自分が信じているものは、

自分が信じているものは、何が何でも正しいと思いたいのが人情ですよね。ましてや、こんなに大き組織が、大掛かりな詐欺をしているなんて考えたくないというのもわかります。でも現実をきちんと見れば、どう考えても創価学会のやっていることはおかしい。特に社会的にはいい顔をしながら、いちばん大切にするべき会員に対してお金と労働力を搾取し続けていることを気づかせない、ほんとうに恐ろしい洗脳集団です。
学会の人は、一見やさしそうに見えますが、驚くほど社会性に欠けています。あんな組織を信じて、毎日とんでもない理屈を頭に叩き込まれているのですから社会規範に乏しくなるのも無理はありません。まったく自覚がない、自覚を持たせないところに最大限に注意をはらって組織運営がなされています。今見れば、ほんとうに見事なものです。しかしそれは間違っている。完全な人権侵害です。北朝鮮とひとつも変わらないたいへんな社会問題です。自分たちのやっていることは正しいんだということのために、それ以外のものをすべて邪悪なものと決めつけてしまう。本気でそのことを信じてしまう。私も子どものころから神社の鳥居をくぐることができませんでした。仕事でお寺や教会に行くにしても、とても不安な気持ちになっていました。なにか悪いことが起こるのではないか。ちょっとしたことでも、邪宗と関わったせいで、こんな目にあったのではないかとビクビクしていました。今でも、危険なことが迫りそうになると、思わず題目を心に思い浮かべてしまい、直後に苦笑いしてしまう自分です。幸せになるためにと思っていながら、実はこれを信じないと不幸になるぞと脅され続けてきたような気がします。

自分が信じているものは、」への27件のフィードバック

  1. よく言われてますよね

    学会の常識は世間の非常識 世間の常識は学会の非常識なんて昔から集まると笑いながらよく話してました

    当時は無神経にも別になにも思わなかったですね。 完全に洗脳状態でしたね

    むしろそのことが学会発展につながっているような指導もありましたね

    今でもそう思っている会員は多くいるのではないですか

    信心即生活 社会性なんて指導では声高に言ってますが、うらはらでやってることのおかしさに、まったく気づかない洗脳の怖さ

    と、ともに哀れで、滑稽ですね

    ほんの少しでいいから他をのぞく勇気を持ってほしいですね。  そこからあれ? 何故?がはじまるかもしれないし

  2. さきほど友人で学会青年部の若者が私の職場に選挙を頼みに来ました。彼は私が脱会したことは知りません。私の職場の人間は知っています。みんな「はいはい」と口裏を合わせて「わかりました、参議院は○○さんですね」と返事をしています。よかれと思って選挙活動をする学会員。波風たてないようにその場しのぎの返事をする人たち。多くの学会員はこうして社会から逸脱していくのです。彼に学会というのはこういうところなのだよと言っても聞く耳をもたないでしょう。なにかの機会に自分で気づくしかない。つくづくそう思います。

  3. わたしの家にも決まって昔の組織の人が来ます
    近くに来たものでと、これもまた決まり文句です。 そこで私も毎回決まり文句でお答えしています

    学会いやになって辞めたけど、選挙だけは公明党以外に入れたことはないよ と

    安心して帰りますね。 ここ何十年公明党に一度たりとも投票した事はありません

    第一学会辞めたものが、公明党なんぞに投票するわけないのがわからんのかね、まったくのロボットかわいそう

    いざとなったら庶民のためでなく、先生のために国会で座り込むような議員、異常としか言いようがありませんね

  4. アメリカは5月に広宣基金がありますが、2年ぶりに支部の方がくれた
    電話のメッセージには「明日まで基金を受け付けているので、良かったら
    来て下さいね」でした。
    とても良い方ですし、悪気はないのでしょうけど、彼らも
    「地区全員参加!」を目指しているのでしょうね。

    創価漬けになっていると、いったい何のために信仰してるのか、
    わからなくなりますね。活動に振り回される多忙の日々で、
    幸せなんてそっちのけになってしまいます。

    私も振り返れば、数年前に
    「広宣流布、広宣流布って言っているけど、いったいなんだ?」
    ってところから、追求が始まったてた気がします。
    最初は「これが、魔なのか?元品の無明?」という思いが、
    考え続けるのを遮ろうとしてましたが、
    解放したら、あっという間にいろいろ見えてきました。
    疑問を持った人には、この壁を突き破るのが恐怖かもしれませんが、
    そこを越えたら楽になりましたよ。

    私も、まだ題目たまに出ちゃいます。
    抑え込むと苦しくなっていたので、最近は「ま、いっかー」くらいの
    気持ちで、声を出したい時は出させています。

    創価育ちだった自分も、今の自分の一部と受け入れつつ、
    新しい世界も楽しんでいますよ。

  5. ヨーさん、コメントありがとうございます。

    >創価育ちだった自分も、今の自分の一部と受け入れつつ、
    >新しい世界も楽しんでいますよ。

    そうですね、これまでの自分の人生をなかったものになんてできないし、創価の部分以外のことは、とても恵まれていたと思いますし、多くの友人に支えられていることに感謝しています。
    考えてみたら、自分の中で創価の部分とそれ以外の部分とをはっきり分けて生きてこれたからこそ、多くの友人も持つことができたし、こうして創価の間違いにも気づくことができたのだと思います。
    なかには自分から創価をとったら何も残らないと思えるまで完全に洗脳されて生きてきた人にとっては、創価学会の真実に気づくことが、そのまま自分自身の完全否定にまでなるのでしょうから、そう簡単には認められないでしょうね。

  6. 今回の都議選の結果は、投票率が悪い、という報道があったときから結果は、おおよそ想像がつきました。。

    びっくりしたのは、当選した公明党の女性議員が。。「わたしたち公明党は平和の党だし。。」
    。。で、ほんと心底びっくらこいた。。

    多分、創価学会員はすべて未だにそう思っているのだろう。。
    笑える。。

    だとしたら、参議院選挙のあとの国会で自民党の暴走をなにがなんでも阻止して欲しいものだ。。
    期待はしない。。

    多分、ポーズだけは平和を口にし自民党の尻尾を追いかけるのがオチだろう。。

    自民党が公明党に見切りをつけるのも近いか。。
    そうなってから慌てても知らない。。

    後世の歴史は証明する。。
    自民党の悪政の陰に公明党あり。。いや、創価学会あり。。

    今回の都議選は、参議院選挙の前哨戦らしい。。

  7. 流れ星さん、コメントありがとうございます。
    そうですね、創価学会員になぜ公明党が自民党の太鼓持ちをやりつづけるのかを訊いても、何一つ答えられません。国が憲法を変えるということがどういうことなのか、まったく認識がないと思います。憲法は法律ではありません。その時々に応じて変えていくようなものであってはなりません。9条も96条も変えてはいけないと思います。世界に類を見ない奇跡とも言える平和憲法を断じて変えてはいけないと思います。自分で考えることなく、上から言われることを鵜呑みにして選挙やお金集めに奔走する創価学会員のみなさんは、一度でいいから自分でものごとを、この世界のことを考えてもらいたいと思います。そして自分の人生を自分以外のものに決められていいものかどうかを、いま一度考えてみてほしいと思います。

  8. はじめまして。シニフィエさんと同じく、学会二世のノーティムと申します。わけあって脱会はしておりません。あえて言えば、時を待っている…とでもいいましょうか。シニフィエさんのおっしゃる通り、学会には詐欺という言葉がピッタリですね。私はバリ活ではありませんでしたが、それなりに貢献してきました。いまは非活の坂をズルズルと下っているところです。選挙はもちろんエア活です。シニフィエさんの父上は議員をされていたとのこと。公明党の議員さんも理不尽な犠牲を強いられていますよね。それを思うと心が痛みますが…。覚醒してみるとMCされていたとはいえ、いかに視野狭窄で世間を狭く生きてきたかと悔やまれますが遅まきながら本当の自分を取り戻したいと思います。

  9. ノーティム さん、はじめまして。
    コメントいただき、ありがとうございます。
    ノーティム さんも学会二世の覚醒組なのですね。日本には私やノーティムさんのような覚醒組がたくさんいると思います。このブログに来られる方の多くもそんな方のようです。みなさんの思いを集めて本にしたらいなと思うくらいです。本にしなくても、ネットで誰にでもまとめて読んでいただけるようなサイトをつくるのもいいですね。学会員の多くは被害者だと思います。もちろん外部に対しては加害者なのですが、本人に罪の意識どころか、世の中のためになっていると思い込まされているわけですから、ほんとうにたちが悪いですよね。私は実害がないかぎり個人的に学会と闘う気持ちはなくなりました。闘うといっても、まわりの学会員さんたちだって、よかれと思ってるわけですからね。でも本当は金と権力のために搾取されるだけなのですから可哀相にも思います。とにかく一人でも多くの人に自分で気づいてほしいと思います。

  10. sinifieさん、わたしも日本の憲法9条は世界に誇るべき素晴らしいものだと思います。。
    安倍さんは、テレビを通して、まずこの憲法改正を争点にすると、はっきり言ったのに、しばらくして何もそんなことは言っていない風に引っ込めました。。
    そして、都議選の結果。。
    今回の選挙も争点が曖昧なままです。。経済でしょうか?
    今回の選挙で自公が大勝すれば、安部政権は間違いなく憲法に手をつけ始めるでしょう。
    そうなった時、公明党は止められないと想う。。
    いままでも、ずっとそうだったし。。
    カタチだけの反対で終わるでしょう。。
    残念です。。

  11. 27年間信じて来ました。

    気付かせてくれる出来事がいくつかの段階で『あれ?』となり。

    6/30に切る事ができました。心は晴れやかです。ただ、何でも話す折伏の親である母には、変化は一切知らさないでおこうと思います。

    誰かのコメントにもあるように、長年信じてきたものを難癖つけられることは苦痛ですし、ましてや、子供が脱会するとなると、悲しく辛いだろうと、想像でるからです。母はもう80前です。

    私も母の存命中は籍を置きシラ~と過ごそうと思います。

    signifieさんをはじめ、その他の方々のコメントに出会えて良かったです。読んで安堵し、より一層解放されました。ありがとう。

  12. ミルクレープさん、コメントありがとうございます。
    ミルクレープさん、よかったですね。
    ミルクレープさんのような方が、ひとりでも多く創価学会の精神的呪縛から逃れられることを願っています。
    私も90歳になる母には何も言わないつもりです。認知症なので言っても数時間したら忘れますし(笑)
    私は今でも学生部や男子部時代に一緒に頑張っていた友人が今どうしているんだろうと考えることがあります。
    今でも組織に組み込まれて搾取され続けているのか、
    それとも私のようにようやくまちがいに気づいて組織から離れているのか。
    できれば気づいていてほしいと願っていますが、
    純粋であればあるだけ、逃れられないのだろうなと思います。
    ほんとうに恐ろしい集団です。

  13. タイトル sk106-シニフィエさんへ その2 1円財務その106

    「白バラ通信 パンドラの箱」におけるシニフィエさんの「0001今も活動家。」への意見の回答です。

    返事が遅くなり、すみません。

    シニフィエURLを初めて確認させていただきました。

    かなりのボリュウムなので、100%は確認できていませんが。

    今回は、シニフィエさんのわたしへの意見に対しての回答より、
    シニフィエさんへの助言を先に述べたいと思います。

    シニフィエさんは、生まれたら、小さい時に、自分の意思とは関係なく、
    日蓮正宗のお寺でご受戒を受けられ、日蓮正宗の信徒、そして創価学会員になられたわけですね。
    そして、53歳の時に、日蓮正宗より下付された「ほんものの御本尊」を、
    お寺に返却されたのですね。

    日蓮正宗の信徒は、日蓮正宗より下付された「ほんものの御本尊」の功徳を信じると同時に、
    「ほんものの御本尊」への不敬は、仏罰の因であることも信じています。
    また、
    日蓮正宗以外の本尊は「にせ本尊」とし、仏罰の因であることも信じています。

    信心のない方は、「ほんものの御本尊」の功徳も信じませんが、
    「ほんものの御本尊」への不敬が、仏罰となることも、
    「にせ本尊」の仏罰も信じません。

    シニフィエさんは、現在「うつ状態」とのこと、

    わたしは、その「うつ状態」の原因は、

    日蓮正宗より下付された「ほんものの御本尊」を、お寺に返却するという
    「ほんものの御本尊」への不敬が現在の「うつ状態」原因の一つであり、
    そして、「にせ本尊」を発行した創価学会の会員でいたことが、
    もう一つの「うつ状態」の原因の一つであると思います。

    「うつ状態」の原因の一つである「にせ本尊」を発行した創価学会の会員は、すでに解決されています。
    もう一つの原因、「ほんものの御本尊」への不敬をクリアーすれば、
    現在の「うつ状態」は解決できます。

    日蓮正宗のお寺に行き、勤戒を受けられて、日蓮正宗の信徒として、再出発してください。
    日蓮正宗の信徒になれば、「うつ」は完全に治ります。

    日蓮正宗の信徒になれば、「うつ」は完全に治る。

    このことを、信じるか信じないかは、
    シニフィエさんの自由ですが、

    わたしは、

    日蓮正宗の信徒になれば、「うつ」は完全に治る。

    ことを信じて、
    シニフィエさんには、日蓮正宗の信徒に戻っていただきたいです。

    そのためにも、一度、現在の大石寺を見学してください。

    大御本尊ご安置の奉安堂には、日蓮正宗の信徒でないので、入れませんが、
    それか以外は、全て可能です。

    是非、現在の大石寺を見学してください。

    済みませんが、シニフィエさんの私への意見に対しての回答は、次回とさせてください。

    「0001今も活動家。」より

  14. 0001今も活動家。さんへ

    白バラ通信での私からのお尋ねを、わざわざ私のブログにまで返事をいただき、ありがとうございます。
    ただ私からのお尋ねのお返事ではなく、助言ということでしたので、それについてはこちらで意見をのべさせていただきます。

    >「ほんものの御本尊」への不敬は、仏罰の因であることも信じています。
    >また、
    >日蓮正宗以外の本尊は「にせ本尊」とし、仏罰の因であることも信じています。

    私は日蓮正宗の本尊も、創価学会の本尊も信じていません。そもそも「仏罰の因」が何であるのかさえ興味のないところです。私のうつ症状は、ここではお話しできませんし、また話すべきようなことではありませんが、はっきりしたところのものです。もとをたどれば創価学会の間違いに気づいたところから発するものですが、もっと具体的な原因があります。少なくとも決して0001今も活動家。さんの言われる「仏罰の因」ではないことははっきりしています。
    私は白バラ通信のコメント欄において、このような0001今も活動家。さんの断定的なものいいはいかがなものかということを言いたかったのです。失礼ですが、0001今も活動家。さんの言葉はこの信心から離れると地獄に堕ちるといった創価の殺し文句と同じようなレベルに聞こえてしまいます。
    話をわかりやすくするために、あえて極端なことを言いますが、創価学会や日蓮正宗や0001今も活動家。さんがおっしゃるように、日蓮の言葉そのままに邪宗を信じるならば不幸になるということであれば、キリスト教やイスラム教も含めて、人類のほとんどは不幸なのでしょうか?ダライ・ラマ率いるチベット仏教の僧侶と信者も、日蓮の教えを耳にし信じるまで人としての幸福はないのでしょうか?彼らが中国共産党から弾圧され殺戮されるのは、日蓮の教えに背く「仏罰の因」故のことなのでしょうか?だから同じ仏教徒を殺戮する中国共産党を池田名誉会長は「友」と言って歓迎するのでしょうか?ならばいつ人類に幸福がもたらされるのでしょう。全人類が日蓮正宗の信徒になり、日蓮正宗のご本尊を信じて行学にはげむことができる時代になったときでしょうか?それはいつごろ訪れるのでしょう?少なくとも私や0001今も活動家。さんが生きているあいだは実現しそうにないことですね。
    私には、心の底から尊敬できるキリスト教のシスターや、深刻な悩みを打ち明けることのできる曹洞宗の僧侶の友がいます。彼らは他人に宗教を強制しません。不幸の原因を他宗のせいにしたりしません。あくまで自分の心の中をみつめ、他人への愛に気づくことをすすめます。さて、ちょっと意地悪ないい方かもしれませんが「こっちのご本尊を信じないから病気になる」という人と、どちらが宗教といえるでしょうか。
    私は、私や私の両親はもとより、創価学会によって金と権力のために利用されてきたすべての人たちに不幸をもたらす元となった日蓮正宗を信じる気にはなれません。つまり創価学会は日蓮正宗を利用して大きくなりましたが、その因をつくったのは日蓮正宗だということも言えるのではないでしょうか。
    私は日蓮正宗の方を責めるつもりは毛頭ありませんが、0001今も活動家。さんの好きな因果の法を前提に考えるならば、創価学会出現の因は日蓮正宗にあるといえないでしょうか。つまり創価学会という恐ろしい集団の生みの親は日蓮正宗なのではないかという疑問に対して、日蓮正宗はどのように答えられるのだろうかと思ったりします。ですから私は0001今も活動家。さんが勧められる日蓮正宗に戻る気持ちにはなれないということです。
    以上、0001今も活動家。さんからの助言に対するコメントでした。

  15. 横槍すみません
    いまだにこんなことを当たり前のように言う方が居られるのですね(正宗や学会はなれたものからすれば滑稽ですね)

    よくお考えください正宗の本尊信じていても過去、癌や交通事故死、自殺など本物の本尊を信じていても不幸な最後を
    終えられたかたを身近にたくさん見てきています何故そんな結果になったのですか、お聞きしたいですね
    所詮は人が考え出したもの本物も偽者も信じるか信じないかだけのことではないのでしょうか
    医者でもないあなたが軽々しく断定などしないほうがいいのではないですか
    0001今も活動家。さん
    過去を思い出していやな気分になりましたね

  16. サラマンダラさん、コメントありがとうございます。
    日本は一応民主主義の国なので、どんな宗教でも、他人に害のないかぎりではイワシ頭を信じようと自由ですから、0001今も活動家。さんが日蓮正宗の信徒であることを誰も拒むことはできません。それと同じように、私が何を信じようと信じまいと自由な国に住んでいます。信じる自由とともに信じない自由もあります。ところが、創価学会はその信教の自由を功徳と地獄という言葉で奪ってしまいます。その人の信教の自由を根こそぎ奪ってしまうばかりか、人生を棒に振らせて、金と権力を一点に集中させる組織です。その一点とは池田大作ただひとりのエゴにしか過ぎません。組織の上層幹部でさえ、要らなくなれば簡単に捨てられる非情なところなのに、金と権力に目の眩んだ最高幹部だけが、今でも組織をどうにか存在させようと必死です。それは聖教新聞の虚飾に満ちた紙面にはっきりと現れています。あの気味の悪い新聞を鵜呑みにしているのはコントロールされた学会員だけです。
    私は今の日蓮正宗がどんなところなのかは興味がありません。よく創価学会から日蓮正宗へ戻ったという人の話は聞きますが、私にしてみればそれはとても考えられる選択肢ではありません。
    私は創価学会の呪縛からようやく解放されることで、思想信条の自由というものを知りました。それはとても素晴らしいものです。だからといって宗教自体を否定するものではありません。前にも言いましたが、宗教は人間の高度な精神作用の現れだと思いますし、それに比べれば人類の積み上げてきた科学の信憑性など足元にも及ばないと考えます。宗教自体は人類の英知です。それは仏教、キリスト教、イスラム教にもいえることです。また、科学や心理学的な見地からトランスパーソナルという分野も宗教に迫ろうと試みています。ポストモダン以降の西洋哲学にも過去の反省をふまえた知的なアプローチがなされています。ただ先の三大宗教の深みにはまだ及ばないのも事実です。それほど人類と宗教の関わりは複雑で深いものです。
    そんな中で、私にしてみれば学会がダメだったから日蓮正宗に鞍替えしようという発想はありません。
    何を信じるのか、という以前に、自分の人生は何なのかということの再考から出発しようとしています。決して安易な宗教依存に陥ることのないような人生でありたいと思います。
    創価学会の社会的問題とは別に、自分の人生の課題として、しっかり取り組まねばならないものだと思っています。
    このブログではそうした課題に対する考えを記録しながら、共感できる方たちとの対話を通じて、今後の進むべき方向を見定めていきたいと思っています。

  17. 流れ星さん、コメントありがとうございます。
    今回0001今も活動家。さんのコメントで驚いたのは、ちゃんとした文章になっていることです。
    高倉先生のブログのコメント欄では、記事とは関係のない同じ文面をむやみに繰り返すなどの暴挙が続いていましたから、私はそれがいやであのような質問をコメントにしました。
    そしたら意外にタイムリーな言葉が返ってきたので、0001今も活動家。さんが単なるアスペルガー的な方ではないのだということもわかりました。逆にそれにつられてここでも過去にあったような別の愚かなスパムコメントがあったので、これはいけないと思い、白バラ通信でのコメントは自重するようにしました。
    ですから今は0001今も活動家。さんへはきちんと対話ができればと思っています。
    どこであれ、どこかを批判すればどこからかはこのような荒唐無稽な妨害があるものです。
    きちんとした方へは誠心誠意きちんとお答えしていければと思っています。
    よろしくお願いします。

  18. タイトル シニフィエさんへ その3

    シニフィエさんの質問-1
    >日蓮正宗の信徒になれば、「うつ」は完全に治る。
    って、どこかで聞いたような話ですね。
    これではまるで功徳と罰を巧みに利用して人の心をがんじがらめにして金と権力をむさぼってきた創価学会の「やりくち」と同じではないですか?

    回答
    宗教には、力があります。

    再度言いますが、

    私は、シニフィエさんの「うつ」の原因は

    日蓮正宗より下付された「ほんものの御本尊」を、お寺に返却するという
    「ほんものの御本尊」への不敬が現在の「うつ状態」原因の一つであり、
    そして、「にせ本尊」を発行した創価学会の会員でいたことが、
    もう一つの「うつ状態」の原因の一つであると思います。

    「うつ状態」の原因の一つである「にせ本尊」を発行した創価学会の会員は、すでに解決されています。
    もう一つの原因、「ほんものの御本尊」への不敬をクリアーすれば、
    現在の「うつ状態」は解決できます。
    つまり、シニフィエさんが「ほんものの御本尊」を不敬したことが「うつ」の原因ですので、
    このことを解決する方法は、
    「日蓮正宗の信徒に戻る」ことだと言っているだけです。

    「日蓮正宗の信徒に戻る」ことに、お金は、かかりません。
    シニフィエさんの「うつ」の原因は、日蓮正宗の「ほんものの御本尊」への不敬以外はありません。

    大石寺の大御本尊がご安置されている奉安堂の前に、行けば、
    過去に、大石寺の大御本尊の功徳も罰も一度は、信じたシニフィエさんなら、
    きっと、何かを感じます。

    だから、大石寺の見学を勧めたのです。

    是非、大石寺の奉安堂の前に、行ってください。

    シニフィエさんが、大石寺の奉安堂の前に、行って何も感じないなら、
    シニフィエさんに何を言っても無駄だと思います。

    再度、言います。
    是非、大石寺の奉安堂の前に、行ってください。

    シニフィエさんの質問-2
    0001今も活動家。さん、ここでは日蓮正宗のことをお話しするような場所ではないと思うのですが、その点もどのようにお考えかを、ここではなくて私のブログのほうでお聞かせいただけると嬉しいです。よろしくお願いします。

    回答
    私も、「白バラ」は、日蓮正宗のことをお話しするような場所ではないと思います。
    今回、日蓮正宗のことをお話したのは、シニフィエさんへの助言を「白バラ」でも、コメントすべきと判断したからです。「白バラ」を見ている創価学会員へのコメントでもあったからです。

    再度、言います。
    是非、大石寺の奉安堂の前に、行ってください。

  19. 0001今も活動家。さんへ

    0001今も活動家。さん、残念です。もう少し対話のできる方なのかなと思いましたが、0001今も活動家。さんはやはり相手の気持ちを察する能力に欠けているように思われます。0001今も活動家。さんは、私のためを思っての助言なのにと思っていらっしゃるかもしれませんが、単にご自分の我見で人に指図をしているに過ぎないのですよ。と言ってもおそらく理解できないでしょう。それが0001今も活動家。さんの精神の傾向性なのだと察します。私がアスペルガー的と言ったのはそうしたことからでした。今の0001今も活動家。さんにとっては察するところ日蓮正宗が依存する唯一の宗教なので、その見地からのみで私に対して助言をされているのだと思います。申し訳ありませんが、これ以上0001今も活動家。さんとの対話は意味がないと思われますので、ここでのコメントは控えていただきますようお願いします。たとえ今後コメントされても承認しませんので、どうかご理解ください。
    ちなみに私のうつ発症の原因は、創価学会によってゆがめられた人間関係に気づいたところから始まります。私に植え付けられた愚かな宗教観によって、人を傷つけてしまったことに何十年も気づかないでいたこと。そのことで自分を許すことができなかったところに、その傷つけてしまった人が数十年ぶりに目の前に現れたこと。その精神の邂逅というべき出会いとともに、今の自分の無力さに打ち負かされしまったからです。これ以上のことは言えないので、よくわからないだろうとは思いますが、具体的に関わる人と時間がはっきりと言えるようなことで私のうつの症状が現れました。もっといえば、創価の間違いに気づいた後の私の宗教観は確固としたものがあります。幸い、他の宗教や哲学、心理学などもある程度知っていましたので、自分の中の創価学会の闇が取り払われたことで、いろんなことがすっきりと見えてきたというのが正直な感想です。創価学会のピースを取り払ったら、いっぺんにジグソーパズルがカチッとはまったといった感じです。神社仏閣にも何の後ろめたさもなく行けますし、教会の結婚式にも喜んで参加できます。街頭で面白半分に手相を見てもらったり、友人のタロット占いの話も興味深く聞けます。そう考えると、自分はなんて自分自身を縛り付けていたんだと驚きます。どうだっていいことに縛られて、自分の人生をつまらない時間に閉じ込めていたんだと。そしてなんて不自由な人生を送ってきたのだろうと思いますし、人にとんでもないことを平気で話していたんだと後悔してしまいます。でも今は違います。特定の宗教や功徳や罰などで人を脅すようなこともなく、選挙にしても自分の考えで投票できますし、何につかわれているかもわからないお金をさしだすこともないわけです。うつの原因になっていること以外では、ほんとうにすっきりとした人生観をもって毎日生活しています。ですから私にとって必要なことは、この特定された問題をどのような形で解決していくかにかかっているのだと思っていますし、そのことに果敢に挑戦しているところです。迷うことは何もありません。あとは残りの人生で、どこまですっきりと生き抜いていけるかということだと思っています。

  20. シニフィエさん、はじめまして。

    以前から貴ブログを拝見していました。
    私は現役の学会員ですが、2003年のイラク戦争をきっかけに創価の誤りに気づき、脱会こそしていませんが完全な非活壮年です。

    今も活動家さん。をはじめ、法華講、学会、顕正会の活動家に共通して言えることは、自分たちの信じている日蓮仏法が唯一絶対だとの「妄想」に浸っていることです。

    大石寺と、その信徒団体として出発した学会や顕正会も、日蓮門下の中の富士門流(日興門流)に属しています。
    その富士門流にも、富士五山や興門八本山と言われるように、さまざまな流儀があるのですが、その中で大石寺流の日蓮信仰が唯一絶対だと主張する根拠は、実はなにもありません。

    もし、その根拠が示せるなら、法華講、学会、顕正会の活動家に聞いてみたいですね。

    日蓮本仏論にしても、富士門流の中では大石寺と保田妙本寺だけです。
    歴史的に見ても、日蓮、日興、日目の誰一人として日蓮本仏などと言っていませんね。

    その他、大石寺が正統と主張する根拠に「二個相承」がありますが、これは偽書です。
    「本因妙抄」と「百六箇抄」・・・いわゆる「血脈抄」・・・これも偽書ですね。

    大聖人出世の本懐と言われる弘安二年十月十二日の、いわゆる本門戒壇の本尊も後世の作り物だということは、すでに論証しつくされています。

    偽書を作り出所不明の本尊を作り、それを自己の正統化に利用している詐欺行為。
    これが大石寺であり、学会や顕正会もその教義と本尊を利用しています。
    まるで魑魅魍魎の世界ですね(苦笑)

    実に面白い現象なのですが、法華講、学会、顕正会は、それぞれお互いを誹謗中傷していますが、いずれも大石寺の本尊と教義を信奉しています。
    学会も顕正会も、とうの昔に大石寺から破門されたのですから、大石寺流の教義を見直して再構築すべきだと思いますが、何故それをしないのでしょうね。
    不思議でなりません。

    うつ病についてですが、実は私も創価に疑問を感じてから数年間、精神科に通院した経験があります。
    おかげさまで、今では薬の服用をやめることができました。
    カルトから脱する前後は精神的に不安定になりますので、うつ病を発症しやすくなるようです。
    気長に治療をすれば必ず治りますよ。
    できれば、創価に関わるようなことは、しばらく控えたほうがよろしいかと思います。

    雑駁な書き込みになってしまいましたが、シニフィエさんの御健勝を陰ながらお祈りしています。

  21. ウトロさん、コメントありがとうございます。

    >今も活動家さん。をはじめ、法華講、学会、顕正会の活動家に共通して言えることは、自分たちの信じている日蓮仏法が唯一絶対だとの「妄想」に浸っていることです。

    そうですね、私もそう思います。世界をとても小さくしか見ておらず、それが全てだと信じて、それ以外の存在が見えなくなっています。創価の上層部にしてみればそれが目的ですから、日蓮本仏を何が何でも信じ込ませるために、いろいろな手練手管で信者を縛りあげます。朝晩の勤行をはじめ座談会や本幹も、完全にMCを強化するためのツールですよね。創価学会員の話すことはいつもとても単純で短絡的です。それはそのようにしか教えられていないし、実際に内容もその程度だから仕方がないのだと思います。MCするにはかえってそのほうが都合がいいのでしょう。
    また、うつについてのアドバイスもありがとうございます。発症してから一年以上になりますが、軽くなっているとはいえ、まだ薬は手放せません。小さな音でも異常に過敏になったり、まったくやる気がなくなったりと、本当に治るのだろうかと不安になるときがあります。ウトロさんの言葉でとても救われました。ほんとうにありがとうございます。

    0001今も活動家。さんへ
    私は上にも書いたように0001今も活動家。さんとの対話は不可能だと思いました。深夜にも関わらず何度か0001今も活動家。さんから長いコメントをいただきましたが、仏法の罰論に固執するばかりで対話にはなりそうにありません。それに日蓮仏法の罰って、そうしたものだったかなあ?と首を傾げるところもあるのですが(笑)。前にも書きましたが、私はネット上で誰とも論争する気はありません。ネット上の論争は内容が何であれ不毛に終ると身にしみています。どんなに理論的に打ち負かしたにしても、どこかの市長のように論点をすりかえたり(笑)、いつまでも平行線のままである場合がほとんどだからです。0001今も活動家。さんの場合は、おそらく平行線です。不毛な議論は精神を消耗するばかりで、何ものももたらしません。0001今も活動家。さんは正宗が絶対唯一であるという何の根拠もない教義から離れられなければ、私といくら話をしても何も進展することはないでしょう。そして万が一その教義から離れた途端に、0001今も活動家。さんにとっての日蓮正宗は、今の創価学会と同じものになるはずです。それは0001今も活動家。さんが私に「大石寺に行けば何かがわかる」と何度も繰り返すのと同じことです。お互いに言いたいことだけを言うだけで対話になっていないと思います。そういうことも含めて、0001今も活動家。さんとの対話をこれ以上続けることはできないと判断しました。なので0001今も活動家。さんのコメントは承認していません。
    0001今も活動家。さんが、創価学会や日蓮正宗のように日蓮を本仏とし(つまり末法思想を日蓮と関連づけてという意味です)、それに従うものに功徳があり、それに従わないものには罰が下るという、ノアの方舟的な、あるいはナチスドイツのような選民思想を一方的に主張するのであれば、私との対話は望めないとお考えください。
    そのことを踏まえて、なおかつ私と話をする、つまり0001今も活動家。さんが私を日蓮正宗の信徒にして功徳を得たい!と望まれるなら、0001今も活動家。さんが考える、もしくは日蓮仏法における「瞑想」とは何かという質問にお答えいただければと思います。一般的に仏教の教主釈尊は瞑想によって得度したとあります。日本においては瞑想によって真実を知ろうとする中国から伝わった禅宗の流れがあります。その基本となる瞑想とは一体何なのかということを、日蓮正宗ではどのように捉えているのでしょうか?創価学会では四箇格言を伝家の宝刀のごとくふりかざし、頭ごなしに「禅天魔」として手強い謗法の輩のような扱いでシャットアウトしてしまいます。学会の婦人部の皆さんに同じ質問をしても、「それは禅天魔といって罰をもらうだけよ。頭がおかしくなっちゃうのよ、こわいわよねえ〜」ということで、それ以上の話にはなりません。0001今も活動家。さんは、外国の新興宗教も含めいろんな宗教の方と親しくされているとのことですから、一般的な仏教に対する見識もあられると思います。0001今も活動家。さんが唯一正しいと信じていらっしゃる日蓮正宗としての「瞑想」の定義を教えていただけないでしょうか。
    私はなにも0001今も活動家。さんの教学を試そうというのではありません。仏教2500年の歴史の中で瞑想はとても大きな位置を占めています。それを謗法だ罰だと簡単に片付けるには、どう考えても無理のあることだと思いますし、瞑想は仏教に限らず、また宗教を越えて呼吸法とともに全世界に広まっています。この事実も踏まえれば決して無視することはできないのではないかと思うのです。なかなかかみ合いそうにはない0001今も活動家。さんと私ですが、テーマが「瞑想」であるならば私も0001今も活動家。さんと対話ができるかもしれないと思いました。いかがでしょうか?

  22. 0001今も活動家。さんへ

    最初は夜中にもかかわらず、あれほど早くお返事いただけたのに、今回はお返事いただけないのでしょうか?
    白バラ通信での私からの質問に対する答えにしても、実際には答えになっていません。
    もう一度だけ質問をくりかえします。
    私はあなたの
    >※「頭破七分」;自分がだれであるかわからない。完全な認知症です。
    という表現は、認知症の方や介護されている方たちに対して失礼ではないですか?という質問をしたのです。おわかりですか?
    池田名誉会長は仏罰があたって「頭破七分」になったんだというのはあなたの勝手でしょうが、「頭破七分=完全な認知症です」と断言することに対して、あなたはどれだけの責任が持てるのですか?そのことをご自分のブログではなくて、現実の世界で創価カルトと闘われている高倉先生のブログに書くことが、どういうことなのかをおわかりなのでしょうか?という質問です。
    ところがあなたは日蓮正宗の本尊を返すとうつになるとか、ニセ本尊をつくって拝んだら罰が当たってうつになるとか、何の根拠もない勝手な考えを述べているだけではないですか?そんなことが御書に書いてあるのですか?正宗の僧侶が言っているのですか?0001今も活動家。さんこそ大石寺に行って「日蓮正宗では認知症のことを頭破七分というのですか?」と訊かれてはいかがでしょうか。
    つまり、私はあなたの「白バラ通信」での軽はずみな発言によって、高倉先生にご迷惑をかけているのですよ。そのことがなぜわからないのですか?と言いたいのです。ここまで噛み砕いて言わなければおわかりにならないのでしょうか?

    もう「瞑想」についての話はなしにします。おそらく0001今も活動家。さんは「瞑想」と「日蓮正宗の功徳と罰」をどうやって結びつけようか悩んでいらっしゃるところでしょう。0001今も活動家。さん、仏教における功徳と罰は日蓮正宗流に言わせれば「方便」なのですよ。秋田の「なまはげ」が小さな子どもに「悪い子はいねが〜」と凄んで親孝行することを誓わせるように、よくわからない者でも信仰をつづけさせるためのアメとムチです。0001今も活動家。さんはそんな「なまはげ」に畏れおののきながら踊らされているのです。現に功徳欲しさに学会員を正宗に鞍替えさせようと必死ではないですか? 0001今も活動家。さん、学会でやっていたことと、日蓮正宗の信徒になってやっていることと、どこか違っていますか? しがみついているものが違うだけで、あなたは功徳欲しさに他人の不幸をみんな罰にしたくてしょうがないのではないですか?

    それから、0001今も活動家。さんは誤解されるとわかっていたと仰っているにもかかわらず、それを他人のブログに書込み訂正も謝罪もしないのですね。

  23. ちょっと遡りますが、ウトロさんのコメント、とても興味深かったです。。
    わたしも学会を辞めてから、どうしてこうも学会と日蓮正宗が、まるで鏡のようにお互いを誹謗し合うのか不思議でなりませんでした。
    また、創価学会も自分たちの宗教?が唯一絶対に正しいと他は邪宗と他の宗教のことを知りもせずに言い放つのが疑問でした。。

    わたしは、創価学会を辞めて初めて他の宗教のことを何も知らない、ということに気づきました。。
    考えてみたら、日蓮のことも創価学会を通してしか知らなかった、とウトロさんのコメントで気がつきました。
    ひとつ憑き物が落ちたみたいで、スッキリしました。。

    それにしても、創価学会にいると世界は狭まり境涯も低くなるばかり。。
    多くの人に、いまの創価学会の現実を知り真実に気づいて欲しいけれど、頭が固く執着心ばかりに長けているひとが多いから難儀です。。

    でも、若い人は多分、目が醒めるのも早いと思うので、未来に託したいですね。。

    若者よ。。投票に行けよ。。
    投票率が落ちれば落ちるほど組織票が有利なんだからな。。
    たった1票でも、キチンと意思表示しようぜ。。
    わたしは、原発再稼働反対!なので、絶対に自民党には入れない。。

  24. 流れ星さん、コメントありがとうございます。
    私は創価学会のまちがいに気づいた時も、日蓮正宗にもどることはこれっぽっちも考えませんでした。かといって宗教自体に不信感をいだいたわけではありません。でもこうしてお互いを罵りあっている姿を見れば、おおよそどちらも似たり寄ったりではないかと思われても仕方のないことだと思います。互いに「あっちの水は苦いぞ、こっちの水は甘いぞ」って言わされていることに気がついてほしいものです。問題は、自分の意思であるかのように思い込まされ、いいように操られていることに気がつかない。やはり自分で気がつくしかないのだと思います。

  25. シニフィエさんお久しぶりです。

    夏も本番に入りました。どうかお体を大切にお過ごしください。

    「学会の人は、一見やさしそうに見えますが、驚くほど社会性に欠けています。あんな組織を信じて、毎日とんでもない理屈を頭に叩き込まれているのですから社会規範に乏しくなるのも無理はありません。まったく自覚がない、自覚を持たせないところに最大限に注意をはらって組織運営がなされています。」

    まったくその通りで、現在は参議院選挙で、学会の人は自分の家庭も顧みることもなく
    選挙活動に明け暮れています。

    数年前までの自分を思い出して、いまや彼らが哀れに思えます。

    人間一人の生命、存在、ましてやその人を取り巻く家族の存在は地球よりも重いと私は考えています。
    その人々を、たった一人の野心家のために利用し、思いのままに操ろうなど言語道断の所業であり、
    とうてい容認できるものではありません。

    今後とも、シニフィエさんの地道なブログの更新を楽しみに応援いたします。

    また、今回のブログに『ウトロ』さんのコメントが掲載されていました。
    私が非活の道を選んだころ、はじめて巡り合ったブログがウトロさんの【斜め目線の創価学会】でした。

    当時は「仏法者」のHNでコメントさせて頂いていました。
    ウトロさんの優しさに心を癒された日々が
    懐かしく、ただただ感謝申し上げるのみです。

    どうかウトロさん、いつまでもお元気で・・・。

    シニフィエさんの掲示板をお借りしてゴメンナサイ。また、コメントさせて下さいませ。

  26. 北斗七星さん、お久しぶりです。
    先日、仕事仲間でもあり、なおかつ男子部の活動家でもある友人が、私の仕事場に選挙のお願いにやってきました。彼はとってもいいやつで、まったく人を疑うことを知らない青年です。学会のことも信じきっています。彼に学会の真実を投げかけても、おそらく聞く耳はもたないでしょう。露骨に原発推進や憲法改正(悪)やTPP参加を押し進めている自民党の腰巾着である公明党を、なぜ自分が応援しなければならないのかを普通に考えることができれば、少しは疑問を持てるのでしょうが、それをさせないのが創価学会の恐ろしいところです。学会がやっている政治活動は、個人の思想信条を無視した民主主義のみの字もない独裁です。ひとりの独裁者の浅ましいエゴのために多くの人が操り人形にされてきた。しかしもはやその独裁者は記号でしかありません。あたかもまだその独裁者がいるように見せかけて、いまだにその恩恵にしがみつこうとしている最高幹部が悪あがきをしている状況です。聖教新聞に掲載されていることは、まさにその悪あがきそのものです。その実体が明らかになれば、遅かれ早かれ創価学会は自滅していくでしょうが、これまでにはらわれた多くの人々の犠牲は決して取り戻すことはできません。一日もはやく、一人でも多く、学会の真実に気づいて自分の人生を取り戻すことができるようになってほしいと願っています。

  27. シニフィエさんご返信ありがとうございます。

    ブロブのコメントも最近少しずつ増えているようでうれしい限りです。

    私の地域でも組織の衰退は著しく、役職を受ける人は”昔の名前”で出ている人ばかりです。
    「哀れなるかな日本国万民・・・」の日蓮の言葉をそのままお返しするとよいでしょう。

    人類の歴史も悪が栄えたためしはありません。
    きっとシニフィエさんの努力が身を結ぶことを信じて止みません。

    それではまた・・・。

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