは毅然として本来の対話を続けられてきたことはよくわかっていました。ほんとうに感謝しています。なのに私の方がそんなSJさんのコメントを見過ごしてしまうなんて申し訳ありませんでした。

    SJさんの質問
    >宗門問題の起こった20余年前の学会員と今の学会員は、変わったと感じますか?
    10年前と今ではどうでしょうか?
    >今の学会員は、自主性を持っていると感じますか?自己責任の意味を知っていますか?
    >今の学会員は、家庭を大事にしていますか?その一般的な意味を分かっていますか?

    個人的には昔の学会員はまだ人間味があったように思います。上からの指導もけっこう自分勝手に解釈して、それぞれの都合にあわせてやるような、ちゃっかりしたところがあったように思うのと、それが昭和の逞しさだったのかなと思います。今の学会員はロボットのようです。選挙のたびに近づいてきては「池田先生のためにがんばりましょう」と婦人部の担当者が完全非活の妻に真顔で言います。相手のことなんかどうでもいいように思えます。それを言う自分に酔いしれているようです。安っぽいSF小説に出てくるような悪の支配者に操られた人たち。
    ちょっと話がずれるかもしれませんが、SJさんは「クレヨンしんちゃん」の映画版「クレヨンしんちゃん 嵐を呼ぶモーレツ!オトナ帝国の逆襲」をご覧になった事がありますか?私は基本的にまんがやアニメはそれほど興味がなくて、よっぽどのことがないかぎり見ないのですが、このアニメは日本のアニメ史上に燦然と輝く名作だと思います。あるときたまたま子供が見ていたのを横からチラ見したら、どんどんはまっていって、これはものすごい映画だと驚きました。どう考えても子供相手のアニメではなく、ちょうど高度経済成長を知っている大人たちに対する辛辣で見事なメッセージになっています。ストーリーを話すとネタバレになりますので話しませんが、クライマックスでタワーを必死に駆け上がっていくしんちゃんのシーンでは涙が止まりませんでした。DVDのレビューを見ていただくだけでも、この作品の質の高さはわかると思いますが、もしご覧になっていないのであれば、ぜひおすすめの一本です。これは日本のすべての大人に見てほしい作品だと思います。
    で、今の末端会員の姿は、あのアニメに出てくる洗脳された春日部の大人たちによく似ています(春日部にお住まいの方すみません。アニメの中の話ですから)。創価学会の末端会員たちは自分の人生の選択を放棄しているように思います。いわゆる学会活動というのは自分の人生を自分で考える機会を根こそぎ奪い取る。「そんなこと悩んだり考えたりする暇があったらお題目をあげなさい。百万遍でも二百万遍でも、結果が出るまでご本尊に祈る事です」私が思うに、この学会のご本尊に祈るという行為は、自ら考えることをやめて、ある種の変性意識状態またはトランス状態に陥ることだと思います。それによって学会マインドを無意識層にまで叩き込む。お題目を一心不乱に唱え、自らの声の波動によってポッカリと無意識の口が開いたところに、自分や家族の人生よりもイケダセンセイが優先されることを信じて疑わなくなる。この異常な事態が異常とわからないのだから仕方がないといえばそれまでなんですが、ときどき街ですれ違う知り合いの学会員を見るときに、日本には洗脳に気づかずに一生を終わる人がこれだけたくさんいるんだなと重い気持ちになります。
     
    この質問はもともと乾河原さんへの質問ですから、乾河原さんにお答えいただければと思いますが、とりあえず答えになっているかどうか怪しいですが、私からはこんな感じです。また上のライアー回しさんにもお尋ねしたい質問ですね。
    いわゆる内部改革の可能性を信じていらっしゃる方へのこの質問は興味あります。

    ライアー回しさん、コメントありがとうございます、
    私としては内部改革というのは、改革すれば創価学会が宗教団体として存在価値のあるものになるという考え方だと思います。しかし私が当初から言っているのは「創価学会は宗教団体ではない」という前提ですから、改革も何もないのです。昔の創価学会が本来の宗教団体としての役割を担っていたという事であれば話は別ですが、もともとそうではなかったんだということに気がついてから、私は勤行・唱題をすっぱりとやめることができました。
    たとえば現状の創価学会によってたいへんな被害を受けられた人に対して「どうもすみませんでした、創価学会は生まれ変わりました。過去の事は水に流してください」と言えるのかどうか。というかこれまでの被害に対して創価学会は損害賠償まで責任をもつ気があるのかどうか、実際に持てるのかどうか。これから創価学会の経理を完全に透明にできるのか、ということでもあります。これまでの創価学会の経理を白日の下に晒して、はたして会員がついてくるのかどうか。
    ライアー回しさんは、50代の壮年部ということですが、学生運動の経験はありますでしょうか?私が大学に入学した頃は1977年ですので、学生運動が盛んだった私の大学でさえもすっかり下火で、ヘルメットや拡声器を抱えた学生がときどき力なく叫んでいましたが、まわりのほとんどの学生は聞く耳を持っていませんでした。彼らが何を信じ、どういう世界を夢見ていたのか、私には理解できませんでした。というか「あ、昔テレビで見たのとおんなじ格好をしてる〜」ぐらいのことでした。彼らの、卒業してそこそこの有名企業に入り学生時代の武勇伝を銀座のホステスに語る哀れな姿を知っています。あの革命を夢見て戦っていたお前が銀座のクラブ通いとは驚いたね、といった感じです。革命の戦士は、あっという間に企業戦士と早変わりして、日本経済がここまで発展したのも私たちのおかげだと信じています。そして定年退職して会社を追われたときに、自分は単なる歯車でしかなかった、自分の代わりはいくらでもいたことにはじめて気づくのです。熟年離婚のあげくバックパッカーで世界を旅しながらこの歳になって自分探しです。いま日本中に増えているあわれな団塊の世代です。

    >宗教に役職による階級の必要はありません。
    >宗教に必要なものは、人間同士の温かな結びつきだけなのです。

    ライアー回しさんのこの言葉は、創価学会が宗教であるという大前提で話されています。なんだか学生運動華やかな革命家の言葉に聞こえます。もちろん当時の革命家は宗教ははなから否定しますが。それでは創価学会が宗教であることの根拠がどこにあるのでしょう。宗教法人だからでしょうか。日蓮仏法を標榜しているからでしょうか。それは宗教団体であることが会員を納得させるための手段ではないのでしょうか。

    学会の組織の構造がどうであれ、その前に創価学会が宗教団体であることの必然性をその活動から導く事ができるとは思えません。日蓮仏法の教義や信仰形態は人を疑う事をしらない人の純粋な心の隙間に入り込むための手段ではなかったでしょうか。座談会は高度経済成長の裏側で隅に追いやられ疎外されてきた弱者に忍び寄る甘いささやきだったと思います。時代が失いかけてきた人々の身近なつながりを巧みに利用した洗脳強化のシステムであったと、今だからこそ見えてきます。こうした組織的な戦略によって、自分で考える事を放棄してきた末端会員に「今までは間違いでした。これからは心をいれかえて創価学会をすばらしい宗教団体にしていきましょう」と誰が言えるのでしょう。
    創価学会の内部改革。それはこれまでの創価学会がやってきたことのすべてを社会にさらけだし、それでも社会がこれからの創価学会の存在価値を認め、その可能性に期待するのであれば話は別ですが、たとえばライアー回しさんが創価学会のこれまでのすべてを引き受ける気概がありますか?
    私は創価学会の内部改革をめざし、これに賛同する同志を募ります。いっしょに創価学会を立て直し、人間同士のあたたかな結びつきによって悩める人々を救っていきましょう。まずは不透明だったこれまでの経理をすべて透明化します。宗教法人といえどもこれだけの規模の組織、とくに財務の透明性は当然求められます。会員からいただいたこれまでの財務の使途すべてを公表します。もちろんこれからは財務のシステム自体を見直します。聖教新聞をはじめとした出版物等のすべての経理も明らかにし、すべての経理について第三者による監査委員会を設置します。組織の公平な運営のシステムを再構築します。各地の拠点会館の運営に関しても、常に誰でも確認できるようなシステムに変えます。自分の意志で創価学会の会員になっているかどうかを再調査し、引き続き入会の意思が確認できた人だけを会員として登録します。これまでのご本尊はすべて回収し、新たに会員として登録された方だけに無料で貸与します。その際、ご本尊の出処も明確にします。それ以外の人には勧誘行為等いっさいいたしません。公明党との関係を清算します。会員に対して政治活動を促す事を禁止します。学会出版物の購入を強制しません。他にもノルマを強制しません。子供たちには会員登録を行いません。成人して自主的に会員になる意思を確認してからの入会とします。一方的な折伏行為は禁止します。学会の教学内容を一から見直し、一般の仏教学会との連携をするなかで伝統的な日蓮正宗の仏法と照らし合わせて偏りがないか精査し、新たに創価学会としての教学体系を再構築します。これまで創価学会によって被害を受けてこられた方に対しての救済の窓口をつくります。訴訟問題の受け皿になる窓口をつくります。
    ……ちょっと考えただけでもこんなことがぞろぞろと出てきます。こんなことやるくらいなら、あらたな団体を立ち上げた方がいいのではないでしょうか。それも団体を作る必要があればの話ですが。
    ちょっと意地悪な言い方になったかもしれませんが、他意はありませんのでお許しください。それだけ創価学会がやってきたことの罪は大きいし、取り返しのつかないものだということを言いたいのです。創価学会を改革するには、これまでのことを清算できる見通しがなければできないことだと思います。ライアー回しさん、あなたのこれからの人生のすべてをこのようなことに賭ける気概があるのであればどうぞというところです。私はおそらく私が死ぬまでに創価問題は解決しないと思います。それはオウムがあれだけのことをしておきながら教団として存続しているのと同じようなものです。オウム真理教はまだ宗教に近い。学会は違う。宗教を利用した○○集団です。○○集団を改革しても宗教にはならないと私は思います。

  7. どうも、お久しぶりです。また「荒らし」が、出たんですか(笑)

    ここしばらく、創価系のブログを全く拝見しておりませんでしたので、どうなったのか、よくわからないんですよね(笑)

    よくわからないんですけど、シニフィエさんと、「もも(ら)」さんを荒らしと決め付けた方々がいるんですか?
    この方々は「荒らし」ではありませんよ。
    私が保証いたします。

    ちなみに、私は「アンチ荒らし」です。
    もっとも、この間はやりすぎてみなさま方にご迷惑をお掛けしてしまいましたけどね(苦笑)

    まー私が言っても説得力がないんでしょうねー、私は無責任ですからー、ごめんなさいねー

    管理者様の、シニフィエさんと、いつもながら後始末をしていただいた「もも(ら)」さんには、改めて御礼申し上げます(笑)

    お世話になった「もも(ら)」さんには、今後はご迷惑をお掛けすることはないでしょう。

    それではみなさんごきげんよう。

  8. こんばんは、乾河原と言います。
    今かつて無いほどの気持ちで、自分の今の信心の思いを文章にしようと頑張っています。かなりの長文になるかもしれませんので、ここでお許しを管理人さんにお願いします。今、大体ですが下記の様な内容にて書いてみようと構想を練っています。
    1、題目~生命の永遠性
    2、信心の基礎~応用
    3、創価学会の問題点~批判者の問題点
    もしかして4つ以上にになるかもですが、一度にコメントとして載せるのはかなり無理な気もしますので、分割してお送りしたいと思っています。

    このブログは非常に質の高いものです。特にこの数日間の内容の変遷は誰が見ても上質其もだと思います。これはおべっかでも何でもありません。知らない人も居るかもしれませんので再度自己紹介をしますが、私は現在も学会員です。活動家といえるのかどうか解りませんが、題目、協議会、座談会等はしっかりやっております。今からもこの生活は続きます。これ以後のコメントでも話すと思いますが、基本的に確信がありますので、退転しようがありません。
    普通の学会員がこういうブログを見ると、大体において『バカなことをやってる…』と言う程度で二度と訪れないでしょうが、私はこのブログの根本理念は好きです。退転者に対しては勿論『何やってるんだろう』という気持ちはあります。しかしここの理念は、誰に対しても宣揚していくべきだと思ってますし、また、いわれない批判者からも守っていくのが当然だと思っています。
    私の様な活動家の意見もしっかり掲載していただけることは、非常に幸運だと感じていますし、こういう雰囲気に生で触れていける場を与えてくれている管理人さんには、何にもまして感謝の思いがあります。
    なので今回のコメントに関しても今まで創価学会の人にも一度も話さなかった思い、気持ちを自分の言葉で最高の表現をしていこうと思っています。
    ただいつ頃から作っていけるかは、ちょっと断言できません。多分今月の19日(日)にブロック座がありますが、それ以降かなと思います。
    よろしくお願いいたします。
    以上です。(食べ放題に久しぶりに行きたいと考えている、乾河原でした)

  9. ブロ立ち上げの初期に書き込みした、元学会員のものです
    愉快さんと間違われてたみたいで、、、すみません
    HNを、梁山泊の旗にたとえてつけました
    今後ともよろしく御願いいたします

    まさに確信をついている手記がありましたので
    紹介いたします

    会津の小鉄の親分の手記より

     問題は大きく三つある。
     まず第一に、金への異常な執着、拝金主義に陥った学会の現状である。
     入信してきた者にご本尊と称して、明らかに大量かつ粗製されたものを三千円、五千円と売りつける。そしてことあるごとに寄付を募り「一万円より十万円の方が功徳がある」と信心を金に絡めながら、十万円より百万円、百万円より一千万円、一千万円よりも一億円 ・・・・・・ と、その値を吊り上げていく。
     こうして学会員から搾り取るように集めたお金は、不要と思わせるほど絢爛豪華な施設に変わり、そこに池田の名を付け、さらには自身の名誉よく追求のためだけに、莫大な外遊費となり、世界各国で名誉博士号や名誉市民を買いあさるのだ。
     いま、九州地区が大分で手掛ける広大な墓地建設は、三井をはじめ大手ディベロッパー、大手建設会社との癒着を生んでいる。リベート、キックバック、縁故による工事参入、そしてそこから入る謝礼。一部幹部が走る利権構造によって生み出された金は、決して末端の学会員に還元されることなくどこかに消えていく。
     そして何も知らされぬまま善良な学会員たちは、その墓地を「功徳を積める」と吹き込まれ、ありがたそうに買っていくのである。

                    ◇     ◇     ◇

     第二に、権力と迎合する公明党の姿勢である。
     いま、公明党所属の議員は、衆参合わせて54人、地方議員3351人、さらに選挙協力で当選した者、推薦した首長を含めると約5300人にも及ぶという。彼らを当選させるために末端の学会員たちは、選挙シーズンともなると、それこそ仕事も私生活もそっちのけで、寝食を忘れ活動する。この苦労が「修行となり、功徳となる」と信じながら ・・・ ・・・ 。こうして議席を得てもらったにもかかわらず、彼らは選挙のときだけ題目会に現われ、「自分たちが学会員を守っている」という思い上がりを隠さない。
     その一方で彼らがしていることは何か。
     地方議会ではほとんど例外なく多数与党の一角をなし、馴れ合い自治の温床となっている。その結果、首長選挙は常に”多数党対一党”という図式を生み、それがさらに政治離れ、地方自治の停滞を生んでいる。
     国政では、平成5年、細川連立内閣に参加し与党となって以来、多少の紆余曲折はあったものの、ほぼ政権の中枢に入っている。一度味わった権力の”蜜の味”こそ、公明党が人権の党、国民政党というテーゼを忘れ去るきっかけとなった。
     特に自民党と組むようになってからというもの、なだれを打つように盗聴法、有事法制、医療負担の増額、鈴木宗男の疑惑隠し ・・・・・・ と、プライドをかなぐり捨てて与党の座にしがみついた。
     この4月からはじまった医療負担増額問題では、一部自民党議員でさえ欠席という手段で対抗し、学会内部からは良心ある人たちや地方議会からも反対の声が上がっているにもかかわず、それらを封殺し、押し通していった。
     アメリカのイラク攻撃では、冬柴幹事長が「国連の議決なしの攻撃に反対する」と明言しておきながら、結局は傍観することで賛意を示した。
     学会はこんな人間を養っているのだ。

                    ◇     ◇     ◇

     第三に、宗教法人の適格性の問題がある。
     平成3年の学会破門、その翌年の池田追放以来、創価学会の宗教法人の適格性を疑問視する声が各方面から上がった。それは「学会は日蓮正宗の信徒団体として宗教法人を取得しているのだから、宗門から破門され、拠り所を失った以上、もはや法人を名乗り、税の軽減など様々な恩恵を受けつづけるのはおかしい」というもので、ごく自然で当たり前の意見であった。
     日蓮正宗から破門され、本山も持たなくなった時点で、宗教法人以外の公益法人に変わるべきだったにもかかわらず、宗教法人の冠は決してはずさなかったのには、人集め、金集めといった狡猾な打算も働いたに違いない。
     平成5年、細川内閣で与野党の立場が逆転した自民党は、野党の立場から創価学会・公明党の政教分離や宗教法人問題を指摘。野中、亀井、加藤ら当時の自民党幹部が非難の急先鋒に立ち、ついに池田の証人喚問まで取りざたされるようになった。
     そんな学会の窮状に助け舟を出したのが竹下登といわれている。
     まず非難の声を上げ、追い込んでおきながら、その同じ組織の者が救いの手を差し伸べ、恩を着せる。こんなやり方はヤクザならぬ”暴力団”の手法だ。
     こうして自民党が政権の座に返り咲くや否や、公明党は与党にくみし、以来、この問題はなりを潜めた。かつて攻撃で急先鋒に立ったくだんの3人は、いまや党内では右に出るものがいないほど創価学会・公明党のよき理解者になっている。
     昨年、学会の会則は変更されたが、宗教法人としての拠り所を失ったままであることにはいまも変わりはない。しかしこの会則には新たな項目が加わっている。第3条『三代会長』がそうだ。
     この条項で、牧口、戸田、池田の会長経験者を『永遠の指導者』と謳っている。前者のうち二人はすでにこの世にはいない以上、実質的な指導者は池田ということになる。日蓮に代わって池田を信じる宗教に変貌しようという意図を明確に打ち出したのだ。
     皮肉にも学会の宗教法人問題は、”池田教”となることで解決されようとしている。

                    ◇     ◇     ◇

     最後に、宗門からの破門、追放以後にみる池田のとった行動について言及しなければならない。
     創価学会・公明党の宗門とりわけ日顕上人への批判は、いまなお聖教新聞、公明新聞紙上で続いているが、もちろんこれは池田の指示で行われているものだ。しかしこの行為自体、書簡でも申し述べたように「負け犬の遠吠え」の感が拭えない。
     もともと学会全体が破門されるに至った経緯も、池田の指導に端を発しているわけであるから、問題は宗門と池田個人にあるはずだ。池田は、真に信ずるところがあるのなら、学会全体を巻き込むことなく、ひとりで宗門と論戦を張り正々堂々と闘うべきだった。
     しかし論議を戦わすこともなく、シアトル事件に見るような日顕上人個人のスキャンダル暴きに終始するような低俗な攻撃を繰り返し、これまで外部からは嘲笑の的になって来た。このことによって学会員が恥ずかしい思いをしていることなど、思いもつかないのだろうか。
     創価学会は池田一人の私物ではない。学会の信用を彼一人の判断で落すような権利はどこにもないし、いやしくも人から尊敬を得ようとする人間のすることではない。
     これはリーダーとしての資質の問題でもある。 【了】

    創価学会を暴く ②

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     人が変わり、それによって社会が変わっていく ―― 。創価学会の前身『創価教育学会』は、昭和5年、後に初代会長となる牧口常三郎の『創価教育体系』に始まる。
     教員だった牧口は、教育者、そして日蓮正宗と出会った縁から、仏法を中心に据えた教育を通して、自分の理想とする平和と人間の価値創造の実現を目指した。これが『創価教育体系』であり、すべてはここが原点となっている。
     まず人を育てよう。仏法を基礎に据え、それに基づいた教育で人づくりをしていこう。このことが社会を変えることにつながる ・・・・・・ 牧口の教育への思いは、そんな純粋な人間愛に満ちている。それは、いまの学会に見る金銭欲や名誉欲、権力欲などとは対極をなすものだ。
     牧口が校長を勤める小学校に赴任し、同じく教員をしていた戸田とともに、創価教育学会ははじまった。戦時色が濃くなる時代背景の中で、仏法が戦争高揚に使われることを拒んだ二人は、獄中に繋がれ、牧口はそこで命を落すが、その意志は戸田に引き継がれた。
     戦後、信者は飛躍的に拡大したが、その一方で猛烈な折伏が非難を呼ぶ。政治への進出もこの時代からはじまるが、戸田にはまだ、牧口の残した人間愛がしっかりと根付いていた。
    「大衆のために死ねる人を選びなさい」
     そんな戸田の教えは、いまの創価学会・公明党を想像だにしていなかったに違いない。

                     ◇     ◇     ◇

     それ以後も学会は、末端の学会員に血のにじむような努力によって、着実に信者数を伸ばし、いまやその数820万世帯にも及ぶという。
    すべては日蓮上人の教えを信じ、牧口、戸田の意志を受け継ぎながら、爪に火を灯すように貯めたお金を寄付にまわし、人からは「ええ?創価学会?」と白い目で見られても、懸命に、純粋に活動を続けてきた証だ。
     一般的に言われているが、学会の信者たちの中には、危険な職業に就かざるを得ない人や、社会的に虐げられた人、そしてその家族が多くいる。社会の中で苦しみ、いじめ抜かれた人たちが、左翼政党のように怒りをストレートにぶつけ、社会変革を訴えるよりも、まず心の平安を求めたいと願っても不思議ではない。そんなとき仏法に接し、入信してお題目を唱えることで救われた人は実に多い。
     それだけに学会員の組織愛は、他のどんな政党や宗教団体よりも強い。ましてや外部からの批判に結束して立ち向かっていればなおさらのことだ。

                    ◇     ◇     ◇

     しかし本当の敵は内部にある。これまで述べてきたように、功徳と信心を金に絡ませるようなやり方、権力に対する迎合は、すべて池田によるものだ。
     飽くことのない金銭欲と名誉欲。彼がどこかの国の名誉市民になったり、どこかの大学で名誉博士になっても、いまの生活にも心の平安にも何の関係もない。
    「学会に入って本当によかった」
    「学会だからこそ権力が弱いものいじめするのを見過ごせない」
    と言えるような組織にすることが先決ではないか。
     華々しい外遊より、いましなければならないこと、牧口が理想とした平和と人間の価値創造のためにしなければならないこと、学会員自身のためにしなければならないこと ・・・・・・ 。そんな急務がたくさんあるはずだ。
     現世での利益を求めるということではなく現実問題として、未曾有の不況のもと、倒産の憂き目に遭っている中小・零細企業はあとを絶たない。リストラされている者も多い。どれほど厚い信仰をしていても、老後の不安は等しくやって来る。足元がぐらついている中で、池田が世界を廻り、ノーベル平和賞を札ビラで買うようなムダな金はない。
     会員に低利で資金を回し、会員同士の連携で失業者を救い、礼拝施設を建設するのと同じように老人ホームを建ててやるべきではないのか。いまこそ、これまで身を粉にして、奉仕の精神で働いてきた学会員たちに、報いてやるべきではないのか。この人間愛こそ日蓮上人の教えであり、牧口や戸田が自分たちの教え子にやろうとしたことではないのか。

                     ◇     ◇     ◇

     これまでの学会批判は、とどのつまり池田批判に他ならない。
    その池田は昨年の会則変更の中で、ますます個人崇拝の路線を固めつつある。
     そもそも学会員は日蓮上人の教え、法華経の教えをもって救われ、そして救われようとする集団ではないのか。歴代会長はその教えの実践者であり、事務屋にしか過ぎず、自らが教祖になるいわれはない。それを「日蓮の代わりに俺を信じ、崇め奉れ」といわれても、それは出来ないはずだ。また、出来るとすれば、その人にとって信仰とは何だったのか。自分の人生を否定することになる。
     盗聴法でも、医療費増額問題でも、有事法制でも、そしてアメリカのイラク攻撃でも、心ある学会員は「こんなに自民党に追随していていいのか」といった疑問が胸の奥底にあるはずだ。
     それだけではない。宗教人として、もっとやりたいことがあるはずだ。比叡山が毎年行う宗教サミットは、あらゆる教義の壁を乗り越え、世界平和を訴えるものだ。それは池田個人の名誉欲を満足させることよりももっと意義深いことではないのか。本当はどんな人物ともわからぬ公明党議員の選挙より、困っている人に手を差し伸べ、喜んでもらえる仕事がしたいのではないのか。

                    ◇     ◇     ◇

     創価学会の精神は、常に野にあって権力を監視するもの。決して自らの利益のために魂を売り渡すようなことがあってはならない。しかし末端からその声を上げる勇気がなければ、学会幹部・公明党の権力への迎合を非難する資格はないことになる。
     聖教新聞や公明新聞、グラフSGI(前・聖教グラフ)ばかり読み、学会員だけと付き合う。しかもその新聞たるや、「池田名誉会長が名誉市民に」「名誉会長に名誉博士号授与」など、読んでいてこちらが気恥ずかしくなるような記事が紙面を飾る。また学会破門、池田追放以来、いまなお続く日顕上人への攻撃は、まるで宗門を挑発するかのようなスキャンダル暴きに終始し、その低俗さに辟易する。
     外部からの批判に一切耳を貸さず、金まみれ、権力への迎合の本質を知っていながらもなお、池田の無謬性を信じようとするのは、現実を直視しようとする勇気がないからではないのか。
     洗脳とも言える池田のマインドコントロールから解放され、狭い視野から脱却するときが来ている。これ以上、無知を装うことは罪悪だ。【了】

    ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

  10. ブログ開設当時から拝見しています。
    コメントも何回かさせて頂きました。
    勇気も頂きました。
    だけど最近何か違うのです。

    毎日2部ずつ配達されている聖教新聞。
    私の帰りを見計らって突然なるチャイム。
    当たり前の様に会場を貸してくれと言う。

    ここでいくら気持ちを吐き出しても、現実は少しも変わらないのです。

    仏壇の扉は数ヶ月閉めたままで 座談会会場にするからといって 開けたくはないのです。しきみ、蝋燭、供え物…そんな心境になれません。

    少し現実に目を向けようと思います。
    組織の人達、母。私が対話しなくてはならないのは現実の人達でした。
    ヤング時代 共に活動した今は非活の友人もいます。

    ここでは大変勇気を頂きました。
    特にeriさん ありがとうございました。
    お元気ですか?

    こんなコメント場違いとは思いましたが、気持ちを整理する為に書かせて頂きました。
    ありがとうございました。

  11.  連日のように、ブログを更新され、かつ、コメントに対して丁寧な対応をされておられるシニフィエ様
    に、心より敬意を表します。

     さて、「もも」ら様について、若干の誤解が生じたようですので、私の意見を申し上げます。結論から
    先に述べれば、「もも」ら様は、いわゆる「荒らし」ではありません。

     確かに、少々過激な文章を書かれることもあります。しかし、その理由は、これまで、まさに命懸けで
    創価学会本部の不正を追及され、その結果、様々な迫害を受けて来られたため、時に、過激な表現
    になってしまったのだと存じます。この点については、すでに、謝罪のコメントを投稿されておられます。

     「もも」ら様は、シニフィエ様のブログには、もうコメントをされないと決められたようですが、本当に残
    念なことです。おそらく、これまで同様に、「もも」ら様は、私のブログ「白バラ通信パンドラの箱」には、コ
    メントを投稿されることでしょう。どうか、「もも」ら様のコメントをご覧になるという意味から、私のブログ
    を訪問して頂ければ幸いです。

     つぎに、今田利次郎様が「以前訴えられたら弁護士を紹介してやると言った方がいましたが無責任
    に煽る発言だと思いました。誰々が訴訟しているから、お前もやれば良い。裁判なんてそんな物じゃな
    いです。こういう場で問題を起こしたら一番困るのは管理をされている方です。自由に使わせてもらい
    ながら迷惑をかけるなんて人じゃありません。」とのコメントを投稿されておられます。

     おそらく、今田利次郎様のコメントは、「『創価学会のような詐欺団体』という表記は、名誉毀損には
    ならないと思います。著作権侵害とは、全く別の問題です。万が一にでも、創価学会本部が「名誉毀損」
    で提訴したら、堂々と受けて立てば良いのです。それだけのことです。その時には、創価学会本部の脅
    迫に屈しない優秀な弁護士の方々をご紹介します。」との、私のコメントに対するものではないかと存じ
    ます。

     「書は言を尽くさず、言は意を尽くさず 」とは、まさに、このようなことを意味するのでしょう。今田利次
    郎様に「無責任に煽る発言」としかご理解頂けなかったことを反省しております。

     この点については、yoko様が、「この方は無責任に煽っての発言でありません。創価学会の本当の姿
    を知っている体験者だからこその発言です。創価と本気で闘おうとしたら、甘くはないのです。それゆえ
    の発言だと私は理解しましたが。希望さんと同じ状況下のひとりです。訴訟を誰が好き好んでするでしょ
    うか?怪物を相手に。>誰々が訴訟しているから、お前もやれば良い。こういう思いでコメントされたの
    ではないことを断言しておきます。失礼しました。」と言われておられる通りです。

     大変長文のブログになりますので恐縮ですが、私のブログをすべてご覧になられた上で、今田利次
    郎様が、私のコメントを「無責任に煽る発言」だとお考えになられるのであれば、その理由を具体的に
    お知らせ頂ければ幸いです。

     このコメントを投稿する直前に、シニフィエ様の今田利次郎様と「もも」ら様に対するコメントを拝読致し
    ました。私の真意を、シニフィエ様におかれてはご理解賜り、心より厚く御礼申し上げます。

     最後に、シニフィエ様のお身体のことが心配です。コメントに対するご返事は、私のブログのように短
    文となさり、ブログ本文の記述に集中なさっては、いかがでしょうか。とにかくも、ブログを続ける上では
    ご無理なさらないことが最優先課題ではないかと存じます。

     なお、お困りのことが生じたら、どうかお気軽にご連絡下さい。

  12. はじめまして。
    海外のSGIのメンバー、スミス周子(仮名)です。

    こちらでは、戸田先生が構想されたような「麗しき創価家族」のような信心が実践されています。
    選挙もありませんし、財務も1万円以上する人は稀ですし、皆100%自分の意思でしています。
    新聞啓蒙も、強引な折伏ももちろんありませんが、メンバーの数は増えています。

    もし、アンチの方々かおっしゃる池田先生の姿が真実ならば、私はそのことをまわりのメンバーに伝えていきたいと思っています。

    今、こちらでは、「ガンジー、キング、イケダ」展が開かれています。
    もしこれが「ガンジー、キング、ソウカ」展だったら、私は池田先生のことをもっと信頼できたと思います。

  13. ご無沙汰いたしております。

    管理人さんの記事に同感いたします。

    私個人の見解ですが。
    誰も、名誉会長の安否や健康状態について言及しない…いや、言及できない空気が蔓延していると私は思います。
    そこに触れてはいけない…話してもいけない。
    上が「元気だ」と言うから、それを信じている。

    結局、名誉会長を「神格化」しているようにしか思えません。これが師弟なのでしょうか…?

    師弟不二…という言葉もありますが。
    戸田2代会長が亡くなって、唯一、私だけと断言した名誉会長。
    こういう存在を育てる意図か、晩年の本幹では、ひたすら戸田前会長の指導を連発。
    でも、ぶっちゃけ、そんなに育成なんて出来てないですよ。
    私の、つい最近まで活動して見てきた感想です。

    上層部は、名誉会長を踏み台にして、私腹を肥やす気でしょうかね…中央ジャーナルには、次期会長を巡っての内部抗争が勃発しているとの記事も出ていますし。

  14. 希望さん。
    ブログ拝見しました。
    貴方様の苦労を他の誰かにも背負わせたいですか?

    >創価学会本部の脅迫に屈しない優秀な弁護士の方々をご紹介します。

    裁判を闘っておられる貴方がこのような発言をされたら
    後先も考えず後ろ盾が出来たと行動する無責任な人間が増えます。
    私も「煽り」としか思えません。
    軽率な発言だと思います。
    追従する人間が出てきたら、その人間の生き方を全て抱えれますか?
    弁護士の紹介だけですか?
    無責任だとしか思えません。

    それと、もも(ら)氏への擁護ですが、このブログへ募る方の意見として
    過激で難解な書き込みは「荒らし」という意見が大半なのに
    どうして「寝てる子を起こす」ような発言をされるのですか。

    管理人さんに無理難題を浴びせて平気ですか?
    貴方の無神経さに怒りを覚えます。

  15. 私も小路さんと全く同じ考えで、強く賛同します。
    このブログは反創価ブログです。
    しかし、反創価的なコメントならどんな表現でもいいのですか?
    読者が不快になる煽るようなコメントをしてもいいのですか?
    荒らしの意図がなくても「結果的に」荒らしになっているということです。

    大体、創価に騙されて金を毟り取られ、MCの被害者である学会員の書き込みに対し、「洗脳されたカルトちゃん」などと
    小馬鹿にするのは、不快だし本人に失礼ではないですか。そのような方々を
    救うためのブログなのですよ。にもかかわらず、その被害者である方々をカルト扱いして小馬鹿にするのは
    どうでしょうか。本末転倒とはこのことです。

    学会がおかしいと感じて、迷い、悩んでこのブログに来る方も多いと思います。
    それらの方々が、アンチの人に小馬鹿にされたら、我々やこのブログの信憑性も疑われます。
    アンチこそ、丁寧な振る舞い、品位溢れる言動をしなければならないと思います。
    そして、毅然かつ品性ある言葉で正々堂々と学会の悪を追及していくべきだと思います。

    シニフィエさんがおっしゃるようにここは対話する場所です。その対話でアンチが口汚く罵っていたら
    コメントの信憑性が損なわれるということに気づくべきです。

  16. 管理人さんが言葉を尽くして語られているからでしょうか?
    みなさんの投稿に正直感動しております。

    そんななか、わたしのコメントは小学生以下ですが、勇気だして書きますね。

    池田氏がもし亡くなられたと上層部が公表したとして、多くの創価学会院は素直に嘆き悲しみ、いまこそ師匠にお応えするのだと、いままで以上に活動のボルテージが上がるのではないか?と想像するのです。
    またそれを上層部は巧みに利用すると思うのです。

    日本人には基本的に死者を憐れむ精神がありますから、何処ぞの国の権力者のように死んでも尚晒し者にするような行為はしないと思われます。
    つまり、池田氏神格化への道を真っしぐらではないかと。

    ただわたしが想像するのに、それは消える前の花火と同じで、組織力下降への前の一瞬の爆発のようなものでしょうか。

    創価学会は、それでも多彩な人材を抱えているので、その方々が、その後どう動き始めるかで明暗は分かれるのではないかと思います。

    ただわたしは、創価学会から完全に離れて行く中で、正直、日蓮仏法にも疑問を感じ始めたので、創価学会が真から生まれ変われるとは正直、期待できないですね。

    この宗教でしかほんとうの意味で幸せになれない…って、ほんとうでしょうか?

  17. 小路さん、始めまして、愉快です。

    >裁判を闘っておられる貴方がこのような発言をされたら
     後先も考えず後ろ盾が出来たと行動する無責任な人間が増えます。
     私も「煽り」としか思えません。
     軽率な発言だと思います。
     追従する人間が出てきたら、その人間の生き方を全て抱えれますか?
     弁護士の紹介だけですか?
     無責任だとしか思えません

    希望さんのことを無責任とおっしゃっていますが、
    あなたのご発言の本意を、少しばかり勘違いされる方がおられるとまずいかもしれませんね(笑)
    希望さんの発言は、シニフィエさんが、特定されるような場合を考慮しての、ご発言であるとご理解されてますよね(苦笑)

    多分、シニフィエさんに、情報の公開を求める発言者が、また出てくることをご心配されているのでしょう。
    私は、後ろ盾ができたと誤解(笑)して実名公開される方が、おられるかどうかは甚だ疑問に感じます。
    希望さんの本意は、万が一の場合を考慮しての発言であると私は確信しております。

    詳しいことはよくわからないので、友人に教えてもらったんですが、今回の騒ぎの発端は私のアンチ荒らしへの対応がきっかけであるのではないでしょうか?(苦笑)

    私が責任を取ってアク禁になるということでお話を収めていただければ非常に嬉しく思うのですが、如何でしょうか?(笑)

    よろしければ、小路さんのお話をお聞きしたいと思います。

    後、よろしかったら、あなたが、私のことをどのような存在と認識されているのかを、教えて頂けるとありがたいのですが
    (苦笑)

  18. アンチ荒らしへは、荒らしへの対応の誤りですので念の為(笑)

  19. 愉快さん、どうしたんですか?キャラがまるで違いますよ(笑)。
    それとも別の人が愉快さんを名乗っているのでしょうか。いずれにしても、普通(これまでとは違ったという意味です)のコメントありがとうございます。できましたらこんな感じでお願いしたいです。このキャラでしたら私がアク禁にする理由はどこにもありません。お願いですから(笑)これで通してください。愉快さん、こんな言い方をして失礼ですが、意外と大人なんですね(笑)。
    いやいや、困りました。先にも述べましたが、私は正直もも(ら)さんに去ってほしくない。つまりこんな誤解されたままでという意味です。ネットに無数にあるブログですから、誰がどこにコメントしようがやめようが自由なわけですが、私のほうからもも(ら)さんを排除したみたいな形はなんとも後味が悪いのです。また、希望さんにこんな誤解のために心労をかけたくないのです。私は自分のMCが解けかかったところで希望さんのブログに出会い、やっぱり学会は間違っていたんだ、そして自分の人生にとりかえしのつかない間違いを犯してしまっていたということに気づかせていただいた、いわば人生の恩人です。そして希望さんの実名を出されて本気で戦う姿に啓発されてこのブログの立ち上げを決意しました。そこでの希望さんと同様に肚の座ったもも(ら)さんの存在は大きかったし、このブログにも来てサポートしていただくことをたいへん力強く感じていました。ところが数日前の荒らしへの対応に、かなり行き過ぎたと感じる言動が見られたのも確かです。もも(ら)さんにしてみれば、徹底的に荒らしを駆逐するもも(ら)さんなりの方法だったのだと思いますし、よかれと思っての発言だったと理解しています。ただここを訪れている人にとっては、私のやり方とは対照的なことと、荒らしを煽るだけ煽るのを見ていられなくなるほどのことだったのだと思います。正直なところ私もこんな荒らしは無視してほしいと思っていました。無視すればいずれバカバカしくなって諦めるだろうと。そこで私はみなさんに「荒らしは徹底的に無視してください。荒らしの発言は有無を言わさず削除します。したがって荒らしに対する言動も同時に削除させていただきます」との旨をコメントしました。そこで一連の荒らしの発言とそれに対応していたもも(ら)さんのコメントもいっしょに削除させていただきました。その後、もも(ら)さんのコメントの表現に複数のクレームが寄せられました。私はどうしようかと悩んでいます、と書きました。それはもも(ら)さんの発言の中で多発される(爆笑)(大爆笑)をはじめ、人を小馬鹿にしたような表現が問題を大きくしているのだろうと考え、そうした表現をできればおさえてほしいとお願いしました。できないならコメントしないでほしいとも言いました。もも(ら)さんは一度は謝罪をされて、これからできるだけ気をつけますといったことを述べられましたが、なぜかその後、ここへはもう来ない、希望さんのところへも来ないでほしいとのコメントをされました。私はそんなに理不尽なことを要求したのだろうか。そこまで言われるようなことをしてしまったのだろうかとへこんでいます。もちろんもも(ら)さんを荒しと決めつけた経緯がないことは、このブログを読み返していただければわかることだと思います。さらに希望さんにまで心配してもらってのコメントをいただきました。

    小路さん、小路さんの気持ちもわかります。私のことを思っていただいてのコメントは涙が出るほど嬉しいです。ありがとうございます。ただ、希望さんに対するお気持ちには大きな誤解があるようです。こんなことになったので書きますが、まず希望さんは決して煽るようなことは言われていませんし、おそらく私は希望さんの気持ちをそのまま受け取ったと思います。そして勇気をいただきました。それだけです。希望さんは私に対して「名誉毀損にはなりません。万が一なっても優秀な弁護士が力になってくれますから、追撃の手を緩める事なく頑張ってください」という意味だったと解釈しています。とてもありがたかったです。私にとって希望さんはとても敷居の高い存在で、希望さんのブログに何度もコメントを書いては消し書いては消し、結局コメントができないままになっています。それは何を書いても希望さんの心労には届かないと思うからです。希望さんが以前、ここに「私のブログへもコメントをお願いします」と書かれました。私はなんとかコメントできるようにと、必死で言葉を探しましたが、結局思いを伝えられるような言葉を見つけることができないままになってしまいました。私は日に何度も希望さんのブログを訪れます。希望さんの起こしている創価学会への訴訟の進展が気になるからです。ここというときは私も馳せ参じる覚悟でいます。私もその気になれば信濃町で10万人規模の反対集会を開くぐらいのノウハウやネットワークを持っています。そんな力を持っているんだったらすぐにやればいいじゃないかと思われる方もいるでしょう。それくらいでしっぽを巻くような怪物ではありません。あまり具体的に言うと学会本部に本気でマークされますから言いませんが、それくらい希望さんが立ち向かっている怪物は手強いのです。それに立ち向かっている希望さんの存在は私にとってはまさに言葉もでないほど大きすぎます。少なくとも私にとっての希望さんは、文字どおり希望です。そのような方の覚悟がわかっていらっしゃるのがもも(ら)さんだと思っています。希望さんとともに本気で戦う事のできる方だと思っています。ですから、ここのブログでの言動が気に食わないという理由で逆にもも(ら)さんや、ひいては希望さんとの関係にヒビが入るのを望みません。希望さんは直接怪物に立ち向かう。私はその怪物の力を間接的にはぎ取っていく。そうした役回りで、互いにフォローしながら頑張っていけるネットワークをつくっていければと思っています。こんなことでみなさんの思いや力をバラバラにしたくはないのです。小路さん、ここではいろんな方が、それぞれのボルテージで思いを書かれます。ときには理解できないこともあると思います。私の立場は、できるだけ広いレンジでみなさんの波動を受け止めることだと思っています。もも(ら)さんや愉快さんのボルテージは、他の皆さんよりも桁外れに高いところから言葉にしています。だからとてもついていけないのだと思います。あれだけ不愉快なコメントをされて私から削除された愉快さんが、ここというときに自らアク禁まで申し出てことをおさめようとしています。私たちの願いは創価学会という怪物に捕われた多くの人に真実の声を届けることです。そこを見失ってはいけないと思います。もちろんこのブログの管理者は私です。いわば私がルールです。公平とか平等とか民主主義なんて糞食らえです。多くの人の人生を食いものにして、今なお自分たちだけ生き延びようとする怪物に立ち向かうには、見ず知らずの私たちが、こうしてネットを通じてつながり思いをひとつにすることが大事なのではないでしょうか。そしてこのブログにはこのブログのルールに従っていただく。ですから言い争いと汚い言葉は御法度です。糞食らえぐらいはOK(笑)。要は言葉の奥に秘められた真意、つまりそれがシニフィエです。これが届くかどうか。それがここのルールです。みなさま、どうかその方のシニフィエが何なのかを理解する努力をしてください。また自分のシニフィエを伝える努力をしてください。そうすればこのブログがもっと大きな波動となって、怪物に捕われている多くの人たちに伝わっていくものだと信じています。どうか、どうかよろしくお願いします。

  20. シニフィエさん、おはようございます。ご丁寧なお返事、ありがとうございます。
    私など、いつも勝手にコメントさせていただいているのです。見逃されて、拗ねるようなことはありません。
    真摯なお返事は大変あり難く思いますが、シニフィエさんの負担を考えると心苦しいです。

    希望さんのおっしゃるように、返事は最小限で、もしくは新しい記事をアップされた時にまとめてという形で
    とにかく、シニフィエさんの負担にならないようにされてください。

    乾河原さんからは、先のコメントでお返事いただいております。
    シニフィエさんとほぼ正反対のお返事でした。しかし、私は不思議とお二方の意見を「なるほど」と思いました。

    私は、主に両親を通して学会を見ていますので、シニフィエさんの意見にほぼ賛同なんですが、
    その反面、変わってしまったのは学会員からしたら私のほうなんだということも、分かっています。
    実際は、変わってはいません。私の本心を、周囲が知らなかっただけなんですけどね。
    それは、私から見た学会員の姿も同じなのかもしれないなと、お二人のコメントを読んで思いました。
    対話とは面白い物ですね。自分と全く違う意見を「ふむふむ」と聞ける機会は、なかなかありません。

    そもそも、シニフィエさんが対話を求めていて、そこからこのような場を作られたんですものね。
    だから、シニフィエさんが管理で忙しく対話に参加できなくなることは、本末転倒なんですよね。
    なんですか、このジレンマは(笑)
    管理をお手伝いできれば、一番いいんでしょうけれど。削除ならサクサク出来ますよ(笑)

    テーマがテーマですから、今後も各方面から様々なアタックがあると思います。
    私は、もも(ら)さんのコメント自体は、そこまで叩かれるような物なのかなと正直思います。
    愉快さんのコメントもそうですが、ある種の勢いが受け入れられない人にはそうなのかもしれませんね。
    私は、あの勢いのあるコメントは、それぞれの内なる正義の表れだと解釈していました。
    だから、「その言い方はちょっと控えてください」「すみませんでした」で終わったことだと思っていました。
    この数ヶ月の流れの中においては、私はごく自然に感じていたんですが。正直寂しいです。

    シニフィエさんがルールなのは当然なんです。それは、この場に書き込む全ての人が尊重すべきマナーです。
    どうか、ご無理なさらないように。私は、変な人をスルーすることしか出来ませんが、応援しています。

  21. おはようございます。あおみゆと申します。
    あえて控えておりましたが、「もも(ら)」さんのコメント等について、一度だけコメントさせて頂きます。

    私は「もも(ら)」さんや「愉快」さんのコメントは大好きです。
    しかし、このシニフィエさんのブログにおいては、若干場違いな気がします。

    私は、創価学会について本格的に悩み初めてから、まず「創価学会ノート」を知りました。
    そこから「対話を求めて」を知り、さらに「白バラ通信 パンドラの箱」を知りました。
    これまで、他人のブログには全く興味がなかったのに、今では、この3つのブログは、ほぼ毎日訪問するようになりました。
    ですから、希望さんのブログのコメントを拝見し、「もも(ら)」さんと「愉快」さんが、
    どのようなコメントをなさるかは、十分存じてるつもりです。

    「もも(ら)」さんと「愉快」さんのコメントは、話題が豊富でわかりやすくて痛快で、
    わかる人においては非常に楽しいコメントだと思います。
    しかし、私のような人間は、その中に飛び込んでコメントすることに躊躇します。
    事実、応援していることを希望さんに伝えたくて、一度だけ「今だ!」というタイミングで
    希望さんのブログにコメントしたことがありますが、私にとってはそれで十分だったので、
    今も引き続き閲覧のみでコメントするには至っていません。

    このシニフィエさんのブログは、創価学会について対話をするために立ち上げられておられますから、
    「どんな人でもコメントしてくださいね」と、対話しやすい環境を作っておくことが最も重要だと思います。
    私は、シニフィエさんのこちらのブログでさえも、初回のコメントを投稿するまでに相当様子を伺っていました。
    そう考えると、「もも(ら)」さんや「愉快」さんのコメントは強烈すぎて、
    私のように、コメントしたくても引いてしまう方が多数いると思うのです。

    特に、このブログの対話の対象が「創価学会の真実」ですから、
    対象となる現役の学会員の方は、私のようにブログにも疎遠だった人が多いと思います。
    そんな方々が、何かをきっかけにこのブログに引き寄せられて、
    「ここで私の考えを聞いてもらおうかな?」と考え、勇気を出してコメントできるような環境作りが必須だと思います。
    そう考えると、新たな記事を立ち上げるたびに、新たにコメントしようとする方がコメントしやすいよう、
    毎回丁寧に記事を載せていらっしゃるシニフィエさんには脱帽します。

    「もも(ら)」さんと「愉快」さんは、創価学会に対してはっきりとした意見を持っていらっしゃると思うので、
    ここでコメントされる方の質問に答えてくださるとベストだと思うのですが、それは叶わないのでしょうか?
    私は是非そうしてほしいです。
    (ただし、希望さんのブログでよく使われている「(爆笑)」とか「おまけ」とかいったコメントは、
    新規参入者のために、このブログでは避けて頂いたほうか良いと思いますが…。)

    また別件で、希望さんがシニフィエさんのコメント量を気にされていましたが、
    シニフィエさんは、希望さんのお気持ちは十分承知されていると思います。
    しかし、この中で一番対話をしたいのはシニフィエさんだと思います。
    ですから、コメントの仕方にまで言及されなくても、
    シニフィエさんにとって「いい加減」でコメントされるのを見守って差し上げたらいかがでしょうか。

    以上、シニフィエさんのブログ上の10000人の1人として、どうしてもお伝えしたくてコメントさせて頂きました。
    そして、少しでも早く、10000人の創価学会の真実が集まることを期待しています。

    最後に、希望さんのブログ及び希望さんのブログにおける「もも(ら)」さんと「愉快」さんのコメントを、
    引き続き楽しみに拝見させて頂くきますことを申し添えて、終わりにさせて頂きます。

    長文失礼しました。
    シニフィエさん、くれぐれもご無理はなさいませぬよう・・・。

  22. シニフィエさん、おはようございます。

    希望さん、おはようございます。初めまして。

    希望さんは、学会を相手に訴訟を起こされているのですね。
    心中、お察し致します。良い弁護士さんをお知りのようなので
    しっかり、準備はされていると思いますが老婆心ながら少し気に
    なった事をコメントさせて頂きます。なにしろ、相手が相手なので・・・。

    日本の裁判所では、残念ながらいたるところで偽装裁判なるものが
    行われているようです。もうご存じかもしれませんが、下記のブログ・・・

    「ビックリ写真集 あなたもやられている・・・裁判所の不正に郵政が加担」

    2011/11/13 13:13:30 「速報!偽装裁判の説明が動画に・・・」

    http://app.m-cocolog.jp/t/typecast/629100/530448/70534217

    この中の動画の説明でもある通り日本の司法は、ここまで腐りきって
    います。私はこれを初めて見た時、正直日本で生きているのがイヤに
    なった程です。

    希望さんの場合は大丈夫でしょうが、多くの場合弁護士、そしてその事務所が、
    検察、裁判所と結託しているようです。

    今回は、民事なので検察は関係ないですが、本当にやり切れない思いです。
    高倉教授の裁判の方は大丈夫でしょうか?もし良かったらお伝え頂けませんか?

    とにかく、裁判関係の資料、送達の封筒に至るまで大切に保管して下さい。
    後日、重要な証拠になるやも知れません。

    今、係争中の「小沢裁判」も法廷で行われる重要な証言はメディアが歪曲して
    報道しています。
    小沢さんの政策は、「対米依存脱却」、「アジア諸国の結束重視」ですから
    アメリカのバックの国際金融資本、そして彼らと結託している「統一教会」
    「創価学会」とその息のかかった連中にとっては、小沢さんは目障りなのです。
    だから、メディアもグルになってあれだけ叩くのです。

    世界の本当の権力者は、デビッド・ロックフェラー率いる国際金融資本です。
    「統一」も「創価」もその手先となり日本をいいように、食い散らかしています。
    今のアメリカは日本から絞りとった金で、生き延びているといって良いでしょう。
    だから、日本と中国、韓国が友好的に経済的に結束するのが脅威なのです。

    北朝鮮を使っていつでも、東アジアで戦争を惹起できるようにしているです。
    考えてもみて下さい。国民に配る食糧もない国が核開発などできるわけがない。
    スポンサーがいるのです。「国際金融資本」+「統一」+「創価」です。

    これで、尖閣諸島、南京大虐殺、靖国神社、竹島、従軍慰安婦問題、在日朝鮮人蔑視問題
    であれだけギャアギャア騒ぐ意図がおわかりでしょう。日本国内の右翼街宣も同じ事です。
    彼らのバックでCIAが糸を引いています。こういう構造なのです。創価の本当の怖さは
    このあたりにあります。

    彼らは常に日本、中国、韓国を「分断統治」しておきたいのです。かつての欧米列強が
    世界各地で行った植民地時代の手法そっくりそのままです。正に「歴史は繰り返す」です。

    日本を取り巻く諸問題は、純粋にアメリカの経済問題だったのです。アメリカの国家破産が
    目前にせまっています。だから、今シリア、イランを挑発し戦争を起こそうとしているのです。
    軍需産業は儲かる、石油は値上がりする、有事に強いドルの信用は上がる、戦後の復興
    重要でまた儲けられる、イランの石油は手に入る、とアメリカにとってはウハウハです。

    「小沢裁判」を日本の危機と捉え取材されているブロガーがいらっしゃいます。
    元高校教師の「熊木和枝」さんです。ご存じの方もいらっしゃるかもしれません。

    「和順庭の四季おりおり」

    http://wajuntei.dtiblog.com/?i&menu=prof

    このブログ記事の中で「小沢裁判」がいかに汚れきったものであるかを一市民の目として
    伝えてくれます。
    飽きれかえるのは、記者席と称する席があるにも拘わらず、ほとんど空席であるという事。
    裁判所の外でメディアが「ウィル」、「アプローズ」なるダミー会社にアルバイトを遣って傍聴券を
    買い占めさせて、一般傍聴者をなるべく傍聴させないようにしている事です。これに裁判所側も
    結託しています。そして、荷物検査はかなり厳重に実施されるようです。
    ここまで、ヤツらはやります。

    この他にもひどい裁判事例が紹介されていますので、ぜひご覧下さい。裁判所の実態がわかります。
    必見です!!                                          
                                                           -NRー

  23. ちょっぴり意志の強い中高年主婦(2月6日09:45より)
    >乾河原さまへ
    >皆さんの意識を変えるのには宗教が一番では・・・本気でそう思っているのですか?
    >今のマスコミ、テレビ、新聞が真実の報道を流せば国民の変革はされると思います。
    >国民の意識の変革は宗教ではなくて今のマスメディア、報道を変革することではないでしょうか?<

    ちょっぴり意志の強い中高年主婦さんへ。
    非常にご返事が送れて申し訳ありませんでした。私は実際の所(ブログコメントの初日にも書きましたが)全くの政治音痴です。政治が生活にとって、また国の政策にとって大事だということは重々承知しています。が、政治活動というのは自分にとっては鬼門なのです。もし出来ることなら支援活動は学会の活動から削除してほしいと真剣に思っている人間です。そんな人間の政治に対する意見ですので、そういう心づもりでお読み下さい。
    私は宗教家(団体)が特定の政党を応援することに関しては、全く自由だと思っています。どんな人間、団体でもこういう事をやってほしいとか、こんな事が政策で決まるとありがたいな、という思いは普通のことだと思います。そういう団体が或る人間を応援していく、また自分の団体からそういう気持ちを持った人を出してその人を当選させようという気持ちは、とても正常な感覚だと思います。
    なぜ宗教団体が政治に関わるのがだめなのか、全く理解できません。もし戦前の神道のことを考えているのであれば、これは間違いです。戦前の政治家、軍部が利用したのは宗教ではなく、神道の軍部自身にとって都合のいい部分をつまみ食い(チェリー・ピッキング)しただけの話です。そもそも神道とは宗教ではありません。民族伝承をまとめたものです。それが仏法が入ってきてその教義を自分に合わせて宗教のように振る舞っているだけなのです。
    戦前の軍部は自分のやりたいことを神道の都合のいい場所から取ってきて、(現人神であられる)天皇の思し召しだとの話で、自己の行動に重みを付けただけです。決して神道から軍部を動かしたとかではないと思っています。
    純粋に宗教から軍事行動を起こした典型的な例は第一回十字軍、それだけのような気がします。第二回以降はかなりグダグダのものになっていいます。
    宗教は、少なくとも仏教に関しては、人間がその中心にいます。人間をどうすれば強くしていけるか、また、どうやれば今の自分の生活をよく変えていけるかということを徹底的に追求し続けているものです。

    日本人は宗教に対して非常に無知だとよく言われます。確かにそうだと感じます。仏教とキリスト教の区別も出来ない人もいるし(ヤーベ神の教えも仏陀の教えも最終的には同じだと平然と言い張る人も多いです)、キリスト教の簡単な教義にも全く無知な人も多いです。(新約聖書と旧約聖書の違い、預言者とは何かとか)
    ある事物に対して無知な人は、そのものに対して恐怖感が沸き、また、それに対しての忌避感を中心にそのものを考えるようです。(ネット環境を非常に怖がるとか、昔で言えば、ラジオは人間を駄目にするものだとか)触るべからず、考えるべからず…。それが主とした考えであれば、宗教がくっつく何事に対しても「とにかく駄目!!「何だか分からないけどいやだ!!」
    韓国蔑視と結構にています。批判のための批判。為にする批判。正常な批判精神は微塵も感じられません。
    もっと宗教全般に対しの理解力を付けていくべきだと思います。それからゆっくり批判なり、だめ出しなりをしていくべきでしょう。

    また、マスコミを替えれば世の中が変わる、という考えにも与しません。なぜかというとそのマスコミは世論をバックに運営されています。世論を無視してTVなり、ラジオなりの運営は不可能でしょう。世論は勿論民衆の常識、総意(でなければ中間的な考え)であることは確かだと思います。マスコミが情報操作しているとのご意見ですが、若干はあると思います。が、そんなに大きな(決定的な)情報が隠されているとはとても思えません。「陰謀論」からすればそういう仮定をすると非常に話がふくらんで面白いでしょうが、マスコミの中の人間も我々と同じ千差万別です。上意下達に馴れている人もいるでしょうが、また、独立独歩の人もまた少なくないと思います。
    マスコミ陰謀論は、あまりにも人間を馬鹿にした、また均質化した物語だと思います。

    学会と政治との関係からはかなり離れてしまったかもですが、私の貧弱な知識、経験で必死で以上の回答を書いてみました。
    以上です。

  24. シニィフィエさん おはようございます。 桃太郎です。

    外部の者ですから、コメントは憚られるのですが、たまらなくてコメントをさしあげます。
    深夜3時の貴兄のコメントに涙がおさえられませんでした。ご自分の信念を述べられるだけでなく、なおその上様々な立場で発言される方を気遣っての言葉に、私の心は震えました。夜遅くまでコメント返しを無理なさらないで下さいますようお願いいたします。。身体が 壊れてからでは遅すぎます。貴兄に倒れられたら多くの人たちが行き場を失います。貴兄お一人だけの身体でないことはお分かり頂けると思います。

    万が一の場合への対応として、高倉先生はコメントをされています。顔と顔を見合わせながらの対話でないだけに、ほんのちょっとし言葉の使いようによって、自分の本意を遥かに超えた気持ちが相手に届いてしまうこともあります。コメントを受け止める側の立ち位置の差、受け止める人のその時々の精神状態のずれなどによって、送った人の意図とはずれて、過大に又過小に感じられることも多分に起こってきます。
    高倉先生のコメントは「煽り」ではありません。真意がどこにあるか、あの直前のコメントのやり取りで貴兄の心配を和らげようと深く思い至っての「励まし」の言葉であって、誰でも軽々に「訴訟起こせばよい」という意味での発言ではないことは明々白々です。
    他の言葉尻をとらえてであれば、なんとでも発言できます。対面していたとしたら、あんな非難の言い方は出てこないのではないかと思われます。
    同じように、「もも(ら)」さん、「愉快さん」のコメントに対しても、多少の言葉の扱いに品位を欠くところがあったにしても、シニィフィエさんへの応援の気持ちが基底にあってのこと悪意は無いことも明らかであり、気づかれた人があればその時やんわりと忠告してあげれば済むことです。暫らく経ってから、他の人に便乗する云い方でもって非難するのは、人間的な品性としてどうなのかなーと感じたのです。他の人から批判を受けるときに一番不快感の強いのは、その時すぐに気づいたところを述べないで、他の言葉に便乗しての批判でしょう。これは批判ではなく 「なじり・非難」でしょう。私も、いつも後になって悔やまれることが多いので、「ひとの振り見て我が振り直せ」と自分を戒めています。
    言葉は丁寧でも、「悪意をかくしている人」 「人間的に腐っている人」 も世の中には多いですから・・・。「丁寧な言葉」で背すじの寒くなるような意味ありげな「怖いこと」をさりげなく投げかける紳士然とした、どこやらの「組織」のお方もおられますからね・・・。「対話を求めて」ではあっても、ブログ上の発言は、一方的・片面的な結果を生んでしまうこともあります。対面してであれば、どのように言ってあげられるだろうかと、いつも心しておきたいものですね。
    それにしても、高倉先生のお人柄に並ぶほど、貴兄の、他への心配り、コメント・言葉の温かさ、とても品位あるお人柄を感じて、このブログを見させて頂いています。私よりも10歳も若いのに、すてきな方だなーと学ぶべきところが多いです。

    別件です。貴兄の「創価学会は宗教団体ではない」についての捉え方・考え方を、今現在の私の粗末な学習の範囲においてですが、全面的に指示します。
    < 改革も何もないのです。昔の創価学会が本来の宗教団体としての役割を担っていたということであれば話しは別ですが、元々そうではなかったんだということに気がついてから、私は勤行・唱題をすっぱりとやめることができました。>
    〇「創価学会」が宗教団体ではなくなったのは、何時頃からなのか、又何を狙ってのことなのか、ということについて私の粗末な勉強では、昭和35年池田会長がすべて導いたものであると、捉えています。池田氏にとっては宗教は「金」「名誉」「権力」を集める道具でしかありません。会員の方たちは搾取される犠牲者です。衆議院選挙に進出したのも池田氏の考えからです。日本の政治にとっては大変不幸な状態を戦後政治に残し続けています。創価学会は、「宗教の仮面」を被った「政治団体」です。会員の皆さんが実体験を以って証明してくれています。

    <学会の組織の構造がどうあれ、その前に創価学会が宗教団体であることの必然性をそれらの活動から導くことができるとは思えません。日蓮仏法の教義や信仰形態は人を疑うことを知らない人の純粋な心の隙間に入り込むための手段ではなかったでしょうか。>
    〇創価学会は「日蓮仏法」ではありません。日蓮聖人の名を悪しく利用した 「創価仏法」 です。創価仏法は昭和44年頃既に徹底的に「教義」を論破されています。( 『創価学会・公明党の解明』:福島泰照著、 昭和44年・展望社刊) 
    〇昭和44年に藤原弘達氏の『創価学会を斬る』への出版妨害事件が起きています。同じ年、植村左内著『これが創価学会だ』:( 昭和45年・あゆみ出版刊) が元学会幹部の証言として出版されているが、これについては昭和42年出版妨害があり、裁判沙汰とされていて、創価学会側が敗訴している。
    〇 『変質した創価学会』 :蓮悟空著 (昭和47年・文藝書房刊)では、現創価学会大幹部の証言ということで当時の組織内について具体的に述べられている。 
    〇 『創価学会からの脱出』:羽柴増穂著 (昭和55年・三一書房 )では、創価学会が宗教団体から集金システム、権力システムへの変貌していく姿に激しく失望した信仰心の篤い方の慟哭の書が見られる。

    <座談会は、高度成長の裏側で隅に追いやられ疎外されてきた弱者に偲び寄る甘いささやきだったと思います。時代が失いかけてきた人々の身近なつながりを巧みに利用した洗脳強化のシステムであったと見えてきます。>
    〇「統一教会」「モノミの塔」などの本を読んで、創価学会の洗脳強化システムとほとんど変わりはありません。
    〇「カルト」について近年多くの書籍が出されていて、M・Cの巧みな手法について学ぶことができますが、どのM・Cの本をみても、創価学会の組織活動そのものがM・Cするための活動と重なって理解できます。
    〇50歳過ぎの方が自分の判断と自己責任とにおいてに入信される問題と、生まれながらにして「入信?」といえるかどうか理解できない世界に嵌められてしまうという問題とは、同じ平面では論議できません。悲劇的な事件が現象として身近にも数え切れないほど起こっています。子供の人権はどうなるのでしょうか? 自分の人生を自分で選べない。これほど残酷な人生はありません。

    < 創価学会の末端の会員は自分の人生の選択を放棄しているように思います。いわゆる学会活動というのは自分の人生を自分で考える機会を根こそぎ奪い取る。『そんなこと悩んだり考えたりする暇があったらお題目をあげなさい。・・・結果がでるまでご本尊に祈ることです。』・・・・・、自分や家族の人生よりもイケダセンセイが優先されることを信じて疑わなくなる。この異常な事態が以上と分からないのだから・・・・、日本には洗脳に気づかず一生を終る・・・・、重い気持ちになります。

    こんな悲しい日本から明るい日本にしたいですね。長々とすみませんでした。

  25. シニフィエさん
    先程、コメントさせて頂きましたが
    「あなたのコメントは承認待ち」です
    と表示されました。システムエラー
    でしょうか?

  26. 失礼します。 字句の訂正です。

    全面的に支持します。→ → 「支持」します。

  27. 希望さん

    希望さんは、●●●●でしたね。
    私のコメントのなかで勘違い
    がありました。
    申し訳ございません。

  28. 乾河原さんへ

    >なぜ宗教団体が政治に関わるのがだめなのか、全く理解できません。

    簡単な話、政教分離原則があるからです。

    >そもそも神道とは宗教ではありません。民族伝承をまとめたものです。

    はい、それも一理あり正しいと思います。ですが、宗教でもあるのです。
    この様に断定は出来ないし、事情は複雑なのです。

    仏教でも、色々な宗派がありその中でも日蓮仏法が教義的に最高の位置にありますね。
    それと同じ様に、神道にもそう言う事はあります。

    聖書だって、あれは宗教書ではなく単なる歴史書だと言う学者もいますし、私も同じ見解です。
    もとはヘブライ語で書かれたものですが、ギリシャ語→英語→日本語へと訳されるに従い、意味するところも変遷して行った可能性があります。文章の一語が違うだけでかなり意味合いが変わってしまう為、断念しました。
    この様に研究した時期がありました。

    >少なくとも仏教に関しては、人間がその中心にいます。

    そうでしょうか?
    このブログに寄せられる現状を見るにつけ、宗教を使いこなせるどころか?逆に悪い方へ飲み込まれる人の多い事か?
    考えさせられますねえ。
    思ったほど、単純ではないのですよ。

  29. 昨日のニュース、本日の新聞をご覧になればわかると思いますが、
    政府の自殺対策強化月間の標語「あなたもGKB47宣言!」に批判が続出したことを受け、
    「GKB47」のキャッチフレーズの使用が中止され、ポスター25万枚が回収・廃棄されることに
    なりました。これは、自殺を考えている人に失礼・不適切な表現であるとの周囲の指摘を受けたものです。
    この標語を作った政府の役人だって、自殺しようと思っている人を馬鹿にしたりしようと思って
    いたわけではないことは、誰だってわかります。故に
    「決して馬鹿にしようと思ったわけではわけではないんです。誤解しないでくださいね」
    と、説明して納得してもらえることですか?そうではないので、多額の費用・労力をかけて作製されたポスターが
    回収・廃棄されたのです。

    何がいいたいかと言いますと、「悪意があるわけではないので、誤解のないように」
    などの問題ではなく、どのような意図であるかに関わらず、ある表現をしてそれを不快に思う人が
    いるということです。それが良かれと思ってしたことであってもです。
    今回の件でも、1人2人ではなく、複数の人がそう思っているのです。
    付け加えるならば、そのように思っていてもここにその旨を書き込みしたのは、
    その中の一部だと思います。
    実際はもっと多くの人が同じように思っていることでしょう。

    不快に思わない人もいるでしょうが、不快に思う人も多数いることは
    これまでのやりとりから明らかではないでしょうか。

  30. 2012/2/8 13:20 アレックスさん

    的確な解説、ありがとうございます。

    宗教の事など全くわからない私とっては

    非常に勉強になります。

  31. もう、もも(ら)さんや愉快さんに関することは、sinifieさんが言葉を尽くされてお話しされているので、もうENDでいいのかと思うのですが、このことに関して最後に一言。
    あおみゆさんの投稿に深く共感します。
    マインドコントロールを開放させている最中に、あのパターンの書き込みは正直、心の傷に障るのが事実なんですね。
    桃太郎さんご指摘のように、言いたいことがあるのなら、その場で申せば良いとのことですが、ご尤もすぎるお言葉で、反論もありませんが、その場でハッキリと物申す人は、そもそも創価学会のマインドコントロールに身を委ねたりはしません。
    なにかイヤだな、おかしいなと思っても呑み込んでしまう癖があるのだと思います。

    だから、あとになろうが先になろうが、想いを素直に勇気を持って発信した人を尊重すべきだと、わたしは考えます。

  32. aiさんに賛成です。
    問題のお二人のデリカシーのない表現は嫌悪感しかなく、深刻な雰囲気をこわしました。希望さんのところも。
    わたしも書き込みたかったけど、とても近づける空気ではないような気がして。
    これでは10000人なんて100年かかります。
    ごめんなさい。ROM専にもどります。

  33. NRさんすみません。いまNRさんのコメントを見ました。承認待ちになっているとのことで調べてみました。決して私の意思でかくしているわけではありませんので、まず誤解のないようお願いします(笑)。それでNRさんのコメントが表示されない理由がわかりました。このブログのスパム対策のひとつとして、ひとつのコメントの中にリンクを2つ以上入れると自動的に承認待ちのあつかいになる設定になっていました。いまそれに気づいたので承認ボタンを押して表示したところです。私も知らなかったことですのでお許しください。いたずらに他のサイトへ導くような悪意のある書き込みを防ぐための設定のようです。ですからリンクを入れる場合には、一つのコメントにひとつだけ入るように、二つ入れたい場合はコメント自体を二つにわけて投稿していただけると大丈夫です。ご心配おかけしました。ほかのみなさんもリンクを入れる場合はそのようにお願いします。

  34. >おそらく、今田利次郎様のコメントは、「『創価学会のような詐欺団体』という表記は、名誉毀損にはならないと思います。

    (ならないと思う)という発言がおかしいのです。
    なるのか、ならないのか。なるなら発言を撤回すればよいし、ならないのなら書き込んでもよい。
    それでいいんじゃないでしょうか?

    >創価学会本部が「名誉毀損」で提訴したら、堂々と受けて立てば良いのです。

    どうして他人様が落としていった書き込みの為に、わざわざ裁判をうけなければならないのですか。
    争わないでよいことは避けるべきだと思います。
    お勧めいただきましたが、あなた様のブログも読みません。あなた様のプライベートな話題に介入することになるので
    読みませんしコメントもしません。
    あなた様のお考えと私の思想とは交わらないと思います。
    今後はあなた様のご意見にコメントすることはいたしません。
    小路さん元活動家さんご意見ありがとうございました。

  35. シニフィエさん
    丁寧なご説明ありがとうございます。
    丁寧すぎて、却って恐縮します。(笑)
    シニフィエさんのお人柄は、コメントを読めばわかります。リンクの件、了解致しました。
    なにやら、希望さんをバッシングするコメントが相次いでいますが、シニフィエさんならもうお分かりですよね。実に分かりやすい方々です。

  36. 突然、流れを変えるようですが、池田氏が亡くなったことを上層部が絶妙のタイミングで公表することにより、次の選挙で創価学会員に火がつき、狂爭的な選挙活動が始まることをわたしは何よりも畏れます。
    政治に無知な学会員が会合で幹部の煽動にいとも容易く乗り、ただ、選挙活動で功徳?や宿命転換?するのだと狂ったように選挙活動をして行く。
    そしてそれを日本を良くすることだと?使命感に燃えて生活や家族、子供たちを犠牲にして、思うほど非常に哀れです。

    ただわたしが申したいのは、そのお蔭で日本の社会は、益々混迷を深め、もしかしたらもう再起不能になるかもしれないと深く畏れるのです。

    NHK国会中継などを時たま見ると、公明党議員の発言に、心から驚かされることが多いです。
    悪いけれど、公明党は権力側、経済界に阿る正当であることが理解できるでしょう。
    学会員が信じているように、決して真の意味から国民のほうへ向いて政治など行ってはいません。

    会合で幹部の話しを鵜呑みにするまえに、実際に自分で見て確かめて見ればいいのにと思いますが、学会の方々は日々の活動に追われ時間貧乏で、その心のゆとりすらないのが現実のようです。

    無知な学会員が、池田氏訃報を知ったあと、まるで沈没しそうな船のネズミのように右往左往して本来の生きる本能を失わないようにお願いしたいですね。
    せめて、闇雲に選挙活動に走り出すのだけはやめて欲しいです。
    それは、自ら闇へ突進させるようなものだからです。
    思慮深くなって欲しいと願わずにいられません。

  37.  シニフィエ様、桃太郎様、NR様、長文のコメントを頂き、ありがとうございました。

      シニフィエ様におかれては、どうかお気軽に、私にご連絡下さるようにお願い
    申し上げます。私は、敷居の高い人間ではありません。

      桃太郎様には、心より厚く御礼申し上げます。今後ともよろしくお願い申し上げ
    ます。

      NR様には、お気遣い頂き、ありがとうございます。日本の裁判所の実態は、
    私の訴訟代理人である弁護士の生田暉雄先生が、良くご存知です。

     最後に、今田利次郎氏が、私のコメントの「ならないと思う」という表現が(お
    かしいのです。)と述べておられます。ご承知のように、名誉毀損罪に該当する
    かどうかを判断するのは、裁判官が、具体的な事件における判決においてです。

     したがって、「ならないと思う」という表記以外は不適切であると思います。少な
    くとも、法律に関する研究者で断定的に記述される方はおられないのではないか
    と存じます。

     なお、この件については、原則として、これ以上コメントを投稿するつもりはあり
    ません。 

  38. 訂正します
    × 権力側、経済界側に阿る正当である…▶○阿る(おもねる)政党…

  39. 投稿ついでに
    わたしは希望さをバッシングする気持ちなど毛頭ありません。
    sinifieさんもですが、巨大な創価学会と真っ向から立ち向かわれていくその姿は、とても想像を絶するもので命がけであると思っています。

    その中でのわたしの立ち位置は、自分も過去そうであったように、いま現在創価学会の組織で悶々としている純粋な方々の気持ちが少しでも軽くなればとある意味、おこがましい気持ちからです。
    確かに、このようなBlogは、わけのわからない人も集まってくるでしょうけれど、同じように希望さんのことを言われた方の中にも、もしかしたら、ただ純粋に想いを発信した方もいるかもしれません。
    sinifieさん含め、少し疑心暗鬼になられているかな?と感じています。
    また、もも(ら)さんや愉快さんも、その疑心暗鬼な想いが発端となり、あのような激しいコメントが飛び交ったのだと想います。

    少なくとも、今田?さんと、元活動家さんと小路さんは、それぞれ全く違う意見を持っているとわたしは想うのですが、違うでしょうか?

  40. 11:28の乾河原さんへ

    >私は宗教家(団体)が特定政党を応援することは自由だと思います・・・・・

    あなたは芯からのバリバリの学会員さんなんですねぇ~~

    それは根本的に私は違うと思います。

    私も女子部大B長としてバリバリ活動していたころは外部の方たちに宗教が特定の政党を応援してどこがおかしいのかと散々言い続けてきましたよ。

    もちろんあなたの言うように宗教している方だって国民の一人として個人個人が特定の政治家を応援することに関して悪いと言っているのではありません。

    それはこのブログを読んでいれば誰もそんなこと言ってはいません。

    学会員の皆さん個人個人の応援jすることに誰もおかしいとは言っていません。

    でもね~宗教法人として創価学会が一団体として選挙活動を命がけでやっている今の現状はどう考えてもそれは政教分離という原理原則を今一度からよ~く勉強していけばわかることだと思うのですが・・・・

    それと政教一致がどれほど恐ろしいことになって行ったかは歴史がそして日本の政治運営をみていると実感できることだと思いますが・・・・・・

    それは心ある方たちに今わかってきています。

    私は脱会してあ~ぁ~このようなことになってくるので政教一致というものがいけないと言われ続けていたんだとわかってきました。

    私も政教分離と政教一致ということは学会の中にいるときはどうして悪いのか全くわかりませんでした。

    身近な政策をかなえるのも政治の一つでもありますが・・・でも大事なことは世界の情勢を見て日本の未来をみすえて行くことが政治の大きな仕事でもあります。

    それと・・・・私はマスコミが替わればと言っているのではありませんよ。誤解のないように。

    マスコミ、テレビ、新聞等々が本当の真実を報道するようになれば・・・・今起こっている世界、日本の真実を知ればおのずと、国民の意識の変革ができると言っているのです。

    今世界、日本の元凶は真実の80%は伝わっていないといわれています。

    20%の真実しか流れていない中で意識の変革はとてもじゃないけど難しいのでは・・・・・。

    その中で国民私たちは20%だけの流れる報道の中で私たちが操られ踊らされていることもあるのではないでしょうか?

    今一度疑ってみるのも大事だと思います。

    あとは個々が中立の処から本当のところはどうなのか?と勉強するしか本当の意味で分かるというのは難しいことですね。

     

  41. ついでにもう一言
    sinifieさんもお気づきであると思のですが、乾河原さんが、前々から、次はこのことを語りますと、項目ばかり述べて、その題材がもう論文並みにたまっているのが、わたしとしては非常に不思議です。
    政治の世界でよく言われるように、まるで、どんどん問題を先延ばしにしているようです。
    わたしの勘で申し上げると、非常に気持ち悪いです。
    まあ、sinifieさんは、既に分かっていらっしゃるとは思いますが

  42. あの手この手ですね
    見破る目を持って欲しいものです

    見破ったら、その人には相手しないことです

    人の非難ばかりしてないで
    本来の話題に戻しましょう

    なぜか組織の策略にやられているような気がします

    あたかも、組織の都合の悪い話から
    話題を逸らそうとしている方達がいるようです

  43. 事を掘り返すようであれですが、言いだしっぺとしてここまでことが大きくなってしまいなんだか申し訳なく思います・・・
    書こうか書くまいかとても迷ったのですが、あのような言葉遣いが続くようだと
    自分も快く思えないしもも(ら)さんにとっても管理のシニフィエさんにとってもいいことはでないのでは・・・と考えて書いたのですが
    私の方ももう少し丁寧に書くべきだったかもしれません。
    ですが、あちらの方からご丁寧な謝罪のお言葉があったので(そこまでしていただこうとは思ってもいませんでしたが)
    思いが伝わったものとしてほっとしていたのですが・・・
    結果的にシニフィエさんと袂を分かつようなことになってしまってとても残念です。
    (シニフィエさんのおっしゃったことは私にはとてもよく理解できました!)
    ただシニフィエさんがとても気にしていらっしゃる希望さんとの関係は今後も良好に保たれるようでよかったです。

  44. そこそこ幹部のみなさんへのタイトルの中身、現在の池田氏のことからかわされちゃいましたね??

  45. aiさんへ

    こんばんは。

    aiさんが、希望さんをバッシングしているなんて、私は全く思ってませんよ!

    シニフィエさんが言われるように、文字だけで伝えるのって難しいですね・・・。

    20:23のコメント、お気持ちよくわかります。その通りだと思います。

    aiさんの選挙の話、充分あり得ますね。ナルホドそういう手があったかって思いました。

    残念ながら今の政治家は、私腹と保身の事しか考えてませんね。

    ちょっぴり・・・・・主婦さんへ

    おっしゃる通りだと思います。よく勉強されてるなと感心致しました。

    自公政権時代、「政」が弱く「教」が強い党がなまじ権力の片割れにいたんで

    日本は、おかしくなったと思っています。貧富の格差かなり拡がりましたからねえ~!

  46. >名誉毀損罪に該当するかどうかを判断するのは、裁判官が、具体的な事件における判決においてです。

    希望さん、この件に関して私も最後の発言とさせていただきます。
    判決でしか判断できかねることを書き込む行為は、「無責任」です。
    貴方がどうお考えでおられるかわかりませんが、私個人の感覚では貴方は「無責任」です。

    愉快さんから私へ書き込みがありますが、

    >後、よろしかったら、あなたが、私のことをどのような存在と認識されているのかを、教えて頂けるとありがたいのですが(苦笑)

    文中(笑)(苦笑)連発でとても不愉快です。
    二度と私に話しかけないで頂きたい。

    管理人さんもよく(笑)をお使いになるが、語気を和らげたいのか、ジョークにしたいのか、
    友達同士のメールやらチャットやらなら理解できるが、人生かけた信仰のブログでいちいち毎度毎度何をヘラヘラできるんですかね。
    一部の人を除いて、みんな真剣ですよ!!私も二世で未活です。カルトだマインドコントロールだと人のせいにしますけど
    財務がどうのいいますが、大半の責任は自分自身にあるんですよ。
    親にむりやりとか、組織に無理やりといいますが、子供じゃないんだ。断れなかった自分が一番悪い。
    そんなことも理解できずに、10000人恨み節集めても、何もかわりません。
    自分を変えないと駄目です。
    私も自分を変えれていません。逃げてます。言い訳ばかりで生きてきてます。
    このブログ読んだら全員同類です。傷なめあってます。
    自分を変えないと一生繰り返しです。何度でもいいます。今までの活動の責任は全部自分にあります!!!
    強要されて金はらったら恐喝じゃないか。そうじゃないでしょう。いろいろ言い訳するけど
    財布開けて財務はらったのは自分自身です。
    頑張りましょうよ皆さん。

  47. NRさん
    ありがとうございます
    疑問に思ったことや、誤解を与えてしまったかもしれないと感じたことは、その場で言葉にしていかないと、誤解が誤解を呼び連鎖して行くと過去に学習したので、敢えて勇気を出して言葉にしてみました。
    じゃないと不信感や疑惑がお化けのように膨らみ収拾がつかなくなります。
    実際に会ってお話しすれば、目や顔の表情、声色など五感を通して真偽はある程度理解できますが、文字だけの世界は難しいですね。

    それから、話題を戻しますが、組織ではネットが如何に怖いか、または危険で嘘ばかりがもてはやされているかと組織では、そうマインドコントロールを図ろうとしているようで、じつは、まだまだ創価学会の真実に目覚めた人は少なく、ほとんどの学会員は、とくに婦人部などは、池田氏信奉者が多く、師弟不二論者がほとんどで、その層は、まだまだ厚いと認識していますが、違うでしょうか?

    組織から、たとえ離れていても池田氏を師と想い、非活の理由を組織や幹部と思っている人も多いと推測しています。

    だから、このようなアンチBlogで一部の人が学会に違を唱えても、まだまだ相手はモンスターのように巨大な巣窟です。

    そう感じた上で、池田氏訃報を知ったあとの学会員と選挙が結びついた時の、まるで核爆発のようなエネルギーを正直、とても畏怖します。

    それは、日本にとっては、何も得るところのない、ある意味破壊的エネルギーだと思うからです。

    その池田氏訃報のCardをどのタイミングで出すのか?興味津々です。
    いえ、激しく畏れます。

  48. いやあ、小路さんのおっしゃった「一部の人を除いて、・・・・・・・・財布開けて財務はらったのは自分自身です。頑張りましょうよ皆さん。」は、まさしくその通りです。

    私の言いたい事が代弁してくれました。
    過去の自分は、全部自分の責任です。誰のせいでもありません。
    弱い自分のせいです。
    自分が変わる、そして、強くなる、それしかありません。

  49. すみません
    わたしが投稿したすぐ前に小路さんが投稿されたようで、そういうことがよくあるわたしです。

    小路さんの発言には、なんとも言えない叫びを感じました。
    一言で言葉にはできませんが、これをただの批判とは片付けられないように感じました。
    創価学会の闇が、とても深いのだと気づかされました。

  50. 元日に匿名コメントした二世ですが、小路さんは何をいいたいのですか?
    生まれてすぐ強制的に信心させられたことまで自己責任とおっしゃりたいのですか?
    私は3人兄弟です。両親は子ども2人でとめるつもりだったらしいのです、信心を始めてから
    授かった子供だということで私を産むことにしたらしいです。
    そして子供の頃からずっとそれを言われ続けられたら、正常な判断なんて出来なくなりますよね!
    広宣流布のため、先生のお役に立つ人材に、組織から離れてはダメだ、それをずっと言われて来たんです。
    それこそ疑うこともなく、・・・私自身は学生部の活動で燃え尽きて活動からは離れていましたが、漠然といつかは
    組織に戻らなければイケナイとずっと思っていました。確かに自己責任の部分は大きいとは思いますが、生まれて
    からずっと植え込まれた価値観を自己責任と言い切ってしまうのはいかがなものでしょうか?
    ちなみに私自身はMCからとけたようですが、高齢の両親にとっては学会こそが価値観の全てなのです。
    ですから、私は両親が他界するまでは未活でいようと思っています。シニフィエさんのブログに出会って私のような
    人間がいかに多いのか!私もMCが解けたとはいえ心が軽くなるのを感じれるんです。ですからシニフィエさんには
    頑張ってもらいたいのです。
    小路さん、(笑)や(苦笑)読み飛ばしていただけないですか?私には問題のない表記に感じれますよ。

  51. 私も小路さんの「一部の人を除いて~」からのコメントには大変共感しました。
    言葉こそ違うものの 私も昨日「現実を見る」とコメントしたばかりです。
    私はやんわりと書いてしまいましたが 心の叫びを小路さんに代弁して頂いた気持ちです。

  52. aiさんへ

    そうですね。池田信奉者はそんなに簡単にはなくなりませんよ。

    3代目になってもう5~60年になるでしょう!!この歳月の積み重ねは

    ハンパじゃないです。でなければ、とっくに脱会者だらけになってますよ。

    ちょっと前の「ツイートテレビニュース」では池田のアメリカへの出国記録

    のみ残ってて記録上は、日本に帰ってらしいです。どゆ事?て感じです。

    じゃ、今いるのは影武者?金正日もずっと影武者て言われてきたしねえ!

    生きているにしても、口も聞けない状態ではないですか?

    今日の「ツイートテレビ」でも創価学会の事に関する動画やってますよ!

    URL貼っておきます。宜しかったらどうぞ!

    http://tweettvjp.blog.fc2.com/?no=126

  53. ANさんへ
    管理人さんがお休みしている間に書き込みは気が引けるのですが、敢えて書かせてください。
    じつはANさんの投稿は、aiのこころにとまっていました。
    それに対して、わたしの想いを書き込み途中でやめたのです何故か。
    いま改めて書くことにしました。
    ネットの世界は、ある意味希薄でバーチャルです。
    sinifieさんのこの場で、さまざまなことに気づかれたと思います。
    そして、それをそのままで終わらせることなく、現実に目の前にいる方々と真摯に向き合うべきか?と思われたANさんに、エールを送りたいと思います。
    うまくは言えないのですが、自分の人生ですからね、自分の本来の魂、スピリットに従い生きていくことが、一番の幸せだと信じます。
    イヤだな、違うでしょ?と思いつつ、自分を押し殺して生きるのは、もう、うんざりですよね。
    要領良く逃げ廻って生き抜いても、いつかは自身の人生につけとなって現れると思うのです。

    自分を大切に生きていきたいですね。
    しっかり目の前の人と向き合って
    もしかしたら、明日に逢えるとは限らないのですよ、目の前にいる大切な方々は。
    いまの日本は、そういう現実を抱えていると思うので、いま不躾とは思いましたが書いてみました。

  54. aiさんへ

    ありがとうございます。
    aiさんのコメントはいつもしっかりとした考えを持ちながら 分かりやすく 不快感を与えない気持ちの良いものでした。

    私は こんな事言うのもおかしいですが、数回コメントしていながら 良くも悪くも反応がなく それはこの文章力の無さなのか 何なのか考えていました。(そんな中eriさんだけがいつも言葉を投げ掛けてくださったので、あの様に感謝の気持ちを伝えました)

    結局は本心を隠し当たり障りのない文章を書いていただけとわかりました。
    やっと本心を書いた時 こうしてaiさんからエールのコメント頂き、顔も知らないaiさんですが声が聞こえてくる様で 何とも言えない暖かさを感じ涙がこぼれてしまいました。

    毎日毎日 色んな思いが巡り 苦しいですが 少しずつでいい 前に進んでいきたいと思います。

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