池田氏がいちばん知っている創価のインチキ 2

あっという間にたくさんのコメントをいただきまして、ほんとうにありがとうございます。

早く更新しなければ、コメント欄が長くなりすぎてわかりにくくなりますよね。

できましたら、新しいコメントはこちらにお願いします。

テーマはひきつづき「池田氏がいちばん知っている創価のインチキ」です。

このところ創価の実態に気づいて未活になった婦人部の方の生々しい報告があり、そのすごい説得力のおかげで、アクセス数もどんどん増えています。それだけみなさんの関心があることだし、共感できる方が大勢いらっしゃるということだと思います。辞めたくても辞められないで悩んでいらっしゃる婦人部の方は、予想以上に多いのでしょう。

役職を与えて辞められなくするというのも組織の手です。辞めることに罪悪感を植え付ける。あるいは福運を消すとか、罰が当たるとか、恩知らずとか、魔に負けるなとか、立派なハラスメントですよね。これのどこが信仰なのでしょう。その人がどうして悩んでいるのかなんて聞こうともしない。活動家が減るのが困るから、なんとでも脅して踏みとどまらせようとします。

組織の統監数なんてでたらめです。行方不明者でいっぱいですよ。ほんとうの活動家がいったいどれくらいいるのかを組織としては知られたくないでしょうね。下からはほんとの数は言えないし、上もほんとの数字は聞きたくないから、統監なんて形ばかりです。一度、全国の座談会の出席者数をまとめて知りたいですね。公称827万世帯が実際のところはいくつなのか。

私は独身の頃に学校の教員をしていたのですが、そのころ聖教新聞の代配を頼まれて日曜日だけやっていました。ときどき配達中に学生に会ったりして変に思われたときもありました。教職員が副業を見つかったら免職になりますからね。代配程度では副業にはならないのかもしれませんが、やっぱりこれっておかしいよなと思いながらも、けっこう何年も続けました。われながらアホでした(笑)。

やはり創価が宗教だなんていう勘違いが、一般常識さえ見えなくするんだろうと思います。教職員や公務員が会館警備したり、民音のチケット販売したり、書籍を売ったり、新聞の勧誘や配達や集金業務までするのはおかしいです。学校や役所の管理職に知れたらクビになるんじゃないでしょうか。

こうした一般常識を無視する創価のおかしなところを挙げていけばきりがないのですが、どれもこれもみんな池田氏の指示の元に行われてきたわけです。こんなインチキもすべて池田氏の一存で決められ、トップダウンで組織が動いてきました。池田氏が姿を現さなくなっても、組織は今でもトップダウンで運営されているかのようなふりをしています。いまだに池田氏の新しい短歌が聖教新聞に載ります。組織のおかしさに気づいた学会員でも、池田氏だけは間違いないと言い張る人もいます。でも池田氏がいちばん自分のしてきたインチキを知っているんです。組織さえ変われば学会は素晴らしい宗教団体として再生できるという考えのようですが、どう考えても理屈があっていません。インチキ宗教の根源は池田氏にあり、中枢幹部はそのインチキを知っていながら目先の利害に縛られて、池田氏の言うがままに組織を動かしてきました。池田氏がいなくなった今でも、インチキは所詮インチキですから、幹部はこれまでどおりにインチキを続けるしかないわけです。つまり、だれがどんなに改革しようとも、もとがインチキですから創価がいまさら宗教に変身するわけがありません。

池田氏が実質的にいなくなった今も、そのインチキを組織は継続させています。いったいいつまで保つと思っているのでしょうね。昨日のテレビのニュースステーションに公明党の山口代表が出ていて、司会の古館氏に集団的自衛権についての質問をされていましたが、あいかわらずのらりくらりと質問をかわしていました。どうせ最後は憲法改正まで賛成するんでしょうから、今の時点ではっきりしたことは言えないのでしょうね。

このブログを立ち上げた頃、私はここを1万人の声が集まる場にしたいと言いました。なかにはばかげたことを言うなといった批判もありました。1万人も集まるわけがないだろうと。いま、このブログのアクセス数は2000〜2500です。少なくとも一週間で10000以上になります。現在総アクセス数は470000になります。途中でブログの場所を変えましたので、実際はすでに500000を超えています。人数は数えてはいませんが、これまでもかなりの数の方に創価の実態について語っていただきました。これから5年10年続いたときに、1万人の方がこのブログに声を寄せられるのも夢ではないと思います。まあ、10年後に創価が存在していればの話ですけどね。

このブログを読んでくださっているみなさん。とくに創価のおかしさに疑問を抱いているけど、活動をやめられないで悩んでいる活動家のみなさん。ぜひ、あなたの正直な気持ちを聞かせてください。同じように悩んでおられる方が全国にたくさんいらっしゃいます。このコメント欄に、一言でいいですからお話を聞かせてください。どれだけ多くの方が、同じようなことで悩まれているのかがはっきりします。創価による具体的な問題があきらかになります。外から指摘するのではなくて、実際に何年、何十年と活動されてきた方の生の声がここにたくさん集まることで、悩んでこられた方の大きな励みになります。辞めてみなければ、自分がそれまでどんなに馬鹿げたことを信じていたのかがわかりません。一日も早く創価の呪縛からぬけだし、本当の幸せに向かって歩きましょう。

 

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池田氏がいちばん知っている創価のインチキ 2」への71件のフィードバック

  1. こんにちは

    新聞の代配をやりませんか?とお誘いがあった時に、
    朝起きられへんから無理です!と断った事があります(笑)
    婦人部幹部が言ってた言葉は、『代配やらせていただき〜』でしたけど、
    やらせていただきって、なんなんよって思いましたね。

    今婦人部の方が代配やってるみたいですけど、目の周りに隈があったりで
    疲れてました。そこまでしてやるもんなんか?と、思います。
    たまに投函ミスで家に入ってたり、ゴミ箱に新聞ほってあったりするの見ると、
    紙も勿体無いなとか、思います。

    ホント販売店が、配達すればいいに。

  2. 新聞、民音、書籍販売はちゃんと雇用契約を結んだ一般人がやるべきだと思います。私が学生部の時は、学生部全員が牙城会にかり出されていました。一回につき13時間警備してパンと牛乳だけでした(笑)。みんな信仰にかこつけて会員にタダ働きさせているだけですね。「公布のお役に立つ」とか言われて、みんな騙されているのに気づかないで、苦労してるんですよ。なのに聖教新聞の印刷のほとんどは毎日新聞に請け負わせて恩着せてる。これだけの発行部数なら自社工場と自社の物流をつかったほうが安上がりだと思うんですけどね。

  3. 公称750万所帯の時に
    実質250万所帯だったと告白されています(師の実像の確認より)p238
    あきれますね。今はどうなんでしょうか
    嘘と、美辞麗句で固めて多額のお金を吸い上げていく、いったいどんな神経の持ち主なんでしょう。気付けば恐ろしい限りです

  4. 創価の実態に気づいた時に、面倒なのが役職ですよね。

    宗教は個人が信じるか信じないか、それだけの話だから、信じられなくなったらそれで終わり。
    それが、やれ代わりだ、引き継ぎだ、任期だ、と創価ならではのしがらみがあるわけです。
    「退転するのは結構だけどさ、人として無責任よね!」
    と思われたくないばかりに、きちんとした人は悩むわけです。
    私も人手不足(に見えた)の守る会の、任期までの責任は果たすべきかと考えました。

    でも創価って、「役職も雑用も一切含めて信心」と教えますよね。
    なら、信じられなくなったらそこで終わりですよ。

    幹部の皆さん、役職を任命したからって、任期までやるのが当然なんて思うのは大きな間違いです。
    いろんな雑用も「一切が信心」なんですから、信じられなくなったらそこで満了なのです。
    そして、いつまで信じるか信じないかも、個人の自由なのです。

    信じられなくなった。つまり信者じゃなくなった時点で責任などありません。
    辞める理由の中で、いちばん正統で、いちばん理屈に適ってますよ。

    これから脱会者が続出しますからね。
    幹部ならその辺、しっかり頭に入れておいてくださいね。

  5. この前のページでも書いたのですが、イランでは女性がYOUTUBEを見ただけで宗教上の理由ということで処罰されるそうです。
    http://headlines.yahoo.co.jp/videonews/jnn?a=20140522-00000022-jnn-int
    創価が「ネットはデマだから見ないように」と上から言われるのとよく似てるなと思いました。それを真に受けるのもすごいといえばすごいですね(笑)。

    ここで考えなければならないのは、なぜそうまでしてネットの情報を見せたがらないのかということです。ネットはある意味無法地帯ですから、情報を吟味するのはユーザーの責任です。それを宗教団体が組織としてネット閲覧を制限するというのは、知る権利を奪うことになります。日本はイランではないのですから、誰でもネットを見るのは自由です。それでもネットを見せないように仕向けるには、それ相当のワケがあると考えるのが普通でしょう。

    つまり「組織にとって知られちゃまずいことがあるんじゃないか」と疑うのが心情ですよね。問題は、上から言われたことを鵜呑みにして、自分では何も考えずに信じてしまう学会員の心です。自分がいかに組織の言うがままに動いてしまっているかという自覚がまったくない。そしてさらにそうしていくことが福運を積むことになるんだと完全に思い込んでしまっていつところです。ネットを見たり、疑ったりしただけで不幸になると思ってる。まるで写真に撮られると命を吸い取られると本気で信じていた昔の人みたいです(笑)。

    でも私から見た学会員さんは、それほど滑稽な思考と行動をしているように見えます。まあ、ここを見ている学会員さんは、そんな呪縛からは解き放たれているのでしょうけど、それでもまだ半信半疑の方も多いでしょう。それはよくわかります。私もそうでしたし、ここにコメントされるほとんどの方も、そういう時期を経てきたからよくわかるのです。

    創価の幹部が言うことと、ここでコメントされる方の言うことと、どちらがリアリティがあるでしょうか。幹部はみなとって着けたように同じことしか言いません。会員の素朴な質問には何も答えられず、「信心が足りない」「お題目をあげよう」「先生のために公布の人材になるんだ」「何も考えずに闘え」「魔に負けるな」「人生は勝負だ」などと言うだけです。こんな人たちに自分の人生を委ねていいんでしょうか。いいわけないですよね。でもそれが学会員さんにはわからない。わからないようにうまいこと騙されている。私はそれがわかったから脱会の決心がつきました。わからない人はいつまでたっても宗教のようなものや組織の人間関係に依存し続けます。気づいたときには何もかも創価に捧げ、一文無しで老後を過ごすことになります。それでもいいなら何も言いません。ひたすら創価のために人生を賭けてくださいとしか言いようがありません。

    学会員さんにひとつお願いがあるのは、あなたが学会を信じることに関しては何も言うことはありません。でも子どもにだけは思想信条の自由を尊重してあげてください。子どものもの心つく前から、学会だけが正しくて、ほかの思想も人も劣っているといった差別的な教育をしないでください。創価だけが幸せになる権利があるなどと、公然と人を卑下するような人間にだけは育てないで欲しいです。これまでの創価学会はそうやって人間を差別してきたのですからね。その時点でもはや仏教ではありませんよね。日本はイランとちがっていちおうは民主主義の国で、思想信条の自由は守られていて、一人ひとりの人権も国民であるかぎり憲法によって守られているのです。それを親が奪う権利はありません。誰人も奪えないのです。創価は多くの子どもたちから奪ってはいけないものを奪ってきました。私も奪われてきました。学会二世三世はみなそうです。創価学会とは子どもの人権を奪い続けてきたところなのです。ですからせめて子どもには自分の人生を与えてください。子どもまで巻き込まないでください。お願いします。

  6. シニフィエさん、皆さん初めまして。

    創価3世のしゅうえいと申します。
    白ゆり長の任命を受け無我夢中で学会活動に励んできましたが
    数か月前から活動に疲れ果て、末活の道を選びました。
    (きっかけは協議会と言う名のノルマ消化業務を目の当たりにしてです)

    ネットで色々と創価学会について調べ始めました。
    最初に探したのは教学溢れるバリ活の幹部さんの
    バシっと切れ味鋭い破折の書き込みです。
    そうよね、やはり創価は正しかった!そう思い込みたくて・・・

    しかし学会員の書き込みはどれも論点がずれており
    非活の方たちから理路整然と追及されると
    最後は「地獄へ堕ちるぞ、センセイのお心に反して罰あたりめ!」
    人間性を疑うような罵詈雑言だけでした。

    もうこれ以上部員さんにウソをついていけない
    自分の心が壊れて行くのが耐えられず
    病気という事にして活動から退きました。

    情けない話ですが、子育て真っ最中の今
    地域・学校・町内会
    ありとあらゆるところに居る学会員の中で生活しており
    退会にまで踏み切れずにいます。

    しかしネットでのお知恵を拝借して
    聖教新聞は止めることができました。
    そして今日たった今
    仏壇の中のご本尊を片づけました。
    手は震え、変な汗が全身から出てきましたが
    なんとか巻いて包み物置の奥へとしまい込みました。

    非活になる際、自分で決めた事があります。
    それは「ご迷惑をおかけしてすみません」等の
    謝罪の言葉は絶対に言わないという事です。
    自分は間違っていない、絶対に悪くないと言い聞かせてきました。

    まだ途中段階ですが、少しづつ前進して行けたらと思います。
    自分と同じような方が多いのに驚くと同時に励まされています。
    こちらのブログでたくさんの勇気を頂いています。
    シニフィエさん、皆さんありがとうございます。

    書き込みはドキドキなのでロムばかりですが
    これからも宜しくお願い致します。
    長文失礼しました。

  7. 役職者がどんどん会合を休み非活になってブロックや地区が少しでも無くなれば良いと思います。私の地区は地区部長、地区婦人部長は派遣。ブロック長は不在。白ゆり長の私は非活。隣の地区と合併し1人への負担が減れば良いのに。私はワークなので昼の活動の事はあまり知りませんでした。会館のあのピカピカのトイレは守る会?の方が清掃してくれてるのですよね。配達員さんが集金しているのも女子部時代は知りませんでした(みんな口座引き落としと思っていました)本当に何から何まで会員を信仰心で動かしているのですね。幹部の娘さんが「私はイオンの惣菜で成長した」ような事を言ってました。

  8. しゅうえいさん、はじめまして。コメントありがとうございます。
    そしておめでとうございます!そこまで気がついて、非活になって、仏壇も片付けたなら、脱会したも同然です。あとはあせらずに、無理をせずにひとつひとつ面倒なことを解決していってください。みなさん応援していますよ。何より家庭が大事です。家庭を壊すような信仰は信仰ではありませんよね。人間主義が聞いてあきれます。

    前にも書いたかもしれませんが、私が子どもの頃、私の家に柏原ヤスさんが母への指導に来て(それも夜の11時頃に突然)「四角い部屋は丸く掃いて活動に専念しなさい」って言ってましたよ(笑)。今思えば、とにかく活動活動で家のことはほったらかしでした。夜になっても家に誰もいないことがしょっちゅうでしたので、それが当たり前だと思っていましたが、あの頃の感じていた寂しさは今でもトラウマになっています。

  9. しゅうえいさん、私も非活動の婦人部です。そうですよ。私たち非活動は絶対に間違っていないです。私もそう思っています。

    最近、クロさんのブログから三世で元バリバリ女子部で活動されてて覚醒された非活動の婦人部の方のブログを拝見してるのですが(まだ全部見れてないのですが)本当に婦人部の異常さや福子の苦労がよくわかる内容です、うんうんと頷いて読んでしまっています笑

    シニフィエさんもみなさんもご存知だと思うのですがリンクなどされていなかったようなのでブログの名前は伏せますが、学会って婦人部ってやっぱりおかしかったんだ!と認識しました。

    私も近所に学会員はたくさんいますが今は学会員に嫌われたってどう思われたって何とも思わなくなりました。だって学会人の方が世間からもっと嫌われて非常識だと思われているんですよ。どーってことないです。外部の方の方が常識人です。非活動になった時は私もこれで普通の世界に初めて入れたと本当に嬉しかったです!私もまだ脱会はできませんが今は非活動でも充分だと思っています。

    早く覚醒する人がもっともっと増えるといいですね。
    私もシニフィエさんのブログに勇気をいただき本当に感謝しています。

  10. シニフィエさん、こんにちは。子供は親の姿を冷静に見てます。そして子供にも大人の心が立派にあります。私は我が子が赤ちゃんの時に白ゆり長になり、会合に連れ回し学会活動に必死だったけれど、「最初から胡散臭いと思ってた」と覚醒後に中一の息子に言われました。題目あげてなんでも叶うなら誰も苦労なんかしない!と。そして息子は私より先にネットの創価の情報も見てたので、オウムと並ぶ新興宗教みたいに思ってたみたいです。何十年も生きてて創価に取り込まれ、気づかない大人も多いのに、幼い心で真実を先に見通す力が子供にもあるのだ、と思いました。だから子供にももちろん、信教の自由は保障されねばならないと思います。(そう言う私も息子を赤ちゃんの時に入会させてしまいましたが^_^;)考えてみると、創価学会の組織というのは、基本的人権が全く尊重されないところですね。役職を辞めたり、脱会するのも簡単ではない、勝手に入れられた二世三世は自分の意思でないのに、それでやいのやいの言われる。選挙権があっても投票を強制させられ、自由に投票できない。人権侵害ですよね。
    今朝テレビで韓国の宗教団体に強制捜査とかなんとか出てましたが、早く創価も実態が暴かれて公けになり、ぶっ潰れてくれればいいのにと本気で思いました。断罪されてマスコミにも真実の姿を特集してバンバンテレビで流してもらって、戦後の日本のように一気に学会員が覚醒する日が来て欲しいです。それでもオウムが、アーレフとかって名前を変えてでもなくならないように、最後まで、池田氏を信奉し続けて行く人もいるのでしょうね。

  11. しゅうえいさん、はじめまして。まると申します。

    私も今日、ご本尊をお巻きして片付けました。奇遇ですね(^^)
    実家から母が訪問してきたときに、さすがにご安置していないと動揺させるかと思って形だけは整えておきつつ、時期を伺いながら、今日やっと片付けられました。

    今まで真剣に信じて向き合ってきたご本尊ですから、どちらかといえば「今までお世話になりました」という感じでした。卒業ですね。
    この先、親も含め学会員から何を言われようとも、私は私の人生を生きていく、そう決めています。

    私も地域柄、あらゆるところに学会員の知り合いがいます。幼稚園でも学校でも繋がりがありますし、会えば普通に話したり笑ったりしています。
    こちらが萎縮することはありません。後ろめたいことなど何一つしていません。最初に感じる罪悪感は、きっと時間が解決してくれますよ。
    自由になった時間、思いっきり楽しんでくださいね。

  12. 正確な統監数の実態は、本当に衰退の一途です。
    2か月に1度、地区統監をするのでよくわかります。
    どんどん減っていっています。
    新聞の購読数の衰退と一緒です。

    そして、活動家といわれる人のお子さんはほとんど未活です。

    ここで2世、3世の皆さんが言われるように、子供時代に寂しい思いをしたお子さんが多いと言うこともあるでしょうし、活動家の親自身が言葉には出さないけれど、子供達だけは組織に縛られずに自由にしてほしいという思いもあるのかもしれません。

    新聞も集金も守る会も会館運営も、ただ働きのようなものです。
    それを幹部は、有難き身の供養と言って、信仰という名をかたり押し付けてきます。

    やらせて頂いていると私自身もずっと思ってきていました。
    どんなにシンドクても使命があるからだと思ってきていました。

    私には成人した子供が4人いますが、子供達が乳幼児の頃から日中も夜も会合に連れていったり、まだ寝ている間に配達をしてきましたが、こうして書いてみると、普通の世界ではないですね。

    でも、こんな人がゴロゴロいるのが学会の現場なのです。

    戻れるものなら、もう1度時間を巻き戻して、家族そろってご飯を食べたり、旅行に行ったり、ゆったりと家の中で子供達と過ごしたりしたいです。

    子供達それぞれは、活動をそこそこしている子もいれば、まったく信じていない子もいるという感じで様々です。

    宗教なのに、自由に抜けたり止めたりできないというのは、絶対におかしいですね。

  13. 創価学会は婦人部が仕事をすることも制限します。ヤングミセス時代は仕事は厳禁。しかしうちはどうしても働かないと難しく、何度指導を受けても、題目に挑戦しよう、切り詰める知恵を湧かせよう、と堂々巡り。やむなく隠れて早朝のパートをやりはじめました。朝4時におき洗濯と朝食の用意を済ませ、5時半から9時まで仕事をし、10時半からの会合に駆けつける、もちろん、夜は子連れで会合。途中に子どもの幼稚園の行事、お迎え、習い事の送り迎え、公園などで遊ばせ、おつかい、夕御飯の支度。仕事もやってることがバレたら辞めさせられるから、言わないように子どもと未入会の主人に口止め。私はホウボウなことをやっているから、バチが当たるかもしれないとヒヤヒヤしながらも、しかし生活のために働かざるを得ませんでした。結局バチが当たるどころか、新たな友人もでき、世界が広がり、いまだにバチというものにはあっていません。
    またそんな中、何も知らない前任の白ゆり長は、あなたは悩みがないでしょう、と笑い、私が築き上げたとおりにやってくれないと、部員さんが困るから勝手なことをするな、と私の制限。家に来て説教一時間。じゃああなたが引き続きやりなさいよ、と思いながらも、申し訳ありません、私が至りませんでした、と泣きながら題目をあげていました。
    何の茶番劇だったのか、今思い出しても理解不能です。
    今非活になり、本当に毎日、後悔なく生きれています。読めなかった学会書籍以外の本を読む時間ができ、今までの取り戻したいと思っています。
    ひろたんさん、レモンさん、私はかなり強引なやり方で非活になりましたが、そうでもしないとやめられなかった…。陰ながら応援しています。

  14. 新聞の目標部数が届かないからと、一人で何部も購読している人。
    渋々なのかと思いきや、それで報告して「勝った!」と心を躍らせている人もいるんですよ。
    「やらされてるんじゃないのよ!私はやりたくてやってるの。何の文句があるの?私は楽しく戦ってるのよ!」
    (実際聞いた話)

    婦人部の幹部って戦時中の日本みたいですよね。
    とっくに風向きが変わり圧倒的に惨敗してるのに、未だ快進撃と信じて疑わない人たち…。
    あの頃は一方的な新聞が情報のすべてだったから仕方ないけど、今はいくらでも情報が取れるのに。
    その情報を見たところで罰せられないのに。

    一人でやってる分にはいいんですけど、パワーハラスメントしますからねえ(・・;)

  15. 初めまして。いつもこのブログを心の支えにしています。
    40代アラフォーで、数年前から非活になりました。

    柏原先生の話が出ていましたが、20年ほど前、学園に
    創価女子短大のアピールのために、柏原先生が来られた事があります。

    「抜けた髪の毛が、肩や背中についている人を見たらどうしますか?」と質問をされ
    「取ってゴミ箱に捨てます」と答えたら

    「短大生なら、そっとティッシュに包んで捨てます。それが創価の女子教育です」
    と柏原先生はおっしゃられ、当時浴びるようなMCを受けていた私は、「それが創立者の求める創価の女性像なのか!」いたく感動したのでした。

    それから、20年後
    農家を営む功労者の方から、昔、柏原先生がいらっしゃった際の話を聞きました。

    そこの息子の嫁は、大幹部なのですが、蓮田に入ったことが無いと聞くと、それは何事かと、蓮田に入れと命じました。

    嫁が意を決して入ると「よくやった!」と5千円を嫁に与えたのだそうです。
    なんて下品なんでしょう。

    そして、シニフィエさんの「四角い部屋を丸く掃いて活動しろ」のエピソード。

    なんてガサツなんでしょう。

    所詮、創価の女性教育なんて、そんなものだったんですねぇ。

  16. 取り寄せてる本の中で早く着いた「黒い手帳」を読みました。実態を知れば知るほど途中で気分が悪くなりました。子どもの頃に同中で初めて池田氏を見た時に「品の無さ」に子供心にショックを受けた事を思い出しました。誰か一人を吊し上げるような感じで執拗にからかう姿を笑って周りが見ている状態に嫌な感じがしたものです。

    本の中で「ただで動くのは地震と学会だけ」の一文を見て今やそれを強いられてるのは現場の学会員だけなんだろうな、と思います。傲慢な態度に出る幹部たちに選民意識を感じます。しんどい事は全て現場任せ。「活動家になればお金がかかる」と錦宝会の方が言ってました。山を売り、保険を解約し、借金してまで財務されて来たそうです。今は小さな借家でご主人とつつましく暮らされてます。学会はどれだけの会員の人生を変えてきたのでしょう。私も財務はもう、お義理の一口しかしてません。「先生からの御届け物」と大事にしてきた写真集、記念品、ハンコ押しただけのペラペラの和紙、全部捨てました。さすがに主人のは捨てれませんが・・・

    何でも都合が悪くなると「信心で受けとめろ」なんて横暴ですよね。
    私も役職者がどんどん覚醒していって学会自体が解体、崩壊する事をのぞみます。
    生きてる間に覚醒出来て本当に良かったですよ。

  17. しゅうえいさん、まるさん、ニセ本尊をお巻きして片付けられてよかったですね!私は自宅が拠点でなかったら、とっくにそうしてます。会合の時は仕方なく開けますが、直視はしません。私が会合で座る位置がちょうどニセ本尊が見えない位置なので、そこでも直視はせずに済みますが、題目なんかあげると吐き気がします。ホントです。なので、会合が終わると、必ずみぞおちが痛くなります。自分の心を偽るのが、どれほど我が身のダメージになるかがよくわかります。こんな生活を送り続けたらホントに病気になると思います。
    チョコラさん、ヤングミセス時代私も同じでした。どんなに経済的に苦しくても働くなと指導されました。ですが途中で、限界が来て、指導も受けずに働き始めました。誰も生活を守ってはくれませんからね。やはりどこの地域でも創価の組織は同じこというもんなんですね。
    私の最終目標は脱会ですが、まずは非活になってニセ本尊を早く部屋から撤去したいです。

  18. signifie様お元気のようでなりよりです。

    『対話を求めて』のブログに訪問されている方にいろんな悩みを
    抱えていることが私の心を動かし、少しでもお力になればと思い
    投稿させていただきます。

    signifie様

    >今思えば、とにかく活動活動で家のことはほったらかしでした。
    夜になっても家に誰もいないことがしょっちゅうでしたので、
    それが当たり前だと思っていましたが、
    あの頃の感じていた寂しさは今でもトラウマになっています。

    私の妻の従兄弟夫婦がバリ活で全く同じ状態でした。その長男が、
    ある日私の家に来て、学会がおかしいと言う話を聞き、
    「この子は
    幹部の子供でありながら、何と親不孝なことを言うのだ・・・。」
    と当時バリ活の私は思っていました。今思えば、何と自分は愚かな
    人間だったのかと悔やまれてなりません。

    本人に本当にごめんなさいと謝りたい気持ちで一杯です。

    ひろたん様

    >創価学会の組織というのは、基本的人権が全く尊重されないところですね。
    役職を辞めたり、脱会するのも簡単ではない、
    勝手に入れられた二世三世は自分の意思でないのに、
    それでやいのやいの言われる。選挙権があっても投票を強制させられ、
    自由に投票できない。人権侵害ですよね。

  19. 本当に最近覚醒する方がふえているのですね。

    そういえば私が学生の頃まだ文化祭なるものがあってセンセーにお見せするために何ヶ月も歌や衣装を着飾ってダンスを練習して文化祭に挑むのです。ビデオもたくさん見せられました。センセー!センセー!って感激して泣いている学会人になぜか私は冷静に思って見てました。アラフォー以上なら見たり経験した方もいるのではないですか?かの有名なマスゲーム。あれって北朝鮮の将軍様が出てくる画像見て同じだーとびっくりしました。ところで何故文化祭ってやらなくなったのでしょう?

  20. <追伸>

    ひろたん様

    私も随分子供の人権を殺してきたように思います。本当は土下座して
    謝らなければなりません。
    これからは、子供の幸せのためならどんなことでもさせて貰おうと
    心に誓う毎日です。

    でも、ひろたん様から幾分なりとも力強いコメントが聞けてほっとしています。
    これからも頑張っていきましょう!

  21. 柏原さんって戸田先生の⚫︎⚫︎でしょ、、、

    森さんとかいう人もいたそうですね⚫︎⚫︎

  22. こうして皆さんのコメント読んでいると3、40年前と今と全く組織の内容は変わってませんね。ただ集金システムが強化されただけで、会員は不信感を増大させて披露こんぱいするばかりですね

    迷うことはありません先に紹介した

     懺悔滅罪のために

     蘇生への選択

    ぜひ、ぜひ読んでくださいこれを読めば何もかもわかります
    迷っている方や、踏ん切りのつかない方に迷うことなくおすすめします
    皆さんの背中を力強く押してくれますよ

    アマゾンで検索して手に入りますよ

  23. こんばんは

    ひろたんさん わかります吐き気。
    私は非活時代に、自宅で勤行唱題してましたが、
    しんどくて元気にならなくて、物凄い不安感に襲われたりで
    ふんだり蹴ったりでした。

    早く撤去出来るといいですね ものすごーくお部屋が
    スッキリしますよ マジで。

  24. 北斗七星様
    >ひろたん様から幾分なりとも力強いコメントが聞けてほっとしています。

    ありがとうございます。ここにコメント下さる皆さんに勇気を頂いたお陰です。
    一人で悩み苦しんで来ましたが、こちらに勇気を出してコメントしたことで、私だけじゃない、そして一人じゃない、皆さんと共に本当の幸せに向けて踏み出すんだと思わせて頂きました。本当に感謝しています。

  25. 断っておきますが私は法華講員でもなければ正宗の信者でもありませんのでねんのため

  26. あくまでも池田の素顔紹介のためにお勧めしました

  27. 三千代さん初めまして

    三世未活会員のcallと申します。
    >ところで何故文化祭ってやらなくなったのでしょう?
    単純にお金と票にならないからではないでしょうか。
    ずいぶん前の話ですが、文化祭が解散総選挙で中止になることがありましたし、準備に時間のかかる文化祭が選挙の邪魔になったのではないでしょうか。
    組織の目的が金と権力であると考えると、いろいろな矛盾や疑問のほとんどに説明がつきます。
    マイ聖教や新聞ノルマも組織目標が金だからですよね。
    先日も組織の方から新聞を取るように頼まれましたが、その理由が目標のポイントまでたりないからという理由でした。
    新聞をとってほしいなら内容がいいからお勧めするのならわかりますが、ポイントが目標まで足りないから取ってくれなど、完全に金儲けの組織に頭をやられて理性を失っています。
    それを本人がなんの疑問もなく普通に話しているのが洗脳の恐ろしさだと思います。

  28. 今日は元公明の議員だった人と仕事で会いました。
    ネットは全く見ないと言ってました。

    会合に参加してた頃 参加者は男子部で数人程度でした、
    新人間革命を集まって順に読んだり感想述べたりしてましたが
    池田は自慢ばかりで人格障害だなぁが
    実際の感想です。言えなかったけど。
    他人に書かせているにしてもあんな内容を承認するなんて変態…

    ご本尊はもらってから一度も拝んだことないけどボロボロです。
    ストレス溜まるとさしたり切ったりしているので!!
    仏罰なんて一切ありません。

  29. 新聞は新聞長が仕切っています。(だいたい婦人部)
    頭の中はポイントでいっぱいです。
    信心強情ということは「打出しを愚痴を言わず受け止め、挑戦すること」だと信じきっています。
    だから世帯数の1.5倍とか1.7倍とかいう打出しが来ると、そのまま愚直に受け止めます。
    できません、というのは地区の誇りにかけても言えない、言いたくないという人までいました。
    「私、負けず嫌いなのよ、ホホホ…」と笑ってましたよ。

    内容がどうなんて考えていません。
    「上から言われるままに、素直にしていれば功徳がもらえる」
    ひたぶるにそれだけ思ってるそうです。

  30. callさん、ありがとうございます。なるほど文化祭は結局お金にならないからやめたんですね。そういえばあの衣装って自前だったような気がします。文化祭なんかしてる暇があったら票とってこい!新聞啓蒙しろ!ってことですね笑
    あと、今思うと、平和文化祭は創価学会の結束を固めるための集団催眠のためもあったのかもしれませんね。
    なんかみんな正気じゃなかったし文化祭終わった後はより一層殺気立って頑張ってた気がします。今もyoutubeとかで文化祭の画像を観ると寒気します。

    本当に新聞啓蒙もノルマですもんね。私も言われましたよ未活動なのになんとか二部とってくれないかとか前に頼んだ方にもう一回お願いしてくれないかとか・・・
    丁重にお断りしましたが。。本当に理性を失っていますよね。少し考えれば誰が得してるのかわかるのに・・・。

    本機会があったら非活動になった皆さんと語り合いたいです。きっと盛り上がるでしょうね笑

  31. シニフィエさん、三千代さん、まるさん
    ありがとうございます。

    堂々と外出もできるようになりたいです。
    ただ、この間夕飯を外で食べようと家族で出かけたのですが
    以前協議会の為に通っていた道を
    同じような時刻に通りかかった為気持ちが動転してしまいました。
    それほど協議会は私にとって恐怖の場でした。

    新聞のポイントのお話が出ていましたが
    まさしく協議会の場がそうで
    今月何ポイント足りない? じゃうちが一部とるわ。
    こんな会話が普通に交わされ
    幹部同士でノルマ消化の為に補い合う感じです。
    地区で金賞や銀賞をとれた、とれないと大騒ぎしていました。

    代配も経験がありますが
    エレベーターがない集合住宅で
    外さんのお宅は階段を上がって玄関のポストへ
    内さんのお宅は下の集合ポストでいいわ。って
    同じ購読者なのにおかしいですよね。

    ひろたんさん
    息子さんは創価思想に染まることなく
    正しく見抜かれていたんですね。
    子供ってピュアです。
    裸の王様がおかしいよって言ったのも子供。
    大人が言えない事も純真な子供の眼にはきちんと映っているんですよね。
    我が子も、勤行してすっきりするならやめなくていいよって言ったら
    あっさり「やらなーい」って私の非活と同時にやめちゃいました。
    子供心に自分にとって必用か必用でないかちゃんと判断したようです。

    お仏壇を片づけた後
    お部屋の一番良い場所が開いたので
    子供が大喜びでおもちゃを片づけて使っています(^^)

  32. 入信以来、純粋に信じ切っていた私が、この信心は本当に正しいのか?と思うようになったきっかけは幾つかありますが、東日本大震災、財務、成果至上主義などです。

    過去のどなたかのコメントにもありましたが、未曾有の災害を前にして信仰など無意味なのでは?ということです。

    組織の中では、東北の皆さんは聖教新聞紙上の激励に涙して立ち上がったと言われていますが、本当なのでしょうか?
    不信をおこした人が大勢いるのでは?と思っています。

    財務では、境涯革命、経済革命と叫ばれて三桁出来そうな人、四桁出来そうな人を幹部が個人的に家庭訪問をしてその気にさせるのです。
    そして、財務が近くなると福運を積む会合が開かれて、財務をしてこれだけ体験を積みましたという体験が聞かされます。

    どっぷり信じてきた我が家も、今まで相当な金額の財務をしてきました。

    でも、ある時「本部職員や販売店の人が三桁、四桁財務をしているという体験を聞いた事がないなぁ。私たちが財務をしたお金はこの人達の給料になっているのか?」という当たり前のことに突然に気がついたのです。

    それまでは、そんな事をこれっぽっちも思った事がなかったのに。

    主人は、民間企業で働く普通の会社員です。
    これほどの財務を毎年するには、本当に大変でした。
    でも、これで経済的に未来永劫守られるのならと必死でした。

    チョコラさんも書かれていますが、婦人部は仕事やパートにでることを制限してきます。
    特に役職を持っている人がパートなどに出ると、全面阻止されます。
    そんな中でやりくりしながらの財務だったので、日々の生活は、本当に節約の日々でした。

    でも、これも主人がバリバリの活動家で自ら率先していたから出来た事ですね。
    必要な物も我慢して買わず、全部財務へ。
    普通なら稼ぎが右から左に消えてしまうなんて耐えられないです。

    お金で幸せが幸せが買える信仰なんておかしいと目が覚めた思いでした。

    財務の領収書も現場の地区婦人部長や地区部長が地区員さんにお礼を言って渡していますが、これもおかしな話ですね。

    お礼を言うべき人は、本部職員だと思います。
    職員が、地区に出向いて財務をしてくれた1人1人に頭をさげるべきです。

    ある部員さんの結婚式に出席した時に、そこでふんぞり返って偉そうな態度だった本部職員の姿にも幻滅した事がありました。
    自分のほうが会員よりも偉いとでも思っているのでしょうか?

  33. 私は新聞の多部数購読を知ったのがきっかけで、創価に疑問を離れたのですが、
    「こういう人を非難するなんてあなたがおかしい。嫌だという人に強制してないでしょう。そんなのやりたい人の自由でしょう!」
    と、それはそれは怒られました。
    これに今も納得がいってないんです。

    やりたくてやっている、なんて言ってますが、本心のわけないでしょう。
    家族が全員未入会の中、5部とっていたんですよ。
    自分がやらないとポイントに満たない責任感から、数を合わせてたんです。
    それを誰も注意しないどころか、褒めたり感謝してるんですよ。
    本人がやりたくてやってるんだから、という理由で。

    そうやって、とっくにもっともっと減退しているはずの聖教新聞社を支えてる、創価に存続できる資金源を回してる、ということを省いても、納得できません。

    「打出しを素直に受け入れることが信心」
    そうやって毎月、必死で祈りながらノルマを達成させる。
    この理屈に疑問も持たず、注意もせず、褒め称える幹部。
    ゾッとしましたね。
    私とんでもない団体に居たんだと気づきました。

    翌日から会合を一切やめて、創価について調べはじめました。
    一年前の話です。

  34. サラマンダラさん

    お勧めの本は池田氏の素顔を知る分にはいいと思いますが、池田氏はともかく日蓮さんの教えは正しい、という目線で書かれてるのが余計ですよね。
    センセイは、頭から日蓮さんの教えなど信じていません。
    信じてないから、ここまで罰当たりのようなことをしたという意味では、矛盾はないと思いますね。

    私が池田氏がはかりしれないと思うのは、信じてないものを誰よりも信じてるふりをし、本気で信仰している者の教祖となって扇動したことです。
    金儲けのためにここまでできるのは、ふつうの神経ではありません。
    お金をもらう代わりに、それに見合う絶対的な確信やコミュニティを提供したんだから何が悪い、という理屈なんでしょうか。

    私は、創価の教えた教学などインチキも甚だしかった、日蓮さんは異端で特異なお坊さんだったと知った時点で、それでビジネスをした池田氏を心底恐ろしいと思いました。
    金の亡者であるビジネスマンはたくさんいますけど、自分の扱ってる商品には絶対の自信がある、自分が本気で惚れ込んでいるという人が殆どなんじゃないでしょうか。

    インチキと知ってインチキ商売をする。
    しかもその商品は品物ではなく宗教。世界中を巻き込んでまで。
    正気じゃないですよね。

  35. たしかにモニカさんが言うように、宗門の考えが入ってくると話が複雑になってきますね。創価と宗門は宗教かそうでないかという決定的な違いがあるものの、他宗を卑下しているという点では共通のものがありますからね。だから両者はどうしても対立関係にある。どちらも「こっちが正しいんだ」という前提ですから、そのような文脈の中で考えても問題点ははっきりしないと思います。池田氏のふるまいや事実関係を知る上ではいいと思いますが、そのことに対する宗門の方の考え方が正しいのかどうかということは別にしないと見誤ってしまう可能性もあると思います。そこは要注意かもしれません。

  36. おかげさまで、昨日一日だけで30を超えるコメントと、3000を超えるアクセスをいただきました。確実に創価に対する真実の声が広がっていると実感します。「私はこうして創価のまちがいに気づいた」「私はこうして創価を辞めることができた」あるいは「辞められないで悩んでいる」「はやく辞めたい」など、ひとりでも多くの方の声がここに集まり、一人でも多くの方が創価の実態に気がついていただけるとうれしいです。

  37. レモンさん、私も以前家計が苦しくて仕事に出ようと思うと婦人部長に相談したら、祈れば絶対お金に困らない境遇になるのよって言われましたが祈っても変わらなかったので仕事に出ました、そしたら格段に生活が楽になりました。主人の仕事も私が活動してた頃に比べ2倍に増えました。活動してた頃は喧嘩ばっかりでしたが未活動になってから私が家に居る時間も多くなって会話も増えて主人も安心して仕事に励むようになったのだと思います。今は仲良くここ何年も喧嘩していません。

    全て祈りではなく自分たちが行動した結果で境遇が変わったんです。祈る時間があったら行動したり努力しないと何も変わりません。当たり前ですが笑
    私の母も同じこと言われたそうですが、結局働きに出て生活が全然楽になったのです。結局、婦人部長たちは人材がいなくなったら困るからそういう指導をしろと決められてるんですよね。学会のボランティアなんてやめてよかったですよ、本当に。
    あのまま婦人部長の言う通りにしてたら、、、と思うとゾッとします。

    それでいて旦那さんの収入だけで財務しろなんてひどすぎますよね。
    人材は欲しい、金をよこせってどんだけ強欲なんでしょうね

  38. 私はここに来てかなり心が軽くなりました。シニフィエさんこの場所を作ってくださってありがとうございます。
    みなさんのコメントを読み、納得しては勇気をもらっています。
    これまでの事は勉強だったと思い、今からの事は決して悲観的にならず、しっかり自分を持って生きていきたいと思います。

    今朝、新聞配達中の婦人部長に会いました。「今から仕事?気を付けて行って来てね!」笑顔で送ってくれました。私に折伏や新聞の無理は絶対言いません。多分、半分覚醒されていると思います。「自分が出来ない事は人に強要できない」と前に言われていました。上からは「結果が出せない人」と烙印を押されてるようです。地区婦人部長も悩みながら活動されていると思います。

    レモンさんへ
    数年前に居た組織の会合に新聞社で重役をされてる人が幹部指導に来た事がありました。会合で財務の話になった時に「私は一度に数百万やった事がある、みんなも頑張って戦おう!」と語っていましたが会合が終わってから壮年、婦人部の中には「あの人、もっとやってると思った」「あの人らの給料どれぐらいなんかな」と言ってました。他の人も声に出して言わないだけで不信や疑問を感じてる人は多いと思います。何にどう使われてるか一切わからない所に財務するよりも、被災地や児童施設などに直接寄付した方がよっぽど生きたお金の使い方だと今は感じてます。

    私も婦人部に上がってから見えて来たことが沢山あります。ある意味女子部時代は素直な信心をしていました。婦人部になってパートに行こうとしたとき「昼間の婦人部が学会を支えてる意味をわかってる?あなたは守銭奴?」と幹部に言われました。異常な発言ですね。私は無視して仕事に出るようになりました。地区婦人部長に色んな負担がかかってると思うと気が重いですが・・・

  39. 改めてシニフィエさんのブログで、このように心の心情を吐露させて頂ける事に感謝いたします。

    自分をとりまく様々な状況において、活動をいきなり停止してしまう事ができず、心に葛藤を抱えながらも表向きは地区婦人部長として活動していると、このままでは心が壊れてしまうかもという思いに駆られてくることがしばしばありました。

    私の場合、結婚するまでは学会とは全く無縁の家庭で育っているので、結婚して活動をするようになってから、これって普通の家庭と違うと思っていました。

    でも、一家和楽の家庭を築くには、女子部時代が無く人より福運が無い分、婦人部で活動を頑張らないとと思っていたんですよね。
    バカですね。
    本気でそう思っていたのです。

    でも、一家和楽どころか、どちらも時間に追われて、結果に追われてる日々なので常にストレスがかかっているので喧嘩も増えました。
    当然といえば当然でしょうね。

    三千代さんやここみさんの所でも、やはり婦人部は働かないようにと言われていたんですね。
    全国どこでも婦人部の指導そのものがそういった指導で昼間の活動家を逃がさないようにという事なのでしょうね。

    私もきっとここみさんの所の地区婦人部長と同じように、結果を出せない人という烙印を押されているでしょうね。

    組織活動のおかしさに気がついてから、こんな活動は人に勧められない、自分の時間を大切にしてほしいと思うようになり、折伏もしなければ、新聞を辞めたいという部員さんには上にも相談せず止めてしまいます。

    新聞もどんどん減部していますが、私には関係ないことです。

  40. みなさん、素晴らしい覚醒っぷりですね(笑)。

    みなさんのお話を聞くにつけ、私ももっと早くに気がついていればと思います。でも、過去のことをぐちゃぐちゃ悔やんでもしょうがないです。これからの残された人生を、本当の自分らしく生きて行く以外にないと思います。
    そしてここでのみなさんの声を全国の学会員に是非届けたいです。

    みなさんのお話で、いかに創価の打ち出しが一般常識からかけ離れていて、会員を不幸にしてきたかがよくわかります。創価が「ネットはデマだから見ないように」と言うのは、まさにここのみなさんの真実の声を聞かせないようにするためです。みなさんからの真実の告発が見えないようにするためです。みなさんが誰にも言えなくて、ひとりで悩みながらも、その悩みをみんな自分のせいにして抱え込んで頑張って来られたんですよね。こんな創価に悩まないほうがおかしいんですよ。こんな創価に疑問を抱かないのがどうかしてる。でも他の人は頑張っているようにしか見えない。みんな本音を隠しながら苦労してきたんです。こんな理不尽なことが許されるわけがありません。みなさんで創価の真実を共有しましょう。ほんとうの創価の姿をみんなに知ってもらいましょう。

    創価学会を支えてきたのは、やはり婦人部のみなさんの活躍が大きいですよね。それもなんとも複雑な話ですが、だからこそ実際に婦人部として体験してきたことをあからさまにすることが、多くの悩める会員さんの大きな励ましになると思います。創価のことで何も悩むことなんてなかったんです。単に騙されてお金と労働力を捧げてきたんです。もうこれ以上騙されることはありません。さっさと辞めてしまいましょう。辞めたらどうなるかというと、ここでみなさんが口を揃えて行っていらっしゃる通り、身も心もすっきりして、お金にも困らず、家族とふれあう時間も増えて、まさに一家和楽(笑)の家庭をとりもどしていらっしゃいます。皮肉なものです。

    創価を辞めれば、折伏も、会合も、新聞啓蒙も、選挙活動もしなくていいんです。仕事をしたい方は思う存分仕事ができるし、家事に育児に専念できます。創価は人としての当たり前の生活を奪い、金を奪い、家庭をバラバラにしてきました。そのことに気づいた方が、いまどんどん創価を離れています。その実態を知らせないために組織からは「ネットはデマだから見ないように」という指導がなされるのです。

    創価を辞めて普通の生活をすることは、当然のことなんです。辞めることに後ろめたさを感じる必要はこれっぽっちもありません。まだなんとなく気が引けるという方、ここで覚醒された方に質問されてはいかがでしょうか。

  41. モニカさんおっしゃる通りです
    私も少し危惧しましたが、とにかくこの上なくいい加減な人間だということを知ってほしいと思います
    皆さん私は正宗が正しいなんて微塵も思ってはいませんので誤解のないように池田がいかに策士家でいい加減なことをしてきたかを知るには参考になると思います

  42. アナと雪の女王、ご覧になりましたか?

    下記は今話題のレリゴー♪の歌詞です。

    降り始めた雪が足跡消して
    真っ白な世界に一人の私
    風が心にささやくの
    このままじゃだめなんだと
    とまどい 傷つき 誰にも打ち明けずに
    悩んでた それももう
    やめよう

    ありのままの姿見せるのよ
    ありのままの自分になるの
    私は自由よ
    これでいいの
    少しも寒くないわ

    なんだか、ジーンときませんか(*´∀`)♪

    シニフィエさん、このような場所を与えていただき、本当にありがとうございました。一気に思っていたことを吐き出させていただき、気持ちがとても軽くなりました。
    創価で学んだ哲学は私は好きでした。人のために行動することは本当に素晴らしいです。シニフィエさんもご自身も辛い状況のなか、このようにブログを運営されていて、本当に尊敬します。私は活動には戻ることはおそらくありませんが、その精神は忘れないようにしたいと思っています。
    押し付けじゃない、本当に人のためになることをしたいです。

  43. いえいえチョコラさん、私は場所をつくっただけで、ここの主役はみなさんです。私はただの管理人のおじさんです(笑)。入口で不審者を見張るのが唯一の仕事です。みなさん、安心して思いのたけをぶちまけてくださいね*\(^o^)/*

  44. チョコラさん、いいですね!この歌詞ズバリ今の気分そのものです。

    犬好きアラフォーさん
    前に教えてもらった「乱脈経理」が着いたので早速読んでるとこです。

  45. レモンさんへ
    レモンさんの地区の部員さんにレモンさんの気持ち分かってる人が居ると思いますよ。みんな口に出しにくいだけで、学会のやらせる事はおかしいと思ってる人は沢山居ます。

  46. 今のブログをみると私とyさんが現役学会員で改革を志向しています。その他の方々は、元学会員、未活動家で、あらん限りの学会の悪いところを指摘しています。組織悪の90%は同意出来ますが100%悪い組織はありません。特に地区幹部以上の方はMCされていますが、会員一人一人の本音は、ノルマと成果主義にはうんざりしていると思います。私はブロックで、あるべき組織について皆と話し合いをしたいと思います。今の組織は人間主義なのか、人間主義の組織は可能なのか、そもそも人間主義とは何なのか、ここのブログのコメントも参考にしながら、対話してみたいと思います。
    私は、組織のMCから覚醒された方は脱会、未活家になるという選択しかないのだろうか、また覚醒された方のコメントをみて、本当に覚醒されているのだろうか、
    何をもって覚醒と言われているのでしょうか、宜しくお願いします。

  47. 皆様の一歩踏み出す一助になれば。

    私が活動ってなんなんだろ?って思い始めたきっかけの
    ある言葉です

    http://blogs.itmedia.co.jp/hiranabe/2011/05/the-holstee-manifesto-japanese.html

    これはあなたの人生です。
    自分が好きなことをやりなさい。
    そして、たくさんやりなさい。
    何か気に入らないことがあれば、それを変えなさい。
    今の仕事が気に入らなければ、やめなさい。
    時間が足りないのなら、テレビを見るのをやめなさい。
    人生をかけて愛する人を探しているのなら、それもやめなさい;
    その人はあなたが自分の好きなことを始めたときに、あらわれるのです。
    分析しすぎるのをやめなさい。人生はシンプルです。
    すべての感情は美しい。食事するときは、ひと口ひと口を味わいなさい。
    新しいこと、そして人々に、心を、腕を、そして心をひらきなさい。
    私たちはそれぞれの違いで結びついているのです。
    次に出会う人に、何に情熱を傾けているかを聞きなさい。
    そして彼らと自分の夢をシェアしなさい。
    旅行をたくさんしなさい。
    道に迷うことで、自分自身を発見するでしょう。
    ときにチャンスは一度だけしか訪れません。それをつかみなさい。
    人生とは、あなたが出会う人々であり、その人たちとあなたが作り出すものです。
    だから、外に出て作ることをはじめなさい。
    人生は短い。
    自分の夢を生き、そして自分の情熱をシェアしなさい。

  48. はじめまして。ずっと ここを読ませて頂いているサチと言います。
    私は昨年8月に覚醒、そして脱会手続きもしました。
    学会2世で、戸田先生存命中の昭和28年入信です。
    「覚醒」とは一言で言ったら、全く信じられなくなった!だから、当然、組織には
    つきたくない。創価に自分の名前が残るのも嫌で昨年の総本部完成記念の署名も
    断りました。もう創価には、一切、関わりたくないという気持ちが「覚醒」なのではと
    私は思います。
    たくさん、書きたいことが ありますが、これから少しずつ、こちらに参加させていただきますので、よろしくお願い致します

  49. ポラリスさん、私は選挙活動、ノルマがある新聞啓蒙、押し付け財務、無理な折伏が基本になっている事が創価の大問題だと思っています。それが嫌で活動を辞める方も多いのではないでしょうか。私も上の役職に未活動になる前にずいぶん聞きましたがこの活動は絶対必要だと言われたので活動をやめました。全然宗教には関係ないと思ったからです。功徳と言う便利な言葉に踊らされていたと思いました。宗門問題も大きなきっかけでしたが。私はそこが覚醒だと思っています。覚醒したら今の学会体制ではやはり未活動か脱会しかないと思います。

    でもこの活動がない創価なんて成り立つのでしょうか?この活動を一切しないで本当に他人の幸せを祈って信心の素晴らしさや大聖人や御書の勉強だけや正しい指導者が境涯をあげるための正しい指導のみをしてくれていたらここまでの悪評もなかったし不幸な家庭もなかったのでしょうが、、、
    でもいくらノルマにうんざりしてる活動家の方に対話してもすぐには難しいと思います。私も随分疑問を訴えたけど無駄でした。MC下にいる方にはなかなか難しいとは思いますが疑問を投げかけるのは大事な一歩だと思います。がんばってください

  50. ポラリスさん、こんばんは。
    私は正式には脱会手続きしていませんが、仏壇も処分し、曼荼羅も
    巻いています。
    日蓮本仏論が通用しないと分かったとき、罰の呪縛から解放されました。

    母の介護で実家に行きますが、曼荼羅に手を合わせることはありません。
    聖教新聞や大白を見ても全然感動しません。

    この先何があっても二度と創価学会と宗門に頼ることはないと思っています。

    父が病気で最初に入信して、勤行も欠かすことはなく真面目な信心でしたが、
    最後まで病弱でしたし、癌で逝ってしまいました。
    母もバリバリ幹部でしたが、75歳を過ぎたあたりから入院・手術を繰り返し、
    今ではまともに歩けません。生活も楽ではありません。

    一人っ子ですが、かまってもらった記憶がほとんどありません。
    題目あげなさいはしょっちゅう言われましたが、一家和楽ではなかったです。

    父母たちとともに草創期から活動に励んでいた学会員さんを見てきましたが、
    幸せそうな老後を送ったひとを知りません。
    信心していようがいまいが、現実は何も変わらなかったとみています。

    この宗教でしか幸せになれないと信じて頑張ったときもありましたけど、
    自分で入ったわけではないので、本当に間違いないのか?と考え直した時、
    信じるに足りない、私には必要ないと気付きました。

    夫も子供たちも入っていませんが、ちゃんと人生を送れています。

    信仰心はなくしてしまいましたが、八正道は守りたいと思っています。

  51. ポラリスさん、こんばんは。
    ぜひブロックのみなさんと対話してみてください。期待しています。

    それはそうと、ポラリスさんのコメントで、前から気になっていたことがあるのですが、怒らないで聞いてくださいね。
    ポラリスさんは、どうも都合の悪い指摘をされると完全にスルーされますよね。私が先日いくつかの質問をしましたが、何も答えてはいただけない。
    たとえば、5月21日に私はポラリスさんに下記のような質問をしました。
    ________________________

    会員は何も考えることなく、何も知らされず、ただただお金を組織に貢ぐために働かされている。そのシステムをつくったのが池田氏です。それとも池田氏の意向を無視して幹部が勝手にやっているというのでしょうか。それほど池田氏は組織からないがしろにされてきたのですか。池田氏は単なるお飾りで、じつは創価の実権を握ってきたのは中枢幹部だったのですか。だからお飾りだった師匠には何の責任もないのですか。
    ________________________

    ポラリスさんは、この質問に答えるつもりはないのでしょうか。
    もう一度お尋ねします。ポラリスさんもおかしいと指摘されている組織の実態の責任は、池田氏にはないのでしょうか。ぜひ教えてください。

    また私はこうも言いました。
    ________________________

    ポラリスさんは組織の実態がわかっているのに、なぜそうなったかがわからないでいるから腑に落ちない違和感がいつまでもあるのだと思います。つまりまだ創価学会は池田氏のレベルでは宗教だと信じているからですよね。私やここにコメントをくださるみなさんの多くは、創価に何一つ腑に落ちない違和感などありません。ここで何度も繰り返し言うように、創価は金儲けが目的の詐欺団体だということに気がつけば、すべてのつじつまがぴったりと合いますよ。きれいさっぱりわかりますよ。そしてそんな詐欺団体をつくったのが、残念ながらポラリスさんが人生の師匠と慕う池田大作その人だということもです。このことを受け入れられないかぎり、ポラリスさんの腑に落ちない違和感は解消しないと思います。
    ________________________

    この私の発言をふまえて聞いてください。
    まず、お尋ねの「覚醒」についてですが、創価から覚醒したというのは「創価学会はもともと宗教ではなかったということに気がついた」ということです。覚醒とはそのことを指します。はじめは宗教だと信じて活動していたけれども、じつは宗教なんかじゃなかったことに気がついた。だから未活になり脱会した。もし創価学会がいくらかでも宗教としての役割を果たして来たのであれば、まだ改革ができる可能性があったりもするのでしょうが、もともと宗教ですらない悪徳ビジネス団体だという実態に気がついたなら「脱会、未活家になるという選択しかない」のも当然ではないでしょうか。他に何か選択肢があるでしょうか。

    創価は対外的には虫も殺さないような清く美しい団体であるかのように振る舞っていますが、会員に対しては地獄の責め苦のようにノルマを課し、お金をまきあげ、強制的な労働を強いています。それを愚直に実行するものには功徳があり、しないものは不幸になると脅しながら組織を拡大してきました。その陣頭指揮をとってきたのが他ならぬ池田氏ですから、そのことに気がついた私たちが、まだ気がついていない学会員に対して「創価とはこんなところですよ。池田氏とは本当はこんな人物ですよ。はやく気づいてくださいね」と訴えているのです。創価学会の最高責任者は、今でも池田大作本人です。池田氏が正式に引退を表明しないかぎりは、創価学会の組織に関するすべての責任は池田大作にあることは自明のことです。

    ポラリスさん、これも前にも言いましたが答えてくれないので、もう一度お尋ねします。もしポラリスさんが会社員で、自分とこの社長が4年も姿を見せず、ただしメッセージの伝言だけは頻繁に来る。動いている画像もなければ声も聞かせてくれない。かといって引退の発表もない。ポラリスさんはそんな社長の安否が気になりませんか。ましてや人生の師匠で地獄の底までついていくとまで決心をされた方が今どうしているのか心配にならないのですか。私なら心配になりますよ。普通なるんじゃないでしょうか。自分の会社の社長じゃなくても、たとえば安倍首相がまったく人前に姿を現さず、副首相や官房長官にすべてをまかせっきりだったら、内閣は国民になんか隠してるんじゃないかって思うのが当然ですよね。でも学会員さんはそれを決して口にしない。訊かれると「お元気ですよ」とか「先生ももう80歳超えているんです。先生にこれ以上何をしろと言うのですか。先生はすべてを若い世代に託したのです」などと言います。それならそれで自分の口から全国の会員さんに発表すべきではないですか。いったいどこにいるのかさえわからない師匠のことが心配もしない弟子ってありえるんですかね。私、変なことを言っているでしょうか。

    悪い宗教団体をいい宗教団体に変革することはもしかしたら可能かもしれません。しかし悪徳ビジネス団体をいい宗教団体に変革することはできません。もとの成り立ちが違うものなのですから、誰がどう頑張っても、ならないものはならないのです。暴力団をボランティア団体に改革しようとしているようなものです。それなら暴力団に更正を促すより、自分で志を同じくするもの同士でボランティア団体を立ち上げたほうが、よっぽど近道なのではないでしょうか。ポラリスさんは「組織悪の90%は同意出来ますが100%悪い組織はありません」と言われますが、それなら「暴力団にも100%悪い組織はありません」と言うのですか。いったい何を根拠に言われているのですか。

    それから、ポラリスさんが再三言われる「人間主義」についてですが、これも「もともと宗教ですらない悪徳ビジネス団体」に人間主義もへったくれもあるわけないではありませんか。ポラリスさんは、組織は悪いが、池田氏は別。そして人生の師匠として地獄の底までもついて行く覚悟があるとまで言われました。池田氏が仏法でなくて、たとえ他の新興宗教であったとしても、師匠についていくのが弟子としての勤めだともおっしゃいました。それはそれでポラリスさんの考えですから否定はしません。ポラリスさんの人生ですから、ポラリスさんの思うように生きてください。ただそのような特定の個人への盲目的な追従の姿勢と、ポラリスさんの言う人間主義とは相反するのではないかとも思うのですが、どうでしょう。

    さて、ここでひとつ確認しておきたいことがあります。一般的に「人間主義」というのは否定的な思想として扱われることをポラリスさんはご存知でしょうか。つまり、一般的な解釈としての人間主義とは「人間中心主義」のことで、人間が豊かな暮らしをするためには環境を支配し、自然や他の生き物を壊したり殺したりしてもよいという、たいへん傲慢な考え方のことを指します。これは産業革命以後のヨーロッパの基本的な考え方で、奴隷制度や植民地政策の精神的基盤となった思想です。奴隷や植民地の先住民も人間として見ていません。みな自分たちが自分たちの満足のために支配下においてよいという考え方です。このような選民思想は日蓮の教義にも流れています。ですから昔から池田氏が講演のなかで「人間主義」と言っていたことにとても違和感を感じていました。本幹でも「これからは人間主義、人間中心主義で行こうじゃないか」と池田氏は平然と言っていました。この人は何を考えているんだろうと思っていました。スピーチや書籍の内容はある程度教養のある別人が書いているから、それなりに筋が通っていますが、本幹での池田氏自身のおしゃべりはなんとも下品で教養のかけらも感じられないものばかりでした。この人は強烈なコンプレックスの固まりなんだなと思いました。

    おそらくポラリスさんは、人間の本当の幸せとは何かという視点に立ったヒューマニズムを人間主義と言っているのだと思いますので、どちらかといえば人文主義のことですよね。そのヒューマニズムと、ポラリスさんが人生の師匠と仰ぐ池田氏の独裁体制とはまったく正反対に位置しているのではないでしょうか。ポラリスさんが考える人間主義とは仏教でなくても、池田氏がこうだといえばそれに従うことなんですよね。そこは他の学会員さんにはないポラリスさん独特の考えですよね。でももし池田氏が元気でそれを聞いたら「あなたは間違っている。あくまで世界平和は創価学会の活躍如何にかかっているのだから、あなたもきちんと組織について活動してください」と言うのではないでしょうか。それとも「いや、私は組織が間違っているから従いません。ブロックの人たちと創価を改革してみせます」と人生の師匠に楯突きますか。でもそれでは地獄の底までついていくことになりませんよね。矛盾していませんか。

    私はヒューマニズム(人間主義というとまぎらわしいのでこう呼びます)のひとつの形として民主主義があると思います。個人の自由と権利を尊重し、生命の尊厳を基調とする考え方です。日本国憲法前文を読んでいただければわかります。何度読んでも涙が出るほど素晴らしい文言です。では創価に個人の自由と権利がありますか。生命の尊厳がありますか。婦人部だったみなさんが創価のまちがいに気がつき、会員に自由も権利も尊厳もないことに気づき、やっとの思いでその活動から脱し、ようやく個人の自由と権利を取り戻しつつある。みなさんはその実感をお話ししているのであって「元学会員、未活動家で、あらん限りの学会の悪いところを指摘しています」といったことでは決してありません。ポラリスさんにとって、みなさんの新たな自由と権利の謳歌が、単なる悪口を言っているとしか聞こえないのは残念ですね。

    もうひとつ不思議だなあと思うことがあります。ポラリスさんはブロックにこだわっていらっしゃいますよね。ブロックから創価を立て直すんだと。創価の組織はブロックの集まりですよね。地区も支部も圏もみなブロックの集まりです。どうしてブロックならよくて地区や支部の単位ではだめなのですか?それともポラリスさんの所属するブロックだけが創価全体を再生できる力があるという考えなのでしょうか。ポラリスさんが中心となったひとつのブロックから創価改革ののろしを挙げたとしましょう。その甲斐あってそれに賛同する他のブロックが出てきたときに、そのブロックとの連携はとらないのですか。あくまでブロックが連携することなく個別に活動を続けて、いったいどうやって改革が進むのですか。ひとつのブロックが改革を進めていって、その改革が地区に支部に圏にと発展拡大しなくていいのですか。ひたすらブロックにこだわる理由を教えてください。ブロックが二つ三つ集まっては創価の改革はできないということなのでしょうか。

    長くなってしまいましたが、ポラリスさんの質問に対する回答と、ポラリスさんへの質問をいくつかしました。よろしくお願いします。

  52. シニフィエさんのコメントを読んでの感想なんですが、一つ一つの質問に答えようと思うと、申しわけないのですが私的に大変なので、都合の悪い指摘をされると完全にスルーされますよねについてお答えします。全然都合の悪い質問は一つもないと思います。一般の会社て゛も不祥事があると組織のトップが責任を取ります。それからいくと、創価の不祥事はトップである先生の責任だと思います。創価の歴史をみても、戸田先生は理事長を辞任、先生も会員の選挙違反で逮捕されていますし、私が学生部になった昭和54年には先生は会長を辞してます。聖教新聞を世界の人々に読ませたいとは言いましたが、世界の人々に取らせたいとは言っていません。先生もノルマと成果主義でこんなにも会員が苦労しているとは思っていないと思います。私は自分の中に師弟があり創価があります。多分シニフィエさんもここに来られた方々もそうだったと思います。もし、今の創価がシニフィエさんが言われる詐欺集団とすると一体誰が創ってきたのか、私でありシニフィエさんであり皆さんだと思います。会社の不祥事の責任はトップにありますが、不祥事を起こすのはトップではありません。シニフィエさんはとても真摯な方だと思います。悩まれて悩まれての決断だったと思います。私は組織ではなく師弟なのです。先生が天理教なら私も天理教で、キリスト教ならキリスト教なのです。創価の原点は師弟しかないのです。宜しくお願いします。

  53. ポラリスさん、さっそくお返事ありがとうございます。

    ポラリスさん、失礼ですが自分の言っていることがわかっていますか?

    >先生もノルマと成果主義でこんなにも会員が苦労しているとは思っていないと思います。

    それではポラリスさんは池田氏は会員のことはよくわかっていなくて、幹部が勝手に今の創価をつくってきたと思っているのですね。つまり師匠の池田氏は弟子であるポラリスさんのこともよくわかっていないと言っているのですよ。弟子がいくら池田氏を師と仰いでも、肝心の池田氏は弟子のことを理解していないということですよね。それのどこが師弟なのでしょうか。ポラリスさんの言う創価の原点である師弟を、人生の師自らが否定していることになりませんか。矛盾していませんか。

    ポラリスさんからすれば信じられないことかもしれませんが、私は池田氏を師と思ったことは一度もありません。「池田先生」と口に出したことさえありません。活動をしていた時期でも池田氏のことは「池田会長」または「池田名誉会長」としか呼んできませんでした。あくまで日蓮仏法の信者の団体の長としての認識しかありませんでした。私が信じていたのは池田氏ではなく日蓮仏法でした。はっきりいえば会長は誰でもよかった。だから池田氏が会長を辞めて、会長職が持ち回りのようになったときはそれが正しい組織のあり方だ思いました。でも実際は4代目以降の会長はただのお飾りだったわけですけどね。池田氏が気に入らない会長は人前で恥をかかせて辞めさせていたわけですから。

    ですからポラリスさんがいう「先生が天理教なら私も天理教で、キリスト教ならキリスト教なのです」という言葉には驚きました。ポラリスさんは宗教を信じているのではなくて池田氏を信仰しているんだなと思いました。そして池田氏は会員の苦労を知らないでいるという言葉にもさらに驚きました。では師弟ってお互いに理解しなくてもいいんだということですよね。なんかわけがわかりません。

    私は仏法は道理だという基本理念に深く納得していたように思います。この世はひとつの法則で存在している。その法則が南無妙法蓮華経に集約されていると本気で思っていました。創価がインチキだと確信できたときでも、日蓮仏法はまだ間違いないと思っていました。でもそれも違うと気がついて、あえて仏壇をたたき壊しました。私の場合の覚醒は「自分が騙されていたことに気がついた」といったほうが近いと思います。

    >私は組織ではなく師弟なのです。先生が天理教なら私も天理教で、キリスト教ならキリスト教なのです。創価の原点は師弟しかないのです。

    さきほども書きましたが、これではポラリスさんは単なる創価の異端者ですよ。そんな身勝手な考えは当然創価には必要とされませんし、もちろん池田氏も元気だったら認めないでしょう。ポラリスさん一人だけが勝手に一方的に師だと言い張っているに過ぎません。そのような考えをブロック員さんに押し付けても誰もついて来ないし、たとえついてきたとしてももはや創価学会ではありません。ただの池田フリークです。こうなるとポラリスさんのやっていることは宗教でも何でもないと思います。何しろ教義は天理教でもキリスト教でもいいということですから、憧れのタレントについてまわる「追っかけ」と変わらないのではないでしょうか。言い方は悪いですが偏った執着のある人、つまりモノマニア、あるいはパラノイアの域です。

    ポラリスさんの意見に対してみなさんからコメントをと思っていましたが、ここまで特殊な池田氏に対する信仰の方のことを話題にすることは、このブログの本来の主旨から外れていくような気がします。
    なのでポラリスさんにもう一度確認します。

    ・創価の原点は師弟だ(教義は天理教でもキリスト教でもかまわない)
    ・師匠の池田氏は弟子である会員の苦しみをわかっていない
    ・それでも悪いのは池田氏ではなく組織だ
    ・池田氏が天理教と言えば自分も天理教の信者になる
    ・自分は自分のブロックをもとに創価を改革していく

    ポラリスさんの考えについて上記に間違いないですね。このことをポラリスさんが所属するブロック員さんが聞いてどう思うでしょう。ポラリスさんのブロック員さんたちもポラリスと同じように、日蓮仏法より池田氏を信奉しているのですか?池田氏が明日から天理教だといえば天理教の信者になる覚悟で活動をしているのですか?そこも不明です。ぜひブロック員さんの反応を聞かせてください。

    それともうひとつ、ポラリスさんの師匠である池田氏はブロックを原点に組織を改革しろと言ってはいません。池田氏は組織への不満を漏らしているわけではありません。師匠が言いもしないことを弟子が自分の判断で勝手にやっていいのでしょうか。師匠は弟子のことをわかっていない。弟子は師匠がいいもしないことをやろうとしている。それでも池田氏とポラリスさんは師弟と言えるのでしょうか。お互いの無理解をなぜ師弟と言えるのでしょう。これもブロック員さんに訊いてみてください。

    問いつめるようなことを言ってしまいましたが、私はポラリスさんを否定しているのではありません。ポラリスさんの生き方をとやかく言える人はいません。言うつもりもありません。ただおっしゃることがどうも矛盾していて、なおかつ創価の考え方からもとても離れているようなので、それでも創価を改革していくというポラリスさんのことが私には理解できないのです。池田氏にしてみれば、ポラリスさんの情熱はありがた迷惑なのではないでしょうか。でも今後もポラリスさんとなんとか対話を進めていくためにあえて上記のことについて確認したいです。よろしくお願いします。

  54. ポラリスさん、初めまして。
    脱会も未活動にもなっていないけれど、覚醒しつつある地区婦人部長のレモンと申します。

    私自身、今まで時折の戦いにおいて色々な疑問を持ちながらも、師弟不二という言葉を心において活動をしてきました。

    新聞啓蒙の戦いは、色々な人に学会の正しさを知ってほしいという事から、選挙の戦いは、日本が平和を保てるように一人でも多くの理解者を増やしていくように、財務の戦いは経済的に安定できるようにというという打ち出しを真っ当に受け止めてきました。

    心も体も心底疲弊していても、全てはセンセイのために、センセイに喜んで頂けるようにと思って戦っている会員さんが本当に多いです。
    私自身もそうでした。

    学会活動だけに励み、色々なことを犠牲にしてきました。

    幹部はそんな会員さんに激励という名の洗脳をし、ネットでどれだけ辞めた人達のブログを読んでも心動かされる事はありませんでした。

    それどころか、ネットを見ないようにと言われているのに、見てしまったという罪悪感でいっぱいになってしまった事もあります。

    でも、創価がそれだけ正しい宗教団体なら、なぜ会員はこんなにも衰退していっているのでしょう。

    成果に拘ることに辟易して出てこなくなった人もいるでしょうけれど、創価の実態に気がついて出てこなくなった人も多いのではと思うようになったのです。

    正直、今までずっと信じてきたものを否定することは、自分の生きてきた人生を否定するようで心が苦しくなります。

    私の本来なら1番輝いていたはずの20代からの30年以上の人生は何だったのだろうと、絶望にも近い思いになることもあります。

    でも、人生を賭けてきたものだからこそ目を背けずに、事実を知ることが大切なのかもしれないと思うようになりました。

    私の嫁いだ先も主人も、寸分の疑いも持たない活動家です。
    全員が、支部幹部、本部幹部をしていて、古くからの知り合いだらけです。
    義両親は、高齢なので同時放送に時々行くぐらいですが・・・

    私自身は、間違いに気がついてしまった以上 活動を停止したいです。
    それでも、様々な事情があり、突然の急停止が出来ない状態で、もがき苦しんでいます。
    何とかしないとという焦りだけがあります。

  55. 皆様、おはようございます。外部のAkiraと申します。

    ポラリス様にはポラリス様のお考えがおありのようです

    対話とは言えども矢継ぎ早の質問攻めは不本意な回答を誘い出してしまいます
    少しお時間をおかれてはいかがでしょうか?

    signifie様

    「冬は必ず春となる」というタイトルのブログはご存じの事とおもいます

    このブログはアンチ系ブログではありませんがとても面白いです。

    その中で興味深いタイトルがありましたので紹介させて下さい。

    ブログタイトル「創価学会が衰退している理由」

    http://blog.livedoor.jp/tetuun1/archives/1476539.html

    記事はもちろんですが注目していただきたいのはそのコメント欄です

    こちらにも何度か投稿された「たいく様」の書き込み
    一貫性がありとても素晴らしいものです
    もしかしたらsignifie様とたいく様は同一人物なのでは?という錯覚に陥ります

  56. Akiraさん、ありがとうございます。
    そうですね、このままではポラリスさんが質問攻めに遭ってしまいますね。
    みなさん、ここはしばらく時間をおきましょう。
    ポラリスさんも、ブロック員さんとのお話のあとでのコメントをお願いします。

    「創価学会が衰退している理由」を見せてもらいました。説得力ありますね。それからたいくさんも。こうしたブログが広く読まれることを願っています。

  57. ポラリスさん初めまして。

    あなたの『組織が大事だ』との考え方にちょっと
    思うことがありましたのでコメントさせて頂きます。

    第二代戸田会長が『組織は戸田の命より大事だ』という
    言葉を残しています。
    私も数十年前はその言葉を座右の銘にして、組織を駆け巡りました。

    しかし、時代とともにそれは新聞啓蒙や財務に関わる活動をしてこそ
    学会本部のメガネに適うことであり、それ以外の会員との交流を本部が
    望んでいるのでしょうか?

    特に今、国家を挙げての大問題である『集団的自衛権』の問題などを
    話題にして異論をとなえようものなら、厳しいお叱りが待っているとも
    聞きます。

    また、末端の組織といえども良い人ばかりではありません。なかには
    元暴力団員や、詐欺師を経た人が、地区部長の役職をしていたりとか
    学会組織もいろいろですね。

    ある意味そういう人をうまく使いこなすのが本来の人材なのでしょうか?

    私は近年の学会組織が嫌で嫌でたまらず非活になった部分もあります。

    また、以前のブログで『創価学会ノート』さんが『創価学会問題は
    池田大作問題である』と断言されていました。
    そのブログは閉鎖されてしまいましたが・・・。残念です。

    思いつくままにコメントさせていただきました。

    ひろたん様

    ご返信ありがとうございます。立場はちがいますが、共々に頑張って
    生き抜きましょう。

  58. signifieさん。お久しぶりです。
    こちらのブログは日課のように拝見しています。
    ここで展開されるような対話が現場の組織でされていれば良いのにと願うのですが、それは無理でしょうね。
    現場で無理ならネットでは対話の可能性があるかと思い、「バリ活学会員」さんのブログでコメントしてみましたが・・・ 思った以上に残念な結果でした。
    バリ活さんに共通してみられるのは、一般人と「言語」が違うことでした。
    「御書」や池田大作さんの「指導」からの引用ばかり。なので話が通じませんね。

    でもここのブログは違います。学会で起こる問題について
    一般常識的に見てどうなのか。社会への影響はどうなのか。
    一人の社会人、家庭人としてどうなのか。
    そんな点をしっかり語り合えていると思います。

    言い換えれば、こうしてネット上で多く語られること自体、
    創価学会が多くの社会的・家庭的な問題を発生させているという現実の表れです。

    ポラリスさん。貴方の言わんとする「気持ち」だけは理解できます。
    それよりも、貴方のご家族や、ご友人、そして「自分自身」を大切にしてくださいね。
    学会であれ、天理教であれ、何を目的に生きるのかを見失ってはいけません。
    貴方が健気に池田さん思う姿は、泣いている子どもに背を向けて必死に祈る姿に見えます。申し訳ないですが可哀想です。貴方自身が。
    残念ながら池田さんは何もしてくれませんよ。神や仏も池田さんへの思いを貴方への幸福には転換しません。貴方の池田さんへの忠義は、池田さんが貴方に返すべきものです。福運や功徳、ご利益とは別物です。
    しかし、池田さんへ「忠義」の恩恵を受けるのは学会職員と公明党の幹部だけです。

    Akiraさん。僕の書き込みのご紹介ありがとうございます。

    一人でも多くの方が創価学会の呪縛から解放されることを願います。
    早く家族を自由にしてあげたいです。
    大切な大切な僕の家族を。友人を。皆が笑っていられるように・・・

  59. ごぶさたしております。以前書きこみをさせてもらったエクスプローラーです。
    その節はsignifieさんをはじめ、お返事をいただいた皆様、ありがとうございました。
    あれから部屋からご本尊を撤去して仕事面での環境の変化はありましたが、罰もなにも全く感じません。
    むしろ外へ出るのが億劫な時に、三唱とか勤行しないと出られないという自分発の呪縛から解き放たれました。

    私も退会のタイミングを見計らっていますが、唯一引っかかっていることは内部の友人関係です。
    私の内部の友人はほぼ退会しようとは思っていませんが、創価信仰のことを何とも思っていない人や、組織の疑問点を話しても否定、むしろ肯定することもあるくらいです。
    大体の友人は退会しても何とも思わなさそうです。

    ただ、とても仲のいい友人の一人が本部職員なのです。
    私と波長が合うくらいなので思考もとても近いですが、友人の立場が立場なので悩んでいます。
    縁が切れることはまずないですが、友人の心理的負担等を考えると悩んでしまいます。
    じっくり話していくしかないかなぁと思っています。

    signifieさん、一方的な現状報告とテーマから少し脱線した内容をお許しください。

  60. 創価学会の内部にいると、どうしても
    数多い書籍出版類に目を通さなければならないので、
    創価学会の中での言葉でしか思考することができなくなって
    くると思います、現実的に……
    活動中の実家の家族との会話で、それを実感します。

    できれば孤独の中で、様々なジャンルの書籍に
    ふれてみてはいかかでしょうか?
    思考の翼がぴんとのびてくる瞬間があります。
    いま白洲次郎さんの本を読んでます。
    サンフランシスコで日本国憲法成立に携わった人です。
    私にはとてもとても難しいのですが、
    いま現在の日本にも通じる国際的な論点が感じられます。
    なんとかかんとか頑張って読んでみます。

    本来のリアルな心情の語られる場に戻ってきたようで、
    ホッとしています、なかなか言葉だけでは尽くせない。

  61. はじめまして。
    アラサー女子部です。
    18歳の時に入会した一世です。
    入会してから約10年、組織内の一般常識が通じない数々の出来事に辟易しながらも、着々と役職を受けてしまい、今は区幹部兼任で部長をしています。
    2年前まで白蓮グループにも所属し、班長もやっていました。
    非常識な行動(アポなし家庭訪問、財務のしつこい入金確認、囲み折伏で入会を強制…等)を嫌と言うほど目の当たりにし、その度に話し合ってやり方を修正して頂こうと訴えてきました。
    ですが、私が一世で創価の家庭で育ってこなかったせいか、何を言っても『あなたは本当の信心がわかっていない』と、全く話になりませんでした。

    もうこれ以上創価学会に関わりたくないです。
    ただ今は役職があるので、すぐにはスルー出来ないと思っています。
    『学会活動をしたくありません。今日でやめます』と言ったら…どうなるかは想像つくので、恐くてまだ言えません。
    最近創価批判のブログを読むようになり、ここにたどり着きました。

    自分だけではなく、沢山の方が創価の非常識に悩まされているのかと驚いたと同時に、今まで抱えていた心の中の重みが軽くなった気がします。

    まだ全ての記事や皆様のコメントを読めていませんが、これから少しずつ読ませて頂きます。
    今後自分がどうやって行動するかを決める為に、皆様の知恵をお借りしようと思っています。

    またコメントを載せて頂くかもしれません。
    今後ともよろしくお願い致します。

  62. ケロリさん。はじめまして、30代半ばの元男子部です。

    僕は「池田先生と叫ぶだけの組織に限界を感じた」と区圏の男子部長に言いました。(当時の僕は男子部本部長です)
    説得などいろいろありましたが、案外あっさり活動はやまられましたよ。

    >『あなたは本当の信心がわかっていない』
    この発言は貴方の努力や経験、見識を下に見ている証拠です。

    恐いかもしれませんが大丈夫です。その恐さの本質を見極めてください。
    失うものは何ですか?学会の役職?名誉?
    それとも馴れ合いの人間関係ですか?
    僕も少し恐れたのは「嫌われたくない」という小さな自分の存在です。
    でも、もっと恐いのは、納得のいかない活動をやらされて自分の尊厳が傷つけられることです。
    自分の尊厳は、自分にしか守れないと思ったので「辞める!」と決めました。

    本当にケロリさんを大切に思う人なら、活動を辞めても、退会しても
    貴方との友人関係が壊れるわけはなですよ。
    もし、疎遠になる人がいたり悪く言う人がいたら、その人達にとって貴方は「女子部の部長」でしかないのです。
    そんな人間関係なら無くなってしまった方がスッキリしますよ。
    僕は退会して多くの学会員さんと交流は無くなりました。
    でも、退会後も親しくしている学会員もいます。
    それは幼馴染であったり、忌憚なく語り合えた仲間です。
    (学会の話はしなくなりましたが)

  63. 学会2世(母親のみ入信)で現在組織から離れてる本堂といいます。よろしくお願いします。

    私は顕正会は昔の創価の姿だと思ってるし、退会した創価の信者が宗門なり顕正会なりに行けば影響させて
    別の創価が生まれるのでそれ(サーフィン)を止めるべきと思っています。
    事実、幸福の科学も以前の理事長は元水海道市議の創価の小沢さんだったし
    国際正法協会も噂では内藤さんや山友さんも関係してたのでしょう?
    それには創価の基になってる正宗教義などが問題ではないですか?

    創価なんて草創期の貧乏な信者の犠牲の上で出来た組織だと思っています。
    その創価の昔の形が今の顕正会ですよ。(浅井教化していますね?)もう犠牲は出してはいけないと思います。

    学会の地区の悲劇、喜劇?を現したサイトがあります。その中の「中村君の日記」これは
    創価組織の犠牲者達の記録で重要です。是非読んでみて下さい。
    http://blog.goo.ne.jp/youthuman/e/58eb23317f9f08a1709efcbfc9376844

  64. ケロリさん、はじめまして。

    >ただ今は役職があるので、すぐにはスルー出来ないと思っています。
    『学会活動をしたくありません。今日でやめます』と言ったら…どうなるかは想像つくので、恐くてまだ言えません。

    うーん、なるほどと思います。
    私も性格上、嫌になったら即やめますと言いたかったし、半分そのような感じでしたが、創価無関心の主人から「上手くやれよ」と言われました。
    身近な人から酷いことをされて嫌になったわけじゃないのなら、今までお世話になって、親しくしてくれた人に怒りをぶつけるのは違う。
    ともあれ人間関係でもめるのは損だ。上手くやりなさい、と。

    これはもっともだと思い、身近な人たちとはなるべくもめずに、笑顔で脱会しました。
    が、確かにすっきり離れたといえ、胸中は複雑になる時がしばしばあります。

    このブログで創価で嫌な思いをしている人の声を効くたび、残ってる人たちは無邪気にそれに加担してるんだと思うと憎たらしくも思う時もあります。
    あんなに
    「お願い、信じて!私が今までウソついたことある?デマを流したことある?信頼する皆んなに信頼できない情報を話すわけないでしょう!」
    と、必死で知り得たことを訴えたのに、全く信じてくれなかった…と思うこともあります。

    会えば笑顔で話せるし、後ろめたさはないにしろ、完全に元のままというわけにはいきません。
    でも何かを手に入れるには、何かを捨てなければとは思います。

    私も「上手くやってください」としか言えず本当に申し訳ないですが、上手くやって下さい。
    誠実に、でもはっきり言うことが大切と思います。
    真剣に誠実に言う人には誰も勝てないと思うのです。

  65. Akiraさん有難うございます。シニフィエさんは真摯な方なのですがどうも私の言いたい事は伝わらないみたいです。多分組織に対する認識の違いと思います。確かに創価の組織はノルマと成果主義の問題がありますが、私は詐欺集団とは思っていません。
    たいくさん初めまして、以前組織の中でも同じように、貴方自身が可哀想だと言われたので貴方はもっと可哀想だと論破した事がありますが、まさか退転した方に言われるとは思いませんでした。たいくさん申し訳ありませんが貴方自身が可哀想です。質問ですが、たいくさんは池田先生と叫ぶだけの組織がいやで退転したのですか、今回は少し感情的ですが宜しくお願いします。シニフィエさん28日にブロックの会合がありますのでその時に皆さんの意見を聞いてコメントしたいと思います。

  66. ケロリさん、初めまして。

    複雑な胸中お察し致します。

    女性部の1世ということですので、仕事や未入会のご家族を理由に離れる事ができたらいいですね。

    とはいっても、ケロリさんは役職を持っている方なので、そのような事で悩んでいた方達に、悩みを乗り越えていこうと激励した立場だからこそ、それが簡単ではないという事もわかっているのかもしれませんね。

    たぶんですが、上半期が終わったら、創価は来年への大きな戦いに向けて、人事があるのではと思っています。

    そのタイミングで交代するのがベストでは?と思います。
    その為には、今から「仕事のポストが変わり仕事が急激に忙しくなりそう」とか伏線をはっておくのではどうでしょうか?

    私が今までずっと疑問だった事がこちらのブログに来て解けた事があります。
    それは、女子部時代を経て結婚し婦人部になった人達が、組織には一切つかない人がとても多かったのです。
    婦人部から入会した私にはそれが不思議に思っていた時期があります。

    でも、今はよくわかります。
    女子部時代に苦い思いがあったり覚醒されたりで、婦人部では絶対に活動しないと決めたのでしょう。

    それが正解でしょうね。

    座談会に集う地区の方達は、本当に純真です。
    少ないけれど、青年男女もいます。

    でも、彼らの本当の胸中は、どうなんでしょうね。
    若い青年たちは、ネットがオバさんの私なんかよりずっと身近ですので、真実がわかっている子もいるのかもしれません。
    色々抱えてながらも、2世、3世の呪縛もあるのかもしれません。

    今、私は主人に毎日のように創価の間違っている点を、タイミングを見計らって話しています。
    黙って聞いてる時もあれば、またそんな事を言ってと声を荒げる時もあります。

    それでも、言い続けていかなければと思っています。

  67. 時間が取れたので、コメントします。シニフィエさんの答えにも関わることだと思うので、私の30数年に渡る基本な活動をお話します。

     統監に残っており、会合にもまったくでない、組織ではいわゆるCと呼ばれている方を掘り起こすことが私の活動のメインなんです。そこの一人を発心させることが、組織にも大きな波動を起こし、自分自身の成長にも繋がることだと実感しているからです。

     ここでコメントされているような方々のように、もう心は脱会、信仰心はなし、組織の疑問、矛盾を親の姿から冷静に観察してる子、怨嫉している方、大ちゃんはまだ元気かなんておちょくる人、そういう方々のことをどうやったら仏性を開かせることができるのか、祈っては訪ね、門前払いされてはまた祈り、あいさつできるようになれば喜び、やっと約束した会合にはすっぽかされてはまた祈りと、ほとんどが徒労と思われる活動を地道に継続し、多くのメンバーをこの世界に引き込んできた当事者なんです。

     なぜここまでできるのかと言えば、私自身が超ウルトラCクラスの不良会員だったからです。私の父が入信したきっかけを母から聞いたのですが、今でいう取引先の地区部長が紹介者だったらしく、仕事を欲しがる父と成果を欲しがる紹介者と利害が一致したのかなと今では思います。(パワハラめいてますね)

     それで結局は仕事の売上金をもらえず夜逃げされたことで、怨嫉し学会が大嫌いになったそうです。父もある意味組織の成果主義の犠牲者だったのかもしれません。そんなもとのせがれなわけですから、訪ねてくる先輩方々には悪態どころか、手までも出す若造でして、どう落そうかと統監のたびに話題になっていたそうです。

     余談ですがその父の最後に立ち会えたときに後悔していることがあるんです。私が発心して父も学会の理解が深まったのですが、祈ることだけはしなかったんですね。バリバリの男子部部長の部員さんに対してのメンツとか一家和楽とかの思いが優先してたんですかね、、、。かろうじて意識があった父の耳元で南無妙法蓮華経と唱えなよと言ったんです。

     その夜中息をひきとった訳ですが、そのときどうしてお父さん今までありがとうね、お父さんの息子で幸せだったよくらいのことをいってやれなかったのかなと今も後悔しています。活動家の前に、信仰者であり、人としての心が大事だろ、人様の心の扉にノックするのが仏の使い、不軽菩薩なら、そこをわきまえなければいけないことと反省した一件でした。
     
     発心するきっかけは選挙のテコ入れの時期というのも皮肉なことですが、やりだしてからの話は以前コメントした通りで、お荷物地区と呼ばれた組織が一転、支部、本部、全国の方々にまで歓喜の波動が広がったと聞いております。そこには創価三大悲報もなければ、ポイント、ブロック1、お金、師弟もまったく関係のない自発能動の信仰活動による歓喜の世界があるだけなんですよ。

     このような方々が全世界におられる組織が宗教団体ではないとはとても思えません。地区やブロックの基本はこれがベースの上での成果主義になっていることはみなさんもわかっておられると思います。その信仰心を利用して中枢はビジネスにしているという面は否定しませんが、中枢すべてがそうだとは私は思っていません。

     ネットのオープンな世界の時代、高等部をまわるとスマホ片手に先生って何人愛人いるんですか?って聞かれる時代なんですよ。賢い信仰者なら逆に中枢を逆利用すればいいことですよ。創価のいいとこどりだけすればいいことです。打ち出しの出口が金と票につながることは今日から拒否すればいいと腹を決めればいいことで、毛の生えた坊主ども(信濃町の職員)が右往左往するのを楽しむくらいの境涯に変わればいいことじゃないですか、、、。

     歓喜の信仰活動には会館も、カリスマのような指導者も、毛を生やした坊主も必要ありません。エンジン付きの機関車がたくさん増えることですから、その地域ごとの高橋三郎殿のような方がこれからたくさん出てくるんです。

     シニフィエさんは教師をされていたなら教育部のことはご存じですかね。

     「子供にとっての最大の教育環境は教師自身である」とのスローガンだったと思います。担任になれば一人一人の子供たちの幸せを祈り、どんな長所を持っているか、どうやったら引き出せることができるのかと、現場で悪戦苦闘しながら教育部同志で切磋琢磨していますよね。

     実践報告をされるような結果をだしている方でも、教師の立場として子供やPTAの方に新聞、選挙を頼むことなんて絶対御法度ですよね。あくまで信仰を根本に子供や親の信頼を勝ち得ることが教育部としての信仰者のあり方ですよね。

     ドクター部も患者に折伏、新聞、選挙はご法度と聞きました。地域部、社会部などの会合の指導でも、そういうことをすれば信用を失うから一切するなと話されていると様々な方から伺いました。この活動に創価の信仰、宗教性を感じないでしょうか?

     それは対外向けのポーズだよと仰るかも知れませんが、もう時代の流れが第一線の組織にも及ぶことは間違いありません。金持ちケンカせずなんですよ。

     貧乏人と病人の集まりとさんざんバカにされてきた社会からドロップアウトした組織だったんですよ。それが今じゃ金がありすぎると揶揄される時代に変わり、ある意味成金宗教団体なんですよ。だから豪華な会館、海外からの表彰を集めるんですよ。

     大聖堂の外で記念写真を取っている年配の方をみていると、私たちの頑張りと誇らしい気持ちが投影されている感じを持ちます。見よ私たちが築いた創価学会を、バカにされてきた私たちがここまでの立派な宝城を築いてきたんだぞと、、、。

     その草創の苦労された世代の思いの投影を池田氏とともに歩んできたと思えば騙されていたというより、時代の共有感ともいうべき想いがあるのではないでしょうか?(私は決して良いとは思っていませんよ)

     この今の組織のスタイルも池田氏とともに終わり、次の世代は負の部分をなくし改革していくのは当然ですし、この信仰心がある限り共感の輪は広がるはずで、時代は建前の創価の大義名分を求めていると私は確信(思い込み)しています。(笑い)

     今まで傷ついた方はどうなんだと言われれば、申し訳ありませんが、何も反論できません。うちの一家もある意味犠牲者だったんですよと言えるくらいしかありません。私は創価学会の旗を職場、地域でも掲げているわけですし、私の中に創価学会があるんだという意識でやっています。かわいい娘たちが創価学会員の私の子ということだけで、人権侵害、詐欺、犯罪集団の謗りをうけるようなことは断じて受けいることはできませんし、堂々と世間を歩いて欲しいと思うのが父として当たり前のことと思います。

     人権侵害、詐欺、犯罪は法律に馴染む話ですから、司法で裁かれるのがスジだと思いますし、弁護士の敷居が高ければ消費者相談センターもあります。そこで何かしらの宗教法人として裁かれてからの話であれば納得いきますが、その前提なしに活動家との対話を求めるのは難しいのではと思ってます。

     ここ最近コメントされている現場婦人部のような方には、大変有意義なブログと思いますし、私のような活動家も数多くいると思っていただきたいというくらいしか今は言えません。

     またいろいろ反論もおありでしょうが、時間のあるときに必要であればコメントさせていただきます。

     

     
     

     

     

  68. ポラリスさん

    創価が詐欺集団じゃないと思えるのは、騙している人が会ったこともないごく一部の人で、他は全員誠実な人だからです。
    その人たちの誠意も真心もホンモノで、偽善じゃありません。
    騙されない方がおかしいと思いますよ。

    集団、という言い方が違うのかもしれませんね。
    詐欺とその大勢の被害者が一体となって、表向き同じことを言ってる団体、といえばいいのでしょうか。

  69. ウルトラCなんて片寄った価値観による評価でしかないです。
    C認定された人の方が人格も見識も上の可能性があることの想像をしないのでしょうか。
    CにはCの理由があります。なぜCになったのか本心を聞き出して掘り起こしする人を見たことがないです。
    上っ面の理由だけを真に受けて上から目線でただサボってるとしかみていない。
    中には復帰する人もいますよ。情にほだされて。
    後で後悔するのですよ。あの時は魔がさしたってね。
    なんで内部にだけ目を向けるのでしょう。外には不幸な人たちが何百倍もいますよ。組織に拘る理由が全くわかりません。

  70. ポラリスさん。

    >貴方自身が可哀想だと言われたので貴方はもっと可哀想だと論破した事がありますが、・・・

    論破されたんですね。それで何か得るものはあるなら論破もいいかもしれませんね、かつて僕を再び活動させようと説得してきた幹部を論破しましたが、虚しさしかありませんでした。
    幹部に対して「この人も創価学会の被害者なのになあ」と感じたからです。

    それよりも、ポラリスさんが28日のブロックの会合でどんなお話をされるのか期待しております。僕もかつて組織の変革を試みたことがありますが、それすら虚しくなってしまい退会しました。なので、ポラリスさんがブロックや組織内で語りかけることが功を奏せば良いなと願います。非活や退会者ではできないことです。

    話が少し戻りますが、僕が「可哀そう」という表現でポラリスさんにお伝えしたかったのは、組織云々よりも、ご自分の人生そのものを大切にしてくださいということだけです。
    決して貴方を蔑むつもりはないので、誤解させたとしたら申し訳ないです。
    もちろん、それは創価学会に属することでしか叶わないという考えもあるかと思いますが。

    ご質問について。
    「池田先生と叫ぶだけの組織がいや」というのは端的な表現に過ぎません。
    目の前で悩む人より「池田先生」が優先されること。
    「池田先生」という言葉が、矛盾・疑問・曖昧さを封じ込める呪文になってると感じたからです。
    最後に。ポラリスさんが言う「退転」なんて独善的な表現も退会の大きな理由です。
    活動形態、組織への思い、それが創価学会の方針に合わないだけなのに、退会した人を「退転」とは・・・退会手続きが「退転届」になってましたっけ?
    それを良しとする組織だから退会したのです。僕はもう他人を蔑む人になりたくないからです。
    「退転」を辞書で引いてみてください。

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