これからも静かに対話を続けます

先日、このブログにはめずらしく、承認できないコメントがありました。なぜ承認できないかというと、文章がなりたっていなかったからです。いきなり自己紹介もなく、内容も何を言いたいのかわからない以前に、日本語として破綻していたからです。それでもそのなかに、「ここは創価内部の離反者をあぶりだすおとりのブログではないか」ということがありました。その理由に「このブログはアンチとはいいながら、それほど創価を批判していない」のだそうです。もちろんこのブログはそんな手の込んだものではありません。単純に創価の間違いに気づいた元学会員のブログですし、なおかつアンチ創価によくあるような罵倒系ではありません。いくら口汚く罵ったところで何にもならないし、言うほうも言われたほうも、そして関わりのない方が読んでも気持ちのいいものではありません。それははなっから対話を否定する行為だからだと思います。このブログの「対話を求めて」というタイトルは、そうした意味も含まれています。多くの学会員は、創価の信仰が正しいと本気で信じてやっています。私もそうでしたから、その気持ちはよくわかります。そしてここにコメントを寄せられる方のほとんども、そうしたことをよく理解されている方であるし、そのことが間違いだったという真実を自分が受け止めることに対しても、とても苦しんでこられた方ばかりです。ですから創価を頭ごなしに感情的に批判するだけではなく、どうやったら創価の真実をわかってもらえるだろうかということを考えておられる方が多いと思うからです。いちど真実に気がつけば、どうしてこんな簡単なことに気がつかなかったんだろうと不思議に思うことなんですが、そこが人間の心理の不思議なところだし、恐ろしいところですね。一歩まちがえば、何のみかえりもないのに全財産を貢いでしまったり、さんざんただ働きをさせられたり、子どもまで徹底的に洗脳してしまうんですから、それは恐ろしいです。本人はこれで幸せになる、功徳がいただけると信じていますが、実際は普通の人以上に悲惨な生活を強いられていてもそれは自分の信心が足りないからだと思い込まされてしまっています。私はそうやって死んでいった学会幹部をたくさん知っています。とても悲しいことです。このあいだ偶然、少年部時代からいっしょに活動をしてきた同級生に会いました。おたがいにずいぶん歳をとったなあと思ったでしょう。彼も親の代から活動家です。彼はあいかわらず新聞配達をやり、地区の壮年部として活動を続けています。若い時に妹を脳腫瘍で亡くしました。元気だった母親も今は病弱で、歩くのもままならない状態だそうです。彼は強信な女子部と結婚して、奥さんにひっぱられる形で活動を続けています。ふたりの子どものうちひとりは知的障害をもった子どもで、小さい頃から施設に通っています。彼にとって創価の信仰とは何なのだろうかと少し考えました。そして、彼がもし創価の真実に気がついた時に、自分のこれまでの人生をどう思うのだろうかと考えるといたたまれなくなりました。

創価学会は間違っていて、多くの人が騙され不幸になっていることは明白なのに、いま創価学会員全部がそのことに気付いた時に、日本は大丈夫だろうかと思います。とても難しい問題です。そう遠くもないうちに、Xデーは来るでしょう。そうすれば、組織の求心力は急速に衰えるでしょうね。そして組織の上層部は既存の利権を争い、いくつかの派閥に別れるでしょう。敵対する派閥を陥れようと内部告発があいつぐはずです。そうすれば、これだけ大きな組織でもたちまち崩壊します。利のない企業やマスコミや政治家も蜘蛛の子を散らすように去っていくでしょう。崩壊するのはかまわないのですが、一般会員の混乱はおそらく社会現象にまでふくれあがると思われます。とくにこれだけの数の人が自分は騙されていたということがわかったとしたら、いくら治安のいい日本と言えど、暴動まで起きかねません。そのとき責任は誰がとるのか。組織の中枢はしらを切るでしょう。自分も騙されていたんだと。数えきれない訴訟が立ち上げられ、無数の被害者の会ができるでしょうね。

そんなことを考えると、やはり一人ひとりが自ら気づいて、静かに創価を離れていくというのがいちばんいいのではないかと思います。

これからも静かに対話を続けます」への40件のフィードバック

  1. Signifieさん
    こんばんは。
    夜分にすみません。
    あれから気になってブログ覗いてました。
    私も…いつか元彼がsignifieさんみたいに何かを気づいた時のことがちょっぴり心配なんです。本当に今の時代に珍しい?くらい、しっかりしてて真面目で素敵な人なんです。
    自分の人生を否定してほしくないし、彼は彼のままでいてほしい。
    だからこそ、いつか未来でまた思い出してもらえた時にはどんな形であれ、温かく元彼を迎えたいし、笑って会いたいなぁって思います。私にはそれくらいしか出来ないし。
    実は元彼と別れるまではすごく偏見があって…元彼を沢山傷つけてたし、色んな悩みを抱える2世、3世さんのことも理解に乏しかったし、どうやったら辞めてくれるかとか自分のことしか考えてなかったんです。
    私が思ってる以上に根深い問題で元彼を追い詰めてしまったなって逆にしばらくショックな日々が続きました。
    だからこそ、元彼が何かに気づいた時には温かく迎える。
    そんな日を長い年月がかかるかもしれないけど、影ながら待ってます。

  2. 障害児のお子さんを持つ親は、特に信心にのめり込む傾向があると思います。
    私の両親もそうでした。
    生まれた子供が重度の小児まひで、親の宿業が子供に出るなどの数多の指導が特に母の心を掴んでしまいました。
    戸田会長の指導にも、小児まひの子供を持つ学会員に向けたいくつかの指導が、今も書籍で読むことができます。
    中には、早死にする子は親孝行のように書かれたものもあり、その指導をいつも母は思い出しては5歳で亡くなった長男を「あの子は親孝行だった」と言ってました。
    こんな風に、学会の草創期から全盛期にかけては、人の弱みに付け込んだ指導ばかりです。

    Xデーが来ても、ますます「池田大作」は神格化されてしまうようにも予測しています。
    人間は、それほど懸命ではないと思います。
    マスコミも創価学会をタブーにしてます。
    いろんな業界への浸食はかなり進んでいますし、末端信者が「しまった!」と思ったところで、創価学会がひとつの「巨大権力」としてすでに完成してる感があります。

  3. 承認されなかったコメントの中、「このブログはアンチといいながらも、それほど創価の非難をしていない」という内容が、印象的でした。創価の方達は「非難される」という前提でしか、外部とのコミュニケイトができない状況が常(慢性的)なのではないかと感じました。
    その構造は、虚構の壁をより高くし、内へ内へと向かいながら歪に膨れる負のエネルギーを助長するのではないか、と。

    そして。
    静かに覚醒すべき、たくさんの一般学会員の方の存在を、見て見ないふりをしてきた自分に気がつきました。

  4. ごめんなさい。ぱこの続きです……。

    苦しまれている方も、苦しみの原因が創価にあることに気づくことが許されない方も、たくさんいらっしゃる。
    私は、創価が生まれた背景、日本社会で生きるうえでの不安定要素を養分にして育ってきたように見える創価の歴史を、学んでいる途中です。
    シニフィエさん、流れ星さん、整然とした考えをいつも丁寧に書いてくださり、ありがとうございます。私は、気持ちや文面が荒れることがまだまだあります。はずかしく思いました。そして、創価の方も、ぜひこのような静かな対話の場へ、いつの日か、少しずつ、でてきてくださるといいなと思っています。

  5. みなさんからいただいたコメントの中に、私の文章の中に「知恵おくれの子ども」という表現は不適切ではないかというご指摘をいただきました。私もこの言葉を書くときに少し抵抗がありましたが、私にとっては「知恵おくれ」も「知的障害」も「ハンデをもった」も「障害は個性」という表現も意味としては同じ感覚で使っていたので、自分にとっていちばんしっくりくる言葉を使いました。しかし障害を持つ子どもさんのいらっしゃる家庭の方にとっては、あるいは抵抗があるかもしれませんので、表現を改めさせていただきます。ご指摘ありがとうございました。
    近頃では「障害」という表現自体も問題視されていることも知ってはいますし、なかには障害そのものを「個性」とまで言ってしまうことには私は抵抗があります。そしてそのような傾向には、なにかしら本来の問題からそれてしまっているような気がします。ここではそうしたことを語る場所ではないのでこれでやめますが、念のために言いますと、創価の信仰と持って生まれた心身の障害に何らかの関係があるようなことを言っているのではないことをご理解ください。子どものころからいっしょに活動をしてきた友人が妹をガンで亡くし、子どもが障害をもって生まれてきた自分の人生をどのように受け止めているのだろうと思うととても複雑だし、彼に対して今さらこの信仰は間違っていると簡単には言えないなと思ったからです。

  6. 皆さんこんにちは、シニフェイさん体調はいかがですか
    今、話の流れからして少し違和感があるかもしれませんが11月号の文芸春秋に

    日本人の生死観  というのが対談で載っています私にはとてもお墓のことや遺骨のことが参考になりました

    学会員であってもなくても皆さんに一読されることをお勧めします
    そして合わせて 三船敏郎の栄光と、その破滅  を最後まで読んでみてください一考の余地はあると思います

    このブログ女性の方が頑張って(こんな表現でよいのかわかりませんが)おられますね
    結局学会でも支えているのは婦人部なのでしょうね。 婦人部が真に覚醒していけばおのづと崩壊するのでしょう
    シニフェイさんお体大切にブログ続けてください
    いつも下手な書き込みすみません

  7. シニフィエさん、体調いかがですか?寒くなってきましたね。また台風も来るようです、用心してください。

    さて、本日ようやっと、新聞の購読を中止する旨、販売店に伝えました。

    新聞くらいは取っていてもいいかなと思っていたのですが、とあることがきっかけで、止めてしまえ!と思えました。
    それは、最近話すようになったママ友との会話です。
    幼稚園行事で新聞が必要とのことで、うちには聖教しかないから、ママ友に新聞貰おうと思い「うち新聞取ってないのよ、新聞余分にあったら、貰えないかな?」というと、「旦那さんの会社で取ってる新聞をもらってきてあげる」と言ってくれました。
    そして翌日「ごめんね、なんか聖教新聞しかないみたいなんだけど、どうしよう、それでもいい?」と言われました。どうやら仕事上の関係で会社で取っているものらしいのですが、本当に申し訳なさそうに言うので、笑ってしまいました。
    「そっか、聖教新聞か、じゃあ、いいや、ありがとう。」と言って断りました(笑)聖教なら家にありますからね(笑)
    そのママ友とのやり取りで、世間一般の聖教新聞の位置づけを垣間見た気がして、もう、いらないやって思えてしまいました。

    ついでに大白蓮華も止めました。

    これで創価に払うお金はすべてストップです。
    こんな日がくるなんて。。。と妙に感慨深いです(笑)来月からランチ二回できそうです(笑)
    最近は聖教を読むと、気分が沈むようになってきたので、限界かなと言うのもありますし、踏ん切りついて良かったです。

    今年中には、本を処分して行こうと思っています。古本で売れるのかしら?
    転勤で引っ越すたびに、なぜか色んな婦人部が私にたくさんの書籍をくれて・・・。センセーの童話も十冊ほど。。。これまた子供が全然関心を示さないんですよ、びっくりするくらい。うちの子本の虫ってくらい、本が好きなのに。読み聞かせても全く興味が出ないようで途中で「もういい」という始末。起承転結の薄い説教くさい内容だからでしょうかね?
    とにかく、どんどん増えて困ってました。今思えばいい古本処分に使われていたんだなと思いますが(捨てるには忍びないから、私にプレゼントとしてくれたのでしょう)
    今まで本を捨てるって、なかなか気が向かず、本くらい取っておこうかな?と思ってましたけど、新聞やめたら、本もどうでもよくなりました。。。

  8. みなさん、私の健康状態を気にかけてくださりありがとうございます。私は正直言いますと元気とまでは言い切れませんが、ちゃんと通常の生活はできています。ただときどき無気力な気分に陥って、まる二日寝床から起き上がることができなかったりが周期的にやってきます。それと人と話すことがとてもおっくうで、仕事の電話も遅れがちになることがあり、やはりまだうつから抜け出せないでいるんだなと思います。今日、書店でうつに関する書籍をいくつか立ち読みしました。あまりにも自分にあてはまっているので、なんだかおかしくなりました。それでひとつ興味深かったことは、うつはまわりから理解されにくいということです。「うつなんて気の持ちよう」とか「どうして頑張れないの」とか「病気だと思って気を使っていたのに、なんてわがままなの」などと言われると、ほんとうに落ち込んでしまいます。普通ならたいしたことのない言葉が、とんでもなく堪えるんですね。まるでみんなから「おまえなんか死んでしまえ」と言われているかのように聞こえるんです。これはたぶん当事者でなければ理解できないことだと思います。かといって、同情してほしいとか、もっと優しくしてほしいと思うわけではないんです。親しい家族でさえ簡単には理解できないと思います。二三ヶ月ぐらい、仕事やいろんなことから完全に解放されて、規則正しい食生活と運動を続ければずいぶんよくなると思うのですが、現実はそうもいきませんからね。これ以上悪くならないかぎりは、うまくつきあっていくほかないですね。

  9. 私も山ほどあった学会の書籍すべて処分しました、。昭和20年代後半からの貴重な?大白もすべて思い切って処分してスッキリしました。戸田会長のレコードも池田大作の講演ソノシートも、自語相違の会長講演集もすべてです
    学会の書籍が本棚にあること自体恥ずかしくなりました。 以前はブックオフでもたくさん見かけましたが最近は見ることないので
    引取はしてないのでは、私は廃品回収に出しました。業者もびっくりしてました今唯一あるのは聖教新聞縮小版のみです
    もうすでに多くの闇の部分が暴露され資料としても残す意味もないと思いました

  10. ぱこさん、お辛いですよね。
    いま彼は、まるで熱病に冒されたように創価学会と池田氏を信じているのかもしれませんね。でも、いつかその熱は醒めると思います。ぱこさんが彼に冷めるか、どちらが先かは分かりませんが。。(すみません、言い過ぎでしたらごめんなさい)

    うまく言えませんが。。彼とは、あまり先を急がずに慎重になられたほうがいいような気がします。
    ぱこさん、お辛いときは、またここに書き込まれてくださいね。。

    崖っぷちさん、やはりカウンセリングを受けていらしたせいか、行動が早いですね。
    ひとは執着の気持ちが強いほど悩みから、なかなか抜けられないように想うのですね。
    こころの轍を吐き出して吐き出して、自分にとって要らないものは捨てて(心の中の執着も)捨てて。。
    そうそう、今晩は満月ですね。。
    満月の日は、なにか手放すといいらしいですよ。。

    sinifieさん、お仕事を抱えていらっしゃるからストレスもおありでしょうし、大変ですよね。ぼちぼちがいいですよね。ただし、いまの状態はいつまでも続きませんから。。いい日もあれば悪い日もある。それが人生ですものね。。

  11. 崖っぷちさんへ
    「世間一般の聖教新聞の位置づけ」←なかなか良い表現だなあと思いました。

    聖教新聞は義理人情で購読する人がほとんどみたいですよね。
    先日も、会社の同僚が学会員である別の同僚から「聖教新聞をとらないか?」とお願いされたそうです。
    断ると、「そうかぁ・・」とガッカリと肩を落としてたとのこと。
    職場でも、頼みやすい同僚に新聞の勧誘をして回る学会員たち。
    でも、脱会してみてわかったのは、それを断ることの方がとても良心が痛み辛いということです。

    どうしても「すばらしい先生のお手紙」を人に読んでもらいたいのであれば、全部贈呈にするべきです。
    または良い記事のみをコピーして読ませるとか。
    たかが月々1880円(でしたっけ?)でも、それを人様に毎月負担させようなんて非常識。
    お金の有り難みがわかってませんでした。
    今更ながら私自身がやってきたことを振り返ると、どうしようもないことをしていたのだなと落ち込みます。

    創価の童話は、私もどれ一つ感動できませんでした。
    とにかく「池田先生が書かれた童話」というだけでありがたがっていた感じ・・・。
    それを紙芝居に書き直して会合でやったりしたのを覚えてます。

  12. こんばんわ、
    もしお気を悪くさせてしまいましたら、もうしわけありません。
    なぜなら自分も創価の本来やらなくてもいい、余計な行いを
    止めるべきだなと、思っている人であり、
    悪態をおこなう創価信者はなくなってほしいと思う人だからです。

    仮にですが自分がたとえば、宗教運営者だとしても、
    こう本来何も問題が起きないはずが、
    信者の余計な行いで、いざこざや問題が絶えないのは
    眉をひそめたり、面倒だなと、自分は思うと思います。

    >そう遠くもないうちに、Xデーは来るでしょう。そうすれば、組織の求心力は急速に衰えるでしょうね。

    そうですね、やはりいちばん効果的なのは、
    宗教運営の裏側を暴露することですね。
    日々どうやって信者からカネを巻き上げていたか、
    例えば山奥の安い土地を買って、
    他のお墓と比べるとメンテナンスも全然かからないのに
    拝金重視で信者へ高く売りつけているとか、

    実質信者のカネから寄付金を出してハロー効果で作り上げてるとか、
    宗教運営の裏側を見せてタネ明かしすることで
    信者も宗教ビジネスと気付き、信仰ができなくなります。

    信者も本来使うべきところにお金を消費するようになって、
    経済的にも一極集中が減り、少しはカネが回るようになる
    という効果も見られます。

    >彼がもし創価の真実に気がついた時に、自分のこれまでの人生を
    >どう思うのだろうかと考えるといたたまれなくなりました。

    もし仮に真実を知った場合、
    それで後悔するかどうかですが、
    ダマサれていたことを先に知って良かったと、
    思う人が大半でしょう。

    確かに洗脳を解く必要がない人も居るかもしれませんが、
    自分の判断基準としては、隣人に迷惑を行うような信者は
    全て洗脳解除対象です。

    その人がなんの前後関係もなく悪態を行うのが当たり前、
    という場合は、もうある意味創価のカネや指示にも繋がらない、
    迷惑マシーンでしかないので、洗脳を解いた方がいいのです。
    そんな悪態を行う教義でなければ、
    本来ならいい人だった可能性も高いのですから。

  13. おはぎさん
    わたしは、贈呈もお勧めできません。その一部の聖教新聞が組織の成果となり創価学会の利益となるからです。。
    うろ覚えですが、確か日蓮の御書にも一喝する言葉があったと思うのですが。。間違ったところにお布施をするのは良くない、みたいな。。
    覚醒したら、創価学会に一円も支払ってはなりませんよね。。

    サラマンダラさん、わたしもゴミの日と直接焼却処に持ち込みました。。
    本もですが、ビデオも結構ありました。。
    最後まで処分できなかったのは、お数珠と配達員でいただいた賞状や記念品でした。それも最後は、処分しましたが。。
    じつは、御書だけは仏壇と共に母宅へ渡しました。さすがに日蓮の御書だけは捨てることができませんでした。

    いま唯一後悔しているのが、日達猊下の御本尊を組織に還したことです。どうせならお寺に持って行けば良かった。もちろん、日蓮正宗に帰依するということではありません。。

    我が家にはいま、創価学会に関するものは一切ありません。
    断捨離。。心ときめかないものは、さっぱり処分しました。。我が家はいま良い気が流れていると思います。

    創価学会の人が来ないように玄関に地元の千年以上の歴史あるお寺の魔除けのお札も貼り付けちゃいました。。(ちょっとやりすぎでしょうか。。(⌒-⌒; )

    いつだったか、ふらりと選挙を頼みに来た創価学会の幹部が、玄関に貼り付けたそのお札はなあに?と気にしていました。。

    熱心な創価学会員さんには、あまり自分のことは話したくありません。。
    下手にお題目とかで祈られるのが、わたしは堪らなく嫌です。
    わたし敏感なので、人の悪意のある想念をキャッチしやすいので困るんです。
    創価学会員には関わり合いになりたくないです。妙なウィルスに感染しそうで。。(笑ごとではないですよ。大真面目ですから。。)

    いまは一切関わりがないので、心煩わされることもなく、清々しい毎日ですよ。。

  14. 流れ星さんへ
    創価学会の利益になるのは良くないのはもちろんです。
    とにかく、学会員は一般人に迷惑をかけるな、どうしても新聞を読んで欲しければタダで配れ、
    お願いして読んでもらおうと言うのに金をとるな、自分が負担しろという趣旨で書きました(^^;)

    と、・・・・・ここまで書いて、これを読んだ学会員さんが新聞啓蒙に疑問を抱いてくれればいいのだけど・・・。

    日達上人の曼荼羅は、私の実家にもありました。
    宗門と別れた後、創価学会の曼荼羅と交換されてしまいました。
    そういえば、日蓮の宗派では、必ずしも曼荼羅を本尊として拝まないというのを知りました。本尊に関してもいろいろのようで、学会が一番正しい!なんて言ってると、学術的には恥を書くこと間違いなしです。

    >下手にお題目とかで祈られるのが、わたしは堪らなく嫌です。

    激しく同感です。
    「あなたのことお題目あげて祈ってるわね」
    真心からの言葉でしょうが、生理的に気持ちが悪いです。
    私は逆に、学会員に関わってみたい今日この頃です。
    脱会後10年経って、ようやくたどり着けたこの境地!?

  15. サラマンダラさん、そんなに、たくさんの書籍を処分されたんですね。
    考えてみたら、読んだ書籍はマーカーやら書き込みがあり、売れるわけないですね。。。きれいなのだけ他の本と一緒に持って行ってみようかな。
    前回の引越しの際に、頂き物の本はずいぶん処分したんですよね。マインドコントロール中でしたけど、罪悪感は不思議と無くって。本に魂があるわけでもないし、本はタダの紙っていう感覚でした。
    お数珠も、御書もただの物っていう感覚しかもともとない私です。
    ご本尊も大量生産ものであるし、結局商品でしかないのかなあ?とか。。。誰かが魂込めて彫刻した仏像とかだったら、大事にしようって思うんですけど(笑)

    流れ星さん、そうですね、カウンセリングのたまものだと思います。自分でも思った以上にあっさりしてるというか。
    でも、こちらでのみなさんの対話にも、とても助けられています。やはりたった一人では、なかなか勇気がでません。
    主人も私の覚醒の度合い?に合わせて、色々話をしてくれます。新聞も私がやめると言うまで、彼は何も言わなかったんです。でも「やめようかなあ」とつぶやくと、間髪入れずに「いいんじゃない?」と答えが返ってきました(笑)
    主人も本心では聖教とりたくないんだな~と、改めてずっと我慢してくれてありがとうです。

    話は変わりますが、最近時々すれ違う内部の人に「精神的らしいね?大丈夫なの?」とか「元気でいれば大丈夫、前を向いて歩いていけばいいのよ」「あなたに会えないと寂しいわ、出てらっしゃいよ」とか言われ、困惑気味です。
    どうやら活動に疲れ精神を病んだ私を励まそう!ってノリみたいなんですけど、訂正するのも面倒というか、話したくもない気分なので、適当にスルーしてますが。
    壮年の方も、「しらゆり長さま」という宛名で「体調いかがですか?」という手紙&果物の差し入れをくれたりして、微妙すぎます。
    余り重なるので「私、体調悪くて活動しなくなったわけじゃないんですよ。」と言うと、ささーーっとっ帰って行かれました(汗)
    きちんと脱会するまでこんな調子なんだろうなあ。新聞もやめたし(新聞取ってるのと取ってないのは随分差があるように思う)もう私の事は無視してくださいって感じです(笑)

  16. 昔それも学会が大躍進中の自分の組織の話です
    本当に熱心に頑張っておられた自分の班(古い、言い方ですが)の方が突然活動されなくなり、いくら幹部が家庭訪問してもしても
    取り合ってもらえない方がいました。私も何度も伺いましたが、結局は、 あなた方は騙されているんだ  といわれさげすんだ汚いものを見るようなまなざしで話すことを拒否されたのを何十年たった今もはっきりと覚えています
    そしてそこからは組織全体の人があの人は頭がおかしくなった、精神をやんでるなどといいだし、組織に引き戻すために皆が真剣にあの手この手の対策を考えたものです。でも悲しいかな組織にいれば心底これは救ってあげなければと思うんですね
    今だから言えるけど,狂ってるのは おかしいのはどっちやねん といいたくなりますね
    崖っぷちさんのおっしゃってるお話はまさにその手のお話で、あ~ぁ、いまだなんら変わらず同じことをやっているんだなとため息がでましたよ
    今更小手先のごまかしで誰が寝返るかよ!と崖っぷち口調で言ってやってください(大笑い)。失礼しました
    今考えればその方は気骨があり、自分の考えをしっかりと持たれたんですよね。
    その時のことを思い出すと今でも自分の無知を恥じ入るばかりです

    何度も言いますが今のところ書き込みされておられる女性の皆さんほんとに素晴らしいですね
    脱会された方も、間近の方も湿っぽくなく、さばさばしていて、今このブログを覗いている、またこれからここに訪れるであろう脱会を躊躇されている学会員の方には、力強い勇気と決断力を促していると思います
    シニフェイさんに感謝

  17. サラマンダラさん同様 私もシンフェニさんに感謝!

    創価学会は、脱会した人に対して寛容な気持ちで接してあげればよいものを、「脱会者は退転者、臆病者、妬み、裏切り・・etc」などと池田大作を始めとした幹部らが指導してきました。
    おかげで、今も一応交流のある地区担でさえも、脱会した私に対して哀れみの目でみます。
    大好きな地区担さんだけに、とても傷ついたものです。
    私からしたら、むしろ学会を信じてる彼女こそ哀れな人です。
    それでも我慢して具体的な例をあげ創価学会の問題点を説明しましたが、「それはすべて週刊誌のデマ!」と聞く耳もたず。
    自分は絶対正しい!と信じ込んで対話不能な人になってしまっていることが、本当に悲しかったです。

    創価学会のすごいところは、全国各地の学会員に見事に同じ指導を頭に植え付けてる点です。
    脱会者に対する偏見、悪口など、ほとんど同じセリフです。聖教新聞のおかげでしょうか?!

    「宗教はやるのもやめるのも自由」
    創価学会も最近は勉強していくらか寛容にはなりましたが
    彼らの場合、「宗教はやるのもやめるのも自由。不幸になるのも自由」で、どうしても脱会者に何か言わずにはおられないみたいです(うちの父みたいに)。

  18. このブログには承認できないコメントはほとんどないのですが、先日「みんなかわいそうに」という一言だけのコメントがありました。これくらいは承認してもいいのですが、鼻っから聞く耳をもたない方のコメントを承認しても仕方がないので未承認としました。もしかしたら学会員の方の正直な感想なのかもしれませんね。脱会者を退転者と呼びますからね。学会はそうやって会員のMCを強化してきたんですね。学会の考え方は人を差別することが基本になっています。人を信仰の違いを理由に差別することに何の疑問も感じない人たちです。自分たちが正しくて、それ以外が間違っている。自分たちが正しいと思うのは勝手なんですが、他人を平気で否定して、自分たちの信仰をしなければ不幸になると信じ込まされています。そう、信じ込まされていることに気がついていないんですよね。それが自分の正しい信念だと思い込んでいるんです。だからこのブログにも「みんなかわいそうに」って思わず書いてしまうのではないかと思いました。普通に考えれば創価学会のやっていることが異常だと普通にわかることなんですが、それがわからないでお金ばかりか人生そのものも取り上げられてしまうんです。学会員さんが自分で考えることを放棄していること、さらに他人にも自分で考えることを放棄させようとしていることにも気づかないでいる。そしてそんな自分を否定するものを差別する。前にも言いましたが、私の実の姉が脱会したことを聞いた義理の姉(支部の婦人部長)が「どうせろくな死に方はしない」と私たち家族(私の母と兄弟)に言い放ったことが、このことをよく現しています。信仰以前に人としてどうなのかってことですよね。少しでも活動に疑問をもった学会員さんは、自分で確かめて自分で考えて自分の意志で自分の人生を生きていってほしいと思います。

  19. そういえば、かつて活動家の婦人部が、キリスト教を熱心にされているご婦人のことをわたしに、あの人はキリスト教をやっているのよ。気持ち悪いわ。。とおっしゃっていました。

    わたしも脱会後、足を捻挫して地域の接骨院に行ったところ、そこで会ったかつての同じ組織の年上の婦人部に、可哀想な人でも見るように見つめられ涙をこぼされちゃいました。
    きっと、このブログに寄せた方のように。。「可哀想に。。」と憐れみの気持ちからだと思いますが。。
    わたしは、なんとも思いませんでした。。却って、その方が気の毒に想ました。。

    でもね、いつか(それは、遠からずのうちに。。)創価学会の闇の部分が公になり、マスメディアからもバッシングの対象となったとき、少なからずとも世間から村八分的な差別に遭うであろうのは、いまも熱心に活動している創価学会員なのですよね。。

    池田氏のXディでは、多分、まだまだでしょうけれど、必ず真実は白日の下に晒されるでしょう。。公明党の崩壊と共に。。

    闇の部分が(まるでブラックホールのように)爆発するように。。必ず。。

  20. みなさま、同じ経験されているんですね、セリフまで一緒なんて、びっくりですわ。
    桜梅桃李って思いこんで活動して、実際はコピー人間になってるなんて、笑えないです・・・。

    私、あっけらかんと来ましたけど、この内部の人の善意の悪口?が今ボディーブローのようにきてます。。。
    今の組織で脱会した場合、私への罵詈雑言が回り回って私の耳に入ると思うと、恐ろしくて脱会できません。。。
    精神を持ちこたえる自信がないです。
    これは仏罰とかそういうオカルトな話じゃなくて、通常の人間関係・ご近所関係として、怖いということです。
    主人の言うように賢く、静かに、何気なく活動しない自分を通すのが賢明なのかもしれないと、思えてきてます。

    私は今とても解放され、自由で楽しくて、人生すばらしい!って喜んでるし、たぶん見た目にも明るく楽しい雰囲気でいるのに、憐れまれるっていうのが、理解できず、とても混乱します。
    そしてすっごくうざいけど、相手は悪気はないのはわかるし、使命感で私に勇気を出して声かけてるんだって解りますから、適当に笑顔でスルーしてます。

    今年の選挙の時、「交流」と言う名の活動に出かけた際、幸福実現党のポスターを見て「うわあーきもちわるーー」と大声で叫び、苦虫を噛んだような顔した婦人部幹部がいました。
    その幹部の事、ずっと仲良くできる人だと思ってたけど、その発言と表情を見た時、背筋が寒くなりました。
    創価学会で熱心になると、他の思想や宗教や人種を気持ち悪いと思う感性が芽生えてしまう。これって危険ですよね。
    もともと選挙に消極的だった私は、一気に冷めてしまい、公明党に投票することができませんでした。
    内部アンチでも「公明に入れないと罰あたりそうだから、一応入れたわ」っていう人が多いんですよ。なんのこっちゃ?です。

    主人がいうんです、「もし地獄が本当にあって、君が信仰をすてて地獄に行くなら、僕も行く、嫌いな人と天国行くくらいなら、好きな人と地獄に行くよ。」と。
    その言葉が私の支えとなり、地獄は無いという確信になっています。

    私は私の人生を、楽しく生きたいだけ。自分のしたいことを思う存分して、自分が愛したい人を心行くまで愛したいだけ。
    私は学会員さんに憐みは感じません。だって、それが楽しくて生きがいで幸せなんだろうから、それはその人の人生だし、私には関係ありません、だから創価の批判を相手にわざわざしたり、相手の状況を否定しようなんて思いません。
    だから、私にも働きかけないでほしいです、笑顔で挨拶、お互いを思いやる言葉がけ、それだけでいいじゃないですか。
    相互性のない会話はしたくないです。

  21. とても真実の語られてるブログで引き込まれました

    実家の親と疎遠になってしまっている私には、支えとなりそうです

    いまは愚かなわたしと人生を共にしてくれた主人に感謝して

    子どもたちと当たり前に日々暮らしています

    現実的に開放感のある時代がやってきてほしいなと感じます

  22. 崖っぷちさんへ
    創価学会は、一種の村社会です。無理に脱会して敵を増やすのは得策ではないと思います。
    心の中にある宝ものを大事になさってくださいね。
    すてきな旦那様がいらして、本当にうらやましいです。

    宝星さんへ
    初めまして、10年前に脱会した元婦人部です。私も兄も親と疎遠になりました(絶縁かも)。
    親のことは心配ですが、良くも悪くも、子供よりも信心根本な父なので大丈夫だろうと安心してます。

  23. 崖っぷちさん
    非カツになり、聖教新聞購読もやめて公明党にも投票しませんでした、と組織に宣言して、もちろん財務も行わない、会合にも一切出なくなると、組織の人からの関わりは徐々に、そして急速に減ってきます。自分から組織の人と関わらない限り。。

    創価学会に必要なのは、聖教新聞の購読者、そして公明党の票であり、財務のお金です。。
    それらに一切引っかからない人は、そしておまけに、組織のことでグダグダ言う人は、正直言って、組織にとって要らない人なんですよね。。

    わたしは、そういった組織の仕組みが分かったので、脱会と同時に組織の人間関係は、自ら退く形でご縁を経ちました。。
    ほぼ非カツのお友だちだけですね、時々会うのは。。でも、お互いに創価学会のことは、ほとんど会話にありませんね。。それを度外視した関係なので。。

    創価学会員に憐れみの感情で見られるのが、そんなに嫌ですか?創価学会員に陰で悪口を言われるのが、少しでも怖いですか。。?

    わたしは、活動家である時から、婦人部の会合に出るたびに、退転者や創価学会を批判している人たちの悪口を嫌という程黙って聞いてきたので、そんなのは想定内でしたよ。。

    創価学会の中の人間関係は、脱会と共に壊れると覚悟するくらいでいないと厳しいかもしれません。。

    わたしは、結婚してから7回も住居が変わったのもあり、組織への執着は、それほどなかったのもありますし、創価学会以外にも友人がいたので、難なく乗り越えられましたが。。

    考えてもみてください、地域で創価学会員とその他の世帯の割合を。。
    何を恐れることがあるのでしょう?シニア世代でもないのに。。
    それこそ、マインドコントロールではないでしょうか。。?

    まだ、創価学会員に好かれたいという感情がおありかと。。群れて生きていきたいのかと。。

    いえ、これ以上は言うのを控えますね。。もし、言葉が過ぎていたら、ほんとうにごめんなさい。。

  24. 崖っぷちさん
    私の軽はずみな書き込みでお気を悪くされたのでしたら深くお詫びいたします
    これからもこりずに対話をよろしくお願いします

  25. 私も近所の学会員さんとはときどき道ですれちがいますが、なにもなかったかのようににっこり笑顔を交わします。家にたずねて来るようなこともなく、いたって平穏です。妻も婦人部の方には「選挙の協力はできません」とはっきり言っていましたし、私も壮年部の方には脱会する時に「創価学会が間違いだとわかったので辞めます」とはっきり言いましたので、意外とあっさりしたものでした。もしかしたらもう深追いをしないようにしているのかもしれませんし、それほどの気持ちもないのかもしれません。
    「あの家は両親が大幹部で、会館の庭には名前入りの桜の木だって植えてあるというのに、子どもたちはみんな退転して、信心をしているのは長男夫婦だけなんだよ、かわいそうに」なんて言ってるかもしれませんけどね(笑)。
    脱会したいけど、何といわれるのかわからないで悩んでいる方は、もしかしたら取り越し苦労という場合もあるかもしれませんね。それより自分と家族との関係や、気持ちの整理をどうしていくかを考えたほうがいいと思います。

  26. おはようございます。皆さんアドバイスありがとうございます。
    ちょっと数日の間にあまりに学会員に(偶然だったり訪ねてこられたり)で会うことが多くって、気が滅入ってました。
    私はもともと集団が苦手で、学校生活なども苦痛に感じるタイプなのです。
    人にあれこれ言われたり、必要以上に関わられることに非常にストレスを感じるタイプなので、学会員さんの優しさの押し売りがとても苦痛なのです。組織にいたころから苦痛でしたが、非活となり、自由だ~と思ったところに集中的に来られると
    やっと抜け出したはずなのに、まだ自由になりきれてないのか・・・とガックリしたのと、来てくれた人の目つきが怖かったのです。

    ご近所と言っても自治会の人くらいしかかかわりがないのですが、自治会役員はほとんどが創価と共産でしめられてるんです。
    そのせいか、ご近所は共産の人もとっても多いです(汗)
    分譲マンションなので、自治会とのかかわりが多いのですよ。

    学会員さんとは私から連絡したり会ったりしてません。もともとまだ二年しかいない土地で個人的に仲のいい学会員さえいません。
    最近ようやく、子供の関係からママ友ができたり、習い事を始めたばかりで知り合いができ始めたところです。
    少ない人間関係でやたら声をかけてくるのが、創価のおばさんばかりなんですよね。私が気づかず通り過ぎても、呼び止められます。昨日もそうでした。

    続き後で書きます。

  27. さてここで1つ思うことがあります。
    日蓮は、退転は大罪を受けると言ってます。
    こんなことを言う宗教は、根本的に間違いであり「人類の平和」に何一つ貢献しないということになります。

  28. とぎれとぎれですみません。冷静に考えました。
    新聞の〆が通常20日です。今月は日曜なので平日の18日には〆られるとおもい、その日に新聞販売店に断りのfaxしました。
    その日のうちに地区に連絡が行ったとすると、その後二日ほどの間に、訪問やらが集中するのも納得です。
    それでも新聞の話を私にしなかった地区の人は、まだ良識があるのかもしれない?ですが。
    シニフィエさんがおっしゃる通り、取り越し苦労なのかもしれません。女性特有のホルモンバランスもあり、ちょっと不安定時期ですので、余計敏感に感じてしまったのかも知れません・・。
    サラマンダラさんのせいでは、全くないです。むしろ参考になりました!

    流れ星さんが言われるようにこれからは、徐々に?急速に?学会の話で声かけられなくなるのかな?
    まだ非活一か月過ぎですから、お互いにすれ違ったときどう対応すればいいのか、手探り的?な感じかもしれないです。
    学会員に好かれたいとまでは思わないのですが、勝手に色々言われたり、詮索されるのは嫌だなという感覚はあります。それは学会員に関わらずですが、万人に好かれるなんてありえないですし、こういう事態になったのだからそれも止む無し、と言うのもわかっってるつもり、我慢していこうと思っています。。そのうちそんな気持ちも薄らぐかな~と。

    マインドコントロールって自覚できないものなんですよね?
    なので、それはマインドコントロールですよ、といわれても、私にはわからないです。でも第三者からそのように見えるならそうなのかもしれません。でも解除の仕方もわかりません。もし本当に辛くなってきてしまったら、またカウンセリングを受けに行こうと思います。

    書きながら思いついた、自分ができる距離を保てる方法、べたですが、携帯を変えるっていうのがありますね。
    私は携帯番号を携帯を初めて持った時からずっと変えていません。組織の人からいつでも連絡もらえるようにと、そうしてきたのです。
    幸い?まだガラケーなのでいい機会だし、スマホにして、アドレス番号共に変えてしまおうと思います。
    人間関係の断舎利のいい機会ですね。
    私はいままで、一度知り合った人を捨てるということをしないできました。薄くだたっぴろい人間関係があります。創価活動をするためであったと今は思います。
    これからは、本当につながりたい人と、繋がろう。何百件と登録されてる電話帳と格闘したいと思います。

    おはぎさん、優しいお言葉ありがとうございます。そう、無駄に敵を増やしたくないという気持ちがあります。自分で茨にしたくないというか。これは防衛本能でしょうか。今まで自分を守らず活動してきましたから、もうこれ以上自分を傷つけたくないという思いがあります。自分を可愛いと思って、何が悪い!という気持ちになっています。
    自分でできる防衛をできるだけして行こうと思います。そして無駄に危険なことは「今は」行わないようにします。

  29. 皆さんが世間一般では理解できない悩みを抱えていて、とにかく共感します。
    主人は今年から単身赴任しており、いかに私の難しい会話の相手をしていてくれていたのかと。

    母にこちらに来たらゆっくり滞在してもらおうと思っていたのに、学会が忙しいからと
    引き止めるのも聞かず、言いたいことだけ言って帰ってしまいました。
    少し認知症な気がするので、心配なのですが…
    学会はお墓や葬式のことばかりでなく、母のような状態の者の老後を現実的にサポートしてほしい。
    学会全体の組織活動のための洗脳に利用されても切ない…

    これからも静かに皆さんと見届けていけたら、ありがたく思います。

  30. 私も崖っぷちさんと同じく集団が苦手でした。今でも物凄く苦手です。
    アラフィーの今日まで、何においても克服しなきゃ信心している意味がないって自分に言い聞かせてきました。
    カウンセリングを受け、心療内科でお薬を処方してもらいながらもまだ、信心が足りないんだもっと頑張れって
    病気になることにも意味があるんだ。乗り越えて勝たなきゃ意味がないんだって。
    ある時 心がポキット折れました。
    何に勝ちたかったのかな。どんな人生にしたかったのかな。自分の頭で考えてこなかったので、この年になって
    カウンセリングを受けながら、人生のやり直しをしています。
    未入会の主人にはこんな私を見捨てずにいてくれたこと、心から感謝しながら日々を過ごして行きたいと思っています。
    私も少しづつ学会から離れていければ良いかなと思っています。
    両親が亡くなった時に弟の家族と一緒に脱会できれば良いかなとも思っています。
    皆さんのコメントを読みながら少しづつ心の整理ができています。
    ありがとうございます。

  31. 崖っぷちさん、わたし言い過ぎたかもしれませんね。。ストレートに言ってしまう性分なので、もし傷つけたとしたらごめんなさい。。悪気は一切ないのですが。。

    わたしは、非カツ時期からいまも、道とかで学会の人に会ったら、こちらから明るく挨拶していますよ。。一言二言、差し障りのないことを言うくらいかな。。お天気のこととか。。
    それ以上は相手からも踏み込んできません、わたしも。。

    人間関係の断捨離って、わたしもやりました。。
    まずは、年賀状。。
    毎年、わたしだけで60人くらいに出していましたが、一昨年でしたか、そんなに親しくない人には、こちらから出さないと決めたんですね。。
    表面的な人間関係ってあると想う。。

    女子部時代の大幹部なんかは、ただ印刷された一言のメッセージもないおざなりな年賀状が送られてくるだけで、確かに大昔は共に闘った同志なのに、味気ない年賀状を出すような人は、特にサッパリ縁を切りました。傲慢な彼女らしい年賀状でしたけれどね。。

    iPhoneに変えた時、アドレスも変えたのを機に、煩わしい人間関係にも新しいメアドは教えなかったです。。

    なんか、淋しい人みたいですよね、わたしって。。ヾ(@⌒ー⌒@)ノ

    おはぎさんの境地、そんなふうになれたなんてすごいなあと想います。。

    わたしは、活動家の時から、拠点に集まって会合や唱題会が終わったあと、必ず婦人部のおばちゃんたちは、外部の誰それが、とか退転者の噂話しをしたりするのを黙って聞いていたので、いまは、あまり自分の情報は学会員には与えたくはないですね。
    いろいろ尾ひれがついて、とんでもないことが、どうせ言われているのは、聞かなくても分かるから。。

    いまは、友だちと出かけたり、ワークショップでいろいろ刺激を受けてたりと楽しく毎日暮らしています。。
    学生時代の友だちとも旅をしたり。。

    創価学会だけの人間関係から飛び出すと、それは煩わしさのない清々しい日々ですよ。。

  32. 流れ星さん
    日にちも変わり気持ちは落ち着きました。人間なので、心が揺れることもありますね。。。
    流れ星さんのストレートな言葉は解りやすくて、好きですよ。カウンセリングもそうですが、耳に痛い言葉も必要なことがあります。そういうことを言ってくれる人はなかなかいませんから、これからもアドバイスお願いします。
    それに、今現在、のびのびと暮らしていらっしゃる様子をうかがうと、安心材料になります。
    年賀状!私も70枚書いてるんです(汗)今年は半分にしようと思ってます。

    そう、主人にも昨夜「人のうわさも七十五日っていうでしょ、そのうち何にも言われなくなる、大丈夫!」と言われました。まあ、そうかなと。

    アンチの人に対し、悪口っていうのはありましたね。でも退転者の悪口は不思議とうちの地区ではなかったです。なんていうかそこまで突き抜けちゃった人に対しては、逆に尊敬してる?感じっていうか。敵わないって思うみたいです。
    退転した人が、賢く?振る舞っていらっしゃる方であることと、組織にいた時とても純粋だったようで、性格も良かった方だったので、非の打ちどころがない?みたいです。

    アンチが多い地区で協議会がとても荒れるんです。高学歴高収入&健康&リア充な方が多いので、学会への依存度が少ない?納得できない活動を止めろ!会合が多すぎる!という話が毎週でした。
    洗脳系幹部が話すと、総スカンでしたし。幹部が入りたがらない地区でした。ある幹部は「ここの地区は無理を言うとすぐに退転する人ばかりだから、困る」と言ってました。
    信心に対しても祈ってもダメなもんはダメだよ、みたいな。やる気ない感じっていうか。唱題会をやろうというと反対する人が多いんです。そんな地区初めてでした。だから私の非活も割とすんなり受け入れたのかな?という気もします。

    ただ、一部は洗脳系もいらっしゃり、そういう方が私とすれ違うと「救わねば」という使命に燃えちゃうみたいです(汗)そういう方に限って、足が悪そうだったり、お子さんが引きこもりだったり、自身の問題を抱えてる方だったりするのが不思議です。
    宿命転換のために、私に仏法対話するのかな?私に働きかけても良くならないよ!って気づいてほしいですが。

    私昨日自己分析してたんですが、コメントには学会員を憐れまないって書いたけど、きっと私の中に、いまだに覚醒せずこき使われて可哀そう、という気持ちがあるんだと思います。私が学会員を特別な目で見てるから、相手からも特別な目で見られてると感じてしまうんだろうと思いました。
    学会員もそうじゃない人にも分け隔てない感情になったとき、本当の意味でこの創価を捨てた証なのかなと。
    ネットで創価について読んだり書いたりすることもなく、全くの過去のこととなる日はいつになるかな。そんな日がくるのかな。

    おはぎさんの、日蓮についてのコメント。
    全くそのとおりですよね。。。だけど日蓮正宗の人は、日蓮はそんなこと言ってないといいますよね?
    創価で学んだ日蓮と随分違うというか、まる反対?ってくらい。
    どっちが本当の日蓮か私にはわかりませんけど、日蓮正宗の人のいう日蓮なら、まあ受け入れられるなと最近思いますが。
    でも法華講が怖いから、(結局活動内容が学会とそう変わらない)宗教を変えるなら日蓮宗??とかそんなことも時々考えてます。。
    無宗教でもいいし、主人の実家に合わせてもいいかな?とか。

  33. 風鈴さん
    乗り越えて勝たなきゃ、ってわかります。私もなんだかそういう気持ちに追われてました。
    何に勝ったのか?検証すらしないまま。勝負事が嫌いで、ライバルというのも理解できないくらいの性格なのに
    よくやってきたなと、ある意味自分、すごいよ!って思います。

    ご主人、素敵な方なんですね。配偶者の理解は活動中でも覚醒後でも私たちにとっては不可欠なことでしたよね。
    本当に感謝ですね。
    ここの皆さん、苦労した分、実り豊かな人生にしていけると思います。

  34. 宝星さん、高齢者の面倒を見てくれる施設を作ってほしいということは、現場からもちょくちょく聞きましたね。
    あんな総本部建てるお金があるなら、ドクター部もいるんだから病院を作ってほしいとか。
    共産党でも病院建ててるのに!学会はどうしてやらないの?とか(笑)

    創大で看護科ができましたし、そのうち医学部も開設するでしょうから、創大付属病院とかはできる可能性はあるのかな?
    と思いますけどね。介護職にもスポット当ててるようですし。
    頑張ってきた学会員さんが、ゆっくり過ごせる施設、作ってほしいですね。せめてもの救いになると思います。

  35. 聖教新聞にまつわる、様々な記述、興味深く読ませていただきました。月1880円?でしたでしょうか。一瞬、「そんなに高額ではない」と感じますが、組織には巨大な収入源ですね。ひとりで何部もとったり、ひとに勧めなくてはならなかったり、(ノルマも必ずありますか?)すると聞きますが。
    私はなりゆき?で、週に1~2回、読んでいます(人生初)。勧められたことなどありませんが、気持ちを静めながら自主的に読みます。ちなみに、とっている本人は、まったく読んだ形跡はありません。つるつるの古新聞がたまっています。が、大切に扱っている様子。毎日、先生の顔が紙面で見たいだけなのか……。先生は、創価はすばらしい、ということを、確認するためなのか。
    朝、新聞がドアに入る音を聞きながら、シニフィエさんの、今でも配達をされているご友人のことをおもいました。これからの寒い季節、信じるもののために……外部のひとがみると「?」な内容の新聞を配り続ける、その足音をきくと、なんとも言い難い気持ちになります。
    「信仰しててこんなにしあわせです」的記事も多く、失礼な言い方かもしれませんが、「私はこの<ネックレス・ブレスレット・壺>を買って、幸福になりました!」というインチキ商品の雑誌広告と大差なく思えてしまいます。満面の笑みの集合写真を、じっと見入ってしまいます。
    そして、脱会すると地獄におちる。かわいそうに。師匠を裏切った。などと、いわれるのですよね。
    「やめたくなったひとがいたら、もうすこし一緒にがんばってみようと話をする」と、私の彼はいいましたが、このやさしい顔で「子弟不二」「罰論」を口にするのかなぁと考えると、思考停止におちいります。
    生きていると、信仰をもっていてもいなくても、いいことも悪いこともある。いつか、なにかを、彼が気づいて、不安になったとき、「本当にそんな地獄があるなら一緒に堕ちてやる!」と抱きしめてあげられたらよいのですが。それはまだ遠い国の「おとぎ話」。

    流れ星さん、ありがとうございます。
    ありふれていて、でも特別だった恋が、巨大な黒雲に包まれているなんて思いもしていませんでしたが、それもまた私の人生です。
    先は、もちろん急ぎません。リスキーすぎますので。
    私の熱が冷める……というより、いたたまれなくなって逃げる可能性はあるのかな、とちょっと思います。あるいは、創価に傾かない私に、理解しがたいゆえのくるしさに涙する私に、彼が冷めるのか。

    幸せの青い鳥さん。
    最近、こちらのブログにおじゃましています、ぱこです。
    私も、何度となく、「気づいてよ」って思いをもちますし、信仰を否定する汚い言葉を飲み込んでいます。
    元彼さんが、いつか、静かに気づいてくださったときに、どんな形にせよ彼の人生を肯定できるお手伝いができたらいいですね。
    そして、私もそう在りたいと思うのです。
    幸せの青い鳥さんみたいなひとがいてくれますよ、って伝えたい。
    元彼さんにも、元彼さんや私の大切なひとに似た、ほかのたくさんの学会員さんにも、伝えたい。

  36. 私の考えですが、本当に気の毒な学会員さんは哀れんで良いと思いますよ。
    学会員さんが洗脳されて一般の人を哀れむ姿は、やはり哀れです。
    私自身は、「善い人になろう」という創価学会で叩き込まれた考えを捨てることで、やっと「普通」に戻れました。
    創価学会では「十界論」で、憎悪や怒りは劣情として低い境涯としています。
    しかし私は、嫌なもの悪いものに対して憎悪し嫌悪するのを止めるのは、精神衛生上良くないと思います。
    それに「自然」ではないと思っています。
    振り返ると、辛いこと嫌なことに対して不感症になるようにすることで穏やかに生きられるようにするのが仏法だったのかなあとも思います。
    人間らしく生きるには、心の感じるままに生きることが大事。
    「普通の人」は、宗教がなくとも自然と心の中に良心が備わっているので、心のままに生きていても別に極悪人にも犯罪者にもなるのではないかと恐れることもありません。

    ぱこさんのコメントにある「信仰を否定する汚い言葉」で思い出すのは、私が父親にぶち切れた吐いて言葉「このカルト!!」です。
    「良い子」でいよう生きてきた私ですが、そう言えたことで一つの殻を破った気がしました。
    もちろん、これは相手が親だから言えたことですが・・結果、絶縁。
    絶縁はしましたが、親が生きてるうちに言えて本当に良かったです。親を乗り越えて子は育つ。「このカルト!」と言ったことで、本当に親孝行をしたと思っています。

  37. 聖教新聞の配達、これからの季節は厳しいですね。せめて事故なく配達してほしいと思います。
    しかしながら、学会活動の中で唯一、本部職員じゃなくても給与が貰えるものでもありますよね。
    私、ずっと無冠の友というくらいだから、無給でやってると思っていましたが、一時、配達を無理やり頼まれやったとき
    お給与をもらい、びっくりしました。
    特に目立った活動はしないけど、配達員だけ20年やってる人とか、ちょこちょこいますけど、お給与貰える活動だから
    なんとか納得してそれだけやってるのかな?と思いました。
    一日1000円くらい?(地域差あるかもですが)だった覚えです。

    何を隠そう私、非活になる数か月前、どうせ納得できない活動やらされるなら、少しでもお金もらえる配達員をやりたいと思い
    志願したことありました(笑)ちょうど配達員さんがご病気で交代員をさがしていたので。
    でも、見事に断られました。アンチには回ってこないお仕事でした(笑)

  38. 崖っぷちさん、コメントありがとうございました

    安堵しましたよ。

    おはぎさんのおっしゃってる村社会、人のつながりが希薄になってしまつた今の時代、大なり小なり村社会の役目を果たしているのではないかと宗教学者が言ってますね。個でいるより大勢の中にいるほうが安心感がありますからね
    然し、悪知恵が働く悪い奴がいて、い心地と安心感の代償にいつの間にか気づかず大切なものを多く奪いとられ失ってしまうんですね
    時代とともに価値観も大きく変わりますが人として人間として生きていくためにには何を基軸すればいいのでしょうか
    仮にも学会でないことは確かでしょう

  39. おはぎさんのおっしゃることに心から納得です。。
    わたしも創価学会にいた頃は、好い人でいようと無意識に思っていて、自分の正直な感情を心の奥に仕舞っていたように思います。。
    親に対しても、親孝行するのが当たり前、みたいな。。
    ほんとうに欺瞞だらけでした。。

    創価学会を脱会してから、自分の心に正直に生きたいように生きようと思うようになって。。
    それまでは、多少嫌な人とも我慢して付き合ったりしていましたが、そういうお付き合いは一切やめました。。

    心地良いと思える人、自分を向上させてくれる関係、自分にない輝きを持っている人とより繋がりたいと、そういうご縁を大切にするようにしました。。
    だから、創価学会にいた頃の煩わしい人間関係は一切なくなり清々しいです。。

    怒りたいときに正直に怒る。。心の裡にドロドロの想いを仕舞い込まずに吐き出す、想いをどんどん手放す。。どんどん泥を吐き出すみたいに。。

    そうやっていくと、心の裡に優しい気持ちばかりが、つまり、愛が黙ってても溢れてくるようになるんですね。。

    わたしがまだ非カツの頃、ある方に、それは欺瞞の心だと窘められました。その時は、その欺瞞の意味すらも分からなかったけれど、例えば、いまの公明党の言動そのものが欺瞞の塊ですよね。。
    創価学会の人って、口では良さそうなこと言うけれど、それはまやかしであるし、欺瞞だらけだなあ、って。。

    わたしはいま、学会員である母親とも距離をとっていますが、もう娘だから親孝行するのが当然という想いをきれいさっぱり捨て去りました。
    だって、創価学会の母とは、どうしても調和できない自分がいて、苦しくなるばかりなのだもの。。
    苦しい想いを仕舞い込んで母を受け入れることは出来ないから。。
    誰かに非難されることがあっても、これがわたしの正直な気持ちであり、そう生きたいから。。

    話しは変わって、わたしの配達員のお手当は、週に5日、集金も含めて、一ヶ月18000円くらいでした。。
    いまは、少し上がっているのかもしれませんね。。

    長男がまだ1歳くらいの30年ほど前は、お休みは月に一度の休刊日のみで、月に6000円ほどでしたよ。。
    毎朝、5時に家を出て7時まで掛かって、それだけでした。。
    7時までに配らないと文句を言う人もいたから、冬でも汗びっしょりです。。

    いまは、昔より配る範囲も狭くなりお手当も上がったのでしょう。。

  40. おはぎさん、流れ星さん
    本当にそうですね、私とても良い子ちゃんで育ってきたので、今の自分でも随分わがままになれたなって思いますが
    まだまだ呪縛はありそうです。
    そんな自分を変えるために、精神分析の勉強をはじめたのもあります。
    精神分析は本能、欲望にスポットをあて、抑圧された自分を解放するためにあります。
    私にはぴったりだなと思いました。
    講師の先生から聞く、分析を受けかわっていくクライアントの姿を通し、私もそうなりたいと、思います。
    タブーだらけの人生だった気がします。自分でも見えない檻がまだまだありそうです。

    カウンセリングで毒を吐きまくった私です。カウンセラーさんには「無意識を綺麗にすることが生きやすくすることだ」と
    教わりました。
    私の無意識は本当にどろどろ、なかなか普段の生活では意識上に上がってきませんが、精神分析をうけると
    思い出したくない感情があふれ、汚い言葉があふれ、頭がおかしくなりそうでした。
    全部聞いてもらって、ようやく今に至ります。
    年末あたりに、また分析を受ける予定です。その時どんな自分になれるのか、楽しみです。

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