しあわせ

2013年度新聞広告クリエーティブコンテストで最優秀賞を受賞した作品です。

テーマは「しあわせ」です。

BWtuZFOIMAAHsdN

制作者のコメント「ある人にとってしあわせと感じることでも、別の人からみればそう思えないことがあります。反対の立場に立ってみたら。ちょっと長いスパンで考えてみたら。別の時代だったら。どの視点でその対象を捉えるかによって、しあわせは変わるものだと考えました。」

芥川龍之介が大正13年に書いた小説に「桃太郎」というのがあります。勝手な推測ですが、私はこの優れた新聞広告は、きっとこの芥川版桃太郎をヒントにつくられたのではないかと思いました。

決して長くはありませんので一度読んでみてください。

http://www.aozora.gr.jp/cards/000879/files/100_15253.html

上に紹介した新聞広告の下に、小さなコピーがあります。

「一方的な『めでたし、めでたし』を、生まないために。

広げよう、あなたがみている世界。」

広告

しあわせ」への22件のフィードバック

  1. 芥川龍之介の『桃太郎』
    興味深く読ませていただきました。
    芥川龍之介の作品で、いまも心に刺さっているのは『蜘蛛の糸』です。。

    わたし、最近よく想うのです。。
    正と邪。。善と悪、光と闇。。
    そういった類のモノに心囚われるのは、どうかな?と。。

    たとえば、ネット上では、中国や韓国の批判がよくされていますが、どれだけこの国の国民のことを知っているのか?と。。

    中国や韓国にも見識の高い宇宙レベルで物事を思索できる人が、どれだけいるのかを知らない愚かさ。。

    それもこれも、相手を正か邪か、善か悪か、光か闇かで二極化してしまう思考にあるように思います。

    その、2013年のコピー、素晴らしいですが、対極にあるモノへ対してのメッセージだとしたら、また、考えてしまいますが、芥川龍之介の作品由来だとしたら、とても納得できます。。

    今回のsinifieさんのメッセージ、とても貴重だと想います。

  2. 流れ星さん、ありがとうございます。
    芥川版「桃太郎」は私も最近知りました。たしかラジオ番組で紹介されていたのを、たまたま車の中で聴いて、あまりの痛快さに大笑いしました。「きびだんご」って報酬なんですね。犬も猿も雉も正義感で鬼と闘ったわけじゃなく、きびだんごで雇われた傭兵だった。ビジネスなんですよ。そして桃太郎には正義感などかけらもなく、何の罪もない鬼の財宝を略奪するのが目的だったわけで、西洋の植民地政策やブッシュのイラク攻撃とかぶります。桃太郎が打出の小槌をエサに欲深い猿を言いくるめるところは、どこかの団体の指導にそっくりだし、桃太郎には定番の「日本一のきびだんご」も意味不明で面白いです(笑)。ただ、さすがに後半の鬼の子どもが逆襲し、さらに物語は続くといったくだりは文豪芥川だなと思いました。

    子どもの喧嘩を大人が見れば、他愛ないものだと思いますが、いざ自分に批判が来れば「なにくそ、オレのほうが正しいに決まっている」とムキになることだってあります。喧嘩なんて大人も子どももさして変わりはしませんよね。でも子どもの喧嘩は可愛らしいが、大人がやらかす「子どもの喧嘩」ほどみっともないものはありません。
    創価の活動は「私たちこそが正しい」と、なんの関心もない人に無理矢理主張して、つまり喧嘩を売ってまわります。ついでに新聞も(笑)。「あなたは間違った信仰をしているから幸せになれない」「この信心をすれば絶対的幸福をつかめる」と、あたかも見てきたようなことをいいます。「この壷を買って先祖供養しなければ7代祟られる」と壷を売りつけるどこかの団体とひとつも変わらないのに、「これで世界広布のお役に立てる」「これで功徳をつんで幸せになれる」と喜んでいるんですからね。売られたほうは大人だから、できるだけ穏便に聞いているようなフリをして、たまには新聞も買ってあげたりして、適当につきあっています。創価を離れると、自分のまわりの多くの人が創価学会をそんなふうに思っていたんだということがよくわかりました。言ってる本人に悪気はなさそうだから、いちおう『投票するよ」とか『世界平和だなんてすごいね』なんて、ことを荒立てないようにしていたまでのようです。今思えば本当に恥ずかしいですし、よく嫌な顔をせずにつきあってくれたなと尊敬さえします。
    創価学会が間違いだと気づいたいま、私にはこれといって宗教にどうこうという気持ちはありません。これから先、自分が何かの信仰を持つことは、今のところまったく考えられません。それでもちゃんと生きていけるからです。かといって宗教が人間にとって不要なものかといえば、決してそうではないでしょう。人間が人間として意識しはじめた時から、なんらかの宗教は発生しています。そしてそこから素晴らしい芸術作品が生まれています。それが時代とともに高度になったとも思えません。むしろ太古の人たちのほうが「神」なるもの近かったのかもしれません。ゴータマは菩提樹の下で禅定により自ら悟ってブッダとなりました。自らの身にダンマ(法)を見出したのだそうです。それは日本に至っては禅宗の祖・道元も似たような体験をしたとあります。しかしそのダンマとはどんな形にも現わすことができないものだと。キリストもブッダとはまったく違った形で「神」を見出します。パウロもそうです。形にならないものだから、それが客観的にウソかほんとかはわかりません。しかしそれは客観性などといった概念をはるかに越えた次元の世界の有り様なのだと私は思います。
    これは私の個人的な考えですが、世界はまずふたつに大きく別れると思います。そのひとつは「私」。そしてもうひとつは「私以外のすべて」。どこの誰にとっても、この世界は一人称である「私」と「私以外」だと思います。誰にとっても世界はそこから始まります。「私以外」は家族や親戚や友人や仕事仲間、地域住民、国、世界…といくらでも分けることができますが、それでも「私」と「私以外」という分別の隔たりとは完全に違います。生まれた瞬間から私は私ひとりであり、世界はその私を成立させてくれる全てのもの。しかし、なぜ今ここに唯一「私」が「私」と呼ぶことのできる人間が存在しているのかは、皆目見当がつきません。当たり前のことですが、私にとっての私は、ただ一人です。それは誰にとっても「私」は一人でしかありません。そしてその「私」が消えれば、つまり死んでしまえば、当然私のいない世界が残りますが、私にとっての世界は消えてしまいます。もちろん誰にとっても死は必ず訪れます。そして同じ数だけの世界が消滅します。誰もが死んでいき、無数の世界が消滅し、また無数の命と世界が生まれます。
    何が言いたいのかといいますと(笑)、世界は誰一人として同じようには見えていないということです。たとえすぐ隣にいる人でさえも、きっと世界は違ったように見えているはずです。だから私が見えている世界のことを「私以外の世界」の住人である人が否定する権利はないでしょう。それと同時に、隣の人の見ている「私以外の世界」を「私」が否定する権利もないはずです。…うまく言えませんが(苦笑)、「私」は生まれた瞬間から、すでに一人では生きていけません。「私以外の世界」とつながっていなければ数分も生きることはできないでしょう。「私」が世界とつながることとは、「私以外の世界」を肯定することだと思うのです。私が私以外の世界を肯定することは、同時に世界に肯定されること。逆に世界を否定することは、「私」を否定することなのではないでしょうか。
    ごめんなさい。やっぱりうまくは言えません(笑)。私がこのブログに「対話を求めて」というタイトルをつけたのは、「他者を認めることから対話が始まる」という思いからです。創価学会はたいへんな間違いを犯した。そのことにまだ多くの学会員が気がつかないまま、そしてそれが正しいと頑に信じたまま組織に搾取され続けている。その組織の悪行をいくら叫んでみても、いったん「自分の生き方」として信じてしまった人は聞く耳を持ちません。他者を否定することが自分のしあわせだと思い込まされているからです。それでも、何かのきっかけで、どこかの誰かと対話ができれば、つまり他者を認める気持ちになることができれば、その人は「うその世界」から抜け出して「ほんとうの世界」を見ることができるのではないかと思いました。しかし本当の世界が見えたからといって、それが幸せかどうかは別の問題です。それでも創価学会のような「うその世界」に閉じ込められて一生を終える人が一人でも少なくなればいいなと思っています。しあわせは、まず創価(うその世界)から抜け出し、自分が見ることのできる本当の世界を見ることから始まると言っていいと思います。相手の存在を認めあえる同じステージに立ってこそ対話は成り立つと思います。そうした対話からお互いに見えているものの共通する世界が広がるのではないでしょうか。
    こんなことを言うと、「そうやって創価自体を否定しているお前こそ世界を見えなくしているんじゃないか」という人が出てきます。しかし私は生まれて50数年間、創価の中にいて、実際に信じて活動もそれなりにしてきた結果としての結論です。だから創価の人の気持ちや立場もわかります。実体験としての創価をもとに対話ができると思うのです。ここにコメントをくださる方の多くも、そうした長い実体験の結論として創価がまちがいだったことにたどり着いた、もしくはたどり着こうとしている方ばかりですから、創価に少しでも疑問を持っている方と、きちんと対話が成立すると思います。
    それがこのブログ「対話を求めて」の最大の特徴です。よくあるアンチ創価vs創価や、宗門も含めたぐちゃぐちゃのヘイトブログではありません。みなさん、どんな立場や思想信条の方でも、相手の立場を認めるという対話のステージに立てる理性と寛大な気持ちのある方ならどなたでも歓迎します。そして特に、ほんとは創価学会から抜け出したいけどめんどくさそうでやだなあと思っている方は、具体的に質問してください。一概には言えませんが、今は昔と違って意外とすんなり辞められることが多いようですよ。

  3. 井の中の蛙 大海を知らず 

    昔の人は端的にうまいこと言ってますね

    それにしてもいろんな方が参加され貴重な心情を吐露される素晴らしいブログになりましたね
    一時はどうなることかとハラハラドキドキしましたが、いつも的確な問題提起をされているシニフェイさんの努力に
    感謝します。これからも、多くの方がいろんな側面からも参加されいろんなことをお聞きたいですね

  4. ダブルスタンダードですね。
    私自身、聖教新聞に掲載された外部論客による記事で「ダブルスタンダード」というものを知りました。
    創価自体が、激しいダブスタなのにです。

    ところで、中国のことですが、確かに素晴らしい見識の方もいますが、チベットやウイグル人に行われている弾圧や虐殺を見ると、とても友好関係にありたいとは思いません。恐怖を感じています。
    創価学会は日中友好路線ですが、「庶民と共に」「権力に立ち向かえ」とか言うわりに、お隣中国の野蛮な政治は傍観。
    「傍観は悪」なんていう大きな見出し文字が聖教新聞に書かれていたのも記憶してます。
    独裁政権に媚を売り、多くのチベット人やウイグル人が殺されてるのが平気な創価学会員の気が知れません。
    最近の中国でのテロ事件として報道される件も憂いています。
    力の大きいものが、弱いものの反発を「テロ」というレッテルを貼り押さえつける。
    世の中、結局は宣伝力、組織力のある連中が力を握るのだなと、絶望的にもなります。

  5. おはぎさん。。
    確かに国家としての中国はそうです。ただ、それが中国のすべてではありません。その中国という国家に違を唱える中国人もいるでしょうし、納得していない国民もいるでしょう。
    国家というモノの見方で言えば、かつての日本国家も、中国のことを言えないくらいだと。。

    べつにわたしは、親中というわけでもありませんが、前の投稿は、モノの譬えとして出したまでなんですね。
    正邪や善悪という二極だけでものごとは判断してしまう時代は、もう終わりにしたいです。。

  6. 芥川に「いま」見透かされているようで、はっとしますね。

    広告の作者の訴えたいこと、同感なので……
    だからなのか、私は昔から「ヒーローもの」には食思不振です。

    芥川とおそらく同じ視点でかかれた広告が、今回(2013年現在の日本)の受賞をしたこと、またそのテーマが「しあわせ」だということに、感慨をおぼえました。
    しかし、その感慨には、ちいさなささくれがあります。
    それを広告にして訴えなければならないほど、私達のこころの貧困が深刻だということ。

    善か、悪か。

    それだけをはっきりさせたがる「空気」は、あちらこちらで蔓延しています。
    メディアも、それを煽ります。

    遠い国の紛争も、テロも、民族運動も、子供の虐待も、みる目は似たり寄ったり。

    なぜ、簡単に煽られ、(もしかしたら)ニセモノの敵をつくり、攻めたてるのか。

    それは、そっちのほうが「簡単だから」
    「わかりやすいから」なのではないでしょうか。
    「考えること」の放棄です。
    背景を知ろうとすることも、原因を確かめることも、ややこしくて面倒くさい作業ですから。
    「鬼って、ちょー悪くて、なんか怖いっていうし。早く退治してほしー」とかいいながらスイーツ食べて、「厳罰化すべきだ」といってビール飲んで、「正義のために」と唱えて……みんなでまとまってると楽なんだと思います。

    「私」が「私以外の世界」とつながることとは、「私以外の世界」を肯定すること。

    シニフィエさんの言葉、こころに沁みます。

  7. 流れ星さんへ
    単純だと思うんですよ。
    「人の命」これが一番大事。その国で人々が弾圧を受け残酷に殺されてること・・・そのことに鈍感になってはいけないというだけです。善か悪か?では、人が殺されてるのだから悪で間違いないでしょう。
    もしかして、これは私独特の価値観かもしれません。
    でも、それがあったから、創価学会の偽善にも気がつけました。

    それから、日本国内の創価学会員が他国の政治に無関心なのにも疑問を抱いてました。これは創価学会員時代からです。
    そして脱会してから、韓国の創価学会が激しく政治的主張をしてるのを知り驚きました。
    もしかして、政治が創価を利用してるのかも?
    そういえば、アメリカのGHQ政策に創価学会が利用されたという話も聞きました。
    創価学会員に多い自虐視観も、そのせいでしょうか。
    歴史は事実を知れば知るほど、日本はそんなに悪くなかったというものばかりです。
    これこそ、まさに桃太郎の鬼ではないでしょうか。
    悪人ほど、相手を悪者にした史実を残したがる気がします。

  8. おはぎさん
    おはぎさんの話されることは国家としての中国、韓国であり、わたしの言う中国、韓国は一般の庶民たちや親日の中国、韓国人のことです。

    わたしは、マスメディアで報道される中国や韓国だけを見ているのではないです。そこに生きる国民たちです。。

    アンチの方は、創価学会の中韓への姿勢をひっくるめて中韓に嫌悪感を抱いているようですが、わたしは違います。どちら寄りでもありません。

    虐殺やテロも国家がやっていることではありませんか?中国の一般庶民が果たして、それをヨシとしているのか、実際に中国国民に会って話しを聞いたことはありますか?

    日本のある意味偏った報道ですべてを判断することをわたしはしたくありません。。

    韓国を旅したことがあります。確かに中には日韓の歴史を根にもっているかたもいました。でも、親日の方もいましたし、百聞は一見にしかず、で韓国の若者たちは女性や年配者に、とても優しくフレンドリーでした。

    国対国ではなくて、日本人も中韓のそこに息づく国民を知れば、お互いにもっと歩み寄れるのにと思ったりします。。

    日本の一方的なマスメディアや政治の報道ばかりに囚われていると、とても危険だと思います。。
    いつ日中戦争が起こってもおかしくはないでしょう。。特にいまの安部政権ですからね。。

    自虐的な歴史観と言いますが、日本兵のやってきたことすべてをご存知なのでしょうか?事実を冷静に受け止めて、もう二度と悪しき歴史は繰り返してはならない、と思いませんか?

    中国の今やっていることは、日本の過去にやってきたことと重なります。。

    もう後戻りしてはいけないんですよ、同じような過ち。。パターンがよく似ているような気がします、過去の史実と。。
    確かに、そこに創価学会が絡んでいることは許せません。日本の癌は創価学会、なのですから。。

    創価学会を憎む気持ちと中韓への想いを切り離して考えて欲しいです。。

  9. 流れ星さんへ
    戦争があったからこそ、人の命の尊厳こそ大事だと思うのですよ。
    日本兵がやったことはどこの国もあの戦争でやっています。もっと大きな視点で「人類」をみるべきではないでしょうか?日本もやったから中国政府の残虐なチベット人弾圧やウイグル人弾圧を無視しろ・・・
    割と創価の方に多い意見ではないでしょうか。
    過去を反省するということは、むしろ国家による弾圧に対して「NO!」と言うようになることだと思います。

    創価が使ったプロパガンダは、過去の日本軍に対しても行われています。
    従軍慰安婦問題にしろ、ほとんどでたらめですし、むしろ韓国軍が行ったベトナムでの女性たちへのレイプは数万人もの混血児を生み出しました。

    とにかく、史実は正しく伝えられていないということが分かった昨今です。
    誰かが悪者のように伝えられている場合、「まてよ?それは本当か?」と冷静になることが大事でしょう。
    昔の私は、とにかく 日本軍が悪い、残虐だと信じていて、それ系の書物を買いあさり読みました。
    731部隊の人体実験を取り上げた「悪魔の飽食」という本も、最近まで事実だと信じてました。
    ところが違った。
    世の中には、事実ではない事をあたかも事実のように取り上げ弘める大人たちがいるんです。

    幸い、子供世代は、大人よりも冷静です。
    子供らの方が、かなり冷静に物事をみれて流されてないなあと思います。

  10. 連投ですみません。そういえば韓国の創価学会でおかしいと思ったこと。
    すべての不幸の原因は宿命による、誰かのせいではない自分だ・・とする日蓮の仏法が韓国でも広まり、昔の私は喜びました。
    ところが、韓国の学会の思想は、「野蛮な島国日本が悪い」です。
    人類の視点で考えるならば、どこかの国が悪いとかではなく、もっと崇高な視点で「人類の宿命」について深い考察がなされるべきなのに。
    人類共通の普遍の価値を教える創価のはずが、ところ変われば品変わる。
    不思議です。

  11. そうですね、おはぎさん。。子供たちのほうが冷静に大人たちを見ていますね。。

    わたしは、こうやって書いていますが、思ったことをうまく言い表せない口下手で、意外と余計なことは言ってしまうみたいな。。

    わたしも生命が第一に大切に尊厳されるべきものと思っています。だから、いまの中国のマイナスな言動にも、もちろん違を唱えたいです。。

    ただ、いまの日中韓の微妙な関係を思えば想うほど、その火消しをしたくなるんです。。
    根が天邪鬼な性分ですので。。

    わたしの観念は宗教の違いや国家観の違い、人種やさまざまな差異にも、お互いを尊重し共生、共感していける世の中を夢見る夢子さんです。。

    こうやって、おはぎさんと対話をできたことは嬉しく思います。。

    ちなみに、わたしの中には既に創価学会という概念は存在していないと思いますので、悪しからず。。誤解なきようお願いします。。

  12. ぱこさんのメッセージに激しく共感します。。
    わたしも、こういうふうに言い表せたら。。(−_−;)

  13. 流れ星さんへ
    こちらこそ、政治的なことになるとつい思っていることを書き連ねてしまいました。ブログの趣旨から逸れてしまってはいないか?とヒヤヒヤしながら書いていました。
    そういえば、学会員時代から政治には非常に興味がありました。
    でも地区の人たちにそういう話をすると「そんな難しいことわからないわ」と言う人たちばかりでした・・。
    祈っていれば世界平和が訪れる、これは学会員だけの話ではないようにも思います。

    話をこの日記に戻します。このダブルスタンダードというテーマでは、本当に思い当たる事だらけなんですよね。
    報道では微妙に意図的なものが含まれています。そうとは気がつかず、どこかの国は悪い国だ、さっさと攻撃しちゃえばいいのに!という風に世論が傾く恐ろしさというのがあります。
    振り返ると、NATO軍によるユーゴ空爆やアメリカ軍によるイラク攻撃。今の時代、本当の意味で中立な報道なんか存在しないのではないか?とさえ思います。
    どうしたら報道に流されない自分が保てるのか。子供に今度聞いてみます。

  14. 皆様の高尚な対話を読みながら、現場の学会員さんはどうだったかな?と思い返してました。
    センセーが中国からたくさん顕彰されてますが、そういえばですね、この数年その顕彰について話題にしてる婦人部に
    会ったことないです。
    外部に学会を紹介するとき(そんな機会さえ今はほとんどなくなってますが)くらいですね、話題にするのは。
    学会員さえ興味ない一面記事(笑)
    どっちかって言うと、地方版に○○さんが載ってる!とか、声の欄に記事が載ったとか、そういう話題ばっかりでした。
    あとは御書学のときに、解説部分を使うくらいです。

    日韓・日中の歴史なんて語ってる人なぞ見たことないです。そんな会合ももちろんないし。
    そんなことには興味もなく、ただ、毎日会合こなして数を追ってるだけの日々ですから。新聞は会合で指導しなければならない幹部のための資料なだけで、真面目に読んでる人も少ない現状です。

    日中友好の懸け橋はセンセーが作ったと、疑わず信じていたのは、20代前半まででした。それ以降はバカの一つ覚えのように同じことをビデオで見せられ、新聞で見せられ、会合で聞かされ、ウンザリでした。
    そんなことで国家間がうまくいくなら、ほかの国同士も仲良くさせてやれよ!って思ってました。

    私は中国にも韓国にも行ったことないし友人もいません。ただ、住んでいるところが観光地?なので旅行客でやってくる中国韓国の方にはよく遭遇します。そこで体験した嫌なことの数々より、個人的にはあまりいい感情がないのですが。。。
    歴史観がそれぞれの国で違うのは仕方ないとしても、正反対すぎて相容れないですから、国家単位で連帯をつくるには難しいのかなと思います。
    国政がうまく行かないので国民のストレスがかなりのものだと思うのですが、そのガス抜きとして日本が使われてるのかなと思います。いわゆる仮想敵として。
    学会が宗門を敵にしてるのと同じ。でも学会員が全員宗門を死ぬほど憎んでるわけでもない、そんなこと知らない人もいるという。

    学会が宗門に依存し甘えていつまでも粘着しているように、中国や韓国も同じじゃないですかね。

  15. 創価学会の活動を真面目にすればするほど、世の中のことから遠ざかってしまいます。常識が非常識になり、非常識が常識になりますね。そんな非常識な会員に対して、周りの人は「あの家族は創価学会だから非常識なのは仕方ない」ということで、当たらず触らずの人付き合いをしてきたということも多いようです。「会合に誘われたり、新聞を勧誘されたりしていやだけど、それくらいしょうがないか」といった程度でおつきあいされていることに気がつかないんですね。「あの人を救いたい」とか「センセーの素晴らしさを知ってもらいたい」などと思っているのは本人だけで、まわりは「人はいいけどちょっとついていけない人」と思っているだけという場合が多いのですけどね。「あなたに救ってほしいと思うほど困ってないですけど」とか「私なんかより先に震災で困っている人を助けてあげたらどうなの」って思うほうが普通ですよね。東日本大震災で家族を亡くしたり、住むところを追われた方の中にも、学会員さんがたくさんいらっしゃるでしょう。全国の学会員さんたちは、被災された学会員さんのことをどのように思われているのでしょう。「信心が足りなかったから」と面と向かって言えるのでしょうか。「これまでの自分の信心の浅さを反省して、精一杯組織のために新聞啓蒙に、選挙の闘いに頑張ってね」っていえるでしょうか。「この信心をしていたからこそ転重軽受の道理でこれくらいで済んだのよ」と、もしかしたら言った幹部がいても不思議ではありません。それくらい常識知らずが多いです。常識知らずが学会員になったのではなく、学会員になったから常識知らずになってしまったのです。
    アメリカの人気コメディアンが「中国人を皆殺しにすれば良い」と発言したことに対して騒ぎになっています。おそらく一般の学会員さんたちも「なんてこと言うんだろう」とは思っても、自分たちがやっている宗門バッシングに関しては正しいと思っているんですからね。

  16. おはぎさんへ
    おはぎさんの言われることも良くわかりますよ。。
    わたしも創価学会脱会のきっかけは、あのアメリカの理不尽なイラク攻撃を公明党は、イラク人道復興支援とし自衛隊の派兵を認めたことが、そもそもの疑問点で。。組織でわたしが、何故?なぜ?と問いかけても誰もがまともに答えてくれず、そしてわたしは、組織において困ったさんという格付けになったことなのですね。。

    結構上のほうの幹部も政治音痴で驚きました、その時に。。
    戸田会長が、政治を監視せよ、なんて誰も実践していなかった。。
    会合で幹部が吠える政治の話しだけを鵜呑みにして何も考えずに政治活動をしているあさましさ。。
    一人、孤独を感じていました。。

    わたしの発信することは、狂人の戯言のように処理されちゃいましたよ。。

    いまの創価学会が、日本の癌そのものと断言できるのも、政治に無知な会員を扇動し日本をおかしな位置に持って行こうとする創価学会と公明党がいる限り日本の覚醒はあり得ないと思うから。。

    公明党は、自民党のストッパーになると前回の選挙で言っていましたよね?果たしてどうでしょう?それを創価学会員は、キチンと検証できているでしょうか?
    前々回の選挙では、公明党や創価学会サイドによると、消費税アップになっても、低減税率確保すると言ってましたが、それは一体どうなったのでしょうか?

    ちゃんと政治を監視してるのかよ?!
    結局、創価学会員は、仕方ないよね〜。。で終わりですから。。

    創価学会員の票で、この国がどういう方向へ進んでいるのか?まるで自分たちの首を自分たちで締めているようじゃありませんか?

    政治に参加するなら、ちゃんと学んでください、って思いますもん。。

    はあ〜ここまで言っても言い足りん。。政治無知なら選挙活動なんか、せんといて。。
    お願いします。。ぺこり。。

  17. 流れ星さんへ
    流れ星さんの仰る事に激しく同感です。
    冬柴の「戦争に反対するのは利敵行為だ」発言には、本当に呆れました。
    アメリカ軍のイラク攻撃が始まる前から、実はBSの海外ニュースもチェックしてました。流れ星さんのように、私も学会の「政治を監視せよ」のまま、政治に無知ではいけないと思ってました。
    学会は、民衆の政治に対する姿勢について、一応良い事を言うのだけど、それがただの「商売道具」というか「お飾り」になってるんですよね。

    イラク攻撃は、国連の安保理で他国が反対。でもアメリカが強引に進めちゃった話です。しかも与党の公明党も賛成。
    結局、「生命尊厳」なんてどこへやら。
    それから、在日韓国の団体「民譚」とのつながりがとても深いのも多くの学会員さんが知りません。
    外国人地方参政権に公明党が一番熱心なのに、うちの地区担は何も知らず。
    週刊誌のデマとまで言われました。ちゃんと民譚の公式サイトに写真付きで掲載されてるのに。
    外国人地方参政権付与に関しては、反対する人が多そうだから、わざと学会員には流さないんでしょうか・・・。

    >政治無知なら選挙活動なんか、せんといて。。

    学会幹部の言うことなら何でも言いなりですもんね。
    私も、一度だけ公明党系ではない他候補を支援したいと座談会で言ったことあります。
    頭ごなしに駄目だと言われましたよ。
    その理由も「上が決めた候補を支援してください」でした。

    学会って 「信心はバカになってやらなきゃだめだ」とかよく言われませんでしたか?
    バカ=妄信なわけですが、こう言い切って学会員を引っ張ってきた幹部の罪は重いなと思います。

  18. 流れ星さん
    全く全く同感です。
    私も今年の選挙の時に、イラクの話から、郵政民営化の話から、原発・子宮頸がんまで、言いたい放題意見しましたら
    まさしく、狂人扱いされました上に幹部は無知すぎて話になりませんでした。私だって、そうんなに政治に詳しいわけでなく
    世間の主婦レベルの話しかできないのに、そんな私に向かって「そんなに政治に詳しいなら、議員さんになったら?」と言ってきて
    それもどん引きでした。
    がっかり感が半端なく、ここの組織にいても私には何も得るものは無いと確信した出来事でもありました。
    ほんと、無知なら選挙活動するな!ですよね。
    妄信で選挙活動してるだけなのに、自分たちは政治に意見できる高尚な人間だと思ってる感が、痛いです。

    選挙中の会合は、選挙活動してたら月収が一万円上がったと、大幹部が声高々に話しており、ドンビキでした。
    私は全くやらずエア報告だけど、六万上がったよ?みたいな。でも月収上がったなんてそんなこと言ったら、功徳の体験談として全国を駆け回り、聖教新聞が取材に来そうだから、内緒にしましたが(苦笑)

    私が女子部の部長で選挙活動イケイケだったのは小泉政権の時代です。まさに公明もアゲアゲの時代でしたのでね。若さゆえ、洗脳ゆえ?本気で日本を良くしたい、未来を良くしたいという思いでやってました。実際公明に入れたよ、と言ってくれる友人も多く、会社のおじさん方も入れたよ、勝って良かったね!と言ってくれる人が多かったです。
    でも時が過ぎ、自分の中で検証するなかで、さまざま疑問に思い、結婚してからはほとんど選挙活動できずにいました。
    報告もほとんどエア報告でしたね(笑)

    選挙が終わると資料を捨てろと言われますが、今回は私とってあります。検証するためです。
    すでに原発については、裏切られており、それだけでも公明反対の理由に十分なります。低減税率については10%になった時点でやると言っていましたが、どうなることやらですね。

    とにかく、大昔の実績をいつまでも語りつぐやり方とか、限界ですよ(笑)教科書無料配布とかさ、もういい加減いいっしょ(笑)

    地方議員についても、私が本当に仕事してるのか?と疑いましたら、こんな回答が。
    地域にとある問題があり解決したいと議員に話した→解決したいなら地域住民から署名を集めろと言われた→学会員で署名を集めた→それをもとに地域で集会を開き、統一見解を作れと言われた→自治会・町内会総出で作って議員に渡した→議員は署名と集会の見解を持って区議会にかけた→数年かかり実現
    公明議員は私たちの声を実現してくれる。とな。
    これって、誰の力なの??地域住民の尽力なくしてできなかったこと。議員は議会に出てれば仕事になるってこと?
    また、
    とある駅のエレベーターを、七年の歳月を経て実現した。
    七年も粘り強く交渉したと言いたいのかもしれないが、一般的な仕事の感覚からすると七年もかかるって仕事してないのと同じだと思うんですが。

    私はこの話をどやさ顔で聞かされ、疑問だらけでした。
    あー、ほんと言い足りない!!!

  19. 崖っぷちさんへ
    お話が生々しくて興味深く読ませてもらっています。
    学会の会合での幹部指導って、口頭で聞いて各自でメモをとるケースが多いですよね。
    幹部ともなると読後破棄のが多いのかも?

    選挙と言えば、池田大作の大阪事件が学会では武勇伝のように語られますが、大阪での選挙違反では実際に多くの学会員が逮捕され公民権停止などの処罰を受けてると聞きました。
    弟子は捕まり師匠は無罪。すんばらしい師弟不二だと思いました。

    公明党の活躍で「教科書無償配布」が学会では昔から有名ですが、これ、当時の議事録を調べた方がいらして、実は公明党より前に他の党が働きかけていたんです。公明党は後から賛同した感じ。
    そういう事実も知らないで、私なんて中学生から友達に公明党を宣伝してましたよ・・・。

    それにしても、公明党が推進した子宮頸癌ワクチン。このワクチンの副作用問題は学会員さんは鈍感なんでしょうね・・・。
    「良い薬には多少の副作用があって当然!」
    そう考えなきゃとても公明党なんて支援できないでしょう。

  20. おはぎさん
    私が教科書無料配布について、真相を知ったのは今年の春、選挙戦の真っただ中でした。
    まあ、なんというか、情けないですね。それなのに今回の選挙でも教科書の事は実績に入ってました。
    そこまで強調する神経がわからないです。

    大阪事件については、毎回学ぶ?のに毎回忘れるというくらい、私的には全く感動しないどころか興味が涌かない話題でしたね。どやさどやさと語る幹部の顔を、観察しながら、選挙の武勇伝がこれしかないんだなって思いながらスルーしてました。
    センセーから直接選挙活動をやれという指導がないのも、不思議に思ってました。政教分離してると強調するなら、もっと直接的な指導が欲しいと思ってました。今回の選挙でもそれを会合中の一言発言で話しましたが、びっくりしたような顔した幹部は私の話を無視しました。考える脳みそがないみたいです。

    そうそう、それとその時に学んだ?連載中の新人間革命の中に、選挙に功徳があるということが書いてありましたので、それについても「功徳を感じられないから部員さんは選挙活動から離れていくのではないか?総本部完成直前の今回の選挙こそ有り余るほどの功徳を戴ける時ではないか。ぜひ幹部の方には部員さんが功徳満開となるような選挙活動となるよう、指導してほしい。」と言いましたところ、またもやびっくり顔で無視されました。しかしそのあと発言した人も「私も同感です」と言っていました。
    みんな功徳なんてないってわかってるんです。でも組織から抜けられない、だから選挙活動をするしかないという具合みたいですね。
    選挙活動に発破をかけるために、新人間革命を学んだって、そこに書かれてるセンセーの指導を誰も信じてないんです。いえ信じられないんです。
    選挙真っ最中にとある幹部は、何かおそろしいものに追いかけられる夢を見て、うなされてると言ってました。幹部指導でそんな話ですよ?それくらい私は頑張ってるんだから、オマエも頑張れよと言いたいのでしょうが、そんな話聞いて、誰が幹部になりたがりますか?誰が選挙運動したいですか?
    幹部になる人は業が深いと昔言われたことがありますが、、、中間の幹部は本当に悲惨だなと思います。
    その会合、最後に「センセーにお応えするぞ!!エイエイオー」と勝どきを挙げました。私はその時司会をやってましたが、センターに立たされまして、勝どきのコールをやらされました。まったくまったく空しくて、死にそうでした。いえ、その瞬間私の精神は殺されてましたね。
    目の前にはお年寄りしかいません。私だけが30代、とびぬけて若いといった感じでしたね。自分で言うのも変ですが、私は割と派手といいますか、華やかなもの好きですので、そういう部分でも目立つ存在になってました。
    婦人部のお年寄りは若い人が前に立って色々やってあげると、とても喜びますね。「とっても素敵だったわ、またお願いね。」「あなたを見てると私も若返るわ」「私の娘もあなたみたいだったら、どんなに幸せか。。。」「あなたの声はさわやかで素晴らしいわ」などなど。
    でもやってる私は喜びどころか、悲しさ満載でした。もう無理だ、これ以上目の前のお年寄りを欺けない。これを最後にしようとひそかに決意しましたできごとでした。。

  21. わたしは、公明党が自民党にイソギンチャクのようにくっついた時から不信でした。。
    何故なら、そのちょっと前までは、あの浜四津さんだって、創価学会の幹部だって自民党のことを散々批判しこき下ろしてきたのに、手のひらを変えるような騒ぎ。。
    呆れた、正直言って。。

    ある会合で地域の本部長が。。自民党は頭が良い議員ばかり、高学歴で信頼できる。。みたいなことを幹部指導として話した時は、ドン引きでした。。

    ところが今年、ふらりと選挙を頼みにきた幹部も。。わたしは、自民党好きよ。自民党は頭が良いから。。

    内心、わたし。。大爆笑でしたよ。。
    そうよそうよ、頭の良い自民党から利用されまくっているんですものね、あなたたち、創価学会員。。笑える〜。。

    非常にめでたい、しかし情けない話しだと思いませんか?
    それとも、そう思っている人ばかりなんかな。。?

    正直、公明党の打ち立てる法案で、なにか?マシなものはあったでしょうか?
    外国人参政権。。最悪ですよね。。

    そう言えば、わたしが脱会間際、組織にやたらアジア人が増え始めてましたっけ。。。ちょっと嫌〜な現象だよなあ、と感じてた。。

    前々から言ってますが、選挙活動を頑張れば頑張るほど、みなさん大なり小なり損な現証が出ていることに気がつかないのでしょうか?

    あったとしても、これは転授軽授とか言い聞かせたりするのでしょうね。。

    ちなみに、母は選挙後、部屋で転び腰を痛め、いまも後遺症に苦しんでいます。。
    前回の選挙では、母の学会の友だちが骨折しました。。

    創価学会の公明党の選挙活動及び政治は、日蓮もお怒りだと、わたしは確信するから。。
    そんな、日蓮の教えから逆行することを行ってお裁きがないはずがないじゃありませんか?

    わたしは、脱会はしましたが、多少は信仰心があるので、そう確信しますね。ちなみに、わたしの信仰心は、ありとあらゆる神仏、聖人ですので、悪しからず。。

    ちょっとオカルトな話しをすみません。。こういう話しをしたほうが、創価学会員の心にストンと来るかな、と思って。。
    嫌な話しをすみません。。

    つまり、選挙活動で功徳を得るなんって大嘘ですよ。。宇宙のリズムから逆行したことばかりやっていて、幸せになれるはずなどないじゃありませんか。。

    いま気がかりなのは、女子部の時からの親友が、いま公明党の市会議員になっていること。。
    純粋だった彼女、どうやって折り合いをつけているのだろう。。いまも変わらずに一筋の道と思ってやっているのだろうか。。ヽ(´o`;

  22. 崖っぷちさんへ
    本当にお年寄りにお優しいのですね・・・。
    かくいう私も、会合ともなれば場を盛り上げようと率先して何かやってた口です。
    お年寄りには、もう後がないですもんね。今更信じていた宗教がインチキだとか知るのは酷です。
    他の中年会員にしろ、政治とか難しいこと考えたくない人たちばかりですし。
    ここの皆さんのように、ちょっと小難しいことを言う人は、「頭でっかちの信心」とか学会では否定されますよね。
    池田大作と対談したとかいうオランダのジャーナリスト:ウォルフレンは、理想の政治は、個人が覚醒し、そういう国民らによって政治が行われることだと言うようなことを言っていました。
    それなのに、学会員ときたら、自分では考えない。または意見を持つ覚醒した人を異端視する。
    なんなんでしょうね。烏合の衆なんでしょうね。

    流れ星さんへ
    連立を組む前の自民党批判は壮絶でしたよね。
    仏敵扱いでしたし、特に「四月会」とかいうものを目の敵にする指導をしてました。
    とはいえ、政治は法案を通してこそ意味があると私は思っていて、仏敵自民党であろうと連立を組むのは仕方がないと思っていました。ドイツでも考え方の違う政党が連立を組んでいた頃の話でしたし・・。
    それにしても、婦人部の態度の豹変には呆れますね。そういう人柄の人を、まともな人は信用はしません。

    >宇宙のリズムから逆行したことばかりやっていて・・

    宇宙のリズムって、学会ではよく口にしますよね。
    世間一般の人が聞いたら皆呆れるか笑うかするでしょう。
    開かれた宗教だと豪語するのだから、是非ともすべての会合を見学自由にしてもらいたいものです。
    みんなが間違いなくドン引きします。
    特に財務の時の女子部婦人部の会合を世間の人たちに見てもらいたいです。

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