創価学会のこれから

ついこのあいだも書いたのですが、はじめてコメントされる方は、「はじめまして」とか「非活になって1年が経つものです」など、挨拶とか自己紹介くらいはしないと、何を書いても何の説得力もないです。見ず知らずの人に、挨拶もなしにいきなりしゃべりかけられたらいやな気持ちになるのがわからないような人のコメントは承認しませんと何度も書いています。何度も何度も言いますが、ここは言いっぱなしが許される巨大掲示板ではありません。もし「ちゃんとしたことを書いてるのになんで承認されないんだ」と思っている方は、そういうわけですのでご理解ください。そして承認されないことについて不満のある方はコメントしないでください。

 

さて、話は変わりますが、創価の間違いに気づいても「創価だっていいところもある」という方がときどきおられます。もちろん学会員のほとんどの人が悪気があってやっているわけではありませんから、いいところだってあるのは当然です。ただ私が思うには、その「いいところ」というのは、創価だからこそ成り立つものかどうかということを考えてみて欲しいということです。「いいところ」の多くは、創価の活動内容や理念ではなく、活動の中でつくられる個人的な人間関係に「いいところ」を見出している場合が多いのではないでしょうか。はたしてそれは創価でしかできない人間関係でしょうか。他のいろんな集団や仲間同士の人間関係ではなしえないものでしょうか。そしてそのことが創価の社会悪に目を閉ざしてでも創価を肯定する理由になることでしょうか。私はならないと思います。極端な例えですが、殺人犯の裁判で「あなたは私利私欲のために何の罪もない人を何人も殺したけど、根はいい人だから無罪です」という判決を下すようなものではないでしょうか。

 

先日の韓国船沈没の事故のニュースで、船長が乗客と偽って救助されている画像が流れていました。沈没する船内に何百人もの乗客が残されている中で、乗客のふりをして自分だけ助かろうとしている船長の動画がネット上で世界中に配信されました。それを見たときに、創価が終わるときにもこんな感じで幹部が我れ先に逃げ出すんだろうなと思いました。

 

今でこそ創価の会長、副会長をはじめとした最高幹部は、会員にいいことばかりを言っていますが、いったん沈没し始めたら、途端に態度をひるがえして被害者づらをすると思います。都合が悪くなったら平気で教義も理念もコロコロ変えてきた創価学会です。破門されてご本尊が手に入らなくなったらカラーコピーですませるような団体ですからね。いまさら創価の社会悪が露呈したからといって謝罪するような幹部はひとりもいないでしょう。いたらもうとっくに謝罪してますよね(笑)。

 

最高幹部は創価の悪をわかってやっています。池田氏がもうまる3年も人前に出てこない理由だって知っているでしょう。しかし一人として創価の現実を口にするものはいません。そんなことしたら甘い汁が吸えなくなりますからね。創価の組織は上に行けば行くほど腐っているということです。会員はそんな腐りきった幹部の口車に乗せられて、何百万人という人が大切な人生を棒に振っているんですから、それでも「創価だっていいところもある」なんて言ってる場合ではないと私は思いますけどね。違いますかね。

 

これから先、どこかの時点で学会は池田氏が人前に出られない状況を発表する時期が来るでしょう。といいますか、おそらくもう一般会員の前に姿を見せるようなことは二度とないでしょうね。余計なお世話かもしれませんが、創価の幹部はこれから先どうするつもりなのでしょう。

 

「じつは名誉会長は何年も前から話もできないほどボケてました。小説人間革命も、会合で読み上げるメッセージや短歌や聖教新聞紙上の長い文章もみんな何人かのゴーストライター池田河内大作が書いていました。聖教新聞に載っている幹部との記念写真は合成でした。北朝鮮を真似ました。世界各地の大学の名誉教授や名誉市民や勲章も会員から集めたお金で買ってました。もちろんどれだけ称号をもらっても本人が受け取りに行ける状況ではありませんでした。本幹でも声すら聞かせられない状況でしたが、もうこれ以上隠し通すことができません。池田名誉会長のカリスマ性あっての創価ですから、いまさらボケてましたなんて言えませんでした。これまでさんざん師弟不二とか先生をお守りするとか先生のためにとか言ってきたので、その師匠がボケて話もできないなんていうと、組織が崩壊するのは目に見えていましたから、無理を承知で隠し続けてきました。会員を騙して金儲けするための組織ですから、内情がばれたら崩壊するのもあっという間だと言うことはよくわかっています。でも会員はおもしろいほど騙されてくれました。本幹の同時中継の設備があるのに、どうして名誉会長のメッセージは声ですらないのか、これだけ多くの会員がいるのに、そんなことにもどうして気づかないのか不思議でした。気の毒なくらい。でももういい加減これ以上隠すことができなくなりました。もう3年ですよ。この3年間、池田名誉会長は一度も一般会員に姿も見せられなければ、声すら聞かせられない。よくここまで隠せたなと驚くくらいです。でももう限界です。幸い、お金はたんまりありますから、これ持ってほとぼりがさめるまで東電の幹部みたいに家族ごとドバイかどっかに引っ越そうかと思っています。まあ、私から言うことじゃないですが、騙されるほうが悪いと言えばそれまでです。会員ももともとありもしない現世の福運ほしさに目が眩んでいたわけですからね。どっちもどっちっていうのかな(苦笑)」そんな幹部の声が聞こえてきそうな今日この頃です。

ということで、前回は創価学会のみなさんへ声をかけてみましたが、案の定と言いますか、なにも反応はありませんでした。もちろんこれからも活動家さんとの対話も求めていきますが、こればっかり言ってると、逆にみなさんがコメントしづらくなるかなと思いまして、話を先に進めたいと思います。

実際のところ、これから創価学会はどうなると思われますか?よく言われるのが、もう相当ガタがきているということ。若い人がいない。私のように二世三世などわけもわからず入会させられた人が残っていて、新たな入会者が激減しているとも聞きます。聖教新聞の発行数がこの10年間変わっていないとも聞きます。あれだけ新聞啓蒙!とやかましく言いながら、そして一人で何部もとっておきながら、発行部数が頭打ちというのは、やっぱりそういうことなのかなとも思います。協議会や座談会、つまり組織の最下層ではもはや成り立たない状況に来ているとも聞きます。それでも全体としてはまだまだ数があります。財務も集まるし、公明党の票も集まります。学会の選挙活動ははたから見れば狂気の沙汰ですが、特に婦人部の皆さんはほんとに徹底しています。何かに取り憑かれたように唱題とF活動の日々。でも徹底しているわりには政治のことをほとんど知らないんですよね。それは選挙に限らず、会員は目の前に「福運」というあめ玉をぶらさげられて、それ欲しさに動いたりお金を出したりしているだけですからね。人のためにと言いながら、結局は自分だけは特別な幸せが転がり込んでくると信じてる。新聞を何部とったか、公明票を何票とったか、財務をいくらしたか、させたか、そんなことで幸せになると本気で信じてるんですからね。そんな人たちの集団が、じつはそんなの嘘っぱちだったということを知ったらどうなるでしょう。日本はちょっとしたパニックになるんじゃないでしょうか。でも池田氏がいなくなったら、遅かれ早かれそう言う時が来ると思います。もうすぐ池田氏が会員から姿をくらまして3度目の5月3日がやってきます。またメッセージと短歌が新聞に載って、最高幹部とだけの勤行会と記念写真が載るんでしょうかね。

活動家の皆さん。あなたがたの人生の師匠は、もう3年間も姿どころか声さえも聞かせてくれないんですよ。あれだけの量の執筆をしている元気があるなら、せめて声の一言ぐらい会員にかけてもバチは当たらないと思いませんか(笑)。

 

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創価学会のこれから」への46件のフィードバック

  1. ご無沙汰しています。北斗七星です。

    さわやかな五月を目前にして、木々にも芽が吹き、花香る日々を迎えました。
    signifie様のブログも大盛況のなか、多くの方がコメントを寄せられるように
    なり嬉しく思っています。

    >実際のところ、これから創価学会はどうなると思われますか?

    私、思うのですが、Xデーを創価はどう演出して次に繋げるのかと。

    最近、創価大学の某教授が池田大作こそ末法の御本仏であり、日蓮は迹仏で
    あると論じているように(白バラ通信)池田先生の死は仮であり、末法の御本仏
    として永遠に生き続けるのだ。などのような誤魔化しをやるのかな?

    資金面は徐々に枯渇していくと思いますが、最低のところは社長会で補うのでは
    ないかな。統一原理協会が、今そんな感じのようですね。

    あと、地方ごとに分裂し、それぞれの悪徳幹部が会員を利用してしばらく
    甘い汁を吸うのでしょう。

    バリ活さんもやれやれといったところでしょう。今、学会を宗教だと思って
    活動している人は殆どいないと思います。

    私が思うのは取り合えずこんなところです。

    他のコメントも参考にさせて頂きたいと思います。

    それではまたお邪魔させてください。

  2. 池田氏が人前に姿を現さなくなってから3年と書きましたが、4年だそうです。通行人という方が教えてくれました。そうか(シャレじゃないっス)、もう4年になるんですね。じゃあ、もう絶対人前に出るようなことはないですね。

    北斗七星さん、お久しぶりです。コメントありがとうございます。
    そうですか、
    >池田大作こそ末法の御本仏であり、日蓮は迹仏である
    と、とんでもないですね。完全に狂ってますね。でも自分で考えることをしない会員は素直に信じてしまうんですよね。狂った集団です、まったく。
    仏教のブの字もないですね。こんなデタラメな団体が宗教法人として納税を免除されていることもデタラメですよね。私の親も家一軒が余裕で建つほどの財務をしてきましたので、それだけでも悔しいなあ(苦笑)
    北斗七星さん、今後ともよろしくお願いします。

  3. 三千代です
    以前何回かコメントさせていただいた未活動2世です
    未活動なので未だに部員訪問が来ます
    しかもいっつも夕飯時です(怒)先日は今度5.3なので先生にメッセージを届けるので書いてくださいと言われ丁重にお断りしました。だって伝える事なんてないし。
    池田さんが亡くなったという時は最後の盛大な集金があるでしょうね(笑)

  4. はじめまして。カメレオンと称させていただきます。
    ひょんなきっかけでこのページにたどり着きました。
    私は大学生の時(もう30年ほど前のことになります)に
    入信しました。今も昔もマイペースで活動?しております。

    入信したきっかけは複数の人間的に魅力的な学会員に
    出会ったことです。無論魅力的でない学会員もいましたが
    (以上、言うまでもなく、主観的判断です)。

    いわゆる「福子」の方々はまた別論かもしれませんが、
    いわゆる「いい大人」になってから自らの意思で入信を決意した私は、
    当初の活動からして良かれ悪しかれ自主的に選別していました。
    所属ブロックはここにします、折伏はします、選挙活動は
    よくわからないので期待しないで下さい、財務は無理です、
    池田先生?まだよくわかりません・・・みたいな感じで。

    その後の時代・社会の変化に伴う都度都度の組織の変化に
    対しても同様です。これはまあ仕方ないか、しかしあれは
    私個人としては決して同意することはできない、とか
    (無論私自身の考え方の変化もあります)。

    このような私のある意味わがままな対応に対して、文句を言う人も
    いるし、言わない人もいる。ま、普通のことですけど。

    そのようなわけで、今まで私は少なくとも「組織」及び
    「組織のトップ」というものに対しては、特別な感情を抱いたことが
    ありません(正直言うと、抱かないように努めてきた、かな)。

    そんな私からすると、組織に翻弄されてきた、みたいに聞こえる
    発言は今一つしっくりきません。

    このような私をして、そもそも信仰心が希薄なんだ、という
    人もいるかもしれません。
    しかし私は信仰と組織とは全くの別物だと思っています。
    強調します。「全くの別物」です。

    このページの趣旨にそぐわない投稿になっていまいか、
    気にしつつ、投稿してみます。

  5. 匿名さん
    最近、自分はフーテン学会員だ、組織の言いなりにはならないと自負している学会員さんが目につきます。
    今も昔もいましたけど。

    が、そんな人こそ、あんな人も学会なんだね、創価ぽくないよね、と世間からは好感度を上げて、実は組織を喜ばせています。
    身近な人たちは苦労するかもしれないけど、当の組織自体はニンマリです。
    自分は好きにやっているつもりなので、組織に翻弄もされない。だから愚痴も出ない。
    ますます喜ばれます。
    言いなりでも、我がままでも結局、巧く組織に利用されていまうんですね。
    そして貴重な世帯数にカウントされてしまう。

    信仰と組織は別、のつもりでも、関わると加担になってしまうのが創価組織のしたたかなところです。

  6. 創価は宗教団体ではなく詐欺集団ですが、宗教という意味を
    「振興宗教で何がわるい」
    「仏教としては滅茶苦茶だけど、ためになる話ならいいじゃないか」
    「池田教こそが聞きたいんだ」
    「要するに自分にとって希望になり、明日への活力になるならそれが宗教なんだ」

    と解釈してる人は続ければいいでしょう。
    お金は「御供養」ではなく、組織運営に必要な会費と割り切って支払う。
    運営側も、そこのところを明確にすればいいと思います。

    そしたら少なくとも詐欺集団にはならず、自他共に認める「わけのわからない新興宗教」に昇格しますよ。
    詐欺団体よりはマシなんじゃないでしょうか。

    ただ、宗教法人となると税金を免れますよね。
    ※続行するなら、宗教をセミナーと改め、利益目的の会社組織に変えて、莫大な財産を税金として社会に還元すべきです。
    それが最低限の贖罪ですよ。

  7. モニカさん。はじめまして。カメレオンと称させていただきます。

    組織に翻弄されている、利用されている、という場合、
    まずはその認識が主観的なものなのか、客観的なものなのか、
    というところをきちんと立て分けた上で議論すべきではないかと思います。

    私はいわゆる「いい大人」の立場でお話しさせていただいておりますから、
    まずは当然主観的な認識を前提としております
    (マインドコントロールやら洗脳やらの論点はしばらく措きます)。

    そのような主観的な認識を前提としたいわゆる「いい大人」の立場からすると、「結局は組織に利用されていることには変わりない」という客観的な認識の立場からのご指摘は今一つピンときません。世間万般の事柄と同様、そのように見る人もいるのだな、ということでおしまいになってしまいます。

    私の投稿は「組織に利用・翻弄されてきた」という主観的な認識を持つ方々を的としておりますことを、ここで改めて確認させてください。

    さて、いわゆる「いい大人」が、組織に限らず一般的に「他人に利用・翻弄された」という場合、次の二つのケースが考えられると思います。
    ①だまされていた(詐欺みたいなもの)
    ②だまされてはいないが、権力・暴力に抗えなかった(強迫みたいなもの)
    (マインドコントロールやら洗脳やらの論点はしばらく措きます)。

    このうち明確に②のケースであると言いきれる場合は論外ですね。
    言うまでもなく、その他人・組織は人権を蹂躙しているし、犯罪を犯しているのですから。うだうだ議論している場合じゃない。

    ①のケースはどうでしょう。この場合、争点をめぐって双方喧々諤々の議論となることでしょう。「私はあなたにだまされた」「いや私はだましてなどいない。あなたが私の言葉を正しく理解していなかっただけだ」「いやあなたの説明がそもそもわかりにくかったのだ」などなど。

    しかし・・・いわゆる「福子」の方々の事情はさらに錯綜を極めるであろうことと思います。

    いわゆる「いい大人」の判断力が形成される前に、まずは他ならぬご自分のご両親が、子の養育・教育を司る合法的な親権に基づいて、広い意味での一種の権力・暴力を行使することで入信させられるに至っている場合がほとんどでしょうから・・・

    このページの趣旨から逸脱してきているでしょうか。ともあれ今日はこの辺で失礼いたします。

  8. 本当にいろんな立場の方がいますね…
    静かに然しながら確実に、創価学会の衰退を
    見届けることができればと思います。
    上層幹部はともかく、私の実家のような
    地方の末端地区をこれ以上巻き込んで下さるな。
    大きな選挙がしばらくない現時点、
    池田先生の動向が不明瞭な現時点、
    少しゆっくりと思索し、覚醒を恐れないで……

  9. カメレオンさんは
    「自分はみんなとは違って創価に翻弄されてないし、利用もされてない学会員だ」と言いたいみたいですね。
    客観的にどう見えようと、自分はそうなんだ、と。

    ならいいんじゃないですか。
    ずっと居続ければいいと思いますよ。

    みんなそうは思わないから脱会するだけの話です。

  10. カメレオンさん、はじめまして。管理人のシニフィエです。コメントいただきありがたいのですが、カメレオンさんは学会員なのですか?脱会者?それともまったくの部外者?そのあたりがわからないと何も応えられないのですが「いい大人」ならそのあたりをはっきりしないと会話になりません。それとも言いたいことを言えばそれでいい類いの方でしょうか。正直、何をおっしゃりたいのかわかりません。よろしくお願いします。

  11. モニカさん。こんばんは。

    以下の問いはむしろここの主催者であるsignifieさんに対して発するべきものかもしれませんが・・・

    ここは「みんな」利用・翻弄されてきたという自覚を持ち、脱会した、あるいはする予定の人たちのためだけに用意された対話の場所であり、その自覚及び脱会の意思を持たない者は招かれざる客である、ということなのでしょうか?

    私はそうではなさそうだと思ったからこそ、時間をかけてかなり考えながら書き込みを行ったつもりです。しかしモニカさんの言葉は私にはケンカ腰にしか聞こえません。少なくとも積極的に対話をしようという意思は感じられません。

    なぜそのように軽々と他人の意思を代弁できてしまうのでしょう? 私の意思を、ではありません。「みんな」の意思を、です。そのように「みんな」の意思を代弁してしまう軽挙はモニカさん言うところの「みんな」が嫌悪する組織の悪弊の一つではなかったでしょうか?

    少なくともここの主催者であるsignifieさんは、人の集まりである組織がともするとそのような悪弊に陥りがちであることを自覚しておられるからこそ、学会員の方々にも呼びかけているのだと、私は認識しておりました。

    それともそれはやっぱりええかっこしいのポーズにすぎなかったのでしょうか? そうであるとすれば、これまた人の集まりである組織がともすると陥りがちな悪弊の一つであって、今更驚きはしませんが、極めて残念ではあります。

    最後に要点だけもう一度言います。「みんな」って一体誰のことなんですか?

    モニカさん、並びにsignifieさんのご意見を是非とも伺いたいところです。

  12. signifieさん。こんばんは。

    モニカさんの言葉を借りれば、正に「フーテン学会員」が適切な表現かと思います。これは皮肉ではありません。自分自身正にそうだと思っています。

    これでは不十分であるということでしたら、出来る範囲で私の素性は明かすつもりです。

  13. カメレオンという名はいとして付けたのかな?と。

    アンサーは、ネットといえそういうルール違反なコメントには、応じませんという意思表示です。
    これ上は言わなくてもわかると思いますよ。

  14. 私が実家にいた頃よりも、カルト性が強くなっている
    ということでしょうか。現実的に怖くてついていけない…
    学会から離れられて、ホっとしています。日常が大事

  15. カメレオンさん、私は素性を明かしなさいと言っているのではありません。あなたがどういう立場で発言しているのかわからないので、何を言っても伝わりませんよと言っているのです。あとからフーテン学会員ということでわかりましたが、カメレオンさんはモニカさんと言い争いをしたくて書いているように見えるのですが、モニカさんと以前から関わりのある方なのですか?私には「いい大人」が「時間をかけてかなり考えながら書き込みを行った」ようには見えないのです。カメレオンさんは初対面のモニカさんに「少なくとも積極的に対話をしようという意思は感じられません」とおっしゃっていますが、私からはカメレオンさんのほうが対話の意志が感じられないのです。ですから、カメレオンさんがここで何をおっしゃりたいのかが不明ですと言いました。つまりカメレオンさんはここでの対話を望んでコメントしているのではなくて、単に自分の存在感を示したいがために書き込んでいるように思えます。カメレオンさんは「学会はいいとこもあるから活動している派」ということでの発言ととらえていいのでしょうか。そう思われるならそれでいいのではないですか。「学会はいいとこもあるから活動している派」の考えに対しては、つい先日ここでも私の考えは述べたつもりです。
    カメレオンさんはここへの書き込みは初めてだそうで「組織に翻弄されている、利用されている、という場合、まずはその認識が主観的なものなのか、客観的なものなのか、というところをきちんと立て分けた上で議論すべきではないかと思います」とのことですが、ここはそうした議論をする場ではないですのでご遠慮いただきたいです。ここはロジックを闘わせる場ではありません。少なくとも私にはそんな暇はありませんので、どうかよそのディベート好きな方の集まるサイトでやってください。多くの人が創価に騙されて被害にあっている事実を、どんなロジックに当てはめても覆りはしないでしょう。ここでは創価に騙されている人がたくさんいるという事実についての対話をしましょうという場です。どうかご理解ください。

  16. 以前、「ルールやマナーを守ってください」と私が言ったら怒った方ですよね。
    違いますか?
    自分では気が付いてないかもしれないんですけど、文章が独特でわかってしまいました。

    「以前は注意されましたが、そこは改めてまたよろしくお願いします」と入ってくるのが「いい大人」じゃないでしょうか。
    ネットも信頼関係なんですよ。
    別人になりすましておいて
    「時間をかけて丁寧に書いたのに、ケンカ腰で対話してくれない」と言われても…。

    私は意見の違う人ともきちんと対話しますよ。
    ただし、モラルを持った大人とです。
    当然だと思います。

  17. カメレオンさん、そうなんですか?以前ここに来られた方で、私から認証しませんと言われた方が名前を変えて「はじめまして」といってコメントしてるんですか?もしそうだとしたら、あなたの言っていることは何一つ信用できませんが、それでいいでしょうか。もしそうだとしたら、いったい何のためにここにコメントされるのでしょう。暇つぶしなら迷惑ですのでやめてください。もしほんとうに初めての方なら、もう少しコメントの意図を明確にしてください。このブログをおちゃらけたコメントでふたたび険悪な雰囲気にしたくはないのです。他のみなさんのためにもよろしくお願いします。

  18. モニカさん。signifieさん。

    そりゃあまりにも酷い濡れ衣ですよ。私はこの「創価学会のこれから」というページに初めて投稿した者です。

    最初署名し忘れて「匿名」となってしまいましたが、本文で「はじめまして。カメレオンと称させていただきます」と書いた通りです。

    もしかしたらsignifieさんはまだ気付いていないのかもしれませんが、私の立場は「フーテン学会員」云々以前に、署名が「匿名」となってしまっている投稿の中で自己紹介させていただいている通りです。

    その投稿をご覧いただいた上で、なおかつ私が単なる荒らしにしか思えないということでしたら、私もこれ以上無益な投稿はいたしません。潔く退散させていただきますよ。

  19. カメレオンさん
    私は荒らしとは受け止めてません。
    おそらく、根から討論が好きなんでしょう。
    ただ、創価問題について真摯に対話したい相手とは全く思いません。

    他のブログのコメントにありましたが
    「創価を憂いているわけでなく、それをかっこうのネタとしてディベートをして悦に浸るのが目的」
    「自分の意見を執拗に顕示するのが好き」
    これに非常に共感しましたね。

    濡れ衣です、いや違うの論争は無益なので、これ以上言うつもりはありません。
    個人の心だけに留めておきたいと思います。

  20. そうですか、濡れ衣でしたか。それは失礼しました。そうであったら嬉しいですが、やはりカメレオンさんのお話では学会をどのように見ているのかがわかりません。もちろんカメレオンさんの最初のコメントも最初から認識しています。自己紹介もちゃんとされているので承認しています。そのうえで、なぜかしらカメレオンさんのお話の意図が不明なのです。
    同じようにポラリスさんがこれからも学会員として活動していくという前提でお話をされていますが、私はポラリスさんのお話は理解できます。創価学会の組織の末端であるブロック内での人間関係から創価を立て直したいという気持ちは理解できました。ですから、ポラリスさんとはその前提で対話ができればと思っています。
    ところが私の読解力がないのか、カメレオンさんは何を信じて、もっといえば何のために学会活動を続けておられるのか、まったく伝わってきません。その状況で「組織に利用・翻弄されてきた」という主観的な認識を持つ方々を的としているというカメレオンさんの意図がわからないのです。いったい何のための議論をしたいのか、よかったらもう少しわかりやすくお話していただけませんか。よろしくお願いします。

  21. signifieさん。こんばんは。

    私の立場は最初の投稿で明かした通りなのですが、言葉足らずであらぬ嫌疑を生じているのではないかと危惧しております。少々補足させてください。

    最初に断わっておきますと、私は自分のことであれ他の誰のことであれ「何々派に属している」という捉え方は意識的に避けております。「誰それは何々派である」という当てはめから出発する対話は個々の人間性を奪う不毛なものだと思うからです。ご理解いただきたいのですが、私は人間的な対話を求めてここに投稿させていただいているつもりです。

    私は最初の投稿で、組織というものは特別な感情を抱く対象ではない、という趣旨のことを書きました。つまり、本来は少なくとも感情的に良い悪いという評価を下すべき対象ではない、ということです。そのような意味で私は今までずっと創価学会という組織に対しては意識的に不即不離のスタンスを取り続けてきています。

    私が創価学会=日蓮正宗(当時)に初めて接したのは大学生の時、学生部の学会員を通してでした。
    当時私は「鬼神を語らず」という儒教に惹かれていたところ、ある人は即座に開目抄の冒頭部分を示し、内外相待から始まる五重の相待について丁寧に説明してくれました。
    また興味本位である講義に参加した折には、何故日本語に訳さず中国語のままのお経を読むのか?意味がわかっていて読んでいるのか?と質問したところ、その講師は「申し訳ないが、今の自分には力不足で充分な回答をすることはできない」という趣旨の、正直で誠実な対応をしてくれました。また後日別の方が方便品・寿量品の文字を追いながら、大まかな意味を説明してくれました。
    また学生部の座談会に連れていかれて車座に取り囲まれ、「リンゴの味は喰ってみなければわからぬ道理、まずは試しに1週間ほど勤行唱題をしてみないか?何故できない?」と詰め寄られ、不本意ながら承諾したところ、そんな私の心中を察したある方は「気にすることないよ。嫌ならやらなくていいよ。そもそもあんな詰め寄り方はもう古いんだ。自分なりにいろいろ勉強して納得してからやればいいよ」と言ってくれました。

    こんな経緯を通じて私は当時の創価学会=日蓮正宗、というより日蓮の思想に触れました。当時は第1次宗門問題?がまだくすぶっていた頃です。しかし私にはそんな組織のすったもんだには全く興味がありませんでした。組織なんて所詮そんなもんだ。時代・社会の変化に応じて変化する。そのように変化するものに信仰のあり方を指導されるなんてブラックジョークそのものじゃないか。だって信仰ほど主体的な取り組みが要請されるものは他にないはずじゃないか。

    私の創価学会(及び日蓮正宗その他あらゆる宗教組織)に対する思いは以上のようなものです。
    (そんな私が不即不離ではあるにせよ、なぜ創価学会にこだわり続けるのか? このような自問にはまだうまく答えられないのですが、敢えて言えば、最初の投稿で「入信したきっかけは複数の人間的に魅力的な学会員に出会ったことです」と書いた通り、またこの投稿にも書いた通り、幾人かの学会員との出会いがその後の私の生き方を大きく変えてくれたことに対する感謝のような気持ちがあるからなのかもしれません。ちょっとかっこよく言い過ぎですが)

    そのような私の立場からすると、創価学会という組織に利用・翻弄されてきたという感覚がよくわからない。想像するに、2世・3世の方々は信仰に対して主体的に取り組むという、信仰において最重要である契機に恵まれなかったことが大きな要因の一つになっているのではないだろうか? 

    私が言いたかったのはこんな感じのことでした。「創価学会のこれから」とうテーマに即して言えば、他のあらゆる宗教組織を含め、そもそも信仰にとっては過渡的な必要悪であって、当然に消えゆくべきものだ、ということになります。最初の投稿で「信仰と組織とは全くの別物だ」と書いた所以です。

    その他創価学会にまつわる個別の問題についてはまた別論だとは思います。
    しかし少々と言いながらもうかなり長くなってしまいました。今日はこれにてお暇いたします。おやすみなさい。

  22. カメレオンさん

    はじめまして、現在非活で学会三世のまると申します。

    コメントの内容を理解するまでに時間がかかりました(´`:)
    未だに、わかりにくい点もあり、申し訳ありません。

    その中で一点だけ。
    二世、三世には信仰に主体的に取り組む契機に恵まれなかったというのは、わかります。
    入会動機がない、というのが二世三世の信仰の欠点のように、組織では言われました。
    そういう意味ではご自身で選び取った一世の方と、二世三世の信仰観には隔たりがあるのも仕方のないことだと思います。どちらが良い悪いというわけではなく、スタートが違いますので。

    ただ二世三世でも活動に励む中、体験といわれるものを積み重ね、強固な信仰心を育んでいる方もたくさんおられます。
    このあたりは個人差がありますね。何をもって体験とするか、非常に主観的なことですし、まわりの環境も影響してくるのでしょう。

    体験に裏打ちされた信仰心は、ちょっとやそっとでは揺らぐものではないと思います。
    ですから創価学会が悪だなんだと言われても、気にもとめなくなるのかもしれません。
    私は体験も少なく、それすらも今となってはこじつけとしか思えませんから、そのような不確実なものにこだわるあまりに大事なことを見落としたくないと思うようになりました。
    体験=正しいことの証明、にはならないと思うのです。

    それから、創価学会に利用・翻弄されてきたというのは、中にいて活動していたときは全くわかりませんでした。このあたりにはマインドコントロールという視点は重要なものだと、個人的には思っています。
    組織から距離を置き、色々な視点で創価学会を見ていく中で、残念ですが自分はいいように利用されていたと気付いた次第です。それも、騙されたコンチクショウ、という感覚ではなく、実に淡々と「いいカモだったんだなぁ」と気付いた、というところです。

    カモの人生が自分で選んだ道といえばそうですし、そうじゃないとも言えます。ただ、そのスタート地点にこだわるよりは、これからどうすべきか、そちらのほうが大事だと感じています。
    やってきたことへの謝罪は当然、いまも何も知ろうとせず嬉々として活動している家族や知人友人へのアプローチなど、色々考えながら行動しているところです。

    まとまりがなく、申し訳ありません。ご意見を読み、思うところを書かせていただきました。

  23. 三枝と申します。カメレオンさんのお考え方がやっと分かりましたよ。
    あれですねえ・・・文字だけで自分の意図を説明すると言うのは難しいものだと改めて感じました。

    最初の投稿の「いい大人」のなんて言うカメレオンさんの表現なんて最たるものでカメレオンさんだけが持っている概念であってここにいらしている下は30代?から上は50代の大人は人生経験も性別も違うんですから「いい大人」と言われても「ちょいワル大人」もいると思いますから誰も私もおっしゃってる意味が分かりませんね。

    私なんて「いい大人」を連発したがる変なおっさんが訳の分からん話を始めたなあ・・・と思ったのです。

    もう少し、お考えをお話し下さればありがたいですね。

  24. はじめましてカメレオンさん、

     「信じるということ」のときコメントしたyさんというものです。信仰活動と組織運営活動を混同されている会員が多いなと、このブログをみていつも感じていたことなので、冷静な対話ができることを望んでいます。

     私も変わりもの扱いのフーテン学会員と思われていますが、私自身が創価の掲げた大義名分通りの活動家と自負と誇りを持っていますので、カメレオンさんの考えに共感しますし、私とは違う感性で今後もコメント期待しています。

     創価が詐欺集団だときめつける物言いだと、それこそアンチの方の大確信、確信なんですか、単なる思い込みではないですかと思われませんか?

     功徳、福運、宿命転換の信仰の大確信、確信なんて単なる思い込みだとアンチの方が言っている同レベルの話と変わらなくなっちゃいませんか?

     カメレオンさんは私と違って、冷静に対話ができる数少ない活動家だと思いますよ。もう少し度量をもって聞いてほしいなと思います。

     熱血漢な私は、どうも熱く語りたくなるのでネットの対話は時間がかかりすぎ苦手だなと感じてましたが、カメレオンさんのような活動家の方がコメントされたのに触発をうけましたので、時間のあるときにまたコメントしたいと思いました。

     あとポラリスさん、会員を大切にしないくだらねえ幹部の言うことなんか、相手にしたり、粉動されないでくださいね。ポラリスさんの想いが崩れざる信仰の魂だと誇りを持ってくださいよ。活動家の大半の本音はポラリスさん支持ですから。

     

     

     

  25. カメレオンさん、詳しいお話ありがとうございます。
    ずいぶん口調がかわりましたね(笑)
    カメレオンさんのお話は全国によくある学会の風景ですよね。それくらいのことで学会がやってきたたいへんな人権侵害を是とするカメレオンさんの思考が理解できません。

    入信動機のあるなしの違いは、創価を信じる度合いの違いではないと思います。つまり二世三世は徹底した純粋培養なんです。信じないという選択肢を与えられずに育てられた。たとえ活動がいやで反抗したとしても、その心の奥底には「何か悪いことが起こるんじゃないか」といった恐怖心が常につきまとって生きていかなければならないのです。どんなに組織や組織の人間の行動に違和感を感じていても、この世界の法則とか自然を超えた力のようなものに逆らうことの恐怖心を物心がつくまえに植え付けられていますから、どんなに不条理なことが目の前で起こっても、恐怖心に負けてしまって、現実を見なくなるんです。そしてそんなことで心を縛られていることにすら気づかないで大人になるわけですから、これは信仰心がどうのということではなく、あきらかな人権侵害です。そしてどう思おうが、どんなかたちだろうが創価の活動をするということは、そうした人権侵害の片棒をかつぐということになるのではないでしょうか。
    創価の実態に気がついた時、知らなかったとはいえ、たいへんな人権侵害に手を貸してきたという現実にうちのめされます。カメレオンさんは、自分の人生がそのようなことに利用されてきたということに対して、どうお考えですか。それでも学会の存在価値はあると思いますか。おそらくカメレオンさんにとっては、付かず離れずのスタンスであれば存在価値はあるのかもしれません。しかし多くの人が、とくに二世三世の人たちは、選択の余地がなく自分の人生を利用されてきたのは事実ですから、カメレオンさんはその事実を無視してでも創価の存在価値を主張されるのでしょうか。
    創価の人材育成法は軍隊のそれとよく似ています。学会歌なんて軍歌とひつも変わりません。二世三世なんて特攻隊と同じです。天皇を日本をつくった神と信じ、その神のために命を落とすことに美学を感じさせるように、子どもの頃からMC下におかれて育てられるわけです。当然創価では天皇は池田氏です。池田天皇のためにお金も命も捧げることがあたりまえの価値観を植え付けられるのです。昔は大石寺への参拝のための登山列車というものがありました。国鉄の貸し切り列車です。私の母は列車の荷台をゆりかごがわりにして赤ん坊の私をのせ、毎月地元の会員を大石寺に参拝させるために登山列車に乗っていました。ですから私は大石寺に赤ん坊の頃から何度行ったか数えきれないくらいです。登山列車の中では、ずっと男子部が日の丸の扇子を片手に指揮をとって、全員が大声で学会歌を繰り返し歌っていました。家では毎日のように学会員が出入りして、壁に貼った折伏数の地区別グラフに成果を記していました。まるでレジスタンスの秘密のアジトのような雰囲気の中で育ちました。家に幹部が来て御書学習会があるときなどは、家の中には階段までぎっしりと会員がすしづめの状態で話を聞いていたのを憶えています。もの心つく前から仏壇の前に座り唱題すると親に褒められ、さぼると悪いことがおこると脅されて育ってきたのです。これが人権侵害でなくてなんでしょう。
    カメレオンさん、カメレオンさんは自分にとっての創価は、とくに辞めるようなものでもないし、逆に辞めたら何を信じていいのか見当もつかないし、創価での人間関係を失いたくないという理由なのでしょうが、それってあまりにも自分勝手なご都合主義とは思いませんか。先日書いた暴力団の例えでわからなけば、軍隊におきかえて考えてみてください。予科練の仲間の固い友情が忘れられないから、戦争も場合によってはいいんじゃないかといった思考ではないでしょうか。軍隊でわからなければ原子力ムラでもいいです。原発があったから便利な世の中になった。多少のリスクはしかたがない。事故だって注意すれば廃止する理由にはならないと言っている人たちと同じ思考だと思います。ここで原発の賛否はともかく、その原発がどのような経緯で日本に導入され、その結果どれだけの被害が現実に起こったのかを無視してでも、原発のメリットを優先させる思考と同じように思えます。

    それで、やっぱりどんな形であれ、創価の活動をしている人は、創価は宗教団体であり、活動は信仰なんだと信じているところが、覚醒した人との決定的な違いですよね。私は創価が詐欺団体だということを決めつけたのではなく、気づいたのです。覚醒した人は決めつけているのではなくて、それまで信じていたことが間違いだったということに「気づいた」のです。「決めつけた」のではないことをはっきり言っておきます。そしてその明らかな根拠があるからこそ気づいたのだということです。何十年も信じてきた自分の生き方が間違いだったということを認めることが、どんなにつらいことかを、今でも活動している人は理解できないでしょう。ここにコメントされる多くの方は、圧倒的な年月を創価を信じてきたのです。そしてそれをすべて否定しなければならない事実に「気づいた」のです。どんなかたちにせよ創価の活動家はそのことに「気づいていない」。そこが決定的な違いだと思います。

  26. yさんへ

    お久しぶりです。まるです。
    その後いかがでしょうか。

    信仰活動と組織運営活動を混同している、と仰いますが、それを推奨しているのは他ならぬ創価学会上層部ではないかと、私は思います。

    組織運営に不可欠なものにお金があります。これは財務を通して賄われるものですよね。そこをおろそかにする組織の指導など、私は聞いたことはありません。
    財務の功徳は無量無辺だと、組織のトップである名誉会長自らが仰っていませんでしたか?
    広布部員会では貧女の一灯の話や、日蓮への供養の話を持ち出し、あからさまに信仰と絡めた指導ばかりではありませんでしたか?

    もし、信仰活動と組織運営活動は別であり、組織運営にお金が必要でそれを集めるのが財務だと言うのであれば、信仰と絡めた指導はあり得ないし、会員に対してはその使途も明確にすべきです。ですがそうではありません。むしろ会員の信仰心を煽るような指導がまかり通っています。
    財務のためにお題目をあげ抜いた結果、思いがけずまとまったお金が用意できたとか、三桁に挑戦したら転職が上手くいったとか、そういう体験発表を私はいくつも聞きました。
    それに賛同し拍手を送る会員の姿、広布部員の模範であると称える幹部の姿を、私は見てきました。これが学会の財務の実態なくて何なのでしょうか。
    それとも私の思い込みですか?

    yさんはご自分で仰るとおり、変わり種の学会員さんだと思います。少数派でしょう。組織に身をおく正役職の方々は、そんな発言は許されない部分があります。
    人間関係も密であり、トップダウンの組織の中で自分の意見を自由に述べることは難しい人が多いでしょう。
    その結果「くだらねぇ幹部」が影響力を持ち、創価学会が動いているのは事実です。
    こんな組織に一円たりともやるものかと思い、私は創価学会を離れました。

    その上で個人的に信仰に励むかどうかは、それこそ別問題です。離れてもなお日蓮の信仰に魅力を感じる人もいれば、私のように信仰自体しなくなる人もいますし、それは自由ですよね。
    せっかくこの信心に出会えたのに勿体ないと思われるかもしれませんが、私はそんなに魅力的だと思えないのだから、仕方ないです。

    …と、以前も書いたようなことを蒸し返してしまったかもしれません。申し訳ありません。

  27. まるさん、おはようございます。
    いつも説得力のあるコメントに感謝します。まるさんのコメントはいつもストレートに思いが伝わってきます。特別なことを言ってらっしゃるのではないと思いますが、まるさんのやさしいお人柄まで感じられて、なんかホッとします。これからもよろしくお願いします。

    だんだんポラリスさんとカメレオンさんとyさんの区別がつかなくなってきました(笑)。言葉だけだと似たような考えの方は区別がつかなくなるんですかね、、、でも覚醒された方の言葉は、同じ考えでも、それぞれの個性のようなものが感じられて、しっかりと区別がついていることを考えると、お三人さんの言葉が学会員が一様に発する言葉だからじゃないだろうかとも思います。フーテンでもヒッピーでもユーレイでも学会をなんらかのかたちで信じている人は、やはりトップダウンの指導を知らないうちに自分の考えであるかのように思い込んでしまっているのではないでしょうか。

    私は覚醒してからは宗教自体に何かを求めようと言う気はなくなりました。だからどの宗教の何が正しいのかといった思考はありませんし、特定の宗教をこれからの自分の糧にすることはないと思います。したがって自分が正しいとも思わないし、そのことにこだわることに意味を持てなくなりました。
    しかし、仏教のもともとの考えは、そうした何ものにも依らないという考え方なのではなかったかと思います。キリスト教やイスラム教といった一神教のように、この世をつくった全知全能の神を想定せず、この世界のどんなものも仮の姿であって、一瞬たりともとどまることはない。というのが仏教の基本的なスタンスだとすれば、日蓮宗派のどれもが仏教とは真逆に位置していると思います。そして創価が会員のMCのために利用している自称日蓮の教義というものも、本来の仏教からはかけ離れたものであることがわかります。
    もはや宗門から破門された創価は、単なる怪しい新興宗教「日蓮世界宗創価学会」であり、いよいよ仏教とは何の関係もない詐欺団体の姿が誰の目にもはっきりとしてきたと思います。僧侶を否定し、あげくの果てには池田氏を末法のご本仏だと言い出し、日顕書写のご本尊を回収して勝手に焼却処分し、かわりに別の宗門のご本尊を勝手にカラーコピーをして会員に売りつけるような創価の幹部の何を信じろというのでしょう。創価の目的は徹頭徹尾、金、金、金です。そのためのいろんな手練手管で会員を騙しています。

    そこには仏教のブの字もありません。もし少しぐらいあれば、他宗をあれだけ批難したりはしないでしょう。すべては会員のMCを強化するための手段であり、目的は会員からお金を一円でも多く出させること。そのことに疑問を持たせないためのMCであり、そしてそれは明らかな人権侵害行為です。

    でも会員に自覚がないから、それほど社会問題としては取り上げられない。またそうならないようにマスコミや政界に会員を送り込み、宗教法人の免税措置がなくならないようにしたり、創価の数々の悪事が表沙汰にならないように、池田氏を国会の証人喚問に引っ張り出されないようにもしてきました。いま、なんとかして国会の証人喚問に引っ張り出されるようなことがあれば、池田氏の今の実態があきらかになるのですが、それも公明党が維持でも阻止している。公明党はそのためにつくられたようなものですよね。国家権力から創価を守るために、会員に非民主的なものすごい支援をさせている。今の日本でここまであからさまに人種主義から離れた、つまり独裁的な政治活動をしている団体は少ないと思います。それこそ同じ新興宗教系の政党ぐらいでしょう(笑)。

  28. まるさんへ

     信仰活動というのは、一人一人に仏性という潜在能力を妙法の信仰によって引き出し、人生の課題に挑戦していくことと考えてます。

     その他の事は、人間の運営する組織ですから、法主、師匠、会長といえども凡夫ですから、まちがいは当然あると思いますよ。打ち出しや幹部のいっていることが、仏法に照らして判断すれば自ずと答えが出ると思うのですが。

     日興26カ条の精神がまさにそれではないでしょうか?仏法の本義からみて、過ちならトップの言うことでも従うな、みんなの言うことでも過ちならトップは従うなと、、、

     あと復活してから、自分の見立てが違ったかなと思うこともありました。ネットのオープンな状況から、組織も変化してきています。社会性、常識が重視されそんな無理なことはしなくなりますよ。

     世界スタンダードなSGIの憲章通りに日本も変わりそうですよ。

     顕彰会を見て草創期の学会とダブリ反省して、我らは柔らかに法華経をひろめる路線に確実に舵をきっていると思います。

     しばらく出かけますので、コメントはすぐにできませんので、了解願います。

  29. 組織に居ながら「組織と信仰は別もの」と言っても全く説得力ないですね。

    距離をとろうと、幹部にたてつこうと、冷めてようと
    「そこに在籍している」
    という積極的な行為は、創価学会バンザーイ!とみなされます。
    ましていい大人が自分から入会して、脱会も自由なら尚更。

    創価というところは
    「信仰と組織はセットです」
    という明快な教えです。どうあがいてもそういうシステムになってます。
    嫌なら辞めればいいだけの話。

    いやいや自分だけは、ピンとこないんです。そんな意識ないもん!と頑張っても、
    じゃあ鈍感なんじゃない。いいじゃない、それで何とも思わないんなら。
    それだけの話です。

    自分はこうなんです、と自分の感覚を主張するのもいいけど、それだけじゃなく、客観性を持つって大事なことですよ。
    バリ活さんだろうと盲信者だろうと、フーテンだとうと、幹部だろうと、末端だろうと、
    傍から見たら、んなもん、みんな一括りに創価です。
    世間はそう見てますし、脱会した私たちも、もはや区別なんてつきません。
    バリ活さんがダメで、フリーダムな末端ならよし、なんて理屈もありません。

    なんで一括りにするかというと、幹部は幹部、バリ活さんはバリ活さん、フーテンはフーテンで、自分に見合った仕事が与えられて、それで創価が成り立ってるからです。(桜梅桃李なんて言っちゃってね)
    何もしなくても、あの人学会なんだ~とイメージだけでOKって仕事もあります。

    在籍しているだけで立派な加担です。
    それで体制が維持され、潰れません。
    潰れるには会員が脱会するしかない。
    潰れないで存続しているがために、子どもが人権を奪われてるのは、ボケッとしているいい大人の責任ですよ。

  30. 要するに創価内で異端であろうと、個性派であろうと、またみんな同じようなタイプであろうと、そんなことどうだっていいんですよ。
    そんなことに風穴なんて開ける意味ないんですよ。

    被害者意識満々であろうと、自業自得と思ってようと、何も感じないでいようと、ピンでもキリでも、いい人でも変人でも、組織に属すというのはネジの一部なんですよ。トップから見れば。
    金さえだせば、どうだっていいんです。

    その組織が社会的に貢献してて、感謝されてるならそれも誇りでしょう。
    でも、犯罪歴のある組織ですよ。
    集めたお金の使い道も明らかにしない組織ですよ。
    税金すら払ってない組織ですよ。
    子どもを平気で洗脳する組織ですよ。
    売りにしてる宗教さえ、めちゃくちゃなまがいもんですよ。

    討論すべきは、どうしたらこの社会悪を崩壊できるか。
    私などは、それに尽きると思ってますがね。

  31. 創価の教えでは学会活動の中にこそ「信心」がある。学会の組織自体が「宝塔」であるからその組織を守りその組織活動をすることが学会員の要諦であると教えています。
    ですから上位下達で流される指導、打ち出しのままに「組織内で活動する」ことが学会の信心であり、学会員の資格なのです。

    ですので「信仰活動と組織運営活動」を区別して考える思考法は学会員には存在し得ないのです。

    この事は、yさんやカメレオンさん、以前いらしていた国常立尊がどんな詭弁を弄してもぬぐえない事実であることはここにいらっしゃるみなさん、そしてROMしていっしゃる現役学会員、脱会者はご存じで自明の理なのです。
    組織が第三代会長が永遠の指導者でご観念文に明記されればそれをそのまま受け入れ勤行で読誦し励行するのが創価の教えでありそれを否定するのは既に自称「学会員であり」本部からは認定されない「学会員もどき」の人なんです。

    お三人はこのご自身に都合の悪い大前提はスルーした上で「我見の信心」を貫いているだけなのです。本来なら幹部指導が入って矯正するのでしょうが、相手の方がもう社会的にも人生経験を積んだ壮年であり且つ弁が立つ場合、組織にそれほど悪影響が出ていないのなら放置状態で要らぬ摩擦を起こさないようにしているのが「大人の対応」と言う事でしょうか。

    ですから、そんなあり得ない設定の中で持論を展開する自称「学会員」のお説をお聞きするのはめんどくさいと内部の普通の学会員は思い相手にしないでしょう、一方、組織活動に寝食も忘れる思いで活動に日々を費やしていた私としては自称「学会員」と話すよりは今の現役学会員さんとお話ししたいと思うようになってきました。

    では、何故、お二人のような(他にもたくさんいらっしゃるだろうと思うようになりました)自称「学会員」が多く出没するようになったのか・・・と私は考えるようになりました。みなさんは、どう思われますか?

  32. 三枝さん、すばらしいです。説得力のある文章に感動しました!

    学会員もどき!
    悪くいうと中途半端というか、へ理屈と言い訳ばかり。
    創価で浮き、アンチからも疎まれる…正直そんな印象です。

    ふつうの学会さんは、洗脳されてるだけでそれが解けたら素直な常識人だけど、創価もどきの人は、もともとがそんな性格なのでは?
    だからこそ「創価もどき」になる。
    増えてきたというより、そんな人がネットの書き込み好きに多いんでしょうかね?

  33. シニフィエさんへ

    ありがとうございます。
    私などは本当に末端の一会員で、見てきたことにも限りがありますから、自分の経験に基づいて気づいたこと・感じたことを述べるしかできません。
    せめて、いま迷っている方の参考になればとの思いで、書かせていただいています。
    また、こうして文字にすることで、自分の考えが整理されますので、とてもありがたく思っています。
    運営は大変かと思いますが、これからもよろしくお願いいたします。

    yさんへ

    お忙しい中、お返事ありがとうございます。
    間違いはある、確かにそうですね。どんな人間でも組織でも間違いはあります。
    ただ創価の間違いは、それを下からの突き上げで変えられるような類のものではないと、私はみています。過失ではなく、故意だと思うのです。ここが宗教詐欺といわれる所以でしょうね。
    創価には反省の二文字はないでしょう。間違いを正すにはまずやってきたことを省みることが必要ですが、これまでの歴史を見ているとそれは期待できません。なかったことにして、それはそれとして進んできた団体です。

    yさんの仰る信仰活動を、上層部が本気で信じて実践しているとも思えませんし…。
    名誉会長の死後を睨んで方針転換しているのかもしれませんが、せいぜい会合を減らすとか、組織の統廃合とか、小手先の改革で終わるような気がしてなりません。命綱の一部一票一万円はこれからもガッチリと握り続けるように思えます。

    もし創価学会が過去の悪行をオープンにして謝罪し、選挙や財務などの主要な活動からガラリと変えてくることがあれば違うのかもしれません。が、あり得ないでしょうね。

    創価学会が抱えている社会的な問題は、放っておくには大きすぎますし、関わってきた者として非常に責任を感じます。
    私は子育てしている身であり、活動家のママ友も多いのですが、何も知らずに活動に連れ出され、創価学会は素晴らしいと教えられる子どもたちを思うとやるせない気分になります。

  34. まるさん、三枝さん、yさん、はじめまして。
    signifieさん、こんばんは。

    みなさんの私宛のご投稿については丁寧に読まさせていただきました。
    ありがとうございます。

    三枝さん。
     私の言う「いい大人」とは法律上の成年者とほぼ同じ意味です。法律上未成年者は自己の意思表示についていわば優遇措置が取られています。例えば「ごめんなさい。よく考えもしないで契約書にサインしてしまいました。軽率でした。取り消させてください」と言えば簡単にその契約をなかったことにできてしまう。
     しかし成年者は厳しく自己責任を問われます。サインした以上原則契約はもう既に有効に成立している。一旦有効に成立した契約を一方的に取りやめにしたいというのであれば、それは契約の相手方に対して多大な迷惑を及ぼすことになるわけだから、それなりの損害賠償をしなけらばならない。
     入信の意思表示をした時、私はもう既に成年者でした。つまり・・・後になって何か文句を言いたくなるようなことがあったとしても、まず第一に自己責任が問われることになる、そう簡単に他人に責任を転嫁するわけにはいかない、そうである以上何事も他人任せではいけない、自分で自分を律していかなければならない・・・そんな神妙な気分だった、ということが言いたかったのでした。

    signifieさん。
     まず最初に「学会がやってきたたいへんな人権侵害を是とする」ような思考が、今までの私の投稿の中のどこにあったのか、あるいはどこに感じられたのか、ご指摘ください。確かにそのように受け取られても仕方がないところがあれば、釈明・訂正いたします。
     
     次に「どう思おうが、どんなかたちだろうが創価の活動をするということは、そうした人権侵害の片棒をかつぐということになるのではないでしょうか。創価の実態に気がついた時、知らなかったとはいえ、たいへんな人権侵害に手を貸してきたという現実にうちのめされます」 
     また「何十年も信じてきた自分の生き方が間違いだったということを認めることが、どんなにつらいことかを、今でも活動している人は理解できないでしょう。ここにコメントされる多くの方は、圧倒的な年月を創価を信じてきたのです」
    というご発言について。

    私は「「創価学会のこれから」というテーマに即して言えば、他のあらゆる宗教組織を含め、そもそも信仰にとっては過渡的な必要悪であって、当然に消えゆくべきものだ」と書きましたが、この「必要悪」という表現は我ながら軽率であったと反省しております。申し訳ありませんでした。

    しかし、signifieさんのご発言のすべてについて、私ごときが所詮ネット上の表面的な言葉だけで「心中お察しいたします」等の言葉をお掛けするのは却って計り知れない侮辱になるかもしれないとも思っております。少し考える時間をください。

    最後に、また私事になってしまい恐縮しますが、従前から申し上げてきた私に入信を決意させてくれるきっかけとなった複数の人間的に魅力的な学会員の中には、第2次宗門問題?をきっかけに、ご家族もろとも学会を見限って、正宗に鞍替え?した2世の方がいました。

    この方は学生時代、信仰や組織のことについてつべこべ言うことなく、重い持病を抱えながら、ただただ勉学に励んでおられました。しかしその後学会のトップに接するような立場にまで至った結果、それまでの幻想が一挙に崩壊した、というような話を風の便りに聞いたことがありました。

    学生時代、信仰や組織についてつべこべ言うことが一切なかった、私が大好きだったこの方の豹変?は私にとってとても驚きでした・・・少なくともこの方に限って、組織間のくだらない権力闘争の片棒を担ぐなんてことは絶対にありえないはずだ・・・

    signifieさんのお話は私にこの方のことを改めて思い出させてくれました。

    取りとめない話になってしまいましたが、今日はこの辺で失礼させていただきます。

  35. >「学会がやってきたたいへんな人権侵害を是とする」ような思考が、今までの私の投稿の中のどこにあったのか、あるいはどこに感じられたのか、ご指摘ください。

    この部分です↓

    『敢えて言えば、最初の投稿で「入信したきっかけは複数の人間的に魅力的な学会員に出会ったことです」と書いた通り、またこの投稿にも書いた通り、幾人かの学会員との出会いがその後の私の生き方を大きく変えてくれたことに対する感謝のような気持ちがあるからなのかもしれません。』

    さきほどポラリスさんへ下記のような返事をしました。
    「たとえ楽しい時があったとしても、そんなことは関係ないです。暴力団の家族として生まれ、50になるまで暴力団の一員として犯罪や暴力団同士の抗争を重ねてきた人が、楽しいこともあったから暴力団も許されるということにはならないでしょ。これも先日話しましたよね。過去の自分の記憶や体験に、いいことがあったら、それが暴力団でも右翼団体でも過激派でも軍隊でも存在価値を認めていいものでしょうか。」

    カメレオンさんへも同じことを答えなければなりません。創価の悪を知らなかったとはいえ、そしてそこに魅力的な人間に出会ったとはいえ、それと創価の悪は別に考えなければならないのではないでしょうか。

    「もともと創価は信仰の団体ではありません。どうしてそのことがわからないのかというと、ポラリスさんが他の多くの学会員と同様MCされているからです。」とポラリスさんに答えました。

    カメレオンさんが学生時代に出会うことができた方に、自分の人生が変わるほどの魅力を感じたことと、創価学会の存在意義を同一視してしまうから、創価が宗教団体であるかのように思えてしまうのではないでしょうか。

    何度も言いますが、創価は表向きの宗教を利用して、実際には会員からお金を巻き上げるのが目的の単なる詐欺団体です。こうした創価の人権侵害をさしおいてでも、創価に属していこうというカメレオンさんの思考は、学生時代に出会った方の魅力と、創価の宗教団体としての魅力とを同一視してしまっているからではないでしょうか。カメレオンさんが学生時代に出会った方の魅力と、創価は関係ないと思います。だって創価はもともと人を良い方向に導こうといった宗教ではないのですから。そこに気づかないかぎり、カメレオンさんは創価を客観視することはできないと思いますし、詐欺団体が魅力的に見えてしまうという、たいへんな勘違いをしつづけるのではないかと思います。一度、その学生時代の方のことは、その方の本来の魅力であるとして、創価とは切り離したうえで、客観的に創価の中枢部が実際にやっていることを見て考えることも無駄ではないと思いますが。

  36. signifieさん、こんばんは。
    その後、私宛以外の投稿を読ませていただきましたが、

    「だんだんポラリスさんとカメレオンさんとyさんの区別がつかなくなってきました(笑)。言葉だけだと似たような考えの方は区別がつかなくなるんですかね、、、でも覚醒された方の言葉は、同じ考えでも、それぞれの個性のようなものが感じられて、しっかりと区別がついていることを考えると、お三人さんの言葉が学会員が一様に発する言葉だからじゃないだろうかとも思います。フーテンでもヒッピーでもユーレイでも学会をなんらかのかたちで信じている人は、やはりトップダウンの指導を知らないうちに自分の考えであるかのように思い込んでしまっているのではないでしょうか。」

    細々したことは言いません。端的に言います。この言い様はあまりにもひど過ぎませんか? 

  37. 三枝さん、こんばんは。
    その後、私宛以外の投稿を読まさせていただきましたが、

    「お三人はこのご自身に都合の悪い大前提はスルーした上で「我見の信心」を貫いているだけなのです。」

    細々したことは言いません。端的に言います。他人のことに関してこのように断定するのはあまりにもひど過ぎませんか?

  38. カメレオンさん、こんばんは、お返事ありがとうございます。

    私もカメレオンさんのお考えの立場に立って私のように断定的に言われたら非常に憤りを感じるだろうとは思いますよ。

    でも、あいまいな言い回しでいるよりはっきりしていることの場合ははっきりした方が良いと思いましたのでね。

    カメレオンさんは「今まで私は少なくとも「組織」及び「組織のトップ」というものに対しては、特別な感情を抱いたことが ありません(正直言うと、抱かないように努めてきた、かな)。」

    とおっしゃられていますようにそれはカメレオンさんご自身がご自分の立ち位置が理解できていないからはっきり申し上げたのです。

    カメレオンさんのような認識は学会の指導、教義では認められていません。何故なら、私が書いていますように学会の教えでの「信心」、「信仰」は「組織活動の中」にしかないのです。そして、その中心は池田から発せられたとする指導が全てです。

    「組織」も「そのトップ」へも当初から意図して特別な感情を抱かないように努める・・・などと考えて「学会の信」を始めから排除している人物は百歩譲ってもただの会員とは言えても創価学会信者とは言えないでしょう。

    カメレオンさんのお話の繋がりから言えば、自分は学会員なだけ、創価信者ではないのですと言っているくらい普通に見れば「もどき」の部類になっているのがご理解できますでしょうか?

  39. 三枝さん、こんにちは。

    「あなた自身が学会や自分のことをどう思おうが、学会とはかくかくしかじかのものでしかありえず、それに照らし合わせれば、あなたの立場はかくかくしかじかのものでしかありえない。さあ、そのようなストーリーに沿った上で、学会及び学会員について互いに心を開いて対話しましょう」

    まさかこんなブラックジョークを地で行こうというのではないとは思いますが、正直三枝さんの真意がよくわかりません。

    それとも単に、対話をする気など毛頭ない、ということの遠回しな表現だったのでしょうか? そうであれば、そのように仰ってください。

  40. カメレオンさん、お返事ありがとうございます。

    重ねてお話ししますが創価の教えでは学会活動の中にこそ「信心」がある。学会の組織自体が「宝塔」であるからその組織を守りその組織活動をすることが学会員の要諦で、会長指導とするものを行じていくのが学会員なのです。

    今更こんな学会員の初心者への解説を述べなければならないのも厄介ですが、これをお認めになるとカメレオンさんの御説は自己矛盾するのでお認めにはなれないしそのストーリーを前提には対話の土俵に乗れないのもわかります。

    カメレオンさんの御説は「自称学会員」としてのお考えであり学会の教えを拒否した自己流の信仰観を唱える異端の学会員であることを先ずはお認めになる事です。

    お認めになりますか?
    それをお認めにならずにブラックジョークだ・・・などと論をずらされても仕方ないですが・・・。

  41. signifieさん。こんにちは。

    「創価の実態に気がついた時、知らなかったとはいえ、たいへんな人権侵害に手を貸してきたという現実にうちのめされます」 
    「何十年も信じてきた自分の生き方が間違いだったということを認めることが、どんなにつらいことかを、今でも活動している人は理解できないでしょう」というご発言について。

    全身全霊を学会に捧げてきたことに対する後悔の念、そうすることによって自分が人権侵害に手を貸してきたとの思いに対する自責の念。

    脱会した2世・3世の方々が抱えるこうした切実な思いは、学会員でない者、学会員であってもそのような経験がない私のような1世、同じ2世・3世であっても学会に疑いを抱かない者には十分な理解は行き届かないにせよ、重く受け止めなければならない事実であると思います。少なくとも私は「そんな思いは幻想に過ぎないよ。仮に事実であったとしても自業自得だろ」とは思いません。重く受け止めさせていただきます。

    「創価の人権侵害をさしおいてでも、創価に属していこうというカメレオンさんの思考は、学生時代に出会った方の魅力と、創価の宗教団体としての魅力とを同一視してしまっているからではないでしょうか」というご発言について。

    私は従前より申し上げてきたとおり、創価学会という組織自体を意識的に魅力的だと思ったことは一度もありません。しかし、例えば「人間的に魅力的な学会員」という私の表現に図らずも顔を出してしまう私の無意識の中には確かにsignifieさんが指摘されるような「同一視」が潜んでいるのかも知れません。このご指摘も重く受け止めさせていただきます。

    最後に。
    どんな形であれ、創価学会に属している者の言葉は十把一絡げで、個性が感じられない・・・このような感覚があるのだとすれば、それは単に個々の学会員の個性を見ようとする対話をしていないからにすぎないのではないでしょうか?
    ともすると蔑ろにされがちな挨拶の重要性を敢えて語られるsignifieさんに好感を抱いたことが私がここに投稿しようと思った動機のひとつになっています。
    オチャラケでなく心から対話を呼びかけようとしていらっしゃるのであれば、「だんだんポラリスさんとカメレオンさんとyさんの区別がつかなくなってきました(笑)」というようなもの言いは厳に慎んでいただきい。これは挨拶と同様、些細なことながら、対話のいろはだと私は思います。

  42. 三枝さん、こんばんは。

    私のこれまでの投稿を振り返ってみてください。私は自分の意見こそが正統な学会員の見解であるなどとは一言も述べていませんよ。認めるも何もありません。だからそんなことはどうでもいいんですよ。

    次にこのページのタイトルを振り返ってみてください。「創価学会のこれから」となっていますよね。「創価学会のこれまで」ではないんですよ。

    百歩譲って、これまでの創価学会の主流は恐らくはご自身の切実な体験に基づいた三枝さんの言葉通りのものだったのかもしれない、ということでも一向に構いませんよ。「これまでの」創価学会についてはね。

    もしかしたら「これからの」創価学会についても、三枝さんは「変わらない」ということを仰りたいのかもしれませんね。でもね、それは三枝さん個人の「意見」にすぎないわけです。「これからの」未来のことである限り。

    未来のことについては否定的な見解を取るにせよ、肯定的な見解を取るにせよ、私の主張もあなたの主張もその他誰の主張であっても、あらゆる人たちの主張は個人的な意見以外のものではあり得ないんですよ。このことは学会についての話に限らないわけです。未来のことについて語る場合の、極めて一般的・常識的な大前提なんです。

    自分のことはさて置き、少なくとも他人のことについてまで断定するのはやめにしてほしい、あらかじめ出来上がったストーリーの枠内でのみ語ろうというのはブラックジョークだ、と言ったのはそういう意味です。このことはむしろごく普通の対話のマナーのレベルの問題だと私は思います。

    いくら三枝さんでもまさか、私だけは未来が見通せるのだ!とはさすがに仰らないだろうと信じたいものです。ちょっぴり意地悪っぽかったらごめんなさいね(^^)

  43.  組織が宝塔云々の話は、日蓮の仏法を広宣流布する仏意仏勅の唯一の団体という前提がすっぽり抜けていませんか?

     その前提に疑義が生じるような組織活動や会長指導が信仰の根本なんて思う方が、活動家の常識から逸脱していると思いますよ。

     キリスト教の例えでいえば、キリストに当たるのが日蓮、ローマ法王に当たるのが寺なら法主、学会なら師匠が近いかんじでしょう。

     三枝さんの考えは、まさしく池田教といわれるものでしょう。ローマ法王に腐敗堕落があってもキリストの信仰を捨てないのと同様に、創価学会に腐敗堕落があっても日蓮の信仰を捨てない学会員が大多数でしょう。

     創価や池田が信仰の対象じゃないというのは学会員の常識でしょうと、以前コメントしたことは、このことを話したつもりです。

     5月の大白に、創価の広告塔と呼ばれている、お笑いタレントの体験が載ってました。内外共に共感できる良い話でした。

     おそらく彼女の信仰感なら、創価のダーティーな部分を知っても信仰活動は揺らがないと思いますよ。

     私がいっている信仰活動というものは、蓮の花のように泥の中にあって泥に染まらずきれいな花を咲かすような、現実社会、組織がどんなに汚くても、悩んでいる庶民にひかりをあて、救わずにおくものかという魂の叫びなんですよ。

     この自発能動の熱い思いが人の心に響くんじゃないですか?その祈るなかで湧きあがる熱き想い行動が、仏の使いであり、地湧の菩薩の使命感なんじゃないですか?

     創価の礎を築いてきた草創の方のそういう熱きロマン、想いがここまで世界に広まったんじゃないですか?友の憂いに我は泣き、我が喜びに君は舞う、この学会歌の世界が創価家族といわれる世界で、私もそのように訓練されたし、後輩にもそのようにしてきました。

     MCされた組織に忠実な羊たちがここまでの組織をつくったとでも思っているんですか?草創の方が聞いたら、冗談じゃない、ばかも休み休みいえと怒り出すことでしょう。評論家気どりで能ガキたれるひまがあるなら、会員の激励に動けというのが学会精神と私は教わりました。

     暴力団云々の話もそうですが、ヤクザの世界から2人蘇生させた私からみれば、日本の警察組織でもお手上げの連中を1本釣りで再生させてきたのが、創価学会なんですよ。そんな話はゴマンと組織にはあるでしょう。

     もうひとつ言わせてもらえれば、正役職の方の方が、組織通りの打ち出しに従っていたら物理的、時間的、精神的に無理が生じると、数か月もすればわかるので、適当に手を抜き、要領よく泳いでいくんですよ。

     嫁が地区婦のとき拠点でしたから、月曜の協議会は会員に配る書類の山状態でしたが、半年もすれば翌日の燃えるゴミ行きでしたよ。

     MC論なんてためにする話で、組織の打ち出し通りやる幹部なんていないし、自分でできる範囲で取捨選択しているのが常識でしょう。みんなのそれぞれが感じている、組織のいいとこどりを普通にしているんですよ。

     功徳、福運のエサをぶらさげられ、罰だ、地獄だとむちを叩かれ、他の世界に目を向けないようにマスクをかけられた馬のように、馬車馬のごとく、時間と金をつぎ込んでいく哀れなMCされた学会員とでも言いたいんでしょうか?

     そんなナンセンスな話に学会員がまともに対話する気になりますか?

     熱くなったついでにもう一ついわせてもらいます。
    創価が詐欺集団、犯罪集団、人権侵害集団という大確信がおありなら、こんなところで話すより、カルトに詳しい人権派の弁護士に相談された方がいいのでは。

     法廷で決着付けた方がすっきりしませんか?統一教会の青春返せ訴訟は、最高裁で元信徒が勝訴しているんですよ。そこまでの行動がなければ、単なる思い込みにしかわたしには聞こえません。

     自分が部長のとき、班長が統一教会のきれいな女性に丸めこまれ40万のつぼを買わされたことがありましてね、本部にその方と乗り込んで、全額返上させ謝罪もさせたこともあるんです。

     私が逆の立場なら、信濃町に乗り込みますね。MCされた財務なら訴えてでも取り返してやるそのくらい会員を守る真剣さは持っていますよ。

     カメレオンさん、ポラリスさん、冷静な対話を心がけているお二人には申し訳ございませんでした。お二方には賛同できないところもおありでしょうが、本音を話したつもりです。今後の対話に支障があれば、コメントは控えますので遠慮なく言ってください。

     

     

     

  44. カメレオンさん

    お返事を待っておりました。

    そして、先ほどのカメレオンさんの書き込みを一読して「おもしろい!」と思いました。

    カメレオンさんがイマジンのところで書かれていた事も含み同じような年齢で同じように学生部で活動を始めてと読み進めて、この人は本当にsignifieさんのブログで対話をしてみようと思われているのだなと理解できました。

    おもしろい!と言うのは良い意味で互いの違いを燃える事なく対話できる共通項を持つ人が現れたのかも?と言う意味でです。

    それまで、このブログでの事ではないですが訳のわからぬ持論を披露して自己満足したい人や盲信者や脱会者が相手を見下す言に辟易していたものですからね。

    私の少しキツイ突っ込み書き込みにもチャンとお答えくださってありがとうございました。

  45. yさん、お返事ありがとうございます。やっとyさんの話もわかるようになりました。わかるのが遅くてすみません。
    もともと全く考えのかみ合わない立場の方との対話の試みですから、すんなりと理解しあえるわけはないと思いますが、それでもこうして対話の場に来てくださることに感謝しています。そしてここにコメントしてくださっている現役学会員のお三方だけではなく、ほかの現役学会員さんも遠慮なく対話に参加していただけるとうれしいです。

    今のところいくつかの項目に、いろんな方がそれぞれコメントされているので、どなたがどんなことをおっしゃっているのかを確認するのが難しくなってきました。そこで提案なのですが、新しい項目をつくりますので、これ以降はそちらにコメントしていただけないでしょうか。よろしくお願いします。

  46. シニフィエさん、
     
     こちらこそありがとうございます。無礼かなと思いながらも許容していただける度量に感謝しております。

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