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おかげさまで、現役学会員の方が対話に参加されるようになって、ここのアクセス数もかなり増えてきました。それぞれの方が真剣にコメントしていただけるので、私も真剣に対応させていただいているつもりです。そしてその内容もかなり白熱してきました。しかし歩み寄りはないものの、みなさんが「対話」の意義をきちんと認識されたうえでのコメントですので、いたずらに罵倒し合ったり、見下すような、不毛な喧嘩になっていないことに本当に感謝します。とくに最近の三つの項目に、平行してたくさんのコメントが集中してきましたので、どなたがどんなことをおっしゃっているのか、わかりづらくなってきました。そこで、新しいコメントはこちらにしていただけないでしょうか。時系列を一本化することで混乱や勘違いをできるだけ避けたいと思います。どうかよろしくお願いします。

ということで、コメントは常に最新のページだけにできるように設定変更しましたので、よろしくお願いします。

新しいコメントはこちらへお願いします。」への13件のフィードバック

  1. このブログにコメントされている方は私を含めて学会の組織は間違っていると言う事においては一致していて共通認識があると思います。私は特にノルマと成果主義が問題だと思っています。他に何が問題なのか意見をお伺いしたいと思うのですが、また活動家で地区部長以上の幹部の方のコメントもほしいですね、宜しくお願いします。

  2. みなさん、こんにちは。
    以下、主にyさんにご意見を伺いたいところです。

    「創価学会のこれから」のページで、yさんによるまるさん宛の投稿の中に次の一節がありました。

    「組織も変化してきています。社会性、常識が重視されそんな無理なことはしなくなりますよ」
    「顕彰会を見て草創期の学会とダブリ反省して、我らは柔らかに法華経をひろめる路線に確実に舵をきっていると思います」

    私も草創期の学会員の方からちょっと信じがたいエピソードを聞いたことがあります。「学会員数人で押しかけていって、邪宗の仏壇を持ち出し、焼き払っちまったことがあったよ。我ながら無茶なことやってたよ」・・・そりゃ本来なら笑って済ませられる若かりし頃のやんちゃな無茶じゃすまないな、今も昔もれっきとした犯罪行為だ。住居侵入罪及び器物損壊罪だぞ・・・と心の中で思ったものです。

    そんな無茶な折伏(なのかな?)による広宣流布の方法から学会が変わりつつあるのは確かにいいことなのかも知れません。そんなふうにして時代・社会の変化に応じて組織のあり方もまた変わっていく、変わらざるを得ない。

    ところで、学会は2002年4月に会則を改変しました。ここで私が問題にしたいのは次の条文です。

    第3条 牧口常三郎初代会長、戸田城聖第二代会長、池田大作第三代会長の「三代会長」は、広宣流布実現への死身弘法の体現者であり、この会の永遠の指導者である。
    第68条 会員は、活動の基本として、この会の教義を遵守し、この会の指導に従い、この会の目的達成のため信行学を実践する。

    また2004年9月には勤行要典を改変しました。ここで私が問題にしたいのは次のご祈念文(ご観念文)です。

    1、広宣流布祈念
    ・・・・・(前略)
    創価学会初代、二代、三代の会長を広布の指導者と仰ぎ、
    ・・・・・(後略)

    「人間の運営する組織ですから、法主、師匠、会長といえども凡夫ですから、まちがいは当然あると思いますよ」とも仰っていたyさんはこのような会則及びご祈念文の改変についていかが思われますか?

    もう一つ。yさんによる三枝さん宛?の投稿の中に次の一節がありました。

    「功徳、福運のエサをぶらさげられ、罰だ、地獄だとむちを叩かれ、他の世界に目を向けないようにマスクをかけられた馬のように、馬車馬のごとく、時間と金をつぎ込んでいく哀れなMCされた学会員とでも言いたいんでしょうか? そんなナンセンスな話に学会員がまともに対話する気になりますか?」

    かつての学会員は他人の家にいきなり怒鳴り込んで仏壇を勝手に持ち出して燃やしちまっても屁のカッパだったのが今は考え方ががらりと変わりました。マインドコントロールについて私はよく知りませんが、かつての雑駁な「洗脳」概念とは違って、今は学的にかなり緻密な研究が行われていると聞き及びます。時代・社会の考え方・感じ方は変化します。少なくとも私は全身全霊を学会に捧げてきたことに対する強烈な後悔の念、そうすることによって自分が人権侵害に手を貸してきたとの思いに対する強烈な自責の念にかられておられる脱会した2世・3世の方々の切実な心情は重く受け止めなければならないと思います。

  3. ポラリスさん、そうですね。考え方の違いは違いとしてひとまず置いといて、共通の認識があることを確認できると、対話が進むのかもしれませんね。もっと多くの現役学会員さんがコメントしていただけると、ここは画期的な対話の場になると思います。ただし組織にしてみればいささか面白くないでしょう。それは会員が自分で考え出すからです。おおかたの真面目な会員はしっかりMCされていますから大丈夫ですが、多少とも組織に疑問を感じている方は、自分で考えようとします。もちろん対話とはそこからしか生まれません。MCされている人間は対話不可能です。

    「オレはお前らとは違う、間違っているお前らだ、オレが正しい」と言い合うだけでは、創価と宗門の子どもの喧嘩といっしょですよね。そして創価は数多くの宗門との裁判に負けていることは会員には内緒にしています。あのみっともない喧嘩も、もともとは創価の幹部が新聞などで煽って、会員を思考停止させる手段に過ぎないと思います。でも組織を信じている会員は新聞の内容をそのまま真に受けますから、ますますMCが強化されるんですよね。「日顕宗憎し!」を会員の頭に刷り込んでいきます。この時点で創価がおよそ信仰者の姿なのかという疑問が出てこないのがMCである証拠だと思うのですが、一般会員は気づかない。気づかされないように日々MCされ続けています。創価が聖教新聞の購読を強調するのは、まずはお金のためですが、同時に新聞がいちばんのプロパガンダの道具ですから、その手段としてなりふりかまわず宗門を罵倒するんだろう思います。はたからみればみっともないだけなんですが、それは背に腹は代えられないといったところでしょうか。

    また小説人間革命をはじめとした書籍類もみなお金と会員のMCのためのものですよね。小説人間革命など、すでにどこの誰がゴーストライターなのかもわかっているわけですから、これを創価の真実の歴史などと思わされている会員さんたちは、はやく気づいて欲しいと思います。新聞、書籍、会合を通じて常にMCされていては、真面目に活動をしていればいるだけ気がつかないということになっていると思います。その点、私は不真面目学会員でしたから、こうして気がつけたのだと思います。それでも気がつくのにたいへんな時間がかかりましたけどね。若くして気がつかれたダンさんがうらやましいです。

    創価が宗教かどうかという決定的な意見の相違はひとまず置いておいても、組織による会員へのMCによって、池田氏をはじめとした学会中枢部は一般会員の知ることのない、税金のかからない莫大なお金を得てきたわけです。そのお金の一部をつかって池田氏や香峯子夫人の名誉称号だとかを今でも買いあさっている。これも会員に対するプロパガンダですよね。一般人は池田氏が外国の大学や地方都市の市長からどんな称号をもらおうと、なんの関心もありません。そんなこと聞かされても「へ〜、そうなんだ」くらいにしか思いません。それでもおびただしい数の称号を買いあさるのは、一般会員へのMC強化のためなのだと思います。

    もっとも池田氏は人間の価値は肩書きや勲章ではないと言っていたはずなんですが、いつのまにやら勲章大好きになって、いちいち新聞にデカデカと載せるのはなぜなのかとも思います。池田氏の人間主義に金で買った勲章は必要ないし、むしろ普通に考えれば逆効果だと思うのですが、創価が仏教を根底とした民衆のための信仰団体であるとするならば、そこが理解できないところですね。これも池田氏の理念を無視した幹部組織の横暴なのでしょうか。そこに池田氏が口をはさむことができない組織なのでしょうか。それとも池田氏の心がわりなのでしょうか。

    先日の5月3日の聖教新聞一面には、どこかからの名誉称号を池田氏夫妻がもらった記事が大きく載っていましたね。その横に池田氏夫妻のツーショット写真。創価学会にとってはいちばん大切な5月3日ですが、やはり今年も池田氏は一般会員の前には姿を現しません。こうしてたまにツーショット写真が新聞に載るだけです。これでまる4年になります。でもメッセージや短歌はあいかわらず新聞に載ってきます。来年もまたこのパターンなのでしょうか。これがいつまで続くんでしょうね。池田氏が会員の前に4年も姿を現さない理由について、組織はひとことも触れません。一般会員も触れません。この謎めいた状況こそ現在の創価学会を象徴しているのではないでしょうか。

  4. 私は宗教はとても怖いものだと思います。我々は宗教選択の自由はありますが、一度選択したらその宗教の教えに従わなければなりません。その前提として宗教を選択するときに一番大事な事はそれが人間主義かどうかだと思います。その選択を間違えるとオームのようなとんでもない事になります。私を含めここにコメントされる方々は今の組織に問題がありその結果、止められたり、未活動になられたと思います。今の組織に違和感がある方が正しくて、無い方はMCで、知ってて放置している幹部は保身でしょう。問題は今の組織の現状を踏まえどうするかという事です。私は「報恩感謝、心こそ大切なれ、振る舞い」この実践が人間主義であると思います。言うは易く行いは難しです。一国を代表する最高学府がお金で称号を売買するとは思えません。また先生は同志を代表して拝受されていると思います。
    私は「人は善なり」で接しています。週刊誌は先生は悪なりで書かれています。
    私も先生も同じ人間だからと、思った事がありましたが、それは自分の境涯で捉えていてるだけで、少なくとも先生の境涯は違うと思います。先生とは元々面識がないので姿を現すとか現さないとかあまり気にはなりませんが、健康は日々ご祈念
    しています。宜しくお願いします。

  5. 私もポラリスさんと同じく「報恩感謝、心こそ大切なれ、振る舞い」の思いで活動していました。池田先生だからあれだけの対話が、執筆が出来ると本気で思っていました。対話の中への本を読み、さすが先生だって感動しました。先生の創立した大学で学びたいと通信教育もしました(卒業できてませんが)私は以前にも書きましたがバリ活でもなく池田信者でもないですが学会は、清く正しく美しくの世界と勝手に思っていました。3,4年前にポーリング博士の孫が池田先生を批判している記事をネットで見ました。ポーリング博士との対話の本にも感動してましたので正直、孫の記事はショックでした。それからアンチブログを見るようになり、疑問を幹部に聞きましたが、聞いてくれるだけでネットは見ない方が良いで終わりました。私の中で、同時中継で見る池田先生が少しづつ崩れて来ました。覚めてくると、この人自分で自慢ばっかりしている。婦人部は潮で先生の軌跡を勉強していましたが先生がひとりの会員を大切にし、各自と絆を作ったのは確か。
    スーパーマンの池田先生は本当だろうか?あれだけの執筆は池田先生だから出来るのか?去年、乱脈経理を読んで答えが出ました。スーパーマンではなかった。マイ聖教、日顕撲滅題目、アリ地獄のような財務が無ければ、私はまだ先生だけは特別と思っていたのかもしれません。乱脈経理を読んでも矢野さんがウソを書いていると思ったのかもしれません。また、沢山の表彰もお金で買うではなく沢山の寄付、例えば中国の学校にパソコンを寄付したりしての感謝で表彰されていると聞くと納得出来ました。
    ポラリスさんは乱脈経理を読みましたか?もし読んでいるならどう感じましたか?

  6. ポラリスさん、はじめまして。カメレオンと申します。

    学会では池田先生をガンジーやキング牧師と並べて語ることがありますね。

    ガンジーはイギリスからのインド独立運動、キング牧師はアメリカ黒人の公民権運動において、正に身命を賭して戦ったヒューマニスト(人道主義者・人間主義者)として世界中の人たちが宗教の違いを超えて讃える歴史的偉人であると思います。一方ガンジーやキング牧師と並び称される池田先生の業績は学会内的には世界広布の指導者としてのものなのかもしれません。

    しかし私は昔から疑問に思っておりました。ガンジーやキング牧師が人道主義者として讃えられるのは、ヒンズー教やらキリスト教やらのある特定の思想の広布ゆえではなく、正に身命を賭した人間の尊厳回復のための人道的行動ゆえだ。身命を賭した行動の伴わないある特定の思想の広布のみで人道主義者として讃えられることなどあり得ないのではないだろうか。ガンジーやキング牧師と並び称されるほどの池田先生の具体的な人道的行動とは一体何なのだろうか、と。

    並び称されるほどかどうかは別として私に思い浮かぶのは、かつて日中国交正常化に向けて池田先生が民間人として果たした功績です。当時の冷戦構造の渦中においてイデオロギーの違いを超えた人間性を信じての池田先生の行動は本当にすばらしいものだったと今でも思っております。こればかりはお金云々ではできないことだろうと信じております。中国人は一度受けた恩義に対しては一生涯礼を尽くし続けると聞いたことがありますが、正に今に至るまで日本を訪れる中国閣僚は先生及び学会を厚くもてなしてくれています。

    しかし少なくとも私には先生のこの功績のみをもって先生を人生の師匠とまで考えることはできませんでした。ポラリスさんに先生を人生の師匠とまで考えるに至らせた先生の具体的な人道的行動(人間主義的な行動)みたいなものが他に何かあるのでしょうか?

  7. 業務連絡「お気持ちはよくわかりますが、もうしばらく待っててください。おのずと結果は出てきます。」

  8. 犬好きアラフォーさん、コメントありがとうございます。
    いやいや池田センセーはスーパーマンですよ。あの顔つきで今もガンガン執筆活動をされているんですからね。私の母は3年ほど前から痴呆症になりました。今では自分の我が子の顔すら思い出せないことがあります。私の妻のこともまったく憶えていないし、私に子ども(高校生)がいることすらまったく憶えていません。その母の顔つきと、聖教新聞に載っている池田センセーの顔つきはよく似ています。まったく表情がない、というか焦点が定まっていないですね。それでもあれだけの執筆をし、短歌も詠み、全国の会員を顔も見せずに4年間も激励しつづけているのですから、スーパーマンでなくてなんでしょう。

    犬好きアラフォーさんがおっしゃるように、これまで池田氏がやってきたことといえば、会員からお金をせびるための売名行為のパフォーマンスばかりであって、社会的になにひとつ貢献などしていません。でも会員からみると、いつのまにか世界平和に貢献してきたかのように思っているんですね。それはいろんな手段で会員を騙してきたからなんですね。小説人間革命も、著名人との対談も、あたかも著名人から求められて対談しているかのように演出しています。その著名人というのは池田氏のことをよくわかっていない遠くの外国人ばかりです。国内の著名人と対談したりすれば、すぐに化けの皮をはがされますから、国内の人との関わりを持つ勇気はないようですね。聖教新聞ではいまだにトインビー博士やカレルギー伯爵との大昔の対談をいますが、トインビー博士に至っては、その孫娘が対談の実情を事細かに暴露していますね。あのときトインビー博士は高齢で、亡くなる少し前で、池田氏がどんな人物かもわからないまま、単なる雑談をあたかも対談であるかのように編集されて、大業な本にされてしまったと嘆いていました。

    池田氏は自分の手下である側近にはめちゃめちゃ厳しいし、女性へのセクハラも有名ですが、組織の外に向かっては何も言えない臆病者です。人並みはずれたものすごい内弁慶ですね(笑)。また目的が会員からお金を巻き上げることですから、外に向かって何かをする必要もないわけです。あくまでも会員に向かって自分の自慢話をしていれば、それをまったく疑うことなく真に受けた会員が、よろこんでお金を差し出しますからね。社会がどうのとか、世界平和がどうのなんて考えちゃいません。その大切な金蔓を宗門から横取りされたもんだから、あんなに怒り狂って醜い宗門バッシングを続けたのです。でももうそれも昔の話で、今となっては会員に顔すら見せられない状況です。3.11で多くの会員が亡くなったり、住むところを追われたりしても、池田氏は東北の友を激励するどころか、どこにいるのかさえ明かしませんでした。そう、この4年間、池田氏がどこにいるのか知っている学会員はほとんどいません。私にはそんな人物を人生の師匠と呼んではばからない人の気持ちが理解できません。というか、MCされているから仕方ないですね。現実を見る機会を取り上げられている。これはまぎれもない人権侵害だと思います。

    大学や外国の自治体が寄付をうけたかわりに名誉称号を授与するのは、べつにめずらしいことではありません。何の関わりもない遠くの国の人から、たくさんの寄付金や書籍を贈呈されれば、いちおうお礼の態度は示すでしょう。それは池田氏の行動を賞賛しているのではなく、もらった寄付に対してお礼を述べているだけです。なのにそれをいちいち聖教新聞に「池田名誉会長の素晴らしい思想と功績を讃えて」などと誇大広告をして会員のMCのネタにしています。おそらく自分が贈ったお礼の称号がそんなふうに扱われていると知ったら怒るでしょうね。でも遠い国のことだからわからないわけです。たとえ文句を言ったとしても創価は無視するでしょうけどね。とにかく遠い国の私たちが聞いたこともないような大学や町からあれだけ称号をとりつけておいて、国内ではなんにも貢献していないどころか、顔すら見せない池田センセーですから、寄付が目的ではなく、これも会員をMCするための手段だと思うのが普通の感覚ですよね。その証拠に国内の大学や自治体がまるっきり相手にしていないというのが何よりの証拠です。

  9. カメレオンさん

     会則云々の件は永遠というのはおかしいと思いますが、会則を意識して活動している方はいないと思いますのでそれほど重視してません。

     破門されて3大秘法の本尊が看板にできなくなり、旗印として三代の会長を利用するしかなかったからなんだろうという認識です。

     悩んでいる方にどう激励すれば、希望と勇気をもって元気にさせることができるのか、この点が私の信仰の価値基準の判断の最優先事項なので、三大の会長の激励によって私も含め、どれほどの多くのメンバーが喜々として立ちあがったことかと考えれば、もっと評価されてもいいと思います。

     ゴーストライター、表に出てこない、永遠の指導者の裏の実態云々も、人格より思想性を重視しています。人格もいいに越したことはないですが、くまら什の例えで考えてください。世間の色欲にまみれ五体は汚れてしまっていましたが、こと法華経の翻訳に関しては他の追随を許さないほど真剣に取り組んだので、死体を焼いても舌だけは焼けないという逸話があるじゃないですか?

     スキャンダルだらけの人の翻訳した妙法蓮華経に南無してるわけですから、仕事と人格は別という海外の組織の方の判断は、さすが長いキリスト教の歴史観からの大人の考えなんだと感心したものです。

     私の会社の先代の社長は、金、女に汚くとても人格的に立派と思えませんが、売上、利益、給料どれをとっても、人柄のいい現社長より格段優れていましたから、どちらが、私の家族にとっていいかわかりますよね。

     ですから個人的な考えというなら、極端な例えで異論あるのを承知で誤解を恐れずに言えば、仮に日蓮に隠し子がいたとしても今の私は大丈夫です。

     人権侵害というのは、2,3世の方の問題か草創期の過激な時の話かわかりませんが、2,3世のことでいえば、非活3年間のときに初めて知ったことなので、正直門外漢の私がいうのはどうかという気がします。

     高等部を長く担当しており、冷静に醒めきって組織や親をみている幹部の息子ばかり相手に信仰の必要性を説いていたので、物心ついたころから刷り込まれて人権侵害と言われてもピンとこないのが正直な気持ちです。すみません。嫁をみる限り、親の反抗期がなかったことが関係してるんでしょうか?組織というより親子関係の問題の方が大きいのかなと個人的には感じています。

     傷ついている方には、申し訳ございません。おまえの認識は間違っていると言われれば返す言葉もありません。お茶を濁すようなコメントしかできず申し訳ございません。

     あと破門された後に訴えた創価ルネッサンス運動、平成の宗教改革のスローガンは会員の目くらましに利用したものと今はわかりますが、この大義名分はこれから、世界宗教として脱皮しゆく100年、1000年単位のスケールでみても色褪せない内容と思っています。私は宗門回帰派ではなく、ルネッサンス派です。(SGI憲章派といってもいいです)

     ここ数カ月の大白の最後の部分の特集は、ポスト池田の時代を展望しての信仰の必要性を訴えているようで、コピーして活動家に配りたいと私でも感じる内容でした。創価のシンクタンクはなかなか鋭い、これからの時代の変化に対応できる組織に変わる可能性を感じました。

     SGIのような世界スタンダードの信仰になれば、家庭、職場、地域で信頼を勝ち得ることが、仏道修行になるので、過度な成果主義、2,3世の問題も自然に解決していくよう思います。

     

       

     

     

     

     

     
     
     
     

     

  10. ポラリスさん
    かつては、ここで書き込みされている覚醒された方は、同じような思いと立場だったと思いますよ。
    仮に自分のあこがれる大好きなタレントがいたとしたら、頭のてっぺんからつま先までそして日常生活まで知りたいと思うのがフアンの心理だと思います。ポラリスさんは先生に対してそんな思いを、お持ちにはならないのでしょうか、コメントから感じられるのは恋い焦がれる恋人のように強いあこがれを感じますが。私などは若き頃四六時中先生のことばかり考えていましたね。だって自分の生涯の師匠なんですから、先生のことを知りたい、他の人よりも少しでも多くと頭の中はいっぱいでした。でも我々が知りえる先生は、新聞、グラフ、聖教ニュース、大白、書籍以外にありませんからね。直接お手紙も出しましたがそれも後日幹部から呼び出され、先生はお忙しいのだからそんなものは出すなと諭され失望しました。(一人一人を大切に、題目を送っていますって、言ってたんと違うんかいと思いました)誰しも同じだと思いますが私も場合も徐々に不信感が蓄積されていきました。この本尊と、この本尊は功徳が違うとか、(同じ正宗の御本尊なのにそんなばかなことがあっていいのか)また先生の言われてることと現実の学会活動が違うとか、その他数多くありました、そして宗門問題、大幹部の脱会続出、脱会者に対する非人間的なあくなき罵倒、ほんとに嫌になりました
    そして幹部とはなしても埒が明かない、もう自分で確認するしかないと決心して脱会側近大幹部に会いに行きました。前にも書いた通りです
    そこで初めて聞く先生の本当の言動振る舞いは目からうろこ、衝撃的なお話ばかりでした。これが人間性、人間主義を唱える先生の実態姿なのかと

    ポラリスさん 国会喚問と言われて
      
      俺も出なければならないのか、なんとかしろ、俺を守れ

    と震え逃げ回っている、あなたの人生の師匠の姿を想像してください
     (天下を取ろうなんて言ってたん違うんかい)

    食べ終わった中身のないうどんの汁をそばの幹部に回し飲みさせ 美味いといわなければ機嫌悪くなる(忠誠心をはかってるんです)そんなあなたの師匠の人間性、人間主義とはいったいどんなものなのでしょう

    こんな話はうんざりするほどあります

    ポラリスさんあなたの優しさや人間味あるコメントは大変良く理解できますが、池田大先生のお姿、過去やってきた私たちの知らない真実を、人間主義、人間性と言われるポラリスさんぜひ脱会者の方の告発本などを強い勇気を出して読まれることをおすすめします。また読まなければ前はひらけませんよ。
    彼らだって命がけで告発しているんですからね嘘はないです。

    大きな書店に行けば今は大概ありますしネットでも(アマゾン)いくらでも見つけられますよ

  11. シニフィエさん、私の未熟なコメントに分かりやすく解説して下さりありがとうございます。対話の中へではなく、人間の中へに訂正です。ポーリング博士でなくトインビー博士でした。

  12. いやはや、このアンチ創価のブログに現役学会員の方同士で対話をはじめるというのも不思議なものですね。これでやっとお三方の考えがおおよそわかりました。ありがとうございます。

    最初はお三方とも何をおっしゃっているのかわからなくて、3人の区別さえつかなくなっていました。それで私がけっこう過激なことも言いましたら、それに見事に答えてくださいました。見事にというのは、私の意地悪な問いかけにもめげずにという意味です。

    私の判断に間違いがなければ、お三方とも筋金入りの創価アウトローですね。おそらく創価の幹部からすれば疎まれる存在だと思います。かといって創価を信じている自分から離れて考えることはできないでいらっしゃる。少なくともyさんとポラリスさんはそうですね。カメレオンさんは、ハンドルネームのとおり、いろいろとキャラを変えてお話をされているので、本当のところはわからない。というか明かさないという意志がはっきりと見えます。そうした意味では創価アウトローのなかでもさらに異端分子ではないかと推測します。

    お互いにどこの誰やも分からない、顔も名前も知らない者同士が、テキストだけで対話をしようというのですから、それだけでも難しいのに、さらに考え方の基盤となるものが180度違っている方との対話がそう簡単に成り立つわけがないと思います。

    でもやっとこの数日で言葉が通じるまでにはなったのかなと思います。それでもその内容に関しては、私のような脱会者から見れば「開いた口がふさがらない」というのが正直な感想です。そりゃそうです。創価の実態に気づいた脱会者は、創価は宗教じゃないということがわかったのですから、創価をまだ宗教だと信じている人との話がかみ合うわけがないと思います。

    ではなぜこのようなブログをつくって、毎日時間を割いているのか。それは自分のような苦しみを味わう人が、一人でも少なくなってほしいという思いからです。ここにコメントしてくださる脱会者の方も、おそらく同じような思いだと言うことは、コメントの文脈ですぐに理解できます。

    私は、学会員の方で少しでも創価に疑問を持っている方との対話によって、その方が創価のまちがいに気がついてくれればという願いのもとに運営しています。ですからyさんやポラリスさんのように、問題は組織のやり方であるという筋金入りの池田フリークだったり、何を訊いても完全に組織からのトップダウンの紋切り型の言葉だったりする方との対話にどこまでの意味があるのかなあと少々疑問に思うところがあります。ただこの機会に、ほんとうに創価に疑問を持ち始めている新たな現役学会員さんが現れて、創価の実態に気がつくきっかけとなる対話ができればいいなと思っています。そこに繋がるための第一歩として捉えています。

    あと、カメレオンさんは正直なところ今でもこのブログにコメントすることで何をしたいのかがかわかりません。コメントのいたるところに矛盾があります。具体的にどこですかと問われても、すぐには指摘できませんが、また最初から読み直してみなければわからないほど発言の一貫性がないということです。またこちらの反応次第でキャラが変わり、言ってることの意図が読み取れません。正直に言いますと、こんな穴だらけの理屈をアンチブログに並べて、カメレオンさんはいったい何をしたいのか理解できないという意味です。それとも自分流の理屈を披露することが目的なのでしょうか。こういうと「そんな言い方はあんまりじゃないですか」と言われそうですが、それも覚悟で言っています。

    カメレオンさん、あなたはいったい何のためにここにコメントされているのですか。脱会者の学会に対する誤解を解きたいとお考えですか。そのわりには学会の欠点や問題点もよく知っていらっしゃる。私にしてみれば、そこまで知っているカメレオンさん自身がどうして脱会しないのでしょうか。ほんとに学会員なのかさえ疑ってしまうほど、カメレオンさんの発言はカメレオンの肌の色のようです。なにも学会活動の中でも自分の気に入ったところだけの活動をやることをここで発言しなくても、黙って好きなようにやっていれば済むことではないでしょうか。もしくはご自分のブログで自論を展開されたらいいのではないでしょうか。昔の学会の先輩がいい人だったからという理由だけで部分的に創価の活動に加わるという、かなり特異な信仰(といっていいのか疑問ですが)を、わざわざアンチブログに公表する意味があるとは思えないのですが。

    ということで、私はお三方は学会の中でもかなりの異端だと思っていますし、お三方との対話を進めても、なかなか新たな展開は望めないような気がしています。

    そこで一つ提案があります。これから先、もっとテーマをしぼりこんだページをつくります。できればそのテーマに沿ったコメントをしていただければ、毎回同じようなことを言わなくても済むのではないかと思います。もしそのテーマにコメントしたくなければ、もちろんされなくてけっこうです。テーマはかなりシビアなものになると思います。もしコメントがなければ「これに関して言うことはない」と判断させていただきます。これもここでにみなさんの対話が実のあるものになるようにとの考えからです。どうかご協力をよろしくお願いします。

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