功徳という名のギブアンドテイク 2

みなさんよくご存知の童話「桃太郎」。桃太郎にとって、おじいさんとおばあさんは赤の他人です。桃太郎は川に流されて、そのままでは死んでしまうところを、おじいさんに助けられ、何不自由なく大切に育てられたにもかかわらず、恩返しもせず、勝手に鬼退治に行くと言って家を飛び出しました。そのときおばあさんから作ってもらったキビダンゴを横流しして、犬、猿、雉と戦闘要員の契約をして、鬼が島で有無を言わさず鬼を殺戮し、鬼が持っている財宝を略奪しました。自分の島で普通に暮らしていた鬼たちに因縁をふっかけて、皆殺しにして、鬼の財宝を奪い去り、「日本一」の旗を掲げて凱旋したのです。犬、猿、雉はキビダンゴという利害だけで繋がった単なる傭兵です。正義の戦士などではありません。見かけだけの美味しい話に飛びついたら、利用されるだけでろくなことはないという戒めの童話なのかもしれません(笑)。

さて、このひどい話、どっかで聞いたことがありませんか?功徳と言うキビダンゴ欲しさに、鬼が島へ略奪に誘われた学会員さんたち。ただ、略奪したのは鬼ではなくて自分や自分の家族だったというオチですね。

もう大の大人が功徳と言うエサに踊らされるのはやめにしませんか?実際に功徳がありましたか?その功徳というのは、ほんとうにその信心をしていなければ得ることができなかったものですか?ありったけのお金を貢いで、毎日毎日会員獲得や新聞販売や選挙違反に駆け回らなければもらえない功徳って、いったい何なんだろうかって考えたことありませんか?それが宗教のあるべき姿だと言い切れますか?他の宗教をボロクソに罵倒し、不幸になると脅し、果ては呪いの唱題会を続ける団体が、世界で一番正しい宗教だと、どうして考えられるのでしょう。

たとえば

「自分はどうしてこのカラーコピーのご本尊を拝んだら幸せになれると信じているのだろう?」

「自分だけが特別にラッキーなことが起ることを功徳だと思ってやしないか?」

「今までに功徳だと思ってきたことは、この信心でなければ叶わなかったことなのか?」

「子どもさんのいる家庭の夕食の時間に、突然訪問して、長い時間信心の話をやるだけやって満足して帰る自分の行動が、はたして正しいのだろうか?」

「この活動は、その人の幸せを願っての行動なのだろうか?自分の功徳欲しさに、相手のことも考えずにやってるだけのことじゃないのか?」

「脱会した人に、ちょっと不運なことがあっただけで『ざまみろ』と心の中で思ってしまう自分は正しいのだろうか?」

「真剣に悩みを打ち明けても『信心が足りない』『とにかくお題目よ』としか言わない幹部をどうして尊敬できるのだろうか?」

「『功徳はお金の額で決まる』と言われて疑問を感じない自分は大丈夫なんだろうか?」

「はたして今までほんとうに功徳があっただろうか?」

「功徳って何だろう?」

「功徳欲しさに何かを拝むって、なんか人としてあさましくないか?」

「今よりいい暮らしがしたいとか、病気になりませんようにとか、事故にあいませんようにとか、子どもがいい学校に入れますようにとか、このカラーコピーにお願いしている自分って、いったい何?」

「キビダンゴ欲しさに家来になって鬼が島にとっとこついていく犬や猿や雉とどこが違うんだろう?」

「『何も考えずに、疑うことなく、ひたすらこの信心を貫きなさい』って、考えたらまずいことでもあるんじゃないのか?」

「もしかしたら『何も考えずに、疑うことなく、ひたすらお金を貢ぎなさい』ってことなのか?」

「『疑ったら地獄に堕ちる』ってオウム真理教や統一教会と同じことを言ってるけど大丈か?」

「折伏の闘い、題目闘争、選挙の闘い…って、学会活動はみんな『闘い』だけど、家庭も顧みずに闘いに明け暮れることが、どうして信仰なんだろうか?」

「こんな簡単な質問にも答えられないような宗教団体って大丈夫なのか?」

「もしかしたら自分は騙されているんじゃないだろうか?」

「もしかしたらこれって洗脳って言うやつじゃないだろうか?」

このように、普通ならこんな疑問が起きてもいいはずなのに、創価では疑問を持つことは許されません。ちょっとでも疑問を持つような発言をすれば「どうしたの?大丈夫?」「どうかしちゃったんじゃない?」「あの人は信心がおかしくなった」「きっと罰があたる」「せっかくの福運を消す」などなど、全力で疑問を持つことをやめさせようとします。幹部は決して疑問に答えるような指導はしません。「信心が足りない」「お題目を上げよう」の一点張りです。そもそもそんな疑問に答えられるような答えを持っていませんから。

学会員さん、一度、座談会でもいいですから、上にあげた疑問を幹部にしてみてください。そして納得できる回答があれば教えてください。もし、その幹部が答えることもなく、そんな疑問を持つあなたを批難したとしたら、ちょっとは考えてもいいんではないですか?「創価って大丈夫かな?」ってね。

ページを改めましたが、テーマは引き続き「功徳と言う名のギブアンドテイク 2」とします。創価の言う功徳とは、本来の仏教で言う功徳とは全く違います。「この信心をしたものだけが得られる特典」みたいに教えて、本来の仏教からはかけ離れています。そもそも功徳欲しさに信仰をすることを戒めているのが仏教でしょう。それに誰かから特典をもらえるという発想がすでに仏教ではありません。創価の言う功徳が、完全に会員からお金をまきあげるためのエサであることの証明です。そのことに学会員さんは気づくことなく、一生懸命自分の功徳のためにお金を貢いできました。疑えば地獄行きという脅しもセットになって洗脳され続けています。だからどんなに理不尽なことでもやってしまいます。「創価に間違いはない」と思考停止になって、自分のやっていることがどういうことなのかがわからなくなっています。とにかく疑問を持たせない。これが創価の「やり口」です。

みなさん、引き続き「功徳」をキーワードに、もうしばらくお話をお聞かせください。また、現役活動家のみなさんのコメントもお待ちしています。実際の座談会で、どんな会話がされているのかを是非教えてください。とりたてて「功徳」についてでなくてもかまいません。今現在の創価の現場で、どのようなことが展開されているのかを教えてください。よろしくお願いします。

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功徳という名のギブアンドテイク 2」への44件のフィードバック

  1. 学会員が呪縛から解き放たれないのは、御書という洗脳書の存在も大きいでしょうね。悪いことが起こっても、信者が離れないように都合の良く作成されていますね。

    開目抄
    「我並びに我が弟子・諸難ありとも疑う心なくば自然に仏界にいたるべし、天の加護なき事を疑はざれ現世の安穏ならざる事をなげかざれ、我が弟子に朝夕教えしかども・疑いを・をこして皆すてけんつたなき者のならひは約束せし事を・まことの時はわするるなるべし」
    ↑洗脳が解けないように、疑ってはいけないと述べている。

    兄弟抄
    「此の法門を申すには必ず魔出来すべし魔競はずは正法と知るべからず、第五の巻に云く「行解既に勤めぬれば三障四魔紛然として競い起る」」
    ↑信心に励んでいても悪いことが起こってしまった人向け用。

    兵衛志殿御返事
    「三障四魔と申す障いできたれば賢者はよろこび愚者は退くこれなり」
    ↑同上

    転重軽受法門
    「涅槃経に転重軽受と申す法門あり、先業の重き今生につきずして未来に地獄の苦を受くべきが今生にかかる重苦に値い候へば地獄の苦みぱつときへて死に候へば人天・三乗・一乗の益をうる事の候」
    ↑同上

    崇峻天皇御書
    「蔵の財よりも身の財すぐれたり身の財より心の財第一なり、此の御文を御覧あらんよりは心の財つませ給うべし」
    ↑いつまでも信心しているのに、貧乏のままの人を納得させる用。

    富木殿御書
    「我が門家は夜は眠りを断ち昼は暇を止めて之を案ぜよ一生空しく過して万歳悔ゆること勿れ」
    ↑朝は聖教新聞を配達し、昼はF取りに励み、夜は寝ないで働き稼いだ金を財務しろと述べている。

    聖人御難事
    「罰は総罰・別罰・顕罰・冥罰・四候、日本国の大疫病と大けかちとどしうちと他国よりせめらるるは総ばちなり、やくびやうは冥罰なり、大田等は現罰なり別ばちなり」
    ↑信者が辞めないように罰で脅している。

    祈祷抄
    「大地はささばはづるるとも虚空をつなぐ者はありとも・潮のみちひぬ事はありとも日は西より出づるとも・法華経の行者の祈りのかなはぬ事はあるべからず」
    ↑欲深い学会員が、生きがいにしている御書。

  2. 三障四魔とか親によく言われたな……親じゃなくても
    言えるようなことしか、私の親は言ってくれなかったな

    御書学習で皆で声を合わせて読むと、より一層怖かったです。

  3. 二郎さん、わかりやすいお話ありがとうございます。そうですね、私、昔から思ってたんですけど、創価で学ぶ御書って、そんなにたくさんはないですよね。大百に載ってくる御書講義なんか、いつも使い回しで、財務の前にはこれ、折伏戦の前にはこれ、選挙のときはこれ、って感じで、それも前半は文面通りの解説ですが、後半はかならず「創価を疑うことなく、信心根本に活動していきなさい」という結論です。みんなそうです。正直言うと、活動している時も、日蓮さんの言葉の解説も一辺倒で深みがないなあと思っていました。日蓮さんについては詳しいことまで知りませんが、創価であつかう日蓮さんの御書って、とっても偏りがあると思っていました。それで、創価が出している仏教関連の学術書もけっこう読んだんですが、たとえば機関誌の『東洋学術研究』は、特に創価の信仰とは関係のないいろんな大学教授の論文だとかで、ちっとも面白くない。中に池田氏の話を割り込ませているけど、なんか意図が見え見えでみっともないですね。覚醒した後でパラパラとページをめくってみると「なるほどなあ〜、東洋学術研究所って対外的なカモフラージュなんだ」ってことがよくわかります。これもみんな学会員さんの財務でやってんだなあって。第三文明社のレグルス文庫の書籍も結構読みましたが、学術本と創価本がはっきり別れますね。インドの詩人タゴールやガンジーは持ち上げてますね。日蓮さんは外道として相手にしてないはずなんですけどね(笑)。タゴールを取り上げるならクリシュナムルティも取り上げてもいいんじゃないかと思いますが、創価の思想とは真逆で、これだと財務がとれなくなりますからね(笑)。哲学者ではベルクソンを取り上げていますが、ヨーロッパの近代哲学をベルクソンひとり取り上げてもどうにもならないと思うんですがね。創価にとって人畜無害の哲学者を選んだんだろうなと思います。西洋哲学を語るときニーチェとハイデガーは欠かせないのに、ベルクソンでお茶を濁してる感じですね。

    覚醒してから、学会の書籍はすべて捨てました。大学に行くとき親からもらった『若き日の日記』の初版本も捨てました。トインビー博士やアンドレ・マルローと池田氏の対談集をはじめ、池田氏のおかかえ学者川田洋一氏の著書なんかもみんな捨てましたよ。あ〜、こんなものを真剣に読んでたんだと思うと、ほんとうに自分が情けなくなります。

    池田氏はノーベル平和賞をとったダライ・ラマ師がうらやましくてしょうがなかったみたいですね。とにかく名誉欲がハンパなかったらしいので、ダライ・ラマ師を追放し、チベット仏教の僧たちを大虐殺した胡錦濤氏を「わが友」と言って大歓迎しました。池田氏は、仏教の最高指導者を罵倒し、仏教をアヘンだと否定する共産主義の政治家を大歓迎する池田氏のどこに宗教家としてのプライドがあるのでしょう。かと思えば、ムスリムのガンジーやプロテスタントのキング牧師と肩を並べたがる。ほんと卑しいとしかいえませんね。みんな日蓮さんに言わせれば外道なんですけどね。胡錦濤に至っては宗教を否定するただの策謀家ですよ。学会員のみなさん、それでも池田氏を人生の師と仰ぐのですか?

    余談ですが、江戸時代、西洋列強は中国で、アヘンを中国人に栽培させ、そのまま中国人に売りつけて巨万の富を得ました。それは20世紀まで続きます。中国側もアヘン戦争などで対抗しますが、列強の武力にはかないません。戦争に負けてますます中国は悲惨な状況に追いやられます。中国はアヘンによって完全に国力を失ったということもあって、宗教はアヘンだと言う共産主義の考えによって、仏教はますます迫害されていきます。もともとは西洋列強の植民地支配の一環であり、アヘン戦争で余った武器弾薬を、今度は日本に売りつけるために、当時アヘンで大儲けをしたイギリスのジャーディーン・マセソン社の社員であった若きグラバーを長崎に出張させて薩長同盟をたくらみ倒幕運動をけしかけ、幕府にも薩長にも武器弾薬を売りつけて大儲けをしました。そのグラバーの使いっ走りが坂本龍馬です。グラバーは坂本龍馬に日本初の商社である「亀山社中」をつくらせ、アヘン戦争で使い損ねた武器弾薬や戦艦を横流しする役目を負わされました。またグラバーは倒幕後の政府の要人になる人物(長州ファイブなど)を片っ端からイギリスへ留学させ、そこで彼らを徹底的に洗脳し、西洋の思う通りの明治政府を作らせるようにします。彼らは日清戦争をけしかけ、ふたたび中国を食いものにするためにアヘン漬けにしていきます。またグラバーは倒幕後に、今のキリンビールのもとになる会社や、岩崎弥太郎氏といっしょに三菱をたちあげ、日本財閥の基礎をつくりあげます。その後の日本が参加する戦争のたびに大儲けをしていくことになります。坂本龍馬は今でも人気のある日本の英雄だと思っている人が多いですが、あれは司馬遼太郎の小説上のフィクションであって、実際はグラバーの体のいい使いっ走りだったのです。そしてそのことに気がつき始めた龍馬は、いとも簡単に暗殺されますよね。

    ちょっと余談が長くなってしまいましたが(笑)、明治維新というのは日本の新しい時代の幕開けではなく、日本が西洋列強から植民地支配を受ける大きなきっかけとなった出来事だったということです。それが今は自民党の最大派閥である清和会にまでしっかりと繋がっていて、その清和会は統一教会と創価学会を牛耳っているわけですが、その清和会を直接操っているのが相変わらずアメリカのCIAなわけで、そのCIAを操っているのがアメリカ政府ではなく、グラバーの親会社でもあるイギリスの大富豪の一族です。ここで長い話がつながってきますね(笑)。安倍首相のおじいちゃんである岸信介は正式なCIAのエージェントとしての記録もあります。児玉日本の歴代首相が今でも薩長出身ばかりと言う理由がわかりますよね。創価学会はこうした日本の植民地支配のツールとしてしっかりと組み込まれているんですね。

    かといって、私たちが楯突ける相手ではないこともあきらかです。ガザ地区で子どもたちが無差別に殺され続けていても、私たちは国としてイスラエルを指示する立場なのです。アメリカがイスラエルを支持している以上、日本もガザ地区の虐殺を見て見ぬ振りをしなければなりません。他の地域紛争や戦争においても、私たちはアメリカと同じ立場をとるしかないわけだし、今度はアメリカから「あそこに行け」と言われれば自衛隊は行かざるを得なくなりました。憲法9条は日本の平和の最後の砦でしたが、すでに骨抜きにされてしまいました。その一連の流れに創価学会員が利用されたのです。何も知らない学会員は公明党を応援することで、世界の支配者の奴隷にさせられていることを知ってもいいのではないかと思います。でも学会員さんはそんなこと考えもしませんよね。学会員さんは自分たちはいいことをしていると信じきっていますからね。そして何より功徳がもらえて二重にラッキー!って。

    こんなことを書くと、すぐに「陰謀論者」と決めつけて知ったかぶりをするネット住民がいますが、彼らは陰謀論として話をそらされていることに気がつかない人たちです。それこそ根も葉もない自慢話や批判をしたがる人たちのたわごとでしかありません。

  4. 「功徳がある」「願いが叶う」というのは子どもの頃から言われ続けて、私もそれこそが力のある証拠だと思っていました。

    「願いが叶わないなら<気休め>や<迷信>であり、拝む意味がない」
    「正しい宗教とは、本当に願いが叶う力があるのだ。そういうものなのだ」
    「宗教の概念を根本から変えなさい!」
    と口酸っぱく言われました。

    またそのために信仰することを、浅ましいとか、よくないなんてふうには誰も言わなかった。
    「本来、宗教とはそういうものなんです」
    「皆は勉強してないから知らないだけなんです」
    「びっくりでしょ。これは断じて教えていかなければならない」
    「だからこそ、悩める人を救えるんですよ!」
    と繰り返し聞かされました。

    こうやって「そうなんだ」と信じこんだ概念を、今度また
    「宗教とはそんなもんじゃない」
    「ラッキーを祈ることが全てなんて浅ましい」
    「そんな執着から離れるのが本来の仏教だ」
    と考え直すわけですよね。

    正直、この自分の概念をくつがえすことは大変かもしれません。
    最初の教わったことの方が衝撃的で、とても気に入ってるものかもしれません。
    でも、考えてみることも悪くないですよ。

    また驚きと最発見と、新しく気に入ることが出てくるかもしれませんよ。
    私は概念を変えることって、違った景色が見えて好きですけどね。

  5. はじめまして、現在フリーランスで
    WEB制作をしている、ひまわり太陽ともうします。

    自分と創価の関係は、
    以前入会を拒否したことで敵とみなされてしまい、
    それから嫌がらせなど多く受けるように成りました。

    簡単な自己紹介ということで
    以上が自分についてです(^^)短くてすみません。

    創価信者の目を覚まさせるには、
    宗教ビジネスであることを認知させるのが
    大変効果的です。

    ■宗教ビジネスは儲かる100万人が1人1万円寄付したら100億円。
    幹部は信者から吸い取ったカネで、ソコから寄付
    ■願いが叶う宗教なら周りを見ると答えがある。
    9割以上願いが叶ってなかったら宗教ビジネス。
    ■とにかく敵を作って内部批判から目をそらす

    上記2点を気づかせるだけでも、
    効果があります。

    創価の批判というより、
    こういう宗教ビジネスがあるんだけど
    っていう体で話す方が聞き入れてくれると思います。

    仕組みを知ってしまう事で、
    「願いが叶う!」
    「財務をしよう!」
    と、信者の集まりで聞く度に
    “これは宗教ビジネスだ” 気づかせるフックになるからです。

    ダマサれていることに
    大変効果がありますので、
    是非ともお試しください。

  6. モニカさん、その通りですよね
    >私は概念を変えることって、違った景色が見えて好きですけどね。

    その昔、大聖人が生きていた時代は太陽が東から昇り西に沈むと
    文字通りに信じていました、いわゆる天動説の時代ですね。

    自分の立っている地球(これも丸いとは気づかない時代)の周りを天体が動いていると信じて疑わなかった時代の教えなんですよ、宗教なんて。
    宗教の全てを否定している訳じゃありませんが、御本尊には特別な力が有るとか、コピー本尊には魔が宿るとかどうでも良いことにこだわり過ぎます。しかも功徳や福運を個人の願望(欲望)達成とすり替えて弱いものに売り付ける宗教なんて言語道断と気付きましょうよ。

    その天動説の名残でしょうか、いまでも日蓮仏法が世界の中心でその周りを宇宙が回っていると信じて疑わない信者さんが多勢いると私は勝手に思っています。
    そのような信者さんに創価の問題を指摘しても天動説を信ずる者に地動説を説くような難しさがあります。

    しかし概念を変えて物事を見つめ直すことが出来れば景色は変わります
    なーんだそうか、そうだったのかとコロンブスの卵じゃ無いけどほんの些細なキッカケで出来なかった事が出来るようになるのですよね。
    それが概念を変えるということじゃないでしょうか。
    いい加減に概念を変えてネギまで背負ったカモから卒業しましょうよ。

  7. 天動説は創価学会の状況をよく現していますよね…
    一つの考え方で、人生を渡っていくのは単純明快でやりやすい
    とは思うのですが、いかんせん世界はより複雑化しています。

    批判を叫ぶのは簡単でエネルギッシュに自己満足が得られやすい、
    しかし考えを構築して新しいものへつなげていくことは
    見た目にはわかりづらく、しんどいけれど意味のあることです。

    日本は自国の言葉で高等教育を受けられる恵まれた国だそうです。
    韓国やベトナムは漢字を使っていた偉大な祖先の書物を読むことが
    できない、英語に堪能でないとビジネスの場へも進出できず、中国や
    他のアジアの国々もそのような状況だそうです…環境をまだ十分に
    設定することが教育の上でもできていない。
    SGIでは言語的な面からも躍進は難しいものと考えられます、
    日本における創価学会の立場から先行きは不安なものでしょう。

  8. Akiraさん、ありがとうございます。

    私も宗教のすべてを否定しているわけではありませんが、創価の場合、信じてる部分が特殊なんですよね。
    日蓮の曼荼羅のみに摩訶不思議な力があるとか、他宗のお札を持つと災いがあるとか。まさにカルトです。

    仏教とは本来、この世のことわりを鋭く説いているものなんでしょう。
    難解な用語で溢れていますが「日頃の行いが自分を成す」とか「感謝することで人は救われる」とか、暮らしに役立つ知恵になるかと思いますよ。
    だからこそ、日常の道徳やことわざなどにも溶け込んでるんでしょう。
    専門のお坊さんが居て、冠婚葬祭に取り入れてくれるんでしょう。 

    それ以上、何が必要?と思いますね。
    なんでそこに、お金と時間と労働をあらんかぎり捧げる「学会活動」が入ってくるんでしょう?
    宗派同士の論争が必須なんでしょう?
    明らかに仏教を利用しているだけの、関わってるものそのものは商売にすぎませんよね。
    自分たちは信仰しているつもりでも、やってることは買い物、ビジネス商法の勧誘ということに気づかねばなりません。

  9. シニフィエさん、みなさま。
    「新聞啓蒙 辛い」で検索し、こちらのサイトに出会いました、かすみ草と申します。
    学会二世、婦人部役職ありです。

    私も幼いときから、功徳と罰を教え込まれてきました。

    選挙も、自分の殻を破るために!と他人様のご迷惑も省みずやってまし
    た、若いころ。

    二十歳代の青春真っ只中を、どっかの家に集まって、名簿にかけまくる電話作戦やったりして、F100だの何だのと、熱くなって。
    あの時の私は何が欲しかったんでしょう?目標達成したら、何か自分のステージが上がる、キラキラした自分になれる!みたいな願望でしょうか?
    大事な友人たちを踏み台にして、何を言ってるんでしょうね。。。

    でも覚醒してから、本当にその友人たちに申し訳なく、1人の友人に「あのときはごめんね。若気の至りで選挙頼んだりして。嫌な気持ちさせたよね」って謝りました。

    彼女は、「確かに正直、今までの付き合いは票のためか、って思ったけど、かすみ草ちゃんの中にある本来の良さを見てあげよう、って思ってたよ」っていってくれたんです。

    本当に頭が下がりました。
    「選挙で、仏種を植える」、「公明に入れることで縁させてあげる」とか上から目線、施しのようにやってたことが、全くの逆!友人たちのほうが、何枚も上手・大人でした。

    そんな友人ばかりてなく、バリ活さんからの度重なるお誘い、啓蒙をかわすことに疲れ、鬱になってしまった友人もいました。

    友人を犠牲にしてまで、得たい功徳ってなんなんでしょう?

    私は覚醒する前は、セミナーなどに友人をうまく誘えない自分を「ダメな自分、勇気のない自分」だと責めてました。
    今、活動家さんで悩んでる方も、そういう悩み多いと思います。

    でも、他人に迷惑をかけない、という当たり前のことを自分はできていたんだと思います。
    よくぞ踏み留まった、自分!という感じです。

    これからも、毎日拝見し、自分の視野を広げて行きたいです。
    どうぞ宜しくお願いします。

  10. かすみ草さん初めまして

    でも、他人に迷惑をかけない、という当たり前のことを自分はできていたんだと思います。よくぞ踏み留まった、自分!という感じです

    この言葉は新聞啓蒙,折伏、個人指導できない人に大いなる勇気を与える言葉だと思います
    新聞啓蒙や折伏、選挙でお願いできなくて悩んでいる人、そうなんですよあなたは、他人様に迷惑をかけない当たり前のことができている常識人なんですよ悩むことなど微塵もありません、むしろバリ活の学会員より胸を張れる常識を持った社会人自信を持ちましょう
    そしてフェイドアウトしていきましょう
    功徳なんて言葉に騙されたらあきまへん。そんなもんありまへんよ

  11. かすみ草さん、はじめまして。

    創価でいう「勇気」って「恥を忍べ」ってことですよね。
    正しいことをするには勇気がいる???
    なんで?
    おかしいと思う、心の奥底ではノーと言っている、自分の本心、尊厳を無視することをやるから勇気なんてものが要るんです。

    「悩みを解決しかったら、お金と友人と失い、恥をかきなさい」
    一言で言うとその取引をしてるんですよね。

    タダでは誰も何も提供してくれませんよ。(タダ働きをしてるのは逆に会員です)
    無償の労働、巷では高額で取引されるF取り名簿も、活動家は惜しみなく差し出してます。

    問題はそれで悩みが本当に解決するかですけど、解決しないなんて言おうもんなら、愚痴だの感謝が足りないなど総攻撃されます。
    状況って常に変化しますから、何か好転したり、ますます悪くなったりすると、一切を功徳だの意味があると言われますから、当人何でも「信心のお蔭」と思います。

    離れるとすべてがよく見えますよね。

  12. 活動家の方が、おかしいと思っても素直に心を吐露しない、何とかして思いを打ち消そうとするのは(これは幹部に多いのですが)、負けず嫌いだからです。
    「魔に負ける」ということが、何よりも屈辱らしいのです。
    極端にいうと、例え願いが叶わなくても、事態が好転しなくても、くたくたになるほど忙しくても「魔に負けてない方を取る」勢いです。

    「私は脱落してない」
    それがもはや何より自慢で、快感になってるんです。
    意味がわかりません。
    何のために信仰したのでしょう。
    幸せになるためでは?
    幸せって、幸せになれなくても我慢して文句を言わないこと?

    もっと肩の力を抜きましょうよ。

  13. マウンテンブックと申します
    思い出したことを書かせてください。

    創価は本当に一貫性がないですよね

    私はアラフォー世代ですが
    約30年前タイムカプセルが流行った時
    ”2001年5月3日をめざしての決意”を書かされました。
    当日に掘り起そうといわれ提出しましたが、
    いざ近づくと、どこぞの建物の下に永久保存することになったそうです
    (本当にあるのかどうか?はたまた建物の基礎として埋められたのか)

    1991年より創価大学で第九演奏会を大々的にやっていましたが
    9回目か10回目を最後にいつのまにか無くなった。
    (奏者のレベル向上なくしては見るほうもつらい。
    今年は九州で第九のイベントをやるそうですが、他人の自己満足に
    付き合わされることほど不快なものはない。
    ベートーヴェンを利用しないでもらいたいものです)

    創価大学で滝山祭と呼ばれる寮生の祭りも第24回(1994年)を最後に無くなった。
    (寮出身の壮年部幹部は滝山祭に対する思い入れが強いはず
    噂では男子寮内での下ネタを一般公開の場でやって
    父母から顰蹙をかったからとか。
    創価大出身22・23・24期の今現在の方面青年部長級ならなにかしら知っているでしょう。)

    池田氏は避暑地として毎年のように北海道に来てたが
    最後に来たのは1994年8月、それから20年来てない。
    (池田氏からレイプされたとする信平問題(96年初頭)を認める行為に
    みえるのは気のせい?
    いままでと変わらずに来てれば問題ないものを、ばったりと来なくなるから)

    牧口氏・戸田氏が青春時代を過ごした北海道は
    もうどうでもいいんでしょうね。

    そういえば
    2001年9月13日に北海道に来る予定でしたね
    (9月上旬に本部幹部会済だったので北海道総会名目だったかな)
    せっかく準備してお迎えしようとしてたのに残念でした。

    ”9・11の件で池田先生の英知を求めて世界各国の偉い人が幾人も訪問しており
    戦争を避けるという池田先生にしか出来ない戦いをするため
    北海道に行けなくなった”とのことでした
    (本当に訪問されていたのかわからない。
    もしかして9・11の事件が起こるのを知っていて
    北海道にいけなくなることも分かっていたとか!?
    そう考えてしまうほど不自然な来道・来札予定でした)

    やっぱり一貫性がないですね

  14. かすみ草さんはじめまして未活動婦人部 三千代と申します。

    新聞啓蒙や選挙活動って本当に辛いですよね。私は活動してる頃は大嫌いでした。活動家の皆さんのように嬉々としてやることはなかったです。もう本当に辛くて辛くて・・・なんでこんな事で悩まなければいけないんだろう・・・?っていつもその時期思っていました。
    友人にも言いにくいし、迷惑かけるし、報告は気が重いし・・・。怒られるし・・・。

    幸せになるためにやってる活動がどんどん自分を追い込んでいく・・・電話をかけたくなくて不眠症になったりしたこともありました。
    「功徳があるのよ!勝利よ!宿命転換よ!」と上はやいのやいの叱咤激励してきます。
    でも創価学会の会員でなければこんな嫌な悩みなんて皆無なんですよね~。

    かすみ草さんは気がついて本当に良かったですね。私の友人のバリ活婦人部はまだ気がつかず、がんがんやってますよ。

    もう私は活動しなくなってストレスがすごく減って清々してます。
    これからも他人に迷惑をかけない生き方をしていきましょうよ!お互いに。
    それが本来の人間の姿なんですから!

  15. かすみ草さん はじめまして

    新聞啓蒙 辛い で検索されてきたんですね。

    私も信じていた時から、新聞も折伏も選挙もダイキライでした。

    こんな迷惑で嫌な活動をさせる創価学会に、自分の大事な友人や姉妹をこの入れるわけにいかないとも思っていました。

    覚醒する前から、心のどこかでずっと創価の活動に違和感を持っていましたが、その感情を信心の弱さだと思い込まされてきたんですよね。

    活動家といわれる人でも、こんなバカバカしい事は嫌々やっている人がほとんどだと思います。
    でも、「こんなことやりたくない」と言い出せないし、言い出す人もいません。
    そう言えないのが創価の組織だからですね。

    「進まざるは退転」といって考える事を停止させてしまう。
    本当に便利な言葉が沢山創価の中にはありますね。

    今、大きな会合や活動者会で、最後に話す幹部の話は・・・・

    〇昨年から毎年任用試験があるようになったので、対象者である人を名簿を総ざらいして1人ももれなく受けさせていこう!

    〇小学生の未来部を、この夏休みに学園へ見学に連れていき、いかに創価学会と池田センセイが素晴らしい事か話していこう!

    〇創価学会100周年の時に創価の柱になるのは、今の未来部である!
    創価学会が未来まで盤石であるためには、今の未来部が大事である!

    この言葉、私には「未来部を総力あげてMCせよ!創価の人材になるように純粋培養せよ」と言っているように聞こえゾっとしました。

  16. レモンさん、創価の今の動きを教えていただきありがとうございます。もう、子どもと年寄りしか騙せないと判断したんでしょうか(笑)
    皆さんのコメントのおかげで、私もずいぶん頭と心の整理がついてきた気がします。
    創価学会は子どもだろうがなんだろうが、お構いなしに洗脳してお金をまきあげる極悪集団だということがよくわかりますよね。創価学会のどこをとっても、およそ信仰とは関係のないことばかりなのに、こうも見事に騙されてしまうんですよね。洗脳されて信じて疑わない大人はしょうがないとしても、子どもたちがこれ以上犠牲にならないようにしなければなりません。それはこんな社会を作ってしまった私たち大人の責任だと思います。創価は、会員がどんなに不幸になっても、なに一つ責任はとりません。活動中に事故にあっても、選挙違反でつかまっても、絶対創価の名前を出すなと言います。何があってもみんな自己責任、自分の信心が足りないからだということにされてしまいます。また、会員もそう思ってしまうから怖いですよね。子どもたちに、信教の自由が守られる社会をつくるのは、私たち大人の責任だと改めて思いました。創価学会は日本で保障されている基本的人権さえ侵害していることを、学会員さんは自覚すべきではないでしょうか。

  17. ちょっとでもおかしいと思った活動家の皆さん、とにかく子どもへの洗脳は辞めて下さい。
    私はバリ活だった時でさえ、子どもの洗脳だけはしませんでした。
    親子といえど価値観は別なのです。
    判断がつかない時代に、自分の価値観は押し付けないで下さい。
    そんなものは、自分で選ぶべきです。
    自分の意思で選んだものじゃないことは、必ず嫌になる日が来るんです。

    創価に限らず、私はそういう人をいっぱい見てきました。
    子どもは強制が嫌いですよ。自由にさせてくれる親が大好きです。
    長い目で見ると絶対そうなんです。
    子どもの時素直な子は、大人になってからその倍反抗しますよ。
    人生を人のせいにしますよ。
    こんな不幸はありません。

  18. 創価学会の設立は1930年11月18日
    現在は2014年、もちろん近年であっても創価に入信される方もおられるとは思いますがごく一部でしょう、ほとんどの末端会員さんは2世か3世ではないのでしょうか?

    いわゆる1世の方は他者に薦められて入信されたこととは思いますが、そこには自分の「意思」が存在していました、この信心で幸せになるんだ!という決意みたいなものですね。

    しかし、2世、3世の方はどうなのでしょう?
    本人の意思や決意などあろうはずがありません、自動的に創価の枠の中に取り込まれてしまっているのです。

    例えば、私たち日本人は日本語で会話をします
    考えるまでもありません、この地で生まれ両親や周りの人たちも全て日本語ですから当然日本語で会話をします、私はなんで英語じゃなくて日本語で話すんだろうなんて考える人はいませんよね。

    これは宗教にも言えると思います、狂信的な創価の家庭に生まれればそこで育つ子供は日本語を覚えるのと同じようにに自動的に創価の思想をなんの不思議も無く受け入れてしまいます。

    前に例えた天動説じゃないけど環境がそうならば子供はそのまま信じて疑いませんよね
    間違っているなんて思う余地もないのです。

    これは一見後継者を育てるという意味ではさも有効で当たり前のようにも思えますが重大な落とし穴があるのです。

    子供たちは創価の環境ですくすくと育ちますが、創価を選んだ「意思や決意」はどこにもありません、これは重要なことです。

    入信の意思が無い子供を後継者とした創価学会は致命的な間違いをしてしまったことに気がついているでしょうが今更どうしようもないのです。
    当時は新聞や書籍等でしか情報を得られなかったので情報統制は安易に出来ていたからそれでも良かったのでしょう、今は時代が変わってしまいリアルタイムで世界中の情報がどんどん入ってきます。

    人間はそんなに馬鹿じゃないのです、人に迷惑をかけてはいけない、そんなこと誰でもわかっていることなのです、いつかは創価の間違いに気がつきます。

    気がついて本人は悩みます、私は他の人と違うことをしている、人に迷惑をかけていると。

    しかし、天動説(くどい?)を信じているので簡単には地動説を信用することは出来ない
    それを信用すれば親子の縁を切らねばならぬ、地獄の底まで落ちねばならないと
    そういうことを知らぬ間に教え込まれていますから大変です。
    間違いに気づきながらも天動説を唱えていかねばならないという理不尽な状況を受け入れねばならず、みんな心の病気になっていきます。
    親が子供を病人にしてしまったのです、それが現在の2世3世の姿なのです。

    自分はこの信心で幸せになるんだ!という自分の意思と決意が無い人間ばかりになってきているのが現在の創価学会の現状なのです。
    2世3世の方は異論をとなえるでしょう、幸せになるのはこの信心だけなのだ、間違いない!そう言うと思います、しかしそれは思わさせられているだけなのです、多分なんの根拠も無く。

    創価学会の目的は子供たちを洗脳して会員数を維持する事なのです、昔はそういうやり方もあったのでしょうがこれからは、それは何の意味を持たないということに気づくべきです
    いまや、小学生でもスマートフォンを持つ時代なのです、閉鎖的なインチキ宗教やマルチまがいの悪徳ビジネスがいつまでも続く訳がありません。
     
    続いてもここ2,3年でしょう、すべての2世、3世学会員は覚醒しますよ。

    終焉の時はもうそこまで来ています。静かにやめるとか波風を立てずに創価を去るなんて言っている場合じゃないです、一刻も早く離脱することをお勧めします、他の方もどんどん追従しますよ、みなさん辞めるきっかけを探っている人達ばかりなのですからね。

    創価学会が無くなってから仕方なく辞めるのと自分の意思で辞めるのとでは雲泥の違いがあります、どうかご自身の意思でお辞めになることをお勧めします。

    最後まで残るのは自分の意思で入信されたお年寄りばかりになりますがそれはそれで良いと思います、自分で選んだ人生なのですから悔いは残らないはずです。

  19. 昔、座談会で功徳の体験を語る長年創価学会で活動されている婦人部がいました。。

    ある日、御本尊に熱心にお題目をあげていたところ家の中で火事の小火を起こしそうになった。。というものでした。
    御本尊があることに気づかせてくれた、功徳だと語っていました。。

    その方は家を売り渡しアパート暮らしになるし失明はされるし、はたで見ていても功徳を受けているとは思えませんでした。支部幹部までされた方です。。

    かと思うと、座談会で不登校で毎日家にいる子供が勤行をするようになったと功徳の体験発表をする婦人部もいました。。

    学会員の功徳、の概念がよく分かりません。。

    交通事故に遭っても、このくらいで済んで良かったと功徳の体験発表していたり。。

    よく分かりません。。

  20. モニカさんのような母親に育ててほしかったです。
    幼いころから価値観の押し付け、洗脳のおかげで反抗期らしい反抗期もなく大人になってしまったので。
    もし、バリ活の母親から受けた価値観の押し付けや洗脳が尾を引いてる方、罰とかは他の方が書いていらっしゃるのですが、親を裏切れないという方は、岡田 尊司さんの「母という病」を読んでみるといいかもしれません。
    心理カウンセラーの方が書かれた著書なのですが、母親から受けた影響が子どもにどのように表れていくかを柔らかい感じで書いてくださっています。
    最後の方には、母親との向き合い方などが書かれています。
    私は子どもの側からこの本を読みましたが、バリ活の婦人部さんにも読んでほしい内容でした。
    単行本だけでなく、新書サイズでも出版されました。

    功徳の話ではなく、本のおすすめですみません。

  21. 親が自分の価値観を子どもに伝えるのはわかるんです。
    例えば道徳や規範、自分の好きな趣味なんかも伝えたくなりますよね。

    だけど創価の教えは偏ってます。
    例えば「池田センセイはすばらしい」
    これは世間では通用しません。
    すばらしいと信じる人がいる反面、悪党だという人もいます。
    客観的な事実に基づいて教えるべきです。
    北朝鮮の将軍様はすばらしい、と一方的な情報だけを押し付けるのと同じです。

    自分は「ただ信じているだけ」でしょう?
    そこまで、反論も含めて徹底的に検証して、自信があるんでしょうか?
    子どもにものを教えるって、簡単に考えちゃいけませんよね。

    私も悩みながら子育てしてますが。

  22. 親であっても、いったん創価学会から離れた者に対しては、
    それが娘であったりしても、なんか容赦ないんですよね…
    自分で家庭を持ってみると、子供のこと、生活のこと、悩みが
    つきまとうじゃないですか。うっかり相談しようとしても、
    信心がすべて、と言ってろくに話もできないんですよね。

    こちらに寄せてもらって、不運なのは自分ばかりじゃないんだ、
    と励みつつ生活しているのですが…
    母娘であっても、弱みが見せられないのはきついですね。
    親子の間に割って入るようなやり方をする、宗教指導は
    許せないです、確信犯だと思います。

  23. ごめんなさい、こちらのブログがあまりにも笑激的すぎて
    とにかく突っ込みどころ満載です。

    http://hakodate7.exblog.jp/22131335/

    日顕撲滅の祈りの体験談

    今でもこういう思考回路・・・・あるんですね。

    ※ここは某巨大掲示板ではありませんが、あまりにも笑激的すぎて紹介させていただきました。コメントなど書き込まず暖かいまなざしで見守ってあげて下さい、絶対に対話など成立しませんから。

  24. 『池田先生直結』とは、自分と師匠の間に何も入れないことだ、と指導されたことがあります。
    例え親であっても、先生と自分の間に誰もいれちゃいけない、自分の信心が揺らいでしまうよ。との事でした。

    こんな話を真剣に聞いてた自分、バカみたいです( ´∀`)笑

    私は18歳で入信した1.5世(←親と同時期に入会した為)、入信歴1●年、未活歴3ヶ月の女子部です。

    週末に区女と地区Lさんに『近々脱会届出しちゃいます』宣言しました。
    来月に地区婦人部長とお会いして、私の統監カードを粉々にして頂くようにお願いするつもりです。

    比較的あっさり未活にはなれましたが、やはり脱会となると「静かに」とはいかなさそうです。
    噂を聞き付けた人達から続々とメールが来ています(苦笑)

    でも、このブロクを毎日読んで、「創価の世界が異常だ!やめたい!!」と思っている人は私だけじゃないんだと、自分を奮い起こしています(笑)

    信じたい人だけ信じればいい、宗教は強制するものじゃない。
    人は人、親は親、私は私!
    『なんかおかしいな~』と思ってることなんてもうやらない!\(^_^)/

    何人に囲まれても、そう言い切れる自信がつきました。
    シニフィエ様、皆さまに感謝します(/_;)

    バリ活の女子部の皆さまへ

    無理やり『素晴らしい』信仰を相手の反応も見ないで語りまくったって逆効果です。
    時間の無駄です。体力の無駄です。下手したら友達なくします。

    『ランチ行こう♪』と誘っておいて会館に連行して、入決カードに名前書かせて、後日座談会で涙目になりながら『対話が実りました~(ToT)』パチパチパチパチ…

    ってやっても功徳はないです。
    ものすごく狭い世界で脚光を浴びて勘違いしないでください。

    一歩下がって見てみて下さい。
    違った何かが見えてくるはずです。

    素敵な青春時代を無駄にしてほしくはありません。

    以上、アラサー女子部からのお願いでしたm(__)m

  25. 宝星さん
    我が家もそうですよ。。
    うっかり愚痴など言おうものなら。。
    「やっぱりお前、創価学会を辞めて損しているじゃないの」

    これですよ。。
    間違ってもマイナスなことを言おうものなら、あとでそれを餌に挙げ足取りです。
    母親の卑屈さにゲンナリです。。

    なのに、わたくしが感じている創価学会の事実を言おうものなら耳を塞いで半狂乱です。
    母親の愚かさ加減に心底がっかりするんです。

    もっと、冷静になって話せませんかね。。
    MCって親子の関係まで歪めますね。。

    最近、母親が創価学会に出逢ってなかったら、と考えます。
    若い頃、女学校の教師までしてサラリーマンの旦那のもと経済的にも安定した生活をしてきて。。
    創価学会により騙された、とは正に母のことなのかも。。

    母は、創価学会に入ってからというもの苦労のしっぱなしなんですよね。
    でも、本人はそうは思っていませんけれどね。。

    冷静に物事を考える、という思考力も失くしてしまいました。。

  26. うちの母は3人姉妹のうち、結婚してから友達を介して入信、
    年取ってくると姉妹頼れていいなと思うのですが、母一人だけ
    どうして創価学会をやっているのか、この頃不思議に思うのです。

    私は主人の転勤に伴い離れた土地に暮らしているので、
    普段の様子はよくわかりません。
    電話でこちらのことを話そうとすると、いま人がきたから、と
    一方的に切ってしまいます。(活動のお誘いがくるのか)
    メールでできるだけ詳しく具体的に文章に直して送信しても、
    ろくに読むことができないので、電話すると、やはり最後まで
    話が続かないのです。
    最近は、主人に様子を聞いてきてもらったりして、(完全な外部には
    一応感じよく応対できるらしい)こんなややこしい実家のある自分
    と結婚した主人にすまない気持ちです。

    流れ星さん
    ずっと気になっていたのですが、HNが似通ってしまいすみません。
    こちらの土地に来てからハマった趣味からしか思いつかず、
    考えなしにつけてしまいました、申し訳ありません。

  27. みなさん、いつもありがとうございます!お疲れ様です。

    最近、母の話題が出てますね。
    うちも、母の影響が大きいです。
    私は、イケダセンセイにお名前をつけてもらったことで、物心つくころから、イケダセンセイの素晴らしさを語られました。頂いたお菓子を家族で大事に分けあったり…。

    あと母は、家をキレイにしてる人をバカにしたりしてました。そんな時間があるなら、活動しろ!の論理です。
    それに、お正月に義理のお母さんを温泉に連れて行ってる婦人部の人のことを「くだらないことして」と言ったりしてました。そのお金を財務にしろ!ということでしょうか?

    私は、恐ろしくてその真意まで問い詰めることができませんでした。

    私が結婚するときも、主人がちゃんとした役職(もちろん、学会の)を持ってないことに、不満たらたらでした。考え直せないかと言われました。
    それは、さすがに押しきりました。
    子供が生まれると、名前は当然イケダセンセイにつけてもらうわよね、と言われました。当時は、活動してましたが、センセイに名付けをしてもらうのはどうしても抵抗がありました。

    産後、体も辛く、実家で世話になりながら、それをかわすのは大変でしたが、なんとか切り抜けました。

    子供が幼稚園にいくようになると、今度は創小受験…と要求は続きます。

    子供に何かあると(病気やけが)、私の信心に問題があるような言い方をされるので、もう何も相談してません。
    実家に帰ると、私がちゃんとセンセイのことを子供に教えてるか、子供にテストみたいなことします。写真をみせて、これ誰?みたいな、感じで。

    長い休みになると、子供を連れて実家に長く帰れる友人が羨ましいです。
    私は、返って疲れてしまうのです。

    親は一世ですから、しょうがないですね。人生そのものなんでしょうから。
    問題は二世です。私たちがいかに精神的に親から自立し、確固とした自分を築いていくか。
    これは、親にカミングアウトするかしないかに関わらず、「自分の人生、自分で決めていいんだ」ということだと思います。

  28. くだんの未だ活動家の方のブログを見ましたが、要するにトップの指導を本気にしてるんですよね。
    信じられないかもしれませんが、〇〇副会長など「信じてるふり」をして指導してるんですよ。
    彼は「仕事」をしているだけです。
    担当は「上手いこと言って会員を信じこませること」です。適役です。
    それでお金をもらって生活しています。
    部署はいろいろあって、適材適所、専門の仕事人がいるんですよ。

    日顕撲滅プロジェクトで働いてる人もいますよ。
    でも会員みたいに本気で打倒日顕なんて考えてませんし、まして憎いなんて思ってませんよ。
    法華経の敵?まさか(笑)
    商売の敵ですよ。
    破門された当時は、顧客が流れていくのを危惧して罵倒などしてみましたが、その心配がなくなった今は、内部の引き締めのために敵を作る作戦に利用しているだけです。

    信じられませんか?
    退転者の言うことだからですか?
    でも、「何も知らない外部」が言ってるのとは違いますよ。
    何十年も創価にいて、熱心に活動した人たちが一斉に。こんなにも多くの人が一度に声を上げるでしょうか?
    お金目的でも、功徳目的でもないのに。

    対話は確かに難しいかもしれませんが、憎かったら話しかけたりしません。
    あたたかく見守りますので、いつかこのブログに来て下さいね~(^_^)/~

  29. 創価は家族の絆さえおかしくしてしまう。そしてそのことに気がつかない。どんなに悲惨な家庭でも、この信心のおかげで、すべてがうまくいっているとしか思えなくなる。ちょっといいことがあったら、みんな信心のおかげだ、功徳だと大騒ぎする。どんなに不幸になっても、この程度で済んでよかったとしか思わない。組織としてはこれが功徳だとかは決して言わず、しかし幹部が会員さんに言う。組織は何の責任もとらない。しかし幹部の言うことを鵜呑みにして、どんない理不尽なことでも信じてしまう。「自分で考えると不幸になる」と繰り返し植え付けることで、完全に思考停止させてしまう。これはオウムのやりかたとまったく同じです。他の新興宗教も似たようなものです。というか、他の新興宗教は、創価のやり方を真似しているから似るのは当然ですね。

    私は二年半前に覚醒した時、すべての創価学会員がこの間違いに気づいて欲しいと思いました。しかし、今は気づかない人にいくら言っても無駄なのかなと思うようになりました。それが幸せになる唯一の道だと、完全に信じきって、そして幸せだと思い込んでいる人に対して、わざわざ言わなくてもいいのかなと思うようになってきました。それより完全に不可抗力で学会員にさせられてしまった人や、いやいや活動をさせられている人に、はやく今の創価の呪縛から抜け出して欲しいと思います。

    何度も言うように、日本は信教の自由が保障されています。創価を宗教と考えるなら、それを信じると言う人に対して「やめなさい」とは誰も言えません。しかし、もともとその宗教に入る意志がないのに入らされた二世三世の人や、やめたくてもやめられないで苦しんでいる人に対して、誰も引き止める権利はありません。

    学会二世三世のみなさん、そして、いろんな事情で創価をやめたくてもやめられない皆さん。創価学会はいつでもあなたの意思でやめることができるのです。日本は憲法でそれが保障されています。それを拒むような動きがあれば訴えることだって出来るのです。それだけ創価は人権侵害をしてきたのです。本当は「やめます」のひとことで済むことなんです。やめても罰なんかありません。宗教ではないのですから。詐欺ですから。詐欺から逃れて罰が当たったら大変です(笑)。

    二世三世の人が勇気を出してどんどんやめていったら、きっと残された人も気がつき始めると思います。まわりの学会員がみんなやめていくのを見て、なにか感じることがあるでしょう。何も言わなくていいと思います。言い訳なんか考えなくていいんですよ。「創価は間違いだと思うからやめました」これでいいんですよ。「自分がやめると家族が悲しむから」という人もいるでしょう。家族に対して、信じてもいない似非宗教を信じているふりをするのは、もっと悲しいことだと思います。

    毅然として自分の生き方を表明する。人に自分の生き方を押し付けるのではなく、あくまで自分の生き方について自分の考えを表明する。みんながそのことを粛々と貫き通せば、きっと家族なんだからわかってくれる日がくると思います。だって創価学会は風前の灯火です。まだまだお金は持っているし、政財界やマスコミも抑えてはいますが、創価に力がないとわかったら、一瞬にして敵に回る輩ばかりです。たぶん私が死ぬまでには(突然の事故や病気にならない限りは)創価は弱小カルトになっているでしょう。でもそれまで自分の人生を取り戻すことを先送りにしていいのでしょうか。誰のために先送りにするのでしょうか。私たちは、創価学会員として活動をし、組織として多くの人を創価に引き込み不幸にしてきたのですから、たとえ創価をやめたとしても、ゼロからではなくマイナスからのスタートです。それもかなりのマイナスです。

    二世三世は、親に対していい子であろうと無理して学会活動をしてきました。創価の外にすばらしい世界があることもうすうすわかっていながら、それでも創価が最高の世界なんだと自分に言い聞かせてきたと思います。厳しいことを言えば、被害者面をしても何も解決しないということです。どこまでいい子でいようとしていますか。「悪いことは悪い、だからやめる」でいいんじゃないでしょうか。間違っていることをわかって続けてはいけない。みんな不幸なままです。そうやっていい子でいたいがために自分の人生を無駄に終わらせていいんでしょうか。創価と闘うわけではありません。自分がやめればいいんです。みんながやめれば創価は滅びる。少なくとも創価によって不幸になる人間がいなくなる。一人ひとりが自分の人生の選択に自信と誇りをもってやめさえすれば、それだけで多くの人が不幸にならずに済むわけです。みんな同じように騙されて、そして何かのきっかけで騙されてきたことに気がついてやめた人が、こんなにたくさんいるんです。「創価だっていいところはある」なんて言ってる場合ではありません。そのいいところのために人生そのものを台無しにする意味があるでしょうか。創価の悪を許してしまえるほどの「いいところ」でしょうか。私は断じて「ない」と思います。

  30. >組織としてはこれが功徳だとかは決して言わず、しかし幹部が会員さんに言う。組織は何の責任もとらない。

    何度も言いますがこれが手口です。
    人は「騙そう」としている人は見破れます。
    でも心から信じて、心から誠意を持っている人に「騙されている」とは思いません。

    あなたの周りの人はウソをついてないし、誠意はホンモノです。それは否定してないんですよ。
    ここを見ぬかない限り覚醒は難しいです。

  31. モニカさんのいわれるように副会長クラスは、仕事として指導しているんでしょうね。

    先日書いた未来部への指導をした幹部(副会長)は、話の最後に「世界広宣流布といっても、遠い世界の事ではありません。まずは我が子への信心の継承をしっかりしなくてはなりません。自分の子供に信心の継承ができずして広宣流布なんてできるわけがありません!」と檄を飛ばしていました。

    こうして未来部だけでなく、未来部を持つ親に対してもMCをかけています。
    これによって「子供に信心の継承ができない自分はダメ親なんだ」という創価独特の考えを植え付けられて支配されてしまうんでしょうね。

    お子さんが自分の考えを持つようになり、せっかく決心して脱会届を本部に出しても、本部から組織に連絡がきます。

    親がバリ活の場合は、そのまま幽霊部員として統監上は留めておいてあるパターンも多いようです。
    おまけに脱会した子の名前で、親が子供の分として財務までやっているケースもあるようです。

    脱会届をだされた方で親がバリ活の場合は、組織に統監上でも残されていないか確認されたほうがいいと思います。

    ただ、バリ活親にとって脱会=戸籍抹消 ぐらいに受け止めてこの世の終わりぐらいの悲壮感を持つので、本当のことは言わないかもしれませんが・・・・。

    創価の活動家の人が言うことは、本当に創価思考でガチガチですね。
    主人と話していても、どんな事があっても創価の思考から離れる事ができないので、虚しくなります。

    ケロリさん、脱会宣言おめでとうございます!
    無事脱会できたら、今までの分まで青春を謳歌してくださいね。

  32. designerさん、せっかくコメントをいただきましたが、内容が創価学会の問題と関係がありませんので承認できません。ご理解ください。

  33. まあ勉強不足なのかもしれませんが、広宣流布は(広報宣伝でやっと変換
    できた)人に語ったところで一応つとめを果たせているような気がしますが、それ以上は創価学会の都合によるのではないでしょうか?

    功徳……つくづくピンとくる物が浮かばない、
    どう体験発表を切り抜けていたのだろうか。
    お金に恵まれる、良い成績をとる、何かラッキーなことがある…
    どれも人がそういう機会にあたっていたら、うらやましいというか
    よかったねというか…だんだん、ああそうですかという気分。

    年を経て思うのは、そういうことより
    素朴ながらも自分の時間を大切にできている人だったり、
    あああんなに大変なことがあったり、見た目にも大変だったりするのに、
    平然と自分の弱さを語り、見つめることができ、まず自分が受けとめる、
    そうした姿勢に逆にこちらがハッと我に帰る、自然と頭が下がる、
    そんな思いに恵まれた時、同じ時代を過ごす感謝を感じます。

    こちらに寄せられるコメントも、すごく思いが伝わるばかりです。
    みなさん感謝感謝です

  34. 宝星さんに言われるまで気がつきませんでした。。同じ”星”という字がつかわれているHNだったのですね。。なので、全然気にもしていませんので大丈夫ですよ。。
    。。というより、何故そのHNにしたのか理由があるのならお聞きしたいくらいです。。機会がありましたら話してくださいね。。

    わたくしは、創価学会の活動をしているときは目先の功徳とかに、あまり興味はなく。。広宣流布のために、って気持だけだったような気がしましたが。。

    ふり返ると、とんだ偽善者と言うか、欺瞞に満ちていた自分自身だったんだなと思います。
    だいいち、広宣流布、ってなんなんでしょうね。。?
    それとか、世界平和。。とか。。

    おなじ南無妙法蓮華経を唱える宗門とも和合できないで、いったい何を言っているのでしょうね。。
    ちょっとでも創価学会の悪口をいう人間とも理解し合えないで、なにが世界平和なのでしょうか。。?

    言うこととやっていることが大きく違ってる。。
    そんなまやかしの創価学会なんだ、って少し冷静に考えれば分かると想うのに。。
    MCって厄介ですね。。

    レモンさんの言われていること、恐ろしいですね。。
    脱会届を出しても統監が末梢されていないだなんて。。ひゃー!ですよ。
    親はバリ活でもなく、娘が脱会したことも組織に隠しているくらいなのですが、わかりませんよね~。。
    どうやって確かめたらいいのでしょうね~。。?

    。。といっても、我が家にはもう選挙の時期でも創価学会員が訪れるなんてことも一切なくなりましたし、新聞を頼まれることもないし、もし統監が残っていたとしても関係ないですけれどね。。
    でも、気分的に嫌だわ。。うん、嫌だ。。

    なんか、一度感染したら、いつまでも菌が消えていかないっていう感染症のようで気味が悪いです。。

  35. 活動家の方に静かに問いたいこと思います。

    かつて創価の悪口を言う人は
    「ネタを売って金儲けしたいから」
    だと習いました。
    そんな輩に負けない活動家は
    「功徳、宿命転換のために」
    信仰を貫くのだと習いました。

    では、アンチブログにコメントを書く人たちは、何が目的なんでしょうか?
    「お金」でも「功徳」でも「宿命転換」でもないですよね。
    じゃあ何ですか?

    やりたくないことでも
    「功徳のためなら、殻を破ってでも挑戦する」
    という人たちには、とうに忘れてしまったことかもしれませんね。

    功徳や福運など見返りがなくても、やらずにいられないことってあるんですよ。
    題目を上げて、無理やり勇気などふりしぼらなくても、ごくごく自然に出る言葉というものがあるのです。

    そういう言葉にウソやねつ造があると思いますか?

  36. 宝星さんに同感ですね

    流れ星さん、私たちは、キラキラするような純粋、純心な青春を広宣流布という夢を抱くようなものに向かってただひたすらに寝食を忘れて走り続けましたね。
    今、自分も歳を重ね考えてみるに、せんないことですがもし自分が創価でない青春時代を送っていたらと、悔やまれることがたびたびあります。

    いやたびたびでなく、死ぬまそう思うのでしょう

    後悔先に立たずとはこのこと、こんなでたらめな詐欺親父に一回きりの人生をかき乱されて悔しいことこの上ありません

    広宣流布って、世界平和ってただ会員をだますためだけの言葉だったのですね
    それにしても世界でこれだけ悲惨な戦争が起こってる時に、世界平和を叫んでおられたのに、お隠れになって平和外交に率先して赴くわけでもなし、どこで何してるの?

    いずこへ!!    チャリー〇 も怒ってると思う (>_<)

    冗談はさておいても、こんなご時世にこそ創価は世界平和の行動をおこすべきだろ、金儲けばかりせずに(まぁ今更無理なことはわかっているが)

    名誉や称号買いあさってる場合と違いまっせ

    とりとめのない 書き込みご容赦を! (^_-)

  37. 流れ星さん

    脱会届のこと
    同居している家族のバリ活度合にもよるのかもしれませんが、流れ星さんの場合はお母様と同居ではないようですし、脱会届は受理されていると思われますよ。

    私が先に書いたケースは、息子さんが親御さんに内緒で脱会届を本部に出して脱会手続きをしました。
    それを本部からの連絡で親御さんが知ることになり(ご夫妻で幹部)統監はどうしても残しておいてくれといって置いてあるようです。
    もちろん、息子さん本人は脱会済みだと思っています。

    そして財務の時期になると、このお子さんの分も財務を申し込んでいるんですよね。

    財務に関しては、成人した非活の子をもつバリ活の親は、子の分まで勝手に財務申込みをしている人がほとんどです。

    それもこれも財務をすることで、子に福運をという歪んだ創価思想と、上から財務の申込みは前年度より減を出してはいけないというお達しがあるからでしょうね。

  38. 非活になっても、勝手に財務されるとあらば本気で脱会するしかないですね。
    ※非活と脱会は大違いです。
    在籍していると、実はやりたい放題なんですよ。

    私の知ってる支部婦人部長。
    高校生と中学生の非活の子どものために、読みもしない未来ジャーナルをずっと取ってました。
    「見向きもしないんだけど、それが福となって身についていくのよ」

    脱会しない限り、あの手この手で結局人数分のお金を吸い取っていきます。
    形だけ入会、なんてのも御法度です。
    すっとぼけてるだけで、堂々と勝手にお金振り込めますからね。
    本人に意思確認など絶対しないシステムになってますから。

    面倒くさい、煩わしい。本気でやろうと思えばできなくもないけど…とのらりくらりしている方は、きっぱり脱会してください。
    非活と脱会は同じではないです!
    本当に心から脱会したいのにどうしてもできなくて、泣いてる人もいるんですよ。

  39. 今未活動になって思うと、福子で育つって不幸ですよね。
    創価の世界が中心というか、いつも頭の中にあるわけで・・・毎日唱題や勤行をしなければならず・・・さぼったら悪い事が起こるのではないかと脅えて暮らして。
    疲れて眠い日でもさぼることが出来ず・・・悩みがあっても親では無くお題目・・・。
    他の宗教は邪教だと言われてるのでお寺や神社にも行けず・・・親は活動で忙しい。
    そんな感じでに福子はず~っ育てられてきたんですよね・・・
    他の子と感覚が異なってくるのはあたりまえなんですね。
    前にも話が出てましたが、だから福子の子っていじめられっ子が多いのかもしれませんね。幼い頃は私も兄弟もいじめられっ子でしたし、同じクラスにいる数人の福子の子もいじめられっ子が多かったです。福子の子で明るくはきはきしててリーダー格の子なんてあまりいませんでした。親がバリバリで一人だけ目立ってる子がいましたがひどいいじめっ子でその子のせいで学校に来れなくなった子もいました。とにかく陰険な子でした。
    いじめもしない何の問題もない優しい子はみんな外部の子でした。

    そういう子が多いって事はやはり当然なのですが福子は性格が偏っちゃうような気がします。これが正しいとずっと親から教えられ、罰があたると脅かされ、自由な行動や柔軟な選択が出来ない人間になっちゃうからでしょうか・・・。
    本当にそんな子供が大人になっても外部の人間とうまくやっていけるのでしょうか。大人になっても相手が学会に入らないと結婚しないとかそういう考えになっちゃうのって不幸です。私もそうでしたので・・・。大人になって覚醒しても時は戻せないですもんね。

    モニカさんが仰るように子供に洗脳は本当にやめてほしいと私も思います。
    宗教に依存するのではなく、自由に自分の考えを出来る人間に育て自分の考えで行動することで立派な人間になるのだと思います。
    私も無宗教だったらなんのしがらみもなく育って性格も変わっていたのかなと思います。

  40. 非活白ゆり長のひかるです。
    創価学会の初代の人というのは、私も初代ですが、もともとアダルトチャイルド的な人が多いと感じて仕方ありません。
    アダルトチャイルドとは育てられ方でできてしまう心の空洞、生きづらさを抱えている人たちのことです。
    その空洞を埋めるために創価学会の信仰をしているから、(本人はそうとは思っていませんが)狂信になってしまうのでは。

    幹部も、とても人間革命した素晴らしい人というよりも、学会のためなら外部批判の暴言も信心深いにすり替え、指導も『毒のある親』さながらのきつい指導、バッサバッサとあなたはこうだから、ああだから、ダメダメの夫のどうしようもない行動まであなたのせいだから。
    幹部になれば共依存のやりたい放題、次から次へと人の問題に口を出し結果うまくいかなくてもあなたの信心が足りないからなのよ。
    うまくいけばあの人の指導のおかげで、感謝の心が大事です。

    アダルトチャイルドは、スケジュールが埋まってないと不安になったり、人からの評価がないと自分の存在価値を感じられない人だったりします。こんな人は学会幹部がぴったりです。

    そういう親が子育てをすれば、生きづらさを抱えてた子供が育ってしまう。二世もそんな偏った親を見ているから、あんな人間になりたくないからやらないか、または親さながらの狂信者。

    三千代さんの言う通り、学会員の子供は問題がある子が多い気がしました。私もそうしたくなくて信仰しているのに、子供はいじめられっ子でした。特に幹部の子供に悩まされました。

    自分が20年以上やっていて人間革命できた気がしませんでした。
    目標とする素晴らしい幹部も見つけられませんでした。

    逆にとんでもなく変な小者幹部の尻拭いとか、非常識な行動に文句を言えばこちらの心が狭いみたいに言われる。

    本当に創価世界、もう私はさようならします。
    いつとは決めてません。

    共依存傾向のアダルトチャイルドの私が居場所を失うのは怖いけど、このまま悪化して行って、すごく頑張ってた友人のように成仏の相とは思えない亡くなり方するよりましです。

  41. アダルトチャイルドについては、なるほどと思います。
    うちの実家の母は、終戦直前ろくに小学校もいけず、
    教科書を真っ黒に塗りつぶした世代です。
    そのまま大人になってしまって、家庭を持ち子育てをする
    間に、何か拠り所がほしく創価学会の世界に浸かってしまった。

    でも、同情してばかりもいられないんです……。
    私は創価学会を離れて二十余年、それなりに家庭をなんとか維持してきた、
    その経験をもとに信仰がすべてではないと、言い続けたいです。

  42. 他のブログで読んだのですが、学会員は一般の募金や寄付には全く無関心なのに、財務だけは破格にするとありました。
    確かに~!
    はい、世のため人のためなど興味ないからですよね。
    「福運を積む」は興味あるけど、徳を積む、善根を積む、などどうでもいいですからね。
    「功徳(自分に確実な見返り)があるものならやりたい」
    それしか考えていないんですよね。

    本当の信仰者なら、見返りなど求めず、無意識にでも人徳や善根を積む生き方をするんじゃないでしょうか。
    創価は信仰じゃない、という見方は広めてる側だけでなく、実践している側もそうです。
    マルチ商法の顧客と何ら変わらないのでは?

    たまに「財務は感謝です。それだけです」と言い張る人もいますが、感謝って創価だけにするものではないでしょう。
    財務もするけど、同じだけ他の募金や寄付もせずにいられない。
    名誉称号もいいけど、他の人道的な支援にも使ってほしい。
    信仰しているうちにそんな人間になった、というならその言葉、信じてもいいですけどね。

  43. モニカさん、そのとおりかもしれませんね。。
    非活や未活でいても、いいように創価学会に利用され続けているのかもしれませんね。。

    どこかでまた聞きしたのですが、創価学会の資産は中国の国立銀行の資産を超えているかも、と知りました。

    まさに、日本の国をいかようにでもできるだけのお金が、創価学会員おひとりおひとりの財務だったり新聞啓蒙だったり書籍の購入だったり民音の会費により莫大な資産となっているのかもしれませんが。。

    その創価学会と公明党のやっていることと言えば、この国を沈没させるかもしれないようなありさまですね。。

    わたくしも、あるとき母に。。黒柳徹子さんのユニセフの募金、とっとチャンネルに時々募金しているんだよ、と話したら。。
    母は、なんでそんなところに。。と半分あざけるような感じで言うのには、正直、驚きました。。

    それに比べ創価学会の財務諸々は、いったい何の役に立っているというのでしょう?

    日本含め世界にまで会館が立ち、その維持費にさらにお金がかかるという。。
    もうバブルの時代そのものが、いまだにまかり通っている世界。。あり得ない!
    負の連鎖。。

    創価学会の支持を受けた公明党により、わたくしたちの生活は、ほんとうに良くなったのでしょうか?昔よりも潤っていると言えるのでしょうか。。?

    創価学会員が奉仕した財務諸々のお金は、創価学会員の生活をほんとうに楽にさせているのでしょうか。。?

    いったい、創価学会に集まった莫大な資産は、何に使われているのでしょうか?
    それを知る権利は、創価学会員にはないのでしょうか。。?

    もし、創価学会に多少なりとも疑問に思うのなら、少しずつでいいのです。。

    聖教新聞の購読を一部にするとか、公明新聞は、もうやめるとか、民音もお断りするとか、毎回来るおびただしい数のパンフレットは、もう頼まないとか、年末の財務も、こっそりやめるとか。。。

    日蓮の御書にもあったかと思いますが。。
    間違ったところにお金を出すもんぢゃありません。。国が滅びます。。

    創価学会は、もう既に日蓮の教えからは遠く離れてしまっているのですよね。

    そんなところにお金を奉仕しても損するばかりで徳はないと思いますが、ご自身の実体験に照らし合わせて如何でしょうか。。?

    創価学会に次から次へとお金を奉仕して、何か得をしたことはありますか?
    生活は潤っていますか。。?

    ほんとうは。。大変な状況になっているのではありませんか。。?

    そんなあなたは、なんのためにお金を差し出すのでしょう。。?
    功徳、が。。欲しいから。。?

    それとも純粋に広宣流布のためと思っているから。。?

    功徳、ってなんでしょう。。?

    広宣流布、ってなんでしょう。。??

    あなたが差し出したお金は。。ロクな事には使われていおりません。。
    キッパリ。。

    あなたが財務に差し出すおつもりのお金で、家族そろって美味しいものを食べに行くとか家族旅行をするとか、孫のためになにかやってあげよう、とか。。。

    せめて、家族のために使われるほうが、どれだけ有意義かと思います。。

    家族の笑顔をみる幸せもあるか、と思います。。
    それが、あたりまえのお金の使い方かと思うのですが。。。

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