うたけいさんとの対話

このページはうたけいさんとみなさんとの対話のページにさせていただきます。
というのも、もともと「それってマインドコントロールでしょ」というテーマのページにコメントされていましたが、通常のテーマとは違う内容で展開されていますので、他の方のコメントに挟まれると、たがいに理解しずらくなってきましたので、独立させることにしました。うたけいさんのコメントに関しては、真実を求めてさんと私の3人だけですので、わかりやすいと思います。今後、うたけいさんとうたけいさんへのコメントはこちらにお願いします。

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うたけいさんとの対話」への29件のフィードバック

  1. 「宿坊の・・・」経由でこちらに辿り付きました。

    小生も四半世紀を創価(最後は壮年支部長をしていました)で過ごし、昨年キリスト教に回心(✖改心)※した者です。
    ※幼稚園~大学までミッション系でしたので、元はといえばクリスチャンのようなものでした。

    池田さんも、日蓮や釈迦の言質よりも、ヤスパース、キルケゴール、ユング・・・そして上智大の神学者といったキリスト教神学に基づく賢哲らの論考を本部幹部会で指導しているのですから、師弟不二を標榜する創価学会員さんも師匠に倣って、少しはキリスト教を正視眼すべきでしょうね。

    最早、キリスト教を「外道」で一笑に付す日蓮正宗の呪縛から解放された今こそ真の世界宗教たるキリスト思想を師匠池田さんの如く宣揚すべきでしょう。

    今の所属教会には戸田城聖もかつては礼拝に訪れていたそうで、当時を知る人によれば子供の薬代も払えない戸田さんに教会信徒の医者が無償で治療してあげたことをあったそうです。

    今思えば、功徳という名の現世利益に浴せた創価の古参世代は、誰人も貧しかったのが東京五輪の頃には高度経済成長の恩恵で等しく豊かになれたことを、創価学会員だけが目出度くも「師匠のおかげ」と断定する視野の狭さは、換言すれば世間知らずの愚かさを表象する滑稽さでもありますね。

  2. 私は創価・日蓮信仰の卒業旅行に身延にお参りしました。
    もし、五字七字から決別できないでいるなら、身延登山をお勧めします。
    そこで、初めて自分が如何に日蓮思想とは相容れない存在であるかを思い知らされました。
    もし、創価で学んだ日蓮に執着するなら、それは歴史的な人物にとどめておけば良いのです。

  3. >いまだにこのコラムに「白米一俵御書」とかいう日蓮の遺文を引用する創価執着者がいることに呆れています

    うたけい様、私以外に「白米一俵御書」の文を引用された方がおられるのでしょうか?
    私の投稿内容を指摘していると思われます。
    間違っていたらすみません。

    >創価流日蓮への執着未練タラタラを脱することです。
     
    創価流日蓮への執着未練タラタラとは、私のどの文章をさして、いっているのでしょうか?

    >白米一俵御書
    人は食によつて生あり食を財とす、
    いのちと申す物は一切の財の中に第一の財なり、
    遍満三千界無有直身命ととかれて三千大千世界にみてて候財も・
    いのちには・かへぬ事に候なり

    私は、この文章の内容が、とても好きです。
    日蓮さんが、いったからすきなのではなく、文章の内容が好きだから紹介しています。

    創価学会は、政治を監視すべきということで公明党を支援しています。
    ならば何故、政治を監視しないのでしょうか?
    日蓮さんの教えどおりに生命を尊重する政策を実行すべきでしょう。
    具体的に以下で説明します。

    \\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\

    福島県の原子力発電所が、爆発したとき、日本政府は、放射能の流れるほう方向を把握していて、米国には、
    伝えていたのに、国民には、知らせず、多くの人を被爆させました。

    福島の医療関係者は、自分の関係者には、ヨウ素剤をあたえながら、国民は、直ちに被害は、ありませんといって
    ヨウ素剤を与えませんでした。

    すべてのマスコミが、自分の会社の職員を避難させながら、国民には放射能に汚染の事実を知らせずに
    ただちに被害は、ありませんと報道をくりかえしました。

    また公明党は、政治を全然監視せず国民を苦しめている。
    以下のpdfを読めばだれでも簡単にわかります。

    http://www.shueisha-int.co.jp/pdfdata/0236/nihonhanaze.pdf

    引用開始

    考えてみてください。工場が爆発して被害が出たら、必ず警察が捜査に入ります。
    現場をクレーンが倒れ、通行人がケガ人をした程度の事件でも同じです
    調べ、事情を聴取して安全対策の不備を洗い出し、責任者を逮捕するはずです。

    工事現場でそれなのになぜ、この大惨事の加害者は罰せられないのか。

    警察はなぜ、東京電力へ捜査に入らないのか。安全対策に不備があったかどうか、
    なぜ検証しないのか。

    放射性物質はその適用除外となっていたのです
    大気汚染防止法第二七条一項」
    「この法律の規定は、 放射性物質による大気の汚染およびその防止については適用しない

    土壌汚染対策法第二条一項」
    この法律において『特定有害物質』とは、鉛、ヒ素、トリクロロエチレンその他の物質
    「(放射性物質を除く)

    水質汚濁防止法第二三条一項」
    「この法律の規定は、 放射性物質による水質の汚濁およびその防止については適用しない

    そしてここが一番のトリックなのですが、

    環境基本法(第一三条)のなかで、そうした放射性物質による各種汚染の防止については
    「原子力基本法その他の関係法律で定める」としておきながら、実はなにも定めていないのです

    この重大な事実を最初に指摘したのは、
    月刊(誌「農業経営者」副編集長の浅川芳裕さんです。(同誌二〇一一年七月号

    浅川さんは、福島の農民Aさんが汚染の被害を訴えに行ったとき、環境省の担当者からこ
    「当省としましては、このたびの放射性物質の放出に違法性はないと認識しております」
    、土壌汚染対策法の条文を根拠にしてと言われたと、はっきり書いています。( 「週刊文春」二〇一一年七月七日号

    これでゴルフ場汚染裁判における弁護士の不可解な主張の意味がわかります。いくらゴル
    フ場を汚しても、法的には汚染じゃないから除染も賠償もする義務がないのです。

    「一番のトリック」と指摘した環境基本法第一三条は、丸ごと削除になりました(二〇一二年六月二七日)。
    「しかし最悪なのは、環境基本法第一三条が削除された結果、放射能汚染については同基本法のなかで、
    ほかの汚染物質と同じく「(一六条)
    「(国が防止のために必要な措置をとる(二一条」
    !ことで規制するという形になったのですが、肝心のその基準が決められていないのです

    ほかの汚染物質については、環境省令によって規制基準がたとえば

    、カドミウム一リットル当たり〇 ・ 一ミリグラム以下」とか」

    「アルキル水銀化合物検出されないこと」などというように明確に決まっている。
    しかし放射性物質についてはそうした基準が決められていない。

    だから、もし次の大事故が起きて、政府が一〇〇ミリシーベルトのところに人を住まわせる政策を
    とったとしても、国民は法的にそれを止める手段がない。日本はいま、そのような法制度の
    もとにあるのです
    (と、札幌弁護士会所属の山本行雄弁護士がブログで書いています。(二〇一三年八月二四日

    そうした事実が指摘されても、政府はなにもしない。なにもしないことが、法的に許され
    。ている

    だからこうした問題について、いくら市民や弁護士が訴訟をしても、現在の法的構造のな
    かでは絶対に勝てません。

    すでにのべたとおり、環境基本法の改正とほぼ同時(一〇日後の六月二七日)に原子力基本法が改正され、
    原子力に関する安全性の確保については、 「わが国の安全保障に資する〔=役立つ〕ことを目的として、おこなうものとする」
    (第二条二項)という条項が入っているからです

    ここまで何度もお話ししてきたように、砂川裁判最高裁判決によって、安全保障に関する。構造が存在しているのです
    官僚たちがみずからのサジ加減ひとつで、国民への人権侵害を自由に合法化できる法的
    後は「統治行為論」によって免罪されることになったわけです。

    引用終了

    創価学会員のみなさんは、上記の文章を読んで頭にこないのでしょう。
    創価学会員は、今現状で相当な馬鹿になっていると思われます。。
    ご自分の子や孫が、放射能まみれの食料をくわされてもいいのでしょう。

    このような現状を見るとき、創価学会員に白米一俵御書の生命を大事にする内容
    をいいきかすことは、とても大事なことだと私は、考えています。

    うたけい様は、ここでの投稿をすべて把握されていないと思います。

    私は、こんな投稿もしています。

    \\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\
    私は、創価学会の平和主義を純粋に信じていた者です。
    創価学会員であることにを誇りにしていました。
    今は、創価学会の平和主義を信じるほど相当な馬鹿だったと自分を振り返れます。
    どのくらい馬鹿かというと、イラク戦争に反対した、レバノン大使の天木さんという方を創価学会員の大使だと
    思ってしらべたぐらいです。(笑い)

    創価の幹部は、すごい人物だと思っていました。
    もちろん池田大作さんは、われら庶民の味方だと誇りに思っていたし、
    池田さんをたたえた歌を涙を流しながら素直に歌うことができました。

    だから、座談会でイラク戦争支持の公明党の支援の話をする婦人部長の話には、どうしても我慢ができず、
    すこし、話をさせてくれといったら、幹部はけげんそうな顔をしながら、すわりましたので、
    自分は、立ち上がり怒りにまかせて、バンバン公明党の非難をはじめましたら、
    だれも反論しないし、賛成もしない。声もあげない、

    たまりかねたのか、婦人部長さんがもう話をやめてくれという。
    それでも少しの間、話続けたが、誰も何もいわないので、そのまま帰ることにした。

    帰りながら、私の耳に池田先生に逆らうのかとの信者さんの声が、入った。
    これには、さすがに頭にきた。
    引き返してその信者さんの前までいって詰問する。

    池田先生は、平和を主張しています。
    イラク戦争支持の公明党を非難することが、どうして池田先生に逆らうことになるのですかと

    その信者さんは、反論もできずに無言のまま。

    創価学会員は、馬鹿の集まり。

    私の頭にその言葉が、浮かんできた瞬間でしたね。

    創価学会も日蓮さんも生命の尊重を言っています。
    創価学会は、何から年中、平和を商売道具にしています。
    イラク戦争を支持する政治行動を池田大作さんも創価学会も組織的にやる。
    一体全体、創価学会の信仰心は、どこにいったのでしょうか?
    すくなくとも創価学会を真面目に信じた、私には理解不能です。
    \\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\

    イラク戦争の実態、
    1、<http://hiratomi.exblog.jp/7737145>
    2、<http://www.jca.apc.org/~altmedka/aku534-2.html>
    3、<http://www.kyudan2.com/img2/injury01.htm>
    4、<http://www.kyudan2.com/img2/injury02.htm>
    5、<http://www.kyudan2.com/img2/injury03.htm>

    手足が吹き飛ばされている。子供の傷に父親が、悲鳴を上げている。
    小さな子度が、包帯にまかれてベッドで横たわっている。
    顔中血だらけ、女の子のあたまの皮が、ずたずたになっている状態でころされている。

    このような民衆の悲しみを見るなら、イラク戦争支持に加担した池田大作さん、創価学会、公明党、を激しく非難するのが、
    普通の人の対応だと思います。

    人殺しに加担する創価学会に寄付?
    なんで私たちが、人殺しに加担する創価学会に寄付しないといけないのでしようか?

    馬鹿も休み休み言えと怒りを覚えます。

    百万単位のイラクの人が、殺されたり、障害者にさせられたのですよ。

    人殺しですよ、人殺し。
    \\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\
    わたしは、キリスト関係のこんな歌も好きです。
    何の抵抗もありません。

    Celtic Woman – Amazing Grace

    Jackie Evancho – David Foster: 12,000 People Las Vegas HD

    神様を信じては、いませんが、宇宙や生命の神秘には、驚嘆しています。

    このような歌を紹介すると、うたけい様によりますと、キリストを称えることになるのでしょうか?

  4. うたけいさん、はじめまして。先日からコメントありがとうございます。
    ただ、うたけいさんの仰りたいことが、いまいちわかりません。ほぼ名指しで真実を求めてさんのコメントに対して「あきれる」と非難されておられるので、真実を求めてさんから反論が出るのは当然だと思います。うたけいさんのコメントは言葉としての意味はわかりますが、その意図がわかりません。だから直接非難された真実を求めてさん以外の方から私も含めて何も反応がないのはそのためではないでしょうか。それと、こういっては失礼なのかもしれませんが、あなたの物言いではここに来られる方は誰も共感されないのではないかと思います。若いときに自分の意思で入会し、去年まで創価の支部長をしていた方が、日蓮の言葉を引用している人を「呆れる」と言い捨てることが、どういうことかわかりませんか?うたけいさんは四半世紀も創価学会に騙されてきたことに、去年やっときがついたんですよね。そんなうたけいさんが、同じように騙されてきて、同じように気がついた人を見下すようなことを言うことに何の意味があるのでしょう。今はキリスト教徒になったそうですが、もしここで私が「今どき聖書のようなヨタ話を信じる人がいるるなんて聞いて呆れる」と書いたら、うたけいさんはどう思われますか?「右の頬を打たれたら左の頬を出しなさい」という聖書の言葉どおり、ニコニコして受けとめると言うのでしょうか?そもそもクリスチャンが人を見下すようなことを書いていいのでしょうか?創価学会の行ないに対しても批判することなく、学会員さんにも神のご加護がありますようにと祈るのがキリストの教えだと思っていたのですが違いましたでしょうか?
    私は2年半前に創価学会を脱会してからは、特定の信仰を持つ気にはなりませんでした。おそらく二世でなければもともとそうしただろうと思います。そして今まで学んできた一般的な思想哲学の知識が間違いではなかったことにやっと確信が持てました。それまでは何を学んでも創価や日蓮の教義と相反することばかりだったので、いつも自分の中で大きな自己矛盾を抱えてきました。それが創価学会がただの金銭目的の詐欺だったことに気がついて、この長年抱えてきた自己矛盾がいっきに解消できました。
    たとえば、聖書の権威を保つためにキリスト教会は科学の発見を何百年にもわたり認めませんでした。天地創造やアダムとイブや受胎告知を事実だとして、地動説も進化論も認めませんでした。それによって西洋の科学も思想哲学も精神文化も著しく停滞し、免罪符の乱発や魔女狩りの横行によって、西洋社会全体が腐敗堕落の歴史を強いられたのは事実です。つい最近、何百年も続いていたバチカン内での少年への性的虐待を今の法王になってようやく事実だと認め正式に謝罪したことが世界中に大きなショックを与えました。このように本音と建前の差が著しいキリスト教会であっても、揺るぎなく信仰を貫く素晴らしい方はたくさんいらっしゃいます。だから他人の信仰に口をはさむことはするべきではないと私は思っています。雑誌の巻末に載ってる占いや、朝のテレビ情報番組の天気予報のついでにやっている今日のラッキーカラーやラッキーアイテムも信じれば信仰です。その人が信じれば信仰だと思うし、中身の真偽など他人からどうこう言われるようなものではないと思います。私が日蓮のことをパラノイアのトンデモ坊主だと言うのは、創価学会を宗教だと勘違いしている人に対して、冷静にものごとを見てみてくださいと言っていることであって、それでも日蓮を偉大な宗祖だと思っている日蓮系の檀家さんに対しては何も言うことはありません。
    うたけいさんの発言はあまり他の方の共感は得られないと思いますし、最初に言ったように意図が理解できません。

  5. signifie様
    私の言葉足らずで不快の念を抱かれた方には素直にお詫びします。
    創価のMCを解くには日蓮義の呪縛からの解放=日蓮に係わる一切を速やかに忘却することが肝要であることを自らの経験で申し上げたまでです。
    仰せのとおり、身延であれ、大石寺であれ根檀家の方には何ら論難しませんが、戦前の国柱会、佛立宗、立正佼成会、霊友会等々数多の日蓮を標榜する新興宗教が勃興していますが、その中でも、信徒数、そしてハム党の政治的影響力を思慮しますと、やはり創価は間違いなくカルトであり、平成2年~の創・宗戦争以前は、大石寺にある出処不明の板曼荼羅を利用して霊感商法に等しい、資金収奪を企てた巨悪であることはことは疑いありません。
    但し、お願いしたいのは創価批判を敷衍させて、不正確な情報に基づく偏頗なキリスト教批判をなさるのはいかがなものでしょうか?キリスト教には功罪両面があるにせよ、創価の伝播させた日蓮は「功は皆無」で「罪のみ」と断じる次第です。

  6. うたけいさん、わかっていただいてなによりです。
    私は文中でも言いましたように、キリスト教の批判をしたわけではありません。キリスト教といえどそんなダークなこともあるけども、他人の信仰に対して口出しするつもりはないし、できないと言ったつもりです。もしキリスト教に関しての私の記述に間違いがありましたらお詫びしますが、どの部分でしょうか?

  7. signifieさま
    ご丁重にコメント有難うございます。
    まぁ貴兄のコラムにて再び創価チックな教理の応酬を目論むわけでもありませんので、お尋ねの
    >キリスト教に関しての私の記述に間違いがありましたら・・・につきましては2点だけに止めて回答申し上げます。
    >「右の頬を打たれたら左の頬を出しなさい」という聖書の言葉どおり、ニコニコして受けとめると言うのでしょうか?
    ◆ニコニコできないのが原罪を背負っているニンゲンなのです。
    その人間の根源的な罪の赦しを神に乞う為に、イエスキリストが十字架上で贖罪された次第。
    そこんとこをカットして「ニコニコして受けとめる」のがクリスチャンという勘違いこそが、創価チックな『クリスチャンは偽善者だ!』という短絡的他宗批判(いわゆる「折伏」)に堕してしまいます。
    つまり、右の頬を打たれたら【相手の左の頬を殴り返したくなるのがニンゲン】であり、クリスチャンであってもその範疇です。

    >天地創造やアダムとイブや受胎告知を事実だとして、地動説も進化論も認めませんでした。
    ◆地動説も進化論も認めなかったのは浅薄な知識しか持ち合わせていないニンゲンの思考です。
    以下はコピペ資料ですがご参照ください。
    *****************************
    地球の形について言えば、旧約聖書はギリシャ人よりも古くから地球が丸いことを伝えていました。今から2700年程前に書かれた旧約聖書のイザヤ書では、『主は地球(地の玉)のはるか上に座して』(イザヤ書40:22)と記されています。ここで「球」と訳されている「フーグ」というヘブル語には球体のニュアンスがあり、地球が丸く球形にできていることを示しています。この他、旧約聖書のヨブ記26章や箴言8章の記述も地球の形が丸いことを示しています。
    地球が平らであるなどと聖書は語っておらず、逆に聖書こそ、誰よりも早くから地球が丸いものであることを語っているのです。このことは、ろくに聖書を読まない人の思い込みに過ぎないのです。
    さらにこの種の話でよく引き合いに出される天動説・地動説の問題に関して言えば、天動説を主張したのは、エジプトのプトレマイオスやギリシャのアリストテレスであり、地動説を発見したコペルニクス、ガリレイ、ケプラーは、いずれも熱心なクリスチャンでした。要するに世間の思い込みとは逆に、聖書を信じる人々こそ正しく地動説を理解し、支持していたのです。
    *****************************
    その他、天地創造やアダムとイブや受胎告知、進化論(否定⇒創造論優位)についても数多の論考の紹介は可能ですが貴兄のコラムの趣旨と乖離しますので別の機会に譲ります。

  8. うたけいさん、ご返事ありがとうございます。

    >やはり創価は間違いなくカルトであり

    >板曼荼羅を利用して霊感商法に等しい、資金収奪を企てた巨悪であることはことは疑いありません。

    うたけいさんの上記の意見に完全に同意いたします。

    ここは創価の偽善性を示して迷っている創価学会員を救うことを目的とする掲示板ですから、読みにこられる人のことを
    考えて、結論もさることながら、結論にいたる思考過程や、発想、体験談をより
    具体的に示すということが、大事だと思っています。

    うたけいさんの多くの経験や知識をより、具体的に噛み砕いて紹介してもらうと、多くの迷っている人の助けになると
    思っています。よろしくお願いいたします。

    >日蓮に係わる一切を速やかに忘却することが肝要であることを自らの経験で申し上げたまでです。

    わたしは、うたけいさんとは、考えかたが違います。

    うたけいさんのお話は、漠然としていてわかりずらいので、自分なりの考えを述べたいと思います。
    議論しようというのでは、ありません。

    自分で納得できるものは、取り入れる。信用できないもの、わからないものは、調べる。
    考える。それでもわからないものは、保留にする。無理に信じない。

    具体的なここの事例や文章の意味を考えるので、一切を否定する、一切を肯定するなんでいうのは、
    自分になじまない思考方法です。

    これは、私の思考方法であって、うたけいさんが、そのようにおもわなくても当然OKだと思っています。
    みんなちがっていいですから。

    以下創価に対する疑問を具体的に述べたいとおもいます。
    \\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\

    仏とは、生命だ。人間革命という小説の重要な戸田先生の悟りの言葉だが、わたしは、この主張が気にいっています。
    でも素直に信じられるかどうか言われるとおおいに疑問が出てきます。

    創価学会員の方は、宿業を断ち切ったとか,宿業が出たとか、常識のようにいいますが、
    私には、全然理解できない世界でもあります。

    会員の方が、宿業を断ち切ったねといわれたとき、どうして私の過去世のことをあなたが知っているの?
    と突っ込みを入れたくなります。
    でも輪廻がないのかと思うのもわびしい。死んだら終わりとも思い切れない。
    科学的にどうのこうのというより、単純に割り切れないというのが、正直な気持ち。

    ここにこんな動画がある。

    前世の記憶(前世の言葉でしゃべる主婦)1

    前世の記憶(前世の言葉でしゃべる主婦)2

    前世の記憶(前世の言葉でしゃべる主婦)3

    世界仰天ニュース 「前世の記憶を持つ幼児」

    上記の動画は、やらせということも十分考えられる。
    でもほんとうかもと思う自分もある。
    よくわからん。

    ここで私は、はっと思うことが、ある。

    多くの創価学会員は、輪廻など全然信じていない。
    仏とは、生命だとの創価の主張も信じていない。

    もしも創価学会員が、輪廻や仏とは、生命だと信じていたら、イラク戦争支持を支援する創価にはんぱつする。

    何故、創価学会員のはんぱつが、ないのか?

    答えは、簡単だ。

    多くの創価学会員は、輪廻など全然信じていない。
    仏とは、生命だとの創価の主張も信じていない。

    創価学会は、日蓮さんの教えも、仏教も、創価学会の主張とも無縁の団体であるというのが、私の感想です。

  9. signifieさん
    人間を神(天地万物の創造主)の被造物とする一神教(含むキリスト教)を前提にしないと、単なる禅問答になってしまいます。

    1つだけ紹介します。
    20世紀の最も偉大な科学者といえばアインシュタインですが、
    彼の名言に
    「神は世界を相手にサイコロ遊びなどなさらない」
    というのがあります。
    さらに彼は、
    『科学者はその師である【神】が造り給まふた事象を発見出来るに過ぎない(Scientists can only discover the things which has been already created by the Master Scientist”The God”.)』
    とも言います。

    要するに至高の科学者と雖も「神」あってのモノという解釈で彼は偉業を達成したのです。
    それゆえに彼は原爆の開発に寄与したことを悔いて、没後ではありますが弟子らによってパグウォッシュ会議(←これは池田センセ~のスピーチで知りましたが(^^;)が創設されましたが、これもクリスチャンなら理解できる「悔い改め」の行為です。

    以下、ご質問の件ですが、
    >キリスト教会が、
    >地動説や進化論などの科学の発見を教義に反するからという理由で
    >認めなかったという認識は間違いだというのがキリスト教会の正式の見解なのですね。
    ◆まずキリスト教会という機構はありません。
    キリスト教ではたとえローマ法王であってもニンゲンです。
    池田センセや阿部日顕さんのような絶対的権力者でも何でもありません。
    私は、プロテスタント教徒ですが、プロテスタントでは万人祭司とされ、あくまでも神(天地万物の創造主)の被造物たるニンゲンが聖霊(神)に導かれて父なる神を知るのですから、神の意思を推し量る術は聖書以外に無いのです。

    >ビッグバンもヨタ話
    ◆ビッグバンそのものを創られたのも「神の業(わざ)」と解釈するクリスチャンもいます。
    但し、ビッグバン云々も現状では仮説であることはご承知のとおりです。

    >なぜ科学者たちを断罪したのですか?
    ◆神(天地万物の創造主)が断罪したわけではありませんね。断罪したのはニンゲンです。

    >では悪魔はどの時点で何のためにつくられたんですか?
    ◆この牧師の回答が100%正解とは申しませんがご参考までに
    http://seishonyumon.com/movie/1697/

  10. 真実を求めてさま

    小生の拙劣なコメントに丁寧にメッセージいただきまして有難うございます。

    >結論もさることながら、結論にいたる思考過程や、発想、体験談をより
    >具体的に示すということが、大事だと思っています。
    ◆ご指摘のとおりですが、生来の愚昧の身ですので、詳述はご容赦ください。
    ただ、押し並べて申しますと、
    1)(創価は)日蓮を利用したペテン師の集団
    2)(創価は)仏教を自らの悪行のロンダリングの手段として用いた巨悪の教団
    3)そもそも、日蓮も法然に嫉妬した凡夫僧に過ぎないこと
    4)大乗非仏説以前に、法華経自体が古代中国の「周」で創作された経典?であること。
    ※鳩摩羅什は訳僧ではなく、秦の侵略により散逸していた大乗経典を秦の滅後に漢に戻しただけです。
    その証拠に彼は、『妙法蓮華経』と並行して『阿弥陀経』も訳したとされていますが、真実は商社マンのようなものです。
    5)百歩譲って日蓮を尊崇の対象としても、日興の身延離山は富士八本山が自慢するほどの美談ではないこと。
    が、創価&富士門流+日蓮を棄教した理由です。

    ともあれ、これらの理由を包含しても全ては神の啓示(招き)※によって、小生はキリスト教に回心するに至りました。
    ※クリスチャンは、ほぼ全員この経験を通してイエスキリストの御下(みもと)に召し出されています。
    それを信じるか?信じないか?は、信教の自由に委ねたいと思います。

    >仏とは、生命だ。人間革命という小説の重要な戸田先生の悟りの言葉だが、わたしは、この主張が気にいっています。
    ◆そうですね。この獄中の悟達(誤脱)が創価宗の宗義になっていますね。
    もっとも彼自身が依経としたのは法華経ではなく無量義経に基づくもので、その淵源は彼=戸田城聖がクリスチャンだった為に、キリスト教的生命観を無理矢理「法華経」に帰結させようとした牽強附会の僻見そのものではないでしょうか?

    ▼以下もコピペ資料ですがご参照ください。
    ===============
    ◎創価学会では宇宙を一個の大生命体と見る・・・・。
    創価学会の幸福論の中核は、生命論・・とくに「永遠の生命」に関する教えと、「法華経信仰」にあります。
    創価学会では、「生命」について次のように考えています。
    創価学会第二代会長・戸田城聖は、その著『折伏経典』の中でこう書きました。
    「宇宙自体がすでに生命そのものであり……」
    「われらが死ねば、肉体の処分にかかわらず、われらの生命が大宇宙の生命へ溶け込むのであって、宇宙はこれ一個の偉大な生命体である」
    創価学会では、宇宙は一個の偉大な「生命体」である、と見ているのです。
    そして私たち個々の生命は、宇宙の大生命の一部なのだと。

    創価学会第二代会長・戸田城聖。彼は「宇宙自体がすでに生命そのものであり……」と説いた。

    この考えは実質的に、いわゆる「汎神論」(はんしんろん)の考えと同様です。
    汎神論とは、”宇宙イコール神である”とする思想で、宇宙を一個の偉大な生命体と見るのです。

    もちろん創価学会では「神」という言葉は用いませんが、宇宙を「一個の偉大な生命体」と見ている点で、実質的に汎神論と変わるところはありません。

    汎神論は、かつて近世のヨーロッパなどにおいて、一時流行しました。
    この考えによると、宇宙は神の被造物(ひぞうぶつ=造られたもの)ではなく、”宇宙が神であり、神が宇宙”なのです。

    こうした汎神論的な考えは、もともと原始仏教にはありませんでした。

    しかし”混合宗教”である仏教は、時代とともに他の宗教や哲学の思想を取り入れて、変化してきたのです。
    創価学会の汎神論的な考えも、その一つです。

    創価学会では、この考えに基づいて、人間の死後の生命について次のように教えています。
    【まず、私たち人間は死ぬと、生命は「宇宙の大生命の中へ溶け込んでいく」。そして溶け込んでしばらくすると、縁にふれてまた世の中に生まれてくる……。】

    人は生まれては死に、死んではまた生まれる。
    ちょうど人が、”寝たり起きたり”を繰り返すのと同じく、人は死んでは宇宙の大生命へ溶け込み、溶け込んではそこからまた生まれてくる、と考えるのです。

     創価学会では、「死」は、新たな生命に生まれるための「方便」、と見なされます。
    ちょうど”眠り”が、疲労回復のための方便(手立て)であるように、死は、新たに生まれ変わって若さを取り戻すための「方便」というわけです。
    ===============

  11. うたけいさん、失礼しました。
    私はうたけいさんをカトリックに改宗された方だと勝手に思いこんで質問してました。話が噛み合わないはずですね。このキリスト教に関してのやりとりはなかったことにしてください。うたけいさんにするような質問ではありませんでした。すみませんでした。

  12. signifieさん
    了解です。
    まぁ、ラテン系を中心にカトリック中心の国々は、陽気で本来の人間らしさがあって素晴らしいと思いますよ。
    カトリックだから云々、
    プロテスタントだから云々と観念的に批評するのは日本人だけかもしれません。

    だから、創価はブラジルでスッごく弘まっているなんていうガセが「聖教新聞」の大見出しで踊っていますが、実際のところカトリック教徒が(創価ごときに)改宗することはまずありません。

    スッごく弘まっているのは日系人の一部と、サークル活動としてのSGIに興味本位で参加しているごく一部の若者だけですから・・。

    ちょうど、創価の若者が友人に「ペンダント本尊」をアクセサリー替りにプレゼントするのと同じです。

  13. 要するに。うたけいさんは、聖書は科学的にも真理であるし、その根拠もしめすこともできると主張されたいのですか?

  14. カトリックとプロテスタントの関係って、プロテスタント(抵抗)っていう名前のとおり、アンチカトリックとして派生したんですよね。だからプロテスタントのうたけいさんにカトリックの矛盾点を指摘しても「なに言ってんの?」って感じだったでしょうね。私が仕事で取材したところは、たいていカトリックの教会でしたので、プロテスタントに関してはほとんど知りません。中学校の社会の教科書に載ってるような、ルターがどうしたとか、聖書のフランス語訳がどうしたとか、その程度ですもんね。でもプロテスタントって教会をとびぬけて聖書に立ち戻ろうとする運動ですよね。ちょうどラテン語で信者に読み聞かせるだけの聖書がフランス語などに翻訳されて、おまけに印刷術ができて聖書が大量に人の手に渡るようになった。そこで教会の腐りきった権威が揺さぶられるようになって宗教改革に至った。で、そこで科学的な発見についてのプロテスタントの対応はどうだったんでしょうか?まったく知らないので、ざっとでも教えていただけるとありがたいんですが。
    私の友人が、あるきっかけでプロテスタント系列でもかなり地味な宗派の信者になって、ものすごく質素な生活をしています。プロテスタントって言っても、ものすごくたくさんの宗派があるんですよね。で、彼が所属する教会の牧師さんに一度会ったことがあるんですが、友人とは比べものにならないほどの貧しい生活を送っています。生活保護受給者よりももっともっと赤貧の生活のようです。私は信仰って人をこんなにも変えてしまうんだなと、なんともフクザツな気持ちになったものです。

    それから、このページをつくったのは、他の方のコメントとちがって、創価ではなく宗教の話、とくにキリスト教の話になってきたので、あえて独立させました。基本的にこのブログは創価の詐欺問題についての場所なので、ご理解ください。

  15. 単純に言うと、神の存在証明は人間にはできない。なぜならそれが神だから。私はそう考えています。神といっても、人間が考えた人間には考えられないもの。そういうパラドクスそのものです。13世紀の革新的な神学者であるトマス・アクィナスは、万学の祖ソクラテスの哲学を体系づけ現代に至る学問体系を構築したアリストテレスの哲学(理性)を抑えつけ、神学(信仰)を絶対の真理だと定義しました。そうして教会の権威を絶対的なものであるとして、教会はどんどん腐敗堕落していきました。つまり、教会は神の意思を代弁する崇高な存在として絶対的な権力を握り、信者に免罪符を売りつけ、巨万の富を蓄え、貧しい生活を強いられる信者とは裏腹に、やりたい放題の贅沢に明け暮れます。どこかの信仰宗教団体みたいですね(笑)。一神教的信仰はそのようになる構造を持っているんでしょうね。
    そこにあらわれたのが宗教改革をおこなったルターです。彼を中心とした改革派が独立してどくじのキリスト教団をつくったのがプロテスタントですよね。彼らは腐敗堕落しきった教会を批判し、信者に聖書を与え、神との直接的な関係を重視する教義をつくりあげました。ここまではかっこよかったのですが、しかしこのカトリック(保守)とプロテスタント(革新)の激しい対立は宗教戦争という悲惨な歴史をたどることになります。つまりキリスト教会の腐敗堕落へ喝を入れたプロテスタントの登場は、結果的に壮絶な戦争を引き起こし、人々を不幸に陥れることになってしまいました。
    この悲惨な対立から西洋の人々が光を見出すには、なんと400年もの歳月がかかりました。それが19世紀に現れた天才哲学者ニーチェだったのです。
    彼の「神は死んだ」はあまりにも有名ですよね。
    「神とは、弱者のルサンチマンが作り出したものにすぎない」
    ルサンチマンとは恨みとか嫉妬、仏教でいえば怨嫉ですね。つまり、神への信仰とは、弱虫の恨みつらみから生まれたものだということを、天才的な頭脳によって証明してみせたのです。しかし、彼ただ神を否定しただけのパンクロッカーではありません。神の概念が通用しなくなった19世紀末以降、私たちはどうやって生きていけばいいのかという、強烈な思想を打ち立てます。それがいわゆる超人思想なわけですが、ここから西洋近代哲学がやっと花開くことになります。ここで重要なことは、ニーチェがそれまでの西洋を支配し、腐敗堕落と戦争を繰り返してきたキリスト教を基盤とする国家権力に終止符をうつ根拠となったものが、かつてトマス・アクィナスが神学によって封じ込めたギリシャ哲学だったということです。ドラマチックですねえ!
    結局、西洋社会ではこれ以降、キリスト教の影響力は急激に衰え、産業革命とともに新しい時代の幕開けとなります。しかし、そこには欲望を解き放たれた人間が引き起こす、また新たな世界規模の戦争が待っているのでした。
    今日はこのへんで。

  16. >地球の形について言えば、旧約聖書は、今から2700年程前に書かれた旧約聖書のイザヤ書では、
    『主は地球(地の玉)のはるか上に座して』(イザヤ書40:22)と記されています。
    ここで「球」と訳されている「フーグ」というヘブル語には球体のニュアンスがあり、
    地球が丸く球形にできていることを示しています。
    この他、旧約聖書のヨブ記26章や箴言8章の記述も地球の形が丸いことを示しています。

    >20世紀の最も偉大な科学者といえばアインシュタインですが、
    彼の名言に「神は世界を相手にサイコロ遊びなどなさらない」
    というのがあります。
    さらに彼は、『科学者はその師である【神】が造り給まふた事象を発見出来るに過ぎない
    (Scientists can only discover the things which has been already created by the Master Scientist”The God”.)』
    とも言います。

    私は、上記の発言などから、うたけいさんは、聖書は科学的にも真理であるし、その根拠もしめすこともできると主張されたいのだと
    考えます。間違っていましたらすみません。

    少々自分の意見を述べます。
    私の意見は、うたけいさんの意見と間逆です。
    うたけいさん、具体的な科学的の根拠のしめしながら、間違いを指摘して、真実をしらない私たちに
    教えてください。うたけいさんの話は、具体的な根拠が乏しと私には、思われます。わかりやすく、わかりやすく、
    そこのところよろしくお願いいたします。

    以下の順序で話します。少々長いですが、お付き合いください。

    1、『主は地球(地の玉)のはるか上に座して』(イザヤ書40:22の件
    2、アインシュタインの件
    3、コペルニクス,ガリレオ,ケプラー件
    4、聖書とキリスト教の歴史的事実
    5、私が感じる聖書の非科学的な文章
    6、キリスト教原理主義
    7、詭弁の例
    8、読んでくれてありがとうございます。
      おまけ
      Hayley Westenra & Andrea Bocelli – Time to Say Goodbye
     

    \\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\
    1、『主は地球(地の玉)のはるか上に座して』(イザヤ書40:22の件

    http://webcache.googleusercontent.com/search?q=cache:2scz0o6KucsJ:detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1020071060+&cd=1&hl=ja&ct=clnk&gl=jp

    引用開始

    聖書に「地球は丸い」 と書いてありますか? ホントだったらスゴい!と思って…

    ここで話題となっているイザヤ書40:22のヘブライ語
    חוג
    (chuwg)
    について、権威のある辞書である Strong’s Concordance with Hebrew and Greek Lexicon によると
    1) circle, circuit, compass
    2) (BDB) vault (of the heavens)
    となっています。

    したがって、「丸い」と訳すことも「天蓋」と訳すことも可能と言えます。

    【追記】
    ここで出てくるヘブライ語のフーグは名詞です。
    従って「フーグ ハーアーレツ」を「地の円」と訳すことができます。
    「丸い地」はその意訳と考えます。

    \\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\
    聖書に、地球が丸いとか円いとか、あるいはそれを示唆するような表現はないと思いますが、
    ご指摘のあった、「イザヤ40:22」の原語ヘブライ語の表現は次のようになっています。
    「הישׁב על־חוּג הארץ」(右から左へ:ハヤシャブ アル フーグ ハーレツ)分解すると、
    ハヤシャブ(ハ-代名詞彼の短縮形・つまり主は ヤシャブ-座る、又は住む)→アル(前置詞―の上に)→
    フーグ(天蓋:アーチ型の天井のこと)→ハーレツ(地)

    直訳すれば、「彼(主)は地の天蓋の上に座しておられる、又は住まわれる」となります。
    最も権威あるとされているヘブライ語-英語辞典の「The Brown Driver-Briggs Hebrew and English Lexicon」によると、

    フーグについては次のように書かれています。

    「חוּג」n(m) vault ;-only of vault of the heavens (つまり天の円い形状の屋根―天蓋)

    ここから、フーグは地球の形状のことを形容しているのではなくて、天の形状のことを言っていると理解できます。

    引用終了

    >地球の形について言えば、旧約聖書は、今から2700年程前に書かれた旧約聖書のイザヤ書では、
    『主は地球(地の玉)のはるか上に座して』(イザヤ書40:22)と記されています。
    ここで「球」と訳されている「フーグ」というヘブル語には球体のニュアンスがあり、
    地球が丸く球形にできていることを示しています。

    うたけいさんの説明とは、ちがう説明がなされています。
    どちらが、ただしいのですか?

    \\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\
    2、アインシュタインの件

    同じ話をカトリックの信者で、アメリカのカリフォルニャのバ- クレ- 校の学生がらきかされたことが、あります。
    公園で、こ- ひ- を飲んで花見をしていると2にん組みの人が、近づいてきた。
    あなた、神様を信じてみませんか? 暇だったこと、英会話の練習になるかも?(英語は全然はなせない。笑い)
    と思い、話に付き合うことにした。

    アメリカのカリフォルニャのバ- クレ- 校の学生だと聞き、俄然興味がわいてきた。
    普段疑問に思っていることが聞けるかもと。
    アメリカのカリフォルニャのバ- クレ- 校は、の- べる賞も多数でている、世界でも超一流校である。

    2人の外人さんは、アインシュタインの話を持ち出して、キリスト教の真理を多く語りだした。
    まずは、相手の話を具体的に聞き、その後自分の疑問点をだして、聞こうと思った。

    以下私の話。

    アインシュタインは、、日本でも有名な人である
    アインシュタインは、科学者として有名であるが、宗教者として有名ではない。
    あなたたちが、聖書は真実であるとさきほどから言っているのは、理解した。
    そしてアインシュタインが、どれほどすぐれた科学者であるかも聞いた。
    そのアインシュタインの信じている聖書が、どれほどすぐれた本であるかも聞いた。

    アインシュタインは、物理的な証拠を出して、世界の多くの人を納得させた。

    そのアインシュタインの名声をつかって、聖書の真理を証明しようとするのは、さぎだと思う
    もしもそうでないというなら、
    そのアインシュタインが、どのような物理的な証拠をだして、進化論や天地創造を主張する
    聖書の真実を証明しているか、教えてくれ。

    2人の外人さんは、沈黙した。

    外人さんの専攻は、生物だという。

    宗教の教義と科学ので- た- を重視する方法
    この場合に違う結論が、でたらどちらを優先するの?

    2人の外人さんは、困った顔をした。

    2人の外人さんの顔色を見て、話題を変えた、
    後は、楽しい英会話の授業にはや代わり。
    自分がいかに英語ができないか実感した。(笑い)

    その後その外人さんからはがきが来た。

    うたけいさん、2人の外人さんが、説明できないことをお聞かせください。

    \\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\
    3、コペルニクス,ガリレオ,ケプラー件

    >地動説を発見したコペルニクス、ガリレイ、ケプラーは、いずれも熱心なクリスチャンでした。
    要するに世間の思い込みとは逆に、聖書を信じる人々こそ正しく地動説を理解し、支持していたのです。

    1,コペルニクス、ガリレイ、ケプラーは、いずれも熱心なクリスチャンでした。

    2,コペルニクス、ガリレイ、ケプラーは,正しく地動説を理解し、支持していた

    私は、上記のうたけいさんの発言に同意している、しかし

    もしも、上記だけの主張だけで、聖書は科学的に真実であるとうたけいさんが、主張されるのであれば、
    うたけいさんの論理的思考力が、かなり弱いと思う。

    聖書は科学的に真実であるとうたけいさんの主張が、正しいするためには、
    コペルニクス、ガリレイ、ケプラーらが、理解する聖書の文章の意味内容と
    コペルニクス、ガリレイ、ケプラーらの科学の実験で- た- から導くだされる結論の一致を証明しないといけない。

    その証明が、うたけいさんの主張には、ないと思う。

    うたけいさん、証拠をあげて、説明をよろしくお願い致します。
    \\\\\\\\\\\\\
    ケプラーにとって神学は、ニュートンにとって
    のそれ以上に切実なものであった。ケプラーの仕事は彼にとって神の創造物を理解す
    ることであった。新旧キリスト教対立の真只中において。
    ケプラーにとって法則を理解することは生きることそのものであった。ケプラーは
    ニュートンのように造幣局長官にはならなかった。法則発見とその著作のみに一生を
    ささげた。ケプラーはガリレオのように「それでも地球は廻っている」などと宗教裁
    判でつぶやきはしなかった。すでに最初の著作でケプラーは地動説を神の意思として
    示した。この著作を受け取ったガリレオは、自分も地動説論者であることをケプラー
    に手紙で告白する.
    \\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\
    http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%9C%B0%E5%8B%95%E8%AA%AC#.E8.BF.AB.E5.AE.B3.E3.81.95.E3.82.8C.E3.81.9F.E3.81.A8.E3.81.95.E3.82.8C.E3.82.8B.E7.90.86.E7.94.B1

    カトリック教会の司祭であったコペルニクスは、宗教的理由から、
    彼にとって正確でない1年の長さが使われ続けることは重大な問題だった。

    コペルニクスはアリスタルコスの研究を知っており、太陽を中心に置き、地球がその周りを1年かけて公転するものとして、
    1恒星年を365.25671日、1回帰年を365.2425日と算出した。

    1年の値が2種類あるのは、1年の基準を太陽の位置にとるか、他の恒星の位置にとるかの違いによる。

    コペルニクスは1543年の没する直前、思索をまとめた著書『天体の回転について』を刊行した。
    そこでは地動説の測定方法や計算方法をすべて記した。

    \\\\\\\\\\\\\\\

    ガリレオは敬虔なカトリック教徒であったにもかかわらず、
    科学の問題については教会の権威やアリストテレス哲学に盲目的に従う事を拒絶し、
    哲学や宗教から科学を分離する事を提唱した。

    1633年、ガリレオは再度ローマ教皇庁の検邪聖省に出頭するよう命じられた。
    被疑は、1616年の裁判で有罪の判決を受け、二度と地動説を唱えないと誓約したにもかかわらず、
    それを破って『天文対話』を発刊したというものだった[

    有罪が告げられたガリレオは、地球が動くという説を放棄する旨が書かれた異端誓絶文を読み上げた

    ガリレオへの刑は無期刑であったが、直後に軟禁に減刑になった
    しかし、フィレンツェの自宅への帰宅は認められず、その後一生、監視付きの邸宅に住まわされ、
    散歩のほかは外に出ることを禁じられた。すべての役職は判決と同時に剥奪された。

    『天文対話』は禁書目録に載せられ、1822年まで撤回されなかった
    死後も名誉は回復されず、カトリック教徒として葬ることも許されなかった。

    ガリレオの庇護者のトスカーナ大公は、ガリレオを異端者として葬るのは忍びないと考え、

    ローマ教皇の許可が下りるまでガリレオの葬儀を延期した。

    しかし許可はこの時代には出ず、
    正式な許可に基づく埋葬は1737年3月12日にフィレンツェのサンタ・クローチェ聖堂で行われた

    \\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\
    ローマ教皇庁の対応[編集]
    1965年にローマ教皇パウロ6世がこの裁判に言及したことを発端に、裁判の見直しが始まった
    最終的に、1992年、ローマ教皇ヨハネ・パウロ2世は、ガリレオ裁判が誤りであったことを認め、ガリレオに謝罪した。
    ガリレオの死去から実に350年後のことである.。

    ベネディクト16世は2008年12月21日に行われた、
    国連やユネスコが定めた「世界天文年2009」に関連した説教で、ガリレオらの業績を称え、
    地動説を改めて公式に認めている.

    \\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\
    4、聖書とキリスト教の歴史的事実

    うたけいさんの信じるキリストの基本的理解をいかに示す。

    何が善で何が悪かは神のみが審判できるのであって、人間が神と同じレベルで善悪を判定するのは不可能である」

    人間は善悪を完全に判定することはできないので、善行を積むことが神への忠実さを示すと考えない。
    神に忠実かどうかは神や聖書を信じているかだけ根拠とする(信仰義認)

    マルティン・ルターは、コペルニクス説について、「この馬鹿者は天地をひっくり返そうとしている」と述べ、
    地動説を否定した。結果、プロテスタントでも、地動説はアイザック・ニュートンの登場まで迫害の対象となる。

    地動説を宗教的な立場から最初に批判したのは、宗教改革の旗手、マルティン・ルターだった。
    ルターは、『天球回転論』が出版される4年前、地動説の噂を聞き、

    このばか者は天文学全体をひっくり返そうとしている。
    ヨシュアが留まれと言ったのは、太陽に対してであって、地球に対してではない。と地動説の提唱者を批判した。
    プロテスタンティズムは、『聖書』を文字通りに解釈する原理主義だから、
    『聖書』の記述と矛盾する新説に対しては厳しかったのだ。

    うたけいさんは、聖書中心主義ですね。
    聖書中心主義のマルティン・ルター

    マルティン・ルターまでも、地動説を非難している。

    このばか者は天文学全体をひっくり返そうとしている。
    ヨシュアが留まれと言ったのは、太陽に対してであって、地球に対してではない。

    うたけいさん、マルティン・ルターが、聖書を正しく理解できなかった理由をお示しください。

    \\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\

    5、私が感じる聖書の非科学的な文章
    http://webcache.googleusercontent.com/search?q=cache:8tFbmhYeKJ4J:www.systemicsarchive.com/ja/a/copernicus.html+&cd=2&hl=ja&ct=clnk&gl=jp

    神の意志による太陽の停止

    『聖書』には、さらに、神の意志で太陽が静止したり、逆行したりすることが語られている箇所
    (ヨシュア記,10:12-13;列王記下,20:11)がある。
    特にヨシュア記の以下の箇所は、ルターが指摘して以来、天動説の根拠とされてきた。

    主がアモリ人をイスラエルの人々に渡された日、ヨシュアはイスラエルの人々の見ている前で主をたたえて言った
    「日よとどまれ、ギブオンの上に。月よとどまれ、アヤロンの谷に」。

    とどまり、月は動きをやめた。民が敵を打ち破るまで。
    『ヤシャルの書』にこう記されているように、日はまる一日、中天にとどまり、急いで傾こうとしなかった。

    主がこの日のように人の訴えを聞き届けられたことは、後にも先にもなかった。主はイスラエルのために戦われたのである。

    [聖書, ヨシュア記,10:12-14]
    もし、太陽がもともと動いていないのなら、太陽に「とどまれ」ということは無意味になる。

    イスラエル人とアモリ人との戦いにおいて起きたこの奇跡をどう解釈するかに関しては、
    古来議論が絶えない。

    うたけいさんによると、聖書は、真理だそうですが、
    上記の聖書の文章の科学的な証明をしてください。

    \\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\
    6、キリスト教原理主義

    イスラエル人とアモリ人との戦いにおいて起きたこの奇跡をどう解釈するかに関しては、
    古来議論が絶えない。

    プロテスタントは沢山の教派があり、全てではありませんが、
    特に福音派には進化論、地動説を全く認めていない教会があります。
    その教会はキリスト原理主義と呼ばれています。

    アメリカではキリスト教原理主義者が多くいます。(約8000万人)
    特に、バイブルベルトと呼ばれる地域に多くいます。
    キリスト教原理主義についてのドキュメントを紹介したサイトを紹介します。
    (PCで見る事をお勧めします)

    ジーザス・キャンプ~アメリカを動かすキリスト教原理主義~(プレビュー)

    \\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\
    http://webcache.googleusercontent.com/search?q=cache:MCWJI4TVAtIJ:www.huffingtonpost.jp/2014/01/01/evolution-survey_n_4528945.html+&cd=2&hl=ja&ct=clnk&gl=jp
    白人の福音主義プロテスタントのほとんどが進化論に否定的な傾向があり、
    3分の2が人間は最初から今の姿で存在していたと述べた。黒人のプロテスタントの半数も同様だった。
    主流プロテスタントの僅か15%が進化論に同意した。

    うたけいさんによると、聖書は、真理だそうですが、
    多くの聖書原理主義のかたが、科学的の証明を無視する理由を説明してください。
    \\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\
    7、詭弁の例

    議論においてしばしば見られる「真っ当な意見と見せかけているが、実は論点をはぐらかし
    、自分の主張を無理矢理通そうとする際の詭弁」を見抜く為のガイドライン。


    「犬は果たして哺乳類か?」という議論をしている場合、あなたが「犬は哺乳類としての条件を満たしている」
    と言ったのに対して、否定論者が…

    事実に対して仮定を持ち出す
    「犬は子供を産むが、もし卵を生む犬がいたらどうだろうか?」
    ごくまれな反例をとりあげる
    「だが、時として尻尾が2本ある犬が生まれることもある」
    自分に有利な将来像を予想する
    「何年か後、犬に羽が生えないという保証は誰にもできない」
    主観で決め付ける
    「犬自身が哺乳類であることを望むわけがない」
    資料を示さず自論が支持されていると思わせる
    「世界では、犬は哺乳類ではないという見方が一般的だ」
    一見関係ありそうで関係ない話を始める
    「ところで、カモノハシが卵を産むのは知っているか?」
    陰謀であると力説する
    「それは、犬を哺乳類と認めると都合の良いアメリカが画策した陰謀だ」
    知能障害を起こす
     「何、犬ごときにマジになってやんの、バーカバーカ」
    自分の見解を述べずに人格批判をする
    「犬が哺乳類なんて言う奴は、社会に出てない証拠。現実をみてみろよ」
    ありえない解決策を図る
     「結局、犬が卵を産めるようになれば良いって事だよね」
    レッテル貼りをする
     「犬が哺乳類だなんて過去の概念にしがみつく右翼はイタイね」
    決着した話を経緯を無視して蒸し返す
     「ところで、犬がどうやったら哺乳類の条件をみたすんだ?」
    勝利宣言をする
     「犬が哺乳類だという論はすでに何年も前に論破されてる事なのだが」
    細かい部分のミスを指摘し相手を無知と認識させる
     「犬って言っても大型犬から小型犬までいる。もっと勉強しろよ」
    新しい概念が全て正しいのだとミスリードする
      「犬が哺乳類ではないと認めない限り生物学に進歩はない」

    追加条文
    なお、場合によっては以下の追加条文が存在する。
    全てか無かで途中を認めないか、あえて無視する。
      「全ての犬が哺乳類としての条件を満たしているか検査するのは不可能だ(だから、哺乳類ではない)」
    勝手に極論化して、結論の正当性に疑問を呈する。
      「確かに犬は哺乳類と言えるかもしれない、しかしだからといって、
    哺乳類としての条件を全て持っているというのは早計に過ぎないか。」
    自分で話をずらしておいて、「話をずらすな」と相手を批難する。
      「現在問題なのは犬の広義の非哺乳類性であり、哺乳類であるかどうかは問題ではない。話をそらすな」
    権威主義におちいって話を聞かなくなる。
      「生物学の権威じゃないおまえには犬について議論する資格が無い。生物学者に意見を聞きたい」

    \\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\
    8、読んでくれてありがとうございます。
      おまけ
      Hayley Westenra & Andrea Bocelli – Time to Say Goodbye


     

  17. そういえばうたけいさんからもう一週間もコメントありませんが、これで終わりということでしょうかね。

  18. >人間を神(天地万物の創造主)の被造物とする一神教(含むキリスト教)を前提にしないと、単なる禅問答になってしまいます。

    私は、キリスト教を科学的だとは、思っていません。

    うたけいさん、意外に思われるかもしれませんが、管理人さんが、日蓮さんは、誇大妄想人格だといっていましたが、わたしもそう思っています。(笑い)

    日蓮さんの御書を科学の本とは、みなしていません。

    同じです。

    うたけいさんと宗教論争する気は、さらさらありません。
    私の意見は、独り言だと思ってください。

    うたけいさんの創価での経験を、多くの困っている人の力にしたいのですが、だめでしょうか?

    よろしくご検討お願い致します。

  19. いやぁ~、恐れ入谷の鬼子母神(^_^;)
    貴兄との対話をスッポカしていたことに気付きました。
    申し訳ありません。
    このブログって昨年11月時点で存在していましたか?
    いったいこの貴兄との対話はどこで致しましたでしょうか?
    そろそろ、痴呆の域に到達かもしれません。
    取り急ぎお返事まで
    ~うたけい

  20. > うたけいさんの創価での経験を、多くの困っている人の力にしたいのですが、だめでしょうか?
    *はい喜んで!創価流儀だと【もとより力(ちから)はございませんが、**先生の弟子(出汁の間違いでは?)として、広宣流布の為に力の限りに戦って参ります!】(爆笑)

  21. うたけいさん、昨年の11月に対話を問いかけましたが、何のお返事もいただけませんでしたので、対話の意志はないものと判断しました。今回はなかったこととさせていただきます。ありがとうございました。

  22. signifieさま
    ところで、明らかに違憲の昨今の「戦争法案」に際して、何故創価婦人部さんらは沈黙しているのでしょうか?
    signifieさまなりの解析頂ければ幸いです。

  23. 解析もなにも、沈黙しているのではなくて、興味もないし、何にも知らないからだと思いますが。あの方たちは自分の功徳しか興味ないようですからね。
    うたけいさん、すみませんが、このブログは暇つぶしでやってるわけではありませんので、どうでもいいような話はご遠慮いただきたいです。最新スレッドにテーマに即した自分の体験と考えをコメントしていただけると助かります。よろしくお願いします、

  24. signifieさま
    どうでも良い・・・そうなんですか。。
    一国の平和を願う民の心情の発露こそが脱カルト=脱創価者を願う者としては、喫緊の課題と思いますがね。
    そういう貴兄こそが、「(平和や戦争なんて)興味もないし、何にも知らない」と頬被なさっておられるように見受けられます。
    いかなる功徳よりも平和(平安)な日々を過ごせることが信仰者の最大の夢・うつつでは無いでしょうか!?
    ではでは。

  25. うたけいさん、昨年の11月に対話を問いかけましたが、何のお返事もいただけませんでしたので、対話の意志はないものと判断しました。今回はなかったこととさせていただきます。ありがとうございました。ではでは。

  26. 往生際が悪くてスミマセン。
    > 対話の意志はないもの
    *意思もヘッタクレも、結局貴兄は私と聖書を巡って応酬したいようですね。
    そういうのが創価流儀の「自讃毀他」=自惚れっていうものですよ。
    しかも依文はネットからの三文ネタのコピペ。
    もし、真摯に聖書に疑義を感じたら日本中どこにでもある教会に行って牧師(神父)に尋ねたらいかがでしょうか?
    中途半端は良くないです。
    学ぶなら徹底的に、どうぞ。
    では、ご活躍を心よりお祈り申し上げます。
    サイナラ( ´_ゝ`)/~~

  27. 大司教はいい人ですよ。
    少なくともあなたのように性格がネジ曲がっていません。
    なのでコメントも削除させていただきます。
    ではでは。サイナラ( ´_ゝ`)/~~

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