幸せについて

自分が学会員であることが幸せだと思い込んでいる人が活動を続けています。まわり(学会員ではない人)を見ることすらできないのに、自分が幸せかどうかなんてどうやってわかるんでしょう。それが絶対的幸福というのでしょうか。絶対的幸福を得るために、民主主義を無視しためちゃくちゃな選挙活動をしたり、他の宗教のことをぼろくそにさげすんだり、脱会する人に地獄に堕ちるぞなどと脅すのでしょうか。そして何も考えずに学会活動をすることが絶対的幸福であると信じて疑わない。まあ、それで本人が幸せだと思い続けられるなら、べつに何もいうことはありませんが、幸せだとも思えず、他人にこの信心を勧めることに抵抗を感じつつも、組織から抜け出せずに苦しんで苦しんで、最後は心を病んでいる人が、ほんとうにたくさんいることがわかりました。そしてどんなに苦しんだところで組織は何一つ助けてはくれません。「祈ろう」「信心が足りない」としか言われません。何の解決にもならないまま、日常生活にまで支障をきたすことになります。たとえ創価の間違いに気がついて、脱会して、きれいさっぱり忘れようとしても、そんなに簡単には心を修復することはできません。これまでに犯してきた自分の間違いを認め、未来に向けて歩むことができる人はまだ幸せだと思います。創価の間違いに気がついてはいても、それではこれから自分はどう生きていけばいいのかわからなくなる人もいるでしょう。そうした人が、たとえば宗門に入って、今度は創価を攻撃するようになる人もいるようです。立場こそ違えど、精神構造は同じですね。これこそが正しいのだと思う人智を越えた何かにすがりつかなければ生きていけない人なのかもしれません。私は創価の間違いに気がついても、すぐに別の宗教に入ろうと言う発想はありませんでした。しかし無宗教であろうとも思いません。仕事柄、いろんな宗教や文化に接する機会が多いので、宗教をあたまから否定するようなこともありません。あえていうならば禅宗の思想と文化にはとても興味があります。今はちょうどキリスト教関連の仕事が多いので、あらためてキリスト教について勉強したり、いろんな方のお話を聞いたり、国宝や重要文化財の取材等をしているので、とても参考になります。そんな仕事をするにつけ、創価の思想がいかにバッタもんであったのかということが、ほんとうによくわかります。創価学会とは、会員がよろこんでお金を貢ぐカルト集団だということが、ますますよくわかってきました。創価学会の活動をして幸せを感じるというのは、単に騙されているだけです。「この信心をすると必ず幸せになれる」というのは「美味い儲け話がある」というのと同じです。いま創価学会の活動をやっていて、なにかしら疑問を感じていたり、どうもスッキリしないと思う方なら、この創価の魔の手から逃れる可能性があるということだと思います。どうか正気に戻ってください。自分の考えで自分の人生を決めてください。創価があなたを幸せにしてくれるわけではありません。それはあなたの心の底で確かに感じていることだと思います。恐れることはありません。騙されていることに気がついてください。その気づきをこのブログに書いてみてください。驚くほどたくさんの方が、あなたと同じような疑問を持ち、悩み、そして自分の人生を取り戻しておられます。

幸せについて」への10件のフィードバック

  1. はじめましてこんばんは。
    学会2世のnikoと申します。
    シニフィエさんのブログ全て
    読ませて頂きました。
    私はこれまで付かず離れずの関係で
    学会に対し特におかしいと感じたことは
    ありませんでした。
    しかし最近自分に結婚の話が出たことで
    初めて学会に疑問を抱くようになりました。
    今まで避けてきましたが、ネットで学会の
    ことを調べはじめました。
    世間で学会がどう思われているか、
    また脱会した方のブログ等調べれば
    調べるほど今まで騙されていたのでは…
    という思いが大きくなっています。
    皆さん言われていますが、私も小さい頃から
    学会は素晴らしいということと
    仏罰の恐怖を知らず知らずのうちに
    刷り込まれていたのだと思います。
    正直ショックで呆然としました。
    二十数年自分が信じてきたものは
    何だったんだろうと。
    そんな時シニフィエさんのブログに
    出会い、モヤモヤとした気持ちが少し
    楽になりました。
    シニフィエさんは私の両親と同年代です。
    学会がおかしいと気づかれた時は
    本当にお辛かったと思います。
    私はこれまで両親に学会活動を強制
    されたこともほとんどないし
    学会のせいで寂しい思いをしたり、
    家庭がおかしくなったということも
    なかったので、両親を恨む気持ちはありません。
    ただこのまま知らない方が幸せなのだろうか
    という気持ちと、騙されているという
    ことに気づいてほしいという両方の
    気持ちがあり、これから自分は
    どうしたらいいんだろうと思い悩む日々です。
    この問題は本当に難しいことなので
    すぐに結論は出せませんが、
    少しずつでも自分の中で折り合いを
    つけていければと思います。
    初めてなのに長々とすみません。
    このブログで本当に救われました。
    シニフィエさんも無理せず、お体に
    気をつけて。また更新を待っています。

  2. 最近知ったのですが、個人のわずか数百円ほどのお金で有益な活動をしている団体が結構あるのですよね。。

    創価学会ほどお金の掛かる団体をわたしは、いままで知りません。。

    そのお金が、世の中で有益なことに使われているならいざ知らず、創価学会員の殆どが、そのお金の行方も知らないという、笑っちゃうくらいの世の中で言えば不正経理。。

    それを許しているのは、脳内お花畑のマインドコントロールされまくっている、そこのあなたです。。

    母は、客観的に見て、とても幸せとはいえない老後の暮らしですが、当の本人は幸せだと言い張ります。。

    幸せとは、本人の主観に依るかもしれませんが、最近知り得たお年寄りたちは、正直言って、母よりははるかに物質的にも精神的にも豊かな暮らしをしていることに、わたしは目からウロコで感動すらしました。。

    創価学会の組織にいたら、とてもそんなふうに生きられないことでしょう。。

    創価学会を脱会して、今年で8年になるかしら、わたし。。

    ほんとうに、世界が次から次へと拓けている感じです。。

    もちろん、創価学会に属していた頃の自分は、それはそれで良かったのだと肯定しています。。
    わたしは、自分なりに精一杯自分に正直に頑張ってきたから。。

    これから、脱会するひとも、そんな自分を充分認め労ってほしい。。
    自分は、よくやってきた、と。。

    間違ってなんかいないのです。。自分は、その時は正しいと思ってやってきたのですから。。

    ただ、真実に目覚めた時からのあなたが、本来の自分自身なのですよ。。
    そこからスタートすればいい。。
    幾つになろうと。。

    創価学会という組織に囲われていると、ほんとうに極小の世界しか知り得ません。。
    わたしは、しみじみそれを感じている昨今です。。

    脱会するという勇気がないのなら、組織からちょっと距離を置いて、自分自身を見つめ直す時間を作ればいい。。

    組織の人に会うことをやめて、その代わり自己啓発の機会や創価でない人との交流を多く持つとか。。

    そうしてみると、意外や意外、創価学会の人とは違う温かな人間関係にあらためて感激することでしょう。。

    創価学会の組織では、自己を成長させることはできません。。
    真実の自己と向き合って、創価学会から飛び出してください。。
    そこから、ほんとうの自分の人生がスタートします。。

    先日母は、ソチオリンピックのフィギュアのことで、日本の有力選手の対抗馬が出ると。。転べ〜転べ〜と念を送るというのを聞いて、驚きました。。

    創価学会の人は、日頃敵対した人に対して、地獄に落ちろって祈っていますよね。。

    人の不幸を祈るって、信仰者として如何なものでしょうか。。?
    組織の中に染まると、それも当たり前になるのでしょうか。。?

    そんなふうな心貧しき人になんかなりたくないですよね。。
    でも、組織の中にいると、それがわからなくなるのでしょうか。。?

    ほんとうに、そんな自分でいていいのでしょうか。。

    わたしなら、選手それぞれが思いっきり自身の演技をやり切った上で、勝敗を決定して欲しいと願います。。
    それが、ほんとうではありませんか。。?

  3. 無知は罪である…これは創価で習った記憶があるんだけどな。

    事実無知は人を不幸にします。知らなかった、騙された、では済まされないんです。
    偏った知識しかないのに、それで他人まで引導する幹部はさらに罪が重いですね。

    壮年部の幹部は、実は全部わかってるインチキくさい人がいますが、婦人部は無知のパターンです。
    「知ろうとすれば環境が整っているにも関わらず、頑固な性格から、敢えて情報をシャットアウトしてる故」の、無知ですからね。
    私は、幹部には容赦はしませんよ。

    このブログに来る人たちは、両方の世界をよくよく知った上で、判断しているわけです。
    どちらか一方の世界しか知らない人と、両方知っている人と、どちらが説得力がありますか?

  4. 流れ星さんの、お母様への接し方、ほんとに感心します。
    うちの母も似たような言動で、それに対して私は冷静に受け答えできなくて…悲しいことです
    ほんとに悪いのは創価学会の組織のあり方なのに……
    でも、みなさんのコメントを参考に、前向きに頑張りますね。

    オリンピックで活躍されてる選手の方が
    知らず知らず広告塔にされるようなことのないよう
    心配してます、報道のあり方で

  5. わかりやすく言いましょうか?

    私たちはあなた方、幹部、執行部の喉元にナイフをつきつけ、「あなた、本気で言ってるの?」と尋ねているようなもんです…。
    アナタたちがデマだと片づける、チャラいネット情報で戯れてる愚痴団体に見えますか?
    デマにつきあうほど、暇じゃないんですけどね。

    アナタたちが言う広宣流布とやらの情熱と、私たが訴える真実。どっちの民意が証明されるでしょうか。
    金さえあれば、すべて操作できるなんて思わない方がいいですよ。

  6. すみません。コメントが荒いですよね(>_<)

    実は先日、久しぶりに幹部に会い、これが最後になると思うと、つい一言二言質問を投げかけたんです。
    笑って静かにさよならすべきだったんでしょうけど、最後まで自信満々で、自分たちは露ほども悪くない、という態度を見ていると、ガマンならなくなたんです。
    もともと気が強いので有名な人でしたが(そのわりに、いつもペアで来る)、マックスの怖い目で睨み付け、
    「あのね、そんな問答に答えは出ないのよ!聞いてあげてもいいけど、今日は手続きにきただけだから!」
    聞いてあげてもいい…最後まで婦人部長でいらっしゃるのか、上から目線でしたね。

    「私はこれからも、大切な会員を守るわ!だからそういう人たちを悪く言わないで頂戴!」
    もう一人の人は
    「今度は、選挙お願いにくるねー」
    …最後まで最強でしたよ。

    つくづく思ったのですが、面と向かっての対話って更にむずかしい…
    まして、知ってる人、お世話になった人、今後も付き合いがある人などに、遠慮なく討論を挑むのは。
    私は血の気も多いので、こういう人相手に冷静に話すのも骨が折れます。

    自分の近所ではなく、全国の学会員さんと冷静に、また遠慮なく討論ができる。対話を成立させる。
    これはネットならではのメリットですよね。

  7. モニカさん
    創価学会の活動家に会って話しをすると、思いっきり心の中がかきまわされますよね。。
    なんなんでしょうね。。?
    あのエゴというか、自我丸出しは。。

    そして、あの決めつけでモノを言う感じは不愉快でしかないです。。
    相手の話しに、じっくりと耳を傾ける気持ちすらなく、話しの腰を折って自分の話しばかりまくし立てる。。

    人として如何なものでしょうか。。

    それでいて新聞や選挙を頼むときの外部の人向けの顔があって。。(ーー;)

    創価学会の人は、癖のある人がいても、それで揉まれて人間革命ができるのよ。。
    まだみんな、人間革命の途上なの。。。と言いますが。。
    一生言ってろよ、って感じがしますよね。。☆*:.。. o(≧▽≦)o .。.:*☆

    宝星さん
    わたしも、母に対して尋常じゃない気持ちになることは、ありますよ。。

    実をいうと、昨年の今頃は、本気で母と縁を切りたい、とまで思いつめました。。
    母の祈りが、ある意味シャーマン的でオカルトちっくで、悩んだ時期もあります。。
    信じるとか信じない以前の人の一念の恐ろしさのようなモノを母から感じた時期もあったのです。。

    よく、創価学会は退転者に対して、相手が気がつくように、と熱心にお題目を送るじゃないですか。。

    それで、退転者によくないことが起きると、ヤッパリ、と学会員同士で納得、みたいな〜。。
    きゃーー!怖いわあ。。。・°°・(>_<)・°°・。

    まあ、信じるとか信じないに関わらず人の一念の怖さを母にまで感じていて。。
    つまり?生き霊。。( ̄^ ̄)ゞ

    いえ、よく見えるという方に言われました。。
    母が憑いてる。。と。。
    きゃーー!!

    すみません。。
    冗談ではありません。。(#^.^#)

    母は、創価学会や公明党のことを話そうとすると、もう半狂乱になって大変です。。
    多分、わたしの話しに思い当たる節が多分にあるからなのですよね。。

    いま、母との関係が昨年よりは多少改善したのは、もう既に母が、組織の集まりにそんなに出なくなったみたいなんです。。

    母も、薄々気付き始めているのかもしれません。。組織のおかしさに。。(#^.^#)

    喧嘩になっても、話しましたわたし。。
    自分の親だからこそ、分かってほしいと思ったし、きっとそれが母へのいままでの感謝の現し方でしたね。。わたしは。。
    母との縁の深さを想えばこそです。。

  8. 愚痴です。ゴメンナサイ!!

    私の場合、あそこまで威圧的に言い放つ権利が、あの人にあるのかと思うと、怒りの震えが止まりませんでした。
    考えてみれば、身内でもないのに精一杯礼儀を尽くしたつもりです。
    親にもしなかった、正座して一方的に聞く立場が私にあったのかどうか…。でもそれを通しましたよ。
    あなた、何様?

    マジで今度会ったらぶん殴りたい!そのくらい不愉快だったのを必死で抑えました。

    すべての人に仏性があるなんて、よく言えたものです。あなた自ら、自分の思い通りにならない人は露骨に見下すじゃありませんか。
    ここで、所属、実名を出さないことを感謝してほしいものです。

    私はできるだけ失礼のないよう、最後まで無視をしないで、礼儀と筋を通したつもりでした。
    婦人部長でございます…それでさぞ、気分がいいでしょうね。
    どうぞそれで、自分の僕の部員さんを守って下さいませ。

    ホントは直接言いたかったけど、お偉いのか、携帯番号もメールアドレスも私には知らされません。
    教えてもらえませんでした。

    恨むことはしません。
    これも笑って忘れようと思いますが、自分だけが正しいと思わない方がよいですよ。

  9. 日蓮、学会の教えは、、末法のこの時代は、摂受ではなく折伏のときであるとならったような、、。相手を、あなたは、間違えていると否定するところから始まっているから、相手を認めるとか、受け止めるとかがそもそも、教えのなかにないようにかんじるのですが、だから、バリ活動家のかたとの対話はそもそも成り立たなくて当たり前かなとかんじました。私の解釈が間違えていたらごめんなさい。
    私事ですが、非活になるま前、地区婦人部長に、「会合にでると、気持ちがおちこみ不調に奈留ので、出ませんとまた、会合に出られるようになればこちらから連絡します。
    だからそっとしておいてください。」とメールしたにもかかわらず、返事もなく、白百合からは、ばんばん、日程の連絡が流れてきて、家庭訪問にも平気で座談会のお誘いが来ると、全然伝わりません。相手は、私たちは絶対正しいということが前提なので、きっと、「ぽんきちさんは、魔につけこまれて不信をおこしているにちがいない、だから、私たちが善の方向へと救ってあげないと、、!!思っているのかもしれません。なので、これじゃあ到底対話なんてなりたたないということがこの一件で、よーく理解することができました。

  10. nikoさん、コメントありがとうございます。このブログのすべてを読んでいただいたということ、恐縮です。
    入信動機の無い二世三世は、辞める動機さえ与えられない場合が多いので辛いですね。ニュートラルが学会員であり、親兄弟も学会員である場合がほとんどですから、間違いに気がつく機会がきわめて少ないですよね。何はともあれ小さい頃から勤行唱題をすれば褒められるし、親が喜ぶ。子どもは親を喜ばせることを生き甲斐として成長していきますから、学会員の家庭は基本的に教育が間違っています。大人になってその間違いに気がつけばまだいいのですが、そのまま自分の思想を持つこと無く年老いてしまう人もいます。悲しいことです。

コメントを残す

以下に詳細を記入するか、アイコンをクリックしてログインしてください。

WordPress.com ロゴ

WordPress.com アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Twitter 画像

Twitter アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Facebook の写真

Facebook アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Google+ フォト

Google+ アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

%s と連携中