創価はマインドコントロール 2

昔は本幹などに録音機を持ち込まないように検査があったような気がしますが、今頃は携帯電話が良質な録音機なので、どんな会合であっても怪しまれずに簡単に録音をすることができますね。私はもう脱会して2年半になりますから、創価の会合に参加するわけにはいきませんが、いまでも同時中継にもぐりこんで録音しとけばよかったと思うことがよくあります。脱会前後は、とにかくこんな恐ろしい団体とは関わりたくない一心でしたので、ご本尊(お寺でいただいた(買った)ので)をお寺に返して、仏壇をノコギリとカナヅチでたたき壊して燃えるゴミに出したあとで、直接支部幹部に脱会宣言をし、スッパリと学会と縁を切りました。幸い、それ以降は組織から何の連絡もありません。たまに同じ地域の学会員さんとすれ違いますが、お互いに通り一遍のあいさつですませています。支部長をしている兄夫婦は、けっして私の脱会については触れません。昔から私のほうが弁が立つので、いろいろ言ってもかなわないと思っているのでしょう。だから、私はもう脱会者として面が割れているので(笑)、こっそり本幹に出席するわけにもいかないので、創価の実態に関しては現役学会員さんの話を聞くことぐらいしかできなくて、ときどき残念に思うことがあります(笑)。

で、やはり創価の実態を広く世間に公開することが、学会員のマインドコントロールが解かれるきっかけになるという思いが強くなって、このブログを始めたのですが、途中で荒らしにあって休止することもあったり、ネットのやっかいさも体験させてもらいました。その後、しばらくして気持ちを立て直し、コメントも承認制にすることで、多くの方の真摯なコメントをいただけるブログとなり、また同時にここに寄せられる覚醒の体験談によって、創価に疑問を抱くことにさえ罪悪感を感じて悩んでいた多くの人に「自分だけじゃなかったんだ」という大きな安心を与えることができたように思います。これもみなさんの誠意あふれるコメントのおかげだと、いつも感謝しています。

そんなここのブログは、あえて他のアンチ創価ブログのリンクを張っていません。私が覚醒する頃によく見ていたブログが創価に真正面から訴訟を起こして闘っていらっしゃる高倉教授の「白バラ通信」と、すばらしいバランス感覚で創価の欺瞞を告発していらっしゃるクロさんの「真実と幻想と創価学会」です。クロさんのブログでは紀伊国屋書店発行の書籍『マインドコントロールとは何か』の「認知的不協和」の考察など、創価の問題を考える上で、とてもわかりやすい考察をされています。またこのふたつのブログから、このブログへたどり着くかたがたくさんいらっしゃるので、今でもとても感謝しています。

このブログも、最初はこのお二方のブログのリンクを載せさせていただいていたんですが、荒らしにあったあと再開するにあたって、できるだけシンプルなブログにしようと思い、それ以来リンクはひとつも張っていません。しかし、これからはますますネット上の情報が創価の実態を世間に伝え、確かな世論を形成し、創価の崩壊へと流れていくのだと思います。そうした意味でも、単に創価を汚い言葉で批判し罵倒するような巨大掲示板などではなく、先に紹介したようなブログや、もちろんほかにも信頼のおけるアンチ創価のブログがたくさんありますので、とにかくありのままの創価をひろく世間に知ってもらう作業を続けることが大事だと思います。

皮肉にも、学会員さんは自分たちが教えられた偽りの創価を広めようとしているのに対して、創価の実態を知り覚醒した元創価の人間が、その問題点をあきらかにするために創価の現実の姿を世間に広めようとしているのです。現役学会員さんと元学会員が伝えようとしている創価学会。「さてどちらの創価が本当なのでしょうか」ということではありません。私たちは世間に知らせようと言うのではなく、現役学会員さんに創価の実態を伝えたいのです。創価によって実際に被害を受けているのは、何も知らない学会員さんです。マインドコントロールによって、何も知らずに喜んでお金を貢ぎ続けている現役活動家さんに、どうにかして真実を知って欲しい。真実を知った上で、創価を続けるかどうかは本人の勝手ですが、何も知らないまま創価が正しい宗教団体で、これできっと幸せになれるんだと信じて、身も心もお金もすべて捧げて、最後はボロボロになって人生を終えてしまう多くの学会員さんに自分で自分の人生を考える機会をつくって欲しいがために、こうしてブログを続けています。そしてまた創価によって人生のかなりの部分を棒にふってしまった苦い経験のある元学会員さんの助けをいただきながら続けています。

これまでいろんな視点や角度から創価の実態について語り合ってきました。まさにこれが対話というものだと思います。そしてみなさんのおかげで創価の実態について、いろいろなことがわかってきました。また、同じようなことで多くの人が悩んできたこともわかりました。そしてテーマが「財務」と「マインドコントロール」に至ったいま、いよいよ創価の本質が明らかにされようとしています。ちょうどボウヤさんからの報告で、聖教新聞のノルマに関しての疑問をあげたら、幹部からの指導が入ることになった。ここにきて私は、批判者が100の文句を言うより、実際の幹部の1つの言葉が、たいへんな説得力をもって創価の欺瞞をさらけ出すことになるということに気がつきました。(気づくの遅!)

ということで、ここでは引き続き「創価はマインドコントロール2」として、とくに創価の幹部の言動に焦点をあてていきたいと思います。これまで皆さんが受けた指導。今実際に言われていること。そのまぎれもない事実をここにお知らせしてください。真実を伝えてください。誇張もねつ造もいりません(笑)。創価の幹部のそのままの言動こそが、創価がカルトであることの証明なのです。ありのままの行動が詐欺団体そのものの姿なのです。それをここであきらかにしましょう。とくに覚醒はしていても、まだ仕方なく会合に参加している方、できれば幹部の指導を携帯で録音して下さい。マインドコントロールされた創価幹部の「驚愕の指導」を正確にお知らせください。そしてこのような創価の自体をネット上で拡散していただけると嬉しいです。

夏が終わって、創価はこれから財務の強化、新聞啓蒙の強化に入っていくでしょう。えげつない金集めの亡者となった幹部は、会員からどうやったら一円でもたくさんお金をふんだくれるかを考えて「指導」をします。集団的自衛権でヤバくなってきた会員の心を、アメとムチでいっきに縛り上げて財務の増額と新聞の売り上げアップを図るでしょう。その幹部の口からどんな言葉が出てくるのか、私たちは冷静に見つめていきましょう。どうかよろしくお願いします。

創価はマインドコントロール 2」への55件のフィードバック

  1. 岡本よりたかさんと言う方がFACEBOOKでわかりやすい「トリック」を紹介していただいていますので、以下に転載させていただきます。
    ______________________

    「トリック」
    こんなクイズが出されています。
    「ある三人組がホテルに泊まりました。料金は3万円で1人1万円ずつ支払いました。ところが、支配人の間違いでホテルの料金は2万5000円でした。
    そこで、支配人はホテルマンに5000円を持たせ返金するように命じますが、ホテルマンは2000円をポケットに入れ、1人1000円ずつ、合計3000円を返金しました。さて、問題です。
    先に3万円払い、3000円返ってきたので1人9000円支払ったことになります。3人で2万7000円支払い、ホテルマンがポケットに入れたのが2000円で、合わせて2万9000円。では1000円はどこに行ったのでしょう。」
    この答えが瞬間にわかる人は、当事者意識の高い人であり、物事の本筋を見ようとする人です。まずは考えて見てください。考えてから、以下の文章を読んでください。
    ***********
    世の中に起きることのほとんどはトリックによって正当化されていきます。
    原発事故にしろ、集団的自衛権にしろ、秘密保持法にしろ、遺伝子組み換えにしろ、多くのことが他人事のように進んでいき、あたかも正義が貫かれていくかのような説明の中で多くのことが事実となっていきます。
    我々は、その言葉の裏側を知らなければ、必ず騙されていきます。こうした不都合な真実を推し進める者たちは、言葉巧みに国民を誘導し、あたかも大きな問題点を解決するためのごとく説明して、煙に巻いていきます。
    原発がなければ、電力不足により経済が破綻するとか、集団的自衛権がなければ自国民を戦争から守れないとか、秘密保持法がなければ国民の財産が奪われるとか、遺伝子組み換え作物がないと世界は飢えてしまうとか。
    しかし、その説明のどれ一つをとっても、僕は真実ではないと思います。言葉のトリックで正当化しているだけで、騙されやすい国民を、都合の良い方に誘導している過ぎません。だからこそ、言葉の裏を読む力が必要なのです。
    さて、最初の問題ですが、1000円はどこにも行ってなどいません。最初から存在しないのです。わかりますでしょうか。
    言葉のトリックです。あたかも1000円失ってしまったかのように欺いているだけに過ぎません。最初に3万円という数字を出して、この数字を基準に考えさせてしまうというトリックです。
    しかし、よく考えてみてください。基準となるのは、「お客が最終的に払った金額」です。三人組は27000円を払いました。これが基準です。この27000円はホテル代25000円とホテルマンがポケットに入れた2000円です。最終的には、この27000円しかお金は動いていないのです。
    30000円と思わせるのが、つまり電力不足であり、国民の生命の危機であり、国民の財産であり、飢餓なのです。その4つとも30000円ではなく、27000円でしかありません。それがトリックなのです。
    真実を見極める目を持ちたいものです。
    _________________________

    ちょっと長い引用でしたが、ここで言われている「真実を見極める目」を、学会員さんにも是非持って欲しいと思いまして転載させていただきました。人は意外と簡単に騙されるんだということです。私も原発事故が起きるまでは、原子力発電は危ないけども、ないと困るんだと思い込んでいました。創価も組織が悪いのであって、日蓮の思想に間違いはないと信じていました。みんなたいした根拠もない思い込みでした。つまり、そう信じたほうが自分にとって都合がよかったからです。「真実を見極める目」とは、そうした自分の都合でものごとを決めつけないということではないでしょうか。これがなかなかできないのが人間なんですね。結局は自分の都合でしか世界を見ていない。不都合に気がついても、それを誰か人のせいにしてしまう。「自分は悪くないんだ」とどうしても思ってしまう。2500年前に、そうした人間のどうしようもない部分が不幸の原因なんだとして、人の考えや行いを指摘していたのが釈迦なんですよね。釈迦はそう言う意味での徹底したリアリストなんです。超能力者でも、人々を幸せにする神様でもありません。お腹を壊して死んでいった普通の人間です。そんな人の像や伝言を拝んだところで幸せになるわけないです。まあ、それはそれとして、創価学会が破門されるまで奉じていた日蓮正宗を、今さらああだこうだと言っても、創価の問題を語ることにはなりません。それは創価がもともと宗教ではないからです。だからご本尊が日蓮正宗のものであっても、それをカラーコピーして使おうとも、創価にとってはどうだっていいんですね。要は会員が信じてお金を出しさえすればOKなんですから、もしかしたらXデーのあとは池田氏の写真を拝めってなるかもしれません(笑)。じつは池田センセーこそ末法のご本仏だったってこともあるかもしれませんよ。気持ち悪いですが(笑)。でも今の学会員さんなら、そんなことも何の抵抗もなくやってしまうかもしれません。なにしろマインドコントロールですからね。何が何でも言うことを聞く奴隷と化していますからね。

  2. >創価学会が破門されるまで奉じていた日蓮正宗を、今さらああだこうだと言っても、創価の問題を語ることにはなりません

    同感します。
    創価が金儲けに使った宗教が、たまたま身近にあった日蓮正宗だっただけです。
    創価は多くの宗教を徹底的に探究して、日蓮さんを選んだわけではないのです。
    もし身近にあったのがややもして空海さんの教えだったら、空海さんを利用して、今頃は、宗祖の教えに間違いはない、と空海さんが延々論争のネタにされていたかもしれません。

    要は宗教を利用しての金儲けを思いついた。(本格的には池田氏からでしょう)
    それに好都合の教えがあれば、「何だってよかった」
    これが前提なのです。

    決して日蓮さんの教えが絶対、という前提から始まってるわけじゃないのです。
    商売にうってつけなら「何だってよかった」宗教に、日蓮さんを使った。
    使ったから「絶対に正しい」と断言した。
    断言した手前、辻褄を合わせることを言った。
    この順番を理解すべきです。

  3. マインドコントロールの手法として、多様されるのが スケープゴート ですね。つまり、組織の外に 敵をつくり 皆で攻撃し 団結するというやり方です。創価の場合、邪宗、共産党、退転者、反逆者、民主党、連立前の自民党 ……etc
    敵だらけです。
    古くは キリスト教の魔女狩り、江戸時代の部落差別、ナチスのユダヤ迫害、最近のカルトでは オウムがそうでしたね。
    選挙に大敗し、それが国家権力の陰謀だとして、サリンをつくり 無差別殺人をおこなった。
    外部に敵をつくり、自分達を選ばれた特別な人間として、優越感に浸り、正義のためなら何をしても許されるみたいな、勝手な思考回路をつくりあげ、道理を外れる。
    人間として、もっとも卑怯な 集団心理の悪用の仕方です。
    創価の首脳さん、またまた 仏敵が現れましたで!!
    ラザリス、モニカ 撲滅 唱題会を、全国的にやりなはれ♪
    手強いでっせ!!

  4. さきほど幹部との懇談が終わり、こちらのブログを開いたら思いも掛けずたくさんの方々からのコメントがあり本当に驚きました。本来のブログテーマとは異なる私憤を書いてしまったことからずれた内容にさせてしまい、signifieさん始め、皆さん申し訳ありませんでした。暖かい言葉を寄せてくださってありがとうございました。
    明日感情を整理した上でこちらに書かせていただきたいと思います。

  5. 以前、このブログに創価から宗門に行った方が数人コメントされていて、創価の批判をしていましたが、同時に宗門こそ唯一の正しい信仰だということをさかんに主張されていて、私としてはそこはなんとも同意できないのが伝わったのか、去っていかれました。その後、私としては宗門のことに触れないようにしてきたつもりでしたが、今、あらためて考えても、創価の問題に宗門の是非は関係ないということがはっきりしました。モニカさんが言うように、創価にとっては、利用できる宗教ならなんだってよかったんです。そして現実に日蓮正宗がまんまと利用されたという話なんですよ。創価と正宗のどっちが正しいのかなどといった問い自体がナンセンスなんです。日蓮宗がたくさんの宗派に分裂したまま細々と続いていた中のひとつが日蓮正宗なわけで、それも日蓮本仏論を掲げる、排他的でちょっと変わった、いわばアナーキーな存在の日蓮正宗に牧口会長が目をつけたんですね。牧口会長がどんなつもりだったかは知りませんし、戸田氏の時代も戦後に雨後の筍のように出てきては消えていった多くの新興宗教のひとつだったと捉えたほうがよさそうです。それを根っから計算高く、かつたくさんのコンプレックスのかたまりだった池田氏が当時の幹部を押さえつけて乗っ取ってしまった。あとの池田氏のやりたい放題はみなさんご存知のとおり。つまり、日蓮正宗は創価に利用され、池田氏に利用されただけなんです。今さら創価の問題を日蓮正宗との関わりで考えても何の意味もないと思います。なのに、なんで創価から宗門に行った人は、創価との比較で自分たちの正当性を主張したがるのかがわかりません。前から言っているのですが「なんで宗教でもない創価を宗門は相手にするのか」です。裁判で争うこと自体バカみたいじゃないですか。創価に利用されなかったら、ずっと小さな一宗派だったのが、いきなり最大派閥になってしまったわけで、創価を破門したんなら、また戦前の規模にもどって日蓮日光路線を継承する宗派として粛々と継承していけばいいのに、今だに創価への恨みつらみを言い続けているのを見ると「なんだかなあ」って思います。厳しいことを言わせてもらうなら、たまたま詐欺に利用されて大きくなったんだから、創価を批判するなら、負け惜しみみたいなことを言ってないで創価に利用されて大きくなった事実を認めた上で、創価が詐欺団体だということを、はっきりと世間に公表するべきではないかと思います。それができないなら、創価から何を言われようが、撲滅唱題会で呪われようが、相手にするべきではないと思うのですが、ちがいますかね〜。

  6. 学会員の不幸は「転重軽受」「深い意味のあること」「御本尊さまの御はからい」と言い
    脱会者や反学会とみなしたものの不幸は「仏罰」「仏法は厳しいよ」などとあからさまにバカにし不幸を喜ぶような発言をする。
    矛盾をつかれても、「学会員だって生身の人間ですから、色々なことがあります」などと答えにならない答えを言うだけ。
    「苦難に負けないのが学会員です」と続けていきますが、、、

    洗脳とは凄まじいものです。

  7. かつて、私の住んでいた隣県で集中豪雨があり、土砂崩れでひとつの集落ごとのみこまれてしまったことがありました。家ごと潰された方々は全員死亡の被害です。
    その直後、方面幹部(関西長クラスと御理解下さい)がこの被害をとりあげ、
    「この集落には一軒も学会員さんがいなかったのです。福運のない地域だったのですね」と話しはじめました。
    続けて、
    「この集落で一軒だけ、ギリギリで助かったお宅があったのですが、そのお宅にはなんと、今月一ヶ月だけ、聖教新聞がはいっていたのです!」と宣うと大拍手でした。
    曰く、
    「聖教新聞がそのお宅に届くというだけでもとてつもない功徳があるのです。相手の為なのです。自信を持って啓蒙して下さい!」と凄い理屈で締めくくられました。

    これは伝聞ではなく、私がその会合に出席し聞いた事実です。
    はっきり覚えているのは、その幹部の喜色満面の顔。
    会場の大拍手。
    どこかで災害が起こる度に思い出します。

  8. 秋生さん、貴重なコメントありがとうございます。

    みなさん、こんな感じで創価幹部の言葉をありのままに紹介してください。幹部の言葉は、そのままマインドコントロールの実態です。こうしたたくさんの事実の積み重ねが、そのまま創価の姿を浮き彫りにし、創価とは何かが、誰の目にも明らかになります。

    秋生さんのおっしゃるとおり、学会員さんは他人の不幸を喜んでいることにさえ気がついていないんですよね。自分がこの信仰で幸せになることと、この信仰をしないで不幸になることは同じことなんです。2世でバリ活の兄嫁が私の実の姉に言った「どうせろくな死に方はしない」といった言葉が今でも忘れられません。この言葉の裏には「私はこの信仰をしているから幸せになれる」というのがあるからでしょう。自分が幸せだということを思いたいが故に、他人を蔑み不幸を喜ぶ。この信仰を真面目にしていくと、知らないうちにそんな人間になるんです。知らないうちに偽りの幸福感にどっぷりと浸かりながら人生を棒にふります。

  9. 秋生さんその
    気色満面の幹部は大拍手を見て

    わが意を得たりとばかり喜んだのでしょうね。 アホか!

    所詮上層幹部といえどもこの程度なのが創価です。こんな無神経な幹部ホントに多い

    人の不幸は蜜の味、おいしく味わうバカ幹部でした!

  10. 私は逃げるように結婚を機に創価学会を離れて20余年経つので、嫌だったことがなかなか思い出せません、秋生さんのコメントを見て座談会ってそういう雰囲気あったなあ、子供ながらに嫌だったなあ…と思いました。
    私のような2世3世が多いのです、MCなんて無駄です。

    宗門撲滅とやら呪いの祈念をあげている間に、
    広島を始め、あちこちの地域が災害に見舞われています。
    こんな日本の状況で打倒ののろしを上げている団体に
    ついていく気になれるでしょうか?

    創価学会はもう衰退の時機にさしかかっているのです。
    財産整理にとりかかり静かに息をひそめて下さい…

  11. 秋生さんが聞いた指導と似たような話、こちらでもあります。
    5〜6年前に私の住む地域で、若者3〜4人が深夜暴走運転かなんかして、炎上し大事故になり凄く話題になっていました。1人だけ奇跡的に助かったそうで、その若者のおばあちゃんが、聖教新聞を啓蒙されてとったことがあったそうで、聖教が入っただけで守られるんだね、スゴイね!ということでした。その若者も身内も学会員ではありません。
    身内が聖教をとったことがあるというだけのこじ付けなんですけどね^^;
    他の方は亡くなっているのに…。

  12. 以下、方面幹部とのやりとりを誇張なく記載します。

    ◆会合参加にあたり新聞啓蒙用紙のコピー提出を求める件
    Q.
    あまりにやり過ぎでは?部員さんを信用していないのか?
    A.
    先生は「言葉は信じない、結果だけを見る」と仰っておられる。ある程度強制力を持ってやらないと折伏も新聞啓蒙も進まない。本気で戦った結果の証として啓蒙用紙を持参出来ることが皆の誇りになる。
    Q.
    懸命に挑戦したが啓蒙出来なかった部員さんには参加する資格は無いのか?
    A.
    祈りを根本に本気で戦えば必ず結果は出る(以降リピート)

    ◆(二郎さんの書かれていた)人間革命文章と現状の矛盾
    Q.
    大聖人が750年前に著された御書の文言は一言一句変わっていないはずなのに、その御書を根本に活動している創価学会のやっていることがわずか数十年で真逆になっているのはなぜか?
    A.
    時代の流れに沿って学会の指導も変わる、だからこそ常に求道心をたぎらせて最新の指導を求めていかねばならない。
    Q.
    人間革命は学会員必読の書でバイブルとされているはずだが、書かれている内容は今の時代にそぐわないので軽視しても良いということか?
    A.
    文章の上っ面を読むのではなく、文底に流れる精神を感じなければならない。師弟の精神は当時も今も変わらない。
    Q.
    詭弁としか思えません。唯一無二の正しい信仰ならば、いつの時代も首尾一貫して同じ主張を貫き、同じ行動を取るべきでは?
    A.
    大聖人の御書にも矛盾点はある。それらをひっくるめて信じきれるかどうかだ。体験があれば確信に繋がり揺らがなくなる。○○君は本当の意味で信心の確信がない。

    職場の昼休みが終わりそうなのでここまでで申し訳ありません。書きながら虚しさが込み上げてきますね。。。

  13. 家庭訪問があり婦人部と久しぶりに話しましたがつい振られた話題に乗ってしまって、なぜ信じなくなったのか等の話をしてしまいました。
    『よく勉強してるね』とか『もったいない、良い人材なのに』とかいろいろ持ち上げられましたが全然嬉しくないですね。
    しかも、次は議員さんとか上の幹部とかを連れてきそうな流れになってしまいました。一応訪問可にしちゃってるので断らなかったけど、やだな~。批判でも何でも対話の糸口を作っちゃうとそこに食いついてきますね。やはり。
    自分でもびっくりしたのは、公明党の事とか思ってることをはっきり意見を言いながら足ががくがく震えてしまってどうしようもなかったこと。
    こんなんじゃ、もっと手強い幹部が来たときどうなっちゃうかわかりません。私は口下手だし上手く丸め込もうとしてくるでしょうから、言葉に窮して無様に泣く羽目になるかもしれません。でも、心は決まってますから!
    籍を置いてるといろいろと煩わしいです。
    だったらやめたらいいじゃん!と言われそうです。結局自業自得なんですけどね。罰とかそういうのは全く恐れてないけど、辞めるとなると実家の親との関係とか旦那との約束とかいろいろ考えてしまって、結局自分が辞めないという選択をしてしまってるのですから・・・。

  14. ボウヤさんお忙しい中、幹部とのやり取り、ありがとうございます。私も同じく信心の確信が体験が無いからこうなったって言われました。再度、本気で一年頑張って信心の確信をつかんでみたらって・・そんなんしたら、まさに蟻地獄です。
    会館での幹部指導、うちの支部かゾーンか忘れましたが日顕のお寺?があり、そこの方が車椅子生活になりました〜って幹部の方が話され皆さん拍手をしていました。まだ活動家でしたが、非常に嫌な気分になり理解に苦しみました。

  15. 外ばかりでは足りなくて、自分の中の弱さ、不信、臆病
    そんな感情をも敵にして、それを宿業、生命の毒だといって
    徹底的に戦え、負けるなと指導します。
    信じられないものは信じられないのです。
    弱いようで強いし、臆してばかりではないのが、普通の人間です。
    心はどんなコンピューターよりも精密で非常に繊細で、
    コントロールなんて出来るものではないのです。人間革命しろだなんて、自分を自分の頭で考えた理想と違わずにコントロールするなんて、無理です。
    最近そのように考えるようになり、楽になりました。
    本当の自分を騙してはいけないのです。
    創価の思考にはまると、憑き物が付いてしまったような感覚になり、その異常さを自覚している次第です。創価の思考は怖すぎます。
    普通の人は自由に自分の心に正直に、そして賢く生き生きと、普通に生きてます。
    それに比べ自分は創価の思考回路なものだから、ずいぶんと隔たりがある、そう思わざるをえません。
    本当に馬鹿だなって思う。
    この世に絶対などというものないという皆さんのコメントを幾度となく読み心が楽になりました。
    以上独り言でした(前後とかみあってません)
    こんなコメント創価の中枢の人が読んで何と思うのでしょうか。
    きっと池田大作は笑っているのでしょうね、生きていれば。

  16. ボウヤさん
    詳細なご報告、ありがとうございます。全く予想通りの回答ですね。
    この回答は意外でしたが↓

    >大聖人の御書にも矛盾点はある。それらをひっくるめて信じきれるかどうかだ。

    このような方に何を言っても無駄ですね。それをわかっていながら真っ向から方面幹部と向き合われたボウヤさんに敬意を表します。お疲れ様でした。

  17. ボウヤさんお疲れさまです。コメント見ながら、たまに対面した幹部の方達ってこういう話術だったなあと、思い出しました、もうマニュアル通りなんでしょうね、やるせないですね…

    先生は言葉を信じない、結果だけを見る
    という言葉…がーんショックですね、
    自分は姿を現さないで、そんなこと言えますか?
    やっぱり失礼で、社会一般で通ることではないですよ

    めがねさん、すごい勇気ですよ、
    でもお身体ご自愛くださいね、リアルな生活第一ですよ

  18. 私は組織については全く信じていません、
    公明党なんてどうでもいいんです、
    ただ唱題だけは何か力があると、励むことは正しいと
    信じていました。
    しかしそれさえも創価の指導通り頑張っても
    待っているのは絶望のみですね、私の場合。
    完全な脱会、覚醒に至る事が今の私の課題です。
    正直悲しいかな、揺れ動く時がありました。

  19. めがねさんのように内部にいながらいろいろな疑問をぶつけることで、もしかしたら、それがきっかけで会員の覚醒につなげられる場合もあるので、やめないということも意義があるように思います。signifieさんの望む内部状況も伝えられますし(スパイ?笑)私は折伏がきっかけで自分自身の目が覚めました。折伏した相手にあれこれいろいろな疑問をぶつけられ、それに答える為に、手っ取り早く検索をかける為、禁断のネット情報に触れたことがきっかけで、暴露本も数冊読み、覚醒につながりました。(だから創価はネットが怖いのでしょう。)毎日パソコンにふれながら、創価学会に関して検索したことはありませんでした。したのは、創価の公式ホームページだけ。そんな会員さんも多いと思います。だからどんどん質問して、対話しまくって相手を困らせてあげてください。

  20. 婦人部幹部の言葉ですが、選挙はその人の信心が試される。偽物はふるいにかけられ淘汰される。選挙のときに病気になったり、亡くなったりする人は、結果が出たのだと。まさに脅迫です。選挙のときはオチオチ病気にもなれませんね。新聞啓蒙の証明書を入場券代わりにするのも篩いなんでしょうか?新聞啓蒙できる戦いをした人、または自腹で贈呈することで貢献する、いわゆる本物のMC信者を見極める為の。創価では、信者をランク付けしてますよね?Aからどこまであるか知りませんが。あるとき、私がまだペーペー信者なことに気を許したのか、車の中で女子部幹部同士がランクの低い会員をボロクソ言ってました。表向きは、あなたたちの事をいつも応援してま~す。のような明るく優しい幹部の顔見せてますが、裏は使えるか使えないかだけのボロクソ扱いです。なので私は創価の役職者に対して、役職だけで尊敬する気持は一切無くなり、その人の本質でしか見ないようにしました。創価に役職を与えられて、なんだかすっかり偉くなったように錯覚してる幹部多いです。でも、所詮自分の欲望の為に魂を売った人たちですね。

  21. ボウヤさん お疲れ様でした。

    幹部が言いそうなことですね。

    新聞も折伏も選挙もどんな戦いにしても「結果が大事。結果がでないのは 長の一念が足りないからだ!長の責任!」とよく言っていますよね。
    私も散々言われてきました。

    ボウヤさんの置かれている環境、立場ですぐに何ができるという訳ではないと思いますが、今 できることを頑張ってくださいね。

    私自身も、今すぐには活動停止できる状況ではありません。
    でも、覚醒した私だからこそ、中からできることもあると思っています。

    そう思わなければ、生きていくのが辛くなりますしね。

  22. めがねさん今日は。学会員の言うことに一つ一つ反応しては際限なく責められますよ。

    >こんなんじゃ、もっと手強い幹部が来たときどうなっちゃうかわかりません。私は口下>手だし上手く丸め込もうとしてくるでしょうから、言葉に窮して無様に泣く羽目になる>かもしれません。でも、心は決まってますから!

    思い切って「もう来て欲しくないのですが!」と言うのが早いですよ。そして次に来た時は
    玄関を開けずに「何の御用ですか?」と言って短く切り上げ、「来て欲しくないのですが。」と何度も繰り返すと次第に足が遠のくみたいですよ。

    何事も少しの勇気が必要ですね。頑張って下さい。

  23. ボウヤさん、お忙しいところ 詳細な報告 ありがとうございました。方面幹部でも、この程度の回答しか出来ないとは、創価もいよいよ 人材不足ですな。ボウヤさんの質問に対して、回答のピントがまるで ズレてます。
    この回答からするに、創価が宗教団体ではなく、カネ集めの詐欺サークルであると自らぶちまけているようなものです。
    センセイを信じて、学会活動すると ピンボケ人間になってしまうということが よくわかりました。
    これが あの「人間革命」っていうやつですね。

  24. ボウヤさん、コメントありがとうございます。

    >祈りを根本に本気で戦えば必ず結果は出る

    確かにそうかもしれません。
    ただし大切な友人は確実にいなくなります。人間関係を失いますよ。

    何を言われても創価の教えが大好きで、それが心の支えになっている人はいるでしょう。
    でもそれを得ることで、世間からの信頼、友情、人脈は確実に失います。
    気が付けば、心を許せるのは内部の存在だけになってますよ。
    それと引き換えにしてまで欲しいんですか?その新聞のポイントとやらを。

    残念ながら、そのくらい創価は嫌われているんです。
    活動家がどんな人間的にいい人でも、だからといって創価全体を見直してもらえるなんて大間違いです。
    日夜、どんなに懸命に愛想よくふるまったって無駄です。
    私たちが真相をもっともっと暴露しますから。

    創価がわるく言われるのは「実態を知らないで噂だけが独り歩きしているから」ではありません。
    長年組織にいた人が、自分の過去の恥をさらしてここまで告発しているのです。ウソであろうはずがありません。

    自分は創価だけど、友達はみんな自分を信頼してくれている。
    だから選挙だって入れてくれるし、新聞もたまに取ってくれてるわ、という人。
    覚醒したらそれがいかに一方的な妄想で、友人の本心がどこにあったかをまざまざと知ることになりますよ。

  25. 宝星さんsatouさん北斗七星さんコメントありがとうございます!
    ほんとに、自ら墓穴を掘った気分です。
    話題を提供してはいけませんでした。わかってはいたんですが、にこやかに話しかけてくる人たちを無碍に出来なくてつい、振られた話題に乗ってしまいまして・・・。
    それに集団的自衛権の事は是非聞いてみたかったものですから。
    聞いてみると全然オカシイと思ってないみたいで、幹部指導で聞いたであろう説明を一通りしてくれました。『政府の広報そのまんまですね』と言ってやりましたがあまり気にもしてなかったです。議員に意見をぶつけてみてはと言われて別に良いですというと、諦めるのか?と言われ。『もう支持者じゃないので』と返しておきました。挑発ですか?その手には乗りませんよ~。(もう別の手に乗っちゃいましたが)
    いろいろ意見をぶつけたい気持ちもあるのですが(戻るためじゃなくて少しでも気づいて欲しくて)今回思った以上に精神的な負担を感じたので百戦錬磨の幹部とはとてもじゃないけど話を出来ないなと思いました。
    ってか、次は確実に幹部を連れてくるでしょうけど。

  26. 伝聞ではなくて、実際に聞いた創価指導です。

    「財務は、惜しいな!と思って出すから功徳があるんです。このくらいで何とか、みたいな気持ちじゃダメなんです。
    もう一回言いますよ。惜しいな!この気持ちです。惜しいな!これに打ち勝って出すところに経済革命があるんです!」

    女子部の時、当時の支部長(壮年部)がそう言うと、大きく頷く群衆。
    終わってから地区担(婦人部)が
    「私ね、財務で3万ケチったことがあるの。そしたらつまんないことで3万かかっちゃってね。お店の前の自動販売機のガラスが壊れて、その修理代にちょうど3万よ。弱い心をつかれて罰が当たったのね。それ以来、財務だけは思いっきり、魔に負けないようにやろうと思ってるの」

    婦人部にいってから、本部長に同じようなことを聞きました。
    「財務直後に、車をぶつけて修理代に数万円かかったのね。その時、なんだ払えるじゃんワタシ!と思ったの。
    そんなお金あったのに出さなかった。それを御本尊様が教えてくれたのね」

    ふつうの人には理解しがたい思考回路だと思いますが、これをマインドコントロールと言わずして何と言えばいいのやら。
    財務と聞くと思い出すエピソードです。

  27. ボウヤさん、お疲れさまでした。今ごろは、さぞがっかりしてるんじゃないですか。自分はなんでこんなくだらない人の下で活動してたんだろうって、いやになるのが当たり前なんです。ボウヤさんの的確な質問から、もはやボウヤさんがMCされていないこともよくわかります。ボウヤさん、創価がどんな団体かよくわかったでしょう。ボウヤさんはまだ若いから、いくらでもやりなおせます。うらやましい。こんな簡単なことが、私なんか50過ぎまでわからなかったんですから、どうしようもないアホでした。あとは波風立てずにフェードアウトするのが一番ですよ。創価脳に何言ってもどうにもならないって身にしみたでしょう。

    それにしてもMCされた学会員にしか通用しない見事にデタラメな回答でしたね。絵に描いたようなMr.MCって感じの幹部でした。あんな回答、一般ではまったく通用しませんっていうか気味悪がられるだけなんですが、本人はほんとに真面目に言ってるんでしょうか。それとも苦し紛れを承知で言ってるんでしょうか。そこが知りたかったですね。幹部の表情にごまかし笑いはありませんでしたか?

    すべてが突っ込みどころ満載なんですが、あまりにもバカバカしくて突っ込む気力さえなくなります。なかでも

    「大聖人の御書にも矛盾点はある。それらをひっくるめて信じきれるかどうかだ。」

    これって馬脚を現すっていうか、語るに落ちるっていうか、御書の矛盾をあっさり認めてるところも凄いですね。「え?そうなの?じゃあ、あなたは一体何を信じてるの?矛盾点も含めて信じきれるかどうか?創価はいつから禅問答をするようになったんですか?わけわかんないですけど」って突っ込みたくなるんですが、それ以前に、ゴーストライターが書いた小説人間革命に法華経の文上と文低をもちこむなんてバカじゃないの…いやいや、やっぱり池田センセーを末法のご本仏だと本気で思ってるんじゃないでしょうか(笑)。末法のご本仏だったら、はやいとこ世界を平和にしてほしいものです。何を勿体つけてるんでしょうね。池田センセーが生きてる間に世界は平和になるんでしょうか?86歳で弟子に何年も顔すら見せずに世界を平和にできるんでしょうかね。

  28. ボウヤさんお疲れ様でした。

    体験が大事って言うなら
    活動しなくなってからすこぶる環境がよくなった
    私の体験を聞かせたいわ。

  29. めがねさんも大変でしたね。お疲れさまでした。まるで警察の強引な取り調べで、やってもいないことを自白させられる冤罪の被害者のようですよ。
    ボウヤさんの場合と同じく、創価脳に何言ってもデタラメな答えしか返ってきませんから、静かにフェードアウトを考えませんか。彼らは自分のことしか考えていませんから、いくら創価の矛盾を指摘しても、平気でメチャクチャなことが言えるんです。まさにMCのなせる技です。なにしろ「矛盾も含めて信じれるかどうか」ですからね。何も考えずにどれだけ盲信できるかってことですよね。つまり何も考えずにどれだけお金を出せるかが創価にとっての人材なんです。言い換えると「どれだけカモれるか」ということですね。めがねさんのように、たとえいやいやであっても創価と関わるということは、めがねさんが思っている以上に、とりかえしのつかない方向に向かっているということですよ。私はこのとりかえしのつかなさのために、うつになってしまったのですから、創価の矛盾にそこまで気がついているのであれば、これ以上自分の人生を無駄にすることなく、はやいとこ足抜けしましょう。

  30. 創価をやめたり、批判して罰が当たるんなら、私、とっくにボロボロになっててよさそうなものですけどね(笑)。創価のいう現証はどこへいったのでしょうか。日本の850万世帯(日本人の10人にひとり)が学会員で幸せだったら、日本はもっと幸せな国なんじゃないでしょうか。阪神淡路大震災や東日本大震災で、何人の学会員が突然亡くなったり不幸になったでしょう。それは「信心していたからそれくらいで済んだ」ということでしょうか。福島の子どもたちの甲状腺がん患者が100人を越えました。そのなかに学会員の子どもさんはひとりもいないんでしょうか?それとも「信心していたからそれくらいで済んだ」ということでしょうか。どんなに不幸になっても、学会んだったら「それくらいで済んだ」ということになり、信心していないのに幸せな人は「いずれ地獄を見る」ということなんでしょうか。それが正しい宗教の世界観なんでしょうか。いい大人が真顔で言えるようなことではないと思うのですが、創価ではこれがスタンダードなんです。ものすごい世界ですね。
    やはりこうした創価の生の「指導」を、一般の人に聞いてもらいたい。MCされた学会員には通用しても、世間では絶対通用しないことがわかっているから、創価は外部に対しての顔がまるっきり違うんです。あのテレビCMのように、毒にも薬にもならないようなことしか言えないんですよね。自分の思想が正しいと自信があるんだったら、世間に堂々と「私たちは常日頃から日顕撲滅唱題会を行っています」と言ったらいいじゃないですか。「ご本尊はその撲滅唱題会のターゲットである憎むべき日蓮正宗のカラーコピーですが、こっちのコピーが本物で、あっちの原板が偽物です」ってなぜ言えないのでしょう。「選挙の投票日に、知り合いに電話をかけまくって、車で送り迎えをして、投票用紙に書く名前までメモを書いて渡すのは選挙違反だと知ってはいますが、それが正しい信仰者のあるべき姿なのでいつもやっています」と堂々と公表すればいいじゃないですか。「選挙は組織が発表した人に必ずいれるのが民主主義です」「財務の金額で功徳の度合いが変わります。もちろん多ければ多いほど福運も大きくなります」「自分が出した財務が何に遣われているのかを知ろうとするだけで功徳がなくなります」「何も考えず、何も疑わないことが信心です」「自分で考え、疑うと地獄に堕ちます」などなど、普段から学会員さんに指導していることを世間一般の人たちにも堂々と主張すれば、きっと世界中の人から賞賛されますよ(笑)。

  31. 秋生さんの、コメントに関してです。貴重な 体験談をありがとうございました。まったく 酷い話です。背筋が 寒くなりました。仏教では、同苦 ということが 説かれているはずなのですが、他人の不幸に大歓喜するとは……!?
    仮に、この 方面幹部が 副会長だったりすると、こんな 非人道的な話をしながら、年収が2000万くらい あったりするのでしょうか?(正確な数字をご存知の方は、教えて下さい)
    これ程 面白い 商売はないのでしょうね!!
    カネ集めの宗教詐欺サークルですから。
    因みに、(同苦) で 検索を かけてみたら、こんなん出ました。「苦難の渦中にある人にとって、同苦してくれる人の存在ほど心強いものはない。池田大作名誉会長は常に会員一人一人の悩みと向き合い、力強い励ましの対話を重ねてきた。」そうです。
    先程の話のなかの方面幹部も、イケダセンセイと同じく、会員さえ励ましていけば 外部の人間がどれ程 不幸な出来事に苦しんでいようと、大歓喜のネタにできるのですね。
    何しろ カネ集めの宗教詐欺サークルですから。
    総体革命!? 仮面ライダーのショッカーじゃ あるまいし、
    やめときなはれ。

  32. 方面幹部の話を聞きながら、signifieさんや皆さんが隣に居たら何て言われるかなぁ、とずっと思っていました。
    自分の質問は今出来ることの精一杯でした。
    二郎さんが指摘されていた「人間革命」の矛盾点は私も聞いてみたいことでした。バカだと思われるでしょうが学会にはあらゆる点で完全無欠であって欲しいという淡い思いは無残に打ち砕かれました。結果、今回の会合は欠席することにしました。正当な理由無く欠席することは初めてのことで訳の分からない罪悪感にさいなまれています。
    盆休みに軽く学会に対する不信を両親や妻に話したら一瞬で空気が凍りつきました。両親のあんな顔を見たのは初めてでした。このままいけば妻との離婚や両親との絶縁も大袈裟でなく起こり得るんだと肌身で感じました。
    そんなことを考えながらも、今夜も3級試験の勉強会でにこやかに講師をして、明日もハツラツと地区座談会で御書講義をしているであろう自分がいます。考えていることと口から出ている言葉が全く違う今の状況にどう折り合いをつければ良いのか判りません。
    自分と一番近い境遇にいらっしゃるであろうレモンさんの言葉が自分の支えになっています。

    signifieさんへ
    人間革命の質疑では幹部は明らかに早く話を打ち切りたいオーラ満点でした(笑)
    幹部に対して何の個人的感情もありませんがsignifieさんの仰る通り、今は脱力感と寂しさでいっぱいです。

  33. 昨日の朝から、酷い頭痛がして いよいよ 「ラザリス撲滅」唱題会が始まって、「頭が七つに割れてきたかな」と 心配しましたが、ノーシン飲んだら たちまち治りました。なんだ もう辞めたんかい!? 祈り方が 弱いで!しっかり祈らな!

  34. ボウヤさん

    思っていることとやってることがバラバラだと、どんどん苦しくなっていきますよ。
    本心を打ち明けるべきと思います。
    家族関係で辛い思いをするでしょうが、どっちにしろ辛いんだったら「ありのままの姿」をみせたらいかがですか?まさに「アナと雪の女王」ですね(笑)

    何も怖くない、風よ吹け♪

    あの映画、覚醒して飛び立つ賛歌ですね。
    簡単にはいかないかもしれないけど、だからこそ皆、その勇気に魅かれるんです。
    そしてぜひ乗り越えてください!

  35. 一応と再応 文底と文上 我々凡人には先生の偉大な御構想や
    奥底はとてもわからない

    どうにでも逃げれる決まり文句です

    なら、初めから再応で、文底でなぜ話さないんだと思う

    先生の偉大な御構想や奥底は我々凡夫にはとうていわからないという
    つねずねある幹部の指導です。 学会員さんよく考えてください幹部すら先生のお心はわからないといってるんですよ。そんな解らない人間を何を信じてついていくのですか?

    でも私は先生の奥底も御構想もすべて知ったのです

    それはただ、ただ皆さん方からうまく大金を絞りあげることだと

    このこと以外にありえないと。ほかに何もありません!

    創価と戦うこともありません。

    静かに、静かにフェードアウトしましょう

  36. いや、ほんとに足抜けしたいと思いました。
    でも抜ける時は旦那と一緒です。
    ちなみに旦那を座談会に誘いたいと言われてたので、帰って来た旦那に伝えたら最初は目をらんらんとさせて『爆弾発言してもいいってことか?』なんて冗談で言ってましたが、仕事で疲れてるから説き伏せられるであろうことを予想したのかあっさりと『やめとく』と言ってました。
    旦那はまだ信仰として信じてるから出来ることなら私としても関わらせたくはないと思ってたので内心ニンマリです。

  37. モニカさんの財務の話をなるほど・・・と思いました。
    惜しい!と思いながら出すから経済革命が出来る。との指導。

    私はたまにする一万円でさえ惜しい!と思いながらしてましたので、
    経済革命できたってことでしょうか。
    逆に、広宣流布のためにセンセイに使っていただく100万円ですもの、全然惜しくなんかないわと思って出してる人は、経済革命出来ないという事になります。
    財務は出せる限界まで出すものというMCされてる人に一句。

    広布基金  出しても無駄よ  功徳無し
    (大金出してる人用には、広布基金の部分を100万円に換える)

  38. ボウヤさん、覚醒したまま活動を続けていれば、ブラック企業で働き続ける社員のように心が壊れます。これはかなり深刻な問題ですよ。

    >考えていることと口から出ている言葉が全く違う今の状況にどう折り合いをつければ良いのか判りません。

    納得のいかないことをやり続けると、身体が悲鳴をあげて精神のバランスまで崩してしまいますから十分注意してください。覚醒した人にとっていちばんの悩みは、理屈で割り切れない「罪悪感」です。おかしなことというのが頭でわかっていても、心の底にこびりついている(これがMCの恐ろしさです)「訳の分からない罪悪感」は簡単には取り除けません。

    きのう私は親しい友人のお母さんの葬儀に出席しました。お焼香のときに、思わず心にお題目が浮かんでしまい、心の中で苦笑いしてしまいました。と同時にMCの根深さにゾッとしてしまいました。そして「これからの自分に祈りの呪文はいらないんだ」と言い聞かせました。自分でもショックでした。創価が宗教団体を装った詐欺団体であることは100%自信をもって誰にでも言えます。そこに一点の曇りも後ろめたさもありません。なのに生まれてこのかた自分の心身に沁み着いたものは、そう簡単には消えないんだなと、ちょっと凹みましたよ。そしてすぐに「あ、もう自分は自由でいいんだ。祈りもお題目でなくていいんだ。呪文じゃなくて、素直に故人の冥福を祈ればいいんだ」と、あらためて自分の心を解放することができました。そうやって折に触れて少しずつ自分の心を解放するしかないと思っています。

    ボウヤさん、ボウヤさんの判断は間違っていません。それが当たり前の人間の感覚です。会合に参加しないことに罪悪感を感じるほうが異常なんです。だって詐欺に加担しないことに罪悪感を感じるなんておかしいですよね。足を洗った元暴力団員が二度と麻薬に手を染めないことに罪悪感を感じるようなものですよ(笑)。

    創価に純粋培養されていながらも、ボウヤさんは自分の力でまともな人間の感覚に気づくことができたんです。これから周囲のMCされた人たちとの人間関係に苦労するかもしれませんが、どうかあたりまえの人間でいてください。特別なことをやる必要はありません。普通の考えで、普通に行動する。しばらくはそれさえ罪悪感との闘いになると思いますが、もう巨悪に組して人生を棒に振ることはできないでしょう。自由になっていいんです。この国ではそれが保障されているんですよ。基本的人権とはそういうものです。創価は宗教の持つ超自然(絵空事)的なアメとムチを利用して、この基本的人権を人の心の底から奪っているのです。どうか自分の心を解放してください。罪悪感を感じる自分を捨ててください。レリゴー、レリゴー!です(笑)

    私は宗教の何が正しいのかはわかりません。正しい宗教とはこういうものだなんて、おこがましくていえません。そもそも人間にとって制度としての宗教が必要なのかも疑問に思っています。昨日の友人のお母さんの葬儀でも「今ごろはもうあの世でお父さんに再会して喜んでいるよ」なんて言っておきながら、心の中では「やっぱり死んだら何もかも無くなる。生まれる前と同じで、意識も何も消えてなくなる。輪廻転生なんてありえない」と思っている自分がいました。そして浄土宗のお坊さんが葬儀という人生最後のショーを演出しているように見えました。葬儀は故人のためというよりも、残された家族に故人との「けじめ」というか「ふんぎり」をつけさせるための合理的なシステムなんだろうなと思いました。故人の遺体が棺に納められ、家族が釘を打ち、そのあと火葬場で骨になるのを待ち、最後に骨を家族が拾って壷に納める。これが家族にとっての故人への「ふんぎり」です。これがなければ、いつまでたっても家族は納得がいきません。東日本大震災で突然家族を失い、遺体も発見されないままの遺族の方が、今でも苦しみ続けているのは、そうした家族との別れの儀式ができないからなのだと思います。だから宗教は洋の東西を問わず、死後の世界を想定し、死んだ後にも幸不幸があるという設定になっているのではないかと、お坊さんの念仏を聞きながら思っていました。

    私は今でこそこうして創価を客観視できるようになりましたが、二年半前までは日蓮のお題目の力を信じていたんです。おおかたの世界の宗教や哲学については知っていたにもかかわらず、日蓮やお題目に関しては、そうした知識とは関係なく「これが正しいんだ」とこれだけは何の根拠もないままに思い込んでいました。それこそが二世三世によくある典型的なMCなんだとやっと気がついたんです。創価の組織の矛盾については理屈で理解できても、そこだけは最後まで理屈が欠落して思考停止になる。ボウヤさんの「訳の分からない罪悪感」も、おそらくそこからくるのだと思います。そう、訳が分からないんです。普通に考えることのできる自分が、なぜそこだけ普通じゃなくなるのか訳がわからない。それは今まで散々MCされてきたからという以外にないでしょう。

    ボウヤさんが「指導」を受けた幹部が、はやいとこ話を終わらせたいといった表情を見せたのは、自分で自分の考えに無理があることをこれ以上意識してしまうとヤバいのではないかという逆の意味での「訳のわからない罪悪感」がよぎったからかもしれません。ここまであからさまに矛盾を指摘されて、自分の考えであるはずの創価の思想をどこかで疑問に思ってしまう自分がいることが不安だったのかもしれません。「それらをひっくるめて信じきれるかどうかだ」これって幹部が自分に言い聞かせていたんじゃないでしょうか。でも、こんな苦し紛れのデタラメな言葉が通用しないことは、本人もわかっていたのかもしれませんね。

    創価の人たちの前で創価の批判をすると必ず凍りつきます。それは本当は自分でも心の奥底のどこかで感じているいちばん痛いところを突かれるからではないでしょうか。いくらMCされているとはいっても、無理矢理心の奥底に押込められた人としての普通の感覚を、ちらっとでも呼び覚まさせられると、創価脳が全力で否定しにかかる。どんな穏やかな学会員さんでも、批判されるといきなりケンカ腰になるのは、それが最大の弱みだということを、押込められた心が気づいているからなのだと思います。そこをこちらがよくわかって対応しないと、かえって話がこじれますから、とくに家族と創価の矛盾についての話をするときには気をつけないといけません。

    いやあ、それにしてもボウヤさんが幹部の指導に丸め込まれなくてよかった(笑)。正直言うと、ちょっとだけ心配してたんです。思った通り幹部の指導はボウヤさんの質問を無視した形で「信心が足りない」に落ちつくでしょ。しょせん、誰が「指導」したところでこの程度です。結局その幹部がボウヤさんに与えたのは創価に対する不信感だけですよね。その幹部は、なんとか説き伏せた気持ちでいるかもしれませんが、自分の「指導」によって創価の矛盾をますます露呈させたなんて思わないでしょう。笑っちゃいますね。

    ボウヤさん、あんまり気落ちせずに、よりいっそう現実に向き合って、これからのことを考えてください。このブログには同じように悩んできた人たちがたくさんいますよ。もちろん、これまでの考え方、生き方が変わるのですから、それなりの壁は乗り越えなければなりません。でももはや創価を信じることなんてできませんよね。がんじがらめの創価の呪縛から自由になるんだと思って、気持ちを解放してください。そして学会活動にどこかでピリオドを打つ準備をすることをお勧めします。

  39. 財務…要するに出させるためならあの手、この手、様々なトークがあるってことです。
    「感謝です、真心です、ヨコシマな考えは持ってはいけません」から「宿命転換させてくださいと願いを込めて出しましょう」まで。
    人によって何がピンとくるだろうと、いろんな網を張ってる感じですね。

    財務に限らず、指導は一貫性がなくてもいいみたいですね。
    むしろ、一貫性があると一つのタイプの人しかついてこない。
    人間革命も、一字一句素直に読めから、文底を読め(笑いました)などいろいろ言って幅広い層、角度に訴え、要はとにかく「買って読めばいい」

    要するに、ものを売るか(新聞など)、ものを買うか、金さえ出せばいい。
    指導や教義などその手段でしかないので、コロコロ変わろうが一貫性がなかろうが矛盾してようが、どうでもいいんですよね。
    正しいことを言ったら金が集まるかといったらまた別で、正しいことを言っても金が集まらなきゃ意味がないんですね。

    矛盾しててもコロコロ変わっても、MCをかけ、心理を突き、巧みな話術と詭弁で人を惹きつけ、金さえ集まればよしとする。
    目的は正しいかではなく、いかに人の心を掴み、金を出させるかですから。

    創価のいう正義とか正しいという言葉は、教えそのものが正しいという意味でなく、集金のために使っている手段にすぎない、ということを見破ってください。

  40. ボウヤさん、家族とのこれからの問題など考えると、やるせない思いになるでしょうが signifieさんはじめ、ボウヤさんの力になってくださる方々が、このブログに集まっています。独りじゃありませんよ。
    自分も、ボウヤさんの為になる 出来る限りのコメントをこれからも考えますので、よろしくお願いいたします。
    m(__)m

  41. ボウヤさん、お辛い立場ですね。
    読んでいて心が痛みました。

    私も義家族が全員バリ活です。
    主人にはしょっちゅう、『学会ってここがおかしい!』とか、『絶対脱会するから!』と言ってますが、
    義家族には言える自信がありません。50年以上前に入会して、90歳をこえる義祖父に言っても寿命を縮めるだけだと思うし、出来れば義家族全員に内緒にして脱会したい、というのが本音です。おそらく、『気がおかしくなった』と言われると思いますので。

    今年の3月に入会してから、義両親に『以前より顔色が明るくなったね』とか、
    『(私の持病の)アトピーが治ったんじゃない?』とか言われます。
    とりあえず、入会して何らかの功徳があったと思いたいようです(笑)
    何も変わって無いんですけどね。
    寧ろ、友人に『私、創価学会に入ったんだ』って言わなくてはいけないのがとても気が重かったです。
    今は『学会に入ったけど、もうすぐやめるから!』って言ってます(笑)

    私も9月になると思いますが、幹部の方(創価班大学校団長)が来て私の疑問に答えてくれる事になりました。ボウヤさんが質問していた事を私も聞いてみます。集団的自衛権の事も聞くつもりです。

  42. ボウヤさん  

    私も覚醒したばかりのころ、心が混乱し気持ちの整理がなかなかつきませんでした。
    夜も眠れなくなったり、心が常にザワザワした気持ちになりました。

    私の場合は、覚醒してから わりとすぐに義家族や主人に打ち明けましたが、想像以上に厳しい反応でした。
    MCゆえだとわかってはいるものの、創価批判するものに対しては、身内でも容赦ないです。
    反逆者扱いの言葉を言われると、気持ちがズドーーンと落ちて辛くて仕方なかったです。

    活動を停止するにも、引越しが出来たらいいけど、それは100パーセント無理。
    活動停止するには、バリ活家族にどう理解してもらったらいいのだろうか。
    この地を1人去るしか方法はないかもしれないとか色々な事が頭を占拠し、何が最善なのかは、今でも簡単には結論がでません。

    でも、今の状況で、自分の心を安定し保つために、中にいるからこそできる事をしようと考えなおしました。
    それも、今の自分の立場だからこそできることを。

    例えば、新聞を止めたいと言う人には、「大丈夫です、そうしましょう~」とすぐに落としてしまいます。

    今の時期ですと、財務の申込み、教学の申し込みなどがありますが、やる気マンマンの人は、ご自身の自己責任ですのでやればいいと思います。

    でも、迷いを口に出した人には、無理にやる必要は全くありませんと言うようにしています。

    こんなことは、今の自分の立場じゃなければ出来ないことですしね。

    ボウヤさんはまだお若いですし、これからの人生のほうがずっと長いです。
    まずは、ご自身の心の安定を1番大切にしてくださいね。

  43. 皆さんコメントされているように、上層幹部は深く思考をしないようにしているのでしょう、自己防衛の為にも。気づかないうちに進んでいる現実社会
    を、まっすぐ受けとめる自信や覚悟がない。自分が壊れてしまうんじゃないかと…弱い自分を受けとめる勇気がない。

    自分の言葉で、リアルに語ることができない。
    先生がこう言っている、新聞にこういう指導がある、
    御書にこの一文がのっている…どれも自分の言葉でない、
    そういう人が何人現れても、リアルに語られる現実はない。

    別に私の問題や疑問に正答を求めているわけではない、
    例えば主婦の私なら、子育てや子供の受験について…
    「ご本尊が見ているよ」と言われれば、まあ有り難く
    受け取っておくぐらいしか礼儀が見当たらない。
    自分と同じようなママ友に意見を求める、
    誰もずばりと言うような人は私の周りにはいないが、
    自分とは違う意見を誠意を持って返してくれる、
    同じ状況を生活している者として、それでいい。
    正解が現実の生活にはないことはわかっている。

    集団的自衛権の問題にしても、どう答えるのか…
    内閣改造に対して、石破さんは抵抗しているのは
    自民党政権に公明党が関わっていることも見据えてでしょう。
    内閣改造が決まった後、いよいよ集団的自衛権に対しての
    公明党の姿勢を説明するウエイトが大きくなるでしょう。

    内部にいて守られていると感じるのか、
    現実のリアルを率直に感じるのか、
    創価学会中心から視点をずらせば見えてくる。

  44. 皆様、お久しぶりです。

    ボウヤさん、お疲れさまでした。これほどに実りのない対話もありませんよね…心中お察しします。

    私も夏休みで帰省した際、実家の親きょうだいと話をしてきましたが、同じような反応でした。
    話の都合が悪くなると、「とにかくご本尊は大事にしなければならない」との一点張りで、話を打ちきろうとします。
    疑問を口に出すと一瞬で場が凍りつくのも一緒でした(笑)電話で話してるだけではわからない空気でしたね~。

    これまで信心のことでは尊敬し、模範にしてきた親の姿が、中身のない虚しいものに見えて、切なくなりました。
    今までこんなに意見が相違したことはなかったのですが、これまでは同じ信仰を保っているが故の、上っ面の関係だったのかもしれませんね。
    悲しいのと悔しいのと、諦めと、いろいろな感情が混ざって複雑な気持ちでした。

    ボウヤさんやレモンさんのように、同居しているご家族がバリ活だと本当に辛いと思います。
    皆さんが仰っているように、自分の心を無理やり押し込めながらの活動はやがて心を壊してしまうと思うので、どうか無理をなさらないようにしてくださいね。

    時間とともに、いろいろな感情が落ち着いて、ご自分の方向性も定まってくると思います。それまではありのままに、ここでたくさん心の内を吐き出せるといいですね。

    シニフィエさん、投稿ミスでお手数おかけしましたm(__)m
    最近は自分のことで忙しくて拝見するばかりですが、お体に気を付けてくださいね。

  45. まるさん、お久しぶりです。
    コメントありがとうございます。

    >これまで信心のことでは尊敬し、模範にしてきた親の姿が、中身のない虚しいものに見えて、切なくなりました。

    まったくそのとおりですね。今でも両親を尊敬していますが、創価にはまってしまったことのとりかえしのつかなさは、もうどうしようもないです。みんなよかれと思って信じて騙されるんですよね。ほんと悲しいです。私の場合、創価について両親と言い争う機会がなかったこと(父は何も知らないまま亡くなり、母が認知症になったこと)で、いくらか救われているのかもしれません。かといって両親の人生はもう戻ってこないんですがね。
    バリ活の兄夫婦とは、会っても創価の話はしません。もし、兄夫婦があとになって創価の真実に気づいたときに「どうして早く教えてくれなかったんだ」と言う日が来るかもしれないと思うと、今のうちに喧嘩してでも言うことだけは言っておいたほうがいいのかなとも思います。ただ、そのことで兄弟が疎遠になるのもいやだし。難しい問題です。

  46. 創価学会が徹底的に否定し、デマの温床と糾弾しているネットのブログ上でのみ、「活動家」とされている自分が苦しみや怒りをさらけ出すことが出来た現実。それに対してこれまで自分が心の奥底で「弱い人扱い」(本当に失礼な表現です)していた脱会された方や非活動の方に真剣に励ましていただいている現実。
    本当に申し訳ない気持ちと感謝の気持ちでいっぱいです。
    自分は正義の告発者でもかまってちゃんでも無く、ただの純粋培養の世間知らずですが、その世間知らずがこちらのブログに出会って自分の思考回路を劇的に変えるきっかけになりました。あまりに刺激が強くて今は回路が上手く働いていませんが…。 あとは変わった思考回路を基に、自分で考えて、自分で判断して、一つ一つ行動に移していければ最高だと思っています。自分の拙い書き込みでこちらの大切なブログを引っ掻き回すのは本意ではありませんので、またROM専に戻りますがsignifieさんや皆様の書かれるコメントを楽しみに真剣に読み続けていきます。
    沢山の方が励ましてくださって本当に嬉しかったですm(__)m

  47. ボウヤさん
    今日は御書講義をされたのですよね。現状で御書講義をされるのはとてもつらいと思いますが、また、何かありましたら書き込みをお待ちしております。幹部との対談は興味深いですね。

  48. ボウヤさん、正直なコメントありがとうございます。誠実な人柄が ひしひしと伝わってきます。
    創価の末端の活動家の人達も、決して 悪い人達ではありません。本当に悪いのは、イケダセンセイと 一部の首脳人達、すなわち カネ集めの宗教詐欺を自覚しながら、お金に目が眩み
    悪いことと自覚しながら、辞めることが出来ない輩です。
    わかり安い 犯罪行為、すなわち 強盗や誘拐や殺人などでは、犯罪を犯した人間が 心の片隅で 罪悪感や良心の呵責みたいな気持ちが あると思いますが、創価の詐欺行為に関しては 完璧な マインドコントロール下にあるため、自覚が出来ません。そこが やっかいでもどかしいところです。
    バリ活に対して、本人の為を思って 間違いを指摘し、真剣に訴えて行くほど、仏敵扱いされ 憎まれます。
    やがて Xデーが到来し、創価の内部分裂が顕在化し 骨肉の争いになった時に、だんだんと加速度的に 退転者が増大し、組織の矛盾に気がついて、MCが解けはじめ 創価が崩壊した時
    一時 日本が社会的に混乱するでしょう。
    その時は、創価の会員が精神的に追い詰められて 犯罪行為が多発する可能性もあります。
    だから 今のうちに 1人でも多くの会員に 真実を知らせる必要があるのです。
    それは、かつて 創価のバリ活を経験した我々の義務だと 自分はとらえています。
    今回の ボウヤさんのコメントで 自分もたくさん学ぶことができました。本当に 感謝してます。ありがとうございました
    m(__)m
    さて、モニカ姉さん(年下だったら ゴメンなさい) 、今日からまた ゴリゴリ バンバン 行きマッセ!!

  49. 追伸
    ボウヤさん、家族のかたち 洗脳の度合い 学会活動のやり方
    財務のに対しての考え方…etc
    一人一人違います。だから、自分も ボウヤさんに 今すぐにどうしたほうがいいとは言えません。だけど、一つだけ 言えるのは、このまま イケダセンセイの偉大な弟子だとおだてられて、カラーコピーご本尊を拝まされ、自分の時間も制限され、仕事も当たり前に出来ず、結局 カネ集めのパシリにされたまま 大切な人生を終えて欲しくないのです。
    そんな 惨めな人生 冗談ではありません!!
    そんな 悲惨な人生にされたまま、亡くなった人間が 今まで 何万人、何十万人、もしかすると 何百万人 いますか!?
    悔しくて、涙が止まりません!!
    僕らは、生まれつき (自由)なはずではないですか!?
    このブログのなかで、さまざまな方のコメントから、自分の真実の心の叫びに耳を傾けて下さい。そして、一日も早く 創価学会からフェードアウトされることを、心より願っております (^-^)/

  50. ボウヤさん、貴重な報告をほんとうにありがとうございました。坊やさんの幹部との会話は、創価へのどんな批判よりも重い現実を語ってくれているように思います。覚醒した現役活動家とその幹部との会話が、現実にこれほどのくい違いがあるという事実を、より多くの方が知って、覚醒への糸口になることだと思います。これからボウヤさんは、精神的にかなり厳しい道を歩まざるをえなくなりますが、それは決して悪いほうに向かっているのではないということを信じて、自分の信念を貫いていただきたいと思います。ボウヤさんの登場は、このブログの読者にとってもたいへんなインパクトでした。これからも、一人また一人と創価のMCから覚醒して自分の人生を取り戻される方が増えること願って止みません。ボウヤさんはまだ活動中で、座談会の御書講義や教学試験の講師をされているとのことなので、なおのこと辛いと思います。ボウヤさん、ほんとうにありがとうございました。また何かの折には近況をお聞かせください。

    以下にこのブログで2012年1月30日に書いた私の文章を載せます。私が創価から覚醒してそれほど経っていない頃の文章です。ちょうど今のボウヤさんの頃かなと思います。

    __________________________

    釈迦の生命観

    きのうアメリカから一時的に帰って来た友人と話をしていたら墓の話になって、アメリカ人は日本人ほど墓に執着しないと言っていました。アメリカ(西海岸)では埋葬する骨もほんのちょっとだし、逆に日本人の墓に対する執着のほうが理解しがたいと。なるほどアメリカ人の墓は小さいですよね。たぶんキリスト教世界では、死んだら神のもとへ迎えられることになっているから、死んだら肉体でも骨でもただの物でしかないと思うのでしょうか。以前なら、そんな話はそこで終わっていました。つまりそれは洋の東西での生死観の違いであって、さほど発展的な話題でもないと思っていたからです。私が学会がご都合主義のトンデモ教であることに気づいてから、今度は墓の問題をどうすればいいのかわからなくなったことは以前ここにも書きました。そこに偶然彼が墓の話を持ち出してきたのでちょっと驚いたのですが、彼がそう言ったことで、私の墓の問題への執着が日本人であることの特徴のひとつなんだと思い直したわけです。彼が言うには、仏教でも原始仏教、もっといえば釈迦自身は死後のことなんて考えなかったんじゃないか。釈迦自身は死んだらおしまいって思ってたんじゃないか。輪廻転生とか生まれ変わりとか、生命の永続性というのは、その後の教団が仏教を広め組織を維持していくために、あとからつくった教義なんじゃないかと言っていました。釈迦が過去に何度も生まれ変わっては壮絶な修行を続け、ついに悟りを得たといった話は、ずいぶん後になって教団の都合でつくられた話なのではないかというのです。私はなるほどと思いました。そう言う彼は無神論者ですが、無神論者といっても宗教に興味がない無神論者ではなく、特に仏教に関しての興味と知識は半端ではなく、そこらの仏教者よりも大変な研究家でもあります。名前をあげれば誰でも知っている有名人なので、そこから私の素性までバレてしまう可能性もあるので、アメリカ在住の無心論者の仏教研究家といっておきましょう。

    もうひとり無神論者の友人がいました。いましたというのは、彼は少し前にガンで亡くなりました。生前の彼は無神論者を貫き通して、自分が死んだら医大へ献体するように遺言していました。亡くなってすぐに大学病院に運ばれ医学の向上のために徹底して解剖されたあとに骨になって自宅へ帰ってきました。彼の遺言どおり、通夜も葬式も初七日もなにもないまま、彼の妻が人知れず夫の骨を海に撒きました。そのとき私はとても寂しかったのですが、今思えばむしろこの考え方の方が本来の仏教に近いのではないかという気がしてきました。それは命に対する執着という意味で、立証のしようのない死後の生命を想定すること自体、自己の執着を捨てきれない、つまり解脱できていないことの現れではないかと思ったのです。永遠の生命観というのはわかりやすい。しかしそれは自分の死に対する恐怖を少なくするためにつくった、つまりいつまでも生きていたいという願望、執着の現れでしかないのかもしれません。

    日本に存在する既成仏教では、墓はあって当然のものです。墓と無縁のお寺はおそらくないでしょうし、むしろ墓の維持のためにお寺があるといってもいいくらいです。近頃はモダンな分譲型の納骨堂(笑)を建てて金儲けに走るお寺も増えました。日本人の宗教観や生活様式や土地事情などの変化もあってのことでしょうが、それは果たして仏教の、とりわけ釈迦が見極めたであろう生命の真実だったのかということを、もう一度見直してもいいのではないかと思いました。

    アメリカから一時帰国した彼を囲んでの昨夜の飲み会の話を聞いても、以前の私からは想像もできないような考え方をしている自分に少し驚きました。考え方が変わったというよりも、学会の似非教義を信じていたために無理矢理押さえ込んできた学会とは相反する物の考え方を自分の中で解放し始めたのではないかと思います。それは今まで信じてきた創価学会の教義が間違いだったから単純に無神論者に転じるといったことではなくて、神、仏、大いなる物語、なんらかの法則、時空の成り立ち…そんなものをいままでよりはニュートラルな立場で、しかもビクビクせずに考えることができるようになったのではないかと思っています。逆を言えば、いままでどれだけおかしな教義を信じて、まともな思考をできずにいたかということです。

    一個人として宗教全般を否定し自分を無神論者と断言することは簡単です。どんな宗教であれ様々な問題を抱え、中には戦争の建前に利用され、多くの罪のない人の命が奪われたりもしますから、宗教を否定する人がいても無理のないことだと思います。ただ私はその時代その時代でのいろんな都合によって作り替えられてきた仏教に関して、そう簡単に否定できるものではないと思っています。昨夜の「『じつは人は死んだらそれまで、死後のことなんて考えたって無駄なんだよ』って釈迦は思ってたんじゃないか」と言った彼の言葉から、今までとは違った受け止め方をしている自分に驚いています。

    また別の友人にターミナルケアを日本に確立すべく走り回っている医者がいます。余命幾日と告げられた人の心のケアをどうしていくのか。これは個人の宗教観とも深く関わっていく問題なので、一筋縄ではいきません。またそうした問題を、唯物論的な西洋医学を範とする医師が取り組むべき問題なのかという基本的なところから出発するべきだろうし、医療の現場にそうしたことまで抱え込むだけの余裕はありません。彼は日常のたいへん多忙な実務の合間に、日本でのターミナルケアの確立を目指している医師たちのネットワークを広げながら、自費と時間を投じて日々戦っています。ターミナルケアの問題は医療よりも心理学、とりわけトランスパーソナルの分野で奨められていくべきではないかと個人的には思います。昔、キューブラー・ロス氏による死後の生命についての研究が取りざたされた時期がありました。何千人、何万人もの死に行く人との関わりのなかで、彼女は死後の生命の永続性を確信できたかのような研究を数多く残しています(どこぞの名誉会長もよく話を引用して、仏法の生命観と科学の共通点を嘯いていましたが)。「死は生命のひとつの変化というか区切りであって、古い着物を着替えるように、ひとつも怖くなんかないのよ」と言っていた彼女の末路は、結局自分の死を受け入れることができずに、まわりのすべてに悪態をつきながら醜い最期をとげたと聞いています。死というものをどのように捉えるのか。これがおよそ宗教と呼ばれるものの大きなファクターであることは間違いないでしょう。しかしじつは哲学や医学や心理学や社会学などの学問はもちろん、芸術も含めたすべての人に関わる永遠の課題です。あらゆるものは死へ向けて突っ走っている。この避けがたい現実に対して私たち一人ひとりが深く考えていかなければなりません。

    創価学会では生命哲学とか人間革命といっても、所詮搾取のための詭弁でしかありません。知らないうちに偏狭な似非生命観から逃れられなくなって思考停止を余儀なくされる。私は先に紹介した創価学会ではない友人たちの生命に対する真摯な考え方と行動に深く敬意を抱きます。学会の間違い、ひいては自分の人生の選択の間違いに気づかされたときにも、こうした多くの友人の存在に支えられているのだと強く感じました。昨夜の友人が発した「人は死んだら終わりと釈迦は考えていたのではないか」という言葉は、ぱっと見本来の仏教観から遠く離れているように思われますが、じつはこれこそが仏教の根幹にも関わっているのではないかと昨夜からずっと考えています。仏教は場所と時代の要請によって様々に変わってきた。そして日本に伝わった仏教も様々に変化し、あるときは人々の心を魅了し、あるときは殺し合うまでになった。インドや東南アジア、中国における仏教の変遷や、空海、親鸞、道元、日蓮等々…彼らが日本の精神史に何をもたらしたのかを、あらためて勉強したいなと思っています。創価学会は宗教を利用した悪しき社会現象です。創価学会は断じて宗教などではありません。創価学会が仏教は言うに及ばず、およそ宗教団体ではないことが一日も早く世に示されるべきだと思います。このブログはそのことを多くの方の証言で明らかにしたいと考えています。
    ________________________

  51. こちらのブログに出会ったことで、覚醒し心が救われた方はボウヤさんだけではなく ロムしている活動家の中にもきっと沢山いると思います。
    もちろん、私もその1人です。

    MCをかけている組織の中に身を置いて「間違っている」という覚醒した自分を保ち続けるには、こちらのブログの存在は本当に大きいです。

    状況は変わっていないように見えても、創価の間違いに気がつくことができた。
    それだけでも確実に前進していると思いたいです。

    まるさん

    >時間とともに、いろいろな感情が落ち着いて、ご自分の方向性も定まってくると思います。

    この1行の言葉、私の心に深く染み入りました。
    じっくり考えたいと思っています。

    ラザリスさん

    >「ラザリス撲滅」唱題会が始まって、「頭が七つに割れてきたかな」

    そういえば、「頭破七分」これを主人から先日言われたばかりです。

    「本当の罰の怖さをわかっていないから、それだけ創価のことを批判しているんだな、そのうち頭破七分になって後悔するなよ」と言われたばかりです。

    「100パーセント大丈夫だから安心してください~」と返しておきましたが(^_-)-☆

  52. レモンさん、ご主人からそんなことを言われるなんて辛いですね。一番心を許すはずの相手にそういうことを言わせるなんて本当に罪な宗教です。
    私も自分だけが信仰を捨てた現在、我が家に何か災難が降りかかった時に旦那から責められるのではないかとそれが一番心配です。責められるのでなくても『一緒に祈って欲しい』とか言われるのも困りますし。
    自分に災難が降りかかった時に強い気持ちを保ち続けられるかわかりませんが、絶対にこの信仰には戻りたくありません。
    せっかく心を解き放つことが出来たのだもの。もう二度と鎖に繋がれたような人生を送りたいとは思いません。
    だからただ活動から逃れられた、ラッキー!ではなくこの先何が起ころうとも絶対にこの信仰に頼ることはするまい!という強い心を持ち続けられるように日々アンチ精神を磨き(笑)、いろんな思想を学びながら自分なりの死生観を思索しているところです。
    きっと一生続けなければいけない事だと思います。
    でも考えてみれば一般の人は特定の信仰などなくても、辛い事を乗り越えて生きているんですよね。
    信仰を持ってる自分は一般の人よりも強い心を持ってると思ってたけど、実は依存してただけなんですね。

  53. ボウヤさん、ありがとうございました。
    「弱い人が書いたデマの温床」と聞いていたネットブログと接して実際どうだったか、素直な感想がとても嬉しかったです。

    活動家の皆さん、
    「ネットはデマの温床」
    これって大雑把すぎませんか?
    書籍はデマ。活字はデマというのと同じです。
    電子情報を一切否定している言い方です。

    ネットのどのサイトのどの部分のくだりがデマなのか?軽薄なのか?
    その根拠は何なのか?
    具体的に指摘もしないで、聞いたふうに「ネットはデマの温床」
    これでは知性も人格も疑われます。

    かつて創価を悪く書いた週刊誌に向かって
    「いつ、どこで、誰が、明確にもしないで、ただ悪口を書く。最低だ」
    と棚田男子部長(当時)が、本部幹部会で力説してたのを記憶しています。
    それを聞いて本当ならひどいな、と私も思いましたよ。
    この理論は、自分たちには当てはめないんでしょうか?

    ネットのどのサイトの何月何日のどの部分が、どんなふうにデマなのですか?
    その根拠は具体的に何なのですか?
    徹底的に調べて明らかにしたのですか?

    まず、「信じたくない」「信じられない」という感情と、デマかデマじゃないかは別問題です。
    自分が頑なに信じている=真実というのも違います。
    一緒くたにしてませんか?

    信じがたいことでも事実はあるし、信じ切っていたのにウソだったこともありますよ。
    自分が信じてることがすべて事実で、信じられないことが全てウソでないと気が済みませんか?
    世の中誰だってそんな都合よく、自分の思ってる通りじゃありませんよ。

    ラザリスさん、どうでもいい話ですが私は昭和40年代生まれです。
    創価問題には厳しいこと書いてますが、その他はテキトーです。
    これはウソではありませんよ^^;

  54. レモンさん
    夫婦だと他人よりも遠慮ない言葉が行き交いますよね。。
    ご主人の言葉。。
    裏を返せば、ご主人を創価学会にとどまらせているのは、もしかしたら?罰を怖れる恐怖の心と執着かもしれませんね。。
    もはや正しいとか間違っているか、だけではなく。。

    じつは、わたくしの母もそうです。。
    母は薄々創価学会のおかしさに無意識でも気付きながら、それを否定し続けるのは、批判したりしたら罰が出るという恐怖の心に縛られているからです。。
    これが生命に染み付いているので厄介です。。

  55. 流れ星さん

    いつもありがとうございます。

    罰論もあるかもしれませんね。
    主人を見ていると、幼少期からのMCの擦り込みの恐ろしさを、まざまざと感じることがります。

    そういう意味では、義両親の子育ては、創価MCが成功したケースでしょうね。
    主人を含めて義姉兄とも2世で、みんなバリ活で正役職を担っていますので、義両親にしたら「MC子育て大成功」ってとこでしょうか。

    2人とも80代ですので、覚醒したことを告げたらショック死しそうなので、2人には覚醒したことは言っていませんが、何かにつけて「センセイに喜んでもらう戦いをしなさいよ」「そんな事をしたらセンセイが悲しむ」と主人等が幼い頃から 言い続けてきたようです。

    主人は、青年部時代 ボウヤさんを説得にきたという方面幹部の役職をしていました。
    義父の病気全快をきっかけに、未活から強烈活動家に転身した稀なタイプです。
    でも、今おもえば そんな資質はあったように感じます。

    押しが強く弁が立ち、良くも悪くも創価の世界でみる青年幹部そのまんまの人。

    罪なことに、今まで何十人もの人達を創価に導き入信させてきています。

    1日24時間を、26時間にも27時間にして、創価の活動と仕事をこなし創価に心身ともに捧げてきています。

    創価の活動で結果をだし、仕事でも結果を出してこれたのは、全て創価のおかげ、創価で頑張ったから今の境涯になれたと思い込んでいます。

    自分の時間も家族との時間もお金も健康も・・・・失ってきたものの大きさは計り知れないというのに。

    こんな旦那と、覚醒した私の対話は、創価に関しては悲しいことに全く成立しません。
    何かにつけて「声仏事を為す」とか「顕正会とか日顕のような事ばかりいうな」とか、敵扱いされます。

    今年の財務も、例年通り、自分は三桁をすると息巻いているので、これ1つとっても言い争いの種です。

    夫婦として一緒に暮らしているかぎり、非活にもなれず、退会もできずなので、主人が私の覚醒に全く理解をしてくれないのなら、いつかは夫婦という形を解消する覚悟を決めなければならないとも思っています。

    たかが、創価の活動をやめるのに、こんな状態まで追いつめられるなんて、創価学会の何が一家和楽だと笑ってしまいますね。

    めがねさん

    >私も自分だけが信仰を捨てた現在、我が家に何か災難が降りかかった時に旦那から責められるのではないかとそれが一番心配です

    これ、わかります。

    私もよく思います。
    悪いことがあれば私が反逆したからと言われそうです。

    でも主人には「私が万が一、明日 瀕死の状態で死にそうになっても、一遍の題目もあげなくていいからね。そんな事は全く無意味だということがわかっているから」と宣言しています。

    本当に一般の信仰を持たない人達のほうが、自由でイキイキと人生を過ごしていますよね。
    痛感しています。

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