池田氏がいちばん知っている創価のインチキ 3

みなさん、それぞれにとても思慮深いコメントをたくさんいただき、たいへん感謝しています。またこのようないわゆるアンチ創価のブログに現役活動家の方も参加されての対話がなされることは、かなり画期的なことではないかとも思います。もちろん、活動家と非活動家および脱会者とのあいだには創価そのものに対する決定的な違いがあるので、そう簡単にわかりあえるというところまでにはいかないのも現実ですが、それでもこうして一つのステージで対話の試みがなされていることは貴重だと思います。これもみんなこのブログの主旨をよく理解していただき、ご自分の考えを冷静に言葉にして、なおかつ相手のことも思いやる気持ちでコメントされているからだと思います。ほんとうに感謝します。また一日にたいへんな量のコメントをいただきますので、ある程度で新しいページに移らなければ、たいへん読みにくいブログとなってしまいます。今日のコメントから「池田氏がいちばん知っている創価のインチキ 3」と続編にしたいと思います。これから先はここのコメント欄にお願いいたします。よろしくお願いします。

今のところ現役活動家の方は、ポラリスさんとyさんのおふたりだけです。おふたりにとっては完全にアウェーな場にもかかわらず、真摯な対話をしていただいていることに感謝しています。またここに新たな現役活動家の方が参加していただけることも期待したいと思います。ここは討論ではなく対話の場です。特に創価の問題をテーマにまったく立場の違う方との対話が成り立つかどうかもわかりませんが、立場の違いを超えて、できるだけ多くの方に参加していただければと思っています。よろしくお願いします。

下に紹介する動画は、創価とは直接関係はありませんが、今の日本を考える上で参考になればと思います。このような日本の問題に、創価の実態が加わるのも時間の問題だと思います。

池田氏がいちばん知っている創価のインチキ 3」への58件のフィードバック

  1. JAPAN the strange country面白すぎです。
    皮肉的、しかし、現実、そして、まとめ方がオシャレ(^o^)ですね。
    初めて、コメントするモグワイです。
    去年、10月、座談会で、「なぜ、学会を辞めたいか」をレポートにまとめ、、皆さんに渡し、脱会したつもりでしたが、今年になって、やっと
    統監上で、落としてもらいました。ハハハーのらりくらりな学会にあきれました。
    リアルに対話できる状況は、学会にはないことに気づくのに、私は25年もかかってしまいました。バカです。
    秘密保護法案、集団的自衛権、まあ、様々、考えもしないで、活動しているのが学会ですし、議員がどうであれ、この人を応援すると決められたら、猿でも応援すると言い放った幹部もいました。
    まあ、創価学会のインチキに気づき、日本、世界の嘘やインチキにも、原発をきっかけに気づきました。私の人生、やっと、これからです。
    出直します。

  2. 「愛したひと」の蓋をあけてみたら学会員だった、ぱこです。
    おひさしぶりです。
    外部の者ですが、書籍、学会誌.HP 、バリ活ブログなど、嫌々ながら触れています
    まさしく「創価の団地庭」で育たった二世っこは、なんの迷いもなく、ますます活動中。
    そんなひとの隣にいて、心がおれそうになりつつも、まあ涙はずいぶん涸れました(笑)
    みなさんのリアルで、冷静で、でも胸にせまる話を、固唾をのんで読ませていただいています。
    婦人部のみなさんの覚醒ぶりに、救われる気持ちと、心底「かったね」と応援する気持ちで涙がでます。
    「財務はできるぶんでよくて、新聞ノルマは自己を高める訓練?のひとつ、題目は目標をかえるための助け」だそうで、会員のみなさんの「血の財務」を先生や幹部がどう使っていようと関係ないらしい。
    終末感さえ感じる、今日この頃。
    先生が逝くのが先か、私が逃げるのが先か、しょーもない独裁者とはりあっている気分になります。
    一般的な???は、まったく響かない世界ですね。
    こんなにすてきな人(人)が、騙されたまま一生を過ごすとおもうと残念です。

    近日の政権の動向、興味深くみています。
    新聞も本も読まなくて選挙運動ばりばりの人か、新聞
    本も読まず選挙にもいかない人か、残りは「確信犯」なんで、たいへんな国だなあとおもいます。

  3. モグワイさん、はじめまして。軽快なコメントありがとうございます。過去のことを悔やんでもしょうがないですもんね。何十年も騙されてきたけど、気づけたんだから儲けもん!って思って、これからの人生は自分で切り開いていきましょう。それこそ「生きてるだけで丸儲け」って感じでしょうか。

    ぱこさんお久しぶりです。まだまだ悩みは尽きませんね。私もまだ気持ちの整理がついていないから、うつの症状が消えてくれないでいます。ぱこさん、あんまり思い詰めないでくださいね。心が壊れたら、とってもつらいですよ。自分で自分の気持ちをコントロールできなくなります。薬で一時的に抑えることはできても、今度はその薬が別の病状をひきおこし、医者はその新たな症状に対して別の薬を詳報します。そうやって薬がどんどん増えてきて、いつまでたっても健康な心身を取り戻せなくなります。そのことをネットで知った私は、薬を断つ努力をしています。毎日5種類朝昼晩と飲んでいた薬も、今では3日に1錠だけに減らし、それでも3日毎には禁断症状が出てきて、ひどいときにはまたよけいに薬を飲まなければいけなることの繰り返しです。でも、なんとか少しずつ薬を飲む間隔が伸びて、量も抑えることができるようになりました。ただその度に禁断症状による脳の圧迫感や殴られるような感じや、足元から無数の虫が這い上がってくるようないや〜な感覚に襲われます。向精神薬というのは麻薬とほとんど一緒なんですね。そのときはよくても、依存性が強く、たとえいけないと気づいても止めることができなくなる。なんかまるで創価の活動みたいですね(笑)。あまり深刻に考えず、創価の信仰をしなくてもこんな元気に充実した生活を送ることができる姿をご主人にも見せてあげてください。嫌なことは、このブログにおもいきり吐き出してくださいな。ここにはあなたの苦しみをよくわかってくれるたくさんの人たちがいますからね。そしてぱこさんのお話は、同じようなことで悩んでいらっしゃる多くの方に、とても勇気を与えているんです。これからもよろしくお願いします。

    話は変わりますが、いまだに創価では脱会者のことを「退転者」と呼んで蔑んでいるんですね。仏法とはどんな人にも仏性があることを見抜いて、その尊い命をひらくことを目指すんじゃなかったのかなあ。たとえば宗門の人にだって仏性があるっていうのに、聖教新聞や創価新報でのとてつもない蔑み方は尋常じゃないですよね。まるで戦時中の「鬼畜米英」とばかりに「欲しがりません勝つまでは」とみんなで学会歌を歌いながら、お互いをMCしあっています。創価の人はとにかく自分たち以外の人を蔑み、劣っている人種だと思い込んでいますね。そしてそのことを平気で口に出すんです。創価じゃない人を「かわいそう」といいながら、同じ言葉を言われると逆切れするんです。

    私は公平な裁判官などではありません。このブログをつくるきっかけは、創価が詐欺団体だと気づいたからです。ですからそのことに他の学会員さんも気づいて欲しいという思いで書いていますので、第三者的な公平感などがあるわけもありません。当然創価を批判する立場で書いていますから「おまえは脱会者寄りでものを言っている」などと批判されても困ります。当然そうなりますし、そのことのどこがいけないのかわかりません。

    でも、創価の方が純粋に創価を信じていることも経験上よくわかっています。なにしろ50年以上も学会員だったのですからね。活動家の方の言い分は百も承知です。そしてここにコメントされるほとんどの方も、かつては創価を正しいと信じて、一生懸命活動して来られてきた方たちばかりですですから、創価の言い分はかつての自分の言い分であったわけです。百も二百も承知です。それでも創価は間違っていた。創価は宗教団体ではなかった。わずかな組織の中枢が多くの会員を功徳を餌にしてお金をだまし取る詐欺団体だったということに気がついたわけですから、そこに「でも創価もいいところがあるから、自分たちの力で改革していこう」なんて発想があるわけがありません。現に自分が騙され、家族が騙されてきたことを目の当たりにしているわけですからね。

    ところが創価の悪は組織内で完結しているために、直接害のない外部の人は関心がありません。ただ選挙の時だけは外部の人にも迷惑をかけているので嫌がられますが、だいたい組織内で理不尽なことが行われているために、表立った社会問題にまではあまりなりません。だから学会員さんもよけいに騙され続けるんだと思います。なにしろ自分が騙されているという自覚がないのですから、騙すほうとしてはこれほどチョロいものはない。「疑ったら不幸になる」と信じ込まされていますからかわいそうです。

    だから脱会者としては学会員のそんな姿を見かねて「あなたは騙されているんですよ、ホントいうとかわいそうなんですよ、冷静になってまわりを見て、早く自分のしていることや、創価があなたにしてきたことについて気がついてください」と呼びかけているのです。でもやっぱり、自分が騙されていることに気がつかなければ、他人が何を言おうと何も聞こえない。単に悪口を言われているようにしか聞こえないんですよね。それこそが「かわいそう」です。53歳になるまで創価の実態に気づかなかった私はかわいそうです。悲惨です。死ぬまで気づかなかった父はもっとかわいそうです。死ぬまで気づかないであろう母もかわいそうです。今も創価を信じて一生懸命活動している兄もかわいそうです。何度でも言います。創価の悪を知ってて会員を騙している池田氏と組織の中枢以外の、日本の何百万という学会員さんがかわいそうです。学会員さん、うまいこと騙され搾取され続けているかわいそうな自分の人生にはやく気づいてください。

  4. signifieさま。

    「退転者」と蔑むというお話。まさにその通りだと思います。
    退会した人を「退転者」と蔑む表現のどこに「仏」を見出すんでしょうか。そんなこと言うだけで自分の口が汚れるとは感じないのでしょうか。

    最後の部分に胸が詰まる思いです。
    そう。僕たち退会者も「かわいそう」なんです。
    「かわいそう」というくくりで言えば、
    創価学会に振り回される人は皆被害者という「同志」です。

  5. かなり前、学会活動を学会闘争と言ってた頃、一般の活動終了後役職何々以上は本部にあっまつての幹部会がありました
    何の打ち出しか忘れましたがそこでの話の中で、なぜか今も忘れはしない

    財務や基金の使い道は広宣流布のため、使い道はすべて先生におまかせして使って頂こうじゃないですか! 

    という話がありましたね、その幹部の個人的な思いか、上からの指導があったのかわかりませんが、それに対していつものごとく全員拍手してましたね
    もっとも学会の場合、おかしいと思ってもいつも全員賛成ですものね
    今考えると私はもうそのころから冷めかけていたのかもしれません
    その話をを聞いて何か腑に落ちない感じでずっと心に引っかかっていました

    幾ら集まってるのかもわからない莫大なお金をお任せして使って頂こうって、いったいどういうこっちゃ! と

  6. 学会て゛は脱会された方を退転と言いますが、たいくさんに、感情的とは言え退転者とお呼びした事について深くお詫び申し上げます。すいませんでした。このブログにコメントされる方に創価は真摯に耳を傾けるべきだと思います。組織に受け皿になる機関があればこれだけ多くの方が苦しむ事は無かったと思います。宜しくお願いします。

  7. ポラリスさん。
    僕も今では本当に恥ずかしく情けなく思っていますが、かつては退会した人や活動しなくなった人を「退転者」と呼んでいました。創価学会では「退転」は日常的に使われるので人を蔑む言葉だとは感じにくくなってますからね。いたしかたないとは思います。
    でもポラリスさんだけでも、そんな言葉を使うことを止めてもらえれば少しずつでも創価学会独特の排他的なマインドは変えていけると思いますよ。

    少なくともここで対話ができているんですから。僕はポラリスさんに期待しています。

  8. シニフィエさんお久しぶりです 有難うございます。 いつもこちらのブログで皆さんの心の声に日々支えられながら 白ゆり長から未活になり新聞も辞められた事に感謝しながら平穏に過ごしております。シニフィエさんのブログで覚醒した日 未活の主人に創価の現状を説明し 自分も未活になる事や今まで周りを振り回して来た事の反省を話していた時 私が「学会の人がかわいそうだ」と言ったら 主人が「おまえ今まで知らんかったんや。周りの皆がお前の事 かわいそうな人だって思ってた事」びっくりして「え!どういう事?」と聞くと「これ以上言わせるな」と言われ 頭の中が真っ白になりました。ああ 私だけでも分かっているから大丈夫!私が皆を必ず守る!と思っていたのが実は私だけ周りから「かわいそうな人」と思われて付き合ってくれていたんだ・・・と。この余りのショックのおかげで早く吹っ切れましたが。 
    それと私が昔からどうしても人に使えない不思議な創価用語「ご苦労様」があります。 私だけずっと「お疲れ様」って言ってました。しかし回りは相手が年上の人であっても誰でもかれでも「ご苦労様」でした。メールも全て。 私は恐ろしくて使えませんでした。

    これもずっと思っていたのですが人って励ましてる人は元気になるけど ずっと励まされている人って疲れませんか? 私 極力人を励ます事はしないようにしていました。私が創価の人に元気になってもらう為にずっと頑張って来た事は 励まされる努力でした。わざと自分を蔑んで励ましてもらう。そうすると 励ましてくれる人がどんどん元気になって行くんですよ。いつも自分が一番下にいるよう努力してました。何だかおかしいですよね。創価では励ませ励ませとうるさいですが・・・。悩んだ時って励まされるより話に同調してくれるか、そうだったんだねと聞いてくれるか、自分ならどうするかアドバイスを話してくれるかが私はうれしいので。励ました方は「良い事をした。良かった」と気分良いでしょうが励まされ続ける方は本当にしんどかったです。これも修行と我慢していましたから(たまには私にも励まさせてよと思っていましたよ。) 創価ってこれ知らないのかな。

  9. シニフィエさん、体調大丈夫ですか?

    このブログの質疑応答だけで、えらい大変だと思いますし、
    義務感で無理すると、お体に障ります。

    あまり無理せず、のんびり展開していってください。
    しばらく質問の答えが返せなくても、誰も逃げたとか
    思いませんよ、もうシニフィエさんの誠実さは、皆さん、
    よく分かっていらっしゃいます。

    読んでる人は、ちゃんと読んでるので大丈夫です。
    矛盾した意見にも、読んでる人はちゃんと判断してますから。。

  10. 迷い猫さん、お久しぶりです。お元気でしたか。
    そうですね、「ご苦労様」って、殿様とか女王様が家来に言う言葉ですよね。「ご苦労であった」とか「ご苦労様、もう帰っていいわよ」など。上から目線での目下へのねぎらいの言葉です。「かわいそう」も弱者に対する同情の言葉ですね。「かわいそうに、こんなところに捨てられて」とか「鯨を殺して食べるなんて、かわいそう」など抵抗できない被害者に対しての哀れみの言葉です。ですから、自分では思ってもいないことを面と向かって言われると、憤慨するのは当然です。活動家から見れば「この信心がわからないなんて、脱会者はかわいそう」となります。脱会者からみれば「騙されていることも知らないでかわいそう」となります。そこには埋まりようのない溝がありますね。

    さきほどFBを見ていたら、医学会の異端児である内海聡氏がこんなことを書いていました。
    『ふと思う、人とは結局自分が正しいとしか思えないのだと。そして誰かが間違っていると主張し、自分が正しい場所にいるという欲を助長する。知識は暴走し自分を支える知識だけがそこには存在する。最後に人は派閥化をすすめ、排外主義に至るが自分が排外者であることは決して気付かない。この人類全体の共通原理を見据えたとき、人という種族になにかを期待することは困難になる。優しい言葉を発する嘘つきたちを感じ取れるようになってしまう。』

    創価が会員を思考停止にする手法がまさにこれだと思いました。「優しい言葉を発する嘘つきたち」とは、まさに創価の中枢です。
    「最後に人は派閥化をすすめ、排外主義に至るが自分が排外者であることは決して気付かない。」
    もともと排外主義が色濃い日蓮の教義を利用して、中枢部は会員を排外主義者に仕立て上げます。自分は正しい。自分たち以外が間違っている。来る日も来る日も、そう言われ続けて、自分の間違いに気づかなくさせているんですね。

    創価の間違いに気づくということは、そうした構図がパッと見えてしまう瞬間です。折伏と新聞啓蒙は金蔓を増やすため、教学研鑽は排外主義強化のため、会合は自分たちの正しさと他者のまちがいを確かめるため、選挙活動は創価の悪事を社会から黙殺させるため、財務は究極の目的であるお金のため。そしてそれらの活動は同時に会員同士を思考停止に追いやり、何の疑問も抱かせずに組織の言いなりにするためのものだったことに気がつきます。

    かつて同じ学会員として頑張っていた者たちが、活動家と脱会者に道を分つ瞬間とは、このことに気がつくかつかないかの一点にあると思います。いったん気がつけば後戻りはできません。それでもこれまでの組織内での人間関係が壊れることを思うと、なかなか脱会にまで踏み切れない方もいます。また、これまでの自分の人生を否定しなければならない現実に背を向け、気づかないふりする人もいます。間違いだと気づいているのに、騙されてきたとわかっているのにそこから抜けられず、活動を続けていれば心だって壊れます。

    そう考えると、創価を信じている活動家に何を言っても無駄ではあります。暖簾に腕押し。馬の耳に念仏。猫に小判。豚に真珠。こんなことわざがあるのは「人とは結局自分が正しいとしか思えないのだ」ということなんだなと思います。

    創価問題はどうしたらいいのかと訊かれたら、私はやはり「自分で気づくしかない」としか答えようがありません。他人が何と言おうと、本人は「自分は正しい」という信念で生きているのですからね。それも考え方によってはその人の運命なのかもしれません。創価の実態に気づかないことが決められた運命といいますか、創価の信心によってそうした「宿命転換」ができればいいのでしょうが、どうやら創価の信心に「宿命転換」の力はなさそうです。皮肉なものですね。

  11. 創価の実態を知った時、知れば知るほど、信じられない、信じたくないという気持ちでいっぱいでした。
    デマであってほしいという気持ちもありました。

    でも、信じさせる というからくりが巧妙なので、信じ切った自分に対して、絶対に見抜けるはずなかったなぁと思っています。

    ネットで情報発信されているシニフィエさんや脱会された方達のブログなど、学会では禁止と言われているネット情報を読んでいくうちに、今まで自分の中にあったモヤモヤや不信感がスッキリしていきました。

    モニカさんも書かれていましたが、騙しているのは上のほうのごく一部で、会員さんは純粋で誠実で真面目な人ばかりだから、良い事をしている団体だと信じ切っていますから疑いようもありません。

    そして、活動家が気がつかなくて当然だという理由は、昼間の婦人部は、連日のように唱題会、会合続きです。
    午前中唱題会、午後から小単位での活動者会、夜は壮婦の会合というように、会合漬けです。
    職員でもないのに、活動が仕事のようになっています。

    考えさせる思考、自分で調べる思考が完全にストップしてしまうんですよね。

    会合は、全くつまらないものですが、これも仏道修行、楽して仏になれないと言われて納得していました。

    ただ、このような会合もネットをしない年配の人や役職を持つ人ぐらいしか出てきません。
    そりゃそうですね、楽しくありませんから。

    今までの人生で1番思うのは、本当に窮屈な人生だったな。の一言です。

    私のように表向きは活動しつつ、心では信じていない。
    そんな活動家は多いはず。

  12. ダンさん、お気遣いありがとうございます。涙が出るほどうれしいです。

    とくにGW以降、多くのみなさんからコメントをいただくようになって、私も頑張らなければと、ちょっと無理してきたように思います。
    とくに活動家のおふたりがかなり批判されているにもかかわらず、きちんと対話をしようと努力されているのを見て、私も言葉はきついかもしれませんが、誠実に思ったことを伝えようとしてきたつもりです。自分の主張するばかりでは、他の多くのブログと同じように、汚い言葉が飛び交うばかりで対話は成り立ちません。まだまだお互いの理解まではいかないと思いますが、それでも何らかの意味はあると思っています。おふたりの心情に変化はなくても、このような対話を読まれた方に、少しでも真実へ向けて心をひらくきっかけとなってもらえれば、このブログを始めた意味があるだろうと思ってます。
    そんなわけで、長いコメントは、それだけ読む気を失くすとわかってはいるのですが、ついつい書かずにおれないといった感じなのです。でもしばらく自分の書き込みはセーブして、みなさんのコメント中心で進めさせていただきます。本当にありがとうございます。

    みなさん、こうした主旨をご理解いただき、これからもどんどん思うことをコメントいただければと思います。

  13. 皆さん、はじめまして、レモンさんのおっしゃる、活動家を演じている
    ガーデンと申します。新聞長19年 今は地区副、ブロック勝利長です。
    (白ゆり長歴24年です)入会は15歳の時、母の勧めです。

    数か月間、こちらを拝見させていただきまして、本当に心強く思っています。有難うございます。

    シニフィエさまの見事な切り返し、明晰な頭脳がうらやましいです。

    カキコする皆さんもスゴイな~と思い、頭が回りきらない私は
    下書きしては、やめる、の繰り返しでした(笑)

    選挙が嫌で嫌でネットサーフィン歴4年でしょうか。最近までは「同じ気持ちの人がいる安心感」で止まっており、末活(憧れ)や脱会は頭にありませんでした。

    最近は矢野本3冊目を読んでおり、とんでもない悪事を知り「怖い組織」という認識でいます。公明党なんて、と思っていましたがこの人たちも
    可愛そうなんだな、と思いました。

    先日、地区婦に下記を話し「新聞長も(19年)ブロック勝利長も(部員さん2名に日程連絡のみ)急には止められないと思いますが、こういう気持ちでいることは、分かってください」と言いました。

    1.教学・本尊は大石寺のものなのに、いまだに日顕撲滅唱題会をやっている こと。(4年前から行っていません)
     会員に呪いの祈りをさせるって、どういうこと?(怒)

    2.選挙の訪問は違反なのに、功徳や福運で煽っている。

    3.会って話したこともないのに、師弟不二という押しつけ。

    4.最近の御書の結論は「師弟不二」「師弟一体」で
     自分の知りたいことは何もない(学生局時代は生命論が聞けました)

    5.会合もみなさんを不快にする発言をしそうなので、私は行かない方がいい と思う。

    (協議会では言ってきましたが、先日、たんぽぽ会(小グループ)でも
     キバを剥いてしまいました。)

    6.日蓮を利用してお金を集めているし、会計報告もない。
     どんな小さなところでも、厳格に会計報告しています。

    もちろん、指導を受けたら、と言われましたが
    「そちらの理屈でくるんだから、受けるつもりはない。
     どうあれ、私の気持ちは事実であり、誰にも壊せないです」と
    いっておきました。

    他に報告されると面倒なので、

    「私は今までお世話になったwさんを信用して、言いたくなかったけど、こういう気持ちでいる中でやっていることを分かってもらいたくて話しました。絶対に誰にも言わないでください。」と釘をさしました。

    ・・・・・・・
     
    しかし、その一方で末活という過程を経ずに脱会でもしなければ、今、引き受けていることは辞められないな、(昼座も提供しています)と思っています。

    なぜ、ここまで思いながら、辞められないのか・・・

    1.今までの洗脳により、今、自分の思うことは周りへの説得力に欠けると  思っていること。

    2.いろいろ調べましたが、それでも、ご本尊については離せないこと。
     学会以外で拝めるところないかな、と探しました(笑)
     といいつつ、ここ1カ月、座っていません。

    金庫番事件とかニュースになるくらいにことが起きなければ
    脱会できないだろーなーと。

    創価は怖い、辞めるのも怖い・・・  困ったものです。

    ウダウダしている私です。

    そういうことで、めがねさんのおしゃる、落としどころの作業をしています。

    高倉教授の裁判の傍聴で、実際、この目で見てきたという理由がいけるんじゃないか、今のところ思っています。

    主人が未入会で散々「利益集団」「池田のおっちゃんは悪人顔だ」
    「悪の巣窟」と言われてきまして、最近、やっと気づいた私。

    信じやすく、頭がお花畑。
    この覚醒によって、自分が見えてきたと思います。

    創価の悪事が世間に知れ渡ることを祈っています。
    (心の中で)

    乱文、失礼いたしました。

    宜しくお願い致します。

  14. シニフィエさん、みなさまこんにちは。先日コメントさせていただいたここみです。
    この週末、主人と話し合いました。
    結論としては「ここみが活動から距離を置きたければそれでいい」と言われました。「疑問を持ちながら活動は出来へんやろ?」と気持ちは理解してくれたようです。

    そして主人は「自分は今までと変わらず活動は続ける」との事です。

    「乱脈経理」読みました。読んだら更に自分がショックを受けるかな、と怖かったのですが、読み終えると逆に「へぇ!!」と別の意味で目からウロコでした。

    何というか・・・私達学会員が必死でやってきたご供養の財務は、上の連中と会長一族の贅沢な生活を保つために吸い取られてたんですね。よく訴えられずに、ここまでやってきたな~と呆れかえりました。身近に居た人によって書かれている師匠は宗教家で無く、ただのワガママな拝金主義の俗物でした。
    あそこまで明確にお金の動きや幹部の人間関係が書かれていると、作り話とは思えません。今まで自分が励まされていた指導集や、スピーチ等は一体誰の言葉だったんでしょうか?人物像がかけ離れています。一度指導を受けた事がある人物も登場していてビックリでした。

    主人は「自分は学会の裏側なんて知りたくないし知ろうとも思わない」「人間誰しもいい所もあれば悪い所もある、この信心は人じゃなくてご本尊と自分とで捉えたら?」と諭されました。新聞に関しては主人も「おかしい」と感じてはいるようですが、その辺の話はあまり出来ませんでした。乱脈経理を読んで欲しいのですが、まだそこまで言えない感じです。今回の話し合いの中で何度も「先生」と出て来たので主人も「先生の知らない所で一部の幹部が突っ走ってるだけ」と捉えているようです。

    ここしばらくのモヤモヤした気持ちを引きずりながらブロック座談会をやりました。
    お互いの近況報告を語り合ったり、ゲームしたり和気あいあいと良かったです。
    これだけだったら学会も楽しいのにな、と思いました。

  15. ガーデンさん、はじめまして。未活動5年三千代です。きっとガーデンさんのような活動家多いと思います。学会ってがっちり役職とか、つかせたり結束させる会合が多いからすっぱり急に辞めるのは本当に大変だと思います。でもガーデンさん、勇気の一歩を踏み出せてよかったですね。
    私も覚醒によって自分が信じて来たことが全部間違いだったことや創価の活動によって外部の方に迷惑をたくさんかけた事、それによって大切な友人が離れていったことがフラッシュバックして未だに辛いです。私も信仰と創価の活動は全く別物だと思います。活動によって功徳があるとは思えません。そう言って活動させる理由にしてるんですよね。本当に創価は罪だと思います。私も本当に早く創価の悪事が表に出ることを願います。応援しています。

  16. 打出しに疑問があっても、役職を放り出せない責任感、切れない人間関係、組織はどうあれ信じるに値する(と思っている)教え、本尊…と、何重にも壁があるんですね。

    あれこれ迷った時はシンプルに考えましょう。

    私は今、宗教を信じてるんだと声高にアピールしている人は全部うさんくさいと思ってるくらいです。
    透明で清らかな水流のような印象…受けますか?

    祈るなら、一人静かに手を合わせる。
    信じるなら、心の中でそっと信じる。
    出しゃばらず、粛々と穏やかに暮らしている。
    これが信仰者じゃないですかね。

    テレビ、ラジオ、新聞、インターネット、セミナー、スピーカー…四六時中キャンキャンワンワン、何なんでしょうね。
    金目的か名誉欲か自己顕示欲か、ギラギラした俗物に見えますね。

    シニフィエさん、私もダンさんと同じ意見です。
    コメントをひろって承認して、アップするだけも大変だと思います。
    ここぞという時、バシッと決めてくださるだけで安心だと思いますよ。

  17. シニフィエさん

    毎日の運営、本当にありがとうございます。
    変な人が来ないか入口で見張っているだけでも大変ですよ。

    いつも思いのこもった長文を綴られているので、シニフィエさんが心の病と闘われていることを、つい忘れがちになってしまって、申し訳ないです。

    私も身内に鬱病の者がいます。山あり谷ありで、本人も、周りで支える家族もなかなか大変です。苦も楽も表裏一体だなぁとつくづく思います。

    どうかお体だけは大切にしてくださいね。

  18. お久しぶりです 以前コメントをしたジョコンダと申します
    毎日毎日こちらを覗かせて頂いております。
    シニフィエさんのいつもいつも誠意ある言葉に敬意しております
    お疲れ様です。
    くれぐれもお体を第一に考えてくださいね。
    あと身の安全も忘れないでくださいね。

    それにしても最近すごい方たちが創価の真の姿にやっと気づかれてきたことにびっくりしています。

    創価学会はなくなりはしないけど衰退の一歩をたどっていることは確実ですね

    どんな宗教でもその宗教が亡くなるってことはありませんから。
    未だに霊○会しかり立○佼成会、大きな事件を起こしたオウムだっていまだにひっそりと小さいながらあります。

    私は三歳の時に親が創価学会に入会して青春時代も毎日が創価学会の活動中心の生活でした。

    矛盾した教えにも当時は 純粋、に自分の命を磨いて、我見を持ったりしたらいけない、等々と幹部たちの同じ言葉ばかり、でも一応指導受け疑問をかんじながらも組織についていた私です。

    16年前に覚醒して創価学会にきっぱりとさっぱりと脱会届を出し、それからが大変ブロックの方たちが入れ代わり訪れても随分言い争いをしましたっけ。

    16年前だったのでまだまだ創価学会が勢いがあり血気盛んですごい言葉を浴びせられたりもしました

    でも今はとっても穏やかに暮らしていける毎日になりほっとしています。
    いやなことももう忘れました。当時はホント毎日が嵐の中にいるようでしたよ

    友人たちによく辞められたわね~と異口同音に言われましたそんな今は思い出になっています 。
             
     ガーデンさん、三千代さんが言っていましたが

    「創価の悪事が一日も早く表に出るように」と書いてありましたが今の新聞テレビはとりあげることはできませんよ。

    なぜかというとテレビのCM料のスポンサーだったり各新聞社の輪転機を使って聖教新聞を刷っていますし一面を使って学会の広告を載せていたりと今は学会がらみの広告料の収入があるからです

    それが池田創価学会の目的だったんです。何も言わせない書かせない戦略だったんですよ。
    だから新聞啓蒙が命のあんなにすごい活動をしているわけなんです。

    ですので新聞啓蒙で部数を増やし莫大な収入で新聞社を黙らせテレビまで学会のことを流させないやり方だったんだと今私はよ~~くわかってきました

    とにかく今の時代はお金で支配できてしまうシステムなんですよね~

    だから新聞啓蒙で部数を減らし創価の財務もしないことそれがもっと創価学会の悪事を減らすことになるのではないのですか?

    誤字脱字だったらごめんなさい。

  19. 三千代さん 外部の友人に、ホント、迷惑かけました。

    今、折伏戦、真っ盛りですが、皆、あの選挙活動や新聞などを
    大事な人たちにやらせるつもりなのか、と不思議です。これも、言いました。
    数年前、選挙が1年のうち4,5回続いた時、あー友達誘わなくて良かった!!
    こんなこと、させられない、と心底思いました。

    モニカさん 疑問に思ってから「宗教とは信仰とは」を考えました。

    思索中です。

    リチャード・ドーギンスの「神は妄想である」もまだ読んでませんが
    用意しています。

    いろんな角度から、乱読していって考えていく作業が
    まだ私には必要です。創価バリバリだったので、知らないことの多いこと。

    気づいてはいるのだと思いますが、依存なのだと思います。
    確かなものだと思い込んでいたものが目の前からなくなった
    感覚に戸惑っています。

    この世に確実なものなど無いのだと潔く、自信を持てるよう
    になりたいと思っています。

    正直、覚醒はしたものの、創価から完全に離れる自分が、ちょっとまだピンとこないのです・・・・ ぐるんぐるん回っています。

    ジョコンダさん 言い合いの山、越えなきゃな~と思っています。

    そのための準備期間なのかな?
    頭が回り切らないし、口では負けそうなので・・
    組織のお役には立てません、とは言っておきましたが・・・
    ゆるいですよね。

    確かに、報道等押さえ込んでいますよね。

    でも、無理を承知で、願っています。

    私も母も大した額はやってきていませんが、
    年金暮らしなんだから、もう、財務はしないように、と言っておきました。

    お金って、怖いですね。

  20. ガーデンさん、はじめまして。コメントありがとうございます。

    >この世に確実なものなど無いのだ

    これこそが釈迦が2500年前に苦行と瞑想の果てに行き着いた悟りですよね。
    創価は完全に仏教を無視してますね。
    そう言う意味では日蓮の教義も仏教とはいえません。
    むしろ自分が末法の本仏だという、何の根拠もない前提の一神教です。
    今で言うカルトですよ。
    法華経が予言したとおり末法の衆生を自分が救済すると大見栄きったわりには、
    もう700年経っても世界はこのありさまですからね(笑)
    そう言う意味では「この世に確実なものなど無いのだ」という釈迦の悟りはまだ生きてますよね。
    密教や禅宗のほうがまだ仏教の精神を伝承していると思います。

    まあ宗教の是非はともかく、創価のようにここまで会員のお金に執着する団体が仏教だなんて、最初からありえなかったんです。
    いちど創価の中枢に「給料無しでも創価を続けるか」って訊いてみたいですね。
    で、「続ける」と言ったら「じゃあそうしてください」って言いますよね(笑)。
    創価の本部幹部はボランティアでやるって規則を決めればいいのに。
    それでも続いたら創価は宗教でしょう。
    やめたらやっぱりお金が目当てだったことがはっきりしますね。
    会員はみんなタダ働きどころか、お金を貢いでいるわけですから、
    幹部と言えども給料を受け取るのはおかしいと思うんです。

    今後ともよろしくお願いします。

  21. ガーデンさん、コメントありがとうございます。

    >最近の御書の結論は「師弟不二」「師弟一体」で
     自分の知りたいことは何もない(学生局時代は生命論が聞けました)

    それは生命論も何も、日蓮さんの教えなどもはや通用しないからです。
    そんなもの全面に出したら、たちどころに突っ込まれ、底が知れ、恥をかくだけから出すに出せないんですよ。

    組織で悩む人を昔は
    「先生と自分の間に何も入れちゃいけない」
    「対、御本尊よ。他は関係ないの」
    なんて言えば殺し文句になるとしてましたが、その先生もインチキ。御本尊も教えもインチキと暴かれ、間に何を入れるも何も…。

    今や、仏法とは何か?
    それは師弟不二よ!フォーエバーセンセ~イよ!
    とトンデモ論を繰り返すしか策もないんですが、それこそ何年も持ちませんよ(汗)
    お粗末にも程があります。このペンダントをすると幸せになりますという理屈と、どこが差があるんでしょうね。
    ポンコツ宗教を使うのがもう限界なんですよね。

  22. ガーデンさん、はじめまして。
    地区婦人部長歴、20年のレモンです。

    >皆、あの選挙活動や新聞などを
    大事な人たちにやらせるつもりなのか、と不思議です。

    私も同じ事をいつも思っていました。
    新聞、選挙戦になるたびに、こんな戦いに大事な人を巻き込みたくないと。

    三色旗の鉢巻を巻いて、昼に夜に毎日拠点闘争して唱題して士気を高めて、Fとりへ。
    普通ではない世界ですね。

    戦い、戦いって一体何と戦っているんだと思うばかりです。

    結婚してから同じ土地で生活してきていると、色々と四方八方に細かく複雑な根が張り巡らせていて、スパッと切る事ができないのがこの組織なのかもしれません。

  23. ネットはデマしか書いてないと譲らない人にその理由を聞いたら、きっぱりとこう言われました。
    「私が直接この目で見て、体験して、肌で感じた実体験の方を信じるからです!」

    何度も言ってるように、見て体験して肌で感じるているのは、詐欺師でなく、善良な人々なんですよ。
    その人たちはウソは言わないし、心からの言葉を発するし、ゴーストライーターも使ってないし、本気で信仰してる。
    誰も騙してません。信じて間違ってないです。

    ですが、その上の人たちを、毎日見て、肌で体験してしていますか?
    なんでこの部分をスルーするんでしょうね。

  24. モニカさん、私は結構自己啓発の本が好きで良く読むのですが
    ブラシーボ効果ってあるじゃないですか、実証を感じてるなかなか洗脳が解けない人はそういう部分も少なからずあるような気がします。ユーミンの曲にもあるように「小さい頃は神さまがいて、不思議に夢をかなえてくれた~♪」なんて詞にもあるように人間の思考って結構強く願えばいい方向にいく事もあるってことがよくあると思うんです。決して宗教ではなくても!です。自己啓発の本を読んで実行したら良い方向に事が運んだとか、斉藤○人さんの本で「ついてる」って一日10回言えば良いことがあるとか・・・結構そういうのもありますよね。それがたまたま創価の活動だっただけだと思っちゃうんですよ覚醒してからは。他の方法でももしかしたら願いが叶ったかもしれないしそれはわからないけど・・・

  25. ガーデンさん、初めまして。

    僕は今年の、3.31に脱会、御本尊も返却した者です。

    ガーデンさんに限らず、これから辞めようと思っている方々。。

    言い合いの山・・・越える必要なんてないです。
    大丈夫です、そんな準備期間いりません。

    言い合い自体、する必要がないんです。

    僕はモニカさんの考えに極めて近いのですが、
    そもそも宗教なんて、ごくごく個人的なモノです。
    個人として、『辞める』と決めた時点で、任期満了です。
    辞める理由を周囲に話して、理解を得る必要なんてないです。

    僕が脱会するにあたって、参考になったのが、チョンガーという方が
    運営している『創価学会脱会体験記』というHP。
    そこに脱会届の書き方も載っています。
    主な内容は、この2点。

    1、この日をもって脱会する旨

    2、引き止め等の行為があれば、躊躇なく警察、及び法機関に連絡する旨

    幹部を通さず、直接、本部に送ります。
    脱会届けは自作のもので法的には有効なので、これが本部に届いて以降、
    訪問があれば、それは『ストーカー行為』になります。
    本部に届いたことを知るために、配達証明付きの書留で送ります。

    僕は、送って以降、一度も訪問がありません。
    確認の訪問が一回くらいあるだろうと思っていたのですが、
    それすらも無いんです。
    正直、肩透かしを喰らいました。
    とはいっても、僕の場合、身内に起きた事が壮絶で、
    地区の人達も、それを知っているので、地区部長(いい人です)が
    『彼には訪問せず、ほおっておいてあげてくれ』と配慮してくれたのだと
    思いますが。。
    もし嫌がらせ行為があれば、殴り合いさえ辞さない覚悟でいました。
    勿論、実際にはやりませんが。。

    越えなければならない山は、そうまでしてもきっぱり縁を切るんだ、
    という強い『覚悟』だと思います。

    そして、その日をいつ設定するかという『覚悟』。

    僕の場合はそうでした。
    参考までに。。

  26. 三千代さん、そうですね。
    私は自己啓発もスピチュアルも心理学も全然知らなくて、知識は何もないんですが、自分の感覚で掴んでることはあります。

    日常の中で一瞬一瞬、考えたり思ったりすることが、運命の傾向性と一致するんじゃないかとは思います。
    クヨクヨしたりイライラするとろくなことないですよね。
    負のエネルギーは使わない方がいいと思います。

    創価にいた時、嫌々でも会合に足を運ぶこと自体に功徳がある、と習いましたが、これはおかしいと思います。
    嫌々なら負のストレスなだけで、むしろ運気は下がると思うんですよ。

    また創価でいう「自分の思い通りにならないのが宿命なんだ」という言い方。
    言う方は威圧、脅しのようで、それを真に受けると、なんだか決めつけられてるようで重苦しくて、愉快ではない。
    言う方も言われる方も、それで何の得があるのかわからないです。

    「人生はもしかして漠然と運命があるのかもしれないけど、気持ちひとつでどうとでもなるんだよ」
    仮にそう言えば、心も軽くなり、軽くなった心で行動も自在になると思うんです。
    そういう心の積み重ねが、人生を決めていく。それが福運とか功徳といわれるものの正体ではないか。お経を唱えたから運がつく、っていうのは違う…
    勝手にそんなふうに思っていますね。

  27. 批判もあるとは思いますが…
    シニフィエさんは大変努力されているとは思います。
    だけど当然ですよ。
    親が公明の議員だったんですよね!!
    シニフィエさんは会員の犠牲の上で学生生活を送り
    生きてきた人物です。
    父親の議員を当選させるためにどれだけの会員 一般人が
    犠牲になったのでしょうか。

  28. シニフィエさん、お世話になります

    宗門をあれだけ攻めていましたが、自分たちこそ金の亡者。
    脱税してないだけでも、宗門の方がまだマシです。

    私は欲深い人なので、財務は僅少でもヘチャラでした(笑)
    でも、母はいつも気に病んでいて気の毒でした。

    確かに、大見栄ですね(笑)
    そして、ふと気づくと無常観は静かに流れているんですね。
    生きている、というか、一つの真理なのでは?なんて思います。

    モニカさん、ありがとうございます。

    実は他のブログでモニカさんのコメントを拝見して、
    もっと、読みたいな~と思っていたらこちらにヒットしたのです。

    インチキ・・・ ピッタリ!!

    師弟不二が最後の砦、というところでしょうか。
    お粗末さが分かる人が増えるといいです。

    創価以外のソースは「捨て、閉じ、閣(さしお)き、抛(なげう)って」
    新聞・大白だけを信じろ、です。

    師弟不二というからには池田氏を毎日見て、
    肌で体験しているのでしょうかね~(すみません、キモいですね)

    レモンさん、はじめまして、コメントありがとうございます。

    地区婦、ホントにお疲れさまです。
    20年も・・・頭が下がります。大変ですよね・・・
    よくぞ覚醒されたと思います。
    でも皆を牽引しなくてはならない立場での覚醒はお辛いですよね。

    善良な人達との複雑な繋がり・・・スパッといかないです。。。
    心と体を壊さないように、ご自愛くださいませ。

  29. ダンさん、はじめまして。アドバイスありがとうございます。

    今のところ、なにか、切っ掛けがないと、出来ない自分です。

    「覚悟」と「勇気」を育てているところです。

    チョンガーさんのHPも拝見してます。

    いざという時は参考にさせていただきますね。

  30. ノブさん初めまして ノブさんのコメントいまいち理解できませんので具体的にわかりやすく話してくれませんか

  31. モニカさんありがとうございます。モニカさんの言うとおり、いやいや活動などやっても良いことなんて起こるはずないんですよね。本当に気持ち一つで私も運命は変わっていくと思います。
    実際にお題目をあげなくなって活動をしなくなってもポジティブに前向きに生きてれば良い出会いがあったり信じられない奇跡だってあります。
    でも生きてれば良いこともあれば悪いこともある。
    それは宗教をやってるやってない全く関係なく世界中の誰にでも起こりうる事なのに、学会の都合のいいように良いことは功徳悪い事は罰が当たっただの解釈して結局踊らされてるんですよね。
    私も二世だから洗脳されてた頃は悪い事があるとすぐ、活動さぼったからだ!とか今日は題目五分しかしなかったから悪い事が起こるかもしれない・・・とか題目をたくさん上げたのに悪い事ばかりだと祈り足りないのかな~?とか考えがちでした。
    基本が信心だったのでそういう考えになっちゃっていたのだと思います。

    いつもいつも覚醒するまでその考えはついてまわってました。今もたま~に考えちゃいます。・・こういう書き込みも5年も未活動なのに、もう全然信じてないのに躊躇してしまう自分がまだ少し自分の中にいます。センセーや学会の悪口書いたら罰が当たるんじゃないかとか(笑)もしかしたら一生少しは頭の片隅に残るんじゃないかと思っちゃいます。洗脳って怖いです本当に。
    二世や三世の方はそういう方も多いと思います。福子の方でがんばってた方って変に真面目で融通が利かない方もいらっしゃるんではないでしょうか、自分はなかなか上手く生きれないです。

    そんな自分がすごくかわいそうでなりません。本当に小さい頃からこれだけが正しいのだと思い込まされ、思考回路まで支配されちゃっうんですもんね、普通の家に生まれ育ったならそんな考えもしなかっただろうに・・・と思います。

    せめて被害者がこれ以上増えないように切に願います。

  32. ガーデンさん

    それぞれのケースがありますね。。
    ベストなのは、できるだけ事を荒立てず、静かに去る事ですね。
    ここのHP名にあるように。。

    ゆっくり機を熟していけばいいと思います。
    頑張ってください^^

  33. 三千代さま
    ほんとうに三千代様の仰るとおりです

    今、日本のどこかで、世界のどこかで 福子が誕生していると思うとやりきれない思いです。

    どこかの国では今でも女子の割礼(FMG)が日常的に行われ大きな問題となっております

    ————————————————————————————————–

    国連の決議案は、性器切除を「女性に元に戻すことができない傷を負わせる虐待」と非難し、全世界で1億から1億4千万人がFMGを行われ、現在も毎年推定300万人以上が切除をされていると警告している。今後、根絶に向けた啓発教育に取り組むよう求めている。

    ————————————————————————————————–

    何も知らない子供を大人が勝手に改造してしまうのです

    福子もそれと同じです、ほんとうにかわいそうです

    福子は人権問題です、FMG同様に国連から禁止条例を決議してほしいものです。

  34. 三千代さん、私もまるっきり同じです。今でもちょっとしたピンチになると「あ、昔ならここでお題目あげたよなあ」って思い出します。考えたら、そこでうまくいったらお題目を上げたからだと思い、うまくいかなかったらお題目が足りなかったんだと思ってしまうんですね。事態がどっちに転ぼうが疑うという選択肢はありませんでした。どんなに不条理なことでも、疑って罰が当たるよりは信じたほうがましだと思ってしまうんでしょうね。まったくタチの悪いMCです。学会員の多くがそういった思考しかできないようになっています。上から言われることを信じるしか道がないんですよね。それは考え方ではなくて皮膚感覚として植え付けられる。ASUKAじゃないですが麻薬のように、頭ではわかっていてもやめられないのと同じです。

    私は覚醒してすぐに仏壇をハンマーでたたき壊しノコギリで切りきざみました。生まれてこのかた、ずっと染み付いてきた創価の思考から決別するための儀式のようなものです。ご本尊は大学に入るときにお寺でいただいたものだったので、そのお寺に返しにいきました。きっと創価のカラーコピー版だったら破り捨てたでしょうね。

    それでもいまだに完璧には創価の思考から抜け出せていないなと感じる時があります。生まれてこのかた、ずっと創価の考え方が根底にあったわけですから、根が深いですね。これはもう時間が解決してくれるのを待つしかないと思っています。それとこうやって自分の考えを言葉にしながら、これまでの自分が何だったのかを整理していくことで、まだ自分の心に張り付いている創価の残骸を消し去ろうとしているのだと思います。

    あせってもしょうがないと思います。せっかく覚醒することができたのですから、これからは三千代さんがいちばんいいと思える方法でいいと思います。それこそ人それぞれに歩んできた道は違いますし、家族のこともあると思います。ただ気をつけないといけないのは、自分一人で抱え込まないようにしてほしいなと思います。他のことはともかく、これに関しては一人で考えてもろくなことにならないみたいです。そしてなかなか人に言えなかったり、理解してもらえなかったりすることは、ここで吐き出してしまってくださいね(^^)

  35. 主人、義兄に続いて、本部長の役職をしている義姉にも今の私の本当の気持ちを話してみました。

    姪っ子、甥っ子も高校から大学まで学園育ちという一族オール創価の義姉です。

    その義姉に「前々から少しづつ不信を持つようになったけれど、今は学会の信仰が信じられなくなったので、いずれ時期を見て止めようと思う」と話しました。

    義姉にとって、まさに青天の霹靂だったのでしょう。

    婦人部幹部が言うような言葉のオンパレードでした。

    一瞬、絶句した後に、「一体どうしちゃったの??」

    今まで積んできた福運はどうなるの?

    レモン家の宿命転換は、貴女にかかっているのよ。

    活動によって自分自身の生命を磨いていけば、そんな事を思わなくなるわ。

    1時間ほどの会話でしたが、かみあいませんでした。
    最後には「貴女はおかしい」でした。

    義姉には、聖教新聞ばかりを読んでいるのではなくて、自分で情報を調べたりするためにネットなども見て、自分自身で考えてみる機会を持ってくださいと言いました。

    今、創価は衰退しているため、あの手、この手で若年層の取り込みがすごいです。
    若い人達には、特定の宗教の擦り込みに惑わされる事なく、自分自身の道を謳歌してほしいと思っています。

    幸せになれる薬だよと自分も飲んで、人にも勧め、自分の命よりも大切な我が子にも飲ませてきたものは、本当は依存性のある毒薬だった。
    そんな感じなのかもしれません。

  36. レモンさん、一体どうしちゃったの、と私も言われました(笑)

    大石寺の桜を例に、創価の情報だけだと怖いですよ、と言っておきました。
    (じゃらんに桜の名所として載っていました)

    こちらで、書かせて頂くことや学ぶことで、洗脳を解き依存症のリハ
    をさせていただいている、と感謝いたします。
    多少、私の発言に矛盾もあるかと思いますが錯乱期だと受け取っていただけるとありがたいです。

    割礼、以前、ネットで知りました。
    割礼の他、女性が凌辱されることがいとも簡単な世界があるという
    ことも知りました。(インド女子学生の事件はショックと憤り爆発です)

    創価がこうしたことに対して根絶の唱題会を開くのであれば
    私も喜んで参加します、とも、地区婦に言いました。

    唱題会など行かなくても、基本の我が祈りとしていればいいことだ
    と思っています。

  37. 三千代さん、お気持ちはよくわかります。
    自分のペースで心を解放していきましょう。

    愚痴は福運を消す…これも違うと思いますね。
    愚痴を我慢してストレスをためると運気が下がる、の方がピンときませんか。
    言いたいことを言えば心が軽やかになり、そのうち愚痴など出でなくなりますよ。

    宗教を持たないものは根無し草…これも偏った言い方ですよね。
    特定の教団に属さなくても、愛情がわかる人って土台がしっかりしていますよ。
    そういう人って、芯が強いです。
    会合、会合で家庭がいい加減だった人の方が、人として不安定になると思いますね。

    こんなこと、本で知識をいれなくても、本来感覚でわかるはずなんですよね。
    正座してお経を唱えて、小難しい経典を勉強しなくても、そんな暇があったら映画の一本でも見た方が、感覚は鍛えられますよ。

    宗教なんて知らない。理屈もウンチクも言わないけど、ものごとの本質がわかってる人っていますよね。
    そして、人として素直に手を合わせたり、祈る心があればいいんじゃないでしょうか。
    お坊さんとか牧師さんとかじゃない限り、ふつうの人はそれでいいと思うんですよ。
    今後再び信仰を持つ持たないは自由ですけど、持たなくても、不安に思うことなんてないと思います。

  38. ガーデンさんが書かれている 錯乱期・・・よくわかります。
    今の私にも当てはまります。

    正直、ここに書き込みながらも、頭の中では上手く整理できずにいて、このまま気がつかなかったほうが良かったのか・・・とか時々混乱してくるときがあります。

    とはいいつつも、組織活動の悪はよくわかってきたので、今の立場として非常に難しいのですが、少しづつ自分なりにフェードアウトしていく方向で考えています。

    完全なる未活になるには、遠い道のりになるかもしれませんけど、自分なりに考えていきたいと思っています。

    組織活動に対しては、このように思うことができるのですが、日蓮大聖人の仏法は正しくないのか、題目の効果は本当に無いのか。
    この辺りが、私自身、まだまだ勉強不足のため、1人で混乱している最中です。

    今まで、祈祷師かと思われるほど、願いが叶うように必死に題目をあげてきました。
    題目は嫌いでしたが、題目根本に!という擦り込みによって、日課のように唱題はあげてきました。
    毎月のように10時間唱題をしてきた年もありました。
    まさに修行僧ですね。

    願いが叶う事もあれば、叶わない事もあり。
    当然と言えば当然ですよね。

    でも、叶わない時は、叶わない事が答えだと言われて、腑に落ちないながらもそういうものなのかーーと無理やり納得してきました。

    シニフィエさんの過去ブログを遡って読ませて頂きながら、そのあたりも含めて本当の覚醒をしている最中です。

  39. シニフィエさん、ありがとうございます。本当仰るとおりにすべてにおいて振り回されていたんだと感じています。シニフィエさんですらまだ完璧に抜け出せていないと感じることもあるのですね。本当に根が深いですよね。学会の事は覚めてましたが実は1年くらい前まで池田氏の事はまだ信じていたんですよ~。ブログで目が覚めました。全くバカでした笑 とにかく物心着いた頃から尊敬するべき人と言われ育っちゃったのでこれまた根が深かったです。
    でもこのブログを毎日見させていただき絶対に池田氏や創価は間違いなんだと日々確信することが出来るので特に福子にとってなによりありがたいです。このブログによって覚醒した方も書き込まない方にもたくさん、いらっしゃると思います。今後ともよろしくお願い致します。

    モニカさんありがとうございます。日々不安に思うことが無くなるように、シニフィエさん、モニカさんはじめ、覚醒された皆さんの書き込みに勇気をいただいています。今後ともよろしくお願いします。
    本当に無宗教でも人格者はたくさんいますよね。人の気持ちになって考えられるのはむしろ一般人ではないかと私も思います。
    創価の活動家はアポ無しで忙しい時間にいきなり家庭訪問してきたり、選挙で外部のお宅にいくのももちろんアポ無し、普段交流がないのに選挙の時だけ電話とか・・・それにこれらの活動はすべて自分の功徳の為にやってるんですよね。相手の都合とかなんて全く考えていないです。(やってた頃の自分が情けない)
    私は人に迷惑をかけずに済んだだけでも未活動になって本当によかったと思っています。
    普通の人は人に迷惑かけてまで幸せになりたいとは思いませんよね。

    Akiraさん、本当にこの瞬間に福子は誕生してるのですよね。
    生まれ落ちてなんにも知識がない真っ白な存在が創価に染められていってしまうのがやりきれない思いです。私も制度を変えて欲しいです。犠牲者が増えないために・・・

  40. レモンさん

    宗教は信じるものですからね。
    正しいか、正しくないかと言われれば、信じる人にとっては正しく、信じていない人にとってはどうでもいいことです。
    正しいから信じるというより、信じるから正しいと思える…そういうものかなと。

    ただ客観的な学説、という視点から探ることはできますよね。
    このブログの「客観的な視点」のテーマを読んでみてください。
    一人で混乱してるよりは、参考になると思います。

  41. こんにちは。

    皆さんのコメントを拝見して、なんてペラペラな
    コメントしか出来ないのか?ちょっと、恥ずかしくなります。

    でも、書いていいですか?

    私は自ら宗門の信徒団体だった時に、創価に足を踏み入れましたが、
    入って初めてわかった事ですけど、自分達が偉いんだみたいな
    感覚が、どの方にもあった事です。良く言えば誇り。
    でもそれが行き過ぎて、他人を見下したりバカにしたりって言動に
    不快感がありました。

    勿論自分もその中にいて、知らず知らずの内に
    同じ様になってました。今、創価や宗門の現役バリバリの方のお話を聞くと、
    何か見下してる様に、感じてしまいます。

    活動もしんどかったけど、あの見下した感も、もの凄く嫌でした。

  42. モニカさん、ありがとうございます。

    早速「客観的な視点」を読み、「宗教を語る」に飛んでみました。
    その中の「創価学会の研究」を読んでみました。
    う~む。と唸ってしまうような文面です。

    知らない事が沢山でした。

    世間が言うことは、あながちウソではなかったんだとも思いました。

    ずーーーっと長い事、まるっきり信じていた時は、そんなデマは嘘だって打ち消していた事が詳細に書かれていて、正直衝撃でした。

    いかに学会から与えられた情報しか知らなかったんだなと改めて思った次第です。

  43. シニフィエさん

    いつも温かいお言葉、ありがとうございます。

    「創価のことで悩んでる様子をみるのが苦しい。あなたの心が壊れないか心配」
    コレ彼の言葉ですので、笑うしかないというか頭が痛いというか。
    特にどうにもしてもらえませんが。
    以前もこちらで、カウンセリングの勧めや「きもちを楽に」という言葉をいただきました。
    リアルな婦人部の活動の様子に「ビビる」「ひく」こともありますが!、みなさんの声にいつも助けられます。
    身近で出会った「鬱っ子」ちゃんちは、せまーいくらーい部屋で、本堂ばりの仏壇と新聞の山で、大きくため息がでました。(そんな縁、恋人ひとりで十分すぎなのに!)
    私が創価人でその子が他宗だったならば、速攻で折伏してホウボウバライとかしたでしょうかね。
    社会生活できないのに、そんな部屋で哲学語るから「それよりあなた、掃除して米炊いて、規則正しい生活しようよ。病んだ原因を考え対処しようよ」っておもいますが、シニフィエさんのおっしゃるとおり「自分で気づかなければ、精神も宗教依存もどうにもならないのだなぁと日々実感しています。
    そういうの、みてるのもしんどいので「もう気にするのやめよう。仏壇と新聞に埋もれてしまえ」なーんて思う日もあるんですが……心配なんですよね、結局。誰かと話せているか、またコンビニごはんかなぁ、それじゃ治らないよ、とか思うし。
    題目の効果は知りませんが、ずっとナムナムしてても病気になったわけだし。

    そのまんま、仕事できず、もっと年をとり、真っ暗な部屋で抗うつ剤を飲みながら、人間革命とか絶対的幸福とか、語るんでしょうか。
    かなしいことです。

    「わかりあえないことから」はじめるのには、無力感をおぼえます。
    すきなひとが先生を拝むのも、組織の正しさを語るのもゾッとしてしまうから。よくないんですけどね。
    公私ともに、自分の心の強さ、受け入れる力、なんかを試されている気分です。
    釈迦じゃないので、すてきなおもちゃは提示できません。

    みなさんの専門的?なコメントの中、内容のうすいつぶやきで申しわけありません。
    ここに集われたり、ここをのぞかれたりしてるみなさん、そしてほんとは搾取され続ける会員みなさんのこころの安定と、本来持つべきよろこびや目標に気づかれることを願っています。
    私はなにものにも、祈りません。

  44. レモンさん
    ゆっくり考えていってくださいね。
    私は日蓮さんの教えの根本から知り、つくづく納得しました。

    また注目したのは「創価学会の研究⑥池田大作の人格」というテーマです。
    「一般会員にいえるのは池田本仏論を消極的であれ支持してきた、消極的であれ黙認してきたのは罪である」と書かれていた箇所です。
    創価の教義について、一部納得がいかないことがあっても、声を上げずスルーしてきたというのは、賛同していたのと同じ。私もそう思いましたね。

    「いや、自分は日蓮の教えには納得してたんだけど、池田を師と思ったことはない」
    「選挙はおかしいと思うからやらなかった」
    「宗門の攻撃には賛成できなかったから、自分は呪いの題目を上げたことはない」
    「自分は組織にはいたけど、打出しは選んでいた」

    そういう意見はごまんと聞くし、私も思っていましたが、じゃあなぜそんな団体におとなしく在籍してたのか。
    新聞を購読して、会合に参加して、納金してたのか、と言われれば何も言えません。
    いざとなったら反対意見をいって許してもらえばいいと軽く考えて、黙認してたら同じこと。
    そのいい加減な信仰姿勢が栄養となり、土壌を温めてきた。何もしなかったら許容しているのと同じ効果を発生させる…返す言葉もありません。

    今となっては、せめてこういう書き込みをすることしかできませんが、自分の甘さをつくづく反省してますね。

  45. シニフィエさんいつもありがとうございます。今朝の新聞の抜粋です。
    2014/5/28聖教新聞
    各部代表者会議での
    池田先生からのメッセージです。
    「皆、本当によくやってくれている。毎日毎日ありがとう!」

    「ともあれ、勝つしかない。一つ一つ勝利の現証を示していく以外、広布の道は開けない。勝たなければ、同志も励ませない。学会を守ることもできない。この決心、この祈り、この執念で、私は戦い勝ってきました。あとに続くのは、私が薫陶してきた直弟子の君たちである。」
    「現実には、皆、宿命との戦いもある。病気や子育て、家族の介護、人間関係等々、言うに言われぬ苦労も尽きないであろう。しかし、戸田先生は言われた。『自分が悩み苦しみながら、それでも民衆の中に飛び込んで、皆を励まし救っていく。だから仏になれる。だから家族も眷属も大功徳に包まれるんだよ』と。リーダーが試練と戦っているからこそ、学会は悩める友の味方になれる。ゆえに、何があっても臆さず、一切を御本尊に任せて題目を唱え、希望に燃えて悠然と勝ち超えていただきたい」と強く望んだ。

    本当に池田さんのメッセージですかね〜あのお姿でこれだけのメッセージを言える書けるんですかね。これは、原田さんが読んだのか?長谷川さんが読んだのか?どんな気持ちで読んでるのでしょうか?又、幹部の方達は、このメッセージを聞いて勝つしかない。題目上げて学会を先生を同志をお守りするって決意するのでしょうか?末端の幹部に心意気を伝え啓蒙、折伏に発破をかけるんでしょうか?真面目な会員はそれに応えるために、友人に何かのお願いに奮闘していくのでしょうか?

  46. うちの実家の様子も、パコさんのコメントにあるような
    きゅうくつな部屋で、足の踏み場にも困ります、正直なところ。
    もうずいぶん帰っていません、子供たちも大きくなり、
    ちょっと訪ねるというのも、気が重いのです。
    気が重く、疎遠になってしまう…よくないとは思うのですが。
    外部の主人と結婚して20余年たち、
    いかに特殊な家庭だったのかなあと思います。

    創価学会のテレビ等での異例の発表から、時間がたちました。
    私のまどろっこしい語りよりも、テレビでの信濃町の映像は
    主人に衝撃をもたらし、ただ事じゃない世界にいたんだと
    改めて理解してくれたようです。
    なんだか馬脚を現したように私には思えたのですが、
    きっともっと計り知れない策略があるのでしょうね。

  47. ぱこさん、ひらがな表記でした、、
    大変失礼して申し訳ありませんでした。

  48. ぱこさん、おはようございます。
    ぱこさんのように心優しい人をこんなに苦しめていることを創価の人はなんとも思っていないどころか「あなたの信心が足りないからよ」と押し付けるんですよね。宗教を利用してそんなことすらわからないようにするのが創価のやりくち。でもそれも自分で気づかなければわからない。自分たちのやっていることが人としてあきらかに間違っていることなのに、それに気づかなくさせるシステムをもつ恐ろしい集団です。

    モニカさん
    >正しいから信じるというより、信じるから正しいと思える

    まったくそのとおりですね。創価の場合はいったん信じてしまうと疑うことを拒否してしまうように、次ぐから次へといろんな方法で思考停止にもっていきます。何の根拠もないのことを正しいと思わされてしまう。選挙活動も新聞の営業も仏道修行だと信じてしまう。「鰯の頭も信心」とはよく言ったものです。鰯の頭も自分一人で信じるだけならいいんでしょうけど、創価の場合はまわりの人も巻き込んでしまうからタチが悪いんですよね。とにかく、金、金、金。ひとりでも多く、一円でも多くの金を巻き上げるためのシステム。創価の活動のすべてがそこに集約されています。活動家と脱会者の違いは、そのことに気づいたか気づいていないかという、ただただその一点なんですけどね。いったん気づけば、なんでこんな簡単な理屈がわからなかったんだろうと、それまでのバカだった自分がほんとうに情けなくなります。

    ちょうどオレオレ詐欺にひっかかっているお年寄りを見る思いです。「そんなとこに振り込んじゃいけませんよ。その電話は息子さんじゃありませんよ」とまわりでいくら言ってもわからないのと同じです。「いや、息子の一大事だから私がなんとかしてあげないと」と騙されているお年寄りにしてみれば真剣です。普通に考えればいくらでもおかしいところがあるのに、おかしいところはまったく見えなくなって、なんか言われても、あれやこれやと正当化してしまう。問題の本質を見事にスルーしてしまいます。残念ながら創価のおかしいところにある程度気づいてる人であっても、それは同じようです。自分が信じているものは何としても正しいと思いたいんでしょう。だから理屈はどうでもよくなる。というかデタラメな理屈を平気でつくりあげてしまう。気持ちはわからなくもないですが、外から見れば4年も姿を現さない師匠に何の疑問も感じきれないし、多額の財務が何に遣われているのかわからないことに、何の疑問も感じない。さらにそんな疑問を感じることが福運を消すだとか、罪悪だとまで思っている。完全にいいように操られていることがわからないんですね。騙されていることに気づかないという意味では、創価の活動家とオレオレ詐欺の被害者は同じですね。どんなにまわりが間違いだ言っても、本人が正しいと信じてしまう。鰯の頭を信じたほうがまだましです(笑)。

  49. 犬好きアラフォーさん、新聞の紹介ありがとうございます。
    これだけのメッセージが書けるなら、各部代表者会議に出席すればいいのに、なにがそんなに忙しくて姿を現さないんでしょうか(笑)。聖教新聞は池田氏の動向を一切伝えませんよね。写真が載っても「新宿区某所」だったりする。何百万人もの弟子が師匠がどこで何をしているのか知らされないし、知らされないことに対して何の疑問ももたない。創価とはそんな摩訶不思議な集団です。たとえ幹部にその疑問をぶつけても「どうしちゃったの?それはあなたの信心が足りないから、そんな不信をおこすのよ」ってごまかされるだけで、本当のことは言ってくれません。っていうか幹部も本当のことは知りませんから(笑)。

    活動家のみなさん、
    あたながたの師匠は今、どこで何をしているのですか〜?
    知らないのにどうして平気でいれるのですか〜?
    知らないのに弟子の資格があるのですか〜?
    知らせない師匠に師匠としての資格があるのですか〜?
    師弟不二ってそういうことですか〜?
    新聞に載ってくる師匠のメッセージを、
    本人が書いていると心底本気で思っているのですか〜?

  50. 昨夜、我が家へ最後の聖教の集金に地区婦人部長がきました。夫に対応してもらいました。私が脱会しますとメールをしてから一度も返信もなく、家庭訪問もありませんでした。本部に内容証明つきの脱会届けをだしたからでしょうか?最後引き止めにあう覚悟でいましたが、何か拍子抜けしてしまいました、あんなに、くるしんで悩んでいたのに何だったんだろうって思うくらい、あっさりでした。夫のみ創価に残っていますが、聖教新聞を止めることも了承してくれました。
    夫いわく、地区婦人部長元気がなかったわと、創価を辞メルのを躊躇させるのは、そしきの人間関係や、義理とか、情けとかなのでしょうね。わたしも、シニフィエさんのこちらのblogのタイトル通り、最後は、静かに辞めていくことができました。創価を抜きにすれば、良い地区婦人部長さんだったんですけどね、、、。もう、我慢するのは辞めました。言いたいことがうまくまとまらなくて、すいません。

  51. ぽんきちさん、おめでとうございます。
    私も辞めるときは拍子抜けでした。なんだ、いろいろ悩まなくてよかったんだと思いました。組織から離れたぐらいで途切れるくらいの関係なら、悩むことはないと思います。創価をやめても、仲のいい友人もいます。単に組織上のつながりだった人とはパッタリです。たとえ創価家族だ異体同心とか言ってても、結局自分のことしか考えてなかったんだと思われてもしょうがないですよね。
    みなさん、創価はあんまり気に病まずに、静かにやめましょう(笑)

  52. たいくさん、モニカさん、レモンさん、コメントありがとうございました。
    新しいページが出来ていますが、返信の内容と記事の内容がマッチしないのでこちらに書かせて頂こうと思います。
    (勝手なことしてすみません。)

    自分の思いを文章にするのが苦手で、数日”どうやって文章にすれば伝わるか”を考えつつ、他の皆様のコメントを読みながら、”うんうん、すごいわかる!!”と共感しっぱなしでした。

    コメントを頂いて、まず自分が何が怖いのかを考えてみました。

    ①私と一緒に入会した母を悲しませるのが嫌です。
     (母は組織の活動や幹部の振る舞いに不満を持ちつつも、池田先生を尊敬し、ご本尊様を大切にしています。)

    ②「あなたの信心が足りない。あなたの命が無明で覆われている。もっと上の幹部と繋げてあげるから、しっかりご指導してもらうといいよ!私はケロリちゃんが池田先生の本門の弟子になれるようにお題目送ってるからね!!」

     ↑何度も何度も、吐き気がするくらい言われてきました。
      また言われるのかな・・・と思うと憂鬱です。
      ”憂鬱”という言葉が平たく感じるくらい、心が沈みます。

    今まで何を相談しても
     「ご本尊様に祈りなさい」
     「御書を読みなさい」
     「池田先生のご指導で感動した時を思い出して、自分と先生との間に何も入れな いようにしなさい」
     「あなたはリーダーです。リーダーは部員さんと池田先生とを繋ぐ血管のようなも のです。あなたが詰まったら、池田先生と部員さんが繋がらなくなってしまう。責  任感を持ちなさい。」・・・等。

    ”何がどう”とかいう理屈抜きで、もうウンザリです。

    「怖い」と表現しましたが、価値観の違う方と話をするのが億劫というか、面倒というか、”自ら岸壁にぶち当たっていく”ような・・・何とも言えない嫌な気持ちになります。

    また、入信してからの今までの約10年を振り返りました。

    私は母の入信をきっかけに入会しました。
    入会するまで”創価学会”という名前を聞いたことがありませんでした。
    自分の入会記念勤行会の時に、初めて創価の会館に足を踏み入れました。
    初めて本幹同中に行くまで、池田大作という人を知りませんでした。
    本当に何一つ知らないまま入会しました。

    そんな私は、入会して2年目にヤングリーダー(今の華陽リーダー)になりました。
    「何も知らないからできない」という私に、「あなたの使命はあまりにも大きいからだ」と言われ、いい気になって引き受けてしまいました(笑)

    ちょうどその年、私は20歳で、夏に衆院選があり、初めて創価の洗礼を受けました。

    毎日毎日、来る日も来る日も電作&唱題会に誘われ、毎週末に本部長から「今週はいくつF勝ち取れたの?」と鬼電があり、勝手に設定された1週間のF目標が達成できていないと会館に連れて行かれ、電話が繋がるまで帰れませんでした。
    「疎遠になってる中学や高校の友達とまた連絡が取れるいいチャンスができたね^^」と、ニコニコしてる本部長と広い仏間で二人きり。。

    消去したい思い出なのに、強烈過ぎて今でも思い出してしまいます。

    実家の母に泣きながら「選挙活動なんでイヤだ。本部長の鬼電もやめてほしい」と相談した時に、「選挙活動はともかく、この信心は絶対だから、やめようなんて思ってはいけない」と言われ、そして最後に「創価学会の中では上手くやりなさい」と言われました。

    「上手くやる」と言う言葉が当時の私には大ヒットで、それ以降は”エアーF”を報告しました。(今でも報告は”エアーF”です。)

    入信3年目に地区リーダーになり、と同時に白蓮Gに入り、6年目に部長になり、と同時に白蓮Gの班長になり、7年目に本部長となり、8年目に区主任部長(部長と兼任)になり、この年に白蓮Gを卒業し、今度は区未来部長になり、現在に至ります。

    何年も選挙の度に”エアーF”を報告している私がです(笑)

    最初は”大きな使命”という言葉に釣られて引き受けた役職ですが、部長の人事の話が来た時に、大きな使命があったのではなく、単に人手不足なだけだったんだ!Σ(゚□゚;)
    と気付きました。(気付くのが遅かったです(笑))

    ただ、人手不足という状況でも、2性3世の子が自分の意思は関係なく、自動的に女子部へどんどん送り込まれます。
    そんな状態の若い子達に、私が経験した”理不尽”を味わってほしくなかったので、”あえて私がどんどん役職を引き受けて、非常識なことが常識となっている創価を変えたい”と思っていました。(←当時は)

    ・アポなしの家庭訪問
    ・家族が購読してるのに「マイ聖教」の推進
    ・何かと”結集”(もれなく結集報告有り)
    ・財務の入金確認
    ・未だに「正役職のうちは恋愛は御法度!」とか言うおばさんがいる

    などなど。

    今まで
    ”自分たちがどれほどヘンテコリンな事をやっているのかを自覚してほしい、しかもそれらを若い女子部の子達に押し付けるのを阻止したい!”

    と言う思いで、様々な人事を受けてきました。
    しかし、相手は大人数&いい歳のおじさんとおばさん・・・。

    もう勝ち目がないな・・・と、最近思うようになりました。
    (勝ち負けではないかもしれませんが)

    創価の活動と信仰は別物だとは思っていますが、今後どうするのかはまだ決めていません。

    静かに忍者のようにスーッとフェイドアウトしたいけど・・・

    やめるなら、やめる前に一発ガツンと言ってやりたい・・・

    でも、話の通じない人を相手に喧嘩したくない・・・

    ごめんなさい。
    モヤモヤしてて、纏りがないです。

    今は知識不足で、何をしたいのか自分でもよくわかりませんが、このブログの記事を読んだり、皆さんのコメントを読んだり、今まで禁止されていた批判ブログや批判本にも目を通して、何が本当か知りたいと思っています。

    宗教を学ぶというスタンスで御書の勉強も続けるつもりです。

    長文・乱文失礼致しました。

  53. ケロリさん初めまして。思いのたけをぶちまけられてますね
    このブログはそれができるところですよ
    >自分たちがどれほどヘンテコリンなことをやっているかを自覚してほしい、しかもそれらを若い女子部の子達に押し付けるの阻止したい!< って
    ケロリさんはほんとに素晴らしい先輩幹部だと思いますね
    それとエヤーFって笑いました
      何が本当か知りたい とここまで気持ちが来ればもう大丈夫だと思いますよ。もう今では真実を知るための材料はたくさんあります
    ネットも告発本も、あとは自分で見極めるだけですよ。そしてありがたいことにこのような真実を語るブログがあり、なをかつ皆さんの正直な意見も参考にできることです
    気持ちがここまで来ているのですから、もう焦らずとも良いのではないですか徐々に覚醒していけば、人によっては反動のでるかたもおられますから
    一発ガツンと いいですね、でもヌカに釘 暖簾に腕押し 馬事東風
    馬の耳に何とかですよ(笑)
    気をしっかり持って覚醒に向けて頑張ってください

  54. ケロリさん 
    1番自由を謳歌できる青春時代なのに、大変な思いを沢山されてきて読んでるだけで胸が痛みました。

    これが役職を持たされた女子部の実態なのでしょうね。

    お母さんの言葉も、娘を思う想いだとわかるだけに、創価はなんという罪作りなことをしてるのだと改めて実感します。

    選挙での異常なまでの電話作戦、ハガキ作戦、友人連れだし、連日の結集、報告・報告・報告・そして手弁当での支援のもろもろ。

    異常だと思うことが沢山。
    でも、これが異常だと言えない世界なのですよね。

    一歩引きながら冷めた目で見てみると、おかしいのですが、内にいると嫌々している自分のほうが信心が足りなく思えてくるから不思議です。

    ケロリさんと同じように私も数年前からエアー報告ですよ。

    エアーじゃなければ、報告の数と公明票の投票数の差があんなにあるわけないので、きっとみんなエアー報告ですよ。

    ケロリさんと同じく、私も結婚して入会するまでは創価学会や池田大作という名前さえ知らなかったのです。

    主人や義家族と一緒に真面目に活動していたら、いつのまにか地区婦人部長になってしまいました。

    20年前、地区婦人部長になりたての時は、30代でした。
    まだ乳幼児を抱えていましたし、あまりの大変さに気がおかしくなりそうでしたね。

    特に折伏戦。
    会館に成果が張り出されます。

    折伏ができていない地区の地区婦人部長は、地区婦人部長会で針のむしろでした。
    出来ていない地区の地区婦人部長は、立たされて決意発表をさせられて、毎日のように下種先をつめられました。

    本当に異常な世界なのに、それが異常だとか、やりたくありませんと言えないとはおかしな話ですね。

    愚痴や不信、不満を持つことはいけない事だ!と徹底的に植えつけられたからなのだと今となってはわかりますが、情報は学会のみからの一方通行では気が付くことができません。

    家族が未活の場合は、そこを理由にフェードアウトできたかもと思うのですが、主人、義家族は最強の活動家でしたから、それも無理でした。

    ケロリさん 私の事ばかり書いてすみません。
    せめて今の役職が降りられるように、応援しています。

  55. ケロリさん
    渾身のレポートありがとうございました。
    選挙のやり方などゴーモンに近いですね(・.・;)

    この実態は日本中に発信されました…さて内外問わず、何を思うかですよ。
    活動家も、こうして客観的な文章を改めて読むと、自分たちが何をしてるか少しは恥がわかると思います。
    公明党が政権を取れば世の中がよくなるなんて、まさか本気で実感してないでしょうが、他人の選挙権に干渉してまで、自分に何が欲しいのでしょうか。
    恥ずかしいと思いませんか?

    さてケロリさん、お母様のことは困りますね。お気持ちはよくわかります。
    だけどこのままじゃいられないでしょう。覚醒は止められません。

    私もさんざん経験しましたが、幹部相手、バリ活さん相手と討論しても、ツルンとした山を登ってる感じ。
    ふつうは理解できるはずの道理を、耳をふさぐ、ブロックする、聞いてない、頭から信じないようにバリアしてくる…という感じでしょうか。
    でも、訴えるしかないですね。
    そのうち嫌になった理由は理解しないんだけど、「嫌になったこと」はさすがに理解してくれます。
    ともかく、ああ本気なんだな、どうしようもないな、と思わせることです。
    信仰は自分が信じないと成り立ちませんから、諦めるしかない。

    そしてどんどんここにコメントして下さい。
    自分の考えを整理して書く、人にわかるように伝える、ということを繰り返すと、訴える力がつくんですよ。
    例えば今お母様に、気持ちははっきりしているのに、言葉にすると上手くまとまらない、というようなことがあるとして、数か月ここで書き込みしてみてください。
    びっくりするくらい説得力のある言葉が出てくると思いますよ。
    応援してます!

  56. ケロリさん。素直な気持ちを書き込んでくださり、ありがとうございます。
    これからも、自由に思いのたけを吐き出してくださいね。

    「大きな使命」という無責任かつ残酷な役職を任された時のお気持ちは、僕の経験とも重なります。
    僕が本部長を受けたのは前任者が非活になったからです。人手不足はどこも同じようですね。

    学会との向き合い方は、ゆっくりとできることからで良いと思います。
    僕はまず「活動を休ませて」とお願いしました。
    それからマイ聖教を止めて、財務を止めて、最後は結婚を機に脱会しました。

    お母さまへのお気持ちもよくわかります。
    僕が脱会すると言った時、地区部長だった父は「わかった」と受け止めてくれましたが、母は泣いていました。母の涙は僕にとって辛いものでした。
    でも、その涙は僕の気持をわかってくれたからだったのです。

    僕は父と母に「学会員であること、池田さんを無理やり師匠と呼ばせること、選挙、新聞、財務、全部苦しかった」と伝えました。母は「つらい思いをさせてごめんなさい」と泣いていました。今となっては脱会の時の涙は過去のことになっています。本音でぶつかりあえた分、脱会してからは今まで以上に仲の良い親子になれた気がします。

    ケロリさんが苦しんでいることを隠されていることの方が、お母様にとっては辛いことかもしれません。
    創価の恐ろしいところは、こうした人間関係にまで「信仰」という毒牙が食い込むことです。
    こんな苦しい思いをさせるのが創価の「信仰」です。
    「創価の活動と信仰は別物」ではないです。一体そのもの。
    むしろ、新聞、選挙、財務が「信仰」です。それを無理からでも会員に強制刺さる呪文が「池田先生」です。

  57. たいくさん、すばらしいお話をありがとうございます!
    心にしみます。これほど多くの人を不幸にしていることを、何とも思わない宗教団体って、いったい何なんでしょうか。目の前の現実を見ることさえできなくなった創価の会員さんには、何とも声をかけようもないです。

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