信じるということ 2

この二つ前の項目の「信じるということ」に今もコメントが絶えず、すでに60を越してしまいましたので、続きのコメントはこちらにお願いします。

人類史の中で「信じる」ということは太古の昔から、人間の生活に深く根付いていました。人類最古の絵画といわれているラスコーやアルタミラの壁画も、命の糧となる狩猟がうまくいきますようにといった祈りのためのものだと言われます。現在見つかっている時点での遺跡ですから、実際にはもっと古くから祈りや信じるということが人間の生活の中心になっていたのだろうと推測されます。そして今もなお「信じる」ということは人間の崇高な精神活動でもあります。もっとも、信じることは、あの忠犬ハチ公のように、ご主人の帰りを信じていつまでも駅で待っているといったように、犬や猫にもあります。野良猫でも近所に餌をくれるおばさんがいたら、時計も持たないのに、きちんとえさ場に集まってきます。これだって「信じる」ことに変わりはありません。

「問題は何を信じるのか」だと思います。第二次大戦中、あの質素で思慮深く賢いドイツ人がヒトラーの演説に陶酔し、ものすごい虐殺を支援したように、人は場合によってはどんなことでも信じてしまうのだということがよくわかります。第二次大戦が終わるまで日本人も天皇は神だと信じ込まされていました。神の国である日本が戦争に負けるはずはないと信じて、特攻隊は自爆していったわけです。しかしそれを指揮していた軍や政府の上層部は日本の敗戦がわかっていました。知らなかったのは多くの軍人や一般人です。女も子どもも竹槍でB29戦闘機を撃墜するんだと本気で思っていました。連合軍が日本に乗り込んできたときには恥ずかしめを受ける前に自害しろと教え込まれていました。

戦争が終わって、すべての価値観がひっくりかえされました。日本は侵略国だったこと。天皇は神ではなかったこと。自分たちは完全に騙されていたことに気がつきました。中には、それまでの価値観で人生を過ごしてきたことが受け入れられずに、なんとか自分の人生を正当化しようとする者もいました。

自分の信じてきたことが明確に間違いだったと気づいた時、人はそれぞれに違った行動をとるようになります。ある人は、事態を冷静に受け止め、これまでの間違いを勇気を持って受け入れ、これからのことを考える。ある人は「そんなことはない」と、これまでの自分をどうにかして正当化しようとする。ある人は自分を騙していた者たちを責め復讐しようとする。ある人は、これまでとは違っても、また同じような価値観に頼ろうとする。ある人は生き甲斐をなくし、無気力な人生に陥ってしまう。ほかにもいろんなかたちがあると思います。

理屈だけで簡単にすまされないことは百も承知ですが、信じることの尊さと同時に怖さもあるということをしっかりとふまえなければなりません。

私たちはつい数年前まで、原発があんなに脆弱で、とんでもなく恐ろしいものだとは知りませんでした。知らされていませんでした。「原子力 未来に輝く エネルギー」という看板が、誰もいなくなった福島の町に今も残っています。鉄腕アトムを例に出すまでもなく、私たちは原子力と言えばこれからのエネルギーだと信じ込まされていました。そこにとんでもない危険が潜んでいることなど知らされませんでした。核の平和利用という詭弁にまんまと騙されていました。

信じるということ。創価学会では、中枢部を除いた一般会員はみな騙されてきました。巧みな情報遮蔽によって、そして巧妙なMCを常に強化するかたちで、財務、折伏、新聞啓蒙、各種会合、選挙活動をよろこんでするような人間につくりかえられてきたのです。

「騙されるほうが悪い」と、ある人はいいます。「少なくとも自分は賢いから騙されたりしない」と。それでは戦時中も騙された日本やドイツやイタリアの国民の誰もがその人よりも愚かであったのでしょうか。その人は原子力は危険だと、福島のような事故がいづれ起こると警告してきたでしょうか。

私たちは何かを信じなければ生きていけないと思います。自分を信じ、家族を信じ、人を信じ、国を信じ、人が自分ではどうすることもできない力を信じ、それが人によっては神であったり、宇宙の法則であったり、お金であったりするわけです。

そこに創価学会は信じる人の営みと弱点に目を付け、お金儲けを考え始めた。何かを信じ込ませてお金を貢がせる。病気が治る。お金が儲かる。幸せになれる。ただしこれを何も考えずに信じればという交換条件を出す。同時に信じることをやめたら不幸になるという脅迫もする。

学会員のみなさん。なかでも学会のことを少しでも疑問に思っているみなさん。自分は何を信じているのか考えてみてください。信じるべきものを信じているのかどうか。その結果、今の自分はどうなのか。自分の周りで同じものを信じている人がどのような人生を歩んできたのか。自分で考えてみてください。60数年前まで、日本は神の国だと、ほとんどの日本人が信じ込まされていたんです。いま創価学会員であるあなたが学会中枢部によって騙されていないという確証は何もありませんよ。

公明党の票とひきかえにして安倍政権が何をやっているかをみれば、おおよそ賛成はできません。逆に安倍政権に協力するかわりに見返りを得ている公明党=創価学会が世界の平和なんか考えちゃいないこともわかります。
たとえば安倍首相が異例とも言える数の外遊で行ったことは何かというと、東南アジアやトルコに原発を売り込みにいっただけではありません。

参考までに

bouei

信じるということ 2」への53件のフィードバック

  1. yさん
    わたしは、サラマンダラさんと全く同じ想いで見ています。
    yさんの言動は、そりゃ学会中枢からしたら拍手喝采、そうだそうだと手を叩いて喜んでいることでしょう。

    yさんのような方が100人になろうが1000人になろうが、創価学会は変革なんてできませんよ。

    だって、そのような方々の言動こそが創価学会中枢の想うツボだからです。

    創価学会の理想を語ってくれてありがとう。そうなんだよ、そこなんだよ君。。会員の心を摑まなきゃ創価学会は、前に進めないんだ。君、よくやった。そのとおりだ。。。
    チャンチャン。。( ̄^ ̄)ゞ

    yさん、自分自身に矛盾を感じながらも(感じていないとしたら、かなり重症。。)
    どうか、創価学会の庭で思う存分頑張ってください。
    そう、最初の1年が最も大事です。
    そして、3年、7年、10年が大事ですよ。
    そうやって頑張り続けたあとに、なにがyさんに残るのか。。見てみたいです。
    あなたの激励した人たちのその後も含めて。。

    そうして、その頃の日本って、いったいどうなっているのでしょう。
    もしかしたら、創価学会の組織票に依り、日本という国が平和憲法を返上して戦争ができる国になっているかもしれませんね。。?

    そう、あなたたち創価学会員の政治に無知な組織票のおかげで。。

    今回の消費税増税でも、創価学会員は、容認されました。軽減税率とかいう実行されるとは思えない上手い話しに乗ってしまって。。

    これから先も、そうやって創価学会中枢の意のままに、日本という国を戦争ができる国にしていく加担者となっていくんですよね、罪の意識も全くナク!!!

    ああ〜とっても残念な創価学会、そして活動家の方々。。(yさん含め。。)

  2.  私も流れ星さんと同意見です。
    「地獄への道は 善意によって舗装されている」というつぶやきを読んで、まさにこれっ!て思ったので書かせていただきました。
     

  3. 登場してからの不自然な心がわり。

    上層部を批判してもいいから脱会しないようにとの遠回しなメッセージ。

    職員によるストーリーは完結しましたか…

    頑張って末端会員を騙して金蔓にする熱意は
    感じられました。

    お疲れ様でした。

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