客観的な視点

先日、ある方から下記のサイトを紹介していただきました。

それは宗教全般についてのことを語った個人のブログです。宗教について学術的に掘り下げるというのではなく、あくまで一般人向けにわかりやすく解説してあります。そして特に創価学会についての詳しい解説は見事で、創価学会員としての経験がない方が、どうしてここまで詳しく理解しているのだろうと驚くばかりです。もしかしたらかつて創価学会の方で、後に覚醒したのかなと想像したりしますが、実際のところは不明です。かなり多くのコンテンツがありますので、まだ一部しか読んでいませんが、それでもこの方の視点はしっかりとした客観性があることがわかります。日本の仏教における日蓮系の教義がいかに特殊なものであり、さらにその特殊性を利用して会員を偏った思想に染めてしまう創価学会の手法についても、とてもわかりやすく解説しています。おかげで私が覚醒してからの日蓮や学会の認識もほぼ間違っていなかったんだということが確認できました。あくまで研究論文のような学術的なものではなく、宗教全般の総合的な解釈のためには、たいへん参考になると思います。こちらです↓「宗教を語る Think about religion.」

http://shukyo-kataru.com/

こうした認識を自分がもっとはやくにできていれば、もっとはやく覚醒できたのかも知れないと思います。なので、創価にすこしでも疑問をもっている方は、ぜひこちらのサイトをおすすめします。もしかしたら目からウロコかもしれませんよ。原始仏教と日蓮宗派の違いや、日本と韓国との関係、いわゆる新興宗教の変遷など、これまで断片的だったり、ともすれば偏った視点での批判だったりするものが多い中、このサイトの内容は、とても体系的で充実しています。私がさきごろから「客観的な視点が必要」と繰り返し言ってきたのは、まさにこのようなことではないかと思いました。ただこれも読む人の視点によって解釈が様々に違ってくることもあると思いますが、私としてはほぼ文面通りに受け取っていいのではないかと評価する次第です。

このブログも途中で荒らしにあって中断したことはあったものの、こうして2年半も続けてこられたのは、創価の間違いに気づいた多くの方が、客観的な視点をもって創価の現実を伝えてくれるからだと思っています。たいへん感謝しています。これからもみなさんのご自身の体験をもとに創価の現実を伝えていっていただければ幸いです。

またそれとともに、今でも創価とは別なんだけど、創価と同じように「自分が正しい」と主張するコメントもたまにあります。それは創価を問題にしている以上、そうしたことも避けられないと思うのですが、それにしても自分の体験とか現実を無視し、いたずらに理屈をこねまわし、ネット上で得た知識をひけらかし、どこの誰ともわからないネット上の人間の揚げ足をとっては悦に入っているかわいそうなネットひきこもりが、このブログにもときどきコメントしてきます。もちろん私もそんなコメントにいちいち相手をしている暇人ではありませんから、はなっから無視します。そんなコメントはぱっと見てわかるので、わざわざ最後まで読む前に消去しています。つくづく世の中には似たような暇人がけっこういるんだなとビックリしますね。そんな人はよっぽどリアルで相手してもらえないのでしょうか。ネット上のどこの誰かがわからなくても、そんなに相手をしてほしいものなのでしょうか。

私は釈迦やキリストではないのですから(笑)、すべての人間の言うことを聞き、すべての人に対して公平な場をつくるなんてできるわけがありませんし、そもそもここは一個人のブログです。どこの誰だかわからない人から、ああしろこうしろと指図される筋合いはないと思っています。ここの話がいやなら見なければすむ話です。それを何が気に入らないのか、それとも自分を何様と思っているのか、とにかく自分はこれだけのことを知っているぞ、これくらいのことをしたらどうだ、おまえはこんなことすらわからないのかなどと、わざわざ言ってくる人の気が知れません。いやなら相手にしなければいいし、私に何を言ったところで、お互いにどこの誰かもわからないのにご苦労なことだと思うのです。

創価が大嫌いなのに、このブログのように創価を批判する人間にさえもわざわざ文句をつけにくる暇人がいるんですね。ネットで情報をかき集め、ネット上でしか発言できないような人(たち)を相手にする気はさらさらありません。そんな人(たち)にもう一度あえて言いますが、このブログは私の考えによって運営される個人のブログです。なんの生産性もない、なんの客観性もない、批判のための批判、もしくは自己顕示だけが目的の批判、もしくはリアルでの寂しさをまぎらわすためのくだらないコメントはどうせ承認しませんから、いくらコメントしても無駄なことだし、私が不愉快な思いをするだけなので、どうかご遠慮いただきたい。それともそうしたコメントを晒されてネット上でも恥をかきたいですか。そうしたらいずれネットでも相手にされないことが思い知らされて凹むだけですよ。言いたいことがあれば自分のブログに書くとか、同じようなネット上の仲間だけのぬるま湯につかって暇つぶしをしていてください。どうせネット上のあちこちにここの悪口を屁理屈をこねながら書いて回るんでしょうが、私は痛くも痒くもないですから(笑)。自分の心の寂しさをまぎらわすための暇つぶしはよそで思い切りやってください。よろしくお願いしますね。

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客観的な視点」への5件のフィードバック

  1. 私も最近見つけて驚いたサイトです!

    同じくまだ全部は読んでいませんが、このような内容のブログを他に知りません。
    特に日蓮系の仏教の解説、見識が実に見事です。
    創価にふんぎりがついても、日蓮系仏教に未練、こだわりがある方、改めて宗教とは何かを考えたい方にお勧めです。
    覚醒した方もぜひ読んでみてください。損はないと思います。

  2. とても素晴らしいサイトを紹介していただきました
    シニフェイさんありがとうございます
    一気に目を通しました。と言っても今のところ創価学会の項目だけですが
    心の中から何かが取れて自分に自信が持てましたね
    学会員も覚醒された方も是非、ぜひ読んでください
    自分の中の何かが変わるのがわかる内容です、損などあろうはずがありません。 ただただ凄い!という感想です

  3. 管理人さま 皆様 おはようございます。

    早速サイト拝見しました。すごいサイトをご紹介下さり、
    ありがとうございます。

    沢山の方の目にふれると、良いなと思います。

  4. signifie様お早うございます。素晴らしいブログのご紹介、ありがとう
    ございます。いま、少しずつ読んでいます。

    私にとっては、創価の分析は言わずもがなでありますが、日蓮に対する
    考察もやっぱりなあと腑に落ちることが少なくありません。日蓮の教義が
    創価にとってもっとも利用しやすかったのも頷けました。

    しかし、人間とは簡単に思い込みやすいのですね。数十年前の自分が全く
    そのとおりでした。それには個々人の願望未達成(劣等感と欲望)の間隙を
    縫って浸透してくる、エイリアンにも似た不気味さを感じます。

    日蓮もその意味では同じ落とし穴にはまったのでしょうか。

    これから、さらにブログを読み進め、学習してみたいと思います。
    本当にありがとうございます。

  5. 再度アピールです。

    創価が嫌になっても、他の教団に行く人、組織と信仰は別だからと個人信仰を始める人いますよね。
    キリス教トやイスラム教を始める人はあまり聞きませんね。
    仏教、それもまたまたどうして日蓮系。或いは法華経信仰です。

    それはなぜなんだろうか?
    そしてそれは正しいのか?
    良いことなんだろうか?
    それに正しいとか、いい悪いがあるんだろうか?
    教義は何を根拠に成り立ってるのか?

    私はこれらがずっと明快になりました。

    私自身、もう宗教なんてこりごりと思ってますが、このブログは布教目的のものではないし、押し付けがましくない。
    勉強にもなるし、楽しく読めますよ。

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