「ほんとうに創価は正しいのだろうか」

また長くなりそうなので(笑)、冗談も交えながら、できるだけわかりやすく話しますね。冗談の部分は軽くスルーしてください。でも事実関係にウソはありませんので、安心して読んでみてください。

皆さんご存知のように、鎌倉時代の日蓮さんは「自分の教えを日本の国教にしなければ滅ぶ。幕府は内部崩壊するうえに他国から責められ、他国の属国となってしまう」と幕府に忠告といいますか、とんでもない脅しをかけました。たまたま二度の元寇があり、さらに戦国時代へと突入するので、創価では日蓮さんの予言がさも当たったように言われていますが、元寇が嵐によって退陣を余儀なくされて、日本は秀吉によって統一されることまでは予言できなかったんですよね(笑)。べつに日蓮さんの「国家諌暁」を無視したから北条氏が滅んだわけではないと思うのですけどね。創価を信じていた頃は、御書講義の内容をまるごと信じていたので、こんな単純なこともわからなかったのですが、普通に考えてみれば、「我こそが末法万年にわたって人類を救う本当の仏なのだ」と豪語する自意識過剰なトンデモ坊さんが幕府にいいがかりをつけたというだけの話ではないでしょうか。で、結局それから750年経った今も、その末法ご本仏とやらは、少しも人々を幸せにはしていませんよね。

それにも増して、その日蓮さんをご本仏とする日蓮正宗から破門されているにもかかわらず、(日蓮系の宗派といっても、日蓮を本仏とする派と釈尊を本仏とする派があります)創価はいまだに日蓮正宗のご本尊のカラーコピーを「これが本物のご本尊様です」と言って会員に売って拝ませています。そのことに学会員さんがだれも疑問を持たないのも不思議といいますか(洗脳されているから不思議ではないんですが)、現役活動家さんはこのカラーコピーのご本尊に対してどう思っているのか聞いてみたいですね。大石寺に安置してある板曼荼羅、もちろん以前は学会員のご供養(お金)によって建てられた正本堂に安置されていて、数えきれないほどの学会員さんたちが参拝に来たわけで、それを今になって「じつはあれは偽物だったぴょ〜ん。本物は創価が売ってるカラーコピーだぴょ〜ん」って言ってるのを、何百万人もいるという学会員さんたちが、ひとつも疑ったりしないというのは、どういうことでしょうね。

前にも書いてきましたが、私は大学が芸術系で、その後の仕事も芸術に関わることが多かったので、いつも芸術と創価の教学の矛盾に疑問を感じていました。日蓮さんや創価が言うように他宗を否定すれば、人類の芸術文化のほとんどを否定しなければならなくなるわけです。仏教をはじめキリスト教やイスラム教などの制度宗教はもちろん、エスキモーやネイティブアメリカンやオーストラリアの民族文化まで、みんな間違った宗教によって人々は不幸になっているという理屈は、どう考えてもおかしくないか?ってずっと思っていました。このブログの表紙に載せているミケランジェロの「ピエタ」やガンダーラ仏も、創価に言わせれば「レベルの低い間違った思想を形にしたもの」という解釈になるわけです。で、私はその疑問に対してどうしたか。無視しました。なぜか考えないことにしました。怖いですね、恐ろしいですね。これが洗脳の最たる姿です。人類の芸術文化は素晴らしいと思う自分も偽れない。ただし、それを否定する創価も否定できない自分がいる。このままでは頭がおかしくなる。そこで私はなんと「考えないことにした」。文字通り「思考停止」です。これが創価学会員の頭の中です。都合の悪いことは考えないようにする。だからこのブログに来られた現役活動家さんに何を質問しても、最終的には「何を言っているのかわからない」というところにしか行き着かないのです。

創価では教学のことを「仏法哲学」などと言ったりします。こんな思考停止の教義のどこに哲学があるのでしょう。哲学とは、疑問からはじまります。この世界は何なのか。自分とは何か。どこから来てどこに行くのか。釈迦はとても現実主義的な哲学者でした。合理的にものごとを理解しようとしました。周りの悩める人に対して、いつのまにか自分で考え、自分で気づき、気分で解決する方法を見つけるように促しました。似非宗教にあるような超自然的な能力があったわけではありません。超能力とか予言とか占いとか、すべて否定しました。そしてものごとには必ず原因と結果があり、人々が苦しむのは欲に執着する心から離れられないという因によって苦しみという果をもたらすのだということに気がつきます。目の前に見えるものは、すべて縁に触れて一時的に現れているものであって、永遠なものなどこの世にひとつもないのだと。そもそも実体のないものをあるものだと勘違いして欲しがるから苦しむのであって、この世に実体はないと悟ることが苦しみから脱することであると、自分の執着に苦しむ人に諭します。これって子ども向けの絵本にだって載っていることですが、創価ではこのような仏教の基本の教えをまったく無視するどころか、会員さんを「功徳」に執着させることによってお金をまきあげることを続けてきました。創価学会に哲学などありません。あるのは金と欲だけです。欲をエサに金を釣る。人として最低の団体です。

さて、創価学会の目指す広宣流布がほんとうに実現したら、世界の芸術文化はどうなるのでしょう?現役学会員さん、どう思いますか?広宣流布達成の暁には、日本からお寺も教会も神社も消えてなくなりますか?茶道、華道は禅宗の思想が根底にあります。それも邪教のつくった低い文化でしょうか。では日蓮正宗から派生した文化がどれだけありますか?鎌倉時代から江戸時代まで、日本を支えてきた精神的支柱は武士道にあります。その武士道は禅宗と神道と儒教がもとになっています。それも否定しますか?つまり日蓮さんが「国家諌暁」までした邪宗の否定とは、日本だけではなく人類の精神文化をまるごと否定することになると思うのですが、そのあたりはどう考えていらっしゃるのか教えて欲しいです。創価の作り出した文化。久本雅美の劇団ですか?高橋ジョージのロードですか?おさるのお笑い芸ですか?

こんなことを言っても幹部はだれも答えようとはしません。「君のその疑う心が福運を消している」「ご本尊根本に、もっとお題目をあげていきなさい」といったいつもの言葉ではぐらかされるだけです。「いやいや、その根本とするご本尊が、あんなペラペラのカラーコピーであることに疑問を持たないことどう思うのかと訊いてるんです」「私には君が何を言っているのかわからない」それはそうでしょう、実際に答えようがないですからね。今まで本門の本尊である大御本尊が突然偽物となり、表装すらしていないカラーコピーが本物のご本尊だなんて誰が信じますか?でも何百万人と言う学会員さんは信じているんですよ。これを拝めば幸せになれると。

普通に考えれば、日蓮さんの言うこと以外はみんな間違いだという理屈はどう考えても通らないんです。すべては御書に書いてあるだなんて。じゃあ末法においては日蓮が魂を墨に染め流した曼荼羅ではなく、日蓮正宗第26世日寛上人が書いたものをパソコンで修正を加えたカラーコピーが本門の本尊であると御書に書いていますか?この根本的なところで創価の思想はすでに破綻していることに一般の学会員さんは気がつかないほど洗脳されているんですよね。言い換えれば「功徳がもらえるならイワシの頭でも信じます状態」になっているんですね。学会員さんにとって、功徳がもらえるんだったら拝むのがカラーコピーの紙切れだってかまわないんですよね。な〜んにも疑問に思わない。疑えば功徳がもらえないわけですからね。そりゃたいへんだ(笑)。信じるものは救われる…ですか。

「自分は功徳欲しさに信仰しているわけではない。池田先生が思い描く仏法を基調とした平和な世界を実現するために頑張っている」と主張する立派な方もいらっしゃるでしょう。でもその基調とする仏法の中身が本来の仏教とはかけ離れていることに少しも疑問をもたないのはどういうわけですか?なにがかけ離れているかって、功徳に執着するその心がすでに不幸の因を積んでいるという仏教の基本に逆らっていませんか?仏教の戒律とは、部派仏教つまり出家者がどうやって得度するかを説いた小乗の教えのなかにあるものであって、在家である一般庶民を対象にした大乗仏教ではそのような戒律を設定せずに、出家しなくても成仏できるというのが基本です。ですから日蓮さんが五重の相対で小乗を否定した時点で、信仰の中での戒律は無意味なものであると言ってるわけです。実際、今の日本の仏教では在家の信者さんに戒律を強制することはありえません。あるとすれば「人としてやってはいけない(八正道)と思うことを日常生活の中で習慣化してくださいね」といったことです。キリスト教やイスラム教のような具体的な禁止事項はないのです。ところが日蓮さんの教えは、キリスト教やイスラム教のように、あれはダメこれもダメ、そんなものを信じたら地獄行きだというように、まるきり一神教的な教義ですよね。べつに一神教が悪いと言っているのではありません。そのような日蓮さんの排他的で禁止事項ばかりの部分だけをとりあげて、都合よく創価の教学をつくりあげ、学会員さんに折伏や新聞啓蒙や選挙活動を強制しているわけです。役職があがるごとにその強制の度合いが大きくなり、ますます創価から離れられなくなります。いくら辛くても理不尽でも、家庭を顧みる暇がないほど活動に専念しなければならなくなり、家庭も本人の心も壊れていくのです。でもそれも自分の信心が足りないからだと自分を責めてしまう。原因が創価の組織自体にあることに気づかないように仕組まれています。

こうして見ると、創価が仏教の教義的に破綻しているのは明らかなのですが、それを感じさせない功徳と罰のトラップが、会員さんを思考停止にさせていることがはっきりわかりますね。 幹部は都合が悪いことがあると有無を言わさず唱題をさせます。この唱題こそが思考停止のリーサルウェポンなんですね。「ご本尊根本に、お題目根本に」が合い言葉です。お腹の底から声をはりあげて、同じことを繰り返す。同じリズムで繰り返していくうちに、トランス状態になります。ランナーズハイと同じように、脳内に快楽物質が分泌されます。おもいきり唱題したあとは、なんか知らないけどスッキリした気分になるのは、お題目に力があるとかなんとかではなく、単純に心身のメカニズムがそうなっているからです。スッキリしたのと同時に、それまでの疑問がどっかに吹っ飛んでいます(笑)。「やっぱりこの信心に間違いはない」と、わけのわからない確信のようなものがみなぎるのもそのためです。活動→辛い→疑問→指導→唱題→スッキリ→活動→辛い→疑問→指導→唱題→ このスパイラルの中で学会員さんはいつのまにか財務、折伏、新聞啓蒙、選挙活動を頑張るわけですね。学会員さんがこのスパイラルからはずれないように、幹部は功徳と罰で学会員さんの心を縛り上げているのです。

当然、結果など出るわけがありません。たまたまいいことがあったら「みんな信心のおかげ」となり、よくないことが起っても「本当はもっとひどい目に遭うところをこれくらいで済んだ」ひどいときには、家族を事故や病気で失くしても「これにはきっと意味がある。あなたの信心が試されているんだから、今こそご本尊根本に頑張る時なんだ」などととんでもないことを平気で言います。いや、言ってる幹部も本気でそう思っているから手に負えないわけです。そのための創価の教学です。どんな理不尽なことが起きても徹底体に疑わせないがための創価の教学です。だから仏教からかけ離れた排他的で選民主義の一神教的な日蓮の教えがピッタリなんですね。

さて、このブログでは、いろんなテーマを設定して、いろんな角度から創価学会の矛盾点を具体的な経験もとに展開してきました。創価の教義などの理論的なことを展開して矛盾を指摘するよりも、あくまで学会員としての経験にもとづいた創価の実態をあきらかにすることで、学会員さんにどうにか気がついてもらえればと思ってやってきたわけです。そしてこれまでかなりの数の体験に基づくコメントをいただきました。ここまで実態があきらかになれば、普通ならいいかげん創価が宗教ではなく会員からお金を巻き上げるためだけに存在する詐欺団体だということはわかりそうなものなのですが、そこがまたカルトのやっかいなところで、学会員さんは「ネットはデマばかり」とか「正法を妨げる魔の仕業だ」などと、またしても上から言われることを鵜呑みにして、自分で考えることを拒否してしまうが故に、こんな簡単なことさえ見えなくなっています。

結局、このブログで言いたいことは「あなたたちは創価に騙されているだけなんですよ、はやく気づいてくださいね」ということなんですが、そんなことに耳を傾けるだけでも不幸になると脅されていますからどうしようもないですね。 このブログでこの二年以上ものあいだ、創価が宗教ではないということ、学会員さんはお金と労働力を徹底的に搾り取られているということも含めて、脱会者や未活動の方たちとともに創価の矛盾をあげてきましたが、やはり最大の問題は、このあきらかな「騙しの構造」にいちばんの被害者である学会員さんが気づかないということだと思います。そしてさらに自分が加害者であり続けていることに気がついていないことです。「学会員さんが創価の実態に気がつくこと」これがこのブログの唯一の目的です。ほかに何の意図もありません。

このブログをやってもやらなくても、私自身は何の得も損もありません。ここにコメントされている方にとっても何の得も損もありません。間違いだとわかった時点でやめればいいわけです。それで一切創価との関わりを切ってしまえばいいわけです。このブログを読んで得なことと強いて言えば、自分の創価に対する疑問は間違っていなかったということが確認できることでしょうか。私も自分の考えをまとめるという意味では意義があったかもしれません。でもそれはなにもわざわざブログ運営というめんどくさいことをしなくてもいいわけです。創価の間違いに気づいた自分は、自分のこれからの人生について考え、生きていけばいいわけです。それはここにコメントをくださるたくさんの方にとっても同じです。気づいた方が、それぞれに創価と決別した新しい生き方を歩んでいけばいいわけです。でも私も他のみなさんも、こうして学会員のみなさんに声をかけ、対話を試みようとしているのはなぜなのかを考えてみて欲しいです。

通りすがりのまったく面識のない赤の他人であっても、目の前で家族もろともボコボコにされ、それでもうれし涙を流しながらお金を差し出している人が目の前にいたら、「あなた騙されてるんですよ、お金なんか出しちゃダメですよ」って言うのが人の情ってもんですよね。私もちょっと前まであなたと同じように騙されてました。ボコボコにされながらも喜んでお金を貢いでいました。なぜかそれが幸せだと思っていたんです。今のあなたとまったく同じでした。でも今は本当のことに気がついたんです。あなたも冷静になって、はやく気がついてくださいね。せめてあなたの子どもには、あなたと同じ人生を強要しないでくださいね。自分で自分の人生をつかみとっていくチャンスを与えてくださいね」って言ってるだけなんです。私やここにコメントされるみなさんは魔ではありません(笑)。あなたたちと同じ創価の被害者であり加害者でもあるのです。

いきなりこんなことを言っても信じられないかもしれません。それもよくわかります。ではせめて加害者であることはやめませんか。あなたが創価を信じることは自由です。考えてみてくださいとは言っても、やめろとは言いません。ただ、自分の子どもに自分の価値観を押し付けて、世の中の無数にある価値観をすべて蔑むような人間に育てる権利は親と言えどもないはずです。私はそうやって育てられて、53歳になって、やっと自分の価値観が間違っていたことに気づきました。そのときのショックが想像できますか。自分で学んで考えて決めた価値観ならまだしも、生まれた時から「これだけが正しい唯一の信仰であって、必ず幸せになれる。他はみんな間違っている、必ず不幸になる」と教えられてきた人生に対して、創価が責任をとってくれますか?あなたの価値観で育てた子どもの人生に責任をとれますか?

先日、私は母親の住む実家に行ってきました。一生を創価に捧げた母も、すでに認知症が進み、実の子どもの私にさえ「誰でしたかね?」と訊いてきます。母がわかるのは普段世話をしている姉ひとりだけです。一緒に住んでいる孫のことも「ただ一緒に住んでいる知らない人」でしかありません。創価の話などしても無駄です。目の前にある大きな仏壇が何なのかさえわかりません。もうじき母はすべてを忘れてこの世を去るのだと思います。いったい母の一生は何だったのだろうと思います。若いときに結婚して、先に入信した夫を支えようと入信決意をし、懸命に子育てをしながら、家は地域の拠点となり、家庭訪問に飛び回り、ありったけのお金を財務に貢ぎ、何も残すことなく、何もかも忘れて人生を終える。両親がの入信当時は、まだ草創期だったので、支部といっても拠点は自宅から150kmもの遠いところにありました。ですから当然地域の拠点が自宅になったわけで、地域に会館ができたのは、入信から10年後のことでした。あの頃から、両親はまわりからボロクソに言われながらも組織を拡大し、多くの人を励ましながら地域の中心者となっていきました。そんななかで私が生まれ「福子」と言われてはうらやましがられました。「きっと前世で信心をしていた人の生まれかわりよ」とか「もうすでに前世で罪障消滅して福運だけを抱えて生まれてきた」などとチヤホヤされたものです。今考えればバカバカしいにもほどがあります。ほんとうに愚かな人生を歩まされてしまいました。ただ、両親には悪気など微塵もないことは百も承知しています。親の愛であればこそ、子どもに幸せになって欲しいとの願いで、この信心をさせたのだということもよくわかります。悪気がないことがわかるからこそ、よけいに悔しいのです。まさに「目の前で家族もろともボコボコにされ、それでもうれし涙を流しながらお金を差し出している人」でした。

創価学会を正しいと信じている皆さん、創価学会には私の両親のように、何も知らずに一生を捧げ、子どもにも一生を捧げさせ、なにも知らないままで死んでいった学会員さんによって成り立っています。きっとあなたもその中のひとりになるはずです。このまま多くの学会員さんと同じように、何も知らないまま死にますか?一度だけ「ほんとうに創価は正しいのだろうか」と自分で考えることをしてみませんか?

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「ほんとうに創価は正しいのだろうか」」への80件のフィードバック

  1. 創価は正しい。
    これは活動家の人皆が言っていますが、正確には「正しい」ではなく「正しいと信じている」んですよね。
    数学や物理学の答えのように正式に認定されてるものではなく、あくまでも一宗教の話。
    あなたが「そう信じている、思いこんでる」に過ぎない話です。

    それを、この世の多くの人が知らない絶対的な法則を知っていると言わんばかりに錯覚していませんか?(私がそうでした)
    正しい、ではなくて「正しいと信じている」だけ。

    まずはそこからシンプルに考えてみてください。

  2. 会員は「正しいと信じている 」ということも前提にシニフィエさんのおっしゃる通り学会の教義によって脅されてもいるんですよね。錯覚というか洗脳ですよね。前にも題材になった功徳という便利な言葉によって。信じれば福運がある、折伏すれば幸せになる、お題目をあげれば悩みも解決、新聞啓蒙すれば、学会活動第一にすれば功徳がある。財務をたくさんすればお金持ちになる。と言われて。でも辞めれば地獄に落ちるって、、、。今ではこんな馬鹿らしい話で騙される人も少ないと思いますが
    ネットの無いみんな貧しい戦後の日本の時代にさぞ騙される方は多かったのでしょうと思います。さぞやりやすかったでしょう。
    私も母もそんな時代に騙された一人できっと死ぬまで信じ切ってると思います。
    母は趣味がありません。年金も微々たるもので生活費はカツカツです。足りない分は私が仕送りしています。外部の義理の母は存分に年金があって趣味や旅行に楽しんでいるのに母に残ってるのは学会活動だけが生きがいなのです。功徳はいつ来るのでしょうか?
    もっともっと人生を楽しんでもらいたかったです。でも会員にそういうご老人がすごく多いんでしょうね。本当に悔しいですね

  3. 入会間も無く非活になったaiです。久しぶりにコメントさせていただきます。
    何が正しいのかは、私にもよくわかりません。そもそも宗教に『正しい』と定義をつける事自体疑問です。信仰は正しいから保つものでは無いと思います。

    ただ、『これが唯一正しい教えで、他は全て間違っている』という考えはいかがなものか、と思います。

    創価学会のHPにこんな記述があります。

    『仏の滅後の悪世に、正法を弘通する実践の在り方を示したのが、不軽品第二十に説かれる不軽菩薩の実践です。
    〜中略〜
    「我れは深く汝等を敬い、敢て軽慢せず。所以は何ん、汝等は皆な菩薩の道を行じて、当に作仏することを得べし(私は深くあなたたちを敬い、決して軽んじない。なぜかといえば、あなたたちは皆菩薩の道を行じて成仏することができるからである)」
    ここには、万人の生命には仏性が内在しているゆえに、ありとあらゆる人の生命を敬うという法華経の思想が端的に示されています。
    〜中略〜
    一人ひとりが「自他の仏性」を信じ、「人を敬う」行動を続ける以外にありません。「人を敬う」という、人間としての最高の振る舞いを説き、万人が同じ実践を貫くように教えたのが仏教です。』

    『人には全て仏性があるのだから皆尊いのだ』というのが法華経であり、創価学会の実践する仏法なら、
    日顕さんを罵倒し、呪いの題目を送り続けるのは、およそ仏法とはかけはなれた行為だと思いませんか?

    例えば自分の子供が誰かを嫌いだからといって『呪ってやる〜!』って言ってたら注意しませんか?
    でも学会員の人は、打倒日顕はおかしいと思っている人がいたとしても、他の学会員に注意しませんよね。
    大の大人が『赤信号、皆で渡れば怖くない』
    でいいのですか?

  4. 創価の組織を、人間味のある暖かい組織という会員が多くいます。
    でも、それは違うと思いますね

    タダ働きしてくれる労働者は重宝されますが、年を重ね活動にも出られなくなり、財務もできなくなり、1票にもならなくなり創価の利用価値が無くなった人達には、手の平を返したように幹部は一切関わらなくなります。

    厄介もの、足手まとい扱いで、地区に丸投げです。

    そのような方達から電話があれば訪問し話相手になり、最期の際には葬場まで何人もの人のお見送りをしてきました。
    一緒に活動しお世話になった先輩方でしたが、生活弱者と呼ばれるような方達もいました。

    まだ覚醒前でしたが「折伏や新聞啓蒙の時にはチヤホヤしていているのに、いざとなったら組織って本当に冷たいんだなぁ・・・」と常々疑問に思っていました。

    表向きの「人間主義溢れる暖かい組織」とは嘘です。
    上にいけばいくほど自分の手を汚さずに厄介で面倒なことを押し付ける組織です。

    組織にとって利用できない人は、イラナイんです。
    それが創価学会です。
    そんな組織が正しいわけありません。

  5. レモンさん、そうですよね。私の母は、戸田会長時代からの幹部でしたが、認知症になってからは幹部は寄り付きもしません。役に立たなくなったら見捨てる。それが創価学会の本性だと思います。父は元気な時に自宅で突然倒れて、その場で亡くなりました。母は会合に出かけていて、結局誰にも看取られずに、ひとりで亡くなりました。信心ひと筋に50年頑張り通した両親の姿です。草創期から一緒に頑張っていた幹部も、みなさん癌で苦しんで亡くなりました。それでも周りの幹部たちは、生涯信心を貫いたのだから、きっと成仏したと言い張ります。あの悲惨な最期にもかかわらずです。すべては現証として現れると言っていたのは誰でしたっけ。

  6. >『これが唯一正しい教えで、他は全て間違っている』という考えはいかがなものか、と思います

    そうですよね。
    これは創価の使った手口です。
    「この信仰は良い」だけではそんなに人は集まらない。
    それで既存の宗教の考え方をくつがえす、このキャッチコピーを使ったんです。

    「宗教には正邪があり、正しいものは一つである。
    それは宇宙を貫くこの世の法則であり、科学が発達するほどに、この妙法という法則が明らかになっていくだろう」
    戦後の学問も整わない時代に、こんな戯言を真に受けた人はロマンを感じたでしょうね。
    あれからウン十年…綾小路きみまろではないけど(笑)、言った本人は、そんなこと言いましたっけ?となかったことにし、今の世代は「はあ?意味わかんない」と誰も相手にしない。
    今でも真に受けてる僅かなお年寄りだけが、頑なになってるだけでしょう。

    もう充分騙しました。
    国家予算分のお金も集まりました。
    それでもまだまだ集金しようと、小学生の洗脳も止めません。
    どこまで強欲で底知れない組織なんでしょう!
    いい加減、気づきましょうよ。

  7. 初めまして、高校三年のゴンゾウと申します。今、創価学園に通ってます。
    しかし、あんまり学会に対してガチ勢ではありません。信仰はしてます。自分は、昔から考える事が好きで、親もそんなに強制的ではなくて自分の意思で生きてきました。自分は、子供なのでまだ学会の組織については分かりません。しかし、自分自身で創価の思想を学ぶうえで共感する事はあります。どうこれからの組織を変えていくかそれを発見できるように頑張りたいと思います。

  8. どうしてもお金の流れがひっかかりますね……
    もう既に巨額な流れができていて、収拾がつかなくなっているように
    考えられます…少しずつ堰き止めていくしかないのでは、
    それには一人一人がよく考えて、納得できるか吟味するしか
    ありません、これは群れていては先に進みません。

  9. 創価の言う謗法が人生に影響していない、父の話です。

    私の父は、一応入信したけれど、猛烈アンチで、お題目など1度も唱えたことなかったです。
    酒乱で暴れることがあり、その際に、本尊を2回ほどビリビリに破っています。グシャグシャに丸めたこともあります。
    創価脳な母は「お父さんに、いつか恐ろしい現証がでる。見ていてごらん」と、言っていました。

    そんな父は十数年前に、70歳で他界しました。
    晩年、母と別れ一人暮らしでしたが、病気ひとつなく、経済的に困ることもなく、好きな植物を育てながらのんびり暮らしていました。
    人との交流こそ少なかったですが、それは父が、酒癖が悪い、人を大切にしない、人に迷惑かけても気にしないので、みなに嫌われてしまうというもの(苦笑)。

    ある時、毎日あった電話がないことで気になった妹が遥々(遠方に住んでいる)訪ねたところ、父は風邪をひいていました。
    父は風邪が治るまで近くの兄宅に身を寄せることになりました。
    賑やかな兄家族に囲まれて、毎日楽しそうだったと、義姉に聞きました。
    毎朝、仕事に出かける義姉を、玄関までわざわざ行き(リビングは2階)、照れながら、お見送りしていたそうです。
    (この義姉と父は長年確執があったのですが、この時に和解にしたようです。)
    そんな幸せな日々を過ごし10日。風邪が悪化して肺炎で入院。その翌日に急逝。あっけない最期でした。

    私は、父が悲惨な最期になると、ことあるごとに母や伯母(創価盲信)から聞いていたので、
    義姉から父の最期の様子を、兄宅で毎日幸せそうだったと聞いた時、心の底から安堵しました。
    父は、生前人相が悪かったのですが、嘘みたいに、きれいな優しい顔をしていました。

    母に「お父さん、いろいろ護られてよかったね」と言うと、母は、なんと父の幸運な最期に納得がいかない様子。
    そのうち「孤独死だったら遺族が責められていた。孤独死にならなかったのは、私たちが護られたのだ」などと言い出していました。。
    残念すぎる母…書いていて辛いです。。

    本尊を何度も不敬して、創価学会の悪口、センセーの悪口、妻子に暴力・暴言(法華経の行者を虐めた)を数十年。
    これだけ謗法をしていて、とうとう罰らしい罰が見当たらない父。

    煙草・お酒を毎日好きなだけ飲んでいたのに、病気にならず、闘病で苦しむことなど1度もなかった。最期も長患いしなかった。
    まったくいい父親ではなかったのに、子どもたちは優しく(兄と妹は笑)、子どもからそれなりに大事にされた。

    しかし、盲信創価身内たちは皆、父のそんな強運ぶりはスルーし、
    「晩年は、人が寄りつかず、孤独で淋しい地獄の境涯」と、言います。

    寂しさはあったでしょうが、地獄って…。
    地獄の罰がないと、創価の言うことが嘘になってしまいますからね~。つい「地獄」をつけ足してしまうのでしょう。笑
    父の孤独は父の性格によるものです!

    この話を書くと、私の身内に私がバレテしまうので(読めばの話)、躊躇いましたが、
    反創価が原因で不幸にならない!!という一つの事実ですので、仏罰の恐怖の為に、離れたくても離れられない人に聞いてほしいなぁと思い書きました。

  10. ゴンゾウさん、はじめまして。コメントありがとうございます。
    高校生のゴンゾウさんは、これから創価の組織を変えていく方法を模索されているんですね。どうか思い切り自分の気の済むまで頑張ってください。そのきらきらとした青春の情熱を、創価学会変革に注ぎ込んでください。そして、頑張ったあげくに、創価がどうにもならないとわかったとき、このブログに書いてあったことが本当だったとわかると思います。

    おそらく今のゴンゾウさんに創価が宗教ではないなどと言っても理解できないでしょう。残念ですが、こればっかりは自分で気がつくしかないですからね。ただ、傷が浅いうちに気づいたほうが、とりかえしがつくとは思います。ここには創価の実体に気がつかずに、青春時代を棒に振ってしまった方の切実な声がたくさん寄せられています。私のように50歳過ぎてからやっと気がついても、人生を取り戻すことはできません。私にはあなたと同じ年の息子がいます。その息子を創価に入れなくて本当に良かったと心の底から思っています。また私の父に対して、どうして生まれた時から自分を創価に染めてしまったんだと悔やみもします。

    はっきり言いうと、世間で学ぶことに比べれば、創価で学んだことなど何一つありません。それほど創価はくだらないんです。ゴンゾウさんは創価以外の世界を知らないし、まだ高校生ですから、世間というものをほとんど知らない。だから創価のうわべだけのきれいごとを真に受けているだけなんです…と言ってもわからないと思いますから、やはり気の済むまで頑張ってください。そして自分で創価が宗教なのか、他の新興宗教と同じようなただの詐欺団体なのかの判断をしてください。

    ここにはあなたの大先輩もたくさんいらっしゃいます。創価学園がどんなところだったのか、そして卒業して社会に出たときに、学園で学んだことがどういうことだったのかといった声を真摯に聞けるなら、まだ望みはあるかもしれません。ゴンゾウさんが創価を批判する声を生理的にシャットアウトするようであれば、望みは薄いかもしれません。もし創価の掲げる仏法哲学を学ぶ意欲があるのであれば、同時に一般の哲学も学んでください。宗教についても学んでください。創価の仏法は、ほんとうに偏っていて偏狭です。創価が教える他の宗教も哲学もまったく歪んだものです。これまでこのブログにも長々と書いてきましたが、創価の視野では宗教も哲学も本当の理解は不可能です。足りないというのではなく、間違っています。どこがどう間違いなのかは、他の宗教や哲学を知らなければわかりません。
    幸いなことに、私は子どもの頃から芸術関係に興味があったし、当然宗教や哲学も学ばないわけにはいきませんでしたから、創価の仏法哲学がいかにおかしなものであるかがわかっていました。わかっていましたが、このページにも書いたように、それ以上考えることをやめてしまいました。まさに洗脳です。目の前のあきらかな矛盾に目を閉じ、蓋をしてきました。だから、ほんとうに創価が間違いだと気がついたときに、それまで抱いていた創価の矛盾は本当だったのだと確信しました。でもそれに気がついたのは50歳を過ぎたときでした。それまでの自分の人生観を自分で否定しなければならないことの辛さと悔しさと絶望感は、高校生のゴンゾウさんには到底わからないでしょう。
    ゴンゾウさんが、このブログにコメントしたことの心境はわかりませんが、創価の言うことを鵜呑みにすることなく、広く世界を見つめてください。広い視野で信仰も哲学も身につけてください。そして創価がこれから改革に値する組織なのかどうか、自分の力で判断してください。

  11. マコさん、貴重なお話ありがとうございます。
    創価学会は、創価以外をみんな敵に回して、会員さんに戦闘意識を煽って、何が何でも闘い続けさせますよね。だからこそ日蓮さんの排他的で好戦的な思想がぴったりなんですよね。

    威風堂々の歌という学会歌がありましたね。「濁悪のこの世行く学会の行く手を阻むは何やつなるぞ」って、今でもスラスラと歌詞が出てくる自分が情けないですが(笑)、こんな軍歌と同じ歌を扇子をふりながら大合唱していたんですから、いま思い返しても何と言う人生だったんだと思います。まさに価値観を180度変えられた終戦直後の日本人と同じです。「鬼畜米英、欲しがりません勝つまでは!」創価の婦人部は、今も大日本帝国の勝利を信じて、割烹着と竹槍でB29爆撃機と応戦しようとする戦時中のお母さんといっしょです。創価はまったく軍国主義です。ファシズムです。ただ良い悪いは別にして、ファシズムには思想がありました。創価には思想はありません。ただただ会員からいかにしてお金を吸い上げるか。そのための教学であり、洗脳のための手練手管です。ファシズム以下ですね。

    会員から集めた莫大なお金は、ただためこんでいるのではありません。統一教会と同じで、朝鮮半島に渡っているという話も、近いうちにあきらかになるでしょう。自民党の最大派閥である清和会が統一教会とあからさまに仲良しだということは有名ですが、創価とて同じ穴の狢です。創価が集めた使い道を明らかにしないでいいお金を、権力者が黙って見ているわけがありませんよね。まあ、このへんのことを言い始めると、陰謀論で言いくるめられている人たちが騒ぎ出すのでやめますが、学会員さんたちが功徳欲しさに貢いでいるお金は、とんでもない非人道的なことに使われているということだけは間違いないです。それはたとえ創価が崩壊しても、おそらくあきらかになりはしません。創価の崩壊はそれだけには留まりませんからね。

  12. この「創価はほんとうに正しいのだろうか」というテーマは、あえて「 」で囲みました。つまり、この疑問を持てるか持てないかの違いは大きいという意味です。ほんの少しでもこの素朴な疑問を自分自身に問いかけることができれば、そこから覚醒の道が開けると思います。逆にこの素朴な疑問を会員に持たせないがための活動であり幹部の指導であることがよくわかりますよね。この疑問に対して幹部は決して答えない。というか答えきれない。答えを持っていません。この疑問が発せられたときに幹部のすることは、この疑問を打ち消すことです。だから人によってはパニックになって顔を真っ赤にして怒りだします。間違いを指摘されて、どうしようもなく怒ってごまかすというあれです。そして「あなたは信心が足りない」「お題目をあげなさい」「そんなことを考えると福運を消す。罰が当たる。功徳がもらえない」となります。うそだと思ったら、幹部に訊いてみてください。「創価学会はほんとうに正しいんですか?」って。きちんと創価の正しさを答えられる幹部はまずいないでしょう。せいぜい創価のホームページに書いてあるようなことしか言いません。質問した人の気持ちを思いやるような言葉は出ないだろうし、なぜそんな質問をするようになったのかを、きちんと聞いてくれる幹部はいないでしょう。必死に冷静を装いながら、疑うと恐ろしいことが起るぞと脅してきます。創価の組織なんて所詮そんなものです。活動が辛いとも言えない。相手が迷惑がっている家庭訪問をいやでもやらなくちゃいけない。嫌われるとわかっていて投票を頼まなきゃいけない。ないお金をむりやり出さなくちゃいけない。それでも文句なんか言えない。そんな人たちの集まりのどこに幸せがあるでしょう。座談会ではみんなニコニコしてはいますが、本音で話せるような場所ではない。みんなで「辛いけど仕方ないよね、頑張ろうね」と傷口をなめ合うことしかできない。会員さんは組織にとっては決して文句を言わずに黙って働く金の成る木なんです。だから「創価はほんとうに正しいのだろうか」という疑問を抱かせなければ、死ぬまでお金を出す奴隷なんですね。学会員さんはお互いに縛り合って痛めつけ合っていることに気がつかないでいる。「創価はほんとうに正しいのだろうか」と思えさえすれば、そこから真実が見えてくるんですけどね。

  13. signifieさんコメントありがとうございます。
    自分は、普通の創価の盲信している人達とは違うと思ってます。自分は、親からそんなに強制的に学会教育をうけたわけではなく中学入ったくらいから疑問は持ち続けて来ました。勤行とか唱題も全然やってなくて学会の印象としてはいい人達の集まりみたいな感じでした。組織はどうしようもないのですか… けど、言われたとおりやってみます。そうしないとわかんないですもんね!そのために、ネットで創価の批判をしてくださる方の意見を見てかんがえているのです。ですので、心境としては、とても学びたい!!と言った感じです。他の哲学が大事なのはもちろん分かってはいるつもりです。その一つとしての活動がこのサイトを見ることですから。
    創価学会の幹部の方にも、人の事を思いやって本気になってくれる人はいます。まぁ、自分が学会活動に参加していないからも知れませんが。
    創価学会は、宗教ではないという事ですが、おっしゃるとおりよくわかりません。
    とても興味があり知っておきたいです。何度目かになるのかも知れませんが詳しく教えて欲しいです。ちなみに、自分は、学会と信仰は切り離して考えています。信仰が正しいから学会が正しいわけではないということです。
    あなたのような人と対話できて嬉しいです。本当にありがとうございます!

  14. 学会員のみなさん、今毎日死者が出る悲惨な戦争が起きています人として心が痛まない人はいないでしょう
    お願いします、戦争ほど悲惨なものはない と仰った名誉会長にぜひお出ましいただいて学会の正義を世界に知らしめてくださいとお願いしてください
    心からお願いします
    聞くところによりますとお元気とのこと、こんな時にこそぜひ何百といただいている称号に恥じない行動をと、お願いしてください
    罪もない多くの人が毎日爆撃で亡くなられています、毎日胸が締め付けられる思いです

    庶民の味方、庶民の王者様、今こそ正義の証を示されてはいかがでしょうか

    心ある会員のみなさん是非先生にお出ましのお願いをしてください

    世界平和を唱えながら紛争の一つでもやめさせたことあるの?

    口だけで何も出来ないのなら世界平和なんて掲げるのはやめよう
    子供でも言える。

    先生、いずこえ~ 心配しております今こそぜひお出ましを!!m(_ _)m

  15. 非活になりきれてない、かすみ草です。

    「創価は、ほんとうに正しいのか」この疑問を最初に感じたときは、こんなこと考えちゃいけない、と一生懸命自分の考えを打ち消すことに必死でした。

    そして、もやもやしながら偽善者として10年近くのときが過ぎ、このサイトに出会い、いいんだ、自分で考えていいんだ!考えよう、今まで自分がやってきたことは何だったのか、辛いけど、考えよう!って思っています。

    幸い、今は友好期間で、活動もないので、流されることなく考えることができます。

    私のような中途半端な立場なりの心の揺れを吐露してもいいでしょうか。
    今の私は、親や未来部、創価教育で、叩きこまれたイケダセンセイへの気持ちは完全に薄れています。
    子供に創価の思想を植え付けることにも、断固反対です。

    先日聖教新聞をちらっと見ていて、声の欄にこういう投稿がのっていました。広島の主婦の方、息子が東京で一人暮らし、どうしてるか心配している毎日だったが、先日の青年大会に息子が演技者として参加し、息子が「こんなに皆が自己を見つめ、お互いに励ましあう世界はない」と感動を話してくれました。息子を成長させてくれた組織の皆さんに感謝します、みたいな内容でした。

    同じ母として、ちょっと感動しちゃったんです。
    青年大会 …ああいう非日常的な熱狂的イベントで、若者たちを組織の活動に引っ張り込む、という思惑は気に入りませんが、一人の青年がそのイベントを契機に自己を見つめ、自分の課題に挑戦するなら、そのイベントも意義があるのかな?と思ったのです。

    すみません、なんかうまく言えませんが 、学会がもし、理不尽な活動に会員を煽動することなく、1人1人が自分の課題に挑戦することだけを励ましていく組織になるなら、存在意義があるのかな?と思うのですが、いかがでしょうか?

  16. シニフィエさんお母様のことは本当に無念でしたね
    心よりお悔やみ申し上げます

    いつもわかりやすい渾身のコメント多くの方の共感を呼んでいると思いますこれからもよろしくお願いします

  17. 今、創価はほんとうに正しいのか、を真剣に考え始めて、自分の人格にポッカリと大きな穴が空いてしまっています。

    学会員として、「いい人」で生きてきました。選挙の票目当てに、いい人として友人に近づき、決して本音はぶちまけず。
    近年、選挙のお願いなどしなくなっても、いい人でいたいという欲望だけはありました。

    どんな自分が、自分なのか、わからなくなってます。

    外部の方で、毎日を丁寧に、大切に過ごしてるかたがいます 。このサイトに来られてる方も、自分らしく生きてらっしゃいますね。

    私も、下心まるだしのいい人ではなく、本当に自分らしく生きていきたいと思っています。

  18. はじめまして。活動家をやめて、約10年になります。
    二十歳で入会し、20年ほどがんばりましたが、バカらしくなり、活動をやめました。勤行も唱題もしません。普通の生活をしてます。MCが解けるきっかけとなったのは、ニールドナルドウォルシュの(神との対話)という本です。今でも、何度も読み返して、自分にとってのバイブルになっています。自分の立場としては、このまま在籍して、創価学会という とんでもない詐欺集団がどのように崩壊するのかを、間近で確認したいと思います。聖教新聞も取ってますが、毎日 池田大作の金で買った勲章が、幾つまで増えるのか、楽しみにしてます。廃人に対して 勲章を贈る国や団体も、あほの見本ですね。本部も このまま センセイを元気なことにして、いつまで金集めを続けるのか興味深いですね。何年後かに 聖教新聞で、実は センセイは一年前に亡くなってましたが、それを公開するタイミングを逃してしまって 遅くなりました。ごめんなさい。とでも 書くのですかね。これからも おじゃまします。テーマからそれて また 時間帯も不規則ですが、お許し下さい。signifieさん 応援してます。

  19. かすみ草さん、私も文化祭なるものに参加したことがあります。その時は先生のために!とかみんなで一つのことをやり遂げる事に素晴らしさを感じましたが・・・今思うとまやかしでした。
    それは例えば部活だったり趣味の活動の発表会でも同じなのではないでしょうか?うちの子供達は未入会ですが習い事をしていてみんなその大会では励まし合い、自己を見つめて取り組んでいましたよ。十年以上続けていましたが本人達は本当にやってて良かったと言っていました。そんな場は学会ではなくてもいっくらでもあります。

    学会は文化祭や青年大会などで一致団結させ、この宗教は素晴らしいこんな場は他にない!今考えるとそういう風に思わせるのも手口だと私は思っています。そんな若者達をそのような手口で活動させるなんてもってのほかだと思います。
    だって青年大会や文化祭だけで感動!良かった!素晴らしいかった!で終わりませんよね?その後、こんな素晴らしい組織の為に身を粉にして活動せよ!先生の為に選挙活動せよ!財務せよ!とかとかおまけがついてくるんですから怖いです。部活や習い事ならそんなおまけはありませんよ。

    私はもう学会の何をみても感動することはありません。すっかり目が覚めちゃいましたので・・・

  20. おはようございます。かすみ草さんはじめまして。
    入会してすぐこのサイトに出会い、非活になったaiと申します。
    学会員としてはまだペーペーの私ですが、少しだけ思うところを話させてください。

    先日、例の東京創価青年大会をみてきました。感想は、、ただ怖かったです。
    耳の鼓膜が破けそうなほどの大音量のなか、3色旗を振り回して入場し、熱狂的に歌やダンスをする人達、、、。ステージの中央で
    『センセ〜イ、センセ〜イ!』と赤い旗を振り回す男性、、、。
    それを見て私の隣の席の人は涙を流していました(笑)
    参加者は常にハイテンションで私は見ているだけなのに生気を吸い取られたかのようにぐったりでした。
    そして終盤に差し掛かると本当にタイミング良くセンセイからの伝言が届き、また参加者は涙、涙、、。

    青年大会の間いちばん良く出てきた単語は
    『平和』
    です。
    『戦争ほど残酷な〜、、』例のアレも流れました(笑)
    私は心の中で、
    『その平和をあんた達が応援している公明党は壊したじゃねぇか!』
    と叫んでいました。あ〜本当にマイクを持って叫びたかった!
    何で誰もその矛盾に気づかないんだろうと思いました。
    完全にアウェーな自分でした。
    あ、演技自体は素晴らしかったですよ、それだけの練習をしていますから。

    〉一人の青年がそのイベントを契機に自己を見つめ、自分の課題に挑戦するなら、そのイベントも意義があるのかな?と思ったのです。
    →自己を見つめる時間なんか無いと思います。だってひたすら練習、練習ですから。平日も休日も練習があり自分の時間なんかとれません。
    私はその青年がどれだけの時間を犠牲にしてきたのかと思うと可哀想です。家族との時間、友人や恋人との時間、趣味の時間、全て犠牲にして練習したんでしょう。
    残された家族や恋人は、、、本当に淋しいですよ。いて欲しい時にいないんですから。学会が大事にしている『対話』の時間さえ無いんですから。

    〉学会がもし、理不尽な活動に会員を煽動することなく、1人1人が自分の課題に挑戦することだけを励ましていく組織になるなら、存在意義があるのかな?と思うのですが、いかがでしょうか?
    →学会員じゃなくても悩める人を励ます事は出来るのではないかな、と思います。少なくとも、『祈ろうよ!』とか『お題目おくるね!』というよりは、その人に合った現実的なアドバイスをした方が私だったら嬉しいですけどね。

    創価学会じゃなきゃ絶対出来ない事って何かありますか?

    世界平和を祈る事も、願いを叶える事も、友人を励ます事も学会員じゃなくても出来ると思います。
    私も願いを叶えてきましたよ(笑)
    そして微々たるものですが、平和カンパもしています。沢山の外部の友人に励まされています。
    もしあれば、教えてくださいね。
    長くなってしまってすみません。
    内情も知らない新入会の一会員の意見でした。

  21. かすみ草さん

    揺れ動いて当然だと思います。
    私も短い期間にいろんなことを考えて、改めたり、発見したり、様々変化がありました。
    同じ思考回路で固まったロボットになるのはもう無理ですね。

    末端の活動家は心からの誠意で動いているので、末端同士の励ましは偽善ではないですよね。
    課題に挑戦して励まし合うこと自体は、よいことだと思います。
    やることもなく、ふらふらと遊んでるより母親としては有難い一面もあるのはわかります。

    問題はその目的です。
    そうやって各々の課題を乗り越えて
    「センセイにお応えできる自分に成長しよう」
    「周囲に信頼を勝ち取って創価理解を深めよう」
    一切が、創価の発展のため。
    発展に貢献できる人材(駒)にするために、仕組まれてることなんですよね。
    誰もタダで、貴重な青年を鍛え成長なんてさせてくれません。黒い下心があるんです。
    そんなお人よしの組織ではありませんよ。

  22. ゴンゾウさん

    >とても興味があり知っておきたいです。何度目かになるのかも知れませんが詳しく教えて欲しいです。

    それは自分の力で調べ学ぶことです。自分の力で学んだ上での結論であれば、それで創価に確信を持とうと、間違いに気づこうと、それでいいと思います。ただ学園生という環境では極端に学びづらいでしょうね。ゴンゾウさんにはまだまだいくらでも時間があります。いろんなことを自分の力で学んでいって下さい。

  23. 三千代さん、aiさん、モニカさん、コメントありがとうございます。

    今の私が、青年大会の会場にいたら、きっとドン引きするだろうな、って思います。
    「センセーイ、センセ~イ」ですか?その場に都内各区から小学生の合唱団員も参加していたというから、ちょっと恐ろしいです。

    やはり腹黒い下心、ありますよね…。自分が求めれば、自分を向上させる場はいくらでもありますよね?しかも見返りなしで。

    若者の純粋な気持ちを利用するのは、やはり許せない気がします。

    みなさんのご意見を参考に、少しづつですが、視野を広げていきたいです。

  24. 創価の青年大会、あいかわらずイケダマンセーをやってるんですね。どう考えてもカルトそのものじゃないでしょうか。センセーセンセーって、あの取り憑かれた昂揚感に異様さを感じないことそれ自体が完全にカルトですよね。
    創価と北朝鮮のメンタリティが驚くほど似かよっているのは、今に始まったことではないし、それなりの理由があります。学会員さんはそんなこと微塵も気にせずに熱狂に酔いしれます。どこで何をしてるかもわからない老人に、涙を流しながら「センセー!」って絶叫する姿は不気味なカルトそのものです。

  25. いま北朝鮮との拉致被害者問題を含む大きな動向が注目される中で、
    類似の青年文化祭を開いたことは、何らかの関連性を持たれても、
    強く否定しきることは現実的に難しいと思います。

    文化活動やスポーツで若い人にふさわしい達成感を育んでいる
    学校関係はたくさんあります、問題ないよう健全な運営に努めるのは
    大人の責任です、利用されるものであってはなりません。
    多方面から見直すと、どうしても創価学会の矛盾につきあたるのです、
    それに向き合う責任から逃れるわけにはいけません。

  26. オウムの教祖も韓国の教祖も、最期は隠れ家の中で身を潜めていましたね。
    創価のトップもどこかに隠れているのか姿を現しません。

    どこもカルトのトップは、最後は似たような行動をするんだなと思いました。

  27. せんせい、せんせ~い、我らの先生~♪ なんて歯の浮くような

    背筋が寒くなるようなこんな歌をよく、本人が歌わせるよね

    初めて聞いたとき気分が悪くなりました

  28. モニカさんの仰るとおり、私もそう思っています。( ´ ▽ ` )ノ

    学会員さんは正しいと信じているだけであって、誰も正しいことの検証をしません。そんなことをしたら功徳がなくなると、これまた何の根拠もないのに信じているんです。まあ、宗教には多かれ少なかれ、そうした部分はあるでしょう。例えばキリスト教での神の存在証明をデカルトが展開していますが、それとて根本的な前提が不確かなので、結局は証明にはなっていません。どうもデカルトは白人しか人間と思っていなかったような気がします。400年近く昔のフランスの人ですからしょうがないかもしれませんね(笑)。教会に行くと、話の結論は「神はおられます」と言うことです。いつでもどこでも、くりかえし「神はおられます」って、そんなに念を押さなくてもと思うくらい(笑)。おそらくそれが正しいかどうかが問題ではなく、信じることができるかどうかが最大の問題だからなのでしょう。一神教の場合はそれでいいと思います。しかし仏教は違う。釈迦はもっともっと徹底したリアリストでした。土着信仰のような根拠のない迷信を排除しました。釈迦から見れば、おそらくデカルトの神さえ迷信の範疇だったでしょう。
    釈迦は宗教家というより、哲学者だと見たほうがわかりやすいと思います。それも人類史上稀にみる最高の哲学者だと思います。あまりに素晴らしい哲学なので、弟子や後世の人たちが、いろんな宗教に仕立ててしまったのだと思います。

    何度も言いますが、日蓮さんの考えは、およそ仏教ではありません。だって、末法の御本仏つまり救世主という概念からして一神教です。しかも「その救世主とはオレのこったい!」と断言し、その根拠として天台の教義を持ち出したあげく、その天台の理論も時代遅れで役に立たないという始末。こんなトンデモ坊さんの言うことを信じるほうがどうかしているのですが、これが宗教であるかぎりは許されるんですね。どんな破綻した教えでも信じるかどうかが問題なんです。だからこれは宗教であっても哲学ではない。この理屈なんかどうでもいい、他は間違いで自分たちだけが正しいのだということを信じさせる宗教だからこそ、創価は会員の洗脳に使ったんです。創価は日蓮正宗から破門されたんだから、日蓮正宗の御本尊のコピーを拝まなくてもよさそうなものですが、創価にとって日蓮本仏論を掲げる正宗の教義まで手放すわけにはいかないんですね。なにしろ会員を騙し続ける強力なアイテムですからね。

  29. 二回目です。
    モグワイです。
     南米アルゼンチンの教育団体「アンネ・フランク・センター」から、池田大作SGI(創価学会インタナショナル)会長に顕彰状が贈られた。これは、長年にわたる世界の平和と、勇敢な精神を持った青年育成への貢献を讃えるもの。
    ー今日の聖教新聞。
    少し前には、
    サイモンウィゼンタールセンターのクーパー副署長と創価の原田会長との会談が、一面に掲載されていた。
    私は、退会してるので、聖教新聞をネットで確認している。
    池田大作は、ユダヤ系に賞賛されてます。
    なぜなんでしょうか?
    そこかしこに疑問を感じる。
    ガザのNEWSは、書いてないのにね。
    人が死ぬのは、ユダヤもパレスチナも同じことじゃん。
    創価学会だけの問題に終わる以上の事、してる気がする。

  30. もしかしたら田母神俊雄氏が自民党公認で10月の福島県知事選に出馬するかもという話。現職も含め今のところ立候補者が他にいなければ、そのまま無投票で当選してしまうこともある。たとえ反原発の対抗馬が出ても(細川小泉コンビが出るという噂も)、公明党は原発推進の自民党といっしょに田母神氏を当選させるでしょう。公明党は自民党に逆らえない。宗教法人が課税されたら創価といえどお金の使い道が隠せなくなりますからね。単純に考えると福島の創価学会は原発推進を表明するということになりますが、実際のところ学会員さんとしてはそれで納得なんでしょうかね。創価学会は上が右と言えば右しかないですからね。組織自体が会員さえどこで何をしているかもわからない池田氏を頂点とした絶対君主制ですし、逆らうと罰が当たり、福運が消え、人間革命できなくなって地獄に墜ちるそうですから大変ですよね。そして原発事故で職も住むところも追われた学会員さんも、原発推進の知事に投票しなければいけなくなります。でも学会員さんは、それでも何も疑問に思わない。創価学会は絶対に正しく、逆らうものは地獄に墜ちるように祈り倒すのが仏法正義の戦いだそうです。

  31. 二回めのコメントになります。今回は、テーマにそって
    本当に創価学会は正しいのかということについてです。かつて 聖教新聞の配達をしていた頃、集金の際に 外部のオバサンから 「なぜ創価学会はお金が有り余っているのに、なぜ世界の貧しい人たちをそのお金で助けてあげないの!?立派な会館ばかり建てても意味ないでしょうに。」と言われて、何も答えられなかったことを思いだします。確かに 今冷静になって考えてみれば、例えば センセイの勲章を買い漁るお金で、水が不衛生で命を落としている子供たちのために、井戸を掘って 国際社会に貢献するとか、伝染病の予防接種に協力するとか、いくらでも方法はあるのに 残念ですね。本物の信仰者というのは 例えば マザーテレサやサンダーシング(学会が外道と見下す キリスト教者)のような 純粋な愛から 行動を起こす人たちのことをいうのであって、功徳欲しさに 他人の迷惑を省みず 人生観を否定する どこかの詐欺集団とは訳がちがいます。今まで 学会活動をしてきたなかで、知らず知らずのうちに 傷つけてしまった方々のことを考えると、何とも悲しくなります。

  32. 学会員のみなさん、阿部政権は、公明党の選挙協力つまり学会員さんのあからさまな選挙違反行為によって支えられています。これは現役活動家が創価学会によるあまりにひどい選挙違反(票のすり替え)を身兼ねての告発であきらかになりました。また、安倍さんは統一教会ともっと仲良しなんですよ。あなたは統一教会と同じように安倍さんのおじいさんの岸信介が大きくした最大派閥である清和会に利用されていることをご存知ですか?また、安倍さんはイスラエルと大の仲良しでガザ地区の無差別攻撃を支援していることもご存知ですよね。当然公明党もガザ地区の虐殺を支持しているのですが、これも創価公明の目指す平和の行動なんでしょうか?それともパレスチナの人たちは、イスラム教徒だから罰があたったんでしょうか?女性や子どもたちまでもが殺されて当然とでもいうのでしょうか。学会員さんはこのような公明党を支援していることに、何の疑問も抱かないのでしょうか?自分たちが何のために何をやっているのかぐらいわかってほしいものです。

  33. はじめまして、NAOと申します。学会三世、白ゆり長をしています。主人は未入会です。覚醒して1ヵ月になります。きっかけは、集団的自衛権です。
    今まで、信じてきた平和、生命尊厳、反戦の学会の信念は、私の信心の信念でありました。見事にへし折られ、大きな疑問に変わり、婦人部長にメールをしたら、政治のことはわからないから、山口代表が悩みに悩み~、と答えにならず怒りを感じました。
    ネットはデマばかり、を信じて、学会批判はスルーしてきたのですが、これを気に、隅から隅まで検索し、こちらのサイトにも出会うことができました。覚醒と同時に、精神的に壊れそうになり、恐怖と不安感でうつになりました。ようやく覚醒した自分を受け入れることができ、思いを書きたいと思いました。
    主人は、あまりにも熱心だから、知っていたが言えなかった、と。
    私が学会と知っている友人にも打ち明けてみると、これからも大事な友人だよ、と言ってくれたことに涙がでました。
    私は、折伏、啓蒙、選挙のお願いが苦手。学会だとばれるのが嫌な小心者だからやらない、選挙くらいならと、入れる人いなければお願いね、という感じに。でもいつも、弱い自分と攻めていました。でも、先生と信仰だけは本気で信じていました。今までも、疑問感じてきたけど、弱い自分とせめ、信心が足りないと、追求もしないで解決でした。
    婦人部になり、この三つのオンパレードに白ゆり長なのに、成果も出せない と悩みました。幼い子供たちと未入会の主人がいると、活動も限られ、家庭のことで精いっぱいで、いつしか活動が嫌々になり、行くのも苦痛、それを弱い自分とせめるの繰り返しに、本当に正しいの?と疑問になりました。選挙がないから、毎週のように何とかセミナー、婦人部長から友人誘おう、としつこいし、頑張ってみます、といいつつスルーしてきましたけど。
    そんな時の、集団的自衛権のことがありました。
    よく考えれば、政治に興味はなく、公明パンフだけを鵜呑みにして、庶民の見方、正しい政党だと信じていただけ、白ゆり長だから何人かには頼まなきゃという感じでした。今までもイラク派遣、PKOの問題もあったのに、記憶にないのだから。
    結局、自分も功徳や福運目当てだったと気づきます。
    平和、反戦、生命尊厳の信念や先生こそ本当の平和主義者、学会は間違いないと信じるところもあり、自分が矛盾だらけだったことにも気づきます。
    何年もこの矛盾に気づかず、弱い自分、信心が足りない、で終わってしまっていました。
    覚醒してからも、弱い自分のせい、学会は正しいのでは、先生は間違いない、と、気持ちが戻っては、真実が知りたいとネット検索しては、間違っているんだ、目を覚ませ、という葛藤の日々でした。
    子供に、ママケイタイばかりやってる。主人は、またネット、もう脱会したら、と言われて、覚醒したんだから、ちゃんと生活取り戻さなきゃと思っております。脱会するには、いろいろ問題あり、すぐにはいきません。
    婦人部長に、うつ病になり、体調悪いからしばらく休むとつたえました。
    覚醒したなんて知らないので、あら?大丈夫?友好期間はゆっくり休んで、
    元気な姿で座談会に来てね。だそうです。

    一方的な私の思いを長々すみません。
    これからもこちらのサイト拝見し、参加もしたいと思っております
    スマホやインターネットが苦手なので、投稿がうまくできるか心配ですが、宜しくお願いいたします。

  34. NAOさん、はじめまして。私も覚醒して数年経過した2世男子部です。
    私も最初は信じられませんでしたが、これまで反旗を翻した大物幹部の
    著作本をほとんど購入し(合計200冊くらい)、全て読みましたが、
    どれも信憑性の高いものばかりでした。

    池田大作に複数の愛人がいたり、公明党を使って脱税をもみ消したり、
    暴力団に金を払って敵対者を抹殺したり‥。創価は驚くような極悪組織ですよ。
    本尊がカラーコピーというのも笑えましたね。
    ネットに出回っている情報は、概ね正しいこともわかりました。

    私の周りの学会員を見ていても、本当に冴えない人ばかりで、これが
    功徳の結果か?と大いに疑問を持ちました。
    あの人間革命というインチキ本にも、随分と騙されましたね。

    お子さんは絶対に創価に関わらせないでくださいね。

  35. NAOさん 自分の気持ちに素直になって、歌のように 「ありのままの自分になって」下さい。活動やめても 罰などありません!!
    8年程前に、こちらの地元で 墓園問題にからんだ 方面幹部の不正を追及した知り合いがおりました。当時 総県あげての大事件だったのですが、彼らは 学会本部に乗り込んだり、あらゆる会館に ファックス流したりしてましたので、男子部のメンバーから 集団ストーカーを受けたり、会合では 反逆者扱いされ、除名処分になりました。現在では、その中心者は 幼い子供と嫁さんを残して、周りから借金をしまくり、行方不明になっています。学会から チャーターされた やくざに消されたのか、自殺したのかさえ わかりません。この事実ひとつとっても、創価学会がいかに 恐ろしい詐欺集団かという 証明になると思います。

  36. NAOさん初めましてつらかったですね
    学会員でも学会員と知れるのが嫌な人はたくさんおられますよ

    これって、いったいどういうこと?

    いつも心の片隅に世間では認められていないという思いがあるからではないでしょうか
    逆に言えばその思いがいつか覚醒につながっていく常識人の思いではないですか
    人間て自分に嘘は絶対につけませんからね
    弱い自分でも、信心がたりない自分でもありませんよ

    先のコメントにもありましたように、あなたはごく普通の他人様に迷惑をかけない常識の持ち主、自信をもってください

    頭も心も覚醒したら、手続きなんてどうでもいいことですよ
    全ての世界は自分あってのものなのですから、自分の人生なのだから、他人が何と言おうとすっきり、さっぱり決別することだと思いますね

    みなさんネットこそ学会の真実を知ることのできる、また話せる場所だと知ってください。特にこのブログではね

    そういう時代が神の御意志で(?_?)きてるんですよ(-_-;) なんのこっちゃ?

    私は飛行機に乗るといつも人生に重ね合わせてしまうんです
    あぁこの雲も、どんなにひどい嵐の雨も人間を試しているんっだなって
    NAOさん嵐の雲を突き抜ければどこまでも真っ青な青空ですよ

  37. 創価の恐ろしさは、何度もいいますが、関わってる末端ではありません。
    自分が見た、聞いた、肌で感じた部分が全てではないのです。
    それだけを真に受けている人、というのは残念ながら、視野が狭く、思い込みが激しく、注意力がなく、人の忠告に耳を貸さない非常に我の強い人です。
    身近な幹部に思い当りませんか?

    また私はそういう意味で、それは無責任だと思いますよ。
    人の人生に影響力を与える立場というものを自覚しているならば、むしろ誰より、用心深く、常にこれでいいのだろうか?と、客観性を持ち、ウソも真実も検証し、問うことを忘れてはいけないのでは?

    幸い昨今は創価も末期症状で、自分が見た聞いた肌で感じた部分からでさえ、ほころびだらけです。
    闇に包まれたトップの真相を暴く以前に、現場で充分不信感を持てますよね。

    いよいよ脱会者が続出しますよ。
    モタモタしていると人間性が疑われます。
    判断力がなく、偏狭で、常識のない人、と見られますよ。
    ここまで信憑性のある情報が開示されているのに、忠告してくれる人がごまんといるのに、自己責任と言われますよ。

    もうそんな時期だと危機感をもちましょう。

  38. 初めまして、ノワールという者です。このブログは何度も拝見しておりますが、今回初めてコメントを書かせて頂きます。
    私は今年で入会3年目になる20代前半の男子部です(2世・3世ではありません)。

    私が創価学会に出会ったのは3年前、母が知り合いの学会員に勧誘されて入会したことが始まりです。ちなみに私はそれまで創価学会というもの自体を知りませんでした。
    私も母に誘われて文化会館の衛星中継に行かされ、そこで何人かの学会員と出会い、それからは何度か学会員が我が家にやって来ては私を入会させるために熱心に仏法の話を聞かせ、当時は引きこもり状態だったという弱みがあったため、最終的には根負けして入会してしまいました。 

    入会してからは流されるままに座談会や衛星中継などに参加させられたり、池田大作や日蓮仏法の話をさんざん聞かされ、いつの間にか自分も創価色に染まり、創価学会は世界平和のための偉大な宗教団体だと思うようになっていました。
    自ら折伏や選挙のお願いに行ったことはありませんが…

    しかし今年になって、あるセミナーに参加したことがキッカケで自分自身を客観的に見ることが出来るようになり、そうすることで自分が創価学会に対して何らかの違和感を持っていることに気がつきました(もしそのセミナーに参加していなかったら未だにその違和感を誤魔化していたと思います)。
    そこで創価学会の矛盾点を突き止めるために色々と創価のことを検索していた矢先、このブログと出会いました。
    このブログに出会ってから、創価学会の様々な矛盾に気がつくことが出来ました。
    何より、このブログを拝見するまでは、ここまで創価学会に苦しめさせられている人たちがいるという事実を知りませんでした。
    辛い幼少期を過ごしてこられた2世・3世の方々や、創価学会によって人生を狂わされた方々の嘘偽りの無い文章を見ていると心が痛みます。

    私の地区では特別熱心な活動家や嫌な雰囲気の幹部は、私が見た限りではいません。どちらかと言えば親切な人が多いです(うちの地区は全体的に大人しいと言われているそうです)。
    創価学会に入会してから、気の合う人と出会えたので、学会に対して感謝はしています。

    しかし、どう見てもコピーにしか見えない御本尊を信じることだけはさすがに出来ませんでした。
    学会でさんざん言われている功徳も、何度も唱題を上げていますが、全くその実感はありません。
    この2つに対しては、入会してからずっと疑問を持っていました。

    私は自分を変えたかったが為にずっと唱題を上げてきましたが、いくら唱題を上げても、自分を変えることも、功徳を貰うことも出来ませんでした。
    そして自分が創価に抱いていた違和感が嘘ではないとわかったので、近いうちに創価学会を脱会する結論を出しました。
    もちろん、いきなり脱会みたいなことは出来ないので、まずは静かに脱会出来る時が来るのを待ち続けています。
    また、もう少し学会内部にある矛盾を自分なり探し出すつもりです。

    これからもコメントするかもしれないので、よろしくお願いします。

  39. 弱いだなんて、とんでもない…
    人は当たり前のようにできてきたことが、だんだんとできなくなって老い死んでいくという説もあるそうです。

    弱い自分を受け入れることは、自分に素直になり愛すことから
    始めて受け入れる勇気が出てくるものだと思います。
    目をつぶりごまかしてばかりでは、何のための人生でしょう。

    創価学会の活動は決して時にかなっていない。
    同じ現世を生きる人を尊重できずして、
    なぜ宗教を語ることができるのか?

  40. 創価は組織がおかしいだけで教えは正しいだの、日蓮さんの本当の教えを創価は正しく教えてないだの、日蓮信者も相当根深いですね。
    創価のMCが取れても日蓮さんの呪縛から離れられない。

    こんなに愛されている?日蓮さんですが、なぜか教義も宗派も複数に分かれています。
    みんな思い思いに自分こその解釈が正解だと主張していますが、いろいろ修正して試みないと、危険でしょうがない教えなんじゃないの?と勘繰りたくなります。

    でも共通しているのは、どこもカルト団体に見えるってことです。
    創価だけでなく、日蓮系の教えを頑なに信じている人ってどこも同じですね。
    離れてみると見分けがつきません。
    論破大好き、破折大好き、よそをけなして自分こそはと主張するのが大好き。
    選民意識を持つのが大好き。
    日蓮に傾倒するとこういう人になる…これは客観的な事実ですね。

    人をカルトにするには日蓮教がもってこい、みたいです。
    創価のトップはこれを見抜いて巧く利用したんですね。

  41. はじめまして、青と申します。
    私も両親と親戚が学会員で、私は生まれてすぐ勝手に入会させられました。
    父は未活でしたが給料の半分は祖母に捧げ、母はバリ活(でも池田氏は崇拝してない)な挙句に家庭を支える為に働き詰め。
    信心するより父を先になんとかするべきなのに母は「これが私の持って生まれた宿命だから」と諦めていました。
    私も未活で、子供の頃母に連れられて会合や集会に行きましたが、全然やる気なしだったので次第に母も連れて行く事はなくなりました。
    元々「祈って全てが解決するなら誰も苦労せんわ」と冷めた事を考えるひねくれた子供だったので(笑)
    それでも母は諦めず、今度は同中に連れて行きましたが、「池田先生が全て正しいと思うでしょ?寧ろ思いなさい!思え!そうすれば幸せになれる!」と言う様な内容に「人にはそれぞれ考えがあるのに何この一方的な考えの押しつけは・・・」と益々冷めていきました。
    少なくとも母がバリ活だったせいで私はいつも寂しい思いをしていましたし、常識もまともに教えてもらえず大人になり、現在は鬱病にまでなって苦労しています(元々軽度発達障害だった事が最近発覚)
    小さい頃はいじめられ、母は相談しても私の気持ちをまったく理解してくれず、中学時代は学校をサボって公園などで時間を潰す様になり、同じ地区の学会員にその事がばれ、母は恥をかかされたと大泣き。
    泣きたいのはこっちなのに罪悪感を感じて必死に謝っている自分がいました。
    兄もわかりやすい知的障害なのに検査させず、父もDVが激しくなって来たのに「忙しいから」と言って放置。
    でも学会活動は相変わらず・・・多分本音は地区の学会員に馬鹿にされるのが嫌だったんだろうなと思います。
    結局母はパニック障害になり、父が原因で私達家族は一時期は何度も死にそうな目に合い、私が立ち上がって父を残して地元から逃げる様に引っ越し、兄も検査させました(その後父は家族に嫌われたまま癌で死亡)
    地元から離れたら母もパニック障害もあってか、前ほど活動家ではなくなり、今は題目と週に一度の会合に出るくらいです。
    それでも選挙の時は相変わらず公明党に入れさせようとするので大喧嘩にはなりましたがね。
    結局創価と選挙の事に関してだけはお互い一切干渉しないと言う事で収まりました。

    あとショックだったのが、私の名前を付けたのが両親ではなく、池田大作だと言うのです。
    ショックを受けましたね・・・幸せになれるからと思ってつけてもらったのかもしれないけど、そんな知らない他人より、親につけてもらった方が何百倍も幸せだったと思いました。

    なんか支離滅裂なうえ、ただの愚痴になってしまいました・・・すいません(汗)
    でも、こんな酷い家庭になってしまうのに創価が正しいなんて思えません。
    少なくとも幸せな家庭を作る上で創価は間違っていると思います。
    私が幼い頃、周囲にいたバリ活の子供も全然幸せそうじゃなかったし、私を含め、揃って問題児でしたしね。

  42. 二朗さん 本をたくさん読まれて、勉強家ですね。素晴らしいと思います。自分も読書は好きなほうで、牙城会任務中に 「神との対話」を読んでました。牙城会の功徳?!か それがきっかけで、覚醒できました。
    かつて、男子部時代に NTTドコモ事件で 逮捕された 根津丈伸さんと同じ組織にいたことがあります。当時は、根津さんもゾーン幹部で、信心バリバリで センセイ直結の誠実な素晴らしい先輩でした。あっという間に、全国幹部になって 自分たちの手の届かないところに行かれましたが、不幸にも 広宣部という 過激派に所属していたために 犯罪者にまでなってしまいました。頭も素晴らしく切れる方だったので、創価学会に出合わずに 他の人生を歩かれていたら 今ごろはきっと 世界中で活躍するような人間になれていたと思います。今 考えると そうした素晴らしい人間に、訓練を受けてきて良かった面もありますが、逆の立場からいえば こうした優秀な人材の人生を自分の欲望のために、創価学会という組織を巧みにあやつって 狂わせてきた 池田大作という怪物が ものすごく憎いし 許せません。このサイトが 一人でも多くの 覚醒のきっかけになれば、自分も たまらなく嬉しいです。

  43. ラザリスさん
    元来、読書は好きではないのですが、学会が行っていた悪事については、無我夢中で調べました。根津さんの件は、当時、主要メディアではほとんど取り上げられませんでしたね。460万件の個人情報を抜き取ったのに。
    http://matome.naver.jp/odai/2138145195090208901

    シニフィエさんが何度もおっしゃるように、学会の悪事はタブーとされていますからね。

    今、ベネッセが大問題になっていますが、それに匹敵する規模だと思いますけど。
    バリ活のころは、こんなの嘘だと思っていましたが、全部本当ですから。

  44. はじめまして。ビルトアップと申します。
    学会2世で、中学校のから音楽隊に所属し、男子部では牙城会でした。
    祖父母、父母から周りの親戚に至るまですべて学会員で親父は県の男子部長をへて区長までやっていました。
    私が学会から離れたのは21歳の時に女子部の同級生と結婚したのですがうまくいかずその原因が学会活動でした。
    私は結婚して子供も出来た為、仕事を中心に考え学会活動は二の次に活動していたのが嫁には理解できず、仕事の付き合いで飲みに誘われてその当時は携帯電話など無いのでそのまま飲んで帰ってくるものなら鬼の形相で文句を言われ、「活動もしないで自分だけ楽しくやって」なんて喧嘩がしょっちゅうあり1年で離婚。
    その時は折伏で2名入会させていたりとそれなりの成果もあったのですが・・・。
    (今となってはその2名に申し訳ないと思ってます)
    離婚を機に地元を離れ東京に出てきました。

    そして23歳の時に東京で組織につきましたが、なにせ仕事が忙しいこともあり活動に参加することもなかったのですが、
    財務の申し込みを忘れたときに壮年部の支部長に「財務を忘れるとはどういうことだ!!」恫喝され、私も当時は若くイケイケだったので
    「お前のような奴がいる学会などこっちから願い下げ!!」と言ってそれ以来組織を離れました。
    しかし、私の手で入会させた友人がいる以上退会は出来ません。
    今の創価学会というよりも前から創価学会は正しいとは思っていませんが、日蓮大聖人の教えは間違っていないと思います。
    しかし、日蓮大聖人に教えは難しすぎた為、周りにいる弟子や信徒には理解できなかったのでしょう。
    現代の様に辞書やパソコンで意味を検索することもできないので、解釈の違いが各弟子によって違いが生まれ、そして宗派が分かれてしまったということではないでしょうか?
    それを厳格に解釈したのが日興であり日蓮正宗の基礎が出来上がったのでしょう。
    しかし、厳格で難しい宗教は疎遠されがちで創価学会が出現するまで世に出ることはしなかったのではないかと思います。
    ここで創価学会は布教にために日蓮大聖人の教えを簡素化しました、功徳と罰論です。
    功徳とは本来すぐれた結果を招く力が徳としてそなわっていることを云います。
    それを別の意味であるすぐれた結果をもたらす能力のことを利用して蔵の財や身の財を強調しました。
    罰は学会員に仇なせば何かしらの不幸が訪れると云うようなことに使われますが、それは学会員が法華経を護持して正しき信仰者であれば該当するでしょうがはたしてそれに当たるかは疑問です。
    本来の教えは成仏に向かうための教えであるはずが、その過程で得られる功徳を最終目的としているのでは、非常に残念な間違いであると思います。
    自論を勝手に講釈垂れてしまい申し訳ありません。

    皆さんのコメントを拝見していて大変もったいなく思いまして、創価学会によって信仰を考える思考が生まれているのですから、否定されるだけでなく前進する何かもあったほうがポジティブになれると思います。

    管理者の方へ
    趣旨に沿ぐわないようであれば削除していただいて結構です。
    乱文失礼いたしました。

  45. ビルトアップさん、コメントありがとうございます。

    それで結局ビルトアップさんは現在非活なんですね。
    ビルトアップさんの考えを要約するとこういうことでしょうか。

    「創価の組織は間違っているけど、法華経を末法に広めた日蓮は正しい。しかしその教えの継承の仕方がまずかったから、そのへんをうまくできれば、この信仰で人々は幸せになれたはずだ。そのなかで創価は日蓮の教えを現代に復活させたし、多くの人に信仰を考えるきっかけとなったのだから、否定するだけではもったいない。」

    私はビルトアップさんの何度も言われている「法華経を護持」という表現が気にかかりました。気に食わないかもしれませんが、ビルトアップさんはいまだに基本的に創価脳だと思います。思考回路が今も創価が基本になっているという意味です。ビルトアップさんは日蓮さんの解釈するところの「法華経を護持する正しい信仰者」であれば幸せになれると考えていますよね。それはそれで私がどうこう言うことではありませんが、それと創価学会とは関係がないのではと思います。むしろ創価から離れなければ、どんな信仰でさえ保つことはできないと思うのですがいかがでしょうか。創価の目的は何ですか?会員の幸せを考えている団体ですか?ビルトアップさんの中では、まだ創価は宗教団体なのではないでしょうか。

    私も草創期の幹部を両親に持つ2世なので、そのあたりはよくわかるつもりです。私は創価の間違いにはすぐに気づいても、なかなか日蓮の信仰を否定できるようになるまでには時間がかかりました。2世にとってそれは理屈ではないんですね。これを否定してしまえばこれまで自分の人生のほとんどを否定することになってしまう。そんなことがあるわけがない。そう思いたいがために、せめて日蓮の教義は絶対だと思い込んでしまう。その絶対だと言う根拠を、これまで学んできた創価の教学によって判断しているところが大きな間違いではないでしょうか。

    >日蓮大聖人に教えは難しすぎた為、周りにいる弟子や信徒には理解できなかったのでしょう。

    >それを厳格に解釈したのが日興であり日蓮正宗の基礎が出来上がったのでしょう。

    >厳格で難しい宗教は疎遠されがちで創価学会が出現するまで世に出ることはしなかったのではないかと思います。

    ビルトアップさんは自論と言ってますが、残念ながら創価脳の理論です。
    ビルトアップさんのコメントを読んで、すぐに感じたのは「自ら否定している創価の理論で日蓮を肯定していると言う矛盾」です。言ってることが矛盾してるから一度読んでも何を言っているのかわかりませんでした。でも最後に、「創価学会によって信仰を考える思考が生まれているのですから、否定されるだけでなく創価の部分ぐらいは認めてもいいのでは」といった言い方でわかりました。ビルトアップさんは、創価脳のままで創価を否定しようとしていると。

    ビルトアップさん、残念ですが、あなたもわかっているように創価は宗教ではありません。そして創価の教学は日蓮の信仰ですらありません。あなたの教学は創価の教学から抜け出していません。必要と思うなら、日蓮についてだけではなく、きちんと仏教を学ぶべきです。上のような推測で宗教を判断しないことです。あなたの両親もあなたも創価に騙されていたんです。勇気を出して、そのことにきちんと向き合わなければいけないのではないですか。

    >しかし、私の手で入会させた友人がいる以上退会は出来ません。

    それっておかしいと思いませんか?自分の手で間違った宗教に友人を導いてしまったのだから、それが間違っていることを知ったあなたは、まず友人に伝えて謝罪するのが、あなたの責任ではないですか。自分から誘っておいて見殺しですか?それとも自分が退会できないことを友人のせいにしてはいませんか?もしくは友人を入会させたことを自分が退会しない理由にしていませんか?どこかで自分を正当化できないか、苦し紛れの言い訳をしているように思えます。

    ビルトアップさんは血気盛んな20代ならまだしも、ある程度落ちついてくる年代ですよね。残念ながら、2世は覚醒するまで人生を無駄にしているんです。私は53歳までその現実に向き合うことができませんでした。現実に向き合うことはつらいです。親の人生を否定し、自分のこれまでの人生も否定しなければならないのですから。しかしその悲しい現実にしっかりと向き合わなければ、このまま一生言い訳の人生で終わってしまいます。親がこうだったから、友人を折伏したから、創価にもいいところはある、功徳論に走ってしまったから、大聖人の教えは難しすぎたから、支部長に恫喝されたから、新婚の奥さんに文句を言われたから……なんて言い訳の多い人生でしょう。そう思いませんか。そんな言い訳を自分に言い聞かせながら未活動家の2世としてこれからも生きていくのですか。

    初対面の方に、かなりきついことを言ってしまいましたが、私とよく似た環境だったので、つい他人事とは思えずに厳しくなってしまいました。すみません。私と違って、ビルトアップさんはまだ若いです。これからまだまだやり直しがききます。潔く創価からはすっぱりと縁を切って、折伏した友人にも、すべてをさらけだして謝罪し、それでも友人が信仰を続けるというのであれば、それは個人の自由ですからいいではないですか。とにかくいろいろ言い訳を考えて過去の自分にしがみつかずに、新たな人生をスタートしてはいかがでしょうか。

  46. signifieさんコメントありがとうございます。
    日蓮大聖人の教えが間違っていないというところがひっかかりましたでしょうか。
    私は成仏への道を放棄するつもりはありませんので御本尊に対する信仰心は無くすつもりはありません。
    だからといって創価学会を肯定するつもりはありません。
    それに代わる成仏への道があるのであれば、その時に退会し友人へもその道にいざなっていきたいと思っております。

    日蓮大聖人を否定されていると云うことは反証されるだけの成仏への道を御存じと云う事でしょうか?
    であるならばその道への御教示を頂きませんでしょうか。
    宜しくお願い致します。

  47. NAOさん、はじめまして。
    かすみ草と申します。私も、まだ覚醒したての白ゆり長です。
    小さい子どもいるのも同じで、とても親近感がわき、コメントさせていただきます。

    まずは、お体の具合はいかがですか?とりあえず、もう嫌なことはスッパリやめましょう。
    もう、セミナーに友人誘えなくても、啓蒙できなくても、選挙ちゃんと頼めなくても、家庭訪問してなくても、それで誰かにとがめられたとしても、もう自分を責めなくていい んです!もう、自分で自分を弱いやつだなんて思わなくていいんです!

    これだけでも、覚醒できてラッキーですよね。

    私も、集団的自衛権が大きなきっかけでした。組織に疑問をやんわりと投げかけてみても、反応なし。
    学会、公明のすることに間違いはない、と全然自分の頭で考えてないのです。

    地元の大きな会館に、公明の議員が説明しにきました。
    そこでは、公明が平和を守ったと。
    一部マスコミ(朝日、毎日など) の報道を偏ってると批判したり、「平和平和」だけ叫んでたら、共産党と同じなんです。みたいに、ここでもやっぱり敵を作って、皆を団結させようとしてました。

    そこで、聞いてる人も大きくうなづく始末…。

    私はいつ質疑応答に移るかと、そしたら質問をぶつけてやろう!と待ってましたが、質疑は受け付けてませんでした。

    こんだけ世論でも反対があり、憲法学者の先生方も反対、違憲!と言われている問題を、学会員に鵜呑みにさせ、そして何も考えずに鵜呑みにしてしまう人々は、やっぱどう考えてもおかしいです。

    そのことを議論すらしてはいけない雰囲気を、昔は団結や異体同心とかだと思ってましたが、とんでもない!
    仲間外れにされたくない、って気持ちを利用した思想統制だと思います。

    今すぐ脱会までいけない、いろいろな事情もお察しいたします。
    気持ちばかり焦りますが、まずは自分の足場を固め、気持ちをどっしりと保ち、「身は従えられても、心は従えられない」の心境でお互いいきましょう。

    私も、こちらのサイトで毎日励まされてます。これからもよろしくお願いいたします。

  48. ビルトアップさん、はじめまして。

    教えて頂きたいのですが「成仏」とは何ですか?
    私は活動家の時から、おぼろげに「安らかに死ぬこと?(一般でいう霊魂がその辺をさまよわない)」のように思っていました。
    最終的には成仏を目指す、とかよく聞きましたから。
    それでそんな先のこと、と思って深く考えませんでした。

    脱会してから死相にまつわる話なども読んで、熱心な活動家が酷い死に方をしたとか、題目などまったく無縁だった人が安らかに亡くなったとか聞いて、ますますわからなくなりました。
    「成仏」って何でしょうか?

  49. ビルトアップさん、あなたのその成仏とか、法華経に依存しようとする発想そのものが、創価の呪縛から抜けきれていない証ではないでしょうか。そのおすがり信仰から離れられない限りは、何も見えてこないと思いますよ。この世の中に、何かしら特別に幸せになれる方法があると、本気で考えているのですか?そんなものは初めからないと悟るのが仏教の教えです。ですから、あなたの今の思考回路をまずは完全に砕かないことには、少なくとも仏教の入口には立てないと思います。私と同じように根っから創価の思考回路で育てられたあなたは、まず自分の考えがどんな位置にあるのかを知ることからはじめなければならないと思います。今のあなたは創価から一歩も踏み出してはいないということです。たとえ脱会できたとしても、なにか超越的な力を信仰に求めようとするあなたの志向は変わらないと思います。だって、日蓮に代わるなにかいい成仏の方法はありませんかと私に訊いてくるぐらいですからね。おそらく釈迦に同じことを訊いても同じ答えが返ってくるでしょう。「そんなものははじめからない」と。そんなものがあると思う心が煩悩を生み、苦しみを抱えてしまう原因をつくるのだと。
    日蓮さんが末法の御本仏として民衆救済を宣言して750年がたちましたが、日蓮さんに救われた民衆がどこにいますか?あと何百年待てば救ってくれると思いますか?あなたは何を根拠にそんな日蓮さんを正しいと信じているのですか?あなたのまわりに日蓮さんを信仰して成仏した人を知っていますか?成仏とは世の中の理を知ることだと、釈迦は言ったそうです。世の中の理を知れば、功徳だ幸せだといった執着から抜けられるということだと思います。たとえばおそらく禅宗は、釈迦が悟りを得た禅定という身体的叡智によって世の中の理を知るシステムを確立したのだと思います。しかしそこに至るまでには壮絶な修行が必要です。もし、ビルトアップさんから成仏の方法はと訊かれたら、出家して永平寺かどこかで修行してはいかがでしょうと答えます。そしたらビルトアップさんは、そんな邪宗のお寺で修行しても成仏できるわけがないと思うのであれば、あなたは確実に創価脳です。さきほども言いましたが、まずはあなたのガチガチの創価脳から脱することが先決ではないでしょうか。それと、信仰以前に自分の非を他人のせいにせず、きちんと受け止める姿勢も必要だと思いますよ。

    >それに代わる成仏への道があるのであれば、その時に退会した友人へもその道にいざなっていきたいと思っております。

    まちがった道に誘いこんだことの謝罪をするかわりに「今度こそ間違いなく成仏できる信仰だから、創価なんかやめて一緒にこっちをやろうよ」とでも友人に言うのですか?それでその友人があなたの誘いに乗ると思いますか?もしあなたがその友人の立場だったら、その誘いに乗りますか?ビルトアップさん、率直に言わせてもらいますが、あなた人の人生をなめてませんか?宗教を宝クジか何かと勘違いしてはいませんか?自分の非を認めきれない人に信仰を語る資格はないと思いますがいかがでしょうか。これまで同じようなことを周りから言われて逆ギレしたりしませんでしたか。私は、ビルトアップさんについては創価学会の問題以前に、あなたのその安直すぎる思考回路があなたの人生によけいな問題を呼び込んでいると思われます。あなたの周りの人が怒るのも当然だと思います。あなたのコメントからは、あなたの離婚した奥さんも、厳しく叱ってくれた支部長も、理不尽な創価の価値観をおしつけたのではなく、あなたの人に対する不誠実さを戒めるために叱ってくれた気がします。顔も名前も知らない文字だけの初対面の私ですら、あなたの人に対するいい加減さにあきれているくらいですから、実際にリアルに関わる人は大変だと思いました。

  50. シニフィエさんのこのコメント↓が全てだと思います。功徳、あるいはそれに類するものなど世の中に存在しないということです。

    >たとえ脱会できたとしても、なにか超越的な力を信仰に求めようとするあなたの志向は変わらないと思います。だって、日蓮に代わるなにかいい成仏の方法はありませんかと私に訊いてくるぐらいですからね。おそらく釈迦に同じことを訊いても同じ答えが返ってくるでしょう。「そんなものははじめからない」と。そんなものがあると思う心が煩悩を生み、苦しみを抱えてしまう原因をつくるのだと。

  51. 創価学会が犯してしまった 最大の過ちといえば、池田大作を会長にしてしまったことでしょう。そして、日蓮正宗と対立 して 苦しまぎれに 宗教の根幹である 御本尊をコロコロと変えてしまった。平成五年だったか 支部幹部がアパートに来て、「日顕の書いた御本尊では 成仏が難しくなったので、これから 学会は 日寛上人の書かれた御本尊でいくことにしました。これで 今から 清々しい気持ちで 学会活動できるね。」確か こんな感じで対応された思い出があります。あと、あの 御守り御本尊なるもの、出回った当時は 誰もが ワイシャツのポケットに入れて、ひけらかしていましたが、いつの間にか そうした光景は まったく見られなくなりました。そもそも そんなに大事な御本尊をまるで アクセサリーのように扱っていい訳でしょうか?
    つまり、御本尊は 金集めの道具でしかなかったということです。池田大作及び首脳部にとって、真面目な学会員というのは、美味しい金づるであり、我々は巧みに学会組織のなかで 踊らされていた訳ですね。こうした 単純な理屈に、未だに 何百万人もの善良な人間が気づけないのです。マインドコントロールとは 恐ろしいものです。ガンジー、キング、イケダ というよりも、ヒトラー、ポルポト、イケダ が正しいでしょう!!

  52. はじめまして もうずいぶん前にやめた者です。
    やっているときは世の中創価学会中心に動いてるように錯覚していましたが、
    やめてしまうと、まったく日常生活に創価学会が存在しないことに気がつきます。

    やめられない人の中には、やめると地獄に落ちるから怖いとか、
    創価学会には疑問があるけど、ご本尊は間違っていないと思い込んでいる人も多いでしょう。

    まず言っておきたいのは、やめたら不幸になるというのは単なる脅し文句です。
    むしろいろいろなしがらみから解放されて幸せになれます。
    ご本尊は正しい?いえ、日蓮正宗から破門される前のご本尊をことごとく否定して、学会が作り直したカラーコピーを配布してこれぞ本物と言って、配布しなおしたもの。裏を知ってから考えた方がいいです。

    創価学会は寄付が無いからお金がかからないよ。などと言われて入る人もいますが、内情は心理的にしなくてはならないように洗脳されます。
    しかも一万円は最低額ですから、金額=信仰心が試されるような洗脳があります。みんな口に出して言いません。が、かなりしています。逆に大金を寄付したことを自慢する人もいます。信仰心が厚いと思われたくて。
    創価学会では、寄付をすることを財務、ご供養と言って、するではなく、させていただく。といいます。で、あなたにもさせてあげたいのよ。と言います。しなさいとは言いません。これで役職があがると一本といって100万単位でする人も多いのです。
    そのお金どこに使うんですか?と素朴な疑問を投げかけると、ほらあなたたちは会館使わせてもらってるでしょう?それだって、電気水道ガス代がかかってるのよ。とか言われます。え?一人一万とって、月数回しか使わない会館にあれほどお金が集まってたら、ぼろもうけじゃん?てことです。

    最近思うのは、創立当初の志は立派なものがあったかもしれない。
    でも、今の現状は完全に政治団体に成り下がっています。
    要するに創価学会員は、宗教の名を借りた投票要員なのです。
    選挙頑張ると、宿命転換できて幸せになれるからと踊らされて、深く考えずに公明党に投票します。その公明党は自民党のお目付け役だったはずが、完全に名を変えた準自民党です。しかも自民党にもかなり資金提供してるでしょう。
    お金と票で特権を保ってるわけです。

    そして何も知らない会員は、ただ幸せになりたくて票集めをし、お金を出し、
    生活はちっとも良くならない。いつかいつかと思いながら走り続けて、気がついたら、学会に食い尽くされた人生だったと気がつく。

    池田先生はそんなに立派ですか?書物はみんなゴーストライターが書いてますよ?(ゴーストライターしてた人が告白してますよ?)本人が執筆してるところを見た人いますか?講義はみんなメモ見て言ってるだけですよ?だから間違いだらけで、字が読めなくて躓く。
    本人が自分の言葉で語ってる映像みると、お粗末過ぎる内容です。(you tubeにもあります)
    でも、信者は、立派な人のはずと洗脳されているので、言葉が貧しくても、先生は全部分かってくださっているから言葉は要らないとか解釈する。
    いえ、全然わからないから。「みんなわかっているよ」で済ませてるだけです。
    私も洗脳されてみたかったな~。信じたかった。食い入るように求めたけど、まったく駄目だった。お粗末過ぎる人だった。勲章?寄付の代償です。立派だからくれるのよ!いえ、額が立派だからくれるのです。

    これでも、しがみつきたい人は、幸せになりたい・・・!と夢見ることだけが好きな不幸体質の人なんだろうなと思います。

    体験談で幸せ語りしてる人も、本当は言えないで隠してる不幸話も沢山あると思います。要するにやってもやらなくても、人生いいこともあれば辛いこともあるのです。ただそれだけです。お金はもっと大事に家族の為に使った方がよほど幸せになれます。

    創価学会だって表向きの顔だけじゃやありませんよ。
    実は幹部が一番知っています。上に行くほど組織の裏の顔がわかります。
    でも、引き返せなくなる。

    ノルマノルマ=お金お金です。

    勧誘されている人、やめておきなさい。
    学会の人は親切なので、入らずにずう~っと親切にしてもらってください。

    あ、学会の人は親切な人もいますが、一般社会の人とまったく同じで、
    不倫もすれば、セクハラもしますし、人の悪口も言いまくります。
    でも、入ってくれそうかな~という人にだけはめちゃ親切なので、
    信仰の話しさえ聞いてあげてれば。ずう~っと親切にしてくれます。
    でも、それはあなたの幸せの為ではなく、自分が功徳受けたいからなだけですから!残念!

  53. 成仏の相に関してですが、信仰している人は最後成仏の相で死を迎えられると言いますが、信仰していない人も成仏の相で亡くなる人は多いです。

    今の医療では、無駄な延命せずに、最後低栄養状態に徐々にしてゆくことで、眠るように最後を迎えられるようにするところも増えていると聞きました。信仰していない親族は、それでいつ亡くなったかもわからないような安らかに眠るように逝っています。
    でも、その話を学会員にしたとき、なぜか反応無し。学会員で無い人が成仏の相で亡くなることを認めたくないようでした。

    自分達だけは特別。そんな特権意識を持ちながら人を見ている組織。
    本当に洗脳ってされてる本人は絶対にされて無いと言いますが、
    つくづく怖いな~と思います。

    最後に
    創価学会に入っているときは、公明党は国民の幸せを第一に考えてくれる政党。と思っていましたが、最近の公明党はブレブレです。むしろ学会が毛嫌いしている共産党の方がブレがないです。きっと強敵だから叩きたいのでしょう。

  54. satouさん初めまして
    成仏の相、死相なんて信仰となんの関係もないと私もそう思います

    古参幹部の告発にも書かれてましたが戸田氏の死相も信者に語れないような形相だったそうですよ。話すのはタブーになってますが

    いま本当に学会のことで真剣に悩んでいる方がおられたら、自分の人生かかっているのですから、二郎さんのように学会の真実を知るために是非告発本をお読みになることをお勧めします。

    昨今はネットで検索すれば簡単に手に入ります

    みなさん命を懸けて後世のために告発、暴露してるんですよ。それだけいい加減で恐ろしい組織なんですよ。嘘はないでしょう

  55. モニカさん

    > 「成仏」って何でしょうか?

    横レスですが一言で言うのであれば
    創価の言う絶対的幸福と言う歓喜の世界の対極にある涅槃静寂
    何ものにも心を動かされる事とない安穏となる状態となる事です。

    またその能力は十力
    処非処智力 業異熟智力 静慮解脱等持等至智力 根上下智力 種種勝解智力
    種種界智力 遍趣行智力 宿住随念智力 死生智力 漏尽智力
    等とも言われ
    簡単に言えば、何が道理か非道理かを知り、何がどうしてこうなったの理由を知り、
    更に相手の特性、または自分の特性を知り、
    また、それらを知る術を知り、
    それにより過去現在未来を知り、人は何故死に、また何故に生まれ変わるかを知り、
    またそれらを人に教えれる能力を得ると言う事が「成仏」すると言う事です。

    ちなみに人は死んだ時、一切の活動を停止させ涅槃静寂となりますので
    一般的には死んだ人を「成仏」したと言いますが
    それは一瞬の出来事ですから正確には「往生」する(また生まれ変わる)と言いますから
    臨終の瞬間をもってしても「成仏」したとは言いません。

    間違っても創価の言うような絶対的幸福境涯などと言うものではありません。
    それは単に仏と言うものを知らない人が天界を最上だと思い
    天界を仏界と見誤った方の発言にしか過ぎません。

    この辺は創価では教えてくれない、仏教での基本中の基本となります。

    > signifieさん

    > 「そんなものははじめからない」

    これはまた酷く乱暴な物言いで。
    仏界と言うものが存在し得るか否かと言うのは
    日蓮以前の天台宗最澄と法相宗徳一とが「三一権実の論争」として語り尽くしたことでもあります。
    日蓮は最澄の法華第一思想を継承しているわけであり
    「三一権実の論争」の互いの言い分を読む限りでは
    一般的世間的視点から見ても最澄の方に目があると思いますけどね。

    つまるところ日蓮が示す念仏、真言、禅、律批判は
    あなた方の言う創価は仏教ではないと言う事と同様に
    念仏、真言、禅、律は仏教ではないと指摘しているだけの話です。

    そもそも日蓮の他宗批判は「私だけが正しい」と言う代物ではなく
    釈迦、龍樹、羅什、南岳、天台、最澄の延長にあり
    彼らの意図が後世により歪められているという指摘をしているだけにしか過ぎないわけです。

    ちなみに日蓮が釈迦仏等を拝んでないと言う事自体
    signifieさんの大きな勘違いであり
    日蓮は釈迦仏、薬師如来、虚空蔵菩薩、地蔵菩薩、天照大神はしっかりと拝んでおります。

  56. 堅皇さん、たくさんコメントしてくださって恐縮です。
    いつものことですが、堅皇さんの議論のための議論には正直うんざりしてます。堅皇さんが登場すると、ここでのみなさんの対話が無意味に引っかき回されてしまうこともおわかりですよね。
    先に何度も書いているとおり、私は日蓮正宗の教義について批判しているのではありません。宗教でもない創価学会が宗教のような顔をして、多くの会員からお金をだまし取っていることを問題にしています。ただ創価学会と日蓮正宗は教義としては同じなので、創価学会の批判は、教学については日蓮正宗への批判のように受け取られてしまうのも仕方ないかもしれません。しかし、日蓮正宗は仏教の一宗派ですから、どんな教義であろうとかまわないし、それにどうこう言うつもりもないことは先に書いたとおりです。なので日蓮正宗の教義に対する私の認識が堅皇さんと違っていたとしても、ここで議論する意味はないと思います。堅皇さんが「日蓮はこうですよ」と言われれば「そうなんですね」としか答えようがないんです。私がそれを否定して、自論を展開したところで何の意味があるでしょうか。ここではいわゆる日蓮宗の教義の是非について議論する気はありませんのでご理解ください。どこかそういった議論が大好きな方たちが集まるようなところで思う存分議論を楽しんでください。よろしくお願いします。

  57. 相変わらずスカッとしないコメントありがとうございます。
    自分はスカッとしたかもしれませんけどね。

    字ずらではなく、質問の意図を理解する能力をもちましょう。
    理屈では学べない感覚的なことなので、何度教えても理解できないかもしれませんが。

  58. 勝手ながら、以前のコメントに戻りますが、
    この先、いくら創価学会が若者相手にMCを続けても、
    まったくの無駄、お金がもったいないだけです。

    この場に集う多くの2世3世がそうであるように、
    どこかで違和感を感じて、ついていけなくなってしまうのです。
    そうした経過を見据えて、もっと現実的な落としどころを
    追究する段階まできていると思います。

  59. モニカさん

    > 理屈では学べない感覚的なことなので、何度教えても理解できないかもしれませんが。

    モニカさんってオカルト主義者なんですねぇ。

    古来宗教って学問とオカルトの隔たりなんかなかったわけです。
    で、仏教のそもそもの始まりと言うものはオカルトを宗教とするヒンズー教に対し
    釈迦が理屈でそれを解きほぐしたのがその始まりなんですよ。

    ですから仏教と言うものは元来オカルトよりむしろ学問に近いものなんです。

    釈迦滅後仏教が学問からオカルトに傾倒していく中
    また学問へと引き戻しを書けたと言うのが法華経と言う経典。

    ですから他の経典が二乗不作仏を語っている中で
    法華経のみが二乗作仏を語っているわけです。

    創価でも二乗ぐらいは習いましたよね。
    法華経と言うものは人によって感じ方が違うあやふやな感覚的なものを説いているわけではなく
    キッチリとした理屈をもってして全てが構成されているわけです。

    ま、要するに理屈では学べない仏教は仏教ではないと言うのがある意味日蓮の思想とも言えますかね。

    ある意味、己の直感のみに生きる人、オカルト好きには敬遠される経典だとは思いますが。

  60. 堅皇さん、管理人である私の忠告をスルーして、どうでもいいような内容でひまつぶしをするスタイルはあいかわらずのようですので、ここが荒れないうちに、以後の堅皇さんのコメントは非承認とさせていただきます。さきほども言いましたが、よろこんで相手をしてくれる場所はいくらでもありますから、そこで遊んでください。ここはあなたの遊び場ではありませんので、よろしくお願いします。

  61. 私がオカルト主義であるかどうかは、読まれてる方が判断するでしょう。

    私がビルトアップさんに質問をした意図は別にありますが、少なくとも堅皇さんの自慢の講釈を聞くためではありません。

    堅皇さんのこのようなコメントをなぜシニフィエさんが、敢えて承認されたかわかりますか?
    経典を読む前にじっくり勉強されてはいかがかと思います。

  62. コメントありがとうございました。
    本当にどうみてもデマとは思えない[信憑性が高い]ことを感じ、覚醒できました。ニセ本尊に関しては、実家が日達上人のもので、結婚して分世帯でもらい、一枚刷りのただのコピーでは?こんなのでいいの?と疑問はあったのに、悩むと真剣に祈って、信じこんでました。ニセ本尊と知ったのも、ヤッパリ的なすんなり納得しました。
    私は、地方の田舎の県にいるので、後継者不足で役職兼任も普通です。
    実家は過疎化で、もっと大変。でも田舎ほど数少ない青年部は団結しているような気がします。結婚して地方都市にきたら、同世代が多いかな、と期待してました(笑)全然でした。私の支部は高齢者ばかり、2、3世が非活の多いこと。婦人部長の娘も、非活で、うちの娘はさっぱりで~とぼやいてます。土地柄の性格か、お人好し、いい人たちばかり、皆あったかい人たちと感じてましたが、皆、騙されている人たちなんですよね。
    検索してて、学会が関わった事件の多さが信じられませんでしたが、地方でもいろいろあったとは。

    私も、覚醒したといえど、創価脳のままかも!
    日蓮さんの呪縛からは逃れてない、と皆さんのを拝見し、改めて思いました。他のサイトでは、戸田会長の時の学会に戻れとか、宗門に戻れ、とか
    覚醒しても、そこが残念なところなんですね。
    尊敬していた亡くなった祖母は、戸田会長の時からの人なので、お墓参りにいきながらお寺にいこうと考えてました。
    祖母が亡くなった時、バリ活の女子部。喪主(祖母とは家は別ですから)
    は葬儀は日蓮正宗の檀家なので、こちらでやるといいだし、祖母は最後まで創価学会で戦ったのに!何てことと思い、あんなニセ坊主に拝んで欲しくない!と、親戚や近所の檀家さんたちの前で、暴言吐き、よし!言ってやったぞ!と悪はせめねばと、本気で思っていた私です(笑)
    うちの両親も同じ思いで、説得したけど、喪主に従うしかなく、今思えば当然ですよね、祖母とは別の家のものなのに、決める権利ないのに。
    そのこともあり、お盆に何十年ぶりにお詫びの気持ちで参拝にいこうか、と思ってました。こちらのサイトを拝見して、日蓮や宗教からの呪縛はとけていない私なんだな、と感じます。
    では、日蓮さんや戸田会長が正しいのでは?という執着も完全覚醒のために も無くさないといけません。対話の場所なのに、一方的な書き込みになってすみません。
    皆さんの拝見したり、書き込み、お返事頂いたり、自分をみつめなおし、完全覚醒のためにも宜しくお願いします。

  63. signifieさん
    これまた辛辣なコメントいただきましてありがとうございます。
    おすがり信仰とはこれまた手厳しい。
    私は日連大聖人の教えに間違いはないと思っているのですがsignifieさんは
    >日蓮の教えだけではなくきちんと仏教を学ぶべきです。上のような推測で宗教を判断しないことです。
    ですから私は日蓮大聖人の教えよりもすぐれているその様な宗教があるのか?
    在るのであれば教えていただきたい思ったのです。
    結局存在しないということですね。

    私は仏教の入り口にも到達していませんがsignifieさんのコメント

    >そんなものは初めからないと悟るのが仏教の教えです。

    仮にも創価学会で勤行をなさっていた方のセリフとは思いません
    signifieさんこそ創価の指導を鵜呑みにした創価脳から離れていらっしゃらないようです。
    創価が法華経の読経を助行と軽んじているから、お経の意味を理解せず云われるがままに勤行をしてしまって、結論が(そんなものは初めからないと悟る)となってしまったのでしょう。

    勤行で読経する如来寿量品には

    爲凡夫転倒 實在而言滅 以常見我故 而生憍恣心

    凡夫は転倒せるが為に、実には在れども滅すという
    常に我れを見るを以ての故に 而も憍恣の心を生じ

    放逸著五欲 堕於惡道中 我常知衆生 行道不行道

    放逸にして五欲に著し悪道の中に堕ちなん
    我は常に衆生の 道を行じ道を行ぜざるを知って

    隨應所可度 爲説種種法 毎自作是念 以何令衆生

    応に度す可き所に随って 為めに種種の法を説く
    毎に自ら是の念を作す 何を以てか衆生をして

    得入無上道 速成就佛身

    無上道に入り 速かに仏身を成就することを得しめん

    凡夫の心は転倒しているから実在していても滅すと言って仏に逢いたいとの渇仰の心を起させるが、また絶えず仏の姿を見ていると、凡夫はいつでも逢えると思って、わがままで自分勝手な心を起して、真剣に道を求め、教えを求めるという心がなくなり、 放逸となり、五欲に執着し、地獄・餓鬼・畜生の境界に堕ちてしまうのである。仏はいつでも衆生が道を行じているか、行じていないかを知って、 その相手の力に応じて法を説く。いつもいつも何とかして衆生を
    無上の仏の道に入らせて、仏の境界に到達させてあげようと念じているのである。

    成仏への道を説かれています。

    法華経は釈尊の教えではなかったでしょうか?

    こちらは前進する気のない方々の集まりの様ですから、私の様なものが不躾なコメントを申し上げる場ではないようですね。
    対話を 求めてという首題に惑わされてしまい、個人ブログに大変失礼しました。
    これにて失礼致します。

  64. 今回のテーマでコメントされている内容、は素人(?)の私でも分かりやすく非常に感銘を受けました。いつか本として出版され多くの人の目に触れてほしいと願っています。モニカさんのコメントにいつも「そうよ、そうよ」と拍手喝采している私がいます。

    生まれた時から信者にされた人のコメントは思わず涙がこぼれそうになります。

    (子どもの人格を何だと思ってるのでしょうと。親の玩具では無いでしょうと)

    こちらで発信されている事の意義はとても大きいと思います。

  65. ビルトアップさんが堅皇さんとそっくりのコメントだったのには驚きました。どちらも都合の悪い質問はスルーして、揚げ足をとれるところに長々と屁理屈をつけてくる。そっくりでしたね。
    法華経は仏教のなかでも大乗思想の頂天でしょう。それくらいは私でもわかります。そのことと、創価が法華経を用いることは、全く意味が違います。創価にとって法華経も日蓮も会員を洗脳するための道具でしかないのですから、そこにどんな宗教的な解釈を持ってきても、何の意味もないわけです。例えるなら、幸福の科学だって仏法を基調とした宗教だと主張していますし、釈迦は大川総裁が過去に教化した弟子だと、わけのわからないことを真顔で言っていて、信者もすっかり信じているし、多額の寄付や書籍の購入や選挙活動をやると功徳があるぞと、創価とまるっきり同じ仕組みで会員を利用しているわけですが、それでも創価と幸福の科学はたがいに「おまえのとここそインチキだ」と言っているわけで、カルトの話をしているのに、ここは正解でここは間違っているといった次元の話ではないことがどうしてわからないんでしょうね。カルトの問題がテーマなのに、そこに御書の真贋とか、成仏の定義とか、法華経の位置づけの話をああだこうだと長々とされても困るんですよね。で、最後はたいてい悔しまぎれの捨てゼリフで去っていく。だいたいこのパターンばっかりなので、近頃は早めにはっきり言うことにしました。それでも私としては管理人として精いっぱい対応したつもりです。以上です。ビルトアップさん、お疲れさまでした。

  66. ご無沙汰しております。プライベートで何かと忙しく、最近は拝見するだけでした。

    ビルトアップさん、はじめまして。非活で学会三世のまると申します。もう遅いかもしれませんが、お返事は頂かなくて結構ですので、お読みいただければと思います。

    日蓮の教えがご自分に合うようであれば、このまま題目を続けていかれてもよいと思いますよ。
    題目をあげて心が休まり明日への活力がみなぎるというのであれば、何も問題はありませんよね。

    ただ、正邪を明らかにするとか、より間違いのない宗教を求めたりする姿勢に、シニフィエさんは異議を唱えておられるのだと思います。仏教ってそんなものじゃないよ、と。

    この教えは正しい、大丈夫、というのは、生きていく上で絶大な安心感がありますよね。
    それに、誰かが指し示してくれる道を歩むほうが、無駄がなく効率的です。
    その発想こそが創価学会的であり、シニフィエさんが安直だと指摘する所であり、これだけたくさんの人が引っかかった原因なんだと思います。

    それから、こちらを前進する気のない方々の集まりというように捉えられていますが、私に限っていえば、自分が前向いてるかどうかなんてわかりませんよ。今やらなければならないことにひとつずつ取り組むだけです。

    学会にいると、なんでも前進、勝利と言いますが、そんなこだわりが視野を狭くしていることに気付きましたので、そういうものからは離れました。それでよかったかどうかは、死ぬ前に自分でわかればいいですし、わからなくてもいいですね。

    そういう生き方を「流されている!」と貶してきたのが創価学会ですし、幼い頃からそういう価値観を植え付けられてきた二世、三世には、ここをひっくり返すのは容易ではありませんが、今一度、ご自分が当たり前と思ってきた価値観から離れてみると、色々なことが見えますよ。

    横から失礼いたしました。

  67. ビルトアップさん、成仏…仏の境界に到達するのはスバラシイと思います。

    が、創価時代いくら立派なお経を唱えても、仏の境界なんて人に巡り合えませんでしたし、自分もとうてい及びませんでした。
    また創価を辞めても、仏教だ、法華経だ、成仏だと叫ぶ人ほど、とうてい信仰者とは思えない言動です。(ビルトアップさんはまだよく存じませんが)
    世間の無宗教の人、一篇の題目も唱えてない人、或いは他宗教の人の方がスバラシイと感じる人が圧倒的です。

    前進する気のない人、なんていないんじゃないかと思います。
    少なくとも創価で多くの人に迷惑をかけてしまった、ということに悔いを感じて、自分を改めてる人がここに集まってると思います。

    仏教というのは知恵の宝庫であろうとは思いますが、アプローチの仕方があるような気がしてなりません。
    創価のように金儲けに利用するのは言語道断にしても、かざして振り回すものではないと思うのです。
    創価ってそういうやり方でした。
    「言ってることは正しいんだ。御書の通りだ、経文の通りだ、理屈に合ってるんだから得意になって声を荒げて当然だ」
    それでは絶対に人は説得できないし、自らも成仏など無理でしょう。

    私はこのブログで救われたし、いろんなことを学びました。心を打たれたこともあります。
    誰も経典をひも解いて偉そうな説法などしませんでした。
    だけど心を救われたんです。
    そういう人は大勢いると思います。
    意識などしてないけど、仏教を振り回す人よりずっと、仏教の説く人の道から外れてないからじゃないでしょうか。

  68. 堅皇さん、どうかこんなブログなんか相手にしないでください。もっときちんと相手にしてくれる場所はご存知のはず。都合が悪くなったらすぐに非承認にするようなところにコメントしてもつまらないでしょ。私もせっかく頑張って書いた返事をスルーしていることさえ気がつかない人の相手をしている暇はありませんので、よろしくお願いします。

  69. 前進する気がない?ラザリスです。今 宗教を離れて、10年くらいになります。様々な本を読んで 気がついたことは、もともと 人間には 無限の可能性があり、正座して 呪文など唱えなくとも、自分を信じて 真剣に生きていけば、必ず答えは見つかるということです。失敗したら、それを教訓に またやりなおせばいいだけです。罰も功徳もないのだと。
    MCが解けた今、忙しくて 大変な毎日ですが、新鮮で充実しています。普通に幸せです。自分に正直に生きることが、人間にとって 大切なことなんだと 改めて気がつきました。
    創価の呪縛に苦しむ方々を 解放している このサイトの持つ意義は、ものすごく大きなものです。微力ですが、お役に立ちたいと思っております。signifieさん これからも、荒らしにまけず、頑張ってください。応援してます!!

  70. signifieさん、お久しぶりです(ま、未承認だろな。オメーの器から判断するに(^^;)。
    賢皇さん、お久しぶりです。
    この「signifie」とかいう気取ったHNを名乗る御仁の「対話を求めて」とかいう気取ったブログ・タイトルはやっぱり「撒き餌」に過ぎないんだとオレは思う。
    ただチマチマとアクセス・カウントをチェックすることだけで自己満足してるだけの御仁なんだと思う。
    基本は気心の知れた仲間の内輪話なんだけど、たまにマンネリを打破する刺激剤を投入してみましょ、みたいな。
    つまるところ、すわ裁判!?と聞くと、色々言い訳しつつ、途端に方針転換する御仁なんだから。。
    signifieさんのこの↑コメントは自らそのことを告白していらっしゃるんじゃないのかな。。
    こんな腰の据わらない私ごときの道楽につき合っていただくのは誠に申し訳ない限りです、ということの、シンパの目を意識した遠回しな表現なんじゃないのかな。。

  71. 私も、[そんなものは初めからない]と悟った?感じたから覚醒したと思います。
    昔は、信じて、題目をあげれば、病気が治る!貧乏でもお金が入ってくるようになる、と騙し、今は、あまり体調が悪ければ病院行こう!題目で治るんじゃなかったの?体験発表で、夢が叶いました!以前より給料のいいとこに就職できた!スポーツなら優勝できました!
    題目のおかげでも何でもない、その人の努力にしか過ぎません!
    私の周りでも、何の宗教もしていない人の方が、よほど人間らしく生きてます。長いこと腎臓透析してる友人、総合失調症の友人、貧乏でも周りが助けてくれるから、生活できている友人、いろいろ悩んでいる友人、自分で考えて、自分で乗り越えて、悟っているから強いし、人間らしく生き生きしてます。
    いまでは、病気になっても病気に負けない、とか、被災したとしても、被災にあったことが不幸ではない、いまこそと踏ん張り乗り越えていく勇気がこの信心です。
    学会に入んないとできないこと?入んない人は不幸なのか?違いますよね。
    なんで私はこんなことに気づかなかったのか?と悔しいです。
    自分の所在、ばれそうですが、
    東日本大震災の被災地です。
    未だ進まない復興、先の見えない現状にいます。
    宗教関係なく、皆、努力し、乗り越えています。
    学会は、震災をこりゃ、広宣流布のチャンスと言わんばかりに、復興なんちちゃら、とやってます。
    戦後の学会みたいです。
    テーマと全然、関係ないことですね、すみません。

  72. NAOさん貴重なコメントありがとうございます…
    私は画面に向かって、できる限り真摯な気持ちで涙するばかりで、
    少しでも気持ちに寄り添うことができればと思います。

    今日は久しぶりに夏らしい快晴です。
    主人が仕事で被災地に出かけると、実際どうしたらいいか
    言葉が出てこない…きっと当事者の方の気持ちは……
    ただただ心身の健康、これからを願いたいです。

    管理人さん、運営ほんとに大変だと思います。
    難しいことはさっぱりですが、リアルな気持ちを
    私も大らかな気持ちで見つけられるようにします。
    どうぞ、これからも少し寄らせて下さい
    このコメントの後は、次いってみましょう〜

  73. 皆さん、いつも素晴らしいコメントありがとうございます。一部お聞き苦しいところをあえて晒していますが(笑)、たまにはこんな人もいるんだということで、あまり気にしないでくださいね。彼らは単なる「かまってちゃん」なので、かまってもらえるなら何だってするんです。リアルでは相手にしてもらえないから、ネットでかまってもらおうと必死なんですね。ああやってわざといやらしくからんできて、相手にしてもらってると勘違いしてる悲しい人たちです。こうして恥を晒されていても、相手にしてくれるなら喜んで寄ってくるんです。事実こうしてちょっと承認したらワラワラ寄ってきたでしょ(笑)。でももうこれで終わりです。残念でした〜。ここはかまってちゃんの遊び場ではありませんので、どっかよそで遊んでくださいね、いい子だから。

  74. NAOさん、被災地で頑張っていらっしゃるんですね。創価にとっては被災者でさえ食いものですので、ひどい話です。田母神氏が創価の盲目的な支援で福島県知事にならないことを祈ります。ツイッターでこんな情報が届きました。https://m.facebook.com/photo.php?fbid=602685249851338&id=100003296049980&set=a.556885611097969.1073741828.100003296049980
    線量計が高い数値を示すたびに「機械の故障」と言い張る規制庁には呆れますが、これが自公政権の実態です。先日は、福一から海に汚染水を流している画像も流出して大変話題になりましたが、規制庁は知らぬふりです。また首都圏の放射線量も事故前の基準値を超えてるんですけどね。それでも自公政権はなにがなんでも原発を再稼働しようとしています。当然、創価も再稼働に右へならい!です。
    創価は、秘密保護法も集団的自衛権も原発再稼働もみんな仏法正義の行動だと信じて頑張ってるんですね。すごい宗教ですね。

  75. 後から読み返し、自分の所在は、被災地です。なんて書くと津波被害を受けたようになってしまい、正確には、
    ではなく、内陸部なので津波被害はありませんでしたが、
    主人の実家と親戚が沿岸部で津波の被害受けたので、震災後に現状を見に行ったり、今でも、被災地いったりします。

    学会の方だって多くの方々が、流され亡くなりました。
    いきていても、家も財産も失った人もいます。
    あの時、神も仏もなかったんじゃないかな?
    いろいろと拝見していて法華経だの、成仏だの、悟りだの、どうでもいいことに思えました。
    本当に悟りを得たいなら、家も財産も大切な人もなくして、無になったらいかがですか?そうすれば悟りを得られるのかも知れませんね。
    独り言です。

  76. NAOさん、ここは 被災地から遠く離れているので、その様子は、テレビなどでしか知ることができませんが、想像を超えた苦しさがあるのだと思います。今の自分にできることは、カルトに騙されて、苦しんでいる方々に 真実を語り、本来の尊い自分を取り戻すための手伝いをすることかなあと感じています。時間はかかるかもしれませんが、ひとりひとりが 立ち上がって、真実に目覚めれば 必ず 世界は変えていけると確信しています。人間は 無限の可能性を秘めて、生まれてきたのですから。

  77. わかりやすいタイミングですね(笑)
    いえ、独り言です。

    カメレオンさん、ごきげんよう。
    仏教の基本中の基本だそうですが、成仏とは
    「何がどうしてこうなったの理由を知り、 更に相手の特性、または自分の特性を知る」ことだそうですよ。
    未承認になったわけを信仰を持たない人にはわからない、仏の知恵で一人静かに考えたらいかがでしょう。
    そうしたら人への恨み言など出ないんじゃないでしょうか。
    仏教徒らしく成仏を目指すなら、恨み言、悪態など出ない見本を見せて頂きたいものです。

  78. 承認しませんとお知らせしたのに、堅皇さんからふたたび長いコメントをいただきました。また成仏についていろいろ書いていただきましたが、もちろん承認はしません。それよりすでに堅皇さんからは日蓮の教えに従うと、堅皇さんやカメレオンさんのような成仏ができるということを身を以て示してくれたことに感謝します。もうそれだけで十分わかりました。やはり文証理証より現証が大事だということなんですね。たいへん勉強になりました。これ以上、成仏の姿を教えていただかなくてもけっこうです。みなさん、お題目をあげると堅皇さんやカメレオンさんのような人間になれるそうですよ〜。ありがたいですね。合掌。

  79. すごいです。これだけコメントしないように言っても、堅皇さんはまだコメントしてきてますよ。承認しないって言ってるでしょ。もしかしたらストーカー?そんなに暇でさみしいんですか?平日の昼間っからいい大人が何やってんでしょうね。もしかしたらプータロー?ま、どうでもいいですが、気味が悪いのでブロックさせていただきます。もうコメントできませんよ。いい子はよそで遊んでね。

    ということで、このへんのブレブレはここでバッサリとうち切らせていただきます。いまコメントをブロックする画面に行ったら、ブロックリストは全部で6人でした。これまで4000近いコメントのなかでブロックしたのが6人だけということは、本当にみなさんが真面目にコメントしてくださってきた賜物だと思います。本当にありがとうございます。

  80. ここは創価学会の姿を知る貴重な覚醒の場だと思います。創価学会員が聖教新聞でお得意の汚~い言葉で語れば語るほど、あ~やっぱそういう組織かと覚醒を早めるだけですね。残念!

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