創価学会は改革できるか

今回、あらたにコメントしてくださっている方をはじめ、みなさんの実体験の報告はとても貴重だと思います。これが創価学会を貶めようとする根も葉もない言いがかりであろうはずがありません。それくらいは現役創価学会活動家の方もおわかりいただけるのではないかと思います。ここで語られていることが、創価学会で言う正法を広めさせまいとする魔のはたらきなのか、創価学会員として何十年も活動されてきた方ではないと知ることができなかった創価学会の真実なのかを、よく考えて見極めていただきたいと思います。

創価学会のMCから抜け出るには、それ相当の精神の葛藤が襲ってきます。ときには精神を病んだり、家族と離ればなれになったりしなければならなくなります。そういう大変な思いを経て、ようやく創価の真実に気づくことができた方がたくさんいらっしゃることが、このブログをたちあげてわかりました。こうした現実を現役創価学会員の方は、単なる退転者の愚痴としか思えないのでしょうか。
現役創価学会員の方でも、現状の組織は変えないといけないと思っている人はいらっしゃるようです。しかしそれは、創価学会は本来はただしい宗教団体であったという前提で考えられています。ですから、内部改革をすることですばらしい団体になるのではないかというお考えのようです。しかし、私から言わせれば創価学会はもともとが宗教団体ではないですから、どこをどう変えようとも良くなることは絶対にないと思います。たとえば考えられる改善策をあげてみましょう。

・折伏や新聞啓蒙を強制しない

・信仰を強制しない

・罰論で会員の心をしばらない

・日蓮正宗を攻撃しない

・信仰の対象であるご本尊が、自ら攻撃している正宗のご本尊のコピー(複写)でもよい理由をはっきりさせる

・財務をはじめとして、経理は第三者を監査役に立てて、全会員に対して完璧に収支報告をする

・判断能力のない新生児や乳幼児を親の価値観で入会させない

・政治に関しては民主主義国家の国民として個人の意見を尊重し、投票の強制はしない

こうして改善策を挙げてみると、創価学会がどれだけ基本的人権を剥奪しているかがわかります。以上のようなことを改善したとしたら、もう創価が創価でなくなりますよね(笑)。社会的にも認められるような団体になったら、名誉会長がお金で名誉教授の称号や勲章を会員のお金をつかって買いあさる必要もないわけですから。創価学会の目的はお金です。もうこれははっきりしています。平和だ文化だって言っても、たんなる見え透いたボロ隠しです。先にも述べたように、創価の掲げる日蓮仏法と世界の芸術の整合性はまったくありません。チベット仏教を徹底的に弾圧・殺戮する中国共産党と友好関係を結び、日蓮仏法では外道とされるキリスト教やイスラム教の指導者と肩を並べたがる池田氏をどのように説明するのでしょう。もうめちゃくちゃです。理念もなにもあったものではありません。

とにかく創価学会の会員さんは、一日も早く自分が騙されていることに気づいてほしいと思います。このブログをたちあげた理由はこれに尽きます。大切な子どもや孫たちへの不幸の連鎖を断ち切ってほしいのです。そのためにも、多くのみなさんに創価からこうして抜け出すことができたという実体験をここにコメントしていただければと思います。
おかげさまで、このブログも一日1000ほどのアクセスがあります。ここに多くの人の真実が述べられることは、決して無駄ではないと信じています。これからも多くの方々に創価学会に対する実体験やご意見を述べていただくことで、ひとりでも創価学会の真実に気がついてくれる人がいてくれたらと思います。
よろしくお願いします。

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創価学会は改革できるか」への15件のフィードバック

  1. 前回からの流れの続きになりますが

    現在の若いメンバーと、団塊メンバーとは、会合などでも会う機会がないのでしょうか?
    団塊メンバーは、「信心は絶対!功徳よ福運よ!それは業よ!戦って戦って戦いきるの!池田先生のために!」世代でしょうし、
    若手メンバーが、「功徳福運?そんなものの為にやってるんじゃないし、強欲はみっともないよ」という風だと、
    それこそ、信心に対する姿勢が違うのだから、何らかの摩擦はあるんじゃないかと思うんですが。

    まあ、ご都合主義よろしくなあなあでアレしてるんだろうなとは想像できますが、
    なんと言うか、納得いかないんですよね。

    もし、うちの親が「まぁ、波風立ててもアレだしね。若い人には若い考えがあるよね。」
    という気持ちで黙ってやり過ごしているとしたら、私に対してのあの発狂は何だったのか。
    信心をやるかやらないか。グレーが許されなかった過去の人間としては、
    この両極端のダブルスタンダードは平然と許されるのかと、気味の悪さを感じます。

    池田さんも言ってましたよね?
    中立は敵だと。仏敵だと。白か黒しかない。戦わない奴も敵だ。みたいなこと言ってましたよね。
    私、兄にこの指導があった翌日にボロカス(主に人格攻撃)に言われたので憶えてるんですよ。
    その頃の私は、他宗教や宗門を攻撃することは教義や信仰を狭めるだけと主張していたんです。無謀でしたが。
    池田さんの言い分だと、大切な若い学会員のほとんどが、仏敵ということになってしまいますよ。
    それとも、大切な池田先生の御指導忘れちゃったのかな?
    逝った目で「ハイ!」ってお返事してたのにね。

    それに、大切な池田先生の言うとおりにしか信心しませんからね。古参メンバーは。
    世の中は矛盾だらけだけど、あの中にいればちょっとやそっとの矛盾じゃビクともしないかも。
    いろんな人がいるからねーあははははーとお花畑で花でも摘んでればいいんですから。

    内部改革をもしするんであれば、学会の裏も表も全部出し尽くした先だと思います。
    改革するためには、学会の恥部も受け入れなければ、今まで同様おためごかしで終わってしまいます。
    学会の爺婆たちのこれまでの人生を否定したくないとか甘いこと言っていては完遂できないでしょうね。
    第一に改革する内部の人間が、学会に対して懐疑的でなければなりませんから、結局はやりきることはできないでしょう。
    要するに、学会に懐疑的な人間が、学会の未来を本気で憂うことはない。ということです。

    長文すみません。

  2. あらためまして、このような場を提供してくださっているsignifieさんに感謝いたします。

    今まで組織内で、学会はおかしい、もうやめてしまいたいと意気投合していた方のお子さんが、手術を受ける病気になられました。それをきっかけに、子育てのし直しを含め信心で頑張ると言うことになったようです。
    その方はたぶんとても不安に駆られていらっしゃるんだと思うし、私もなんとかお子さん良くなってほしいと願っていますが、やはり大きな不幸が訪れてしまうと、罰が当たったと感じ組織にもどってしまうものなんだなと、思いました。

    幹部の発言がまたマニュアルどおりで「今回の事は辛いけど、信心に付けるようになって良かったよね~」と、笑顔で。私は絶句でしたね。信心できるなら家族の不幸は蜜の味なのですか?これが学会でいう楽観主義ですか?と。その幹部も性格的には優しく温厚ですけれども、その発言は普通じゃないんだよということはやはりわからないようですし、言われた側も変だと思わず、今まで信心をおろそかにしていたことを反省してました。

    そんなやり取りの後、帰り道私に向かって、その幹部がまた新聞新聞とせっついてくるので、私は堪忍袋の緒が切れて、ここに書いたことの八割くらいを怒涛のように話しました。無表情でうんうんうなずきながら聞いてましたが、やはり疑問への答えはなく。

    それどころか私の話が途切れると「そっかあ、何でも言ってね。私は何を聞いてもあなたを偏見で見たりしないし、誰にも言わないからね。いつでも話してね。苦しいことは言ってね。それでさ、新聞だけど、集計はやってくれるでしょ?あなたが啓蒙しなくてもさ誰かするからね、安心して。あとさ、婦人部総会は大丈夫でしょ?それと●●長会は来れるよね?」と。

    私の話を聞いてたのかよ!!!!

    飽きれますね、皆さんのおっしゃる通りで。というか私もかつてそうだったんだなあと、反省しましたね。話が通じないってこういうことだなあと。私はバリ活だった時こんな素っ頓狂な話を友人や部員さんにしていたんだなあ。
    みんなよく怒らずにこらえて聞いてくれてたなあ。

    違う意味で感謝の思いです(苦笑)

    まあ、その婦人部のオバチャン幹部に嫌な思いをさせたいわけでもないし、語るだけ無駄だったなあと。冷静に話せただけ良しとしようかな。

    その日の夜協議会ありまして、またもや新聞。涙ながらに地区幹部や新聞長が「なんとか目標を達成したい、皆さんのお力をおかりしたい」とな。選挙ばりの訴えでした。私は顔を見ると辛いので、じっと下を向いたり子供の相手をしてました。「しらゆり長さんから一言ずつお願いします」と言われ他のしらゆり長がとっても前向きなコメントしてました。私はあっちを向いて応えず無視しました。

    こういうあからさまな態度をしていても、笑顔で私に、「ご苦労様、いつもありがとう」などと帰り際に言うのです。この真綿で首を絞めるような、笑顔の殺傷能力すごいです。私に優しく接して入ればいつか私の機嫌が直る、くらいに思っているようです。

    人の気持ちがわからないってこういうことですね。
    私の苦しい心のうちをわかろうともせず、とにかく波風立たず、活動が滞らなければいいと。

    昨夜初めて「脱会」の二文字が頭をかすめました。この組織の人と関わっても空しいと、心底感じています。

  3. 崖っぷちさん、みんな応援してますよ(^^)頑張ってくださいね。

    みなさま、明後日の夜までネット環境のないところで仕事しますので、新しいコメントが承認できません。
    すぐには承認できませんけど大丈夫ですので、どんどんコメントしてください。

  4. 崖っぷちさん、コメント読んでいて、腹抱えて笑わせてもらいました
    もう、すっかり醒めておられますね、どこかのCMではありませんが、いよいよですね
    多くの方が応援してると思います清々しい出発が始まりますよがんばってください

    前後しますがSJさん今日は
    私も団塊の世代ですが青年部時代は、やはり功徳を求めるのではなく広宣流布のためとか、世界平和のために青年部は体を張って先生の御構想実現のためにがんばるんだ、ってなこと真剣に考えてましたね。
    功徳、功徳と乞食信心はするなと指導もありました。若い純真な青年にはそんな教えが高潔にさえ思えたのですね。 アホくさ!

  5. ご報告です。非活宣言し、受理されました!!!!!

    自分でもびっくりです。ここに書き込みを初めてしてから、こんなにあっさりこの日がくるとは。
    書き込みしてなかったらたぶん、勇気がでなかったと思います。本当に感謝です。ありがとうございます。

    私は憶病なだけでした。相手を恐ろしい猛獣と思っていたら、可愛い子犬ちゃんでした。

    支部婦人部長さんは、私がこんなに苦しんでいたことに気付かずフォローもせず、申し訳なさで一杯だと言ってくれました。まあ、今まで色々言ってたのに無視してただけって私は思いますが、彼女的には気づけなかったということなので、仕方ないと思いましたし、たとえ気づいてくれたとしても、結局活動をやめるしか道はなかったと思います。
    そしてカウンセリングを受けてると言うことを理由に本部にもそのように伝えるので、これからの事は一切心配せず大丈夫だとのこと。

    やっぱりカウンセリングって強力なのですね。カウンセリング=心を病んでる=組織では対応できない。ってなるみたいです。
    まあ、私は幸い精神を病んでいませんけれども、放置すれば病んでいたと思いますからね。実際分裂病一歩手前って言われてますから。。。

    脱会については主人と話し合った結果、急激な環境変化をすると、揺り戻しのようなこともあるだろうし、近所の人間関係もあるし、私の心がそれこそ壊れる危険もあるから、まずは非活ですごし、本当に冷静になれたときに辞めるなら辞めようと言うことになりました。

    結婚入会の主人です。結婚するなら入会しろと鬼の形相で数十人で取り囲み四年に渡る折伏で、入会させた主人です(汗)いまさら学会辞めたいなんていう私を許してくれないと思っていましたが、主人の愛は深かった(照)
    「気づけただけでも、良かったね。人生長いから焦らないでいいよ」と。鬼の折伏の過去についても「結局入るって決めたのはオレなんだから、俺に責任がある。君のせいじゃないし関係ないよ。入会したおかげで君と結婚できたんだから、俺は良かったと思ってるよ。」と。泣けました。
    洗脳についても主人は勉強していたようで、洗脳されてる期間と同じだけ脱洗脳にかかることを知っていました。だからこそ急な脱会はしない方がいいと思っているようです。

    ひそかにこういう日が来ることを主人は願っていたのかもしれません。
    何も言わず、活動にも我が家が会場になることも、常識はずれの財務も快く許してくれていた主人です。そう、財務について今までやっていた額を恐れながらも話しました。「たぶん結婚してから500万はやってる」と言うとびっくりしてましたが、「それは俺が君に任せっぱなしなのがいけなかった、俺にも責任があるから、いいんだよ。もう終わったことだよ。」と。信じられない優しさに、申し訳なさと主人が伴侶で良かったと言う安堵感と色々まじって、さらに泣けてきました。。

    これからは家族のために、今までできなかったことをやってあげたいです。それと主人にも言われましたが、自分の好きなこと、夢中になれることを見つけて楽しく過ごしたいと思います。

    これからもこちらには引き続きお世話になると思いますが、あらためてよろしくお願いいたします。

  6. すみません、追記です。

    子供たちに「これから家で会合しないことになったから、おじさんおばさんたちは来なくなるよ。それと会合も行かないことになったよ」と報告しました。婦人部壮年部に懐いていた子供たちでしたから、一応伝えようと思ったのです。そうしたら「やったーー誰も来なくて嬉しい!会合も行きたくないから、ラッキー」だって!

    思わず大笑いしてしまいました。

    家族みんな、私が活動することを明るく応援してくれていましたし、会合も嫌がらず行ってくれてましたが、心の底では止めてほしかったんだと、改めて知ることができました。私の幸せを思い、ママがやりたいことなら我慢しよう、壮年婦人とも仲良く良い子で接しようと、子供までもが無理をしていたなんて!

    あやうく自分と同じ道を歩ませるところでした。本当に気づけて良かったです。

  7. 崖っぷちさん、コメントの承認が遅くなってすみません。
    ほんとうにおめでとうございます。 d(⌒o⌒)b
    そしてすばらしいご主人にも頭が下がります。
    幸せな家庭を築かれてください。

  8. 崖っぷちさん、本当に良かったですね
    下手をすれば、離婚や親子の縁を切るという悲惨な事例もあり心痛めますが、理解あるご主人様でよかったですね
    いつもシニフェイさんが言っておられるように、こればかりは、自ら気づく意外にありません
    本来、まじめに学会活動していれば当然のように、疑問や不信感が起こってくるはずなのにね
    このブログを覗かれている学会員のみなさ~~ん
    学会に、いや池田氏に都合の良いように強力に刷り込まれた狂学(教学)スリ、ハンドク、無疑惑心、の教えを一度否定してみよう
    新しい明るい窓口がみつかるかもしれませんよ

  9. サラマンダラさん、まさにアホくさ!ですね。
    乞食信心て(笑)確かに、当時の(今も?)男子部には、ある意味餌はいらなかったということでしょうね。
    プライドとか、使命感みたいなものをくすぐれば、ちょろいもんでしょうし。
    私は、極めて即物的で俗っぽい人間ですから、餌が無いと動きません。
    だから、私は功徳とか福運とか前世とか来世とか口すっぱく言われてたんでしょうね。なんだかなー
    しかしその世代で、価値観を反転させたわけでしょう?すごいことです。
    サラマンダラさんは、頭がものすごく柔らかいんでしょうね。羨ましいです。

    崖っぷちさんの文面からも、明るい人というのが伝わってきます。
    地区もそれで救われていた部分も大きかったでしょうが、家族のほうが大事ですもんね。
    それに気付いてしまったら、もう戻れませんから。
    囲んで折伏ってすごい!!えげつない!!
    旦那さん、お子さんも思いやりがあっていい家族です。それだけを大切にしましょうね。私も頑張ります。

    かれこれ20年ほど昔、女子部の先輩(35)が、池田先生と奥様のようなご家庭を築きたいと言っていました。
    今思うと、ゾッとしますね。その先輩は未だに独身です。

    シニフィエさんお疲れ様です。
    体に気をつけて、仕事こなしてくださいね。

  10. 崖っぷちさん、良かったですねヾ(@⌒ー⌒@)ノじつはわたしも鬱になったといって(鬱でもなかったけれど。。)役職を降ろしてもらい徐々に非活になりました。
    そしてある日、心が急に定まって脱会しました。。自分のほんとうの想いに正直に行動していけば間違いありません。。
    自分の気持ちを誤魔化して生きていくと病気になってしまいますから、崖っぷちさんの判断、ほんとうに良かったと思いました。

  11. 今回の崖っぷちさんの報告は、脱会したくてもできずにいる多くの学会員の方にとって、とても貴重なものだと思います。学会は辞めたいのだけど、辞めるといろんな面倒なことが思い当たって、よけいなことまで考え過ぎて、悶々とした日々を過ごされている方も多いと思いますので、「自分さえ決心がつけば意外とあっさり辞められる」ということがわかれば、崖っぷちさんのコメントを機に脱会の決心をされる方もいらっしゃるのではないでしょうか。そうした方のコメントも是非お寄せいただければと思います。
    要は自分の気持ちに正直になること、そしてその正直な気持ちをストレートに家族にも組織の人にも打ち明けることなんだなあとあらためて思いました。そしたらまわりの人も素直に心をひらいてくれるのでしょうね。
    創価学会の虚飾にまみれた奇妙な連帯から抜け出して、ほんとうの自分らしさを表現しながら生きていけることの素晴らしさ。私は創価学会の間違いに気づいて、これまでの人生の中で自分の失ったものを嘆いていましたが、間違いに気づけたことで、これからの人生が明るくなることのほうが、どれだけ大切かを感じています。

    流れ星さんのおっしゃる
    >自分の気持ちを誤魔化して生きていくと病気になってしまいます
    というのがよくわかります。
    創価学会員はある意味病気だと思います。自覚症状がない病気です。その病気を治すには、まず自分が病気であることを知ることですね。そして自分の病気に気づけたときに、病気からの快復に向かいます。そしてなによりの薬は家族への思いやりなのだと思います。

    崖っぷちさん、ここの対話に参加していただいて、ほんとうにありがとうございます。きっと多くの方が勇気づけられたことと思います。これからもよろしくお願いします。ご主人とお子様によろしくお伝えください(^^)

  12. 皆さま、ありがとうございます。本当にうれしいです。

    昨日、あまり活動的でない会員の方二名と偶然すれ違いました。
    挨拶をした後、「実は非活になったのだ」と恐れながら話すと、二人とも「よかったね、あなたとても頑張っていたけど、無理してそうだったもの。あなたの感覚は正常よ。当たり前よ。」と喜んでくれてびっくりしました。また、「あなたは話しやすくて、学会の幹部に珍しく人の気持ちがわかる人だと思ってたの。会合断る時も責めない人だから気楽だったのに、これからは気が重いわ。」とか「崖っぷちさんがいなくなったら、私どうしたらいいんですか?」など、色々言われました。

    しかもその中の若い方の人には「でもこれから仲良くできそう。今まではタダの組織の人って思ってたけど、私もいろんな気持ちがあるし、話聞きたいし言いたいことたくさんあるから、お茶しようよ」と、初めてお茶に誘われました(苦笑)

    私は非活になれば、組織の人すべてと疎遠になると思っていました。役職持ちのくせに非活になろうとするなんて、と白い目で見られるんだろうと想像していました。でも実際は非活者だからこそ仲良くなりたいとか、話したいと言う人もいるようです(汗)

    ただ、どこまで心を開いて話して良いか、良くわかりません。やはり組織についている人ですから、組織の他の人に情報が洩れて行く可能性も否定できません。

    とりあえずお茶はしながら、彼女の話を聞くことに徹しようと思います。私は彼女を私のように非活にしたいとは思ってませんし、影響を及ぼしたいとも思っていません。彼女自身が非活になりたいのだとしても、それは彼女が乗り越えるべき壁ですし。変な噂になるのもお互い困るので。

    あと、兄弟にも話しました。兄弟はもともとアンチですけど、思った以上にアンチだったということがわかりました。と言うか、いろんな情報知っててビックリしました。下の兄弟だけど私よりずっと大人だったんだと、恥ずかしい思いがしました。今まで私に遠慮して、学会の悪口は言わないようにしてくれてたみたいです。。。優しいなあ。私は優しくなかったなあと反省です。

    今まで見えなかった「人の思いやり」「愛」を感じ、私はいろんな人に愛されて生きてきたんだと、うれしくもなりました。ずっと同志だけが本当の友情だと信じ込んでいた。同志に勝る人間関係はないと思っていた。。ほんとバカみたい。
    学会活動が最高の仏道修行だなんて、いまさらながら笑っちゃいます。私は一体何を修行してきたんだか。

    今感じることですが、非活になってしまえば、その後の脱会は敷居がぐんと低くなります。たぶん組織の人も諦めてるから、脱会しても、厄介な人が減って良かったくらいにしか思わないと思います。
    実際、全く活動せず、新聞取らず、選挙も頼めず、財務もしない会員なんていらないですからね。組織からしたら迷惑なだけの人なんですよ。信仰心なんて関係ないんだ。ひどい話です。

    これからは自分自身の育て直しです。本当の私を知り、本当に生きたい人生を生きていきます。

  13. 初めまして。有意義な対話をいつも拝見しております。
    崖っぷちさんの書き込みを拝見して私も思うところがありました。
    すこし長いですが、よろしければ読んでください。

    私は生まれたときから入会し、「優秀」な中等部員として人材グループに入れてもらい、
    15歳で池田センセイと記念撮影してもらった「誇りを胸に」関西創価高校へ入学。
    一生懸命勉強をして国立大学に現役合格し、学生部でも幹部として活動してきました。
    社会人になってからは仕事が急がしすぎて活動はろくにできませんでしたが、一念発起して創価班大学校に入り
    折伏折伏と言われる日々を過ごしましたが、その頃から学会と自分との距離感が上手く掴めずに、じょじょに
    活動からフェードアウトしていきました。
    大学校にも参加できず、連絡をとらなくなった自分。当時の部長や幹部に、一人暮らしをする
    マンション前で待ち伏せされて頑張れ負けるなと「激励された」ことも数知れず。深夜2時に疲れて
    帰ってきた自分を待ち伏せする神経が信じられず、ますます非活の道を進みました。
    いまから10年以上前のことです。

    学会が決定的におかしいと思い始めたのは2003年のイラク戦争開始時に池田センセイが
    全く反対する様子がなかったことです。

    人間革命の第一巻冒頭に、「戦争ほど悲惨なことはない」と書いた我が「師匠」が
    戦争反対を訴えなくなった。1991年だったでしょうかイラクがクウェートに進行した時、
    センセイは断固として戦争反対を訴えたはずです(記憶があやふやですみません)。
    子供心に、センセイは言うべきことは絶対に言う男だと思っていた自分としては、
    この組織はヤバい方向へ進み始めているという思いを強くしたのです。

    私の友達、先輩、後輩は学会の中枢にたくさんいます。
    つい先日は同級生が国会議員になりました。しかも衆議院と参議院に一人ずつです。
    すごい時代ですね。

    第一庶務に在籍し、センセイの側近として勤務していた学園の同級生からは、ずっと前に
    「活動しようがしまいが、お前の選択を俺は支持したい。ただし、学会から離れるようなことがあれば、
    殴ってでも止める」と言われたことがあり、そのことが常に心にひっかかっていました。

    また、大幹部(副会長の中でもトップクラス)の息子で、現在本部中枢にいる学園時代の同級生からも
    「朱に染まれば赤くなるというけどな、自分から意識して組織に近づいていかないと、すぐに俗に流されるんやぞ」
    と事あるごとにいわれ、学会がおかしいと心のどこかでは感じつつも、
    信心が足りない自分が「軌道から外れている」のであり、脱会するなんて夢にも思っていませんでした。

    脱会すると「地獄に落ちる」と心から信じていたのでしょう。

    しかし、非活動家になって10年以上が経過し、センセイはもう3年以上姿を見せていません。
    学会本部は第二次世界大戦中の日本のように、「センセイは元気、連戦連勝!」と
    「大本営発表」を続けています。
    …アホかっちゅうねん、ほんま。バカにすんなよと言いたい。

    この掲示板では、「アンチ創価の人」の意見がとても論理的で腑に落ちる反面、
    「ばりばりの活動家」の人の書き込みほど的外れで、とんちんかんなこともよーく分かりました(笑)

    そして先日、結婚をへて妻が子供を授かったことを期に脱会届けを提出しました。内容証明で。
    洗脳が解けるまで、10年以上かかったことになります。
    長いようで短い10年でしたが、意識しているときも、意識していないときも、常に学会のこと、
    学園時代の友人のことを考えていたように思います。
    そして言葉にできない思いが、静かに心に沈殿し、分厚い層となり、踏ん張っても崩れない足場となり
    揺るがない思いとなって行動へと移っていったように思います。
    妻が学会員でなかったことも、冷静に自分を見つめる上でプラスに作用したと思います。

    脱会をするにあたり、実家の両親に打ち明けました。
    両親ともバリ活だったわけではないですが、やはり学園にまでいった優秀な息子が
    「学会を抜けたい」といえば、少なからずショックをうけると思い、勘当まではされないまでも
    一悶着あるのではないかとドキドキしていましたが、意外なほどあっさりと認めてくれました。

    父も母も「今の学会はおかしい」と感じていたようです。
    自分が10年以上悶々と苦しんできたことについて、理解を示してくれたことで、
    「本当の家族」になれたような気がして、とても幸せな気持ちになれたのは、驚きでした。
    地獄になんて落ちる気配ないです(笑)

    崖っぷちさんの書き込みを読んで、組織の中にも案外、学会がおかしいことに気づいている人は
    多いのだと思いました。貴重な情報、体験をシェアしてくださり、本当にありがとうございます。
    僕も「家族より同志」と本気で思っていた時期がありました。最早、遠い昔になりつつあります。

    目下は、脱会したことを友人に報告するかどうか、迷っています。

    学会から給料をもらっている友人たちには言うつもりはありません。
    もう10年近く会っていませんし、報告したら本当に殴りにやってくるかも知れませんから(笑)
    しかし、崖っぷちさんの報告を拝見して、意外と本部にいる人間も、学会のおかしさに気づいているのかも
    知れないと思いました。心ある人ほど。
    でも、それを認めてしまうと、自分の人生を否定することになるかも知れない。
    本部に10年以上勤めて、いまさら「シャバ」に戻るスキルも経験もない以上、学会とともに、
    センセイとともに生きていくしかないのでしょうね。

    フェイスブックでも、学園時代の友人の多くはプロフィールに創価学園、創価大学と記載された人たちとの
    連携を深めていますし、自分の子供を学園に入れる友人もちらほら見受ける年齢になりました。
    友人として会えば、きっと思い出話に花が咲くでしょうし、
    「人生で一番楽しかった」学園時代に培った精神は、今もすくなからず自分に影響を与え続けています。
    しかし、それはそれ、として自分は自分の子供を学園に入れるつもりはありませんし、
    特定の信仰を押し付ける気持ちは毛頭ありません。

    今思い出したらゾッとするのですが、学園時代、学園祭のときに体育館に集まった生徒全員で
    「常勝の空」の指揮をとったことがあります。
    体育教師が感極まったようすで「常勝の空の指揮はな、腕がちぎれるぐらい振るんや!!!」と叫んでいました。
    そこにいる生徒全員、男子も女子も、みな腕を振っていたなぁ(笑)今もそうだとしたら、恐いですねー。

    いつかまた、学園時代の友人たちと会える日がくるのかどうか、今はわかりません。
    その答えがでるのが明日なのか、10年、20年先なのかも分かりません。
    ただ自分の人生と家族の幸福、そして敢えて言わせてもらえば世界の平和のために、これからも頑張っていくつもりです。

    長々とすみません。
    この場を提供してくださったシニフィエさんや、皆様には感謝の思いで一杯です。
    本当にありがとうございました。 

  14. はじめまして。学園卒といいます。はじめまして、と書きましたがじつは、このブログに(移転する前)1度か2度コメントしたことがあります。このように、対話できる場所がネット上にあることをうれしく思いますし、シニフィエさん、本当にお疲れ様です。ありがとうございます。

    自分は12年間創価学園にぶちこまれ(笑)、大学は受験して創価の世界から遠ざかった人間です。
    母親は熱心に活動していて、父は未活(結婚するために入会)。高校だったか中学のころから別居しています。祖父は学会大嫌い人間で、祖父の父が学会をやっていたこともあるので、つまり、わたしは4世です(笑)

    これまで、本当に家族の争いも絶えることなく起こり、一家和楽なんて言えたもんじゃありませんでした。祖父は今でいうDV的な要素を持っていて、そんな祖父に育てられた母もやはり狂暴になり。。。祖母は比較的穏やかだったのですが私が小学生のころに他界し。。。母に学会批判や、別居中の父の両親に会いに行くなど言おうものなら、包丁を持ち出し、泣いて謝るまで追い掛け回されたものですw

    大学受験のころも、母は非常に物質主義というか世俗主義的な部分を持ち合わせており、学歴主義だったので、創価大学に進学しないことは逆に喜ばしく考えていたようで、そこはまあ、よかったのですが。当初行きたかったところと学部を変えたもので偏差値も少し下がったのですが、「みんなお前をばかにしている。」だとか、「お前が転べば喜ぶ人間がたくさんいる」だとか、「そんなところ出て就職大丈夫なの?って親戚が電話口で言っていた。」とか。まあ、母の妹は本当にそう思っているみたいなんですがね。あとは、「おまえを生まなきゃよかった。」とか。わたしが確かに家事もあまり手伝わないのも本当に悪いとは思っているのですが。。。
    それにしても、人の意見だったり、そんなものはどうだっていいことです。
    人に幸せに見える人生を送りたいのか、幸せだと感じられる人生を送りたいのか。どっちなのか。似て非なるものです。

    つい最近も、学会の中の人間関係でいろいろあったようで八つ当たりされています(笑)どうやら、新聞配達を旅行する人がいたので代わってあげたのですが、その人が旅行から帰ってきてお土産を渡しに来て、高笑いしながら、お天気も良かったし最高だったわ。後で写真見せてあげる。こっちはその時雨だったんでしょう、配達大変でしたね、と言われたようです。笑

    それでいきりたち、八つ当たりされています。それだってとらえ方で180度変わることのはずです。

    このような生き方、言動、とてもじゃないですが、信仰を持ち自己を律しながら生きている人間とは思えないです。
    自分にとって創価学会は母親との関係とどうしても切っても切り離せない関係にありそうです。そして、私のような人間が自分の友達にもたくさんいます。当たり前ですよね。6歳か7歳のころから洗脳まがいのことをするんですから、少し大人になれば、これまで信じ込まされてきたものと、自分の直観との間にギャップが生まれるのは当然です。
    これから、創価は衰退していくでしょうから、ますますそのような生徒も増えるだろうし、明るみに出てくれたらなとも思います。

    そして、自分がこの問題とぶつかったとき、いままで信じてきたものあらゆることが実は危ういんじゃないか、と思い、マスコミやらの情報を批判的にみていける能力が多少なりともついたことは、不幸中の幸いかなと思います。たとえば原発の報道など。
    最初のほうは、名前は出しませんが、以前ここで頻繁にコメントされていたアメブロでブログをされている法華講のかたのように、かなり右翼的、排他的な考えに染まりそうになりましたが。(創価をやめていく方はまず、ネットを参考にされる方も多く、創価を問題にしているブログは、極右思想を持っている方がかなり多いのです。。悲しい現実というかなんというか。)

    、、、かなーり長くなっていしまいましたm(__)m
    すいません。。
    そして実はわたしも音楽をやっていたりして、創価が正しいとしていることしか表現できないのか?しかし自分が今感じていることはそれと全く違うことだ、、、と中学生の時などは葛藤していました(笑)これについては、また今度書き込んで芸術について対話できたらうれしいなと思います。

    失礼しました!

  15. みなさん、ほんとうにありがとうございます。
    このブログを立ち上げてよかったと心底思います。
    多くの方にこのブログに寄せられる創価学会の真実を知っていただきたいと思います。
    みなさん、どんなことでもけっこうですので、創価学会を辞められなくて悩んでいる多くの学会員さんへむけて、ご自分の体験やメッセージをお願いします。

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