良心のかけら

これまでのみなさんのお話を通じて、今までには知ることのできなかったことがたくさん出てきました。でもいちばん感じるのは、地域は違っていても、創価はほとんど同じようなことを会員に要求し、それを同じように受け止め、同じような切り口で折伏をし、新聞をとり、財務のためにお金を捻出し、公明党だから正しいんだという思い込みで選挙運動に駆け回っているということ。これを創価内グローバリズムとでもいいましょうか(笑)。いわゆる独裁ですね。みんな紋切り型のことしか言えない。個性も平等も自由も民主主義もない、上から言われるがままの組織です。そしてそのような組織に疑問を感じさせないようにする見事なまでのマインドコントロール。普通の人間ならここまで人を騙し続ける人生を送ることなんて、あんまりできませんけどね。良心の呵責に押しつぶされていいようなものですが、創価の中枢幹部は筋金入りの悪ですよね。あの池田氏にはいはいと尻尾を振って生きていけるのですからたいしたものです。自分が一生を終えるときに後悔はしないのでしょうか。一般会員とは違って中枢部は自分たちのやっていることがどういうことなのかを十分わかっているはずです。しかしだれもその手の内をあかさず、のうのうと白々しいきれいごとを言い続けていくことができるのは、やはりただものではありません。学会中枢部ほど仏法の道理を完全に無視して生きている人たちだといえるのではないでしょうか。でなければこんな恐ろしいことはできませんよね。学会中枢部に良心のかけらでもあれば、ここまで多くの人が苦しまなくてもよかったのになと思います。

哲学や心理学や物理学を突き詰めていくと、どうしても宗教に近づいていきます。社会学や文化人類学などは宗教とは切り離せません。もちろんそれは学問という範疇のことですが、宗教を学問として捉えるにはやはり限界があるようです。そう言った意味では芸術は宗教へかなり踏み込んでいると思います。覚醒した今、私は自分のなかで宗教というものをどのように位置づけたらいいのかを悩んでいます。私が尊敬する作家や学者や芸術家がみな禅宗や精神修養としての座禅にとても興味をもっていて、みな実践しているところを見ると、禅というものに興味を持ち始めているところです。

広告

良心のかけら」への20件のフィードバック

  1. お金でしょうねえ。
    年間、数千万ももらっていれば割り切れたんでしょうね。

  2. 40代未活動婦人部2世です
    選挙活動や新聞啓蒙だけでなく2世は生まれた時から洗脳されますよね。これって人生を本当に大きく変えることだし自分で考える事をやめさせるし立派な犯罪ですよね、私はこの年になって初めて初詣に行きました。覚醒して何年にもなりますが神社に行くのも謗法だと思ってしまっているんです。池田という人間を尊敬しろと教えられこの宗教以外は間違ってると教えられ、友人にも迷惑をかけどれだけの人間関係を壊されたかわかりません。見事にマインドコントロールされてたわけです。でも途中で覚醒できたことがラッキーです。まだマインドコントロールされてる人が気の毒です

  3. みっちさん、初めまして…でよかったんですよね。コメントありがとうございます。覚醒できてよかったですね。世の中には私やみっちさんのような方がたくさんいらっしゃることがブログを始めてわかりました。二世三世は覚醒しても生まれてずっと植え込まれた悪癖はなかなか抜けないですよね。覚醒しても宗教そのものを妙に警戒してしまうところがあります。これからもよろしくお願いします。

  4. みっちさんよかったですね  。男子部員だった頃よく語り合ったこと。少年部ができると話題になった頃です
    この池田思想を若い無垢な心に染めていけば広宣流布のためにどんなに素晴らしい人材が育つことか目を輝かして話し合ったものです
    然しその結果は当時誰もが想像だにもしなかった独裁者をたたえるだけの、金集めの恐ろしい組織に成り下がってしまったそれが当たり前と思い込む本当に罪なことだと思います
    皆さん一番お金儲けをしたのは誰だかよーく考えてください

  5. 禅宗の僧侶が戦争に一番協力したというのをきったことがありますよ。
    竹刀でたたいたり、暴力的だなーと感じますし。
    精神修行にはいいのでしょうね。
    私も何を信じたらいいのかわかりません。
    精神世界のことでも何でも知らないことを勉強して自分を高めて行くのは、本当に大切な事ですよね。

    今は騙されないようにがんばりたいです。ネットや周りの人間関係が私の学校です。
    創価みたいですけど、庶民が一番偉い気がします。
    騙されてることに気づけばなあと思います。

  6. たまたま娘がキリスト教の学校にしか受からなくて、それから
    いろいろと宗教に関して見方が変わってきたところです。
    娘の学校では、礼拝の時間を朝勉強に当てた方がいいと意見する先生もいたとか、
    けっこう学問追究のためにやり過ごしているドライな面があるというか…
    SGIもそうかなと思うのですが、言語が違う以上、キリスト教は正確には
    伝道されていないと、みている先生もいるそうです。
    いろいろと咀嚼しながら読書をすすめている状況、
    できるだけ新書を読んで、世間に取り残されないようにしています。
    皆さんのこめんとは、世界の見方が広がって興味深いです。

  7. ここではあまり他宗のことについて言及するのは控えるつもりですが、私が興味を持っている禅とは、禅から発生した文化がとても高度だからということが大きいです。室町時代の文化は禅宗の思想からうまれたものです。茶道、華道、彫刻、絵画、音楽、舞踏…そのほか日本の美の究極が禅の思想を背景に花開いた時代でした。また禅定といわれるとてもシンプルで、なおかつ深い修行法にもとても興味があります。ブッダは瞑想によって悟りを得たと言われているように、その流れを直接受け継いでいるようにも思えます。禅定も呼吸を制御することで心身をある高みに移行する方法であるヨーガだと理解しています。じつは私はまだ覚醒する数年前から、このヨーガの呼吸法の簡単なものを実践して、少し自分の内面的なものが変化してきたように感じてきました。しかしこれは思想とか信仰に関係なく、自分の精神集中だとか健康管理のためにプラスになればという思いではじめました。そのころ読んでいた斎藤隆氏の本を読みあさっていたころでもあるし、ユング系の学者の本にも決まって瞑想の効果がかならず出てきます。そう言う意味では宗教にどっぷりつかって何かを信じるというような「信仰」ではなく、呼吸や瞑想によって本来の自分の力をひきだしていくことをやってもいいかなと思っています。これはあくまで個人的なことですのでこれ以上のことは述べませんが、いまは宗教に対してはそうしたスタンスをとっていければと思っています。また平和運動や政治運動を宗教と結びつけること自体がおかしなことなんだろうと思います。

  8. こんにちは

    今 毎朝神社へお参りしてから、出勤しています。神社で出会う知らない方とでも、交わす挨拶。それだけでも、気持ちが良いです。私はお友達に巫女さんがいて、創価学会だから行きたくても怖くて神社いけない(思い込みですけど)と話してましたが、巫女さんからは、行く事をずっと進められてました。 体質的にも合ってたみたいで、行けるようになって本当に良かったなと思います。

    御近所の学会員さんに睨まれるのは、気のせいでしょうか(笑)

  9. こんにちわ 

    私は「アナと雪の王女」の歌にそうとうな勇気をもらいました。
    迷える婦人部に勇気を・・・いちど歌詞を聴いてみて下さい。
    youtubeにあります。↓
    一緒に歌おう♪『アナと雪の女王』「Let It Go<歌詞付Ver.>」 松たか子
    こちらで検索して見て下さい。

    役職すべて放棄し未活になりました。新聞も辞めました。今は1日1日本当に幸せです。
    シニフィエさん 皆さん 本当に有難うございました。
    ありのままの自分を信じて生きていきます。
    また報告に来させて頂きます。

    内容に問題ありましたら削除して下さい。

  10. 〇創価の言い分
    「退転者の本質は臆病と保身。自己を正当化するために正義の人を攻撃する」

    〇創価から宗門に移った人の言い分
    「創価の家庭不和や鬱病の原因は、偽曼荼羅が原因」

    私は、このような教えから解放されただけで幸せ。
    特定の思想よりを持つより、とんでもない思想を持たないことが、まず大切かと。
    心に響く教があったら、「時々参考にする程度」がいいかなと思ってます。

  11. 時間取れたので、シニフィエさんのブログの最初から見ました。
    yさんのコメントも結構以前からあったのが分かりました。

    でも最近の私のコメントを見るとブログ主のシニフィエさんへのご挨拶もなく突然入り込んでるのを見て気恥ずかしくなりました。
    挨拶もしないでふてぶてしい奴だ。

    改めまして三枝と言います。年齢はシニフィエより少しオッサンです。
    学生部で発心し、バリ活となり男子部を走り抜ける途中で非活その後、脱会して20数年です。

    良心のかけらですか・・・創価で食わせてもらってる専従職員や身近な例では新聞販売店主や民音、公明党職員など関係外郭団体の人々の事務処理として組織活動(業務)をこなしている姿を見ていると良心と言う日本語は別の解釈が存在すると思います。

  12. わたしはここで、えっらそうにコメントをしていますが、正直言って、創価学会のMCは、まだ解けていないと感じることが時々あるのです。

    もう、創価学会にほとほと懲りたので、特定の宗教をやる気持ちにはなれないし、組織といえるものにも金輪際入りたくはないと、いまは思っているのです。

    ただ、創価学会のMCを解くために、少しづつではありましたが、神社仏閣へ詣でました。

    正直言って、感覚の研ぎ澄まされたわたしにとって、パワースポットといえる神社仏閣にも出逢えました。

    創価学会で染みついた害毒というか、負のエネルギーを。。つまり、憑き物というか、うまく言えませんが、脳内変換というか、価値観の大変動というか。。(どの言葉も当てはまらないように感じますが。。)
    それらを吸い取り変えてくれるような不思議なエネルギーを感じたのですね。

    創価学会員は、幹部からの指導で、創価学会に楯突いた猊下や、政治家や元幹部へお題目を送りますよね?!

    それって、なに?!
    仏法者が人の不幸を祈るって、なに?!
    これに疑問も不信も感じない創価学会員って、なに?!
    おかしいよ!!違うの。。?!

    すでに、外道に落ちていますよね。。?違いますか?
    正義のためですか。。?!
    (笑っちゃうわ。。(−_−;)

    3.11のあとに、宗派を越えて、キリスト教の人も、仏教の人も、神道の人も、ともに、震災の日に合わせて一堂に会して祈りを捧げたのをどれだけの創価学会員がご存知でしょうか。。?
    宗教とは、そういうものではないでしょうか。。

    わたしはいまでも、貧血で倒れそうになる時とか、心でふいに南無妙法蓮華経が出たりしますよ。
    日蓮の広めたこの南無妙法蓮華経には、正直言って、いまも力があると思っています。
    でも、それが創価学会と結びつくので、罪悪感を感じてしまう。

    かといって、真言宗のお経にも力があると思っているし、神道の祝詞にも、なんとも言えない豊かな気持ちになるんですよね。
    ついでに言えば、キリスト教の賛美歌にも、心洗われる気持ちにもなります。

    創価学会から離れたことによって、宗教のことは何も知らなかった自分に愕然として、いまは、真っさらな心で、あらゆるものを学んでいきたいという気持ちなんですね。

    手放すことって、たいせつですよね。
    今日、17日は満月。。
    何かを手放すといい日らしいですよ。。

  13. 非活婦人部の梅と申します。
    新聞をやめ財務をやめ一切の活動をやめてスッキリとしていますが、宣言した時は罪悪感もありました。

    今の心境は、罪悪感なんて感じる必要はなくて自分の人生なのだからこれでいいのだと思えるようになりました。

    毎月、同じ人が家庭訪問にやって来ます。非活になることを宣言した時に気持ちを正直に話したのですが理解できなかったようです。発心させるために通ってるのでしょうが私には迷惑でしかありません。
    迷惑ですと言えたらよいのでしょうが、顔見知りの人にそんなこと言えません。。

    子供の時からの刷り込みから解放されるために今はまだ自分と静かに向き合っている途中というのか、創価学会の人と接触することが今の自分には危険?なことだと思っているので、とにかくそっとしておいて欲しいです。

    色んな神社仏閣にも行ってみたいです。何にもわかっていないのに、何でも知っているかのように他の宗教を蔑んでいた自分がとても恥ずかしいです。

    覚醒して創価が新興宗教だとやっと気が付くことができ、日々の小さな幸せを感じられるようになった自分が嬉しいです。

  14. 梅さん、コメントありがとうございます。
    梅さんの言葉がストレートに入ってきます。よくわかります。
    私も子どもの頃から神社の鳥居をくぐるのが怖かったです。今考えるとバカみたいです(笑)
    大学の同級生に有名な神社の宮司の息子がいたんですが、当時は粋がって神道をけなしていたことを、今とても後悔しています。彼にも謝罪しなければと思っています。何も知らずに、創価が一番だと思い込んでいた自分がほんとうに情けないです。
    また、これも大学時代のことですが、大学の同級生の親友がいて、かれの母親が働いていた学会員が経営するお菓子の工場があって、従業員のほとんどが学会員だったそうです。お菓子をつくる行程に気管を刺激する薬品を使うところがあって、それを誰もやりたがらなくて、いつも親友の母親に押し付けられていたそうです。人のいいお母さんはずっとその作業をしていて、喘息が悪化しそれが原因で亡くなりました。当時まだ60歳ぐらいだったと思います。そのころ親友とはずっと仏法対話を続けていたのですが、そのことがあってからは私は何も言えなくなりました。一度だけ「それが信仰者としての態度か?人間としての態度なのか?」と言われて何も言えませんでした。きっと彼は母親を学会に殺されたと思っているはずですが、彼はそれでも私を責めることはしません。卒業してからは、お互いに遠くに住んでいるのでなかなか会えませんが、今度ちゃんと謝罪しに彼の実家に行って、彼のお母さんの霊前に手を合わせようと思います。そして自分が覚醒したことを報告し、学会の真実を説明し、心から謝罪しようと思っています。

  15. 迷い猫さん、梅さん、本当によかったっですね。
    私、わずか数か月前、ネットなんて怪しいんじゃないか、書き込みなんて怖い、と思っていました。
    こんなに嬉しい気持ちになる側面もあるんですね。

    中枢部の良心ですが…いつまで日蓮仏法を利用し続けるんでしょうか。
    彼らはとっくに信仰心など捨てています。
    日蓮仏法など信じてなく、少なくとも人に勧めるほどのものではない、と思ってるでしょう。

    宗門の人の意見だと、創価は正しく日蓮仏法を教えてない、と言います。自分たちの都合のいいように変えて伝えていると。
    そうなのかもしれません。
    が、そうだとしても本当に信じていて、偉大な秘法だと思うなら勝手にアレンジなどするわけがない。
    本流の宗門と袂を分かつなど有り得ない。

    宗門をあそこまで攻撃したのは、表向き「どちらが真の血脈か」などと、強情な信仰心を理由にしましたが、大嘘です。
    うっかり破門されてしまい、会員(金ヅル)を向こうに取られたくない一心で、徹底して「敵」だと宣揚したんです。

    創価の組織上の問題にどんなに疑問があろうとも、日蓮仏法は絶対だと信じている会員は多い。
    どんなに衰退しても、この切り札がある限り安泰だ、と踏んでいる。
    だから絶対に「日蓮仏法」は手放さない。
    しかも、「本家本元を継承しているのはウチだ」と血統書をつけて。
    これを掲げている以上、会員はなかなか「脱会」までしない。
    非活になっても、勧誘しなくなっても、新聞と大蓮だけはとり、ご供養と思えば少しは寄付もしてくれるかもしれない。
    活動家が減るのは辛いけど、それさえもなくなったら大変なことになってしまう。
    大事な大事な商品ですからね。

    良心は少なくとも、信じてない御本尊や日蓮仏法には感じてないでしょう。
    騙している会員には、少なからず思うところはあると思いますが。
    それを、莫大な報酬で折り合いをつけてるんでしょうね。

  16. 迷い猫さん、おめでとうございます。やめたらなんてことないでしょ。いろいろ思い悩んでいた自分がうそみたいだと思います。これからもよろしくお願いします。

    三枝さん、コメントありがとうございます。最初から読んでいただいたなんて、たいへんだったでしょう(笑)
    。このブログは途中で中止した時もありました。すべてのコメントを承認して、すべてに対応していると、こっちまでがおかしくなってくることがよくわかりました。うつがひどくなったのもそのころでしたので、しばらく中止していました。その後おかしな書き込みは承認しないことにしました。そうしているうちに、おかしな書き込み自体がほとんどなくなり、多くの方から、すばらしいコメントをたくさんいただくようになり、本来の「対話」が展開されるまでに至っています。これもすべてみなさんのおかげだと感謝しています。これからもよろしくお願いします。

  17. モニカさん、いつもガッチリと説得力のあるコメントをありがとうございます。ほんとうに感謝しています。
    ここに来られる皆さん同士の対話が、一人また一人と脱会者を増やしていければいいなと思います。創価のへのちょっとした疑問も、みんなで共有すれば、迷っている方への大きな励ましにもなると思います。創価の巨悪に立ち向かうには、会員の小さな疑問をきっかけに自分で考えることの大切さに気づいていただくことが、やがて大きな流れにつながっていくのだと思っています。これからもよろしくお願いします。

  18. 補足しますね。

    ですから、宗門と大まじめに教義バトルなんかしても、全く意味がないんです。
    創価の上層部は、日蓮仏法の教義などどうでもいいんですから。(血脈だの知ったことではないんです)

    ただ創価上層部にとっては、日蓮仏法は大切な商売道具ですから、特許をとってでも誰にも渡したくない。
    それには自分たちがいちばん日蓮仏法を理解し、信じているポーズが必要です。
    ライバル店が現れたら、本家であろうと容赦しません。
    商売敵だと思って潰れるまで商戦を練る、というわけです。
    (表向きは、強情な信仰心から堕落した宗門が許せない(涙、怒)、なんちゃってネ!)

    こんな中枢部の思惑に扇動されてとはアホらしくなりますが、末端を甘く見てはいけませんよ。
    ビジネスですから、お金のためにやったと言われれば、私は何も言えません。
    大人になってまで騙された、自分が未熟だったと思います。
    今は気付いてむしろ爽快な気分です(^^)

    ただ今全国の多くの視線が、信濃町の巨塔を見つめていますよ。
    見つめられる気分は、すがすがしく爽快ですか?

  19. モニカさん、そうですよね。私も宗門側も創価を相手にいろいろ言ってるのかが理解できませんでした。学会から宗門に移った人が、今度は学会を攻撃するというパターンがあるみたいですが、創価なんか完全に無視して、本来の宗教らしく堂々としていればいいのになと思っています。同じステージに立って訴訟合戦なんかするから、学会員も煽られて宗門をわけもわからず敵視して争おうとするんじゃないでしょうか。私は宗門について批判も賛同もしません。ただ宗門の一部の人の言動によって、学会と同じように思われては宗門としては迷惑だろうなと思う次第です。

    それから、コメントしてくださるみなさん。いつもほんとうにありがとうございます。お一人お一人にお返事をしなければと思いつつも、やはりどうしても全員の方へのお返事は無理です。でも確実にすべてのコメントは読ませていただいていますし、自分なりにできる範囲でのお返事は書かせていただいているつもりです。また、このブログも二年以上になりますので、初めての方なのか、過去にコメントをいただいた方なのかもはっきりわからないときがあります。どうかすべてご容赦ください。ブログの管理人である私との対話よりも、ここに訪れる皆さんどおしの対話によって、少しでも創価の悪から離れていってくれる方が増えると嬉しいです。今後ともよろしくお願いいたします。

  20. シニフィエさん、コメントありがとうございます。今後ともよろしくお願いします。
    本当にマインドコントロールが解け良かったです
    私の父母は学会を通じお見合いで結婚しました。未活動の父はいつも暴力、浪費家、束縛され続け、働き者ではない父に母はいつも悩みお題目をあげていました。でも結局父が亡くなるまで父に苦労させられ自分の40年間の人生を振り返りうつ病になりました。お題目で父が変わることはなかった。しかも学会でなければ父と会うこともなかったのでしょう。母は現在はだいぶよくなりましたが相変わらず学会活動はやっています。私は子供達は入会させなくて本当に良かったと思っています。もうかなり大きいですが入会しなくても親が言うのもなんですが、とても性格のよい子達で穏やかに素直に育ってくれてます。私が途中から未活動だったのでよく話を聞いてあげれたのも良かったのではと思います。バリバリの婦人部は本当に忙しそうですよね。いつも家をあけて、、、
    学会よりも家族を大事にする方がよっぽど幸せの近道ではないかと思います。活動家は一家和楽からほど遠くなると思ってしまいます。何が自分にとって一番大切かを気がついてほしいです。

コメントを残す

以下に詳細を記入するか、アイコンをクリックしてログインしてください。

WordPress.com ロゴ

WordPress.com アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Twitter 画像

Twitter アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Facebook の写真

Facebook アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Google+ フォト

Google+ アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

%s と連携中