私が鬱になったわけ[1]

およそ30年前、学会二世の私が社会人になってからわりとすぐに、ごく一般的なOLの彼女と出会い、ある程度お付き合いを続け、彼女の実家に泊まって両親にも挨拶をし、父親と夜遅くまで酒を酌み交わし、とても穏やかにご両親との対面をクリアしました。彼女は片田舎の広い土地を持った先祖代々からの本家の地主の家系でした。そこで彼女の家にある仏壇の前に通された私は、彼女から「これがうちのご先祖様よ。あなたもお参りしてご挨拶して」と言われました。じきに家族の一員となる私をご先祖様に紹介したいという、彼女の素朴な気持ちであったことは、そのときも理解できました。しかし私はできませんでした。「僕は宗教上の理由で他の宗教の仏壇には拝めないんだ」と言いました。彼女はその言葉の意味がわかりませんでした。それはそうでしょう。彼女は私が創価学会員であることを知りませんでしたし、それ以前に創価学会というものを知りませんでした。(まあ、名前ぐらいは知っていましたが)。彼女はとても不安になりました。そこで彼女は共通の友人に創価学会について相談したそうです。「そうだよ、シニフィエ君は根っからの創価学会だよ、お父さんは公明党の議員だったそうだし、知らなかったの?」と言われたそうです。その後、彼女は両親に私が創価学会であることを打ち明けました。父親は何も言わなかったそうですが、母親は大反対したそうです。彼女は母親がなぜそこまで反対するのか理解できませんでした。そのことを彼女は私に話しました。私は「やっぱり」と思いました。私も彼女もお互いに愛し合っていましたし、私もまだ社会人になったばかりで結婚はまだ先のことと考えてはいましたが、彼女との家庭を思い描いていました。そしてプロポーズもしました。私は「おそらく君のお母さんは、いろんなことを誤解しているんだ。昔は根も葉もない悪い噂が広がっていたからね。これから僕が一つひとつきちんと創価学会のことを理解してもらえるように話をするし、君のお母さんにも納得してもらえるようにするよ。心配しないで僕を信じてついてきてほしい」と言いました。私は25歳、彼女が22歳のときです。彼女は「あなたがそう言うのなら私はついてくるよ」と言ってくれました。そしてしばらくは続いていたのですが…

すみません、今回はこれくらいにさせてください。私が去年うつを発病したのも、この30年前のことと直接関わっていることです。小出しにしているようで申し訳ありませんが、続きは後日ということにさせてください。というのも、あのころのことを私は記憶から無理矢理削除していたことに去年気がつきました。愕然としました。MCとはこういうことなんだと思いました。目の前にあるものが見えなくなる。まさにそれでした。それは創価の信仰をしている自分にとって都合の悪いことだったからです。ですから今でも詳しいことまでほんとうに覚えていないのです。今少しずつ思い出しています。なぜ今思い出せるようになったのか、ちゃんとした理由があります。あのとき自分と彼女に何があったのか。私は彼女に何をしたのか。そして彼女はその後どうしたのか。彼女の両親はどうしたのか。それが去年わかったとき、ほんとうに青ざめました。ほんとうに足がガクガクと震えました。そして私が創価の間違いに気づいたところで、私のまわりのいろんなことが思いもよらない形で一斉に動き始めました。それがなんと30年後にやってきたのです。そして私の人生は大きくゆらぎ始めました。早い話が、自分の人生にとっての30年という歳月を、私が創価学会員であったというだけで、取り返しのつかないものにしてしまったということです。このブログでどこまで話せばいいものか、まだわかりません。それは今も進行中だからです。30年の歳月を超えて、私はどのように自分の人生の決着をつけるのか、今はまったくわかりません。それでもここでは正直に書こうと思います。それは自分の本当の気持ちを自分で探る行為だと思います。そして私のうつ克服の方法だと思うからです。

私が鬱になったわけ[1]」への28件のフィードバック

  1. 辛すぎて無意識界に閉じ込められた記憶は普通意識上に上ってきません。思い出そうとしても思い出すことができないのです。催眠などを使えば出てくることもあるようですが、その方が耐えきれなくなる可能性があるようです。
    しかし普通に思い出せるときが来ることがあり、それは、その方自身が今ならその過去を思い出しても耐えられる時期になったということだそうです。

    精神分析を勉強していて、人は無意識界に支配され発言行動していると学びました。辛く悲しい抑圧された思い出・感情を思いだし、それを希望の方向へ書き換えながらクリアにしていく中で、心と言動が一致するようになり、精神の病が克服されるようです。

    辛い過去の思い出を語ることは容易ではないと思いますが、語れた時にうつが確実に快方に向かうと私も信じます。無理しないで語れるときに聞かせてください。

    話は変わり、私のことですが、主人は面倒くさがって財務を辞めたようです(汗)イチイチ申込みしないといけないのが面倒になったらしいです。。。
    用紙記入まではしたんですけど、地区婦の郵便受けに入れとけと言われ、ポストに入れるなら一言書き添えないとな~と思ったらしく、何て書こうか?と考えていたら面倒になったらしい。
    この話を主人から聞いて、普通の人はこんなことで面倒になるもんなんだ~と思いました(笑)
    本来寄付ですから、申し込みがあるなら相手がお礼かたがた取りに来るのが当たり前だと思いますが、こちらから一筆書いて郵便受けに入れないといけないなんて、そりゃ面倒ですよね。
    しかも振り込んだら振り込んだで連絡しなくちゃです。壮年の主人なら壮年部にすればいいのならいいと思いますが、地区婦に直接連絡しろと言われたら、嫌だろうなと思いますしね。

    財務については去年度初めてとても嫌な思いをしました。体験内容的には皆様と同じような感じだと思います。
    非常に腹が立った私は「支払いの確認じゃあるまいし、何でもメールしてくんな。誠意のかけらもない態度で浄財だのほざくな。非常識にも程がある」と怒りましたよ。(もちろん言葉は丁寧にスマイルで)幹部は謝ってましたが、結局今年も改善されておらず・・・。
    財務申込み締め切り前に、私の方にどうしますか?的なメールが来たのですが、壮年部から主人へ直接聞いてくださいよと返事しました。あと、来年おなじメールを私にしてくるんじゃないぞ、と念を押しました。

    晴れて今年から、我が家は財務なしです。私的には良かった。たとえ一万円でも寄付などしたくないですから。。
    これであと、新聞の啓蒙期間が切れたら、新聞も入らなくなるし、いよいよ正真正銘非活者です(笑)

  2. 実はネットでの相談サイトをよく覗いては、「彼が学会員だった」とか「婚約者が学会員だった」という相談に回答をかいてました。
    今も昔も、あえて自分がバリバリの学会員であることを伏せて恋愛をし、婚約までする人が本当に多いです。
    脱会してから、それは相手に対してとても不誠実で酷いことだと気がつきました。
    シンフェニさんにはお辛いコメントでしょうが、書かせていただきます。

    しかし、この私も懺悔の気持ちで書きます。
    私の場合は恋愛では相手が学会2世だったので問題はなかったのですが、友人関係ではことごとく不誠実でした。
    親睦を深めるのも「広宣流布のため」。
    相手が引かないように「私は学会員だけど親がやってるだけで、私はそれほどでもないよ」とか嘘をいって、相手を安心させきました。正しい信心をしているんだし、何も悪いことじゃないと考えてました。

    とにかく、恋愛においては自分が学会員であることを必ず相手に話すべきだと思います。
    根も葉もない噂で学会は嫌われてるのではなく、根も葉もある多くの所業で嫌われてることを自覚するべきです。
    私が脱会したと聞くと、多くの友人らが「実は学会員には嫌なことをされた」と語り始めます。
    どれも学会の教義が原因によるものです。
    こんな嫌われてる教団の人間と、普通は恋愛も結婚もしたくはない。親も子供を嫁がせたくない。
    その教団の人間だと後で知らされた時の悲しさと怒りは並大抵なものではないのだと、ここ数年相談に回答しているうちに気がつきました。

    創価学会員だから交際してる相手の家族から反対された、・・・という被害者意識は捨て、相手や相手の家族の気持ちを汲み取るべきでしょう。
    現在、自分が学会員であることを伏せて恋愛してる人には、是非即座にカミングアウトしてほしいです。
    それでも付き合ってもらえるなら、それでよし。

  3. 創価学会であることを隠して交際とか友人関係を築くということをできるということが、私には驚きと言うか、一体どうやって隠し通しているのだろう?と知りたいです。
    未活動者ならできると思いますが、バリバリ活動していたら、絶対言わざるを得ない時が来ると言うか。言いたくなくても言わないとつじつまが合わない(生活パターンやら遊びの約束をする時とか)状態になるし、F活とかするためには言うしかないですよね。友人に当たらず、誰に当たっていたのか。恋人にFを頼まないで他人に頼んでいたのでしょうか。

    私の場合。バリ活のときは、いいことしてると真剣に思ってたから、遠慮なく不必要なまでにカミングアウトして、F活やら折伏やらやりまくりでした、私(汗)大学教授にまで言ってました。。。会社の社長にも。っていうか会社の社員全員(200人程度)にF活してたし(汗)
    私の知人で私が創価であることを知らない人はいません、たぶん。
    それゆえ、今になって、なんであんなに大々的に宣伝してたんだろう。。。と思い出すと気が沈みますが。

    友人には言わないにしても、婚約するような恋人には言うべきでしょうね。
    私の主人のように、宗教してても君と結婚したいとか、僕も君の宗教を勉強してみるよ、なんて言ってホイホイ会合に来る人はまれだと思います。主人は当時、公明党の支持母体くらいにしか思ってなくて、ある意味偏見なし?だったので、ホイホイ来ただけだと思います。週刊誌などを全く読まない人なんで、創価の悪い部分を知らなかったようです。

    恋人関係で要注意なのは、私の体験からなんですが、「創価学会に入会してあげるから、付き合ってよ」と言って寄ってくる男がいるってことです。バリ活女子部は世間知らずですから、折伏のノルマの苦しさにつけこまれるのです。私はその人を信じてお付き合いしましたが、すぐに浮気をしていることがわかりました。(今となっては私の方が本命ではなく浮気相手だったのかも?)その人と別れるとき、創価や公明のことをボロカスに言われました。相手の浮気が原因で別れたのにです。ひどく傷つきました。
    それでも覚醒にはならず、ますます創価活動にはまりました。福運がないからこういう目に遭うんだって思いこんで。

    この経験から、今の主人と付き合うとき、「創価学会に対して理解がないなら付き合わない」と逆に相手を脅すようなことをしていまいました。本心では主人が信心しなくても大好きだったから、付き合いたかったんだけれど、不安から相手を試すようなことを言いまくっていました。本当に謝っても謝りきれません。主人は「わかってるよ、会合に一緒に行くよ」とあっさり言ってくれたため、お付き合いすることになったのですが。

    恋愛と宗教が絡むと、本当にお互い傷つきますね。過去を思い出すと苦い気持ちばかりです。

  4. 私の兄も、学会が遠因になり破談になったことがあります。
    当時、兄の彼女の父親は共産党員でした。
    兄はもちろんバリ活でしたから、兄は彼女の父が共産党員だと知った時「気持ち悪い」と言いました。母も同じ。
    この人たちは、普段からどういう目で人を見てるんだろうとガッカリしたものです。
    結局彼女(の両親)の方から、別れを告げられたらしいんですが、「そんなところからの嫁などいらない」と
    母が憤慨していたのがおかしかった。結果的に捨てられたのに。

    この人たち全員、被害者なのでしょうか?
    痛みも知らず、闇雲に相手を批判する立場にいると勘違いしている彼らが被害者なのでしょうか?
    一般的な学会への視線と、学会からの偏見に満ちた視線。
    どこに被害者がいるんでしょうか。我見に満ちた似た物同士ではないですか。
    兄は別の人と結婚しましたが、嫁さんは学会に入るつもりも、兄が入れるつもりもないようです。
    母はそれを黙認しています。

    私の旦那を、無理やり折伏しようと躍起になってた人とは思えませんよ。ダブスタにもほんと呆れます。
    私は結婚以来、防波堤として学会の攻撃から家族を守ってきました。

    自分の子供が学会員と結婚したいと言い出したら、多分旦那よりも私が反対すると思います。
    私も矛盾していますね。なかなか難しい問題です。

  5. やはり学会の人との縁談は、数々の問題をはらんでいるのが事実です。
    なので私は、どうしても学会員と結婚したい人や結婚に不安を抱いてる人に対しては、「結婚後、新聞啓蒙を身内にしない」「子供を勝手に入信させない」などの誓約書を書かせるように言っています。
    最初は「互いの信仰の自由を尊重する」とか言っておきながら、あとで覆す学会員は割りと多いですから・・・。

    一番悪いのは池田大作です。
    夫婦揃って信心しなければ一家和楽はない!なんて指導したばっかりに・・。

  6. シニフィエさん、無理しないで下さいね。感情に蓋をすると体に溜まって行くんですよね。
    私は主人が未入会ですけど、姑は反対してましたね。昔自分の母親が学会員で苦労したそうです。
    主人が説得してくれて結婚しました。彼は結婚前に四者に囲まれても頑なに入信しませんでしたよ。今ではそれで良かったんだと思います。
    学会員同士でもすれ違いの生活で離婚してる人もいるし色々ですね。

  7. シニフィエさん、

    あまり頼りになることを言えない私ですが、以前から「その時期が来たら書きます」
    という時期が、始まったのですね。
    どうか、自分の心の許す範囲とペースでご無理のないように。

    創価は恋愛さえも束縛する組織でしたよね。

    人それぞれ、決断も選択も自由かと思います。
    私は日本にいないので例外かもしれませんが、私の脱会時に一番支えてくれたのは夫でした。
    アメリカ人ですから、創価に対し偏見もなく、アンチの情報を知らず、ただただ
    私だけを見て、10年以上共にしてくれています。
    結婚式も、私の希望通り仏前式にしてくれ、アメリカ人の両親と共に勤行の練習を
    してくれて、それ以降も私が頼めば一緒に題目をあげてくれてました。

    私の活動をサポートはしてくれましたが、彼は一貫して「宗教団体は利益主義」
    「僕には必要ない」という姿勢を変えませんでした。
    バリ活会員でありながら、そう言った一般的な目を持ってくれている彼が共にいて
    くれてたことは、折伏したい反面、嬉しかったものです。

    そして、私が疑問を感じ始めてから確信に至るまで、何一つ、創価批判することも
    せず、私が自己否定するときも、親を責める時も、今までのことを謝罪するときも
    すべて、受け入れてくれました。

    そして、このどうしょもない私を何が合っても受け入れてくれた彼がいたおかげで、
    立ち直れました。

    mintさんのおっしゃる通り、学会員同士でも、一般人夫婦でも、縁があれば一緒になり
    すれ違えば離れて行くのかもしれません。

    話は変わりますが、日本の本部かアメリカ本部かどちらに送ろうか迷っているうちに
    すっかり家にあることを忘れていた御本尊を、今日返却します。
    そう思っていたら、2年ぶりに女子部時代のメンバーから留守伝が入っていて
    少し心が傷みました。でも、後でポスト投函します。
    バイバイ、創価です。

  8. みなさん、貴重なお話をありがとうございます。話のつづきを書こうと思っていますが、自分でもまだうまく気持ちの整理ができていないみたいで、思いのほか落ち込んでしまいました。最初だけ読むと、若いころの単なる失恋の傷を創価のせいにしているだけのように思われる方もいらっしゃるかと思いますが(笑)、決してそうではありません。すぐにでも最後まで書くつもりでしたが、今は耐えられそうにありません。きのう病院に行って、別の薬を増やしてもらいました。もう少し時間がいるのかもしれません。無理のない範囲で書いていければと思います。

  9. sinifieさん、何故かsinifieさんが、このことを書き込んだあと心配になっていました。。
    なんどかコメントをしようかと思いつつ躊躇していました。。

    無理なさらなくても良いと思います。。
    かなり深刻なことのようでしたので、このようなコメント欄を公開しているところに書き込まなくても、どなたかのように、初めは非公開でどこかに書いていっても良いのではないでしょうか。。?
    そして、自分の気持ちが整理されて少しでも軽くなってから公開にしてもいいですものね。。

    じつはわたしも完全非公開のわたしだけが知る内緒の愚痴吐き場のサイトがあります。。

    たいていは、同居の姑や義姉のことを書き込むことが多いのですが(笑)
    心がもやもやしている時に、だーっと書き込んでスッキリするし、自分の気持ちを整理できるのですよね。。
    最近は、とんとこのサイトに行くこともなくなり、ログインするときのパスワードをなかなか思い出せませんが。。(苦笑)

    話しは変わりまして、ヨーさん、おめでとうございます。。
    もう二度と罰論などに心かき回されることなどありませんように。。
    日蓮の教えは、この世界のごく一部の。。それにもう過去の教えなのですよね、実際は。。
    立正安国論などは、ノストラダムスの予言と大差ないと思えばいいのに、と時々思ったりもするくらいです。。

    天変地異なんかは、もうこの地球誕生からよく起こっていたことなのですからね。。どうして、日蓮の教えに縛られるのか、わたしにはよく分からないくらい。。

    あ。ヨーさんにおめでとうだけ言うつもりが、つい最近あることで思っていることも言ってしまいました。。(汗)

    みなさんの投稿を読んで、創価学会の(過去)バリ活と結婚してくれた創価学会員ではなかった旦那と旦那の家族に、もっと感謝しなくちゃいけないなと大いに反省いたしましたです。
    わたしも一家和楽。。という言葉に、結構振り回されてたな。。

    こんど旦那に素直に気持ちを話して謝ろうと思いました。。(わたしが創価学会員で旦那に苦労をかけたと思うので。。)

  10. 想像以上に、体調が悪いシンフェニさん。
    私が書いた内容は、配慮に欠けたものだと反省しています。
    ごめんなさい。

  11. おはぎさん、大丈夫ですよ。気になさらないでいいですよ。
    私が学会員だったことで結婚を反対されたことを残念に思っているのではありません。学会員の私との結婚を反対した彼女のお母さんは、あの時点では正解だったと思います。反対されて当然だと思います。私がショックを受けたことというのは、いくらMCされていたとはいえ、あれから彼女を一方的に捨てて、学会のほうをとってしまった自分を今でも許せないでいるのです。それから今になって真実がわかり、これまで家庭を支えてきてくれた今の妻に対しても、あのころのことを後悔している自分を許せないでいます。単なる昔話では済まなくなってしまった現実に、心が対応できなくなってしまったようです。

  12. 「決して天秤に掛けてはいけないものだった」と気付いたんですね。
    人として当たり前のことを、さも罪悪であるように仕向けられていた。それがMCです。
    言われ無き苦渋の決断を迫られ、泣きながら唱題することもあったでしょう。
    私にもありました。それを思い出すと、なんとも言えない気持ちになります。後悔の一言です。

    シニフィエさんが悔いている過去には、もしかしたら不幸な彼女がいるかもしれないけれど
    今苦しんでいるシニフィエさんのため、力になろうと見守ってらっしゃる奥様がいる現在に、不幸な彼女はもういませんよ。
    きっとどこかで楽しく暮らしています。世の中そういう風になっているものですよね。
    彼女の今は、当時のシニフィエさんの決断や彼女のお母さんの反対の結果にあるものではなく、
    彼女が作り上げ、彼女自身が選び取った人生です。誰のせいでも誰のお陰でもない。

    私が彼女なら、いつまでも人をかわいそうがらないで欲しいと思うでしょうね。

    無責任なことを書いてしまいましたね。
    焦らずゆっくり一つ一つ丁寧に許していきましょう。
    とっ散かった心の中を整理できるのは、自分しかいませんから。

    ご自愛を。

  13. おひさしぶりです。
    ぱこさんのコメントを読み、私も過去の記憶を思い返して、なんとも表現しがたい気持ちになっていました。
    そしてシニフィエさんのお書きになった本記事を読み、ドキドキしていました。
    どうぞ、くれぐれも無理をなさらないでください。

    私も20代の頃、未活時期であったにもかかわらず、結婚話が出た外部の彼に創価である事をカミングアウトしたところ
    信心は辞めて欲しいと言われ、「御本尊様のない生活は考えられない」と結婚をあきらめた経験があります。
    彼の親御さんからはっきり「創価の嫁はいらない」と言われました。
    彼は、自分は信心できない(彼の親御さんも新興宗教に入っており、彼は宗教じたいに辟易してました)が、親と縁を切っても
    いいと思ってると、彼なりに譲歩してくれました。
    けど、私は御本尊様への絶対心と、母親を悲しませたくない事を理由に破談を選びました。
    彼とは沢山話しあいましたが、ずっと平行線でした。
    私自身、覚醒からまだ一年ほどで、この件について咀嚼しておらず、棚上げにしています。
    勿論相手を傷つけたことを反省する気持ちはあり、とんでもない対応をしてしまったと後悔もありますが
    言い訳は「悪魔に心を奪われていた」になってしまいます・・。 真人間じゃ無かったから許して下さいと。

    創価が社会悪だと覚醒しても、クリアすべき関門が次々と出てきますね。
    創価ロジックから解放されたら、そこから先は全部自分のための時間だから、どれだけ時間がかかってもいい、
    揺り戻されないためにも焦らず行こうと自分に言い聞かせている日々です。

  14. シニフィエさん。論じる材料の少ない私の声に、レスポンスをくださり恐縮しております。
    それが「負」の引き出しを開けることになってしまったのなら、なおさら……。
    私の大切なひとは「あなたの周りには、ひどい会員ばかりいたんだね。学会に対して大きく誤解があると思う」と、いいます。
    今、私はそれを全面否定しないようにしています。学会に対し、なるべく中立的な本を読んだり、触れたことのない仏教用語と日蓮宗との関わりについて調べながら、考えています。新潮文庫の「創価学会  ~島田裕巳」は2004年の刊行ですが、非常に興味深く読みました。

    書くという作業は、苦しいです。どうぞ、今の生活と心身の安定を第一に。
    私は、一読者として、そしてシニフィエさんやここに集われるみなさんのように「対話」を重んじることを選ぶ者として、静かに次の言葉を待っています。

    (誤操作により二重投稿が生じてしまっていたら申しわけありません)

  15. 体調、大丈夫ですか?私、余計なコメントしていたかもしれません、ごめんなさい。
    本当に無理なさらず、でも話したい!という思いがおありでしたら、こういう公開の場でなく、できたら一人の信頼できる人、すべて否定せず聞いてくれる人に話すことから始めた方がいいと思います。

    さて、新美南吉の「でんでんむしのかなしみ」というお話があるのですが、ある日でんでんむしが言うのです。
    「わたしはいままで、うっかりしていたけれど、私のせなかの からのなかには かなしみがいっぱい つまっているのではないか」
    「わたしはもう いきていられません」
    すると、でんでんむしのお友達が「わたしのせなかにもかなしみは いっぱいですよ」
    と答えます。
    また別のお友達のところへ行くと、そのお友達も「わたしのせなかにも かなしみはいっぱいですよ」と答えるのです。
    そして、最後に「かなしみはだれでも もっているのだ わたしは わたしのかなしみを こらえていかなきゃならない」と嘆くのをやめました。というところでお話は終わります。

    私たちは創価だから人を傷つけたかもしれないし、悲しいこともあったけど、創価じゃなかったら、誰も傷つけずにまた傷つかずに生きてこれたのか?と言えば、そうじゃないと思うのです。
    創価だったから不幸だった、という風に考え生きていくのも、創価であったことは学びであった、辛い体験だったが自分には必要な過程だったのだと捉えて生きていくのも、人生。
    私はできたら、後者でありたいと願っています。

    だけど思い出すとうわーーーと叫びたくなる過去、あります。誰にも言いたくない言えないこと。ここにも書けないこと。
    後悔しても、もう戻れるわけじゃない。過去をやり直すことはできない。
    今度その人に会うことがあったら、素直に過去を謝ろう。それしかできない。それ以上の償いはできないです。。。
    どんな人も過去の過ちは背負っているもの。正当化するのではなく、ただ、そうなのだと受け止めるようにしたいです。そうやって自分の心を守ることも、大事なことだと思っています。

  16. 崖っぷちさんへ
    仰る通り、他の人達もいろんな苦労や悲しみを背負ってるのだなと思います。
    でんでんむしの話、良いですね。

    そういえば、でんでんむしの歌でこういうのを思い出しました。

    「しあわせよ あんまり早くくるな
    しあわせよ あわてるな
    カタツムリにのって
    あくびしながら やってこい
                      
    しあわせがきらいなわけじゃないよ
    しあわせにあいたいが
    いまはまだつめたい風の中にいよう
    熱い涙をこらえていよう」

  17. 崖っぷちさん、ありがとうございます。
    >どんな人も過去の過ちは背負っているもの。正当化するのではなく、ただ、そうなのだと受け止めるようにしたいです。
    そうですね。受け止めること。他人のことも、自分のことも受け止めるところから、新しいことが見えてくるような気がします。みなさんの温かい言葉でほんとうに救われます。自分が受け止められなくて壊れてしまったのだと思います。でも幸い、おかしな形で自分を正当化しないでいれることがせめてもの救いです。少しずつ、それでもまっすぐに今の自分を受け止めていけるようにしたいと思います。
    みなさん、ほんとうにありがとうございます。

  18. おはぎさん
    そういう歌があるんですね、初めて知りました。幸せはゆっくりでよい、そう思えれば、焦らず怒らずいられそうです。

    でんでんむしのお話の絵本は以前子供のために買ったものだったのですが、買った当初はこの話の良さが全然わからず、ただ、暗い話だなとしか思えず、子供にも読み聞かせはほとんどしてませんでした。
    昨日の朝、子供の本棚を整理していて、この絵本が目に留まり、読んでみたら涙が止まらず、すぐにこちらへ書き込みした次第です。
    創価の活動を辞めたことで、人の気持ちが少しは解る人間になれそうかな。。。と希望も感じました。

    わたしは全く物が言えないか、言うとあっけらかんと言いすぎて傷つけてしまうことが多いのです。後でいつも後悔します。こちらへの書き込みももしかしたら、誰かを傷つけていないだろうか?と時々心配になります。
    もし、それは言いすぎだよ、とか場違いだよ、と言うことがあれば、遠慮なく皆様指摘してください。
    よろしくお願いします。素直に改めたいと思います。

    signifieさん、
    受け止めるって、難しいですよね。
    この前習った精神分析の授業で、こんな話がありました。ストレスやトラウマがある時、人は三つの方法で症状を出す。
    一つは身体化。吐き気や頭痛、気持ちが塞ぐ、ひどくなると脳や内臓・精神の病気になる。
    二つ目は行動化。いわゆる八つ当たり。家族や子供へひどい言動をしたり、ひどいと犯罪を起こす。
    三つ目は言語化。辛い思いや思い出を言葉にすること。いわゆるカウンセリングやセラピーを受けること。
    三つ目の言語化が一番良い方法というわけです。
    なので、対話を求めて。。。このサイトは、非常に素晴らしい場所を提供してくださっていると、改めて感謝いたします。

    私はずっと身体化一直線でした。幼少期は熱ばかり出し虚弱でした。これは親に愛されたいからこうなっていたようです。一人暮らしを始めてからも、結節性紅斑という珍しい免疫の病気にかかり、軽度の鬱にもなりいつも具合が悪かったです。
    結婚し子供を産むときは、促進剤を打っても子供が出てこず帝王切開。二人目も同じく。そして、去年は子宮筋腫が急激に巨大化し、ガンを疑われ、もう少しで子宮を失うところでした。子宮を病むのは女性性の否定からくるものらしく、私の場合は母や、婦人部の存在でした。
    私はどうしてしまったのか、このままでは命を失いかねないと、恐怖を感じました。
    覚醒に至ったのは、こういった自分の健康への不安もあったと思います。

    活動していたころはいつも喉が痛くて、ひどいとステロイドを服用していました。喉が病気になるのって、やはり言いたいことを言えないからだそうです。非活宣言してからは、不思議と喉が痛くないのです。季節の変わり目なのに(笑)
    病は気がからというのは本当ですね。宗教やって具合悪いなんてありえないですわ。

    鬱の方はカウンセリングを受けてもなかなか前に進みずらいそうなので、まずはお薬で症状を安定させてから、心に余裕ができて来たらカウンセリングでトラウマを解放して行けると、身体症状も出なくなっていくようです。
    カウンセラー選びがまた難しいですが、自分に合った信頼できる人が見つかると楽になるだろうと思います。
    カウンセリングの中でも精神分析は荒療治です。一番触れてほしくないところを触るので、激痛ですが、治りが早いのが特徴です。
    激痛に耐えられる精神状態でないと、壊れてしまうので、要注意です。。。日本ではそれゆえ精神分析はマイナーですよね。。

    また、長くなりすみません。みなさま、朝晩冷えますので、お体気を付けてお過ごしください。

  19. しあわせよカタツムリにのって
    やなせたかし

    皆さんにも是非聴いていただきたいすばらしい曲です。
    泣けます。

  20. おはぎさん
    動画ありがとうございます。やなせたかしさんの曲だったのですね。早速拝聴しました。泣けました。。。
    カタツムリ、私子供の頃大好きだったなあ、毎日梅雨時期は傘を差しながらずっと、庭のアジサイのカタツムリを観察してたのを、思い出しました。遠い記憶です。
    私にはカタツムリの波長が合っていたのかも。ゆっくり人生を進みたい、歩きたいのに、ずっと走らされてきた。
    だから疲れて当然ですね。

    娘の幼稚園でかたつむりを飼っているのです。お迎えの時娘がいつも「ちょっとまって」と言っては、カタツムリをじっと見つめています。私に「みてみて!!」と言います。
    なのに私は、「はいはい」と言って、遠くから眺めるだけになっていました。
    子供の頃の気持ちを忘れていました。
    今日はゆっくり一緒に見てきます。

  21. 話が変わってしまいますが、友人葬ってどうなんでしょうか。
    葬儀の進行とか役割?とか、地域の幹部がやることが多いと思いますが、(儀典部っていうの?)あれって、研修とか勉強会とかやってるんですかね?
    セレモニーホールで行われる場合は、そのセレモニーホールの方が随分フォローしていたりして、見苦しいことは少ないと思いますが、たとえば、マンションの管理棟や地域のコミニケーションホール?でやる場合は、すべて学会で切り盛りすることになりますよね?(もちろん葬儀屋さんは入りますが)
    私、そういう友人葬で、とんでもないことがまかり通っていることに、不快感を感じています。
    たとえば、御遺体をおさめている棺をまるでダンボールでも運ぶかのように片手で運んでいたり、葬儀を取り仕切る側なのに、喪服じゃなくカジュアルな服で、会合ついでに参列していたり。
    選挙中にあった葬儀は、街頭演説だか語る会だかがあったから、という理由でジーパン履いて告別式に参列していた区幹部がいて、殴りたくなりました。
    式典中に行われる挨拶は、言わずもがなです。。。もう少し心のこもったものは無いものでしょうか。
    創価の事しか考えないのが友人葬みたいですが、あんな、適当な心構えで行われる友人葬は許せません。亡くなられた方もご遺族も、御親戚も可哀そうです。

    学会にいる限り友人葬をしなければならないと思うと、背筋が凍りました。それが覚醒への後押しともなりました。

    覚醒された皆様はご自身や親などの葬儀はどうなさりますか?
    私自身は主人と家族葬でお墓は共同墓地のようなものか、散骨などを考えています。今は色んなスタイルのものがありますよね。桜の木の下に埋葬するとかっていうのもあるんですってね。

  22. signifieさん
    はじめまして。
    つい最近ブログにたどり着きました。
    お体の調子はどうですか?無理なさらないようにして下さいね。
    私は親の代からの学会員の彼がいました。
    もう2年も前のことです。丁度2年目の日にsignifieさんのブログにたどり着いたのも何かのご縁かなと思います。
    私は彼と結婚の約束(口約束ですが)をしていました。しかし、私が彼の信仰を受け入れられず彼からフラレました。
    私の理解が足りなかったからと自分を責めました。
    それからも諦められず連絡をとっていましたが、ある日からパッタリ彼から返事が来なくなってしまいました。
    彼とは共通の友人を通して知り合い、彼はみんなから信頼される真面目な素敵な人でした。
    彼が音信不通にするなんてあり得ないと思いました。
    それから学会関係問わず色んなブログを探しては読んだり、自分で答えを探しました。
    今もハッキリとはわかりません。
    でもいつか彼が私を思い出してくれた時に私が幸せでいなきゃ!笑顔で会いたいって思ったのです。彼以上の人が現れたらしっかり飛び込まなきゃって、冷静な気持ちに今はなってます。
    そして彼が幸せになれるなら私じゃなくてもいいかって思えるようになったんです。逆もありで。出会ったことには必ず意味があったと信じてます。恨む気持ちなんて全くなくて。色んなことを学びました。まだ心のどこかでは彼を少し待っている自分がいますが。
    でも幸せにならなきゃと思ってます。
    いつか彼とまた笑って話せる日が来ると信じてます。
    どちらが悪いなんてなくて…signifieさんにはご自身をあまり責めないで欲しいなと思います。
    signifieさんが少しでも穏やかで幸せな日を送って下さったらいいなと影ながら思ってます。
    何も知らないのに、そしてだいぶ年下なのにすみません。
    一生懸命生きてきた自分を責めないで下さいね。

  23. こんばんわ!
    身の上話などをちょこっとしてみます。。

    旦那とは同じ職場で知り合ったのですが、真面目なおつきあいが始まってすぐくらいに、わたしは旦那に自分が創価学会員であることを正直に話しました。。

    その時の旦那の言葉はいまも忘れません。
    「君が創価学会をやることは、君の趣味だと思っているから、家族のことや家のことをキチンとやる分には構わない」と言われました。。

    でも、いざ結婚へとなったら組織が黙っていなくて、男子部の圏幹部と本部長が折伏することになったんです。。

    旦那は素直にわたしと会場へ。。
    男子部の幹部は結婚させたくないのか?旦那をコテンパンに。。

    ついに最後は旦那はだんまりで通しましたよ。。
    旦那は全然納得せず。。
    一番に引っかかったことを、そのときわたしに言った言葉が。。

    自分たちの宗教がいいというなら本人の自由だが、何故他の宗教を批判するのか、僕は分からないし納得できない、でした。。

    ただ、御本尊下付でまた壮年部の本部長や支部長との面接があり、その時、わたしの母が旦那に泣きついたのですよね。。
    そこで、旦那の心がぐらっと動いたのですが、その時なぜかわたしが遮ったんです。。(信心がないというか。。笑)

    本心から信心する気がないのに、母に形だけでも入信してと泣きつかれ。。正直、わたしは、それが嫌だったから。。

    きっともう、その時からわたしの自分でも気がついていない心の奥に創価学会への畏れのような気持ちがあったような気がします。。

    わたしがいまも悔いるのは、男子部の圏幹部に旦那のことを。。「あなたの彼は顔色変えずに嘘を平気で言う人だ」と言われたこと。。

    この言葉が、ずーっと結婚後もわたしの心に杭のように突き刺さり、旦那をその言葉で非難してしまったことも。。
    一家和楽という言葉も重かった。。

    いまはもう、そんなことは思いもしませんが、キツかったです、その言葉の残酷さというか。。

    でも、旦那の心の広さには、ほんとうに感謝です。。
    わたしが結婚しても創価学会の活動を熱心にやっていたときも、いつも文句も言わず、時には組織のばっちゃんたちの会合への送迎までやってくれたりして。。
    言いたいことはあったと思うのに。。

    わたしが非カツになり脱会してから却って夫婦の会話が増えたように思います。。
    よく長い間、我慢してくれていたなと思います。。旦那にはほんとうに感謝ですね。。

    今月で、結婚34年目になります。。
    きっと、男子部の圏幹部は、そんなに結婚生活が続くとは思っていなかっただろうなあ。。(笑)

  24. 崖っぷちさん

    クロさんのブログでお会い?してますね。カノンです。
    あちらで詳しくコメントしたことがありますが、亡くなった主人が度々学会葬の導師をしておりました。
    人材不足のなか、ものすごく無理のあるシステムだと思いますよ。
    総区などに葬儀担当の『儀典長』がいますが、たいていはヨボヨボのおじいさんです。
    当たり前ながら人が亡くなるのは急なことですから、もうすべてがドサクサです。儀典長のおじいさんに対応なんて無理ですし、現場でどうにかこうにか行ってる感じです。
    主人は人がよかったので、枕経・お通夜・告別式・初七日…片道一時間の会社を抜けたりまた帰社したり、フラフラでした。
    でも皆さん、誰も労うどころか文句ばかりで本当に可哀想でした。
    学会葬なんて、ほんとは無理なんです。
    ちょっと愚痴っぽかったですね。ごめんなさい。

  25. 幸せの青い鳥さん、はじめまして。コメントありがとうございます。ほんとうにありがとうございます。
    幸せの青い鳥さんの彼がどういういきさつで幸せの青い鳥さんから遠ざかったのかはわかりませんが、私が彼女と別れる決心をしたときことを私はよく思い出せません。ほんとうに不思議です。というか今でも自分で気持ち悪いです。おそらく学会の信心を猛反対するような家庭の子と結婚できないと思ったのでしょう。今思えば、ほんとうに愚かな選択でした。もし幸せの青い鳥さんの彼が同じようなことであなたを遠ざけたのだとしたら、それは学会のMCのせいだと思います。当時私はそれほどの葛藤や罪悪感もなく、むしろ「しかたがない」といった感じで彼女に冷たく別れを告げたような気がします。それが不思議なんです。私がどうしてそこまで冷徹になれたのか。その後も彼女の友人が数人私のところにやってきて「ほんとうにそれでいいの?」と詰め寄られたこともありましたが、私の気持ちは変わりませんでした。私はほんとうにとんでもない人でなしになっていたと思います。あとで聞いた話ですが、その後彼女が他の男性と結婚するときにも、まわりの友人が「ほんとうに彼でいいの?」って訊いたそうです。それほどまわりは彼女の辛い気持ちを察してくれていたようです。
    幸せの青い鳥さん、おそらくとても辛い思いをされたと思います。私は何とも言える立場ではないですが、彼がいつか創価の間違いに気づくことがあれば、あなたという存在のかけがえのなさにも気づくだろうと思います。…すみません、何とも言葉がでてきません。もう少し落ち着いたら、私のこの先のことも書こうと思います。
    幸せの青い鳥さん、是非とも幸せをつかんでくださいね。

  26. 流れ星さん
    良い旦那様に巡り合えて、幸せですね。愛があるから添い遂げられてこられたのだと思います。
    私も昨日?だったか、私が「今まで行ったことない神社仏閣に行ってみたいなあ」と言うと、とっても明るい表情と声で「神社とかね、意外といいよ~心が洗われる感じとかあるよ~、今まで観光言っても入れなかった教会とかも見れるね」と言われ、旦那の信教の自由を奪っていたんだなと改めて感じましたし、本当に私のためによく我慢してくれていたなあと感謝の気持ちです。

    カノンさん、
    あちらでもお世話になっています。創価問題色々あって、複雑で、皆様悩まれていますね。
    ご主人のことも、あちらで読みました。胸が痛くなりました。本当によく頑張ってこられたと思います。
    本当は素人が他人の生き死にを扱うなんて無理ですよね。ましてやボランティアでとか。。。相当に心労がかかると思いますし、もし自分がその立場になったらと思うと、怖くなりました。
    こちらの儀典長?さんもおじいさんですが、組織の人のことも少し反抗的だと魔物呼ばわりしたりする、冷徹な人です。。。見た目と話し方は優しそうなんですけど、言うことがそこはかとなく恐ろしいのです。
    精神を病まれていないか心配になるほどです。

  27. signifieさん
    コメ返ありがとうございます。
    読んで頂けて嬉しかったです。
    signifieさんの書いて下さった彼女さんとの別れの情景が私と彼の時とそっくりでした。彼じゃないくらいに冷徹で何を言っても考えは一切変わらず、共通の友人が何人かいたのでsignifieさんの時と同じく友人が”何で?いいの?”と言ってくれましたが、全く彼には響きませんでした。
    もう少し彼をわかってあげたかったです。追い込んでしまったのは当時の私。
    でも、思うのです。あの時の私では万が一彼と結婚まで行っていても続かなかったと…。
    気休めですが、私が彼以上の人と出会う・選ぶ日までは、彼を心のどこかで待ちつつ、私は自分の幸せを探します。
    今まで学会問題がきっかけで破局などのブログは読んだことがあったのですが、その後のお話を書いている方がなかなかいなくて、30年経ったsignifieさんのブログは私にとっては本当に貴重でした。
    ゆっくりでいいです。
    アップされる日を私はゆっくり待ってます。
    そしてもしいつか彼とどんな形であれ、再会出来る日が来たら、感謝の気持ちしかないので笑って会えたらいいなと思います。
    悲しいことももちろんあったけれど、私自身が色んなことを考えて変わるきっかけになれたから。
    signifieさん自分を責めないでいて下さいね。当時はそれが最善だったのだと思うから。
    私はsignifieさんが当時の忘れ物に気付いて下さったことがすごく嬉しいというか、救われました。
    だから折り返し地点は穏やかで幸せな日々を送ってほしいと影ながら願ってます。
    親子ほど歳の離れた私のコメントを読んで下さり、ありがとうございます。

  28. 流れ星さん、

    お礼を書き損ねてしまっていました。
    ありがとうございます。
    気分爽快です〜!

    なんだか非活になって夫婦円満になられた方がちらほら・・・。
    私も、夕食だけ作って出かけていた女子部時代(こちらは出産まで女子部)
    に、なんども悲しい思いをさせていました。

    そういう時期も支えて下さった未入会のご主人がいらして、
    本当に良かったですね。

    夜7時は、やっぱり家族と過ごすのが一番ですよね。

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