学会員の本音

先日excommunicateさんというHNの方からコメントをいただきました。このブログには珍しく、学会側の方のコメントでした。いろんな立場の方からいろんな意見をしていただくのはとてもありがたいのですが、残念なことにexcommunicateさんのコメントは「何が問題になっているのか」という視点のない、通り一遍の学会の賞讃と宗門批判でした。

私はこうしたうわべの話をするためにブログをたちあげたわけではないことは、ここにコメントしてくださる方にはよくわかっていただいていると思います。ただ残念ながら学会を擁護されるexcommunicateさんのコメントはなんらリアリティもなく、口当たりのいい池田先生バンザイ論でしかないと思われます。

できれば学会側の方にも、本音で対話のできる方が登場しないかなと淡い期待もあったのですが、やっぱり無理なのかなと思っています。学会と言う組織は本音を話せない組織です。天皇の悪口を言おうものならたいへんなことになった戦時中の日本のようなものです。多少の矛盾や不満を感じても、それを自分で無理矢理もみけしてなかったことにしてしまうんですね。たとえ疑問をもっても、それは自分の信心が足りないからだと言い聞かせて、お題目をフラフラになるまであげて、トランス状態に近づけて思考停止させます。と同時に「地獄に堕ちる」という恐怖心で自分を縛り上げていきます。そんなことの繰り返しの中で、同じ境遇の組織の人間同士の連帯感は強まるものの、社会性は失われ、一般常識の通用しない怪しい集団となっていきます。だから池田氏が何年も会員に姿を見せなくても、会員から不満が表に出ることもないし、聖教新聞に連日のように載る何年も前の池田氏の写真を見て「先生はお元気なんだ」となんの根拠もなく確信しているのです。

ふつう自分が働いている会社の社長が何年もまったく姿を見せなかったら「いったいうちの社長はどうしてるんだろう」ぐらいのことは考えますよね。それがほんとうに不思議なことですが学会ではありません。「先生はお元気で世界の平和のために尽力されています」と口を揃えて言うのが学会員です。池田氏も人間ですから、人前に出ることができない事情はあるでしょう。問題は組織がそのことに何もふれずに、誰も問題にしないということだと思います。私はもう聖教新聞もとっていませんから、池田氏が新聞紙上でどのように活発な指導を展開しているのかは知りませんが、あたかも元気に動いているような記事を載せるなら、せめて会員にその姿をチラッとでも見せてあげたら、会員さんはどんなにか喜ぶでしょう。ますます選挙に財務に命がけで頑張るでしょう。でももう2年以上もまったく人前に出なくなりました。そのことに対しても学会員さんの本音を訊きたかったのですが、やはりそれは基本的に無理なのですね。そんなことを口に出したら地獄に堕ちると思ってるんじゃないでしょうか。

学会員の本音」への27件のフィードバック

  1. 創価学会には光の部分と闇の部分があると思うのですね。。
    ネットではもう既に大半の人が創価学会の闇の部分を知ってしまったわけですから、どんなにきれいな耳障りの良い言葉で語っても、そこの裏に隠された牙をわたしは感じるのですね。

    創価学会で活動する大半の人は、そういう耳障りの良い善人のような言葉に騙されているわけですから、そこから抜け出すのは容易ではないと更に認識しました。

    いまの創価学会の活動はなんでしょうか?選挙も終わり休ませる間もなく、でしょうか。。?
    それとも次の戦いへ向けての友好活動と称するものでしょうか?
    学会にいた頃、友好活動で友人と何人触れ合ったか、という報告まで取らされたのを思い出します。悪夢のような日々でした。

    池田氏のことの詳細を明らかにされることを待っております。ほんとうに言う気持ちがあるのか甚だ疑問ですけれどね。。

  2. 流れ星さん、コメントありがとうございます。
    学会三世というexcommunicateさんから丁寧なお返事をいただきました。
    今後、池田氏のことについても学会員としての考えを聞かせていただけるものと期待しています。
    芸術と宗教と日蓮仏法との関係についても、もうすこし考える機会になるのではないかと思っています。
    いわゆるアンチさん、正宗さん、学会さん、まったくの無宗教さんなどなど
    みなさんのそれぞれの立場から、忌憚のないお考えを出せる場にしていけたらと思います。
    よろしくお願いします。

  3. いわゆるアンチさん、正宗さん、学会さん、まったくの無宗教さんなどなど
    みなさんのそれぞれの立場から、忌憚のないお考えを出せる場にしていけたらと思います。
    よろしくお願いします。

    とのsignifieさんのお考えなので、発言させていただきます。

    excommunicateさんへ

    excommunicateさんの意見は、数年前の私の意見です。

    創価学会の活動家のほとんどの方が、excommunicateさんの意見と同じであると思います。

    しかし、私は、昨年の7/1に日蓮正宗の信徒に戻りました。創価学会の活動家から、日蓮正宗の信徒に戻るのに、
    6年の年月が必要でしたが、

    創価学会の地区部長を長年やっていたので、創価学会の実体は、正確に把握しています。
    創価学会の全て活動を、自分でやってきましたから。

    そんな私の意見・質問を下記に述べますので、その意見・質問に対して、excommunicateさんの反論・回答をお願いします。

    創価学会による殺害犯行の東村山事件は、創価学会の致命傷となる。

    その致命傷は、創価学会の地獄を生む。

    本体(池田大作創価学会名誉会長のことを意味する言葉)は、自分を批判した者は絶対に許さない。
    目と目を合わせた上で、すっ飛んで行って、相手を殺害するような人間が、創価学会本部には大勢いる。

    とのことであるが、

    日蓮大聖人に敵対して、「にせ本尊」を発行し、700万人の創価学会員を地獄に導いた
    現代の一凶である池田大作を日蓮大聖人は、絶対に許さない。

    池田大作が、地獄に墜ちなければ、日蓮大聖人の仏法は、虚妄になる。

    池田大作は、東村山事件で、生きているうちに、創価学会の地獄を見るであろう。

    下記は、ある創価学会員への質問です。

    あなたならどう答えますか。

    質問-1
    67世日顕上人猊下までに66回の相承があります。

    貴殿が67世日顕上人猊下への相承のみ、その明確な証拠を求めて

    他の65回の相承の明確な証拠を求めない理由は如何。

    質問-2
    創価学会が発行する本尊が、「にせ本尊」でないことを

    文献学・ 歴史学・書誌学・客観的文献で証明して下さい。

    質問-3
    いつまで、和合時代の日蓮正宗の猊下の指導にしがみ付いている
    のですか?

    質問-4
    貴殿は、日蓮大聖人を信じているのではない。

    日蓮大聖人に敵対する池田大作を信じているだけだ。

    との意見へのコメントは如何。

    質問-5
    池田大作の現在の姿が、創価学会の信心の結果である。

    この意見へのコメントは如何。

    質問-6
    池田大作の現在の姿は如何。

  4. 0001今も活動家。さんへ

    0001今も活動家。さんはよっぽど地獄が好きなんですねえ。人に「地獄に堕ちる」と言って回るのが日蓮正宗の教えなのですか?あなたの言動はそう思われても仕方がないと思いますよ。人に何かを問う前に、自分のやっていることを振り返ってみてはいかがでしょうか。正宗に入るとこんな考えになってしまうのかと思ってる人もいるかもしれませんよ。あまりいないとは思いますが(笑)。創価学会がどうのという以前に、あなたの言動はおよそ信仰者のそれではないと思います。excommunicateさんとあなたの言動を比べたら、まちがいなくexcommunicateさんのほうが信仰者だと思います。ただ残念なことに、創価学会は宗教ではないので、いくら信心深くても信仰者ではなくてカルトの被害者なんですよね。0001今も活動家。さん、学会から正宗に移動して何が変わりましたか?学会員の時は他宗を邪教呼ばわりして地獄に堕ちると言って、今度は正宗の信者になって創価学会を地獄に堕ちると言っているだけではないですか?0001今も活動家。さんの中で何か変わりましたか?0001今も活動家。さんにとっての信仰とは、他人を罵倒し恐怖心を植え付けることですか?御書にそんなことが書いてあるのでしょうか?いったい何を根拠に正宗の信心をしていると言われるのですか?いちど正宗の方に自分のやっていることが正宗の信徒として正しい行いなのか訊かれてはいかがでしょうか?あなたの子どもさんやお孫さんに、ご自分の行いを誇れますか?

  5.      「0001今も活動家。さんはよっぽど地獄が好きなんですねえ。
         人に「地獄に堕ちる」と言って回るのが日蓮正宗の教えなのですか?
         あなたの言動はそう思われても仕方がないと思いますよ」

    とのことですが、

    「にせ本尊」を祈ると地獄に堕ちる。

    は、日蓮大聖人の教えです。

    日蓮大聖人の教えは、日蓮正宗の教えであり、日蓮正宗の信徒団体であった創価学会の教えでもあります。
    つまり、日蓮正宗の信徒団体であった創価学会の教義は、日蓮正宗の日蓮大聖人の教義です。

    具体的に言えば、創価学会が使っているバイブルつまり、日蓮大聖人の御書は、
    今でも日蓮正宗五十九世日亨上人猊下が編集された御書です。

    「にせ本尊」を祈ると地獄に堕ちる。

    は、創価学会員も日蓮正宗の信徒も、日蓮大聖人の教えですので違和感はありません。

           「あなたの言動はおよそ信仰者のそれではないと思います。」

    とのことですが、

    わたしは、毎日朝晩、日蓮正宗六十六世日達上人猊下書写のご本尊に勤行している敬虔なる日蓮正宗の信徒です。

        「excommunicateさんとあなたの言動を比べたら、まちがいなくexcommunicateさんのほうが信仰者だと思います。」

    とのことですが、

    信仰者とは、相手の質問には、タイムリーに真摯に回答する者です。

    現時点で、excommunicateさんは、signifieの質問にも、私の質問にも回答していません。

    創価学会員であるexcommunicateさんの言葉は、確かに耳さわりの良い慇懃無礼な言葉ですが、
    現在の創価学会の信仰者、つまり、「にせ本尊」を祈る創価学会の信仰者は、
    相手の質問に、タイムリーに真摯に回答しない、そのレベルの信仰者です。

    創価学会員のexcommunicateさん、signifieの質問への、そして私の質問への真摯な回答をお待ちしております。

  6. あのですね、0001今も活動家。 さんのように、あっちで地獄、こっちで地獄と叫んで回って何になるのですか?ってことですよ。お互いに信者同士が地獄に堕ちろと罵倒しあうのが日蓮の教えですかって訊いてるんです。それが日蓮が教える信仰者としての正しい姿なのですか?って訊いてるんです。0001今も活動家。 さん、失礼なことを言いますが、正直言いまして私には0001今も活動家。 さんが宗教を都合よく勝手に解釈して自分を正当化している宗教依存者のように見えるのです。かといって0001今も活動家。 さんの信仰をやめさせようなんて思ってはいません。他人に地獄に堕ちるなんて普通の人なら言えないんじゃないかと私は思います。そういう意味では創価学会員と何ら変わらないと思うのです。ですから正宗に移って何か変わりましたか?と訊いたのです。
    私は宗教を信じないのではありません。私が考える宗教とは、もっともっと奥の深い、深淵で気高く清らかなものだと思っています。崇高な精神の昇華だと思っています。人を平気で罵倒しあうような人たちにはとうてい理解できない世界だと思っています。ですからここで地獄だなんだと連呼するのはやめていただきたいのです。ここはそういう場所ではありません。どうかよろしくお願いします。

  7. 、signifieさんへ
    発言内容を、追記されても、わたしは、その追記に対しての回答を追記できないので、できれば、追記の場合は、
    新規項目で記入願います。

    では、追記に対して回答します。

    。ただ残念なことに、創価学会は宗教ではないので、いくら信心深くても信仰者ではなくてカルトの被害者なんですよね。
    0001今も活動家。さん、学会から正宗に移動して何が変わりましたか?
    学会員の時は他宗を邪教呼ばわりして地獄に堕ちると言って、
    今度は正宗の信者になって創価学会を地獄に堕ちると言っているだけではないですか?
    0001今も活動家。さんの中で何か変わりましたか?
    0001今も活動家。さんにとっての信仰とは、他人を罵倒し恐怖心を植え付けることですか?

    とのことですが、

    創価学会は、カルトの面もありますが、間違いなく宗教であると思います。

    学会から正宗に移動して、自宅で安置している日蓮正宗六十六世日達上人猊下書写のご本尊への祈りが、
    大石寺の日蓮大聖人の出世の本懐である大ご本尊様に通じる祈りとなり、祈りが叶うようになりました。
    大石寺の日蓮大聖人の出世の本懐である大ご本尊様に通じない祈りは、祈りとして、叶いません。
    日蓮正宗の信徒でなければ、たとえ、日蓮正宗六十六世日達上人猊下書写のご本尊への祈りでも叶いません。
    まして、創価学会発行の「にせ本尊」への祈りは、仏罰がでるだけです。
    わたしは、日蓮正宗の日蓮大聖人を信じているがゆへに、日蓮大聖人が教える功徳も仏罰も信じています。
    だから、創価学会発行の「にせ本尊」を祈る創価学会員を仏罰から救いたいがために、
    日蓮大聖人が教える仏罰(地獄に堕ちる)を主張しているのです。
    仏罰(地獄に堕ちる)を主張するのは、相手を救いたいためです。

    慈無くして詐り親しむは即ち是れ彼が怨なり
    彼が為に悪を除くは即ち是れ彼が親なり

    の日蓮大聖人が教えを御存じですか。

    仏罰(地獄に堕ちる)を主張するのは、相手を救いたいための慈悲の行為です。

    創価学会員も、平成9年12月1日より、日蓮正宗の信徒でなくなりました。
    この時点で、創価学会員は、大石寺の日蓮大聖人の出世の本懐である大ご本尊様のご開扉を受けなくなり、
    創価学会員の祈りが叶わなくなりました。

    信心のない方々には、信心の功徳も罰も理解でいないと思います。

    信仰は、頭では、理解できません。ただ、信を持って理解するだけです。

    御書にそんなことが書いてあるのでしょうか?
    いったい何を根拠に正宗の信心をしていると言われるのですか?
    いちど正宗の方に自分のやっていることが正宗の信徒として正しい行いなのか訊かれてはいかがでしょうか?
    あなたの子どもさんやお孫さんに、ご自分の行いを誇れますか?

    とのことですが、

    御書にしっかり書いてあります。

    御書を、40年間以上勉強しているので、ほとんどの御書は、理解しています。
    基本的には、御書内容で負けるとは思っていません。

    正宗の方とは、いつも話しています。あなたの御書の理解は、深いですねと言われています。
    御書に関しては、創価学会も日蓮正宗も同じですので。

    子どもや孫に、自分の行いが誇れないような信心はやめるべです。
    創価学会の信心は、やめるべき信心です。
    日蓮大聖人を信じるなら、日蓮正宗の信心以外にはありません。

    御書・教学の話を多少させていただきましたが、このブログでは、御書・教学の話はしたくないです。
    平行線になりますので。

    創価学会員であるexcommunicateさんがこのブログに登場しなければ、
    わたしは、このブログで発言する意思は、なかったです。

    創価学会員であるexcommunicateさんの登場は、
    私が、signifieさんに、多少なりとも、日蓮正宗の信心を理解していたたくための説明をする使命が
    あったからと、理解しています。 
    日蓮正宗の信心では、創価学会員であるexcommunicateさんの登場をこのように理解します。

    わたしは、このブログで発言する意思は、なかったですが、
    今となっては、signifieさんの質問には、基本的には、お答えします。

    創価学会の地区部長を長年やっていたので、創価学会の実体は、正確に把握しています。
    創価学会の全て活動を、自分でやってきましたから。

    と前回書きましたが、創価学会への質問も、日蓮正宗への質問も基本的に回答はできると思います。

  8. 、signifieさんへ

    2013年8月5日04:34のsignifieさんの発言を今、確認しました。この発言へのコメントは、すこしお時間をください。
    これから、出かけますので。

  9. 初めからの法華講員に今も活動さんのような方はおりませんが、元学会員でお寺に戻られた方には同じような方がいるかもしれません。
    私の両親は共に創価が宗門の信徒団体時代に教授の資格をとりましたが、未だにバリバリの学会員なので、御書を正しく理解していないと思います。
    ですから、今も活動家さんが「ほとんどの御書は、理解しています。」と仰っていますが、そうじゃないかもしれないので、せっかく法華講になられたのですから、一から学ぶ姿勢を持たれたほうがいいのではないかと私は思います。

    長く創価の地区部長をしていても、今も活動家さんはまだ創価の闇、隠れた意図をわかってはいないようです。
    創価はsignifieさんの仰るとおり、カルトであり、宗教ではありません。
    学会員は教団の金集めのために騙された人達です。
    創価は反日団体であり、反社会団体です。
    池田さんは韓国を祖国といい、日本を貶し韓国を褒めている記念碑を韓国に建ています。

    確かに創価の御本尊は日蓮正宗の御本尊(浄圓寺への授与書入り御本尊)を改ざんしカラーコピーしたものなので、それを拝むと現証は出ます。
    これは日蓮正宗の御本尊だからということではなくて、どの宗派の御本尊もしくはマンダラをコピーして拝んでも同じことが起こります。
    なぜなら、してはいけないことだからです。
    今も活動家さんが学会員を救いたい気持ちはよくわかります。
    それは間違っていませんが、相手から拒否されては折伏にはならないこと理解していただきたいです。
    正宗≠創価、これが理解できない学会員・元学会員がほとんどですが、それは三宝を知らないからなんです。
    三宝があって仏教ということを知らないから、創価も日蓮正宗も同じに見える。
    私が法華講になって最初に学んだ事は三宝でした。
    日蓮正宗は三宝がある日本の仏教ですと教えていただきました。
    ・・・ということはそれを知らない学会員が多いということですね。
    三宝も知らないのに仏教を語り、仏教じゃないものを仏教と認識している。そのこともわかっていない。
    このように創価の洗脳はとても根が深いのです。
    今も活動家さんは間違いに気付かれて法華講になられたけど、そうじゃない人がたくさんいます。
    今も活動家さんはいろんな方から忠告を受けていますよね。
    それは真摯に受け止めましょうよ。自分の行いが絶対に正しいなんてことはないのですから。
    いつでも内省できて、自分の境涯を高められる自分でいましょう。
    それが信仰者の姿ではないかと・・・。

  10. signifieさんへ

    2013年8月5日04:34のsignifieさんの発言にコメントさせていただきます。

    その前に、創価学会員のexcommunicateさんのsignifieの質問への、そして私の質問への真摯な回答はいつあるのでしょうか。

    創価学会員のexcommunicateさん、signifieの質問への、そして私の質問への真摯な回答をお待ちしております。

    では、コメントします。

    私の発言は、創価学会発行の「にせ本尊」を祈る創価学会員を日蓮大聖人の仏罰から救いたいがためです。

    700万人の創価学会員を日蓮大聖人の仏罰から救いたいがためです。

    「にせ本尊」を祈ると地獄に堕ちる。

    は、創価学会も現在も折伏の時に、言っています。

    私の、「地獄に堕ちる。」発言は、創価学会発行の「にせ本尊」を祈る創価学会員を日蓮大聖人の仏罰から救いたいがためです。

    キリスト教徒・イスラム教徒および他宗の信徒への発言ではないです。

          「ですからここで地獄だなんだと連呼するのはやめていただきたいのです。
          ここはそういう場所ではありません。どうかよろしくお願いします。」

    とのことですので、

    今後は、このブログでの発言は、わたしへの質問に対する回答のみの発言とさせていただきます。

    最後に、日蓮大聖人の教えの一つである「四箇格言」を下記に書きます。

              念仏無間
              善天魔
              真言亡国
              律国賊

    御書を勉強している創価学会員なら、理解している比較的一般的な日蓮大聖人の教えの一つです。

    「四箇格言」の説明は、省きます。もし、この教えを知りたければ、インターネットで確認してください。

    深い意味の教えですが、簡単に、排他的な教えと理解される人も多いのは事実です。

    再度言います。

    創価学会員のexcommunicateさん、signifieの質問への、そして私の質問への真摯な回答をお待ちしております。

  11. 木花 様へ
    私への忠告ありがとうございます。
    真摯に、木花 様の忠告を受け止めたいと思います。

    あたしは、創価学会の中でも、変わった地区部長でした。創価学会の活動家から、日蓮正宗の信徒になるのに6年かかりました。
    最後には、日蓮正宗の信徒の方が迎えに来てくれないので、自分ひとりで、日蓮正宗の信徒の会合に行っていました。
    そのときは、日蓮正宗の信徒の方に、
    「あなたは、本当に、創価学会の地区部長ですか」と、よく、言われました。
    あなたのような、創価学会の活動家は、初めてです。
    笑いながら、一人で、日蓮正宗の信徒の会合に来ている創価学会の活動家は、あなたしかいません。
    いい加減早く、日蓮正宗の信徒なりなさい。と怒られていました。
    創価学会の活動家から、日蓮正宗の信徒になるのに6年は長すぎたのかな。
    昨年の7/1に、日蓮正宗のお寺で勧戒の儀式を受けて、日蓮正宗の信徒に戻りました。
    現在、日蓮正宗の信徒に戻ってから、5名の創価学会員を、日蓮正宗の信徒に戻しました。
    ことしは、あと12名の創価学会員を、彼らの幸せのため、日蓮正宗の信徒に戻す活動をしています。

    日蓮正宗の信徒になったらすぐに、大石寺発行の「平成新編 日蓮大聖人御書」を購入して勉強しています。
    だから、私は、バックに、
    創価学会発行の「日蓮大聖人御書全集」と 大石寺発行の「平成新編 日蓮大聖人御書」の二つの御書を入れて
    日蓮正宗の信徒の会合に参加しています。

    木花 様は、日蓮正宗の信徒の活動家ですか、あまり、木花 様を認識していないので、すみません。

  12. 四箇の格言ですよね。
    日蓮の教えの最たるものは。。
    わたしは、正直、ここに大いなる疑問を感じたのですよね。
    己が教えが唯一正しいとする、その教えにとても違和感を感じたのです。。
    和宗という教えがあるのをご存知ですか?聖徳太子の和をもって尊しという考えからくる教えですが、日蓮の教えとは対極にありそうですね。
    これからの世の中、相手の思想や宗教を批判しても始まらないんじゃないですか?日蓮正宗も創価学会もお互いに相手のどこそこが、と批判しあいっこしてキリがないですね。
    日蓮の教えの中に地獄に落ちる、という考え方があるって、どっちもどっちですよ。日蓮正宗も創価学会も。。
    恐怖で相手をコントロールするのは間違っていると想います。もう、そんな時代じゃないですよね。

    それから、何故、法華講の人も、もうひとつあった。。えっと、 なんだったっけ。。まあ、それらの人たちは何故、創価学会員ばかりを折伏するのでしょうね。。それが前々から不思議で。。もっと違う一般の方を折伏しないのでしょうね。不思議です。。ほんとうに。。

    ひとつの宗教を信仰するということは、厳しい修行ですよね。でも、他宗は、それを他人にぶつけずに己を律して修行されているのではないでしょうか?
    どこか違うような気がします。

  13. 今も活動家さんへ
    学会の地区部長でありながら、日蓮正宗の会合にも出席されていたんですね。
    学会員には珍しいことです。
    断っておきますが、日蓮正宗に活動家はおりませんよ。
    信者しかいません。
    私が日蓮正宗に戻った理由はいくつかありますが、「木花のブログ」に書いてありますので、よかったら読んで下さい。
    折伏はネットするものではなくて、足を運んで対話するものです。
    それは今も活動家さんがよくわかっていると思います。
    signifieさんのブログや白バラなど、他人のブログですることではないので、それはやめたほうがよろしいかと・・・。

    流れ星さんへ
    信仰は多数もつものではなく一つのものを信仰するのが本当だと思うんです。
    納得されていないのに信仰は持てません。
    信仰は強制されるものではないので、嫌ならしなくていいのです。
    学会員さんは強制されて信心しているのに対し、法華講は納得して信仰しています。
    どうでもいいことかもしれませんが・・・。
    「四箇の格言」の教えは知っていますが、日蓮大聖人の教えの最たるものかどうかは私にはわかりません。
    私は仏性を開くこと、すなわち成仏することが大聖人の教えの最たるものだと思っております。
    流れ星さんからみたら法華講は学会員ばかりを折伏しているように見えるかもしれませんが、それはないです。
    他宗の方の折伏もしていますよ。
    ただ、元学会員で法華講になられた方はおもに学会員を折伏していますね。
    それは仲間だった学会員を「救いたい」という気持ちが強いからなんだと思います。
    地獄に堕ちるという教えは聖書にもあると思いますが、私はお寺で地獄に堕ちるなんて講話は聞いたことはないです。
    折伏は慈悲の心で行ずるものと教えられています。
    それと聖徳太子は法華経の注釈書「法華義疏」を書かれており、法華経は釈尊の真意をつかむ入口になると書かれていますね。

    excommunicateさんへ
    私が事実を歪曲しているとコメントされていましたが、牧口・戸田両会長は法華講員であり、お墓も日蓮正宗にあります。
    ですから池田さんの仰る師弟不二は嘘になります。
    平成17年11月1日現在において、日蓮正宗側と創価学会側との間で争われた裁判の勝敗内訳は以下の通りです。
    【事件件数 172件】
    ◎日蓮正宗側勝訴……116件(勝訴率84.1%)
    ◎創価学会側勝訴……22件(勝訴率15.9%)
    ◎和解……34件
    歪曲しているのは学会員のほうでは?

    signifieさんへ
    白バラで私に投げかけて下さったコメントが縁で、こうして対話できたことありがたく思っています。
    まさかここまで深く対話できると思ってもいませんでした。
    ただ何度も正宗の教えと池田創価の指導・教えは違うものと言っているのですが、わかっていただけないようで・・・。
    正宗は新聞啓蒙・選挙活動等を仏道修行にはしてませんし、そのために御書を使ってはいないです。
    ここに集う方は圧倒的に元学会員と学会員であり、正宗の教えを知らない方ばかりで、正宗の教え=池田創価の教えという結論を出されるのなら、私は何もいう事はございません。
    そのように思う方はそれでいいと思います。
    創価学会に対しても、社会的な面をスルーして表面の宗教的なことを語っても、あまり意味がないと思っています。
    創価学会が日本の社会に落とした影は大きく、学会員は長い間それを支えてきました。
    そのツケの後始末を一般の方が一生懸命され、日本を護ろうとしています。
    一般の方は創価学会・学会員を危険だと思っているため、どのアンケートでも嫌い・大嫌いが95%近く占めます。
    知らないのは末端学会員だけ・・・。
    だから騙され続けている。
    創価の真実が明らかになれば、宗教は怖いものではないことがわかるのに・・・。と思っております。

  14. 木花さんへ
    いつもコメントありがとうございます。
    木花さんのおかげで日蓮正宗に対する印象がずいぶん変わりました。もちろんいい意味でです。今も活動家。さんと同じ信仰をしている人とはとても思えません(笑)。木花さんのコメントを読んでいるとホッとします。今も活動家。さんの頭がクラクラするようなコメントも、木花さんのお話によって平常心に戻ることができます。今も活動家。さんが本当に学会員を救いたいと思うのなら、どうしてあんなに悪態ばかりつくのか理解できません。だれもまともに話を聞く気がなくなるのがわからないのでしょうね。ほんとに日蓮正宗の信頼をぶちこわしているだけなのになあ。
    私は創価学会=日蓮正宗とは思っていません。それは先にも言いましたように、宗教かそうでないかという決定的な違いがあるからです。それと正直言いますと、日蓮正宗についてそれほど関心がなかったので、木花さんのお話は「なるほど」と思うことが多いです。ただし日蓮の教義と芸術に関することについての疑問はそのままです。創価学会員のときに学んだ(それも中学生の時でしたが)五重の相対や四箇格言のような基礎的な教学に照らしても、単純な矛盾点から一歩も出ることができません。もしかしたら学会で学ぶ教学はMCのためのものですから、かえって邪魔になっているのかもしれません。でも仕事柄、日本はもちろんインドや中国の仏像彫刻にも詳しくなり、キリスト教文化もいやでも詳しくなるので、学会員ほど偏った教学ではないと思います。芸術が好きでいろいろと勉強したりしていると、どうしてもその作品が生まれた土地の宗教や哲学を知らなければならなくなります。現代芸術を学ぶには戦後の西洋思想もかじらなければわけがわからなくなります。私が大好きな哲学者はメルロ・ポンティです。また私のHNのシニフィエもそうした経過の中からソシュールの思想を引用したものです。それから心理学もある程度は知らないと話にならないので、そのあたりを勉強していると、どうしてもトランス・パーソナル心理学やアーノルド・ミンデルのような宗教に近づくような学問にまで興味が及んできて、そこでやはり古来からの人類が育んできた宗教の偉大さに感銘を受けます。やっぱりここに行き着くんだなと思います。
    私としてはまだ創価学会のショックからまだ立ちなおれていないので、宗教について冷静に考えたり眺めたりすることができないのかもしれません。こうして木花さんと対話ができただけでも、このブログを続けてきてよかったなと思います。おたがいに思想信条の違いを認めつつ、対話を続けていければと思っています。

  15. Excommunicateさんへ

    私がこれまで体感してきた事象との深い溝についての意見交換、つまり
    対話を継続できましたら大変幸いです。

    84歳になられるご高齢の池田先生に対して、姿を現さないのはおかしい
    というご意見に対しても、私からの意見を申し上げる機会を頂きたいです。

    高倉氏のブログ内容についても、これは既に裁判上の争点となっている案件と思います
    ので、素人がコメントするのは控えたいですが、
    しかしながら、私の私見の一端でも、吐露させて頂けましたら幸いです。

    とのExcommunicateさんのご意見

    また、

    私も40年近く学会の庭で育ち、それなりの役職まで
    経験させて頂き、多くの学会員と人生を共にしてきた人間

    とのこと。

    わたしは、1772.03.16に日蓮正宗創価学会に入信し、2012.06.30まで、40年間
    地区部長も務めた創価学会の活動家でした。
    2012.07.01に日蓮正宗の信徒に戻りましたが。

    会社の創価学会員の社内組織である社会部でも、
    社内組織の長として、創価大学出身の社員を含め、社会部員を指導してきました。
    また、社会部副委員長として、他者の社会部員も指導してきました。
    年間で、1社のみしか受賞できない
    「社会部最優秀グループ賞」も受賞させていただきました。
    「社会部最優秀グループ賞」の受賞は、利害関係が絡む社会部での活動で、
    池田先生に、お応えできた証ですから。
    また、池田先生に、お応えしたいので、会社の組合書記長としも頑張りました。

    創価学会時代の40年間は、池田先生は、人生の師でした。
    この点は、Excommunicateさんも同じはずです。

    しかし、池田大作・創価学会の極悪に気づきましたので、
    2012.07.01に日蓮正宗の信徒に戻りました。
    Excommunicateさんも早く、日蓮正宗の信徒に戻ることを祈ります。

    そんなわたしが、インターネットの掲示版「創価学会脱会推進委員会」に掲示した
    最新のコメントをあなたに贈ります。
    下記が、そのコメントです。

    東村山事件の千葉英司氏(元東村山警察署副署長・元東村山事件初期捜査指揮官)の回答

    3.貴殿との質問状を巡る論争は、捜査機関や法廷の場に移るので、
    今後は、書面での議論は不要である。

    上記は、東村山事件の千葉英司氏の高倉先生への回答の第3項であるが、

    わたしは、この千葉英司氏の回答の第3項は、下記のように理解した。

    千葉英司氏は、質問状で

    その1
    本件記事が、仮に、真実であった場合は、再捜査により事件は解決する。

    その2
    本件記事は、現職警察官の内部告発(警察は、朝木市議殺害犯人を特定したが創価学会員の検事が握り潰した)

    と述べている。

    わたしは、千葉英司氏は、正義感で、
    独自に、東村山事件の再捜査を仕掛けるつもりと理解した。

    東村山事件の再捜査が実施されれば、
    必然的に、捜査機関や法廷の場に、高倉先生は、重要参考人として、呼ばれ、
    その時、高倉先生への千葉英司氏の質問状の内容は、確認される。

    よって

    今後は、書面での議論は不要である。

    と理解した。

    東村山事件の再捜査が実施されれば、

    「東村山事件が、創価学会の組織による殺害犯行事件」と立証されることは、
    容易なことである。

    そうなれば、

    創価学会は、宗教法人資格を失い、解散しなくてはいけない。

    「悪は、一時栄えることがあっても、永遠に栄えることはない。」
    このことは、歴史が証明している。

    池田大作は、東村山事件で、生きているうちに、創価学会の地獄を見るであろう。

    日蓮大聖人は、
    池田大作に、創価学会の地獄を見させて、初めて他界することを許すということか。

    日蓮大聖人に敵対して、「にせ本尊」を発行し、700万人の創価学会員を地獄に導いた
    現代の一凶である池田大作を日蓮大聖人は、絶対に許さない。

    池田大作が、地獄に墜ちなければ、日蓮大聖人の仏法は、虚妄になる。

    このことが、東村山事件の再捜査の結果で、実感できると言うことか。

    池田大作は、ノーベル平和賞を受賞できずに、
    「殺人集団・創価学会の首謀者」としての烙印をおされて他界できるのか。

    日蓮大聖人の現代の一凶である池田大作への怒り、仏罰の恐ろしさに身が震えてしまう。

    まさしく、

    池田大作が、地獄に墜ちなければ、日蓮大聖人の仏法は、虚妄になる。

    下記は、Excommunicateさんの発言の抜粋です。

    ご丁寧なご返答を頂きまして、誠にありがとうございます。お仕事で重責を担われてい
    ることでしょう。そんなご多忙の中で、拙い私の為にご返答頂いたことに大変感謝申し
    上げます。そして、対話を続けて頂けることに大変嬉しく思います。

    この当時の経緯は、また、機会があるときにお話しさせて頂ければと思います。

    私は、
    一方的に自分の主張を押し込むようなことをする為に、ここに来たワケではありません
    せんし、そのつもりも毛頭ございません。しかしながら、Signifieさんがご主張される
    ことと、若輩の私がこれまで体感してきた事象との深い溝についての意見交換、つまり
    対話を継続できましたら大変幸いです。

    私も40年近く学会の庭で育ち、それなりの役職まで
    経験させて頂き、多くの学会員と人生を共にしてきた人間からすると、とても理解に苦
    しむご意見でもあります。

    、現在、84歳になられるご高齢の池田先生に対して、姿を現さないのはおかしい
    というご意見に対しても、私からの意見を申し上げる機会を頂きたいです。

    高倉氏のブログ内容についても、これは既に裁判上の争点となっている案件と思います
    ので、素人がコメントするのは控えたいですが、
    しかしながら、私の私見の一端でも、吐露させて頂けましたら幸いです。

  16. 皆様へ
    連投ですみません。
    ある方から、私へのコメントをいただきましたので、紹介します。

    人には、いろいろと価値観があるので、私へのコメントもいろいろとあるのだと思います。
    当然なことだと思います。

    閲覧注意!!【創価大卒23期生高原紀行の創価脱会理由は猛毒ニセ本尊!】
    http://takaharadiary.seesaa.net/

    上記の「創価大卒23期生高原紀行(実名)さんのブログ」で、
    私へのコメントをいただきましたので、下記に紹介します。

    0001今も活動家。さんのコメント他のブログでも拝見しています。
    そのコメント表現へのクレームコメントも拝見しました。

    彼らは真面目な気持ちで言ってると思いますが、創価カルトの汚さが解っていない。
    池田カルトが常識的文言で表現できるような世界じゃないことを、彼らは解っていません。
    常識やモラルなど欠片もない、異次元の世界が池田カルトです。
    なので、0001今も活動家。さんはダイレクトな表現で純粋に訴えておられる。
    それは知らない人たちや会員さんたちへの、魂の警鐘だと感じています。
    大衆への思いやりと、不幸の根源・池田カルトへの純粋な怒りです。
    胃穿孔の実例など、まさにそうです。
    いろんな方々が、その個性での純粋な表現・大変に結構です。
    そして必要なことだと思います。
    それに0001今も活動家。さんは、池田創価への怒りと大衆への投げかけの言葉をちゃんと立て分けて仰っておられる。
    礼節を踏まえておられます。
    ちゃんと冷静に拝見すれば、わかることです。
    そんなこともわからず、表面上だけの感覚で批判する人たち・・・。
    だから、池田カルトに利用され・餌食になるのですよ。
    カルトは常識人のモラルや優しさにつけ入るのです。
    その人の優しさや温情・努力、全てを利用し・池田創価のおかげだ!と洗脳し、マインドコントロールしてきたのです。
    世間常識の枠から離れ、距離を置き・ビルの最上階から見渡す次元でないと、池田カルトは見抜けないし・わからないと思います。
    他のブログコメントが、そのいい例なのです。
    ここまでマインド操作できるから、カルトがのさばってきたのです。

    他のブログにそのままコメントさせて戴こうかと思いましたが、
    そのブログが変に荒れても管理者さんにご迷惑なので、こちらに一言申し添えました。

    0001今も活動家。さんは、是非とも今のままでいて下さい。

    今後も、ご自分のカラーで警鐘を鳴らし続けて戴きたいです。

    拙き愚か者の私ですが、どうしても申し上げたく・コメントさせて戴きました。

    高原さんも0001今も活動家。さんも、
    いつの日か・お会いしたと思っています。
    一緒に美味いグラスを交わしたいものです。

    高原紀行(実名)さんのプロフィールを下記に紹介します。

    仏罰多発の創価学会員を救うべくより信憑性を持たせる為、出身大学と実名をあえて晒しました。
    分県学生部長・男子部部長・青年教学1級・本部牙城会等種々人材グループなど経験。
    某大手ハウスメーカーにて全国NO.1の営業実績を頂き、聖教新聞全国版一面に2001年5月29日付掲載される。

  17. Excommunicateさんへ

    2013年8月3日01:03に登場されて以来、登場されていませんが、
    体調を崩されたのですか、心配しております。

    私も40年近く学会の庭で育ち、それなりの役職まで
    経験させて頂き、多くの学会員と人生を共にしてきた人間

    とのことですので、

    地元では、地区部長以上の役職を務められたのですか。
    御書も、かなり理解されていると思います。

    池田先生は、表の活動は、原田会長・正木理事長等に任せ、
    毎日、元気に、「新・人間革命」等の執筆活動をされているのですか。

    池田先生の健康状態は、インターネット情報では、
    「池田先生は健康ではない」の情報ばかりですが。

    このまま、Excommunicateさんが、登場されないと、
    「Excommunicateさんは、言行不一致の人間」と判断され。
    人生の師である池田先生を悲しませることになりますが、いかがでしょうか。

    また、せっかく、広宣流布のため、
    池田先生からいただいた創価学会の役職を汚すことになりますが、いかがでしょうか。

    わたしと、excommunicateさんのsignifie さんの評価は、

    創価学会がどうのという以前に、あなたの言動はおよそ信仰者のそれではないと思います。
    excommunicateさんとあなたの言動を比べたら、
    まちがいなくexcommunicateさんのほうが信仰者だと思います。

    とのことです。

    excommunicateさん

    どうか、signifie さんの評価を裏切らないでください。

    下記は、Excommunicateさんの発言の抜粋です。

    ご丁寧なご返答を頂きまして、誠にありがとうございます。
    お仕事で重責を担われていることでしょう。
    そんなご多忙の中で、拙い私の為にご返答頂いたことに大変感謝申し上げます。
    そして、対話を続けて頂けることに大変嬉しく思います。

    この当時の経緯は、また、機会があるときにお話しさせて頂ければと思います。

    私は、
    一方的に自分の主張を押し込むようなことをする為に、ここに来たワケではありません
    せんし、そのつもりも毛頭ございません。
    しかしながら、Signifieさんがご主張されることと、
    若輩の私がこれまで体感してきた事象との深い溝についての意見交換、
    つまり、対話を継続できましたら大変幸いです。

    私も40年近く学会の庭で育ち、それなりの役職まで経験させて頂き、
    多くの学会員と人生を共にしてきた人間からすると、
    とても理解に苦しむご意見でもあります。

    、現在、84歳になられるご高齢の池田先生に対して、
    姿を現さないのはおかしいというご意見に対しても、
    私からの意見を申し上げる機会を頂きたいです。

    高倉氏のブログ内容についても、
    これは既に裁判上の争点となっている案件と思いますので、
    素人がコメントするのは控えたいですが、
    しかしながら、私の私見の一端でも、吐露させて頂けましたら幸いです。

  18. 0001今も活動家。 さんへ
    申し訳ありませんが、ご自分のコメントであっても、他のブログからの引用はお控えください。
    これ以降、そのような書き込みがありましたら非表示とさせていただきます。
    そのときのご自分の言葉で対話をしてください。
    よろしくお願いします。

  19. 木花さんへ
    このHNは、どういうことからつけられたのですか?きっと意味があるのだろうな、と思って興味がありましたので、お聞きします。良かったら教えてくださいね。

    わたしの拙いコメントにお返事をありがとうございます。
    わたしはいま、さすらい人です。。
    創価学会で懲り懲りしたので、もう、組織と呼べるものには金輪際入らないつもりです。
    また、宗教もそうです。
    ただ、精神世界には非常に興味があるので、いまは、行けるところの神社仏閣に詣で体験中です。。
    ひとつの宗教にこだわることなく、スピリチュアルな面から癒され心地よいと思えるところに出向き、畏敬の念と感謝の心で詣でているのですね。
    確かに歴史ある素晴らしい神社仏閣は存在し、こんなわたしにも微力ながら不思議な体験もさせていただきました。
    日本は、もともと神仏習合の風土で、一神教とは少し違うのかもしれません。神さまは、まさに喧嘩しないで存在していると信じています。

    どのような神さまにも仏さまにも、小さな道端のお地蔵さまにも、きっと何かしらの意味があり、そこに存在していると思うのですね。
    ですので、特にひとつの宗教にこだわる気持ちは、いまのわたしにはなく、将来も。。
    キリスト教が戒律が厳しいのも知っています。

    日蓮正宗と創価学会を同じようには思ってはいません。が、つい今も活動家さんのコメントを見て、わたしもコメントをしていた帰来がありますね。
    そこは、申し訳ありませんでした。

    わたしは、元来怠け者なので、宗教における修行は向いていないです。創価学会にいるときに朝晩の勤行も抜かすと自分を責めてしまい苦しかったです。。

    日蓮の素晴らしいところは、南無妙法蓮華経のお題目を庶民に広めたことだと思っています。このお題目が素晴らしいのであって、御本尊は、それぞれ違っても仕方ないと思います。現に日蓮のしたためた御本尊は、いろいろな書体でしたしね。カラーコピーは、確かに酷いと思いますが。。

    わたしは、日蓮という教祖から離れていま、いろいろ見聞しているところなんですね。それを日蓮正宗の信者さんたちは、謗法と思われるのでしょうか?

  20. まず、なかなかオンタイムでご返答ができなくて大変申し訳ございません。もし、スピード感持って返信しないと失礼にあたるようでしたら、私はこの貴重なブログから去るしか術はありませんので、その際はご遠慮なく仰って下さい。

    私はじき40歳になります。また、仕事も油の乗った時期で管理職でもありますので、日々、業務に忙殺されていますし、家では三児の父でもあり、学会では、ありがたくも多くのメンバーに激励させて頂ける責任職を頂いています。もうすぐ壮年部入りでしょうが、まだかろうじて、男子部の最後のひと時を満喫しています。

    以上のような理由で、大変失礼にあたるのは承知ですが、どうしても毎日、コメント出来ない事情もありまして、時間も遅くなってしまうことを何卒、ご容赦下さい。繰り返しますが、迅速なレスポンスが求められるブログでしたら、私は続ける自信はありませんし、皆さんにご迷惑をお掛けしてしまいますので、退場勧告はいつでも甘んじてお受け致します。

    さて、私の人生の師匠、池田先生のご様子についてですが、私見を申すならば、いつまでもお元気でいらして欲しいと毎日の勤行唱題で御祈念するものの、お年はすでに86歳(84歳と誤記してしまい申し訳ございません)で、一般的見地からしますと、辛いお別れがいつ来てもおかしくない御年齢です。

    そういったことを深く考える時に、今までのようにもうご無理して、多くの会員の方に直接会う形での激励をされなくても、今のように執筆活動を通して激励下さるだけで感謝一杯というのが、不肖の末弟子の思いです。

    ゆえに、これは感性の違いでしかありません。学会に批判的な方々から思う感性と、内部の末弟子が感じる感性の違いです。そこには虚飾も偽りもない純然たる思いだけです。先生がご病気ならご回復をお祈りするしかありませんし、ご健在なら、益々のご長寿を祈る。私はそういうスタンスです。

    その上で、さらに深掘りするならば、今までに師匠が残された膨大な指導、執筆による書籍等に、全てが網羅されている今、これ以上何を望むのか、弟子として、もはや求める時代は過ぎ、自発能動的に師匠の構想を実現していくというのが、今、問われている弟子の道であると思います。

    ゆえに、私は学会の組織においても、師匠の構想を実現すべく、その指導通りに闘っています。そう、会員1人1人に光をあて、1人1人と苦楽を共にし、この日蓮仏法をもってして、宿命転換を成し遂げて幸福になっていく、その闘いです。

    人の宿業は御仏智でしか推し量れません。また、その人の幸不幸は、その人しか感じることができません。はたからみたら不幸に見えても、この十界互具の大生命哲理からみますと、決してそうではないこともあります。

    創価学会は昔から貧乏人と病人の集まり、また、暴力宗教、ファッショ(今で言うカルト)と世間から非難中傷されてきました。破門後20年を経過した今でも、その構図は変わりません。

    だからこそ、その矢面に常に立って、私たち会員の防波堤として、一心に罵詈雑言を受けて頂いていた初代、二代、三代会長、そう、池田先生に私たちの切実な思いが凝縮されるのは当然のことです。

    ここまで書きますと、私の洗脳度合いが高いとか、池田先生万歳論の結晶だとか、方方から厳しいご意見を頂戴するのは覚悟の上です。

    しかし、この私の思いは、おそらくですが、今の学会の活動家と言われる方々の思いの多くをを代弁していると思います。

    その思いを伝えたいこともあり、投稿させて頂きました。

    皆様のご意見をお待ちしております。ただ、レスポンスが遅くなることは、どうかご容赦下さい。

    皆様におかれましては、明日からまた、酷暑になると天気予報で知りました。どうか、お身体には十分ご自愛下さい。

    ありがとうございます。

  21. excommunicateさん、コメントありがとうございます。
    excommunicateさんのお返事が遅いなどとは思いませんので安心してください。私も多くの仕事を抱える身なので、いつもこのブログを見はっているわけにはいきません(笑)。excommunicateさんの無理のないタイミングでまったくかまいませんので、よろしくお願いします。

    今も活動家。さんへ
    私からのお願いにもかかわらず、対話ではなく、なぜか日蓮正宗を自ら貶めるようなコメントを続けていらっしゃいますので、非表示とさせていただきます。今後コメントされましても、管理者の私も読むことなく直接ゴミ箱に行くようにしていますので、もし言いたいことがございましたらご自分のブログにてお願いします。

  22. excommunicateさんへ

    正直に申し上げますが、ちょっとがっかりでした。あえてここにコメントするということを申し出ていただいたのだから、もう少しつっこんだ回答がなされるのではないかと期待しておりましたが、最初のコメントと同じようなことでした。私がお訊きしたかったのは「なぜ池田氏が人前に出てこないのか」ではなく「なぜ人前に出てこないことに対して学会員は誰も触れないのか」です。excommunicateさんの回答はexcommunicateさん自身が考える想像でしかありません。何も言わずに二年以上も会員の前に姿を現さないのは、それなりの理由があるはずです。かといって執筆活動は驚くほどやられているので、年に一度ぐらいでも会員の前に顔を出すとか、せめて録画映像だけでも同時中継のときに流すことぐらいできそうなものではないかとも思います。まあ、それはこちらではわからない池田氏の事情があるのでしょうから、それはそれとして、そのようなことに対して会員が誰も何も言わないことの不自然さに対して、excommunicateさんから何らかの回答をいただけるのではないかと思っていたからです。

  23. 流れ星さんへ
    HNに特に意味はありませんが、なんとなくこのHNにしました。「木花咲耶姫」を連想されましたか?
    >いろいろ見聞しているところなんですね。それを日蓮正宗の信者さんたちは、謗法と思われるのでしょうか?
    とのことですか、法華講でもない流れ星さんをそう思う法華講さんはいないと思います。
    どうして法華講の目を気にされるのかとても不思議なんですが、学会員は法華講を監視してますがその逆はありませんよ。
    気にしないで思う存分見聞されたらいいと思いますよ。

    signifieさんへ
    signifieさんは創価を宗教と思われていないのに、未だに創価の教義に縛られていることを気の毒に思います。
    創価は日蓮正宗の教義を使っていますが、結果的に歪曲された池田思想なんですよね。
    だから、それを信じなくてもいいと思うのですが、捨てられませんか?
    2世・3世の学会員は生まれてすぐに親から池田思想を洗脳され、組織と学会員からも洗脳され何重にも洗脳されて育ちます。
    最初に学ぶことが法華経ではなく、池田思想あり、それを仏教と思ってしまうと後々障害を引き起こすことになります。
    法華講は芸術を芸術として捉えられるのに、学会員は捉えられないのはなぜなんでしょうね。
    私はミケランジェロが好きなんですが(本も持ってます)、ピエタを見た時、純粋に素晴らしいと思いました。
    感激しました。20代の人間が造ったものとは思えませんでした。でもキリスト教を信仰したいとは思いませんでした。
    これが学会員的には謗法になるということですよね。
    創価の謗法は脅しに使われていますが、宗門ではそんな風に使われていません。
    創価が脅しとして使ったのは洗脳してお金を出させるためで、学会員はそれを疑いもせず従っただけなんだと思います。

    創価を辞めた今も、創価の教えに苦しめられるのは、創価の洗脳が大成功した証でもありますね。
    日本人から仏教を離すことに成功したのです。
    法華講は日蓮大聖人の教えを日蓮仏法とは絶対に呼びません。日蓮宗系の信者さんもそう呼ばないはずです。
    学会員は無意識にそう呼んでいますが、それは自分達が大聖人とは関係のない宗教であると認識しているからではないでしょうか。
    創価は何宗か?・・・私は学会員や学会幹部の聞きました。誰も答えられませんでしたよ。

    ネットに『法華経』に帰っていく人々というのがありました。
    曹洞禅の祖、道元禅師という方は臨終が近づいて来た時、法華経の神力品を唱えたり、またその一節を壁に書きとめた後、亡くなりました。
    ちなみに、今でもなぜかお通夜や葬儀などで法華経の寿量品第十六を唱えたり、中には棺にお題目が書かれたものを入れる人もいるという話です。
    いわゆる念仏をひろめた法然さんも、晩年には、「禅も念仏も救われない・・」といった意味のことを金剛宝戒章という書物に書き残されています。
    真言宗の開祖、空海さんも最初は「法華経は大日経などよりも劣っているお経だ」としてきましたが晩年には東大寺の真言院という所で、法華経の講義をされ『法華経釈』を書き下ろしましたこれが最後の著作となりました。(引用ここまで)

    私は学会員時代から法華経が素晴らしいと思っていました。
    だから法華経に背いている創価にはいられませんでした。
    法華講さんは物静かで、学会員のように攻撃的な人はいません。
    私の所属するお寺には90歳になってもお寺に通うおばあちゃんがいます。
    たぶん、教学には詳しくないと思いますが、でも私にはおばあちゃんが菩薩に見えるのです。
    信仰者の姿を見せられ、自分を反省したりします。
    私もおばあちゃんのような信仰をしたいと思ってます。
    創価で見て来た異常な光景は私の中にはもうありません。
    学会員だったみさなんの創価の異常な教義、活動の記憶が心から消えるといいですね。
    ご自分の人生を大切にされることを願っております。

  24. 前述させて頂いたように、ご高齢の池田先生に、本部幹部会などで、直接、激励を求める時期はもう終ったと思います。

    しかし、聖教新聞やSGIグラフには直近の先生のお写真などが掲載されていますし、アフリカSGIの代表団が来日された際も、車中からでしたが、直接、激励されています。つい、先日も発展目まぐるしい創価大学に御来校され、大学関係者に対しても激励されています。この様子も聖教新聞にも記載されましたし、学長自らそのご様子を語って頂きまして、その内容を私は某会合で直接学長から伺いました。

    繰り返しになりますが、先生はご高齢です。いつ、なんどき、何が起きるかわかりません。私は現在のご執筆活動でも十分過ぎるほど感謝一杯です。今は後事を託された弟子の出番です。そして、いずれ到来する悲しい事態になっても、動揺することなく、大聖人御遺命の一閻浮提広宣流布に向かって、師匠が切り拓いてくれた弟子の道を、遅滞なく歩み抜くことを託されています。だから、中途半端に多くの会員の前に出たりなされないのは、『私がいなくても闘いなさい』、『私がいないと思って闘いなさい、いずれその時期が来るのだから』という強烈なメッセージ以外の何ものでもないというのが、私の率直な思いです。

    この私個人の思いは、多くの学会員の現在の心境と、さほど変わらないでしょう。

    学会に批判的な方々は、やれ重病だとか、やれ仏罰だとか耳を塞ぎたくなるような罵詈雑言を連呼されます。我が師匠になんの恨みがあるのか知りませんが、もしそうではなくて、ただの揶揄であるならば尚更、腹わたが煮えくりかえりそうな怒りを覚えます。

    ある方のコメントでは、学会には光と闇があると綴られていました。

    私はその闇など知りませんし、学会の現場には光しかありません。ただし、光が当たっていないメンバーが数多くいることは承知しています。だから、家庭訪問の激励がどうしても必要になりますし、会合だけではとてもじゃないですが、1人1人に丁寧な激励などできません。そのメンバーが今、何に悩んで何に行き詰まっているのか、悩みが無いならより幸福になって頂けるにはどうしたらいいのか。全て大聖人の御書に照らして、御本尊根本、お題目根本で激励させて頂いています。ここにしか、真の闘いはありません。この百年河清ともいうべき、地道な1対1の膝詰めの対話でしか、人の心は動きません。自分が心を開き、全てをさらけ出し、虚飾も何もない、一個の人格として、真っ正面から、相手の懐のど真ん中に入っていかなければ、人は動きません。学会は草創期から、そうやってきたからこそ、今でも強い異体同心の団結があるのでしょう。

    しかし、中には学会指導から逸脱した活動をしたり、それを押しつけたり、人として疑問符がつく振る舞いの方もいらっしゃいます。そういった人と接してしまうと、純粋な方は学会が嫌になってしまいますし、離れてしまうこともあるでしょう。

    それが闇と言われれば、そうかもしれませんし、現実、これだけの人間が集まる組織なので、全ての会員に100点満点を望むのは無理があります。所詮は仏道修行中の凡夫の集まりなので、いろんな軋轢もあるでしょう。ただ、組織内に問題があれば、直ちに解決向かって対応するのが幹部の役割であります。

    話がかなり逸れてしまい、大変申し訳ございません。

    また、忌憚の無いご意見を頂戴できましたら幸いです。

    今日も日中は大変な猛暑でしたね。熱中症にはお互い気をつけてまいりましょう。

  25. excommunicateさんにぜひお聞きしたいです。

    最近、創価学会を辞められて法華講員になられた方が仰っていたのですが、学会員は唱題会などで、学会に敵対する人物の不幸や打倒を祈るというのは本当ですか?
    標的にされているのは、たとえば、御隠尊日顕上人様や、公明党の竹入、矢野両元委員長といった方や、脱会された人だというのですがいかがですか?もし、これが事実であれば、仏教という以前に、宗教として問題だと思うのですが。

    日蓮正宗は謗法厳誡ですが、日興上人以外の五老僧の追善回向もしているのはご存知でしょうか。いくら、大聖人様の教えに違背したとはいえ、それはそれとして、どのような方でも成仏を祈るのは仏教として基本だということです。学会はそのようなことをされていらっしゃいますか?excommunicateさんの回答をお願いします。

    あと、どなたのコメントか忘れてしまって恐縮ですが、学会で第九を歌ったことをご宗門が謗法だと言って破門した、というものがありましたが、それは事実と異なります。まず、ご宗門が問題にしたのは、当時、日蓮正宗の信徒団体である創価学会が、会合のなかで、わざわざキリスト教の神を賛美する歌を信徒に歌わせるのは、どういう理由からなのか、と尋ねただけです。それを学会が回答拒否されたのですが、これが直接の破門の理由にはなっていません。事実として書いておきたいと思います。

    ご宗門は、学会が民音などで、さまざまな国、宗教に由来する芸術・文化活動を展開することに(第九を歌うことも、ワーグナーを演奏することも)疑義を差し挟んだことはないはずです。問題は、信徒団体の学会の会合(宗教活動)において、なぜわざわざそういうことをするのですか、ということでしょう。信徒団体だったのですから、それは学会がしっかり回答をすれば、済んだはずです。事実はそういうことですので、この話題はこれきりにしたいと思います。

  26. 木花様おはようございます
    私も木花様のご意見大変参考にさせていただいておりますのでよろしくお願いします
    なぜかお話が少しシニフェイさんのお尋ねからそれているような気がいたしますが
    >> シニフェイさんは創価を宗教と思われていないのに、未だに創価の教義に縛られていることを気の毒にお思います
    >> それを信じなくてもいいと思うのですが、捨てられませんか
    私はシニフェイさんはもうきれいさっぱり学会を捨てられたからこそこのブログを立ち上げられたと思うのですが、しかも目からうろこが落ちるほどの覚醒気持ちがいいではありませんか
    私も法華講のことはあまりよくわかりませんが、日蓮正宗を信じるひとつの講、組織ではないのですか
    もしそれであるならば日蓮正宗の教えは日蓮の教えは、外道と一蹴するキリスト教の宗教芸術、また他の宗教芸術との整合性が取れるのか、とのお尋ねのような気がしますが
    木花さんが、また とある法華講員さんが個人的にキリスト教芸術や他の宗教芸術を愛される方であつても、日蓮の教義、正宗の教え、立場はいかがなんですかとのお尋ねだと私は思っているのですが
    >>  法華講は芸術を芸術として捉えられるのに、学会員は捉えられないのは何故なんでしょうね

    これも先の第九の例を挙げれば逆のことをおっしゃっているのでは?

    >>法華講さんは物静かで、学会員のような攻撃的な人はいません

    法華経の敵を見ておいてせめずんは無間地獄疑いなし  というような御書の文句あったような気がしないでもありませんが

  27. サラマンダラさんへ
    こんにちは!
    サラマンダラさんのこと気になっていたので、コメント下さってありがたいです。
    signifieさんとサラマンダラさんは宗教色の強い芸術は外道だから認めてはいけない、大聖人の教えに矛盾があると思われているんですよね。
    でもそれは池田さんにそう教えられたからですよね。

    とある法華講員さんも仰ってますが、日蓮正宗では芸術の見聞は禁止されていません。
    音楽も建造物も文化なので、美術品として見て賛美するのは謗法にはなりません。
    それを何度も言ってるのですが、伝え方が悪いのか理解していただけないようで・・・。
    宗教色の強い芸術は外道だから認めてはいけないと思っているのはsignifieさんとサラマンダラさんで、私たちはそう思っていない。
    日蓮正宗では整合性が取れているのに、signifieさんとサラマンダラさんは取れていない。
    なぜ自分達が整合性が取れないのか、そこを考えたほうがいいのではないでしょうか。
    日蓮正宗は関係ないと思います。
    自分の器に創価の教義がは入っているから、いくら私やとある法華講さんがコメントしても、宗門の教えが入らない状態なのだと思います。
    それでsignifieさんには創価の教えを捨てられないのですか。と言ったのです。

    >法華経の敵を見ておいてせめずんは無間地獄疑いなし
    この「せめずん」は相手を攻撃する事ではないです。
    池田さんが表面的な解釈しか出来ず、攻撃することと勘違いしただけでしょう。
    折伏は相手を納得させることです。
    相手を納得させるには自分の人格や慈悲心にかかってくるので信心が大事と宗門では教えられています。
    折伏は菩薩行であり、自分の仏性を開かせる修行です。
    ですから菩薩界の次に仏界があるのです。

    そもそも大聖人の教えを正しく理解している人は創価にいないので、そこで学んだものは大聖人の教えではありません。
    それを学会員さんは大聖人の教えと信じているのです。
    まずそこを壊さないといつまでも創価の教えというか指導を引きずってしまって、正しい解釈は入ってこないと思います。

    学会員は一般の方と天地ほどの意識のずれがあるので、それを埋めることはかなり難しいことです。
    signifieさんはかなり覚醒されてますが、全て覚醒された訳じゃないから苦しまれているのでしょう。
    本当に覚醒したら苦しむこともないし、宗教を否定することもないと思いますよ。

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