宗教ってなんだろう

自分のブログなのに、自分で自由に書けないというのも変なことになったなと、自分で苦笑してしまいました。ま、3日間だけなので、ここではお二人の対話には関係のないところでおしゃべりします(笑)。 このブログをやることで創価の問題をいろんな角度から考えていく機会になりました。それで私は自分にとっての宗教というものをどう考えたらいいのだろうと考えるようになりました。それは無理もない話で、今までは創価の教義が真理なんだと信じていたので、それ以上のことを考えようとしませんでした。まさに思考停止ですね。つまり「これこそが絶対の真理であり、これをやれば間違いなく幸せになれる」と子どもの頃から教えられたら、それ以外の宗教に興味をもつわけはないでしょう。さらに、これを疑ったら不幸になるとか、神社の鳥居をくぐっただけでも福運が消えるだなんて、いま考えたらバカバカしい話ですが、思考停止された頭にそんな恐怖心を植え付けられれば、大人であっても信じてしまうのでしょうね。たしかに学生のころは知識としての宗教や哲学は学びました。特に芸術を学ぶには宗教や哲学は欠かせません。私の大学時代の美術史担当教授は、インド仏教美術が専門で、私が大学院生のときには週1で教授室に呼ばれ、マンツーマンの授業でした。毎週レポートの宿題を出され、毎週教授の前で発表するというスタイルでしたので、否が応でもインドの仏教史に詳しくなりました。またその教授はしょっちゅうインドに調査に出かけていたので、文献では知ることのできないインド仏教の匂いのようなものを学ばせてもらいました。その教授は定年前に、ある美術館の館長になり、画期的な美術館運営をする名物館長として全国的に有名になりました。そんな恩師から教えられたにもかかわらず、ねっから創価脳だった私は、インド仏教美術をどこか上から目線で見ていたような気がします。いま考えたらとんでもない間違いでした。 それで思ったのですが、創価は他宗を否定すると同時に、芸術文化も否定し、人類が営々と積み上げてきた叡智をも蔑み、思考停止させてしまうとんでもない集団なのだということです。 私が学生時代に創価を信じていなければ、もっともっとあの教授からいろんなことをまなぶことができたんだろうなと思います。今さら悔しがってもしょうがないんですけどね。 で、思ったのは、創価学園ではどんな芸術や歴史の教育をしているんでしょう。仏陀やキリストの扱いはどうなんでしょう。鎌倉新仏教をどのように教えているんでしょうね。 念仏は無間地獄に堕ちるなんて教えてるんでしょうか(笑) 音楽教育はどうでしょう?教会音楽の価値を否定すれば、バッハもビバルディもモーツアルトも外道の音楽家でしかありません。 先日まで六本木ヒルズの森美術館でスペインの天才建築家ガウディの展覧会が開催されていました。もちろん私も見に行きました。素晴らしかったです。やはりなんと言ってもサグラダファミリアは圧巻でした。ご存じのように、サグラダファミリアは完成までに百年以上もかかる今だ建設途中のキリスト教会です。世界中の精鋭たちが結集して(もちろん日本からも)この人類史に残る偉大な建築を完成させようとしています。 http://www.youtube.com/watch?v=Q-MfO7sC_7U&sns=em そこでちょっと考えてみてください。もし創価の広宣流布がスペインにも広がったら(そんなことは1000%ありえないのですが)この人類遺産はとりこわされるのでしょうか。このまさに人類の叡智の結晶を「外道」の一言でなかったことにしてしまうのでしょうか。 私が覚醒に至った最大のきっかけは、この他の宗教哲学とそこから生まれる歴史文化を認めるる余地のない創価の教義に疑問を持ったことでした。このことを考えると、いつもイスラム原理主義タリバンが自分たちの教義のために破壊したバーミヤンの磨崖仏のことを思い出します。 http://www.nhk.or.jp/sekaiisan/library/sp/card/cards161.html 創価の目指す広宣流布とは自分たち以外の宗教文化は低いものとして扱い、信仰の妨げになるものは徹底して戦い叩き潰すことが慈悲なのだと信じ込ませます。まるっきりイスラム原理主義のジハードの考えかたです。いまこのブログに登場している滝山さんもこの創価原理主義の戦士に仕立て上げられた哀れな被害者です。もちろんショウさんもなんですが、これを言うとまた話のきっかけができたと大喜びして絡んできますから黙っておきましょう(笑)。 創価は金儲けが目的の詐欺団体なんですが、もちろんそれは大きな問題ですけど、もっと大きな問題は、会員を過激な創価原理主義の戦士にしてしまうことだと思います。創価には思考停止され創価脳に仕立てられ、池田氏のためなら死んでもいいとまで思わせる訓練機関があります。「お前は池田先生のために死ねるか」の世界です。私もあやうくそんな人間にさせられるところでした。オウム真理教の地下鉄サリン事件の実行犯と同じです。 思考停止、脅迫、異文化と芸術の否定、原理主義、戦闘集団、拝金主義、相互監視‥創価はこうしたネガティブな言葉でしか表せません。いったい創価のどこに未来があると言うのでしょう。

宗教ってなんだろう」への31件のフィードバック

  1. 素朴な疑問として、入会以来 覚醒するまで、取り替えたり返却された御本尊の処分はどのようにしているのか、不思議でした。先日のコメントで、どんどやきに混ぜて 焼却処分されたりしてるのかとか、貸倉庫に大量に保管されているのかとか、色々考えました。
    宇宙の法則が書かれた おそれ多きものを シュレッダー処理したり、焼却処分したり、人間が勝手に出来るのか 本当に疑問でした。
    覚醒してみれば、ただの金儲けのツールでしかないのだと、
    やっと気が付きました。
    そうでなければ、勝手にコピーしたり、模刻したり 出来ないはずですから。
    創価学会は、宗教の看板を借りて、合法的に脱税しながら 金儲けをしている、イケダセンセイの熱狂的ファンクラブです。
    宗教でない以上、内部からの宗教改革は あり得ませんし、金を納めなくなれば、ポイされて当たり前です。
    自分は、宗教も宗教団体もその存在を否定する立場ですが、
    本来の宗教とは、個人の自発的な意思を最優先するべきであり、戒律や教義や罰論などで ガチガチに縛ること自体、宗教の考え方から 明らかに逸脱していると思います。

  2. 宗教ってなんだろう
    いつかは誰もが考えることなんだろうけど、創価の問題に直面して(無論、オウムや他宗ののこともありますが)改めて深く考えなければいけないのではないでしょうか
    シニフィエさんは芸術家としてのお立場から豊富な知識で宗教と芸術をわかりやすく私たちに教示されていることをとても感謝しています

    わたしもシニフィエさんと同じような考えを小学校のころから持ってましたね、そんな方はたくさんいらっしゃったのではないでしょうか
    広宣流布するとキリスト教会も像も、邪宗の寺も仏像もみんななくなるのかな~って、そしてコーラス部でコンクールに出たあのキリストを讃える歌も無くなるのかな~、いろんなこと考えましたね

    そして成人してから幹部に質問したり、青年部仲間といろいろ話し合ったりしましたね

    そりゃ~君、芸術は芸術として残しておくと思うよ
    いや、一闡提はぜ~んぶ謗法払いするんだよ、
    いろいろ話は出ましたが結局のところ誰も知らなかったですね

    社会人になって海外旅行に行って、初めて教会や、ダビンチ、ミケランジェロの実物の絵画や彫刻、荘厳な教会を見て
    これらすべてのものに圧倒され体が固まって震えが来るほど感動しました
    これら全部を否定する学会ってと、思わず苦笑しましたよ。
    世間知らず、世の中知らず、世界知らず、井の中の蛙、あ~~っ、もう嫌

    芸術は芸術として残しておくなんて全くの無知だったんですね
    まぁ、今から考えるとアホですね
    今でもそんなことほざいてる無知幹部居るのんと違いまっか
    作品に思想、信条の思いがあらわされているいうのに
    何のために美術館もっとるんや?
    まあ、これも会員動員する金儲け?

    シニフィエさんのような文章力ないのがもどかしい あ~~もう嫌
    思ってることがうまく書けず少しずれたほうに、スマン

    もっと言いたいことあるけど又にします。それで自分の思う結論やけど
    宗教をよく扱うも、悪く利用するのも人間

      創価に未来はありません チャン、チャン~~♪ (-_-;) m(_ _)m

    あ、忘れてましたが、私が話した反創価の幹部も、ベートーベンの第九はダメだと言ってましたね。私はなぜ第九がダメなのかお尋ねしたところ
    音楽というのは人の心に奥深く入って心を動かすものだからと

    戦いを鼓舞するためにかかれた軍歌もそうでしたからね
    みなさん学会歌というのは、軍歌の替え歌が多かったことを知ってました?

  3. サラマンダラさん

    日本男児の歌は戦陣訓の歌ですもんね。

    日本男児と 生まれ来て
    戦さの場(にわ)に 立つからは
    名をこそ惜しめ 武士(つわもの)よ
      ■散るべき時に 清く散り
      ■御国(みくに)に薫れ桜花

    最近入会した人で、学会の事を戦争反対を貫いた
    平和団体だと思ってる人は、卒倒するのでしょうか笑

    戦争反対なんかしてないからこそ、この歌を学会歌に
    できたんですよ。

  4. signifieさん、対話の管理お疲れさまでした。

    宗教とはなんだろ。。。一つの哲学、幸せになるための自分の信条(かる~く、モットーとかそういう類で)。自身を豊かにしていくこと。

    幸せにならなければ宗教じゃないと教えてこられました。(もちろん創価で)
    でも創価の人たち幸せになっていない。人間的にもひどくなっていくばかり。

    もうそれ自体宗教じゃないです。

    先に登場した、ショウって人が代表的な創価人格だと思います。

    スペインのサグラダファミリア、完成するまでに行ってみたいと思います。
    あ、そういえば、学会員って世間が狭いのは、会員同士でしか交流しないって言うのと、あと、時間がないから旅行にも行かない、まして海外なんて行かないから(財務でお金がないってのもあるし)本当に世間知らず。

    海外に行けば、中世の教会や古い建物、美術品とか、世界の知らない動きを見て、勉強になること多いのに。

    視野を広げていくのも宗教に必要だと思うのですけど。
    創価は頑張れば頑張るほど視野が狭くなっていくと思います。

    もう、その現象だけでも宗教と言えないと思います。

  5. モニカさん、大きなプレッシャーのなかでの 見事なお仕事、
    大変にお疲れ様でした。
    本当に ありがとうございました。
    今回の件で、これから たくさんの方々の覚醒につながると思います。
    あなたを 誇りに思います。
    (^_^)v

    signifieさん、この対話に対する あなたのスタンスが理解できました。お疲れ様でした。

    彼の最後の言葉が 全てを物語っていますね。
    選民主義の独善思想。イケダDNAです。
    アルカイダやイスラム国やオウム信者も、彼と同じような心理状態から、一連の残虐なテロ行為を行ったのでしょう。

    さて、また今週から 粛々と自らのなすべき仕事をこなしていきます。
    なんか、スッキリしましたね。
    (^_^)

  6. 彼もまたコントロールされた人間ロボット

    哀れを感じても憎しみは微塵も感じませんね

    学会員さん、外から見れば皆さんからそんな目で見られていることを知ってください。世界平和を願い人を幸せにする団体だなんて誰も思ってなんかいないのですから
    カリスマ親分もお隠れになり創価の時代はとっくに終わっているんですよ

    彼の(ショウさん)の残された偉大な足跡は間違いなく多くの会員を覚醒に導くでショウ 誠にお疲れ様でした m(_ _)m

  7. シニフィエさんモニカさん、そしてショウさん。。お疲れさまでした。

    わたくしは、ショウさんは、そもそもここに集まる創価学会に疑問をいだきはじめた活動家に対して発信しているのだろうと見ていたので、それもありなん、と思っていました。
    なので、いろいろなところから引用して不信感を払拭したいと思われたのでしょうけれど、そもそもこの場に登場した時から平然と嘘をつき、そのあとも何の心の痛みも感じていないような再登場のショウさんが、いくら言われても正直、すべてが胡散臭く感じられてしまいました。

    ご家族の役職まで聞きもしないのに述べていましたが、多分、それも嘘なのだろうな、と思えたし。。そもそもショウさんの本部長といっているのも胡散臭い。そう思われてしまうのも仕方ないですよね。。?違いますか。。?

    そのときにショウさんは。。。「私は新聞を2部とっている。。」というように述べられていましたが、だったら?奥さんは何部とっているんだ?と突っ込みを入れたくなりました。

    家族で他部数をとっているなんて聖教新聞だけですよね?他の朝日でも毎日でも他部数をとられている世帯がそれだけあるでしょうか。。?
    世間からみたら、とても非常識なことをしれっとおっしゃる。

    また、すごくひっかかった言葉があります。。
    それは。。
    「ところで、最高幹部に対する追及がヤクザのようだというご指摘に対しては、まずはざっくり答えさせていただきます。
    驚かれるでしょうが、私の考えではあれくらいが『適正です』」
    と言われたところです。

    驚きましたね~。。

    だから、全国の学会員が反逆者とあげつらい、会館で自宅で反逆者に対して呪の祈りを一斉に行っても当然のこと、というわけなんですね。

    これこそが『学会正義』であると。。?

    信仰者として如何なものでしょう。。?

    創価学会に敵対?(ただ真実を暴露しただけなのに。。)した輩は地獄に落とすまで追求するのだ。。
    。。って、それって。。。

    怖いですね~。。
    創価学会に染まると、こんな思考も平気でするようになってしまうんですね~。

    自爆テロをおこしたひとたちと、どこがどう違うのでしょうか。。?
    基本的思考回路は同じぢゃありませんか。。?

    それから、創価学会の資産は数百億?ですか。。???
    それも嘘つきショウさんが語ると、正直いって心底信じられませんね。。

    信じていただきたいのなら、創価学会が正式な収支をあきらかに公表するまでは、とても信じられはしないですよ。

    何故、公表しないのか。。?
    そこをお聞きしたかったわけなんですが。。

  8. こんにちは、脱会したときに、今からの人生の中で何かどうにもならないことが起こった時に心の拠り所としてまたご本尊が必要になることがあるからご本尊は持っていたほうがいいと言われました。人生これから先、本当に何があるかわかりません、いろいろな事件や災害をニュースで見ているとつらくなるし、もし自分がそうなればどうだろうかと、やはり昔は心配でご本尊だけはと思っていたこともあります・・しかし、ご本尊を持っていても、立派な仏壇を持っていても、活動をしていても、避けられない不幸な出来事に遭遇します。その時にこのご本尊で乗り切れるかと考えたら、私はこれでは乗り切れないと確信したので、脱会しました。それなら何で乗り越えていくのか、そういう不幸な事態になった時は自分でまず受け止める目をそらさないで受け止める、そして自分を信じて家族を信じてそのつらさに耐えて行こうと覚悟が出来ました。というか腹をくくったというか・・大げさかもしれませんが、そのくらいの覚悟がないと、脱会は、私には無理でした。
    私にとって宗教とは自分を縛るものでしかないものでした。
    モニカさんはじめまして・・ショウさんとの会話、本当にお疲れ様でした。何も明確な回答がなく、がっかりで、説得力は0でした。しかしショウさんの学会らしさを(笑)再度確認できたことはよかったです。ありがとうございました。

  9. 一連の対話を見守ってくれた皆様、ありがとうございました。

    対話をしていて思ったのは、活動家も様々な矛盾や疑問を感じている。
    それを必死で打ち消そうと、多くの書物や情報を読み、懸命に自分を納得させているということです。
    なぜそこまでして必死で虚勢を張ろうとするのか?

    裏を返すとこの宗教を失うと不安で不安でいられないんでしょうねえ。

    あるブログで読んだんですが、ご主人が信心反対で夜の会合に出られない奥さんがその間中 
    「こんなことしてる間にせっかくの福運のチャンスをみすみす逃してしまう。ああ勿体ない」
    と時計の針ばかりみて落ち着かないそうです。

    皆さんこんな心理なんじゃないんですか?

    大丈夫、大丈夫、大丈夫だから。
    そんなふうに思わなくても幸せになれるから。
    と言ってあげたいですね。

    「この信心じゃないと」宿命は転換できない!
    幸せになるのは「これしかない!」
    「他では無理なんだ!」
    この教えがこびりついてるんでしょうね。

    すーぅ(息を吸って)
    そんなこと、ないですから~~~~~~~~~っ!!

  10. はじめまして。
    現在、地区リーダーをしております30代、現在も日々の活動はしています。
    入会は自らの意思で成人してからです。
    活動は積極的に行ってきましたが疑問点が多く、信頼をしていた人の裏切りとも受け取れる行動により、さらに疑問が湧き、このブログにたどりつきました。
    このブログを見るまでは、疑問点が湧く事に対しての罪の意識や、自分が頭がおかしいんじゃないかという事に悩まされ、不眠が続くといった、体に影響を及ぼすまでになっており、このブログに出会えて「自分はおかしくなかったんだ。」と感じる事ができました。(まだ完全には無くなってませんが…)
    シニフィエさん、ありがとうございました。楽になりました…
    そうは言いながらも、ショウさん、あなたは私の少なくなった希望の光でもあったんです。
    それを見事に裏切ってくれましたね。私の身に起こった出来事によく似ていますよ。「欺き」そのような人が多いんですね。
    「振る舞い」が大事なんじゃないんですか?誰にでも仏性があり、相手の幸せを願うんじゃないんですか?世界平和?不軽菩薩?全く違いますね。シニフィエさん、モニカさんをはじめ、このブログに関わる人々を、「創価学会、創価班団長」の名前をかかげながら、欺き、最後には聞くに堪えない捨てゼリフを吐き去って行きました。出禁のようなのでもう目にすることはないようですが、あなたは沢山のメンバーを抱えてらっしゃる身でもありますから、組織改革よりも、メンバーに対しての振る舞いに気をつけてあげて下さい。みんなは上の役職には意見し辛いんです。憶測で大変失礼ですが、どうか押さえつけだけはやめてあげてください。
    私は地区リーダーです。ショウ本部長よろしくお願いします。
    生まれて初めて、こういう投稿をしました。見苦しい点ありましたら申し訳ありません。最初で最後にいたします、メンタルの消費も激しいので…
    シニフィエさん、テーマとも違いますが、よろしければ承認下さい。

  11. 「両方聞いて 下知をなせ」
    今回の 二人の対話を見守っているなかで、このことの重要性を痛感しました。
    創価学会の世界では、「謗法」という言葉を巧みに利用して、反対の立場にある人の意見や価値観を 頭から否定します。
    情報をコントロールしながら、聖教新聞や創価新報や大白蓮華や『人間革命』、さまざまな会合や座談会や協議会…etc.
    などによって思考停止させ、 自らの頭で考えることに恐怖を与えます。
    「イケダセンセイは、……と言っておられます。」
    「日蓮大聖人は、……このように行動されました。」
    「人間革命には、こう書かれています。」
    「御書には、……とあります。」
    「先日の聖教新聞の体験談では、……がありました。」
    反対の立場にある人の意見や、価値観で考える余地などありません。
    したがって、そうした世界のなかで 長い期間を過ごしてきた人間にとって、こちらの当たり前の理屈が理解出来ないのは、ある意味 仕方がないことなのです。
    思考回路が置き換えられているが故に、限りなく不可能に近い挑戦だったのかも知れません。
    モニカさんは、今回の対話でその事実を明らかにしてくれました。

    宗教とは、トレーニング施設やリハビリ施設みたいなものだと思います。(創価学会は、宗教団体ではありませんが。)
    ある一定期間、そのなかで過ごし、いつかは世の中に自分の力で復帰しなければなりません。
    つまり、自分自身のニュートラルな頭で考え、行動し、体験し、学ばねばなりません。
    いつまでも、そうした施設に居続けることは出来ないのです。自分自身の価値観や人生観にたどり着く必要があります。
    でも、それには責任が伴います。間違った判断や決断をしないために、つねに物事に対して真剣に取り組み、学び続けていく姿勢が求められます。
    人間の人生とは、そうした一日一日の積み重ねです。
    創価学会を棄てて 10年余り。
    自分自身の頭で考え、行動し、体験し、学び続けている毎日が新鮮で充実しています。
    今の人生に、一ミリの後悔もありません。
    幸せです。
    (o^-^o)

  12. 創価の疑問を幹部にぶつけると
    幹部はおもむろに、ものさしを取り出します。
    そのものさしは、メモリのゼロのスタート地点が「創価は正しい」から始まります。それは絶対的な基準。

    スタート地点が「創価は正しい」ですから、違うことを言うと否定されます。
    何を言っても、出発点にそのものさしを当てて「創価は正しい」から計ります。
    「違いますね、違いますね、これも違いますね…」
    このものさしを当てる限り、何を言っても否定されます。
    合いません。
    何を持ってきても合いません。

    そのモノサシ、ちょっとの間手放しませんか?
    もう身体の一部、頭の一部なのかもしれませんが、ふつうは皆、そんなもの持ってないよ。
    なくても大丈夫だよ。
    生まれつきもった頭があって、それを柔軟に使っていたらちゃんと頭で計れるよ。
    もっともっと、広い世界も計れますよ。

  13. kenさんはじめまして。
    ぜひ、「醒めた目」で見ていた客観的な学会に関して、
    バリ活の親戚を見ていて思ったこと、
    いやいやながら参加していた会合などで「え?」と思ったことがあれば
    教えてほしいと思います。よろしくお願いします。

  14. 創価の財務に対して非難の意味をこめてジョークをひとつ。
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    創価学会の幹部の誤算(ジョーク)」  
    毎年、創価学会では、会員から財務という名の献金を求めている。
    今年もその季節が、やってきた。 会員は、家計が、苦しいことを理由に、
    財務を断わるつもりでいたが、創価学会幹部は、お金がないなら、
    私が、貸してあげるといって納得しない。

    >財務をすると、考えられない功徳が得られるのよ。

    >財務をさせてもらえることに、感謝しなさい。

    >私は、あなたに、お金に困らない原因をつむために、
     財務の修行の大事さを説明しているのよ。財務は、心を込めて、
     自分の限界に挑戦するのよなんて、説得されること数時間。

    とうとう、銀行で創価学会幹部から100万円借りるはめになった。

    創価学会幹部から、100万円を受け取ったちょうどその時、数人の武装グループが押し いってきて、ひとりは窓口に突進、別のひとりは、入り口を監視、もうひとり はフロアの真ん中に立って怒鳴った。

    「よし! ぜんいん壁にむかって立 て。持ち物をすべて出すんだ。
    金目のものはすべて、時計も、財布もだ」

    ちょうどそのとき会員は、創価学会の幹部の手に何かを握らせた。

    「なんだこれは?」と、握らされた創価学会幹部は手を見るそぶりもなく聞いた。

    創価学会員は、ぼそっとつぶやいた。

    お前から借りてた100万円だよ
     

  15. モニカさん、大変にお疲れ様でした。 ショウさんもね。

    創価脳の人は、どうして自分の考えや意見を自分自身でのべることが、できないんでしょう。という私もあの頃は、創価から埋め込まれた(マニュアル)ありったけの知識で、相手と対立して、分からないことを責められると、言葉に詰まり、「それは分からないから、先輩にきいてみます」とスルーしたりしたけど、ショウさんも一緒のパターンになっていたことに驚きです。

    宗教ってなんだろうで思い出しました。私は三世で、宗教は創価しか知らない、他の宗教に興味はあったけど、知ろうとすると「見てはいけない、知っては行けない、邪宗」と自分自身でストップかけてました。
    私は、宗教って、病気が治る!大きな怪我などから守られる!夢が叶う!など、「題目の力」を重要視してました。宗教ってそういうものだと思ってました。池田先生の指導は、人生の糧になっていたことも事実ですが、
    それも、お得意の引用ばかりと気づいて、覚めていきましたが。

    女子部時代に、重い精神疾患をもつ友人がいました。生活はできるんだけど、一般の仕事はできず、自殺未遂も何回も。
    私は、心から救ってあげたいと願い、セミナーにきてもらったり、新聞もとってくれたことも、選挙はいつもこころよく(公明党)に入れてくれる子でした。ある時、婦人部に折伏したいです!と相談したら、
    なんと、「あの子?精神疾患がある子はダメだよ」と言われたのです。
    はぁ?どんな病気も治るんじゃ?誰でも救える正しい宗教じゃ?

    隣の支部で町では有名な精神疾患をもっていて徘徊する人が、折伏されました。その時も「誰があの人折伏したの?」です。

    私の地区にも、重い精神疾患をもつ婦人部がいました。
    彼女は、真剣に病気を治したいと祈っていて、活動もしっかりやってました。私の家が拠点だった頃、座談会で「薬の量が減ってきた、信心のおかげ~」と体験発表をした直後、緊張から発作がでて救急車呼んだことがあります。それを回りは、一番心配したのは、ご近所の目!!
    母が電話していると、婦人部が「サイレンは消してきてといってね」と。
    確かに、夜だし我が家に救急車きたら、家の誰かが?と近所に心配かけるし、配慮?私には、みんなの心の声「マズイこったな」聞こえました。
    空気が明らかにそうでした。

    この3つの体験に、どんな人でも救える、病気も治すことができる宗教といっておきながら、差別的なところに怒りを感じました。
    婦人部長に「どうしてですか?」と聞きました。
    それは「精神疾患を持っている人がもし何か起こしてしまったら、創価に傷がつくのよ、組織を乱してしまったら大変よ、凛々子さんが祈ってあげましょう」とのことでした。
    残念な私は、じゃ、友人を救えないの?私が祈ってあげればいいの?どうしたらいいのかわからなくなり、そのまま思考停止してました(泣)
    なんとか、彼女に功徳と福運つけてもらいたく、選挙は頼み、セミナーにもまた誘ったり、入会しなくてもなんとかならないか?自分なりの行動をとってました。
    その後、友人は結婚したけど、精神疾患からか私と旦那さんが浮気してると妄想し、症状がひどくなり1年間入院し、旦那さんは離婚。
    退院後に会いにいったら、友人はそんなことすっかり忘れていました。
    実は入院中に子供が産まれてます。
    しかし、子育ては親に頼りぱなしで、自分は男と遊び次から次へ。
    親には「凛々子と遊びに出かけていることにしてね」と頼まれる始末。
    やはり、友人を折伏したら、創価に傷つくのかな、と悩んでいました。
    そのうち、私も結婚して会う機会も減りつつ、選挙の時だけ会いに行ってましたが、私より彼氏優先、私にも子供ができると会いに行くのも難しくなり、電話だけになり、昨年、とうとう「また選挙?あっそう」っと電話を切られ、縁も切れてしまいました。

    彼女のこと悪くいっているのではないです。誤解しないでください。
    私は、本当に救いたかったの、すごく心配でした。この正しい宗教で、絶対に願いが叶う!という宗教をもっていた私しか救えないと本気で信じていたから。
    彼女の行動の原因は、母親がいなくて一人っ子で父と祖父母と暮らしている。高校の時、ひどい虐めにあい中退したと聞いていたこと。自虐行為があること、複雑な環境や精神疾患などからのせいと思ってます。
    婦人部のあの言葉がひっかかって、折伏に踏み込めないまま、縁も切れてしまい、挙げ句には、創価の実態を知り、誰も救えない宗教だった。いや宗教でも何でもないものだったなんて・・・

    この体験も本当に本当に事実です。
    なぜ、あの時、生命尊厳、人権尊厳、と言いながら、差別的なことを言われたのか、もっと考えればよかったと、今では後悔しかないです。
    シニフィエさんのブログに出会い、宗教ってもっと深いもので、パワーストーンとか水晶とか、これを持っていれば絶対願いは叶う!神社にお参りして祈願してとか、そんなレベルではないことを知りました。
    ショウさんがいう、師弟不二に徹して行けば、友人も救えたの?
    誰かを折伏したい、と思った時、いつも、折伏したとして創価に入会してどうやって救われるのか?と考えてました。
    借金があり、金貸してといってくる友人もいて、折伏したいと思ってました。お金にだらしない、借金も自業自得。きつく言わないとすぐに返してくれないし、でも、苦労しているし救ってあげたいと本気で思ってました。
    また創価に傷つくことしないか?と考えるようになってました。
    私まで、差別的な考えをもつようになって、悩んだ時期がありました。
    今では、その友人に「金の切れ目は縁の切れ目、金は貸しません」と、
    はっきり言いました。

    シニフィエさん、
    文章に自信ないので、文面だけでは伝わりにくいし、このような投稿して大丈夫ですか?いろいろな方々が読んでいらっしゃるので、失礼があってはと思うと気をつけないといけませんね(汗)

  16. 凛々子さん、ものすごく説得力のあるコメントだと思います。ありがとうございます。

    創価学会の善悪の規準は、つまり
    「組織にとって、都合が良いか悪いか」ですね。
    苦しんでいる人を 本気で救おうとか、世界の紛争や戦争を止めさせて 平和を築こうとか、単なる嘘の宣伝文句です。

    アンチの我々の行動と、彼等の行動と どちらが人類に有益なものなのか、歴史が完璧に証明します。
    何一つ、心配する必要はありません。

  17. 皆さん、たくさんのコメントありがとうございます。
    モニカさん、ショウさんとの対話をああいったかたちで打ち切ることになってしまってすみませんでした。モニカさんにはあらかじめお伝えしてましたように、あれはいっこうに対話に向きあおうとしないショウさんへの「ゆさぶり」でした。もちろん、このまま終わる可能性もありましたので、それも含めての確認だったわけですが、それにしても、ショウさんはあまりにみっともない最後を飾ってしまいました。私は最後に一回だけコメントの機会をもうけましたが、それはせめて最後ぐらいは本当の気持ちを語ってくれるんじゃないだろうかという思いがあっての、私なりに彼に最後の花道をつくったつもりでした。しかし彼はそんなことは全く思いもしなかったようで、私が都合が悪くなって一方的に打ち切ったみたいな捨てゼリフを吐いて、意外にもあっさり去って行きました。私のなにをもって都合がわるくなったと思ったのかさっぱりわかりませんし、常にモニカさんの質問をスルーし、わけのわからない言い訳しかできなかった彼が、途中からなんとも哀れになって、私は途中から「そこまでして創価学会に泥を塗り続けるのは何かわけがあるんじゃないか」と言ってきました。それほど彼の言動が矛盾していたのは皆さんも感じていたことと思います。モニカさんの質問がとても的を射ていたので、彼の立場からすればまともに答えようがなかったのかもしれませんが、それにしてもあのあまりに子どもじみた返答は悲しさしか出てきませんでした。あのままモニカさんが質問の的を絞っていったとしても(実際にかなり絞ったのですが)、おそらくあのまま彼は論点をずらし続けて、まともな対話にはたどりつけなかったと思います。ですから私としてはある意味、賭けのつもりで「打ち切りというゆさぶり」をかけました。それでもう少しまともに人と向き合うことがどういうことかに気がついてくれればという気持ちでした。またたとえ対話を終わらせるにしても、彼が本気で創価学会に救われた恩返しの気持ちでアンチを批判しているんだということを訴えるのであれば、まだ彼の気持ちが理解される余地はあったと思います。しかし彼はそれさえやらずに、喧嘩に負けた子どもが悔しまぎれに言うような捨てゼリフしかはけなかったのは、本当に残念でした。彼の名誉のために用意された最後の花道まで蹴散らして、彼は最後まで自分がいる場所さえわからないまま、これまでこのブログに来て、悔しまぎれの捨てゼリフを吐いて去った活動家とまったく同じように、これ以上はないだろうと思うほどのみっともなさで去っていきました。
    彼が去ってからまる一日、私が何もコメントしなかったのは、もしかしたら彼が本音を書いてくるんじゃないかといったわずかな望みがあって、今回のモニカさんとの対話のまとめをする気になれないでいたのです。
    でも結局彼もこれまで訪れた創価脳の鉄砲玉だったということなんだと思います。
    彼が若くして人生の困難にぶつかり折れそうになったとき、そこに大きな口をあけて待っていたのが創価学会だったのでしょう。人の弱みにつけこんて独善的な教義を使い盲目的な信者に仕立て上げ、お金を搾取しながら組織を大きくしていく。創価学会は病人と貧乏人ばかりだったというのは、そうした組織拡大のからくりがあったからです。昔はとにかくどんな人間でも会員にしました。ある程度社会的な批判をかわせなくなってからは、精神疾患や暴力団関係者は排除するようになりました。もちろん単なる組織維持のためであり、そこに大乗仏教の理念などかけらもありません。それ以前に創価はショウさんのように人の痛みを理解しえないような人間を大量につくりあげていることの社会的責任をとらなければならないのだと痛切に感じました。彼はここでウソばかりつきながら、人を蔑み、揚げ足をとってはあざ笑い、人の質問や勧告は徹底して無視するという、人ととして最低の行ないを続けたわけで、それでもいっこうに悪びれる様子もない、ある意味恐るべき人格があきらかになったわけで、これは彼が特別ではなく、創価に出会ってしまったからこその悲惨な実態であり、悲しい現実なのだと思います。
    創価学会は私の両親も含めて、師弟不二という思考停止と絶対服従という、およそ仏教から遠く離れた理念を植え付けられて使い捨てにされてきた学会員によって今日があります。ショウさんもまたそのような大勢のほんの一人にすぎません。創価学会はこのようなたくさんのショウさんで成り立っているという現実を、私たちは今回の対話にならなかった対話によって学ばなければならないと思います。そういう意味では決して無駄ではなかったと思っています。ショウさんはこのブログで、まさに創価学会のリアルを全国に発信してくれたことに感謝します。そして耐え難いほどの不毛な対話に果敢に挑んでいただいたモニカさんにはほんとうに感謝します。ありがとうございました。また、対話を紳士的に見守っていただいた皆様にも感謝します。ありがとうございました。これでショウさんに関することはすべて終了とさせていただきます。

  18. おはようごさいます。
    モニカさん 対話お疲れ様でした。

    シニフィエさんが懸念していた通り対話にはなりませんでしたね。

    ショウさんのスタンスは相手の話はスルーして、対話というより自説を一方的に展開して勝利をおさめる(勝った気分になる)ことだったんでしょうか。

    対話の問いかけが余りにも的を得ていて勝ち目がないと見るや今度は負けない(負けなかったと思いたいだけ)ために論点をずらす。

    対話打ちきりを幸いに上から目線で捨て台詞を吐いてよしもと新喜劇並のお笑い退場

    対話から何かを産み出そうとするモニカさんを相手に、勝つこと、負けないことに囚われて自己顕示欲を満足させるためにきゅうきゅうしているショウさんの姿が印象的でした。

    とはいえ、この対話がショウさんがいつの日か気づきを得るときの糧になればと願っています。

  19. 小さいころから言われ続けて信じてきた思い込みの数々。

    ・特定の宗教を持たないと根なし草のような人生を送る。
    ・正しい宗教でないと本当の幸福にはなれない。
    ・宗教と言うのはただの気休めではなく宿命を変える力を持つものが真の宗教である。
    ・正しい教えであっても、正しい師匠について実践しなければ誤った方向にいってしまう。
    ・日本人は宗教に関して節操がない。(特定の信仰を持ってる人から見れば確かにそうだと思いますが)
    ・正しい宗教は迫害にあう。(だから学会は正しいのだ!)
    ・ご先祖様に祈ったって意味がない。生前悩んだり間違いをおかしたりした普通の人間が死んだ後に生きてる自分たちを救う力を持ってるはずがない。
    (ご先祖様を敬うという気持ちが皆無。手を合わせる=願いを叶える為の祈りという先入観。感謝とかご挨拶という発想がなかった。)

    とりあえず今思いついた分書いてみました。

  20. なんだか出遅れてしまった…またよければお邪魔させて下さい、そしてお疲れさまでした、3連休最後の休日またまた台風ですが、よい休日をお過ごしになれますよう願っています。

    いまさらですが、島田氏は最後までオウム擁護よりでいらしたですよね。
    被害者の立場に寄り添うことはできない人だなあという印象でした。そしていまでは創価学会はオウムを意識しながら活動しているんだなあと、今回の件であらためて感じました。
    こんな状況では、草創期からのメンバーの思いとはかけ離れた団体になっていき、まともに政党支持なんかできないと思います。
    静かに手を離れていくしか、しようがないのではないでしょうか

  21. 10年以上前のことですが、女子部の頃同じ本部の部員さんが、いつも会館で会合があるたび、ギリギリになって「体調が悪いので休みます」と、ドタキャンされていました。
    自宅を女子部の会合に提供してくださっていて、とても信心のある方でした。でも、会館にはほとんど来ませんでした。
    みんな、なんでだろうね~、と話していました。仕事もされていなかったので・・・

    何年か経って、その部員さんから聞いたのですが、パニック障害だったことが分かったそうです。その部員さんは、本部長や女子部の先輩など誰にも相談できず、苦しんでいたんだと思います。
    ご両親が熱心な会員で、
    「信心で治る、お題目で治る」と、心療内科に通うことに反対されていたみたいです。その部員さんは、泣きながら
    「信心もしっかりする、お題目もあげる。だけど、病院にも通いたい。」と、お母様に訴えたそうです。
    その当時、ネットもあまり普及していなかったので、パニック障害って、なんだろう?と、本人も私たちもあまり詳しく知りませんでした。

    心療内科で、病名がはっきりしたことで、心底ホッとしたそうです。いつ起こるか分からない原因不明の発作はかなりの恐怖だったと思います。

    凛々子さんのコメントでこの話をふと思い出したのですが、熱心な学会員の娘さんが心療内科に通うことが、近所の目もありまずかったのかな・・・と思ってしまいました。座談会などに自宅を提供されていましたので。

    とにかく学会は一人を大切に、と言いながら精神疾患のある人には、優しくない組織だと思います。

  22. 幹部に昔聞いたんですが、精神疾患の人は、自分で題目あげても治らないらしいです。精神疾患の場合は周りが題目あげて治るんだよ、って。
    なんだかその指導に違和感を感じてました。
    なんでも叶う題目なのに??自分が祈って治らない?
    精神疾患だけ周りが祈らないと治らない?
    その根拠がわからん。その当時は質問することも勇気のない時代だったので
    質問しなかったのですが・・・。その根拠を教えてもらいたいです。現役幹部に。
    どうせ質問にまともに答える幹部はいないと思いますが。
    聞いてもキチガイ扱いされるだけだし。

  23. 司馬さん、コメントありがとうございます。

    創価ってよく、言論戦で勝てと言いますよね。
    その勝ち負けの意味がわかりません。
    「勝つ」ことが目的なら、最初から相手の言うことなんか否定するために聞いてることになります。
    なるほどと、相手から納得することなど有りえないことになります。
    今の自分は最高で、もう新たに学ぶことなんてないことになります。
    相手を否定して自分の考えで言いくるめることしか残ってない、ということになります。

    これは非常に損なことだと思いませんか?

    私はこのブログで、なるほど!と思うことがいっぱいありました。
    自分の考えなど、否定されることがあったら喜んで否定しましたよ。
    今までの自分の概念が覆って、もっともっと納得させられることがあるなんてすばらしいではないですか。
    是非とも、自分の考えにはないことを知りたいと思いました。

    創価の皆さん、自分はもう誰も覆せない完璧な哲学を知ってる、なんて世界が狭すぎます。
    そう自分が思いこんでることと、実際にそうであることは別です。
    それにはまず、勝ち負けなんて概念を捨てることです。
    そんなことはくだらないですよ。

    言論戦ではなくて対話をすれば、もっと世界が広がりますよ。

  24. メガネさん、ナイスです。

    これはさっき書いた

    >そう自分が思いこんでることと、実際にそうであることは別です。

    の典型的な例ですよね。

    自分の信じる教えが絶対的に正しいありきで、他の考えは否定するためにある、と思ってるうちは、対話しても意味はないでしょうね。

  25. こんにちは、私も病院でも治らない病気は(精神疾患は特に)このご本尊しかないんだと聞いていて、最近は、精神疾患はお題目を唱えないほうがいいと聞きました。???でした。なんか、良くいろんな内容や指導が、がころころと変わりますよね、みなさん、おかしいと思わないんですかね・・・。

  26. ごぶさたしています。創大出身の非活中の名前だけ男子部です。
    モニカさん、signifieさん、おつかれさまでした。
    モニカさんの定規のたとえのように、間違い、少なくとも相手が疑問をもっていることを認めてそれに答えることからが対話だと思います。
    しかし、熱烈な創価の人は自説(と思っているもの)を主張するだけで、相手の土俵に降りることができませんね。
    対話の名人の定義が私とは違うようですね。(笑)

    でも、昔の私も人から見たらこう映っていたかと思うと冷や汗が出ます。

    >凛々子さん
    はじめまして。ご経験を読ませていただいてとても感じるものがありました。
    自分で言うのもなんですが、私も純粋に相手の幸せを願っていた気持ちも自分の知恵や知識不足で利用されていたんだなぁとつくづく思います。

    本部職員や活動家でも心の病で休職する人が多いらしく、自分の友人でもいました。
    良識ある幹部の指導によると「心の病がある時は題目や活動をしちゃいけないんだよ。」とのことです。
    最初聞いたときには理由はわかりませんが、納得のあまり笑ってしまいました。
    どんな病気も治せる信心。(笑)

    話がずれますが、先日久しぶりに突撃家庭訪問を受けました。

    相手:「突然すみません。」

    私:「ええ、本当に突然ですね。」

    終了。(笑)
    もうそろそろ脱会へ向けて具体的な行動を起こそうと思いました。

  27. モニカさんとショウさんの対話 によって、創価学会が宗教団体ではなく
    破壊的カルトであるとの確信がさらに深まったので、再確認の意味もふくめて
    カルトの定義についてコメントいたします。
    かつて常連さんが、このことをコメントされていた覚えがあります。
    一部 重複しますがお許しください。
    マイケル・シューマー(サイエンスライタ-)による カルトの特徴について

    指導者に対する崇拝
       聖人、あるいは神格に向けられるものと さして変わらない賛美を求める。
    指導者の無謬性
       指導者は絶対に間違い(間違え×)を犯さないという確信を持たせる。
    指導者の知識の広さ
       哲学的な事柄から日常の些細なことまで指導者は広い知識があると思わせ    る。
    説得のテクニック
       新たな信徒を獲得し、現状の信仰心を補強するために、寛大なものから
       威圧的なものまで手段をさまざまに使い分ける。
    秘密の計画
       信仰の真の目的が曖昧としている、あるいは新規入信者や一般大衆には
       それらが明確に提示されていない。
    欺瞞
       入信者や信徒は、その頂点に立つ指導者や集団の中枢部に関してすべてを
       知らされるわけではなく、また大きな混乱を招くような不備や厄介事に発展
       しそうな事件、あるいは状況は隠ぺいされている。
    金融面および性的な利用
       入信者や信徒は、その金銭およびその他の資産を差し出すように説得され
       指導者は一人からそれ以上の信徒との性的関係が許されている。
    絶対的な真理
       さまざまなテーマにおいて、指導者、あるいは集団が見出した究極の知識
       に対する盲信に導く。
    絶対的な道徳観
       指導者、あるいは集団が確立した、組織の内外を問わず等しくあてはまる
       思考および行動に関する善悪の基準への盲信。その道徳の規準に
       きちんと従えば、組織の一員としていられるが、そうでない者は破門
       されるか罰せられる。

    ほぼ ビンゴだとおもわれますが どうですか?

      

  28. シニフィエさん、「モニカさんとショウさんの対話」ありがとうございました。モニカさん、お疲れ様でした。最後までお二人の優しさを感じました。ショウさん、さようなら。

    精神疾患について様々な見解があるのは初耳で驚きました。
    私もそういう目で今後は見られることになるんでしょうね。
    それなら、どうかもう関わらないでいただければありがたいのですが。
    以前、本幹で「うつ克服体験」を見たことがあるような気がします。その時に一緒に参加した先輩が「最近では信心でうつが治るようになったんだね」って言っていたのが今思えば不思議。信心は薬のように進化するものなのですか!そんなことがあれば、すごいことですねぇ。

  29. 先ほどシンドラーと名乗る方からコメントがありました。

    >はじめまして。28歳地区リーダー3世学会員です。学会に疑問を持つことはありますがアンチではありません。宜しくお願いします。

    でもこの人、はじめましてとは言っても、滝山さんであり、旧帝大さんでもあるんです。旧帝大さんは出禁になったし、あまりに怪しすぎる滝山さんでは誰も相手にしないから、またキャラを変えて遊んでもらいに来たんですね(笑)。なので、旧帝大さん、滝山さん、シンドラーさんは、最初のコメントから抹消しました。すでにこの3人のキャラはこのブログには存在しません。もちろんこれから先もこのようなかまってちゃんは、いままでみたいにバカのフリをして泳がせるのはやめて、最初から一切承認しないようにしますね。世の中にはこんなに暇な人がいるんですね。皆さんに滝山さんのことを黙っててすみませんでした。っていうか、じつを言うとショウさんの一件ですっかり忘れていて、ショウさんの対話のあとも滝山さんからコメントあったんですが、承認しなかったんです。そしたらまた同じIPアドレスでのこのこやってきました。「わざとバレるようにした」とか言ったら享けるんでしょうけど、そこまで遊んであげる暇はないので、スッパリ消去しました。このブログにはまだかまってちゃんがいるようなので、これからはへんな仏心を出さずに管理者の私の判断で闇から闇に葬りますので気にしないでください(笑)。

  30. 夕方、パソコンから「カルトの定義」のコメントを出しました。ラザリスのナリスマシでは ありませんので、ご安心下さい。本人と解る 「サイン」を残しています。
    signifieさん、管理人としてのお仕事 誠にありがとうございます。
    わずかな時間でも、暇人の相手をせざるを得ない現実に、
    自分も心が傷みます。
    世の中には、困ったちゃん の類いがあふれていますね。
    彼等には、『御書』ではなく、『日本むかしばなし』から
    お勉強してほしいと思います。

  31. まだカマってチャンの残党がウロウロしているようですので、もう一回念を押しておきますが、ここはカマってチャンの遊び場ではありませんし、創価学会活動家との決闘場でもありません。カマってチャンらしきコメントは片っ端からゴミ箱行きですので、何をやっても無駄です。あきらめてください。カマってチャンの相手をしている暇はないのです。よろしくお願いします。また、カマってチャンでなくても、カマってチャンに間違えられるようなコメントも、いろいろ詮索している暇はありませんので、片っ端からゴミ箱行きです。ですので、遠回しな言い方や、歯の浮くようなおべんちゃらを書かれますと、カマってチャン印のスタンプを押されますので注意してください。

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