「それでも創価学会は正しい」

「それでも創価学会は正しい」と今でも信じていらっしゃる現役会員さんには通じないと思いますが、「おかしいとは思うけど辞めると人間関係が面倒なことになる」とか「辞めると不幸になるような気がして怖い」と思っている方は、その悩みをここにコメントしてください。ここにおいでになる方との対話を通じて、ぜひ勇気を出して現実を直視していただきたいです。
自分を否定しながら創価学会の存続のために人生を使い切ってしまうことを選択することがほんとうの幸せなのか。そしてそのような生き方を自分の子どもや孫にも押し付けることが、はたして人として正しいことなのかを、ここに寄せられるコメントを読んでいただいて、もう一度考えていただきたいと思います。
今の創価学会に脱会者を引き止めることのできる力は残っていないのではないでしょうか。ですから本人が脱会を決意さえすれば、意外とあっさりと辞められて、人間関係も以前より格段に良くなったということも多いようです。

私も創価学会を辞めたことを知人に言うことには抵抗がありました。それまで選挙をお願いしたり、創価学会の正しさを力説していた友人に対しては特にです。しかし今では、そんな自分が間違っていたことも含めて、あらいざらい話すことができるようになりました。そのことで次第に自分の心も軽くなり、前向きに生きていけるような気持ちが大きくなってきているのを実感しています。少しずつですが、うつの症状も軽減されてきていますし、抗うつ剤を飲むのを忘れてしまう日さえ出てきました。心療内科の医者からはずいぶん良くなってきていますねと言われます。きっとあとは時間が解決してくれるのだろうと思います。

創価学会は現在どれくらい脱会者がいるのかを公表しません。おそらく公表すれば火に油をそそぐようなことになるからでしょう。師弟不二などと言いながら3年も会員に姿を見せない池田氏。そのくせ聖教新聞紙上には、多くのメッセージが載り、また往復書簡という形での「対話」(笑)も始まるそうです。創価学会の実質的な活動家はどれくらいになっているのでしょうね。

しばらく話のきっかけとして「功徳」をあげてきましたが、もちろんそのことにこだわる必要はありません。ご自分のこれまでの創価学会としての体験や疑問点など、そして脱会された方は、その後どのように変化したかなどを率直に書いていただければうれしいです。

これまでに、数名の現役学会員の方がコメントされましたが、みなさん通り一遍の表面的なきれいごとを述べるだけで去られていかれます。もうすこし骨のあるバリ活さんとの対話ができればいいのになとも思います。そしてそのような対話を通じて、脱会を迷われている方の参考となればいいなと思っています。「それでも創価学会は正しい」と信じてやまないバリ活さん、本音で対話をしませんか?

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「それでも創価学会は正しい」」への27件のフィードバック

  1. こんばんは。
    ここ数日のコメントを読んでいて、すごい時代が来たと嬉しく思いました。
    シニフィエさんがこのような場所をたちあげてくださったこと、本当にどれだけ多くの悩める学会員の助けになっていることか。
    私もその一人ですが、本当にありがとうございます。 これからも宜しくお願いします。

    私は非活で、脱会はまだです。実家の母や親戚の手前、池田氏Xデーまではおとなしくしているつもりです。
    そのとき組織で何が語られるかを見たいというのもあります。悪趣味ですが・・悪あがきにどんな言葉を並べるのかと。

    若い人ほど、覚醒が早いかもしれないですね。柔軟だし、ネットなどで組織外からの情報に触れる機会もあるから。
    70代くらいになるともう、情報源は組織のメンバーと幹部と新聞だけなので難しいです。
    人生の総仕上げ、安詳として霊山へ行こうと思ってるので、現実的な意見になかなか耳を傾けてくれませんでした。
    うちの母のことなんですけどねw
    ただ、この夏の帰省時に話をしていて、母が明らかに変わったと感じました。
    私が組織は日蓮大聖人直結なんていってるが、御書に書いていない事ばかりやってる。拝金主義で権力主義だと
    訴えると
    「池田先生が亡くなった時は、学会は壊れていまの形じゃなくなると思う。その予感はある。
     その時、私はご本尊様だけをいだいて進む」と言ったのです。 びっくりでした。 
    元々、母は師弟観のない人ですが、そんな風に思ってると口にするとは・・。
    何故そう思うかと言えば、最近の選挙活動の押し出しに疑問を感じたの事でした。
    特に今回の都議選~参議院はプレッシャーだったと語っていました。組織で相当な圧力をかけられていたようです。
    ここで議席を落とすような事があったらどうなるか・日本が転覆してしまう。公明党の存在意義をかけ、絶対に勝たねば
    ならない等々。
    そのわりに、特に革新的政策や語りどころもなく、私が選挙前、母に「子宮頚がんワクチンの被害について、組織で
    どう説明しているか?」と尋ねたことで、母は何も知らなかったので、現役女性議員にメールで尋ねたらしいんです。
    今忙しいので、後日資料をつけて回答しますとの返事は来たが、結局投開票日になっても何の連絡も
    なかった。ちょっとがっかりしたと話してくれました。
    地元は候補者をかかえているので、選挙は毎回血反吐のでるような闘いを強いられています。
    10年20年前のように、青年部が盛り上がっていないので、どうしても中高年に負担がかかってしまっているようです。
    母も日々の支援活動と、緊張から体調を崩してしまい、自分は一体なにをやってるんだろうと思ったとのことでした。

    永遠の指導者がいつ目を瞑るのか。もしかしたらそのとき、実家の母と一緒に脱会が叶うかもしれない。
    不謹慎ではありますが、Xデーの景色を見ることを心待ちにしている私です。

  2. 祥蘭さま、いつも興味深くブログ拝見しています。女子部時代の話は、私も同じようなことを見聞きしてきましたので、うんうんうなずきまくりです。

    確かに青年部は、今は何にもしてない感じですよね。協議会には顔を出すけど、何にも活動してない感じでした。
    妄信・中高年頼みの組織だとすれば、もう10年持たないですね。

    実際婦人部の年齢分布は、30.40代が極端にいません。地区婦が60代と言うところは珍しくなくなりました。
    上の方の幹部でも50代60代が中心ですよね。支部副役職に至っては70代中心です。

    私は30代ですが、アイドルのようにもてはやされていました。歌ったり踊ったりお芝居したり忙しかったです。可愛いね、綺麗ね、と親より年上のおばちゃんに褒められても全然嬉しくありませんでしたが、貴重な貴重な30代ですから、ちやほやしてご機嫌取っていたのかもしれないですね。
    体調が不安だと渋る私を、無理やりしらゆり長にして、「ああ、やっと世代交代したわ。これで安泰」などと言ってる人もいました。今となっては期待外れも甚だしいですが。

    話は飛びますが、新聞は一応まだ取ってるので、一面だけ眺めてますが、今の世界情勢について何も触れられておらず、びっくりします。
    戦争反対、平和主義の宗教なのに、スルーしてるわあ、やっぱりね、って感じです。
    学会に興味を持つこと自体アホらしいと思えてきてます(汗)

    今日は先日と一変、バリ活幹部とある店ですれ違いました。私は普通に「こんにちは」と挨拶しましたが、向こうはびっくりした顔してました。帰りも方向が同じなので、どうしようと思っていたら、思いっきり抜かされ速足で帰っていかれました。
    変に詮索されることもなく、距離を置かれただけだったので、ほっとしました。
    色々言われるくらいなら、無視された方が楽ですから。

    実はわがブロック、B長さんもアンチ気味なんですよ。前々から「もうやめたい」と言ってました。私が覚醒したのは彼の影響もあります。私が非活にったと知れば、彼も「じゃあ俺もやめる」とか言いそうです。地区婦が地獄かなあ。地区婦には個人的に何の恨みもないんですけどね。いえ、学会員全員に恨みはないのですが。
    とりあえず、なんだか心が痛むので、謝罪のメールを地区婦にしました。「こちらこそ、ごめんなさい」と返事がきました。

    学会の方はほとんどの方は優しくて純粋です。だからこそ、非活になるもの辛い人もいるかもしれませんね。私のせいで同志の苦労が増えるって感じてしまう。だから組織の事はおかしいと思うけど、同志のためにできることは協力しようかなっていうスタンスの人がほとんどだと思います。

    私もそんな思いが時々頭をよぎります。でも、違う、同志が苦しんでるのは私のせいじゃない、学会のせいなんだと、思い直すようにしています。

  3. はじめまして。
    この数年脱会について真剣に考えています。
    自分は親戚の約半分が学会員。仕事上の理由と親戚からしつこく勧誘されて入会しました。学会のことを良く知らなかったからです。一年ほどは色々な活動にも出ていました。最近は脱会したい気持ちがどんどん強くなっています。だけど仕事上学会員と会う機会が多くて踏み切れません。しつこく勧誘してきた親戚がいなくなってから 池田がいなくなってから などのタイミングを考えて
    いますが少しでも早く脱会したい気持ちが強い。
    罰や功徳などは一切気にしていません。最初から少しも信じていないので…
    仕事上の学会員との繋がりもネックです。
    今は他の部門の収益が大きくなったので学会員に関連してる部門は他人に譲ることも可能です。自分の場合はやめにくくて悩んでいますが仕事上利用した面もあるから自業自得でしょうね。
    2015年までに脱会することが目標です。

  4. シニフィエさんの仕切りも論理的ですばらしいですが、祥蘭さんのブログ don’t trust も、とってもとっても秀逸です。
    印刷して婦人部に配りたいです。

    我が家もそうですが片信心の場合、非活、脱会すると一家和楽が訪れるのは紛れもない事実です。
    それだけ反社会的な教えなんだと思います。頭の良い人たちがどんどん消えていく組織に未来はないですね。

  5. みなさんコメントありがとうございます。
    創価学会の指導は、桜梅桃李とか総体革命とか言っても、それは名ばかりで、結局は民主主義とは真逆の全体主義であり独裁者にいかに忠実であるかというものばかりですよね。個人の考えとか、人権とか完全に無視されます。なにしろ「学会のため、先生のため、広宣流布のために闘うのが地湧の菩薩(なぜか学会員)の使命だ」と繰り返し頭にたたきこまれます。こんなでたらめに気づくことができないほどMCされているのがバリ活さんです。組織に依存することで自分のアイデンティティを確かめる。自分から組織をとりあげると何も残らないという人が活動にのめりこみます。
    「創価学会は正しい」と仮定した場合と、「創価学会は正しくない」と仮定した場合に、現実の学会員の姿をあてはめてみると、どうしても答えは後者になります。創価学会を肯定すると、民主主義も基本的人権も通用しなくなります。そして全体主義、差別肯定、人格否定が創価学会の主軸になります。ほんとうにこんな団体が日本でまかりとおっていることが不思議なくらいです。まさに日本社会が生み出した闇の部分ですね。人間の良心と弱みにつけこんで権力とお金をほしいままにする社会悪です。
    私はそんな社会悪に対してまっこうから立ち向かおうというのではありません。創価学会の抱える裏社会などと関わりたくはありませんから。それよりも、騙されている善良な学会員さんたちが自分でそのことに気がついて、静かに辞めていけばいいと思っています。ことを荒立てる必要はありません。自分の意思で自分の人生を決める。そんなあたりまえのことをやりましょうと言いたいです。みんな静かに創価学会から離れていけばいいと思います。御書じゃないですが、今年100人が離れれば、来年は500人、次は1000人、10000人、100000人と離れていくでしょう。創価学会の悪をことさら指摘しなくても、一人ひとりが気づいて去っていけばいいと思います。このブログはそんなきっかけになればいいなと思います。
    学会をやめたから宗門へとか、いやほかの宗派へとか、いやいや宗教なんてまっぴらとか、そんなことはどうだっていいと思います。というか、それこそそれぞれが考えればいいことであって、他人がとやかく言うことではない。実際わたしも日蓮正宗についてはなんの興味もありません。それもあくまで私の考えですから他人にとやかく言われることもないと思います。創価と正宗がいがみあっているのは、互いの利害が相反しているからでしょう。そんなこと少なくとも私には関係のないことです。勝手にやっててくださいって感じです。
    とにかく創価学会の真実に気がついたら、無理をせずにそっと抜け出すことがいいのではと思います。それからその人のほんとうの人生をたてなおすことが始まると思います。むしろそこからが大変なのかもしれません。ある意味社会性の欠落した人格は、社会復帰のためにさまざまな軋轢を伴う場合もあるでしょう。でも不思議なことに、いったん創価学会の間違いに気づけば、おどろくほど社会のいろんなことがすっきりと見えてくるものです。いかに創価の常識が社会から逸脱しているかということですね。
    たとえば新聞啓蒙にしても、何人の外部の人に新聞を読んでもらったかではなくて、どれだけの部数を売り上げたかという数を徹底的に押し付けていきます。ですから購読人数ではなくて購読部数だけが問題にされますよね。これはもともと売上金額しか考えていない証拠です。
    昔、組織の上から「啓蒙数が目標に達しないのであれば、もう一部自分で申し込むように」と言われたことがあります。私は「新聞啓蒙って部数さえ増えればそれでいいんですか?外部の人に読んでもらうことが大切なことじゃないんですか?私が同じ新聞をとって何の意味があるんですか?」と訊いたことがあります。もうずいぶん昔のことですから、何と返事をされたかおぼえていませんが、おぼえていないぐらいうやむやにスルーされたように思います。

    今現在、創価学会員で、どうやって辞めようかと考えている方。また、辞めてこんなに元気になりましたとか、すっきりしましたとか、意外と考え過ぎていたことがわかりましたとか、いろいろあると思います。ささいなことでも、悩んでいる方にとっては重要な問題です。ぜひここにコメントください。少しずつでも、たくさんの方のコメントがとても勇気づけられることになります。
    創価学会を辞めても絶対に悪いことは起きません!というより、辞めない限りは悪いことが起きます。それは宗教とか運命とか、ましてや福運とか罪業などといったことではなく、ただ単にカルト宗教に搾取されなくなるという意味で悪いことが起きなくなるということです。自分の人生は自分で取り戻しましょう。それは一日も早く静かに脱会することだと思います。
     

  6. ある程度コメントなどに目を通して見ました。自分は脱会希望者の中でも異質ですね。
    学会の教えを信じたこともないし搾取されたこともない。経費も盛況新聞程度。財務もしたことない。
    学会関連からの利益は年間数百万。
    それでもとにかく脱会したい。入会したときは学会にそんなに悪いイメージがなかった…
    入会してみて法律も守らない悪質な組織だとわかった。池田大作を心底軽蔑するようになった。
    あるとき、ネットで宗教に関するアンケートを行いました。結果は学会がワースト宗教になってしまった。そしたら脅迫メールが凄かったですよ。

  7. ノブさん。。創価学会の闇を垣間見られたのですね。。じつは、わたしもですよ。。あるサイトで正直な創価学会への想いを書き込んだことが、どこか地雷を踏んだようで、しばらくの間、創価では?というような人たちから集団的嫌がらせに遭いましたから。。それまではわたし、創価学会がそこまで?とは思っていませんでしたので心底驚きましたね。それまではまだ醒めていなかったマインドコントロールの欠片も、すっかり胡散霧消してしまいました。。

    創価学会の中にいて覚醒したと思うのと、実際脱会してみるのとでは正直、雲泥の差があるように感じます。
    たとえ非かつでも、創価学会に籍を置いていれば、組織は守ってくれますから。。また、新聞購読しているだけでも組織にとって利がありますし、選挙の確実な票だけでも違います。。

    また、創価学会を完全に辞めてから初めて自分の人生が自立していくようになります。。自らの責任に於いて自ら立つ。。
    創価学会から宗門へ移行した人は、ただ対象物が変わっただけで、自分もかつて学会員だったのに、何故かいまは学会の批判Only。。ほとんど何も変わっていないと思う。。

    わたしは非かつになった頃から、資格の勉強に取り組み、いくつかの資格を取り、じつはいまもある資格を取るために勉強中です。。いい加減な歳なのですけれどね。(孫のいる年齢です。。)自分のやりたかった趣味も増えました。また、それに伴い純粋な友だちと言える人との交流も多くあります。

    あのまま創価学会にいつまでもいたら、会合や闘争に追われ自己啓発の時間も持てなかったと思います。また、長くいればいるほど創価学会の人間関係だけになっていたことでしょう。。

    創価学会にいる頃は、煩わしい電話も多く、婦人部では、これが幹部?とガッカリするような言動もあり、いつもいつも心がザワザワしていたように思います。ほんとうに、人生に要らないよ、というようなことでいつも心がUPダウンしていました。。
    よく言われたのは、みんな人間革命の途上だから。。って言葉。。いつまでたっても途上のまま、進歩ナッシングな学会員。。いつになったら、人間革命できるのやら。。
    学会員ではない人との交流が増える中、信心していないひとのほうが人間的に素晴らしい人が多い、と気づかされました。。
    そして、組織の中でのどーでもいいようなことで心が煩わされることもなくなり、いつも心晴れやか。。誰かを批判するような無駄な労力も使わなくなりましたから。。

    なんか、取り留めもないことばかり書き込んでしまいましたが。。
    言えることは、自分の人生は自分持ち。。脱会して、依存する気持ちや執着心も少なくなったように思えます。。

  8. 流れ星さん、これ↓私もほんとうにそう思います。

    >信心していないひとのほうが人間的に素晴らしい人が多い

    といいますか、やっぱり学会員はどこか心の大切な部分が欠落しています。
    今思い返せば、私の両親も心のどこかにポッカリと穴が空いていたんだろうと思います。
    私自身についてもそう思います。人としてあたりまえの感情が欠落していると思います。
    それが悪いというのではなく、被害者であるということです。
    このあたりが誤解されやすいところなんですが、創価学会員は心をそのように操作されてしまっているのですから、まずは被害者であると思います。そして他人に対してはそれとは気づかないで害を及ぼしている加害者なんですね。
    「私はね、あなたのためを思ってこの信心をすすめてるのよ。あなたも世界中にいるたくさんの同志とともに平和の戦いをすることが、同時にあなたの人間革命になるんだから。この信心に出会わせていただいた池田先生へのご恩に報いるためにも、いっしょにがんばりましょう。それがあなたの使命なのよ。さあ、いっしょにお題目をあげて、これまでの罪障消滅を祈り、広宣流布の戦いに参加することを誓うのよ!」
    すみません、つい婦人部の口調になってしまいましたが(笑)、だいたいこんなものですよね。
    私が結婚する時に、未入信の妻のまわりをぐるりと取り囲んだ婦人部のみなさんが、興奮状態で力説していました。同志、人間革命、お題目、罪障消滅、広宣流布…そんな言葉がはじめての人にわかるわけないでしょうに。気味悪がられるだけなのにな〜と思っていました。婦人部としては地区で本流がひとつ増えることが頭でいっぱいで、相手のことなんか考えもしない。これが被害者であり加害者でもある創価学会員の姿です。自覚症状がない。やはりそれがいちばん恐ろしいことですよね。病気も自覚症状がないまま気づいた時には手の施しようがなかったというのと同じです。
    まずは自分で考えること。今の自分はほんとうに自分の心が納得して信心をしているのか。どこかで思考停止をさせられてはいないか。怖くて真実を見る勇気を出せないでいないか。そうしたことを少しでも考えることができれば、覚醒への一歩だと思います。

  9. はじめまして。脱会して10年になったものです。
    最近はネットで創価のことであまりコメントしなくなりましたが、たまたまこちらを見つけ、なかなか秀逸なブログなのに感心しています。
    私は白連までやったガチガチの婦人部でした。
    親が草創期からの信者でしたので、創価学会の指導を草創期の本まで読んで育ってしまった者です。
    学会の指導って、よく学べば矛盾だらけです。
    おかげで矛盾に苦しみ精神が崩壊しかけ脱会しました。
    現在無宗教です。
    昔の指導をころころ変える創価学会なのに、脱会しない人達がいます。
    「あのときはあのとき、今は今」と、「言うこと」を変えるというのは不誠実でしかないですし、池田大作自身もそんな宗教は不誠実だと否定してたのに、「師」が率先して言うことを変える。
    それなのに、「創価学会は絶対だ!」と言える学会員たち・・。
    これをおかしいと感じない神経もおかしいけれど、そもそも今の学会員たちは「絶対に正しい崇高な教え」とはなにかを探求してるのではなく、人の集まりにただ飢えてるのではないでしょうか。
    人とのつながりを築き上げるのは本当に難しいと脱会してから身にしみてますが、学会にいると「同じ信仰を持っている」というだけで安易に強い「同志の絆」で結ばれます。
    多くの学会員さんは単純に人とつながっていたいだけなのでしょう。
    問題なのは、この絆が「家族」や「友人」よりも強いものであること。
    創価ではやたらと「宗教の絆は鋼より強い」みたいな指導をします。
    おかげで、私の家族は宗教が壁になり壊れました。
    脱会していろんな友達と知り合ってきましたが、確かに学会にいたときのような「強い絆」はなかなか得られません。
    「誠実さ」と「周りに流されない自分らしさ」と「相手を受け入れる寛容さ」など、本当に当たり前のことを1から学び続けています。管理人さんが言うように、ばりばりの学会員には何かが欠けているんです。
    なので、友達が欲しいとか人との絆に飢えてるような人には脱会を勧めないようにしてます。

    今や数兆円もの資産を持つ創価学会です。
    信者たちは言いように使われ、幹部たちが肥え太る。
    人類史という視点でみると、どちらも哀れとも滑稽にみえます。いじらしい。
    テレビで学会のCMをみるたびに、世も末だなあと笑ってみています。
    出勤前に書いたので、乱筆乱文どうぞご容赦ください。

  10. 昔、邪宗の息の根を止めるのは、布施を絶つことだとよく言われましたね

    今は学会にこそ、その言葉がピッタリとあてはまるのではないでしょうか
    これだけしつこく強力に新聞推進するのは確かな財源になっているにほかなりません
    新聞推進については本当に頭を痛め心悩ませておられる方が数多く居られますね昔からですよね
    昔、自分も多くの人の前で先にシニフェイさんが言っておられる様な質問をされました。 

    何故、同じものを何部もとるのですかと、そのとき自分の顔が熱くなり、鼓動が高くなっていくのが自分でわかりました
    なぜかならば、人前に立つ幹部ながら自分も同じ考えをもっていたからです
    給料も安いし、家計も苦しいのに何でやねんと、でもそんなそぶり皆に」見せられないしね
    でも御仏知なのでしょうかね(皮肉の嫌味ですよ)とっさに過去先輩から聞いた話を思い出し

    一部は自分用に、一部は折伏用に、一部は切り抜き用に、また一部は友人用に

    なんて思い出し冷や汗かきながら、答えたのを昨日のように思い出します
    その場はそれで収まりましたがやはり胸に一物がずっと残りましたね
    まぁ上の幹部はよくもこんなこと思いつくものだと思いました いい加減にしてほしいね   

    昨今では罵詈雑言で人身攻撃に使用される、言論の凶器にさえなる聖教新聞
    若い方は記憶に無いと思いますが過去私にとって一番衝撃的な記事は
    元副会長が学会に1千万円要求してきたと大々的に報道されたときでした、そんなことをしたらいかんわと思いましたが、後日
    本人から直接、そんなことは絶対にしておりませんと聞いて、またびっくり人間性を唱える学会が聖教新聞を使って人を貶めるって こんな恐ろしいことは無いなと、はじめは信じられない思いでした。未だに名誉回復はされていません
    この濡れ衣をあなたに着せられたらと、考えてみてください
    こんな新聞を寝食省みず何のため、誰のために推進するのですか? 

    いわゆるお布施が新聞に変わっただけの話ですよ。みなさんよくご存知でしょうけどね

  11. ノブさんの発言は、個人的に興味があります。選挙中に、幹部が、総本部を作っている業者さんの話をしていました。なんでもその業者さんたちは毎日、池田先生に感謝のお手紙?日記?伝言?を書いているそうです。本当に学会は素晴らしい、先生がこんなに偉大だと知らなかったなど、学会幹部にとってはうれしい言葉であふれているようです。

    とっても興奮気味に話している幹部、それを嬉しそうに聞く婦人部たち。

    私はその話を聞きながら、(相手はビジネスなんだよ?客先におべっちゃらくらい言うさ)というのが正直な感想でした。本当に素晴らしいと思ってるなら、入会者続出なはずですけど、そういったことは全く耳に入ってきませんから、誰も入会していないのでしょう。

    総本部完成を大勝利で祝いたい学会のようですが、財務稼いで大勝利ですかね?新聞頑張って大勝利?わかりませんが、私は今年から財務を断りました。主人は「一応まだ籍があるし、一応会館も何度か利用したし、会費程度にはおさめた方がいい」と言うので、主人だけ一口やるらしいです。

    流れ星さんの、いつも心がざわざわしていた、、、という表現、まさしく私もそうでした。まだざわざわするときもありますが、ざわざわ取れたら脱会しようと思ってます。
    私も宗教に依存していたんだと思います。いわゆるアダルトチルドレンですから、何かに依存しなければ生きて行けなかったと思います。オウムじゃなかっただけ良かったと思うしかありません。過去を否定ばかりで捉えたくもないのです。親に依存できなかった分、婦人部や女子部の先輩に依存していました。健全ではありませんが、その時の私にはどうしようもなかったなと思います。

    これから本当の意味で自律して、自分の人生を取り戻したいと思います。

  12. 本日、友人に非活になったことを話しました。彼女は数年前セミナーに来てくれたことがあり、選挙も自宅まで押しかけて頼んだこともあったので、迷惑をかけたし謝ろうと思ったからです。

    友人はとても喜んでくれて、「本当によかったね、今まで使ったお金は惜しいけど、高い勉強代だとおもってさ。これからはお布施しない分家族のために使えるね。そのほうが絶対幸せだよ」と言ってくれました。そして以前セミナーに誘ったときのことは「きっとノルマが厳しいのだろうと思っていたから、あなたのノルマが一つでも減ればいいかなと思って、学会には絶対入るつもりもなかったけど、友人として協力してあげようって言う思いだった。だけど、それをきっかけに、何かを買えとかお金を要求されるようだったら、そういう風に友人を使うという考えには共感できないから、距離を置こうと考えていた。」とも話してくれました。

    私は当時セミナーに誘った直後、彼女からもらったメールの文脈から、コレ以上色々言うのは良くないなと思い、新聞啓蒙はしないでいました。今になると大正解でした。もし私が調子に乗って、セミナー来てくれたから次は新聞だわ!なんてやっていたら、今頃彼女との友情は切れていました。

    また、世間一般の方たちが選挙を頼まれた時の反応についても教えてくれました。
    私以外にも学会の知り合いはいるし、ママ友で頼んでくる人もいるそうなんですが、やはり学校などで「あの人に選挙頼まれた?」みたいな話題にはなるそうです。でもほとんどの人は「選挙は自分たちで考えて入れればいいし、こういう思想を持った人だからって付き合い方変えるのはやめて、今まで通り普通に接して行こうね」って感じで話してるらしいです。まあ、中には思いっきり偏見の目で見る人もいるにはいるよ、とのことでした。

    一般の人の優しさと、同情心?によって、学会活動ができてるんだなって、なんだか申し訳ないのと恥ずかしい思いでいっぱいになりました。

    それに彼女はこうも言ってました「やってることはおかしいんだけど、学会の人は本当にそれが幸せになる道だって信じ込んでるから、悪気はないんだよね。だから、傷つけてはいけないって思っちゃう。だけど同意はできないし、押し付けられたら付き合っていけないなって思う」と。

    傷つけてはいけない、、、っていう言葉に、何とも言えない哀愁を感じました。今の学会員は「世間で認められてきているから、昔みたいな誹謗中傷を受けなくなった」と考えていますが、決してそうではないということ。学会員は自分たちが境涯が上で、その他は下だと思っているけれど、勘違いも甚だしいと言うこと。

    この世間と学会員の思いのギャップは決して埋まることはないと、感じました。

    そして、宗教をやめて、学会を離れ同志と別れても、こうして語りあい、わかりあい、励ましあえる友情ははぐくめることに希望を感じました。涙ながらに私の非活への話を聞いてくれた友人に感謝です。ありがとう。

  13. おはぎさん、コメントありがとうございます。
    創価学会を宗教だと思うと矛盾だらけですが、会員からお金をまきあげる悪質なビジネスだと考えるとすべて合点がいきますよね。「創価学会は正しい」という前提だと、ことごとく矛盾にぶちあたって、自分の依って立つ場所がわからなくなります。しかしそう簡単に自分が信じていたものを完全否定する勇気もありませんでした。これまでの自分の人生は、そしてすでに亡くなった父の人生は、さらに何も知らないで終えようとしている母の人生はいったい何だったんだと考えると、やるせないなんてものではありません。こんなインチキ宗教を友人に対して声高に自慢していた自分が今となっては恥ずかしくて仕方ありません。
    普通の人ならこれだけの矛盾を無視できるわけがないのですが、創価学会員はこうした子どもにでもわかるようなあきらかな矛盾を矛盾と思えないようにさせられています。この矛盾にちょっとでも気づくことができれば、そこを足がかりに真実が開けてくると思います。しょうがないですませるようなことではありませんが、こうなってしまったことについては、もうどうしようもありません。これからどのようにして自分の人生をとりもどしていくかと考えた時に、やはりこの創価の悪にひとりでもいいから気づいてもらうための何かができないかと思いました。私自身はなにもできませんが、こうしてみなさんの考えや体験を多くの気づきかけている学会員さんに知ってもらえればと思っています。
    今後ともよろしくお願いします。

  14. 崖っぷちさん、ご家族も友人も、みなさん素晴らしい方ばかりですね。うらやましいくらいです。学会の活動をやっていると、知らないうちに人間関係を損得で判断してしまいますよね。この人は新聞をとってくれるだろうか、この人は投票してくれるだろうかなど。まわりの人間を学会にとって利があるかどうかで判断しています。きっと親兄弟の関係でさえ損得で判断されるから、本来かけがえのない家族との関係でさえもヒビがはいるのでしょうね。創価学会の組織で本音で語り合える人間関係をつくるのは、やはり困難だと思います。いつも有無を言わせない「こうでなければならない」という縛りがありますから、違うことを感じる自分を自分で否定しなければなりません。やはりそんな人間関係の中ではおかしくなってしまうのも当然です。そしておかしくなっていることに気づかないのですから、救いようがありません。そう考えると、こんな歳にはなりましたが、気づけてほんとうによかったと思います。それは今考えてみると、崖っぷちさんと同じく、おかしなことばかり言う自分をずっとあたたかい目で見守ってくれた家族や友人がいてくれたおかげだと思います。ほんとうに感謝、感謝です。これからは本音で語り合える家族や友人がいることに感謝しながら、一日一々を大切に生きていきたいと思います。

  15. おはぎさん。。
    学会員は群れているような人が多いのかもしれません。みんなと常に同じ考えで同じ方向を見て同じことをして安心しているような。。
    わたしは、物心ついた時から群れでいるのが苦痛な人で、一部の学会員のように土足でずかずかプライバシーもなく上がり込んでくるような人はほんと苦手でした。。

    わたしの母が、いま、その学会の組織から離れられないのも創価学会の人間関係からだと想います。。母はいま、家族よりも創価学会のほうが大事なようです。年老いて独り暮しの寂しさからだとは思うのですが。。
    わたしが会いに行こうとしても会合があると断ってきます。だからか、わたしも次第に疎遠になってきてしまいました。。

    多分、年末の財務には年金ぐらしでお金もないのに、家族の分まで頑張るのでしょう。ドアが壊れた冷蔵庫は買い換えなくても財務です。貧相な服ばかり着ていても財務は人一倍頑張るのです。
    いくらわたしが諭しても狂ったようになり聴こうとしません。。もう悲しさを通り越して腹立たしくなります。。

  16. 色々な主観や考察、実に興味深い。
    多種多様な宗教法人がありますけど、法を弘めるには人(組織)、そしてお金が必要な事は必然だと思います。
    弘教の根幹は時代が変化しても変わらないし、変えてはいけないけれど折伏の仕方は変えなければいけないと思う。未だ「念仏無間」等では・・・。
    私は学会員ですが教学の在り方を変換しなければならないと思います。
    三大秘法の本門の本尊の項目が消えているのは本当ですか?
    最終的には人を師とするのではなく、法「南無妙法蓮華経」のみを命の根幹にするのが信心決定だと思ってる者です。
    と言っても組織の必要性は揺らぎませんけど。
    創価学会の大変換期は当然、訪れるし必然でしょう。

  17. 法を広めるには人とお金は必要でしょう。広めることを第一義とするならば人は多ければ多いほどいいし、お金はたくさんあればあるほどいいのでしょう。広げたい人が広げ、お金を使いたい人が寄付することには、私個人は何とも思いません。ただ、親が学会というだけで強制されたり、一旦やり始めると辞めれないみたいなのが、良くないと思うだけです。

    昨日くだらない?番組ですけど、マツコデラックスが会いたい人は?と聞かれ「キリストやブッダに会いたい」と言っていて、司会者が「会って何を話すのですか?」みたいな質問をしたら「あなたたちは、いったいどういうつもりだったの?と聞きたい」と言っていて、私も聞きたいわあって思いました(笑)

    今の創価学会を見て、学会員たちの悩み苦しむ姿を見て、どう思うのでしょう。また、今の時代も繰り返される宗教戦争や、星の数ほどある宗派なども、キリストやブッダはどう感じるのでしょうね。

    学会の大変換期があるとしたら、誰がいつするのか。徐々にとかなんとなく変わるのか。徐々になんとなくなら、昔からずっとなんとなく変わり続け、今となってはまる反対の指導もまかり通っています。そんな感じでこれからも変わるんですかね。

    現在の学会に置いては、四箇の格言は否定されたも同然となっています。思想の違いを超えて連帯せよみたいな指導ですものね。教学では、いまだにどう習っているか知りません。今年の教学試験の内容みてみないとですね。

    教学についていえば、なんちゃら大学校とかで学んだりしますけど、あれって、どうして我々から解釈の是非を問うことができないのでしょうか。どうしてこのように口語訳するのか疑問だなと思っても、学会では学会の解釈が正しい前提なので、学問として進展性がないんです。
    アスランさんのようなお考えだと、教学もトップだけで勝手に解釈考えて注釈つけるんじゃなく、広く会員と共に学びあい研究しあう必要があると思うのですが、学会がそういうことできますかね?
    そんな教学研鑽なら、私、ちょっと楽しそうだなって思うんですけどね。自由な発想で意見を対立させながら学び気づきを深めるって素敵だとおもうんです。

    話は変わり、人間革命第二版のことですが、たととえば、一人立つの章で、「僧俗一体の実りは、二年ぶりに回復したのである。この日この時から、さらに強固な鎖は結ばれたと言ってよい。それは終戦後の宗門の歴史がつぶさに証明している。」という箇所は「二人はさらに強固な鎖で結ばれたと言ってよい」と書き換えられています。また「宗門の黎明を告げる」、と言う箇所を、「広宣流布の黎明を告げる」、と言う風に書き換えています。また三大秘法については同じく一人立つの章で、「日蓮大聖人の三大秘法の仏法を根底として」と言う部分が「日蓮大聖人の仏法を根底として」となっており、三大秘法という言葉は抜かれています。

    とりあえず、一巻の途中まで読み比べ、嫌になったので、一人立つより先は読んでません。。。どなたか読み比べてる方いないですかね?そんな無駄な事誰もしないかな(汗)

  18. アスランさん、コメントありがとうございます。
    ここではほとんどいない現役創価学会員さんであるアスランさんなので、今後のここでの対話を続けるために
    あえてお訊きしますが、
    1. アスランさんは活動家でしょうか。活動歴はどれくらいですか。
    2. 創価学会員であること、またはあったことで多くの方が苦しんでおられることはご存知でしょうか。
    3. もしご存知であれば、そうしたことに目をつぶってでも創価学会は存続したほうがいいとお考えでしょうか。
    4. 創価学会のどのような点が変わればよいと思いますか。
    5. 創価学会は変わることができるとお考えでしょうか。
    6. 学会の宗門に対する攻撃(創価新報紙上や日顕撲滅唱題会など)についてはどのように思われますか。
     たとえば学会による宗門批判は当然とか無意味とか、和解したほうがよいとか、相手にしないほうがよいとか。
    もちろん創価学会の回答ではなく、アスランさんご自身のお考えをお聞かせください。
    よろしくお願いします。

  19. シンフィ二さんへ
    コメントありがとうございます。
    「法を弘めるにはお金も必要」というおめでたい意見が出てますが、幹部の年収が数千万円だとか、やたら会館を建てる実態をみれば、創価学会が「宗教」を道具に金儲けをしている宗教ビジネスなのは間違いないことです。
    シンフィ二さんの境遇が、とても私と似ています。
    私も広宣流布の使命を常に胸に、学校や会社で「ぶっぽうのすばらしさ」なんていうのを語ってきました。
    他人の信仰もことごとく否定。歩く折伏教典でしたよ(笑)。
    こんな人生を30年以上・・・。取り返しはつきませんが、あきらめるしかないです。
    私の母は最後の最後で、学会の信心に意味がないことに気がついて亡くなりました。哀れでしたが、最期に「母」は普通の人になりました。
    父はもう救いようがありません。
    私の言葉は「すべてデマ!」です。組織の皆さんの言うことの方が正しいそうです。
    顔をみるたびに「そのうち罰が当たるわ!」と罵ることをやめないので、もう縁を切りました。
    草創期からの信者で、池田大作の指導を真に受けて信心した結果、父親は「親」という人間性を失いました。

    創価は常に「手口」を変え、信者を増やそうとします。
    過去を知らない人は、ころっと騙されるでしょう。
    だから逆に、創価の黒い部分、黒い歴史を知ってるということは、ちょっとした優越感を私に与えてもくれます。

    ところでお金の話。
    かつて座談会で「真心の財務なのであれば、1円でも尊いのではないですか?」と質問したことがあります。
    こういう質問を、もっとほかの学会員さんたちもすればいいのにと思います。
    一人立ての勇気がないので、みんな羊のように従順です。
    昔、「草の根の運動こそ尊い」とか「テレビやラジオを使うのは広宣流布ではない」とか学会では語られたのに。
    宇宙の法則でもあり絶対に正しい仏法であれば、金は必要ないはずです。
    在家信仰が素晴らしい!とか、ルターの宗教改革を賛美しておいて、会館をばんばん建てる滑稽さ。
    「うんそうだ、幹部の言う通り、広宣流布には金がかかるんだ」と学会を庇う信者の頭のめでたさ。
    言葉は悪いですが、私は本当に学会は馬鹿が多いと思います。

  20. 流れ星さんへ
    コメントありがとうございます。
    少ない年金からでも「真心の財務は尊い」
    お母様はそう思ってるのでしょう。
    池田大作も、不況の時にこそ財務にがんばることは尊い、家は栄える守られる!とか言ってましたし・・・。
    こんな指導も、テレビのコマーシャルに流せばいいのにと思います。
    「あなたの あしたを あたらしく」
    「財務は一口1万円からです」「苦しい時の財務こそ大事です。」創価〜学会〜♩

    座談会の会場で聞くと何でもなかった指導も、テレビなど公の放送に流れされれば、正気を取り戻す信者が出てくるかもしれません。
    選挙の時だって、日頃会合で幹部が「仏敵をやっつける法戦だ!祈って祈って都議選大勝利!」と激を飛ばしてる光景も、もっとオープンにしてほしいものです。

  21. おはぎさん
    法をひろめるのにお金は不要。仰るとおりです。 創価の場合は桁が違いすぎると思います。
    接遇任務に行った際、杉折(木箱入り)のゴージャスなお弁当をごちそうになりました。 毎日こんなの食べてるんですか?と
    傍にいた職員に聞いたらニッコリ笑ってましたね・・。 
    当時地元の会館にてパンと牛乳でありがたがってた私にしてみたら、なんだろうこの差は?と思いました。
    また、海外の会館の立派さにも驚きます。しかも全ての会館に池田氏の部屋があるって言うのも・・。
    ハワイの会館でさらっと現地メンバーが「先生のお部屋もあるんですよ」と言った時は、え?なんのために?でした。
    ハワイとて毎年行けるわけでもなし、10年くらい前にはすでに「命を狙われていて、国外はおろか国内の移動もできない」と幹部が言っていたのに
    なんで1回行くか行かないかもわからない会館に、じーさん専用の部屋がいるんだよ!、感心しないなと、
    当時まだマインドコントロール下にあった私でしたがそう思いました。
    倹約に倹約を重ね、新しい洋服1枚ですら我慢して財務をしている会員は、こんな現状をなんとも思わないのでしょうか。
    確かに世間知らず、馬鹿が多いと思います。

  22. 初めてコメントします。
    仏壇を棄てて半月たちました。
    ほんの数ヶ月前でしたが、
    シニフィエさんが自らの手で仏壇を壊した話を読んだときには衝撃を受けました。
    「地獄に堕ちる」の洗脳に怯えながらも決断することができたのは、
    シニフィエさん、クロさんや木花さんをはじめ、ブログに書いて下さった方々のおかげです。
    今までの取り返しのつかない人生が悔しいですが、
    本当の人生は今始まったばかりと思い生きていきます。
    ありがとうございます。

  23. おはぎさんのコメント面白いです。ほんと、CMしたらいいですよね。

    私非活直前に、とある婦人部幹部に言ったんです。「折伏するときに、こういう新聞や選挙の戦いをしなくちゃいけないことを言うべきですよね。財務もあるんだよって、お知らせしておかないと詐欺じゃないですかね」と。そしたら「そりゃあ、いくらなんでも言えないわよ」だって。「外部の人にいくら何でも言えないようなことを、私にさせようとしないでくれます??」と言うと、黙ってましたね。

    世間の人は言わなくても知ってる、どんないいイメージのCMしてても、入会すればお金取られること、すさまじい選挙活動しなきゃならないこと。その他学会員が知らない色々。だから誰も入会しないんだよ!

    ほんと、アホですね。

  24. 学会と戦うより対話をと、判断されたシニフェイさん
    間違って無かったですね、これだけ生きたブログはほかに無いでしょう
    一人、二人と覚醒される方がここにコメントされるなんてすごいことです
    経験、体験から出される確かな問題提起は多くの会員が抱いているものばかりだと思います
    確かな管理をされているシニフェイさんもさることながらネットの時代ってやっぱりすごいですね
    応援し続けますよ。

  25. 秋生さん、覚醒されたようでよかったですね。
    私が学生部になった36年前から持っていたご本尊はお寺のものでしたので、いただいたお寺に返しましたが、これが学会のカラーコピー版だったら破り捨てていたと思います。
    実家には父の名前が入った日達猊下書写の常住ご本尊が安置してありますが、認知症の母が亡くなったら、だれも拝むものがいなくなるので、これもお寺にお返ししようかと思っています。もしかしたらバリ活の兄夫婦が持っていくかもしれませんが、いずれにせよ実家のバカでかい仏壇は扉を開ける者がいなくなります。このようにして、これから創価学会員は少なくなっていくのでしょうね。

    創価学会がめざす日蓮仏法の信仰を基本とした世界平和の運動が絶対に正しいのであるなら、どうして750年後の今も世界はこのように混迷したままなのでしょう。その原因が邪教にあるとするならば、今度はその邪教と仲良くしましょうと今になって懐柔策をとるのは、どういう理屈なのでしょうね。では邪教のせいでなかったら、この世界の混迷と日蓮仏法は関係ないと言わなければなりません。まあ、今となってはどうでもいいことなんですけどね。

    もう少し元気になったら、知らん顔して本幹に行ってみようかなあ(笑)でももうお数珠も捨てたしなあ。
    近頃は本幹でどんなことがいわれてるんでしょう。
    総本部落成のときに池田氏は姿を現わすのでしょうかね。それとも例によってメッセージでしょうか。
    もし姿を現わさないとしたら、総本部落成式を欠席するような理由をどのように言うのか、もしくは何もふれないのか。おそらくどんな大きな会合でも絶対に姿を現わさない池田氏に何の疑問も抱かない学会員ばかりなのでしょうね。健康上の理由であれば、これまで連日のように行なわれている執筆活動やメッセージなどができなくなるし、それでは組織の統制がとれなくなるから、池田氏は元気でいることになっているんでしょうね。それでも3年くらいは姿を現わさない。聖教新聞には執筆していても、写真は何年も前のものばかりですから、その時点でなんかおかしいぞって普通ならなるんですけどね。ならないんですね(笑)

    崖っぷちさん、いちいちコメントに説得力がありますね(笑)

  26. NHKで「神の数式」という番組がやってます。
    「科学が進めば進むほど、この仏法の正しさが証明される」と、よく池田大作が公言してましたっけ。
    公明党を支援することも、科学的に正しいことなのでしょうか。
    昔と今とでコロコロ指導を変えるのも「宇宙の法則」を根本にしてるからなのでしょうか。
    打倒ニッケン!針金でゆわえてトンカチでぶん殴ることも、宇宙の法則からすると正しいのでしょうか。

    まともに考えれば、創価学会の仏法なんて、科学の真理の足下にも及びません。
    よくもまあ池田大作のいうことを真に受けてしまったものだと、我ながら本当に愚かな青春時代でした。

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