宗教ってなんだろう 2

前のページは「宗教ってなんだろう」というテーマでしたが、状況が状況だったためにあいまいな感じになってしまいました。そこであらためて仕切直しということで「宗教ってなんだろう 2」をやります。

創価学会は宗教ではない。このことに一人でも多くの学会員さんが気づいてくれるよう願うものですが、それでは本来の宗教ってなんだろう?ということは、日本人にとっては意外とあいまいなままになってるなと思います。もちろんそのあいまいさが悪いとは思いません。むしろそれは日本人の気質にあった信仰の形ではないかとも思います。正月には家族で初詣に出掛けて家内安全を祈願し、節分には豆まきをし、お彼岸にお墓参り、お盆は親戚一同が顔を揃えてご先祖さまに想いを馳せる。秋の収穫に感謝の想いを込めてお祭りに参加し、クリスマスには聖人の誕生を祝う。

この日本人にとっては当たり前の風習を創価学会では節操のないでたらめな宗教観が人を不幸にしているなどと言います。ところが創価の指導はそんな他宗教に対する考え方がどんどん変わります。他人の家に上がりこんで仏壇や神棚を焼き払ったりしていた昭和の時代とはちがって、それまで不幸をもたらす邪宗と呼んでいた日蓮正宗以外の宗教を、日蓮正宗から破門された途端に、邪宗と呼んでいた宗教を他宗と呼び、あからさまには否定しなくなり、逆に創価学会が発足以来61年もの間、世界で唯一正しい信仰であると言ってきた日蓮正宗を人を不幸にする邪宗だと、180度教義をひっくり返してしまいました。

さあ、創価学会にとって宗教とは何なんでしょう。このことひとつとっても、創価学会が宗教ではなく、会員から財務や聖教新聞や書籍や墓地などで得るお金が目的であることがよくわかります。会員さんにはそのことに気がつかせないために、いろんな手を使ってMCを強化しています。MCもただこれを信じなさいと言うだけであれば、他の宗教と同じで問題はないのですが、これを信じないと幸せになれない、ほかを信じると地獄に堕ちるとまで脅して、恐怖感で人の心を縛り上げるという、民主主義の日本ではあってはならないことを平然と行ないながら会員さんのお金を一生にわたって騙し取り続けているのです。

「宗教ってなんだろう」という問いかけは、創価学会の問題を考えることにもなりますし、日本人全体の宗教観を考えることで、自分の宗教観、ひいては自分の人生の方向を確認する手立てにもなると思います。最初に述べた日本人が持っている宗教に対するあいまいな態度というのは、見方を変えればとても賢い智慧でもあります。そうしたことをわかりやすく考察した2冊の本を紹介します。一冊目は以前も紹介しました『いきなりはじめる仏教入門』 (角川ソフィア文庫) 角川学芸

いきなりはじめる仏教入門 (角川ソフィア文庫)

もう一冊は、少し表現が難しいですが、画期的な本だと思うので、あえて紹介します。
『「あいまい」の知 』岩波書店

「あいまい」の知

日本屈指の心理学と人類学のパイオニアである河合隼雄先生と中沢新一氏がタッグを組んで挑んだ注目の一冊です。興味のある方は是非!

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宗教ってなんだろう 2」への62件のフィードバック

  1. 「宗教ってなんだろう」というテーマはとても大きすぎて、なかなか答えられないというのが正直なところでしょう。とくに創価のような詐欺の被害を経験したものにとっては、宗教なんかろくなもんじゃないぞと思っても仕方ないかもしれません。私だって正直何なのかはわかりません。わからないけれども、好むと好まざるにかかわらず、私たちは宗教に何らかの形で関わりながら生活をしていると言うのも事実です。

    先に述べたように、お正月やお盆は日本人の生活では無視することはできないし、お祭りやクリスマスは宗教的行事というよりも生活の一部として日本人にも浸透しています。創価はそうした日本人の精神的支柱になるものさえも否定し、自分たちの思想が一番優れているのだと主張してきました。そんなでたらめなことがいつまでも通用するわけがないのですが、敗戦後の貧困から高度経済成長にかけての日本人の心には、伝統文化を軽んじ、なにかしら新しい時代の息吹の中に自分の幸せがあるのではないかという期待感が確かにあったようです。

    所得倍増計画、出稼ぎ、集団就職、金の卵、東海道新幹線、三種の神器、東京オリンピック、日本万国博覧会…次々と打ち出される夢のような未来像に向けて、人々は生きる希望を見出しました。その裏で原発推進、巨大汚職、外国人問題、公害問題などのネガティブなことも同時に起りました。そのひとつが創価を代表とする新興宗教による巨大詐欺事件だと考えられます。

    一億総中流という言葉が出てくるほど、日本は経済的に豊かになり、教育制度も整備されました。田舎の人間関係が煩わしくなった若者が、大都会に憧れて出てきたものの、殺伐とした都会の空気に疎外感を感じていたところに、創価学会の甘い罠に次々と引っかかっていきました。あのころの日本人はまだ人を疑うことに慣れていなかった。警戒心のない人は「まさかこんなことで人を騙したりはしないだろう」という人が多かったのです。

    そして創価はみるみるうちに会員数を増やし、それまでは日蓮系の中でもほんの小さな宗派のひとつであった日蓮正宗が飛ぶ鳥を落とす勢いで全国に末寺を建立し、未曽有の檀家数を誇る一大教団へと変貌を遂げました。そうしたなかで、創価はあらゆる機会を通じて会員を思考停止と独善思想の虜にし、外部からの情報を徹底的に遮断されたまま、言われるがままに組織上層部へとお金を貢ぐことになります。ですから自分たちがやっていることが宗教であるかどうかの疑いさえ抱くことが許されない組織にいることも理解できませんでした。そしてそうした人たちの教育を受けた子どもたち、つまり創価学会二世三世は、まったく疑う余地のない家庭環境のなかで純粋培養されていくことになります。

    時代が移り、オイルショックやバブル崩壊を経験し、いつまでも先の見えない景気の不安の中で、全国での犯罪が凶悪化し、人々がこれまでの無防備な人間関係では危険だと思い始めた頃、ネットによる情報入手が容易になり、私たちは創価学会の実態にようやく気がつき始めました。

    創価学会は、もうじき崩壊すると私は考えます。もうすでに時代が創価の存在を許さなくなっています。遅かれ早かれ創価学会はその悪の一部始終が暴露され、戦後最大の詐欺事件として日本の歴史に刻まれるでしょう。いま現在の創価の衰退ぶりはもはや誰にも隠せません。現在、統管上の会員数のどれだけが実質の活動家でしょう。もうすでに活動家は全体の一部になっています。これからもどんどん活動家数は減っていくだろうし、活動家自身も年老いていなくなります。これから先、創価学会は何があっても崩壊します。すでに池田氏が姿を見せなくなって5年近くなろうとしています。次期会長の座をめぐる内部抗争の話もあちこちに漏れ出てきています。そうした実状とはまったく正反対のことを聖教新聞では連日伝えていますが、これを真に受けている人は会員の中でも僅かでしょう。

    このブログに寄せられる会員さんのコメントを見ただけでも、抱いている組織に対する疑問は、おそらく全国の様相だと考えていいと思います。まだ創価を宗教だと信じている学会員さん、百歩も千歩も譲って創価が宗教だとしましょう。それでも創価学会は確実に、それも急速に崩壊の道を突き進んでいます。それがなぜかを考えてみませんか?聖教新聞に載っているようなすばらしい団体であれば、今のような状況にはならないのではないでしょうか。このブログに語られているような、創価学会員幹部の非人道的な行いになぜ疑問を感じないのか。ここに寄せられるコメントについて、自分がなぜ考えようとしないのかを考えてみてください。答えは簡単です。考えさせないようにされているからです。会合、指導、新聞、書籍、選挙活動、財務…いろんな手練手管で考えさせないようになっている組織だからです。自分はなぜ考えようとしないのか。なぜ考えることに恐怖を感じてしまうのか。それっておかしいでしょう。おかしいと感じることができて当たり前なんです。何も感じないのが異常なんです。そんな異常な自分に是非気がついてください。勇気をもって真実を見ようとしてください。
    一度気がつけば、あとはどんどん見えてきます。それまでの盲目だった自分が恐ろしくなります。なんてつまらない詐欺に引っかかっていたんだと目眩がするはずです。でもそうやってここにコメントされる方は覚醒してきたんです。崩壊する創価とともに人生を創価に捧げつづけますか?人生を捧げつづけてきた創価の真実を自分の眼で見て、自分の頭で考えて、自分のこれからの人生を決めてください。私たちはこうしろとはいいません。しかし、少なくとも創価に捧げてきた自分の人生はこうでしたということは言いたいのです。一度でいいからここでのみなさんの体験や考えを聞いてから考えてください。

  2. 子供たちに教えたいこと。

    ・唯一正しい宗教はこれしかない!という者にはご用心!
    ・正しく信仰する為には正しい人間につかなくてはいけないという者(組織)のいう事は信用してはいけない。かえって信じている対象から遠ざけられる。
    ・『この言葉を唱えれば幸せになれる』そんなのは嘘っぱちだ。そんな魔法の言葉なんてない。神様でも仏様でも自分の思いを伝えたかったら普通に言葉で伝えるか心に思えばいい。
    ・信仰という名目で何かをやらせようとする者(組織)は絶対に信用するな!信じること以外の細かい事を指示してくる存在は神を語って人を操ろうとする悪人だ。
    ・神様がいるかどうかはわからないが、安易に願いを叶えてくれる存在なんてない。自分が出来る限りの努力をした上で自分の力ではどうしようもない事を祈るのは良い。でもその願いが叶うとは限らない。

    子供たちが将来カルトとかに引っかからないようにするにはどういう教育をしたら良いのでしょうね・・・。
    最近では組織だけでなく個人でもカルトの教祖みたいなのがいて、そういう人に洗脳されて人生を棒に振ってしまう人もいますから。

  3. テーマが難しいな~と、構えていたのでなかなかコメントできませんでした。
    しかし自分の気持ちを普通に伝えるのなら、と、キーボードたたいてます。
    まとまりのない文章になってしまったらすみません。
    ずばり、宗教は人が幸せになるための哲学だと思います。
    入会当初は半信半疑で先輩について入会しました。私が入会するまでにすでに10年早く母が入会していたので、先輩から「ご本尊があるなら、話は早い!明日からごんぎょう、ショウダイしなさい、お母さんについてもらって!」から、始まり、
    当時それほどの確信もない私を「絶対に幸せになる!約束する!」と、言いきった当時の折伏してくれた会社の先輩とその先輩の組織の女子部幹部。
    あまりの押しの強さと自信に満ちた「絶対に幸せになれる!」の言葉を信じ、ほぼ6割がた強制も入った形で入会しました。
    理由は幸せになりたかったからです。入会動機になった願いもかなえたいと思っていたので。
    入会時に一つだけ引っかかったこと、
    それは、母を見ていて、私には絶対組織活動はできない、無理、と思ったので、
    その気持ちをその女子部幹部に伝えました。

    「あなたの性格なら、やめる時はきっぱりやめるでしょう?嫌ならやめたらいいんよ!続けたいならつづけたらいいし」って返答でした。

    やめるならやめたらいい・・・。

    はい、今、やめてます。

    入会当初の大きな願い(またの機会にお話しします)も叶っていません。

    入会当初は幸せになる信心、なんでも願いがかなう、と言われていたのに、
    そのうち、幸せになる→人間革命がこの信心の真髄。
    と、変わってきました。
    願いがなかなか叶わないことを言ったときに「人間革命しないと叶わないよ」

    また、変な人がいても「あの人も人間革命の途上だから」で済ます。
    人間革命の途上で済まされたら全員そのまま成長がないと思いますが・・。

    また、小さな小さな願いはちょこちょこと叶ってきましたが。

    それって信心してなくても叶えられるものですし。
    けど、幹部は「功徳やね!」という。

    で、いまだに叶わない願いがあることを言えば
    「信心が足りないから」「叶わないには意味がある」

    あ~!
    もう、そう言われ続けてどれだけ経つでしょう・・・・。

    幸せになるための哲学(教義)がコロコロ変わり、
    幸せのためと行っていた行動は組織(池田のため)とカネのためであり、
    その結果誰も幸せになっていない(少なくとも私のまわりは)創価は完全に宗教でもなく、「詐欺団体」であるのは明白。

    時間もお金も返してほしいですが、せめてこれからは幸せになりたいと思います。

    確か創価の指導にありました。
    宗教を選び間違えたらせっかくの人生が不幸になってしまう。
    人生がくるってしまう。それは金と銀の違いではなく(たとえがこれだったかうろ覚えですが。)金と銀ではそれぞれ使い道があるが、宗教の選び間違いは薬と毒の違いがあり、選び間違えたら大変危険です。(大意です。単語など違う場合がありますがだいたいこんな意味のこと)

    と、言われていました。

    薬と毒。

    ああ、そう言っていた創価にそのまま返します。
    創価は毒の中の毒だったということを。

    私は今、解毒中です。なかなか毒が降りません。

  4. 宗教について自分なりに考えてみました。

    太古の昔、人間は自然の猛威に対する恐れが畏敬の念となり、
    宗教的心情というものが、生まれていったのではないかと思います。
    日本に仏教が入ってきて、人間そのもに焦点が当てられるようになった。
    来世という概念が人々に希望を与えるとともに、現世だけでは終わらないという恐怖も与えた。宗教は、来世を意識させることで、人間の生き方を正す役割があった。

    創価学会は、仏教思想を営利目的に利用した「宗教組織」で、既存の日蓮正宗の教えを元に、「願って叶わざるは無し」という、強烈なキャッチコピーで、悩める多くの人々の心を掴んだ。そして現世利益に対する欲望と執着心を煽り、利用して、組織は拡大していった。

    こう考えると、本来の仏教と、組織の拡大の為に存在する組織宗教とはまったく別物という気がします。だから組織は都合のいいように、教義をどんどん変えてしまう。

    宗教を組織的に広めて行く目的に、より多くの人がこの宗教を知ることで、個人のみならず、世界が幸せになる。というセールストークがありますが、結局、組織的に宗教を広める裏には、必ず闇に隠されたお金集めが付きまとっていますし、組織的宗教心を持ったことで攻撃的になったり、世の中の平和と逆行した人格になって行くようで、広めること=世界が平和になるとはまったく思えません。

    不安定な殺伐とした世の中で、何か信じるものが欲しい、希望が持てる何かが欲しい。と思う気持ちは皆持っていますが、だからといって、現世利益をもたらしてくれるのが宗教の力なのだと勘違いしないほうがいいと思います。

    とここまで書いて、宗教とは何か?から外れてるような気が・・・。

  5. メガネさん、kickeyさん、satouさん、核心をつくコメントありがとうございます。やはり体験に基づいた言葉は本当に説得力があります。
    宗教について、というか哲学も含めた思想全般について、学術的なことではなく、生き方としての世界の捉え方として必要なものではないかと思います。
    西洋哲学では、古代ギリシャから近代のサルトルまでは西洋文明至上主義の、まさに西洋文明以外のものを下に見る考え方が主流でしたが、レヴィ=ストロースの文化人類学の視点によって、西洋哲学が完璧にひっくり返されました。つまり哲学が他の学問によって大転換を迫られたわけです。これは芸術史にも深く関係してくるので、たまたま私も知っていることなのですが、しかし、創価の教義を最高のものと思っているかぎりには、そんな思想哲学史をまとに理解することさえできなくなります。どんなに素晴らしい人物であっても、創価の信仰を知らないというだけで、自分たちよりも劣っていると思わせてしまう恐ろしい集団ですよね。でも池田氏はガンディやキング牧師と肩を並べたがり、ノーベル平和賞をとったマンデラ氏がうらやましくてしょうがなくて、ダライ・ラマ氏がノーベル平和賞をもらったときなど嫉妬に狂ってましたね(笑)。池田氏が欲しかったものは金と権力と名声。それだけの男でした。そして得たものは会員から騙しとったお金だけと言う人生でした。哀れな男です。

  6. 私にとって宗教とは、先祖供養を含め感謝をあらわすものであってほしいな、と思います。教義にこだわるあまり、理詰めで人生を説いたりするものに偏ってほしくないな、と思います。

  7. メガネさん、ほんとにそうですよねえ!
    自分はいいとして、次は子どもです。
    創価が崩壊したらポスト創価とか、宗教を正しく見直そう、宗教の真実たるはこれなんだとか言っちゃって、またもっともらしい説が出てきますよ。
    懲りませんねえ。

    触らぬ神にたたりなし、とは上手く言ったものだと思います。
    神や仏の領域など、したり顔で分析したり、ひっかきまわすものではないんでしょうね。
    それをやってしまうとカルトになってしまうんだと思いますね。

  8. お久しぶりです。学会2世で非活婦人部のじゅんこです。

    モニカさんお疲れ様でした。いつも、キチンとした発言をされていて尊敬してしまいます。

    以前ここに書き込みをしたあと、無事に新聞をやめました。
    やっぱり、すんなりとはいかなくて、婦人部が二人で来ていろいろと説得しようとしてきました。

    おそらく70代の幹部の方は

    「聖教新聞を毎日見て御覧なさい。いろんな世界の人がこの信心をしている。この信心は世界の信心なのよ」

    たぶん世界で通用する宗教だと言いたかったんだと思います。

    「だから何なんでしょう?私にはあんまり意味がありません」
    と言ったら、何も言わずに帰られました。

    ホントは世界の信心のところも、ツッコミを入れたかったのですが、めんどくさいのでやめました。

    毎日、視界にあの新聞が入ってこないだけで、こんなに心が穏やかなるとは。
    今しみじみホッとしています。

    子供の頃から、活動するのも、自分の家が拠点になるのもいやでした。
    誰にも言えなかったけど。

    ずっと自分の気持ちを押し殺して必死に信じ込もうとしてきました。

    でも今になって分かるのは、押し殺していたぶん、自分の一部が死んでいた、ということです。

    今でも時々ふわあっと学会員時代の正体のない不安感がくる事がありますが、皆さんのコメントを読んで、自分を取り戻そうと思います。

    シニフィエさんテーマに沿ってなくてすみません~。

  9. 今、子どもに宗教を何て教えようか考えてます。

    神様や仏様は大事に思いなさい。
    (信じる信じないは別にしても)罰当たりなことは慎みなさい。
    御先祖様には手を合わせ、敬いなさい。
    そういう心をもちなさい。
    神様、仏様というのは具体的に何かはわからないけど、人間がいちばん偉いのではない。
    自然現象をはじめ、人にはどうすることもできない力がある。そういう見えない力というものに畏敬の念や感謝を持ちなさい。
    でもそれ以上に踏み込むことは止めなさい。
    具体的に教団入ったり、教義に執着している個人には近づかないこと。

    そんなふうに教えるかな、と考え中です。

    先日は日曜学校に行ってる友達に誘われて教会に行き、ちょうど赤い羽根共同募金をやる日だったので一緒に参加して楽しかったと言ってました。
    これも社会勉強ですね。
    世の中には様々な価値観があり、それを尊重することも教えたいですね。

  10. 自分の宗教に対しての考えは、前のページにコメントした通りですが、日本人のスタンダードな宗教観ということで、父親の話をしたいと思います。
    父親は、中学卒で 大工の弟子に入り、以来その腕で 自分と妹の二人を育て上げてくれました。
    一言で表現するなら、Always 三丁目の夕日 に登場する
    堤 真一さんみたいな、ストレートでちょっぴり頑固な昭和のオヤジです。
    祖父の影響から、根っからの神道で 毎朝毎晩、神棚と本人の亡くなった両親、兄弟、義理の母親(自分のばあちゃん)のセピア色にかすんだ写真に向かって、朝は家族の無事と健康を祈り、夜はその感謝のために祈りを捧げています。
    自分が記憶にある限り、祈りがなかった日は一日もありません。
    おかげさまで、家族も大きな事故や病気に苦しむこともなく、貧しいながらも幸せに暮らせています。
    自分が二十歳のころ、創価学会に入ったと事後報告で電話した時は、さすがに驚いてましたが、「おまえの人生だから、俺はとやかく言わんが、人様の迷惑になることだけはするな。」と、きつく言われました。
    地元にUターンして、学会活動で毎日夜中の帰りになる日が続いた時も、愚痴も言わず見守ってくれました。
    覚醒した今は、そんな父親をものすごく尊敬しています。
    この人の信仰を奪うことこそしなかったものの、家族の為に神棚に毎日手を合わせていたこの人を軽蔑していた自分が、本当に愚か者だったと心から反省しています。
    父親は、例えば 濁流のなかで溺れている人間がいたら、かまわず飛び込んで、一緒に命を落としてしまうような、不器用な人間ですが、自分の人間性はおそらく今世で この人を越えることは出来ないと思います。
    自分は、覚醒するまでの20年間、時間とお金とガソリンを無駄に使いながら、一番身近な家族の暖かい気持ちに鈍感で、結局は父親の深い愛情に守られていたのです。
    創価学会は、こうしたスタンダードな宗教観をもった善良な人間を誤った独善主義からことごとく傷つけて来ました。
    日本人としての暖かい宗教観を、これからも大切にしていかねばならないと思います。

  11. そうですよね。日本人のベーシックな宗教観には、キリスト教やイスラム教のように特定された宇宙の創造主がいるといったものではなく、それこそ「おかげさまで」といった何かはわからないけど人間を遥かに超える自然の力に対する畏敬の念がありました。創価学会の教義はそうした日本を日本たらしめてきた精神文化をまるごと否定しています。そして「この世は日蓮という仏が作ったのだから、日蓮の言うことに逆らうと地獄に堕ちるのだ」といったヨタ話を本気で信じこまされて、いいようにお金を巻き上げられているのが創価学会の会員さんです。日本の精神文化を否定しなければ成り立たないような教義は、もちろん世界の精神文化も否定しなければ成り立たちません。なにしろ仏教以外は三世の生命観を説かない外道ですから、日蓮の言うこと以外はみんなニセモノだという論理です。それでは日蓮が題目とご本尊を現して750年。日本や世界の精神文化にどれだけ貢献したでしょう。北朝鮮ソックリのマスゲームや人文字ですか?(笑)創価学会は日蓮仏法を基調とした世界の平和と文化の団体です…って、戦後70年、創価学会が世界の平和と文化に何か貢献してきたでしょうか?やってることは、すべて会員さん向けのプロパガンダです。ガンジーキングイケダだなんて、恥ずかしくて人には言えませんよ。あたまおかしいんじゃないの?としか思われないことすら学会員さんはわからないんですよ。
    日本人には古来からの神道(これも後づけのカテゴリーなんですが)に、伝わるうちにガンガン内容が変わった仏教と中国からの儒教とかが入り混ざってできたのが、組織化されることなく伝承されている日本独自の宗教観だと思います。人様に迷惑をかけてはいけないとか、情けは人のためならずとかは儒教の影響でしょうし、お天道様が見てるんだからねと言って子どものわがままを戒めたり、今日も無事で過ごすことができてありがとうございましたといった、誰かれと言わずに感謝の気持ちを表すことの大切さは、神道の宗教観でしょう。創価ではすべてがご本尊様のおかげです。ご本尊様への絶対服従下でしか人間の幸せはないとしています。でも750年かけても一向に広まらない。フランスでは国公認のカルト団体ですよ。フランスの人は幸せになれないのでしょうか?でも創価学会員より幸せなフランス人はいっぱいいますよね(笑)。犯罪を犯して服役中や死刑になった学会員や精神疾患で自殺する学会員もたくさんいます。この事実にどうして向き合わないのか?どうして話をそらして「信心が足りない」とか「お題目をあげましょう」とか「どうかしちゃったんじゃないの」としか言えないのか。どうかしてるのは自分のほうだとは決して思わないんですよね(笑)。

  12. ラザリスさんのお父上のお話、思わず涙が出ました。素敵ですね。
    『祈る』という行為って、本当に厳かなものだと思うんです。
    バリの旦那と言い合いになった時に「祈るという行為に気持ちがこもっていれば、対象は御本尊さまじゃなくてもいいと思う」と言ったら、彼はショックを受けていました。

    そんな旦那と私との間では、子供たちにどう伝えるかが目下の課題です。
    この信心を継承させたい旦那と、それは避けたい私。
    でも『祈る』という行為は伝えたいし、否定したくはない。

    メガネさんやモニカさんが書かれてたように伝えていければいいんですが…道のりはまだまだ遠いです。

  13. シルバニアさんの「祈るという行為は厳かなもの、気持ちがこもっていれば対象は御本尊さまじゃなくてもいいと思う」・・・近い気持ちです。
    うまく言葉にできなくてもどかしいのですが、例えば自分の親しい誰かが深刻な病気やケガで危険な状態ですと聞かされた時、医者でない限りは祈るしかできることはないのです。それは「アーメン」なのか「なんまいだー」なのか「天の神様」なのか「宇宙の力よ」なのか、人それぞれの言葉で祈るのだと思います。とても尊い行為だと思います。
    何かの会に所属したり、特定の場所に行ったりしなくても祈ることはできるはずです。会合に出ない、選挙応援をしないから信心がないとか言われる筋合いはありません。
    テーマから逸れそうになるのでこの辺で。すみません。

  14. 皆さまのコメント、感動で読んでいます。

    ここに来られる覚醒された人たちは本当にいろんな意味で考えておられるというか、創価の考えない頭と逆で、私自身もいろいろと勉強になり、感動したりもします。ラザリスさんのお父さんの話しかり、もう、泣けてきてしまうほどです。

    覚醒している人たちのほうが、よほど宗教を語れると思いますよ。

    こんなの宗教じゃない!と思ったことを思い出しました。

    13年(?15年?)ほど前の(女子部地区リーダー時代)ある日、
    当時の婦人部の地区幹部(副役職の人)が、書籍の推進に、
    私のマンションへ「突然」訪問。
    しかも、仕事から帰宅して5分も経ってない、疲れているさなかに。

    小説人間革命8巻だったか、忘れましたけど、
    池田の本を組織の書籍ではなく「紀伊国屋」とか「アサヒヤ書店」などで、
    購入し、ベストセラーにしよう!という動きがあったようです。

    いきなり来られて婦人部が(以下、Tとします)「人間革命8巻、買いませんか?」
    私(Kとします)「は?いきなり言われても、ちょっと考えさせてもらえますか?
    まだ読んでない本もたくさんあるし、すぐに返事できませんね。」
    T「できたら今日すぐに、返事ほしいんです。今、先生の本を世間でいう、ベストセラーにしよう!って言う動きがあって、いままで組織で購入していたのを全部紀伊国屋で買い、○○さんがまとめ買いしたんですけど、売りさばかないといけないんです。」

    k「はぁ?売りさばくって・・・。そんなん勝手にしてるんやから、その人が勝手に自分で知り合いに売りさばけばいいでしょ。私に言ってこられても・・・。私は好きな時に好きなタイミングで勝手に購入しますので、今回は賛同できませんのでいりません!」
    k「ほんで、ベストセラーにしてどうするん?だから何なん?池田(先生)がベストセラーにしてくれ~って頼んで来たんか?」
    T「いえ、頼まれてないけど。ベストセラーになったら世間があっと驚くじゃないですか!世間に先生を認めてもらうんですよ。創価も認めてもらえるんですよ。そのためのベストセラーです」
    k「あほちゃう?ベストセラーになったからって世間の目はかわらんよ。相変わらず単純やね。ここの組織は。そんなことでわざわざ私の家に来る暇あったら、もっとほかのことしたほうがいいんちゃう?」
    T「え~~~世間は驚きますよ!先生や創価のことを見直すよ!ベストセラーですよ。ベストセラー!」
    k「しょ~もな。そんな推進やったらもうええわ。いらん。」

    T「え~~~!地区リーダーやのに信じられへん。kickeyさんやったらわかる人やと思ったのに~!」
    k「は?私ならわかるってなんですか?勝手に決めるんですか?じゃあ誰がこの話をわからないと思ってるんですか?」
    T「C クラスの人とか Dクラスの人は信心もないし、こんなこと言ってもわからないだろうけど、kickeyさんは女子部の地区幹部でしょ?わかると思うよね。」

    k「あんた、あほ?信心してて、CとかDとかないやろ?それ、差別やで。それに、今回の話は信心うんぬんとちゃうやろ?私に信心で受け止めろいうことやろ。学会員やったらなんでも信心で受け取ると思ったら大間違いや。それにこんな推進信心じゃない!たんに勝手に婦人部があほみたいにまとめ買いした本を売りさばいてるだけや。賛同できん!断る!」

    T「(ここまで言われても引かない)いいこといっぱい書いてるしさ、1冊1200円だし、安いよ!」
    k「お金の問題違うで!いいこと書いてるって、今回の8巻は何の「章」が載ってるわけ?S新聞で掲載してる章で、興味のある章やったら考えてもいいけど。(と、ここまで100歩譲ってみたが)」

    T「あ、何の章って?ごめん、何も知らんわ。8巻ってことしかわからん。ごめん。でも人間革命っていい小説やんか?」

    k「あんたあほちゃう?人にものを勧めるのに、何もわからんけど、ええで、買ってほしいって、それ、人にモノ勧める態度ちゃうし、人をなめんなよ!世間のモノ売ってるセールスマンが怒ってくるで。そんななめたものの考えで人に勧めてたら!」
    k「それに、学会やったら何を言っても何を勧めても8巻って言うだけで買ってもらえる、役職持ってる人やし、絶対わかってもらえる、って言うような態度はやめてください!」

    このあと、なんやかんや難癖をつけてどうしても買えという文言を言いましたが、頑として断り、ドアを閉めました。
    この話には後日談があるのですが、長くなってしまったのでここで。

    って、このことを当時でも、「こんなの宗教じゃない!」って思ってましたし、幹部にも伝えましたが、
    当然に私が悪者になりました。私がTに喧嘩を売った極悪人で、(喧嘩売ってないし。向こうが興奮していろいろ言ってくるだけで・・。それに対応しただけ)
    たった1200円の人間革命を気持ちよく購入しない私が悪者だと組織じゅうに広まりました。(だいぶたってからいろいろまわりまわって聞こえてきたんです)

    どうして、このときにスパッと非活にならなかったのか、もう、十分おかしいのは明白なのに。

    興奮して長くなってしまいました。すみません。創価は宗教じゃないとその当時から疑問を持ち始めた出来事でした。

  15. ラザリスさんの話感動しました

    創価の人はよく日本人には宗教感がないというけど、
    日本人の時点ですでに宗教的な生き方ができているはずなんですよね。
    日本の文化を理解するならば。

    創価はそれを否定する。

    私の覚醒のきっかけはこの考え方と
    靖国参拝でした。

    神道の思想って日本のDNAに組み込まれてて、自然なものなのに
    それを否定する組織が不思議と中韓よりのスタンス。
    だから嫌になりました。

    日本の文化を壊すな。

  16. 追記

    こないだ増上寺の近くを通ったのですが、お地蔵様がたくさんありました。
    おそらく水子地蔵だと思うのですが、悲しみを乗り越えて
    遺族の方がご供養されたんだと思います。

    その思いが伝わってきて鳥肌たちました。

    創価どっぷりのときだったら

    気持ち悪っ
    なにこれ
    地蔵とか建てるなよって思って

    どんな思いでそれを建てた方がいるのかも、理解できなかったと思います。

    実際こないだまでそう思ってましたし。

    とても悲しくなりました。

  17. kickey
    さん読んでいて気持ちいいです
    わたしの時もそうでしたねいろいろあったけど
    来るなら来い、という気持ちにさせる櫃濃さですね、いつまでもしつこく来るので腹決めて堂々と言い切りましたね
    大変勇気が要りましたが、そのあとの何とも言えない爽快さ今でも忘れません
    創価で悩んでいる皆さん腹を決めれば物事は少しずつでも前進しますよ
    ことわざにあるではないですか

     山よりでかい猪は出ん
      
    人生長生きするとこのことわざがよく理解できますよ
    いろいろしがらみはあっても所詮人生は自分だけのもの
    悔いのない良い人生を生きましょうよ

  18. kickey(あってるかな?すみません)さんのコメント、緊迫した状況にも関わらず、なかなか毅然とした態度があって感心しました。ベストセラーの背景にはそういうことがあったのですね、創価学会の打ち出しによる組織ぐるみの大胆な奨励ぶり…う〜ん引いてしまいますね

    やまとだましいさんの追記、しみじみわかります。
    なんというかニュートラルな感覚に戻るというか…
    こういう感覚が心もとないですが、大事ですよね。
    年を経るごとに、感謝の気持ちをあらわすものがほしいです

  19. こんにちは。
    最近「非活」になったここみです。

    kickeyさんの地区幹部とのやり取り、思わず笑ってしましました(笑)
    私もそれだけ言えたらスッキリするだろうなぁ、うらやましいです。

    その地区幹部Tさんに代表するように、バリ活・洗脳真っ只中の人には
    何をどう語ろうとも全く心にも頭にも届かないんですよね。
    人の話なんか聞いてないんです。
    先日のモニカさんショウさんの対話(もはやアレは対話じゃなかったけど)
    読んでても、洗脳真っ只中の人は相手の話を聞こうともしない、問いかけにまともに答えようともしない、壊れたロボットのように「学会、先生は正しい」を繰り返すだけなんだな、と思いました。

    signifieさん、「ガンジーキングイケダ」、私も活動家の時からあれには違和感ありました。「自分で言うかぁ?」って感じでした。
    折伏した友人を初めて同中に連れて行った時、たまたまトインビー博士の孫娘さん(だったかな?)との対談が同中に出てて、イケダ氏が彼女に向って、歯の浮くような、聞いてて恥ずかしくなるような、称賛の言葉を並べたていました。

    友人が「何か・・・お世辞が凄いね」と、ドン引きしてた記憶があります。

    先日、やっと地区婦人部長に「非活宣言」しました。
    ここに至るまでの思いを話しました。

    その方は最後まで否定する事無く、遮る事無く話を聞いてくれました。

    私と同じように学会のあり方に疑問を感じ、非活になっていってる人がちょこちょこ出てきているとも言っていました。

    「学会は変わらないといけない時代に来てると思う。だからこそ、ここみさんのように気が付た人が組織に入って変えていこうよ!」←言いたい事は分かるけど、あの組織自体に入りたくないのですが・・・

    「それと、自分と先生との間に何も入れちゃダメ!師弟は絶対だよ!」←もう、ここで明らかに違います。話し合っても無理だと思いました。

    活動についておかしいと思ってもセンセイはおかしくない!ってこの時点で矛盾してます。現在の学会を作ったのはあの人じゃないですか。

    学会は変わるとは思えません。今の学会の中でメリットを受けてる人間が居る限り、イケダ氏を崇拝している人たちが居る限り、同じだと思います。

    婦人部長との話し合いで「何もしなくてもいいから小単位の会合に出れそうな時は出てね」と言われ、出る気は無くてもしぶしぶ「そうですね」とその場では返事したのですが、3日後に色んな婦人部サイドからメール、着信があり、無視すると主人、実家の親にまで連絡がありました。

    中途半端に関わるとロクな事が無い事を忘れてました;

    今は完全無視です。

    私は組織を離れてから生きるのが楽になりました。

    頭の片隅に「公宣流布」が常によぎってましたが、
    今は損得勘定なく人と付き合えるので本当に楽です。

    ちょっとしたキッカケがあってボランティアに関わったのですが、別に信仰してなくても、、学会員じゃなくても、誰かを助けたいとシンプルな思いだけで動ける人は山ほどいます。何でも「功徳」の為に動いてた頃の自分は浅ましかったと恥ずかしいです。

    大昔に脱会されたと言う方が「学会の教義は後付けの、色んな宗教のイイとこどりの寄せ集めと気が付いたから辞めた」と言っていました。
    「そもそも釈迦は輪廻転生は説いてない、インドはカースト制度だから」との事。

    聞いた時は「へぇ~」って感じでしたが「宿業」や「過去世」、そんな事ばかりに考えが囚われてたのも時間の無駄だったなと今は分かります。

    テーマからズレました。

    長々すみませんでした。

  20. 創価は宗教のことを
    「願いを叶えるもの」
    「宿命を変えられるもの」
    と認識しています。
    道徳的なものは宗教ではなく、それはあくまで道徳でしかなく、力がないものと教わりました。
    「キリスト教は道徳として残ってるだけよ」
    「倫理じゃ限界があるの。命を説いてないでしょ。だから浅いの」
    こう何度も言われました。

    「例えばキリストで説く愛で、貧しくて困ってる人に施しをしたとして、その人が<貧乏で困る>という宿業を取り除かなければ根本的な解決にはならない。それができるのはこの仏法だけだ」
    という理屈です。
    その宿業を取るという方法がこの世でただ一つ、日蓮正宗の曼荼羅に題目を唱えること。
    それ以外はないと言われました。

    またこうも言われました。
    我々はこれを広めると誓って生まれてきたのである。
    記憶にないかもしれないが、経典に書いてあるので事実である。
    題目だけ唱えていても重い宿業は変えられない。本当に願いをかなえたかったら折伏しないと効果はないのである。(要するに勧誘ね)

    更に、新聞を配達する、人に勧める、書籍やDVDやチケットを買う、お金を出す、会合に足を運ぶ、車を出す、受付係をする、掃除する、交通整理する、歌をうたったり楽器を演奏したり、そのための練習に通ったり、とにかく信心に関することなら一切合切功徳があると聞きました。
    特に財務の功徳は無量無辺といって、計り知れないんだそうです。

    要するに曼荼羅に題目を上げるだけでなく、この信仰に関することなら一切に御利益があるということです。
    またそういう場に子どもを連れていくと、何も理解してない子どもにも毛穴から運がついていくのだそうです
    なんだか唯一の方法がどんどん膨れ上がってるような。

    ともかく、宗教とは道徳ではない。
    現実に願ったことが実現する、力のある教えのことだと習いました。
    (創価以外の、そんな力のない宗教は全て邪宗とのことです)

    だから創価は道徳は二の次です。
    いえ、道徳的なことは大事とは言います。実際、道徳的なことも言います。
    「地域に貢献しましょう」など。
    でもこれは選挙や新聞を頼む時、断りにくくするため恩を売っておく魂胆があってのことです。
    しかしそれは崇高なる下心であって、その崇高こそが大事なんだそうです。
    結果的に新聞を取ってもらえたら、ポストに入るだけでそこは仏教でいう寂光土となり、その人に福運がいくので、道徳以上の善行になるんだそうです。

    書いてるうちに頭が痛くなってきました。
    こんな独善的なトンチンカンな教えを真剣に信じてたなんて笑っちゃいますね。
    でもこの話、冗談でも誇張でも何でもないですよ。

    ねえ、現役学会員さん。こんなの普段から言われてる常識ですよね?

  21. 「もしかしたら自分も成りすましのかまってちゃんだと思われてるんじゃないか」と心配されている方。大丈夫です。そんなこと思ってませんよ。このごろは特にコメントの数が多いので、一人づつお返事するのをあきらめてるんです(涙)。返事がないからといって疑われてるとなれば、私は一日中このブログに張り付いていなくちゃなりません(笑)。どうか自分のコメントに自信を持ってください。これからもよろしくお願いしますm(__)m。

  22. kickeyさんのエピソード読み返し、モニカさんの11:56のコメントを読むと
    つくづく自分は浅はかな団体に居たんだなぁと痛感しました。
    熱心に活動してた時は井の中の蛙で、
    外の世界を知ろうともしなかったんですけどね。
    こんなご都合主義な子ども騙しみたいな教義、MCされてる時は信じ込んでました。

    そう考えると創価のMCってある意味スゴイですね・・・。

  23. MCの恐ろしさは創価だけではないなと思いました。少なくとも新興宗教と呼ばれているものは、信者のMCから始まりますよね。信じると言うことは理屈や現実には理解不能なことを信じると言うことですから、いったん信じてしまうと理屈が通用しなくなるんでしょうね。だから対話が成り立たないのも当然と言えば当然なんでしょう。

  24. 信じるということは、愛するということと同じくらい崇高な精神だと思います。しかしどちらも一歩間違うとたいへんなことになりますよね。何を愛するのか、何を信じるのか、これはいつの時代にも大切なことかもしれません。

  25. なんだかすったもんだが収まって、このブログにも平穏な空気が流れてきましたね(笑)。

    しばらくは、ゆっくりと皆さんで宗教とか信じることとかについて、純粋な気持ちを語ることができるといいなと思います。そのためにもおかしなコメントは徹底的にブロックしていきますので、皆さん安心して思いの丈をお話しください。

    それから、私はお一人お一人にお返事を書けるような状況ではありませんので、できる範囲での対応をさせていただくということでご了承ください。私から何もリアクションがないとか、私の考えとは違うから気を悪くするんじゃないかとか、そんなことは関係ありません。ここは活動家との決闘場でないのと同様に、脱会者の仲良しクラブでもありません(笑)。

    学会員であることによって被害を受けている多くの人に、是非ことの実態に気づいて欲しいがために、気がついた皆さんの体験や実感をお話ししていただく場です。人の考え方は十人十色ですから、話の内容がその人にとっての真実であれば、率直にお話ししていただけるだけでいいのだと考えます。実際にいろんな考えの方や、いろんな経験をされてきた方がいらっしゃいますよね。むしろその方がいいんだと思います。

    学会員さんのように、訊かれたことに対して判で押したような答えしか返せないのはMCされている証拠でしょう。ここでのみなさんのお話は、とても共感できることばかりですが、内容はそれぞれに多種多様です。なるほどそんなこともあるのかとか、意外とこんなふうなリアクションもあるんだというお話が聞けて、とても勉強になります。そして覚醒できたことの喜びを共有できます。

    私は今のところこのブログはずっと続けていこうと思っています。どんなふうに変わっていくのかもわかりませんが、そのときに応じたかたちで、創価の実態を多くの方々に伝えられるようなブログでありつづけたいと思います。

    ネット上にはそれこそ掃き溜めのような罵りあいのサイトがあります。みんな自分の言いたいことを言うだけで、人の話を聞く気のない人たちの集まりです。そんな人たちの一部が、ときどき勘違いしてこのブログにもやってきたりするようです。以前はそのような人たちも、話ようによっては対話ができるなどと、私の方が傲慢で甘っちょろい考えだということが経験してはじめてわかりました。いつかは「話せばわかる」のかもしれませんが、もうそんな暇はないとも思います。一人の創価脳を相手にするより、同じエネルギーで100人の覚醒しかかっている方の背中を押すことができると考えます。

    皆さんといっしょに、100人、1000人、10000人の覚醒しかかっている、そして悩んでいる学会員の方の背中をバンバン押しまくっていきましょう……なんか創価の決意発表みたいな口調になってしまいましたね(笑)

  26. 宗教って、弱い人が強い力にすがりついてご利益をもらうようなものじゃないんですよね。2500年も昔にブッダはそのことを言いたかったんじゃないでしょうか。現実をありのままに見なさいと。だからそれまでにあったバラモンとかカースト制とかを否定し、神という概念も否定し、占いやおまじないも否定し、今で言う科学的な視点でものごとを見ることができたから、病人に対しても適切な医療を施すことができた。それがブッダがいなくなって、イスラム教の勢力が仏教自体を滅ぼし、かろうじて外国に伝承されたブッダの教えが伝言ゲームのようにどんどん変貌しながら、伝わる土地の宗教と混ざりながら、その国々にとって都合のいい教義に変わっていって、1000年後の日本に伝わってからもなお、神道などと混ざって、いつのまにか釈迦が絶対神のような、つまりおすがりする対象なってしまって、大仏だとか如来像などの仏像をありがたや〜と拝むようになった。ところが鎌倉時代になると、天変地異が激しくなり地獄のような世の中になる。そこに現れたのが「もう釈迦の教えは通用しない。今からは私の言うことを聞かなければ、今の地獄の苦しみからは脱することはできない。なぜなら私こそが本当の救世主だからだ!」とその理由を釈迦が説いた(ほんとは違うんですが)法華経にはこう書いてあるとか、天台大師はこう言ったとか言いながら「モンゴルが攻めて来たのも、竜の口で頚をはねられなかったのも、この私がもともとこの世をつくった絶対唯一神だからなのだよ。その証拠に御本尊には私の名を中心に、あらゆる仏や神様を従えているのだ。オレが神だ!」と、おそらくブッダが聞いたらびっくり仰天するようなことを真顔で言っていたのが日蓮だったんですよね。

    でもね、これだって宗教と言えば宗教なんです。イワシの頭も信心からと同じです。それを信じるかどうかはその人の自由です。だから創価をやめて日蓮正宗の檀家になった人にも、顕正会の人も、ほかに何らかの形で日蓮を本仏だと信じている人に何も言う気はありません。どうぞご自由に〜。

    ただ創価学会はそんな宗教ですらないんです。ただの極悪非道な詐欺団体です。これはいくらでも言います。カスです。クソです。もう一回言います。カスです。クソです。こう言ったらほんとのクソに申し訳ないくらいです(笑)。学会員さん、そのことにどうか気がついて欲しいのです。あなたの周りにいる学会員さんがどんなにいい人でも、そんなことは関係ありません。その人は創価であってもなくてもいい人はいい人です。創価学会員にもお釈迦さんのような人もいれば無差別殺人の死刑囚だっています。創価とは何の関係もなくいるんです。創価学会が、単に怪しいだけの宗教団体だったら私は何も言いません。「へんな宗教にひっかかった自分が悪かった」で済ませます。でも創価学会は違う。極悪非道です。人のお金と人生を根こそぎ奪って知らん顔しているんです。学会員のほとんどを、ほんの一部の上層部が騙しています。上層部の少し下あたりは、たいてい気がついてはいても、今さら生活が脅かされるようなことはしたくないから騙されたフリをしています。その下はみんな宗教だと信じて、真面目に貢ぎつづけています。

    「まさかそんなことがあるわけない」あるわけがあったからこうしてこのブログにたくさんの人がコメントを寄せてくれてるんです。「じゃあ、今まで自分がやってきたことは無駄だったの?」そう、信じたくない気持ちはいやというほどわかりますが、無駄だったんです。あなたは騙されてきたんです。戦後最大の大掛かりな詐欺に引っかかってしまったんです。残念ながらそれが事実です。私もどうか夢であって欲しいとどんなに願ったことか。しかし現実に背を向けてもしかたありません。創価学会はとてつもない詐欺団体です。断じて宗教などではありません。その証拠をこのブログではいくらでもあげています。どうか心をニュートラルにして、ここに寄せられるかつて活動家だったみなさんの本音を聞いてください。そして創価学会の言うことややってきたことと、私たちが言っていることのどちらに真実があるのかを、自分の頭と心で判断してください。

  27. こんばんは。
    活動に嫌悪感をもつようになってきた学会員です。
    訪問されると不快感でいっぱいになります。
    皆さんの書きこみを見ていると勇気づけられます。

    もっとはっきりことわれるようになりたい。

  28. ベストセラーについて書いておられる方がいらっしゃったので、私も一言。何年か前から人間革命や大全集は一軒の書店でまとめて購入しています。その書店は地方紙のベストセラーの提供元です。何冊で1位になるのかわかりませんが、よく1位になっています。同じことを考える団体もあるようで、幸〇の〇学の書籍と1,2位を争っている週もあります。毎週一喜一憂している幹部がどっち側にもいて、同じようにノルマを抱えて大変な思いをしているんでしょうね。

  29. 今、残業がおわりました。
    今日は、「祈り」について、コメントいたします。
    これは、「宗教とは何か」ということに、リンクしてくる内容だと思います。
    創価脳を卒業して、自分が日々真剣に生きていくなかで、
    さまざまな体験をしながらたどり着いた結論です。
    あくまでも、個人的な主観ですので参考程度に読んで下さい。
    「祈り」とは、自分がかく在りたいと強く願う行動のことだと思いますが、叶うか 叶わないかの結果的なものは、自分自身の心の奥深くの、「本来の自分」が決めていると思うのです。
    例えば、病気で苦しむ自分が居たならば、祈ってすぐに病気が治ったとすれば、「本来の自分」にとっては、望ましくない場合もあり得るということつです。
    つまり、無理に無理を重ねながら好きでもない仕事を、ストレスを抱えながら、長い期間続けているとすれば、「本来の自分」が もっとふさわしい仕事を選びなさいと訴えているサインかも知れません。ふさわしい仕事に転職し、自分らしくいきいきと過ごすことで、収入も増えて 病気も治る場合もありえます。
    悩みの根本的な原因に気がつくまで、悩みが解決しないことは、自分にとっては望ましいことでもあるのです。
    創価学会が、「祈りとして叶わざるなしの信心」と言ってましたが、これは 非常に無責任な言葉です。
    ましてや、題目をあげた時間や聖教新聞を取らせた数や選挙で公明党に投票させた数や財務で納めた金額によって、祈りの叶い方が変わるなどということは、絶対にあり得ません。
    そんなむちゃくちゃな理屈で世界が動いて行ったら、たちまち大混乱になります。
    これは 金集めに駆り立てる為の、無知の人びとを騙すために考えられた、偽りの言葉です。
    人間が生きていく目的は、人格を磨き 成長することにあるとすれば、「祈り」を実践するなかで、いかに自分が悩みの深い意味に気がつくことができるかが、大切なことだと思います。

  30. ところさん、はじめまして。もし、はじめましてではなかったらごめんなさい。コメントありがとうございます。
    このブログのルールで、初めての方は自己紹介をお願いしています。入信歴、活動歴、未活動歴、脱会歴など、簡単でいいですのでお願いします。

  31. ここみさん、本当創価のMCってすごいですよね。皆さんのコメントを読みながら今までの自分と宗教の存在について振り返っています。

    ここ数か月前まで「創価=私の宗教」と信じこんで(こまされて)いました。支配的だけれど、それ以外何も考えなくて済んでいて、ある意味本当ラクでした。「それは違う」と実感した今、「宗教ってなんだろう?」って正直わからなくなってきました。でも、これを機に自分なりに定義を考えてみました。

    私にとって、宗教とは『自分の根底にあるもの(教え)』

    なので、誰かに支配されるものではないし、自ら取り入れていくものだから、特に団体に所属しなくてもいいのだと気づきました。

    また、「冠婚葬祭で宗教云々が絡んでくる」と聞きますが、この先考えるだろう葬式や墓のこと等は、終活(エンディングノート)とかも流行ってきているし、一昔前に比べて多種多様な世の中になってきました。だから、そこと宗教を結びつけなくてもいいのかなと思います。とはいえ、非活状態なだけに、万が一のことがあったら創価墓園行きですが・・・(涙)

  32. 人革のベストセラーの話、全国一斉に発売前に申込みすることで一気にのし上げるんでしょうね。
    誰も読まずに家に積んであるだけなのに、本当に馬鹿らしいです。

    任用試験の受験申込も異常の一言でした。
    締切が先週末だったので、地区の受験者が出ない地区は、入れ替わり立ち代り幹部が入り「非活のあの人どうか?この間引っ越してきた人はどうか?」ととにかくシツコイ。
    地区2名というノルマがありますから、必死ですね。

    「どこそこの地区では80歳の方がうける。あの地区は高校生00ちゃんは親の分まで教学学ぶために受ける」とか。

    それでも、「うちの地区は、受ける意志がある人はいません。今年も地区受験者ゼロです(昨年も受験者ゼロ)」と締切日まで突っぱねていたら、ナント締切日の夜に、地区部長と副本が自分の友人の名前2名を書いて出していました。

    外部2名の受験者です。
    任用に至っては、内部じゃなくてもOKなので切羽詰って書いて出したんでしょうね。
    勝手にしろって感じです。
    友人達もいい迷惑ですね。
    それでも副本曰く「本当の創価学会を知ってもらうためには、任用は良い機会なのよ」だそうです。

    この副本、娘さんが創大に行っているのですが、他の大学を蹴って創大に入りました。
    でも、創大に入った事を娘さんが後悔していて、辞めたいと苦しんでいると言っていました。

    それを上の幹部に相談したそうです。

    そうしたら「いつかきっと娘さんは創価大学に行ったことを誇りに思える時がくるわよ。だからお子さんのために祈って活動していきなさい。」と激励されたと言っていました。

    だから、「任用受験者の戦いも一歩も引けないのよ」と自分の友人名を出したそうな。
    すごい思考回路です。

    副本のお子さん・・・・病んでしまわないか心配です。

  33. この信心は他力本願じゃない、祈ったら仏様が何とかしてくれるんじゃないのよ、と言いながら一方で
    「新聞配達の功徳は無量無辺なの」

    なんで?

    他力本願じゃないなら、その功徳って誰がくれるの?

    そもそも新聞配達って信仰ですか?
    「唯一の方法は曼荼羅に題目」と言ってませんでしたっけ?

    新聞配達、勧誘、会合準備、掃除片づけ、交通整理…上手いこと言われて全部タダ働きさせられてるだけですよ。
    いい加減気づいてくださいね。

    曼荼羅に祈ることが唯一と言いながら、一切が信心で活動一切に力がある、と言う。
    他力本願じゃないと言いながら、功徳がもらえたわね、と笑う。

    ちょっと考えればおかしいと思いますよね。
    全然むずかしいこと言ってませんよ。
    難しいのは、MCされながら「ちょっと考える」ってことなんでしょうけどね。

  34. 脱会を考えだしたとき、死んだら、葬式や、お墓はどうするのかって夫婦でよく考えました。入れるお墓はありますが、葬式は家族葬で最低限の金額でもちろん、お坊さんなどお経もいらない、遺影もなし、火葬したら海に散骨でおしまいです。もしくは検体も考えています。子供にもそう、伝えています。宗教にとらわれると考えが偏ってしまう感じがします。特に創価(宗教ではありませんが)に関わると表向きはプラス思考で楽観主義、絶対的な幸福を言っていますが、裏はただで動かしてお金も取れる信者をどう増やすか、しかも政治にまで手を出して信者に票集め・・ありえません。うまく女性を、主婦をもちあげて使っていますね~。役職に燃えて生き甲斐と思う人も選挙が大好きな婦人部もいますし、よく心理をつかんでます。創価の中だけの生き甲斐にしがみつく。狭すぎます。

  35. レモンさん、まさに「The・創価脳」ですねえ。

    「任用試験の申込みに何が何でもノルマの数の名前を書けば願いが叶う」
    もはや何教なんだ?
    頭を抱えたくなりますね。

    MC恐るべし~
    学会員さん、これでもまだ気づきませんか?

  36. 自己紹介します。
    入信は10年ほど前です。
    職場の上司にしつこくされて仕方なく。
    入信したときは男子部
    上司ががうるさいから会合なども出ていました。
    数年後には活動には出なくなりました。
    新聞はやめてもすぐにとらされます。
    公明には投票したと報告するけど
    実は毎回公明の敵だから共産党に。
    まだ創価の上司が上司のまま。
    すぐに脱会したいけど
    トラブルになりそうで脱会できない。
    1日も早く脱会したい。
    こんな現状です。
    よろしくお願いします。

  37. kickeyさんの 先日のコメントの会話のやり取り、凄いです。
    自分が バリ活で気弱な男子部だった頃、女子部や婦人部に
    kickeyさんクラスのたくましい方が居られたら、協議会の度に 自分は気を失なって救急車で運ばれていたと思います。
    (@_@;)
    組織の明らかな矛盾点をストレートに教えてあげることは、とても大切なことだと思います。
    覚醒した アラフィフ同士、ともに 頑張りましょう!!

    『人間革命』のベストセラーの裏に、こうした闇の事実があるとは、正直 あまりよくは知りませんでした。
    たいして素晴らしい訳でもない、ただの小説が 何故ベストセラーになってしまうのか、これで理解できました。
    地区幹部や支部幹部は、ハッキリ言って 学会首脳に操られる
    哀れな人形みたいです。
    本人達が 騙されながらも自分の意思でやっていることが、
    不憫でなりません。
    このブログが、そうした方々のもとに届き 一日も早く覚醒されることを 心から願っています。

  38. ところさん、自己紹介ありがとうございました。
    ところさんのようにMCされていなくても脱会できなくて困っている方もいらっしゃるんですね。それも10年も大変でしたね。上司から入会させられて嫌々やらされるって、完全にパワハラなんですけど、上司は最高の人助けのつもりでいるんですよね。困ったものです。たぶんところさんが辞めると言ったら自分まで不幸になると思って、血相変えて説得するでしょう。悪気がないだけたちが悪いです。その上司の方との関係がわからないので何とも言えませんが、まったくやる気なしオーラを出していて「一日も早く脱会したい」との気持ちならば、最近は意外とあっさり了解される話も多くなりました。まずは新聞を辞めるぐらいのことは毅然としてやっていいのではないでしょうか。本来ならそんなことを気にしないといけないこと自体がおかしいんですけどね。上司であれば部下の悩みを聞いてあげられる器があってあたりまえなんでしょうけど、創価脳は人の心をなくしてますからね。
    「え?知らないんですか?いま学会員はどんどん減ってるんですよ。みんな辞めて本当によかったと言ってます。もうすぐ創価学会は終了しますよ。私も精神的に限界ですので辞めるつもりです」ぐらいのことは本当の話ですから言っていいと思います。「辞めたいと思っているのですが」なんて言ったら「辞めないように説得してくれ」とお願いしているようなものなので、脱会の決意が揺るがないことを伝えないと面倒なことになると思います。
    もし私だったら、辞めたら上司との人間関係が悪くなるんじゃないかと悩んでいる気持ちをストレートに上司にうちあけて、辞める辞めないの相談をしているわけではないことをはっきり言いますが、これも情況次第ですので正解かどうかはわかりません。ただ何か行動を起こさないと変わりませんから、このブログの皆さんのご意見を参考にされて下さい。

  39. レモンさんのコメントにふれてですが、創価大学は相当カルト性が高いのでしょうか?かなり問題です。
    10月に入ってからでしょうか、創価大学は国際基督教大学等他選ばれた大学とともにグローバルけんいん校の指定を受けることができ、補助金を得る予定になりましたよね。名誉あることですが、外部の厳しいチェックの目も光ると思いますので、常識的な健全な学校経営をすすめていく義務があります。アメリカの大学における孔子学院のように、教育側から自由な学問の追究ができないと指摘を受ける可能性もないわけではないです。
    少子化の波は学校経営に大きな打撃となっています。PL学園も危機に立たされているようですし、若い人の前途をもてあそぶようなことなく、現実的に対処してほしいです。

  40. 宗教って何だろうという問いに対して、自分なりにあらためて考えてみると、世界の宗教は大きく分けると、キリスト教とイスラム教に代表される一神教、つまり西洋の宗教と、仏教を中心とした東洋の宗教に分けられると思います。ここで細かなことを言うと、たいへんなことになるので、ザッとした分類という意味です。で、西洋の宗教それは哲学も含めてですが、これは人は常に時間の経過とともに賢くなり進歩していいくという考え方のようです。ソクラテスに始まるギリシャ哲学が宗教会議によってキリスト教の教義にとりこまれ、堕落した中世ヨーロッパの中心的思想となりました。免罪符の乱発や魔女狩りなど、悲惨な時代ですね。

    その後のルネッサンスや宗教改革を経ても、そして地動説や進化論を認めたとしても、やはり基本的に世界は絶対唯一神が造りたもうたというスタンスは崩れなかった。それはあれだけ理性を重んじたデカルトであっても、この世界は神がつくったのだからしょうがないと思考停止になってしまった。その後の近代哲学の巨匠といわれる錚々たる大哲学者であっても、神の存在を信じていたのかは別にしても、やはり時間の経過とともに、いつか人類は「真理」にたどり着くのだと信じていた。この世に「真理」なるものがあって、それに神が関与しているかしていないかはわからないにせよ、哲学の目的はその真理を解き明かすことであったし、その真理にたどり着いた時、人間は幸せになれるのだと信じていたようです。それが近代西洋のザッととらえた思想宗教観ではないかと思います。

    ニーチェが「神は死んだ」とは言っても、西洋人はどこかに真理なるものがあって、自分たちはそこへ向かっているのだと信じていた。これは神の存在は別にしても、ひとつの信仰だと思います。ところが20世紀になって西洋ではそうしたことも疑うようになりました。先に述べたレヴィ=ストロースが唱えた異文化の視点です。彼はそれまで西洋人が気づき上げた思想体系を根こそぎ疑いました。つまり西洋の学問大系は井の中の蛙じゃないかと。自分たちだけが優秀で、西洋以外の民族は野蛮で不幸な生活をしているのだから、自分たちが教育を施して救ってやらなければならないという考えでした。それはキリスト教の宣教師の活動を見ればよくわかります。彼らはいわゆる大航海時代とともに世界中にキリスト教を広めていきました。日本にも広めようとしたために悲惨な弾圧の歴史があったのは皆さんご存知の通りです。彼らは自分たちの信仰が正しい。土着の信仰なんて取るに足りないと考えていました。ヨーロッパの商人は世界中を植民地化していき、外国の人たちを奴隷にし、経済を牛耳って、その土地の経済を破壊していきました。同時に宣教師たちはキリスト教を広め、その土地の文化を破壊していきました。

    唯一、鎖国をしていた日本は、その西洋の経済と文化の両面に渡る植民地政策に抗うことができたのです。しかし、幕末の世に至ってはついに列強の圧力に屈した江戸幕府は、西洋の植民地支配に応じてしまう。徳川幕府に変わって明治政府をつくる中心人物は、みなヨーロッパに連れて行かれて、その強大な権力を見せつけられ、西洋列強の思うがままの明治政府をつくることになります。明治維新の歴史を見るには、幕府と明治政府の変遷で見るのではなく、西洋列強が東南アジア、中国、日本と次々と植民地支配を実行していく歴史としてみなければ、明治維新に関わる人間がなぜあのような行動をしたのかがわからなくなります。逆に、西洋の植民地政策という視点で見れば、すべてが見えてきます。そこは学校の教科書には載らないところですね。歴史にもしもはないと言いますが、日本があそこで断じて鎖国を貫いていたら、こんな日本にはならなかったのかもしれません。

    話がずいぶんずれてしまいましたね(笑)

    そう、西洋は常に自分たちが一番優れているという「信仰」のもとに歴史を拓いてきたということです。だから他国に攻め入って現地の人を奴隷にしたり、無理やり自分たちの信仰を押し付けても、それは当然のことだと思っていたわけです。なんかどっかで聞いたような話ですね(笑)。
    この信仰とはまさしく絶対唯一神にすべてを捧げなければ幸せにはなれないという一神教の思想があるからだと言えます。

    最初に私が話した西洋と東洋の宗教の違いというのは、一神教と多神教の違いだと思うのですが、しかし仏教…いやブッダが悟ったのは多神教でもありません。世界の視点という意味では、西洋が20世紀になってやっとたどり着いた「神がつくった真理などない」という視点を、はるか2500年前にブッダがひとり悟っていたのではないでしょうか。レヴィ=ストロース以降、いわゆる西洋の現代哲学者は、私たちは真理と言うもの、つまり何をもってしても揺るがない真実などないということを理論的に明らかにすることに方向転換しました。西洋の思想哲学は現代において大転換したのです。それは科学の世界ととてもシンクロしています。科学もガリレオやニュートンといった天才科学者であっても、科学が進歩していつしかこの世の真実に到達できるのだと信じていました。それもまさしく「信仰」だと言えます。しかし、現代の科学では量子力学や宇宙物理学の目覚ましい活躍によって、科学の進歩によって人間が真理に到達する可能性はないということを、科学的に証明してしまいました。それが有名な「不確定性原理」です。これにはあの天才アインシュタインも尻尾をまいたわけですが、すでに人間にとっての科学は真理を追究する方法論ではなくなっているのです。

    長くなりましたが、簡単に言うと、西洋の思想哲学は20世紀になって、やっとこさブッダの視点に追いついたということです。しかし仏陀の視点は、前にも書いたように、イスラム教勢力によって破壊され、逃げ延びた教えも、膨大な時間と距離のなかで変貌して、まったく違うものとなって日本に伝承されるに至りました。そしてその変わり果てた仏教をさらにおかしな解釈をして、まさに仏教を滅ぼした一神教的な教義にしてしまったのが日蓮だということです。しかし、その日蓮の教義もどんどん細分化し、いくつもの宗派にわかれ、その中のほんのひとつが日蓮正宗でした。日蓮正宗は他の宗派とは違って、日蓮こそは末法の救世主であり、本物の仏であるとの教えです。それは小さな一宗派での話でしたし、鎌倉時代から何百年もの間、とくに広まるようなこともありませんでした。ところがなんと700年経ってから創価学会がこの日蓮本仏論、つまり絶対唯一神を標榜する日蓮正宗に白羽の矢をあてたのです。これを拝めば絶対に幸せになれるということを信じさせるために鎌倉新仏教の中でも異端中の異端であり、仏教どころか中身はまるきり一神教そのものである日蓮正宗が利用されました。初代と二代会長までは、金儲けではなかったのかもしれませんが、とくに三代目の池田氏が会長になると、とたんにその拝金主義は露骨になり、会員を非常識な行動へと駆り立てていき、社会との軋轢を生むことになります。

    学会員さんは、自分たちは仏教の本流を走っているつもりなのでしょうが、それはまったくの勘違いです。仏教どころか、創価の基本は日蓮を本仏とする一神教ですが、それも金儲けのための道具でしかありません。完全に騙されているのです。普通ならぱっと見、創価はおかしいとわかるのですが、新聞や会合での指導や普段の活動を通じて、日々MCを強化されているために、こんな簡単なカラクリがわからないんですよ。疑うのが怖いでしょ。それ自体MCされている証拠ではないですか。普通の人間は、おかしいと思うんです。そしておかしいと思うことに恐怖を感じません。おかしいと思ったら、何がおかしいのかはっきりさせたいと思うのが普通の人間です。それを疑ったら何か悪いことが起るんじゃないかとか、せっかく貯めてきた福運が消えるんじゃないかとか、福運はショッピングモールの買い物ポイントじゃないんですから、増えたり消えたりするもんですか(笑)。普通に考えてみてください。この信心を疑うと不幸になるよと、どこかで信じ込まされてきた自分を客観的に見てください。そしてその恐怖心が何の根拠もないことだということに気がついてください。その恐怖心こそ、あなたが創価にお金を貢ぎ続ける元凶なのだということに、どうか気づいてください。

  41. レモンさん、副本の娘さんが本当にお気の毒です…(>_<)

    他大を蹴ってまで、というのもどこまで本人の意思だったかわかりませんよね。
    私のように「親や周りの人が喜ぶから」という理由で進学を決めたのなら、尚更ここで辞めるわけにはいかないと自分を追い詰めてしまいそうです。

    宝星さんの仰るように、カルト性が強い部分も確かにあるでしょうね。
    講義で創価用語を平気で使う教授がいたり、学内には地域の人も使う会館もあります。そもそも学生の大半が特定の信仰、それもかなりのキワモノを持っているというのは特異なことですが、中にいるとそれが当たり前になってしまいます。
    私の在学中にも、友人が何人か心を病んで休学したりしました。
    そうなると、まだハタチそこらの青い子たちが、幼少から刷り込まれた創価の教えどおりに「今いる場所から逃げてはいけないよ!」「お題目送るから一緒に頑張ろうよ」等々、トンチンカンな激励を送るわけです。
    相手は友達だから適当にあしらうのも難しいです。良かれと思って言ってくる気持ちもわかりますしね。
    合わない人には本当にしんどい学校だと思います。
    ごくたまに非会員の学生も見かけましたが、彼らは信仰に関しては毅然とした対応を取っていました。それほどのタフさがないと居辛い場所だということです。

    それにしても「いつか誇りに思う日がくる」って、都合のいい解釈ですね。
    そんな自分勝手な希望的観測は今すぐ捨てて、目の前の娘さんの心に寄り添っていただきたいものです。

  42. まるさん
    副本の娘さんは、まさに「親が喜ぶから」だと思います。
    副本曰く「優しい子だから、私が喜ぶと思って創大に決めたのよね。本当に行きたかった大学をあきらめたのよ」とさすがに複雑な顔を見せていました。

    MCどっぷりの副本としては、娘さんに幸せになってほしい。
    だから池田さんが創立された素晴らしい大学に入った娘さんが、喜んで大学に通うものだと思っていた。

    でも、娘さんは入学してから苦悩している。
    成績も急降下していて、登校も休みがちになり、困り果てて指導を受ける。

    そして、その指導が「いつか誇りが持てる・・」のMC指導。

    副本、その指導で自分で自分を追い込みますます活動に奔走する。
    目の前の戦いは任用試験!
    何が何でも受験者の名前を出さなければ!
    副本の心中はそんな感じだったのではないでしょうか。

    本当に気の毒な図式ですが、こんなふうに親子関係、夫婦関係と1番身近な関係の全てをオカシクしてしまうのが創価ですね。

    良かれと思っている行動が、相手を這い上がれないようなアリ地獄へと突き落としている。
    そのことに気がついていない。

    母親が我が子へ向ける愛は、創価だろうが創価でなかろうが同じです。
    自分の命に代えてでもと守りたいと思うものです。
    それを創価は利用しているんですよね。

  43. 続編~池田本をベストセラーにしよう~

    あの夕方訪問された日、

    なかなかお帰りいただけなかったので、

    あの、断るときの体裁の好い引き際言葉、

    そう、

    「考えておきます」というセリフ。

    洋服など見に行って、しつこい店員に断るときに

    また考えておきます。今度来た時あったら買うわ。

    っていうパターン。でも、内心買わないって思ってるわけ。

    買うなら、本当に気に入ってたら、その場で買うでしょ。

    で、k「あの~、確率低いけど、たぶん買わないけど、

    気が向いたら連絡するからさ。もしもそちらから買う場合だけね。

    買わない場合は連絡しないよ。だからね・・。」

    といって、帰っていただきたいそぶりを見せる。

    T「じゃあ・・・良い知らせを待ってますので。」

    k「はいはい~(連絡なんてするかよ~)」

    ドア~ばたん。

    その一週間後

    (当然それまでも連絡せず、そのまますっかり忘れていました。)

    銀行業務の試験が近かったので、勉強したいし、明日の会合の準備も。

    早くスーパーで買い物を済ませてかえろ~っと思って行った、

    スーパーのダ○エーにて。

    kickeyさ~~~~ん!

    と呼ぶ声、はてこんな時間にだれ?

    振り向くと婦人部T。

    私は、そのつもりになったら連絡すると言ったつもりだったので、

    連絡なければあきらめてね、と意思表示したつもりだったが、

    T「あの件、考えてくれましたか?」

    k「え?なんでしたっけ?」

    T「人間革命の件!」

    k「あ~あ!あれね、あの時、買うときは連絡するって言ったつもりだったんですけど。

    だから、買う気がなかったから連絡してない。返事も何も、考えるも何も、それが返事ですけど。」

    T「え~~~~!買わないんですか~!女子部で教材になさったらいいじゃないですか。読み合わせするとかね~」

    k「そう思うなら、最初にそう言って推進して来いよ!」

    k「売りさばくだの、誰誰が買い占めただの、わけのわからんこと言って、しかも内容も何が書かれてる章なのかも知らんって、そんな風に言ってきて誰がその本欲しいと思うねん??だれが、そんな説明で買うねん!」

    k「女子部で・・ってそれを今言うなら、あの来た時に、女子部の読み合わせや教学の補助に使ってもらってもいいし、どうかな~って最初に言うべきでしたね。推進するならそのくらいのこと、言わないとね。そう言われたら、あ、そうか。教材で使おうかな~って思うかもしれないでしょ。」

    k「でも、私は今回いらないよ。買いません!買うなら他で買います。」

    T「買うんでしたら、こっちで買ってくださいよ~。」

    k「なんでどこで買うってことまであんたに言われなあかんねん。買う場所も私が決める、買うタイミングも私が決める。今でなくてもいいでしょ。(これが去年なら、今でしょ?!なんて言われるところでしたがww)」

    k「それにな~、この間のあんたの態度もね~、そりゃ、こっちも興奮していろいろ言ったかもしれんけど、そのあと女子部でTさんのこと話題にしたんやけど、「うりさばく」ってのはやめたほうがいいってこと、話題になったよ~」

    T「ど~ぞ、ど~ぞ、せいぜい私の悪口、いいまくって女子部で広めてくださいな~(ひらきなおってくる)」

    k「あんた何言うてんねん、おかしいんちゃうか?悪口広めてくださいって。それは悪口ちゃうやろ?本当にあったことをはなしてるだけじゃ!悪口いってるんはあんたやろ?本を買わんって言って。どうせ私のこと言ってたんやろ?活動家のくせに・・とかね。それが悪口いうねん」

    ここで・・・ちなみに地区の副幹部の婦人部は私の同年代1歳だけ若い程度の、早くから婦人部(20代で)活動していて、30代の同じ時期に向こうは婦人部の地区幹部でした。しかし、同年代の割に、思考がまったくかみ合わず、毎回会話はこんな感じです。同世代なので、切れかけたらもう、「あんた」とかになってしまっていました。

    ここでのスーパーの会話、詳しくは忘れたことも多々あるのですが(大体の会話は上記ですが)おおむね、地域のことなど細かい会話も含めて1時間は立ち話。

    ほとんどこっちと向こうのいいぶんが違い、かみ合わない1時間でした。

    ともかくも、「買わないものは買いません!」というのを納得してもらうのに1時間かかったんです。

    しかもスーパーで。待ち伏せされてたのかと思うほど。

    ひょっとしたらこの間のマンションに来た時も見ていたのかと思うほど。

    だって、私の同じフロアにバリ活思考回路キチガイ婦人部が住んでいるので、

    そこから待ち伏せして貼りつけば、確認できるのですから。

    当時はスーパーで買ってた買い物も、今ではネットスーパー。

    うっとうしい地域の人にも会わずに済むからいい時代になりましたね。

    その後、人間革命は意地でも買いませんでした。書店でも組織からも。

    今では、もう学会関係の本はすべて処分しました。

    ゴミ箱行きです。

    紙として使えるものはリサイクル。どっちにしろ本としては処分です。

    で、また会話に戻るのですが、

    その、スーパーでの別れ際、

    k「もう買い物する気も失せたし、本当は試験勉強もしたいし、女子部の明日の準備もしたかったのに。時間無駄にしたわ!もう帰っていいよね!?本は買わないけど。」

    T「女子部の準備できなかったら私のせいにしておいてください~いつでも悪者になりますから~、どうぞどうぞ、悪者にしてください」

    ってまたいいやがった。

    ほんま、この発言、何かうっとうしいと思いませんか?

    はっきりいって、Tのことなんて女子部はなんてなんとも思いませんよ。

    それに準備ができなくてもスーパーで出会ったせいにはしません。

    本を買えってしつこかった話はすると思うけど。

    それほど私も女子部のメンバーも暇じゃなかったので(日中は仕事あるし、私の場合は仕事以外に試験も研修もあったので)うだうだ話している時間がないわけです。

    それをまた「どうぞどうぞ」って

    うっとうしいので

    「そんなことせえへんわ!あほ!」と捨て台詞言って、走って帰りました。

    きっと私のことは話題持ち切りだと思いますよ。

    うちの地域の婦人部が黙ってるわけがない。

    逆に「どうぞどうぞ」って言ってやればよかった。

    お昼間に会合終わったら茶話会してるんですよ。ほぼ毎回。

    現場も見たことあります。たまたま休みの日に行った、たった1回のお昼間の

    会合で、その茶話会にびっくりしたので。

    噂話ばっかり。だからそのTも、女子部も同じだと思ってるんですね。

    私はうわさはしませんよ。個人的に創価のあつまりは馬鹿とは思ってますけど。

    みなさん、前回から引き続きバカな体験、馬鹿な会話を読んでいただき、

    ありがとうございます。

    そして会話に対するコメントもありがとうございます。

    私はもともとこういう性格なので、頑張ればものすごく突き進む、

    なので創価でバリ活時代も、盲信していた時は、とにかく頑張りとおしてました。

    なので、その私が活動をやめるのだから、単に一人の人の一言でやめるとか、

    嫌いな人がいるから活動に出ないとか、そういうのはあり得ないわけです。

    Tとの会話でもあるように、いらないものはいらないと断ってでも、非難浴びてでも、活動したいときはしていたんですよ。

    だけど、地域の人も認めるほどの勝気な私が、すっと引いてしまった。

    人がどうの、そんな生易しいものではないって気がつかないんでしょうかね。

    つかないんだろうなぁ~

    いろんな人からしばらくメールとか来てましたけど、

    ほとんどが

    「たったひとりの人のため、嫌いな人のために活動ができなくなるのはもったいない。自分とご本尊です。自分と先生です。云々、以下省略」

    完全にバカです。

    わかってないんですね~。あれだけ人を騒がせてまで嫌は嫌で押し通してでも頑張って活動する勝気な私が人一人のためにすんなり引くわけないでしょ。

    引きたくなるインチキを見破ったから。詐欺に気がついたから。

    池田のインチキに気がついたから。諸々。

    このTとの会話はこれで終わりましたが、また「は?」と思う会合での会話を思い出したので、次回時間あるときに書き込みます♪

    signifieさん、いつも管理をありがとうございます。

    いろいろここでの書き込みメンバーへのお気使いもありがとうございます。

    安心してコメントしていますよ~。

    今回の会話に関しての皆さまのコメント、いろいろ読ませていただきまして、

    コメント読むのも楽しませていただいてます。

    それと今でもベストセラーにこだわっているという驚きでいっぱいです。

    どこまでもバカな集団ですよね~

    あ、思い出したけど本も新聞も買った人に「払わせてあげる」なんていうんですよ。

    払った本人が功徳「受ける」らしいです。プ。

    モニカさん言われてましたけど、誰が功徳くれるの?

    だって功徳を「受ける」んですもんね。

    本当に、誰がくれるんでしょう?

    そうなれば完全に創価がバカにしていた外道と同じなんですけどね。

    プププのプ。

  44. 追伸:ちなみに私のハンドルネーム、kickeyですが、ディズニーのmickeyからもじって・・・うちの猫がキキという名前なのでそれにかけてkickey。もうひとつ、創価を蹴飛ばす意味(キック=kick)にもかけています。わはは。

  45. 親が子どもを自分の価値観に合わせたがるのは、創価に限らずいますよね。
    進路や結婚相手なんかにも。
    こうなったら原因が創価ということにこだわらず、世間ではままあること、と割り切るしかないですねえ…
    (私は親を喜ばせようと無理やり結婚して、ずっと後悔している人をよく知ってるので)

    親は価値観を広く持たないといけないですよね。
    創大に行って幸せになれる保障はありませんし、男子部と結婚するとも限らないし、アンチと大恋愛の末駆け落ちするかもしれないし(笑)
    でも何が幸いして何か災いするかなんて、本当にわかりませんよ。

    その娘さんも、これで親を喜ばせるだけが幸せじゃないことが経験によって学べてよかったのかもしれません。

    こうでないと幸福の軌道から外れてしまう…母親は特にそんな意識が強いですが、そんな軌道などありますか?
    あるとしたら、こうじゃないと幸せになれない、と決めている狭い価値観こそが幸福から離れていくのでは?

    大学に行かなくなったとして、ああどうしよう、悪い結果になった(と決めつけ)、それを解決するのはこの戦いをするしかない!と、また同じようにレールを敷いた思考。
    本当にワンパターンですよね。
    (同じことになっても、本当にやりたいこと、やりたくないことがわかった!と喜ぶ人もいますよ)

    創価の本職は金儲けです。
    教えなんてそのための道具で本職じゃないから、たいしたこと言いませんよ。
    何度指導受けても、このように浅いワンパターンしか出てきません。
    またはもっと新聞啓蒙がんばりなさいとか、更に金ズルにされてしまいますよ。

  46. ちょっと話題とそれるみたいで申し訳ありません。

    五時八教を教わった時、『すごい!大聖人様は釈迦の教えの中の最高の法華経を極められて末法の衆生が幸せになれる唯一の方法を残されたんだ。他の宗派では無知のせいか確信犯かは知らないけど低い教えを広めて最高の教えを貶めてるんだ。お経には高い教えと低い教えがあるという事がどうしてみんなに知らされないんだろう?最高の教えを実践してる学会だからこそこんな素晴らしい話を知ることが出来たんだ!』とえらく感動しました。
    私にはこれといった体験がなかったのですが、教学を学んで感動した事がその後の活動の原動力となっていました。

    ところが・・・覚醒に到る際に仏教の一般的な知識を学んだんですが、そもそも釈迦の教えである経典が釈迦の亡くなってからだいぶ経ってから編纂されたという事を知って衝撃を受けました。特に法華経あたりはかなり創作が入っているという事実。
    『未顕真実』はどうなったの?お釈迦様が法華経を説く前に『これまでの教えは仮の教えだから全て捨てよ』と言ったのではなかったの?とこれまたショック!
    今でも教学で五時八教って教えてるんでしょうか?

    教学って信心の確信を深める為に習うのだと思うのですが、絶対的な確信に至ってしまうと習った事が根拠に欠ける事だという事実を知ってもそんなことはどうでも良くなってしまうものなのでしょうか?
    体験こそが大事!みたいな。
    机上の理論は必要ない!でしょうか?
    うちの旦那も私よりずっと頭の良い人なんですが、体験を重視してるみたいで教学の矛盾点を伝えても興味も持たないんですよね・・・。
    宗教って結局、理屈じゃなくて感覚なんですね。信じてしまえばどんな根拠のない事であっても関係ないみたいです。

  47. kickeyさん、これからも 創価脳の石頭を打ち砕くような、
    華麗なるキックを期待しております。
    (*^ー^)ノ♪
    メガネさんのコメントの法華経の話は、つい数ヶ月前にネットで知りました。なんだかな~って感じでした。
    創価の教学の根幹が崩れる訳ですよね!!
    創価学会は、仏教から完全に逸脱している証拠ですね。
    釈尊や日蓮さんの教えを都合よく改竄し、アレンジして信じこませ、金儲けのツールに換えてしまう、なんとも極悪非道な団体ですね。
    イケダセンセイが、本部幹部会のスピーチで 「騙されてはなりません。」と、しきりに言ってましたが、結局 一番騙していたのは、あ・な・た ですから…。残念。(古いか!?)
    (/_;)/~~

  48. シニフィエさん

    ありがとうございます。
    新聞はやめるとすぐに上司にばれて再度とらされます。
    あまり他人の不幸を願うのはよくないかも
    しれませんがついつい早く上司が死ねばいいのにと
    おもってしまう。
    上司が死ぬか創価が滅亡して欲しい。

  49. 私もネットで最初に調べたのが教学でした。
    それで教わった教えが完全に破たんしていることを知りました。
    創価の教えは正しい。故に創価学会は正しい、という理屈が完全に否定されることになります。

    なんで、これを正さないの?知らないわけないのに…!!

    そうです。これを目玉商品に使っている創価が近代仏教学を知らないわけがありません。
    それで正しい教えを広めるのが目的なわけでも何でもなくて、金儲けが目的とはっきり理解できました。

    言ってることの根拠が重要ではなくて、そう信じさせ、金が入ってくることが大事なのです。
    実際一度MCにかかった人は、何があろうと簡単には疑いません。
    創価側はつつかれて困ることはなかったことにして、教義を少しづつ変えてごまかしていけばいいのです。

    まあ新しいメンバーはこれが唯一正しい教えで他は邪宗、なんてもう習ってないんでしょうね。
    最初から完全な創価教、自己啓発セミナーという感覚かもしれませんね。
    そういう人は教学よりスキャンダルを聞いて不信を持つのかな、と思います。

    古い教学を未だ信じていて、この教学に魅せられて入会した人は、迷わずそれを調べてみることがお勧めです。
    でもそういう世代ってネットを見ないんですよねえ。
    ゴシップネタじゃないですよ。
    学術的な事実として勉強することをお勧めするんですが。

  50. ところさん、あなたがこのブログにコメントされる意図がいまひとつわからないので、どうお答えしていいのかわかりません。新聞を断ってもまたとらされることに対して、冗談ではなく「死ねばいいのに」と思うのであれば、それはたなたの考え方がかなり偏っていると思います。そこまでいやな思いをしているのであれば、自分でなんとかするべきではないでしょうか。その上司と話にならないのであれば、上司の上の人に相談するとか、上司の創価の上の役職の人に相談するなど、いくらでも方法はあると思います。その上司の方も会社や学会の組織から言われれば何も言えなくなるんじゃないでしょうか。詳しいことはわからないので断言はできませんが、ところさんのお話しからは、MCされてもいないのに10年もいやいや活動を続けていることの原因を、その上司のせいにしているだけのように見えます。そこまで負担に感じているなら、自ら行動すべきかと思いますがいかがでしょうか。

  51. そうですね。
    上司は何を言っても無理なので
    社長 に直談判してみます。

    社長も創価なので危険ですが
    上司よりはマトモなのでトライしてみます。

    優柔不断なので気が変わらないうちに
    今日の夕方に言ってみます。

    結果は報告します。

  52. 精神疾患の体験コメントにご意見、お返事、皆さんの回りの体験など、コメントくださった皆さん、ありがとうございました。一人一人へお返事できなくすみません。私自身も覚醒からうつになり、心療内科クリニックへ通ったのですが、うつ病というほどではないから、心配しないで、と言われホッとしましたが、地区婦などには、うつ病になったと報告してるので、精神疾患のある人扱いされてるんじゃないかな。影では「うつ病ですって、考えがおかしくなるのよね」とでも、噂されてるんじゃない(笑)
    私は、創価のあなたたちにそう思われても、痛くも痒くもありませんが。

    政治のニュースをみていると、女性大臣が叩かれてますね。お金の使い道がおかしい大臣さん、収支報告もするのに、疑惑をもたれるような使い道があるから指摘されるのでしょうが、なぜきちんとできないのでしょう。
    「知らなかった、今調べている」など、自分でわかってないものなのでしょうか?経理や秘書に管理させているとしても。

    宗教法人は収支報告がない、実態が把握できない、どこにお金が使われているのかわからないなんて、本当に恐ろしいことですね。
    また、疑わないことも恐ろしいことです。以前まで私も(泣)
    広宣流布のため。
    海外のあちこちに、イケダ庭園、トダ記念公園、などと広大な土地を買って作ってましたよね。これも疑問でした。何のため?
    きっと資金を海外に隠すため、また、土地を買えば、その町や市に多額のお金が入り、喜ばれますよね、感謝状、市民名誉章もこのおかげですか?
    どこが広宣流布でしょうか。どこかの大富豪がやるのと一緒。

    女子部時代、毎年(と言っても2か3年でなくなったかな)12月の暮れになると、『近隣友好の集い』と題した、創価の会館の近隣の方、町内会の区長さん、町議会員、幹部の知り合いなどの外部を招き、日頃の感謝の思いをと、
    会館に招待します。で、何が行われたかというと、一般ホテルから豪華な食事やお酒が会館に運ばれ、会館はまるでホテルの宴会場に早変わり。
    身分に合わせて、松、竹、梅、とテーブルも分けられ、女子部、婦人部はお酒をついだり、接待や会館案内係とか、ホテルの従業員みたいに働きました。給料は出ません。宴会終了後、残った食事(酒はダメ)を頂き、
    「皆さん、ご苦労様(残りものなのに)こんな美味しいもの頂けるなんて功徳だね」と。
    外部の人も、いい気分で帰るし、「毎年、この集い楽しみにしているの」と
    満足げに帰って行く。
    その頃、本気で『感謝の思い』でおもてなししなくちゃ、とはりきっていたけど。
    今思えば、いつも聖教新聞とってくれる、学会理解がある、感謝=選挙の際は、公明党の支援よろしくね、と直接ではないけど、繋がりませんか?
    これは、かなり問題。てか、宗教を目的とした会館で、宴会って。
    いつの間にかなくなったので、やはり指摘されたのでしょうね。
    末端の中でさえ、こんな不正?が行われたのですから、上層部が潔癖なわけないですよね。
    最近では、グループ活動でも、茶菓子やおもてなしは控えること!と言われています。会場提供の人の負担もあるし、外部参加があれば飲み食いで勧誘に繋げるのは問題ですし、いろいろな不具合があるのかな。

  53. 社長にいままでの経緯を説明しました。
    上司に話してみるということでした。

  54. うつ病って、指摘されると辛いですよね。でも今に始まった現代病ではなく太古の時代からあり、メランコリー憂鬱から数々の芸術文化が生まれた…とありますよね。創価学会は利益追求だから、人に対してもそういう見方をしてしまうんでしょうかね、もうそっとしておいてです。

    私は母親に結婚してから次々慣れないことが続き、つい愚痴をこぼしたき、「あんた疲れてるんだわ」とすぐ病人扱いされるのがかえってしんどくて、あまり大したことは言えなくてヘラヘラしてたなあ。隙があると、単純にすぐ信仰に結びつけられるのがしんどかった。完璧な人生なんてない

    政治の状況、なんか重要懸案?集団的自衛権や消費税増税の議論にいきつかないで、エっと思うようなことばっかですね、しかも女性が多いし。
    靖国参拝もぞろぞろお出かけだし、公明党って与党ながらも利用されているだけで舐められているように見受けられますが、いいんでしょうか?
    教義がころころ変わると、もう何の主義もないんでしょうか

  55. kickeyさんが、一人のせいでやめるってことはあり得ないって言ってたことについてなのですが、たぶん創価では「あの人(凡夫)のせい」と決めた方が思考的にラクだからなんだと思います。私も「組織に疑問があるから活動できない」と言ったのに、そのことはスルー。でも、「あの人が…」と話し出した瞬間に幹部の耳がダンボになりました。信仰の組織である以上、組織の話をされると信仰を疑うことになってしまう。信仰を疑えば功徳、福運がなくなる。また、創価=自分の正義を否定されたくない。今まで右へ倣えでやってこれているのだ。この池田先生の連帯を急には変えられない。だから、「あの人のせい。だから、あの人には題目で境涯革命してもらおう。被害を被った輝子さんには休みながらでも題目で宿命転換してもらおう。みんなで題目だ。それで万事うまくいく」が幹部の頭の中なのです。誰でも同じ。MCされているとこれ以外考えられないのだと思います。

    凛々子さんの『近隣友好の集い』、びっくりです。そんなことしていたなんて…その宴会の費用は誰が払っていたか気になります。幹部たちの自腹?財務だったとしてもなんか複雑な気持ち。そんなことするくらいなら、財務の余剰で広布部員を年に1度もてなしてほしいものです。なくなって本当良かった。

  56. 凛々子さんのコメントの「近隣友好の集い」の件、初耳でした。広宣流布の為だとかいいながら、メチャメチャなことをやっていたのですね。おそらく、広布基金か何かに手を付けて、方面から 「自分達のアガリを猫ババしやがって」と、こっぴどいお仕置きを受けたことでしょう!!
    それと、残り物を食べさせながら、女子部や婦人部をホステスのように使った感覚が信じられません。
    まさに、カルトの成せる業ですね。
    こうした、選挙がらみ数々の不正も 公明党が巧く揉み消しを
    図りながら、やってきたのですね。
    公明党、雲隠れした誰かさんは 「金平糖」と言ってましたが、煮ても焼いても食べられない、残飯みたいなものです。
    m(。≧Д≦。)m

  57. 近隣友好の集いは、一時期ありましたね。
    町会の有力者や近隣の方などを招いて「日頃の感謝祭」といいうのが創価の表向きの顔。
    でも、本当のところは、凛々子さんも言われるように「選挙の時はよろしくね」といった下心満載でしょうね。

    ただ、こちらでは、どこの本部や支部でもやっていたものではなく、会館を抱えている地域の支部のみがやっていました。
    それほど華美にはやっていなかったので、これは地域性や中心者によるのかもしれませんね。
    かかるお金は当然、創価が出しているのでしょう。

    支部総会など学会側が打ち出しする催しなどにも、5千円程を上限としたお金が出ます。
    設営など準備など総会にかかった諸々の支出明細を書いて提出すると、そのお金が支払われるのですが、これもよく考えれば変ですね。

    会員には数千円のお金の支出明細を求めるのに、財務のような莫大なお金に関しての収支報告が一切ないんですからね。全く呆れます。

  58. kickeyさんの話、面白い、まるで漫才みたい。
    これで映画をつくると絶対にヒットする。

    モニカさんの発言は、私も座談会でなんかいもきいているので面白く読ませてもらいました。
    創価学会員でない人は、びっくりでしょうが、
    もにかさんの発言は、創価学会員では、常識である。

    ここで話をころりと変えます。
    \\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\
    イラク戦争を支持する、創価学会を激しく非難すろ創価学会員が、他方でイラク戦争を支持する創価学会を
    賛美しているのである。

    私には、どうしても論理的にりかいできない。

    実際の例を紹介する。
    1,桜@青い太陽さんが、創価学会を激しく非難している
    2,桜@青い太陽さんが、創価学会を激しく非難している
    3,イラク戦争支援の政治決定をした、創価学会、池田大作さんを賛美
    4、私の意見の説明

    少し長いですが、お付き合いください。

    桜@青い太陽さんの日記から引用。

    引用開始
    1,桜@青い太陽さんが、創価学会を激しく非難している
    \\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\

    >学会の機関紙の聖教新聞が平和主義を捨てたのは、もう、誰の目にも明らかであり、現役の最高幹部である秋谷会長と青木理事長が、
    平和主義者と言うカテゴリーに入らないという厳しい現実もさることながら、公明党を支援している創価学会員は、
    勿論、平和主義であるわけがないし、それを追認している池田先生も、平和主義者ではないと言われても、反論出来ない。

    >私は、創価学会は少なくとも、平和主義であると信じてきたし、多くの学会員は平和主義であると勝手に思って来た。
    しかし、それが妄想に過ぎないという現実を思い知らされる。「池田門下生は、平和主義である」と言うフレーズも、
    もはや、使うことが拒まれる状態である。

    >先生 が、公明党を支援すると言っている以上、池田先生も、大きな意味における平和主義者ではない。
    国連平和賞を受けていると言っても、

    >「絶対平和主義」とは、創価学会第三代会長が、戦後の一時期、唱えた主張に過ぎないし、創価学会の理念の根幹では、少なくとも、
    今はない。

    >学会員の多くは、日本国民の多くと同じ、単なる平和好きに過ぎず、平和主義者と言う範疇には入らないだろう。

    >池田先生ご自身で、平和主義を捨てられたのは、 残念だが、これも仕方がない。先生に往年の主張を復活させて下さいと言っても、
    先生にも立場がおありだろう。

    >学会は平和主義ではなくなった。少なくとも、 これは紛れもない事実であり、私も創価学会員である拘りから開放された方が
    いいようだ。私は、創価学会がかつて唱えていた平和主義を、今も頑固に貫いてい る一人の凡人に過ぎないのである。

    2004/12/22 (水) イラク戦争と池田先生の責任(桜@青い太陽さんの日記から引用)

    1、>公明党のイラク戦争容認問題で、創価学会会長の秋谷さんが、活動家の間で水面下で批判の対象とされている。
    私も同様な意見を持っている者であるが、この秋谷批判の創価学会員の特徴として、秋谷さんは間違っているが
    、池田先生は別であるというスタンスの人間があまりにも多い。取り分け、特徴のあるのが、秋谷さんが全ての悪の元凶であり、
    池田先生は被害者であり、正義であるという頑迷な思い込みがある。果たしてそうだろうか。

    2、>名誉会長として公務からは退いているが、池田先生に発言権がないとは到底、思えないのである。
    この種の批判者に類似した特性は、熱烈な池田信者であり、この現状に対するフラストレーションを全て秋谷さんにぶちまけている感が
    ある。そこで、非常にデリケートな問題だが、

    3、>池田先生の責任問題について、私見を述べたいと思う。まず、公明党との連 絡協議会には池田先生は参加しておらず、
    公明党との折衝や、他政党との生臭い接見は秋谷会長がこなしていると思う。

    4、>この中で秋谷会長が、池田先生との間で 相談や意見交換などが絶無であるとは想像しにくい。
    池田先生は何らかの形で重要案件の最終決済においてコミットしていると思う。

    5、>秋谷さんを必要以上に批判 する人間には、その延長線上に、先生の批判が横たわっていることを知るべきである。
    自自公連立に対しても、池田先生のコミットはあったと言われている。

    6、>公明党に対する先生の発言には、私は意見がある。「みんな、00万票、おめでとう。」-
    こんな発言を同放でする必用はないと思う。

    7、>自語相違の発言 である。先生が戦争絶対反対のメッセージを発信したのを受けて、
    公明党に批判票を投じた多くの同志が、先生のこの発言で傷ついたのである

    8、>こんな発言はする必要はないと思う。教団運営者としての顔、宗教指導者としての顔、
    非常に多面性のある立場であられる池田先生の環境を差し引いても、余計 な発言であると思う。

    9、>「戦争に反対せよ」と門下にメッセージを送りながら、それに賛成した公明党の応援を激励するのは、
    自語相違であろう。先生を信じていた同志の多くがショックを受けていたし、公明党支援を推進していた幹部は、
    先生の言辞を取ったと大喜びであった。健気に支援した同志を激励したのだろうが、
    外部の平和愛好家は、二枚舌であると批判していた。これに対しては、反論するつもりはない。これでは裸の王様である。

    10、>「何故、池田名誉会長は、イラク 戦争に公で反対を表明しないのか。」という疑問も多くの外部の平和愛好家から発言があった。
    当然の指摘である。

    11、>イラク戦争に賛成した公明党に批判票を投じた多くの同志にとってはショックだったようである。

    12、>今回は明らかに、公明党の政治的動きに本部が追従し、先生もそれに影響された感は否定できない。

    \\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\
    引用終了

    引用開始
    2,桜@青い太陽さんが、創価学会を激しく非難している
    \\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\

    イラク戦争を、その初期の段階から支持し、その事実を隠蔽し、嘘に嘘を塗り固めた詭弁と強弁に終始する公明党を、
    曲がりなりにも「絶対平和主義」を標榜する創価学会が、なし崩しで支援し続ける、その状況も異常

    宗教団体が選挙対策の下部組織と堕し、公明党はおろか、自民党の議員の選挙応援までもが、
    教団組織を使って組織的に行われる事実は、その選挙支援のアリカタが、公職選挙法違反スレスレの支援活動の実態を見るなら、
    宗教界の王者である創価学会がキワモノ教団に見えてくる。

    自民党議員を創価学会が組織を使って支援すると言うキワモノ選挙は、学会上層部に自民党からカネが流れていると言う事実も
    推測される

    こんな馬鹿げた組織利用をやっているのは、世界190ヶ国のSGIの中で日本の創価学会だけである。

    かつて、「究極のボランティア」として血を吐く思いで、「絶対帰依の美学」を見出し、日本の政界浄化と、大衆福祉、
    世界恒久平和と言う学会の政治参加の大義を完遂させるべく、行われた公明党支援の大義はない!

    創価学会と言う民衆勢力が、権力から恐れられていたのは、カネに屈しない、カネなどで選挙などやらないと言う教団の
    鉄の信念を誇示していたからである。

    この黄金の宗教的信念と、中道政治と言う左右のイデオロギーに左右されない人間主義を標榜し、自他ともに、
    それを認めてきたからこそ、学会は左右の権力から膨大な誹謗中傷を敢行されたのである。

    社会に評価され、公明党も与党となって、創価学会が市民権を持ったと錯覚している者は、馬鹿者である。

    民衆の側に立ち、権力と対峙する「正義の集団」は、権力から疎まれ、排斥され、攻撃され、差別されるのは、
    古今東西の歴史の鉄則である。

    日蓮大聖人も、初代も二代も三代も、この反権力を貫いてきた。だからこそ、獅子として弾圧され、牢獄に入れられたのである。
    \\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\
    引用終了

    桜@青い太陽さんの発言から引用。

    引用開始
    3,イラク戦争支援の政治決定をした、創価学会、池田大作さんを賛美
    \\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\

    創価学会総体の意思を尊重する池田先生と去就を共にすると言う、
    公明党支援を全面展開する池田門下もいるであろう!そうではなく、池田先生の従来の主張や主義、理念と反するものに対して、
    先生の本来の意思と信じて、これに敢然と立ち向かう人間も、また、真性の池田門下である!

    教団の総体的意思に殉ずる師匠と同じ立場で死ぬ覚悟も見事なら、

    師匠の変わりに、本来の師の理念に殉ずる生死の自覚に生きる弟子も見事である!

    両極の弟子が「真剣」であるが故に、師匠は中道なのである!

    古の合戦の時代、血族を絶やさぬために、親子、兄弟が敵味方に分かれて、生死を分かち合った。

    同様に、創価の血脈を絶やさぬ志で、

    生死を弟子の自覚に委ね、創価桜の同期の桜に、共々に生も歓喜、死も歓喜と、袂を違えて、創価桜の道を進むのも、
    弟子の志であり、学会精神である!
    \\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\
    引用終了

    4、私の意見
    \\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\

    >教団の総体的意思に殉ずる師匠と同じ立場で死ぬ覚悟も見事なら、
    普通の人なら、桜@青い太陽さんの発言に恐怖感じるだろう。

    イラク戦争支持の創価学会を激しく非難しながら、イラク戦争支援の政治決定をする
    池田大作と創価学会を桜@青い太陽さんは、以下のように賛美する。

    >古の合戦の時代、血族を絶やさぬために、親子、兄弟が敵味方に分かれて、生死を分かち合った。同様に、創価の血脈を絶やさぬ志で、
    生死を弟子の自覚に委ね、創価桜の同期の桜に、共々に生も歓喜、死も歓喜と、袂を違えて、創価桜の道を進むのも、
    弟子の志であり、学会精神である!

    これが、池田大作と師弟不二している創価学会員の思考である。
    創価学会員になるということは、こういうことである。
    いかなる場合でも、池田先生万歳である。

    本当に怖い教えだ。

    ここで笑い話を一つ
    \\\\\\\\\\\\\\\\\\\
    精神病院でいつも風呂桶につりざおをたらしている患者さんがいた。

    風呂桶には、魚はいない。みずも入っていない。
    いつもニコニコ、楽しそうにつりざおをたらしている患者さん。

    患者さんの傍を通る人は、不思議に思いながら風呂桶の中を覗いたり、患者さんの顔色を見たりした。
    何か言おうと思った人も、うれしそうな患者さんの顔色を見てすべてを悟り何も言わないで、
    通りすぎって言った。

    そんなことが、何年も続いたある日のこと。
    その患者さんの傍を通った、どくたーが患者さんのうれしそうな顔を見ていった。
    {今日は、魚をつれているかい?}

    患者さんは、びっくりした顔して振り返った。
    そしておもむろに言った。
    {馬鹿じゃないの、つれるわけないだろ}
    \\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\
    この患者さんの頭の中は、どうなっているのか?
    笑ってしまう。

    まともな思考と狂った思考が、同じ頭に同居している。

    わたしが、しょうかいした笑い話は、わらえる。

    でも創価の思考は、笑えない。

  59. 収支報告を明らかにしない創価をスルーして、某女性大臣、大泣きした地方議員他をなんだかんだ言ってる人がいるとしたら滑稽ですね。
    その理由を聞きたいと思います。

  60. 宝星さん、太古の時代からあったとは、知らなかったです。
    何でも病名は後からつくのでしょうね。
    ラザリスさん、レモンさんと同じで、会館を抱えている支部のみでやっていたことなので、他支部の会員や支部幹部などは関わってないので、知らない人も多いと思います。感謝祭の内容は、その支部に任せてあったのかもしれませんね。 私のところは、バイキング料理(今はビュッフェっていうのかな(汗)) カラオケもあり、外部の人が日本舞踊を披露やらフラメンコやらどこかのバンドが来たり、ほんと宴会場、、、、
    目的は近隣に会館使用で交通渋滞の問題などの理解を求めるためや有力な方は完全に選挙のためとしか思えないですよね。
    地方幹部が勝手に企画するわけないから、上層部から「資金は出す、ゴマ刷っておけ」と命令でもきたのでしょう。
    一つ一つこうして思い出すたび、どこが日蓮仏法を純粋に継承し、広めている唯一の団体なのか?と疑問だらけだったのに、気づくのが遅すぎました。

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