あれからつづきを書こうとしたのですが、自分が思っていた以上に気持ちが落ち込んでしまいました(苦笑)。また、たくさんの激励やお気遣いの言葉をいただきまして、ほんとうにありがとうございます。しばらくこの話題は置いておくことにします。自分から言っておきながら申し訳ないですが、もう少し時間が必要みたいです。すみません。

さて、気をとり直してこのブロブを進めていきたいと思います。みなさん、よろしくお願いします(^^)

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」への4件のフィードバック

  1. シニフィエさん、

    それで良いんだと思います。私も、前回の記事と読書中の本当で、忘れていた
    16才の時に鬱病に陥って行くきっかけとなった原因を思い出しました。
    すっかり忘れていたことにもびっくりしたくらいです。

    私の場合は、信心に目覚めてから、生きていく上では解決のしようもない問題にぶつかり、
    そこで「永遠の生命」という法が更にのしかかり、負のスパイラルのごとく鬱病に
    陥って行き、10代後半は引きこもりの廃人のようになっていました。
    そのときは「鬱病」という病状も知らず、ただ自分はおかしくなってしまったのだと
    思っていました。

    専門学校に行こうと外出するとパニック障害で、結局帰宅して、自分を責める日々。
    本を読んでもただの一行も頭に入ってこなくて、常に頭の中はざわざわと回転状態。
    そんな中、御本尊の前にも座れない日もあり、また自分を徹底的に責める。
    今、あの時の自分に声かけるとしたら「鬱病は題目じゃ治らなかったよ〜」で
    しょうかね(笑)。

    ある晩、自分に「学校に行くか、精神科に行くか」という選択をして、精神科に
    行きました。「軽い鬱」と診断され、薬をもらいましたが、正常な考え方が
    出来なかった私には治療も続けられず、放置状態でした。

    私の唯一の支えは、音楽でした。
    大好きだったバンドが、アメリカにツアーに行くというので、ちょうどよく
    不登校状態だった学校に同じ時期にアメリカ短期留学があるというので、それに
    行って自主退学しようと決めて行きました。

    そこから、全てが変わって行きました。

    そのときに出会った今の夫と後につき合うことになり、彼が「心療内科」に
    一緒に行ってくれ、そのときには「重度の鬱病」で、定期的に通い始め、
    渡米してからもしばらく薬を飲んで治療していました。

    鬱病ですと、ついつい自分を責めてしまう傾向にあります。
    夫は私が自己否定をしているとき、ゆっくり話を聞いたうえで「では、それが
    君のこどもだったら、どうするの?」と訪ねられます。
    もし自分の子供だったら、責めたりいじめたりできないですよね。
    私は、自分が責めそうになると、一歩は慣れた所に自分を置いて、子供を
    労るように対応するよう心がけるようにしています。

    鬱病が治ったと自覚するまで(実際にはそういう自分に「付き合い慣れた」
    という方が正しいですが)7年かかかりました。

    発症から約20年経ちますが、あのときの問題は結局、解決していません。
    そして、解決しないということも受け入れています。

    そして、鬱病であった時期も(ま、現在も「鬱になってるね〜」と夫に笑われ
    るときありますが)自分を労る期間であったのだと思います。

    どうか、今はたっぷりご自身を大切にして差し上げて下さい。

  2. 先ほどのコメント1行目「本当で」ではなく「本とで」と訂正です。

    立て続けにすみません。
    不適切であれば削除していただきたいのですが、もう一つコメントして、
    すっきりしたいので書くことにします。

    もしこのブログをご覧の方で、小さなお子さんをお持ちの活動家の
    方がいらしたら、読んで頂きたいと思ったのです。

    私は、創価草創期入信の祖父母と両親と兄弟と活動一家に育ちました。
    毎月の座談会は絶対参加、少年部も休んではいけない。
    そういう中で、何かあったら「御本尊にぶつけなさい」と言われ
    育ってきました。
    幼い私は、祖母が入院しても題目、おばけが恐くても題目、何があっても題目でした。

    直接、鬱病の原因とは関係のないのですが、私には子供の時に友人といた時に
    ある事件の被害にあいました。
    あの時、恐怖の中にありながら、私はひたすら題目をあげて、
    信心していない友人にも「なむみょ〜〜〜〜〜〜とあげるんだよ。」
    と伝え、震えながら彼女と一緒に題目を唱え、結局、命は助かったものの
    後々トラウマとなる結果となってしまいました。
    友人は、あの時ずっと「逃げることを考えていた」と言ってましたが、
    私を気づかって逃げなかったと。
    私は、恐怖のあまり題目をあげること以外考えていなかった。

    私は長いこと、この事件を「題目をあげていたから、命が奪われずに
    済んだのだ」ととらえていました。感謝の題目さえあげていました。

    でも、ここ数日で、やっと気づいたことがありました。
    普通の人は、もうわかりますよね。
    こういうときは「逃げる」べきなのです。友人の考えが、普通なのです。
    そして、逃げる隙はたくさんあったのです。

    この事件に関しては、自分の中でトラウマ処理が済んでいて、
    創価からの覚醒があってからも接点が結びつかなかったのですが、
    ここ数週間でこの点に気づきました。

    私は、この件に関して、学会が悪いとは思っていません。
    そして両親が悪いとも思いません。学会の中にも素晴らしい親が
    沢山いらっしゃるもの理解しています。
    ただ、一歩引いて考えたとき、幼い女の子が命を守るために「逃げる」
    という選択ではなく、「題目」を選んだということに
    ショックを覚えたのです。

    それが私の選択でした。
    私は、自分の子供にはこの選択肢を与えたくはない。
    それが、家から創価に関する一切のものを処理する第一歩につながり
    ました。

    どの宗教も自分が決め、自分が幸せであるならば、自分でやればいい。
    ただ、幼い時期にやらせてしまうことは、こういう選択をしてしまう
    子供ができかねないということをお知らせしたいと思ったのです。

    私は「今」が幸せなので、この過去は今の強さにつながっています。

    子供たちに世界を紹介し、その中で生きてく見本を見せているのは、
    親や周りの人間です。そのことを少しだけ、考えてみてください。

  3. 時間の流れは、やさしく見方してくれると思います。
    そして、支えてくださるご家族も。
    シニフィエさんも、支えてこられた奥様も、今の私にはあたたかい力を発する共同体のように感じます。
    どうぞ、ゆっくり休んだり、考えたり、してください。

    その間に、不毛な話をすることを、お許しいただけたらと思います。

    「法華経が一番正しい」「俺の師匠である池田先生は……」と語るひととの対話……。
    ほんとうに困難ですねぇ。(失笑)
    弟子達にお姿を見せられない現在も、名誉ナントカ賞の連打……
    抗不安薬を飲んでから、彼の話をきいたり、新聞(受賞報告or大昔の会談ばかり)読んだりしていますが、なぜ現実に疑問をもたないのか、頭が痛いです。
    賞や肩書きの重要性を否定していたのは先生本人だったのでは?
    他の新聞でもニュースでもとりあげられない、名も知らぬ大学やSGI主催のイベントにお金を使うくらいなら、非正規雇用や相対貧困に心がふさいでいる信者、震災の傷を抱えたままの信者、高齢や病気の信者……弟子が苦しむ社会に目を向けてくれ、先生。
    まやかしの現世利益を説く前に、増税や雇用や憲法改悪や福祉や原発問題に力を注いでくれ、先生。
    ガンジーもキング牧師も、人民とともにあった。思想だけなんかでなく、人民とともに汗と涙を流したよ。
    世界の偉人賢人?と、まったり井戸端会議的対話をしているあいだにも、多くのひとが死んだ。
    そして、今あなたは?

    彼との対話の中で、私も「先生」のことを「あなたの先生」と呼びます。屈辱的な気分になりながら……でもそこを否定してしまうと、もう何も先には進まないように思えて。
    生まれたときから、尊敬する人物として教えられ崇めてきた人物や、生活に浸透してきた教義とコミュニティを否定することは、彼そのものを完全否定することべきなるでしょう。
    私は、生活の安定や家族のしあわせを願う、多くの「良き人」を「現世利益」や「平和、人間主義」という響きのよい言葉でひきつけ、結果的に財務や罰論で生活をしばる先生と組織を前に、どうしても目をつぶることができません。
    しかし、信仰があることで彼や彼の家族がしあわせであるというならば、私がめざす対話はただの無駄話やエゴであり、私がひとり苦しさを飲み込んで、彼との出会いをなかったことにして、彼の人生から去るという選択も正しいのではないか、と考える夜もあるのです。

    日蓮大聖人と、創価の教義、そして彼の思想と行動は、まったく結びつきません。
    世界平和をめざすのなら、「寛容」と「多様性を受け入れること」が必要でしょう。
    イチエンブダイソウヨ(全世界のひとが信受すべき)サンダイヒホウをうたうのであれば、個人崇拝、折伏、新聞啓蒙、財務を活動の柱とするならば、想起されるのは、世界平和ではなく「世界征服」です。
    日蓮正宗さんと創価さん(そうとう近い教義のおふたかた)さえ、長い間和解できないならば、当人(創価)がうたうような「平和、人間主意」なんて、幻想。他宗教や他の考えの人、いろんな国のいろんなひとと、分かち合うなんて、無理でしょう?え?どうなのよ?!と叫びたい。
    叫んで叫んで、叫びまくりたいです。

    彼は、ハンディキャップをもつひとにも、国籍がちがうひとにも、弱い立ち場にあるひとにも、たいへんナチュラルな、対等な姿勢で接します。魅かれたのは私へのまなざしではなく、そういった第三者へのまなざしを見たからでした。
    恋愛するうえで、宗教はあんなに注意していたのになーと思います。
    それとなく宗教の話をきいたときも「限りなく無宗教に近い仏教」という私に「うちもそうだな」といってみたり、購読新聞はないといっていたり。それは「社会からうとまれている」という自覚、および「私が離れるのではないか」という危惧があったのか、どうなのか。
    恋は盲目といわれるでしょうか(笑)
    創価さえなければ(彼の一部を形成したのは創価なのでしょうが)、私達は、ふたりであたらしい世界をみることができただろうと思うと、涙がぽろぽろとこぼれます。

    対話の中で、彼は「唯一正しい法華経」のことを「一番おいしい林檎があったら、それを他のひとへも教えたいというのは当然」という表現をしました。

    「風邪のひとがいたら、風邪薬をあげたい」ように、風邪なのにまちがった薬をのんでいるひとがいたら正しい薬をすすめたい」ように」折伏をとらえているそうです。
    私はまだ風邪とみなされてはいないのかもしれないし、風邪にかかるのを待たれているのかもしれません。

    「(創価がらみで)俺が別れたいといったら、どうするの?」
    「そりゃ涙をのんで別れてあげるね。あなたがそのほうがしあわせならば、信仰を否定するなんて権利、ないよ」
    「なんでー。いやだー(だだをこねる風)」
    「追いすがってほしいわけ?」
    「うん。そう(テレ風)」
    「いやっ別れたくない!聖〇新聞とってあげるから、別れないでっ。とかいえばいいわけ??」
    「……。」

    彼が「それ、笑えない」と失笑した後、ふたりして声を立てて笑いました。
    私は、笑いながら泣くことにも、少しだけ慣れてきました。

    このブログのおかげ、みなさんの対話に触れさせていただいたおかげだと思います。

    どこにも、誰にも、表出す場をもたないため……このような長文を失礼しました。
    解釈や教義について、まちがっている部分があれば、教えてください。

  4. sinifieさん、コメント欄を公開している場での、そのようなsinifieさんの核心に迫る書き込みは、とてもストレスの元になるかもしれません。。そんな気がしました。。
    ぼちぼちと折に触れて書き込まれたら良いかと思いました。。偉そうにすみません。。
    何故なら、ネットの世界では、ほんとうに心ない非情な人もいるものですから。。余計なお節介おばさんです。。(苦笑)

    話しは変わるのですが。。
    わたしの空想話しです。。

    もし、Xディがあり。。
    また、よもや自民党が公明党と縁を切るようなことがあった場合。。
    それこそ、世間に鬱積していた創価学会へのバッシングが連日マスメディアがこぞって取り上げるようなことが起こったとします。。
    まるでオウム真理教のあれやこれや、とまではいかなくても、創価学会の闇の部分が白日の下に晒されたとします。。

    そうなったとき、多分、現場の一般の創価学会員も世間から白い目で見られるようになるのかなあ。。と。村八分とはいかなくても。。
    今日、そんなことを漠然と想ったりしていました。。

    まあ、実際はそれだけのことを創価学会はやってきたわけですけれどね。。

    オセロの白と黒が一変にひっくり返るようなこと。。
    案外、起こるかもしれませんよね。。

    いえ、これはわたしの空想です。。
    (そういう日が早く来るといいなあ。。と思ったりして。。)

    創価学会の膿は、もう溢れそうですものね。。

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