私が鬱になったわけ[2]

私は一昨年のちょうど今ごろに創価のまちがいにはっきりと気づきました。もちろん、それまで完全にすべてを信じていたのではなくて、昔から疑問に思っていたことや、どうにも理屈に合わないことなどが澱のように積み重なり、ある日はっきりと「創価学会はまともな宗教ではない」という確信を得るに至りました。と同時に、それまでの50数年の自分の人生が、創価学会を信じたばっかりに大きく曲がってしまったことや、多くの友人にとても不義理だったり薄情な言動だったりをしてきたことに、言いようのない申し訳なさと、絶望感をいだきました。取り返しのつかない時間の積み重ねを思い起こしては、いてもたってもおれない状況になっていました。それからなんとか創価学会のまちがいをどうにかして多くの人に伝える方法がないものか考えましたが、ブログを立ち上げても、最初はうまくいっても、そのうちおかしな輩が荒してしまうし、他のサイトを見ても悪口を言いあうだけの不毛なものが多く、また、自分一人がなんだかんだと騒いでも何もならないと思うようになりました。

そんななか、突然30年ぶりに彼女から電話がかかってきました。「もしもし(彼女)」「あ…(私)」「わかる?」「うん、わかるよ もちろん」「元気で頑張ってるんだね」「知ってるの?」「うん、あなたの名前をネットで検索したら、すぐにわかった」「へえ〜、そうなんだ」「よかったね、若い頃の夢が叶ったんだ。ホームページずっと読んでるよ」「そっか。そっちは?元気なの?」「うん、私ね、あれからすぐ結婚したんだ。いま◯◯に住んでる。お家も建てて、3人の子持ちよ。お互い50過ぎたもんね。息子さんいるんでしょ?」「うん、こんど高校受験」「そう、まだ若いんだ。うちは長女がもう働いてるし、下の二人は大学生」「へえ〜、いいお母さんなんだね」これが私の方から一方的に別れた彼女との30年ぶりの会話でした。彼女は私がいる街から1000kmも離れた街に嫁いでいたことを初めて知りました。私も彼女が元気でいてくれたので嬉しかったのです。おたがいに幸せな家庭を持っていることが確認できてよかったと思いました。それからひと月ほどして、もう一度電話がありました。それは私が出した本を買いたいから送ってほしいという内容の電話でした。私はよろこんで送るからと、住所と電話番号を訊きました。私はこんな感じで、ときどき古い友人として電話だけでも話ができるといいなと思いました。彼女も私が元気でいることがわかればそれでよかったそうです。お互いにもういい年なのですから、これ以上何かあるわけがないと思っていました。しかしこのあとそれだけではすまされない状況になるとは、お互いに思ってもみませんでした。

広告

私が鬱になったわけ[2]」への3件のフィードバック

  1. sinifieさん、キツイとは思いますが、ぼちぼちでいいので書き綴っていってください。。応援しています。。

    わたしも、自分の消化し切れていない過去と同じように辿ってみますから。。
    これは、自分自身の解放であり、言うに言われぬ過去を手放す作業ですもんね。。
    きっと、誰かしらに共感できるものだと、わたしは想います。。

  2. シニフィエさん
    続きを書かれたんですね、読みました。
    体調はいかがですか?今日はとても寒いですね。暖かくして過ごしてください。

  3. pomupomuです。吐き出させてください。
    はじめから読み進めています。
    私にとってのまさにこれからが「核心」です。お辛いことを書き進められたのだろうと思います。シニフェイさんだからこそ、できたのです。
    読むのは怖いです。でも、進まなくてはね。
    うちの夫も、なやんできたのです。
    本当にこのブログに助けられています。
    後日、夫と共に悩んだ日々を語れる日が来ることを願います。

コメントを残す

以下に詳細を記入するか、アイコンをクリックしてログインしてください。

WordPress.com ロゴ

WordPress.com アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Twitter 画像

Twitter アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Facebook の写真

Facebook アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Google+ フォト

Google+ アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

%s と連携中