はたして創価学会は仏教なのか?

世の中、全国的にお盆です。基本的にお盆は仏教の行事ですね。お盆はご先祖様がお家に帰ってくるから、子どもたちも実家に帰省して、ご先祖様をお迎えしなければいけないといった風習が、根強く残っています。昔聞いた話では、お盆には地獄の釜が開いて死んだ人が家に帰るみたいなことを聞いていましたが、じゃあ、死んだらみんな地獄の釜の中で苦しんでいるんだろうか?って、子ども心に怖くなっていました(笑)。それに「毎年家にやってくるってことは、いつまでも成仏してないってことじゃん」などとも考えたりして、なんかおかしいよなあと、これも子どもなりに思っていました。灯籠や小さな船をつくってご先祖様の霊を極楽西方浄土に送るという風習も全国各地で残っています。もちろんこれは浄土真宗の風習が、なんとなくその土地の年中行事のように、宗派に関係なくされていますね。そのあたり創価は徹底して否定してきました。地域の風習にも絶対参加しない。お祭りだってそうでした。今でこそ地域との軋轢を考慮してか、固いことは言わなくなりましたが、そりゃあ昔はいわゆる「邪宗バッシング」はものすごかったですね。周りから見れば、単に勝手に孤立しているだけなんですけどね。学会員さんとしては正法を貫いているつもりだったのでしょう。今の創価は他の宗教にはとても寛容で、逆に自分たちのもともとの宗教であった日蓮正宗に関しては徹底してバッシングするという、ものすごい手のひら返しをしているということに、当の学会員さんたちは気がついているのでしょうか。地区の活動家でクリスマスパーティをしながら日蓮正宗のことをボロクソにけなしている姿って、仏教徒としてなんかおかしくないですか(笑)。

ということで、今回のテーマは「はたして創価学会は仏教なのか?」ということにさせていただきます。私には創価はとても仏教には思えません。もちろんそれ以前に宗教ですらないのですが、創価自体が仏教の信徒団体であるという主張の根拠さえ、とてもおかしなところが満載だと思います。だから学会員さんに向けて「あなたがたのやっている信仰は、こんなに反仏教的ではないですか?」という問いかけになればと思っています。

もちろんテーマに関係のないコメントも大歓迎です。とくに今現在の創価の様子を報告していただけると、とっても助かります。私もすでに脱会して2年以上になりますから、リアルな創価を知る機会がないです。座談会のこと、本幹のこと、教学試験のことなどなど、リアルタイムな創価の現状に対して、客観的にはこうだという視点を明確にできると、創価の問題点がより明確にできると思います。みなさまよろしくお願いします。

はたして創価学会は仏教なのか?」への55件のフィードバック

  1. 今回のテーマ「はたして創価は仏教なのか?」は、けっこう難しいかもしれませんね。なにしろ「仏教とは何か?」という問いが裏側に隠れていますね。そこから話をしだすと、かえって焦点がボケてしまうかもしれませんので注意が必要です。ここでいう仏教とは、一般的な認識としての仏教と考えてください。哲学的に掘り下げていくと、何がなんだかわからなくなります。だいたい仏教というのが、およそ宗教らしからぬものだからです。もっとも、私が仏教に惹かれるのはその点なんですけどね。何と言いますか、すくなくとも釈迦が解いたとされる原始仏教(この言い方もどうかと思いますが)には、釈迦自身のカリスマ的な要素だとか、ましてや超能力のような呪術的な要素だとかはありませんよね。それが時間が経つにつれて「これをやったら病気も治れば金持ちにもなる」的な、おすがり信仰になってしまったんですね。もちろんそうでない部分も継承されたり、それらとはまた違った部分で新たな解釈が生まれたりと、この2500年の間にインドから中国、東南アジア、朝鮮半島を経て日本に伝わるまでに、ものすごい変化があったわけで、さらに日本国内においても、仏教伝来の飛鳥時代から、新興宗教としての各種の仏教派生を経て、江戸時代の檀家制度、明治政府以降の神仏習合の時代、太平洋戦争後の信教の自由化に至っては、もう宗教は何だってアリという時代になったわけですね。そんな中で、特に戦後は数えきれないほどの新興宗教が生まれては消えていった中で、その強引な折伏によって勢力を拡大してきたのが創価学会であり、統一教会であり、幸福の科学でした。ほかにも成長の家や天理教やPL教団などもありますが、今現在、社会的な問題としてあげられているのが前者の3つの宗教団体だと言えるでしょう。その三つはよく似ていますね。とにかく会員からお金を吸い上げる手法としては、どれがどれだか区別がつかないほどです。でもそれぞれに「自分たちは他とは違う」と自分とこの正当性を主張し合っているわけですが、世間的には同じような怪しい団体でしかありません。統一教会はキリスト教ということになっていますし、創価と幸福の科学は仏教ということになっています。でも統一教会は世界的なキリスト教会からは相手にされていませんし、創価や幸福の科学も日本の仏教会からは相手にされていません。逆にまともに相手にされては、金儲けができなくなって、かえって困るということになるでしょう(笑)。
    とりあえず統一教会と幸福の科学は置いといて、とにかく創価学会が仏教として通用しているのは学会員さんの中だけなんですね。こうしたとっても基本的で単純なところに気づいて欲しいなと思うのですが、やはり「創価だけが正しい」と思わないと不幸になると思い込んでいる学会員さんにとっては、客観的な評価などどうだっていいのだろうと思います。
    日本の新興宗教には、仏教の系譜とは関係ないということを知るべきですよね。みんな勝手に仏教やキリスト教の教義をパクって金儲けに利用していることを理解して欲しいと思います。
    私の知り合いの、そのまた友人が、ある新興宗教の教祖の息子でした。私は直接はあったことがないのですが、その知り合いからけっこうその新興宗教のことは聞いていたものですから、知らないうちに詳しくなっていました。もちろん外部からみれば、なんでこんなに怪しい教義を信じられるんだろうと思っていました。もう、見るからに怪しい。でもそこも会費や寄付や、特別な洗礼とかにお金を出させて、やっぱり会報や書籍を会員にたくさん買わせて、そのお金でびっくりするほど豪華な「神殿」を建てていました。教祖もその息子も、見るからに怪しげな人で、結局息子が不慮の事故で突然亡くなりました。でも亡くなったことはとくに会員に知らせるでもなく、何もなかったかのようにその宗教団体は存続しています。会報の体験談は、みんなその息子が書いていました。いろんな年代層と職業を演じながら「この信仰のおかげでこんなに幸せになることができました。教祖様になんとお礼を申し上げてよいやら…」といったほとんど同じ内容のことを毎月毎月書いては会員さんに買わせていたのです。
    村上春樹氏の小説「1Q84」に新興宗教が出てきます。いろんな方が「あれはきっと実在の団体だ」と指摘されていますが、まあ、それは噂であって日本の新興宗教はどのみち似たり寄ったりなものだと考えていいのではないでしょうか。要は伝統的な宗教とか関係はないということです。もちろん創価学会は日蓮正宗から破門された時点で、もはや仏教ではないでしょう。自分から「日蓮正宗ではない」と宣言しているのですら間違いない。そして昔から日蓮正宗以外は間違っていると言ってきたわけですから、創価学会は日本のどんな仏教も自ら否定しているわけです。ここはきちんと押さえとかないといけません。創価はすべての仏教を否定しているということです。そして自分たちの信仰こそが唯一無二の正しい仏教なのだと言ってるのですから、日本の仏教界が相手にしないもの当然ですよね。
    こうした理由で「はたして創価は仏教なのか?」という問いに対しては「創価は仏教ではない。仏教だと思っているのは学会員だけだ」ということがはっきりすると思います。「創価はどこかで間違ったのだから、組織改革をすればすばらしい宗教団体になる」などと、とんでもない勘違いです。創価は宗教ではない、ましてや世界中のどんな仏教とも相容れることのない宗教なんて、宗教であるかどうかという問いすら成り立たないのです。では創価とは何なのか。やはりここで最初から何百回も繰り返し訴えているように「創価は単なる詐欺団体」なのです。創価は会員しか騙しません。外面はいかにも平和を希求する文化的な宗教団体であるかのような顔をして、決して外側に向かってお金をとるようなことはしません。あくまで会員にして、自分からお金をよろこんで差し出すような仕組みにしています。これも新興宗教団体のおおかたのやり口ですね。外面はいいけど、いったん会員になったらじわじわと洗脳していき、知らないうちにお金も労働力の差し出すようになって、どんなに辛くても抜け出せないような精神構造に変えてしまう。そりゃあ恐ろしい団体ですよ。
    また「そもそも」が出てきますが(笑)、そもそも何か超自然的な力にすがるという時点で、それはもう仏教ではないということです。そして幸せの代償としてお金を要求される。これも新興宗教の特徴ではあっても、仏教の特徴ではない。「ご本尊さま、どうか私を幸せにしてください。そのかわり持っているお金は全部財務にします」これって仏教じゃないでしょ。宗教じゃないでしょ。どう考えても詐欺でしょ。それが学会員さんにはわからない。気づかない。この「気づかない」ようにするための「宗教的儀式」なんですよね。いいことは信心のおかげ、悪いことは自分の信心が足りないから、たくさん財務をすれば幸せになれる、たくさん公明票をとれば福運を積める、たくさん会員を増やせば幸せになれる、新聞をたくさん購入しても幸せになれる……学会員さん、あなたはいつからそんなことを心の底から信じてしまうようになったのか、考えたことがありますか?なかったら是非考えてみてください。自分ははたして仏教徒といえるのだろうか。いや仏教徒でなくてもかまわない。池田先生のお役に立てればそれでいいんだ…いつからそう考えるようになったか思い出せますか?池田先生は実際に何をしてくれましたか?あなたがたからもらったお金で好き放題やってきただけではありませんか?でも池田先生はもう4年以上もどこで何をやってるかさえ知らされないんですよ。池田先生はすべてを自分たちに託されたってですか?じゃあ池田先生がいるころと何か変わりましたか?変わったことと言えば、活動家の人数が激減したことでしょう。残っている人はみんなお年寄りになってしまいましたよね。もう若い人はついてこないです。正直これから学会員さんの数が増えると思いますか?それはなぜなんだろうと考えたことがありますか?それはね、創価が間違いだったということに気づいた人たちが、次々と辞めていってるからですよ。辞めてもバチなんか当たりませんよ。カラーコピーおご本尊を破いてもなんともありませんよ。単なるコピー用紙ですからね。それでも創価を信じるかどうかは自由です。でもどう考えても創価は宗教ではないと考えるのが普通の感覚なんですが、どうでしょう。

  2. 自分は、仏教について 専門的に勉強したことはないので、間違いがあれば指摘して下さい。とくに 博識の二郎さん、お願いいたします。
    自分の認識では、釈尊は マンダラや仏像などに対しての 偶像崇拝を禁じていたと思います。それは、教えを おすがり信仰的なものに、すり替えられることに対しての警告ではないでしょうか?ましてや、それを金儲けの道具にするとは!?
    それから、ある特定の教義を信じなければ、(信じれば) 地獄に堕ちるなどということも、言わなかったと思います。
    それは、仏教がもともと 寛容的な教えであり、平和的な宗教と言われる所以であると思います。ましてや、敵対する宗派を言論の暴力で徹底的に攻撃し、挙げ句の果てには 「追撃の手をゆるめるな」とは……
    それから もうひとつ。仏教では、執着することが 苦しみの始まりだととらえられていたはずですが、創価では活動の中で 徹底的に執着せざるを得なくなりますね。折伏の数、聖教啓蒙の数、会合の結集のパーセンテージ、選挙でのFの数、財務の金額及び活動家のパーセンテージ、etc
    自ら苦しみを作って、お金や労働力を搾取されるのです。
    ゆえに、仏教の教えからは遠くかけ離れていると思います。

  3. 本部の方へ

    創価はもう実質、宗教で勧誘するのは限界を感じてるんではないでしょうか。
    同じような振興宗教の実態も手口も広く社会に浸透して、誰も騙されません。
    小さい頃から洗脳してきたはずの二世、三世さえ、すべて見破っています。

    池田哲学のセミナーとか慈善事業のボランティア団体とか、謝罪して宗教を捨ててそっちにいった方がまだ生き残れるのでは?
    余計なお世話ですか?
    でもインチキ仏教を掲げてる方が、余計会員を失うと思いますけど。
    お金も大きく失うでしょうが、人として寝覚め悪くありませんか?

    創価がこんなに発展したのは、宗教の概念を変えるようなことを言ったからです。
    それが本当ならスゴイことだと皆色めき立ちましましたが、残念ながらただの手口でしたね。
    もうバレバレですよ。
    いやお年寄りの一部は騙せるかもしれないけど、このまま搾り取れるとこまでは利用するつもりですか。

    活動家の皆さん
    何を言ってるか意味がわかりますか?
    私たちはかつて同志と思ったあなた方に、ずっと情を持ってるんですよ。
    私なんかはっきり言って、泣きたいくらい今でも皆のことが大好きです。

  4. 日本では仏教というと、ずらりとたくさんあって、少しずつ歩み寄って研鑽を深めているという印象なので、創価学会はずいぶん肩身の狭い思いを抱いて活動するしかないですよね、しんどいですね。

    うちの母が入信した頃は、まだ日蓮正宗創価学会で、
    よそより入門しやすい宗派で、教学も勉強できるし、
    何より自分で戦後すぐに亡くなってしまった両親に
    供養をあげられるからという純粋な気持ちからでした。

    いまは勢力にものを言わせて、非社会的な活動に出て
    仏教とは関係ないような感じになっていますよね。

  5. 友好期間中、穏やかな日々を過ごしつつ、毎日こちらを拝見しております。二世、非活を目指すものです。

    最近は組織もメールが普及し、「友好期間中ですが○○さんが、友人と対話し入決をとりました!応援のお題目をお願いします」という一斉メールが来たりします。
    一斉メールなので安心して、スルーして、どうかご友人が道を踏み外さないようにと祈るばかりです。

    仏教か、というお話で思い出しました。私は中学生位のとき、家にずらーっと並ぶ学会本のなかで、戸田先生の講義か何かで生死について書かれた所を読んで、思う所がありました。

    死んで肉体がなくなっても生命は続いている。あたかも、私たちが朝起きて活動し、疲れて夜寝る、そして再び元気になって新たな1日が始まるように。
    死んだら全て終わりじゃなく、生命に刻んだ福運は来世にもっていける。みたいに思って喜んで勤行してた思い出があります。
    それから、高校、大学あたりまではなんの疑いも持たず、自分は自分の運命を開いていける信仰をもっている!と自信と確信に満ち満ちてました。
    選挙だって、ただただ社会を日本をよくするため、公明党が勝つしかないって本気で考えて、非常識なことも平気でやってました。

    公明党が新進党に合流したときも、何も考えず応援してて、友人に「野村紗知代」の支援依頼をしたことがありました(笑)そのとき、友人から「あなた、何やってるの?本気でサッチーを政治家にしたいの?少しは冷静に考えなよ」と言われたことがありました。当時は少し落ち込んだ位で、また選挙活動に没頭。
    完全にいかれてました。

    そんな思いで支援した新進党があっけなく消滅したとき、なんでこんな矛盾だらけの政治活動に傾倒しなければならないんだろうって思いました。

    あと、もう20年前になりますが、本幹に友人を連れ出したときのこと。
    私としては、池田せんせいに直接触れれば、感動するだろう、とばかり思っていましたが、友人の感想は、「有名な人の言葉の羅列だったね、もう少し深い話が聞けるかと思ってたよ」でした。

    今思えば、若いときに覚醒のチャンスはいくらでもあったように思います。
    でも気づくことができずに、婦人部へ。

    出発点は、「自分は正しい信仰をしている」つもりでも、実はかなり外れたことをしてきた、信仰や仏教からはかけ離れた自分の姿に唖然としてしまいます。

  6. さきほど知り合いの作家(ベストセラーを何冊も出している有名な作家です)がツイッターでつぶやいていたんですが、いま日本社会全体がブラック企業化しているというのです。それは企業だけではなく、教育機関も、自治体も、政府もという意味ですね。ブラック企業化とは、雇用者を奴隷化してルーチンをこなすだけのロボットにしてしまうということです。

    なるほどなと思いました。その最先端を先取りしてきたのが創価学会ですね。つまり会員に考える余裕を与えずに、絶えずルーチンワークをさせる。それは強要ではなく自主的に何も考えなくていいような労働をひたすら繰り返させるということでは、まさに創価こそブラック企業の真骨頂でしょう。実際のブラック企業では、昇進とか報酬アップというエサをぶら下げますが、創価ではありもしない功徳や福運をエサにしている分、もっと悪質ですよね。ブラック企業では、辛い労働の不満が雇用主にではなく、ライバル会社へ向けられます。競争相手さえ追い抜けば、昇進と安定した生活が約束されるという夢を抱かせながら、それができないのは自分の力不足なんだと納得させられます。ここはネットワークビジネスにも共通するところですね。そして過労死するほどの劣悪な労働環境に疑問を抱くこともなくなり、ひたすらルーチンをこなすことに没頭していくというのです。

    まるきり創価の実態そのものです。ブラック企業と比較することで、創価にとっての仏教が、会員を思考停止にして働かせるための単なる手段であることがわかります。だから途中で言ってることがコロコロ変わっても、学会員さんは何とも思わない。何も考えずに、ただひたすら創価は正しい、先生は偉大だということを信じていれば、きっと幸せになれるんだとしか思えないような人間になってしまうんですね。

    創価にとっては、仏教だろうがイワシの頭だろうが何だってよかったんです。池田先生が「今度はイワシの頭に祈りなさい」といえば本気で祈りますよ、あの人たちは。「そんなばかな」と思うそこの学会員さん、じゃあ、なんで撲滅唱題会までしている日蓮正宗のご本尊のカラーコピーに向かって「日顕憎し!」と拝んでいるんですか?ね、これをおかしいなんて考えてませんよね。そうでしょ。ほかにもいっぱいありますよ。違うと言うなら、実際にこれだけ世間では相手にされないようなおかしなことをやってきたにもかかわらず、どうして疑問に思わないのか説明できますか?創価はすでにじゅう〜ぶんにおかしいんです。それに気づかないのは学会員さんだけなんです。

    なぜ気がつかないかを、この二年半のあいだ、このブログでもさんざん言い続けてきました。もちろんここだけではなく、ネット上には数えきれないほど創価のおかしな部分を告発したブログがあります。学会員さんはそれでもわからない、気づかない。それは創価によって思考停止にさせられているからです。ブラック企業で働いて過労死させられてしまう若者と同じように、創価にとって学会員さんは何でも言うことをきく金蔓であり使い捨てのロボットでしかありません。

    創価学会とはもともとそう言う目的のためのシステムだということに気がついてください。仏教もへったくれもないんです。本尊が途中で変わるなんて、その時点でおかしいと思うのが普通でしょ。そんな仏教ってありますか?仏教では釈迦が教祖です。キリスト教ではイエスが教祖だし、イエスは神の子であるということに変わりはありません。イスラムもアッラーの神ですよ。祈る対象が途中で変わって、それまで何十年も祈っていたものを突然偽物呼ばわりする宗教がどこにありますか?それは創価が宗教ではなく、金儲けの都合でその時々で変えていることの証拠ではないでしょうか。

    まあ、理屈はどうあれ「自分はほんとうに考えて生きているのか?」「それとも自分で考えることを放棄してはいないか?」ということを考えてみてはいかがでしょうか。それが「はたして創価は仏教なのか?」という問いにまで行き着けば、少しは思考停止が解けるかもしれません。

  7. かすみ草さん、コメントありがとうございます。
    かつて活動家だった人が、創価の間違いに気がついて、そこでちゃんと自分の間違いを認める勇気はたいへんなものだと思います。私の場合、創価の間違いに気づいて非活の時代が長かったものの、それでもまだ日蓮仏法に間違いはないと思っていました。いま考えれば、それは自分のこれまでの人生をなんとか正当化したいと言う、なんとも往生際の悪いヘタレだったのだと思います。これを認めてしまえば失うものがあまりにも大きいと勘違いしていたのです。失うものなど最初からなかったというか、得るものなどなかったということにやっと気がつきました。さっさと認めるべきでした(笑)。せめて40歳ぐらいで認めていれば、もっと違った人生だったのかもしれません。今さらですけどね。それにしても、創価に関わった時間だけでも返して欲しいと今でも思います。あれだけの時間があったなら、たいていのことは出来たんじゃないかと、これも捕らぬ狸のなんとやらではあるんですけどね。この歳になって、これからどうやって生きていけばいいんだろうと、まったくわからない状態でいます。でもおかしな似非宗教に騙されて一生をまるまる棒に振らなくてよかったとも思っています。残りの人生を前向きに生きるしかないですからね。とくに若い人にはこんなとんでもない詐欺に引っかかって欲しくないです。

  8. 仏教とは何なのか?
    私には、よくわかりません。
    でも宗教のふりして騙すには、便利な言葉なのかもしれません。

    そもそも創価の活動をすることで、幸せになった人なんているんでしょうかね。

    喜びだと捉えるように思い込まされているだけで、あんな活動を喜びとして活動している人なんて居ないと思います。

    嫌だと思う感情のほうが正常だとわかってから、私はかなり心が楽になりました。

    それもこれもMCの手段である思考。感情。情報。行動の全てをコントロールされて、幸せな人生だと思い込まされてきたんですよね。

    知れば知るほど恐ろしいし、悔しい!

  9. signifieさん、ブラック企業の例えは 非常に分かりやすかったです。ありがとうございました。m(__)m
    MCを解き放つことが なかなか難しい理由として、「今までの自分の人生を否定する」ことに対しての勇気をなかなか持てないという心理があると思います。
    例えていうなら、(創価的な)絶対的な幸福というものを目的地にして 梯子をかけ、毎日 一生懸命登り続けます。途中 梯子が揺れたり、壊れかけていたりしますが、登り始めた時に、学会の幹部や親から 「余計な心配をしたら危険だから、とにかく梯子を信じて登りなさい。梯子を疑って 足を踏み外し、転落死した人間がたくさんいるのだから。」ときつく 言われているので、なかなか途中でやめることができません。下を見下ろせば、かなり高いところまで 自分が登って来ているようだし、もう少し頑張れば 目的地にかなり近づけるような気がするから、後戻りはできません。
    しかし、実際には 最初に目的地としていたところが、全然違うところであって、自分たちは騙されて 一生懸命 梯子を登らされていた訳です。このブログに参加している方々は、その事に気がついた人間です。
    この事実を認めたくない心理は、誰しもあると思います。
    ましてや、二世、三世の方々にしてみれば、はじめからその梯子を登るのが 当たり前のことだとされているからです。
    しかしながら、つらい作業ですが 登り続けてきた梯子を、また一度は降りなくてはなりません。途中から、目的地を変更出来ないからです。
    今度は、自分自身で納得のいく (他人から強制された目的地ではない) 目的地に 梯子をかけ変えて、登っていくしかないです。
    その 目指すべき 目的地が何なのかを教えているのが、本来の仏教だと思います。
    ゆえに、人をだまして梯子を登らせている時点で、仏教の教えから 逸脱しているのだと思います。

  10. 創価学会の人はみな、学会活動、というじゃないですか?
    信仰に活動という言い方をふつうしませんよね。。

    創価学会が仏教とはかけ離れている証左が、この”活動”という言葉に要約されていると思います。

  11. 追伸
    後で 気がついたのですが、その梯子には とても高価なリース料金が加算されていました。とほほ (;´д`)

  12. 二十歳のとき、友人に折伏されて入信しました。十界論の話に感動して入りました。この信心しか仏界までいけないと聞いて。入信して仏壇に向かって、みょ〜ほ〜れんげ〜きょ〜ってやる。四座の追善供養で祖父母や身内の供養をする。会合で日蓮の御書を学ぶ。これだけで宗教をもって仏教を信仰している私。それ以上に幸せになりたくて会合へ行き、新聞啓蒙に協力し、選挙では勇気を振り絞り友人に頼み、折伏も出来ないから財務でその分カバーしたり。無知は闇と通教で知りました(笑)全くのアホでした。アラフォーって言ってますが今年で50歳です。シニフィエさんや皆様のコメントで勉強させて頂いてます。結局、私は仏教って解ってませんでした。創価学会の活動で仏教をそれ以上を学んでいると思っていました。去年の秋に覚醒して本当に良かった。気づいて良かったって、自分を褒めております。暑い中、新聞を配っている学会員さん、財務の金額に悩んでいる学会員さんが一人でも多く気づいて自由になってほしいです。

  13. シニフィエさんのブラック企業の例えとラザリスさんの梯子の話。
    わかる、わかる~と頷きながら読んでいました。

    熱心に活動しながらも、途中で薄々感じていたことがあります。
    創価の活動なんかしていない人達のほうが、ずっと自分の人生を謳歌し楽しんでいるなぁ・・と。

    人生で1番の黄金期20~40代を創価の活動で無駄にしてしまったのが、残念で仕方ありません。
    でも、もう全て過ぎ去った事ですね。
    今さら悔やんでみても、時間は戻らないので仕方ないと思うようにしています。

    ただ、私のような人生を子供達には絶対に送らせないぞ!!と心に誓っています。

    今後、子達がそれぞれ自分の家庭を持つようになった時に、この創価問題が出てくることになります。

    今、それでなくても、教学試験のこと、財務のことで毎日のようにバリ活旦那と、どちらも一歩も引けないという鍔迫り合いをしています。

    子等には絶対に財務も教学試験を受けさせたくない私VS受けさせるため、財務をさせる為に子に説得する旦那

    こんな戦いを繰り広げている家庭のどこが、一家和楽なんでしょうかね~~~

    どっちもバリ活、どっちも未活ならいいんでしょうけど、バリ活夫婦のどちらかが覚醒しちゃうとこうなっちゃうんでしょうね。

    先日、盲信的な義家族たちとお盆で全員集合したのですが、義姉とその配偶者、義兄とその配偶者。
    それぞれの甥っ子、姪っ子(全員創大出身)

    甥っ子や姪っ子の配偶者や婚約者も当然創価。
    その婚約者の親御さんや兄弟もバリ活。

    そして彼らはみーーんな揃って正の役職持ち。
    誰ひとり疑いなく盲信的に活動しています。
    甥っ子、姪っ子はみんな20代でネットも使いまくっていますが、全く疑いを持つ様子もないですね。

    いや~ここまでくると見事だなと冷静に見てました。

    今まで毎年みんな集まると、全員で勤行をして親族ミニ座談会のようになっていたのですが、私はもう座ることができませんでしたねぇ。

    甥っ子たちは私が覚醒したことは知らないと思うので、適当に用事つくって座りませんでした。

    しかし、ここまでオール創価だと、一族でどんだけ搾取されてきちゃったんでしょうかね。
    それを有難いとか、創価のおかげで今日があると口を揃えて言っているんですから、おめでた過ぎる。

  14. レモンさん、すごい環境にいて、よくぞ覚醒されましたね。そりゃ親族に知られたら反逆者の烙印を押されますね。でも頑張ってください。子どもさんを創価の害悪から守れるのはレモンさんだけですからね。一般的な宗教について親が子どもに教えるのは、ある意味大切なことかもしれませんが、創価のような他人の価値観を頭から否定するような思想を、真っ白な心に植え付けるのは、親のやるべきことではありませんよね。申し訳ないですが、そうやってできあがったのが甥っ子さんや姪っ子さんさんですからね。私もやられた口ですが、心が壊れるほど、ほんとうに後悔します。

    話は変わりますが、昔から正月やお盆のときに、会館の仏壇には、とくに豪華なお供えがありますよね。これもみんな学会員さんが出したお金で買ったものです。正月はでっかい鏡餅やたくさんのお神酒。これって仏教なのかなって、昔から疑問に思ってたんです。なにしろ「お神酒」って書くぐらいだから、これは神道に風習じゃないかって。よく神社にある「おみくじ」って「御神籤」のことですよね。神様に運勢を占ってもらう、いわゆる神様のお告げみたいなものです。同じようにお神酒って、神様へのお供え物です。ご本尊って神様なんですかね。紙ではありますが(笑)。

    鏡餅だって、神道の御神体の鏡にあやかったものでしょう。そんなものをご本尊にお供えしていいもんでしょうか。まだ釈迦の像を拝んでいるなら、その像を通して釈迦へお供え物をするというのは理屈に合いますが、日蓮正宗や創価が信仰の対象としているのは、末法の衆生が拝みやすいようにと日蓮さんが魂を墨に染め流してつくってくれた曼荼羅なわけです。それは宇宙の根本法則が記してあるというものですよね。法則ですよ。「仏法は道理だ」ってよく言うじゃないですか。それに神道の鏡餅やお酒を供えるのって、なんか変じゃないかなって若い頃から思っていたんです。まあ、今となってはどうでもいいことなんですが、そのあたり学会員さんもどうでもいいことなんでしょうか(笑)。

    新年勤行会に行くと、帰り際に「先生から昆布をいただきました。みなさん全員が帰りにいただいてください」って、干した昆布をもらいますよね。あれって「昆布は喜ぶ」といって、おめでたい日には験を担いで昆布を食べるという日本の土着信仰や国家神道のならわしですよね。仏教とは関係のない、創価の考え方からすれば邪宗の慣習ですよ。そんなものを池田センセイが自らやるなんてどうなんでしょう。創価流仏教は神道のような邪宗が混ざってもかまわないというのでしょうか(笑)。

    学会員さん、幹部に質問してくださいよ。そしたら「君は信心がおかしくなってるんじゃないか。もっとお題目をあげて、池田先生直結の信心ができるように頑張りなさい」な〜んて言いますよきっと。何の答えにもなっていないのが幹部の指導です。何を言われようが「余計なことは考えずに必死にお題目をあげて活動に専念しなさい」としか言いませんからね。何も考えずに、顔色一つ変えずにこれが言えたら立派な創価の幹部ですよ(笑)。

  15. モニカさんの最後の一文に、涙が溢れて止まらなくなってしまいました。
    そうなんです、私もホントに皆さんが好きなんです。
    お世話になったし、恩も感じています。
    でも。
    もう戻れません。悲しいけど、同じ道は進めません。

  16. モニカさんへ
    きのうのコメントの最後の部分 活動家の皆様に対しての気持ちは、自分にもよくわかります。
    学会活動する中で、人間的に尊敬していた先輩もたくさん居たし、ワガママで不完全な自分を信じて 一生懸命ついてきてくれた後輩もおりました。温かみのある人間が多かったです。
    だけど、今になって考えてみると、自分たちがもし エホバや幸福の科学の信者であったとしても、やはり同じような経験をしていたはずです。人生に偶然は 無いのだと思います。
    自分が会うべくして、引き寄せた人達だと思います。
    「弟子の準備が整ったとき、師匠が現れる。」と 言われます。自分が成長する上で、必要な出会いだったのだろうと思います。
    例え、彼等から 「イケダセンセイに弓をひく、反逆者だ。」と 罵られとも、彼等を恨んだりしません。
    同じく 創価学会という 詐欺団体に騙された 同じ被害者なのですから。
    彼等が、いつしか 創価のMCを解き放ち、お互いに 本当の意味で、人間同士の付き合いができることを、強く望んでいます。

  17. シルバニアさん、ラザリスさん、ありがとうございます。

    私はおかしいと思った時点で何人もの幹部とやりあいましたが、一緒に活動したメンバーとは本当に仲良しでした。
    今も道でばったり会えば笑顔で話します。嫌いになろうはずがありません。
    今もたまにメールして、このブログを読むようにお願いしてます。(やりあった幹部にも!)返信は来ませんが。
    皆、どうしていいかわからないんでしょうね。

    レモンさん、家族、身内と価値観が分かれてしまった辛さ、どれほどかと思います。
    距離を置こうにも置けないですよね。

    でも一切が自分の招いたことだと思って、お互い逃げずに堂々といきましょう。
    バリ活でも覚醒しても、失う友人はいましたよね。
    全くひっかきまわされました。
    でもこれも経験だと思います。まだ先があります。
    このブログだって想像もしてない新たな出会いでした。

    私は正しい仏教とは何か、などはもう興味がありません。
    追及したとも思いません。
    宗教の教えを追及するより、それを信仰している人の振る舞いの方にずっと注目しますね。
    どういう教えであれ、それが自分や社会に反映されないと全く意味がないと思いますから。

  18. こんにちは。
    覚醒して約一年が経つ二世の婦人部プリンと申します。
    何度かコメントしましたが名前を変えました。

    現在は創価の物は全て処分し組織とも距離を置いています。
    自分の意思で抜け出すことができ、やっと解放されたんだとスッキリしています。

    夫は未入会、子供たちにも強制してこなかったので、私が覚醒して自然にフェードアウトできた感じです。地域の創価の人を見たりバッタリ会っても、同志だからという親近感も消え、近所の人という感覚になりました。平穏に暮らしていますが、二世のため覚醒しても実家は創価というのが悩みの種です。

    父親が先月亡くなったのですが亡くなる数年前に創価が金儲けのための組織であることに気が付き会合等には一切出なくなりました。創価は嫌いでも御本尊だけは信じていました。

    父の葬儀は友人葬になりましたが、遺族にとっては、というのか覚醒した私にとってはとても複雑な気持ちになる葬式でした。何の違和感もなく参列していたのは学会員だけだと思いますが…
    『創価学会名誉会長池田大作先生』からということで『…妻と共に追善回向させていただきました…』というメッセージが途中読まれ、桂冠詩人池田大作の長編詞が読まれ名誉称号の授与もあり、葬式ではなく会合かと思えるような異様な雰囲気に感じました。

    とにかく、創価学会名誉会長池田大作、桂冠詩人池田大作が何度も登場し、父の葬儀なのか何なのかと思ってしまいました。
    母親が万が一の時はまた友人葬になると思うので考えるだけで憂鬱です。

    こんなに複雑で重たい悩みを自分の子や孫にはさせたくありません。
    自分自身が二世のため、この問題が解決するには長い時間がかかると思いますが、
    自分の代で断ち切りたいと強く思います。

    テーマと関係ないコメントになりすみません。

  19. ここに書き込みされる覚醒された人で、学会員を心底悪く思っている人などいないと思いますよ。皆さん騙されてますよとは思ってはいますが!
    かつては苦楽を共に分け合っていた同志ですものね
    憎むべきは創価学会池田大作そのものです

    しかし彼もまた愚かな人間という枠から出れなかった(孫悟空の釈迦の手のひらから出られなかった例えのごとく)名誉と金に執着しただけの哀れな人と、
    お隠れになっている今そう思うしかないですね学会員さん
    早く気付いてください

  20. 覚醒して、このブログに書き込みされる方で学会員が憎いなんて思ってる人は、いないと思います
    ただただ早く騙されていることに気づいてほしいだけなんですよ

  21. レモンさん!
    私も、レモンさんと同じ、主人や義家族はみんなバリ活役職あり、という環境です。

    先日も、「創価を辞めたい」と言ったら、普段温厚な主人が、「やるって決めたことから逃げるんか!!」と急にカッとなりました。

    レモンさん、応援しています!!

  22. 創価は仏教をベースにしてるようですが、実質創価教という独特の教えです。
    似たような教団は他にもありますが、それらと同じですね。
    教義も独特だけど、信仰の仕方も独特です。
    とにかく布教活動が群を抜いてすさまじい。
    軸は徹底した布教です。

    これは、トップが金儲けのためだけにやってることなので、あくまで働け働け、稼げ稼げ、利益を上げろ!という意味でそういうスタイルがとられているのです。
    ここを理解しないといけません。
    末端はそうやって明けても暮れても休みなく活動するのは、信心が厚いことだと勘違いしていますが違いますよ。

    創価の信仰スタイルが、企業戦士のそれと全く同じだということにどうか気づいてください。
    信仰を、困った時の神頼みや、冠婚葬祭の時だけ手を合わせるのでは儲からないからそう言うのです。
    企業なんだから毎日毎日活動し、こまめにイベントを計画し、会員を集めないといけない。
    だからこんなに忙しく、ワンワンキャンキャン声だかにアピールするやり方なんです。
    それを仏道修行に休みはないだの、生活に即した仏教だの適当に言いくるめられてるだけですよ。

    信仰ってもっと静かに心でするものではありませんか?

     

  23. まもなく終戦記念日が過ぎようとしています。
    年々いっそう思いが深まりますが、若い方はまだこれから思うことがあるでしょうか?毎年いろいろ思いがよぎります…

    うちの実家の母が言ってましたが、終戦ぎりぎりまで、
    日本が負けるなんて信じられなかったそうです。
    親戚の人、近所からの人、あんなに戦争に出かけていったのに、
    敗戦の玉音放送をラジオで聞いて、まさかと信じられなかった……
    その頃の人々の気持ちを思うと、信じられるものをどこか見つけたい
    という切羽詰まったような思いは、理解できると思うのです。

    そういった健気な人々の気持ちを裏切った創価学会、
    戦後の政治を動かす為に必要があったとするのかもしれませんが、
    戦争で思うように暮らせなかった人々を巻き込むことになった
    裏切りをひしと受けとめて、静かに息を沈めてほしいのです。

  24. 皆さんのおっしゃるとおり、僕らを怒らせているのは、創価学会という 宗教の看板を利用して、会員を騙し続け そのシステムのカラクリを知っていながら、自らの保身や生活のために、隠し続ける 一部の輩に対してです。

  25. テーマから完全に外れますが、今日は終戦記念日でもあるので、マッカーサーの本音を紹介します。
    _______________________

    「マッカーサーの告白」

    日本の皆さん、先の大戦はアメリカが悪かったのです。日本は何も悪くありません。日本は自衛戦争をしたのです。
    イギリスのチャーチルに頼まれて、対ドイツ参戦の口実として、日本を対米戦争に追い込んだのです。アメリカは日本を戦争に誘い込むためにイジメにイジメぬきました。そして最後通牒としてハルノートを突き付けました。

    中国大陸から出て行けだの、石油を輸入させないなど、アメリカに何の権利があったというのでしょう。当時、アジアのほとんどの国が白人の植民地でした。白人はよくて日本人は許さなかったのです。ハルノートのことは、私もアメリカの国民も知りませんでした。

    あんな物を突き付けられたら、どんな小さな国でも戦争に立ち上がるでしょう。戦争になれば圧倒的な武力でアメリカが勝つことは戦う前から分かっていました。我々は戦後、日本が二度と白人支配の脅威とならないよう周到な計画を建てました。アメリカは知っていたのです。国を弱体化する一番の方法はその国から自信と誇りを奪い、歴史を捏造することだと。

    戦後アメリカはそれを忠実に実行していきました。日本がアジアを白人の植民地から解放しようとしたという本当の理由を隠すため大東亜戦争という名称を禁止し代わりに太平洋戦争という名称を使わせました。

    東京裁判はお芝居だったのです。アメリカが作った憲法を日本に押し付け、戦争ができない国にしました。公職追放をしてまともな日本人を追い払い、代わりに反日的な左翼分子を大学など要職にばら撒きました。
    その教え子たちが今マスコミ・政界などで反日活動をしているのです。

    徹底的に検閲を行い、アメリカにとって都合の悪い情報は日本国民に知らせないようにしました。ラジオ・テレビを使って戦前の日本は悪い国だった、戦争に負けて良かったのだと日本国民を騙しました。これらの政策が功を奏し今に至るまで独立国として自立できない状態が続いているのです。(※註:1951年の時点で正気に帰ったマッカーサーが、この今に続く問題を憂いている)

    私は反省しています。自虐史観を持つべきは、日本ではなくアメリカなのです。戦争終結に不必要な原子爆弾を二つも使って何十万人という民間人を虐殺しました。最後に私が生きていた時の証言を記して謝罪の言葉としたいと思います。

    「私は日本について誤解をしていました。日本の戦争の目的は侵略ではなく自衛のためだったのです。太平洋において米国が過去百年間に犯した最大の過ちは、共産主義を中国において強大にさせたことでした。東京裁判は誤りだったのです。

    日本は八千万人に近い膨大な人口を抱え、その半分が農業人口で、あとの半分が工業生産に従事していました。潜在的に、日本の擁する労働力は量的にも質的にも、私がこれまで接した何れにも劣らぬ優秀なものです。
    歴史上のどの時点においてか、日本の労働力は人間が怠けているときよりも働き、生産している時の方が幸福なのだということ、つまり労働の尊厳と呼んでよいようなものを発見していたのです。

    これまで巨大な労働力を持っているということは、彼らには何か働くための材料が必要だという事を意味します。彼らは工場を建設し、労働力を有していました。しかし彼らには手を加えるべき材料を得ることができませんでした。

    日本原産の動植物は、蚕を除いてほとんどないも同然でした。綿がない、羊毛がない、石油の産出がない。錫がない、ゴムがない、他にもないものばかりでした。その全てがアジアの海域に存在したのです。
    もしこれらの原料の供給を絶ちきられたら一千万から一千二百万の失業者が日本に発生するであろうことを彼らは恐れたのです。
    したがって日本が戦争に飛び込んでいった動機は、大部分が安全保障の必要に迫られてのことだったのです」

    アメリカ上院軍事外交合同委員会の公聴会にて
    1951年5月3日
    ダグラス・マッカーサー

    _________________________

    これでもわかるとおり、共産主義はアメリカがCIAをつかって戦争のための対立軸をつくるために作ったものであり、どんな戦争も資本家が莫大な利益を得るために意図して起こしたものだということを、あのマッカーサーでさえ告白しました。彼はみんな知っていました。広島・長崎に落とした原爆は、決して戦争終結のためではなく、戦後に当然起るであろう核競争のための人体実験だったことも。もちろん日本軍による真珠湾攻撃も知ってて、開戦の口実をつくるために黙ってやられました。原子爆弾投下も日本軍は知っていました。

    太平洋戦争だけではなく、朝鮮、中国、東南アジア、中東、イスラエル、インド・パキスタン、アフリカ、東ヨーロッパ、中米など、ほかの戦争もすべてはアメリカを動かしている資本家が金儲けのためにやっていることを知っていました。大麻、アヘン、ウラン、農薬、農産物、家畜、タバコ、コーヒーなどなど、さらに今ではクリーンエネルギーさえもすべてを牛耳り、世界の通貨を調整し、どう転んでも自分たちに利益が出るようなシステムをつくりあげているわけです。そのためには人の命などなんでもない連中です。自分たちとその子孫が好き勝手に生きていくためにこの世界はあると信じている連中です。だから反共も、反日も、反韓も、自虐史観も、みんな彼らが彼ら自身の金儲けのために意図的に作られてきました。もっといえば、創価も、統一教会も、共産党も、朝鮮系の団体も、みんな彼らがつくったんです。

    さて、上のマッカーサーの公聴会のスピーチをネットに流しているのは、いわゆるネトウヨくんたちなのですが、彼らにしてみれば、日本の軍隊は悪くなかったんだとでも言いたいのでしょう。しかし私はそうは思いません。マッカーサーのこの公式発言は、確かにアメリカが悪かったことの証拠にはなりますが、かといって日本が単に被害者だったのかと言うと、決してそうではないと思います。つまりはアメリカも日本も、そして世界全体が、ほんのわずかな大金持ちの餌食になっているということを発信しなければいけないのではないでしょうか。マッカーサーは戦後の日本に天皇を無視してはいけないと判断しました。それはそれで賢い判断だったのだと私も思います。だからといって、ネトウヨがしたり顔で言うような、天皇に一国の主権を与えることの理由にはなりません。名ばかりとはいえ、民主主義は戦後の日本を成長させてきました。アメリカから押し付けられた憲法だと言われますが、じつは日本国憲法は日本人が日本の平和のためにたいへんな思いをしてつくったんです。まさに奇蹟のような憲法です。それさえ自民党と公明党は潰してしまおうとしています。というか、そうさせられています。

    いまだにアメリカ人の7割は原爆投下は平和のためだったと信じ込まされています。国民の半分がニューヨークがどこにあるかも知らないような国ですから、原爆についての認識がその程度であっても不思議ではありません。でも911に関しては4割のアメリカ人は、あれがアメリカのやらせだったという認識なのだそうです。もちろん911も彼らがやったことです。今さら隠しようのない事実です。ブッシュ家は彼らの一族ですからね。戦後69年。まだまだ日本の戦後は終わっていません。同じ権力構造のまま、世界は彼らの支配下にあります。創価もその一端を担っています。でも当の学会員さんたちは、そんなこと考えもしません。ただただ、いいように騙されているだけです。そういった権力に立ち向かえとは言いません。でも自分の人生を見直してみる、考えを一度でいいからニュートラルにもどしてみることも大事じゃないかと思うんです。今の自分での正しい正しくないという対立軸から自分を離して、ほんとうに大切なものは何なのかについて考えてみる。それはあいかわらず右だ左だと騒いでいる人たちにも言えることですし、自分で考えているようで、じつは完全に操作され、植え付けられた価値観だということに気がついて欲しいですね。

  26. モニカさん

    >でも一切が自分の招いたことだと思って、お互い逃げずに堂々といきましょう。

    本当に、そう思います。

    こちらのブログで、シニフィエさんをはじめ皆さんのコメントを読むたびに、私が今現在の立場や環境にいるのも、結局は全ては自己が招いた事なのだと思っています。

    私の場合は1世ですので、特にそれを痛感しています。

    例えば、同じような環境におかれたとしても、バリ活にならない方だって沢山いますしね、

    私の場合、中学から大学まで、あるスポーツに打ち込んでいました。

    バリバリの体育会系で、何かをはじめたらトコトンまで追求する、中途半端にやるぐらいならやらないほうがマシという感じだったんですよね。
    THE昭和の運動部ですね。

    創価に入会してから、無茶な活動に心底疲れ果てていても「こんな事ぐらいで弱音を吐いてちゃいけない」なんて変な根性を出していました。

    でも、そもそも 意地と根性ださなければやっていけない活動って宗教なのか??ってこの辺りで気づくべきでした。

    覚醒した今 何故自分はバリ活になってしまったのかと日々自己分析をしたりしていますが、創価と決別できる日が早くくるよう頑張ります。

    パンダさん
     
    初めまして。
    同じような環境に身をおかれているのですね。

    >先日も、「創価を辞めたい」と言ったら、普段温厚な主人が、「やるって決めたことから逃げるんか!!」と急にカッとなりました。

    わかります。
    うちも同じです。

    私が創価を本気で辞めたい云々の話になると、大きな声で主人も声を荒げます。

    同じ家で暮らしていく夫婦が、同じものを信じられなくなるとこうなるんですしょうね。

    今の状況で、いきなり脱会は、乱暴すぎますので どのような形がベストなのかを私自身も模索中です。

    一時期思い詰めて、私が脱会までこぎつけるには、夫婦を解消するしかないと思った事があります。
    でも、創価ごときのために、離婚するなんて馬鹿らしいですね。

    それならば、自分でできる事から やっていくしかないと頭を切り替えました。
    信じていないんですから、嫌なことは受けない、やらないでいいと思います。
    そんな当たり前のことに罪悪感を持たなくなったことだけで、私自身は心が軽くなりました。

    パンダさん お互いに頑張りましょう^^

  27. signifieさん、マッカーサーの告白のコメント、紹介してくださり ありがとうございました。たいへん勉強になりました。
    時の権利者が、マスコミなどを操作して 情報統制すれば、どのような事実も 民衆の手の届かないところに隠し続けられるということを、改めて実感しました。
    先日のネットの話に戻ってしまいますが、そうした意味で ネットの情報は 「両刃の剣」ですね。
    真面目な動機から、正しい情報を検索するには たいへん便利な道具ですが、使い方を誤れば 人を傷つけたり殺めたりする凶器になってしまいます。
    我々は、このことを 頭にいれて 謙虚な姿勢で ネットを利用すべきだと思います。
    創価学会が、マスコミに対して 札束でほほをたたき、黙らせている事実は、いつか 真実が明らかにされた時に 彼等から「百倍返し」されることでしょう!!
    それから、いつか 何かの本で読んだ記憶がありますが、(仏教の観点から ずれているかもしれません) 権力者が その立場を利用して、人々を騙し続け、迫害したり 私腹を肥やすような態度をとり続けるならば、例え今世で栄華を極めたまま 死んだとしても、来世・来来世……と、すごく長い間 その罪を償うために、満たされない 苦しい環境で 学び直すことを義務づけられるといった内容のことを 思い出しました。
    自分は、こうしたカルマ的なことを 事実だととらえています。(証明する手立ては在りませんが)
    だとすれば、signifieさんのコメントに登場する 「世界を操る黒幕」や 「健気な民衆からお金と労働力を搾取し続けて ふんぞりかえっている 学会の首脳」は、来世から 超勇敢な チャレンジャーとして、人生をスタートすることになりますね。頑張ってくださいねー (^-^)/

  28. プリンさん
    はじめして。

    創価の友人葬

    覚醒した後、受付などを頼まれたとき、離れた場所から会員が参列している姿を見ていました。

    椅子にズラッと並んで唱題している姿は、故人を偲びにきているというよりも、会合に駆けつけて唱題をしているようにしか見えませんでした。
    その光景は、一般参列の方とは違った雰囲気で、異様な姿に見えたものです。

    でも、中に混じってしまうとわからないんですよね。
    普段の創価を見る一般の方の目も、こんな感じなんだろうなと思います。

    中にいるとわからないけれど、外からみると異様な団体なのが、創価なのでしょうね。

  29. マッカーサーの告白の言葉、興味深く読みました。
    本当に世の中は単純ではありませんね。

    かの人も死ぬ前にすべてを告白してほしいです。

    何度も言いますが、創価をいまだ信じている人がいるのは、身近で直接指導している人が本当に信じているからです。
    確かに誰もウソをついてませんよ。
    でも世の中同様、そんな単純なものじゃないんですよ。
    そういう人を使っているから、真相が見えないんです。

    今でこそゴーストラーターに信憑性もありますが、昔は真相を調べる手立ては本当になかった。
    情報は一本化されて権力者に牛耳られていましたからね。
    今は逆に情報がありすぎて、一体何を信じていいのかわからない面のありますが、少なくとも考える余地はあります。

    活動家は「ネットを鵜呑みにしている」と言いますが、鵜呑みにはしてませんよ。
    少なくとも私は参考にはしますが、ひたすら考えています。
    何でも最後は明快な答えが用意されてるわけではなく、自分の判断にゆだねられるようになっています。
    自分の見識、知恵、知識、経験が必要です。
    だから自分の判断が及ばないことはわかりません。

    ですが、ひとつ情報を知ったら読んだ時間の何倍も、それを考える方に時間をかけています。
    例えばゴーストライターなんだ、そうか、じゃなくて、一人の人間があれだけ多忙であれだけの分量を書けるだろうかとか、自分でじっくり考えることは絶対必要だと思います。

    長らく創価に居た人はひたすら「疑うな」と言われていたので、鵜呑みにすることが当然になっています。
    今の洪水のような情報の中で、少なくともアンチの人はアンチの情報さえ鵜呑みにはしてないと思います。
    そうやって本気で真相を知ろうとし、知り得たことを真摯に発信していることを、活動家の方はどうかわかって頂きたいと思います。

  30. あらためて思うんですが、創価の目的はやはりお金ですね。これだけ毎年集まる財務の収支報告をいっさいしないんですから、どう考えてもおかしい。それをおかしいと思わない学会員さんはもっとおかしい。なんとかそのことだけでも気づいてほしいです。それでも創価が正しいと思ってお金を出し続けるのであれば、何も言いません。自分のお金を何に遣おうが、その人の自由ですからね。

  31. signifieさん毎日暑い日と雨が続きますね。お体には十分留意して下さいね。

    >これだけ毎年集まる財務の収支報告をいっさいしないんですから、どう考えてもおかしい。
    >それをおかしいと思わない学会員さんはもっとおかしい。

    本当におかしいと思ってないんでしょうか。ではなくて、おかしいと言わせない無言の
    暴力装置(いざとなれば恫喝や恐喝なども辞さないぞというような)を機能させているんじゃないでしょうか。

    会員さんはその不満を上にではなくて横に発散させているように見えますね。そして、
    思いのたけをぶちまければ何となく落ち着き、次の会合に夢遊病者のように参加して行くようにしか見えませんが。。。

    組織の思う壺に嵌ってるというか、『宗教と暴力』一番おいしい商売なんでしょう。

    しかし、そんなビジネス宗教で家族を養ってきた本部職員の心境は一体どんなものなのか一度聞いてみたいですね。

  32. レモンさん

    ありがとうございます!!
    >一時期思い詰めて、私が脱会までこぎつけるには、夫婦を解消するしかないと思った事があります。
    でも、創価ごときのために、離婚するなんて馬鹿らしいですね。

    私も、そう思ったことが何度もありました。会合に行かなかったり、活動していないと、家庭訪問にやってくる。それが嫌で無理に活動していたけど、限界で…

    でも、このブログでシニフィエさんはじめ、たくさんの方に励ましをもらえたから、今があると思っています。離婚はしていません。

    創価に負けず、お互いに頑張りましょうね(^^)

  33. 部屋の片付けをしてましたら、おもろい記事が出てきましたでー。なになに…… たぶん、わてが バリ活だったころの切り抜きでんな。
    「嘘をつくということは、そのことそれ自身が悪の絶対の形である」「嘘は、悪魔の容貌(かお)である」なるほど…
    「真実を知っているときに、その真実を大声で語らない者は、嘘つきどもや欺瞞家どもと ぐるになっているのだ」ほうほう…
    「真実は宝剣である」
    「青年ならば、虚言や虚偽に憤怒せよ!」
    「真実の宝剣で 叩き切るのだ」え~…!?
    この巻頭言を 書かれた お偉いさん、叩き斬られんように、
    鎧兜をパジャマがわりに おやすみになったほうが よろしで。

  34. 学会を辞めて、4ヶ月ほど。
    知らない人もいるので、辞めた宣言と、
    創価学会の組織の問題点を話そうと、
    家に仲良かった学会の方を二人、
    呼びました。
    学会で、仲良く、腹を割って話して来た人と、改めて、話し合っても、
    全く、合い入れないと、思いました。
    私の話し方が良くないのかもしれませんが。
    創価学会の全体主義を指摘すると、
    「みんな、同じようにしてないよー
    組織に席を置いてあったって、選挙はしない人もいるし………」と、
    返してくる。
    公明を応援するが、社会の話になると、
    「今、私は、興味があることは、別のことだし。」
    という。
    「で、結局、あなたは、何が言いたいの?」
    と、言われたので、
    私は、「嘘が嫌い。」
    と言いました。
    「組織で、宗教の名をかりて、嘘を言う事が、嫌なんです。」
    と、私が、言ったら、急に、雨が降ってきた。
    学会で仲良くした、子どもたちも仲良しだったママ友同士。
    かなりの幹部でもありますが、急いで、帰って行った。
    人との対話は、難しいです。
    この辺りで、
    組織もやめたことだし、
    関わりをこちらからすることは、
    控えようと思いました。
    いろんな怒りを、人にではなく、
    自分で、変換する生き方をしないと
    不毛だと思いました。
    学会の人は、この世界の状況を考えていません。
    考えてる疑問を持ってる方が、バカにみえるようです。
    自滅……
    私って、創価学会辞めても、
    まだ、
    バカだった。

  35. モグワイさん
    わたくしは創価学会を辞めてから学会の方とは、こちらからもう会わないと決めました。
    もう、なにを言っても相容れないと理解していたし、そんなことで自分が傷付くのもこれ以上ゴメンだ、と思ったし。。

    辞めて数年は、たまに学会員が訪ねてきたり(大抵が選挙や新聞の勧誘でしたが。。)道で会ったりしましたが、ここ最近は学会員に道で会うことすら一切なくなりました。
    不思議です。。
    まるで棲んでいる次元が違ってしまったかのようです。。
    なので、精神衛生上、非常に気分が良いです。。(=^ェ^=)

    リアルの学会員に分かってもらおうと話しをするってことは、こたら側がお人好し過ぎます。もう既に生きている世界が違いすぎるのですから無駄な徒労に終わるのが精々ですよ。
    多分、学会員同志であとで不知恩の輩、とか〜可哀想だね、とか〜噂されているのがオチでしょう。。

    話しは突然変わりますが。。
    いまお盆のさなかですが。。
    お盆の風習も日本の伝統文化ですよね。。

    創価学会の方は、お彼岸やお盆の昔から日本の地域地域に伝わる慣わしをあまりご存知ないでしょうし、じっさい、そういうことはしてきませんでしたよね。

    2世3世なら尚さらでしょう。
    邪宗のやることと忌み嫌ってきたかもしれないですよね。

    じつは、わたしもよく知らないまま、この歳になってしまいました。。
    つい最近、お施餓鬼供養、というのも初めて知ったくらいです。。

    でも想うのは、そういった慣わしって子孫がご先祖さまを思いやって毎年季節が巡ることにやる思いやりある、とても温かい心根の素敵な風習だと思うのですよね。。

    こういう風習を子供たちにも伝えていける家庭って、いいなあと思ったりします。。
    残念ながら、わたくしは創価学会のおかげで、そういうことも知らずに、そういう心根を伝承することもできずに来てしまいましたが。。

    母は、お彼岸のたびに会館で開催される勤行会に毎回ご供養のお金を携えて参加していたようですが、最近は行かなくなったようです。

    わたくしが、その納めたお金の行方を語ったのもありますが、多分その勤行会で語られる幹部の話にもウンザリしたのもあるのでしょう。。

    年寄りが電車バスでやっとの思いで僅かな年金の中からお金を工面して駆けつけているわりに実のない話しをされては意気消沈するのも納得ですよね。。

    っていうか、先祖供養のお金まで巻き上げるなや。。
    悪どいのう、お代官さま。。
    ほんっと!悪どい。。

    年寄りから、もうこれ以上お金を盗ったらあかん!!

  36. レモンさん、ありがとうございます。

    ほんとに、中にいると分からないんですよね。。

    私は二世のため創価の雰囲気は知っていますが、それでも、覚醒した今はカルト宗教の中にいるような異様なものを強く感じたので、何にも知らない世間の人はもっと異様に感じるのでしょうね。

  37. ラザリスさん
    >「真実は宝剣である」
    >「青年ならば、虚言や虚偽に憤怒せよ!」

    これ自体は、創価もアンチもピタリと意見が合いますよね。
    両者、全く違うことを言いながらここだけは一致してます。
    そうですよね?
    そう、両者ウソが大嫌いなんで~す。

    故に脱会者は創価が嫌いになったというより「ウソにまみれた世界が嫌になった」わけです。
    決してウソが好きになって脱会したのではありません。そこをお間違えなく!

    ではどちらがウソなのか?
    要点はシンプルにここなんですよ。

  38. wikipediaの「創価学会」や、こちらのブログを見ると、本当に創価の財務の問題には疑問を感じます。出すほうは宿命転換の為とか、功徳の為とか、広宣流布の為とか、いろいろと理由をつけて、一応納得して出しているんでしょう。
    でも、財務目標って何なんでしょう?そんな目標を出して、部員に寄付を募っている幹部の気持って?要するに、出すほうではなく、出させてる側の気持を考えると異常だなと思います。100万の寄付って、一般社会だったら、一般人が出すには異常な金額です。普通じゃないです。まだ銀行振り込みでなかった時代に、入会歴の浅い私が財務一万円しようとしたら、一万円は最低額。一万しか出来ないという事は無いでしょう?と説得?されたことがありました。だれそれはミシン売ってお金を作ったのよとか、もっとできるはずと言われ、出さない自分は欲深い人間に思えて、ボーナスから10万したことがありましたが、今考えると、最低ラインを設けてることもあくどいですし、もっともっとと煽る行為もかなりあくどいと思います。
    財務の前の、これだけしたら、こんないいことありました~な体験発表いいかげんんやめろと思います。選挙がんばったら~な体験発表もですが。
    いかに沢山出させるか「すべてあなたの為だから」でごまかし、お金を出させてる幹部の本当の心の中を覗いてみたいです。そのお金を湯水のように使える人の心の中見て見たいです。真っ黒でしょうけど。
    それにしてもいったいいつから人は、宗教に頼ってお金を出すことでしか幸せを見出せなくなってしまったのでしょうか?創価学会に入っていなければ、宿命転換も成仏も出来ない。世界平和も無いなんていったいいつからそんな世の中になってしまったのでしょうか?いえ、全部まやかしです。やめた人が不幸でなければ辻褄が合わないのに、やめて不幸どころか幸せになっている人ばかりです。むしろやっている人の方が難が襲ってくるそうで、どんどん不幸になってますよね。いえ、これは正しいゆえの難じゃないと思います。利用されて人生が狂ってしまったことによる不幸です。人間やめますか?(ロボットになりますか?)それとも創価やめますか?
    創価学会が唯一正しい宗教と認めていた日蓮正宗を破門されたときに、表向き宗教団体としての創価学会は終わったのだと思います。

  39. http://sp.mainichi.jp/feature/afterwar70/pacificwar/data1.html
    人に殺し合いをさせればさせるほどお金が儲かる。この論理でイギリスの商社ジャーディンマセソン社は上海にいたグラバーを長崎に派遣し、坂本龍馬をそそのかして幕府と藩に戦争をさせました。坂本龍馬は体のいい武器の仲買人でした。英雄でも何でもないです。彼らにとっては戦争はビジネスにしか過ぎません。日本人の多くが、いまだに司馬遼太郎の小説を史実と勘違いしているように、学会員さんも意図的に作られたフィクションと現実をはき違えているのです。
    学会員のみなさん、これと同じように、創価は宗教ではないのですよ。わかりますか?わかりませんよね。なぜかと言うと、自分で考えないからです。自分で考えない人が、かんたんに騙されるんです。自分がだまされているかどうかもわからないことこそ、自分で考えようとしていない証拠です。わかりますか?自分で考えない人に、わかるはずありませんよね。

  40. 財務の問題についてですが、自分の考えとしては 教団を運営する上で、最低限の必要経費以外は 金銭を集めるべきではないと思います。
    そして、集めたお金の収支報告書を 毎年作って、会員に配るべきです。なおかつ、その内容に嘘はないかや支出が適切なものであるかとうか、第三者的な機関(会計検査)をしていくべきでしょう。
    これは、お金を集める側に対しての 最低限のルールですが、相手が宗教団体であるということを理由に、おろそかにされてきました。おかしなことです。
    もうひとつ、私が何回も指摘しているように 学会職員の問題に関しては、そもそも 職員に給料やボーナスがあることに対して、理解に苦しみます。
    なぜなら、一般的な学会員は すべての活動を ボランティアでおこなっているのに、なぜ 学会職員だけは そうでないのか?
    仏様から 特別に選ばれた 優秀な方々だから、それが許されるのでしょうか?
    でも、仏様の弟子は みんな平等ではないですか?
    この質問に 答えて下さる 創価学会員の方、お待ちしております m(__)m

  41. そろそろ財務の申し込みの時期ですね。
    この時期がくると幹部は財務で宿命転換を!!と盛んに煽りますね。

    創価全体の収支報告も勿論知る権利があると思うのですが、個人的には本部職員や副会長たち、販売店の店主たちがいくらの財務をやっているのか、やってきたのかを教えてほしいです。

    いろいろな人の体験は聞いたことがあっても、この方たちの体験は一切聞いたことがありません。

    こんな厳しい情勢の中、民間企業で働く人たちの家計からトコトン搾取していき、自分たちの生活を安定させている本部職員。
    そんな生活している人たちが、いくらの財務をしているのか。

    でも、いろいろなことを知った今、本部職員が哀れだとも思っています。

    日本トップの大学出身の優秀な頭脳をもった方も多く、本部職員になんかならなければ前途洋洋な未来もあったはずだと思います。

    それこそ世界でも通用するような頭脳だったはずなのに、創価なんかで使われ公私共に創価という狭い世界の中でしか生きられない。

    言い方は悪いですが創価に飼われてしまって、間違いに気がついても、簡単に退職も退会もできず。
    創価風にいえば、どれだけの悪業を積んできて、本部職員になってしまったのでしょうか。

    本部職員の中には、アンチブログをチェックしている部署があると聞いたことがあります。
    そんな職員の方、そんなことをするために優秀な頭脳を使っているのは本当に本当にもったいない。
    そして、可哀想で哀れだと心底思います。

  42. 前に、財務の収支報告を明確にすべきという意見に対し、学会員のコメントにこんなものがありました。
    「友人のお見舞いにお金を渡した場合、貰った人は何に使ったか言わなきゃだめですか?誠意で渡したものなんだから、追及すべきではないです。嫌なら出さなきゃいいだけの話でしょう」
    なるほど。

    ヤクザに回ろうと、悪事のもみ消しに使われようと、人々の何の救済にもならない個人の名誉欲にかられた勲章コレクションや、職員の莫大な報酬に使われようと、関知しないのが誠意ってやつですね。

    創価の懐に入るお金は、国家をゆるがすような金額ですよ。
    自分の誇らしい誠意ってやつで、知らないうちに何に加担しているかわからないんですよ。
    誰にどんな影響を及ぼして、誰のどんな人生を狂わせるかもしれないのに、何に使われようと知ったことではない、などと無責任なことが言えますか?

    財務時期には組織を上げて大がかりで取り組みます。
    そのための会合を設け、専用の指導を流し、参加のノルマを打出し集計を取り、家庭訪問しては、非活の家族の分までしっかり名前を書かせます。
    ここまで徹底して号令をかけておいて、金が集まれば知らんふりする団体にどこが誠意があるんでしょう?
    どう見ても、誠意を誠意で返す態度ではないでしょう!

    自分の偽善に酔っている場合ではないですよ。
    お金というのは心や言葉ではないんです。
    どんな熱い真心にくるんで渡しても、お金そのものは無機質なお金なんです。残念ながら何にでも化けられます。
    どうかこの「お金を出す」という意味を、今一度考えてください。

  43. 『人間革命』第6巻282頁
    「戸田は、金銭に対しては、あらゆる不純を拒否して、異常なまでの潔癖な姿勢を堅持した。とはいえ、現代の社会においては、資金なくして、どんな崇高な活動も成立しないことは事実だ。そのための必要経費は、会員の真心の自由意志に任せ、そのつど浄財を募ることによって賄えばよいというのが、戸田の信念であった。彼は、その必要が生ずると、いつも学会員に、その内容のすべてを提示して、必要経費を確保した。まず計画があり、それを遂行するために使用する資金が募られた。金があって、それから計画をたてるのではない。」

  44. レモンさん、モニカさん。自分もまったく同感です。
    二郎さん、ナイスです (^-^)v
    学会幹部ならびに、学会職員の方々 引き続き 明確な回答を心よりお待ちしております。よろしくお願いいたします
    m(__)m

  45. ※財務、申込みをしてしまってからも取りやめはできますよ。
    ※それと一万以下でも実際は何も言われません。(10円でも領収書はきちんと届きます。幹部に連絡もいきません)

  46. モニカさんの熱い思いに心が打たれます。
    私も折伏して組織にいれながら、辞めさせることが出来ない人が何人かいるので、
    心苦しいです。

  47. 財務については、これだけ大きな団体となれば、外部に向けてもきちんと報告する義務があるし、考えて検討して当然ですよね。信用問題ですよ。

    先に大きなシナリオが動いていて、それに追っ付けるように無差別に財務を無責任に強要している、というのが現実的な感想です。

  48. いよいよ、創価の問題が財務であると言う確信に迫ってきましたね。これまで論じてきた、宗教としての創価の問題も、組織論としての問題も、じつは派生的なものだったということがわかってきます。本当の問題は、というか、問題の本質はやはり「お金」ではないでしょうか。世界が一部の人間のお金のために搾取されているように、創価も会員のお金が目的なんだということをはっきりさせることが、覚醒へとつながるのではないでしょうか。創価が会員のお金をどのように使っているのか。ここが明らかになれば、もう創価の崩壊は間違い無しです。これを会員に知らせないようにするために、あらゆる手段(洗脳)を講じてますよね。創価のすべての活動は、そこに集約されます。お金のための教学であり、お金のための宗門との争いであり、お金のための選挙活動であり、お金のための折伏であり、お金のための会合であり、お金のための家庭訪問なのです。
    学会員さん、創価がこれだけの巨額のお金を一切秘密にしていることに、なぜ自分は疑問を持たないんだろう?と考えてみませんか?どうして自分は創価に疑問を持たないんだろう?と考えてみませんか?というか、一度も考えたことがないことに不自然さを感じませんか?

  49. 財務について、ホントにみなさんのご意見に、目からウロコでした。

    自分が、功徳欲しさに自己満足でやってるお金が、もしかしたら誰かを苦しめているかもしれない、そこまで考えてお金を差し出すべきなんだと、恥ずかしながら生まれて初めて思い至ることができました。

    職員の給与は、親しい友人が給与担当をしていて聞いたのですが、公務員並みと言われています。
    でも、年功序列で残業手当もつき、年2回のボーナスもちゃんとあり、年収1千万円を越える人もざらにいるとか。

    でも、学会員さんの手前、海外旅行などの贅沢は、自粛するよう言われているそうです。

    レモンさんのおっしゃるとおり、職員はある意味一番哀れかもしれません。
    例え覚醒しても、退職も退会も許されず、飼い殺しです。
    だから、心を病む人も多いんでしょう。

    本当にこのサイトにきて、毎日頭はフル回転です。
    お盆でバリ活一族が集まっても、前は、ふんふんと相づちだけは立派にしてたのか、聞きながら自分の頭で冷静に考えてる自分がいました。

    なかなか家族には言い出せませんが、まずは自分をしっかり固めて行こうって思います。

  50. そういえば、財務で、私が20代のころは、体験発表で三桁、四桁…という話が飛びかってましたが、
    最近は、
    あまり体験で具体的な桁数はふれなくなりましたね。

    大型財務とか思いっ切りの財務…みたいな言い方にしてるような。

    あと、財務の会合で、注意事項を徹底するなかで、「金額については、家計の中心者と話し合い同意のうえ、お願いします」みたいな注意がありました。

    いろいろ問題があるんだろうな、と覚醒前から思ってましたが、今となっては「金額を強制なんかしてませんよ、自己責任でキッチリやってねー」っていう逃げなんだな、って思います。

    何に使ってるのか、心底、知りたいです!

  51. かすみ草さん、そうですよね。自分たちが心を込めて出した財務が「こんなに素晴らしいことに使われているんだ」とわかったら、学会員さんはもっともっと頑張ってお金を出してくれると思うんですけどね。でも実際はまったく一円も何に使ったかわ明かしませんね。そんなに秘密にしなければいけないことなんでしょうね、普通に考えるとね。創価は秘密にする理由さえ言いませんし、学会員さんは訊いたらいけないことだと思ってるんですよね。おかしな団体です。不思議な団体です。

  52. このブログをご覧になっている 学会幹部 ならびに 学会職員の方々、モニカさんのコメントにあった 「真心のお見舞い」に対して、お金のつかいみちを追求するのは おかしいとありましたが、ママ友会や職場での たかだか 数万円のお見舞いと同じレベルで考えるのは おかしいでしょう。創価学会は、世界的な宗教法人 つまり 公の団体です。納得できません。
    例え 収支報告の義務がなくとも、これだけ多額のお金を預かる以上 何らかの形で つかいみちを明らかにすべきだと思います。(少なくとも 世間一般的な日本人の常識は、そう考えます)
    明確な答えで 我々を納得させられる 現役 学会員の方々、引き続き 回答をお待ちしておりますので、よろしくお願いいたします m(__)m

  53. 財務に関して海外の信者にも財務があるのか聞いてみたことがあります。答えは日本のような財務は無いとのことでした。で、それはなぜかと聞いてみたところ、海外の信者は、日本の本部に来るにも、すごい戦いをしてお金と時間を作って来ている。だから、それだけで財務と同じ事をしている。からだそうです。また、日本よりも貧しいので、日本人がお金を沢山出して会館を作ってあげなくてはいけないのだ。とも言っていました。表向きの理由はいろいろとあるでしょうけど、結局お金の問題を持ち込むと、疑問をもたれるからでしょう。財務に関してこれほど言いなりに無関心なのは日本人特有の精神構造かもしれません。よく、言われているのは、戦争が敗戦で終わったときに暴動も起きずに、国民は坦々と生活の建て直しをしていた。こんな民族は他に無い。と。日本人はもともと、黙って受け入れてしまう体質がいつの間にか作られているのかもしれません。良く言えば事を荒立てない和を大事にする辛抱強い民族。悪く言えば、島国根性でしょうか。この性質は悪人にとってはすごく都合のいいものです。考えても見てください。兆単位の資産を手にして、人間それほど、清くいられるでしょうか?もし、本当に指導者が善人なら、資金はもう充分にある。みなさんは、そのお金を使って少しでも豊かな生活をしてくださいと言うのではないでしょうか?
    もっともっとと煽るようなことを絶対にしないはずです。自分が指導者なら、大きな功徳を受けてもらう為に沢山出させようなんて考えますか?あり得ないです。本当に、日本人ほど騙しやすい民族はたぶん他に無いでしょう。勝手に良い方に解釈して、どんどん協力してくれる。詐欺師天国です。

    こちらのブログを気の迷いでつい覗いてしまった学会員さんは、疑問を持ったり、迷う気持になったりしても、結局それが魔なんだ、惑わされてはいけない。ってきっと思ってますよね?でも、その必要は無いのです。なぜなら、創価は、いわゆる「魔が競うような正しい宗教」ではないからです。むしろ、いつまでも言いなりになっているほうがよほど、成仏から外れて行きます。悪の片棒担いでるのですから。
    開目抄だって、センセイを信じなさいなんて言ってません。何があっても、信仰を捨てずに御本尊を信じなさいということだとしても、その御本尊自体が学会が作ったコピーされた怪しいものとなると、何をそんなに頑なに守ってきたの?と思います。過去に沢山の体験発表をさせてきた御本尊を破門後否定して取り替えさせたんですから。もう教義自体がめちゃくちゃです。人の撲滅を祈らせてる時点でアウトです。

  54. satouさん、貴重なご意見 ありがとうございます。確かに、日本人の精神構造として、争い事を嫌って 周りと調和しながら生きていくことを基本としている部分があると思います。
    神道や仏教の教えが バックボーンになっているのかもしれません。
    そこに、巧みにつけこんだのが、創価の集金システムと言えるでしょうか。
    真面目に暮らしていた人間が、ある日 宝くじに当たったり、莫大な保険金を手にしたりして、数年後には 犯罪者や破産者に落ちぶれたといった類いの話は、よく耳にします。
    本来 宗教がそのことの歯止めになるはずですが、創価の場合は 隠れ簑になってしまっています。なんとも 皮肉なことです。
    例えば、創価の墓園事業に関していえば、一基あたり 大体
    100万円ぐらいで 販売しますが、関係者から聞いた話では、工事費用と墓石などの材料代を含めた 原価は、20万円前後だということです。(この数字が誤りであれば、正しいデータの提示をお願いします)
    つまり、ひとつの墓園で 数百億円の利益が上がります。
    生活保護者や、年金生活者や、ワーキングプアから 消費税として、お金を絞り取るよりも、こうした営利目的の事業から税金を取ったほうが、社会的にも倫理的にも フェアであると思うのですが…。
    テーマに戻りますが、こうした金儲け主義の団体は、仏教の本来目指すものから 明らかに逸脱していますね。

  55. 幹部会で

    財務や、公布基金の使い道はすべて先生におまかせしようではありませんか
    (大拍手)

    何も考えずに拍手してた人がほとんど。自分は何か納得いかない嫌な気分になってましたよ(この時すでに自分は覚醒しかけていたのかもしれません)

    もう話題がここまでくればいつもシニフィエさんが言われているように理屈も講釈もいらない、自分の頭にまず詐欺団体と決めつけることですべてが見えてきますよ、幹部が、新聞推進が、カラーコピー本尊が、等々なにも
    言わなくてもいろんな問題が見事に氷解します

    できるなら使い道をすべてお任せしている先生に是非お聞きしたいものだ

    先に二郎さんが言われているように(人間革命)6巻282ページ
    で戸田がこのように言ってるるけど、どうよ! と

    よく記録に残ってないことを、よく恩師は言われたとか、先生は仰っていたとかいうけどこの記録に残る恩師戸田の言葉はなんやねん、どうよ!と言ってやりたい

    学会員さん、考えましょう。思考停止はダメよ、ダメダメ

      あ、な、た、は、騙されて い、る、ん、で、す、よ!!!!! 

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