覚醒の瞬間

小説『車輪の下』で有名なヘルマン・ヘッセのもうひとつの代表作に『シッダールタ』があります。いま、岡田朝雄訳の『シッダールタ』を久しぶりにページをめくっています。昔読んだときに入れたアンダーラインの部分が目にとまり、あらためて読みました。その部分だけをちょっと紹介しますね。

シッダールタ


 
ゆっくりと歩きながら考えていた彼は、この思いにとらえられて立ち止まった。そしてまもなくこのような考えからもう一つの考えが、こんな新しい考えがさっとひらめいた。

「私が自分について何も知らないということ、シッダールタが私にとってこんなになじみのない、未知の存在だということ、それはひとつの、ただ一つの原因からきているのだ。私は私自身を恐れていたのだ。私は自分から逃避していたのだ!真我(アートマン)を私は探し求めた。梵(ブラフマン)を綿h氏は探し求めた。私は自分自身を切り刻み、そして皮を一枚ずつはがして、自我の未知の内奥の、すべての皮の中にある核心を、真我(アートマン)を、生命を、神性を究極のものを見つけるつもりであった。そうしているうちに私自身を私は見失ってしまった」

シッダールタは眼を見開いた。そしてあたりを見まわした。微笑みが顔にあふれた。長い夢から覚めたような気持ちが身体中を貫き、足のつま先まで流れた。そして直ちに彼はまた足を速めた。何をなすべきかがわかった人のように、走り出した。

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シッダールタが、それまで捉えられていた概念から抜け出し覚醒する場面です。自分では真理を探究しているつもりでも、いつのまにかそれは自分を見失う行為でしかなかったことに気づく瞬間の描写です。

この小説は確かにインドのシッダールタが主人公なのですが、作者が言うには、あくまでこのシッダールタはどこのシッダールタでもないと言っています。つまり仏教の創始者である実在の人物ではなく、洋の東西を問わず、どこにでも現れうる人物として描かれています。

自分が何かを信じてやっていることであっても、知らないうちに自分を見失ってしまうのだということをシッダールタを通じて述べています。そして徹底した思考と瞑想の末に、つまり自分を客観視することができた瞬間に、自分で自分を見失っていた自分の様相に気がつくというのです。

これは創価に洗脳されていた人が、自分の頭で考え、自分の感覚を信じて、客観性を取り戻すことで、創価の呪縛から覚醒するところによく似ているなと思いました。あの釈迦でさえが、こうした迷いの中で真実を見つけていくのです。私たちはなおのこと、自分の頭でかんがえ、自分の身体感覚を信じ、客観的に自分を見つめ直すことにより、創価の間違いに気がつくことができるのではないでしょうか。

逆に言えば、創価は会員さんをそうした覚醒をさせないようにと、常に洗脳と活動ノルマを課していくことによって、常時思考停止に引き込んでいることがよくわかります。そして自分の考えや感覚を信じることが不幸の原因になると繰り返し意識に植え付けていきます。創価は単にお金をだましとるだけではなく、こうして会員の精神をも蝕んでいくのです。だからこそ会員さんの多くが精神疾患を患うのも当然だと言えます。

ということで、今回のテーマは「覚醒の瞬間」ということにさせていただきます。ここに訪れる創価から覚醒されたたくさんの皆さん。皆さんが創価の間違いに気がつくことになったきっかけについてお話しください。それはもしかしたら一つだけではないかもしれません。いろんなことが重なって、ある日(このシッダールタのように)突然気がついたという方もおられるでしょうし、集団的自衛権の行使容認にかかる公明党の態度によって覚醒したという方もおられるようです。いずれにせよ、いろんなことがきっかけになり、創価学会を脱会する方が急激に増えているというのは、このブログに寄せられるコメントからも確かなようです。ここであらためて、どのようなときに創価の実態に気がつくものなのか、そして逆にどういう状態だと気がつかないのかということもお話いただければと思います。

いよいよこのブログも一日のアクセス数が6000代にまでなりました。より多くの方が、創価の実態を知る機会となっています。多くの方の実体験を寄せれば寄せるほど、創価のおかしさを正確に世に示すことになります。みなさんおひとりおひとりの力で、ひとりでも多く脱会者が増えるように、ご協力をお願いします。

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覚醒の瞬間」への71件のフィードバック

  1. 私の場合女子部の時は心身ともに消耗しつつも疑う気持ちは一つもなかったです。信心を貫くとは並大抵の事じゃないと思ってたし辛く感じる自分が弱いだけだと思ってました。だからいつも自分を責めてました。
    そんな私が覚醒できたのは幸運な偶然にすぎません。
    別に人より賢かったわけでも勘が鋭かったわけでもないのです。
    女子部時代にすべてを捧げて活動してきたからこそいろんな現実を目にしていて材料は揃ってました。でもそれだけではきっと覚醒出来ませんでした。
    私は女子部での活動に疲れ果てて、婦人部で更に激しい活動に巻き込まれる事を心底恐れていました。
    そんな時たまたま学会本部の不祥事の話を耳にしてネット検索したのです。
    そして今まで遮断されてきたいろんな情報に触れて点と線が繋がったという感じでしょうか。

    真剣に学会活動に取り組んできた人なら覚醒出来る材料はいくらでも揃っています。
    あとは強い気持ちとちょっとしたきっかけがあれば覚醒に到るのだと思います。やっぱり強い気持ちがないと一気に覚醒するのは厳しいです。
    怒りでも逃げたいでも何でも良いですが、湧き上がる感情がないと強いマインドコントロールを振り切る事が出来ないと思うので。
    ちなみにうちの旦那は上からの打ち出しにすべて従うわけではなく、くだらないと判断すればあっさりボイコット出来る人だったので私以上に現実をいろいろ目にしていた人ですが覚醒したいという気持ちがなく、私がいくらいろんな情報を教えても信仰自体は揺るがないみたいです。

  2. メガネさんと、まったく同感です。

    ただ私は、友人との時間も大切だけど、仏道修業を休むわけにいかない、幸せになるためだもん
    と、疑問はあっても、私は弱い!と打ち払い、乗り越えてきました。
    もちろん、友人との付き合いもしてきたけど、創価を優先してました。
    私は、好きなアーチストのライヴを観に行ったり、旅行したりするのが好きなので、創価とは別の世界を持っていました。別の世界の中には、創価は取り入れたくないと思ってました。
    創価の自分、創価を除いた自分とわけていたのです、なぜかわかりません。
    ストレス発散場所だったのかも、知れません。
    婦人部になってから、すべて創価になりました。
    育児サークル誘われても、活動が忙しいから、無理だな~と思い断りました。
    公園ママさんには、いつも学会宣言して、味方を作らなきゃ!新聞、Fやらなきゃ
    とばかり考え、いい顔ばかりして、本当に仲良くなれず、どうしたら友人できるか悩んでました。今年から、活動より付き合い優先。新聞、Fの為とか考えず、友人作りたいと思ったら、本当の自分ってと考えるようになりました。
    そういうのも、含め、ネットを見たのも、含め、これは?これは?と思うことが重なったから、と覚醒できたかな!と私の場合ですけど。

  3. こんにちは、改めて考えてみました。脱会して一番驚いているのは私自身ですから・・。絶対にこの信心だけは離してはいけないと子供が独立した時も、子供の意見も聞かずにご本尊を持たせました。
    生まれてから20代まで幸せとはあまり縁がない生活の中で
    仏法対話や新聞啓蒙、新聞集金、財務、選挙となんとかやりながらも小さな疑問は頭の中でいろいろありました。
    お金がないのに、財務をすると経済革命になると馬鹿の一つ覚えのように必死で繰り返す婦人部、40代になると勝手に決められる役職、そうなると1週間に1度は必ず顔を合わせるようになり、協議会にいかないと、個人指導に必ず誘われる、財務も離れている子供の分まで申込書を書いて、と一向に引かない、(これは阻止しました)そのことが覚醒のきっかけでした。これもあれもとやらされるようになると、いったいこれが誰の為になるんだと、ただの駒の一つでしかない、断れない性格だと利用されるんだと、きずいたんです。口ではほんとに耳障りの良い言葉を並べます。良く聞いていると、薄っぺらいなとわかる年にもうなっていました。(笑)脱会した事を知った子供の時から知っていて感じの良い学会員の方に私の地区にいれば嫌な思いもしなくて良かったかもしれないね、ごめんね、と言われて、私の気持ちがこの人にはわかってくれたんだと嬉しかったんですが、最後に今度の選挙はしっかりお願いね、家族3人分ね!とハイテンションで言われたときに、これがマインドコントロールなんだな・・・と一気に悲しくなりました。子供と共に脱会して本当に正解でした。子供には昔は、勤行唱題しないとだめよ、変な方向に行ってしまうし、悪いことが起こるんだからって言ってました。脱会するときは、すぐにご本尊を持ってきて、学会辞めるからと、子供はなにも言わず、持ってきました。親の強制で置いていただけですからね、今は子供に自分の人生は自分で切り開いて自分の手で運をつかめと言ってます。(笑)日蓮さんの御書を根本にするとダメだと深く思いました。長くなりました。すみません。

  4. メガネさん、わかります~。
    まじめに言われるまま取り組んでいる人ほど、さまざまな現実にぶち当たります。
    私はメガネさんの旦那様タイプでしたので、覚醒が非常に遅れました。
    こういう人は意外に厄介なんですよ。
    ダークなことは知らぬ存ぜぬでいいとこ取りしますからね。

    これも組織のテクニックなんですよね。
    まじめに何でもやる人、何でもはやらないけど、だからこそ愚痴も文句も出ない人。
    結局、両方巧く利用されてるんですよね。

  5. 一つ書き忘れました。覚醒したくていろんな情報を読み漁ってる間は、活動とか勤行とかからも距離を置きました。
    そうでないと罪悪感とか恐怖心が湧いてきてかえってよくないです。
    私は実験のつもりであえて勤行もストップしました。
    本当に慈悲があって正しい宗教なら罰などではなく何らかの形で信仰が正しいという事を証明してくれるに違いない、と思うことにして当面の罰の恐怖を抑えました。
    そして、勤行せず会合にも出ない日が続くとあら不思議。罰の恐怖からかなり解放される事が出来ました。
    そして最後の仕上げに罰論のもとである教学を徹底的に検証して落としどころを見つけました。

    まずは勤行唱題を実験的にやめてみる事をお勧めします。

  6. はじめましてasunaroともうします。
    はじめに私がかつて日記に記した「宗教についての一考察」を述べさせてください。

    世界の宗教の信者数は、キリスト教約20億人(33.0%)、イスラム教約11億9000万人(19.6%)、ヒンドゥー教約8億1000万人(13.4%)、仏教約3億6000万人(5.9%)、ユダヤ教約11400万人(0.2%)、その他の宗教約9億1000万人(15.0%)、無宗教約7億7000万人(12.7%)である。一般に、キリスト教、イスラム教、仏教は世界三大宗教とよばれ、人種や民族、文化圏の枠を超え広範な人々に広まっている。
    「宗教とは何か」という問いに対して、宗教者、宗教学者、哲学者などによって非常に多数の定義が試みられており断定はできない。(Wikipediaより)

    私も、ある法華経系新興宗教「創価学会」の家に生まれた関係で、幼少の頃から青年期に至るまでその教団組織で活動した。しかしその独善的であり権威的な組織になじめず、壮年期に入り自然と遠ざかっていった。少年の頃「大石寺」の帰りに学会本部を見学した。そのときの漠然とした嫌悪感をいまでもはっきりと覚えている。今は一切活動せず、勤行もしていない。それでも脱会しない理由は現在の環境にある。でもいずれはやめる。
    最愛の娘が病に倒れたのは平成16年の夏だった。
    約3年半にわたる闘病のすえ24歳と10日の命を全うし逝った。
    地元の学会員も信濃町の職業幹部も驚くほど見事な成仏の相だった。しかし娘は未活、勤行もしていなかった。ママと私は「どんな病も信心で克服できる」と信じていた。必至に祈った。そして行じた。しかし娘は逝ってしまった。それでも信仰に対する不信といったものを超越して「峻厳なる自然の摂理」というものを強く感じた。この世界で生きるものすべては遅かれ早かれ死を迎える。「死」というものの本義を娘に学ばせてもらった。

    私は宗教というものの存在を「普遍的にして人間的なもの」と定義している。宗教を信じ、その宗教に救われて生きている人々は多く存在する。私は宗教を必要とする方々を否定しない。しかし、宗教の意義を考えるとき、宗派、教典、教団というものを超越した「個人宗」または「自分宗」というものに行き着く。人間は自分に甘いものだから教団組織に属するなどといった考えはもってのほか。それでは「魂の進化」をいつまでも押しとどめてしまう。
    釈迦もキリストも宗教を否定したと言われている。教典を残すことを禁じ、教団の結成をも禁じた。そこに「普遍的にして人間的なもの」を私は感じる。
    また釈迦は宗教を船に例えて「対岸にわたったら船を捨てよ」と言われた。つまり目的を達成したら船はいらないと言っているのである。目的とは何か。それは「魂を進化させる」なことにつきる。宗教の間違いに気づくことも目的といえるし、人のために行動することも目的だ。百人百様、人生には「課題」がありその「課題」が目的なのだと思う。
    そして宗教には必ず「神」や「仏」つまり本尊が存在する。

    脳科学者の茂木健一郎氏は自らの著書の中で「神」について次のように述べている。
    オランダの哲学者スピノザは著書エチカの中で、神をあらゆる意味における「絶対的な無限」ととらえた。人間は神というものを「人格神」とイメージする。身体を持ち、知性に満ち、意思を持つ存在としての「神」。しかしスピノザは、神はそもそも絶対的な無限なのだから、「身体」や「知性」、「意思」といった「有限の」属性とは無縁であると断じた。
    スピノザの立場は徹底している。「エチカ」で展開される「証明」によると、人間の善行に報い、悪行を罰するような「神」は存在しない。そのような主体性のあり方は、この宇宙の中で、ある特定の時間と場所を占める存在、すなわち「有限」の立場におかれた存在において、初めて妥当性を持つからである。スピノザの基準を適用すれば、今日のほとんどの宗教が採用している「教典」の中の「神」は「絶対的な無限」ではないという意味で、本来の意味における「神」ではないということになるのだ。(茂木健一郎著「挑戦する脳」から)
    つまり神も仏もないのである。

    私は、死後の世界とか、輪廻転生といった形而上学的なものを全て否定しない。それは、亡き娘が生前から死後にかけて経験させてくれた「不思議な体験」が、私の中で事実として存在しているからである。そして宗教の教えの中にも真実のエキスが点在している。「普遍的にして人間的なもの」つまりそれぞれがそのエキスを咀嚼し、自分の考えに置き替え「自律(自立)」していく。そこにこそ「魂の進化」がなされていくものだと考える。
    しかし創価学会のような権威組織や間違った教義では「魂の進化」を促進する「偶有性」はないと断言する。
    〜ここまでが日記に記した私の「宗教についての一考察」です〜

    ところで今回のテーマは「覚醒の瞬間」ということでしたが最近「仏教は宗教ではない〜お釈迦様が教えた完成された科学」(スマナサーラ長老へのインタビュー)という本が出版されたそうですが、まだ読んでいないので何とも言えないのですが、タイトルには真実があると感じています。
    私は「バウッダ〜仏教」(中村元著、三枝充悳著)という本で覚醒しました。娘のことで学会の教義に疑問を持ち、仏教書を読みあさったときこの本に出会いました。現在は絶版になっていますがアマゾンで中古本が売られています。日蓮仏法(日本の仏教)がさまざまな変遷を経て、いかに「釈迦の教え」とかけ離れている「別もの」だということが学術的に解説された良書です。
    最後に、シニフィエさんの行動には敬意を表します。私も50代ですが、貴殿の見識の高さに敬服しております。私には見識も度量もありません。これまでMCされた人たちとさんざん議論をかわしましたが無駄でした。MCとはホント恐ろしいものですね。(苦笑)。
    でも多くの人がこのブログで覚醒し、一日も早く「船を捨てる」よう念願しております。
    ご活躍をお祈りしております。

  7. みなさんいいですね〜!やはり他人の欠点や矛盾をあげつらうような討論なんかしている暇があるなら、自分で考えて行動して確かめるというのが一番確実だと思います。そこにやはりMCされた恐怖との戦いがどうしても出てきますが、これを乗り越えられたら、あとはまわりの人間関係をうまくまとめればいいことだと思います。まずは自分で自分の中の疑問をうやむやにしないで、徹底的に確かめること。それはネットで情報を集めるのもいいだろうし、心に響く本との出会いもあると思います。MCされたままでは、創価関連以外の本でさえ「読んだら罰が当たるんじゃないかしら」とまで思ったりしますよね。もうそんなことって絶対ないです。100%保障します。創価以外の本を読んだり、お寺や神社や教会に行って罰が当たるなら、世界中の人に罰が当たって、創価の人だけまったく罰が当たらないという現実になっているはずです。初詣に神社に行った人がみんな病気になったりしたらたいへんですよ。毎週教会にミサに行っているクリスチャンがみんな事故にあうんだったら、とうの昔にクリスチャンはいなくなっているはず。創価の人は病気になりませんか?事故にあいませんか?阪神淡路大震災や東日本大震災では創価学会員だけが助かりましたか?そんなことはありませんよね。でも創価はそんなありもしないことをまことしやかに吹聴して会員さんを脅しているんです。そんなものに騙されることなく、自分の意志で、自分の頭で考えて、自分の人生についての決断をするための勇気を持ちましょう。

    asunaroさん、はじめまして。コメントありがとうございます!
    またもったいないほどのお褒めのお言葉、恐縮です。
    またasunaroさん自身の赤裸々な過去までをも語っていただいて、胸にしみました。ありがとうございます。
    asunaroさんがご紹介してくださった本はこれ↓ですね。再版されていますよ。さっそく私も購入して読ませていただきます。

    バウッダ[佛教] (講談社学術文庫)


    創価以外の仏教に関する本を読むと、創価の教義がいかにインチキであるかが一目瞭然です。しかし日々の活動を通じてMCされ続けている学会員さんは、こんな簡単な理屈さえ理解できないような頭になってしまっているんですよね。
    asunaroさん、これからもよろしくお願いします。

  8. 私は結婚と同時に入会。
    と同時に婦人部の激しい戦いの渦に巻き込まれていきました。

    入った以上は中途半端はよくないと思っていたのと、配偶者や義家族も全員創価活動家、当然のように一生懸命活動し始めました。
    それほどすごい信仰なら結果を早く出したいという気持ちもあったのかもしれません。

    活動を真面目に出始めると、すぐにヤングミセスの支部責、ヤングの本責、副白ゆり、白ゆり長。
    そして、入会して10年も経たないうちに、最前線の捨て駒の地区婦になりました。
    地区婦任命当時は、30そこそこでしたし、乳幼児抱えて、主人は方面幹部で不在がち。
    その上に男子部拠点、地区拠点も兼ねていて、心身共に疲弊してボロ雑巾状態。
    今でも、この時期の10数年は思い出したくないぐらいです。

    それでも、活動の激しさに疲労しながらも、創価については疑問を持つに至りませんでした。
    普通だったら、何かおかしいと思うはずなのに、仏道修行に苦難はつきものという創価特有の思考回路です。

    あと、日常を忙殺されるような活動の中に身を置いていると、目の前の打ち出しをこなしながら、家庭生活や子育てに追われていると、疑問を持ったとしても、疑問を調べるという考えにならなかったですね。

    覚醒のきっかけは、今までの様々な疑問をもっていた事について、ネットでその疑問を調べはじめたことです。
    今までは、疑ってはいけないと自分自身の感情に重い蓋をして心の底に沈めてきた事を、本当の所はどうなんだろうとネットでアンチブログ、盲信ブログ、色々と調べた事で覚醒に繋がりました。

    そして今年に入ってから、こちらのブログに出会い、どこにも持って行き場のなかった やるせない感情に支配されていた重い心がシニフィエさんや皆さんのコメントで本当に救われ、覚醒への確信が深まりました。

    さらに同じ役職経験者のひろたんさん、カノンさん、セイコさんのコメントに触れる事ができた事も、オール創価の中にいる私にとって「いつか必ず脱会する」という希望にも繋がっています。

  9. ご無沙汰しております、入会して間も無くこちらのブログに出会い、全く学会活動しないまま非活になったaiです。毎日拝見させて頂いてます。 シニフィエさん、対話お疲れ様でした。彼の策略に気づきながらそれでも対話を続けるのは大変お辛かったと思います。

    テーマについてですが、私の周りの学会員さんは皆いわゆる「いい人」です。親切な人ばかりです。(アポなし訪問は何度かありましたが)
    子育て中のためか、座談会や会合を強制される事もありません。というわけで私は入会するまで立派な宗教団体だと信じ切っていました。折伏されたとはいえ、私は自らの意思で入会したのですから。ただ池田先生だけは最初の会合で見た時から全く尊敬出来ませんでしたが。
    そんな私が明らかに「これはおかしい」と思ったのが「日顕宗撲滅運動」でした。あれ?平和の団体なのに?誰かを呪うの?聖教新聞でも「追撃の手をゆるめるな!」という一文が書いてあって、「怖い」とさえ思いました。私は仏教の何たるかさえ勉強不足であり良く分かりませんが、私が知っている仏教はそんな悪と戦う感じでは無かったような、、。そこからネットで色々調べました。日顕氏の事が無かったら今でも信じていたかもしれません。

    あと、SGIが192ヶ国に広がっている、とバリ活の方に聞いて、当時は凄いなあ!と思っていましたが、地球上には195ヶ国しか無いんですよね。あれ?と思って良く見ると、「192ヶ国、地域」なんですよね。ああ、地域も含めるのね、、、と、何か脱力したのを覚えています。別に40ヶ国でも凄いと思うんで、事実を伝えて欲しいです。

    ホタルさん
    初めまして。aiと申します。主人はやや活動家、義家族はバリ活です。よろしくお願いします。
    前回のホタルさんのコメント

    〉9月20日でしたっけ?関西創価小の池田さん激励の件「本当の事!先生の写真も出ている。これから自分がいなくなった後の事を考えているからこそ、あまり外部に出ないようにしていらっしゃる。もちろん高齢でもあるけれど。」と。

    今日20日の聖教新聞を読み返してみましたが、池田氏の写真は出ていません。関西小の生徒の写真は載っていますけどね。おかしいですよね。人間革命では必ず池田氏は訪問先で記念撮影をしてますけどね(笑)

    良く読んでみると、「創立者夫妻は車で関西小児童101人のもとへ。並んだ児童は口々に感謝や決意を述べた」と記載されているので車で近寄っただけで、車に向かって生徒が声をかけたんだと思います。あくまで推測ですが。

  10. signifleさん
    そうですその本です。私が読んだのは小学館版でした。講談社から再版されていましたか。知りませんでした。
    中立で客観的史実に基づき日本人の誤った仏教観を正す名著と思います。
    ご存知のとおり中村元先生も三枝充悳先生も(いずれも故人)日本を代表する仏教学者です。さらっと述べられている印象がありますが、研究のご苦労は計り知れません。
    「バウッダ〜佛教」はこのブログを覗きにくるすべての学会関係者様必読の書です。(笑い)。なぜなら日蓮仏法が根幹から崩れてしまう重大な事実が述べられているからです。是非探してみてください。

    最後に余談です。
    真相は定かではありませんが、中村元先生に講義を受けられたある有名な学会員の方から(知る人ぞ知るですが)直に聞きました。
    池田大作さんは中村元先生に対談を申し込まれたそうですがお断りになられたと。賢明なご判断です。

  11. 初めまして、私は最近 創価の実態を把握せず、再入会してしまった40代です。
    まだ、以前もらった本尊は安置していません。
     ネットで色々な情報を見るたびに、これからどうしようか悩んでいます。
    相談事をコメントするのはルール違反かもしれませんが、不安なので投稿してみました。

  12. えーと、あまりブログにコメントとかはしたことがないので、不慣れですいません。承認されるまで、掲載されないようなので 自己紹介します。
     再入会と書きましたが、私は学生時代に地元の高校の先輩に折伏されて当時の日蓮正宗創価学会に入信しました。その後、他人より少し長い学生生活(7年)の間、学生部として活動し、男子部になってからもしばらくは活動をしていましたが、引越しを機に 非活となり、現在は地元に戻って生活しています。
     学生時代に今の奥さんの事を折伏しましたが、10年ほど疎遠になっていました。
    その後、再び彼女と復縁して今は結婚して娘が一人います。
     彼女も非活となっていましたが、学会本尊を持っていたので、2本あってもしょうがないと思い、私の本尊(日顕本尊)は彼女と復縁した頃に彼女に内緒で処分してしまいました。
     今年のGWに、会社の役職者(他支店)の人と飲む機会があり、その時にその人が学会員だとわかったので 酔った勢いでその話をしてしまい。
     流れにながされ、入会カードに記入してしまいました。

    その方には「入会カードに記入したが、ご安置はしばらく考えたい」と伝え、先方から「本部から書籍をもらっているから、話をしたい」といわれている状況です。

    とりあえず、自己紹介と近況でした
     

  13. 私は学会3世で、女子部の時は、白蓮グループや、未来部の担当をしていました。
    みなさんのおっしゃるとおり、私も婦人部の活動に巻き込まれることが、怖かったです。
    心身ともに疲れていました。
    何度も、いやだ、と愚痴を言っていました。
    女子部の先輩からは、「中途半端が一番よくない、本気で活動してないから、確信がないんだと思う。本気でやれば、必ず変われる」と、言われました。

    がんばろう、と思っても体調が悪くなり、会館に行くたびに、ものすごい圧迫感がありました。どうやら過敏性腸症候群になっていたようで、家では元気なんですが、
    会館に行くとおなかが痛くなり、集中できなくなっていました。
    ストレスであごと頬に吹き出物が、ばーっとできてしまいました。
    それでも、休ませてはくれなかった。
    私も、休むという発想がなかったです。
    でも、一生走り続けなくてはならないのか・・・という、恐怖も感じていました。

    公明党の議員で、竹入さんのことだったと思いますが、
    新聞や会合でもものすごい罵りかたでした。
    あいつのことは、はじめから池田先生はすべて見抜いておられたよ。みたいなニュアンスのことを秋谷会長が言われたと思うんですが、(間違ってたらすみません)

    見抜いていたんなら、議員にするな!!と思いました。
    みんながどんな思いで、選挙を闘ってると思ってるのか・・・

    池田先生はなんで、そんな人を議員にしたの?
    「池田先生はどこまでも慈悲があるからよ」と、先輩に言われました。

    慈悲がある人が、新聞などで、秋谷会長や、学会幹部を使って
    あんなに、口汚く罵るのか・・・
    しかも新聞啓蒙しろというけど、内容は内部でもあんまりいい気持ちじゃないのに
    外部の人が読んだら、どんな気持ちがするか・・・・

    確か、女子部の友人が、近所のお年寄りに新聞啓蒙ができたんですが
    その方が、いいことも書いてるけど、なんであんなに悪口を書いてるのか、いい気持ちがしないね、と話していたそうです。

    先輩もう~ん・・・そうだね、と困った感じで
    「でもやっぱり悪は攻め抜いていかないと」と、言っていました。(^_^;)

    結婚して、ずっと非活でしたが
    ほんとに偶然、ネットを検索して、こちらのブログに出会うことができました。
    もし、ネットを検索することがなければ、ずっとおかしいと感じながらも、自分の気持ちにふたをしていたと思います。そして罪悪感をずっと抱えていたと思います。

  14. テーマについてのコメントです。
    自分も、凛々子さんやaiさんのコメントの内容と同じく、創価学会の「正義」や、「善と悪」の概念に 著しく矛盾を感じたことがきっかけでした。
    10年近く前、聖教新聞や創価新報で 日顕さんや山崎さんや矢野さんや竜さんや竹入さんや……etc.について、最高幹部達が、汚ない言葉で メチャクチャにけなしまくる、チンピラのような 記事が掲載された時期が有りました。
    ちょうどその頃、「マイ聖教」などと、不必要に何部もこんなガラクタみたいな新聞を取れと 言われ続けて、さすがにぶち切れました。
    結局 気が付いたことは、創価学会の「正義」とか 「善と悪」という概念は、自分達の組織にとって 都合が良いか悪いかで判断されるということだと解りました。
    それから、様々な本を読みました。
    勤行と唱題もやめました。
    メガネさんの仰るとおり、マントラ行は マインドコントロールを解くのに絶対にやめた方がいいです。
    オウム真理教が 包帯のようなヘッドギアを付けて、「修行するぞ、修行するぞ、修行するぞ、修行するぞ…」と繰り返していたものと、同じような効果があります。

    そうした中、このような文に出会いました。

    法や計画や規則に溢れたこの狭苦しい意識から、人間が自分自身を開放するとき、人間は ただ在ることの喜びと安らぎを見つけることだろう。
    そして、それによって、人間は自分と人類全体を愛することができるようになり、すべての者が自分自身の意図に従って自由に人生をデザインすることができるようになるのだ。
    そのとき、人間は 神が愛するように愛し、神が在るように在るのだ。すなわち、すべての生命を育み、支える基盤となるのである。
    So be it !

    まさに、覚醒の瞬間でした。

    もう、自分に嘘を付き、痩せ我慢をし、矛盾を避けようとする自分をやめました。
    これからは、自分自身の人生を生きるのだと決意しました。
    創価学会を卒業しました。

    asunaroさん、はじめまして。(^.^)
    アカデミックな素晴らしい コメントをありがとうございます!!
    大変 勉強になりました。これからも、いろいろと教えてください。お願いいたします。

  15. リリオさん、はじめまして。(^.^)
    ラザリスと申します。ようこそ おいでくださいました。
    自分は、あなたと同年代の 元学会員です。
    簡単に 自己紹介しますと、東京での大学時代に アルバイト先の先輩から勧誘され、その後 二十歳から約20年間 バリ活として 創価学会で過ごしましたが、10年ほど前から非活となり、今は完全に覚醒して アンチ創価として、このブログでお世話になり、自らの苦い経験をもとに、創価学会の精神的呪縛に苦しむ方々の為に、真剣にコメントを書いています。
    現在は、西日本の地方都市で 普通に幸せに暮らしております。

    リリオさんの状況から判断させていただくとすれば、職場の上司の方との今後の関係が気になります。
    再入会の話を 白紙に戻すとなると、その上司の方の立場を若干 悪くしてしまうようなことがあるからです。
    しかしながら、自分が強く感じるのは 創価学会に関わることで、自分と同じような過ちを繰り返してほしくないということです。
    自分としては、奥様と子供さんと はじめに よく話しあった上で、その上司の方に正直に 事情を話し、創価学会との関わりを断ち切ってほしいと思います。
    匿名で初対面ですらない自分が、このようなアドバイスをする無礼をお許しください。

    最近のこのブログのタイトル 「いま 創価学会の勧誘を受けている方へ」という内容のものから、最新のものまでを できれば、奥様とともに 読まれてみてください。
    とくに、最近は このブログ内で 現役活動家とのちょっとした事件がありまして、その事件の経緯から 自分が上記のようなアドバイスをする理由が はっきりわかっていただけると思います。
    何卒、ご理解くださるよう よろしくお願いいたします。
    m(__)m

  16. 創価ってあんなに会合があって、年中洪水のように話を聞かされていて、出版物も山ほどあります。
    でもどれも「都合のよいこと」しか載ってません。「都合のわるいこと」は書かれていないんですよね。
    だから何十年創価にいても、実は知らないことがいっぱいあるのです。

    大阪事件、月刊ペン事件、言論出版妨害事件、宗門問題…それらにしても改めて調べてみたら何も知らなかったことが多すぎでした。
    隠し用がない事実に関しては、都合のわるいことは極力触れず、自分たちの都合のいいように誇大に解釈して会員に伝えるという手法です。
    まず、そのような報道を読んでみることをお勧めします。
    そしたらいかに偏った情報を一方的に流している団体か、ということがよくわかります。
    誰だって身内には甘いんでしょうが、それにしても会員には捻じ曲げて伝えすぎです。

    それと知らないうちに、史実と人間革命が混同している場合が多々あります。
    幹部が過去の事実を話す時、人間革命から引用することが多いからです。
    人間革命は史実じゃなくて脚本したフィクション、ということをしっかり認識する必要があります。

    そうして事実と、今まで耳にして知ってるつもりでいた内容とにあまりにギャップがあることを理解したら、なぜここまで隔たりがあるのか、よく考えてみるとよいと思います。
    とにかく考えてみることです。
    私も目のあたりにしている善良で人のいい学会員と、知らなかった事件の真相や裁判の結果のギャップが不思議でならず、そこを何度も考えました。

    考えても答えが出ないこともありますが、少なくとも今までのように一切を鵜呑みにしていた不自然さに気づくと思います。
    なにかおかしい…
    そう思えたら覚醒してもそう苦しみませんよ。

    ああ、なるほど!と、むしろ謎が解けてすっきりします。
    覚醒が楽しくなりますよ。

  17. こんにちは。外部のぽっけです。
    リリオさん、はじめまして。再入会とのこと、大変驚きました。

    外部の素朴な疑問です、非活と脱会は同じなのですか?
    会員のまま活動をしない状態を非活と思っていたのですが(間違った認識であればゴメンナサイ)、「入会カードに記入した」ということは、一度脱会し、その後また入会されたということでしょうか。

    私の友人は去年脱会しましたが、まだマインドコントロールから完全に解かれていない様子です。
    友人は強引な誘いやその場のノリやおだてに弱いので、地区部長という肩書きや、会員同志の限られたコミュニティだけでも強く繋がっていた事が恋しくて、また罰の恐怖から、あの団体に戻って行ってしまうのではないかと心配しているところなのです。

    リリオさんと奥様は、今も揃って非活なのでしょうか。
    娘さんは生まれてすぐに会員になったのでしょうか。
    再入会されたことを今は後悔されてるのでしょうか。

    いろいろと教えていただきたいことはあるのですが、お答えできる範囲でいいので、お聞かせいただけたら嬉しいです。

  18. 私が覚醒したのは婦人部に上がり、白ゆり長をこなし、地区婦人部長になってしばらくしてからです。
    女子部や白ゆり長までは各種ノルマのプレッシャーを感じることが少なく、陰で地区婦が帳尻を合わせてくれていたのでしょう、いつもお気楽でした。
    地区婦へのお話があったとき、同意できない活動が多すぎることを理由に一旦お断りしましたが、あなたが組織を変えればいいという言葉を信じてしまいました。
    馬鹿でした。打ち出しは100%従うもの、変えることはおろか内容への疑問を口にすることすらはばかられる現実に気が変になりそうでした。
    すべての活動には必ずと言っていいほどお金がかかります。お金と時間と票と精神を奪われて、振り返ったときに学会の異常さに気がつきました。
    こちらのブログに時々おいでの活動家さん達は皆さん青年幹部か副役職以下の壮婦ですよね。
    夢を熱く語っていられるのはそこまでです。壮婦の正役職になっても同じことが言えてたらここまで組織が衰退してないと思います。
    すべての原因は言わせない流れを作っている職業幹部達にあるとわかってしまいました。

  19. 旧帝大さん、はじめまして。
    ラザリスと申します。簡単な 自己紹介は、本日のコメント内にありますので、お読みください。

    あなたのコメントのなかで、ひとつ気にかかる内容のものが有りましたので、自分の考えを書かせていただきます。

    最終的に 自らの判断で入会したのだから、折伏したことを後悔する必要はない。との部分で、極端な例になりますが、
    自分が良薬だと信じて 病人に飲ませ、後になってその薬が毒薬だったとわかったなら、普通の人間なら その事を後悔すると思うのですが、いかがでしょうか?
    我々は、創価学会が自らの経験から 毒薬とわかったので、勧誘してしまった方々に対して、責任を感じているだけです。
    なかには、あなたのように 創価学会に入って良かったと現時点では感じている方もおられるかもしれませんが、長いスパンで考えた場合、我々のように 創価学会の害毒に気づき、苦しんでいる方々が多数おります。
    こうした観点から、我々の後悔する気持ちを御理解くださることを希望します。

    それから、発展途上国への寄付の件、素晴らしいことだと思います。これからも 末長くお続け下さい。

  20. 旧帝大さま

    >みなさんも学会の負の面ばかり見ていないで良い面を見た方がよいのでは
    ないでしょうか?その方が皆さんの心の平穏につながると思います。

    旧帝大さんは、たとえば、信じていた奥様が実は口ばかりで、あなたには全然愛情は無く、隠れて浮気しあなたの稼ぎを愛人に貢いでいたり、口ではあなたに愛情があるふりして実は、ただ利用するために結婚しただけだった。それだけではなく、犯罪にも手を染めていた。そうとは知らずに家族の為に身を粉にして働いてきた。としたら、そういう事実を知っても、騙されてたっていままで幸せだったんだから、妻のいいところだけみます。なんて言ってられますか?

    また、年間240万?それ以上、見知らぬ子供達が助かるならと、振り込んできたお金が、たとえば、実はそのほとんどは、その団体の一部の人間の私服を肥やすために使われていて、実際に子供達に渡るお金はほんのわずかだったとしても、「してやってる」と思う自分に満足できれば、どう使われているかの実態などどうでもいいですか?

    どうでも良くないのではないですか?心の平安の為に臭いものには蓋をして、表向きのいいところだけみましょうよ。なんて言葉は覚醒し始めた人たちには全然何の説得力もありません。

    旧帝大さまは、役職も無いようですし、かなりゆるく学会活動されてる、いわゆるお客さんみたいな立場なんだと思います。
    活動家ではなく、活動は他の人に任せてるお客さん。
    新聞配達や集金などもした事が無い。ノルマに追われたことも無い。
    独善の信心をしてるだけです。分かったつもりで実は何も分かっていない。

    組織に何の期待もされていない人。だから問題意識も全然無いのだと思いますよ。本当に学会は素晴らしいという為には、まず誰よりも学会活動されたほうが良いと思います。大変なのは嫌いです。なんて言ってたら本当の学会の姿は分かりませんよ(笑)。頑張って役職どんどん引き受けてください。そして昼夜問わず活動して、夫婦で新聞配ってから、本当にいいところですよ~と言ってみてください。

    ところで年末の財務は当然3桁ですか?そんなに素晴らしいと思うなら、いくらでも出したくなるのでは?

  21. 旧帝大さま

    ほじめましての挨拶も無く、批判してしまってすみませんでした。
    私には、旧帝大さん=通りすがりの男子部さん=ショウさんにしか見えないので、ついつい初めましてという気持ちでは無かったもので。

    短期間にこれだけそっくりな人が現れてコメント書くってのも、不思議ですね。

  22. 旧帝大さん、はじめまして。コメントありがとうございます。
    ショウさんは消えていませんよ。この前のページ「ショウさんについての2、3のこと」のコメント欄をお読みください。

    もしよかったら、私からのいくつかの質問にお答えいただけますでしょうか。

    年収2400万円のうち毎年240万円以上を募金されているんですね。すごいですね。創価への財務はいくらぐらいされているのですか?

    旧帝大さんは、創価の信心をしたからお金に困らなくなったと信じておられるのですね。それが信仰の功徳だと信じておられるということで捉えていいでしょうか。そして正しい仏教とはそうした功徳を得ることが目的の信仰だとお考えですか?

    それから旧帝大さんは、創価はいい面もあるのだから、負の面は相殺できるとお考えなのでしょうか。創価の信仰が間違いだと気づいても、それまでのMCによって植え付けられた恐怖心のために辞められなくて心を壊している多くの方の苦しみについても相殺できるとお考えでしょうか。

    私は旧帝大さんに創価学会を辞めなさいなどと言うつもりはありません。それは誰に対しても同じです。辞めたいと思っていても辞められなくて悩んでいる人に対しては「悩むようなことはないですよ。信仰は自分の考えでいつでも辞めることができるし、それによって誰もあなたを攻めることはありませんし、攻める権利もありません。しかし創価は辞めたら不幸になると脅して、日本人なら誰人にも保障されている信教の自由を否定しているのです」ということは言っています。旧帝大さんは法学部出身だそうですから、この理屈は理解できますよね。信仰における精神的なリスクを訴え続けることによって信教の自由(信じない自由も含めて)を奪うことは法律どころか憲法違反だと思いませんか?私は思います。したがって、実際に創価に関わってしまったせいで多くの方が苦しんできた事実を、旧帝大さんが感じている「創価にはいい面もある」ということで相殺できるようなものではないと考えます。このブログはそうした創価によって人生の大切な時間を奪われ苦しんできた人たちが、対話を通じて自分で考え、自分の人生を取り戻すきっかけとなることを目指す場所です。旧帝大さんのように自分が苦にならない程度の活動をしていれば、創価の問題点にも関心はないでしょう。私たちは創価の問題点に直面したからこそ、そのことに真正面から立ち向かっているのです。旧帝大さんにとって信仰というものが「お金に困らなくなってよかった」などの程度のものであるのであれば、それはそれでいいんじゃないでしょうか。実際に苦しんでいる人の心に寄り添えるような方ではなさそうですからね。

    創価ではたとえ会員さんが苦しんでいても「信心が足りない、お題目で乗り越えろ、疑ってはいけない、何も考えるな、いまこそ信心の実証を示すときだ、頑張って池田先生にお応えするんだ、それが君の使命なんだ」としか言いません。さらに追い打ちをかけるように苦しむことが自分の責任であるかのようにしてしまい、何の解決もされません。創価の信仰の中には、苦しんでいる人の心に寄り添うようなことはありません。会員同士の人間関係は、信仰とは関係ないところでつくられます。四六時中同じ目標の中で苦労しているものどうしであれば、自然と信頼関係は出てきます。学校のクラブ活動と同じです。しかし学会員さんだけが仲がいいわけではないのに、それを「この信仰だからこそ」と勘違いしています。そしてそんな信頼関係も、ひとりが信仰に疑問をもったり辞めたりした時点で、裏切り者、落伍者の烙印を押して、その人を完全に見下してしまいます。創価では信仰者が人を見下すことを奨励しています。見下すどころか呪いの唱題会を続けているくらいですから、その独善的な選民思想はとても正しい仏教とは言えないのではないでしょうか。それは創価の人間関係が本来の信頼関係によってつながってはいないということの証ですよね。旧帝大さんはこうした事実についても、さほど興味もなく、役職ももつことなく、つまり創価のいい面だけを見ながら、自分の都合だけでやりたいことだけやっているように見えます。なので旧帝大さんのそのような生き方に賛成も反対もしません。現実に創価のことで苦しんでいる人に対して「いいこともあるよ」という言葉に何の意味があるのか考えてもらいたいです。例えるなら、甘いものを食べ過ぎて虫歯になって苦しんでいる人に対して「このお菓子は甘くて美味しいから食べてごらん」と言っているようなものではないでしょうか。その人は虫歯で苦しんでいるんです。それが甘かろうが美味しかろうが関係ないのです。

  23. 旧帝大さん、はじめまして。

    私が10/3・11:25分に書いたコメント通りです。

    >みなさんも学会の負の面ばかり見ていないで良い面を見た方がよいのでは
    ないでしょうか?

    と書けるのは、良い面だけ見てて済む気楽な立場だからです。
    またその立場は、悪い面とばかり向き合って疲労困憊しなければならない人たち、悪魔に魂を売って取引する人たちがあったればこそ、存在する場なのです。

    自分が感じてる立場がすべてじゃないのです。
    旧帝大さんがそう呼びかけたとして
    「そうね。じゃあ良い面だけ見て心を平穏にしましょう」
    と皆がそうしたら、平穏を支える屋台骨がなくなってしまうのです。
    結果、創価に平穏なんて誰一人感じられません。

    そんな甘い組織じゃないんですよ。

  24. シニフィエさん こんにちは
    初めまして いつも読ませて頂いている60代ほぼ未活動婦人部のミキと申します。(座談会のみ出席)
    こういったブログにコメント書くのも初めてでドキドキしてます。

    私は学会2世で昭和31~32年の頃にはご本尊は家にあったと思います。
    勿論、正本堂建立の時の青の貯金箱も覚えています
    若い人たちは わからないかもしれません。(正本堂建立の為の資金)

    私は子供の頃からひねくれていて会合でどんなに池田氏が素晴らしいと言われても会ったことない人だからわからない・・・
    本幹で見る池田氏の登場される時の姿がいやでした
    なぜ初めからその席にいないの?
    本幹に出られなくなる数年前の姿は代読も多くご自身で語られる場面も
    もう早くトップを交代された方が良いのでは?と思っていました。(個人の見解です)
    最近は本幹も出ていないのでどんな風なのかも知りません。

    我が家は私だけが学会員で子供も主人も入会してません
    疑問に思っていたこともいっぱいあり自分自身が熱心でなかったせいもありますが、今は良かったと思います
    主人は最近亡くなりましたが一般的な(主人の実家の宗派)葬式をしました
    特に学会のかたから何か言われたこともないです。

    私のような末端婦人部なんて小難しい哲学のようなものはわからないと思います。 コメントに書かれている学会の良さは婦人部はコミュニティーがあることくらいでしょうか?(グループの集まりなんてお茶飲みですから)
    私のような婦人部なんてごまんといると思います。

    そんな訳で覚醒はしてます。90代の親が亡くなればたぶんやめるでしょう。

  25. 二郎さん

    放っときましょう。
    こういうコメントはその人宛てというより、私は読んでいる多くの方に伝わればいいと割り切っています。
    人は相手にしていません。

  26. なんかわかりやすい例えがないかと考えました。釈迦も世の中の理をなかなか理解しない弟子に向かって例え話をもって悟りに向かわせたエピソードが経典には残っていますが、なるほど例え話ってやっぱりわかりやすいなと思います。

    学会員さんの多くが、お題目をあげるとポイントが貯まって、御本尊様がたまったポイントに応じて功徳をくれると信じていますよね。だって唱題表をつくって、ひとマス一万遍とかにして、塗りつぶしていくのを楽しみにしているのは、主婦の方がお買い物のたびにポイントが増えるのを楽しみにしている心理と同じですよね。そして西武カードの永久不滅のポイントならいいですが、創価のお題目ポイントは疑ったりしたらいっぺんで消滅するから、絶対疑おうとしない。お題目をあげるだけじゃなくて、新聞や本をたくさん買ったり、他の人にも買わせるとさらにポイントアップ。新聞配達するとまたまたポイントアップ。新聞だけじゃなくて、会員の勧誘や選挙活動をはじめとして、とにかく創価にお金が入ることをすればするだけポイントがたまると信じています。ポイントが貯まってあとから何倍にもなって帰ってくるなら、今持ってるお金をありったけ差し出す主婦もいます。それは御本尊があたかも雲の上かどこかに住んでいる白いひげをはやしてクネクネした長い杖を持って、霞を食べて生きているおじいさんのような神様だと思っている。そしてそもそもこの世はその神様がつくったもので、ポイントを貯めた人だけが、その色白で長い髪もまゆげもひげも白い全知全能の老人が自分たちを幸せにしてくれるんだと思っていますよね。モーゼの十戒の映画に出てくるチャールトン・ヘストンみたいなおじいさんが海に裂け目を入れるような力があると信じているんですね。まあ、そう考えたほうがわかりやすいですからね。ほかに何にも考えずにポイント集めに専念できます。これがまさに太古の昔に庶民から生まれた土着信仰の典型ですね。ときには神様が怒って火山を噴火させたり、地震や津波を起したりして、神の力をないがしろにして驕る人々に警告を与えたり、若い生娘の生き血を生け贄に捧げれば神様の怒りは静まるとか、ごちそうを神棚にあげると神様も美味しいと食べてくれると思っている。学会員さんも仏壇にご飯をこんもり盛ってあげてましたよね。創価の功徳ポイント制度なんてその程度のトンデモ話であって、本来の仏教とはまったく似ても似つかないものであることに全く気づいていません。それは自分にとっての都合のいいわかりやすい信仰のかたちなので、こんなバカバカしい話でも信用してしまうんだと思います。こんなことを言うと「そんな子ども騙しのようなことを信じてはいない」と否定するでしょうけど、話の本質においてはなんら変わらないと思います。まさにこんな子ども騙しのような話を本気で信じているんです。小さな子どもがサンタクロースを信じているようなものです。仏教は一神教とはまったく真逆のリアリズムの思想です。釈迦自身もそんな一神教的な考えをすることが不幸の因になるんだと経文に残しています。まあ、それがほんとうに釈迦の言ったことかどうかは誰にもわかりませんが、すくなくとも仏教経典とされるものには仏教がそのような一神教的考え方を否定していることは確かですよね。でも現実に学会員さんはそうした一神教的日蓮仏法が正しい仏教であると信じ込まされています。なぜか?それはそのように信じれば功徳ポイントが貯まるからです。ただそのことを信じたいから信じているだけであって、本来の仏教がどうなのかとか、日蓮がなぜ自分で自分のことを末法の本仏だと言っているのかとか、どうだっていいんですよ。それがウソでもホントでも関係ないんです。自分のためたポイントを白髪のじいさんがラッキーアイテムに交換してくれればOKなんですよね。「御本尊様、どうかお金が貯まりますように」「御本尊様、息子がいい大学に合格しますように」「御本尊様、はやく孫の顔が見たいです」「御本尊様、日顕がはやくくたばりますように」「御本尊様、私だけポイント2倍にしてください」「御本尊様、今年こそはパパが温泉旅行に連れて行ってくれますように」「御本尊様、となりの家の意地悪ばあさんがでかい口をたたけなくしてください」と、我が家の見えないチャールトン・ヘストンに必死にお願いしているのではありませんか?だから目の前の曼荼羅がペラペラのカラーコピーでもぜんぜんOK!うちのチャールトン・ヘストンはキリスト教やイスラム教のインチキ神様(同じ神様ですが)とは格がちがうのよと思っている。だから他宗を蔑み、忌み嫌う。
    先日姉が話していたのですが『「瀬戸内寂聴さんの小説は面白い」と姉さん(バリ活の義姉)に言ったら、突然鬼のような表情になって「フンッ!あんな邪宗の尼の書く小説なんてくだらない!」と読んだこともないくせに言うんだよ』と嘆いていました。そりゃそうでしょう、そんなの認めたらポイント消滅ですもんね(笑)。バリ活の義姉はほんとうに100%完全純粋培養濃縮還元創価脳ですので、創価以外の宗教も文化も完全否定です。よく今まで生きてこれたと感心します。でもお盆の風習や正月の鏡餅がもともと仏教ではなく神道や先史時代の土着信仰から派生して仏教にまざりこんで伝承されてきたものだとは知りません。というかそんなことどうでもいいんです。ポイントが貯まれば。ポイントが貯まれば創価の言うことが正しくて、ほかはみんな間違いで、創価の人間以外はポイントが貯められなくてかわいそうな人たちだと本気で思ってます。
    創価の教学の中に「因果具時」ってありますよね。もちろん一般的な仏教用語でもあるんですが、原因と結果はその瞬間にあらわれるってやつです。でもそうするとコツコツポイント貯めて、それをラッキーアイテムに交換して幸せになるというのは「因果異時」なんじゃないかなと思うんですが、学会員さんにとってはそんなことどうだっていいんですよね。ポイント貯まるほうが楽しいですからね(笑)。っていうか本来の仏教の因果具時はそんなことではなく、もっともっと現代の最先端理論物理学にも匹敵するような慧眼なんですけどね。

  27. 旧帝大さん

    >そしてここにカキコミしていた人たちの多くは悪魔に魂を売って取引していたと。

    いえ、末端はそんなことしてませんよ。
    末端は疲労困憊が担当です。

    私は旧帝大さんに、疲労困憊してくださいとも悪魔に魂を売ってくださいとも言ってませんよ。
    良い面だけ見て済む立場なら、想像力を働かせてくださいと言いたかっただけです。

  28. 旧帝大さん、仕事中にも関わらず、ていねいに質問に答えていただいてありがとうございます。
    創価の役職につかない、嫌だと思うことはしない、お金は持ってるが財務もしたことはない…結局あなたは創価にとって何のメリットもないから相手にされていないだけなんですよ。だから創価の問題点に興味もなければ、気づくこともない。どなたかも言われてましたが、創価にとってあなたはただのお客さんだから創価の問題が見えないだけなんです。問題を見ようともしない方にいくら話をしてもいっしょだと思います。このブログに寄せられたたくさんの創価の問題点について興味がない方が、このブログに何の用があるのでしょうね。旧帝大さんにとって信仰は創価でなくてもいいんじゃないですか。べつに幸福の科学でも、統一教会でも、エホバのなんとかとか、モルモン教でも、天理教でも、立正佼成会でも、いいところだけを見て、てきとうに自分のやりたいことだけをやって信仰しているような気分になっていればそれでいいと思います。私たちが問題にしていることの意味すらおわかりにならないようですので、どうか旧帝大流お気楽信心を続けてください。

    旧帝大さん、失礼ですが、何人かの方が同じような質問をされていますが、旧帝大さんはそのどの質問の意味も理解されないようですし、したがってその答えもチンプンカンプンなので、少なくとも私はこれ以上お話しする気になりません。どこがチンプンカンプンなのかと言われましても、全部としかお答えのしようがないくらいです。本当に旧帝大の法学部出身なんでしょうか?あ、それはどうでもいいことなんで答えられなくていいです。そのチンプンカンプンをわざと狙って書いていらっしゃらないのであればショウさんとも違うことはわかります。ショウさんにしてみれば「いっしょにしないでくれ。いくらなんでもここまでチンプンカンプンじゃないぞ」と言うかもしれません。旧帝大さんに比べればショウさんがとても利口に見えます。同じ旧帝大でもいろんな方がいらっしゃるんですね。ショウさん、この方と4人の対話をしますか?(笑)。

  29. 旧帝大さん、ネーミングがちょっと・・・。
    ロムしてたなら『旧帝大』という言葉が拒否反応を引き起こすであろうことは想像つくと思うのですが。
    あと、学会は役職を経験してこそその醍醐味がわかるのですよ。
    是非役職を率先して引き受けて頑張ってください。
    たっくさん福運を積むことが出来ますよ。

    ていうか、覚醒前はどんな現実を見せられてもひたすら信じてなるべく良い面だけを見るようにして頑張ってきた人たちにそんな事言われましても。

  30. 旧帝大さま

    旧帝大さんが木を見て森を見ず。の人だという事がよくわかりました。
    財務を一円もしないことはいいことです。

  31. ショウさんもそうでしたが、旧帝大卒の人たちは、揃いも揃って自由な活動担当なんでしょうかね。

  32. signifieさんのコメントを縦読みして何かを期待しているのは私だけでしょうか?
    もういいんじゃないですか、時間の無駄ですよ。

  33. 旧帝大さんのような方のコメントに対して、みなさんがコメントすると、どうしても多勢に無勢で旧帝大さをいじめているようなかたちにとられてしまいますので、私としてはそれは避けたいと思います。ここはあくまで対話の場ですから、みなさんが旧帝大さんのコメントにあきれて開いた口がふさがらないのはよくわかりますが、もうこれくらいで勘弁してください。

    旧帝大さん、悪いことはいいませんから、ここへのコメントはおやめになったほうが恥をかかないでいいと思います。お互いに時間ももったいないですし。旧帝大さんにそんな時間があるのなら、もっと稼いで発展途上国の子どもたちに少しでもたくさん寄付をしてあげてください。

  34. 初めてコメントさせて頂きます。
    学会1世の未活の男子部です。
    活動していた時は分区の主任部長と本部長を兼任していました。

    旧帝大さま
    「このような素晴らしい組織」と思うのであれば、ぜひ第一線で活躍してみたら良いと思います。
    「素晴らしい組織」なんでしょうから、清濁合わせて取り入れたら良いですよ。

    創価は素直に言うこと聞いてる時だけ、チヤホヤしますからね。
    旧帝大さまのように役職がないうちは、多少の疑問を口にしたり、会合バックレても何の問題もないですよ。
    役職もないのに家庭訪問に同行する素晴らしい人材ですからね。
    役職上がれば、手のひらを返したように馬車馬のようにこき使われます。

    旧帝大さまは役職受けるのも自己責任で自由。
    活動するのも退会するのも自由と思っているようです。
    役職受けた人が活動から離れるのは大変な騒ぎですよ。
    自宅前や職場での張り込み、深夜のアポなし家庭訪問、複数人での囲い込みでの罵詈雑言…
    実際に体験した人間には創価は実害が大き過ぎます。

  35. ゆるぬこさん、はじめまして。コメントありがとうございます。

    まあまあ、そんなこんなで、旧帝大さんはそんな方ですから、旧帝大さんが見たこともない創価の実態をいくら説明しても「いやならやらなければいいじゃないか、信仰は自由なんだから」ってしか思いませんよ。この件に関しては私もまったく旧帝大さんと同じ考えです。私も「やらなきゃいいじゃん、自由なんだから」って心底思います(笑)。でもそうは問屋が卸さないのが創価だということを、お金も出さず役職にもつかないために創価から相手にされていない旧帝大さんには、どうひっくり返ってもわかりはしません。この信教の自由が保障された日本において、やりたくないのにやらされて人権を踏みにじっている創価の現実があるからこうして問題になっていて、そのことに関心が集まっているからこのアクセス数なわけです。これが旧帝大さんのいうように、創価のなかのほんの一部だけの問題であれば、これほど脱会者が出たり、若い活動家が減っていることの説明がつきません。おそらくそうしたことも旧帝大さんはご存じないのでしょう。自分が接する創価の人間と聖教新聞に載っているのが創価のすべてだと思い込んでいるようですから、ここで問題にされていることの意味を少しもわからない。ですから糠に釘といいますか、暖簾に腕押しといいますか、時間の無駄です。

    ここはひとつ穏便に……(^^)

    もし創価学会員全員が旧帝大さんのように、お金も出さず、役職にもつかない、何も知ろうとしない、てきとうな会員になったら、創価学会もさぞ素晴らしい宗教団体になるでしょうね。もちろんそれでやっていければの話ですけどね。旧帝大さんはこのブログでそんなことを言うのではなく、組織できちんと「やりたいことだけをやるのが信仰だ」とはっきり言ってもらいたいですね。とりあえずまずは一緒に家庭訪問に歩いている上の役職の方に言ったらきっと「そうですね、もちろん信仰は自由ですよ。やりたい人が自分の意志でやるべきです。財務もまごころですから、やりたいひとがやればいいんです」と言うでしょう。組織にしてみれば旧帝大さんはその程度としか思われていないでしょうからね。

  36. なにやら、旧帝大ブームでしょうか、かの大学を卒業したと仰る方々のコメントが、最近になって増えているようですが、「道場破りごっこ」は、勘弁して下さい。はっきり言って、迷惑です。
    自慢の論理学を駆使して、法論に勝って 優越感を味わいたいなら、他のサイトに行かれるか、そうした場所がなければ、ご自分で 立ち上げて、自慢の熱弁を思う存分 ふるわれて下さい。
    管理人さんが、何度も仰っているように、このブログはそうした方々の為に存在するわけではありません。
    そうした方々が、法論に勝とうが 負けようが、別に興味はありません。ご自由に、別の場所でどうぞ。

    自分がこのブログに、自らの創価学会に在籍していた頃の体験を踏まえて、創価学会の精神的呪縛に苦しむ方々の為に、コメントを書いているのは、管理人さんの想いに賛同したからであって、別に 創価学会の活動家の石頭をほぐすためではありません。

    自分がこのブログに参加させていただくようになって 二ヶ月余りになりますが、その間にも このブログに助けられたとか、気持ちの整理がついたといった内容のコメントが多数有りました。
    そのことだけでも、素晴らしく「価値的」であると感じています。

    旧帝大卒の方々と、法論をしたいとも思いませんし、そうした方々の石頭をほぐしたいとも思いません。
    あいにく、普通の私立大学しか卒業していませんし、法論をする 専門的知識やスキルやモチベーションも、もっておりませんので。

    以上です。

  37. signifieさんお久しぶりです。最近、質の違った嵐が訪問してるようにお見受けしますが、あまりエネルギーを使うべきではないと思っています。

    当初のような酷さはないにしても時間の無駄と思います。

  38. 旧帝大さんはショウさんと同じように、ここで話ができてもう嬉しくてたまらないって感じですね。よかったらどこか別の場所で、同じ旧帝大で同じ活動家の気の合うもの同士、ショウさんと気が済むまでおしゃべりしてください。どうか出禁になるまえに、ここでのチンプンカンプンはご遠慮ください。
    みなさん、旧帝大さんはそういう人のようですので、ぜひ大人の対応をよろしくお願いします。

  39. 北斗七星さん、お久しぶりです。みっともないところをお見せして申し訳ありません(笑)ほんとに時間の無駄と思います。たぶんブログの撹乱が目的でしょう。まったくご苦労なことです。

  40. 旧帝大さんのコメントで非常に疑問に思ったことがあります。
    「信教の自由」の部分です。特に。
    こちらにコメントされている多くの方々は、生まれた時から信者にされて、その結果多くの矛盾を抱え苦悩して生きてきています。

    信者である親に責任がないとは言いませんが、創価学会とは「一家和楽」のスローガンのもと生まれたばかりの子供を信者にすることを強固に奨励している組織であることは事実でしょう。子供の信教の自由、人権に配慮しない組織なのでしょうか?ここは絶対に看過出来ません。

    私は信者になることを拒否したため、親や、創価学会の信者の人たちに一生忘れること出来ない脅迫的言葉(地獄におちるなど)常時言われ続けました。けれど、信者以外の人の死を冒涜し本当に笑っている人たちの仲間に組する事だけは死んでも嫌でしたので信者にはなりませんでした。内部の活動の実態はこちらの秀逸なブログで知りました。そして
    親が信者になってから、何故あのような人格になり発言するようになり周りを崩壊させていったのか、すべての答えを見つける事ができました。そうだったのかと全てに納得できました。皆さん真剣で、そして何より正直だからです。利害関係も一切ありません

    「また、信教の問題に学歴は関係ないはずです。
    私の身内は、日本で最難関の大学出身ですが、分かってることは分かってるし、知らないことは知りません。知識よりそこで得たネットワーク、人との繋がりに重きをおいているようです。

    〇〇までの人はたくさんいますね。こと創価学会の問題に学歴は全く関係ないと思います。」

    旧帝大さんのように現役の信者の人のコメントは大変関心があって見ていましたが、なぜか論点をずらされ、失望するのみでした。

    母は熱心な信者でしたから、私も組織から回ってきた書類の類は目にしていますし、聖教新聞も見ています。なので、旧帝大さんのコメントに違和感を覚え、「対話の不毛」
    そんなふうに思ったりしました。何とかこちらのブログを閉鎖に追い込みたいという意図も感じられたのですが考えすぎでしょうか?

    関わらないほうがいいこともあるのだと、時には逃げる事も大事だと母の創価学会問題で学習しました。あまりに大きな犠牲の上に学んだことでした。

  41. 創価学会は、いや、新宗教のほとんどは、表向き『宗教』
    裏は『ビジネス』と思っています。

    何もしてくれない人が多数では、倒産しますね(笑)

    宗教だと言うなら、言いつけを守ってやっている回りの学会員さんに、
    「出したくないなら、財務しなくていいんだよ、読む時間もない新聞とらなくていいよ、活動は好きな時に、選挙も公明以外誰でもいいよ、無駄は省いて、南無妙法蓮華経だけ唱えていればいいんだよ」
    教えてあげてください」(笑)

    そういう人を、「信心のない人」 と教わったのですがね~。

  42. 旧帝大さんのコメント見て、まじめに活動している人が一人でも、なんだかまじめに苦労してバカバカしいと思ってくれたらいいですね。

    要するに創価に利用される人は、洞察力もなく優柔不断な人。収支報告のない財務などせず、役職など引き受けずに、ゆるく在籍していれば、こんな良い組織はないよというお話をされたかったわけですね。

    ということは、旧帝大さんは、創価のいいところだけみたらいいのにというお話からも、現役会員に向けてメッセージしたかったということですね。まじめに活動するとろくでもない目に会うよと。そんなの最初から分かっていることでしょう?と。後で愚痴るなんて洞察力がないなぁ自業自得でしょと。ある意味アンチですね。

  43. シニフィエさん、わかりました。余程の理由が無い限りは、今後シニフィエさんには話しかけないようにします。

    旧帝大さん
    お疲れさまです。複数に回答するの、めちゃめちゃ大変でしょ??
    がんばって下さい。m(_ _)m
    ゆるぬこさんの言ってることは半分くらいは本当です。役職を受ける時は、それこそ「創価にわが身を捧げる」くらいの覚悟で受けてください。
    旧帝大さんみたいな感じだと、まず「創価班」か「牙城会」をやってみないか?と誘われるかもしれないですね。
    この二つは男子部の役職者の登竜門で、かなり厳しく訓練されますよ。
    私は訓練する側の「創価班団長」ですが(笑)

    それでは、私はモニカさんとの対話が始まるまで、基本は黙っておこうかなと思います。最近、円満な夫婦関係が、ブログへの参加により、少し乱れかけているので(汗)
    皆さん、失礼致します。

  44. 覚醒の瞬間そうですね~~いろんな疑問が重なって親と同居ではやめるわけにもいかず結婚を機に心のうちでは脱会しました・

    それでも一番の覚醒は元公明党委員長だった竹入さんを罵倒した時にはこんなおかしな組織なんだとはっきり確信しました。

    私が女子部だったころ竹入さんが刺されたことがありましたよね
    皆さんは覚えていますか?

    その時竹入さん重体でした。早く良くなるように私も会合で祈りましたよ。

    その当時池田大作は「竹入は私の身代わりなってくれた絶対に死なすわけにはいかないと」と会合で幹部が池田大作の話として言っておきながら・・・

    でも竹入さんが委員長を辞めて朝日新聞の公明党の元委員長としての回想録を書いたことでその回想録が池田の逆鱗に触れたのでしょうかね~その翌日から罵倒が連日聖教新聞でのっていました。

    まぁ~本当に宗教をやっているトップの姿とは言えない罵倒でした。

    私は朝日新聞読んでいましたがどこが逆鱗に触れたのかと何回もよみかえしましたがあんなにひどい罵倒を受けるほどの内容ではないのにと思っていました

    ただ回想録では池田大作の意見が絶対だという内容なことでしたがそれは真実でしょう。それは嘘ではありませんよね
    池田大作が激怒する内容だとは思えませんでした

    末端の学会員は記事が載っていた朝日新聞も読んでいないのに会合で竹入さんの悪口を大幹部が言うもんで、そうだ、そうだ裏切り者と叫んでいるだけなんですよね。まるで集団のいじめ
    ホント子供より始末悪い、

    でも創価学会の上層部では勝手に回想録で池田大作の意見が絶対だといったことがけしからんということなんですね~

    まるで学会の池田大作は北の独裁者(どこの国とは言いませんが)ですよ。

    はっきり私はこんな組織は大嫌いです。内容もわからないのに幹部が言うから末端の会員までは竹入が!竹入が!と罵詈雑言。私にはできません!

    こんな組織で人間性は磨かれることは絶対にありませんよ。

    悪態をつくのがうまい人間性にはなりたくないわ~~

    道理も筋道もわからない人間性ってなんなんだしょうね。

    宗教とは静かに自分の心を日夜磨いて見つめていく事が幸せになることなんですと私は思いますよ!

    誤字脱字あったらごめんなさいね。

  45. 皆様、こんばんは。
    aiさん、はじめまして!聖教の関西創価小の件、コメントありがとうございました。その婦人部の責任者も同級生で本部側近職員だという方の話を心底信じて仰っているんですよね。ツッコミ入れても「先生はホントにお元気なのに、ネットのデマは困りますよね~」 って。全くバリ活の時は揺るぎませんよね。私も昔はそうでしたから。そのアポなし訪問がいかに非常識な事なんてことより、部員さん訪問することで自他共に幸せ、自分も充実した爽やかな気持ちになっちゃうんですからね。相手にご迷惑おかけしていないか?よりも「題目あがってると、この人にも、この人にも話したくなって仕方がないの。そういう境涯になりたいわね~。」と上の方からのご指導。いやっ、違うんじゃない?何か変だよね、突然会合の結集はかるために、普段からお付き合いない人や一度も会ったことない人のお宅へ伺うなんて…想像力が欠如してる。それに、楽観主義と言いながらも、私には自虐的に感じた活動(睡眠時間けずって、唱題、活動、会合発表資料準備、訪問、出版物や民音チケ購入やらetcしていて。疲労。時間が欲しい。)ネガティブな愚痴すみません。

    ところで、旧帝大さんへの皆さんのコメントに不謹慎なのでしょうが笑ってしまい、刺激的で…コメント縦読み解析や4人対話リベンジ提案に可笑しくて楽しんでしまいました。申し訳ありません。

    シニフィエさんの、このサイトあらためて感謝しております。内部外部からも注目されてるんですね。知らなかったので、以前から知っていれば悩まされることもなかったのにと思ってしまいました。活動家の学会員さんはデマと言っても、信行学の実践で感じた事を、上から目線ではなくフランクにありのまま書き込んでくださればいいのに難しいですね。文字の世界も対話も。

  46. 創価の矛盾。

    題目だけは、一生懸命するが、活動は座談会くらいしかこない。
    「読まないから、いらないわ」と新聞とらない。財務もあんまりお金ないからね~と言ってやらない。あの人は、「信心があまりないから」と婦人部の人言ってましたよ。
    選挙になると、なぜか頑張るFとり「私ね、20人に頼めたわ、まだ頑張るね」と報告された、「○○さん信心強情だから、題目あがってるからね」と、
    今度は誉めまくる。

    普段、そういう信心のない人は、ほっとかれていても、選挙が始まれば使われるんですよ。公明党に入れる会員さえ、キープできてればいいんですよ。
    財務も同じ、財務の時期ですよ~、財務して功徳と福運積みましょう。
    「私ね、3桁やったの、」「○○さん、すごいわ、信心強情ね」

    選挙も財務の時期も終われば、また、会合こない、新聞とってほしいのに、出版本も読まないかしら?信心が弱いとなかなかしてくれないのよね~

    覚醒前は何か考え方がおかしいな、と疑問だったけど、覚醒して、疑問の謎がとけました。

  47. ホタルさん、ありがとうございます。そういっていただけると、この数日の不毛なやりとりの疲れもふっとびます。どうしてここに登場する活動家の人って、言えば言うほど墓穴を掘るって学習しないんでしょうね。結果的にはアンチの手伝いをやってるようなものでしょ。彼らの書き込みを読めば「こんな人間にはなりたくない」「自分の子どもがこんな考え方をするようになったらおしまいだ」って思いますよね。ひとりでカラーコピーの曼荼羅を拝む分にはいくらでもやってもらっていいんですけどね。他人まで不幸に巻き込まないで欲しいです。つくづくそう思います。

  48. ジョコンダさん、コメントありがとうございます。竹入さん、矢野さんたちが活躍していたのは私が子どもの頃でした。たしか自宅にも来られたような気がします。そのころは公明党が何なのかもよくわからないころでしたが、公明党・創価学会にとって自民党は敵でしたね。だからまだどちらかといえば社会党に近かったような気がします。私が覚醒し始めた頃は、選挙で共産党に入れたりしたこともあるし、あのころからちゃんと候補者の政策や経歴も把握した上で公明党以外に入れています。脱会前まではいろいろ言われるのが面倒なので、てきとうにFの数を報告してました。Fの報告なんか今はもっとてきとうでしょうね。まあ、それは票集めというより会員さんのMC強化が目的でしょうから。たしか票読みは別の部署でやってましたよ。だから投票前になって弱そうな支部に組織票を割り当て直してました。会員さんは毎日やんやと責め立てられて報告させられていましたが、あれは会員さんを思考停止させるひとつの手口だったと思います。Fが100だろうが1000だろうが、どうだってよかったんです。どっちみち有権者数以上のFの数になるんですから、そこからの票読みなんてできるわけがありません。会員さんをガンガン責め立てることで、従順な奴隷に仕立て上げるんですよね。ウグイス嬢の女子部のひとたちなんか、選挙戦の最後は感動して号泣しますからね。選挙はそういう洗脳のためのイベントでもあるんですよ。

  49. さあ、みなさん「覚醒の瞬間」について、コメントお待ちしてます。みなさんのコメントを読んで覚醒の瞬間が訪れた!なんて方が現れるといいですね。

    おかげさまで、今月はまだ4日しか経っていないのに、もう21400のアクセスがありました。9月のアクセスは約100000、このままいけば10月だけで150000アクセスいきそうですね。これはまちがいなくショウさんの3人アクロバットプレーのおかげです。より多くの人に創価があやしい詐欺団体だということを全国に広めてくれました。やはり現役活動家さんの言葉の威力はすごいですね。本人は火を消しにきたつもりが、まちがってガソリンまき散らして自分までやけどしてるんですからね。活動家さんが現れるたびに、階段状にアクセス数が伸びました。ショウさん、それだけは感謝してるよ〜(笑)

  50. 旧帝大さん、はじめまして。非活婦人部のまると申します。

    仰るとおり、創価学会の活動家は盲信で、思考力がなく、依存性の高い、疲労困憊した、搾取されても仕方のない人間だと思いますよ。私もかつてはそうでした。全く同感です。

    ですからそんな、盲信で思考力がなく依存しきって疲労困憊な迷える会員さんが、自分の頭で考え始める一助になればと思って、こちらの皆さんはコメントされているわけです。

    自由な信仰スタイルを貫いている旧帝大さんには理解しがたいと思います。みんながみんな、旧帝大さんのような活動ができていたら、創価学会も少しは違っていたかもしれませんね。こんなに大きくはならなかったでしょうし、政界に進出なんてこともなかったかもしれません。
    旧帝大さん、搾取されなくて良かったじゃないですか。私たちみたいなアフォがせっせと貢いで創価学会を大きくしてきて、その罪深さに愕然としているんですから、そんなものに最初から縁がなかった旧帝大さんは、こちらのブログにはお呼びではないかと思います。

    自分で断れば良かった、もうほんとにその通りですね。断っていれば少なくとも自分はこんなことにはならなかったでしょう。でも断らなかった。そんな人がたくさんいて今の学会があります。どうしてそうなったのか、自己責任なんて言葉で片付けていたら何も変わらないでしょうね。

    ○○詐欺被害者の会、のようなところに「自分が悪いんだよバーカ」なんて言ったところで何もなりません。言った人が満足してオシマイです。そんなこと当事者が一番よくわかっているんです。その上でどうしたら第二の自分を出さずに済むか、今悩んでるんだけど…という人に自分の経験を語ることのほうが、はるかに有意義です。
    シニフィエさんはそういう思いでこの場を提供してくださっていると、私は思います。

    それから私はシニフィエさんの意見に賛同しかねる部分もあります。政治的な問題に関しては殊更違和感があります。ですがそのことについてここで口を挟むことは、静かに創価学会から離れるというテーマにはそぐわないので、黙っているだけです。
    何もかも同意しているわけではありませんし、そのことは以前にシニフィエさんにお伝えしました。その上で、私のような者のコメントも引き続き承認していただいております。

    旧帝大さんのご指摘どおり、かつては盲信でしたから、信仰以外の何事に対してもそのような傾向はあるでしょう。自分の頭で考えることをしていなかったんですから、何かにつけてそういう癖が出ることは自覚していますし、気を付けていますよ。

  51. こうした「道場破りごっこ」さんみたいな、半覚醒状態の方々が、どんどん部員さんの家庭訪問をされて、役職は自由に断ってよし、財務はしなくて結構、勤行も題目もあげなくてよし、イケダセンセイを尊敬できなくて結構、選挙活動もしなくてよし、会合も無理に出なくて結構、御書も学ばなくて結構、幹部の悪口も自由にどうぞ…etc.と思う存分やりたい放題、お願いしたいてすね。(笑)

  52. 旧帝大さんの目的はつまり学会の擁護というよりここで書き込みしてる人たちを情弱だとかアフォとか依存心があるとか思考力が低いとか・・・貶すことだったんですね。
    それだけ見下してる人たちと何か対話することがあるんですか?

  53. コラコラ、メガネさん(笑)、そんなこと訊いたら、またいっぱい返事が来るじゃないですか(笑)(≧▽≦);

  54. 旧帝大さん

    私はあなたを入れて対話したいとは思いません。
    入れてあげません。お呼びじゃないです。
    何の好奇心もわきません。
    残念でしたね。

    どんなコメントを書こうと、相手に魅力が伝わらなかったら終わりなんですよ。

  55. すみません、しばらく黙ってると言いながらコメントです。
    そういえば、4人での対話の件に触れてなかったと思いまして。
    私は匿名のブログ上で他の素性もわからない人と連携するのはどうかと思っていましたが、旧帝大さんならいいかもと思ってしまいました。
    私と同じで、このブログ内の嫌われ者だし、私はバリ活、旧帝大さんは自由に活動するという立場で、その立場の違いも面白いかなと。
    あと、旧帝大さんのことをチンプンカンプンなんて思うはずないですよ。

    でも4人での対話は、管理人さんがお許しいただけないでしょうね…。
    どうでしょうか?

  56. シニフィエさん、管理人さんとしての気苦労は(特に創価というか宗教関係ですし。)私には理解できないものでしょう。

    また、サイト継続の勇気に本当に頭が下がります。ここに来られる、皆さんもご承知と思われますが、ただの自分の創価に対する過去からの変遷ブログを書いている方が楽ですよね。アメブロみたいにコメント閉鎖できるし。

    ショウさんが長々と色々仰っていますが、
    ネットで捏造が出来ることは皆さん既にご存知でしょう。

    だからこちらに書かれているコメントも、創価の公式サイトも、他のサイトも普通のあらゆるネットのサイトは全てハーフ&ハーフで私は見ています。参考程度でいいのだと私は思っていますよ。

    ショウさんがコメントされて皆さん、違和感あっても最初に冷静にご挨拶したのは、皆さん傷ついたり、辛い体験の上での優しさだと私は強く強く思いました。私も仕事柄、発達障害のお子さんと毎日接していますので、最初にショウさんのコメント内容が本当ならば、心身は大丈夫かと心配でしたが

    モニカさんとの対話が出来れば画期的ですね。

  57. 旧帝大卒業チームのお陰で、例の (賢い猿)も どんどん増えて、現在 90匹を越えたくらいですかね。
    ご協力、誠にありがとうございます m(__)m

  58. ちょっとコメント承認のシステムを変えようかなと思ってます。これから旧帝大さんが10人も100人も出てきたら困りますからね。旧帝大同窓会ブログになってしまいます(笑)。今まではいちおう警告などして、それでも利かん坊さんだったらロックしましたけど、これだけアクセス数が増えてきたので、今後こういった時間とエネルギーを吸い取られるだけのようなコメントは直ちに何の予告もなくロックするようにします。ショウさんのときまではIPアドレスを確認するなんてしたことなかったんですが、最初からあまりに怪しいので、はじめてIPアドレスを見てみたら「やっぱり!」って感じでした。「今は非活」についてはすっかり忘れていたのでちょっと驚きましたけど(笑)。ということで、へんなコメントは有無を言わさずロック!とさせていただきます。よろしくお願いします。m(_ _)m

  59. すいません(恥)
    皮肉を言ったつもりなのにアフォなんて言われたものだからつい・・・
    だからアフォなんですけどね。自分で言う分には良いけど人に言われたらやっぱりムカつきます。

  60. モニカさんとショウさんの対話は予定通り10月6日(月)の夜に、私が新しい専用ページをつくったときから始めます。時間は私の仕事の都合もありますので、夜とだけ言っておきます。またおふたりとも都合のつく時間から始められてけっこうです。

  61. モニカさん、コメントが重なってしまいました。すみません。
    モニカさんがその意向ならそれに従います。
    連投すみません…。

  62. シニフィエさん、はじめまして。現役活動家で婦人部ヤングミセスの輝子と申します。

    先月白ゆり長になりました。本格的に活動をはじめた矢先、先輩幹部の言動に疑問。活動内容に疑問。何かがおかしい。辞めたい…と思い、ネット検索でここにたどりつきました。シニフィエさんや皆さんの話、頷く部分が多く自分がいかにMCされていたかに気づかされました。まさに覚醒の瞬間でした。

    7日に地区婦に非活宣言をする予定です。

    ショウさんや旧帝大さんのやりとりで尚更その気持ちが強くなりました。お二人には本当残念でなりません。私の気持ちを創価に戻すことができたかもしれなかったのに…

  63. 輝子さん、はじめまして。コメントありがとうございます。
    そうですか、7日はがんばってください!このブログを見ている何千という方が、輝子さんを応援してくれますよ。ショウさんや旧帝大さんも強力に応援してくれたんですね。あの旧帝大コンビにはお礼を言わなきゃいけませんね(笑)。先ほども言ったのですが、アクセス数を爆発的に増やしてくれるし、覚醒する人の確信までつかましてくれるし、生半可なアンチよりも、よっぽど強力なサポーターです。たぶんモニカさんとの対話で輝子さんのような方をたくさん増やしてくれることでしょう。いずれこうなるとは思っていましたが、こんなにも早く反応があるとは思いませんでした。ショウさんは創価に身元がばれたら除名処分くらいの反逆者ですね。

  64. 輝子さん、はじめまして。(^.^)
    ラザリスと申します。
    ようこそ おいでくださいました。
    創価学会の矛盾点に 気が付かれて、このブログに出会われたとのこと。
    ネットが普及していない時代なら、そうした方々は、反逆者扱いされて、呪いの題目の対象にされるところでした。

    でも 輝子さん、全然心配は いりません。
    創価学会を辞めても、非活になっても 罰などはありません。
    そんなものがあるなら、わたくし(ラザリス)は、呪い殺されて、今頃 天国♪に行っています。

    このブログの最近のテーマ 「いま創価学会の勧誘を受けている方へ」 から、最新のものまでを、是非ともお読みください。例の 旧帝大コンビが、大活躍してくれています。
    彼等と アンチである我々のやりとりのなかで、創価学会のはちゃめちゃぶりが、リアルに浮かび上がってくるはずです。
    ネットはデマと 創価学会では言われ続けているようですが、
    このブログで書かれていることが デマかどうかは、ご自分で判断されてください。

    管理人さんをはじめ、このブログの常連の我々が あなたを力強く応援致します!!

  65. シニフィエさま覚醒の瞬間とは関係の無い書き込みで申し訳ありません。

    もう充分でしょう。
    ショウさんとモニカさんの2人対談の件です。

    失礼な言い方で申し訳ありませんが既に白黒はっきりと決着がついています。
    モニカさん、如何ですか?
    まだ何か彼に聞きたいことや伝えたいことがありますか?
    気持ちが冷めてしまってないですか?
    私が思うにこの対談は冷めてしまった恋人と義務感だけで付き合うようなものです、私はすでに冷めてしまいました、もし私に彼と話しをしてと言われても何を話して良いのかサッパリわからなくなりました。
    ここで恋人と言う表現は的確じゃ無いでしょうが適当な表現が見つからず無理やり使わせてもらいました、ご気分を悪くさせてしまいましたら申し訳ありませんm(_ _)m

    行きがかり上とは言え状況はかなり変化していますので柔軟な対応をされたほうがお互いの為になると思いまして老婆心ながらの提案です。
    八方美人の彼はモニカさんを待ちきれずあちこちにコメントされています、約束すら守れない人ですから。

    ※約束内容

    ※あなたがこのブログで許されるのはモニカさんとの対話のみです。あくまで創価学会に関しての対話をモニカさんと1対1で行うということです。これまでのあなたの言動についての言い訳や、他の方への話はやめてください。あなたはそのような立場に自分で自分を追いやったのです。それがいやならこの対話はなかったことにします※

    ※シニフィエさん、わかりました。
    モニカさん、どうかよろしくお願い致しますm(_ _)m※

    この不毛な対談でも敢えてしてみたいと言うのなら…
    いや、モニカさんの性格からしてそれは無いように思いますが如何ですか、破談と言う選択肢もありますよ。

  66. Akiraさん、お気遣いありがとうございます。
    冷めた恋人ですか(笑)全然気分なんか害しませんよ。笑いました。

    私は言いたいことなら別にショウさん相手じゃなくても発信できるので、見てる方が不快に思われるのでしたら、もちろん破談にしてもかまいません。

    シニフィエさんからは、こういう人とはまともに付き合うとこっちがおかしくなりますよと心配されました。
    が、そういう意味では全然大丈夫です。

    また、あそこまで一生懸命手のこんだ芝居をして伝えたかったことが
    「創価を信じられなくなった皆さんの苦悩をとってあげたかった」
    「ネットの信憑性のなさを身を持って示したかった」
    でしたっけ?
    とオチは聞けました。(ズルッときましたが)

    昨日も書きましたが、そんなことを自らのなりすましで示して説得力がありましたか?
    個人の信用を失う以外に何ひとつ効果はなかったですよね。
    創価問題だのネットの信憑性だのには、まったくの無関係で終わりました。
    むしろそんな信用の失墜した人が、ネットの信憑性に云々語ったところで

    「ほんとは誰よりネット信者なんじゃないの?」
    「また欺いてる。何も信用できないね」

    と本当に訴えたいことまで信じて貰えなくなりました。
    これじゃ本末転倒でつまらないですよね。

    私よりショウさんに、これ以上対話の場を設けて論じたいことがあるか聞きたいですね。

    いずれにせよ、判断は私の意思というより皆様や管理人様の支持に従います。

    Akiraさん、ご意見どうもありがとうございました。

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