信じるということ

「できると信じる勇気さえ持てば、どんなことでも達成できる」

これはトニー・ゴードンというその筋では有名な人の保険の営業メソッドです。営業マンの心構えみたいなものですが、ちょっと怖い気もします。一見ポジティブで勇気づけられるような言葉ですが、一歩間違うと創価の活動家のような思考停止部隊のようになってしまうからです。保険の営業マンならそれでもいいのでしょうが、信仰に関してこのような考えを持ってしまうと、まさに創価学会のようになってしまうと思います。つまり創価学会は宗教を利用した営業マン育成組織なんですね。学会の上層部がお金儲けのために宗教を都合よく利用している組織だと考えるとわかりやすいのではないでしょうか。学会の各会合はそうした営業メソッドを会員に強化する研修会のようなものです。創価班も牙城会も守る会も会場維持費を節約するのに都合のいいシステムです。宗教法人は税金がかからないし、会員は学会がいくらお金を儲けて、それがどのように遣われているかを一切知らされないし、そのことに会員はまったく疑問をもたない。ちょっとでも疑問を持つと不幸になると信じ込まされているからです。まさに心をがんじがらめにされています。

生命保険というのは、もともと人間の将来に対する不安を元手にお金を集めることを考えた西洋人(ここはあえて西洋人でおさえておきます(笑))の発想です。つまり仕入れ費用がまったくかからないで、どうやってお金を儲けるかというところからのビジネスです。まあ、それが販売者と購入者が交わす契約としてのビジネスであるうちはいいのでしょうけど、創価のようにうそっぱちで人の不安を煽り、これを信じれば幸せになれる。逆にこれ以外を信じると不幸になってしまうということを、あの手この手を使って信じ込ませる。そこは他のカルト宗教と同じですね。信じた人間はまさにこの「できると信じる勇気さえ持てば、どんなことでも達成できる」と盲信して、どんなことでも言ったりやったりしてしまうのです。学会員の暴言や信じられない行動や思考回路は、本人にとってはごくあたりまえのことであって、学会員以外の人間は「正法に縁のないかわいそうな人」でしかありません。ましてや脱会者においては「地獄に堕ちる」「どうせろくな死に方はしない」と思い込んでいます。しかし、そこに現実を見る目がないことに気づかないのが学会員の大きな特徴です。人間の力ではどうしようもない大きな力を信じて、そこに依存することによって、将来の不安をごまかそうとする。つまり現実から逃避し、自分の思考を停止し、「修行(寄付と勧誘と選挙活動)」なるものに没頭する。そこに安堵感を覚える。そんな人たちのコミュニティに共感を覚え、ますます上層部の金儲けのための営業マンになっていく。ほんとうに人の人生を元手に金儲けをやってきた極悪非道の組織です。

学会員さんたちはどうしてあたりまえの話が通じないのかというのはこうしたシステムだからです。

「一度信じてしまうと、どんな不条理なことでも信じてしまう」

「疑ったら不幸になると信じている」

「人に勧めれば勧めるだけ幸せになれると信じている」

「他の宗教では不幸になると信じている」

「学会員にとって信じるということは自分で考えないということ」

私は創価から覚醒して、創価のことを自分で考えた結果、このようなことがわかりました。創価に対して少しでも疑問を持っている学会員さん、自分の人生なのですから自分で考えてみませんか。何かを信じることは素晴らしいことだと思います。ただ信じるものを間違えると、自分で考えることすらできなくなるということもあるんだと、自分で考えてみてください。

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信じるということ」への64件のフィードバック

  1. 関係ないですが、ワイドショーのかっこうのネタにされている佐村河内ベートーベン守氏、この期に及んでもなお記者会見で新垣氏を嘘つき呼ばわりとはたいした創価学会員ですね。耐震偽装の学会員で、発覚後に奥さんが自殺した姉葉建築士のことを思い出しました。これでも最高の福運のある信仰者の姿なんでしょうか。学会員さんは、彼らと同じ信仰をしていることをどう思っているのでしょう。彼らだけが特別なんでしょうか。学会員の反社会的な行為が発覚すると、すかさず除名にして切り離すのも学会の特徴です。誰にでも仏性があると言っていたのは学会ではなかったでしょうか。言ってることとやってることが正反対。それに会員は何の疑問も感じない。学会に都合の悪い人間は副会長であっても切り捨てる。それが創価学会です。

  2. 私はアンチブログは、そんなには読んでいないのですが、逆に一件だけ、たまに覗く熱心な学会員さんのブログがあります。
    その学会員さんは、今いろいろと大変な状況にあるようで、そんな苦しい胸の内を赤裸々に書いておられます。
    でも折に触れ、このような状況を、お題目で打開してみせるとコメントしています。
    自分のブログを持ってるくらいですから、昨今の創価批判は熟知しています。
    知った上で、創価を信じているんですね。
    今、この信仰だけが唯一の救いであることが切ないほど伝わってきて、私も経験があるので気持ちがよくわかります。
    こんな人に、私は意見をいうことはできません。
    その人から大切なものを奪うことがいいとは、全く思いません。

    前に私は、創価なんてこっぱ微塵になってほしい、と書きましたが、救われてる人はいいと思います。
    その代り、救われる人のみが残って、あとは解放されるべきです。

    「賛同できない人はどうぞ退会してください。無理はいけません。
    信仰は幸せになるためのものです。悩みの種になるならこちらも不本意です。
    家族といえども、信仰の強制は絶対にしてはいけません!それは恥ずかしいことです」
    創価が本当に宗教団体だったら、そう言うでしょう。

    絶対に言いませんよね。
    そんな団体です。

  3. あのワイドショーを執拗に騒がしているのは、創価学会員でしたか。。?
    そんなことよりも池田大作のゴーストライターのことを問題にすればいいものを。。と思っていましたが、ナルホド。。
    公明党が自民の進める集団的自衛権にチャチャを入れたのと、なにか関係しているのでしょうかね〜。。?
    突然、ワイドショーを賑わすのには、いつも訳があったりしますもんね。。
    どうせなら、池田大作のゴーストライターのことを騒げばいいのに〜。。

  4. signifieさん
    モニカさん
    返信ありがとうございます。

    私は子供の時から質問が多く、何故がすぎると素直が一番よと言われてきました。
    不満を言うと今まで積み上げた福運が全部消えるとも言われました。

    活動しないと福運がつきて悪い事がおこる。一見幸せそうでも何かあるはず。
    上げて落とすって事もあるから…
    そう聞いた時は、人の不幸ばかりを見るようになっていました…。

    でも無宗教にはなりたくないんです。手を合わすことを子供にも教えたいです。

    言っている事は正しい事もあり、子供の時から知っているのとでは全然違うと思うのです。
    朝の勤行で諸天善神が後ろについて、終わると様々なところに入っていいように動いてくれるなんて。朝の勤行をすると気持ちがいいなーなんて思いませんでした?

    こういう対象物って、やっぱり宗教が必要なのかと。
    でも他宗教には抵抗もあり。

    ですので、活動はしないけど祈る事はするでもいいのかなと思ったりもします。

  5. 創価の負の一面として、ここで訴えていること、コメントされていることは、否定できない事実だと思いますよ。

    ただそこの部分を活動家のひとがわかっても、やめないと思いますよ。創価の組織の体質なんて、ある程度活動した人なら、おかしいと誰でも思っているわけですから、、、、

     日常生活の中で、題目の効用という信仰心に関わる所で、自分の人生にとって、メリットが大きいと実感しているからですよ。

     それが例えプラシボ効果であったとしても、幻想であったとしても、そのことによって人生希望をもてるわけですから。

     宗教はアヘンですが、用法、用量を間違わなければ、生きる上での効果的手法なんですよ。
     
      創価との距離の置き方は変わるかも知れませんが、四苦八苦の解放をテーマにした仏教の実践を捨てるとは私には思えません。

     日蓮仏法が唯一無二の絶対正しい法とまではいいませんが、創価のはりぼてのような教えでも悩みのあるかたにとっては、良薬と体感しているのでやめないと思いますよ。

     それより3か月実践して悩みが解決しなければやめなさい、手ごたえ感じれば続けてみれば、お金はかからないから、、、

     覚醒した活動家ですが、こんなシンプルなスタンスでも十分手応えは感じられますよ。

    創価の夜回り先生(水谷氏)のような人を目指し、悩んでいる方に寄り添って励ましていくひとがふえていけばいいなと、下からの改革、池田の言ってる理想の組織を自分でつくればいいとの話(この話もうそっぽいですが)を実践しているバカな奴もいますから。

     

  6. 活動をしないというのは、まず何よりの最善策なのではないかと…
    なかなか思い切れないことです

    かの会見の内容の不可解さもともかく
    この3月年度末の慌ただしい時期に、よくあんな立派な場面が用意できたなあと、
    バックに巨大な影を感じて、また不思議に思います。

    3/11を前に、いろいろな報道特集を見て、
    自分の思いが、いかに当てずっぽうで、
    現地の思いに寄り添えていないかを
    反省、再認識しました。
    学会員で、被災に遭われた方が
    絆にいたずらに振り回され、窮屈な状況におかれていないかと
    まだまだ不十分ながら、心配しています。
    一人一人の思いを大事にできる環境が望まれます。

  7. ここまで創価の実態も真相も知っていて、嫌われてるのも重々承知の上で、それでも自分にとっては創価が必要、ということでしょうか。
    ならいいと思いますよ。
    そんな人は少なくとも、他人を巻き込まないからです。
    自分でひそやかに、またはいいと思ってる同士で、静かに信仰されることと思います。

    私が怖いのは、こんな実態を全く知らないとか、頭から信じず、真っ向から否定して、創価の言い分を鵜呑みにしている人です。
    そんな人が、相変わらず傍若無人に振る舞い続けることです。
    自分たちに非はないと思いこみ、他人を巻き込むことに無上の喜びを感じている人ですね。(意のままになる子どもに強制するなど)
    yさんはご存じないかもしれませんが、そんな人、まだゴマンといるんです。
    心臓部の婦人部には、その「誰でもおかしいと思う」そのおかしさを露ほども感じてない人が、未だ溢れているんですよ(泣)

  8. 創価の活動に疑問も持たず、お題目をあげることに喜びを感じている人は、どうぞそのままでお気になさらずに。。
    創価学会と心中するおつもりでどうぞ。。

    ただ、創価学会の活動に喜びどころか苦痛さえ感じているとしたら、それはいま、少し考えて立ち止まってみようか、という心の奥からの警報だと想うので、自分の気持ちに正直に、自分の思うように生きられたらいいと想う。。

    往々にして創価学会にいると他の宗教に対しての嫌悪感を植え付けられてしまいますし、この南無妙法蓮華経でなければ救われないと思い込んでいますが、わたしから見ると、そうでもないですよ。

    日蓮や南無妙法蓮華経に拘るのなら、別に身延山久遠寺でもいいんじゃないか?とさえ思えてくるこの頃。。

    それを邪宗だと徹底的に教え込んだのが創価学会というだけの話し。。

    わたしは、特にこの先何かの宗教をすることはありませんが、すべての仏、神様。。神社仏閣に素直に手を合わせる気持ちですね、いま。。
    わたしの中には、それらに垣根は一切ありません。。

    ただ、創価学会は別モノです。。これは、宗教とは言えませんからね。

    そーいえば、話しが突然変わりますが、あのゴーストライター騒ぎの創価学会員のことですが。。
    ゴーストライター騒ぎが、ここまでで終わりそうにないですよね〜。。

    どうせなら、池田大作のゴーストライターのことにも及べばいいのになあ。。
    まだ、ほとんどの学会員は、いまも池田大作が大変な中執筆中と思っているのだろうなあ。。
    騙されている人、気の毒だなあ。。

  9. 池田や創価が信仰の対象じゃないことくらいは、活動家ならだれでも知ってる常識ですよね。そこが腐敗堕落していようとも、それは残念なことですが、却って何のための信仰なのかを深く考えるきっかけになると思います。

     キリスト教の例えで考えました。ローマ法王がスキャンダルまみれ、バチカンの腐敗堕落、マフィアとまで関わりがあると仮に明らかになったとします。

     その時多くのクリスチャンが信仰捨てますか?マザーテレサが神の使いとして貧民街での救済活動をやめますかね?
    私は辞めない人がほとんどだと思います。

     池田の金、女のスキャンダル、高給取りの宗教ビジネス職員の腐敗堕落、ヤクザとのかかわりが、仮にあきらかになったとします。(仮じゃないと思っていますが)

     生老病死という信念や努力だけでは解決できない四苦八苦の問題に、仏の使いとして、抜苦与楽の慈悲の実践をやめる理由に私はならないと思いました。
     
     組織にしばられずに広布オカラ論の実践のなかで2か月たちました。末期がんの非活の壮年の方と関わるようになり、発心させることができました。共に真剣に祈り、病院にあたりまくった結果、その方にドンピシャの治療で数値も劇的に改善し、学会嫌いな息子さんからも感謝されるくらい回複されました。

     初心の功徳、御本尊の力なんて、今の覚醒した私には思いません。たまたま動きまくった結果、たまたま良い医者に出会っただけでしょう。

     ただ腹をきめた題目の効果は人によって、違いはあるかも知れませんが、人の免疫力、潜在能力(仏性)を引き出す力があると感じざるを得ません。

     そこで、新聞啓蒙、会合、選挙なんて、教団都合の話をするから、ややこしくなって、世間から嫌われるようになるんですよ。

     今の時代、孤独で悩みを抱えている方は多くいるんですから、悩みをともに解決したり、解決できなくても一緒にその努力をしていくだけなら、麗しい関係しか残りませんよ。この創価家族といわれている世界を私は創価に教えてもらいました。

     信仰はやるやらないは自由です。やめても罰もない、まして地獄になんて落ちません。罰や功徳なんて、勉強しないとろくな人生送れないぞ、勉強すれば、裕福になれるぞなんて、親がこどもにいうレベルと変わりません。

     今は非活4年で、幹部を断ったことを少し後悔しています。会員に影響力を持った役職で、池田、原田、正木の面々と創価再生の議論をさしでやりあい、平に降格されてから、仏の使いとしてゼロからスタートすればと思いました。

  10. yさん、コメントありがとうございます。
    >池田や創価が信仰の対象じゃないことくらいは、活動家ならだれでも知ってる常識ですよね。
    申し訳ないですが、言葉の意味がわかりません。yさんと議論する気はないのですが、
    「池田や創価が信仰の対象じゃない」とはどういう意味でしょうか。
    またそれが「活動家の常識である」ということがさらにわかりませんので、
    できればもう少しわかりやすく説明していただければと思います。

    キリスト教は宗教です。創価と比較すること自体に無理があるのではないでしょうか。
    >仏の使いとしてゼロからスタートすればと思いました。
    yさんが仏教の信仰をやりたければ、ニセ宗教の創価ではなく、
    ほんとうの仏教について学び、本来の仏教の信徒になられたほうがよいのではないでしょうか。
    また題目に効果があったと考えるより、ポジティブに病気を克服しようと思う気持ちが、
    本来その人に備わっている自然治癒力を高めたと考えるほうが自然だ、と私は思います。

  11. signifieさん

    同じ思考の持ち主だけの中で”対話”などと創価チックな事をやってるから

    > 池田や創価が信仰の対象じゃないことくらいは、活動家ならだれでも知ってる常識ですよね。

    そう言う考えの人も中には大勢いると言う事すら把握できてないのではないでしょうか?

  12.  こちらこそありがとうございます。覚醒した活動家のコメントとしてお話できればと思います。

     日蓮の仏法、御本尊が信仰の対象で、歴代会長は、拝む対象ではなく日蓮の仏法を現代の言葉で表現する指導者(一信徒)という位置づけです。

     本来人に備わっている自然治癒力を、信仰心によってさらにプラスアルファの効果が期待できると私は思っています。どの信仰にもそういった効果はあると思っていますが、創価の人生前向き、希望の様々な言葉が題目とリンクして、他の宗派より効果的なので、これだけの会員が増えたのだと思います。

     宗祖の釈迦が、教えを書物に残さず、300年から500年後に人づてで聞いたものをまとめたものなので、さらにインドから中国に翻訳された歴史をみると、本当の仏教、正しい仏教なんてだれもわからないと思っています。

     歴史上の時代に即した指導者の解釈によって、大衆にねづいたと思われます。

     私が重視している仏法の解釈には優先順位があるんです。生老病死という四苦八苦で悩んでいる庶民をいかに激励して、希望と勇気を与えられるか、そこができるかできないかが勝負なんです。

     私の考えからすればそれが可能な活動なら、創価や宗教に限らずウェルカムなんです。ただ現状では、創価の建前上のもっともらしいきれいごとの仏教解釈(池田思想、創価思想といっても構いません)が、その実践をするにはもっとも効果的手法だとかんがえているからです。(とりあえず現段階ではです)

     極論いえば、創価がつぶれようと構わないんですよ。そこから、本当の信仰活動ってなんだろうと一人一人の会員が考えて自然発生的に再構築していければOKです。

     題目の効果を感じなければ、やめればいいし、生命力を感じ生活の原動力になるなら続ければというシンプルな薦めかたです。

     天国や三世の生命とか、だれも見たこともない科学的に証明できるわけでもないものを信じるわけですから、わたしは、宗教はすべてインチキ、ニセ宗教ぽい、教祖はペテン師ぽいと思っています。

     そんな世界と自覚して薦めるわけですから、お金はかけない、時間も3カ月と期限を切って試してもらい、効果がないと思ったかたには、すみませんでしたと謝ります。こんなやりかたで今まで恨まれたことはありませんでした。

     時間があいた時しかコメントできませんが、このブログでは数少ない活動家の考えを述べさせてもらいました。

     

     

  13. yさんの言われるように、日蓮仏法だけを信仰しお題目の力だけを享受できる創価学会であれば、誰も悩みもしないでしょうが、そこに教団としての活動、つまり新聞啓蒙や選挙活動、お布施のことが関わってくるわけですが、それはどう解決されるのでしょうか?
    また、ここ数十年日蓮仏法を真摯に研鑽するということも、ほとんどなくなり、ゴーストライターの著した池田大作の書物を勉強するというこの状況で、どうやって信仰を深めることができるでしょうか?
    創価学会の中で、真に抜苦与楽の慈悲の実践なんて、できるのでしょうか?
    もしいまの創価学会で出来るとしたら、多分、他の宗教やコミュニティでも十分にでき得ることで、なにも創価学会に限ったことではないような気がします。
    癌を克服された方やご家族も、いずれは創価学会の活動に組み込まれていくのかと思うと気の毒でさえあります。
    きっと、その後は、あちらこちらの会合で功徳の体験発表とやらをやらされることになり、その先も見えてくるようです。。

  14. yさんに素朴な疑問、創価の活動家として題目を進めるということは、創価のご本尊を勧めるということで、イコール創価学会員になるということで、もれなく新聞や選挙や財務がついてこないですか?
    yさんは腐敗堕落した組織だと認識してるみたいですが、そういうことは仏法対話するとき隠して対話するんですか?それは結果的に騙してることにならないですか?

  15. 私が言いたいのは、これまでもくりかえし言っているように、創価学会は日蓮仏法やご本尊や題目を素材にすることで人をMC下に陥らせてお金をまきあげる詐欺集団なんだから、もともと宗教であった集団が腐敗堕落したのではありません。宗教とは違うんです。私は宗教に関してここでとやかくいうつもりはありません。世の中にはいい宗教もあれば悪い宗教もあるでしょう。仏教、キリスト教、イスラム教をはじめ、人類の伝統的な文化をつくりあげてきた偉大な宗教もあれば、逆に怪しい新興宗教や信者を集団自殺までさせるカルト宗教もたくさんあります。世界の三大宗教でさえ時の権力に利用され、たくさんの戦争をしてきました。そんなことをここで論じても仕方がありません。そうした宗教と創価学会は全然別物なんです。たとえ創価学会の末端会員のコミュニティに人間的な魅力があったとしても、それは創価だからそうした魅力があるというわけではないし、創価学会自体の存在が多くの人々を騙し続けているのですから、それに加担することがどういうことなのかは考えてほしいと思います。創価にとって仏法は詐欺の道具でしかないことを認識しなければ、覚醒したとは言えないのではないでしょうか。

  16. yさんのおっしゃってることは、創価の公式な見解や考え方とかけ離れているので、私にはどうでもいいです(笑)
    どうでもいいというのは、yさんの「人に希望を与えたい。慈悲を持ちたい」という考えがどうでもよいという意味ではなくて(それ自体は素晴らしいと思いますよ)、創価の活動家とは言い難いので、何も言うことはないなあという意味です。

    yさんはご自分では「創価の活動家」のつもりかもしれませんが、
    おそらく幹部から見ると「そんな指導はしていない」と言われるのでは(・・;)

    創価の基本は、センセイの指導を愚直に受け止めること。
    オリジナルな解釈、我見を入れた指導、自分勝手にアレンジした活動は御法度です。

    愚直にやると他人に迷惑をかけるし、自分も頭がおかしくなりますよね。
    だからアレンジしたり、「いいとこ取り」したい気持ちはわかりますが、だったら何も教団に属することはないのでは?
    教団に属していると「わるいとこ取り」もしちゃいますよ。

  17. あら?書き込みが承認されてますね。
    ならば少々。

    僕は現存する宗教など全て「当たるも八卦当たらぬも八卦」だと思っておりますが。
    そう言う意味ではyさんの

    > わたしは、宗教はすべてインチキ、ニセ宗教ぽい、教祖はペテン師ぽいと思っています。

    には賛同いたします。

    「絶対に儲かる株の話があるか一口乗りませんか?」
    と同じ理屈。
    株を購入する人が多ければ、多い時には儲かります。
    儲かっている時って、こんな胡散臭い話でも誰も文句は言わないんですよね。

    やがてバブルが過ぎれば損をします。
    損をした時大概言うんですよ。
    「絶対に儲かると言われて騙された」と。

    でもこう言った話、僕はあまり同情しないんですよ。
    創価に対しても同じ事を思います。

    世界を見渡し歴史的に見てもキリスト教やイスラム教なんて大概なものですよ。
    また、現在の創価学会と被るのは日本で言えば念仏。
    特に創価誕生からの80年と念仏誕生の80年は全く同じトレースだと思います。

    創価が政府に関与していると言ったところも既存の日本の伝統仏教と呼ばれる宗派も
    その歴史を紐解いていくと政府に関与して自宗派に都合の良い政治を求めたと言う側面もありますしね。

  18. 池田大作が勤行などほとんどしていなかったと言う側近幹部の話からしても日蓮仏法の宗教指導者でないことは明らかです
    池田と大幹部といえども親分、子分の関係となんら変わらなかったと怒りを露わにされてましたよ
    yさんは、やはりシニフェイさんの言われてるように完全に覚醒されているように思えませんね

  19. yさんへ

    >わたしは、宗教はすべてインチキ、ニセ宗教ぽい、教祖はペテン師ぽいと思っています。

    ぽくてもぽくなくても、創価が宗教でないということと関係はないのではないですか。創価が宗教であるという思い込みがyさんが創価から抜けられない理由だと思いますが違いますか。そして「宗教はすべてインチキ、ニセ宗教ぽい」と思っているということは、どこかに本当の宗教があるということを信じているかのようにもとれます。そして本当の宗教を求めているというyさんが、もともと宗教ですらない創価の活動家としてとどまっているということは、とても矛盾を感じますが。

    >ただ現状では、創価の建前上のもっともらしいきれいごとの仏教解釈(池田思想、創価思想といっても構いません)が、その実践をするにはもっとも効果的手法だとかんがえているからです。(とりあえず現段階ではです)

    この言葉も創価が宗教であるという前提で話されているのではないですか。yさんが「創価の建前上のもっともらしいきれいごとの仏教解釈」だけを評価しているなら一般の学会員と少しも変わりはないと思いますが。ただしモニカさんも言われているように、幹部にとってはかなり困り者の活動家さんでしょうね(笑)なにしろ創価のことをボロクソに言いながら自称活動家というんですから。自分がいいと思ったところだけを信じられては創価としても迷惑だと思います(笑)なにしろ財務、折伏、新聞、選挙活動を何も考えずにしなければ創価学会の活動家とはいえません。ああだこうだ考えていては活動家ではないですよ。yさんは活動家でもなければ覚醒もしていないように思えます。

    >私が重視している仏法の解釈には優先順位があるんです。生老病死という四苦八苦で悩んでいる庶民をいかに激励して、希望と勇気を与えられるか、そこができるかできないかが勝負なんです。

    話が矛盾だらけでわけがわかりません。そもそも宗教を病気が治るとか貧乏から抜け出すという損得の方法論として考えているところから「?」と思います。釈迦が出家を決意したきっかけの逸話などは、あくまできっかけですから、それを宗教の本質とまぜこぜにしてはおかしなことになると思います。そしてこれは創価思想でもありません。yさんの勝手な仏教の解釈です。学会以外のまともな思想書も読まれてはいかがでしょう。

    私は前提と結論が矛盾した話では意味がわかりませんので説明していただければと言いました。私は討論したいのではありません。矛盾した話では対話になりませんということを言っています。

    堅皇さんへ

    堅皇さんのコメントをあえて承認したのは、矛盾したyさんの話に同調される堅皇さんのスタンスと宗教観を他のみなさんにも知っておいて欲しかったからです。堅皇さんの宗教観は「宗教なんてどれも五十歩百歩でインチキだ」という宗教全否定が前提のようにとれます。それはそれで何も言うことはありません。それでいいんじゃないですか。ただ、そのことと創価の問題は関係ないと思います。ここでは宗教ですらない創価学会による被害の話をしています。個人の宗教観の話と創価学会の話を同じステージで論じても、yさんの話のように、わけがわからなくなるだけではないでしょうか。

  20. こうして自分の意見と合わない方の話を否定的に書いてしまうと、すぐに「意見の合うもの同士だけの単なるおしゃべり」とか「対話などと言いながら対話しようとしていない」などのコメントが過去にありました。「批判されるのが怖くて、ちょっと反対されるとビビって必死になってる」などの言葉もありました。しかしそれはいつもネット上のマナーすら守れない無礼で一方的な批判でしかありませんでした。私が今回yさんと堅皇さんのコメントに対して「よくわかりません」とか「何も言うことはありません」といったある意味否定的な返事をしたのは、このままでは対話の可能性がないなと判断したからです。
    yさんに関しては他の方からも質問がされていますので、yさんには答えていただきたいのですが、なにしろ話の前提と結論が矛盾していたり、自分の考えを創価の考えであるかのように話されたりしているので、そのあたりを整理されてから質問に答えていただければと思ったからです。
    堅皇さんのお話は、意地悪な言い方をすれば「だから何か?」としか答えようがありませんでした。ここはディベートのブログではありません。また個々の宗教観を披露する場所でもありません。ここが創価の問題をテーマにした対話の場であることを再認識していただいての発言をしていただきたくて書きました。

  21. 難しいことは、さっぱりわかりませんが、
    こちらで語られるリアルな体験は、とても見過ごせません。
    事実を受け入れるのは、頭で割り切ってみても、
    なかなか難しいものです、年を経てみても。
    少しでも気持ちに寄り添える場であってもらえれば、
    有り難く思います。

  22. 創価は宗教を隠れ蓑にした詐欺集団でしょう。
    でそういう詐欺集団からしたらこのような場は金蔓を離反させようとする迷惑な存在です。
    もちろんここに気付いている職員は妨害したくて堪らない。
    だけど議論しても負けるのは目に見えている。
    どうすべきか。
    敢えて覚醒した会員の振りをして書き込みする。ネットでよく言われる池田批判には敢えて同調する。
    だけど池田批判から創価をやめないように
    効能もあることを刷り込むようにする。
    職員は金蔓を離さないためにそんな姑息な
    こともするでしょうね。
    以前わたしが創価批判につながるものを作成したときは罵詈雑言脅迫凄まじかった。

  23.  以前の私のコメントを見ていただければ、少しは理解してもらえると思いますが、バリ活の当時から、納得のいかない活動はしてませんし、入ったかたにも薦めません。新聞はその人にあった記事を切り抜きで渡すことで貫いてましたし、公明党の政策に納得しなければ投票しないし、財務もオカラ程度の1万円がほとんどで、会員にも負担に感じるときは財務の精神とは違うからやめなといってましたし、折伏と人材育成がメインで楽しくやってましたよ。

     創価新報の花の3丁目地区を理想に活動していましたので、私が創価本来の信仰活動をしていたという自負もありますし、みなさんの言っていることは、組織活動と呼ばれるものではないですか?私のやっていることの方が常識だと思いますし、創価が対外的に言っているきれいごと通りと思っているので、なんで訳のわからない成果主義のようなことに従っていくのかそちらの方が私には理解できません。

     組織活動は疲労感しか残りませんが、信仰活動、体験は歓喜の源になると思うんですがね。

     生き生きと活動している人からみると、詐欺集団という決め付けたような言い方には、違和感を感じるのです。

     出来上がった組織の上に役職もらい、上からの打ち出しを消化するような活動をしてれば、それは愚痴や不平がでるのは当然と思います。

     新聞やスピーチ、人革などでいっていることと、組織で打ち出されることのやっていることの違いにバリ活当時から、矛盾を感じていましたし、だからこそ自分の中に本当の創価学会があるんだと誇りをもって活動するうちに、広布オカラ論が一番人材育成の近道だと現場の実感として言っているんです。

     私の担当した組織は、活動家ゼロのところばかりでした。上の机上の空論の打ち出しの活動なんてやっていたら、人なんて育つわけがないんですよ。組織活動ばかりで時間に追われ、なんのために信仰したのか常に問いかけて、活動していましたか?

     創価から離れて4年、創価でいわれてきたことを再検証した日々でした。良い面、悪い面を冷静に思索する中で、悪い面をすて、良い面を人生に活用した方が価値的だと思ったんです。

     こういうと、まだ覚醒していないと思われるんですかね。上は腐っていると思いますが、現場の良識はまだまだ残っていると思うんですがねえ、、、

     上はエリートの搾取する悪党、会員はマインドコントロールされた貢がされる哀れな羊たちのような存在と決め付けるように感じる言い回しに(違うのかもしれませんが)、ノーと言いたいんです。

     主体は会員でしょう。金もらってやっているんじゃないんですよ。納得いかないことはやらないのは普通でしょう。宗教ビジネスなら、不買、布施止めすれば、いちころじゃないですか?

     信心即生活です、組織活動即生活じゃありません。私の言っていることは、特別なことではないし、人革で書いてある活動通りだと思いますし、現活動家に話しても共感されると思いますが、、、

     ある方から、(職員からですが、)醒めてからできる信仰は本物だ。またアメリカの地区部長は、先生にスキャンダルがあってもたいした影響はないよと聞きました。長年の宗教文化から、信仰と人格の建てわけができているそうです。

     草創の戦いのようにだれもいない所から、理解者を一人つくり、また一人と信仰の組織を築いて見てください。きっと私の言っていることが理解できると思います。

     創価のウラ、オモテを知りつくした上での信仰活動の再開が、矛盾のように感じるのかも知れませんが、私の信仰動機からすれば、あたりまえのことに気付いただけに過ぎません。

     
     

  24. yさんへ

    私もかつて活動いていた時、小説人間革命の一説で大作が組織の矛盾を感じ、戸田城聖に指導を仰いだときの大作自身が理想の組織を作ればいいんだと若き日の大作に諭した一説を引用した指導を受け理想の組織を目指して懸命に一人立つ精神!とばかりに組織内の地道な家庭訪問はもちろん地域のゴミ拾いもやってたので分かるような気がます。

    どんな打ち出しでも数、数・・・「信仰」と言うより営業成績の競い合い、会長指導、御書の一説をその打ち出しの拠り所にして末端会員の尻を叩き、数の達成度に右往左往して上級幹部に喜ばれるように末端会員にははったりをかます事を学会活動と思い込んでいて、家庭訪問、部員指導、家での自らの勤行、題目もせず、口先だけのうまい者が上級幹部に登用・・・が既定路線になった組織ではyさんのような学会員であって組織の制約を受けない、自分の思うような自行化他行をやるんだ・・・と言うスタンスでないと創価に在籍することはできないでしょうね。

    そういう意味ではyさんがおっしゃるようにそんな会員が増えているとするなら今の組織の状態は驚愕ものです。

    創価の教えの良いところだけ活用して組織の矛盾点は役職に着かなければ降りかかって来ない一会員として実生活に生かしてして組織からなんら制約を受けないyさんの思う良いところ取りだけの立ち位置はyさんが役職を断ったと言う判断でのみ成立するものですね。

    私の場合、役職があり、責任職ですので自分の思う理想通りにできない実態の中、どんな打ち出しでも数、数・・・「信仰」と言うより
    営業成績の煽りあい、実態を顧みるより上への聞こえの良い成果を出すための帳尻合わせの諸会合である組織運営の中で現場重視の会員側からの考えや提案は全て官僚化した上級幹部との摩擦を生むだけでこちらが正論を吐けば吐くほど幹部からは疎まれ結局、組織から干される状況になりました。

    それでも、yさんの理想の活動内容を再度、読み返してみて私の在籍当時の心境と違うのは私は、大作は人生の師匠であり、池田の真の弟子になりたい!池田の構想の為なら死んでも本望と信じ込んでいた活動家でした。

    脱会した今となっては私は学会はヤクザを使った富士墓苑反対の市民運動封じやNTTの事件、悪法である外国人参政権を制度化すると韓国に確約し毎年、韓国訪問している公〇党、学会の緊密度などなど・・・学会は会員を利用して日本を危うい方向へ導こうとしている団体だと信じています。

    yさんはいつ入会されたのでしょうか?家が学会員で一応、5歳くらいからの会員だった私としては年代によって指導内容の変わる学会なのでyさんの入会時期が気になります。

  25. このブログは、ネットの中では真摯な対話が成り立っている場だと思います。
    管理人さんが熟慮して、身を削って運営されてるのがよくわかります。

    堅皇さん、他人の家に入ってきてルールもマナーも理解せず、創価に悩んだり、真剣に問題提起している参加者にむかって、「創価チックな対話の場」と揶揄するのは如何なものでしょうか。
    意にそぐわない場なら、よそへ行くなり、自分で好きな場を作れば良いでしょう。
    気にいらない場に、なぜ執拗に入ってくるのでしょうか。

    「自分は元創価だけど、おまえらとは違う」と自己顕示したいようですが、自己顕示と対話は違いますよ。
    それが承認される場を探せばいかがですか。

  26. ノブさん
    正直言って、わたしもそう思いましたよ。
    いくつかの矛盾と、このなんとも言えない欺瞞に満ちた気持ち悪いコメント。。
    とても一活動家とは思えない上から目線と組織の末端を少しでも知っているという感じのなさ。。
    一活動家としてきたのなら、もっと組織の末端の苦悩もご存知でしょうが、それを感じている風のなさ。。

    そもそも、創価学会のことにいきなりマザーテレサと並ぶって。。
    池田キングガンジーと同じ発想。。

    創価学会は、宗教に名を借りた教団ですよ。
    わたしは正直、オウム真理教よりもタチが悪いと思っていますよ。
    オウム真理教の悪は非常に分かり易かった。
    でも、創価学会はどうでしょうか?

    わたしも、脱会した時はそうは思っていなかったです。。
    誰に相談するでもなく、ある日突然、たった一人で創価学会をやめたから。。

    でも、あるBlogをキッカケに実際に創価学会の本営のほうの嫌がらせストーカーに遭ったことにより、見えてきちゃったんですね、ハッキリとその正体が。。

    yさんが、幹部を断ったのを悔いるようなコメントをされていましたが、いまからでも頑張ってくださいよ。。
    創価学会に楯突いた人が、また組織の第一線で闘えるものなら、やってみてくださいませ。。(笑)

    創価学会が、どんなところか分かってないんだからあ。。☆*:.。. o(≧▽≦)o .。.:*☆

    それとも、分かってて言っているのですかあ。。?
    誰に対して言ってるのかなあ。。?

    すみません。
    ノブさんと同じことを考えていたので、書き込んでいるうちに怒りがこみ上げてきちゃって。。

    不愉快に思われた方、ごめんなさい。。

  27. 創価は、日蓮の仏法をベースにした宗教という認識を私はもっているので、前提の認識が違っているのでしょう。

    本当の宗教というか、人智を超えた不可思議なる法とでもいう存在が、科学的にみても信じるに値するものであれば、興味はありますし、学ぶ価値があると思っています。

    宗教の優先順位のことをいえば、私の解釈と思って構いません。以前に毒矢の例えを話しましたが、現実の悩みを解決できるのかというのは、私にとって、最優先事項です。訓個注釈は学者に任せればいいと思っています。

    四苦八苦のテーマは私にとっては、きっかけではなく信仰する最大の関心事項です。そこが本質でないというところも考えの違いでしょう。

    そういう考えからすれば、創価以上の何かしら効果的なものがあるのなら冷静に話を聞く耳もありますし、求道の気持ちは失っていません。

    ただ会員をMC下において、金を巻き上げる詐欺集団だという考えに、異議申し立てをしたいとコメントしたわけです。会員を愚弄するような言い方は、一面的な見方ではないですか?創価憎けりゃ袈裟まで憎いふうにしか聞こえないのです。

    全面擁護する気はさらさらありませんが、信濃町が考えているほど甘くなく、会員はなかなかしたたかで、賢いと思っています。

  28. yさんが対話で、一人また一人と日蓮の信仰に立ち還らせたとしても、いまの創価学会の組織では却って信仰心が萎えると思うのですが、そういう場合は、どうやって激励されていくのでしょうか。。?

    わたしが嘗ていた組織では、月に一度の座談会でも幹部は数の話しのオンパレード。。
    せっかく、組織から遠ざかっていた部員さんを何度も家庭訪問して、やっと連れ出したのに、わたしは内心真っ青になった憶えがありますよ。

    組織の言いなりにならない学会員が増えるといいですが、そんなことは可能でしょうか?
    既に組織として成り立たないのでは?

    ただ日蓮仏法を研鑽しお題目を唱え切磋琢磨できるような組織にはなれないでしょう?
    もし、そうなれたら創価学会ではないですよね。。(笑)

  29. ある程度コメントしたことで、いろいろいわれることは、予想していましたが、時間の制約もあり、みなさんにお答えできないときはお許し願います。

    三枝さんの質問ですが、不良会員の2世ですが、自分の意志で20歳で発心し現在54さいです。図太い神経しているので、役職あったときからこのスタイルでやってます。出る杭は打たれますが、出すぎる杭は誰も打てないもんですよ。

    増上慢、慢心、我見が強い、よく言われました。三枝さんのいう官僚のような奴には、逆につるしあげたもんです。偉そうなこといってないで結果だせよ、メッセンジャーは必要ねえ、自分の現場まわった体験を話せよ、とか、そんなことが通る風通しのいい組織でしたね。

    反発もありましたが、捨てる神あれば、拾う神もなんとやら、私を擁護する幹部もおおくいましたね。

    三枝さんが感じるいまの組織像もよくわかります。まともな感覚を持った人が、組織に距離を置くことも脱会しようとかんがえるのも当然だと思いますよ。

    あまのじゃくなんですかね、、、。荒野を開拓すること、人のやらないことにチャレンジすることに燃えてくるんですよ。

    企業だったら、創価を買い占めて、現役員を総退陣させ、行革の土光さんのようなかたに、改革の指揮を取ってもらい、寄生虫を一掃させ、会員本位の組織に再生させたい。

    それは無理でも自分でどこまで変えられるか試したい気持ちにかられるんですよ。自分でもバカだなあと思うんです。

    でも激励した方が良い方に変化するのを見ていると、この上ない充実感を感じるんです。この快感、菩薩、仏の命っていったらいいすぎですかね。

    あの白バラの高倉さんも創価と戦ってますが、脱会はしてないとかいてありましたが、もう信仰心もなくなってしまったんですかね、あのブログの書き方からすると、創価を全面否定しているとは思えず、信濃町の中枢と戦っているようにも思えるので、題目をあげて戦っているとしたら、共感できるんですが、少し気になっています。

  30. 創価学会の信心で本当に現実の悩みが解決できますでしょうか?
    バリバリ活動して、必死で唱題して人生好転しますか?
    私の周りにはいつもいつもご本尊に願ってばかりのひとたちがいます。
    にもかかわらず叶わないことは叶っていないように見えますが。

    題目に依存して、いつか願いが叶う幸せになれると安心することはできるかもしれませんが、
    いつのまにか「信心することが目的」のようになっているかに見えます。
    もちろん自分が幸福か否かを決めるのは自分ですが、他人の目も布教には必要なことだと思います。

    私は2世のようなものですが創価学会に対しては、
    父母をよくも騙してくれたわね、父母も騙されてしまって愚かだと、思っています。
    父母の時代は創価学会はイケイケドンドンのとき、変だと気づくことができないのも仕方なかったとは思いますが。
    惜しみなく財務に励み、活動三昧だった母は50年近く創価でいて、
    愚痴も多くいつも満たされているように見えません。
    私の気持ちを話してもしたたかなのでしょうね、怒りで対抗してきます。
    罰の恐怖もあるようです。

    創価学会のずるいところは、信心を疑わないようにさせるためにオーバーな体験を聞かせて引き留める。

    これは伝達ゲームのようなもので、自分が体験してなくても聞いたことをさもそれらしく次々に伝える。

    突然ボーナスをもらえたとか、想像以上の退職金を手にできたとか結構お金の話、
    大学に合格したとか、初期胃癌が治ったとかもありましたか・・・

    信心していなくても経験できることばかりだというのは、覚醒しないと分からないですね。

  31. モニカさん

    > 創価に悩んだり、真剣に問題提起している参加者にむかって、
    > 「創価チックな対話の場」と揶揄するのは如何なものでしょうか。

    管理人さんには非承認を踏まえ個人的にコメントを以前に送りましたからね。
    「創価チック」と書いたのはあくまでも非承認であろうと管理人さんへ宛てたものです。
    まさか承認するとは思っても見ない話でしたが、本心と言えば本心です。

    折角ですからついでに。

    > 意にそぐわない場なら、よそへ行くなり、自分で好きな場を作れば良いでしょう。

    こう言った発言も創価系掲示板ブログ等で良く見かけます。

    これは僕の体験談でもありますが
    創価をやめたからと言って直ぐに創価気質がとれるものではないと言う事。
    自分では気が付かないうちに学会員と同じ思考、同じ態度で”外部”に接してたものが
    知らず知らず今度はそのまま学会員へ向けられているところが多々あると言う事です。

    学会は外部を敵と見なしているかもしれないが
    こちらから学会を敵と見る必要は無いのではないかと言う事です。

    モニカさんって創価をやめてまだ数日も経ってないわけですよね?

    手のひら返しは本当の意味での第三者からはあまり好感は持てませんよ。

    元活動家なら尚更、やめるにやめれない活動家の気持ちを少しでも汲む度量が持てませんかと言う事です。

    ルールやマナーをごちゃごちゃ言う前に、身内に優しく敵に厳しくが創価のもっとう。
    僕は創価にいた時から、この逆を心掛けてきたつもりですけどね。

  32. おはようございます。

    >創価をやめたからと言って直ぐに創価気質がとれるものではないと言う事。
    自分では気が付かないうちに学会員と同じ思考、同じ態度で”外部”に接してたものが
    知らず知らず今度はそのまま学会員へ向けられているところが多々あると言う事です。

    堅皇さんのこの考えには、私も同感です。他のご意見は、おいといて(^^;;
    やはり、長年の癖というかそういうものは、中々取れないものと思います。私も、めっちゃ気を付けてます。

    yさん

    >ただ会員をMC下において、金を巻き上げる詐欺集団だという考えに、異議

    異議も何も お金を巻き上げる事が目的だと思いますよ。母は生活困窮で保護を頂いていますが、本来保護者は財務出来ませんよね?でも、ずっとやらされてたんですよ 真心の財務だと言われて 信じて。これって詐欺だし、マインドコントロールじゃなかったら、なんなんでしょうか? 犯罪犯させてでも、お金巻き上げる これが創価学会の実態なんじゃありませんかね? どう思われますか。

  33. >モニカさんて創価をやめてまだ数日も経ってないわけですよね?
    >元活動家なら尚更、やめるにやめれない活動家の気持ちを少しでも汲む度量が持てませんか…

    諸々コメントをよく読んで頂ければわかると思いますよ。

  34. 度々 すみません。

    堅皇さん同感と言ったのは、特定の方に当てた言葉に同感ではなく、長年の癖は中々取れないし、知らない間に同じ事やってる事あるよね 誰でも。と、私も思ったので、同感ですと書きました。

    ややこしくて、ごめんなさい。

  35. 難しいことはわかりませんが、もう創価の活動に自分の大切な時間を費やしたくないなぁと思うだけです。私の場合は活動によりうつ病を20年弱わずらいましたから、活動することはわざわざ病気になりにいくようなものですから、活動家でも、嫌なら辞めたらいいと思うのですが、すぐに退会できないことじたい問題ですよね。
    信教の自由に反してますよね。
    私の場合ですが、創価学会の信仰では救われなかったんです。救われないのに創価学会にいる意味がないなって思ってます。組織を変えようとか良くしたいとかなくて、信じていないのですから、もう関わりたくないです。そしてなるべく早く静かに創価学会を去りたいです。

  36. はるさん、前回の「福運って何ですか」のコメントに書きましたが、創価気質ってあくまで創価信者であってこそ。
    上から目線で価値観を押し付けることが幸せにつながる、と信じる「創価気質」と、覚醒した後は明確にちがいます。
    このブログの多くの声からも、それが同じ、と感じたことは私は一度もありません。
    だから、ぜ~んぜん心配ないですよ(^^)

    切り替えが早い、愚痴だ、やってることが同じ、そんな批判に悩む人がいないように、多くの覚醒者の力になれるコメントをしていきますよ!

  37. はるさん、私もモニカさんと同じ考えです。覚醒後に自分の視野が格段に広がって、世の中のいろんなことのつじつまがピッタリ合っていくことが実感できました。「ああ、自分のこれまでの疑問や考えは間違いじゃなかったんだ」ということにホッとします。そして世の中の感覚と創価の感覚がここまで乖離していることにはじめて気づいて愕然となります。自分の中で考えることなしに無理矢理否定してきたことが、本当はそっちが真実だったんだということに気づきます。そして創価のデタラメぶりがよくわかって、つまり創価は金銭目的の詐欺集団でしかないということがわかって恐ろしくなってきます。

  38. モニカさん シニフィエさん

    ありがとうございます。私自身が30年以上も組織にいて、その長い間で染み付いてしまった嫌な価値観が、脱会してまだ一ヶ月も経ってないから、会員だった時と同じ様な物言いしてるときあるよな〜って、己を振り返ってあったもんですから。 アホなんで、ややこしくてすみません。

    非活の期間があって、冷静に見ればやっぱりおかしいのはわかります。覚醒後は確かに、変わりますね。でも周りから見れば、変わり身早いな〜とか思われてたみたいです。

    モニカさん 気分害しまっていたら本当にごめんなさい。

  39. はるさん
     そんなことは、組織として御法度ですから、事情をいえば返還すると思いますが。私なら一緒に本部に文句をいいに行きますよ。
    その一線は守ると思われますが、

    葉子さん
     組織活動して題目あげれば人生好転するとはいってないですよ。私が教わった創価勝利の方程式は、過去のコメントをみていただけるとわかると思いますが、人生好転するための当たり前の努力を継続していけば、なにかしらの変化、結果はおのずからついてくるという当たり前のことをいったまでです。ただそこに題目という祈りによって、執念、継続、真剣さ、などのプラスアルファの効果がより一層でてくるので、それなりの結果がでるのではないでしょうか?

     信心していればなんとかなる?なりません。信心しているからこそなんとかする。その能動的な行動が事を動かすのでは?

     組織活動と信仰活動がどうもごちゃまぜになっているように感じるのですが、、、。

     例え親子、夫婦などの人間関係で悩んだ時、祈って組織活動して事態が好転すると思いますか?それより祈り、自身の至らなさを見つめなおし、相手の気持ちを考えて歩み寄っていくしかなかなか好転しないのでは、、、、。
     私も若いころ、夫婦の亀裂が生じたとき、二人で大石寺の大御本尊に参拝すれば事態が好転すると思い行きましたが、会話のない大失敗の旅行になりました。先輩にそのとき先のように諭されました。

     信心したからといったって、何とかなりません。問題解決の努力を続けること、その原動力が祈りであり、題目であると考えたらどうでしょう。そのことがふつうの方でもできるのなら、あえて信仰は必要ないと思います。凡夫は縁に触れてすぐ心が揺れ動いてしまいますから、私は必要性を感じています。依存といえばそうなのかも知れませんが、私は自分の18番の武器と思ってます。

    流れ星さん
     組織の成果のために創価に入ったわけではないですよね。人にこの信仰を薦めるときに、新聞啓蒙を一杯すると功徳がすごいよ、福運がつくよなんていいますか?
     公明党を応援すれば、功徳がある、宿命転換ができるなんていいますか?
    財務をすれば何倍にも福運として返ってくる、そんなこと本気で話す人なんか聞いたことがありません。
     
     本音では、こんなことはおかしいとみんな気づいているのではありませんか?こんな非常識なこと部員さんに言える訳がないと。

     私のような図太い奴は、そんなことくだらない組織活動は堂々ボイコット、細い人は、組織から距離をおく、しがらみがある人は,やったふりして要領よく立ちまわる。そんな時間がもったいないなら、非活、脱会する。

     なんのために信仰したのか、そこを原点にどう動くか自分で祈り、考えれば、わたしはこのスタイルがいいという結論に至り、俺をみて創価学会を判断してくれればという思いでやってます。

     

     

  40. モニカさん

    > 諸々コメントをよく読んで頂ければわかると思いますよ。

    もちろんモニカさんの諸々コメントを全て読んでからの話です。

    > 切り替えが早い、愚痴だ、やってることが同じ、そんな批判に悩む人がいないように、多くの覚醒者の力になれるコメントをしていきますよ!

    切り替えが早いと言う事は一切自分自身を省みる事がないと言う事でもあります。
    “風のように”はある種見方を変えると”無責任”とも取れるわけですから。
    言うだけ言って実際あんたはどうなのと言うのがある意味創価学会の特徴であり
    僕はモニカさんやsignifieさんの様に、ただ創価学会をやめることが覚醒だとは思ってはいないと言う事です。

    現実的な話、右翼で活動していた人が、今度は左翼として活動し始めると言う人は多いし
    その逆もまたしかり。

    右翼が左翼になり、左翼が右翼になったところで本質は何も変わってはいないのではないかと言う事です。

    創価で自分たちだけが特別と思い込んでいた人は、
    やめる時も創価がおかしいと気が付いた自分は特別だと思っている人が実に多いです。
    いえ、これ全然特別な事ではなく、創価がおかしくないと思っている人の方が単に異常なだけなんですよ。

    「信じる」をテーマとして話をしますと、創価(宗教)ほど「信じるな」を教えているものはないです。
    外の話は全てデマだ捏造だと、周りを一切信じさせなくしてしまいますからね。

    道を聞くとき一人の人に聞くよりは10人20人の人に聞いた方がより正確な場所がつかめます。
    一人二人の勘違いがあっても大勢の人の話を信じれば道に迷う事は少なくなります。

    現実的に物事を全て疑って掛る人よりも全てを信じる人の方が騙され難いと言います。
    ある意味当たり前の事なのですが、創価にいるとこの当たり前の感覚が少しずつ欠如されていくと言うところです。

  41. ポンキチさん

    >嫌なら辞めたらいいと思うのですが、すぐに退会できないことじたい問題ですよね。

    私もどうしようもない事情があり、すぐ行動には移せませんでした。
    ですからそのもどかしさ、気持ちは痛いほどわかります。でも
    「一切をマイナスに受け取らず、今できることをする」
    これを楽しんでやると道は開けると思いますよ。

    その間に救われたものは、私もいろいろあります。感謝は尽きません。
    このブログがその一つになれば私も嬉しい!
    応援してますよ!

  42. yさん

    保護を受けているとしっていながら、財務させてたんですよ。いかにして、広布部員を作るかしか考えてない方が、たーくさんいらっしゃるって事なんです。事情を言って返還なんて、して下さるわけないでしょう?yさんに、お力を貸して頂きたいのではなくて、こういうことが平気で行われてるのが、創価学会なんだって事なんです。

  43. yさん、お忙しいところ、たくさんコメントいただきましてありがとうございます。
    おかげさまで多くの方にもコメントいただきました。
    ところでyさんのような考えの人が創価学会のほとんどを占めるようになったらどうなると思いますか。
    おそらく創価学会ではなくなりますよね。誰も財務も折伏もしなければ会合すら出ない。そんな組織が成り立つわけがない。つまり今のような創価学会ありきのyさんなんです。ひとりぐらい創価の中で異端分子がいてもしかたがないといった感じでしょうか。結局yさんは現状の創価があるからこそ、そのようなスタンスでいることができるんですよね。学会を利用してやってるような気でいるのかもしれませんが、学会に依存しているだけではないでしょうか。「他人のことや組織のことなんか知ったこっちゃない」「自分にとって利用価値があるところだけを利用する」「創価の実態だとかみんな気づいているはず」そんな人間関係の中でよく活動家としてやっていこうと思えるのが、私としては理解できないんです。

  44. 堅皇さんのコメントをあえて承認してきましたが、その後もここのブログの趣旨をご理解いただけないようですので、これ以降は非承認とさせていただきます。多少の脱線や暴言は見て見ぬ振りもしながら、できるだけすべての方のコメントを承認するように努めていますが、堅皇さんのコメントは個人的な攻撃のようで、なんら建設的ではありません。yさんとはまた違った混乱が見え隠れします。それを堅皇さんがわかって書いていらっしゃるのか、わからないで書いていらっしゃるのかはわかりません。残念ですがご理解ください。

  45. 創価学会が詐欺集団というのは、いろいろな事実からそうなのだろうと思います。
    池田名誉会長にも幹部の中枢にも、信仰心はまったくないのでしょう。

    でも「創価学会=悪」と判明しても、去る人は去り、残る人は残るでしょう。
    創価学会は消えてなくならない。
    オウム真理教が形を変えながら何年経っても消えないように。

    地下鉄サリン事件が起きたとき、私は都内の会社に勤務していました。
    会社の中には被害に遭った人もいます。
    間違った宗教の恐ろしさを間近に感じて、心底こわいと思いました。

    まさか自分も知らないうちに間違った宗教の一員にさせられていたなんて。

    だけど、創価学会を擁護したい気持ちがたくさんあります。
    創価の営業活動(新聞、選挙、財務)は否定しますが、純粋な末端会員の信仰の中には真実もあります。
    創価流教学が心の支えになって、逆境を乗り越えられてきたのも本当です。

    10年前に亡くなった母が、もし創価学会に入っていなかったらどんな人生を送っていたかと想像すると、もっと悲惨な人生になっていただろうと思います。
    我が家は貧乏と病気に悩まされ、ただただ「人並みの生活が送れるようになりたい」というだけの願いで必死に信心してきました。

    昨年コメントしたとき、題目に病気を治す力はないと言われてしまいました。
    たしかに唱題しただけで病気が治るとは思いません。
    でも「絶対にこの病気を治してみせる」と強い信念をこめた題目には、自然治癒力を増すなど何かしら効果を産むことがあると思います。

    我が家の話で恐縮ですが、母は、あと15分で死ぬと宣告されてから3か月寿命を延ばしました。
    絶望的な状況にもかかわらず、主治医の先生はレントゲン写真をもって大学病院へ相談に行ってくださるなど、(私が頼んだわけでもないのに)動いてくれました。
    病気に負けまいとする母の姿が、周りの人たちの気持ちを動かしたのだと思います。
    「こちらが励まさられる」「看護のしがいがある」と病院の人によく言っていただきました。
    自分のために周りが動いてくれる、こういうことも題目の力ではないでしょうか。

    母は難病で、その難病は余命が約2年と言われている病気でしたが、母は10年近く生き長らえ、最後にさらに3か月寿命を延ばしたんです。
    もし、創価学会に入っていなかったら、難病と診断された時点で絶望していたと思います。
    題目の力を信じたからこそ、頑張れたのだと思います。

    ちなみに、聖教新聞の配達員の健康診断が難病発見のきっかけです。
    創価学会によって救われた母のことを思うと、「創価学会=悪」とわかっても私の気持ちは複雑です。

    (昨年のコメントからの繰り返しになってしまいました。すみません。)

  46. yさん
    yさんの言われることは、まさに一匹狼のようにも思えますが、正直言ってわたしはまだ疑心暗鬼です。。

    3月10日のkさんのコメントを読まれて、よかったらぜひ、誠実にお答えください。

    yさんが、そのように四苦八苦の抜苦与楽の想いで、部員さんにこの日蓮仏法を共に、と勧めたとしても、その後果たしていまの創価学会の組織で無事に仏道修行をすることができるでしょうか?

    yさんは、いまの組織の矛盾や信濃町界隈の堕落も、その激励されたご本人に話されているのでしょうか?

    矛盾です。。
    もし、それを承知で部員さんが頑張ることができたとしても、それはyさんとの間の人間関係の上で成り立つもの?ではありませんか。。?

    だとしたら、単に親分子分の関係でしかありません。
    それを越えることが果たして可能でしょうか?

    yさんは、文面から察するに池田大作の書物を糧にして日々信仰をしているように見受けられますが、日蓮の教えの真意に迫ろうとされたことはありますか?そこまで悩まれて思索されたことはありますか?
    創価学会の組織の問題点をそこまで立ち還って悩み抜かれたことはありますか。。?

    一見、yさんのお話をつらつら再度読んでいくと、まるで、創価学会に現れた新種の詐欺師のようにも思えたりします。。

    あなたのように一会員を発心させたとしても、それは新たに創価学会という極悪の組織にひとり送り込んだだけの話でしかありませんよ。
    わたしには、ちょっと残酷ですがそう思えますが。。

    良識ある会員たちは、いまとても悩んでいると想います。それに対してのストンと納得のいく答えをyさんは与えることはできないでしょう。。

    確かに四苦八苦という課題に悩み抜いている会員には、yさんの励ましは有効かもしれませんが、いま組織の第一線の現場で悩み苦しむ活動家にとっては、ただのまやかしでしかありません。

  47. ハナ子さん
    わたしの父は、創価学会員ではなく、母の信仰に反対してきましたが、肝臓癌で余命半年と国立病院の医師に宣告されましたが、その後7年生き抜きました。

    父は、治らない病気でも自身に嘆くことなく、家族に愚痴を言うこともなく病を受け入れて、最後に病院に入院する10日まで自宅でなんとか療養して過ごしました。

    創価学会員だけではないのですよね。
    それだけを分かっていただきたくて敢えて父のことを書いてみました。。

  48. 追記
    ちなみに父は、最後に入院した10日間、病に苦しむこともなく静かに息を引き取りました。
    とても穏やかな最期でした。。

  49. はるさんへ

    私は女性のひとり暮らしで生活が厳しいので、昨年もおととしも財務を断りました。
    「生活が厳しいので払えません」としらゆり長さんに言ったら、あっさり了承してもらえましたよ。
    その後特に何も言われません。

    お母様が財務を断ることに対して、いろいろ言ってくるようであれば、その地区が問題有るのだと思います。
    お母様は長年のしがらみで、なかなかきっぱり断れないのではないですか。
    「真心の財務~」と言われても、「払えないものは払えない」と突っぱねればいいだけです。

  50. いろんな人がいますね(・・;)
    創価よりヤバい…

    もう二度と承認されない人に言っておきます。
    私は自分を顧みるために、全く関知しなかったネットの世界に入りました。
    が、自分が特別とも何とも思ってないし、創価時代もパッとしない末端の立場だった。
    だから、相手の気持ちを考えることぐらいしかできなかった。
    自己顕示してるうちは、いちばん大事な相手の気持ちはわかりませんよ。

    討論会をしたいのなら、マジでよそでやった方がいいですよ。
    持論をかざして議論を戦わせるのが楽しいんじゃないでしょうか。
    その右翼や左翼の人相手にでも、討論会したらどうですかね。

  51. いろんな人がいますね(・・;)
    創価よりヤバい…

    反論も面倒くさいのでパスです~

    討論会したのならその右翼、左翼の人相手にやったらいいかもしれませんね。
    仲間に入れてくれたらいいですね。

  52. ハナ子 さん

    初めまして。創価3世のcallともうします。

    >10年前に亡くなった母が、もし創価学会に入っていなかったらどんな人生を送っていたかと想像すると、もっと悲惨な人生になっていただろうと思います。
    >我が家は貧乏と病気に悩まされ、ただただ「人並みの生活が送れるようになりたい」というだけの願いで必死に信心してきました。

    私の父も貧乏と病気に悩まされ、創価学会員として貧乏と病気を克服しました。もし創価学会に入っていなければどんな悲惨な人生になっていただろうと思います。
    ただ、その後の活動漬けともいえる創価人生で、どれだけの時間とお金を創価に奪われていったか。おそらく財務だけでも千万を超える金額にはなると思いますし、親子関係が断絶していることを考えると、精神的な被害も含め、その被害はどれほどのものか計り知れません。
    ですので、父の創価に一生を捧げた人生を考えると、創価によるプラスの側面も認めはしますが、家族円満な一般家庭と比べれば明らかにマイナスです。
    創価に入っていなければ、どんな悲惨な人生になっていただろうというのは結果論で、創価に出会わないことで別の宗教や人物に出会い、もっとよい人生を切り開いていけたかもしれないのです。
    創価学会を信じている人は、創価に出会わなければ、自分はだめになっていたとは考えても、さらに良い人生になっていたかもしれないという可能性を考えません。私はそれはおかしいと思います。

    >昨年コメントしたとき、題目に病気を治す力はないと言われてしまいました。
    >たしかに唱題しただけで病気が治るとは思いません。
    >でも「絶対にこの病気を治してみせる」と強い信念をこめた題目には、自然治癒力を増すなど何かしら効果を産むことがあると思います。
    私も題目だけで病気が治るとは思いません。病気を治すのに必要なのは強い信念であることにも同じ意見です。
    ただ、病気を治したのは治るという本人の強い信念です。題目の功徳とは考えないほうがよいと思います。
    プラセボという用語にもあるとおり、たとえ偽薬でも、本人が絶対に治ると信じて飲めば、効果がでてしまうことは数々の実験で証明されているからです。

  53. ハナ子さんのお話、泣けました、すごく共感いたします。このような庶民の蘇生のドラマをまじかで見てきているから、全体主義的な創価のなじめない体質でも、私のような野武士みたいなタイプは続けられたと思っています。

     このブログでは、創価の負の側面が多くでるのは理解します。覚醒当時の私も、怒りから折伏した幼馴染の友人を結果脱会まで活かせてしまったほどだったので、、、、。

     私がコメントしている大きな理由は、ハナ子さんのお母様のような方が批判的な方より数多く存在していることが、まったく無視されたままで、創価のことを評価してほしくないという思いが強いのです。

     私が折伏したかた、掘り起こした方々は、創価の世界に誇りと感謝の気持ちを持っている方ばかりなので、創価詐欺集団との見方に、少し偏った見方をしてませんかと言いたいんです。アンチブログなのに、活動家歓迎というスタンスのようなのでコメントしているわけです。

     私のような考えも許容できる懐の深い組織だということも理解してほしいし、組織からの非活、脱会もOKですが、なんのために信心したのか、冷静に見つめなおし信仰心は、失ってほしくないなという思いからコメントしています。

     組織に対しての認識が、みなさんと違うのかなと感じています。

     創価学会という組織はだれが作ったんでしょう。歴代会長ですか?

     私は違うという考えです。歴代会長の訴え(これもきれいごとの建前だとしてもです)に共感した、名もない庶民が築きあげたものと思っています。テレビのCMにあったじゃないですか、大阪城はだれが作った?豊臣秀吉か、いや違う、大工が作ったと、、、

     名もない庶民が主体者であり、中心であり、池田、会長といったって、会員あっての存在であり、会員にそっぽをむかれたら、ただのあわれな人、つまり影のような存在だと思います。

     ブロック、地区、まあ支部までかな、ここまでが組織の主体者ですよ。その上の連中で第一線で汗かかないやつは、信用できないし、(特に学会で飯食ってるやつ)相手にしないほうが賢明です。

     第一線が詐欺集団だと思えますか?その上の連中どもでしょう、腐ってるやつらは、、、、。

     第一線の方が賢くなれば、創価は変わると思います。創価の悪事が明らかになったときは、きっと私もおかしいと思ってたのよとかいう人があふれて、そんな大打撃は受けないのではと思います。

     有権者の政治意識以上の政治家ができないとの言葉がありますが、そのままあてはまりませんか?

     まして池田が、一人で銭を稼げますか?今の組織に疑問を感じた方が、声をあげたり、組織に距離をおくようにすれば、寄生虫を一掃できると思いませんか?所詮、幽霊のような影の存在でしょう。

     このブログでは、創価擁護のようなコメントが多く感じると思いますが、もしバリ活のブログなら、距離を置いた方がいいよと言うと思います。

     創価の再生は、創価ではなくなるという考えとは、私は違うということがこれでわかるでしょうか?

     再生できたら、三枝さんのような方には、復帰してほしいし、疑問を感じながらこのブログを見ている方にも、2,3年の変化を外野の観客席で、見ていてほしいと思います。
     
     後、これから現場をまわってまた発心させることができても、今の組織のコマになんてさせませんから、、、。

     学会に依存しているというよりか、多くの友人、部員さんをこの世界に引きずり込んだ当事者ですから、(感謝され恨まれてもいませんよ)、人として当然というか、それが自分のおとしまえのつけかたと思ってるわけです。またそれが可能だと思ってますし、ハナ子さんのお母さんのような題目をあげて懸命に頑張っている人のために動くことが楽しいし、命が躍動するんで自分のためといっても構いませんし、そういう方のための組織であるべきと思ってます。

     

     

  54. signifieさん

    わたしはyさんのおっしゃる意味がわかる気がします。
    私が活動していた時も、へなちょこ幹部を叱り飛ばし説得力もあり、人間的にも個性が強く弁の立つ部員さんがいました。
    もう少し、Yさんの在籍している活動家としての観点からみなさんとの対話を詳しく聞いてみたいと思いますが・・・。

    ハナ子さん

    おっしゃる事は多くの迷える末端会員の率直なお気持ちだと思います。
    その良いと思える部分があると言えるのはその時の実感が残っておられるからだろうと思いますからそれも自然な事だと思います。

    みなさん、いずれにしろ創価に縁して活動を始めた頃は自分に足りない物、望むものを求めて一時期にしろ活動家になりその満足感、達成感を味わってその空白な部分を埋めてくれた創価の教学にしろ、題目の力にしろやった人なら分かる感覚だと思います。

    その中で新たに学習する学会用語はその人のそれまでの悩み、欲望、不満、不安に回答を与えてくれるような新しい思考回路を再構築してくれたものだったのではないかと思います。

    それを信じることによってその新しい思考回路は動き始めそれなりに効果を感じたから一時期ではあっても「盲信」して行けたのだと
    私は思います。

    経済、職業、成功・・・と望む人は「福運」と言うワードがストンと収まり、私のように業病に苦しんだ者は「願兼於業」と言うワードがストンと胸中に入り込んだのではないでしょうか?

    そして、いつしか創価の実態に気づき活動を止め、ある人は組織を辞め脱会もしくは不活となっているのではないでしょうか。

    でも、唯一確かな事は創価が会員を騙し信仰団体ではなく、政治組織でしかもその内外に渡る影響力を行使して裏社会もそうですが表の政治の世界では法に沿った形を取ってこの国を誤った方向に導こうと虎視眈々と手を打っていると言う事は断ち切らないといけないと言う事だと思います。

  55. ハナ子さん

    おはようございます。コメントありがとうございます。

    財務の件については、現在はやっていません。ですが、その代わりと言って会館で広布基金できるよ〜と言われやっておりました。どんな事してでも、お金取りたいでしょうね。苦しい状況を知っていても、やりたくないと思っても仕方ないなと思ってた様です。断る強さがない母の自業自得とも言えますが。私が保護を受けてる方は、財務出来ないんだよと言って初めて、知ったみたいなんです。幹部は知ってるはずなのに、事実を伝えない所に悪意を覚えるんですよね。

    それから、私も命に関わる大病を経験しました、題目なんて上げなかったですが、奇跡だと思う事を沢山経験しました。それは、絶対に生きたいと思う自分の強い気持ちが良い事を引き寄せたんだと思ってます。題目に力があるとは、私も思ってません。要は、自分の意思で結果は変わるって事なんじゃないかな?と思うんです。

    ですが、お母様が題目のお陰 学会のおかげだと思われていたのなら、それはそれで良いと思います。そのお気持ちを支えに頑張られたのだと思いますし。
    お母様のご冥福を、心より申し上げます。

  56. yさんが少なくとも真剣に訴えてるのは伝わりました。
    「職員の画策、作戦」ではなく、本当に熱心な一会員さんだと思います。
    が、結果的に作戦に利用されてますよ。

    「創価は金儲けの怖い集団じゃない」
    ということを職員は、yさんのような人、良識のある人を「絶好の隠れ蓑」にするからです。
    「ほら、創価ってこんな善良の集まりでしょ」
    「なんだかんだいって、この善良な末端の人間ドラマが創価なんです」
    一生懸命アピールするほど、トップはニンマリして、騙し続けていきます。

    いくらyさんが組織の問題点を提唱して、善良に振る舞っても、悲しいかな、それは真相を隠すかっこうの材料にされるだけです。

    ではごく一部の執行部を除き、会員の大半がyさんのように本気で改革、革命すればいいのではないか?
    それほどの情熱を、創価に賭ける人はもういないですよね。
    教義の神話は崩れたし、ロマンも魅力もない。
    次代を継ぐ青年も減少の一途。
    放っといても衰退して、あと数十年で老人会のようなコミュニティになるでしょう。

    今必要なのはもはや創価の立て直しなどではなく、退会するなり非活になった段階で、そういったことで悩んだり、批判される人を救うことだと考えます。

  57. 堅皇さんの言わんとすることは何となくわかります。
    でも、皆さんとステージが違うと思います。
    ここは信仰、活動、非活、脱会…のはざまで揺れている人たちが多く集まっています。
    その人たちにぶつける言葉としては優しくない。身も蓋もないです。他のサイトでも同じスタンスのようですから信念をお持ちなのはわかります。
    人を怒らせて、怒るその点こそがあなたの弱点だと言わんばかりの論法は、少なくとも見ている方には気持ちの良いものではありません。
    しかしご呈示された論点は、創価問題に決着を付けられた人たちがほっと一息入れたときに、自分をかえりみる切り口としては重要な視点だと思います。
    ありがとうございました。

    yさんのご意見も理解できます。
    日本全国にyさん的な活動家も少なからずおられると思います。私もかつては似たものでした。
    学会には良い面、悪い面があり、信濃町界隈の打ち出しは良い面がほとんどです。でも建前だけではご飯が食べられないので悪い面を末端幹部の責任でやらせています。
    悪い面についてyさんが頑張って周辺幹部をやり込めたところで本体は何も変わりません。モニカさんの言われるようにむしろ自浄作用の表れだとして泳がされるだけです。
    枝葉のことに延々と対処するより間違った打ち出しを元から絶つにはと考えたとき、私の中から改革という言葉は解体に変わっていました。

  58. はじめまして。
    私は堅皇さんやyさんの意見に違和感はありません。
    むしろ、なぜ堅皇さんが承認されないのかが不思議です。

    実はここを見つけて、初めから読ませていただいてきました。
    当初は「コメントは絶対に消さない」とか「対話の場」とかおっしゃっていたので、興味深く読んでいました。
    早く、対話に参加したいと思っていました。

    ところが、学会員さんや法華講さんたちはどんどん居なくなってしまったようですね。
    やっと現在までたどり着いたのに残念です。

    学会員は「相手を言い負かさないと気が済まない」という習性があるように思いますが、それは辞めた方にも残っているように
    感じます。
    結局、退会しようが、法華講に移ろうが命の傾向はなかなか変わらないものなんですかねー?
    ここに限ったことでなく、脱会者のブログをみますとそう思うこの頃です。

  59. 皆さま、コメントありがとうございます。

    創価学会のことを考えるとき、母の姿が思い浮かびます。
    10年経っても、最後まで戦い抜いて母は立派だった、よく頑張ったと、母を尊敬し称えたい気持ちでいっぱいになります。
    なので、ついつい語ってしまいました。すみません。

    私自身は、母とは生まれ育った時代背景も違いますし、同じ道をたどるつもりはありません。

    会合には3年ぐらい一切出ていません。
    民音をやめ、財務をやめ、
    とうとう新聞も大百もやめました。

    母が配達員を30年やっていたし、私も代配をしていたことがあるので、新聞には思い入れがあって、なかなかやめる決心がつかなかったのですが、ゴーストライターの件やその他いろいろ知ったので、やめました。

    ひとつひとつやめていくのに、そのたび罪悪感がありました。
    母が築き上げたものを、私が壊していくようで辛かったです。
    あの世で母に合わす顔がないと思いました。
    それともあの世に行った母は何もかもお見通しで許してくれるのかな。

    母を知る人に「お母さんはあんなに頑張っていたのに」と言われると辛いです。

    天涯孤独の身なので、
    「ひとりじゃないよ」「祈っているからね」と言われると、素直に嬉しいし有り難いと思ってしまいます。

    非活になりましたが、脱会することは考えられません。

  60. ハナ子さん

    私は母は健在ですが、そのうち天涯孤独に私もなります。
    ハナ子さんのお気持ち わかります 私も同じ事思ってましたから。罪悪感 これって厄介なんですよね。でもですね、活動辞めたり 出版物購入やめるのは犯罪じゃないんです。だから、罪悪感なんて感じる事はないんです。ご自身の決断に自信持って、大丈夫なんですよ。

    お母様は、ハナ子さんの選んだ道を支持してくれてると思いますよ それが親ってもんです。それに、ハナ子さんの事を思ってるのは学会員さんだけではないはずですし、ここでも沢山の方がいらっしゃいますよ。

    非活のままでいて脱会しないのも、ハナ子さんの選択なら、それで良いと思います。 誰も強制は出来ないですから。

  61. マトリョーシカさん

    実は、私も同じように感じていました。
    ブログ主さんが対話を求めて・・・とおっしゃってるわりにyさんの現場からの話をsignifie さんやモニカさんが退会者の論理で片づけてしまったのをあれっ?と思いました。

    言うなれば意見の違いでいろいろ言われるのを知った上で日本の土俵にわざわざやってきた朝鮮総連の活動家のような学会員は今のような対話の一方的な決め付けでは活動家も法華講員さんもやっぱり来るんじゃなかった・・・めんどくさい!と思うだけではないでしょうか?

    それもブログ主さんの采配だから一定の方向へ導こうとされているんだろう・・・当然のことなんだろうと私は諦めていたんですけど同じように感じている人がいるようなのであえて書きました。

    私は、yさんが学会誘導のネット工作を意図的にされているかどうか知りたくて多くを語ってもらおうと言わなくても良い私の話しをして胸襟を開いたつもりでした。yさんはそれに応えて感情を抑えて冷静に語ってくれたと感謝していますが・・・。

    私は、yさんの活動の仕方が良いとは全く思いませんがそれは、脱会して創価と決別できた思考法から言い切れる事でyさんからしらすれば、それはそちらさんのお考えでしょ・・・と言う事で対話を求めて・・・的な話の交換には私のようなスタンスの取り方も一考かと思うのですが、どうなんでしょう?

    ハナ子さん

    私の母も創価の墓も用意した熱心な会員でしたが亡くなる間際に気付いたのか日ごろ親身になってお世話していたような学会幹部が見舞いに来た時、彼女らが帰るまで眠ったふりをしてやり過ごしていました。もう、口も聞けない状態だったのでどうしてかと母の意図を聞く事はできませんでしたがそんな場合もあります。

    あとはどの幹部も遺族が葬儀をきっかけに活動に復帰する為なら平気でおべんちゃらが言えるツワモノ共ですけどね。

  62. このコメント欄が60を超えました。ちょっと長過ぎますし、もっと増えそうですので、この続きは新しい項目「信じるということ 2」のコメント欄にお願いします。

    私は自分が正しいとは一度も発言していません。これまでの自分の体験の中で、少なくとも創価学会は宗教ではなく、宗教を利用した詐欺団体だと気づいたから、一人でも多くの人がそのことに気づいて欲しいと思っているだけです。そのためにこのブログを立ち上げました。誰かを貶めたり、特定の考えを押し付ける気は毛頭ありません。創価は間違いですよ、会員はみんな騙されているんですよ、そのことに早く気づいてくださいと言いたいだけです。何度も言うように、勝ち負けではありません。討論ではありません。対話の中で創価の真実に気がつく機会になればとの思いです。それは生まれた時から草創期からの活動家である両親に育てられ、50年以上学会員を続けてきた私自身の思いです。このブログはそうした場所です。それがいやで対話を望まない方であれば無理してコメントされなくてけっこうです。

  63. マトリョーシカさん、はじめまして(^^)

    脱会した人は自由です。さんざんひとつの価値観に縛られて、それから解放されたんだから。
    その後の価値観なんて関知することではありません。
    創価にケチをつけて、次は元創価、アンチと、どこまでもケチをつけることに私は興味はありません。
    それも自由でしょうが、ここはあくまで創価の問題提起をする場、と認識しています。

    これはあくまで私の場合ですが、創価問題で悩み、不快に思ってる人があまりに多いと知って、少しでも解決の糸口がみつかれば、という思いでコメントしています。
    批判が目的ではなく、それで救われるものがあればいいなと考えます。
    このブログはそういう趣旨と理解して参加しています。

    非承認された方は、自分もすでに脱会した立場であり、元創価や、アンチに迷惑をかけられてるわけでもないのに、ただ得意げに批判したいだけ…それをこのようなブログに来てわざわざ言う神経が、私は不快でした。(いい悪いではなく)
    意見が違うから未承認、というわけではないと思いますよ。

    ※古いコメント欄に書いてしまったので、判断で移動してください。

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