宗門と創価学会

日蓮正宗は日蓮仏法を奉じる仏教の一宗派です。みなさんご存知のように、日本には他にもたくさんの仏教の宗派があります。いわゆる宗門はそのなかのひとつです。日本の仏教界からすれば数ある中のほんのひとつです。一方、創価学会は日蓮仏法を利用して会員からお金をまきあげる詐欺集団です。日本には数えきれないほどの詐欺集団がいます。振り込め詐欺(ちかごろは母さん助けて詐欺などと陳腐な呼び方もあるそうですが(笑))や、結婚詐欺、株とか先物取り引きその他の金融詐欺、架空不動産詐欺、新興宗教を装った物売り詐欺(壷や印鑑などのアレ)など数えきれないほどの詐欺が日本中に暗躍していますが、創価学会はおそらく日本一被害者の規模が大きな詐欺集団でしょう。宗門と創価学会にはこれだけの違いがあることを、宗門の方にも学会の会員の方にも認識していただきたい。まあ、できれば一般の方にも知っておいて欲しいですけど興味ないでしょうね。
だいたい毎年何百億円か何千億円か知りませんが、そんなお金を集めておいて、その使い道を中枢部以外の何百万人の会員の誰一人も知らない団体なんて、絶対おかしいでしょ。しかもそれが宗教法人だなんて、とんでもない話です。どうしてそんな団体のことを何一つ疑わずにお金を出したり他人に勧めたりできるのか……それは不思議なことではありません。それが創価学会が会員をマインドコントロールしているからです。そのマインドコントロールの道具に日蓮仏法はうってつけ、もってこいの内容だったんですね。つまり創価学会にとって日蓮仏法は詐欺の道具でしかありません。だから宗門はそんな団体と争う必要なんてないのです。でも創価の実態を知った学会員が宗門に移り、こんどはケンカ腰で創価を攻撃しているという状況です。はたからみればそうとう変わった異業種格闘技です。「え?なんでこの団体とこの団体がやりあうわけ?」っていう感じです。逆に宗門が創価程度なんだと疑われてしまうかもしれません。余計なお世話でしょうけどね(笑)。

では、もし創価学会の中枢部が心を入れ替えて、宗教団体として改革ができるかどうか。それはできません。もともと中枢部が創価を宗教団体としてみていないのだから、詐欺団体が逆立ちしても宗教団体になるわけがないのです。中枢部にどれだけの教学や仏教の知識があるでしょうか。折伏(単なる増員活動)や新聞啓蒙(金儲けとMC強化)や財務(これが主な目的)や選挙活動(悪事のもみ消し工作)のために都合よく部分的に日蓮の教義を会員に刷り込んできただけの幹部たちに、本当の宗教者としての素養があるわけないじゃないですか。創価学会は中枢部の人間が完全に外部の人間に総入れ替えしないかぎり、改革などありえません。そして数百万人の会員がかかったマインドコントロールを解くことから始めなければなりません。そんなことが個人のレベルでできますか?やる気がおこりますか?少なくとも私はそんな暇人ではない。そんなことに関わっている時間などありません。はやいとこ創価学会がつぶれて、会員のみなさんが自分の間違いに気づくことのほうが、よっぽど現実的です。では創価学会がつぶれるにはどうしたらいいか。会員が減っていけばいい。どんどんどんどん減っていけば、学会中枢部もお金が入ってこなくなる。学会中枢部もやってる意味が無くなる。「いち抜けた、にい抜けた、さん抜けた」といって、何もなかったように何の責任も取ることなく去っていくでしょう。私は断言します。創価学会が潰れても、中枢部は誰一人責任を取るものなどいないと。

年度末の仕事がある程度見えてきて、気持ちに少しだけ余裕ができたせいか、このブログの形を変えてみました。これまでは必要最小限の要素だけを表示していました。うつ病というのは、とにかく気力が無くなる病気で、わかってはいても何もやる気が出てこなくなるし、人と接することが極端に億劫になるし、仕事をしなくちゃと思えば思うほど、逆にやりたくなくなるやっかいな病気です。本来やる気を出させる脳内伝達物質であるセロトニンがストレス等によって減少してしまう病気です。自分でも不思議なくらい無気力になるので、周りの人が理解できないというのも無理からぬことなのですが、うつ病ほど周りの人の理解が得られない病気も少ないと思います。「うつ病患者に『頑張れ』は禁句というのはもはや死語」と書いてある本がありましたが、それは「頑張れ」と言ってもいいというわけではなく「そのままでいいですよ」というのがいいのだそうです。私も経験上、どんなに慰められても「お前なんか死んでしまえ」と言われているような気持ちにまでなりました。これはなってみないとわからないと思います。おかげさまで、最近ようやくこうして文章を書こうという気になれました。それでも波はあるのですが、このブログだけは無理をせずに続けていこうと思っています。

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宗門と創価学会」への22件のフィードバック

  1. 改革は不可能、私もそう思います。
    中枢部は宗教ビジネスと割り切っているんでしょうね。

    大学の同期や先輩にも、第一庶務などの本部職員や外郭団体職員はかなりいます。一度、とことんまで突き詰めてみたい気もするのですが、後が怖いですし、そんな時間も情熱もないので、やはり一人ひとりがそっと離れていくのが一番の近道なのかもしれませんね。

  2. 創価中枢部は宗門のことを「商売ガタキ」としか見ていません。
    自分たちが日蓮仏法を「商売道具」としか見ていないため、相手が宗教団体だろうとお寺だろうと、商売の邪魔だ、どけ!潰すぞ!となるんでしょうね。

    破門されて、今まで独占していた市場が危うくなった。
    どうしても相手をワルモノにしないと顧客が流れていく。
    私生活をストーカーしたり、スキャンダルをねつ造したり、あの手この手で相手のイメージダウンを図りましたよね。

    これを「正義」と言った団体。
    創価の正体です。

  3.  ブログ「白バラ通信パンドラの箱」の希望です。真摯な「対話」の努力を継続されておられるシニフィエ様に対して心より敬意を表します。
     ブログの記事もさることながら、寄せられたコメントに丁寧に対応されておられることに対して、感銘を受けております。凄いの一語に尽きます。
     おかげさまで、私が、池田大作創価学会名誉会長らを訴えている損害賠償請求訴訟の証人尋問は無事に終了しました。
     今回の尋問で、創価学会の副会長2名が、創価学会の解散請求に発展する可能性が極めて高い証言を行いました。
     すでにご覧になられたかもしれませんが、この問題については、私のブログの記事「創価学会池田カルト一派との裁判シリーズその126」に掲載致しました。
    http://wrpandora.blog.shinobi.jp/Date/20140316/1/
     インタビューの録画も含まれています。ご高覧賜れば幸いです。
     ところで、シニフィエ様にご検討して頂きたいことがあります。匿名で、かつ、お顔を出されないことを条件として、インターネット上でのインタビュー&トークに出演なさいませんか。
     これまでの「対話」の内容を音声で発信なされば、きっと大きな反響があるのではないかと存じます。いかがでしょうか。
     シニフィエ様の肉声に接するならば、「対話を求めて」をご覧になっておられる方々も、とてもお喜びになられるのではないでしょうか。

  4. 希望様、コメントありがとうございます。希望様のご活躍ぶりは「白バラ通信」にて常に拝見させていただいています。いよいよ現実的に動き始めましたね。また希望様を支援してくださる方も大勢いらっしゃるようで、これからが楽しみです。私はと言えば、まだまだうつの症状が波のように襲いかかったりして、自分で自分をコントロールできない場合もあり、集中力も欠け、仕事の能率も本来の半分以下になってしまっているありさまです。ただこのブログはなんとしてもみなさんの大切な対話の場として続けていきたいと考えていますし、今の私にできることといえば、これが精一杯のような気がします。ということで、希望様にはせっかくのお声掛けをいただきましたが、インターネット上でのインタビュー&トークに参加できるほどのメンタリティを取り戻せていません。たいへん申し訳ないですが、今回は見送らせていただきます。もう少し気持ちが快復すれば、ぜひ希望様と連携させていただきたいと思います。どうかよろしくお願いいたします。

  5. おはようございます。

    横から失礼します。希望様 私もBlog拝見させて頂いております。
    日々大変かと思いますが、くれぐれもお身体大切になさって下さい。

  6. こんにちは

    管理人さん いつもありがとうございます。

    学会から宗門へ移っての学会や学会批判 凄まじいですよね。
    もう私は関係ないので、見てても何でやり合ってんの?って感じなんです。
    すっかり、自分とは切り離してしまってるようです。

    ただ言霊って大切で、汚い言葉や蔑む言葉って良い波動というか、元気を奪ってしまうのは、めちゃくちゃ感じます。それに、引き寄せの法則で同じ思考の所に寄せらるとか。

    何でみんな仲良く出来ないのかな?と思いますが、外野から見ていてどちらも私達が絶対正しくて他は間違ってんだって思考 それをやめないとねと思います。
    でも、創価学会は本当に間違ってますよ 家事をほっぽりだして活動とか、財務の収支を出さないとか。疑問はどんな組織にいても持って当たり前ですもんね。

    いつもですが、まとまりなくてすみません。

  7. 創価と宗門について…
    違っていたらご指摘ください。

    創価が誕生する前、正宗の信徒というか檀家はほんの僅かだった。
    今、宗門はそれなりの世帯はありますが、信徒の多くは「元創価」です。
    顕正会も「元創価」ですが、つまり仏教の宗派のひとつであった日蓮仏法を、ここまで誇大に宣伝したのは創価です。
    「宿命転換できる唯一の法」だとか「万物の法則を説いた唯一の教え」などは、創価が作ったキャッチコピーです。
    あまりにインパクトがあったので、現在でもこのまま信じている人が多くいます。(唯一と用いるのが手法)
    また、創価は宗門と上手くやっていた頃は
    「新興宗教ではない、正統な血脈のある仏教」を強調して、売りにしていました。

    宗門としては、誇大に宣伝してくれ、莫大なお布施をしてくれる創価は有難かったと思います。
    が、しょせん日蓮仏法を「商売道具」として利用していただけの創価中枢部と、ずっと仲良しでいられるはずもなく、宗門側からの「破門」という形で決裂。

    それでもドル箱看板の「日蓮仏法」は手放すわけにいかない。
    破門されても尚、正統な血脈は創価にあると言い張ったり、センセイの指導などプラスアルファして付加価値をつけたり、あの手この手でビジネスを展開してます…

    私はこんなふうに認識しています。
    宗門問題が勃発して宗門への罵詈雑言が始まり、何かがおかしいと思いつつ、正体がつかめなかったこと…。
    覚醒した時、こういうことだったんだなあと思いました。

    「正義の戦いって、商戦だったのね…(+_+)」

  8. はるさん、コメントありがとうございます。
    私が子どもの頃、母が「四角い部屋を丸く掃いて活動に専念しなさいって指導があった」って言ってたのを思い出します。つまり家事なんかそこそこにして活動しなさいっていうことを全国幹部クラスの婦人部長が言うんですからすごいですよね。何が何でも善良な会員をお金儲けの道具につかっていたんですね。すごい組織です。

    モニカさん
    >「正義の戦いって、商戦だったのね…(+_+)」
    思わず笑っちゃいました〜。さしずめ通常の財務は歳末商戦ってとこでしょうか。選挙戦は決算売りつくしセールですかね(笑)。一般会員はお金儲けのために利用されているということに気づけば、あとは早いかもしれません。でもそこがいちばん難しいところです。自分がまんまと利用されていたとか騙されていたなんて思いたくないですから、どうしても自分を正当化するためにも創価を正当化しようとする。「人がやることだから完璧なんてないさ。いいとこもあれば悪いとこもある。悪いところは自分たちでよくしていけばいい」なんて小学校の学級会みたいなことで自分を納得させる人もいます。現実はそんな生易しいものじゃないことは薄々わかっていても、どうしても自分の人生に傷をつけたくない、認めたくないといった感じでしょうか。創価でいいところといえば、きまって一般会員同士のコミュニティがあるというところばかりがあがってきます。でもそんな仲良しグループなら世の中いくらでもあります。震災から立ち上がろうとしている方たちは、本当に心の底から手を取り合って助け合って、どん底からでもなんとか光を見出そうとしてしていらっしゃいます。それに何らかの形で応援しようとして頑張っていらっしゃる他の地域の方とのコミュニティのほうが、どれだけ強い絆で結ばれているでしょう。べつに創価のコミュニティがなくても、人間はそれだけですばらしいと思います。はっきりいって学会のいい部分にかわるところはいくらでもあるということです。そのわずかな創価のいい部分のために、どれだけの人が不幸になっているかを考えれば、今後、創価学会がどうなるべきかは明らかだと思います。しかしその創価の悪に気づかなければ理解できないんですよね。
    その創価の悪を社会的にも白日の下に晒し、これ以上不幸な人を増やさないように、そして創価の悪が完全に消滅するように、日本の法律によって裁いてもらえるように頑張っていらっしゃるのが、先日ここにコメントとトーク&インタビューのご提案をしてくださったブログ「パンドラの箱」の希望さんです。
    http://wrpandora.blog.shinobi.jp/
    まだ読んだことのない方は、ぜひこちらも読まれてください。
    私はまだ創価の悪に気づいていない会員へのアプローチに対して、希望さんは創価の中枢部に対して真正面から直接対決をされています。同じ対創価でも、もうレベルが違いすぎます。いろんな方が、それぞれの立場でできる対創価の行動によって、一日も早く創価学会が消滅し、多くの方が本来の自分の人生を取り戻していってほしいと願いっています。

  9. 概要は将にモニカさんのおっしゃる通りだと思います。宗教を利用したうまみを一層知ってどんどん変質して行ったIからの変質は将にそのものだと思います。

    ただ、こう言う側面もあると私は思います。
    例えば、ここに純粋な伝統的「京料理」仮にAが存在するとします。
    そこで生半可に学んだ弟子がこれぞAです!と日本に留まらず世界へaを広めたんです。

    本家Aの師匠達からすれば、出汁を取るのも材料の選別もそれなりの流儀があってのAの料理であり、付随した文化なのですが、I弟子はみんなそんなにAじゃないといけないとは思わない、aでいいじゃないか!
    出汁はヤマ○の出汁の元、魚も白身ならメルルーサで良いじゃないか、鶏肉もブロイラーで良いし・・・ってな感じで偽装でもそこそこ体裁と味が似ていれば広く浅くして受け入れられればAが広まり結果として儲かるじゃん。

    細かい事言ってても広まらないよ!もうちょっと頭を柔らかくしてよ!味も見た目もまあまあで悪くないじゃんってな感じ。

    でも、Aを文化、精神性にまで追求して行こうとする本家はそれはまかりならん!それはAにあらず!それならIにはのれん分けはしないからAと名乗らずI料理とすればいい!・・・

    ああ~!そうですか・・・それならそれで結構です!もうこっちのaの方が認知度が高いし広がっていて何たって世界が認めたaになったんだ・・・こっちの方こそ現代ではAなんだ!料理に精神性まで求めなくても簡単、安くて誰にでも食べやすいaの方が良い!・・・こう言う側面もあると思います。

    今回の創価対宗門のバトルを本物の味、風味・・・の違いを吟味出来ない部外者にとって似た者同士がバトル合戦をしているだけだ・・と言う認識に誘導したい創価の思惑があるとすればそれはそれで、以前から続いていた聖教新聞での内部からも外部からも批判されても繰り返していた宗門への品性下劣な罵倒座談会は読者には効を奏したと言えるのではないでしょうか?

  10. 三枝さん、どうなんでしょうね。
    私もこんなこと誰からも教えてもらったわけじゃないので、自分で真相はこうなんじゃないか、と想像しました。
    宗門側と創価側が、お互い難儀な文証をひっぱり出しては論争している記事をいっぱい読みましたが、問題は創価が「あっさり教義を変えたこと」
    ここに注目しました。
    あそこまで文証にこだわっていたのに「何もかも変えた」ということは、要するにどうだっていいんだな。さてはそもそも信じてないんだな、と気づいたんです。

    宗門問題は、創価の真相を知るヒントがいっぱい隠されています。
    この時気づくべきだった…

  11. 私が未活動になった理由として宗門問題があります。あの頃ヤング婦人部だったのですが座談会に行けば当時の住職の悪口が凄まじく恐ろしさを感じました。その指導に賛同する学会員。。。人の不幸を祈る宗教の教えって、、、と恐ろしさと共に呆れました。もうひとつ、財務の時期の婦人部長の指導で、リストラにあったが退職金全部財務したらとてもいい就職先が決まり給料も上がったという人がいるという指導でした。これってマルチとかのやり方ですよね?たくさんやれば見返りがあるという風に指導していいのかとものすごく嫌悪感を感じ、小さい頃からおかしいと思ってたことが確信に変わりました。これをバリバリの人に言っても私の方が狂ってると思われるのです。本当に気がつかないのでしょうか?それともおかしいと思ってるバリ活動家もいるのでしょうか?

  12. そうですね、モニカさんのおっしゃるように宗門問題に創価の真相を知るチャンスがあったんですよね。当時は中枢部としても必死だったでしょう。なにしろ金蔓をごっそり持っていかれちゃ、幹部やってる意味がないですもんね。まさになりふり構わず罵倒に次ぐ罵倒でしたね。建前だけでも信仰者たるものが、ほんとみっともないですね。何度も言いますけど宗門も破門したんだから、何を言ってこようが相手にしなきゃいいのに、同じような語り口で創価を罵倒する。そんなことなら創価と一緒なんじゃないのと言われても仕方がないですね。私は宗門には何も言いません。もう日蓮系の宗教には興味がなくなりました。新興仏教全盛の鎌倉時代だったから通用した宗教だったんじゃないかなとも思います。それ以上研究しようとも思いませんけどね。

  13. 創価から宗門に行った人は
    「教義がまちがってる!本尊もニセだ。だからこっちへ来なさい!」
    と大まじめに言います。
    創価の上層部と違い、金が目的ではなく、純粋な信仰者としてそう言ってくださるんでしょう。

    ですが、違うんです。創価上層部は日蓮仏法など鼻から信じてません。
    信じている「ふり」、正しいと思ってる「ふり」をしてるだけです。

    宗門問題の時、いかにも信仰者としての良心を理由にしながら、信仰者と思えない罵声を吐いた。
    この矛盾をどう理解すべきか、多くの人が悩みました。
    理由は簡単です。日蓮仏法を信じてないんですよ。
    自分がまったく信じていないものを「すばらしい秘法です」と断言してるんです。
    畏れもこれっぽっちも抱いていません。

    創価の組織上の問題を突いても、日蓮仏法には未練があって脱会できない人たちがいますが、そんな魔法みたいな法などないんです。

    上層部はずいぶん前から、そしてネットをウロウロする三流?の末端も気づいてしまった。
    おもしろいことに気づいてないのは、本部職員未満の中堅幹部です。身近にいる幹部さんたちですよね。
    この人たちが気づけば、創価の崩壊は加速するでしょうね。

  14. モニカさん

    問題は創価が「あっさり教義を変えたこと」ここに注目しました。
    あそこまで文証にこだわっていたのに「何もかも変えた」ということは、要するにどうだっていいんだな。

    仰る通り私もとどのつまりこの一点が全てだと思います。他の要素を述べだすと論点が定まらず創価信者さんや脱会してもその濃淡の違う人が多いのでややこしいやり取りになりますね。

    signifieさん

    私も、脱会して10年くらいその創価思考回路から一般人向け回路への再構築が出来上がるまで不安感、体調の悪化、吐き気・・・で悩まされました。20年経った今でも縁に触れてたまに起こる事もあります。

    ですから脱会当初は、宗門も学会と同じように講で管理していて法主を頂点としたピラミッドは同じ体制ではないか。もう、そんな宗教組織の信徒に属することに興味が無くなった。関わりたくないし宗教自体にも特別な興味がなくなっていました。めんどくさい!って感じです。

    もっと、自由な自分でいられるのが良いのだと神社仏閣にも触れて行きました。

    縛られないこちらからの信仰心・・・とでも言うのでしょうか?

    今は、いろいろあって少し落ち着くところに落ち着きましたが。

  15. 初めてコメントさせて頂きます。
    30代の婦人部、こむぎと申します。
    今年に入ってすぐ覚醒し、現在は一切の活動を停止しています。
    約20年間、何も疑うことなく、純粋に一生懸命に創価に全てを捧げてきました。
    絵に書いた様なバリ活だったと思います。

    2年前、旅行で知覧へ行った際に特攻隊の詳細に触れ衝撃を受けました。

    その頃から、覚醒の伏線がポツポツと張られて来たように思います。
    きっと、特攻隊の方々の壮絶な体験が「自分の頭で考える事」の大切さを気付かせてくれたのだと感じています。

    昨年、選挙戦を終えて折伏戦に切り替わるとき
    「何でも言うことを聞いてくれる10人の友人作り」という
    打ち出しが出ました。
    いかにも婦人部…という感じですね…

    今まで疑問に思うことは全て
    「愚痴は福運を消し、感謝の唱題は万代の幸を築く…」という指導をベースに、創価フィルターで脳内変換できていたのですが…
    「何でも言うことを聞いてくれる」の部分が変換できなくなってしまったのです。

    創価フィルターがerrorになったのですね…

    その頃から不眠と脱毛が始まりました。

    それでもまだ…
    その原因が学会にあるとは思っていなかったのです。

    昨年末、意を決してアンチブログの検索をし、シニフィエさんのブログにたどり着きました。

    時間を忘れ読み更けながら涙が止まりませんでした…
    無理やり押し込めてきた気持ちひとつひとつがバネを着けて飛び出して来たようでした。
    信心が足りないから疑問に感じるんじゃないんだ!
    私、間違ってなかったんだ!
    もう罪悪感は持たなくていいんだ…と。

    そこからは自分でも信じられない速度で覚醒し、今に至ります。

    失礼ながら、「ネットはデマ」の言葉を鵜呑みにしていて、アンチの情報そのものが低俗と決めつけていました。
    しかしその情報に人生を救って頂いたという事実。
    本当に感謝に堪えません。

    そしてこの20年間、周りを大いに巻き込みました。

    今はその方々と謝罪を込めて対話中です。

    学会に苦言ばかりの非活動の友人
    いざ私が覚醒し、具体的に話し始めると…
    「学会悪まで言われるといい気はしない」
    とか
    「あなたは真面目すぎるから…」

    池田氏関する疑問などをぶつけようものならば…
    理屈に合わないおかしな事を言い出してきます。

    いくらアンチ組織でも
    根底は揺らぐことなく創価学会員なんだと
    MCの恐ろしさを目の当たりにしました。
    ついこの間まで私もこうだったんだ…と。
    そして結果的にはこのような学会員が組織を支えてるのだと。
    絶望的な気持ちになりました。

    他の方のコメントにもありましたが…
    人々の純粋な祈りの届くところは、宗派や宗教での差別はないのだと感じています。
    イスラム教の祈りは叶えられないけど
    創価学会の祈りなら叶えよう…
    なんてこと、絶対にないですよね…?

    その辺りから感じることを、これからの自分の信仰としていきたいと思っています。

    とはいえ
    もう特定の宗教を持つことは二度とないと思いますが…哲学は必要だと感じています。

    シニフィエさんに救われた感謝をお伝えしたかったのですが、ついつい書き綴ってしまいました。

    稚拙な長文、お許しくださいませ…

  16. こんにちは

    偶々昨日 自我と自己がどう違うのかってのを勉強する機会がありまして、妙に納得したんです。心理学の真髄はわかりませんが、私が教えてもらったのは、自我とは自分がみた自分 自己とは周りの目を通した自分。マインドコントロール化されてる状態は、自我をなくしてる状態じゃないのか?って。自分は本当はどう思ってるか、わからない。 ただ周りからあなたは活動もっとしなきゃダメなのと言われ、それが自分の思いと、思い込む。そんな感じなんでしょうか。

    だから、私はこう思ってるんだと心が叫んだ時、覚醒するのかしら?と、ふとかんがえてました。

  17. 創価のMCは、宗教だけでなく
    「ネットは三流の巣窟」だの「哲学、宗教を持たない人は根なし草」
    だのいろいろあります。
    そんな言いがかりには「じゃかましいワ、ボケ!!」
    これでいいと思いますよ(笑)

    覚醒してまで精神のバランスを崩す人がいると知って、私はくやしい。
    必ずしっぺ返しがくると思いますよ。

    .

  18. 心理学について私も勉強したことがあって、
    うつ状態よりも、躁状態の方に問題があるように聴きました。
    創価学会の活動は躁状態で落ち着きなく展開され、
    覚醒にふれた時うつに落ち込むのは、当たり前の方向性だと
    学問上でもうかがわれる気がします。

    イメージ一新いい雰囲気に…センスの良さが伝わってきます。
    ただの通りすがりのおばちゃんです、すみません。
    またブラリと寄せてもらいます。

  19. シニフィエさん

    トップページ、とてもきれいです。
    「ピエタ」ですね。

    こむぎさん

    光がない道の途中で、こむぎさんのような存在が私を助けてくれます。
    どうぞご自身を大切に、色んな本を読み、多くのひととお話してください。

  20. 月刊「創」という雑誌(ツクルと読む。創価本ではありません 笑)、3月号に注目した記事がいくつかあります。
    元オウム信者、平田氏の裁判に関連して書かれたものもありました。
    事件の真相とか、宗教叩きとは別モノの整然とした文章です。
    個人、信仰、社会のトライアングルを感じ、考える糸の端を掴めると思い、紹介させてください。

    「松本智津夫の娘」という呪縛に私は何度も死のうと考えた
    松本聡香

    極私的メディア論 ~少し考えればわかること
    森 達也

    ナショナリズムという病理
    佐藤 優

  21. 自我の喪失・私の今の状態です。じぶんの感情を長い間抑制して生きていると、何を感じているのか、わからなくなるのですよね、、。私は親にも兄弟にも抑圧されてどうも育って来てしまったようで、さらに創価の教えをすりこまれ、虚無感に苦しみます。
    宗教はアヘンである、依存させ、精神を知らず知らずむしばみます。

  22. ぱこさま

    あたたかいお言葉ありがとうございます。とても嬉しかったです!
    仰るように、たくさんの本や、色んな方たちとお話しして見聞を広げて行きたいと思ってます。

    覚醒してみて初めて見える世界が素晴らしいと感じてます。もちろん光も影もありますが…ちょうど真ん中に立ち、幸せを受けとるという事をやってみたいと思っています。
    ある意味、創価という組織が皮肉にも、私の人生を深淵なものにしてくれたのだと感じます。(組織悪に変わりはないですが)
    これはMCにかかり、それから解けた人にしかわからない世界ではないかと思います。
    人生は苦しむためではなく、より多く心が揺さぶられる感動を体験するためにあると思います。創価思想には人工的な作り笑いの感動しかありません。
    まだまだ、傷だらけでやっと歩いてる様な状態ですが、前だけを向いて行きたいと思ってます。

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