福運って何ですか?

創価学会の活動家さんに訊いてみたいことがあるのですが、先の阪神大震災や東日本大震災で多くの方が突然亡くなられ、さらに多くの方が職も財産も失われました。その中には多くの学会員さんたちも大勢いらっしゃったでしょう。福島では今も放射能に怯え、一生ふるさとへは帰れない方もいらっしゃる中で、福運とは何だと思いますか?はたして創価学会の信仰をやれば震災や原発事故から逃れることができると本気で思われていますか?

たとえばこの映像を見てください。

この映像に出てくる人たちの中で、学会の信心をしている人と、していない人の違いがあるでしょうか。

創価学会の方にとっての福運とは何でしょうか。自分だけ生き残ってラッキー!ってことでしょうか。この信心をしていたから災害に遭わずにすんだ…そんなものが信仰と呼べますか?この映像に映っているたくさんのご遺体を見て、「ほら学会の組織について活動をしなかったからこんなことになるのよ」などと思っているのでしょうか。では、この映像の中に創価学会員はいないのでしょうか。

創価の信仰をしているから福運があるなんて、根も葉もない大ウソです。喜んでお金を出させるための手段でしかありません。目の前に人参をぶら下げられて一生懸命走る馬の話と同じです。これだけ商品を売ったらこれだけ儲かるとか、何人以上会員にすれば自分の子どもの代まで毎月配当金をもらえるなどの甘い言葉で粗悪な商品を大量に買い込ませるネットワークビジネスと同じです。もし東日本大震災で、学会員が誰一人として被害に遭わなかったとしたら、誰もが信用するでしょう。でもそんなことはありえません。何かを信じたから特別な自分になれるという考え方自体がすでに信仰からかけ離れているとは思いませんか。新聞を何部もとったり、選挙で上から言われた候補に投票させることで福運がつくなんて、どうやったら信仰と結びつくのでしょう。

忙しくてなかなか本も読めない日々が続いていますが、今日たまたま病院の待合室で時間ができたので、いつも持ち歩いて少しずつ読んでいる本の中に、こういった箇所がありました。

「第三に、問題の解決は、結局は自分自身が納得し、自分自身がうなずく外はないのである。いかにすぐれた方法であり、教えであっても、自分自身がうなずかないかぎり、ついには絵にかいた餅に終わってしまう。仏教では独覚とも無師独悟ともいわれている。独覚paccekabuddha, pratyekabuddha とは、縁覚ともいわれ、自分の解脱のみを考える単独の仏として、小乗の立場という概念が定着してきているが、しかし、よく考えてみると、目的の実現は、結局はpratyekabuddhaになる外はない。各自がそれぞれ成仏する以外に道はないのである。大乗教典にも『他に依りて悟らず』といわれている。自分自身が悟る外はないのである。これに対して、ユングの表現はもっと柔らかいが、似たようなことをいっている。ユングは患者について次のように語る。『患者は生涯、自己の孤独な闘いをたたかい抜かねばならず、おそらくはきわめて不完全な鎧と、おそらくはきわめて不完全な自分自身の目標を信頼していかねばならない。かれはおそらくあまり上等でない鋤で畑を耕さなければならない。私の鋤はかれのものより少しは上等かも知れないが、私の鋤が上等だからといってそれがかれにとってどんな意味があるのだろう。かれは私の鋤を持ってはおらず、私がそれを持っているのであって、それを借りることはできない』(C.G.ユング『分析心理学』)このように、自分自身の鋤で自分自身の畑を耕すことが、残されたただ一つの道である。」(玉城康四郎『東西思想の根底にあるもの』)

この本のわりと始めのほうのほんの一部の抜粋ですが、私がこのブログで「自分で気がつくしかない」と何度も言っているのは、こういうことなんだとあらためて思いました。人から言われたことを何も考えずに鵜呑みにして行動してしまうことの愚かしさが、過去の自分への戒めも含めて、いま痛烈に思うことです。

福運って何ですか?」への56件のフィードバック

  1. 震災以来、「この信心を真面目にするなら必ず守られる」というセールストークは完全に通用しなくなりました。
    広宣流布が進めば、雨土くれを砕かず…も。(毎度のことですけど、この件で謝罪も説明もありませんでした)
    それで今度は「信心してても悩みはなくならない。悩みに負けないことが信心だ!」
    という語り口を強化させることにしました。
    あの、創価じゃない人だって必死で、涙ながらに様々な苦難を乗り越えていると思いますよ。創価じゃないと負けて負けて惨めなわけ?
    どこまでいっても、自分たちは特別。差をつけなければ気が済まない。
    自分たちはせめて心が救われたけど、そうじゃない人は辛いわねえ、可哀想ねえ…
    立派な会館に、信心関係なく外部の人も受け入れたわよ。やっぱり創価は違う。さすがね。特別なのよ。
    これが誇りで支えになったんでしょうか?

    普段、特定の信仰をもってない人たちも、ご遺体の前には花をたむけ、手を合わせ祈りました。
    創価のお題目じゃないと成仏しないんだよ、と思いましたか?

    ※直接被災してない私に、こんなこと書く権利はないかと思います。
    実際、被災された方は、内部も外部もないと思われたと思います。不愉快でしたら深くお詫び致します。

  2. 今日は、あるカルチャーの帰りの電車で、特に目立ついくつかの親子の集団が電車に乗って来ました。。

    一見、美しいママたちと、その子どもたち。。
    私立小学校の、いかにも1年生という感じ。。

    ふと、駅名をみたら、かの有名な創価小学校、中高の学園の最寄り駅でした。

    わたしは、しばらく、その親子たちを眺めていました。

    ドラマにでも出てきそうな有名学校に通わせているという感じで、経済的にも、いかにもゆとりがあるという感じ。。

    もしかしたら?創価学会の信濃町職員の子どもたちなのかも?と一見して理解できました。

    いかにも、純粋培養のママたちと、その子どもたち、という感じです。

    わたしは、カルチャーの帰り道だったので、生き生きとした美しい先生とその元に集う女性たちと交流してきた帰り道でした。

    駅に降り立ったとき、その創価のエリートママ軍団のママたちの顔をしげしげと観察しつつ通り過ぎました。

    遠目に見たとき、そのママたちは、いかにも目立つ美しさでしたが、近くで見つめた時、それは、いかにも表層的で、個人としては決して輝きは見いだせなかったです。
    心の奥底に貧相な感じさえ滲ませていました。

    たまたま通りがかった情景でしたが、こういった親子たちが、まだまだ次々と創価学会を担っていくのかもしれないよなあ、と思ったら。。。
    ちょっと、考えてしまいました。。

    過去に池田大作は、総体革命を掲げ、創価学会で使命を持った人たちが、いまは、あらゆる分野に入り込んでいますね。

    政治の場はもとより、司法の場、検察、警視庁、学者や。。まるで、ウィルスが蔓延るように。。
    もう、その拡大を想うと途方に暮れそうになるくらいです。。

    でも、いくら創価のエリートを増殖させても、その創価学会の現場を支える学会員はもう、いまは、先が見えない状況です。。疲弊しているのが現実でしょう。。

    三角形、底辺の現場を支える学会員が創価学会の正体に気づけば、次第に総雪崩を起こしていくのが現実ではないかと、淡い期待をするものです。

    わたしはもう、創価学会とは一切関係ないのですが、母がいまも創価学会に属しているせいか、何故かあれこれと考えてしまいますね。。

  3. 震災の話に戻ります。
    地区幹部の話ですが
    「あの震災ね。なんで東北だったかわかる?なんだかんだ言っても、学会員が少ないのよ。関東は大丈夫。本部があるし、先生が祈って下さってるから!」
    …池田センセイが地球を動かしているんですね(@_@)

    創価の悪事はパターンが二つあります。
    執行部の陰謀とは別に、こういう一見普通のおばさんの無邪気な発言です。
    ワルにワルというより難しい…
    こうやって地道に声をあげ、衰退させていくしかないんでしょうね。

  4. センセイが震災を関東におこさずにすませる力があるなら、東北に震災をおこさないようにする力もあったのではないのでしょうかね。東北ならいいかって判断なんですね。神戸も学会員少ないのかな。広島や長崎も学会員が少なかったから原爆が落とされたのかな?地区幹部がこれですから、学会の組織は盤石です(笑)
    まるでどっかの教祖のズラ疑惑と同じレベル。坂本龍馬と話をす力があるなら、自分の髪ぐらい生やしてみろよってことですね。

  5. もちろん上のは冗談ですから(笑)
    でも、婦人部に多いというと怒られそうですが、こういうトンデモ発言がまかりとおってる組織って恐ろしいですよね。ちなみに私の母が婦人部時代にいつもいっしょに活動していた同じ婦人部の人はある県の婦人部長になるくらいの幹部でしたが、最後はガンで苦しみ抜いて亡くなりました。その死相はとても見れなかったそうです。その方の息子とは少年部時代から私といっしょに活動をしていて、今もバリ活のようですが、事業に何度も失敗し、たいへんな借金を抱えたまま、地元に住めなくなり、家族もろとも遠いところに引っ越していきました。私の父といっしょに草創期に頑張っていた当時男子部の方は、いつも一緒に活動していた妻に先立たれ、息子は創価大学を出ましたが、なかなか就職先が決まらず、そのうち親の根回しで公明党の市会議員になりましたが、ある法律違反で逮捕されたことが地方紙に大きく載ったりしました。私の姉は、父が議員時代に可愛がっていた公明党の職員と結婚させたがっていましたが、姉は学会が嫌で違う人と結婚しました。今ではその職員は公明党の県会議員ですが、姉が結婚しなくてよかったと今になって思います。
    学会員は、自分たちは信心しているから幸せな人生を送ることが保障されたように思い込んでいる人は多いようですが、周りの身近な学会員さんと、学会員さんではない人たちにどれだけの違いがあるのか、冷静に考えてみてほしいと思います。「何かあったら祈りなさい」「最後はお題目の力よ」それしか言うことができない幹部。なんの実証も見せられず、大きな会合のときに、みな同じような作り笑顔で会員に挨拶をするだけの幹部。その内実は家庭不和だったり、子どもがグレていたり、病気だったりで、ちっとも幸せじゃない。女子部なんか完全に婚期を逃したあげく、仕方なしに同じように婚期を逃した男子部と見合い結婚(笑)。いったい何のための信仰なのか、誰のための信仰なのか。それ以前にそもそも信仰とは何なのかということを、きちんと考えてほしいと思いますね。

  6. おはようございます。

    私は阪神淡路を体験してるんですが、婦人部幹部の方が、センセイを証人喚問する事になってた朝に、震災がおこった なんて意味のわからない事を言ってました。
    そんな事より、少しでも手助けしてもらいたかったです。福運がないから、水道管破裂して家屋が燃え、仏壇が倒れたのかしら? その仏壇が倒れる前に嫌な予感がして起きたから、仏壇によって圧死しなかったのは福運があったからなんでしょうか? 偶々運が良かっただけだと思います。

    友人はご家族でコタツに居た所、こんな時程センセイのために云々と言われたといいます。

    学会員さんにお願いがあります。 人の価値観はそれぞれです。傷ついてる時は、激励ではなく気持ちに寄り添ってあげて下さい。福運があるとかないとか、宿業とかで 簡単に片付けないで下さい。

  7. 二言目には、「福運」「経済革命」という言葉が好きな創価ですが、簡単にはいきませんね。
    でも、蔵のタカラより身のタカラ、それより心のタカラともいうじゃないですか。
    信仰者なら、心のタカラをまず大切にされてはいかがですか。

    福徳って追いかけても逃げていきますよ~。
    一生懸命がんばってがんばって選挙頼んで、恥をしのんで(失礼!勇気を出して)新聞頼んで、あー、こんなに頑張ったんだからお金入らないかな?
    って、それで福ってきますかね?

    内外問わず福徳がある人って、違う生き方してますよ。
    質素でも、満ち足りた顔して暮らしている人もいます。

    創価のいう福運って、いちばん福から遠い位置にいるような気がしますね。

  8. こんばんは
    以前一度コメントさせて頂きましたnikoです。
    お忙しい中返信のコメントありがとう
    ございました。
    私は途中で気づくことができよかったと
    思っています。
    今回福運と宿業について思うことがありまして…
    コメントさせて下さい。
    私の祖父のことです。
    祖父は娘(私の母)に祈伏され70代で
    入会しました。
    それまでは未入会ですが、母が20代の頃に
    一人で入会し学会員の父と結婚、学会活動
    することに反対することもありませんでした。
    ただ毎日仏壇には参っていました。
    高齢だったため活動はしていませんでしたが、
    以前通り勤行をし、うちが一時期拠点として
    使われていた時も○○(母)達がいいと思うように
    しなさいと口を出すこともありませんでした。
    私から見ても真面目で我慢強く、礼儀や
    人付き合いを重んじる大好きな祖父でした。
    そんな祖父は一般的に見て不幸な亡くなり方を
    したと思います。
    祖父の葬儀の際に学会員の親戚が言ったこと
    「私は毎日祈ってましたよ。○○さんのおかげでたくさん題目をあげることができて私は
    福運をつけさせてもらいました。立派に使命を
    果たして亡くなったと思います」と。
    その時は祖父が亡くなったショックもあり
    何も感じませんでしたが、今では絶対に
    あの言葉はおかしいと思っています。
    祖父は亡くなる前の自分の状態がどんなに
    辛く苦しかったか。祖父が亡くなったことと
    あなたの福運のことなんて何も関係ない。
    そんな言葉なんてかけてほしくなかったです。
    あんなに苦労して真面目に頑張ってきたのに…
    これも宿業なんでしょうか。
    私はもっともっと長生きして欲しかったし
    恩返しがしたかったんです。
    遺族に対してこんな言葉かけしかできない。
    なぜその時疑問に思わなかったのか
    自分が情けないです。
    人の生死に対して宿業や宿命なんて言葉で
    片付けて欲しくないです。

  9. 友人葬はいろいろと問題があるようですね、
    母は望んでいるようですが、私は拒否したい気持ちです。
    学会員は発言に慎重であってほしい、と思ってます。
    自分は不幸であることにつけ込まれたくないような、
    …でも人生って、ある意味居直って引き受けるしかない面もあると思うんです。
    ガチガチに取り繕った状態である人と
    宗教や人生について語ることはできない、と私は思います。
    科学万能の時代において、宗教家は意義を慎重に探求してほしい

    福島の現状、東北の震災復興について、被災者に関わらず
    組織から学会員全体に向けての現実的な指針はあるのでしょうか?
    実家の生活からは、選挙活動以外に特に何も感じられないのが、腑に落ちません

  10. 私のところはまちがいなく母が友人葬でしょうね。長男夫婦がバリ活ですから、弔問の方もほとんど学会員だと思います。学会草創期の功労者として美辞麗句で送られる。お経だけを法華経をつかった新興宗教団体で、仏教でも何でもないんですからね。なんだか気が重いですね。うちの家族としては、もう長男夫婦以外に学会員はいないんですけどね。

  11. はじめまして。創大卒、30代の男性です。非活2年半で退会はまだです。
    signifieさんのブログを見つけて、約1週間かけて全ての記事とコメントを読ませていただきました。
    対等な対話、疑問を疑問として言えるこのようなブログを提供していただき、また出会えたことに感謝しています。

    私自身、小学生のころに家族の中で母だけが入信して何度かは会合などに連れていかれましたが、大して憶えていません。
    私自身は母とは折り合いが悪く、思春期真っただ中になる頃は険悪そのもので、私はよく家出をしていました(笑)
    ちなみに母と父もなぜ結婚したの?と言わんばかりに仲が悪いです。

    私は読書と考え事が好きな人だったので、高校のころにたまたま連れて行かれた同時中継で名誉会長のスピーチが面白く感じ、それがきっかけで創大へ進学しました。
    でも、創大の寮に入ることは断固拒否し、ご本尊も受けませんでした。
    そのうち、当時尊敬していた先輩に入信を勧められ「ま、いっか」くらいの気持ちで入信しました。
    そのような経緯なので2世と言われたり、そうじゃないともいわれます。私自身2世とは思っていません。(笑)

    はじめて組織に疑問を感じたのは入信して間もないころ、学生部の会合で新聞紙上にある会合についての指導を全然守っていないので異議を唱えました。
    その時参加していた学生部全員に文字通り囲まれて、「顔がヤバいよ、大丈夫!?」等の言葉を浴びせ掛けられました。
    あまりにも辛かったせいかそれくらいしか覚えていません。当然、会合には行かなくなりました。
    その後、同時中継などの大きな会合だけは行き、人材グループにも入りましたがやる気はあまり起きませんでした。
    組織とは別に仲の良い友人はいたので、選挙や折伏(ほんの少し)はそれなりにやっていました。
    しかし、選挙についてはずっと疑問で選挙があっても毎回2~3人くらいにしか頼んでいません。

    卒業後は男子部に所属しました。その間に一度だけ人情味がある部長さんがいましたが、組織の在り方自体には疑問を感じ続けていました。
    疑問は言えないし、言っても(ただの批判でなく代案を添えても)返ってくる言葉は皆さんと同じように「我見」や「価値的じゃない」、「もっと題目をあげよう」でした。
    10時間唱題を何度かやっても疑問が解決はずもありません。
    何度かは自分を空っぽにしようとも思いましたが、我見が強く(笑)、考えることをやめられない性格なのでそれは無理でした。

    非活に転じたきっかけは引っ越した先の地方都市で人材グループで着任していた時のことです。
    地方は若い人が少なく、1か月の間に2、3回着任がありました。
    私も時間をとられてしんどかったですが、同じく着任しているメンバーは就職さえままならずに着任している姿を見て
    「この組織はこのメンバーたちを一体どのように思っているのだろう。」と思ったことです。
    私自身が心がけている「人の不幸の上に自分の幸福を築くな」という名誉会長の指導はどこへ行った?です。
    名誉会長やそれまでの会長の言葉には好きなものがあり、納得したものは自分の中に取り入れていますが、この組織は人の不幸の上に上級幹部の幸福を築いていると感じました。

    それ以外にも、このブログにも何度か書かれていたチベットのことを黙殺すること、「韓日」「中日」と表記することへの違和感、それと個人的なことですが、離婚したいと言いながら父のお金を過剰に要求して財務をする母(もう縁は切りましたが)を見て、いつまでもこの世界に籍を置くことはないと思っています。

    現在は新聞も含めて1銭1秒たりとも学会には払っていません。しかし、退会となると近隣の会員に対処することが面倒なこと、仲の良い内部の友人に心配をかけることや友人関係がなくなってしまうことを怖れて脱会には至っていません。

    少しずつ、組織のおかしいところを上げて友人の反応を見て、友人も納得してもらえる形で退会できればいいと思っています。
    ちなみに、勤行・唱題しなくても幸不幸には関係ないということはよくわかりました。

    長文失礼しました。またコメントさせて頂きます。ありがとうございました。

  12. エクスプローラーさん、はじめまして。コメントありがとうございます。

    >勤行・唱題しなくても幸不幸には関係ないということはよくわかりました。

    これでもうあなたは立派な脱会者ですね(笑)。いちばん難しい壁を乗り越えられていると思います。
    なにしろ「勤行・唱題を根本に」とくりかえし刷り込むことで思考停止させていく組織ですから、そこから脱したなら、あとは多少めんどくさそうな人間関係をどうしていくかということでしょう。もともと冷静で客観的な視点をお持ちのようですので、エクスプローラーさんから見た学会のお話を聞かせていただけるとうれしいです。今後ともよろしくお願いします。

  13. >signifieさん

    コメント承認とお返事ありがとうございます。
    「立派な脱会者」というコメントで爆笑してしまいました(笑)
    罰とかは信じられませんでした。怖いのは罰のように偽装した人間のやる行為ですね。

    学生時代に読んだ創価教育学体系の中で、初代牧口会長は教育方法の研究のやり方として、成功と失敗の事例をあげ、なぜ成功or失敗したのか理由を抽出して帰納的に研究するべきだと主張しています。
    教育方法だけでなく、生活の改善の仕方にも応用できるとずっと思っていました。
    自分なりに今まで見てきた内部・外部の方たちは、生活面で言えば、どちらにもゆとりのある人・ない人、人格でもいい人・嫌な人はどちらもいると思います。大きな違いは組織活動があるかないかです。
    私は見返りはあればラッキーという欲深(笑)ですが、なければないで構いません。
    ただ、自分にとって益がないのはともかく害の方が多いというなら関わりたくはありません。ましてや、創価の上級幹部以外には害しかないのに。

    私から見た学会についての感想は、今パッと出てくるものだけ書かせて頂きます。
    上手く言えませんが旧態依然とした雰囲気、それと関連するでしょうか、トップダウンと盲従を良しとする価値観、それとこのブログでどなたかが仰っていた日本的な「ムラ」意識です。
    「ムラ」意識についてはいい面もあるでしょうが、私にとってはお節介でしかありませんでした。しかも「組織活動させよう」という動機によったもの。
    悪い面は異議などを唱えた時の対応を見れば言わずもながです。

    「学会は指導主義でいこう」と戸田会長は講演で述べられ(絶版になっている『戸田城聖全集』の1巻か2巻に書かれていました。)、指導の意味は疑問をもった人が納得し、能動的になれる会員を育てようとしたと私は解釈していますが、現在の学会は真逆だと思います。
    創大には周恩来が好きな言葉「飲水思源」(いんすいしげん・水を飲んだらその源はどのようなところか考えよう)の碑がありますが、現在の学会は末端は決して安楽ではなく、その理由は源が濁っているからではないかと思っています。

    またしても長々と書いてしまいましたが、お許しください。
    インプットされていたものをアウトプットするとこんな長文になってしまうのかと我ながらびっくりです(笑)

    私は入会して10数年経ちましたが、同じようなことを感じた方たちがいて心強いです。
    またお話を聞かせていただけたらうれしいです。

  14. 二世、三世のコメントを読むたび、「一家和楽」というキャッチフレーズが幻想だったことをしみじみ思います。
    傍目には、おかげさまで家庭もさぞかし円満にやっていますみたいな顔をしていた婦人が、実情はどうだったか。
    子どもが大きくなって、すべて暴露してますよね。

    何部もとっていた新聞は、読まずに廊下に積んであった。
    夫婦喧嘩が絶えなかった。
    子どもの面倒もろくに見ずに出歩いていた。
    偏った本や情報しか与えてくれなかった。
    家族に使うお金はないのに、創価にはいくらでも使った。
    私も諸々覚えがあります…。
    最後には、宗教が原因で深い確執が生まれて、葬式まで悩みの種になってしまう。

    一家和楽などウソです。
    子どもは騙せませんよ。
    聖教新聞の記事や、会合でのとり繕った顔じゃなくて、家庭の本当の姿を見ています。
    あなたたちの時代にはなかったツールを使って、日本中に、自分の見てきた真実を話します。
    その声を冷静に聞いてほしいと思います。

  15. エクスプローラーさん

    コメントが丁寧で言葉も丁寧ですよね。すばらしい。読み応えのあるコメントありがとうございました(^^)

  16. >モニカさん

    おはようございますはじめまして。
    おほめ頂きありがとうございます。長文ですみませんでした。
    でも、ネット上では多少くどくてもしっかり丁寧に書いた方がいいと思っているのであのように書かせて頂きました。

    上のコメントで言っておられるように、一家和楽なんて嘘です。
    そもそも創価での一家和楽の定義は「一家で創価に盲従」なのでしょうから。
    私の内部の友人でも家のことで悩んでいる事例はいくつも聞きました。

    こんな質問が戸田城聖全集2巻に載っていました。
    活動家の婦人が家に旦那が帰ってこなくて困っていると相談しました。
    戸田会長は「あなたは旦那さんに『どこいってたの』などいちいち口うるさく言うのでしょう。そんなこと言われたら私(戸田会長)でも嫌になります。たまにはおでんをつくったりしてサービスしてみなさい。旦那はすぐに帰ってきますよ。」(趣意)

    男目線の言い方で申し訳ありませんが、要は活動以前にやるべきことをしっかりやれ、だと思います。
    そしてその時間や労力を収奪する組織は一家破壊かと思います。

    >signifieさん
    私が歴代会長の言説を引用するのは根拠をもたせたいからでありますが、中には不快に感じる方もいるかもしれません。
    もしそのようなことがあれば引用を控えます。コメントも削除してください。よろしくお願いします。

  17. エクスプローラさん、ぽんきちといいます。よろしくおねがいします。わたしも、勤行、唱題しなくなり、数ヶ月、罰など当たらないということが、実感しました。人のことばかり考えすぎて、あれこれ悩むわたしは、勤行、唱題しなほうが、人間関係うまくいくようになりました。
    ただ、学会婦人部が家庭訪問にきたときは、最近、夫に対応してもらっています。
    はなしがつうじないので、来られた後、不愉快になり、気持ちが落ちます。
    こどもがいるので、子供会などの、地域絡で、これからもか顔を、あわせないといけないのが、悩みです。退会したいの山々ですが、引越しも頭をよぎりますが、こどもの転校を考えると無理ですし、、。
    話しはかわりますが、私は、結婚当初、夫とあたらしい生活を、出発するにあたり、仏壇を購入しました。そのときに仏壇屋の店員が、大きい仏壇を購入すると、今後、仏壇に見合った大きな家にすめるようになるよ。と、そのときは、覚醒前だったので、70万近くのでかい仏壇をローンで購入、覚醒した今は、なんだかなぁと、今となっては、おもいます。実家は、狭い団地に、大きな仏壇置いてます。大きな仏壇とせまい部屋、不釣り合いで、地震で、たおれてこないかと心配です。

  18. このブログにたどり着かれた多くの人が創価に傷つき疑問や不信感を持たれたいる中で創価のことで実質、嫌でもなかった傷つくことも、悩むこともなかった、モニカさんがこれだけの多くのコメントを投稿されることに不思議な気がしますね
    いろんな方がおられるのだなと、改めてこのブログの素晴らしさ大切さを感じますね
    的確なコメントにいつも、なるほど、そうそうと頷きながら読んでいます
    モニカさんのコメントも素晴らしいものばかりで、楽しみにしていますよ

  19. エクスプローラーさん、たしかにここにいらっしゃるみなさんにとって戸田氏の発言にどういった意味があるのか微妙だと思います。あえて削除はしませんが、もしかしたらエクスプローラーさんの意図が伝わらない場合があるかもしれませんね。そこは今後の対話の中で解決されたほうがいいのではないかと思います。
    エクスプローラーさんは過去の学会の書籍もそうとう読み込んでいらっしゃるようなので参考になりますが、この場にあげる意図を誤解されると悲しいですからね。ちなみに私は学会に関する書籍は、それが初代や二代会長の言葉であってもはなっから信用しないようにしました。戸田氏の言葉は当時の多くの会員であった低所得者層に面白おかしく上手に話しているだけのような気がします。それよりも、ちゃんとした方の思想や哲学の書籍を読むほうがどれだけいいかと思います。あくまで創価は宗教ではないという私の意見です。

  20. サラマンダラさん、ありがとうございます。
    私は、自分の能天気さを猛省する思いでコメントしてる部分があります…

    いろいろありますよね。自由な学会指導。
    大きい仏壇を買うと大きな家に住める。
    会館の掃除をすると豪邸に住める。
    民音チケットを買うと、芸術を楽しめる境涯になれる。
    悪口を言われた分だけ、宿業をとってもらえる。
    選挙を頼むと頼んだ人だけでなく、入れた人にも功徳がいく。

    総県婦人部から聞いた話。
    「池田センセイは世界でただ一人、戦争を止められる人だよ」(娘の学園受験の面接の際、センセイを子どもにどう教えてるかの問いに、こう答えて受かったそうです)
    全国の副会長ですらこんなことを言ってました。
    「不況は平成2年から始まった。平成2年と言えば、C作戦で宗門が学会を切った年だ。だから一凶は怖い。日本は総罰を受けてしまった」

    なら早く戦争も止めて、不況もなんとかしてくださいよ(+o+)

  21. ぽんきちさん
    はじめまして。エクスプローラーといいます。こちらこそよろしくお願いします。
    そうですか、自分がいいと実感が持てることが大事ですよね。
    私は非活を宣言してから誰も来なくなりましたが、去年の選挙の直前に婦人部と男子部が来ました。
    彼らは当然「心配して~」っていう顔をしていましたが、性根は見え透いています。
    この先だらだらと来られても嫌なので、一喝して門前払いしました。(普段はこんなことしません。 笑)
    私は一人身なのでどうということもありませんが、お子さんがいらっしゃることを考えると心中お察しいたします。

    仏壇の話は私も聞きました。私の友人も社会人になって間もなく、その話を婦人部に話されたようでした。
    そんなに高給取りではなかったようなのでとても迷っていましたが、しばらく経ってからローンで確か数10万円の仏壇を買っていました。
    その友人はアパート一人暮らしでした。
    仏壇と霊感商法の壺、何が違うんでしょうね。

    signifieさん
    アドバイスありがとうございます。
    ネット上でのやりとりなので誤解を招くことは極力避けたいです。今後は歴代会長等の言説の引用は控えます。

    はい。戸田会長の言説についてはsignifieさんと同感です。
    そういう話術については天才だったと思います。

  22. 学会三世の非活婦人部、梅と申します。

    両親共に熱心な家庭で育ち、一生創価学会から逃れられないと思っていましたが、覚醒することができました。

    創価の物は全て処分することができスッキリとしています。

    ネットにくれば自分と同じような方が大勢いらっしゃるのに、現実では誰にも話せず孤独で、マインドコントールされていたことにやっと気が付きショックもあります。

    静かに自分と向き合っている途中ですが、おかまいなしに学会員は訪問してきます。
    覚醒したことをどう伝えたら学会員に理解してもらえるのか悩み、自分の気持ちとしてソフトな表現で伝えましたが、何も理解できないようで『凄くショックです。お題目をあげさせてください。』
    そう言われるとこちらも非常に困惑しますが、自分がそうだったように、覚醒しない限りどう伝えてもきっと無理なのかな。

    でも、自分がしたくないことはしなくてもいい、活動よりも家族を優先させていい、何が幸せかは自分が決めていいんだと、当たり前のことに今やっと気が付きホッとしています。

    入信して50年の父も今は病と戦っていますが事業に失敗し、昼も夜も働くことになり組織とは自然に離れました。
    嫌な思いもたくさんしたのだと思います。母が愚痴を言いながらもまだ活動に出掛けるため、『学会には私生活のことを何も教えるな。』が父の口癖になっているようです。先日、父のお見舞いに行ったときに、自分が創価学会に入ったから大事な友達はみんないなくなったと話していました。
    退院できたら、(創価のことで)疎遠になった親戚のところに挨拶にいきたい、先祖のお墓参りにもいきたいと話しており嬉しく思いました。

    また寄らせてもらいます。

  23. 私は池田会長の同時スピーチが頻繁に行われるようになってから、
    嫌悪感が増したのですが、エクスプローラーさんは、それらを見事に足がかりにして
    成長されてきて、むしろ爽快感もあり感心しました。
    池田会長に決まる以前の座談会では、まだ戸田会長や牧口会長の引用もあったような…
    御書学習中心で聖教新聞に載っている指導にはぶ然とした壮年部もいたように思います。

    お母様の言動には、うちの母に通じるものがあります。
    私はいっそ離婚したらいいのにと思っていましたが、やっぱりそんな態度でした。
    当時は母に味方して父は仕事ができないと思っていましたが、
    いまは専業主婦の立場から主人を見ていても、
    仕事というのは、特に男の方を取り巻く環境は、必ずしもそれ相応の利益が得られない
    厳しい経済主義のまっただ中にある、現実的な非情なものと、痛感しています。
    もっと父の才能に見合った、それなりの暮らしができたのではないかと
    年老いていく両親をみて、せつなく思います。

    軽快な文章、とてもよかったです。

  24. 梅さん

    はじめまして。ご自身はご自身の思う通りにやりたいのに、学会員さんにそんな事言われると、悪い事してないのに 何だかな?ですね。

    私が梅さんの立場なら、相手の学会員さんに『何でショックなの?何がショックなの?』と、聞きます。相手にじぶんの言った言葉がどこから来たものなのかを、自分で考えてもらう為にです。
    ここで、センセイ云々言い出したら、『貴女の気持ちはどうなの?』とか。

    思うんですけど、例えば活動家が育たないとかだったら、貴女の思いが足らないとかよく私も言われましたが、これ共依存で、この組織の悪いとこだと。

    梅さん これは私の場合だったらなので、こういう方法もあるよって感じで。

  25. 今回のテーマは「福運」なので、書きたいことがあります。
    「愚痴は福運を消す」…これが、会員の疑問に口を封じる切り札でした。

    が、私はこのブログにコメントを寄せる声を、愚痴と受けたことは一度もありません。
    福運…?というべきか、福得というものがあるなら、ストレスをためず、感謝して爽快に生きる。心を軽やかにする。これに付随するものだと考えます。
    声を上げて疑問を晴らし、認識を正し、迷い、混乱した心を明確に解きほぐしていく。
    爽快に対話する。
    これのどこがマイナスなの?と思います。

    苦しんでいる人に
    「そんなんじゃ福運にげるわよ」
    「そんなの自業自得だよ」
    「それは宿業よ」
    このような言葉を発しても、相手はラクになるでしょうか。
    納得する人がいるとしても、そういう人って心ががんじがらめになってしまう…。
    学会員さんて、心が「がんじがらめなんだな」…覚醒してから、話してて感じたことです。

  26. モニカさんこんばんは、「愚痴は福運を消す」会員の疑問を口封じする切り札、おっしゃるとうりです。
    自分の心に無理に納得させていました。そして心をがんじがらめにして、そして、病んでしまったのはわたしです。

  27. はるさんへ

    アドバイスをいただきありがとうございます。

    責めるでもなく疑問をぶつけたわけでもなく、ただもう活動するつもりがないことは伝えました。
    何がショックなのか聞き返す余裕もなかったのですが、
    時間をくださいとは言われました。
    日本語が通じないのかと思いましたが、ほんと何だかなって思います。

    先生の指導だとか御書の一節ではなくその人の考えを私も聞いてみたいです。
    学会員と会話のキャッチボールをするのは難しいと痛感しました。

    その幹部は今頃必死にお題目をあげて
    またやって来るのでしょうね。。

    覚醒して、創価学会は自分には関係ないところだと思っているのに、定期的に関わってこられると、またかと精神的に参ってしまいます。

    創価の組織が早くなくなるようにと
    願っています。

  28. はじめまして。一応活動家男子部です。
    本部担当もやったことがあります。

    愚痴は福運を消すってよく言われますが、そのせいで組織に意見が言えなくなって、上意下達の盲信集団になってるような気がします。

    私は三世です。元々池田先生の思想や歴史観価値観とは考えが全く合わないので、活動もしてなかったのですが、戸田先生の指導集や講演集を読んだ時に、はっきり現世利益なので、ほう良くなるならやって見よう、ダメならすぐやめようという気持ちではじめました。

    なので、組織に関しては所詮人間が運営してるんだからと常に斜に構えてみてます。ただ福運はつけたかったので、とりあえず言われたことは矛盾を感じながらもやり続けました。これは引っ張ってくれた先輩が魅力的な方だったからです。

    バリバリ活動してた時が1番夫婦喧嘩も多く一家和楽とは真逆。ちょっと力抜いて、家族の時間を大切にするようにしたら、まあ今の方が幸せです。

    なので、組織の活動は半分くらいにしないとみんなついていけねーぞって思ってます。
    まとまりのない文章失礼しました。

  29. ぽんきちさん、梅さん

    覚醒後、活動家と話すと辟易しますよね。
    思考回路をガチガチにしてますからね。

    これはこうなんだ。だってそういう法則なんだ。
    偶然なんてないんだ。すべて決まってるんだ。
    これは功徳でこれは現象なんだ。
    私は知っている。あなたは知らないだけだ…

    こういう人って疲れます~。
    肩の力を抜いたらいかがですか。
    言いたいことを言って、人には上から目線の説法ではなく、そうだよねえ!と笑える生き方。
    私、これを手にして心底幸せです。
    幸せって、理屈に当てはめるものではなく、ほわんと感じるものですよ。

  30. 一生懸命やっていても解決に結びつかないこと
    大人になるにしたがって、ありますよね。

    言葉が通じない、と思ってしまいますよね。
    だんだんと自分が間違っているんじゃないかと、
    気を回すような思考に落ち入りそうな……

    現実には、学会とは関係なくうまくいくことがある。
    私だったら、見知らぬ土地で子どもを育て上げつつあること、
    主人と一つ一つ確実なものを手に入れることができたこと、
    お金で計るばかりでなく、実証するのは難しいですが、
    必ず手に入れているものがあるはずなことを
    確信して、自分の支えにしてやり過ごすというか…

    二世にとっても、現実の窓を開くことはためらいがちですが、
    いい風が吹いてくるとき、出会いに恵まれるとき、あるはずです

  31. はじめまして、いちごと申します。
    私も三世婦人部、数年前から覚醒しました。
    非活歴は4年くらいでしょうか。

    本当は遡った過去から色々思うことはありましたが、やはり自分が置かれた環境下で、自分で自分を押さえながら生きてきた感じですね。

    それが、ある時、香峯子抄が発刊され、婦人部で学び合う〜なんていうことがありました。
    その時、同書を読んで違和感というか嫌悪感があったのです。結局、これが理想の生き方だって強要されているのを感じて。簡単に言うと、気持ち悪くなったのです。他の人にも勧めよう、なんてあり得ない!そこからアレルギー?みたいに学会指導に対して拒否反応が出て来たのです。

    学会は早く解散?無くなって欲しいです。名誉会長にしても、どうぞ早く鬼籍に入って頂きたいです。この人のせいで家族がどれだけ翻弄されたと思うと悔しいです。もちろん、お世話になった組織の方々には感謝していますが。でもたまに、気の毒なくらいマインドコントロールされている人達に遭遇すると重いです。でも、私自身も世間からはそう見えていたのだと覚醒した当初は、非常に苦しみました。しかし、過去はどうしようもないので、何とか前向きに、希望を持って生きようとしている状況です。

    シニフェさんのブログに出会って良かったです。これからもよろしくお願いします。

  32. 度々失礼します。今日とあるブログを読んでいて、裁判官の中に学会員さんがいて、公正な裁判とはならなかったと。学会はとことん会員を利用してるんだなと、感じました。

    福運つけるため宿命転換のために、新聞啓蒙や勧誘。私は士業の資格を取るために勉強していましたが、『妙法の◯◯士になって先生をお守りするんだ』と、よくいわれてました。結局、法律面や税務面において、学会に有利に働く人間を作る為に、妙法の〜と言ってたんだと。最終合格した人は、本部幹部会の本会場に入れてもらえて、池田さんに直接会えるという特典付き。

    福運 妙法 宿業 学会は一体なんの団体なんでしょうか?

  33. モニカさん

    幸せは毎日の日常の中で感じられるものですよね。

    家族団らんの時間を削ってまで
    私は一体何を求めていたのだろうか?と
    思います。

    福運とかどうでもよくて、子供達が健やかに育つことの方が大事です。
    広宣流布のお役に立てるようになんて
    絶対祈れません。

    創価学会に何年も違和感はあったものの
    、そこから逃げ出すというのか抜け出す選択肢があるのだと気が付いたのは昨年です。
    ネットの力は大きいですね。

    組織を外から見ている今、創価の人の上目線な話し方に対して、この人は何て失礼な人なんだろう?この人にこんなことを言われる筋合いはない、そう思えてくるので、自分が完全に覚醒したことが分かります。

    思考停止しているということをネットで初めて知りましたが、覚醒して学会員の人と話しているとそれがよく分かりますね。本当に通じなくて、もう結構ですと言っているのにまたやって来る。。

    宇宙の法則とか福運がつくとか、世間の人は胡散臭く感じるであろうことを簡単に信じていた頃の自分が不思議でなりません。

    これから、地に足をつけて真面目に穏やかに生きていきたいです。

  34. 福運欲しさで信仰をすること自体が間違っていますよね。そんな卑俗なことなのに、今度は逆らったら罰があたって不幸になるかもしれないと心配することも、とっても幼稚な考えですね。夜は怖くてトイレに行けないなんて言ってる子どもといっしょです。「ちゃんと勉強したらゲーム買ってあげるよ」と言われて、目の色を変えてできもしないその場かぎりの約束をするのといっしょです。福運と罰。そんなもので他人の心をあやつってお金をまきあげて不幸にしてしまう。結局は学会ってそんな詐欺団体なんですよね。宗教じゃない。信仰とは無関係。どうやって人を騙すか。そして騙せる人を増やしていくか。学会にとっての人材育成とは、どれだけ本気の詐欺師をつくれるかってことです。政界にも、メディアにも、法曹界にも、商社にも、そんな自覚のない詐欺師を送り込んでいるわけです。自分の福運欲しさに目の色を変えて他人の人生にずけずけと踏み込んでいく。それが創価学会の広宣流布の正体だと思います。

  35. 福運を積んで・・・幸せになれる。愚痴、怨嫉は・・・福運を消してしまう。組織の信者操作の慣用句。

    崇高?な広宣流布と言う目標を示され、その一翼を担う闘士になる活動、その源泉が日々の学会活動の中にあり、それを疑わずに実践していくと福運が積まれ、望んでいる境涯に知らぬ間に到達できるご褒美にあずかるのです・・・と実体のない誇大脚色された体験談(作文)を会合、機関誌でインプットされ、それを信じれる愚かさは欲に目のくらんだ巷にあふれる詐欺にあった被害者と同じ。欲深い人にはそんな目先の利益の話が一大関心事。

    創価の中でもそんな事より部員さんの為、地域の人に為、役職より一信仰者としての深化は・・・自分に何ができるか・・・と言う視点を持つ活動家はやがて宗教団体とは名ばかりの組織に溢れる矛盾に折り合いが付られなくなり組織から一線を引き冷却期間を持つ事ができるでしょう。

  36. 二回目の投稿、いちごです。
    かつては私、福運論?を心底信じていましたね〜。本当に愚かでした。
    活動に励んで福運を積めば、ある日突然マイホームが持てるんじゃないか、などと根拠もない棚ボタ的な思考でした。
    でも、当時お世話になった地区婦も似たような感じでした。冷蔵庫に理想の家のチラシの切り抜きを貼っていて、本気でいつかこういう豪邸に住めるようになるって。他力本願?いやはや、妄想ですね、こうなると。

    子供に関しても共通しています。次にお世話になった地区婦は私と同じく子育て世代。
    「この子に福運を付けさせてやりたいから活動を頑張る」らしいです。
    本気でそう思っているのかと愕然としました。
    彼女曰く、これからの時代、どうあっても福運さえ有れば守られる。幸せな人生を歩んでいけると。
    結局、これらは組織で刷り込まれてきた理屈?の丸受け売りじゃないですか?
    かと言って、実際彼女のお子さんは、失礼ながら年齢相応の学力がついていない様子です。だって、
    活動重視で、家庭学習の習慣を身につけてあげていないようなんです。大事な低学年の時期なのに。
    むしろ信心だけは熱心に教えているようです。勤行は伝えても、絵本の読み聞かせはしてこなかったとか。

    彼女親子を見ていると、私自身の子供時代、女子部時代の記憶が蘇ってきて、胸が苦しくなります。
    私の両親はそこまで熱心な活動家ではなかったのですが、共働きで子供の世話や勉強の補佐が不十分でした。
    もしも私が低学年のうちから学力をつけていたら、将来の可能性も違っていたのかな、なんて。
    そういう訳で、我が子にはとにかく、基礎学力と、偏った宗教観に囚われずニュートラルな思考を養って欲しいです。
    本当ならば子供は入会させるべきじゃなかったです。覚醒が遅かったので。
    でも、これらは実家には知らせていません。幸い、遠方に嫁いだので問題無し。ただ、母は薄々私の変化を感じ取っているようです。電話すると度々、孫には信心を継承してくれと半ば遺言めいたことを言われます。
    一応、受け答えするのですが、私の心は重たくなります。なので、悲しいかな、実家は心も益々遠くなりました。

    結論、福運論って、罪深いですね。

  37. 活動から距離を置き、家族だんらんを過ごす日が増え、ますます活動の
    無意味を感じるようになりました。財務 選挙活動 新聞をノルマ達成のために、
    多部数購読することが、 福運をつむことにはならないと、全く関係ないことを確認出来ました。
    私も、目の前にいる子供達と、夫との笑顔がなによりの幸だと感じます。
    目の前にいる大切な家族を救えない宗教なんて不要です。
    わたしも、いちごさんどうように、覚醒が、子供達を入会させた後だったので、
    今後、どうしようかと思案中です。幸い子供達は、学会にそまらずに、7才の長女は、
    「朝、勤行しなくても何も罰などあたったことないし、朝、忙しいからする時間ないわ」
    と言っていたので、安心しました。地域の支部婦人部長が、4才のお子さんを連れて、一日中
    活動をしているようで、座談会で見たお子さんが、ストレスたまっている感じで気の毒でした。
    住みたい家ノチラシを切り、祈るといつか住める境涯になれる的な話しを、私も聞きました。
    本当、何だかなぁ、、。

  38. 私も2回目の投稿です。
    いつもシニフィエさんやコメントを書いてらっしゃる方に励まされています。

    いちごさんのお話し身につまされます。
    母や幹部に「どんな家の住みたいか具体的に祈るのよ」
    と言われ、自分で間取りを考えて祈ってました(恥)
    なんとなく、そのような家を購入することができ
    当時は「福運だ~」なんて思っていました(恥)
    よく考えれば信心してなくても皆さん理想の家に住んでらっしゃいます。
    さすがにお城のような家は願わないので・・・
    それも未入信の主人のお蔭で理想の家を購入したのに
    「功徳だ~」なんて皆に言われその気になっていた自分が恥ずかしいです。
    このような繰り返しで、何でもかんでも「信心のお蔭」と思いこまされてきたんですね・・・
    世間では普通の事なのに・・・
    皆さん自分の努力で夢をつかんでいるのに・・・

    功徳だと思い込むことで、ますます信心を頑張る・・・
    こうして創価は大きくなったんでしょうね。

    まるで、創価のみの特権であるかのように思い込まされて・・・

    本当恐ろしいです。

    私が覚醒した一つの理由に
    願いが叶わなかった。と言うのがあります。

    2人目不妊で10年治療をしてきました。
    必死で祈りました。
    学会活動も必死で頑張りました。
    その当時は絶対的確信があったので、
    「信心してるんだから絶対できる」と思い込んでいました。
    精神的にも辛い治療期間でした。

    ・・・結局できませんでした。
    年齢的に諦めざるをえなかったので諦めました。
    周りの不妊で悩んでいた友人は次々出来るのに・・・
    なんで信心してる私ができないんだ・・・
    なんて思いました。

    他にも矛盾を感じだして
    「この信心、なんかおかしくないかい?」
    とインターネットで色々調べ始めたわけです。
    そしてシニフィエさんのブログにも出会えました。

    あまりにも私と同じように悩んでいる人が多いことにビックリしました。
    やっぱり私が感じたことは間違いではなかったんだと。

    妊娠が叶わなかったことを
    母に言わせると「あなたにとってそれが良かったのよ。御仏智よ」
    なんて言われましたが、
    「・・・」です。

    長々とすみません。
    これからも皆さんの対話を糧にしていきます。

  39. 創価の人が上から目線なのは「私はアナタと違い、知っている。わかっている」
    という意識があるからでしょうね。
    非活の人には「私はアナタと違って脱落しなかった」
    脱会者には「こんな奴に負けてたまるか」

    常に人と比較して、安心、確認しないと不安でしょうがないんでしょうね。相対的幸福を否定するわりには。

    創価をやめた人も「私はアナタと違い、真相を知っている」
    という意識はあります。
    「私はアナタと違ってさっさとやめました」
    「創価を離れたらこんなに幸せ」
    と思っています。
    だけど、上から目線で価値観の押し売りはしません。
    選挙権にも干渉しないし、諸々の強引な勧誘もしません。

    「福運というものに強欲で、これを追いかけてないと不安」なんてことがないからです。
    「自分の価値観を人にも押し付けないと幸せになれない」なんて呪縛がないからです。
    どんな思想であれ、心に響く教えがあれば「時には参考にする程度」でいいと思っているからです。
    どれも当たり前のことなんですけどね(^^)

  40. はじめまして、ハナと申します。3世婦人部です。婚期を逃しそうになり学会見合いです(笑)
    それなりに幸せにやっています。
    10年程前からネットでの学会ネタにまたまたーと思いながら見ていました。おかしく感じるのが多く、まともじゃないなと思っていたのですが、最近になりあれ?というのが出だし、signifieさんのブログに辿りつきました。

    福運がテーマのようですが、やはり希望を叶えるには念じることが大事みたいです。目のつく所に希望する家や希望を書くのはいいそうですね。

    ですが選挙や新聞で福運がつくとは思えず、、、。

    折伏も自分がおすすめしたいとなれば頑張りますが、会合で婦人部の歌を元気よく友達の前で歌われると思うとゾッとします。センセーイx2ワーレラノセンセーイ、、、

    おかしいと思い始めたのは学会ネタで売り上げていると教わった文○、新○の週刊誌をパラパラ見ていたら、韓国sgiのメンバーが、独島は我が領土と多勢の人が画用紙で描いてる写真が載っていたのです。
    そういや、日本は悪い国だという内容を教わってきたなーなんて。

    それと、池田先生はお元気なのに選挙に行くのか?行っていたらフォーカスされてるよなーとか。
    新人間革命を書けても外出できないのもなーとか不思議です。ゴーストライターが本当ならなぜ明るみに出ないかなとか。

    なかなか皆さんのいう覚醒にいたらないでいますが疑問はある状態です。
    まとまりのない文章でごめんなさい。

  41. 福運やら罰だの、意味不明な呪縛だったのだなと、現在では客観視出来るようになりました。
    名誉会長にしても、子供時代から「偉大なお方」と教えられてきましたから、疑いたくても
    それはタブーでした。実は、こうして名前を書かず、あえて名誉会長と書いているのも、変な話しですが、
    彼の顔やら、嫌悪感が湧いてきちゃうからなんです。読むだけならイイのですが、私自ら文字入力するのは何か抵抗があります。きっと、深層心理に相当マインドコントロールが入っているのでしょうね。
    そう考えると、まだ覚醒完了!とは言い切れないのかもですね。悲しいし悔しいですが、これが現実。
    でも、少しは目覚めたから良しとしておきます〜。ゆっくり起き上がろうという感じで。

    祖父が生前、ある日何かの非公式な会合で名誉Kが出席して、「私が仏なんだ」と聞かされてきたそうです。
    祖父は草創期出身の誇りがありましたので、そのようなオフレコ的な会合に参加できたことに大そう満足していました。
    その、仏発言に関しては、当時秘すべし〜な感じで、口止めされて私の中で長年収めてきましたが、もうその必要はないですね。

    既に祖父は他界していますが、葬儀の最中にも何やら頻繁に例のメッセージが来ました。
    本当は参列したかったけど〜、から始まり、やっぱり行こうか?とかいう心境の変化の状況で、もう聞くたび飽きれましたよ。迷惑でした。家族は感動して、未入会の親戚は有名人会いたさで興奮?で、私は非常に不愉快でした。もちろん、本人は来ませんでしたよ。パフォーマンスでしょう。馬鹿にしていますよ。
    極め付けは、戒名に変わる名誉役職の称号。。。なぜ死んでからも尚、上から目線で役職を任命する?
    「全て騙されていたんだな」と、ようやく気づきました。

  42. おはようございます。

    昨日母に脱会した事を、話しました。
    『なんかショックで淋しい…』と言われましたが、『お母さんが悲しむからやめない選択をすると、何れはお母さんのせいにしてしまうし、悩みに悩んで出した答えだからね』と、話しました。 受け入れるには、時間は当然かかると思いますし、悲しませましたけど私なりの親孝行のつもりです。
    学会版の御本尊には、功徳なんてないよって事も話したし。
    母を守るのは学会じゃなくて、私だと思います。 どなたかも書いてらっしゃいますが、家族との時間が 笑顔が大切ですものね。

    罰当たるんじゃと心配もしてましたが、脱会しても罰なんてないけど、例えあっても自己責任ですしね。

  43. Hanaさん、はじめまして

    投稿ありがとうございます。半覚醒って感じなんでしょうか。
    私のまわりでもいますよ。ゆっくり考えられるといいですね。
    聖教新聞に「ゴーストライターでした。すみませんでした」と謝罪でも載ればわかりやすいんでしょうけどね(笑)(一生ないでしょうが)

    私、最後に幹部さんに聞いたんです。
    「どうしてここまでいろんなことが暴露されて、根拠も上がってるのに疑わないんですか?」
    そしたらこう言われました。
    「どんなものを見たり聞いたりしても、私たちはそんなの信じない。自分の目で見て体験した方を信じるから」

    なるほど。信じるってスゴイですよね。
    事実をいくらつきつけても、信じない限り成立しない。
    またいくら幻想でも、信じてしまえば成立する。

    最後はどんな記事でも情報でもなく、本人の感覚なんですよね。
    こんなのおかしい…信じられない!こんな団体イヤだ…
    どんな意見より、そんな自分の感覚を選ぶべきと思います。

  44. Hanaさん、初めまして。コメントありがとうございます。
    覚醒予備軍というよりも、もう少し覚醒寄りの方のようですね(笑)
    私も洗脳組(活動家)→覚醒予備軍(未活動)→ほぼ覚醒(反発)→覚醒(静観)
    みたいな時期を経てきました。
    覚醒にあえて静観と書いたのは、創価を宗教と完全に切り離して見れるようになったという意味です。
    「くっそう〜、騙しやがって、あったまきた〜」と感情的になっているときは、まだ創価を宗教の範疇で見てしまうからだと思います。今は学会員さんを見ても腹も立ちません。「ああ、はやく気づいてくれたらなあ、ほんとはいい人なんだけどなあ」と思います。ただしそうした多くの学会員を知ってて騙してきた中枢部は許せません。完全に社会悪ですから、それなりに糾弾されたり、社会的な制裁を受けるだけのことをしてきたと思います。
    かといって私も含めて二世三世であったとしても、何も知らない人に創価を奨めたり、入会させてしまったりすれば加害者と言われても仕方がないと思います。結果論ですが、二世三世は生まれつき加害者として育てられたのですからね。悲しいですね。
    HANAさん、いま大切なのは自分の考えを信じることだと思います。創価は自分の考えを否定させて組織に盲従させるようなシステムになっていますから、どう考えてもおかしいことがすごい正義に思えたり、単なる使いっ走りが自分の使命のように思ってしまうんです。自分が普通に感じたり思ったりしたことを否定しなくていいんですよ。創価を信じると、他のいろんなものを信じられなくなります。他の宗教、他の政治団体、他のメディア、他の思想、哲学、学問に至るまで、すべては創価が正しくて、創価に都合の悪いことがわけもないのに間違いに思えてくるんですね。だからあえて上に洗脳組(活動家)と書きました。
    要は、自分を信じ直すことからはじまるんじゃないかと思うんです。たとえ創価が言うことと正反対のことであっても、自分はこう思う!ということを言えるような自分にならないと、一生創価のロボットで終わるんじゃないかと思います。私の両親は結局そのうような創価ロボットで一生を過ごしてしまいました。とても残念です。日本には、このように一生騙され、搾取され続ける人がたくさんいる。それも何十万、何百万という単位でいるんです。たいへんなことです。

  45. Hanaさん、初めまして。コメントありがとうございます。
    覚醒予備軍というよりも、もう少し覚醒寄りの方のようですね(笑)
    私も洗脳組(活動家)→覚醒予備軍(未活動)→ほぼ覚醒(反発)→覚醒(静観)
    みたいな時期を経てきました。
    覚醒にあえて静観と書いたのは、創価を宗教と完全に切り離して見れるようになったという意味です。
    「くっそう〜、騙しやがって、あったまきた〜」と感情的になっているときは、まだ創価を宗教の範疇で見てしまうからだと思います。今は学会員さんを見ても腹も立ちません。「ああ、はやく気づいてくれたらなあ、ほんとはいい人なんだけどなあ」と思います。ただしそうした多くの学会員を知ってて騙してきた中枢部は許せません。完全に社会悪ですから、それなりに糾弾されたり、社会的な制裁を受けるだけのことをしてきたと思います。
    かといって私も含めて二世三世であったとしても、何も知らない人に創価を奨めたり、入会させてしまったりすれば加害者と言われても仕方がないと思います。二世三世は生まれつき加害者として育てられたのですからね。悲しいですね。
    HANAさん、いま大切なのは自分の考えを信じることだと思います。創価は自分の考えを否定させて組織に盲従させるようなシステムになっていますから、どう考えてもおかしいことがすごい正義に思えたり、単なる使いっ走りが自分の使命のように思ってしまうんです。自分が普通に感じたり思ったりしたことを否定しなくていいんですよ。創価を信じると、他のいろんなものを信じられなくなります。他の宗教、他の政治団体、他のメディア、他の思想、哲学、学問に至るまで、すべては創価が正しくて、創価に都合の悪いことがわけもないのに間違いに思えてくるんですね。だからあえて上に洗脳組(活動家)と書きました。
    要は、自分を信じ直すことからはじまるんじゃないかと思うんです。たとえ創価が言うことと正反対のことであっても、自分はこう思う!ということを言えるような自分にならないと、一生創価のロボットで終わるんじゃないかと思います。私の両親は結局そのうような創価ロボットで一生を過ごしてしまいました。とても残念です。日本には、このように一生騙され、搾取され続ける人がたくさんいる。それも何十万、何百万という単位でいるんです。たいへんなことです。

  46. 福運だとか宿業だとか言っても、この地球上の自然界の営みから比べたら、人間の小さな脳みそで考えた産物なんですよね。。

    人間が誕生してから、どれくらい?
    地球が誕生して、氷河期があって恐竜が絶滅して。。。

    そんな途方もなく長い時の流れのなかで、ちっぽけな人間の存在。。。

    大地震や災害で生き残れるかどうかは、人間の采配の外にあるような気がします。

    人間の手に負えないことから、もしかしたら宗教が生まれたのかもしれませんね。

    3.11のあと、ある被災地の方が、みんなにいい人と言われる人も、そうじゃない人も、みんな同じく津波にのみ込まれて行った。。
    この言葉は重かった。。

    福運は、自分はあると思っていりゃいいんですよ。
    自分には福運があるんだ、って。。

    自分で思い込む分には、誰にも迷惑かけませんからね。。(#^.^#)

  47. 釈迦も日蓮も病気で苦しんで死んでるし、キリストにいたってはそりゃもう悲惨な殺され方をしたわけで。なのに学会員である自分は福運があるから大往生すると思い込んでる。信仰=福運という図式はそもそも間違ってるんじゃないだろうか。というか、福運という言葉で信じ込みやすい人を騙してきたのが創価学会だと言えると思う。福運欲しさで信仰するということ自体が間違ってる。人の幸せとか生きる意味とか、そんな浅いもんじゃないと思うんだけどな。

    ということで、福運について、たくさんの方からご意見をいただきました。ありがとうございました。学会員がなにかにつけて口にする「福運」って、どうも宗教的な観点から見ても、とてもレベルの低いものじゃないかと思います。あめ玉欲しくて活動する。やめたら罰ゲームが待ってるぞって脅す。まるで桃太郎がキビダンゴで犬やキジを家来にするようなものです。目指すは鬼退治。ではいったい鬼はどんな悪さをしたというのか。みんなわけがわからずキビダンゴの恩返しのために、鬼が島にでかけて何の恨みもない鬼をやっつける。桃太郎は鬼が持ってた金銀財宝を持って帰って英雄気取り。さて家来となった犬やキジの運命やいかに。

  48. よく学会の婦人部は、この信心をしていれば護られるから、と言いますが、そのような程度の宗教なら他宗でも充分に護られますって。。
    この創価学会の信心である理由が分かりません。。

    でも、長年マインドコントロール下にあると冷静で正確な判断力も失うのかな。。?

    福運、自分で思い込んでいる分には他害はない。それをあまねく人に勧め広げる時点で罪があると想う。。

    自分は幸せ。。誰よりも福運があるって思っていりゃいい。
    それを宗教の名を借りて手段としていくことに、なんか違うよなあと想う。。

    創価学会の信心をしていても、身内から犯罪者は出るし、無惨に事故で亡くなるし、思いがけないことで命を失ったり、長いこと苦しみながら死に絶えることだってあるんですよ。

    それが、じっさいは証明できているのに、その事実には蓋をして見ようともしない。
    そういうことなんですよね。。

  49. 他を否定して、自分とこを特別視する手法ですよね。

    他の教えは観念だ。気休めだ、葬式仏法だ。
    だがこれは違う。.現実に力があるのだ。実生活に現象が出るのだ。
    現実を離れたところに宗教はない…

    創価の言う一切の主張は、宗教である故に「信じれば成り立つ」
    これに尽きるんですよね。
    そうなんだ、と信じれば、目の前に起こったことを何でもかんでも都合のいいように解釈してしまう。
    信じる者の前では、それは「紛れもない事実」で、「確信に満ちた真実」になってしまう。

    他宗のお札やお守りなど、部屋に置いておくだけで不幸が起こる…なんじゃそりゃ。
    冷静に考えたらオカルトのような話です。
    物事を悲観的に考え、いつも他人を妬み、憎みながら暮らしている…そんなんじゃ幸せは掴めませんよ。
    例えばそんな話なら、なるほどと思いますがね。
    でも信じれば「成り立つ」んです。「ウソ偽りのない、紛れもない真実」が出来上がるんです。

    「創価の言うことは本当なんです!信じてください!」
    そうでしょう。貴方の中では。ウソを言ってるとは思いませんよ。
    だけどね、通用しないんですよ。
    皆さん、冷静に、客観的に、現実的に、公平に、常識的に、見て、考えてますから。

  50. このサイトは一方的なものしかありませんね。このコメントは消されてしまいますか。子供の幸せを祈らない親はいません。子供は何歳になっても親から見れば子供です。たゆみなく祈る親の後ろ姿を見てどう思われるのでしょうか。 親の心子知らずと言いますが、宗教うんぬん、親や幸せにと願う人に対して感謝できないところに問題があるのではないでしょうか。(私は親ではないですが)

  51. 追伸 人は命に及ぶ困難にあって、初めて気がつくことがあります。 人生の辛酸を味わった人間でしかわからないこともあります。 

  52. 創価学会に関係なく、親は子供の幸せを願っていると思います。

    私は創価学会の家庭で育ち両親共に何時間も唱題する背中を見て育ちました。

    聞いてほしいことがあっても、仏壇の前に座ったら話しかけることすらできませんでした。

    色んなことで悩んでも、お題目あげなさいとしか言われず。

    大人になった今も、いつもお題目送ってるからと言われますが

    ただそう言ってるだけなのも分かっています。

    祈りよりも、もっと話を聞いて欲しかったです。

    自分が親になり、私の親のようにはなりたくないと、子供の話にしっかり耳を傾けるようになりました。

    異常な家庭環境で育ったのだとこの歳になりやっと気が付きました。

  53. 返事をしないと、申し訳ないかと思い書かせていただきますが、これが最後になると思います。
    なぜなら、このブログは『対話を求めて』となっていますが、対話というのは人とひとが対面して、話をすることです。ブログやインターネットの世界ではとてもできないのです。

    本当に対話することが目的でしたら人間と向きあって、対話されてはいかがでしょうか。

  54. 匿名さん

    はじめまして。
    創価三世で現在組織から距離を置いているcallと申します。よろしくお願いいたします。

    対話とは何でしょうか。
    私も考えてみました。
    自分の意見だけを主張する一方的な書き逃げや罵倒は対話とは言えないのはもちろんです。

    私は対話とは、お互いが意見を交換し合う中で、今まで考えても見なかった新たな情報や考えを知ったり、自分の考えを修正したり、
    今までの自分を変え、お互いが一段上に行けるような、そういったコミュニケーションを対話と言うのだと思います。

    対話をそういった視点から考えた場合、対話とは対面して直接話すことに限られません。
    ブログやインターネットの世界での対話を通し、新たな視点を学んだり、相手に影響を与えたりすることも可能です。
    今や対話の場はブログやインターネットの世界に拡大しています。

    匿名さんのお考えを推察するに、対話の意味を個人折伏のような意味に限定して使用していらっしゃるように見受けられますがいかがですか。
    インターネットのなかった昔はビジネスで契約を結ぶのに、飛行機で飛んで直接相手に会わなければ話が進みませんでしたが、
    今やメールですればたいていは済むことです。本などの日常の買い物も、お店に直接行かなくても、ネットで注文すれば買えます。

    直接会わなければ対話はできないというご意見は、直接お店に行かなければなにも買い物はできないというお考えにも受け取れるのですが、
    匿名さんのお考えはいかがでしょうか。
    ネット時代も定着し、もう後戻りはできない状態になっています。対話をもう少し広く考えてもよいのではないでしょうか?

  55. 匿名さん。

    はじめまして。

    匿名さんは『ブログやインターネットの世界ではとてもできないのです。』
    と述べてますけど・・・

    たしか、日蓮さんはの「立正安国論」は書面ですよね。
    ブログやインターネットも、文字や文章でのやり取りですが、日蓮さんの行動には意味が無かったということですね。

    そう言えば池田大作さんも、ここ数年は姿を見せずに「メッセージ」や「提言」だけ。

    匿名さんは、さすがですね。

    池田大作さんは、直接、弟子や各界との会ってないので
    「対話」になってない!・・・と批判されてるんですね。

    勇気あるお言葉です。
    その感覚で、今後も学会の矛盾を指摘してくださいね。

  56. こんにちは。昨日脱会したものです。
    HNはこれから考えます。

    匿名さんは、ただのあらしですね。
    ネット大好きでしょ。

    また寄らせてもらいます。

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