もも&里芋クローバーZさんへのお返事です。

もも&里芋クローバーZ さんこんばんは。ご無沙汰してます。

>高倉良一様を中心とした「アンサンブル」的な同心円を描く「活動」に、本気で関わり、加わる、お覚悟はありますか?
とのご質問ですね。

結論から言いますと、私はどなたとも一緒に闘う気はありません。ましてや闘う覚悟などあろうはずがありません。私はこのブログをそのタイトルにあるように「対話」の場としてつくりました。私と同じような、あるいは違ったたどり方をしたにせよ、創価学会との関わりの中で自分の人生を間違った方向に歩まされてしまった方々との対話や、今でもたいへんな思いをしている方との対話を通じて、いまここにある現実を再認識しながら、これから生きていく道筋をともに語り合えるような場にできればと思っています。また、創価学会を信じてきた方がここでの対話を読むことによって、少しでも真実に気づいていただければという思いです。

あいにく、私はまだ十分な対話ができるほど精神的に安定してはいません。創価学会の真実と、それに翻弄されてきた自分の人生に気づいたときのショックは今でこそずいぶん小さくはなったと思いますが、いろんな方と積極的に対話を進めていこうという気力があるとまでは言えない状況です。

確かに創価学会は社会悪です。それははっきりと言えます。だからといって創価学会を信じて活動をしている人に悪意があってやっているわけではありません。人間の精神的な弱点を巧妙につきながら、それを正義だと信じ込ませてお金や労働力を吸い取っていくとんでもない組織です。私はそうした組織の上層部にいる愚かな人たち、つまり悪だとわかって組織を束ねている人たちをギャフンと言わせたいとも、今では思わなくなりました。つまり「闘ってどうするんだ」ということです。創価学会とは、使途をまったく明かすことなく毎年集まる巨額な財務を私利私欲のために湯水のように遣い、何も知らない会員を政治活動に酷使し、功徳というありもしないアメと、組織を離れると地獄に堕ちるという脅迫のムチを使い、多くの家庭を散財と一家離散に追い立てる恐ろしい組織です。まさに恐るべき宗教版ネットワークビジネスだと思います。そんなものに正面切って立ち向かうことに、自分の残りの人生を捧げるだけの価値があるのかどうかという思いがあります。

このブログを立ち上げた頃は、どうにかして創価学会がはやく潰れてしまうような行動を起こしていこうという気がまだありました。しかしあれから1年と数ヶ月が過ぎ、否応無しに自分の人生を振り返ったときに、どの時点でどんな間違いを犯してきたのかということが次第に明らかになってきました。そのことに気づくようになってきました。そして不思議なことに、そのことと呼応するかのようにその間違いを取り戻すべく、私の身の回りにはさまざまな運命の動きが巻き起こっています。そのあまりの動きの激しさ大きさのために私は昨年の春頃からうつ病の症状が出るようになりました。自分でも驚きでした。ちょうどこのブログが荒れ始めたころです。このブログにはそのときの運命の激しい動きについては一切ふれていません。そしてこれ以上この場で冷静な対話を続けていけるような精神状態ではなくなったのです。ですから長い間ブログも休止していたのです。じつを言うとブログは荒らされたから休止したのではありません。ここには全く書くことのできなかった個人的な状況の変化によるものです。そしてそれがどんなものであるかをうまく説明するにはまだ時間がかかると思っています。しかし、いつかそうしたものもこの場に書くことができるようになればと思っています。

もう私の言いたいことはおわかりいただけるかと思います。つまり私は私の人生を取り戻すべく、私なりの闘いをしています。創価学会と闘っているわけではありません。あえて言うならば私は私の運命と闘っているのです。創価学会の社会悪を徹底的に暴き消滅させることができれば、どんなにいいかとは思います。しかし創価学会の壊滅と私の人生を取り戻すこととは別なのです。創価学会が今後も存在したとしても、あるいは壊滅したとしても、私は私の人生を取り戻すための努力をし、運命の歯車を自分なりに動かしていかなければなりません。そして私は自分の人生を取り戻すための大きな運命の渦の中にいます。そのことを実感しています。まだそれをここで明らかにするべきではないし、できもしません。はっきりいえば、私はそのことで目一杯なのです。私にとっては創価学会云々よりも自分の人生が大切です。ですからこのブログでも「自分で気づいてください。」と書いたように、創価学会がどんなに腹黒い恐ろしい組織であるかは、本人が気づくしか道はないと思っています。そう気づいた人が一人また一人と納得して組織を離れていけばいいと思っています。もっといえば闘わずとも人が真実に気づいて離れてさえいけば創価学会はこれまでのような巨悪でいることはできなくなるでしょう。そうした理由で、いま私は誰かとスクラムを組んで創価学会の組織壊滅のために突き進んでいくような人生を選択する気にはなれません。私は創価学会と闘うことで、そしてその闘いに勝利したとしても自分の人生を取り戻すことはできないと思っています。もも&里芋クローバーZさんには申し訳ないですが、というか、もも&里芋クローバーZさんは私が高倉先生と連絡を密にして創価学会壊滅のために動き回るといったことをする人間だとは思っていないでしょう。そのとおりです。もし私が自分の人生を取り戻すために創価学会を壊滅させなければいけないと確信したならば、きっと何が何でもその方向に突き進んだでしょう。我れ先に組織に入り込み、情報をリークして、創価学会の社会悪を世に暴くことに残りの人生を賭けたかもしれません。しかし私は私の運命に気づくことができました。時の符合とは不思議なものと本当に感じます。つまり、私にはもっとやらなければならないことがあることに気づいたのです。おそらく高倉先生はご自分の人生を取り戻すため、あるいはご家族を取り戻すために創価学会に対して真正面からぶつかっていく肚を決められて実行されています。それは高倉先生に科せられた運命であり、やらなければならないことだったのだと思いますし、実際にお一人で挑んでおられることに最大の敬意を表します。そしてもも&里芋クローバーZさんとともに創価学会の真実を社会に暴きだしていかれることを祈っています。

>今は「対話」では無く、「闘い・闘争」の時期なのです。
高倉先生やもも&里芋クローバーZさんにとっては「闘い・闘争」の時期なのだと思います。しかし私は創価学会との関わりとしては時期云々ではなしに、常に「対話」を貫いていきたいと思っています。聞く耳を持つ人には語り、真実を語る人の言葉を聴こうと思います。それが対話だと考えます。これ見よがしな、あるいは思わせぶりな言葉をばらまいて、腹の探り合いをするようなことはしたくはありません。ここは創価学会に関わった方の真実が語られる場にしていきたいと思っていますし、そうした声が積み重なれば、きっと一人また一人と気づいてくれる人が現れると信じています。

もも&里芋クローバーZさん、私はこのことについてまだうまくは言えないし、今の時点で言えないことばかりなので恐縮ですが、以上のような理由で私は創価学会撲滅に向かって実践的に闘う同志にはなれないと思います。ただ私はここに来られるみなさんとの対話を通じて、それぞれの運命が重なる瞬間を大切にしていきたいと考えています。

広告

もも&里芋クローバーZさんへのお返事です。」への6件のフィードバック

  1. シニフエイさん(精神のねずみ講)なんてピッタリの例えですね。もと学会員ならではの一言一句、頷きながら読みました
    私も全く同じ思いです
    これだけ大きくなった学会に戦いを挑んでもどうなるものでもないような気がします
    それよりも地味ではあっても一人ひとりおかしさ矛盾に気づいた人がその体験に基づいて告発していけば必ず同じ思いを持った人が目覚めていくであろうとわたしも思います
    聞く耳を持たない人とは戦いにもならないのでは?
    職業幹部の中にも理性の持ち主はいるものです
    かつて国会証人喚問の話が持ち上がった時、側近の大幹部の心境はどんな気持ちだったか皆さん想像がつきますか
    先生を断じて国会なんかに出させてはならないなんて思ってたと思われますか
    違うんですね
    心ある側近の大幹部は内心ホッとして喜んだそうです。   なぜかって
    そりゃそうですよ、これでやっと先生が学会の正義を国会で堂々と晴らしてくださると信じて疑わなかったのですから
    ところが意に反して想像を絶する醜態、俺を守れ、俺を守れ俺を守ることが学会を守る事になるんだと怖くて逃げまわっていたそうです
    その姿を見ていて、本当に情けなくなって心底失望したと側近の大幹部だった方が言ってました
    富士山と英雄は近くによって見るものではないと言われますが、その幹部の方は見てしまったのですね。 悲しいことですね
    シニフェイさんどこまでもマイペースで気長に進めてください

  2. サラマンダラさん、コメントありがとうございます。
    学会員が真実に気づきさえすれば、創価学会は内側から滅びていきます。
    真実を見ようとしない、あるいは見ることを妨げられていることが一番の問題点だと思います。
    自分が信じているものが間違いだった、それ以上に騙され続けて搾取されていたことを認めたくないのが人情です。
    私もそうでしたからよくわかります。
    しかし今の学会員さんは、真実をしっかりと自分の目で直視する勇気が必要なのだと思います。
    私の場合は親が信心していたので、親の生き方に間違いがあるはずがないと思い込んでいました。
    しかし今思えば、そのことによって大切な人を傷つけ、
    とりかえしのつかないことをしてきたのだということに気がつきました。
    自分の勝手な思い込みによって多くの人を傷つけてきた。
    それがわかったときの後悔の念はとても言い表すことができません。
    よかれと思ってやってきたことが、まったく逆のことをしてきたのだと思い知らされたとき、
    自分の人生って何だったのだろうと、まさに悔やんでも悔やみきれない思いで過ごしました。
    しかし、自分の人生にもこれからがある。
    真実に気づくことができた瞬間から、いろんなことが動き出しました。
    これからが自分のほんとうの生き方ができる時なんだと思えるようになりました。
    ですから、自分の残りの人生を創価学会撲滅のためにつかうよりも、
    自分のほんとうの人生を謳歌することのほうが大切だと思うようになりました。
    先日のもも&里芋クローバーZさんからの質問にあるように、
    「おまえは創価学会撲滅のために闘う覚悟はあるのか」という問いには
    「ありません」とお答えしました。
    どうやらもも&里芋クローバーZさんは、私がうつ病を言い訳にして本気で闘う勇気などない
    ただの腰抜けのように落胆されたみたいですが、
    サラマンダラさんにはこの答えの意味がおわかりいただけるかと思います。
    つまり、私はもも&里芋クローバーZさんが考えているような闘い方をする気はありませんということです。
    もも&里芋クローバーZさんへのお答えにも書いているように、
    私は闘うのではなく「対話」によって真実をあきらかにしていくという方法がよいと考えました。
    少なくとも私はそうした方法でやろうと思っています。
    それぞれのやり方でやればいいと思っています。
    戦時中の特攻隊ではないのですから、一族郎党心をひとつにして敵を玉砕する必要はないと思います。
    白バラの高倉先生のような正面切った闘い方もあるでしょうし、
    それはいろんな立場の人がいるのですから、いろんな闘い方があっていいと思います。
    そして私の考えでは誠実な「対話」によってこそ真実にたどりつけると思っています。
    一人の敵と闘って倒したとしても、また次の敵と闘わなければなりません。
    そしてすべての敵を倒してしまわなければ勝利はないのではないでしょうか。
    しかしたとえ勝利を勝ち取ったところで何が残るでしょう。
    創価学会上層部の悪業を多少とも世にさらして終わりです。
    私はそんなことをしてそれほど長くもない残りの人生を費やしたいとは思えないのです。
    恨みつらみを晴らすための人生は虚しいと思います。
    やられたらやりかえす。まさに人類のあくなき闘いの歴史です。
    私ももう若くはありません。多少とも遅きに失する感は否めませんが、
    これから絶対に幸せになってやると思っています。
    人生を取り戻すとは、そう言う意味です。
    そしてそうした生き方の中で「ともに真実に目を向けて、これまでできなかったほんとうの人生を謳歌しましょう」と
    学会員さんに呼びかけることはできると思います。
    闘うのではなく「対話をしましょう」と呼びかけることは、決して無駄なことではないと信じています。
    ネットを通じてそうした対話の輪が広がれば、少しずつでも勇気ある脱会者が増えるのではないでしょうか。
    私はそのように考えています。
    サラマンダラさんに共感していただいて、とてもうれしいです。
    今後ともよろしくお願いします。

  3. シニフィエさん、お久しぶりです。
    色々な考え、それぞれのお立場での行動でよいと思います。
    何より互いにそれを理解し認め合っているのでしょうから、それ以上のものはありません。
    また複雑化した創価学会の問題では多方面のアプローチが重要な受け皿にもなりましょう。
    それよりも上記のコメントで、強く思ったことが一つあり、コメントさせて頂きました。

    >しかし今思えば、そのことによって大切な人を傷つけ、
    >とりかえしのつかないことをしてきたのだということに気がつきました。

    とありますが、その大切な人たちはきっと、今こうしてシニフィエさんが学会の間違いに気づいてくれたというたった一つのことに、報われていると思います。
    その喜びが目に浮かぶようです。
    何故ならば私がその立場であったならば「本当に良かった」と、ただただ喜ぶだけだからです。
    しかし後悔は次に進むために大事なステップの一つですが、あまり引きずられませんように。
    既に新しい人生、本当の幸せに向けて歩んでおられるシニフィエさんには無用の言葉かもしれませんが、覚醒するということ、それ一つが大変な報いなのだと思います。
    余計なお世話かもしれませんが、それだけ伝えたくて。

    お体を大事に、マイペースにブログ運営なさってくださいね。
    対話により勇気ある脱会者が一人でも増えますよう、私も願っています。

  4. クロさん、ご無沙汰してます。
    涙の出るようなコメント本当にありがとうございます。
    そうですね。まずは私が創価学会の間違いに気づいたことを、
    それでも見守ってくれてきた友人に知らせなければなりません。
    あの頃はほんとうにすまないことをしたと謝りたいと思います。
    ありがとうございます。
    今後ともよろしくお願いします。

  5. もう一言付け加えさせていただけるなら

    大聖人様の御精神を正当に伝えているのは我が学会であると豪語していますが

    命をかけて、われ日本の柱とならんーーー  と国家諫曉なされた大聖人様が弟子や信者に、俺を守れと、仰ったのでしょうか

    御聖訓に  日蓮が弟子は臆病似ては叶うべからず  とご指南されています。私は先のお話を聞いた時にこれほどこの聖訓

    に虚しさを感じたことはなかったです

    大言壮語を吐いていた方が臆病風吹かせて、逃げまわる姿を想像してみてください

    ここを訪れる会員の皆さんこんな師匠と師弟不二だなんて恥ずかしいとは思いませんか

    私は恥ずかしいのでやめました、

    もっと真実を知る努力を惜しまないで、大事な自分が主役の一回きりの人生なんですもの

    最も信じるも、信じないもあなた次第ですが

  6. はじめまして。シバと申します。
    現役の学会員ですが、創価学会に対して疑問ばかり出てきて
    覚醒しました。
    選挙でのノルマ、折伏ノルマ、新聞営業ノルマ
    全てに対して疲れ、創価学会とはこんなところだと気づき
    苦しみはわかります。
    どうか無理をなさらないように。微力ながら応援します。
    管理人さんに本当の幸せが来るのを祈ります

コメントを残す

以下に詳細を記入するか、アイコンをクリックしてログインしてください。

WordPress.com ロゴ

WordPress.com アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Twitter 画像

Twitter アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Facebook の写真

Facebook アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Google+ フォト

Google+ アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

%s と連携中