創価のからくり

前回は、ちょっとテーマが高尚すぎて、みなさん引いちゃったんじゃないでしょうか(笑)

その反省も含めて、今回は少しくだけて書きますね。

詳しく知らないので、間違っていたら誰か指摘してください。

私は日蓮正宗は日蓮系の宗派の中でもかなり特異な存在ではないかと思います。まず、日蓮を本仏であるとするところ。他の日蓮系では、たしか日蓮上人と呼んでいたように思いますし、教祖はあくまで仏教であるところの釈迦。釈迦の教えを根本にしていると解釈しています。ところが日蓮正宗では釈迦を仮の仏、日蓮を本仏と定め、っていうか日蓮自身が末法の本仏であると宣言しているわけで、釈迦はプレ仏教みたいな位置づけですよね。「ほんとはね、こっちが本物なんだよ。釈迦ってオイラが出てくる前の前夜祭みたいなもんなんだよね〜」って感じでしょうか。末法という考え方がどの時点から出てきて、実際にどの時代をさしているのか、いろいろと説がありそうですが、それはともかく、仏教なのに釈迦をさしおいて「いまどき釈迦なんてダサいし、仮だし、そんな時代じゃね〜っつうの。で、実をいうと本当の仏は私です」みたいなことを主張しているのが日蓮正宗なのかなと。いや、よく知りませんよ。違っていたら正してください。
なんでこんな話をしているのかというと、別に日蓮正宗に対してどうこう言うつもりがないことは、以前から話しているとおりです。ただ、この日蓮正宗の特異性、つまり他の仏教とは決定的に違う部分を、うまく利用したのが創価学会だったのではないかと。とにかく釈迦ではなく現実に救ってくれるのは人であって仏でもある日蓮と、法の王者としての法華経を曼荼羅にし、その日蓮が打ち立てたお題目を広めることによって絶対的な幸福が得られるんだと説得するわけですね。で、「オレだ、オレだ、オレが末法万年未来永劫に渡るホトケ様なんだよ」という宣言が日蓮正宗の基本になっているということで、実際に学会員にとって釈迦は過去の人であり、さほどの思い入れもないでしょう。元祖なのに(笑)。

それで創価学会は日蓮正宗の信徒を爆発的に増やしていった。増やしていきながら、同時に私服も肥やしてきたわけで。大客殿だ正本堂だと、それまでは細々と続いてきた日蓮正宗が、いきなり豪華絢爛な建物を寄進され、創価学会は巨大な檀家集団となり、さらにその勢いを政治や経済にも手を伸ばしていくうちに、あまりの傲慢な態度に宗門から破門されたわけですよ。それまでは宗門のほうも宗門始まって以来の栄華を極めたわけですが、今どうなっているかは知りませんし、興味もありません。宗門の人、すみません。
つまりですね、日蓮正宗の特異性に目を付けた初代会長が、どのあたりまでのことを考えていたのかは想像でしかわかりません。二代会長もよくわかりません。しかし三代会長は、あきらかにこの特異性を私利私欲のために利用したということです。実際に日蓮が言ったかどうかは知りませんが「人としての仏である自分の編み出したお題目以外に幸せになる道は断じてないのだよ〜!それ以外は不幸の因を積む。地獄の道へとまっしぐらじゃ。わしの言うことを聞かんと日本の国も外国から責められて滅んでしまうんじゃからな〜」と言ったとか言わないとか。ことの真相は明らかではないにしても、少なくとも創価学会の会員さんたちは、そんなふうに教えられている。「この大聖人の仏法でしか幸せにはなれない。それを知らないなんて、あ〜あ、かわいそうに」と思っているわけですよ、本気で。
もし初代会長が禅宗に目を付けたらどうなっていたでしょう。おそらく何も起こらなかったでしょう。二代会長も師匠の言いつけ通り、禅の修行をしていたら、あれやこれやと事業をしたりしなかったでしょうし、三代会長に至っては戸田氏に寄り付きもしなかったでしょう。初代、二代はともかく、三代目は宗教をビッグビジネスのチャンスと見抜いた。それも桁外れのビッグマネーが転がり込んでくる千載一遇のチャンス!それは独特の宗教によって信者を増やして、その信者から布施をもぎ取る…いや、いただく。信者はそれが信仰だ、自分の幸せに、ひいては他人の幸せ、最後は世界平和のために自分も役に立つんだと、喜び勇んで会員を増やすことに熱中する。完全にネットワークビジネスです。宗教のねずみ講です。戦後日本における最大の被害を出したねずみ講こそ創価学会であり、その被害者は今も何百万人もいるという現実です。うまい話につい乗せられて、気づいたときには一文無し。それがネットワークビジネス。そしてなくしたものはお金だけではなく、周りの人の信頼もなくします。しかし創価の場合は人生そのものまで奪っていくのです。
一日もはやく、この簡単な悪徳ビジネスのからくりに気づいて欲しいです。

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創価のからくり」への25件のフィードバック

  1. うーん、どうなんでしょう。
    私はシンプルに考えています。
    日蓮仏法を信仰したのは、たまたま初代会長が折伏された教えがそれだったから。
    獄中までいって信仰を捨てなかったんだから、初代も二代目も強情に信じてたと思います。
    三代目は日蓮仏法じゃなくて、ただひたぶるに二代目を信仰してたと思われます。
    それで、近代仏教学の研究が進み、もうこの教えじゃ騙せないとわかっても、陶酔していた師匠を裏切るわけにはいかなかった。
    恩師の野望を果たすべく強引に布教を進めた。
    しかし、いかんせん日蓮仏法は問題のある教えである。都合よくアレンジしたり、「学会指導」とか「創価文化」とか付加価値をつけて、鮮烈に魅力ある教えにする必要があった。
    三代目はそれに天才的な手腕を発揮して、多くの人を魅了した。
    同時にそれは彼の野望でもある天下取りと、巨大ビジネスのスタートであった…

    こんな感じでしょうか。(あくまで個人の見解です^^;)

    ビジネスに宗教を使ったのはアクドイけど、それで確信のある人生を提供した。涙ながらに感謝し、救われた人がいる…これが言い分なんでしょうね。
    それに騙される方もわるい、と思います。

    ともかく、からくりがわかった以上、恨みつらみよりまず逃げるべし!
    そして、ああ~そうだったのね、と笑ってサバサバすること。
    結局これがいちばんいいんだろうな、と思います。

  2. モニカさん

    モニカさんのコメントにいつも胸がスカッとしています。
    笑ってサバサバするに激しく同意です。

  3. なんとなくだけど
    初代は一応信仰していた。
    2代目は初代を崇拝プラス金儲けに利用。
    3代目は一切信仰してない。2代目のことも崇拝などしていない。
    権力と金儲けのためと割りきっている。
    勝手な想像です。

  4. こんにちは 私もノブさんと同感です。
    三代目さんは、不適切かもですが金儲けがうまい。

    内容から離れてしまいますが、陰徳あれば陽報ありという言葉がありますが、
    かさいあきらさんて方が、徳は宇宙銀行へ貯蓄されると著書に書かれてありました。
    学会の題目ちょうに、宇宙銀行ってのがあります。福運は宇宙銀行へ、なんたらかんたら。その説明書きが、かさいさんの著書と酷似してて(笑)

    宇宙銀行に貯蓄するのは徳であって、誰かを貶める悪い想念ではいのですが、三代目さんはこういったのを利用するのが、うまいのかもしれませんね。

  5. すみません

    かさいさんではなくて、うえにしあきらさんでした。

  6. 歴史の教科書を読んでいて、室町時代いろいろな宗教が台頭してきた中で、
    日蓮はわざわざ別段落に扱われていると思います。
    実際にその時代にわが道路線をいく人だったのか、なかなか進展しない教科書検定の問題も影響しているのか、……いずれにしても、数ある宗教の中でも単独として取り上げやすかったのではないかと思います。
    創価学会にとって排他的な面は重要だったのではないでしょうか。
    現代において、宗教は歩み寄り理解を示し、探求を深める姿勢があっても、いいのではないかと思います。

    春休みを家族と過ごされている方もいるかなと、子供達で流行っている
    『聖お兄さん』という題名だったかのマンガがあります。
    私もちらっと拾い読みした程度なのですが、ブッダとキリストが現代で共同生活をするという斬新な設定で、なかなか面白かったです。
    他にも、もしあの宗教が現代に生を受けていたらどんな展開だったろうか…など妄想して考えてみるのも興味深いです。
    脱線してしまい、大変失礼なことと思いましたが……すみません
    堅くなりがちなのうミソを柔らかくすることも、時にはいいかなと。

    新年度をむかえ、創価学会と距離を置くタイミングもあると思います。
    少しずつでいいと思うのです、交通費が負担な会合は出かけられないとか、家計からみてこれ以上の財務は協力できないとか、…
    当事者の方にとっては、切羽詰まる思いでしょう。でもどこか反社会勢力につながっている組織全体を認識しないわけにはいかないです。

  7. 少し、体調が良くなったので・・・。

    signifieさん

    私の宗門と創価の関係性の考えを今度は大きな円で囲んだ大枠で捉えたらおっしゃる通りですね。ストンと腑に落ちました。納得です。

    木の芽時のせいか?創価関連のディープな話題に突っ込み過ぎたからでしょうか?

    こちらのみなさんのお話は他者を攻撃するのでもなく具体的でリアルなお話が多いですね。それだけに切実な思いが伝わってきます。

    ところで、ご覧になった人もいらっしゃると思いますが昨日のNHKの歌謡番組で山本リン〇さんが歌ってましたがそのバックダンサーの衣装が創価の三色旗のカラーをイメージさせるようなデザインでした。

    広告塔のリン〇さん、公共放送で創価色の宣伝して健在をアピールですか?と思いました。マスコミを利用した創価のイメージ戦略のからくりに気づかず知らず知らず乗せられる人が多いだろうなあと不愉快な思いをしました。

  8. 私は女だからか、よくわからないんだけど、男の人って兄貴とか先輩とか異常に心酔する人いるじゃないですか。
    師匠となるとまた別格で、ホント、心酔する人のためなら人殺しでもしそうな…
    三代目って、ただの金と権力の盲者じゃなくて、そんな部分も強かったのかなと。
    師弟観に異常ともいえるこだわりがありますし。

    女は思想より現実が好きだから、創価でお金は貯まりませんよ、で脱会するのかもしれませんね。
    真相など計り知れないですけど、ここでいろんな人の意見を聞くのは大変参考になります。

  9. 3代目が2代目を尊敬していたら2代目の家族も丁重に扱うと思う。
    2代目の言いつけも守ると思う。
    3代目が、師弟を強調するのは2代目の為ではなく
    3代目の自分を弟子なら崇拝しろと言っているに
    すぎないと感じられます。
    2代目を崇拝していたら遺族をないがしろにしたり
    2代目の意思に反する行動はしないと思います。

  10. 創価学会は、ただの新興団体ですよ。。(間違っても新興宗教とも言いたくはない)
    日蓮を利用した。。
    主な修行(笑)は、選挙運動と新聞の啓蒙運動とお布施。。
    すべての活動は、この三本柱へと続くためなのですね。。

    わたしも、謝らなければいけない人が一人います。
    いつも快く新聞をとってくれたご近所のママ友。。

    もう少しいろいろ考えて、お手紙を書こうと思います。
    いまは、疎遠になってしまったので。。
    親しい友人や親戚には話したのですが。。

    いちばん、謝らなければいけないのは、やはり子供たちかな。。
    もっと、ちゃんとちゃんと話さなければいけないと想ってる。。

  11. なるほど。
    三代目は私にもいちばん計り知れないというか、正体の掴めない人という印象です。

  12. やはりこうしてみなさんとお話をしていると、今まで気づかなかったいろいろなことがわかってきます。単なる思い込みだったり、自分の都合で決めつけていたりということもありますよね。それに今までは知るのが怖かったような気がしますが、こうなったらまだ気づいていない人のためにも、いろんなお話が聞ける場にしたいですね。とにかく今の創価学会の真実がどうなのか。最終的にはそこをはっきりと理解できるようにならなければと思います。みなさんよろしくお願いします。

  13. いつも拝見してます。勉強になります。
    本屋で元キリスト教で、曹洞宗の住職をしてる方の本を見つけて読んでます。
    タイトルは日本人に宗教はいらない。
    そのなかに印象的な文がありました。

    宗教にこだわりすぎてる人は本当の宗教心がない。
    宗教が必要だと強く主張する人には宗教心が足りない。
    宗教心が本当に自分の中にあふれていれば、
    宗教を問題にする必要がないからだ。

    色々なところでトラブルになる宗教ってなんなんすかね。

  14. 今朝がた、早く目覚めたのでCATVで脳科学で有名らしい林 成之さんの講演を見ていました。

    その中で人の脳は「感情」から最初に入力されて理論や考えがそれから作られて・・・と言うような話をされていました。

    以前から創価では御書よりも小説人間革命の中では「恩師の仇を討て!」他には「追撃の手をゆるめるな!」、選挙、新聞啓蒙、折伏・・・全ての組織活動には「池田先生にお応えする戦いを!」が常套句で語られていたり、宗門問題の時代には池田が指揮を取れなくさせたとして宗門のねつ造も含むネガティブキャンペーンを繰り返し会員の心に刷り込み憎悪の念を植え付けるような、それを煽るような三流雑誌をも凌駕する記事を永遠と流したりしていましたね。

    まず、会員の感情に訴えて上意下達の指導をするのが創価のからくりの一つだったのだろうとも思います。

    その最初の段階で創価はまあまあだけどなんとなく池田嫌い!だった人と私のように池田の為なら!となった者とでは脳への入り方も違ったんでしょうかね。

  15. モニカさんの切り口にはいつも爽快感を覚えますが
    何十年と学会に人生をかけた人間が覚醒したら恨みつらみの一言も言いたくなりますよ。なかなかサバサバ、スッキリとはねぇ~
    それにもまして思うのは早く多くの会員に真実を知らせたい気持ちが湧きあがってきますね。だからこそ皆さん勇気を出してこのようなブログに書き込みをされるのでしょう。 今願わくば男子部、壮年部の方の書き込みを期待したいですね

  16. 度々失礼します。えーっと、私先のコメントで陰徳〜の事を書きましたが、これ御書に載ってるの知らなかったんです。あ〜創価学会ってのは、日蓮直結とか言ってますけどそれは口だけで、勧誘するため(創価で言う所の折伏)の道具に過ぎないのだなと、改めて思いました。

    サントリーの創業者 鳥井信治郎さんが、真に陰徳〜を実行しておられて三代目さんとは、全くの真逆。三代目さんは、私を守れ!←今思うと、なんでやねんとおもいますが(笑)
    因みに鳥井さんはお経読まれたり、神様に手を合わせてらしたそうですが、特定の信仰はお持ちではなかったそうです。

    どこに所属するかではなくて、どういう心持ちで生きるかなんだと思います。
    けど、どう生きるかは洗脳された創価脳から解放されないと、無理かなと。

  17. じゃあサバサバと恨み事書き込みしましょうよ(笑)
    実際私は難しい顔より、スマイルで書いてることが多いですね。
    多くの人のコメントで、なるほど~、さすが!と感心、感謝することが多々あります。
    私は同じ婦人部の覚醒コメントが嬉しいんだけど、サラマンダラと同じく、男の人のコメントは非常に興味深いです。

    やまとだましいさんの言葉に非常に同感しました。
    宗教って知識と違いますよね。
    それが人間性に反映されないと意味がないと思います。
    宗教をものにできる心…といいますか。

    これは邪義だ、いやこう書いてある!と難解な経典を引っぱり出しては罵倒し合う
    姿に、その心に宗教はあるのか?と思います。

  18. 学生部と男子部時代は先輩はみんな真面目だったなぁ〜。それに比べれば私なんか不真面目な学会員だったかもしれません。だから覚醒できたのかな(笑)。学生部も男子部も創価新報に載ってた漫画そのまんまだったから、あのころは笑って見てたけど、今はとても笑えないですね。ドッパ〜ン!って荒波に向かって闘っている熱血学生部長や熱血男子部長がいましたね、どこにでも。すんごい貧乏してるのに、仏壇だけは「ここはお寺か?」って思うくらいびっくりするほど立派で、いつもダミ声でお題目をあげていた先輩男子部長。きっとなけなしのお金を仏壇と財務につぎ込んで、それはそれは質素な借家住まいをしてました。あそこまで熱血してると、真実に気づいた時のショックは大きいでしょう。私なんかの比じゃないでしょうね。ほんとに頭おかしくなっちゃうんじゃないでしょうか。
    少年部時代から一緒にやってきた同級生のいとこは県男子部長にまでなってましたから、彼が覚醒するときが来るのかどうか。いつか「オレは大勢の人の前でなんてバカなことをやってたんだろう」って地団駄踏むんでしょうね、覚醒すればの話ですけど。県幹部ぐらいまでいくと、もう後戻りができなくなってしまうのかもしれません。もし気づいてくれたら一緒に喜びたいですけどね。気づいた時の絶望感とか、自分のアホさ加減とかを共有できるんですけどね。それで今からでも遅くはないから、少しずつ人生を取り戻していこうよって声をかけたいです。
    でも活動家から見れば私たちは「退転者」であり、不幸の因を積んで、ろくな死に方をしない哀れな人間。そんなふうに人を見下すこと自体が仏教からほど遠い考え方です。どんな人間にも仏性があるのだから、それを信じて見守ってあげるのが本来の信仰者のありかただと思いますが、彼らは倒すべき仏敵として罵倒してきます。何が何でも自分が正しいとゴリ押ししてきます。つまり対話が存在しない。あの人たちは毎日法華経を音読していながら、法華経に何が書いてあるのかわかっているんでしょうか。家が火事でたいへんなときに、それに気づかないで遊んでいる子どもを救い出す物語です。でも気づかないで遊んでいるのが自分だということに気づかない。そう、私もそうだった。火事場でのんきに遊んでいたのは私です(笑)。

  19. 創価は宗教を持たねばならない理由を、現世利益のためだとはっきり言いました。
    信心するのは「宿命転換のため」「悩みを解決するため」「福運をつけるため」…
    そして日蓮仏法だけがこれを可能にする、と教えました。

    月日は流れ、日蓮仏法にそんな力はない。
    そもそも日蓮仏法はそんなことは説いてない。
    とわかりました。

    では最初の「宗教を持たねばならない理由」はどうなのか。
    「宿命転換のため、諸々の願いを叶えるため」としたことです。
    これも、宗教とはそんなものじゃないとみんな気づいてしまった。

    そしたら創価の言ってることは空っぽです。

    本来、宗教のもつ意味ってなんだろうか…
    考えると、自分を律する道徳だったり、心の拠りどころだったり、生死観を説いたもの…亡くなった人へのご供養ってことも浮かびます。

    これって、創価が否定したことなんですけどね。
    「キリスト教は宗教として力はない。ただの道徳として残っている」
    「宗教は気休めじゃない」
    「死んだ人の祈ってどうするんだ。ただの檀家制度だ。宗教は生きてる者のためにあるんだ」…

  20. こんばんは

    新聞に顔写真が出た大幹部だった同級生は、どこへ行ったのかな?
    さっばり消息がわかんないです^_^;
    大幹部になっちゃうと、覚醒は無理なのか?
    それとも、『所詮創価学会なんてさー』とか洗脳されたふりしてるのか?

  21. 宗教に対して適正な認識を持つようにしていきたいですね…
    また学会組織の魔に見入られないようにする為にも

    しんどい作業ではありますが、皆さんのコメントを頼りに
    少しずつでも前向きな歩みをすすめたいです

  22. 実家の母はとうに非活です。選挙も財務も勤行もしてません。(波風を立てたくないという理由から、脱会はしないそうです)
    それはいいんですが、創価から教わった思想は根深く、今もものの考えの根本を成してます。

    「私は宿業が深いから…」
    「それは宿業だから、環境を変えてもダメ。命に刻まれているんだから」
    「親子は宿業が似るのよ(あなたもそうなるのよ)」
    創価時代から先輩婦人部に叩きこまれたらしく、ことあるごとに、私に呪いのように言い続けました。
    自分を卑下するようなそんな言い方を私は好きじゃなかったし、放蕩三昧の父親を、離婚しても宿業は消えないからと教えられ、ひたすら耐えてる姿も意味がわかりませんでした。(結局未だ父親は変わらず)

    私は母の予想を裏切って?父親と反対のタイプの人と結婚して、平穏な家庭を持ちました。
    重石のように教えられ続けた「宿業」とやらに苦しめられた感はありません。

    宿業とか過去世の報いとか、仏教では説いてるようですし、それは事実なのかもしれません。
    が、何事もそれに縛られて固執するというのは弊害があります。
    誰のせいでもない、原因はあなたにあるんだと指南され、愚痴も言えずストレスがたまるとか、他人にもその価値観をごり押しするとか、要はそれをコントロールできないなら、持たない方がいい。
    それで自分をふりまわしたり、他人をふりまわしてはいけない、と思うのです。

    日本人は宗教を持つ必要がない…というのがなんとなくわかります。
    どうしても周囲から浮いていまう。そんな気がします。

  23. モニカさん
    わたしが創価学会から覚醒し始めて、スピリチュアルBlogを徘徊している頃。。宗教とはかけ離れたあるBlogにたどり着き。。

    そこの方が、もう何年も前に放った言葉に稲妻が走るような衝撃と感動を覚えた記憶があります。
    脱会から数年前のことでしょうか。。

    それは。。カルマはないんだね。。というような言葉でした。

    それまでのわたしは、入信した16歳の時から、女子部の先輩方に宿業のことを言われ続け、いつの間にか、自分は業が深い人間なんだと思い込むようになって数十年。
    まさに自己否定の毎日、自己否定の積み重ね。。

    あるところでコメント欄を賑わしている?自業自得という思考癖。。

    そういう想いを木っ端微塵に粉砕してくれるような強烈な言葉でした。

    日蓮の教えは立正安国論にもある。。人心が乱れると鬼神が乱れ国が滅ぶ、みたいな考えかた。。もうお終いにしませんか?と言いたくなる時があります。

    それよりも、スピリチュアルな方々が放つ、もう闇の時代は終わる。光の時代が来るんだね。。って言葉の方が、どれだけ前向きかって思いますもん。

    。。というわたしは、スピリチュアルを唱えるすべてを肯定しているわけではないのですが。。

    わたしが脱会しようか相談した方は、もう日蓮の教えは古いんだね。といい、背中をそっと押してくれました。
    そして、あちこちで言ってますがわたし。。その方は、感謝で終わらせるように、と言ってくれたのです。。

    なので、わたしは創価学会にいて頑張っていた自分を否定しないし、素直に頑張っていたことで自分が成長できたこともたくさんあると、いまも想っているし、決して創価学会に騙されたとも思えないのですね。。

    ただ、創価学会の選挙運動と公明党とのことでは、納得がいかないことばかりですが。。
    そういう意味では、創価学会は、とてもタチの悪い団体だと思っていますし、できれば活動家の方にも、その点だけでも覚醒してほしいなあと願っています。。

  24. 母は、自業自得とか自分のしてきたこと、と思えば人を悪く言わずに済む、と言ってますが、いえいえ充分言うわけです。
    一生懸命そう思おうとしているんだけど、辛そうというかそれだけじゃ割り切れない思いがあるわけです。

    昔の婦人部は今よりさらに容赦ないですから、散々な目に遭った人に、それはアナタが悪いよ、更に塩をぬるようなことを言うのです。
    そんなものは参考にする程度にして、他人にまで押し付けなくていい。
    「やかましいわ、ドアホ!ノーガキはええんじゃ!」
    私、そうんなふうに言うような母の方が好きです。
    そして宿業なんてナンボのもんじゃと、明るく笑いとばすような生き方の方がはるかに惹かれます。

    創価をやめた人は、みんな、あ~アホやったなと思ってます。
    サバサバと笑い合うことが、いちばん幸せと思います。
    まだ創価にいるには「ドアホ!はよ、こっち来いや」
    そして一緒に笑う。
    難しい教学なんて知らない。でもこんな人って宗教を意識しなくても幸せなのではと思います。

  25. おはようございます。

    ここへ来ると、ほっとします。
    悪口とか批判とかじゃないからですかね。
    管理人さんみなさん ありがとうございます。

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