対話の可能性[2]

年末にお二人の活動家さんからコメントをいただいたので、せっかくのこの機会にと思い、対話の提案をしました。それから10日がたちましたが、残念ながらその後何のお返事もありませんでした。ここではこれからも活動家さんとの対話を望んでおりますので、よろしくお願いします。

対話の可能性[2]」への55件のフィードバック

  1. 活動家さんは対話嫌いですよ。というより対話の意味がちがうみたいですね。

    〇創価でいう対話
    自分に福運がつく(とされてる)こと。それにつながること。
    選挙の票とりに結びつくように、常時にこやかに挨拶すること。
    新聞とってくださいと頼むとき、渋々でも「あなたが言うなら」と言われるための、普段からの精一杯の社交辞令。
    または「崇高なる下心(と習いました)」を秘めての会話。 

    私の知り合いで、一人も知り合いのいない自治会の運動会に出て、懸命にいろんな人に話しかけ、三年目にして「選挙お願いできたわ」と嬉しそうに話した人を知っています。
    ふつうの人には真似できません。

    そんな情熱があっても、こんなアンチブログ?で何を話したところで、成果に結びつかないってことでしょうか。
    創価の敵=三流。三流は相手にしない、近寄らないって指導もありますし。
    残念です(-.-)

  2. 彼らにとって対話とは一方的な破折のことですから同じ席に着くのは無理でしょ(笑)
    私も昔はそうでした

  3. コメントが無理なら、せめてそんな行為を恥じてくださいね。

    うちの地域では対話ノートなるものを作って配布していました。
    友人の名前を書き連ねて、横に、挨拶した、お茶した、新聞を渡せた(切り抜き可)、DVDを見せた、選挙を頼めたと項目があります。できたらマルをつけていくわけですね。(ちなみに裏表紙には唱題表)

    私は活動家時代からアホくさ、と思ってました。友達をこそこそランク付けしてしてるんですから。人としてできませんでしたね。

    幹部は「みなさーん、これ活用してますか?」と意気揚々かざしていましたが。
    相手の幸せを祈ってのことです。何が悪い?ってことなんでしょうか。
    反論があるなら聞きたいと思います。

  4. なるほどですね。今回は対話というものの意味をあらためて考えるいい機会になりました。
    活動家さんたちは対話の意味すら理解できない状態にさせられていると思います。自分では自発的に自分の意志で活動をしていると思い込んでいるようですし、かつての私もそうでしたから、そのあたりの気持ちはよくわかります。でもいったん少しでも客観的な視点を持つことができれば、自分のとんでもない思い込みに気がついて愕然となります。「どうしてこんな簡単なことに気がつけなかったんだろう」と、それは愕然となるくらいならまだいいのですが、これまでの自分のアホさ加減に嫌気がさして、心が折れてしまいます。自分の人生だけではなく、他人の人生をも組織のために利用されてしまったことの無念さや、他人の人生そのものさえ悪いほうに変えてしまったことの罪悪感。ほかにも様々に「もっと早く気がついていれば、こんなにも人を傷つけなくてすんだのに」ということがいっぱいです。「気がついてよかった」と思う反面、気がついたことで自分がどれだけ人を傷つけてきたのかということも気がついてしまうわけで、しかしそのことにきちんと向き合わなければ立ち直ることもできないのだと思います。
    活動家さんが気づかないのは「もし学会が金目当ての詐欺団体だとしたら、今までの自分の人生は何だったんだということになる。そんなことがあるわけがない。学会に間違いがあるわけがない。正法を信じない学会以外の宗教が間違いなのだ」と上から教えられたことを無批判に信じるしかないからだと思います。
    だから学会の間違いに気づいた人間と対話をしても、つまりお互いにいったん自分の立場から離れて相手の話を聞いてみるなんて、まさに自殺行為だということなのでしょう。活動家さんにとって「いったん自分の立場を離れる」ということは、どこにも立場がなくなるのと同じことなのだと思います。さらに「それがいったいどんな立場なのか見当もつかない」ということになるのではないでしょうか。つまり「話にならない」とはこのことです。
    よくある学会の指導に「高い山に上れば、それより低いものはすべて見渡せるように、この信心を保てば他の信仰のこともすべてわかるのだ」みたいなことがありましたよね。活動家さんにとっては学会が正しく他は間違い、あるいは学会が最高峰で他は低い山ということが大前提なので、その何の根拠もない最高峰から下りることができないのです。というか下りてしまえばこれまでの自分の人生を自分で否定することになってしまうから、なんとしても山から下りるなんて考えられないのだと思います。
    太平洋戦争末期、日本で唯一地上戦が繰り広げられた沖縄では、アメリカ兵が住民に向けて「戦争は終わりました。あなたたちは攻撃されません。はやく出てきてください。死んではいけません」と必死でマイクで呼びかけてもいっさい耳を貸さず、祖国の勝利を信じて自害していった多くの人たちのことを思い出しました。
    また同じように終戦後も神国日本の勝利を信じて何十年も東南アジアのジャングルにこもってひとり闘い続けていた横井さんや小野田さんのことも思い出しました。きっと最後まで出てこないで死んでいった兵士もたくさんいるのだと思います。
    ここにいらっしゃる多くの方は、それぞれに何らかのきっかけによって、そんな虚構の山を下りてきた方です。ですから山を下りることができない方の気持ちはよくわかっていらっしゃる。ところが山を下りることのできない方は、下りた方の気持ちを理解できない。理解しようとすることは、同時に自分の人生を否定してしまうことになりかねない。だから山をおりるなんてさらさらありえないということなのだと思います。つまり活動家さんとの本当に意味での対話はお互いに山を下りたところでしか成立しないのですから、現実的に活動家さんとの対話は成立しないということなのでしょう。残念です。

  5. 活動家の周囲にいる外部の人も、学会の真実を知らない人がほとんど(噂や直感的にだけ嫌い)ですし、例え知ってても、気を使って本音では話しをしてくれないですから、学会員は普段から対話なんてしてないのでしょう。それに、学会指導で、こう言われたらこう切り返すみたいな対話パターンが、確立されてますから。
    私の場合、山を下りることは、仏法を疑うこと→罰でしたので、頑なになっていました。

  6. 2度目のコメントになります。
    活動家さんとの対話は皆さんおっしゃる様に無理でしょうね。
    バリ活でなかった私ですら覚醒していない時は創価学会の批判的なブログを読んでも、この人可哀想に・・って感じでした。最近思うのは、本気で折伏、啓蒙、選挙活動が嫌ではない限りなかなか覚醒しないと思います。それと御本尊を疑う気持ちがない限り活動が嫌になっても離れられないと思います。
    年末に聞いた話ですが、日顕撲滅の題目を会館であげてきたそうです(>_<)
    まだ、こういうことを部員さんにさせる幹部に腹が立ちました。
    お金に困ってる友人は働けるのに働かず(主婦)題目をあげています。
    働かなくてもお金に困らない境涯になることを信じて学会活動を頑張っています。
    話は変わりますが、YouTubeで顕正会の動画を見ました。創価学会の昔版ですね。更に覚醒出来ました。もしまだ学会を離れられない方は見て欲しいです。
    シニフィエさん今年もよろしくお願いします。

  7. 以前に書き込みをさせていただいた風鈴と申します。私の周りの学会員さんで以下のような方がいます。
    公営住宅に住んでいた当時の役職男子部部長(奥さん・子供3人)は拠点会場になる家に住みたくて、
    有限会社に勤めていますが、4000万円台の一軒家を買うために年収を改ざんし、カードローンを整理し、念願叶いましたが、奥さんは
    毎月の支払に追われ、精神科に入院する程追い込まれました。内情を知らない人達は子供が3人もいるのに立派な家を建てて偉いね。
    福運やね。ということになっています。
    地区婦人部長ご夫婦(60歳近い)は借金癖があり、カードローンを最近整理したそうです。
    そんなことすっかり忘れて、新車を買いに意気揚々と出かけ、いざローンを組もうとしたところ、ブラックリストに載っていることが分かり、
    買えなかったそうです。それでも何とか広布のお役に立てる車がほしいと必死で祈ったところ、妹ご夫婦が全額用立てて下さったそうです。(毎月妹ご夫妻に返済しているそうです。)願いが叶ったのですね。
    信心しているなら、世間の方たちに誇れるようなまっとうな生活をしていただきたいと思います。

  8. 連続投稿失礼いたします。

    対話についてなら言いたいことは山ほどあります。

    私は創価に疑問を感じた時点で、それは何度も活動家の人と対話しました。逃げも隠れもしませんでした。
    創価の人が大好きな「面とむかっての対話」です。

    かならずペアで訪ねて来るなんて、私は全然平気。喜んで歓迎しました。何人でもどうぞ、束になっていらしてください。
    誰のことでも私は未だに、まっすぐ目を見て話せます。

    ここまで言いたい放題していますが、私は創価の人間関係で不快な思いをしたことは一度もありませんでした。(打ち出しの不快と、人間関係は別です)
    人間関係に恵まれ、一緒に活動した人はみんな大好きでした。親友といってもいいくらいでした。尊敬していた先輩もいっぱいいます。お世話になった恩も忘れたことはないです。

    誠実だった人間関係。どうなってもその誠実さは変わらないと思っていました。
    が、意見が分かれてしまってからの、創価の人との対話は、むつかしなあ、これは独特だなあとイヤというほど感じましたね。

    彼らが言うことは、私が何十年もいた世界。よく知ってる世界なわけです。噛みしめ噛みしめ、反復して身についてる価値観なわけです。それについて疑問を投げかけているわけですから、一度くらい、相手の言い分を想像くらいしてもいいと思うのです。
    が、それを彼らは、頑としてやりません!あまりにも頑固です。頑固というより、偏狭と言ってもいいくらいで、私はかなり悩みました。
    くりかえしくりかえし丁寧に説明したり、例えを工夫したり、論点を変えたり、できる限り歩み寄ったり、様々やってみました。

    それでも、さっぱり対話が噛み合わないのです。外国語を話してるようでしたね。

    私、全国にこんな人たちがいっぱいいるんですよ。そんな受け皿がネットにあるんです。あなたたちがこんな調子だったら、私だっていつネットでカタカタやるかもしれない。(やってますが(笑))そう懸命に訴えました。
    できるなら、こうやって面と向かって話して終わりたいんです…

    結果…こうやって電子で発信してつづきをやってるんですが(泣)

    少なくとも、どう価値観を選んでもそれは人それぞれ。そのくらいは認めてほしいです。
    脱会したら、幸福の軌道を外れるのよ!この考えは捨てることはできませんか?

  9. 昨日北国から飛行機で帰ってきて、コメントをみたら誤解されているようなので、弁解します。

    私自身は、覚醒しクリアしていますし、家族も問題ありません。むしろ嫁は幼いころからの罰論の刷り込みで、怖いから活動を義務感からやっているところがあったので、罰ややらない恐怖の呪縛から解放されてメリットが多いと思います。

     問題は、私が折伏して、今も活動に励んでいる本部長から、ブロック長、しらゆり長10人と、それ以外にも、ねむっていたメンバーを私が通って活動家にした人が多いんですよ。100度参りして立たない人材はいないなんて、やっていましたもんで、、、

     年賀状には、創価での新年の決意を送ってくる人もたくさんいるんです。そういう人の顔を思い浮かべるとどうしても創価の実態を話すことが良いことなのかと悩んでしまい、創価寄りのコメントと誤解されたのかも知れません。

      4人目の話した結果を言うと、信条の違いはあっても友人関係は崩れず、過去にもお互い組織の疑問を語り合った仲だったので、冷静な対話はできました。

     ただ、創価の実態には、信じ難く受け入れ難いようです。話は聞きますが、その情報が絶対間違いないのか?組織運営には問題あっても、根本は間違っていないのでは?
     会長に32歳でなり、多くのメンバーを激励し、勇気と希望をおくってきたことは、事実として消えないし、世間でも偉大な仕事した人に対してのヤッカミなのではないか? など、、、

     もちろんできるだけ事実関係だけを話をして、聞く耳はあるのですが消化しきれないのも当然と思います。そのためにだけ遠方にきたという重みはかんじているのですが、いろいろ質問もされ、動揺しているようでした。

     ただ感じたことは、創価の問題に限らず、人って自分に都合の悪い情報は意図的にスルーして、自分を守る術にしているのではないでしょうか?

     これだけ情報のオープンな時代に創価のダーティーな部分に接しても、そこに向き合おうとせずに、創価

  10. すみません。途中で切れてしまいました。

    創価から抜けたくない気持ちは、何なのかと考えました。

    いろいろ言われても、創価には人生の悩みを克服する、知恵の宝庫があると実感しているのではないかと?

     これは私が創価のなかで実践し、人にも勧めてきた創価の勝利の方程式の具体的な例えを1つ話したいと思います。また創価擁護に聞こえてしまうかもしれませんが、活動家の思いも理解しない限り、両者の平行線から脱せないとの想いからです。

     1、決めて

     2、祈り

     3、動けば

     4、必ず結果は出る

    というものです。

     1、まず祈りではなく、決意しろ、どういう風にしたいか腹を決めろと。(これだけで、7割がた、解決しそうですよね。)

     2、そのために、具体的に100万偏をメドに真剣に祈れと。(題目の効果は、科学的、心理学的にもトランス状態になるなど説明出   来るのかもしれません。本尊の力用とまで言いませんが、私自身の実感としては、冷静に自己を見つめられる、目標に向かう    高揚感など感じていました。)

     3、祈って閃いたことを実際に行動し、また祈りに戻る、その試行錯誤の行動を繰り返していけと。(これだけでも普通の人より、動   いた感じになりますよね。)

     4、100万偏の間には必ず結果がでる。(祈る時間にもよりますが数カ月から1年) 結果が出なければ出るまでもう100万偏挑    戦しよう。(笑い)(これだけ真剣に動けば、応援しようという諸天も出てくるかもしれません。)

     その上、そのメンバーの悩みの解決に、ともに早朝勤行をしてくれ、ちょっとした結果でも出ようものなら、座談会で涙や拍手で我がことのように喜んでくれる世界なんですよ。

     全員が解決できなくても、なかには、結果を出す人もいます。その人が体験すれば、わたしも解決できる、頑張ろうと思うでしょう。(パチンコで儲ける体験でもはまっていくという意味では、似ているかも知れないですね。)

     少なくても私の身近な組織では、成果主義だけではない人情の機微がわかる末端は良い組織だったとおもいますよ。私が正役職で頑張っているときは、新聞啓蒙なし(自分が感動した記事を見せたい人に切り抜きでOK)、選挙活動なし(納得しなければいれなくても罰なんかないよ)、財務は功徳をもらって喜んで出来る境涯になったら寄付してください。(金がなければ、頭で、頭がなければ筋力で貢献してと)

     文句があるなら、会長呼んで来い、学会は幹部のためじゃなく、会員を守る組織だろうと、軋轢や圧力など多々ありましたが、仏の使いをさせていただいているという気持ちだったので、私も、彼らも時間とお金を搾取されているなどと微塵も思ってなかったですね。むしろこんな夢中になれることがあったことの方が、幸せな気分にさせてくれました。

     1つの私の創価ファンタジーの具体例ですが、創価を基軸にしているメンバーにそんな容易に覚醒するとは思わないのです。この世界以上の何かが今の私にない限り、毒を少しずつ薄め、社会や家族に迷惑をかけないようソフトランディングしてほしいと思います。逆にあるのなら、私が教えてほしいですね。

     同じ釜の飯を食べたメンバーの事を思うと、日本もSGIのようなゆるい組織にすることが、わたしには犠牲の少ない方法なのかな、また信濃町の寄生虫どもも、バカではないと思うので、この現場の良質な部分をこわすとは思えません。池田大作という看板がなくなったら、世界にまたがる互助的組織くらいしかとって代わる看板がないと思うので、、、

      

  11. yさんお疲れ様でした。

    害のある、新聞啓蒙や選挙や財務はパスして(或いはほどほどにして)、うるわしい励ましの中だけで信仰すればいいってことですよね。それなら苦労して覚醒しなくても幸せじゃないかと。
    それで創価が成り立つならいいんですけどね。
    ビジネスなんだから成り立つわけがないでしょう。

    世間に迷惑をかけない代わりに、お金も出さないし、新聞も売らないし、選挙も頼まない。ハードな無償の労力に時間もさかない。
    でも脱会はしない。居心地がいいからいる。自分の納得の範囲で信仰する。
    そんな人たちをまかなうのはバリ活さんです。バリ活さんはどんどん減ってきています。
    お金も汚れ役も、引き受けてくれるバリ活さんがいなくなると、その居心地のいい、うるわしい、悩みを克服する知恵の宝庫、である創価は存在できなくなります。

    これからも創価に止まろうと思うなら、むしろ全員が超一級の活動家にならないとやっていけない時代になる。未活でも非活でも、たまにふらっと顔を出せば、やさしく面倒みてもらえる時代は終わったと思いますよ。

  12. yさんが、役職についていらっしゃった時の信仰のあり方は、学会に言わせたらご利益信仰ということになりませんか?

    3番に折伏弘経は入ってるのですか?

    池田先生にお応えするというスローガンはなかったのですか?
    新聞啓蒙や、選挙を頑張るから功徳が出るのかと思ってました。
    財務も、できる境涯になるためやる、というかないからこそやらないと、できない因をつくることになるからなんとかしてやる。
    「会長呼んで来い」なんて、考えただけで罰が当たると思ってました。
    yさんのような指導は、福運を積ませてあげられなくて、むしろ無慈悲だと感じていたと思います。
    私が勘違いしていたのでしょうか〜

  13. 皆さんのコメントひとつひとつに、とても考えさせられます。

    yさんの仰る組織の形もありかな、なんて最初は思っていました。
    けれどここまで大きくなった組織の生命線は、啓蒙と財務と選挙です。それが無くなればもはや創価でもなんでもなく、ただの日蓮信仰ですよね。
    それくらい緩やかなのが、本来の信仰のあり方だと思いますが、そうなるにはクリアしなければいけない課題が山積みすぎて、現実には無理ではないかと思います。
    会館ひとつとっても、財務がなければ維持するのは難しいですし。モニカさんが仰るとおり、無償奉仕するバリ活さんはどんどん減ると思います。選挙や啓蒙がなければ、バリ活さんの活動のポテンシャルを上げることもできませんし…

    末端ではありますが関わってきた自分としては、創価の行く末に責任を感じる部分もありますが、個人では無力すぎて何もならない気がします。yさんが既にやっておられるように、親やきょうだい、親しい友人に今の自分の心境を話す機会があれば話す、それくらいしかできません。
    そもそも毎日の生活が第一で、創価やそれにまつわることはどんどん優先順位が下がっているのが今の私の現状です。人生限りがある中で、末期症状を呈している団体に関わるのは時間がもったいなく、こうしてネットを見ている時間も徐々に減ってきています。覚醒した人はそうして離れていきますから、酷な話ですが覚醒しない人・しようとしない人は、いつまでも創価ファンタジーの中にいるしかできず、覚醒した人はそれをどうこうすることもできないと無力で無責任な私は思うのです。信仰者であったくせに無慈悲な自分が嫌になります。

  14. おそらくこんな建前のきれいごとで活動できたのは、男子、壮年だからで、婦人部が尻をふいて、成り立っているんでしょう。

    嫁が地区婦になって、はじめて婦人部の尋常じゃない世界にきずいたもんですから、たびたび喧嘩したものです。

     会員のための幹部じゃないの?

     人間のための宗教でしょう?

     広宣流布オカラ論でしょう。(戸田先生の指導で、豆腐を作る過程で捨ててもいいオカラができるでしょう。会員は、豆腐という功徳を作って豊かになり、そのあまりもののオカラをくれれば、広宣流布はできるよという意味)

     今は、豆腐ができる前から、オカラをくれっていい過ぎ、むしろ豆腐をよこせと言うんかい

     池田氏の建前の指導ですから、その通り堂々と俺が理想の組織を作るって、やってましたね。

      組織の活動目標なんて、オカラだと思っていましたので、そんなことは眼中になく、メンバーの問題を題目根本で解決させるという豆腐作りに主眼をおいていました。

     不思議なもので、豆腐ができると(悩みを解決)、自然にそこそこのオカラ(折伏、活動家が増える)もできましたからね。

     組織のノルマじゃ、人は動きませんよ。自分の課題なら一生懸命やるんですよ。豆腐ができるまでオカラは我慢。メンバーには御利益信仰で、全然大丈夫です。

     自然に自分の豆腐作りより、人の豆腐作りの方が楽しくなっちゃいますから。

     寄生虫も危機感を持っていますよ。新聞みたら、会合は減らし、個人指導 8、会合 2、なんて書いてありましたからね。

     私の感覚からしたら、99対1が正解で、どこまでメンバーと本音で付き合える関係になれるかが、鍵でしたね。

     通う、話す、お茶、飲む、相手の趣味にあわせて、付き合う(野球、スキー、麻雀、釣り、読書、ペット、映画など、、、)

     20世紀型の親父なので、娘から言わすと、チョーウザイ、でも来ないと淋しいかも、、、てな感じです。

     いつまでも少ない活動家に負担ばかりさせたら、わが身も危ないときずきますよ。

     池田氏のゴーストライターの部署の方から、直接きいたことですが、今の創価の体制を善しと思っていない職員も多いとは言わないが、少なからずいるんだよ。と、、、

     独裁者がいなくなれば、どうなるかわかりませんよ。全職員がビジネスと割り切っているわけでもないし、純な職員が権力を握るかも知れませんからね。(ロッキードのときの三木首相のようなことが、世間の風圧によって起きるかもしれませんから。)

  15. 追加です。

    先生にお答えするようなスローガンはまったく無視です。だって、戸田先生がいっているでしょう。おれのような酒飲みの会長のために信心はするな。会員の功徳をもらいましたという報告が何よりうれしいと。

    初めから化他行なんかやらすから、嫌がるんで、功徳と感じることが増えれば、自然に自発的にやるようになりますって。

    だから、毎年暮れの地区討議では、折伏以外の目標はすべて 0 で報告してましたよ。(上の幹部が提出の時、偽装してましたけど)

  16. ひさしぶりの書き込みです。
    自分はカネのために入会しただけなので
    すがそれでもyさんの姿勢には大変疑問を感じます。
    自分は利益のために自分が入会しただけであり誰にも迷惑をかけていません
    yさんはどれだけの人に迷惑をかけ続けるつもりですか?
    複数の知人を入会させ活動させたのですよね!!
    そのかたの配偶者 子供 親戚 知人 どれだけの
    人にガイアクを及ぼしたのか反省なしですか。将来にわたって何千人の人生に害を与えるかも、しれないのですよ。
    間違っていることに気づいたなら最低限入会させた人に説明と謝罪をすべきです。
    できればその周囲の人にも謝罪すべきです。
    自分で勝手に言い訳を考えて責任を取らない。最低だと思います。

  17. 私も最初は、創価の問題は組織上のことで、根本は間違ってないんだと思っていました。
    幹部でもないのに、組織の在り方をあれこれ考えたものです。いろんな指導をひっくり返してね。

    が、知れば知るほどダーティーではかりしれない組織と、純粋で誠実な末端の信仰者のギャップ。これが不思議で不思議でしょうがなかったんです。
    何かある、何か隠されてると思いました。それで注目したのが教学だったんです。行き詰ったら教学、教学がないから退転するんだっていわれてましたからね。
    それで徹底的に調べて、ああ、そうだったのかと。
    詳細は省きますが、要するに宗教は方便。強く信じることで、夢や、確信の持てる人生観を提供してたんだなあ、と納得したんです。

    創価の常套句は、「イワシの頭も信心からではない」「イワシではダメなんだ」「何を信じるかなんだ」「正しい宗教は一つなんだ」とこうです。
    が、そんなものはない。
    ただそうだと思いこめば、同じことなんです。自分の中で、確かに「唯一の正しい宗教」と成立します。創価は特別なんだ。他の宗教団体とは全く違うんだ…
    巧い信じさせ方だな、と感心しましたよ。
    「盲信しろと言ってるんじゃなくて、教学を学べば裏付けが納得できます」というけど、それがいかに都合よく教えられているかも、よくわかりました。
    そしたら組織の改革だの、理想の組織だの、さっぱり興味がなくなりましたね。

    多くの人に、確信とロマンのある人生を提供した、という成果だけみると、創価には一定の理はあると思います。
    ただそのプロセスですよね。ウソをついて信じこませているんですから(最初からなのか、途中で気づいたのかは知りませんが)
    いつかは気づかれてしまう日がくる。
    方向転換したり、指導を変えたり、色をつけたり、いろいろ頑張ってますが、最初に掲げた「唯一の正しい宗教」という魅力的なコピーには敵わないんじゃないでしょうか。

    衰退は止められないと思います。

  18. ノブさんへ

    横からすみません。
    yさんは、ご自分が覚醒されてからも、関わってきたご友人にきちんとお話をされているとのことですよ。
    そこに謝罪もあったかどうかは私の知るところではありませんが、自分が入会させたり活動家にさせたりした人に、ゴメン本当は間違っていたんだと話すことは、すごく勇気のいることですが、それをやっておられる方だと思います。その上での、yさんの組織論ではないかと、私はお見受けしています。

    私も覚醒してすぐ、自分が対話してきた友人に何て言えばいいのか、現在新聞を取ってもらっている友人に今後どう説明すればいいか、激しく悩みました。あんなに「あなたの幸せを願って」などと言ってきた自分がどの面下げて会うのか。励ましてきた部員さんになんて言えばいいのか。そしてこの先、公明党を支援してくれた友人にはなんて言うのか。考えただけで消えたい気分になりましたが、話しました。謝りました。結果は様々ですが、残念ながら活動家の方々とは対話が成立しませんでした。何を言われてもブレないから大丈夫!という前提なので、話が噛み合いません。
    おそらくyさんも、そのような歯がゆいお気持ちをされた上で、この後どうあるべきか、どうしたら皆が苦しまずにやっていけるか、考えておられるのではないでしょうか。その姿勢を私は無責任とは思いません。

    活動家だった方は程度こそ違え、創価の被害者でもあり、加害者でもある。私もそうです。過去は変えられませんから、そこを責められると、本当にごめんなさいと言い続けるしかできませんが…

  19. 大丈夫…うちの母も言います、
    何が大丈夫なのか?現実味のない大丈夫

    創価ファンタジーとは、よくいったものです、なるほど

  20. ノブさん勘違いされてるようなのでyさんのコメント遡って読んでみてください
    それよりyさんのような合理的なお考えの活動家が覚醒に至った経緯に興味を覚えると共に創価がホントに限界にきているんだなとつくづく思います

  21. 究極を断言しますよ。

    創価は組織運営に問題があるんじゃないんです。
    根本が幻想なんです。
    その幻想を信じこませるテクニック、組織運営がむしろ一級なんです。だから発展したんです。そこを見誤ってはいけません。

    近年創価が衰退しているのは、「根本の真相がインチキ」だと露呈したのが発端です。
    根本が破たんしている以上、組織上どうつくろっても限界があります。
    その組織運営にさえ限界を感じてるなら、白旗を揚げなさい。
    存続したいなら、日蓮仏法という宗教を目玉商品にするのをやめて、すべてを告白しなさい。人として最後の良心を見せてください。

    執行部の報酬が有り得ないほど高いのは、口止め料です。真相を知りながら買収されてるんですよ。

    反論があるなら受けて立ちますよ。
    私は一介の主婦です。
    世界を巻き込んだアナタたちの正義とやらに、このブログに立ち上げたシニフィエさん、及び、コメントをくれた多くの方は黙ってはいないと思いますよ。

  22. ノブさんへ

     ノブさんのおっしゃる通りの気持ちで、説明と謝罪をしていくなかで相手の反応にハタッときずいたことがありました。創価の真実を話して、相手のためになっているんだろうか?と

     先のコメントでも話したように、広布オカラ論の活動だと迷惑や害毒などなく豆腐が作れて歓喜し、むしろ感謝されることがほとんどなんです。

     要は絞りカスのオカラの渡した先が、とんでもない汚い使い道をしている団体なんだという話なんです。

     私個人は、功徳がほしくて入信したわけでなく、創価の建前のきれいごとに、人生かけてみるかと20歳のときに入ったので、創価のウラの世界は最近まで受け入れられませんでした。三国志の桃園の誓いのイメージで入ったので。

     ただ多くのメンバーは、現実の生活の悩みを克服したいと、宿命転換したいと願って入っているわけですよ。極端な話、信心で悩みが解決できればいいわけで、創価のスキャンダルや、教義の正当性など関係ないんですよ。

     あくまで、抜苦与楽できるか、毒矢の例えの毒矢を抜けるか、そこが優先順位の一番高いところなんです。そう考えると、広布オカラ論と創価勝利の方程式を実践させていた方が、覚醒させることよりいいのではと最近は思っているんです。

     ここはアンチ創価のブログなので、創価で傷ついた方々には、私の創価寄りのコメントでむかつく気持ちも当然かもしれません。ただ、活動家の方と対話を望もうとしているなら、何故彼らが、創価のダーティーな情報にふれても、創価に疑問を感じながらもやめないのか、考えてほしいと思います。

     私はなんだかんだいっても、自分の築いてきた創価の現場、庶民の組織がまだ好きで愛着があるんだと、最近きずきました。創価を卒業したって言った方が近いのかな。俺が作ってきた母校は、ほんと楽しかったぜ、理事や先生にいやな奴はいたけど、あんまり母校の悪口ばかり言われると、ちょっと違うんじゃないのといいたくなるんです。(創価スイッチていうやつですかね)

     創価検証中、正宗の僧侶と話したり、脱会したかたの集まりに行ったり、脱カルトの会合にもでたことがあるんです。こんなことをいうとお叱りを受けると思いますが、正直な気持ち、その話や会合をみたら、信濃町は高笑いしているなと、、、
     
     これじゃ、創価の世界の魅力のほうが上だ。創価の柵を飛び出していってもあまり良い思いはないのでは、、、

     もちろん人によっては、癒されていると思いますが、私の折伏した方は抜けて後悔しそうだなって思ったんです。そのあたりからですかね、、、。、創価もいいところあるんだから、悪いところ改革すればいいんじゃないのと思うようになったのは、、、

     だってどんな宗教もファンタジーじゃないですか?死んで天国、極楽、ノアの方舟、、??、3世永遠の幸福境涯、、、どうせファンタジーなら、創価でもいいじゃん。

     池田ファンクラブから変わってくるなら、覚醒させようと思うより、また豆腐作りのお手伝いしてもいいのかなと、創価を再評価するこのごろです。

     このブログの意向に添わなければ削除しても構いません。
     

  23.  モニカさんのコメント今みて追加します。

    モニカさんのおっしゃる通りだと思います。その論法でいけば、活動家はグーの音も出せなくなると思います。私もはじめは、だまされた感で怒りに満ちており、創価の悪を道理と事実を通して訴えましたが、いつも上滑り感というか、相手に刺さってないなとかんじていたんです。

     きっとそれは、正邪、善悪で話せばごもっともなのですが、多くのメンバーは自分にとっての損得で考えているからなんだと想像します。

     たぼこ吸って気持ち良い時に、ニコチンの害毒の話なんかききたくないですよね。うすうす害毒にきずいていても、創価の勇気と希望あふれる幻想に酔っていたいんですよ。

     政治、経済から食品、放射能、はては夫婦、親子関係にいたるまで、真実を知るより、幻想のままのほうがいいってことありませんか?

     世の中の現実が年とともに醒めてみえてくると、創価の世界もありかなって思うこのごろです。

    このコメントも適切でなければ、削除願います。このブログで癒されていた方には、不向きかも知れませんので、、、

  24. モニかさん。シビレました。そのひとことが総てを表しています。
    センセイが良心の呵責を克服できたたのは、いつからか自分のことを本当の仏だと勘違いしたからではないでしょうか。

  25. 社会悪を見て見ぬふりどころか、加担するっていうことですか?
    放射能では、5年後から目に見えて病気が出て来たみたいなんです。その補償でソ連が潰れたってネットで読んだ事があります。いつまでも幻想に浸っていられるのでしょうか?自分に帰ってくるのではないでしょうか。
    エゴイスト過ぎて、何が信心?世界平和?って話ですよ〜(汗)

  26. 生まれてすぐ入会させられ、刷り込まれた二世の私にとっては、学会は害でしかありませんでした。
    幻想によっていても、現実はなにもかわりませんよ。よいから醒めたわたしは、幻想に生きるなんてまっぴらごめんでを、私自身を、現実を生きて生きたいと、強くおもいます
    そして、わたしにはこどもがいます。親は順番で行けば子供より早く死ぬでしょう、しかし、こども立ちは、現実をこの世界でいきていかねばなりません
    この地震の多い国に、何十基という原発をつくり、そのあとのことは、知らないと、なんだかそんな無責任なおとなが、後のことも考えずにきた結果ではないでしょうか?わたしには、何ができるかわかりませんが、大切な子供達を守りたいとおもいます。
    子供達には、わたしみたいに、メンタルを壊して苦しい思いをして価値をみいだせない活動なんてしてほしくありません。こどもには、自分のかんがえをもち、地に足つけて、現実を力強く生きていってほしいと願います。
    yさん、未来部の育成に、力をいれると創価学会ではいわれていますが、おかしいとおもいませんか?

  27. 覚醒もした、善悪もわかる。だけど損得で考えたらこのままでいたい。
    自分の趣味の範ちゅうなら、そうですかそれも自由ですね、と言えますが、まわりを巻き込むんですよ。迷惑している人がいるのにですよ。
    しかもその団体は「正義、正義」と人一倍訴える団体ですよ。一緒になって賛同するんですよ。あまりの偽善に恥ずかしくならないですか?
    いやいやそれでも得だから、楽しいからというなら、感覚がちがうんだな。こんな人もいるんだなとしか言えませんね。

    でも自分がそうだからって、まわりもそうだとは思わないでくださいね。
    「果たして覚醒さえることが、この人にとって幸せなんだろうか」なんて、それこそ偽善ですよ。それは本人の問題でしょう。
    そりゃ誰だって最初は傷つきますよ。私だって初めは、受け入れがたい事実に茫然としましたよ。
    それをどう判断するかは本人です。
    はっきり説明して謝罪しないのは無責任ですが、精一杯話しても納得しなかったとしたら、それは仕方ないでしょう。

    一度は何も知らずに、本当にこの世界がすばらしいと思って他人を巻き込んだ。二度目はそんな世界は幻想だった、間違いだったと気づいたのにそれもよしとした…二度の間違いは犯さないでほしいと思います。

  28. まるさん

    創価の被害者でもあり加害者でもある。
    認識が甘いです。
    他人を巻き込んだ人は単なる加害者です。

    騙されて詐欺の片棒を担がされた人は加害者で犯罪者ですよ。
    騙され騙されといっても違法性の意識の可能性ぐらいはあるでしょう。
    法的にも完璧な犯罪者です。
    創価の被害者でもあるなんて言い訳です。

  29. 私がOBとして活動家の代弁をしても構いませんか?

     私は未来部の責任者でもあり、組織につかない人ばかり関わっていました。信仰の話までできる信頼関係を築くまでよくいっしょに、映画連れて行ったり、飯もおごり、相手の趣味にあわせて、スキーや釣りに付き合い、そうした関わりあいの中で、本音引き出し、悩みがあれば、信仰の必要性も語りました。

     どんな人のなかにも仏性という磨けば光るダイヤがあるんだから、祈って引き出していこうよといって、多くのメンバーを発心させました。それは、相手の長所は何か、真剣に祈り考え、まあ女性を口説くがごとく、アタックしたからで、親からも良く感謝されました。

     共に祈るようになれば、創価勝利の方程式です。この現実の戦いは、幻想ではありませんよ。かれの悩みを解決できるのか、できないのか、結果を出せるのか出せないのか、出なかったら、他の人と同じように、ずっと居留守していいし、もう2度と信心しなくてもいいからという、真剣勝負ですよ。

     人間のなかにある仏性という生命力まで、幻想なんて言っていませんよ。師弟不二じゃないとでないとか、日蓮正宗の曼荼羅じゃないとダメとか、創価が唯一無二の団体とかが幻想じゃないのといっているんです。

     妙とは蘇生の義なり、とは日蓮の専売特許というより、本来生命の持っている力を表していると思いますよ。その力をひきだすことで、自分が変わり、周りまで変えていく戦いは、幻想などない100%リアルな世界ですよ。

     なかなか心を開いてくれないメンバーにバカにされながらも、相手の仏性を信じて関わっていく。法華経でいう不軽菩薩の実践じゃないですか?

     豆腐ができ、功徳を実感し喜びあえれば、法華経でいう50展転の功徳の実践じゃないですか?

     この創価の現場の活動がどうしてカルトの活動なんていわれるんですか?

     地に足をつけて、現実の課題に正面から向かって、力強く生きているじゃないですか?

     こんな話は、創価では当たり前のことですよ。

     これが、信仰の実践のベースで、あとは枝葉ですよ。選挙なんて、今の日本で強要できますか?やらない自由は会長も認めてますよ。
     
     新聞や書籍だって、買わないっていえばそれで終わりですよ。強制されたら、私が消費者団体にクレームにいきますよ。

     財務だって、やりたい人だけで、すすめられても断ればそれで終わりじゃないですか。

     現場には机上の空論もなければ、評論家もいらないんですよ。抜苦与楽できるのかできないのか、そこが創価の肝の実践なんですよ。

     おい信濃町の寄生虫ども!!!  こんな話を覚醒した人間に語らせんなよ。アンチブログをチェックする時間があるんなら、創価にきづついた方々に、少しはていねいに説明でもしろよ。

     それと今日の新聞の座談会、ちっとは進歩したかもしれないが、あんなレベルじゃ、衰退は止められないぞ。きれいごといっても、最後は教団の利益かい。活動の目標(オカラ)なんて、会員の功徳(豆腐)が満ち満ちてからいう話だよ。もう一度戸田先生の広布オカラ論を読みなおせっていうの。そうしないと、おまえらのおまんま食い上げになるぞ本当に、、、

     池田氏を守るより会員守れ!! 最悪なときには、池田氏に生け贄になって、罪をかぶり、(スターリン批判をする)、宗門と仲良くやる路線と、創価ルネッサンス(SGI)の新興宗教路線になるかの会員に選択をさせろよ!!!

     だいぶ熱く語ったようなので、まずければ削除願います。

     

     

     

     

     

  30. 私はどちらかというと、まるさんの気持ちに近いです。
    実家が創価学会であるという現実からは、逃れられない。
    文化祭の参加、同時中継の出席……悔やまれる過去
    いまにならなければ知らなかった事実が沢山あります。
    単純な構図ではないから、みなさん様々に悩まれるコメントが寄せられる。
    自分を追いつめてしまい絶望することもあるけど、
    それよりもこれからは自分を大事に生活したい、社会にありたい。
    静かに辞める……つくづく思う

  31. ノブさんへ

    被害者面するなということですよね。
    それを言われると、何も言えません。
    本当に、知らなかったでは済まされないのだと思います。

  32. まるさん

    そうです。要は他人に害悪をかけたのは自分自身なのに被害者づらするなということです。
    法的には法律を知らなくても違法だと認識していなくても違法性の認識の可能性があれば処罰されます。
    創価に騙されて害悪を撒き散らした人は二世でも三世でも一度ぐらいは疑問に思ったことはあるでしょう。
    知りうる可能性はあったのに害悪を撒き散らしたのだから加害者に過ぎません。

  33. ノブさんへ

    私も一緒に謝ります。
    言い訳はしません。できる限りつぐないます。
    他人を巻き込んだのは大人になってからです。環境のせいにはしません。
    自分が未熟でした。それがすべてです。

  34. モニカさん

    レスありがとうございます。
    わたしは利益のために自分から入会したけど
    取引先から入会させようとするプレッシャーは凄まじくありました。
    そういう煩わしさをなくして利益をあげるためにも入会しました。
    そして創価のことを色調べました。
    それからは仕事時間に匹敵するぐらい
    色々な手段で創価の悪事を世間に周知させるために努力しました。

  35. わたしは二世ではないし親に強制されたりもしていません。
    だけど 創価のことも創価に加担している人も許すことは出来ません…
    今は創価関連の利益はなくても充分余裕はあります。

    創価から得られた利益すべて創価の悪事を周知させるために使います。

  36. 功徳を受けて、感謝だと感じたら、新聞や選挙でお返ししようと思うのが人情かなと思うし、yさんの指導で周囲のメンバーがやらない分、他のメンバーにしわ寄せが行くんですよね。美味しいとこ取りでは?
    選挙やらない自由なんて、実質的にないし・・・座談会行くの後ろめたくなりませんか?一言発言とかどうするんですか?
    起こした未来部メンバーも、地元に戻れば、新聞や選挙の活動頑張ってるんですよね。功徳をもらった人の方がそうなっていくんですから。
    学会が変わればというのが、机上の空論です。
    読んでるだけだからかもしれませんが、学会じゃなくて、yさん教でもいいのではと思えて来ます。

  37. いつも思うんですが、私たちは学会からより、もっとひどい騙され方をしてると思うんです。
    政治や、医療や、食など。でも、薄々気づいても、自分ではどうにもならないって思いますよね。
    それで、騙された人に謝れってことは言えないなと思います。

  38. ノブさん

    私の場合は、創価で実質イヤな思いをしたことがなかった。性格もあったんでしょうね。組織で疑問に思ったら、誰にでもすぐあっけらんと口に出したので、故にストレスがなかった。
    これが失敗でした。だから気づくのが遅れてしまったんです。創価の批判サイトがこんなにあることも知らなかったし、最初はただただびっくりしました。
    反省して、ネットでは注意深く、人の意見を聞く、見るようにしました。

    創価の人は悪気ではなく(執行部はしりませんが)、よかれと思ってやっています。いじわるしよう、騙そうとは考えていません。
    だけど相手の気持ちに鈍感で、何でも自分に都合のいいように解釈します。(付き合いで渋々新聞をとってくれたのに、あの人は理解者よ!見方なの。諸天善神なの!ふだんの誠意が報われたわ!てな具合)
    これが始末がわるいんです。
    結果「許すことはできない」「悪事」とまで言われますが、それはもっともです。
    相手を不快にさせる鈍感さ、相手の気持ちをくもうとしないで、自分の価値観だけをごり押しする。これが悪事じゃなくてなんだろうと思いますよ。

    正義というのは誰べえの文証だとか理屈ではなく、相手の立場、気持ちをわかろうとすることだと思います。
    私も、そのことは訴えていこうと思っています。 

  39.  ここでコメントするようになってきずきました。

    なんだかんだいっても俺は、学会の現場、庶民の組織が好きなんだな。ここまで母校の悪口や、批判を受けて外野で醒めた目でネットの世界でコメントしている自分がなんか情けなくなって、しまいました。

     自分の人生かけてきた創価の再生に、当事者だった自分がやらないでだれがやるんだよ。俺は評論家にはならない。覚醒した活動家に怖いものなんてないですから。そんな思いにかられました。

     コメントにお答えすることができなくて、すみません。第一線の組織に戻り、非活3年の経験を生かし、自分の行動で、なんのための信仰なのか、まずは心ある活動家の良心を触発し、もう一度自分の理想な組織をつくるための行動をしたたかに始める覚悟です。

     
     しばらくコメントは、何らしかの結果を出すまで、控えさせていただきます。

  40. 初めまして。
    ずっと、読ませていただいてます。学会二世です。
    地区婦人部長を6~7年やり、最近間違いに気づき非活に転じました。

    私ごときがコメントするのもと、おもいましたがちょっと気になりましたので、突然の横レスお許しください。
    yさんへ
    問題は婦人部だと思います。
    壮年が、気づきノルマ目標関係なく活動しても、そのしわ寄せは全て婦人部にきます。
    盲進バリ活婦人部はそんなに甘くないです。
    もし、内部からの改革をされるなら、婦人部幹部をなんとかしてほしいものです。

    組織の衰退著しいなか今、さかんに折伏が叫ばれてます。
    フォートレス地区?とか。
    怖いのは手っ取り早く未入会の家族にはしることです。
    子供を入会させることだけはなんとしても阻止してほしいです。
    自分の子にも嫌な思いをさせました。
    取り返しのつかないことです。
    2世3世の苦しみ、葛藤は今更私が言うまでもなくハンパないです。

    先日の聖教にこれからは活動2割家庭訪問8割のような打ち出しが載ってました。
    創価もグラグラゆれてるようにおもいます。

    私は婦人部にいて内部からの改革は難しいと感じてます。
    ですがyさんにとっては又違うかもしれません。
    お気持ちはわかります。ですが応援はできません。私は創価はやはり社会悪だとおもっています。
    個人的な謝罪もですが、組織としての謝罪も総括もできないのであれば変わることは無いし、許されないのでは?

    とりとめもなく、長くなってすみません。
    また寄らせていただいてもいいでしょうか?

  41. yさん

    16日のコメント。
    熱くて、いいたいことがこぼれててくる感じで、よかったです。
    活動家さんはあまりきてくれないし、私は創価についてシロウトさんなので、「なるほどな~」と思って、読ませていただきました。
    私の恋人も、きっと同じようなことを言うでしょう。

    「OB のコメント」だったのが、今後「活動家のコメント」になってしまうのは、かなり複雑な気持ちですが……(笑)

    庶民的な助け合いの場、創価人は「創価だけ」って思ってますが、現実ではそんなことないですよー。
    時間も生活もやりくりしながら、弱ってる仲間のために努力を続けることもあります。

    ただ、周りの助けを足台にして、深い夜からでてこられた人に、報恩感謝とかいったり、祈らせたりはしないな。
    感謝も、恩返しも、手助けした側がいうものじゃない。
    それを「恩を売る」っていいます。
    自分に勝つとか、負けるとか、ない。
    願わくば、元気を取り戻したそのひとが、今度は別の誰かの手助けをしてくれたら、とはおもいますけど。

    活動が実るまでこないぜ。
    なんてこといわず、また来てください。

  42. yさんへ
    こちらでの数々のコメントを悪口と批判だとしか受け取られなかったんですか?・・・とてもがっかりです。

    皆さん学会の全線にいた方達です。私も学会っ子で、未来部から選挙というと拠点に行っては一日題目を上げて子供なりに戦ってきました。

    こちらのブログは宗教の真のあり方としてどうなのかを皆さんと対話していたのですが・・・
    そうですか~悪口かぁ~、…  批判ね~・・としか受け取られませんでしたか?

    とても残念です。仕方がありませんよね~その人の受け取り方ってありますからね。

    yさんどうぞ、命がけで組織改革と向上のため戦ってください。いい結果が出ることを本当に願っていますよ。

  43. セイコさん

    同感します!そうなんです。婦人部の実態…
    どうにかしてほしい婦人部幹部、山ほどいます!
    一見、にこやかで害のないおばちゃんなんですが、つきつめると恐怖です。

    私は、「世界中退転して私一人になっても絶対やめないわ!」(マジか(・・;))と顔色一つ変えず言った本部幹部を知ってます。
    また、あるしらゆり長は言いました。
    学校の行事へ行くと、みんな自分の傍から離れていく。(勧誘やお願いで有名だから)「でもね、知ってる?5段階あるのよ!最初はあきれる、次に文句を言う、次に無視する…で、最後はね、感心して味方になるの!」
    真顔で指を折りながら力説していました。
    し、知りませんでした、その5段階の法則…(汗)
    こんなの一部です。おっそろしい婦人部いっぱいいます…

    問題は、子どもの教育の権限を握っていることです。

    心臓部は婦人部です。

    そして散々書いていますが、あの人たちは理屈が通じません。どうしたらいいんでしょう。

  44. ノブさんへ

    最初に「自分は金のために入った」と仰っていた意味がわかりました。本当に、嫌な思いをされたのですね。

    仕方なく入会した方に対しても、入会させたほうは、自分が圧力をかけたなんて夢にも思っていないか、いつかきっと真の理解者になる!と勝手に脳内変換してしまいます。
    始末が悪い、本当にその通りです。

    相手の気持ちを理解できず、自分の都合のいいように解釈し、思考停止する人間を量産して選挙活動を行っていることだけでも、大変危険です。社会悪、日本の癌と言われる所以ですよね…

    まだまだ自分の思考の傾向から創価臭が抜けない私ですが、皆さんのご意見からしっかり学ばせていただきます。

  45. はじめまして。
    皆さん、yさんを誤解しているように、私は思います。
    yさんは「昭和の男子部・壮年部」なんです。
    signifieさん同様、あるいはそれ以上に本気で活動に打ち込み、それ故に創価の現実に落胆して非活となった。
    「オカラ」理論を地で行く学会員、今の創価にそんな人いません。居ても今の創価じゃ活動しないし、できません。
    昭和と平成では全然ちがうんですから、活動の中身が。
    でも、モニカさんの言うとおり、学会は昔から根本が幻想だったんでしょうね。

  46. モニカさん

    モニカさんのコメント、いつもすっきりしていて気持ちよいですね。私がモヤモヤしていることを明快に言い当ててくださるので、ありがたいです。

    本当に、理屈じゃないんですよね。大確信という名の、究極の思い込みで生きているので、難攻不落です。
    日常生活のどんな些細な出来事も、功徳であり、魔の仕業であり、使命であると自己洗脳し、それが長い年月で何層にも積み重なっていますので、本当に厄介です。

    自分の親ですら糸口が見つかりません。
    精一杯話してそれでも通じなければ仕方ないのかもしれません。親子といえども別々の人生ですから。でも親子だからこそ、仕方ないという言葉で終わらせたくない。
    辛いです。

  47. オカラ理論も昭和の情熱も、根本を信じ切ってる故、成り立つと思うんですけどねえ。不思議な人だなあと、私は思いました。

    根強いのが「学会組織は腐ってるけど、日蓮仏法はまちがいない」「これでは池田教じゃないか」という意見ですけど、yさんはSGIみたいな完全な池田教になって存続したい、要するに学会の世界が大好きと言ってますよね。そんな意見もあるんだなあと。

    婦人部は、打出しも方向性どうでもいいんです。一切が確信で、疑問を持つこと自体負けだ思っています。
    近年の衰退については「本物がふるいにかけられている!本物しか残らない時代に入った」という独自の理論があります。もはや感動すら覚えますね。

    婦人部の活動家に聞いてみたいことがあります。未だ日蓮仏法を特別だ、宇宙の法則だと思いこむ理由は、日蓮さんが「末法の御本仏」だからですか?
    御本仏…それは人間の姿はしているが、人間でないということですか???
    私には、鎌倉時代の一お坊さんとしか思えないんですが。
    これはあくまで、仏教の一宗派のひとつの意見にすぎませんよね。その文証すら真偽が問われていますし。
    そこまでゆるぎない確信を持てる理由がミステリーです。
    理由なんてないです。理由なく信じるのが信仰なんです。そういうことですか?

  48. Yさん、率直なコメントありがとうございました。創価の悪にそこまで気づいておきながら、ふたたび活動家に戻るという展開は思ってもみませんでした。創価の間違いに気づいた50代でも、いろんな考え方があるんだなと思いました。私の場合55歳ですから、特に病気や事故にあわなくても、さしずめ「余命20年」といったところでしょうか。自分の人生の中で残りの時間を考えると、それまでに創価が内部改革できる可能性はゼロだと思っています。といいますか、もともと創価が宗教を装った詐欺集団であることがわかった以上、改革もへちまもないと思っています。前にも言いましたが会員の人間性はともかく、組織の根本が悪なのですから改革の余地はないと考えます。そこがYさんとの考え方の決定的な違いなのでしょうね。共に活動してきた会員さんとの絆や、これまでの自分の生き方を肯定したい気持ちはよくわかります。しかしどう考えても肯定できない組織の現実を直視しながら、その根本の悪を善に変えていくには、新たな宗教団体をゼロから作り上げていくことよりも困難なことではないかとも思います。しかしそうした困難に立ち向かう決心をされたYさんを誰も否定はできないでしょう。ただ創価にとってYさんがやろうとしていることはクーデターのようなものなので、組織の中枢としては面白くないでしょうね。創価の本質を活動家に訴えても彼らが聞く耳をもたないことはYさんもおわかりだと思います。場合によっては狂人あつかいされるのがオチです。創価にとってお金を集められない組織は意味がありません。創価の目的は世界平和でもなければ個人の救済でもありません。お金です。その目的を拒むような動きが内部に起これば、上層部はつぶしにかかるでしょう。Yさんが組織にもどって組織に疑問を投げかけた途端、おそらく孤立してしまうと思います。退転者扱いは目に見えています。そうした孤独感にひとり絶えながら今後の人生を創価に賭ける決心をされたYさんは、ある意味すごいなと思います。私にはとてもできません。そのようなことに自分の余命20年を使い切ることは私は考えられません。それよりもひとりでも多くの人が創価の実態に気づいて自分の人生を取り戻してもらいたいと思っています。またここにコメントされている創価の悪に気づいた多くの方は、そうした現実に直面してきた方なのですから、Yさんにもそのことに気づいてほしいとの思いで話されているのです。単にYさんを否定しているわけではないことを理解してほしいと思います。もしYさんが組織に戻って孤立感を感じられたら、このブログのことも思い出してみてください。それではご健闘をお祈りします。

  49. はじめまして、私も学会2世の婦人部員です。
    私は、まわりの学会員さんが学会の矛盾に目を向けない事や、あまりにも盲目的に信仰している姿が、本気で怖くなり4年まえから活動休止しています。
    ですが、子供の幼稚園や小学校で、以前に一緒に活動していた婦人部に会ってしまうと、いまだに胸が重くなったり動悸がしたりしてものすごく苦しいです。
    でも絶対に学会には戻りたくないんです。だけど退会する勇気もまだ無いんです。
    ここで皆さんの意見を読ませていただいて、すこし元気が出たので聖教新聞をやめたいと思います。
    学会員の家に電話をするだけでも、震えそうなんですががんばります。
    自分の気持ちを大事にします。
    学会では自分の気持ちをおさえることばかり、学んでしまいましたけどね。

    このようなサイトに出会えて本当に感謝しています。

  50. じゅんこさん、よかったですね。
    同じ二世、婦人部だった者として精一杯応援しますよ。

    学会員の中には、執行部がどんなにダークであろうと悪事を働こうと、
    「それはその人が罰を受けること。御本尊様はお見通しよ。真相は末端の振る舞いよ。つまるところ創価が何かって、それは私たちの普段の振る舞いよ。末端の庶民の誠実さよ」
    と言う人がいます。
    創価が世間から叩かれるたび、ますます襟を正して近隣に礼儀正しく接するわけです。面倒も明るく引き受け、いい人をアピールします。私が創価学会よ!私を見て!これが真実の創価よ!
    実際明るく、誠実な人柄かもしれません。
    世間にとっては信濃町の巨塔の実態でなく、身近な学会員を判断材料にしますからね。

    執行部はにんまりします。これを絶好の隠れ蓑にします。広告にします。

    だから自分はわるいことはしていない。誠実に振る舞っているだけ、というのは果たしてどうなんでしょうね。
    本当にトップに疑惑、不信、犯罪などがあったら、見ないふりなどしないで追及すべきです。

    末端は誠実ないい人…そう考えると、これも疑問の思うこの頃です。

  51. じゅんこさん、コメントありがとうございます。創価による精神的なストレスが身体にまで及んでいるようですので、かなり深刻だと察します。新聞を辞めるにも勇気がいる宗教なんて絶対おかしいですよね。私もそうでした。でも私の場合、それからご本尊をお寺に返したことを組織に伝えると、意外とあっさり脱会できました。それ以後は選挙のときにしかやってきません(笑)。入信動機のない二世三世にとっては、気づいてからの気持ちの切り替えがたいへんだと思います。信じていなくても何か危険なことがあったらお題目が出てきてしまうとか、悪いことがあったら罰かも知れないなどと思ったりして。創価は宗教なんかじゃないということをしっかり自分に言い聞かせないと、それまでいやというほど身にしみついた悪癖をぬぐうことができないのかもしれません。まったく自分はなんて家庭に生まれたんだと思ったりもしますが、いままでは悪い夢を見てきて、やっと目が覚めてほんとの人生が始まるんだと思っています。ともに頑張りましょう!(^^)

    モニカさん、いつも素晴らしいコメントありがとうございます。私が言いたいことのすべてを言ってくださるので、とても他人とは思えないくらいです。これからもよろしくお願いします。

  52. 人として誠実に生きる…それは創価を離れてもできます。

    それを創価に求めているのであれば、どうか見誤らないように!そう願います。
    その志を創価に置いて本当によいのか…。熱い志には冷たい頭が必要ですよ。

    私は大好きな愛すべき人たちと、歯をくいしばって決別しました。
    覚悟があります。
    できる限りのコメントはしようと思います。

  53. 信心をやめる事を伝えたら、幹部は一通り私の思ってることを聞いたあと、あっさり承諾でした。両親との兼ね合いで、ご本尊を返すかはもう少し時間をかけて考えたいと伝えたのですが、「じゃあゆっくり考えて」と帰って行き、それきりです。選挙や、折伏の時のテンションとのあまりのギャップに驚きです。今まで熱く語って来たことは何だったのでしょう。学会本部のことを話したので、この人はもう救いようがないと思ってるのかもしれませんね。

  54. コメントさせて頂きます。私は学会3世です。事業を立ち上げ、起動に乗せる為、会合はあまり出られなかったのですが、その間に退転者扱いです。本部幹部会、財務も三桁近くやっているにも関わらず。現在転居し、また別の地域におりますが、
    まあ会合会合が多すぎます。対話も奴らは嫌いですね。御書を読んでいれば、願い事は叶うって感じでしょうか・・・・。また、彼ら彼女らが、勤務する企業で一流の仕事をやっているようには思えませんし、見えません。婦人部もどういう指導をされているのか皆目検討がつきません。以前の、地域では支部婦人部長が、お金が欲しいと私の母に言い出したこともあります。ぶっちゃけ専業主婦を辞めてパートに出れば?としか言いようが無いです。活動家としての側面を見せつつ、結局それか・・・という方もかなりいます。壮年部につきましては、七三の髪型の古いオッサンがしきっているところは駄目ですね。なんかこの組織の賞味期限切れを感じますわ・・・。20代のヤングが頑張っているとかわいそうで涙が出てきます。

  55. お目汚しごめんなさいさん 退転者であろうが、裏切り者であろうが集金さえできればな~んにも関係ありません。
    三桁近くなんて かもねぎ 上お得意様です
    ばかばかしいと思ったらおやめになることですよん 

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