イマジン

みなさん、想像してください。

世界中の人が創価学会員になったとしたら。

世界中の人が毎日勤行唱題にはげむ姿を。

白人も黒人もアジア人も法華経を声に出して、

カラーコピーのご本尊を拝み、座談会で体験発表して、

みんなが同じような満面の笑みをうかべて拍手する姿を。

みなさん想像してください。

世界中の人が創価学会員になったとしたら。

毎年世界中の人が使い道の知らされない多額のお金を徴収され、

金額が多い人ほど幸せになれると言われ、借金してでもお金をさしだす姿を。

みなさん想像してください。

世界中の人が創価学会員になったとしたら。

決して姿も声も出さない池田氏のメッセージのとおり、世界中の法律が創価の都合で統一された姿を。

みなさん想像してください。

世界中の人が創価学会員になって、

世界中の文化遺産が邪宗だという理由ですべて破壊された姿を。

人類の歴史のほとんどを間違いだったと定義し、

これからは創価学会の思想だけが正しくて、

それ以外の考えを持つものは地獄に堕ちると世界中の人が考えるようになった姿を。

みなさん、想像してください。

世界中の人が創価学会員になって、

世界中の子どもたちが、創価学会の思想しか知らずに育っていく姿。

創価学会員であるということは、どんなアプローチだったとしても

そうした世界をつくることに加担しているということです。

みなさん想像してください。

そんな世界が人間の理想だと思うかどうか。

 

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イマジン」への27件のフィードバック

  1. 創価が宗教団体だと思い込んでいるかぎり、学会員はそこに依存することを何が何でも正当化しようとしようとして屁理屈をひねり出そうとする。創価の現実に無理矢理ふたをして認めようとしないことこそがMCされている証拠だと思います。だからそのMCが解けないかぎり、創価が宗教じゃないということがわからないのだと思います。MC下では、思い込まされていることに気づかないですから、いくら目の前に客観的な事実をならべたところで、それが理解できないのでしょうね。覚醒以前の私の何十年もそうだったので、よくわかります。馬の耳に念仏とはこのことです(笑)。

    先日に紹介させていただいた「宗教を語る Think about religion.」
    http://shukyo-kataru.com/
    にしても、MC下の学会員の脳では、ただの屁理屈にしか思えないでしょう。でもそれでもなんとか覚醒の糸口をつかめないかと思っているので、毎日こうしてネット上に書いています。私が覚醒したきっかけも、創価に関するネット上の多くの情報があったからです。

    現在3人の活動家の方がこのブログにコメントされています。面白いことに、3人とも自分の判断である程度組織から距離をおいている方たちです。できればこの方たちとの対話の中で、覚醒した方との違いを掘り下げることで、さらに創価の実態が浮き彫りになればいいなと思います。

  2. ポラリスです。やっと皆様方の名前と立場が分かるようになりました。元学会員、学会員で組織に疑問のある方です。どちらかと言えばバリバリの学会員よりも
    脱会された方のほうに興味があり共感出来る部分があります。やはり組織の問題は過剰なノルマと成果主義だと思います。組織に利害を持ち込んだら信仰の世界ではありませんね、私も新聞啓蒙しましたが、やはり折伏と違い違和感がありますね、私は学生部の頃から数については違和感がありましたが、元学会員の方は覚醒される前はずっとMCされていたのでしょうか、又楽しい時は無かったのでしょうか宜しくお願いします。

  3. >やはり組織の問題は過剰なノルマと成果主義だと思います。
    いいえ、問題は創価が宗教ではないことに気づかない会員だと思います。そこにはやく気づいていただければと思うばかりです。

    >組織に利害を持ち込んだら信仰の世界ではありませんね。
    もともと創価は信仰の団体ではありません。どうしてそのことがわからないのかというと、ポラリスさんが他の多くの学会員と同様MCされているからです。
    このごろ毎日書いていますが、たとえ創価の過剰なノルマと成果主義が改善されたとしても、創価はもともと金目当ての詐欺集団であって、宗教団体ではないのですから、改善するとかしないとかの問題ではありません。改善の余地など微塵もありません。そんな問題ではないことにはやく気づいていただきたいですね。
    私は生まれた時から2年前に覚醒するまでの53年間MCされていました。二世三世はみなさんそうだと思いますよ。たとえ楽しい時があったとしても、そんなことは関係ないです。暴力団の家族として生まれ、50になるまで暴力団の一員として犯罪や暴力団同士の抗争を重ねてきた人が、楽しいこともあったから暴力団も許されるということにはならないでしょ。これも先日話しましたよね。過去の自分の記憶や体験に、いいことがあったら、それが暴力団でも右翼団体でも過激派でも軍隊でも存在価値を認めていいものでしょうか。

  4. 私は今日55歳を迎えました。入会55年です。シニフィエさんと同じぐらいでしょうか
    私もシニフィエさんも暴力団員だったのでしょうか、また、53年間Mcされたとありますが、組織の打ち出しに何も疑問も持たず、ただ言われるままにやって来られたのでしょうか、私はたとえ脱会したとしても自分がMcされたとはおもわないと思います。確かに組織は巨大化し官僚化し、制御不能になっています。これは学会だけではないと思います。完成された組織はそれを維持する事が目的になり大事な会員は働きアリのように消耗されているのです。この問題は極論すれば個人と組織の関わり方だと思っています。宜しくお願いします。

  5. お誕生日おめでとうございます。私より数ヶ月若いんですね(笑)。
    私もポラリスさんも暴力団の御曹司だったんですよ。それが当たり前の環境で育ってきた。それ以外は間違った世界だと教えられてきた。
    ポラリスさん、一般的な組織論と創価学会の問題を一緒にしても何の意味もないのではないでしょうか。組織が小さかろうが大きかろうが、暴力団は所詮暴力団です。人様に迷惑をかけないと存続できない組織です。もう一度言います。創価学会は宗教ではない。生まれた時から宗教だと思い込まされてきたが故に、そのことに気づく機会が50年以上もなかったのです。これがMCでなくて何なのですか。
    たとえば東電が目先の利害を優先することで原発をいたずらに拡大させ、リスクを考えずについにはあのような事故をひきおこした。もちろん東電だけが悪いのではありませんが、直接的には東電のあまりの利益優先主義によって、何の罪もない多くの人がたいへんな目に遭っているわけです。
    創価はもともと会員を食いものにするためにつくられた組織ですから、大きかろうが小さいままだろうが、会員は不幸になるだけです。それ以外の道はありません。利用されるだけ利用されて捨てられます。それは末端会員だけではなく、中枢部の幹部だって池田氏にちょっとでも逆らったら、簡単に捨てられます。それが創価学会の歴史です。ポラリスさんが創価というスクリーンに映し出している幻想は、創価の本質とは全く関係のない、身近な人間関係を創価の信仰によるものと勘違いしていると思います。そう思いたい気持ちはわからないでもないですが、しっかりと自分の目で現実と向き合うことをおすすめします。もう一度言います。ポラリスさんの個人的な人間関係と、創価の組織とは断じて関係ありません。
    ポラリスさんが魅力を感じていた学生時代の学会員が、いま幸せになっているかどうか調べてはいかがでしょうか。自分の人生を変えるほどの人が、実際にどんな人生を歩んできたのか確かめてみるのも、客観的に創価を見るひとつの方法かもしれませんよ。

  6. 有難うございます。昨年、東京へ行ったとき学生部時代にお世話になった婦人部の大家さん、または後輩たちに再会しましたが、皆さんお元気でしたよ。支部長、
    地区部長になっていましたが、良い後輩です。ただ区長になった後輩は忙しいのか、会いたくないのか会えませんでしたが、私は先生以外は会長以下皆同じ
    先生の弟子だと認識していますので、役職で人を見る事はありません。ですから組織で役職でものを言う幹部は信用していませんし、間違いは間違いとして、正しています。上の幹部になればなるほどMcが強いような気がします。会員一人一人の幸せよりも組織目標を優先し視野の狭い幹部が多いようです。宜しくお願いします。

  7. signifieさん、創価が宗教団体ではない、詐欺集団だと断言するのは対話を難しくしてしまうと思います。
    私も宗教を悪用した詐欺まがい商法だと確信しますが、MC中の方には刺激が強すぎて受け入れられない気がします。
    選挙の強要、新聞のノルマ、財務の煽り、その他お金のかかること全般に集約される学会活動がはたして信仰上の方便なのか目的そのものなのかを冷静に考えられればわかること。
    大昔から打ち出しのすべてがこれらにつながることが明白なので、確信犯、自浄困難な団体ですよね。

  8. こんにちは。

    GW如何お過ごしですか? 以前は有効期間とかいって、
    目的のために友達と会う事もありましたが、そんな事考えず
    心の底から友達との時間を楽しめています。

    所で、池田氏の事を先生と読んでいましたが、何でなんでしょうかね?
    何の先生なんですか? 何の師匠なんでしょうか?
    先生や師匠は、自分で選び教えを請うものだと思いますが、どうでしょう?
    今更ながら、疑問が湧いております。

  9. 私もまりこさんのお考えに同意です。

    signifieさんの気持ちは十分理解してますし、正解ですが対話をするには相手あっての事ですからね。

    機根に合わせる・・・いやいやこれも創価言語・・・ポラリスさんの状況も配慮した上での対話を希望します。

  10. まりこさん、お久しぶりです。アドバイスありがとうございます。
    そうですね。私もちょっと熱くなってしまいました(笑)。反省します。
    対話には、お互いの立場をはっきりさせて行うことが大前提だと考えているので、ついそこを強調するあまり、学会員の方の気持ちを逆撫でするような表現になってしまったかもしれません。以後気をつけますね。

    確信犯というのは、それが悪いことだとわかっていて罪を犯す人のことではなくて、それが正しいと確信して罪を犯してしまう人の意味ですが、中枢幹部以外の学会員はまさに確信犯にあたると思います。学会は正しいという確信のもとに罪を犯してしまう人だと思います。逆に中枢幹部は確信犯ではなく、罪だとわかっていて罪を犯す人ですから、まんま罪人ですよね。

  11. >私は先生以外は会長以下皆同じ先生の弟子だと認識していますので、役職で人を見る事はありません。

    ちょっと言葉をなくしてしまいました。ポラリスさん、師弟関係というものは仏教とは何の関係もありません。あえていうなら儒教の教えです。仏教の根幹をなす中道思想は、この世のすべてのものは仮の姿であり、それに執着する(煩悩)を捨てないかぎり、悟り(正しい視点)を持つことはできないという考えです。このこととまったく逆の現世利益(功徳、福運)を強調して、ものごとの本質から目をそらせ、ひたすら現世利益のための代償(財務)を会員に求める創価の指導は、仏教から遠く離れたものだと私は思うのですが、ポラリスさんにとって創価が仏教の信仰であるかないかは問題にならないのでしょうか。また、先日紹介したサイト「宗教を語る Think about religion.」http://shukyo-kataru.com/ の仏教と日蓮の項目を読んでいただけるとよくわかると思うのですが、日蓮の教義は本来の仏教とはまったくちがうものです。ポラリスさんは「日蓮世界宗創価学会(創価学会が宗門から破門された後に発表した正式名称)」という現世利益が基本である新興宗教団体の一員としての自覚はあるのでしょうか。

  12. 何度かコメントさせていただいています。50代婦人部のハナ子です。

    私が非活に転じたのは主に「新聞、選挙」が原因ですが(財務はいつも1口しかしてなかったので)、非活に転じたあとも創価学会は宗教団体だと信じていましたし、日蓮の教えは最高、お題目の力で宿命転換できると信じていました。
    組織さえ変わってくれれば、また組織に戻るのにと思っていました。

    そんな私が組織ではなく創価そのものがおかしいと気づき始めたのは、
    ほかのブログで、ある幹部が「教学は組織を分裂させる」と教学軽視の発言をしていたことを知ってからです。

    「想学談林-管理者の部屋」
    http://sougakudanrin.blog.shinobi.jp/%E6%9C%AA%E9%81%B8%E6%8A%9E/%E3%80%9020140228%E3%80%91%E6%B0%B8%E9%81%A0%E3%81%AE%E6%8C%87%E5%B0%8E%E8%80%85%E8%80%83

    「創価学会は教義論争により分裂する(危険性がある)。それを防ぐのは師弟でしかない!」と、組織内で「師弟不二」が語られはじめた。

    幹部の思惑で勝手に創価の方針が決められたの?
    日蓮の教義に「師弟不二」なんてないんですね?
    日蓮の教義を勝手に「創価流」に変えられたものを押し付けられていただけなんですね?
    そもそも日蓮の教義も仏教からみたら異端みたいですが。

    今まで自分がMCされているなんてこれっぽちも思ったことなかったです。
    でも「創価流の教え」が日蓮の教義とは関係ないこと、人間革命が作り話であること、いろんな事実(各国の大学から受ける表彰はお金で買っている、芸者写真をねつ造した、裁判に負けている、etc)、これらすべてを意図的に隠され、何も知らされず、創価学会は素晴らしいと思いこまされてきたことが、まさしくMCだったんだとわかりました。

    TVで聖教新聞のCMが流れるとぞっとします。
    先生のお手紙だと思って配達していたのに…
    その先生の人間性も疑問だらけです。

    広宣流布大誓堂では、先生の音声を流しているそうですね。
    それに唱和して勤行・唱題するってどんなオカルト?
    先生が亡くなったあとも続けるのでしょうか。
    学会員は心の底から有り難いと思っているんでしょうか。
    その感覚についていけません。

    この半年間でだいぶ気持ちが変わってきました。
    ただ創価に対する思いは複雑で簡単に決別できません。
    創価の庭で育った私は、家族ぐるみでお世話になった恩人がいます。
    脱会することは恩人に対する裏切りになるんじゃないかと、それが心のひっかかりです。
    また頼っている人もいます。
    頼れる人、相談できる人がいなくなってしまうのも不安です。

    脱会についてはなかなか決心がつきませんが、時間をかけて考えていきたいと思っています。

  13. まりこさん、三枝さん有難うございます。先生とは人生の師匠の事です。私は、先生の指導を読めば読むほど組織が理想と違う事が良く分かります。先生は創価学会も人間主義が無くなったら邪教だと言われた事がありました。まさしく今の組織は邪教なのかもしれません。私に師弟がある限りブロックで人間主義の組織を創ってみたいと思います。先生の評価は二分されていますが、弟子の境涯て゛師匠の境涯ははかれないと思います。組織の学会員よりもこのブログにコメントを寄せる元学会員の方々のほうが人間主義に感じられるのは不思議です。宜しくお願いします。

  14. ハナコさん

    そのブログうんちゃんですよね。
    ここに読んでこよっかな。
    議論深まると思います。

  15. ポラリスさん、気に障ったらお詫びします。すみませんでした。でも正直なところ、学会員の方と覚醒した人間との間には、これほどの認識の違いがあるということはわかっていただきたいと思います。そして、どうしてかつては同じ理想に燃えて活動していた同志が、このように違ってしまったのかということも、自分でしっかりと考えていただきたいと思います。その気持ちがあのような言葉になったのだと理解していただければと思います。

    ポラリスさんの人生の師匠が4年ものあいだ、なんの説明もなく姿を見せないのはなぜだとお考えですか。池田氏を心から人生の師匠と慕う弟子のあなたがたに一言ぐらい説明があってもいいのではないでしょうか。それともそれをさせないのは師匠をとりまく幹部なのでしょうか。幹部は師匠の言うことを聞かずに、弟子から師匠を隔離して勝手に組織を動かしているのでしょうか。そのあたりのことが会員に何一つ知らされないのに、会員は何も疑問すらもたずにもう4年間も経っているのです。
    ポラリスさんは聖教新聞に載っている池田氏の文章や短歌を、ほんとうに今の池田氏が書いていると思っているのですか。人生の師匠から指導して欲しいと思いませんか。せめてひと言でも人生の師匠の声ぐらい聞きたいと思いませんか。また師匠はそんな弟子たちの気持ちをわからないのでしょうか。応えてあげようとは思わないのでしょうか。それとも何か考えがあって、何も言わずに姿を現さないのでしょうか。それとも創価の師弟にコミュニケーションは必要ないのでしょうか。4年もの間、弟子に姿も見せず、声すら聞かせない師匠をそこまで慕うポラリスさんの気持ちがわかりません。それともすべては師匠ではなく組織を運営している幹部が悪いのでしょうか。師匠は幹部に対して何の力も持っていないのでしょうか。幹部も師匠の弟子ですよね。創価の言う師弟不二とはそうしたものなのでしょうか。
    もうひとつ、きのうも書きましたが、師弟不二というのは仏典にも御書にもありません。池田氏が勝手に言い出したことです。創価は仏意仏勅の教団というわりに、仏教とはなんの関係もない師弟不二という言葉によって、ポラリスさんは池田氏を人生の師と仰いでいるわけですが、ポラリスさんにとって仏教とは何ですか。べつに創価が仏教でなくてもいいのでしょうか。それでは仏意仏勅ではありませんよね。その矛盾に師匠や組織は何か答えてくれましたか。

  16. 私は人生のなかで、心こそ大切なれ、人の振る舞い、報恩感謝を大事にしてきました。これは先生が常日頃から言われている事です。仏教の慈悲、キリスト教の愛にしても教儀よりも教えの普遍性が重要だと思います。戸田先生は牧口先生が日蓮正宗に入るから入ったわけで、池田先生も戸田先生が戦争に反対して牢屋入った人だから、この人の言う事は信用できるし、話も普遍的で分かりやすいと言う事で入会しています。私も先生が学会だから学会員なので、もし先生が天理教なら天理教をやっていると思います。私は先生と直接会ってお話した事はありませんが、学生部時代から先生の書物は読破してきました。先生の一貫して変わらないものは、宗教を超えた普遍的な人間主義だと思います。宜しくお願いします。

  17. >先生の一貫して変わらないものは、宗教を超えた普遍的な人間主義だと思います。

    なるほど、ポラリスさんは池田氏の本や講演に感銘をうけて、自分の人生を池田氏に賭けたということですね。だから組織がいくらおかしいことをやっても、それは幹部のせいであって池田氏は関係ないと。ポラリスさんは、池田氏の書物や講演の原稿を池田氏が書いていると本気で信じているのですね。そしてポラリスさんが創価の信仰をしているのは、それが仏教だからとか、日蓮の教えだからというのはどうでもよかったというわけで、池田氏がそう言うからそうしたということですね。「宗教を超えた普遍的な人間主義」とは何か私にはわかりませんが、そこまでおっしゃるなら、とことん池田先生を信じて学会活動に励んでください。

    創価の幹部面接のときによく質問されるのが、「あなたは池田先生のため死ねるか」というものがあります。そんなことを質問する幹部も幹部だと私は思いますが、ポラリスさんは喜んで「はい!」と答えるのでしょうね。

    やっとポラリスさんがカメレオンさんやYさんとはかなり違っていることがはっきりしてきました。ポラリスさんのおっしゃることは、もちろんご自分で考え感じたことをお話されているのだと思います。ただ私には、典型的な池田フリークの常套句のようにしか聞こえません。こんなことを言うとまた叱られそうですが、純粋な学会員さんほど判で押したように同じことを口にされます。ですから驚きもしません。ああ、この人もかという感じです。怒らないでください。事実を正直に申し上げているだけですから。ポラリスさんが誠心誠意コメントされていることがよく伝わってきますので、私もいい加減なことでお茶を濁しては返って失礼ですから、率直に申し上げているつもりです。

    私はポラリスさんほどではないにしても、2年半前まで創価を信じていました。池田氏や創価全体の実態に気がついた時のショックは大きかったです。それでうつ病になって、いまでも病院に通っています。でもいろいろ調べていくと、うつ病に処方される向精神薬が、かえって病状を悪化させたり、薬の副作用で依存症になり、一生薬を飲み続けなければならないようになることに気がつき、今は少しずつ減薬しているところです。でも2年間飲み続けてきたので、薬の量を減らすということは、禁断症状も襲ってくるわけで、聴覚過敏になったり、何とも言えない気持ちの悪い頭の圧迫感に悩まされています。まさか病院の先生が患者を苦しめるようなことはしないだろうと普通は誰でも思いますが、少なくとも心療内科および精神科に関しては、そんな医療倫理が通用しないところなんだということがわかりました。どうしてこんな話をするのかというと、ものごとは自分で調べて、自分の頭で考えなければ本当のことはわからないということです。ポラリスさんのお話が、学会員が誰でも口にするステレオタイプだということは、学会員が同じような思考になるように操作されている証拠ではないでしょうか。私の場合、池田氏に心酔してはいませんでした。組織もおかしいと前々から思っていましたし、身近な学会員にもついていけないことがよくありました。でも日蓮仏法は間違いないと信じていました。おかしいのは組織であって、日蓮仏法に間違いはないんだと思っていました。でも自分でいろいろ調べました。そんなときにネットはとても便利です。情報はいくらでも出てきます。ただしどこまでが本当のことかは自分で見極めなければなりません。それで最終的に学会員のブログにコメントをしてみると、その狂信的な対応で私は目が覚めました。現役活動家の異様な言動が私の目を覚ましてくれたのです。私のようないい加減な会員でもそのショックによって心が壊れるほどだったのですから、私などとは比べ物にならないほど池田氏を信じているポラリスさんが、池田氏の実態に気づかれたとしたら、いったいどうなってしまうんだろうと心配です。そこまで池田氏を信じているポラリスさんなら、気づかないほうが幸せなのかもしれません。ですから私からはもう何も言うことはありません。もしポラリスさんが創価の真実に気づかれることがありましたら「そういえばあのブログであんなことを言っていたやつがいたなあ」と、ちょっとだけ思い出していただけたら嬉しいです。それではこれまでの失礼な発言の数々お許しください。

  18. ポラリスさん初めまして。
    三世未活学会員のcallと申します。よろしくお願いいたします。

    signifieさんのご質問の繰り返しになりますが、
    「ポラリスさんの人生の師匠が4年ものあいだ、なんの説明もなく姿を見せないのはなぜだとお考えですか。池田氏を心から人生の師匠と慕う弟子のあなたがたに一言ぐらい説明があってもいいのではないでしょうか。それともそれをさせないのは師匠をとりまく幹部なのでしょうか。幹部は師匠の言うことを聞かずに、弟子から師匠を隔離して勝手に組織を動かしているのでしょうか。」
    とのご質問は、どのようにお考えでしょうか。

    特に後半のご質問に関連しますが、池田先生は本当は車いすで自力で歩けず脳も損傷しており声もうまく出せない状況ではあるが、弟子の前に出たい、東北の大地震で苦しんだ同志の元にも激励に行きたいと思っているのかもしれません。
    しかし、衰えた先生の姿を見た会員のショックを恐れた幹部にそれをさせてもらえず、信濃町のとある施設に半ば幽閉状態で、幹部が勝手に池田先生の名を騙って組織を動かしているという見方も可能なのです。

    弟子として、心配ではないのですか?
    本当の師匠と弟子なら、大地震で苦しんだ東北の同志の元へまっさきに激励にかけつけるのが本当の師匠であり人間主義の実践だと思いますし、弟子であるならば、もう4年も姿を表さない師匠の安否を心配し、安否確認の何らかの行動をするのがあたりまえではないでしょうか。

  19. ポラリスさん初めまして。学会2世のハナ子です。

    私もこれまで池田先生の指導を心の励みに心の支えにして生きてきました。
    また、母が暗い人生から明るい人生へ変わっていく姿に、病床で蘇生していく姿に、題目はすごいと題目の力を信じて生きてきました。今でも多少は信じています。

    ですが、いろいろ調べていくうちに池田先生に対して疑問がでてきました。
    ポラリスさんは戸田先生が亡くなられたとき池田先生がご遺族に対してどんな行動をとられたかご存知でしょうか。
    それは「心こそ大切なれ、人の振る舞い、報恩感謝」とは正反対の行動です。
    それを知って愕然としました。

    創価学会は情報を遮断して、幹部の行動や思惑を隠して、さも創価学会だけが「崇高な教え」を教えてくれる清廉潔白な団体であるかのような錯覚を学会員に与え続けています。
    そのことに最近ようやく気づきました。
    「心こそ大切なれ、人の振る舞い、報恩感謝」はそんなにすごい教えでしょうか。
    日本人なら、当たり前の道徳として身に着けている考えではないでしょうか。
    外部の人に言ったら「そんなの当たり前でしょ」と笑われそうです。

    私は学会2世で生まれてすぐの入会です。
    世間一般の宗教観を知らずに育ちました。
    女子部になりたての頃は、不幸の原因は邪宗によるものと教えられたので、
    寺社を参詣する外部の友人をみて、不幸の原因を作ってかわいそうと思っていました。
    その「不幸の原因は邪宗」も信者を離れさせないための創価学会のねつ造だったんですよね。
    信者=金づるだから。

    つまり創価学会の理念は「宗教を超えた普遍的な人間主義」なんかじゃなく、
    信者=金づる、金づるは逃がしてはいけない、ってただそれだけなんだと思います。
    それに気づいてしまったから、
    感動しながら読んだ先生の指導(それもゴーストライターみたいだし)は一体何だったんだろうと、やりきれない気持ちでいっぱいです。
    いまだにどう消化していいかわかりません。

    ポラリスさん
    池田先生が裏で非情な行動をとろうとも、裏に隠された腹黒い思惑があろうとも、
    表面に出ている書物の文章が立派ならそれでいいのでしょうか。
    (しかもそれはゴーストライターが書いたもの)
    ちょっと立ち止まって考えてみてください。
    そして創価学会には隠された真実(意図的に末端の信者には隠している真実)がたくさんあることについても考えてみてください。

  20. みなさん、こちらでは初めまして。カメレオンと申します。

    今日初めてこちらのページを閲覧させていただきました。
    signifieさん、あちらのページでの「学会員十把一絡げ」云々の私の苦言は取り消させていただきます。失礼しました。

    今の私の学会に対する思いは、ハナ子さんの「組織さえ変わってくれれば、また組織に戻るのに」というのに近いところがあるように思います。

    私は第2次宗門問題が持ち上がった頃、学会活動から離れました。勤行唱題は1人でも続けようと思っていましたが、そのうちほとんどやらなくなりました。日蓮の思想や仏教や宗教についての勉強だけは続けていました。

    そして1998年、時に私の家を訪れる学会員が「ご本尊を新しいものに換えないか」と言ってきました。私は「畳や女房とはわけが違うんだから、そう簡単に新しいものっていうわけにはいかないだろう」と反論しました。すると後日幹部がやって来て「我々は今あのルターがやったような宗教革命を目指している。これからはご本尊・大聖人・御書直結の信心の時代なんだ。新しいご本尊というのは旧態依然たる日顕宗に対するレジスタンス運動の一環として行っている」という説明を受けました。

    私は当時ある個人的な問題で苦しんでいました。また「組織なんてできればない方がいいんだ」と前々から思ってもいたものですから、「ご本尊・大聖人・御書直結の信心」という言葉には共感を覚えました。これを機会に改めて信心に取り組んでみようと思いました。

    その後結婚し、数年後妻も入会・入信しました。しかしその頃からまた学会の組織のあり方に疑問を持つようになりました。細々したことは煩わしいので避けますが、私が一番驚いたのは当時のイラク問題に対する公明党の冬柴に代表される方針でした。

    冬柴は「平和、平和っていくら言葉だけ重ねても意味がない。行動が伴わなきゃ意味がない」という趣旨のことを臆面もなく喋っていました。それってある意味自分の親分に対する批判なんじゃないのか?そんなこと言ってて本当にいいのか?と強い憤りを覚えました。

    さらに驚いたのはその頃の選挙活動で私の家を訪れた学会員の言い草でした。以上の理由で今回だけはどうあっても協力できない旨述べたところ、その学会員は「いや、難しい政治問題に関する公明党の方針はともあれ、選挙活動即信心なんだから」というものでした。自分で考えないにも程があるだろ、と私はもう怒る気にもなりませんでした。

    当時の聖教新聞紙上の幹部座談会では相も変わらず不毛な日顕宗批判・脱会幹部批判ばかりで心底あきれ返りました。そんな中、野崎勲さんがイラク問題について平和主義者の立場から短いコメントを寄せていたのが唯一の救いでした。

    その頃から今に至るまで、再び学会活動から遠ざかっています。もう10年程になるかもしれません。今まで「不即不離」という抽象的な言葉で濁してきましたが、事実を正直に語れば以上のような体たらくです。我ながら脱会者以上に辛辣かもしれません。

  21. カメレオンさん,コメントありがとうございます。
    今回のコメントでやっとカメレオンさんのお話が理解できたような気がします。といいますか、お話が素直に入ってきます。私と同じようなところで創価に疑問を感じておられたのですね。ちょっと安心しました(笑)。
    また、昨夜ポラリスさんとの対話を通じて、カメレオンさんとはまったく違うんだということもわかりました。こうして多少の衝突はあっても対話を重ねる中でお互いの理解が生まれるんだなあと、あらためて思った次第です。カメレオンさんとポラリスさんは、むしろ真逆のスタンスだったんですね。それがわからなかった私はなんともお恥ずかしいかぎりです。
    ポラリスさんは筋金入りの池田崇拝の方でした。組織がどうあっても池田氏に一生ついていくといった勢いには驚きました。また私が見当違いなことを言わないためにも、よかったらここであらためてカメレオンさんの池田氏に対する思いを聞かせてください。よろしくお願いします。

    もしyさんがここを読まれていらっしゃるのであれば、yさんにも池田氏と中枢幹部と一般会員とyさんのスタンスお尋ねしたいです。よろしくお願いします。

    ということで、現在、これまでにはなかった現役創価学会員さんと、脱会した方々との対話が進行しつつあります。両者はかつては同じ信仰をもつものとして活動いたところ、あることをきっかけに片や180度、創価の見方が変わった方々です。もちろん私もその中のひとりです。これまでこの両者は、お互いを認めることなく、自分の考えを主張することで、ますます溝を深め、ときには罵倒したり、かわいそうにと上から目線で卑下したりといったことがネット上に渦巻いていました。こんな泥沼の状態からは何も生まれず、ときには自己主張だけが目的の面白半分の投稿があったりと、両者の対話は望めないのかと思ってきた矢先でした。今回の現役学会員さん3名との対話。これはもしかしたら画期的なことなのかもしれません。まだ対話がどこに行き着くのかはまったく見当もつきませんが、覚醒した方のコメントはもちろん、多くの現役学会員さんのコメントを是非ともお待ちしたいと思います。みなさま、よろしくお願いします。

  22. callさん、ハナコさん、カメレオンさん有難うございます。「組織さえ変わってくれれば、また組織に戻るのに」私は二度と地区には戻りません。その変わりブロックを人間主義の組織に構築したいと思います。私は師弟を根本に信心をとらえてきました。私は先生と面識はありませんが、逆にそれが良かったのかもしれません。
    側近でも退転された方がいましたから、師弟は物理的な距離ではないのですね、
    幹部面接で「あなたは池田先生のために死ねるか」の問いに「ハイ」と答える人は
    弟子ではないと思います。またそういう質問をする幹部も弟子ではないと思います
    。私が学生部ころの幹部面接もそういう雰囲気がありましたね、男子部もそうでしたね、とても嫌な思いをした記憶があります。ただ一人だけ先生の人間主義を実践されている方がいました。その方も組織の官僚化を心配していて、方面幹部として組織に人間主義の血液を流す戦いをされていると思います。組織の中にも危機感を持っている方はたくさんおられると思います。このコメントを見て少して゛もお互いが理解できたら良いと思うのですが、宜しくお願いします。

  23. signifieさん、みなさん、こんばんは。

    私は池田先生(敢えてこのように呼んでおきます)に対して昔から今に至るまで特別な思い入れはありません。

    昔ある学友が自分の机の上に太ったおじさん(本当に誰だかわかりませんでした)の写真を額縁に入れて飾っているのを見て驚き、別の学友が「池田先生は神様のような人だ」というのを聞いて驚き、先生が講演を終えてその場を立ち去るのを見送ろうと、その場にいた数百人という学生たちが手を振りながら一斉に先生の方へ駆け寄る姿を見て驚き、「フォーエバー、せんせーい」と唱和するのを聞いて驚き、こういう世界もあるもんなんだ、と皮肉でなく世界の広さに目を開かされる思いだった記憶は今でも鮮明に残っています。

    それと前後して、まだ入信前の時期に『人間革命』全十巻(当時)を自主的に読んでみました。戸田先生の出獄に始まる学会の歴史を軸にした一種の戦後史としてとても興味深く読めましたが、学会員の先生に対する思いへの理解にはつながりませんでした。

    その後入信してからも、日蓮教学とともに、随筆やら詩集やら対話集やらの先生の著作物(とされているもの)はかなり読みました。本幹等での先生ののお話もかなり聞きました。しかしやはり学会員の先生に対する思いへの理解にはつながりませんでした。

    私は私なりに学会員の先生に対する思いの秘密?を理解しようと努めてきたつもりですが、正直今に至るまで理解できないでいます。

    一方、特に第2次宗門問題以降は、『地涌からの通信』をはじめとする学会系の日顕宗批判本とともに、学会及び池田先生に対する批判本もかなり読みました。しかしそもそも学会や池田先生に対して特別な思い入れが持てない私には、いずれにしても組織間のくだらない権力争いに由来する泥仕合以上のものには思えませんでした。

    そんなこんなで従前申し上げたように「ご本尊・大聖人・御書直結の信心」というスローガンに一縷の望みをかけて学会に復帰しました。しかし現実は違いました。

    2000何年のことだったか、まずは創価学会会則?に三代までの元会長を永遠の指導者とするとかいう文言が新しく入ったと聞きました・・・まあいい、会則なんて所詮世渡り上の形式的なもんだ・・・その後間を置かずして新しい勤行要典を手渡されました。そのご観念文にも同様な新しい文言が入っていました。私はその幹部に苦言を呈しました、「会則はまあいいですよ、でもご観念文というのは我々が宗教的な儀式において日々心の中で念ずるものでしょ? その中に変転極まりない俗世の組織の元会長を永遠の指導者と仰ぐことを潜ませるっていうのは尋常じゃないですよ」。その幹部は言いました、「いや、学会員みんなの思いを形にしたまでですよ」・・・(みんなって一体誰のことだよ! ふざけんじゃねーよ! こんなの絶対に使わねーよ!)と、私は心の中だけでその幹部を罵倒しました。

    ・・・今日はもうやめにしますね。

  24. 初めまして、ダンと申します。
    30代後半、男性、2世、元創価班です。

    今年の3.31に脱会し、ご本尊も学会に返却しました。

    奇しくも翌日の4.1は、管理人さんにとって、減薬宣言をされた日
    なのですね。。 共に歩んで行けたらと思います。

    イケダセンセーの人間主義・・。
    もはや僕にとって、単なるシラケる言葉以外のなんでもない。

    そんなに素晴らしい主義をお持ちの方なら、なぜ、これだけ矛盾だらけの
    臭いものに蓋をする巨大組織を、改善しようとせず、放ったらかしにしてるんでしょうかね。元気な頃から、何の手も打ってこなかったでしょ。
    (いや、打っていたのかもしれませんが、少なくとも我々、末端の会員には、
    その兆候はみられませんでした。)

    その崇高な人間主義をお持ちの方を頂点とする巨大組織で
    少しでも人生を改善すべく懸命に活動をし、要らぬ苦労を背負い、
    結果、人生を棒に振っていった無数の人達がいる事実。

    本当は、皆、気付いているんですよ。。

    でも見ないふりをしているだけなんです。

    馬鹿馬鹿しい

  25. ダンさん、コメントありがとうございます!
    若くして気がつけてよかったですね!おめでとうございます!
    そうですね。創価の組織に問題があることは、普通に見てもわかります。といいますか、創価は何の問題もない素晴らしい組織だと本気で思っている人は、完全にMCされていると考えて間違いないと思います。現役学会員の多くも、そこまで言い切れる人がどれだけいるかはわかりません。ここにコメントされている現役学会員の方も、創価の組織は問題があるとおっしゃっているとおりですね。でも創価学会が宗教団体だと信じているから活動を続けていることも間違いないですね。活動家は創価が信仰のための組織だと思っている。脱会者はそれが違うことに気がついて、ばからしくなって辞める。でもその中には、もともと信仰というものに依存しなければ自分を保てない人もいるわけで、そうした人が別の宗派や新興宗教にはまっていくのだと思います。なかでも創価から宗門に行った方は、なにかと創価を敵視して批判に明け暮れる人が多いようです。私は宗門に関してはほとんど興味がないので、それ以上のことを言うつもりもないですが、ネット上でも宗門の方の創価バッシングはすごいですよね。私が宗門に興味がないのと同じように、一般の人は創価の信仰内容に興味はありません。ただ知り合いの学会員が選挙の時だけ公明党の票取りに満面の笑顔でお願いに来るので、そのときだけは創価学会の存在を意識するのでしょう。一般の人たちは学会員が思っているほど創価に興味があるわけではありません。なのに学会員は創価こそが世界平和を目指している純粋な団体だと思い込んでいます。これも脱会したからこそわかることであって、創価の人は一般の人がどのように見ているのかが見えていないようです。ダンさん、創価の間違いに気がついたからこそ見えてくるものがたくさんありますよね。
    ダンさんは、脱会後に自分の生き方をどのようにしようとお考えですか。それから創価の間違いに気づいたあとの精神的なショックは克服できているのでしょうか。ダンさんは二世だそうですが、ご家族はダンさんの脱会をどのように受け止めていますか。よかったらお聞かせください。
    それから、よかったらこれ以降のコメントは一番新しい「新しいコメントはこちらへお願いします。」のページにお願いします。
    これからも率直なご意見をお聞かせください。

  26. ココロ はじめまして、ココロといいます。
    余り活動してない学会員です。
    一時期、自分でも感心する位バリ活でした。でも組織の成果主義や、
    一部の脱会者に対する罵詈雑言、宗門に対する異常なまでの攻撃、
    かぞえたら、きりがありませんが変な所だらけです。今迄は、そう思う
    自分が変なのかと思って来ましたが、ネットを見る様になって段々と分かって来ました。幸い家族も未活なので、これからどうするか自分で決め
    られます。それから池田氏ですが、造られた人間性だと言う事にも気が付きました。余り良い組織では無い事は確かです。

  27. ココロさん。はじめまして。

    一部とは言え学会員の人間性を疑う言動には辟易しますね。
    でも、もっと問題なのは、そんな下品で人格のかけらも無い言動を見過ごしたり、幹部が推奨・率先していることです。
    そのことに気づかれたようで本当に良かったですね。
    未活であれ、脱会であれ、創価学会へ財務や新聞などの経済的な協力が無ければ大丈夫です。たった1円でも、あの団体の糧になってしまいます。
    とにかく布施を絶つことが肝要です。

    あとは心情的な話です。納得が行くように、御自分の心を大切にしながら今後のことを決めていってください。
    ご健闘をお祈りいたします。

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