当たり前のウソ

今の時代は特に疑うことをしていなければ生きていけないですね。基本的に何かを信じることは素晴らしいことだと思いますが、その何かが間違っている場合が多いですね。創価はいわずもがな、先頃からチェックしている内海氏の発言で、多くの人が「当たり前」だと思っていることがじつは一部の人の金儲けのために広められたウソっぱちだったということがわかってきました。

食品添加物のウソ。インフルエンザや狂犬病のワクチンについてのウソ。放射能被害のウソ。武器輸出や軍備についてのウソ。その他にも社会に「当たり前」とされていることのウソを次々と伝えているのが内海氏です。彼のFACEBOOKのフォロワーの数が日本でベストテンに入るのだそうです。ということは、それだけ医療、教育、政治、経済…いろんなところにウソで固められて、何も知らない普通の人が騙され搾取され、医療の現場では病人を量産していることが彼のFACEBOOKや各地での講演活動によって多くの人に知らされ始めているということです。

内海氏の文章はとてもエキセントリックなので、人によっては耳が痛いのかもしれませんが、そうした言い方をしなければ、不特定多数の人に何かを伝えるのは難しいと思います。これも内海氏の賢明なやり方なのだと思います。
このブログももっと攻撃的な言い方をして、緊張感のある激論が展開すれば読者の数も増えるのでしょうが、私はそうしたことは考えていません。あえてやりません。といいますか、一度懲りてますから(笑)。たとえばもしバリバリの活動家さんとの対話が展開されたら、アクセス数は爆発的に増えるでしょう。過去そうでしたからよくわかります。でもそうなると中にはわけのわからない人の意味不明なコメントも増えてきて、ぐしゃぐしゃになってしまうんですね。
もちろんこのブログではバリバリの活動家さんのコメントも大歓迎ですが、よってたかって攻撃するつもりは毛頭ありません。ここではお互いを尊重しながら話を進めていくという、いわゆる「対話」をしたいと思っています。創価ではネット禁止令が出たとか出ないとか言われていますが、たしかに創価にとってネットはやっかいな存在でしょう。それは北朝鮮や中国でも同じです。真実が書いてありますから、いくらMCしているとはいえ覚醒者は出てきます。私はその覚醒に少しでもお手伝いができればという気持ちでこのブログを運営しています。議論したいわけじゃない。だれかを打ち負かしたいわけじゃない。そんな暇人ではないし、そんなことに何の意味も持てません。「対話」のなかで学会員さんが何かしら自分で思うところが出てきていただければという思いです。

まずは今の自分は自分で自分のことを考えているのかという自分に対する問いかけをしていただけるといいのかなと思います。外から見れば、学会員さんはそこが決定的に欠落しているんです。自分で自分のことを考えることをさせないようにする。そのために学会は宗教を利用しているということに気がついて欲しい。日蓮正宗はその排他的な教義が人のMCにうってつけだった。三代目は最初からその組織の頂点に立って莫大な金儲けと権力が手に入ることを見抜いていたんですね。ところが今は単なる「センセイ」という着ぐるみを着せられたゆるキャラです。もはや自分で何をやっているのかさえわからないと思います。哀れなもんです。そして中枢部はこの巨大になりすぎた利権構造の延命を必死にやっているのだと思います。それもまた哀れなもんです。うそで塗り固められた人生にどんな意味があるのでしょう。甘い汁をとことん吸えば、もう後戻りができなくなるほど創価の中枢部は腐っているのでしょうね。学会員のみなさん、そうは思いませんか?…思わないというところがMCされている証拠なんですけどね。

当たり前のウソ」への36件のフィードバック

  1. 宗門でディベート大・大好きなT氏っていますよね。

    頭っから相手を打ち負かしてやろう!とだけ思ってる人。
    相手の言い分はすべて難癖つけるために聞いている。
    相手の言葉を、自分の主張を述べるためのかっこうの道具にしているだけ。
    相手を愚弄しながら、自分の言いたいことを声をはり上げて満悦している様子に、異様なものを感じてしまいます。

    この人宗教家なんですよね?それがこの人の根幹を成してるのなら、宗教を疑いたくなります。
    こういう人とまた好んで討論したがる人もいるようですが、お互い同じタイプなので、永延に平行線です。
    対話どころか、議論、討論にもならず、ただの我と我のぶつけ合いです。
    何も生まれません。
    何がやりたいんだろう?お互いを侮辱し合って格闘がしたいのか?
    宗教を持ってる人ってこうなるんでしょうか。
    譲れない教えを持つイコール、譲らない性分になるんでしょうか…

    対話って、思ってるより難しいものなのかもしれませんね。
    精神が成熟してないとできません…

    宗教は精神の成熟にはならないのでしょうかね。

  2. 宗門のことはよくわからないのですが、ネット上に出てくる元創価で今は宗門という人は、かなり過激な印象をうけます。「悪いのはあいつら(創価)だ!」の一点張り。たまに創価なんか相手にしてないとか言いながら、ちょっと批判されるとすぐムキになるところは、創価の人とよく似ていると思います。ネット上でのことですから、実際はそんな方ばかりとは思いませんが、少なくともネット上では宗門は創価と同じに思われているのではないでしょうか。私はそこまでとは思っていませんが、やっぱり「自分が正しくて、他が間違いなんだ」と言い張るところに、どうしても対話が成り立ちませんね。創価から宗門に行った人は、一度は間違った考えを信じていたことがあるわけですから、もう少し他人の言うことも聞いたらどうかなと思います。
    私は創価が間違いだということにやっと気づいただけであって、だから宗門がどうとか、他の宗教がどうとかを他人にとやかく言えるような立場ではありません。最近はキリスト教関係の仕事が多いので、キリスト教って奥が深いんだなと感じています。でもだからといって自分の信仰をそっちにとは思いません。禅にも興味はあります。私の仕事場は歴史のある禅寺のそばにあります。毎朝午前六時にはそのお寺から太鼓の音が聞こえてきます。そこのお坊さんにもよくすれ違います。ああ、この人たちが朝早くからこのお寺で修行しているんだなと思います。
    創価の人は他の宗教を否定するように教えられたのでそうしているだけです。そう思い込んじゃっているんで、いいも悪いもなくそうした世界観の中にはまり込んで出られなくなっているんですね。それに組織の中枢にとってはそれがお金を集めるための手段なのですから、べつに日蓮正宗でなくてもよかったわけですね。でもまあ、結果的に日蓮正宗が創価学会に利用されたということです。意地悪な言い方をすれば、利用しやすかったとも言えます。
    前にも書きましたが、初代や二代目が信仰者の集団として創価学会をつくったのかもしれませんが、三代目は最初から金と権力のために組織を動かしてきたことはまちがいありません。そのような三代目のあからさまな態度によって、創価学会が宗門から破門され、こんどは独自の新興宗教「日蓮世界宗創価学会」と名乗り始めました。もうこうなったら開き直ったというのでしょうか、結局会員を騙せるならどんな宗教だってかまわないことを証明したわけです。ご本尊だって宗門の曼荼羅のカラーコピーでかまわない。寺も坊主もいらない。結婚式も葬式も自前でやる。もしかしたら「明日からは鰯の頭を拝むように」って言わないとも限らない。そんないいかげんな団体が宗教なはずがないのに会員は気づかない。多少おかしいなと思っても、自分の信心が足りないと決めつけてしまう。また決めつけられる。
    私は複数のライターさんと仕事をしているので、公にでる文章を書くことの大変さはわかります。気力も体力も消耗します。もう3年近く人前に出ることもできないくらいの三代目が、あれだけの執筆活動をやれるわけがないのに、そんなことも会員さんは信じて疑わない。先頃ゴーストライターが世間を騒がせましたが、それでも「小説人間革命」や何かと会合に寄せるメッセージを三代目が書いてると本気で思い込んでいる会員さんです。どんなきっかけでもいいから、はやく創価のおかしさに気がついてほしいです。

  3. おはようございます。

    人を攻撃するのって、きっと被害者意識が強すぎるんだと思います。
    創価学会やめてお寺へ帰っても、傷つけられた気持ちと向き合って
    自分で解消しないと、攻撃性は治らないかも。
    そういう方は結局、宗教依存なんじゃないでしょうか?

    お寺へ帰って変わる方 そうじゃない方の違いは、そういう所なんだろうなと。
    信仰があろうがなかろうが、自分の足で立たないとダメなんでしょう。

  4. 創価学会は、折伏でも破折破折で人の欠点というかツボみたいなところを攻撃するのが常套手段でしたものね。。
    じつは、わたしはこの折伏が苦手でした。。
    多分、どこかで創価学会の何かに違和感をずーっと心の底で感じてきたのではないかと、今になると想うんです。

    その代わり、クルクルと組織内をよく周り家庭訪問は好きでしたが。。
    いまは、どうなのだろう?
    顔も見ないで、mailだけで済ませる上に行く幹部ほど、そうなのかな?

    ちょっと話しは逸れましたが、いま噂によると組織では、信濃町に出来た御殿?に、組織順に順次、学会員はお詣り?をしているらしいですね。

    そこで、池田大作の題目?勤行?の声が流れて、それに唱和して学会員は、喜んでいるとか。。

    わたし、まずもって本部幹部会同時中継で、過去の池田大作のVIDEOを流しているってことでも、なんじゃ?そりゃ。。。気持ち悪いな。。
    。。と思ったのですが、よくそんな会合に通ってますよね、学会員の皆さま。。
    違和感とか、なあ〜んにも感じないのだろうか?と不思議でしたが。。。

    それが今度は、池田大作のお経に唱和して感激しているって。。。(;゜0゜)
    意味不明。。

    第一、いま現在の池田大作の声なんかじゃないんですよ。。
    それとも、いま現在の先生のお声だ〜〜。。とエラく感激しているのでしょうか?

    ヒットラーの扇動術でも。。
    小さな嘘では騙されない。大きな嘘だと騙される。。そうなのですが。。

    アタマ、大丈夫ですか。。?
    みなさん、違う世界にイッチャッテませんかあ〜。。???

    冷静に客観的に想像してみてくださいね。。
    自分というものを。。自分の立ち位置も。。

    もし?なあんにも違和感を感じないとしたら、もうどうぞそのままで。。
    人生の終わるまで騙されちゃってくださいまし。。

  5. なにかにつけて「とにかくお題目よ!」「お題目送るからね!」と、お題目が魔法の言葉であるかのように信じ込まされていることに何の疑問ももたない会員さん。ほんとに何でも願いが叶う魔法の言葉だと思い込んでいるんですからね。私、かなり唱題しましたけど、ぱったりやめて数年経ちますが、何にも変わりませんよ。あげてもあげなくても何の変化もないです。ウソだと思ったら、半年ぐらい止めてみてください。何にも変わりませんから(笑)。ただ「これだけお題目をあげてるんだから何かいいことがあるはずだ」と前向きになれるかもしれません。でも、やらなくても何も変わらないことがわかったときはショックでしょうね。じゃあ、なんで自分はこんなに必死にお題目をあげ続けてきたんだろうと自分で考えてみてください。お題目というわけのわからない力にすがりつきたかったんじゃないでしょうか。そんな魔法を信じたかった。なんの根拠もないことを信じ込まされていた自分に気づくことこそが大切だと思います。
    お題目をあげるとスッキリするのは、運動したりカラオケ歌ってスッキリするのとさほどかわらないのではないですか。だからって、どうして毎年何万何十万、人によっては何百万円もお金をさしだすんですか。自分でもろくに読みもしない新聞を人に勧めてはずかしくないですか。何をやってるか知りもしない公明党を必死で応援する私って何やってるんだろう?って思いませんか……思いませんよねえ。自分で考えるなって教え込まされていますからね。どんなに変なことでも創価が一番だし、創価に限ってまちがいはない。センセイは最高の指導者で、高齢になった今でも私たちのために激務をこなしていらっしゃる……と思い込まされているですよね。学会員さんが同じ気持ちなのは、自分で考えることなく、みんな同じように、同じことを思い込まされているという証拠なんですけどね。みんな一致団結しているのではなくて、みんな同じ脳みそにされているってことですよ。こう言ってはなんですが、ロボトミーです。安っぽい三流SF小説の世界です。でもそれが創価学会の現実です。はやく気づいてください。会員さんはお金目的の学会中枢部に利用されているだけなんですよ。ただそれだけなんです。

  6. いつも幹部が言ってた指導の締めくくりは
    先生の壮大な御構想など私たち凡人には到底わかるはずもない
    ただ先生にすべてをお任せし強情な信心をしていくしかありません、でしたよね
    今もそうなのでしょうか。これがまやかしなんですよ
    会員の皆さんここをよ~く考えてみてください。あなた方は到底わかるはずもない御構想を漠然と信じて学会について行ってるんですよ
    その御構想こそ信仰を利用した莫大な金集めであることに早く気付いてください。このことに気付く以外にほかに何もありません
    なぜ先生が莫大な巨万の財産を蓄えることができたのですか?
    まさしく、限りなく本物に近い偽物だったからではないでしょうか

  7. 創価を離れるのは徐々に…がいいのかもしれませんね。
    迷惑な選挙や新聞啓蒙は辞められても、お題目は辞めたくない、逆にストレスがたまると思うなら、一気ではなく順番、少しづつというふうに。

    これは単純に個人の気質を考えて、気持ちがラクになることを考えてです。
    私なんかは逆に、ダラダラするのが気持ち悪くて、何ごとも一切まとめて白黒つけたい性分。
    おかしいと思った翌日から、全部の活動を休んで、朝から晩まで実態を調べることに終始しました。
    納得したら「私、もう一切会合には出ません。脱会します」と言いました。
    まわりはあっけにとられてましたね。だからグレーという時期はありませんでした。

    手の平返しということになるんでしょうが、これは創価に限ったことではなくて、性分なんでしょうね。
    まわりは振り回されるでしょうが、信仰は自分の問題ですから。
    ただし、新聞の契約期間や、前から約束していた仕事などは極力迷惑がかからないように考えました。(たいした役職がなかったのが幸い)

    ひとつ、心が痛んだのは会館の掃除をしてたんですよ。
    あれはメンバーが決まっていて一人いなくなると迷惑がかかる。だから任期までさせて下さいとお願いしたんですが、
    「そんな疑問を持っている人にやらせられない。いつセンセイが来られても、という気持ちのない人に任せられない」
    と言われました。
    素直にはい、そうですかと言うしかなかったですね。

    何もかも問題なく辞めていくのは無理かもしれないけど、限りなくストレスなく離れていくことは大事ですよね。

  8. モニカさんの書き込みをみて、創価さんて変なの〜って思いました。

    会館のお掃除で迷惑かけるからってのは、責任ある人として当然の感情だと。
    何で人の正しい思いを、受け取れないのだろう?

    人の思いを受け取れないから、創価の人は外から理解されないのだと思います。

  9. 私は皆さんと違ってグズグズしていて……
    たまたま結婚を機に離れることができたんです。ただ親の言う通り、選挙等いろいろ協力はして、それで親孝行できているなら、と思っていました。
    気がつけば私はもう結婚生活の方が長くて、専業主婦でもあるし、主人の実家に対してやっかみを言うのが聞くに耐えられなくなったのです。
    主人の実家も決して裕福ではありませんが、娘の進学など思うようにいかなかったときかけてくれた一言、何かと物品をまわしてくれたりと、お世話になってきていて、たいして不満はないのです。
    私の実家は、他の学会員さんにもよくあるような団地住まいです。
    それでも、のほほんと暮らしていてくれれば、安心なのですが、
    そうしたやっかみの言葉に、抑圧されたものを感じるのです。

    池田会長の同時中継が始まった頃からの違和感、
    あれは子供ながらも、疑問を持たざるおえなかった。
    創価学会は終わっていない戦後の大きな社会の影に呑み込まれて、
    草創期の実直な人々の気持ちとはかけ離れたところにいる

  10. お題目についてですが、これはシニフィエさんの仰る通り実験がいちばんわかりやすいですよ。

    私もお題目大好きで、未来部の頃から相当上げました。
    無駄なことが嫌いだったので、「せっかく上げても集中してないと願いが叶わない」という言葉を信じて、できる限り集中してそれは一生懸命に。
    私の場合、熱心にやっていた~覚醒までがほんの僅かのスパンしかないので、比較もわかりやすかったです。
    覚醒する寸前までの過去5年間、私毎日数時間、かっちりお題目上げてたんですよ。
    同じことを現幹部さんにやってみろ、というくらい。

    そしてやめてみると、叶ったことはお題目をやめても叶うし、叶わないことは同じように叶わない。
    物事への意欲、モチベーション、精神の安定、運、不運、同じでした。
    ものの受け取り方(いろんなものを感謝できたり、肯定できたり、ふつうの人としての感覚でしょうか)も別に変わりませんでした。
    もともと立派だったわけでもないけど、堕落した感覚もない。
    正直な感じたままの感想です。

    創価について認識は変わった、仏教的な教えだけに縛られることはなくなった、ということを除いて、純粋に
    「お題目を上げていた時と辞めて何が変わったか?」
    と聞かれれば、
    「何も変わりません」

    二言目に「お題目よ」という人が、かつての私と同じくらい上げているのか知りませんが、これは実際に体験した事実です。

  11. モニカさんのお話し、説得力がありますね。

    それで、わたしも考えてみたのですが、よくよく考えてお題目をあげたことで実際に叶ったこと、そんなに多くはないなあ、って。。

    それで、叶ったことも考えてみると自分の努力の部分が多くて、お題目のおかげと想うのは、ある意味思い込みなのかなあ。。

    でも、正直言うと、創価学会を辞めたいまも、南無妙法蓮華経の七文字は素晴らしいのでは?と思うのですね。。

    ただ、わたしの認識では、真言の。。のーまくさんだーばーざらだんせんだーとか、禅の座禅の内観も、般若心経の経も、神道の祝詞も同じように素晴らしいと思う感覚とまったく同じであって、このお題目だけが世界一素晴らしいとは、いまは思えないですね。

    ましてや、お題目で何かを叶えようと、必死にちょっと間違えたらオカルトちっくになっていくのは、ある意味怖ろしくも思えたりします。

    よく創価学会の人は、反逆者や退転者に現証が出るように、会員の言葉で言えば、早く気がつくようにとお題目をあげますが、なんということでしょう!
    せっかくの素晴らしい南無妙法蓮華経が泣きますね、わたしは、そう思います。
    日蓮もお怒りでしょう。。

    わたしは、創価学会を辞めて、勤行をせねば、お題目をあげなければ罰が当たるとの強迫観念から解放されて、気持ちが明るくなって、爽やかな気持ちになりました。

    毎日のようにある会合で、時には修羅場と化すそんな幹部と会わなくて済むとなっただけで、どんなに気持ちが解放されたことでしょう。。

    報告を出すようにとの電話に怯えることもなくなった。
    会合で腑に落ちない幹部の話しを聞いて、どれだけ心がもやもやしたことでしょう。。
    そして、選挙の時の会合。。見ていられないようなコントや替え歌、活動体験に。。大きな会場で、さーっと自分だけが引いていくような孤独感。。
    虚しく周りに合わせて拍手することの虚無感。。
    どれを思い出しても堪りません。。

    昨晩、たまたま旦那に自分が女子部の時から、どのように創価学会の活動をしてきたか延々と話したら。。

    旦那のひと言。。

    ずいぶん、時間を無駄に過ごしたんだね。
    もったいなかったね。。

    その頃のわたし、人生の楽しみ方を知らなかった。
    苦労することに価値があると思ってた。
    苦しみを乗り越えることが人生だと信じてた。
    辛くて当たり前、苦しくて当たり前。。
    波浪に当たるほど堅固の度を増すのだ。。この言葉を信じて。。

    それは、ハッキリ言って違いますよ。
    人生は、誰かに支配されるのではない。
    嫌なら嫌と正直に生きる。

    自分がほんとうにやりたいことを自分の思うままに生きる。
    楽しいと思えることだけを選択して生きていいのですよ。

    人生は、楽しむためにあるのですよね。。

    なんで、創価学会に居続けて、一生数字を追いかけて生きる必要があるのでしょう。。

    お題目の数。。
    新聞の数。。
    Fの数。。
    お布施の数字。。

    一生、こんなことをやっていくなんて。。

    そして、わたしの母のように創価学会に60年近く居続けて、心は卑しくなるばかりで。。(涙)

  12. とっても静かに、創価学会をやめる事が出来ました。
    支部婦人部長さんから、『脱会届け受理したと連絡きました。もうひきとめられませんね 、ご本尊頂きに上がります』とメールが来まして、返納してる旨お伝えしたら『了解しました』以上 終わり(笑)

    非活になって3年 無理な家庭訪問も無視し、無理に活動させられる事もなく、
    半年前からはインターホンが故障したので訪問されてもわからず、学会員さんと合わずに
    コッソリ^ ^ 今の地区で無ければ、こんな風にはならなかったと思います。

    上手く行く様に題目なんて、あげてません。 上手く行く時は上手くいくんですよね。
    題目のおかげなんて、ありません。 題目が全てみたいに学会員さんはおっしゃいますが、そんな事ないです。叶う時は叶うし、叶わない時は叶わない ただそれだけです。

  13. はるさん、よかったですね。
    はるさんのコメントはシンプルですが、お気持ちがとても伝わってきます。
    私は男子部時代からいっしょに活動してきた地区幹部(同じ学会二世)に「脱会します。新聞やその他は今月末で止めてください。ご本尊はすでにお寺にお返ししました」と伝えて、ひとことふたことはありましたがそれっきりなので、脱会したことになっていると思いますが、なにしろそれっきりなので本当に脱会したことになっているのかすらわかりません。妻のところにけっこう頻繁にやってきていた婦人部の人もぱったり顔を見せなくなりました。あれだけ親しげに話していた同世代の婦人部の方でしたが、ひとことのあいさつもありませんでした。それから選挙と財務の時だけはしつこくやってきていた壮年部の人もまったく音沙汰なしです。「なんだ、そんなもんか」と思いました。もしかしたら今頃はけっこう簡単にやめられるのかもしれませんよ。っていうか、そんな脱会者が全国的にも増えているのかもしれませんね。会合にも若い人が少ないっていうし。

    みなさま「自分はこれで創価やめました」っていうコメントをもらえると、辞めたいけど人間関係がわずらわしそうで辞められないなど、いろいろ悩んでいる人に参考になると思います。
    ちなみに私の場合は何度か書きましたが、仏壇はノコギリとカナヅチでバラバラにして、燃えるゴミの袋に入れて、自治会のごみに出しました。この行為によって、気持ち的にもある程度すっきりしました。

  14. はるさんのコメント読んでもう学会の心ある人は時代の波を変えることも止めることもできないことをはっきりと理解し始めたのではないのでしょうか
    ラジオやテレビで 創価学会~ なんて最後のあがき声に聞こえて耳障りで仕方ないですね。マスコミで宗教宣伝するんなんて危機感を持っているんでしょうかね

  15. バリ活であった頃、選挙が近づくと組織は一斉に選挙モードになり打ち出しがF取りになり、それまでの友好月間や週間はこのF取りの為の友達作り、旧交温める作為のある人間関係づくりに抵抗がありました。

    それでも、広布推進の為には公明党の勝利!が大前提で一致団結して師の戦いに呼応して・・・とガムシャラにF取りをしていました。

    今考えれば、選挙のたびに相手の都合も聞かずに一方的に時間もお構いなしに
    やってくる学会員の私は相手にとってほんとうに迷惑、厄介者そのものだったろうなあ~と心苦しくなります。

    若気の至り・・・では済まされない盲信の極み・・・で私の知人、友人はまた創価が来た!当たり障りのないようあしらって早く帰ってもらおう!とニコニコ応対していたんだろうなあ~と反省しています。
    私は私で入れてくれそうになくても「確信」いや「希望的確信」を持って丸Fにしていましたね。アホ~でした。

    政治活動は個々の考え方、価値観で押し通せる宗教活動とは違い一般社会の価値観で観られ動いています。

    選挙期間以前の戸別訪問は公職選挙法違反であるのにそれを会員には示さずにグレーゾーンでそれを証明できないような事例を指導し違法すれすれの選挙運動を堂々とさせている組織の「ウソ」の片棒を担ぐのはどうなんだろう?そんな公明党は客観的にどう見られているんだろう?これが社会に求められている信仰活動なのか?などなど今一度、考えてみるのも良いのではないでしょうか?

    公明党はこの戸別訪問も解禁にしたい思惑で動いていますが・・・。
    自分達の都合の良い日本にしたい政党が与党なのはどうなんでしょう?

  16. おはようございます。

    シニフィエさん ありがとうございます。
    へたっぴな文章しか書けないですけど、気持ちが少しでも伝わったならば、良かったです。
    脱会のコツは、誰にも何も言わずに水面下で、猛ダッシュで動く事かもしれません(笑)
    もし脱会しようかななんて口滑らしたら、引き止めにあってたはずですから。
    支部婦人部長も脱会届けが出てたから、諦めたんだと思います。

    組織の中でも良識のある方は、此方の意向を尊重して下さるのだと思います。

  17. サラマンダラさん
    もう創価本部も、フランス革命時の宮廷内のような感じなのかもしれませんね。
    末端も未活も本部職員も、世間からは一緒に見られます。
    関わってると思われる前に、バッジを外して立ち去りましょう、逃げるべしに来てますね。

  18. はるさん
    よかったですね。。
    無事に滞りなくやめることができて。。
    Xディを待つこともないですよね。。
    自身の人生なのですから。。

    わたしが辞めた頃は、友だちに話すと、ほんとうにやめられたの?とアンチブログでも信用されないくらい、まわりの人は、そんなに簡単にやめられたことを信じられない風でしたが、意外とそうでもないのですよね。。

    多少、引きとめられたりしても自分の気持ちが定まっていれば難なくやめられるのですよね。。却って拍子抜けするくらいに。。

    はるさん、少しづつリハビリしていってくださいね。。
    創価の毒は、しぶといですからね。(わたしの場合だけかもしれませんが。。)

    いろいろ興味のあることをやりたいと思うことを始めるのもいいですね。。
    そんなことを通して一気に世界が拓けてくると思います。。(^_−)−☆

  19. 流れ星さん ありがとうございます。

    重荷を降ろして、自由を手に入れられた気分です。
    これからは、思う存分やりたい事をしますよ(笑)
    その中で毒だしをしないとですね。
    自分の人生は自分のもの 誰のものでもありませんもんね。

    一人でも多くの方が自由になって頂けるのならば、自分の体験も無駄にはならないと思います。

  20. シニフィエさん、みなさん、こんにちは。
    学会二世の婦人部のじゅんこです。
    ずいぶん前に、ここで愚痴をかかせてもらいました。
    ここで、自分の気持ちを文字にしてみたら、改めて学会と離れたいと思って、新聞をやめてみました。

    新聞をやめたいと、伝えても実際にやめられるまで2ヶ月かかりましたが、やめて良かったです。
    心が軽くなって、大げさかもしれないけど、自分の人生は自分で決めていいんだよね、って思えました。
    なんとなく、呼吸までラクになったかんじです。

  21. 創価は脱会者が続出してる。
    いちばん実態を掌握している本部が、絶対言いいませんが。
    マスコミもわざわざ報道しません。
    が、私はかなりヤバイところまできてると思ってます。

    すべての情報を掌握している悪玉たちは、いざという時さっと逃げれる準備を万全にしてると思います。
    こういう時まで、逃げ遅れて叩かれるのは末端なのかと思うとくやしい。
    内部告発しても、ネットでアンチの権化になっても、一度学会宣言したり、選挙を頼んでたりしたら、世間は「あの人創価」っていうレッテルをずっと貼ってる。
    できれば一日も早く退会して、私はもう関係ないから、と声をあげていってほしいと思います。

    はるさん、本当によかったですね!

  22. モニカさん、わたしもそう思いたいですね
    いや実は前々から私はおかしいと思っていたんだよ、なんてね!
    次から次へと大幹部が脱会するのを止めることもできない、もう終わっちゃってる感じですね
    いま思い出すのがかつて会長講演で、

    創価学会員でなければ恥ずかしい、という時代が必ず来ると意気揚々と語っていたのを昨日のことのように思い出しますよ

    でも学会にとって悲しいかな逆の時代が来てしまいましたね、学会員であることのほうが恥ずかしい、人前で胸を張って学会員ですといえる人などわずかしかいないのでは、当然といえば当然なのでしょう、学会流にいえば大衆は賢なんですからね
    いつまでも烏合の衆でいるわけにはいきませんよ
    このブログをお借りして学会のおかしさを増々知らしめて行きましょう

  23. そうなんです。
    中枢部はあくまで
    「創価学会、それは何かというと庶民の団体です。隣のあなたです。あなたの日常です。振る舞いです。」
    と実態をあくまで末端にしようとしています。
    悪事が暴かれ、崩壊し、叩かれたら、尚更ですよ。
    私たちは、「末端」「中枢部」と分けて考えますが、その中枢部はいざとなったら金だけ持って逃げますよ。
    「中枢部?何ですかそれ?好きでやってたのはあくまで末端です。それが全てです」
    と、なかったことにするでしょう。

    大幹部は末端に告げず、こっそり退会していますよ。
    どんどん逃げてますよ。
    気づいたもん勝ちですよ!

  24. いや、実は前々からおかしいと思ってたんだよ、なんて、しら~として続々と職員の脱会者が出る時が来るかもね。だって本部職員の内部告発だって多くありましたもんね
    今更とわかりつつも生活のため食い扶持のためと割り切ってる会員も多くいるのでは?
    モニカさんのフランス革命の例え想像できますね

  25. じゅんこさん、よかったですね。私も面と向かって「辞めます」というときにはいささか勇気が要りました。じゅんこさんのスッキリした気持ちもよくわかります。こんなことならはやく辞めときゃよかったと思いますが、そこに行き着くまでが、自分で勝手に気分を縛りつけてるんですよね。気づけばなんてことはないのに不思議なものです。
    モニカさんやサラマンダラさんがおっしゃるように、学会幹部は上のほうほど責任をとらずにさっさと逃げていくでしょうね。

  26. 具体的に「葬儀」なんですが…
    側近中の側近でも密葬ですよね。
    かの人を密葬というわけにはいかないでしょうが、テレビカメラ、新聞社が殺到する中、リークされる前に、写真に写らないように退会して、知らんふり人もいるかなと。

    とにかくこの悪事一切合切が、今はアンチブログ内でも、公にさらされる時が来る。
    その時攻撃されるのが、身近な善良な(だけでもないんだけどね)学会員さんで、稼ぐだけ稼いだ人たちは、とっくに脱会してましたってことになるとね…
    でも、そんな中枢部を支援してたのは善良な末端なんだから、文句は言えないでしょう。
    世間は同情してくれないと思います。笑われますよ。
    早く出ていくのが賢明です。

  27. じゅんこさん
    新聞をやめるのにも最初は勇気がいりますよね。。
    わたしは、非カツになる前あたりから、新聞を開くたびに気持ちがモヤモヤして(だって、違和感だらけの記事ばかりなんだもの)新聞をストップしたら、ほんとうに気持ちが軽くなりました。。同じですね。。ヾ(@⌒ー⌒@)ノ

    あの読みもしない新聞を積ん読だけでもモヤモヤ〜これ、ゴミになるんだよね。。気分を暗くさせられた挙句にゴミとなる。それだけじゃないゴミにお金を出してるわけだから。。

    こ〜んな非生産的なことにお金を使いたくなあ〜い。。と思うに至ったわけです。

    組織でも、新聞啓蒙の活動がなくなったら、どんなに気持ちが軽くなるでしょうね。
    これが、広宣流布の活動。。?!

    あんな嘘も平気で書かれているような新聞がですか。。?!
    広宣流布って、新聞の拡張員をやることなんですかね〜。。???

    それも報酬なしに。。
    いえいえ、啓蒙目標が達成しないとタブ数取る羽目になるのですから、報酬をもらえるどころか、却ってお金がやたらかかるという。。

    このシステムは、なんじゃーーーー!!
    常識的にあり得ないでしょ。。

    ほんとうに得るところがある新聞ならまだしも、嘘も平気で書かれているような新聞ですからね。。

    ハリーポッターじゃないけれど、新聞を開いた途端に生命力をめちゃ奪われるディスメンターが飛び出してくるような新聞。。(ちょっと過激な言い方でしたかね。。)

    やめて正解でしょ。。

    聖教新聞社。。
    悔しかったら嘘書くなーーーーーー!!!

    すみません。。
    はあ〜あ、スッキリした。。( ̄^ ̄)ゞ

  28. こんばんは。

    今 宗教依存症という言葉があるそうです。

    自分自身の責任のもとで物事を決断し、問題を解決しながら生活をしていくことを放棄し、全ての物事の判断を宗教に委ね、自分自身では物事が解決できない状態のことである。←Wikipediaより。

    怖いですね…。

  29. 宗教依存症の人。
    自分の間違いを指摘されるのを嫌う、ともありましたね。
    頷けます。

    ふと思い出したんですが、公明党の地方議員で未来部の放火をもみ消した人を知ってます。親に泣きつかれたのか、支援者への恩返し?なのか。
    生活保護の問題にしろ、やりたい放題ですよね。
    公明党は創価の悪事を守るために存在する…そう言われて怒る資格、末端の学会員にもないです。

  30. はるさん、スムーズに脱会できて良かったですね。

    私は今は一切活動していない非活ですが、まだ御本尊も返納しておらず、籍だけ会員です。
    いつでも脱会できる準備はしてありますが、おそらく一番悲しむであろう母親の身辺がいまとても落ち着かない状況にあり、追い討ちをかけるようなことはできないと、時期を伺っています。

    それに今やめたら、私の脱会がすべての原因だと思われかねませんし(^^;)
    起こった出来事をどう解釈しようと個人の自由ですが、これがさらに題目にのめり込むきっかけになってしまうのは不本意ですし、心を壊すことにもなりかねないところがまた、悩ましいです。

  31. まるさん ありがとうございます。

    ご自身の準備は整ってらっしゃるんですね。
    後はタイミングを待つのみ(笑)
    お母様が一日も早く、落ち着かれます様に。

    お題目にのめり込まれると、困っちゃいますよね。
    私は、『嫌だから祈らないでね』って宣言しました。
    それは学会の御本尊は嫌だからって事で、親の気持ちを不要だと
    言ったわけではありませんし、母も理解してくれました。

  32. まるさん

    悩ましいですね。
    でもお互いに「よかれ」と思っているんですよね。
    信心をさせたいという思いも、やめさせたいという思いも、どっちも強い愛情から…
    羨ましいくらい強い愛情で結ばれていらっしゃるんだな、と伝わってきます。

    親子の絆というものはベースに愛情がある限り、価値観が違ったくらいで簡単には
    壊れないと思います。
    例え、信じるものが分かれたとしても、尊重し合えるという道もあると思います。
    同じ信仰をしていても、愛情のない関係もあります。そっちの方がどうしようもないですよ。

    信仰と、親子の絆は、はっきり分けて考える方がいいのかな、と思います。
    創価はそれを一緒くたにしたらから、こじれるんですよね。

  33. はるさん、モニカさん

    ありがとうございます。

    創価では親子の絆よりも信仰の絆のほうが勝る、というような考えですもんね。
    私が脱会したからといって、親子の縁もこれまでよ!とぶった斬る母ではないと思いますが、活動はしていなくても御本尊は置いてある、というのが母の心の安定にもなっているので…

    あまり焦ることもないと思うので、このようなぬるま湯状態を選択しています。
    母にだけ求めるのではなく私も、お互いの道を尊重できるようになりたいです。

    先日の匿名さんのコメントで、子の幸せを祈る親への感謝はないのか、というような趣旨のものがありましたが、感謝してないわけがないですよね。
    そうやって報恩感謝を強要してくるのが、創価のいただけないところです。
    親孝行という、人の情や良心に訴えかける言葉で、信仰の継承を要求してくるのが本当にえげつないです。
    表立って要求はしてませんけどね。本人にそう思いこませるよう、仕向けているだけですが。

    こんな悩ましい親子が世の中にはたくさんいるんだなぁと、こちらもそうですが、アンチブログに寄せられる皆さんのコメントを拝見して、心が救われる思いです。

    いつもありがとうございます(^^)

  34. Signifieさん、こんにちは。
    学会2世、海外在住のMOと申します。SGIです。
    学生の頃4年程、真剣に学会活動をしていました。
    現在は距離を置いております。
    内容が内容だけに、コメントを書くのが怖くてかけません。
    学会活動に熱心な母に相談したのですが、日本にはそのような学会員はいないと言われます。又、祈りなさいと言われるのですが、その事に対して祈るという行動は私にはできません。どのように祈ったら良いのかわかりませんし、そんな心のない行動を私はできません。
    下の欄にメールアドレスを記入する欄があります。アドレスは公開される事はありませんとなっています。
    メールアドレスを記入しましたら、Signifieさんと直接メールで相談したいのですが、可能でしょうか?
    もしよろしければ、私にメール返信をしていただけないでしょうか?
    このような書き込みで申し訳ありません・・・

  35. MOさん、コメントありがとうございます。
    申し訳ありませんが、個人的にメールで相談をうけるつもりはありません。
    ここではみなさん匿名ですから、みなさんへご相談されたほうが、より的確な答えが返ってくると思います。よろしくお願いします。

  36. 返事をありがとうごさいました。
    私も皆さんから色々と的確な答えをもらえるのではと思うのですが、
    そして、今内容を書きたいのですが、内容が・・・
    人物名、組織、役職名なしでは伝えられません。
    私は、日本に学会員のお友達が一人もいません。
    学会員の人でない人にこの内容を理解してもらえません。
    もしも、お気持ちが変わりましたら、連絡ください。
    私は、この問題を本部に伝える勇気はありません。
    母にも口止めしてます。
    私の悩みはSGIで起こる悩みなだけに、かなりキツイです。
    申し訳ありませんでした。失礼しました。

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