モニカさんとショウさんとの対話

それでは予定通り、モニカさんとショウさんの対話のページをたちあげます。
このページがなぜ作られたか、またモニカさんとショウさんについても
「ショウさんとの対話」「ショウさんとの対話 2」
および「ショウさんについての2、3のこと」をお読みください。
また、このページのルールについてもそのページに記載しています。
このページはモニカさんとショウさんのお二人のみの対話となっています。
他の方がコメントされても承認しませんのでご注意ください。
私はあくまでブログの管理人として、おふたりのコメントを確認して公開する立場に徹しますので、
対話の中に入り込んだりはしません。あくまでお二人での対話ということでお願いします。
前ページでも書きましたように、この対話を続けるかどうかの判断は管理者の私が決定します。
たとえ対話の途中で閉鎖しても、その理由を私が述べるかどうかも、そのときの私の判断とさせていただきます。
繰り返しになりますが、これはあくまで「対話」であることが前提です。
相手を打ち負かすための言い合いになった時点で閉鎖します。
閉鎖した場合には、記録として残すかどうかも管理者の判断とします。

それから、おふたりの対話についての意見や感想などは、別のページをつくりますので、そちらにお願いします。
またショウさんがコメントできるのはこのページのみです。他のページでのコメントは承認しませんのでご注意ください。

誠実な対話によって、有意義なページになることを望みます。

まずショウさんとの対話を望まれたモニカさんが最初の投稿をしたところから始めさせていただきます。

それではモニカさん、よろしくお願いします。

モニカさんとショウさんとの対話」への35件のフィードバック

  1. シニフィエさん、この場を設けて頂いたことを改めてお礼申し上げます。
    それからショウさん、対話に応じて下さったことを心より感謝致します。

    コメントにもあるように私はショウさんと言い争いをしたいわけでも、打ち負かしたいわけでも、また説得したいわけでもありません。
    どちらかというと私の言い分より、ショウさんの訴えたいことを聞くことが目的なんです。
    私の意見など、他のテーマでいくらでも発信していますから。

    覚醒してから私は、活動家とのじかの対話の場を何度も積極的に持ちました。
    覚醒した瞬間、家庭訪問さえ恐れる人が多い中、私は自分から積極的に幹部に電話をかけまくりましたよ。

    「もしもし、私のこと御存じないかもしれませんけど、一婦人部です。〇〇地区のグル-プ長をしているものです。
    私、あなたのことは大きな会合で登壇しているのを見てよく知っていますよ。お聞きしたいことがあるので是非うちに来てください。何なら私が行きますよ、住所教えてください」
    (そういうことが、面倒とも怖いとも思わないタイプなんです。皆様のコメントを読むまでそれはふつうのことだと思ってましたが、私が変わってるんでしょうか?)

    それで本当に率直に、核心をつく質問をしました。
    意地悪な気持ちなんて微塵もなく、純粋に不思議に思う気持ちをぶつけました。

    「私、今まで知らなかった情報を知ったんです。
    2世で(正確には小学校低学年の時入会)創価の第一線にいたつもりの私でさえ、知らなかったことがいっぱいありました。
    びっくりして徹底的に調べたんですが、それを否定する材料を私は持っていませんでした。ありったけの自分の経験や強い信仰心を持ってきてでもです。
    この事実をどう思いますか?
    なぜ創価は、事実を伝えないんですか?
    嘘ならなぜ、具体的に根拠を上げて反論しないんですか?
    真っ正直な団体だと私は教わってきたし、そのように思っていましたが、創価はそれらの質問や疑問にアンサーさえ、全く発信していません。
    ただ信じるな、見るなと。
    そんな情報を見ただけで盗みをしたような扱いです。それを戒める風潮さえありません。何故でしょうか?
    私のこの話を聞いて、あなたは何も思いませんか?」

    でもそれらの回答が全然スッキリしないんです。

    「そんな疑いを持つなんてどうしちゃったの?」
    「私たちあなたを愛してるのよ(涙)」
    「祈るわ、祈らせてもらうわ!」

    てんで理論的なアンサーがないんですよ。

    それでこのブログに出会い、ひたすら活動家の理論的なコメントを待ちました。
    私が知り得た事実を知りながら、尚創価を信じ続け、またその理由を理論的に説明してくれる人を。

    ショウさん、これまでの諸々はもういいです。
    私もそのことは本当にもうどうでもいいです。
    興味があるのは
    「ショウさんが今までこのブログに登場した風変りな活動家ではなく、池田氏を尊敬し、同志を愛し、教義を信じているスタンダートな活動家であり、質問の意図をはぐらかさず理解し、分かりやすい文章で率直に答えてくれる人」
    ではないかと見ている一点です。

    そういう経緯ですので、どうかこの対話を実りあるものにしましょうよ。

    まず私の言いたいことは以上です。

    ショウさん、ではどうぞ仰りたいことを述べてください。
    今まで通り真剣に聞きます。

  2. モニカさん、こんばんは。
    こちらこそ、私と対話しようとして下さり、感謝致します。
    ありがとうございます。

    昨日承認されなかったコメントは
    「皆さんがいろいろ言われていますが、私はモニカさんと対話する意思は変わりません。明日からどうぞよろしくお願いいたします。おやすみなさい。」
    というものでした。
    これから本音で語って行きましょうね。よろしくお願いします。

    まず最初に、今まで睡眠時間を一時間ほど削り、日課の昼寝を我慢してコメントしていたので、これからは1〜2日に一回くらいのコメントにしようと思います。体がきつくなってきたのと、パソコンやタブレットばかり見てたら、円満だった夫婦関係が乱れてきてしまったという状況からです。何とぞご理解ください。
    私は基本は残業をせず、その代わりに、月に何度かは深夜まで仕事をします。
    それで先ほどは17:35くらいにコメントしました。この対話が無くなったと早とちりしてすみませんでした。

    それと、私は逃げも隠れもしませんので、私が去る時はこの対話が終わった時か、承認されなくなった時のどちらかですので、読者の皆さま、どうぞよろしくお願いします。
    注意欠陥のため、どうも周りが気になるのですが、この度はできるだけモニカさんとの対話に集中したいと思います。
    (それと、発達障害は精神疾患ではありません。その辺を勘違いしたコメントがあると、良識を疑われてしまうので、読者の皆さまは、ご注意下さいね。)

    前置きはこれくらいにして、私の普段のキャラは「ショウ」で、創価班団長の時が「通りすがりの男子部=本部長」です(笑)
    どちらも私であることに変わりありません。
    私は本気で会員さんを守るために体を張る創価班が大好きです。
    創価班大学校生の時は当時の団長に詰められまくりましたが、それが私にとっての最高の財産です。
    有名大学に入ろうが、良い企業に入ろうが、そんなものは目ではありません。
    私がこの信仰に目覚めた話を以前しましたが、もし創価がなければ、今頃自殺していたかもしれません。それだけ私はこの信仰にに救われました。
    だから、創価を悪く言う人間が許せなかった訳です。しかし、モニカさんに対して憎悪があるわけではありません。そのことはご理解ください。

    また、疲弊する組織にも当然気付いてますし、どうすれば良くなるか悩み続けております。10年以上第一線を走ってきましたからね。

    意外なことを申し上げますね。
    私の考えは皆さんと逆なんですよ。
    創価が良くなる方法は「師弟不二」しか無いというのが私の結論です。
    そして、私にはそれを言い切れるだけの揺るがない確信があります。

    さあ、これを言ったらブログが大変荒れそうですね(苦笑)
    それを覚悟で申し上げました。
    モニカさんはいかがでしょうか?

  3. >創価が良くなる方法は「師弟不二」しか無いというのが私の結論です。

    はい、これは単純に無理ですね。
    物理的に無理です。
    これも考えた末のアイデアですか?
    ショウさん、個人的な願望ではなく、現実を考えて発言したら如何ですか?

    まず、仮に池田氏が立派な人であったとしても、師匠と思うことは別です。
    そんなことは他人が強制するものではないし、強制できるものではないんですよ。
    好きでもない人を世界一好きになれというのと同じです。
    この人を自分の師と思うなんて感情は、教えられたり、命令されたり、訓練してできるものじゃありません。
    それを承知で、こんな指導を真顔で言い放つこと自体がカルトですよ。

    そもそも池田氏がカリスマとして君臨した時代はとうに過ぎ去りました。
    通用したのは、メディアが権力者に牛耳られていた時代だったからです。

    池田氏の情報は、創価が発信する一方的な情報でしか伝えられませんでした。
    戦時中のラジオや新聞と同じです。
    他に知る手立てがなかったし、疑うことは信仰心がないとされましたから。
    あまたの書籍も激励文も一切が本人の直筆によるもので、幹部が話すエピソードも称賛の声もすべて事実と信じてられていたからです。

    これが今日、一切のからくりが暴露され、隠ぺいしてきた事件の真相も次々と側近から告発されました。
    池田氏の実態が白日の下に晒された今、軽蔑こそされ、何をもって彼を尊敬できるんでしょうね?

    様々な告発がねつ造だとか情報操作と仰りたいんでしょうが、これは別のページ(覚醒の瞬間2)に書いた通りです。
    何の根拠も示しようがない教えを鵜呑みにするあなたが、情報の信憑性を論じたところで説得力がありませんよ。

    また私は情報を決してそのままは信じてません。
    仮にゴーストライターという記事を読んだとして、あの年齢の忙しい人間が短期間であれだけの本を執筆できるかを、まず考えてみます。
    同じように
    「池田氏は今、執筆活動に専念している」
    と情報を、活動家はどこまで考えてから受け入れているんでしょうか?
    顔も出さない声も発信しない高齢の人間が、紙面や方々に膨大なメッセージを書いている姿を想像してますか?

    いや、ネットの情報などなくとも充分ですね。
    5年近くも会員の前に姿も見せない、声も発信しない、歴史的震災が起こっても知らんふりしていながら平和の指導者を名のる男の、どこを以て自分たちの師としろというのでしょう?

    実際活動家を自負している会員の何人が、池田氏とその師弟不二とやらなんでしょうね?
    登壇して絶叫する幹部の声むなしく、全く浸透してない印象ですけど。

  4. >もし創価がなければ、今頃自殺していたかもしれません。それだけ私はこの信仰に救われました。

    ショウさんが理論的な思考の方と聞いたのではっきり言いますが、こんな言葉、教団ならどこも言ってますよ。
    オウム信者でも言うでしょう。

    「私はオウムの修行で救われたんです。真理を見たんです。だから確信は揺るぎません」

    いったい創価が他の教団とどこがどう違うんですか?
    理論的な説明が聞きたいです。

  5. では返信を明確にするためにお尋ねしましょうか。

    本日最初のコメントを読んで尚、池田氏を師匠とする理由をお答え下さい。

  6. モニカさん、こんばんは。
    お待たせいたしました。

    それにしても外野が…(苦笑)
    初めに、私はこの対話が平穏に進んで欲しいと思っているので、荒れて欲しいとは一切思ってませんということだけはお伝えします。

    いろいろ思うことはありますが、真剣にいきますね。
    まず、オウムと創価の違いですか?
    無数にあると思いますが、まず思い浮かぶのは教祖が空中浮遊するかしないかですかね。
    あとはオウムは無差別テロで殺人を犯したこと、そもそも教義が全く違います。
    創価は在家、彼らは出家を推奨し、集団生活。
    彼らは全財産差し出すように要求する。創価は真心の寄附(財務)。
    ちなみに私の財務は年収の1〜2%程度です。100円のジュースを買う時に、1円か2円募金するようなものですかね。年間200日は会館を利用させてもらってるので、その使用料のつもりでやってます。妻は自分よりは少し多めにやってるみたいですね。全く苦になりません。
    無差別テロからもわかるように、彼らは命を軽く見ています。
    また、彼らは社会から断絶しようとしましたが、創価は積極的に社会に働きかけますね。

    他のメジャーな宗教団体でも、もしかしたら私の自殺くらいは防げたかもしれませんね。ただ、前述したように、私の心の闇を一瞬で吹き飛ばすほどの威力は、他のメジャーな宗教団体の代表者さんのスピーチには無いと思います。というのも、創価以外のメジャーな宗教団体の代表者さんのスピーチをHPなどでお聞きしたことがありますので。
    あと、同じ題目でも、例えば釈迦像に向かって唱えた時に、同じ効果があるかどうかはわかりませんし、試そうとも思いません。
    すみません、できるだけ客観的にコメントしようとすると、なんだか硬い感じになってしまいますね(苦笑)

    〈私が池田先生を師匠として尊敬する理由〉
    それは、その「思想」です。『人間革命』『新人間革命』『法華経の智慧』『御書の世界』『二十一世紀への対話』など、人類史に残る、不朽の名作だと思っています。歴史的背景の部分とか、周辺部分などは側近が書いていたとしても、根幹部分は池田先生が直接書かれているであろうと思います。例えば、県知事や市長などのスピーチも、普通はお役人が原案を書きます。それが常識です。私はそれで結構だと思ってます。

    また、私は学生部で幹部をやらせていただいた時に、池田先生に直接お会いする機会に恵まれました。私は、この方は「傑物」だと思いました。
    大変有名な方が来賓として出席されていましたが、その方に対する丁寧かつ誠実な振る舞いは完璧。恐れを知らない堂々たる佇まい。言葉の深さ。ユーモア。会場は男性陣が左側、女性陣が右側に座っていたのですが、池田先生は「男は、女性を最大限に尊敬していきなさい」と言われ、男性一同起立して、女性の皆さまに向かって全員で最敬礼をさせられました。先生は「歴史上、女性がどれだけ苦しめられてきたか。その歴史をぜったいに変えるんだ!」と仰いました。真剣でした。
    また、何度も何度も「親孝行しなさい。恩知らずは最低な人生となる。」とも言われました。その時に初めて会ったであろう、来賓者も池田先生に魅了されているのが手に取るようにわかりました。先生のスピーチの間、ずっと前のめりになって話を聞き、スピーチ終了後は最高の笑顔で、池田先生に感謝と尊敬の言葉を何度も何度も述べられていました。その時の池田先生の振る舞いも、誠実そのものでした。
    また、近くにいる最高幹部に対しては、それはそれは厳しかった。これは、傲慢な幹部から会員を守るためだと私は感じました。
    以上が私が池田先生に直接お会いした感想です。

    他にも師匠への尊敬は語り尽くせませんが、今日は以上にしたいと思いますます。
    あ〜皆さんからMCが半端ないとか言われちゃうんだろうな(泣)

  7. すみません、タイプミスですm(_ _)m

    他にも師匠への尊敬は語り尽くせませんが、今日は以上にしたいと思いますます。

    他にも師匠への尊敬は語り尽くせませんが、今日は以上にしたいと思います。

    モニカさんは池田先生のこの振る舞いを芝居だと思いますか?

  8. 池田氏を尊敬する理由に
    「彼の書いた書物、スピーチ原稿に触れ、その思想に感銘した」
    というのが圧倒的だろうと思います。
    ショウさんもそのようですね。
    おもしろいのがその先なんですよ。

    今まではそれらがすばらしいとした理由を
    「一字一句身を削って、睡眠時間を惜しんで書いた」
    「背景に書かれている博識、記憶はただただ凄いの一言」
    「文章が芸術的」
    と、書籍、新聞、スピーチ等の原稿は完全に池田氏の渾身の作品であり、お手紙だと言ってたんですよ。
    誰もがそう信じてたし、声を大にして称賛してましたよね。

    それがゴーストライターの噂がたち、その根拠となる具体的なエピソードや個人名が告発された途端、ころっと言うことが変わりました。

    >県知事や市長などのスピーチも、普通はお役人が原案を書きます。それが常識です。私はそれで結構だと思ってます。

    ちょっと、ちょっと。
    こんなこと、暴露がなかったら決して言わなかったでしょう?
    池田センセイとそこらのお役人を一緒にしましたか?

    以前来たカトリーナさんも仰ってました。
    「他人が書いても、本人が推敲して決裁を下せば魂が入っていると思います」
    全部後付けです。
    最初は本人がかいていることを強調してだから素晴らしいと言ってたのに、どうして変えるんでしょうね。

    いいですか?執行部は何も言い訳していませんよ。
    今まで通り、出版物は池田大作として出してるし、実は他人が書いてましたなんて一言も公式発表してません。
    (言ってるのは創価が信用しないネット情報ですが、これは信じるみたいですね)

    そして頼まれもしないのに必死に弁解しているのは、相も変わらず末端なんです。
    よく働きますねえ。
    ふつうは上の不祥事、疑問は上に突き上げるのにね。

    「そういえばそうだ、プロの専門の作家でも一冊の本を書きおろすのは大変な作業だ。あんなに忙しく全国を飛び回ってる人が、あれだけの原稿を一人で書いてるわけがない」
    と少しは停止していた自分の頭が動いたってことですか?
    それなら最初からそう言えよ、と上に突っ込まないんですか?
    創価を信じることと、不正を正すことは別でしょう。

    そうやって何が発覚しても
    「どんな形であれ本に魂が入っていればいいんだ。(なんスか魂が入るって^^;)」
    「センセイには我々の及ばない深いお考えがあるんだ」
    と、いちいち神聖化しすぎなんですよ。

    親孝行しなさいだの、女性を大切に、なんて誰でも言ってます。
    最近は安倍総理から聞きました。
    それが感動してしびれるような言葉ですか?
    そんなもの熱にうかれていたら、何聞いても特別に聞こえるんですよ。

    私、好きなアーティストのライブに行ったら、その人がペットボトルから水を飲んでる姿を見ただけでシビレますよ。
    振る舞いもたたずまいも一切が特別に見えます。
    まわりの全てが、小鳥も雲も木々たちも、彼に魅了されてるのが手に取るようにわかりました~~ってなもんです。

    池田氏が特別なんじゃなくて、熱に侵されてるショウさんの頭が特別なんです。
    何もかも自分に都合のいいようにフィルターがかかってるんですよ。
    それも、そうとうなフィルターですよ(汗~)

  9. オウムであろうと創価であろうと、他の教団だろうと、自分とこの思想こそがすばらしいんだと自分の正義とやら押し付ける。
    違いますか?

    教義なんてそりゃそれぞれですよ。当たり前でしょ。
    危険だろうが甘い香りがしようが、それが問題じゃないんですよ。
    わかりませんか?
    どこも独善的で、自分の考えのみが正義とするところが問題なんです。

    そしてそんな自分たちに刃向う人間がいたら…
    それは自分たち正義の反対であるから悪である。悪は責めろ。
    同じですよね。
    サリンや爆弾を使うか、呪術を使うかだけの違いですよ。
    むしろ笑みを湛えたふつうの奥さんがゾロゾロと集まり、一斉に題目を唱和して一人の人間を追い詰める姿を想像してください。
    ニコニコしているだけに怖いです。

    宗門問題だけではありません。
    末端は逃げられますが、最高幹部が反逆した時の執拗な攻撃。
    ヤクザの世界と変わらないですね。

    でも大きな違いは、オウムはその思想を本気で信じてやってるわけだけど、創価はあくまで金が目的です。
    末端は、トップが信仰心から「悪を責めなさい」と言ってると思い、バカ正直に正義感に燃えて声高らかに祈ってますが、全然違いますからね~。

    爆弾しかけても金は入ってこないので、創価はそんな一文の得にもならないことはしません。
    でも、宗門を攻撃して金ズルが残るなら戦います。
    最高幹部に脱会されて告発本を書かれたら、金ズルがいなくなるから戦います。
    莫大な資金源になる墓苑計画を邪魔されたら戦います。

    同じ危険なことをしても、オウムは曲がりなりにも思想、信仰心から。
    創価は金目的。(末端は信仰心と思っている)

    違いは「教祖の空中浮遊」じゃなくて、こう書いてほしかったなあ。

  10. モニカさん、こんばんは。今日もよろしくお願いしますね。

    >今まではそれらがすばらしいとした理由を
    「一字一句身を削って、睡眠時間を惜しんで書いた」
    「背景に書かれている博識、記憶はただただ凄いの一言」
    「文章が芸術的」
    と、書籍、新聞、スピーチ等の原稿は完全に池田氏の渾身の作品であり、お手紙だと言ってたんですよ。
    誰もがそう信じてたし、声を大にして称賛してましたよね。

    池田先生は、人間革命を書き始めるにあたり、複数の人に資料集めや原稿執筆を手伝ってもらうこともあると、最初から言われてますよ。
    いつの会合で言われたかは、今すぐは出てきませんが、また探してご紹介しましょう。それと、側近に執筆を手伝ってもらってたとしても、「一字一句身を削って、睡眠時間を惜しんで書いた」ことには変わりないと思います。池田先生はおよそ1人の一生では到底なすことのできないほど多くの事業をされ、実際に人類史上初めて世界190以上の国や地域に日蓮の教えを弘めたんです。(ちなみに、ここで言う「地域」は、台湾など、ほとんど国家と呼べるもののことです。)これは、言うは易く、行うにはあまりにも難しい奇跡のようなことですよ。

    また、アンチの人は「師弟不二」を「個人崇拝」や「個人の神格化」であると勘違いしている点が問題なんですよ。
    正木理事長は明確に、インドで仏教が滅びたのは、釈尊を「師匠」、つまり1人の偉大な「人間」として捉えられなくなり、「神格化」してしまったことが原因だと喝破されました。生き方を学び、成長させてくれる「人=師匠」ではなく、救いを求める「神」になってしまったと。
    これは非常に深い考えです。
    私はあくまで池田先生を手本とすべき「師匠」と捉え、絶対的な、神秘的な存在などとは一切思っていませんよ。先ほど紹介した池田先生のお姿も、あくまで「人としての振る舞い」でしたよね?
    池田先生の著作をきちんと読めば、それらは明白です。池田先生を勝手に神秘的に捉えてはいけませんし、そう思わせるような幹部がいたのなら、その幹部の言動に問題があります。
    この点について、モニカさんはいかがでしょうか?

  11. >末端は逃げられますが、最高幹部が反逆した時の執拗な攻撃。
    ヤクザの世界と変わらないですね。

    これは高倉氏の話がベースになってると思います。以前言及しないとは言いましたが、少しだけ触れますね。
    どこにヤクザのような執拗な攻撃がありましたかね?あのブログを読んだ限り、そのようなものはありませんでしたよ。私が唯一問題かもしれないと思うのは、個人の日記を取り上げて分析したことぐらいでしょうか。それは、司法に委ねます。
    実際に「殺害予告」があったとお思いですか?そうお思いなら、洞察力が足り無いと思いますよ。もしあれが本当なら、一体どれだけ多くの人が謎の死を遂げていることか。唯一、朝木市議会議員の件が騒がれましたが、創価が殺したという証拠は一切ありません。第一、たかだか市議会議員をわざわざ創価が殺すと思いますか?常識的にあり得ません。

  12. ショウさん、こんばんは。
    ちょうど今手元に聖教新聞に連載されていた人間革命の切り抜きがあるんですよ。
    創価の物はしおり一枚に至るまで全て処分したんですが、唯一持っていたハードカバーの香峯子抄だけはプレゼントされたものなので取っておいたんです。
    そこに挟まってたんですね。
    なぜこれだけ切り抜きしてあるかというと、覚醒する前ながら意味不明で、あとでゆっくり考えようと唯一切り抜いてたんです。(それまで切り抜きなどしたことなかったんですが)
    ちょうど師弟不二についての説明が書いてあるんです。
    私、ここに赤線引いてあります。

    新・人間革命(4870) 人材城十六

    「師弟不二とは、師の心をわが心として生きることであり、いつ、いかなる時も、己心に厳として師匠がいることから始まる。いくら”師弟の道”を叫んでも、自分の心に師匠がいなければ、もはや、仏法ではない」

    「自分の心にいつ、いかなる時も池田大作がいなければ、もはや仏法ではない?」
    え~っ!そこまで言っていいのか?
    そんなこと言っていいのか?

    仏教の新しい解釈ですかね?
    自分で書いたとしたら相当ですよね。

    更に「師匠を”自分の心の外にいる存在”ととらえれば、師に振る舞いも、指導も、自分の内面的な規範にならない」と続きます。

    私は私で、池田大作は池田大作。当然自分の心の外にいますよ。
    何言ってんだ、この人?
    この文章を読む限り、池田氏とクローンのように同じ考え同じ気持ちでいなければならない。
    滅茶苦茶なこと書きますね。
    後にゴーストライターとわかってむしろ私、ホッとしたくらいですけどね。

    ショウさん、池田氏を神格化しちゃいけないなら日蓮さんは何ですか?
    私は鎌倉時代の一お坊さんとしか見てないんですが。
    久遠元初の自受用報身如来の当体って何ですか?

    これこそ仏教とは思えないんですが。

  13. とりあえず高倉さんのことは言ってません。
    「黒い手帖」に書かれている矢野絢也さんの告発や、原島さん、山崎さん、乙骨さんなどへの執拗なマスコミでの攻撃、槍玉で充分です。
    創価新報には「人として生きていけないようにしろ」とまで書かれました。
    信仰者どころか、人間としておかしいです。

  14. 「釈尊の神格化」について、コメントしますね。これは創価と仏教を語る上で大変重要です。失礼ですが、正直申し上げて、このブログの仏教に対する認識は間違えが多すぎます。今からコメントすることは、外部の方には少し難しいかもしれませんが、できるだけ分かり易く説明すべく、努力しますね。

    「インドで仏教が滅びた」というのは教団が滅びたのではなく、「教えが形骸化した」という意味です。
    また、「日蓮本仏論」はあくまで私たち弟子がそう捉えるという問題であって、当然、学問研究の対象にはなり得ません。よって、中村元先生の学説に「日蓮本仏論」が登場することは絶対にありません。
    私は、名前はあえて伏せますが、中村先生のお弟子さんで、数々の章を受賞された、大変高名な仏教学者の方と直接お話をしたことがあります。その先生は、創価の教学も学び、参考にされていることを明かしてくださいました。戸田先生の悟り「仏とは生命」。これは、学問探求では決して行き着けない領域です。

    また、創価学会は日蓮を「末法の御本仏」として尊敬していますが、あくまで「仏」は「人間」であるというのが前提です。そして、法華経における仏の願いは、「全ての衆生を自分と同じ境涯に高めたい」であり、「全ての凡夫が仏性を具えている」と説いているわけなので、日蓮の思想が「一神教の選民思想」というのは明らかな間違えです。
    そもそも、改めて説明する必要も無いかもしれませんが、「仏」と「神」は全く違う概念です。

    「師匠の神格化」により、なぜ宗教が形骸化してしまうのか。このことは深く考える必要があります。

    <2014.5.5の聖教新聞より>
    インドのネルー初代大統領は語った。「なぜ、インドで仏教が滅んだのか」「仏陀の天才は、あくまでも仏陀が人間であるという事実に基づいていた」「しかし仏陀の神格化が行われたとたん、仏陀その人はこの〔その他の〕神々と同列にくわえられ、姿を没してしまった」
    このネルーの言葉を受け、池田先生はスピーチされました。
    「本来仏教は『人間の生き方』を説いたものであった。『このように生きよ』『人生をこう生きよ』と、我が身で教えた。そこには師弟の道があった。しかし、いつしか、『人間・釈尊』は権威化され、人間を超えた神になっていった」
    「『仏』とはありがたく礼拝する対象であっても、『その生き方に続く』存在ではなくなった。師弟の道も見えなくなった。仏教が『人間の生き方』ではなくなったとき、インドでは仏教は死んでしまった。」

    この池田先生のスピーチは昔のものですが、最近の聖教新聞で紹介されていました。私は、この池田先生のスピーチを元にした正木理事長の講演を、2008年に地元の会館で直接お聞きしました。仏法の師弟観について、深く納得したのを覚えています。
    「師弟不二」とは、仏法をその生き方に体現した師匠に学び、それを弟子が体現すること。
    >新・人間革命(4870) 人材城十六
    「師弟不二とは、師の心をわが心として生きることであり、いつ、いかなる時も、己心に厳として師匠がいることから始まる。いくら”師弟の道”を叫んでも、自分の心に師匠がいなければ、もはや、仏法ではない」

    これに私は全く違和感を感じません。これが正解だと思います。

    これをはき違え、「池田先生には神秘的な力が具わっている」みたいな捉え方をしてしまうと、その組織は必ず衰退します。仏の生き方を弟子が体現できないからです。衰退する組織は、不満が生まれる。メンバーが疲労困憊する。結果的に皆が信心と師匠に疑いを起こし、ありもしない都市伝説を信じてしまうようになります。そして脱会者が続出します。これが組織が滅びる原因だと私は考えています。
    実際に、池田先生の行動を真摯に学び、実行する組織は歓喜があり、疲れを知りません。

  15. 高倉氏のことではなかったんですね。大変失礼しました。
    では、明日はモニカさんが触れられた、矢野氏などについてコメントさせていただきます。
    おやすみなさい。

  16. こんにちは。

    大辞林 第三版より
    まちがえ【間違え】の意味
    ⇒「 間違い 」に同じ。

    バカにする気とか、貶める気は一切ありませんが、きちんと調べて発言しないとこのような恥ずかしいことになるのでご注意くださいね。

  17. コメントは何度もしっかり読みました。

    創価の間違いに気づいた人は決して池田氏を「個人崇拝」してないし「個人の神格化」などしてません。「神秘的な存在」とも思ってません。(そんな人、全体の何%だ?それこそ都市伝説ですよ)
    少なくとも私はそのように思ったことも、思おうとしたこともありません。
    ショウさんの説明通り、師弟不二とは「先生の行動を模範とすることかな」くらいにしか思ってませんでしたよ。

    >「池田先生には神秘的な力が具わっている」みたいな捉え方をしてしまうと、その組織は必ず衰退します。仏の生き方を弟子が体現できないからです

    ですからこんな分析、全くの的外れです。
    衰退の原因は池田氏への師弟観がどうのじゃなくて、単純に池田氏のとんでもない悪党っぷりが発覚したからです。
    それだけの理由です。
    そこにややこしい教義や、宗教上の定義などありません。
    ※関係ないんです。

    いい加減「脱会者が増えたのは信心がおかしくなったから」というバカの一つ覚えみたいな発想を止めましょうよ。

    ショウさんの発想は全部、この信仰が正しいありき、先生が正しいありき、から生まれてるんですよ。
    そういう人と対話してるんだからしょうがないんだけど、信仰を信じている活動家は脱会者のことを
    「信心がおかしくなった」
    としか言いません。
    あくまでも答えを自分の信じている信仰のテキストからひねりだそうとします。
    そうでしょう?
    「魔に負けた」「師弟不二の理解が足りなかった」などは全部、発想の出所が同じなんですよ。

    脱会者は
    「創価がおかしな団体だと気づいた。やっとまともになれた」
    と言ってるんです。
    そこに「残念だけど、魔に勝てなかった」「師弟不二についていけなかった」という分析はありません。
    そんな発想そのものがおかしかった、と気づいてるんです。
    ここを見逃してはいけません。

    ここが噛み合わない根本原因なんですが、アイデアマンと自称するならそのワンパターンな引出しではなく、他に対話できる糸口はないのでしょうか?
    引出しはたった一つなんですか?

    私は、ショウさんの最初のコメントの
    >疲弊する組織にも当然気付いてますし、どうすれば良くなるか悩み続けております。

    これをずっと考えています。

    発想を変えない限り答えは出ませんよ。
    この対話で何かに気づいて頂けたら、私も嬉しく思います。

  18. >また、「間違え」も、調べるとやはり普通はショウさんのような使い方はしないようですね。

    恥の上塗りになるので、やめてあげて下さいね。お得意のネットですか?「間違い」も「間違え」も同じ名詞ですからね。もしかして、名詞の意味知らない??そんなわけ無いか(苦笑)

    まだ忙しいので、もう少し後にモニカさんへのコメントをさせていただきます。

  19. モニカさんこんばんは。
    様々なご指摘ありがとうございます。
    「師匠の神格化」に関しては、モニカさんにというよりは、どちらかといえばその他の人々が「覚醒」する前に抱いているケースが多いと思います。モニカさんに当てはまらなかったらごめんなさい。
    ただ、「池田大作」を等身大の人として捉えられず、おかしな幻想を抱いていて、その幻想が暴露本などでもろくも崩れ去ったということが多いと私は感じています。

    ところで、「脱会者は信心がおかしくなった」の一辺倒ではいけないとおっしゃるのは私もわかります。
    このブログを読んで思ったのは、活動家からアンチになってしまうのは、

    ①組織活動で疲労困憊した、嫌な思いをした、疑問が出た
    ②ネットや暴露本で、創価の実態・闇の部分を知ってしまった

    この①②が組み合わさったケースがほとんどです。モニカさんは①はほとんどなくて、②が原因ですよね?
    ここで特徴的なのは、①だけでアンチになるケースがほとんどないということだと思います。
    必ず②が、①を強化し、「創価は反社会的な悪の組織だ」という考えに至っていると思います。その認識で間違いないですかね?

    私が問題にしているのは、アンチの皆さんが、きちんと検証もせずに、②を盲信しているということです。

    「盲信してない」と反論されるのは目に見えてますが、ではお聞きします。池田先生の女性問題として、最も騒がれた事件「信平訴訟」。このブログに参加するアンチの方の中で、「信平訴訟」の判決文の全文を読んだという人はいますか?

    この問いにはおそらく「私は読んだ」という人の手が上がると思います。
    私が言いたいのは、判決文の全文を読んだ後に、「信平事件」が実際にあったと思う人は、日本語が理解できないんじゃ無いかっていうレベルの問題なんですよ。
    つまり、「信平事件」があったと信じてる人は、判決文を読んで無い。読んでもなお「あった」というのは、失礼ですが理解力が無いというに等しいわけです。そのくらいバカバカしい「狂言」なんです。

    皆さんに言いたいのは、②を疑ってみてはいかがですか?ということです。

    ところで、最高幹部に対する追求がヤクザのようだというご指摘に対しては、まずはざっくり答えさせていただきます。
    驚かれるでしょうが、私の考えではあれくらいが「適正」です。
    最高幹部は責任が重すぎます。500万人もの組織を舐めてはいけません。
    それを不誠実に、わがままに裏切るということが、一体どれだけのことかという想像力が足りないのでしょう。一会員が脱会するのとは、次元が違いすぎるということです。
    ただし、暴露本の類は、「事実の偽装」と「誇張」と「本人の思い込み」があるということも視野に入れてください。
    この話は長くなるので、また後日させていただきます。

  20. ちなみに、「信平訴訟」の判決文については、「全文」でなく、「ほんの一部」を読むだけでも目が覚めるほどの破壊力があります。
    後で、ほんの一部だけでもご紹介させていただきますね。

  21. >「池田大作」を等身大の人として捉えられず、おかしな幻想を抱いていて、その幻想が暴露本などでもろくも崩れ去った

    いえ、全然違います。
    池田氏は側近に懸命に仏様のように仕立てさせて、おかしな幻想を抱かせたかったんでしょうが、そんなアホらしい妄想が崩れ去ったのではないのです。

    充分等身大を認識して池田氏を見てたとして、あれだけの組織のトップである立場上、相応の分別、人間性くらいは求められるでしょ?
    その最低限の信頼すらない、ということが露わになった。
    団体の存在目的が宗教流布などではなく、金儲けだった。
    一切の構想を彼が巧みに指揮してきた。

    こういう事実を冷静に突き止めたんです。

    >私が問題にしているのは、アンチの皆さんが、きちんと検証もせずに、②を盲信しているということです。

    あのですね、私たちは長い間、疑うことを禁じられて一方的な情報を鵜呑みにすることに歳月を費やしてきたんです。
    これには相当な無理をさせられてきたんです。
    そのことに限界を感じて、停止させていた頭のネジを巻き始めたんです。

    おかげでお人よしの私も、随分猜疑心が強くなってしまいましたよ。
    創価が嫌になったからといって、今度は自分に都合のいい情報をホイホイ鵜呑みにするほど素直でもなくなりました。
    今いちばん、盲信させることが難しい相手はアンチじゃないでしょうかね。

    それにしても目につくのは、未だ活動家の盲信ぶりです。
    御本尊を不敬したらこんなことが起こった。罰に違いないのである…相変わらず、根拠の示せないことを得意げに断言するわ、池田氏が姿を現さないことをスルーはするわ、ここまでくると失礼ながら頭の病気を疑いますよ。

    じゃあ、ここで質問しましょうか。

    ①ショウさんは、池田氏が何年も姿を現さない理由を何故だと思っていますか?

    ②会員が皆、ツッコまず口に出さないことをどう思いますか?また、それを口に出すことがはばかられるのは何故ですか?

    ③発表通り「お元気で膨大な執筆活動に追われている」と信じてますか?

    ④震災のような一大事の時にでさえ、声すら、映像すら発信しないことをどう思いましたか?

    このようなことに疑問を持つことと信仰は、私は別だと思うんですが、創価は一切合切疑うな!と、まさに盲信することを教えにしてるようです。

    あとですね、創価の十八番はずっと
    「幸・不幸の原因は実は宗教なのである」
    「宗教には正・邪があるのです、知ってましたか?」
    「不幸の原因は邪宗にあるんですよ」
    とくりかえし断言してきました。
    草創期からこれを掲げて発展してきたのです。
    ですが、今やこんな言葉すべて死語になりました。
    そんなこと言いましたっけ?てなもんです。

    昔はこれが、カモを増やす殺し文句だったんです。
    これが使えた時代は使いに使いまくった。
    さすがに通用しなくなったらドブに捨てた。

    教えなんて勧誘に使う道具にすぎません。
    未来永劫といった正しい教えが、時代によって不用になるんですか?
    これを見るだけでも、目的は布教じゃなくて違うところにあるのが明白です。

    教えなど方法にすぎない。
    目的は金儲け。
    この意見をどう否定しますか?

  22. モニカさんこんにちは。
    今日は一時間遅れの昼休みです。

    忙しいから書き込み件数自粛しますみたいなこと言ったけど、ヤジが多すぎなので、いつでもどこでも、隙間時間にコメントします。睡眠時間を削るのは止むを得ないと判断しました。
    あっ、ヤジに反応するのは、あくまで本筋に影響がある場合ですから、ご理解くださいね。

    スピード重視するので、多少乱暴な書き方になることもあるかもしれませんが、そこはご理解ください。

    それにしても、外野、せっかち過ぎ(笑)
    では、次は創価のお金にまつわる話をしましょうね。

    あと、「間違え」の件は恥の上塗りしただけで、フォローになってないのに、フォローされたと思ってるんですか?倒れそうになりました(笑)
    もう一度流れを読んで下さいね。この件は以上で終わりますね。

  23. シニフィエさんから配慮があり、これでショウさんもコメントしやすくなったと思います。
    私も対話の展開が冗漫だと思われないよう、しっかり質問していきたいと思います。

    お金についていきますよ。

    聖教新聞のノルマですが、これ問題ではないですか?
    壮年、青年部は知らないと思いますが、かなりの脅迫を受けてるんですよ。

    仕事で営業などやられている男子部、壮年部。
    売り上げ目標が達成されなかったとして平気でいられますか?
    いられないでしょう。
    社内でに立場、面子があるでしょう。
    実際給与やボーナスに影響されるでしょう。
    それと全く同じなんですよ。

    「目標を必死でやろうとする、殻を破ろうとする。ここにしか宿命転換はないんです!」
    などと言われれば、専業主婦の婦人部などは血相変えて頑張るんですよ。
    旦那は給与担当。そのお金を守る福運担当は私の仕事!
    夫が給与を貰ってくるのと同じ危機感と責任感を感じます。
    結果、自分で多部数とって、廊下に積んどいても数字を上げようとします。
    すべてが愛する家族のためを思い、です。

    問題はこの明らかにおかしい現実を熟知しながら、全くのお咎めも注意喚起もないことです。
    むしろ称賛します。

    金、入ってきますからねえ。

    これが信仰心ですか?
    この実態を放置していることを踏まえ、金目的じゃないというなら、明確に説明してください。

  24. >朝木市議会議員の件が騒がれましたが、創価が殺したという証拠は一切ありません。第一、たかだか市議会議員をわざわざ創価が殺すと思いますか?常識的にあり得ません。

    捜査におかしな点があったのは事実です。
    捜査におかしな点は一切ありません、なんて断言できませんよ。
    断言できないことを言い切る根拠が書いてありませんね。

    そういうのを
    >「事実の偽装」と「誇張」と「本人の思い込み」というのです。

    私は犯人が誰とは断言してませんよ。
    でも捜査がおかしい事実は事実として述べているのです。

    >常識的にあり得ません。

    これもショウさんの主観で、事実を述べているとは言えません。

    常識…創価の日常、打出しに常識があればまだ説得力もあるんでしょうが。

  25. 管理人さん、ご配慮ありがとうございます。

    モニカさん、コメントの行き違いで質問が前後してごめんなさい。
    どちらが先でもいいですが、流れで「お金」の方いきましょうか。

    まず、母は白ゆり長、義母は地区婦、妻は地区副婦であり、私も男子部本部長として数多くの地区協に出席するので、壮婦、特に婦人部の新聞の戦いが熾烈なのは目の当たりにしてます(笑)
    しかし、脅迫は大げさです。
    ちなみに私は2部とってます。理由は、切り抜いてノートに貼ったりするのですが、裏表で保存しておきたい記事がかぶることがあるので(笑)

    さておき、新聞啓蒙のどこが問題かというと、統監の「基数」にあると思います。
    組織として目標を立てるのは当然で、戸田先生は「日本中の人にこの新聞を読ませたい」と言われたわけなので、弟子の我々はそうすべく努力すべきです。

    しかし、目標設定の元になる「基数」が、実態のない幽霊会員が多数いるため実際より多くなり、当然目標が厳しくなり、最終的に役職者がその尻拭いをするという構図になっています。
    特に、青年部が後先考えずに強引な折伏をして、入会したものの、連絡がつかなくなるケースが多いです。それは、男子部としては本当に申し訳ない限りで、改革しないといけない点だし、幽霊会員は、きちんと退会の手続きをすべきです。創価はやめれないという思い込みがありますが、実は辞めるのは簡単です。脱会届けと一緒に御本尊を地元の会館に持って行けばいいだけです。それが、はばかれるようなら、本部に郵送して下さい。実際にこのブログで、あっさり退会できてる人の体験談がたくさん載ってます。

    学会員さんが退会するのを引き止めるのは、当然その人の幸せを思ってのことです。しかし、現在は、昔ほど引きとめられません。世相でしょう。
    私の親友の学会職員も、「退会が負けではない」と明確に言っておりました。ただし、私が折伏して入会した友人が退会するというなら、必死で祈って引き止めます。せっかく同じ信仰を保ったのにやめられるのは悲しいです。それでも説得しきれなかったら、自分の力量が足りないと反省する以外ありません。

    つまり、私の認識では、目標設定時の「基数」に問題ありと思ってます。

    それと、目標を達成する一番簡単なの方法があります。それは活動家を増やすことです。これは学会の指導通り真剣に、誠実に部員さんを大事にして行けば必ずできます。その秘訣が「師弟不二」の行動です。
    人間革命の山本伸一の行動を皆ができれば、部員さんから慕われないわけがありません。部員さんが立ち上がらないわけがありません。
    私は実際に、支部で20人の活動家、40人の会合参加者を輩出しました。もちろん、会合に来れないメンバーのことも大事にしました。それはそれは学会活動が楽しくて仕方なかった。
    活動するメンバーが増えさえすれば、多部数など必要なくなります。
    しかし人材育成自体はもちろんリーダーの並々ならぬ努力が必要です。

    それと、創価がお金儲けかどうかという問題ですが、これについては
    『新宗教ビジネス』島田裕巳著 講談社刊
    という本に、「創価のお金」に関する客観的な事実が載ってます。
    島田氏は、日本を代表する宗教学者ですが、特に創価学会について、多くの研究を残しています。タイトルからもわかるよう、当然、創価を讃えるような内容ではありません(笑)何せ『新宗教ビジネス』ですからね(笑)
    島田氏の研究は「教義面」に関する研究ではなく、組織機構や社会との関わりなどの「ハード面」に関する研究です。こんなタイトルをつけるぐらいなので、創価学会についての研究内容は、活動家が読んだら「学者風情に俺たちの何がわかるんや!」とご立腹される内容も多々あります。

    なのにですよ、「創価のお金事情」について、この中には客観的事実として、ネット上に出回ってる情報とは全く違う内容が書いてます。
    前置きが長くなりましたが、その内容は今日中に書きますね。
    一気に書き殴りました。多少のおかしなところはお見逃し下さい。
    一旦失礼します。

  26. >じゃあ、ここで質問しましょうか。

    ①ショウさんは、池田氏が何年も姿を現さない理由を何故だと思っていますか?

    ②会員が皆、ツッコまず口に出さないことをどう思いますか?また、それを口に出すことがはばかられるのは何故ですか?

    ③発表通り「お元気で膨大な執筆活動に追われている」と信じてますか?

    ④震災のような一大事の時にでさえ、声すら、映像すら発信しないことをどう思いましたか?

    モニカさんのこの質問には、お金の話がひと段落したらお答えします。

  27. 新聞の目標がどんな設定だろうと、そんなことはどうでもいいんですよ。
    現状維持でも10倍でも100倍でも。
    問題は「これをやることによって宿命転換ができる」だの「福運がつく」だの、インチキな教義にあるんです。

    新聞を勧める…ただの販売行為じゃないですか?
    朝日新聞でもどこでもやってる勧誘ですよ。
    ものを売りつけること、それ自体に御利益などあるわけがないでしょう!
    じゃあ何ですか?他の新聞ならなくて、聖教新聞なら御利益があるの?
    完全なオカルトですね。
    それを、これをしないと悩みは解決しない、などとは完全な詐欺、脅迫ですよ。

    聖教新聞を読んで、すばらしいなあと思う人がいるとしますよ。
    それが創価に入るきっかけになることもあるかもしれませんね。

    だから?
    だから聖教新聞を売りつけると御利益があるの?
    宿命が変わるの?
    そんなこと本気で思ってるんですか?

    よく考えてください。
    聖教新聞は教団の広報誌です。
    それを販売するのは教団のいわば事務的な仕事です。
    資金源になる雑用です。
    これそのものが宗教でも信仰でもありません。

    創価のあざといところは、そういう営業、大変な労働一切を職員はやらずに、会員にその行為自体を信仰だと信じ込ませている点です。
    ただのボランティアでお願いします、と言ったら何人がやりますかね?
    この新聞が広まったらいいなあ、と思う師弟不二ですか?その気持ちだけでやるんですよ。

    功徳があるなんてこじつけもいいところですよ。

    学会活動は一切が福運なんだ…まあそれこそ何の根拠もないことをぬけぬけと言い放つトップ。
    それを疑うことなく盲信する活動家。
    新聞だけじゃないけれど、盲信の最たるものはこれじゃないかと思いますね。

  28. > 人間革命の山本伸一の行動を皆ができれば、部員さんから慕われないわけがありません。部員さんが立ち上がらないわけがありません。

    と叫びつづけた結果、こんなに衰退したのは何故かしら?

  29. 今日中に続きを書くといいながら、
    明日朝から出かけるため、もう寝ようと妻がやや不機嫌に…(ーー;)
    止むなく明日コメントします。
    モニカさん、ごめんなさい。

  30. ショウさん、コメントは時間のある時でかまいませんよ。
    そんなことは私でもあります。

    >それは活動家を増やすことです。これは学会の指導通り真剣に、誠実に部員さんを大事にして行けば必ずできます。その秘訣が「師弟不二」の行動です。

    最初に言いましたけど、これはショウさんの願望であって、実際は違います。
    根拠のないことをつらつら書いても意味ないでしょ。

    私は創価の教えなんてインチキだと思ってるし、そんなことトップだってわかってると思ってます。
    力があるとすれば、会員を騙して集金する力はあるでしょうね。
    それを違うんだと言い張る、活動家の根拠を理論的に知りたいと言ってるんです。

    その論点を外さず有意義な対話をしたいのです。

    自分の願望や、どうしたら組織がよくなるかなんて私は聞いてませんし、そういう答弁を続ける以上、この場は打ち切られると思いますよ。

  31. モニカさん、こんにちは。ご理解いただき、ありがとうございます。
    すみませんが、有意義な議論になるよう、睡眠時間を削り、妻の機嫌もとりながら頑張っているので、急かさないで下さい(泣)

    それでは、昨日コメントした通り、宗教学者・島田裕巳氏の著作『新宗教ビジネス』の内容についてご紹介いたします。これにより、「創価学会のお金」に関する事情が、明らかになります。私がこれで何を言いたいかというと、「創価が金集めを目的にしている」という意見が都市伝説だということです。
    かなり興味深い内容ですよ。
    少し長くなるので、いくつかのコメントに分けてこれを紹介した後に、モニカさんからの個々の質問にお答えさせていただきますね。

    【宗教学者・島田裕巳著『新宗教ビジネス』の要約①】
    ※文章の引用は<>で示します。
    まず、島田氏は日本の主要な新宗教団体の全てが分裂や分派を繰り返しているのに対し、唯一創価学会のみ、それが起こっていないことを指摘し、<なぜ創価学会には分派が生まれないのか。なぜ分裂も起こらないのか。それは驚異的なことで、そのこと自体研究のテーマとすべき事柄>だという。日蓮正宗と創価学会は別の宗教法人格であり、顕正会も別組織である。創価学会には<脱会した会員はいて、それは相当数にのぼるものの、集団で脱会し、新たな組織を作るまでにはいたらなかった。>
    その解明は今までなされたことはなく、本著作でも本格的にそれを論じるわけでは無いが、創価学会のお金の仕組みを明らかにすることで、<その解明に大きく貢献する>ことができると述べている。

    その結論として、島田氏は<余剰金が幹部に回らない仕組み>を創価学会が作り上げたことが、創価学会が分裂や分派しない主要な原因の一つであるとしている。

    どういうことかというと、まず、島田氏は、創価学会が日蓮正宗宗門と決別した後、宗門の堕落ぶりを痛烈に批判しているが、<日蓮正宗は創価学会に堕落させられた>と指摘している。
    この辺が、学者らしいですね(笑)それについて、以下に抜粋します。
    <日蓮正宗の僧侶たちが奢侈(贅沢で華美)な生活に流れたのは創価学会から湯水のように多額の金が流れていったからである。大石寺に参拝することは「登山」と呼ばれ、年間で平均して、登山者は180万人ほどにのぼった。参拝するたびに彼らは「開扉料」を支払った。その額は2000円だが、180万をかければ、36億円という額がはじき出される。個別の寺院についても、すでに述べたように万を超える檀家があり、(300人の檀家がいれば、一つの寺院は充分成り立つと別の項に書かれてます。)寺はその儀礼全般を担当するのだから、布施だけで相当な額にのぼった。それだけの収入があれば、僧侶の生活が奢侈(贅沢で華美)な方向に流れない方が不思議である。安定した、しかも膨大な資金源があるなかで、日蓮正宗は、次々と建物や寺院を建て、僧侶たちは華美な生活を送った。その点では、日蓮正宗の寺や僧侶は自分たちで堕落したわけではなく、創価学会によって堕落させられたとも言える。>

    これは学者の意見ですが、我々庶民からしたら、我々から巻き上げた金で一体なにやってんねん!と本当に憤りを感じずにはいられない事実です。これに続き、では創価学会の場合はどうなのかという内容が続きます。
    …②へ続く

  32. ②へ続くのか③に続くのか知りませんが、全く興味のない引用なので話を先に進めます。

    島田裕巳氏が何を言おうと、収支報告を会員に明かさないのは事実です。
    明かさないものを、学者先生が理屈をこねても何の興味ありませんよ。

    仰る通り、破門前は会員の莫大な浄財が宗門に渡ったでしょう。それが何か?
    収支報告はなぜ明かさないんでしょうか?
    毎度毎度のチンタラ引き延ばした引用は結構ですから、ショウさんの意見を自分の言葉で答えてもらえますか?

    宗門がどんな生活を送ってるのかは知りませんが、池田氏及び側近の納税額は調べれば出てきます。
    額を見てどう思いますか?

    質問がたまってますよ。
    明確にお答えくださいね。

  33. 口を挟むつもりはありませんでしたが、モニカさんの質問を徹底して無視し続けるショウさんの態度は、私に無理を言ってでもショウさんの話を聞こうとしてくれているモニカさんを完全にバカにしていると思います。このことは誰が見ても明らかにショウさんが質問をはぐらかし、話を先延ばしにしているとしか思えません。質問に答える気がないのであれば、はじめからそのように言うべきでしょう。ショウさんには対話に誠実に望もうと言う態度がまったくうかがえませんし、このまま続けてもモニカさんの徒労で終わりそうですので、これでおふたりの会話は打ち切ろうと思います。ショウさんも奥さんに睨まれたり、睡眠不足にならずにすみますからね。私としても、そうまでしてこんなくだらない話のお膳立てをしている暇はありません。モニカさんがこれだけ真剣に話を聞きましょうと言ってくれているのに、へらへら笑いながら「島田裕巳っていう学者はね、僕から言わせれば大したことないんだけどさぁ、こんなこと言ってんだよね〜」と、訊いてもいないことをベラベラしゃべって相手がどんな気持ちになるかもわからないんじゃ、対話などできるわけがありません。ショウさんは人と対話する気がないというより、対話の能力がないのだと判断しました。よって、最初に言っていた条件のとおり、これでお二人の対話は打ち切らせていただきます。また、ショウさんは、あと1回だけのコメントをもって出禁となります。最後に創価学会男子部本部長らしく、恨み言でも言い訳でも思う存分書いてけっこうです。創価学会男子部の最後の本音として受け取りましょう。それではおつかれさまでした。どこにいるかもわからない師匠池田先生についていって、師弟不二をまっとうしてください。さようなら。

  34. 【宗教学者・島田裕巳著『新宗教ビジネス』の要約②】
    まず、島田氏が、様々な事実を元に創価学会の収入を推計しますが、それは年間約「400億円」とのこと。
    国家予算並みとか、数千億円とか都市伝説をばら撒いたの一体誰や!と突っ込みたくなりますね。
    我々庶民には400億円と言われるとピンときませんが、これはたかだか「人口10万人規模の都市の予算」くらいの額です。この額で、500万人(大阪市二つ分)もの会員を擁する組織を支え、わずか千人あまりの職員でその膨大な事務作業を行っていることになります。「職員が全てやれ」という意見がありますが、会合運営や会館清掃など、会員さんのボランティアなくして創価学会は絶対に成り立ちません。
    私の計算によると、400億円は、職員の給与と会館の建設・維持費を差し引くと、そんなには残りません。

    創価学会の<余剰金が幹部に回らない仕組み>について、島田氏の言葉を以下に抜粋します。
    <一般に、組織の上層部は、余った金を自由に使うことができる。では、創価学会の会員の金は、池田名誉会長をはじめ、組織の幹部の手に入るのだろうか。それは、名誉会長や幹部たちが、日蓮正宗の僧侶たちと同様に、金まみれの堕落した生活を送ることに結びつく危険性がある。
    創価学会が賢明なのは、そこからである。創価学会では、余剰金が幹部に回らない仕組みが整えられているからである。
    まず、トップに君臨する池田名誉会長の場合である。会員たちは、池田の著作を買い、池田の記事が載った新聞や雑誌を購読する。そうである以上、池田には莫大な印税収入、原稿料収入が入るはずである。
    ところが、『現代』1980年4月号に掲載されたジャーナリストの内藤国夫によるインタビューで、池田は、「聖教新聞社からの出版物の印税は、いっさいいただいておりません。それ以外の出版社の場合、いちおういただきますが、税金を払った残りは大学や学園に寄付しております。」と語っていた。
    内藤は創価学会に批判的なジャーナリストで、何冊も創価学会批判の本を執筆していた。その内藤が、創価学会の資産形成に池田の印税の寄与が大きいことを前提とした上で話を聞いてる以上、池田の語っていることは事実と考えていいだろう。
    印税や原稿料は、いったん池田のもとに入る。だが、税務上の処理を行った後は、池田個人には入らず、全額が創価学会関係の組織に寄付される。創価大学や東京富士美術館などは、そうした池田の寄付によって設立されている。
    池田名誉会長には、創価学会の組織から月々一定の額が支払われている。その額は明らかではないが、決して多額ではないようだ。住居にかんしては、安全上の配慮で、創価学会の施設に住んでいるが、池田名誉会長は創価学会に対して、その分の家賃を支払っている。
    池田の私生活がいかなるものか、それを明らかにする情報はほとんどないが、唯一の例外がジャーナリストの児玉隆也によるルポタージュである。児玉は、田中角栄を追求したことで名高い。そのルポタージュは、池田家のつましい暮らしぶりを伝えている。(中略)これは大石寺に正本堂を建立した2年後のことで、創価学会の組織は今以上に活況を呈していた。組織が活発であれば、池田の著作も売れる。にもかかわらず、児玉のルポからは、ベストセラー作家にふさわしい生活ぶりは伝わってこない。>

    以上が、池田名誉会長のお金の事情に関しての『新宗教ビジネス』からの要約です。続く③では、学会職員のお金の事情についての要約をお伝えします。
    …③へ続く

    と、1時間以上かかって送信しようと思ったら、あれあれ??
    これで終わりと管理人さんからコメントが。
    まあ、こんなことだろうとは思ってました(笑)
    都合が悪くなると適当な理由つけて、出禁にし、そのあとに罵詈雑言を浴びせかけるパターンですね。
    了解です。私はもともとあなたのような卑怯な人間を軽蔑しているので、そうなるのはわかってました。
    趣味で絵を頑張る、素敵なおじさんを下に見て蔑むような、高尚な精神の持ち主ですから(笑)
    あなたには創価の信仰は必要ないと以前言いましたが、それは違います。
    あなたのような人間には、創価の信仰が向いてない、いや決して馴染まないってことです。

  35. ショウさん

    シニフィエさんからコメントが入っても入らなくても、あなたのアンサーは上記の内容だったわけですよね。
    私の質問には相変わらず何も答えていませんが。

    せっかくの引用文を紹介して下さったのでそれについてコメントするならば、
    「創価が収支報告を頑として明かさないおかげで、外部の人間までにこれが事実であるかのように本まで書かれているというのに、相変わらず一切を闇に隠していますね」
    ってとこでしょうか。

    あなたは本部長ですよね。
    多くの会員の人生を左右する立場にいながら、こんな無責任な団体を信じろといういい加減さが、私には信じられません。
    こんな不明瞭な部分を残したまま、多くに人の人生を簡単に巻き込む…思慮が足りず甘いことだと思いますね。
    一連のコメントを読んで、一貫して思ったのはそれです。

    信じるという信仰心に理屈はないのかもしれませんが、少なからずあなたは本部幹部です。
    自分一人の問題ではない、ということを考えて頂ければよいと思います。

    実際私の質問をここまでのらりくらりとかわし、スルーしながら、現場では部員さんとの電光石火の対応をしているというのでしょうか?
    私が部員なら、相当イライラしますね。

    この対話はショウさん宛てに書いていますが、同時にこれを見ている現役学会員さん、活動家に発信しています。
    あとの判断は読み手がされるものと思います。
    最初にあなたが

    >(私は)論理的思考を徹底的に学んでいるので、
    こんな流言を論破するなんて実際にたやすいことなんですよ。

    と仰ったことをを含め、しっかり判断していることと思いますよ。

    最後になりましたが私との対話にお付き合いくださり、本当にありがとうございました。

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