対話のつづきはこちらからどうぞ。

みなさんの対話を遮ったかたちで「私が鬱になったわけ[2]」をはさめてしまいました。すみません。

みなさんの対話のつづきは、このページのコメント欄にお願いします。

ところで、いま現在の学会の末端組織はどんな感じなんでしょうね。たまに近所の支部とか地区婦人部長さんとすれちがうぐらいで、実際の様子がわかりません。っていうか、私自身だんだん興味が薄れてきてるような気がします。男子部時代の仲間や壮年部とはほとんどすれ違うこともありません。もうまったく外部の人間として、それもちょっと理屈っぽくてやっかいな(笑)退転者と思われているんでしょうね。ちまたでも池田氏のXデーが面白半分に取り上げられていたりもするようですが、座談会とか協議会なんかではやっぱりタブーなんでしょうかね。聖教新聞もとっていないので、とってても広げもしませんでしたが(笑)もう創価学会に関してはほとんど新しいことは入ってきません。ありがたいことです。こんなことなら、なんでもっと早くに脱会しなかったんだろうと思います。今さらですけどね。なんだか功徳とか福運とか、邪宗とか害毒とか、罰だとか宿命とか使命とか人間革命とか、そんな言葉に縛られていた自分が、いまになってほんとうに滑稽に思えます。宗教とか信仰という以前に、人としてどうなのかということを少しでも考えれば、創価学会のやっていることがいかに人としての道をはずしているかがわかります。ふつうならわかるはずなんです。でも理屈抜きに「これは素晴らしい信仰なんだ」といったん思い込んでしまうと、どんなに理不尽なことも見えなくなる人間の弱さといいますかね、悲しいですね。「私はね、あなたのことを思って言ってるのよ」「これだけ他人のことを思いやって活動している団体がどこにいるの?」なんていいますが、ほかの宗教のことを何にも知らないで、ぬけぬけと言い放ちますからね。それも本気で。新聞も選挙も広宣流布のための戦いだと煽られて、それを見事に真に受けて、友人知人に変な目で見られる。言われたほうは、いつものことだと適当にあしらっているんですけどね。私も結局、若い頃は友人知人にたくさん「仏法対話」をしてきました。しかし結局相手にしてみれば「あいつはこれに関しては変な奴なんだよな」と思われていたようです。

これを読んでいる現役学会員さん。それも、ちょっと学会がおかしいんじゃないかと思っている方。それが正解です。ちょっとどころか根本的におかしいんです。そのことに気づくか気づかないかは本人次第。自分で考え、感じていることを信じてみてください。私も疑問点をずっと抱えながらも「いや、そんなはずはない」と頭ごなしに自分の考えを自分で否定していたものです。でもそれは間違いでした。それは我見とは言いません。自分の気持ちに正直になることが、まずは大切なのだと思います。そのあとで、それでも学会は正しいという結論であればそれでいいではないですか。でもおそらくちょっとしたことを疑問に感じた瞬間から、学会のいろんなことへの疑問がどんどん出てきて膨らんでいくはずです。どうか、ちょっとした疑問を軽くスルーせずに、自分の納得いく答えを探してみてください。もし、疑問があっても答えが出てこない時には、ここのコメント欄に書いてみてください。ここには百戦錬磨の元学会員さんたちがたくさんいらっしゃいますから、きっと納得できる答えが見つかると思いますよ。

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対話のつづきはこちらからどうぞ。」への15件のフィードバック

  1. おはぎさんへ
    いえいえ、私、お年寄りに特別優しくはないのですよ。むしろ婦人部に関して言えば、若いころ年配婦人部にかなりひどいことを言われ続けていたので、あまり好きなじゃいです(苦笑)ただ、何も知らない人を騙すようなことはできないって思うだけですね。
    うーん、そうじゃない、自分自身を騙すことが限界だったのかもしれません。

    流れ星さんのような、言い回し、私も非活宣言する前に結構してました。
    日蓮大聖人はそういうことを望んでいたわけじゃないと思うよ?みたいな。そういう風に言うと相手は何も言い返してきませんし、楽でしたね。信仰心がないとなると、そこを突いて攻撃されそうだったので、あくまで日蓮さんは正しいけど学会はおかしいよっていうスタンスを通しました。

    現在は唯一正しいものなどこの世にないという考えになってきてます。
    どの宗教もみんな違ってみんないい、って感じですね。真っ当な宗教であれば、どんなものでもある程度は受け入れられるなって思います。
    お寺巡り(パワースポットめぐり)などはママ友に聞いても、結構楽しいよって言うから、暇ができたら一緒に連れて行ってもらう予定でいます。
    初詣も行ったことないというと、驚かれますね。私そんなに人とずれてたんだなって思います。まあ一緒である必要もないんですけどね。

  2. シンフェニさん、どうぞ気を使わないでくださいね。ここはシンフェニさんのブログです。
    恐縮してます。

    創価学会は、時代と共に妖怪変化する教団です。
    もしかしたら、今の学会員さんの中には、このブログの批判コメントを読んでも「昔はそうだったかもしれないが、今は違う。的外れだ」と思ってる人もいるかと思います。
    今の創価学会には、「絶対正しい宇宙の法則」とか「すべての不況の原因は間違った宗教にある」とか言う考えはないのかもしれません。
    むしろ、昔創価学会が否定していた「キリスト教のような道徳」が主体なのではないでしょうか。
    テレビのコマーシャルを見ても、耳障りの良い言葉しか並べません。
    人様の宗教を批判することなど一切ありません。
    創価学会は、これまでさんざん攻撃的だったので、社会に向けて「無害さ」をアピールする必要性があるのでしょうね。
    テレビコマーシャルがある意味効果的に働いてます。

    でも、ああいう裏表のある教団が印象の良い宣伝を垂れ流してる状況は、逆に、「偽善」が世の中をまかり通ってるように感じさせます。
    最近、日本ユニセフのアグセスが、偽善者だとネットで叩かれてることに反論をしてました。
    寄付金ビジネスであるのはまず間違いないでしょう。なんとなく宗教と似てるなあと思いました。

    とにかく、今の時代では、「慈善」が金儲けになるのだと思います。
    「良い事をしてる」と思わせることで、人々の目を汚い事からそらそうとする人たちが多い時代と言いますか。
    すべては金のせいでしょうか。

  3. 慈善活動って、私の感覚としては、お金が余ってる人がやることっていうイメージです。セレブのステイタスっていうのか。
    黒柳さんも派手な格好をして、慈善活動をしに外国へ行ったことを叩かれたことがありましたが、どこが悪いの?と思っていました。
    慈善活動する人は、質素でなければいけないなんてそんなこと思うのは日本人だけだと思います。

    ただ、慈善活動を使ってビジネスをするというのは、本当にゲスだなって思いますね。
    通常のビジネスであっても、世の中の役には立つわけで、慈善活動だから素晴らしいという間違った認識を変えないといけないのかなとも思いますね。
    お金を汚いものだと思うから、「慈善活動で金儲けじゃないですよ」という幻想にたぶらかされて、騙されてしまうのかなと思います。
    まあ真っ当な基金でも、金額が大きくなれば、組織が必然的にでき、人が動けばお金もかかるわけで。手軽に(労力使わず)慈善活動をするっていうことは、人にお金を託すことであり、多少ピンハネされても仕方なしくらいに私は思ってますが。
    アグネスにお金を託す人は、どんな人なんでしょうか。本気で慈善活動したいと思ってる人でしょうか?それとも自分のステイタスのためにやってる人でしょうか?

    本当に人のために役に立つことって、簡単ではないですよね。でも庶民は一生懸命働くことで、世の中の役に十分立っていると思います。

    さて、創価学会の今昔ですが。学会って、財務・新聞・選挙活動さえしてれば、どんなふうに信心をとらえようと、過去をとらえようと自由ですよね。そして、それを本当の自由とはき違えているんですよ。組織で楽しそうに活動してる人は「学会は自由で世間は不自由」って言うんですが、全く意味が解りません。

    今の女子部は解りませんけど、女子部で言われてることと婦人部の言うことは随分隔たりがあった、と記憶しています。
    青年部はわりと、創価の綺麗な部分だけでやっていけるし、成果も(特に新聞は)婦人部ほど言われないので、裏表があるって気づきにくいです。絶対の宇宙の法則とか言ってましたよ。同じ年のまだ女子部の友人もそんな感じですから、今も女子部はキラキラ信心なんだと思います。

    私もそんな感じで浮世離れした日蓮や法華経の話が、ある意味で面白かったし、家庭が複雑で現実から逃げたい私にはぴったりだったんですが(笑)婦人部に入った途端、大混乱でした。ただの好き勝手言いまくる性格悪いおばさんの集まりでした。はじめはこの組織の人がおかしいだけだ、と思ってましたが、5回引っ越しましたが、どこも一緒でした(笑)もう、正直言いますが、みんな頭も悪いです。見た目もダサいです。
    でも私は、キラキラ信心を捨てられず、キラキラ思考で、組織の人間の悪さに負けないぞ!と純粋に?やってましたわ。私って健気(苦笑)いえ、私も相当バカです。
    でも、ネット社会ですからね。真面目に研究発表の資料作りのために、仏法用語をネットで調べてた時に、アンチブログに出会い、あっという間に覚醒してしまいました。。
    あの衝撃は今でもはっきり覚えてます。心臓は飛び出しそう、手足は震え、しばらく放心してました。
    騙された!というよりは、やっぱりそうだったのか・・・という感じでしたね。そして私のように感じて組織で悩む人はたくさんいるんだ、自分は間違ってないんだと、自分の感覚を信じて生きて行こうと思えました。

  4. 広げることはもちろん、聖教新聞の日々同じ見出し(センセーのお写真と本日の受賞)を目にすることにも、不快な気持ちを抑えきれない、というか正直、「また賞の話かよ。あきちまったよ」と思う、今日この頃の、ぱこです。

    ちょっと前の発言に、「キモい新聞、と友達がいった」というお話があり、思わず笑ってしまいましたが……単純にいうとそういう感想ですよね。非学会員からみると。
    バリ活さんである私の恋人さえ、開いた気配はありません(笑)。知りうる限り、何ヶ月も。
    真剣に、毎日読んでらっしゃる方には本当にごめんなさい。
    でも、本部落成?の記事、写真などは、これがないと知りえませんでした。
    白亜の館、的な。
    「こんな会館がたって、学会はやはりすばらしい」と、みなさんは思われるのでしょうか。
    その財源になっているものはなんなのか。
    「センセーが、身を粉にして書いてくださった本の印税」をつかってくださるから??
    何十万歩も譲って、センセーが会員のためにお金をだしてくださってるとしても、その本をがんがん購入しているのは、会員のみなさんなわけで、センセーが自ら汗水垂らして稼いでいた「お金」など、おそらくないのですが。
    それとも……「カミサマ」、じゃなかった……「ホトケサマ」には、そんな俗世のことなど、求めませんか?

    私的な話をはさみます。
    ありふれていたはずの恋と、その経過の中での「対話」は、ほんとうのところ疲れます。
    というか、ぜんっぜんしたくない(笑)。
    木漏れ日のさす狭い畳の部屋で、つましく、味噌汁とごはんと鮭の塩焼き(二人でひとつ)をつつきながら、センセーや人間革命や公明党支持の話なんて、めまいがします。
    新聞と仏壇さえ、目に入らなければ、世界にふたつとない、心地よい空間のはずなのでしょうが、そんな技はありませんし、現実が遠のくわけもなく。

    そこで。
    学会員のアスランさん。
    (かなり突然のよびかけ!!、失礼します)
    時々、こちらを覗いてくださっていますか?
    私は最近になって、こちらのブログに来させていただいているので、過去にさかのぼって、みなさんのコメントを読んでいます。
    そして、ぐじぐじとひとり、アスランさんのお話がきけたらなーと思い続けています。

    アスランさんは、8月末に「私は巧徳のために活動をしているのではない」とコメントをよせられていました。

    >この仏法を人にも伝えていくことで、自他ともにしあわせになれる。
    >しあわせとは、地位や名誉ではなく、どんなことがあっても乗り越えてゆける強い自分になること。

    私の大切なひとやその創価友達?も、アスランさんと同じような思いで活動しているように、私は感じています。
    私は、そのおもいを否定することも、理想やきれいごととして聞き流すこともできないんです。
    私の大切なひとは、功徳を欲さず、罰や地獄をもちださずに、学会の正しさを語ります。(色んな矛盾は、今はあえて議論してはいませんが)
    アスランさんも同じように、「創価が解釈した」日蓮の教えが、人々のしあわせにつながる、と本気で信じて、日々を生きていらっしゃるのだとおもうのです。

    ゆえに、アスランさんの考えを教えていただきたい。
    かなり自分勝手なお願いだとわかってはいるのですが。
    例えばここで、過去にシニフィエさんが問われたご質問に答えてくださると、私の狭いこころと知識の参考書になりうるわけで……そうすると、私の休日の「味噌汁とごはんと鮭の塩焼き(ふたりでひとつ)」が、もう少しおいしくいただけるのかと(笑)。
    もちろん、ちゃんと、私達は私達なりの対話を進めなくてはなりませんが。

    >日蓮こそが末法のご本仏だとする←唯一、同じベースである正宗を批判していることについてはどう思うか。またこれ以外の仏法をどうおもわれるか。
    >先生が、お金を出せば(=寄付やイベント・活動等の主催によって)もらえる賞を数多くとるのはなぜか。他の幹部が誰ももらわないのはなぜか。また会員も先生を見習い、そのような賞や名誉をめざすべきか

    シニフィエさんからの問いかけは、おおよそこのような内容だったとおもいます。
    私もここ数ヶ月かんがえてきて、やはり同じようなことを問いたいのです。
    まちがっていたり、その話にはすでにオチがついてるよ!(んなわけはないですが)とか、そういう場合は、みなさんご指摘ください。

    アスランさん。
    そして、アスランさんに、よく似たどなたかも……、お話をきかせてもらえないでしょうか。

    この対話の場で、しばらく「学会員政治音痴」の話が盛り上がっていましたが、私もおなじようにおもいます。
    学会からの情報以外、知らなくても、調べなくてもよい、というMCなのでしょうか?
    新聞なし、書籍なし、ニュースなし、でいったいどこをどうやって「政治の監視」をしてるのかなー。
    私より時事ネタ興味なくて、選挙活動やるなよーって、声に出さずにつっこんでいます。

  5. いつも長いぱこです。
    連投、申しわけありません。

    涙しながらシニフィエさんのブログを読み、涙しながらコメントさせていただいてから、もうすこしで二ヶ月です。
    まだ二ヶ月なのか……とおもっています。
    夏に思い描いていたところよりも、ずいぶん遠くへ来てしまいました。

    私が唐突に投げてよこしたコメントに、丁寧に答えてくださっただけでなく、シニフィエさんは自分の物語を「書かずにはおれなかった」といってくださいました。
    またその話は、私にとって「きかなきゃよかった、とおもわれるかもしれない」とも。

    おそらく身を削るような思いで書いてくださるシニフィエさんの物語を、みなさん、固唾を飲んで読んでおられると思います。
    私もそうです。
    そして、私の場合、それはただ単に「昔話」や「経験談」として書かれる物語ではなく、まるで自分が歩んだ過去の道が書かれているような……、あるいは、これから自分が歩むであろう道がすでに物語としてそこに現れてくるような……、不思議な感覚におちいります。
    私の勝手な錯覚なのです。ごめんなさい。

    私は、聞かなきゃよかった、なんて絶対に思いません。
    「真実に少しずつでも気がついてほしい」と、「信じるものをもつ、他者」である恋人へ向けて、「祈り」のような感情を持ち続ける私に、真実から目をそむける選択はもうないのです。
    それはもはや、創価関連に限ったことではなくなったように感じます。
    世のすべての真実に手をのばすことなど不可能なのでしょうが、私自身ももう騙されたくなどないし、搾取されたくもない、搾取を許したくもないのです。

    近日の聖教新聞に「哲学なき世」という表現がありましたが、果たしてそうでしょうか。
    たくさんのひとが、(意識したりしなかったり様々でしょうが)自分の「生き方」を考え、迷い、ときには話し合ったりもして、日々を紡いでいます。
    宗教をやっててもやってなくても、考えあったり、助け合ったり、しています。
    思考や表現やセイフティーネットワークが貧しかったり、薄かったり、するのかもしれませんが、それは私も反省すべきところですが……世界は、ほんとうは、優しい。
    創価だけしか正しい哲学をもっていない、しあわせになれないなんてことはない。

    「書かなきゃよかった」とシニフィエさんがおもうことのないように、ご自分のお気持ちを整理される一助となりますように、と願いながら……とりとめないコメントを寄せさせていただきながら、静かに物語の続きを待っています。

  6. わたし。。最近、よく分からなくて。。

    先日も学会の活動家に声を掛けられて(挨拶ね。。)
    わたし、思わず。。「まだ頑張ってやっているの?」なんて言葉が口から出て。。

    だって、彼女ならそろそろ気づいてもいい頃だろう、なんって希望的観測で。。

    でも。。「うん、頑張っているよ〜。。」

    まあ、会話はそれだけなんだけど。。

    ネットでも、アンチBlogを立ち上げて、毎回毎回、散々創価学会の批判をしているのに〜。。
    座談会に出席していたり、同時中継に出席していたり。。
    勤行してたり。。

    なんなの。。( ̄◇ ̄;)

    言っていることと、やっていることのこの違いは、なあに。。??

    創価学会から覚醒していく人が多いと言っても、最近は、それも胡散臭く感じてる。。

    ほとんどの人が、じつは創価学会から離れられないんだよ。。
    。。というより、創価学会と縁を切る気はないんだと想う。。

    そのじつ、みんな創価学会が大好きなんだよね。。愛しているんだよ、創価学会を。。

    それでもなければ、共依存の関係で、創価学会の呪縛からがんじがらめなんだよね。。

    わたしなんか、すっごい単純な人間なので、そんなアンチの人の言葉を真っ正直に鵜呑みにしちゃって。。アホやね。。

    わたしは、脱会したあとに、スピリチュアルのBlogを徘徊していたら、たまたま上位ランクに位置してたアンチBlogを人生初で見つけて、それ以来、なんか書き込んだりしているけれど。。

    正直、なんなのお〜。。?!
    。。って感じ。。ヽ(´o`;

  7. 流れ星さん
    解ります。私も昨日、同じようなことがありました。
    アンチさんで、私よりカゲキに幹部に食って掛かる人で、学会の裏の部分を教えてくれたり、先生の悪口を言ったり、私が組織で活動してた頃には、私に「あなたのような感覚が普通なのよ。間違ってるのは学会でしょ」と言って、私の覚醒の手助けをしてくれたような人(笑)
    でも、昨日偶然会ったときには「あなた、同中くらいは行ってるの?」と聞かれ「いいえ、全く何もしてないです。新聞も止めたし財務もしませんよ」というと、まあこれはびっくり!という顔をして、慌てた様子で「まあ、若いうちは色々あるわ。でも落ち着いたらまた始めればいいのよ、そんな時もあっていいの、大丈夫よ」と、洗脳婦人部トークを始めたんですよ。

    えーーーー!!でした。
    でも以前から、あんなにアンチなのに、非活までもいかず、家庭訪問に行くと、二時間くらい話してくれるし、新聞は二部とり、財務もしていることに不思議に思ってました。結局アンチじゃなくて、単なるひどい愚痴話だっただけですね。
    会社の愚痴をこぼし上司の悪口を言いまくりながら働いているサラリーマンと同じ、旦那や姑の悪口言いまくりながら離婚しない人、近隣とトラブルがあり居心地が悪いのに引っ越さない人と同じです。
    洗脳以前に、帰属意識が高い人は、一度属した組織から出ることは困難なのだと思います。特に専業主婦の場合、どこの組織にも属さないでいることが不安になる人もいると思います。だからなんでもいいから組織に属していたいのです。PTA活動や地域活動にはまる人の中にも同じような感覚の人がいます。自分の居場所が欲しいのだと思います。

    そのアンチの人も時々冗談か本気か、「学会はあまりにひどいから、共産にいこうかしら、共産の方が人がよさそう、病院もあるし」などと言ってました。でもいまさら慣れ親しんだ学会を離れあたらしい場所には行けないのでしょう。

    私の周りで非活になるひとは、40前後が多いように思います。意を決して!というのは若い人が多いのかなという印象。年を取ればとるほど、もう諦めてるというか、人生を変える気持ちも起こらないのかなと思いますね。

  8. 崖っぷちさんへ
    黒柳さんの素晴らしいところは、経費など受け取らず全額ユニセフに寄付してるところです。
    一方、日本ユニセフの方は、130億円のうち30億は自分たちの懐へ。
    経費かけない黒柳さんは50億円寄付ということだそうです。
    日本ユニセフの職員はわずか数十人ということなので、やはり日本ユニセフは善人面を掲げた寄付金ビジネスと言わざるを得ないですね。
    おまけに、役員の名前にある宗教団体の名前が連ねているという話もあります。
    まさか創価学会じゃないだろうな・・・と、一抹の不安が。

    ところで、創価学会では四者それぞれの会合の内容が微妙に違いますよね。
    これは学会員時代に知って驚いた点です。
    財務の時の「財務の戦い!」ムード満点の婦人部の会合の様子を男子部に話すと、男子部が驚いてました。
    こちらは男子部の会合に驚きました。
    やはり財布を握る婦人部向けの会合は、いかに信仰心を煽って財布の紐を緩めさせるかが重要なんでしょう。

    それにしても、出した財務・・・戻ってこないかなあ。
    私は親みたいに毎年100万も200万も出してないけど、やっぱり騙されたお金だから。
    玄関先にまで幹部らがやってきて
    「今年は財務の年よ。あなたはいくら出すの?」なんて事があったけど、今はさすがにこういうことはやってないでしょうか。
    あの婦人部長・・一生忘れないわ。
    地区担は、黙って横で相づち打ってたけど、この人も同罪だわ。

  9. 流れ星さんこんにちは。
    本当にいろいろな方がいますね。
    私は10年くらい前からネットでアンチの方々を見てきました。
    今はほとんどの方がネットを去られています。

    数年前までは怖いくらいバリで、創価仏法の掲示板等を運営していた超有名・影響力大な方が、
    今ではたぶん反創価学会になった?とおもえるほど批判発言が過激です。
    が、、ご自分のブログでアンチかシンパかわからない醒めた発言をもしていらっしゃいます。
    以前「あなたの真意はどうなんですか?」とメールを出した時、返信してくれました。
    「辞めるもよし、辞めないのもよし」と。
    今でもその方の心のうちはわかりません。(笑)

    私は脱会できる日を待っていますが、心は完全に創価学会から離れています。信じていません。宗教お断り状態です。
    仏壇も大型ゴミで捨てましたし、(近所の婦人部が見てびっくりしたようですョ)身内の創価学会員は母だけです。

    その母と創価のことでもめたとき、自分の気持ちを落ちつけたくて(アンチの)ネットを見ます。
    私も創価との関係はなかなか完全に切れないようです。

    流れ星さんのお気持ちわかります。
    本当にさよならするには長い時間がいるかも、ですね。

  10. 私も母が活動している間は、知らん顔できないな……という現状です。

    ハナ子さんお元気ですか?
    私もし結婚する機会がなかったら、あなたと同じように、
    学会の中で母のことを聞いてもらいながら過ごしていたと思います。
    どうかお身体には気をつけて……ここに集う皆さんも

    こちらの土地に、主人の転勤に伴ってついてきて、
    いろんな出会いがありました。学会のよそにも親身になってくれる人はいる……
    けれど、そのためには心の窓を開けておく心掛けが大事と実感しています。

    母が勝手に仏壇のとなりで私たち家族のことを祈念していたのに、
    なぜ娘はキリスト系の学校に通うことになったのでしょう?
    私はどこでもいいから公立がよかったのに……
    でも娘は真剣に英語を学ぶ場を得ることができた。
    やっぱり妙法?不思議なことです。

    こちらでいくらか知り合いができても、学会の過去を打ち明けるわけでなく……
    このブログの存在は有り難いです、とても

  11. おはぎさん
    今は財務に関しては、申込み~振り込みまで任意のようで、申込みしないからウダウダ言うとか、振込しなかったから叱られると言うことは無いようです。私の地区ではですけれども。地区婦が若いと言うのもあるかもしれませんが。
    地区婦歴運十年の年配者だと、もう少しごり押ししてくるのかもしれません。
    私が女子部だったころ15年ほどまえですが、地元では煽りは凄かったですね。高等部時代から預金がカラになるまでやるのが財務だと洗脳してましたよ。そして、ブランドバッグ持ってる女子部を見ては「あんな贅沢なもの買えるならもっと財務できるはず」と地区婦が陰口叩いてたので、個人がいくらやっていたのか把握していたようです。人の流れがほとんどないような地域だと、区婦人部長から地区婦・あるいはしらゆり長まで仲良しこよしで、個人情報はダダ漏れでしたね。今はどうなのでしょうかね~。地域性ってなかなか変わりませんからね。

    黒柳さんが経費ピンハネしてないのは、ネットの情報で見て知っていました。あの方は親善大使で、ユニセフを立ち上げた人ではないですよね?黒柳さんは個人で寄付を募っているようですね。それを100%ユニセフに寄付していると。
    でもユニセフに直接振り込めばいいのに、なぜ黒柳さんの個人口座にわざわざ振り込まないといけないのでしょうか?ユニセフに直接振り込めば税制上の優遇があるようですが、黒柳さんの口座に振り込んでも優遇措置はないようですよ。
    アグネスも個人口座に振り込ませているのでしょうか?そこから経費と称して自分の懐へ入れているということですか?そんなことはないですよね?なんかよくわかりません。
    またユニセフも組織ですから、役員から現地スタッフまでいるので経費は差っ引かれていくのだと思いますが違うんですかね?本山勝寛さんが書いた記事によると、日本ユニセフの間接費は19%ユニセフの間接費も20%前後と書かれており、大差ないと思うんですが。
    日本ユニセフもユニセフも経費の削減については、努力してもらいたいのは同じじゃないですか?

  12. うーん、ユニセフについてネットで調べてみましたが、日本ユニセフは本家ユニセフと協定を結んでユニセフと名前に付けられるようになった民間団体なんですね。
    そして日本ユニセフに寄付すると、経費で20%引かれたものが本家ユニセフに行くと。で、本家ユニセフでもさらに20%の経費が引かれ支援金として使われると。
    だから効率がいいのは直接ユニセフに振り込むか、黒柳さんの口座に振り込む?と言うことになるのですね。
    しかし実績としては本家ユニセフに寄付された額のなかで、日本ユニセフからの額が相当あったようです。なんだかややこしい。

    あと日本ユニセフが叩かれてる理由の発端として、日本の被災地支援のためと言って寄付を募りながら、実際は本家ユニセフ自体が日本への支援を行っていなかったため、日本の被災地には一円も届かなかったというのがあるようですね。集めた寄付金は外国の支援として使われたようで、無駄になったわけでは無いですが、使途が寄付者の意図と違ったため、叩かれたのでしょうかね。

    アグネスが個人的にあそこまで叩かれている理由がよくわかりません。大使として高いお手当をもらっている前提で、びた一文貰わない黒柳さんと比べて叩かれてるみたいですけど、真相はわからないですよね、本人は否定していますし。アグネスの家が豪邸なのは、芸能のお仕事もしてるから、豪邸でも私は不思議じゃないし、本人は事務所だと言ってるようですね。それに私財なげうってまでボランティアする必要もないと思います。
    ユニセフの広報する役割は十分果たしていますし、まあ、いいんじゃないですかね。

    学会の事にしてもそうなんですが、実際に体験した人の話とかは信じられるのですが、出所がわからない、証拠もないうわさにとどまるような内容でも、真実のように広まってしまい信じてしまう人がいるということが、怖いです。
    自分の目で見て耳で聞いたこと以外は、そんな話もあるんだな、くらいで判断していきたいです。

  13. あれ?今思ったんですけど、私たちが黒柳さんの口座に振り込んでも税制の優遇はないですが、黒柳さんが自分の口座に集まった寄付をユニセフに寄付するときは、税の優遇は発生しないんですか???
    もし発生するとしたら???

    だれか教えて~。

  14. まあとにかく言えることは、寄付金は金のある人に自由にやらせるってことでしょうね〜。
    世界的ワクチンの無料接種にしろ、製薬会社の売れ残りのワクチンを買い取って途上国に配ってるという外国のブログを見た事があります。
    赤十字にしろ、私は今じゃ信用しません。
    本当に世の中信用できないものばっかりです。
    正しいことをしてる!と声をあげて宣伝してるものほどうさん臭いという悲しい時代ですね。

  15. さかのぼっての投稿、すみません。。
    わたしは、ユニセフは黒柳徹子さんの口座に振り込んでいます。
    いつだったか番組で、黒柳徹子さんの現地でのドキュメンタリーを見たことと、集まった募金がすべて現地に使われていると知ったから。。
    ただ、現地のようすの映像を見ると、現地の特定の人へとお金が流れているのでは?という危惧を感じました。つまり、ストレートに困った人に行く前に間接的なところに流れているような。。
    日本でも、3.11のあとわたしは赤十字に寄付したのを後悔しましたが、そのあと、あるNGO活動に直接的な寄付もさせていただきました。現地で仮設住宅に暮らす人にXmasカード送るプロジェクトやストーブをプレゼントするプロジェクトに参加しました。そのほうがストレートに現地に届くということも分かりました。。
    ある知り合いは、現地でボランティアされているおっかさん的存在の人に直に寄付金をお手紙と共に届けたのですね。。

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