もうしばらくお休みします

SJさん、心から感謝しています。ほんとうにありがとう。私は元気です。

クロさん、yokoさんをはじめ、このブログを応援してくださっているみなさん、ほんとうにありがとうございます。清らかに流れる川に、いきなり黒い汚泥が押し寄せて来た感じで、私は管理人としてこのドブさらいをしなくてはなりませんでした。ドブさらいにはもう少し時間がかかりそうです。どうかそれまで忘れずにいてください。

元活動家さん、あなたを疑ったりはしていませんのでご安心ください。aiさんが何をもって元活動家さんを疑っているのか見当もつきませんし、結局aiさんは何も言わずに去っていかれました。ここであれこれ詮索したところで何にもなりません。元活動家さんのお気持ちはとてもありがたく受け止めています。またお会いしましょう。

ニノさん、過激な言葉ですが、言ってることは正しいと思います。私にとってはユーモアの範疇です。それも痛快なユーモア。ユーモアには知性の裏付けが不可欠です。ただ元活動家さんは彼らとは関係ないのではないでしょうか。

私はこのブログをやめたわけではありません。わがままな寂しがりやさんたちが面白半分に荒らすので、相手にしないでいいようにちょっと休憩しているだけです。仕事にも影響が出てきましたし(笑)。仕事をそっちのけにして、あんな知性のかけらもない連中の相手をするために大切な時間を割くのはバカバカしいですからね。

それからやはり放っておくと敵と見方に分かれて言いたい事を言い合うだけの場所になりました。まさに疑心暗鬼の修羅の世界です。彼らはリアルでの自分の世界の鬱憤ばらしのためだけに、自分のことは完全に棚に上げながら、どうにもならない自分に向かって叫んでいるだけです。何かを相手にしているつもりでも、何もできない自分に腹を立てて吠えているのでしょう。ですから相手にする価値など微塵もありません。

ここでは対話をしようと言っているのに、はなからけんか腰でいいがかりをつけるだけ。何と言われようが何の価値もないと思います。中には一見巧妙に対話を装って近寄ってきますが、すぐに化けの皮がはがれて無惨な独り相撲をとります。滑稽そのものです。要は頭が悪いからです。わずかな知性がコントロール不能な感情にいとも簡単に負けてしまうからです。

でもこれ以上醜態を晒させるのはかわいそうなので、おなさけでコメントできないような設定にしました(笑)。彼らにとって何も言えない場所はリアルといっしょで面白くも何ともないでしょう。見ず知らずの人間のブログに何が楽しくて夜中まで罵倒しに来るのか理解できません。……ほんとは理解できるんですが(笑)、そんなことで自分の人生を無駄にする神経が理解できないという意味です。きっと暇で暇でしょうがないんでしょうね。リアルでは誰にもまともに相手にされないから何もすることがない。せっかく尊い命を授かっておきながら、何をすればいいのかわからないまま身体だけ大人になってしまった。幼いときの愛情が足りなかったのだと思います。だからわけもわからずさみしいんでしょうね。かわいそうなさみしがりやさんのカマってチャンは幼いときに母親の愛情をうけられなかったんでしょう。

まあ、それもその人の人生。いろんな境遇があります。自己責任だなんて誰も責めることはできません。ただ人に迷惑かけることが生き甲斐の人生なんて寂しすぎますね。いやいや、説教なんてする気はありません。実体のないものに説教するなんて滑稽です。それと同じように実体のない私を四六時中気にしながら罵詈雑言を浴びせるのもご苦労なことだなと思うわけです。彼らはこのブログがなくなると、また別の暴れる場所を探しにネットを徘徊するでしょう。自分の心の空白を紛らわすだけのために、ひとさまに迷惑をかけないでほしいと思います。

私も悲しいかな創価学会の両親の間に生まれて来たばっかりに、人生のかなりの部分において、この世界の大切な事から目を背けてきました。創価学会以外はみんな間違いだと幼い頃から言い聞かされてきました。ちょっと考えればそんな事があるはずはないのに、幼い頃から心の底に植え付けられると、目の前のものさえ見えなくなるんですね。親のせいかというとそうではないと思います。犯人はどうとでも設定できるでしょう。池田が悪い、組織が悪い、社会が悪い……。それはもうどうでもいいのです。これからどうやって生きるのか。私にとってはそれが問題です。各人のこれからの問題です。

これまでここでは様々な角度から創価学会のここが悪い!ということも言ってきました。そりゃ言いたくもなります(笑)。でももうそれもいいかなと。これからは徹底して創価学会の実態について語るということをやっていこうと思います。いい悪いはともかく、これが本当の姿だということを示して、あとはこの真実についての対話をしていく。その事実に基づいた話をどう見るかを見る方にすべてお任せするということです。一方的ないい悪いの判断はしない。しかし徹底して目の前にある実態を語っていく。みんなで語っていく。たくさんの人が語っていく。そこにはいい事もあるだろうし、悪いこともあるでしょう。たぶん悪い事が多くなるとは思いますが(笑)、それは仕方がない。とにかく徹底して粛々と語っていく。ウソだデマだという隙間がない事実の話をしていく。そしてそのことについての対話をしていく。私の目の前の現実の創価学会はこうです、ということを如実に語っていく場所。自分のところではこんなことがありました。彼女のまわりではこんなことがあって、こんなふうになりました。昔、こんなことがありました。いまこんなふうになってます。いろいろあるでしょう。でも実際に自分が見た話、体験した話に限ります。陰謀論がどうとか、他の宗教がどうとか、教義に照らしてどうとかではなく、創価学会の現実を世に示す事に特化した場所にしていければと思っています。憶測やいいかげんな情報に基づく話は即削除。もちろん悪意のあるコメントはみんなで徹底的に無視して削除。こんな感じで再開できたらいいなと考えています。

でも申し訳ありませんが、私はもうしばらくお休みします。前にも言ったように「対話を求めて」はやめません。やめたわけではありませんのでお間違えなく。ここはあくまで対話の場所です。ネットだからこそできる対話の場なのです。気に食わなければ来なけりゃいい。気に食わないからって文句を言われてもしょうがない。どんな立場や考え方であっても、お互いの存在を認め合い、意見の違いを認め合った上での会話を「対話」と考えています。対話の意思のない嫌がらせや一方的な批判に終始する態度は排除されて当然です。対話をする意思のあるもの同士が互いの生き方や考え方を持ち寄って、共感する部分や新たな発見を見つけ出すところに価値があると考えます。これまではできるだけ広い窓口で、多くの人の声なき声も含めた対話の場にできればという、いわば理想論が先に来てしまい、現実の病んだ部分のことをこれほどまでだとは思っていませんでした。彼らの言動はいわば現代社会の病んだ澱だと思います。残念ながらネットのシステムの性質上、そんな世界ともつながっています。なんでもありの野放図なネットの世界にしか生きていけない病んだ部分が、どうしても忍び寄ってきます。しかしそんなものを相手にしている暇はありません。創価学会という化け物に一人でも多くの人が気づくことができるような真実の声が、これからもひとつでも多く集まっていけるような場所にしていきたいと思っています。もっと効率的な体制に整え直した上で、「対話を求めて」は再度スタートします。それまでもう少しお待ちください。

なお、今はコメントはできないようにしていますが、もう少ししたらここのコメントはアドレスと名前を記入してログインされる方のみ可能にして、さらに承認制をとります。もちろんアドレスが表に明かされることはありません。また表示されるかどうかも管理人の判断とします。ですから表に出していいのか悪いのかも書いておいてください。

ニノさん、あなたのHNをみたときから、私もお話がしたいと思っていました。ここから去っていかれた方のお友達ですよね、ニノさん。もうすぐここからだったら秘密のお話ができますとお友達にもお伝えください。是非お待ちしてますと。