ヒューマンさんとの対話

あらためまして、創価学会活動家のヒューマンさんとの対話のページとさせていただきます。
これまでの経緯はこのふたつ前のページ「創価の選挙はこういうものです」のコメントの後半を読んでいただけるとわかります。
何度も申し上げていますが、このブログは喧嘩や討論の場ではありません。相手の立場を考えながら対話によって意見の相違を確認する場としてあります。意見が違うからといって、いたずらに批判したり攻撃したり、人格を否定するような言動は認めません。また、とくに意見が対立したりすると、きまって面白半分に話を煽ってくる「荒らし」が登場します。このような発言は最初から承認しませんので、荒らし目的のみなさんはあきらめてくださいね(笑)。とはいえ、この3年間でアク禁になった方は、あからさまに悪意の見られた6人だけですので、私にとって都合の悪い発言を片っ端から消し去るような態度はとっていません。そしてアク禁された方がくやしまぎれによそのブログでここの批判をされているのもときどき報告を受けますが、私はまったく気にもしていません。無法地帯のネット上ではどんなことでもおこりますし、むしろかわいそうな人たちだなとは思いますが、そんなものにいちいち関わりあっている暇はありません。
ということで、今回はヒューマンさんとの対話が是非有意義なものとなりますよう、みなさまよろしくお願いします。

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ヒューマンさんとの対話」への151件のフィードバック

  1. 私ときどき思うんですが、もし私の両親が創価学会に入っていなかったとしたら、おそらく私はどんな宗教にも関わらなかったと思います。創価のような新興宗教はもちろんのこと、仏教もキリスト教も神道も、決してそれらを信じて自分の生き方やものごとの価値判断を宗教に委ねるようなことはなかったろうと思います。ところが50歳を過ぎるまで、日蓮の教えが本当の仏教であり、創価が本当の仏教の実践者のあつまりであるということを信じて生きてきました。
    ヒューマンさんは、このように自分の意志とは関係なく、物心つく前から唯一の信仰だけが正しいと自分の子どもに教え込んで、ものごとの考え方や生き方をひとつに制限してきた創価学会をどう思いますか。このブログには二世三世の方がやっとのことで創価の実態に気づいて、自分のこれまでの生きづらさが、この創価の独善的な思想を押し付けられてきたからだということに気づいた方がたくさんいらっしゃいます。
    私は他人の信仰に口をだすつもりはありません。それが正しかろうが間違っていようが、他人が口出しすることではないと思います。「私はイワシの頭こそが人類を救うのだ」という人がいても「そうですか、頑張ってください」としか言いません。「いや、それはいくらなんでもあんまりでしょう」とも言いません。日本では思想信条の自由は憲法で保障されています。でも創価は他人に口出しをしますよね。それが正義だと信じこまされていますからね。他人の思想信条にとやかく言うこと自体、日本では憲法違反なんです。創価はそれを組織をあげてやってきました。昔は他人の家にあがりこんで、他宗の仏壇や神棚を焼き払ったり平気でやってました。ヒューマンさんは「折伏経典」を読んだことがあるでしょうか。他宗に対する罵詈雑言と人格否定と恐ろしいほどの差別用語のオンパレードです。そんなものを正しいと信じ込まされて、学会員はとんでもない人権侵害を繰り返してきました。創価学会とはそのような団体です。まずこの歴史的な事実についてヒューマンさんはどのように考えておられるでしょうか。率直な意見をお聞きしたいです。
    なお、私がこのように言うのは「創価学会は宗教ではなかった」ということに気がついたからです。これが宗教であれば何も言いません。宗教ではなく詐欺です。これは何度も繰り返し述べてきました。会員にお金を労働力を提供させるために宗教の力がもっている精神的な呪縛を利用した巨大な詐欺集団であり、会員のほとんどはその被害者であると思っています。ですから私から見ればヒューマンさんもその被害者にしか見えません。決して会員を騙そうと思って活動してきたわけではないことはよくわかります。私も、ここにいらっしゃるほとんどの方も、よかれと思って活動してきたのですからね。しかし実態は違った。詐欺だった。これまでどれだけのお金を会員から搾取していたでしょうか。そのお金はいったい何にどのように使われてきたでしょうか。会員はそれさえ知ろうとしません。それを知ろうとすることさえいけないことだと思わされています。
    また池田氏の現状について、ヒューマンさんはどのように感じられていますか。つまり仏法は師弟不二だと言いながら、自分は5年近くも会員の前に姿を現さないことです。先月18日の聖教新聞に載った池田氏の姿を見て、この人が自分の人生のすべてを賭けることができる生涯の師匠だと心の底から言い切れるのでしょうか。もし言い切れるとしたら、そうした信条が今の時代に通用するとお考えでしょうか。

  2. 管理人様、ヒューマンさんとの対話ページを用意して頂きましてありがとうございます。
    “相手の立場を考えながら対話によって意見の相違を確認する場としてあります“に共感し、是非ともこちらが今後もそのように活用されていく事を願ってやみません。こちらに訪れる事が出来て、管理人様を始め、いらしている皆様に深く感謝致します。

  3. 連投失礼します。

    ヒューマンさん
    勝手に訂正したので気を悪くされるかと思ったのですが、お褒め頂き恐縮です。
    こちらこそありがとうございます。

     >”決めつけ”ではなく、教義の上で、また、経験の上も兼ね合わせての結論に至っているのですから、その間の疑問や試行錯誤、感想や納得も含め、”その人の思考も成長もそこで止まってしまう”という前提にはなりませんし決めつけという一言で片付くようなことでもありません。

    私は、この世のあらゆる物事に「唯一」「絶対」というものは存在しないと思います。
    教義の上で、経験等(疑問・試行錯誤・感想・納得)を経て結論に至るというのは共感ですが、私が言いたかったのは、結論に至る“間”の事ではなく、至った“後”の事です。結論へ至った後は、この教義が「幸福になるための唯一の教え」としているので他宗の教義を破折、排除しているという点で決めつけという表現を用いました。学会の中に居るとどうしても、宗教に限らず物事の見識が狭まってしまうと感じたのです。

     >何がしかの条件や登録無しでとか、日記のように書きながら趣味など集いあっているような場と違い、”誰でもが書き込めるような場所で”という意味で

    いえいえ、私も言葉足らずでした。誰でも自由に書き込める場所で多数の方と言葉を交わすという行為は、趣味などでなければいけないのでしょうか?こちらに限らず、様々な題材で、日々世界中で言葉の遣り取りが繰り返されています。そのツールがSNSだというだけで、会って言葉を交わすのと変わりないと私は感じています。

     >学会活動に疑問や嫌気などを感じた際に、一人ぐらい信頼して相談出来る先輩(後輩でもいいですが、同志でということです)がいなかったのでしょうか。

    周りの同志は優しく親身になって相談に乗ってくれましたし、お世話になりましたが、疑問や嫌気を相談した時にいつも納得の得られる答えが返って来なかったのです。その時は「自分の信心が弱いから、言われた通りにやるしかないんだ」と言い聞かせていましたが、今はそのように思えなくなりました。

     >教学は青年何級でしょうか。

    青年教学3級です。

     >煩悩即菩提、生死即涅槃とかはご存知かと思います。即とは、どういう意味でしょうか。

    煩悩即菩提、生死即涅槃の意味については理解しています。
    即とは紙一重、表裏一体(相対)で存在しているという意味で、その体を改めずに別の性分を表す事です。因みにすぐに答える事ができました。

     >小説というフィクションの形式を採用したと説明してたと思います。仮に、代作であったとしても、内容がどうかが第一と思っています。

    フィクションだと説明されていたのですね。私がキチンと調べもせずに勘違いをしていたようです。すみませんでした。私が研鑚していた頃は「先生の実際の広宣流布の戦いが記されたものだから私達も心に刻んで実践していこう!」と教えられたのでフィクションを聞いた時にショックだったのです。代作だったとしても内容が第一と仰っていますが、では何故「新・人間革命の執筆を代作でお願いしています」とは言わずに「執筆しています」と会員に伝えるのでしょうか。細かいと思われるかもしれませんが、私は正直に教えて欲しいのです。

     >原田会長は組織体制としての会長ですし、名ばかりではなれるものではありません。ただ、組織体制としての会長といっても一人では行動範囲に限りがあるので、そのために全国各県に何人もの副会長がいることになります。

    会長・副会長の件については理解していますが、池田名誉会長が組織体制の一線から退いたのにも関わらず、未だに一線に居るかのような扱いをされているのが疑問でなりません。本来なら、原田会長が名誉会長の後進で私たちに指導(かつて名誉会長がされていたような指導)をするべきなのではと思います。

  4. signifieさん

    わざわざお時間割いてまで対話の場としてご提供していただきありがとうございます。

    signifieさん、卯月さん

    着任があり帰宅が遅く、少々疲れたのと、家内が風邪で寝込んでしまったので、明日朝の支度もありますから、今回はご挨拶までに留めさせていただきます。

    真実を求めてさん

    先のスレッドで、何に対して謝ったのですか、簡単な質問です、それだけについてで結構です。
    自分はしていいけど他の人はだめ、となならいことを期待し、ご返答お待ちしてみます。

  5. >ようやく正直な心情に覚醒したようですね。縁する人も含め友人とはありがたいものです。
    ただ、このぐらいのことは、ここで何日かの私と違い既にここで対話をご覧になってきた貴方ならはじめからそうできたはずではありませんか。何に対して謝っているんでしょう、あれだけ問題と感じることには連射しておきながら。ボッコボッコに殴っておいて、仲間から止められて正気に戻り、すまなかった。
    息を吹き返さなかったらどうするんでしょう、吹き返したとして、貴方なら許せるんでしょうか。
    何に対して謝ったのですか、簡単な質問です、即答できますよね、ご自身の行為なのですから。
    いずれにしても、ここでは最後にしますね、主催者の方にわざわざ場を設けていただいたようですので。まず偏見というメガネを外して、しばらくはゆったりとコーヒーでも飲みながら静観されてはいかがでしょう。

    ヒューマンさんの文面から、ヒューマンさんの人格がにじみでていますね。
    イラク戦争を支援する政治行動をとりながら、平和を商売道具にしている、池田大作というかたが、
    います。私は、ヒューマンさんを池田大作というかたと同じ種類の人間だと、今は、思っています。

    ほめ言葉ととられるとこまるのですが、(笑い)

    私の質問にヒューマンさんが、答えられなくても気にならなくなりました。

    ヒューマンさんに誠実な対話を求めることは、イラク戦争を支援する政治行動をとりながら、平和を商売道具にしている、池田大作に平和を語ってくださいというようなものだと悟りました。(笑い)
    \\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\
    私は、創価を激しく非難しています。以下のように

    人殺しに加担する創価学会に寄付?
    なんで私たちが、人殺しに加担する創価学会に寄付しないといけないのでしようか?

    馬鹿も休み休み言えと怒りを覚えます。

    百万単位のイラクの人が、殺されたり、障害者にさせられたのですよ。

    人殺しですよ、人殺し。
    真実を求めての名前をクリックすると創価学会が、政治的に支援したイラク戦争の悲惨な写真がみれる。
    創価学会が、平和を求めていると勘違いしている創価学会員さんが、もしもいるとしたらご自分の目で確認することを是非お勧めする
    \\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\
    ヒューマンさんは、反論もできずに悔しかったのでしょうね。

    >ボッコボッコに殴っておいて

    ヒューマンさんは、殴られたのですか?
    痛かったんでしょうね(笑い)

    ヒューマンさんは、何故言い返さなかったんですか?

    \\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\

    イラク戦争を政治的支援する創価学会を非難する、私の言葉には、素通り

    人殺しですよ、人殺し。

    この言葉には、素通りですか?

    ほんとうに笑っちゃいました。
    \\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\
    手足が吹き飛ばされている。子供の傷に父親が、悲鳴を上げている。
    小さな子度が、包帯にまかれてベッドで横たわっている。
    顔中血だらけ、女の子のあたまの皮が、ずたずたになっている状態でころされている。

    このような民衆の悲しみを見るなら、イラク戦争支持に加担した池田大作さん、創価学会、公明党、を激しく非難するのが、普通の人の対応だと思います。

    でも創価学会で、イラク戦争支持の公明党を非難すると大いに非難されるのです。(笑い)

    ヒューマンさんの発言から引用

    >あえていいますが、これは言葉表現に対しての怒りとか感情的なこと抜きに、正直言って呆れます。
    私のこととは無関係にしても、持ち上げておいて叩き落すみたいな感じさえ受けました。
    発端となったお話に登場する場面にしても目に浮かぶようです。
    まさかその言葉そのまま言ったとは思わないようにしますが、同じ批判をするにしても、
    学会の場でなくてもたぶん変わらないと思いますよ、誰も言いませんよ、呆れて。
    当時のご自身の発言を真摯に振り返ってみて、いや俺はやっぱり正しいだからあの場はあれでいいんだ、と思われるならそれはそれで構いませんが、こうしたことって他のことにも通じかねませんからお気をつけ下さいね。

    創価学会員の副支部長さんのヒューマンさんは、人間としての心がないのですか?
    \\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\
    >戦争の辛酸をなめた人ほど、平和を渇望している。いな、最も不幸に泣いた人こそ、最も幸せになる権利があるばずだ

    >平和ほど、尊きものはない。平和ほど、幸福なものはない。平和こそ、人類の進むべき、根本の第一歩であらねばならない。

    >「最も不幸に泣いた人こそ、最も幸せになる権利がある」—。それは、小説『人間革命』を貫くテーマの一つであり、
    創価学会の信仰の基本原理です。

    >戦争ほど、残酷なものはない。戦争ほど、悲惨なものはない。

    日蓮大聖人の言葉

    いのちと申す物は、一切の財の中に第一の財なり。遍満三千界無有直親身命ととかれて、
    三千大千界にみてて候財もいのちにかえぬ事に候なり。

    創価学会員の副支部長さんのヒューマンさんは、創価学会の基本的な教えを理解できないほどの
    知性しかないのですか?

    それで創価学会員の副支部長が、つとまるのですか?
    \\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\
    >ボッコボッコに殴っておいて

    創価学会の基本主張をあげてて質問することが、ヒューマンさんをボッコボッコに殴ることを意味するとは、思いませんでした。(笑い)

    ヒューマンさんは、もっと池田先生の発言の意味を勉強しないとだめですよ。(笑い)

    創価学会 池田大作 ハーバード大学での講演

    7分ごろに池田大作さんが、殺す心を殺すと、平和の主張をする。

    池田大作さんは、後にイラク戦争を支援する政治行動をとる。(笑い)

    最後に創価学会員の実態をさらしてくれる、ヒューマンさんには、感謝もしています。
    \\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\
    上記の発言は、私の独り言と思ってください。

    ヒューマンさんに質問する気もありませんし、ヒューマンさんの質問に答える気もありません。

    仏教の本質 哲学者「中村元」.flv

    学ぶことが少ないものは、牛のように老いる、その肉は増えるが、知恵は、増えない。

    イラク戦争を支援する創価学会は、仏教では、ないことは、はっきりしていると思います。(笑い)

    s

  6. ヒューマンさん初めまして、同じく一世で今年6月に脱会したアンディと申します。
    ちょっと読んでいて思ったのですが、これまでの此処にいらした活動家さんみたいにならないように、signifieさんの質問だけに集中して下さい。真実を求めてさんすみません、、何か本部長さんみたいになりたくないのでそう思いました。

  7. アンディさん。私も貴方と全く同じ事思っていました。

    主題から離れてほしくない。散らばってほしくないと。

  8. アンディさん、はじめまして。

    アドバイスなのか指示なのかわかりませんが、もう少し具体的に説明していただけませんか。
    “此処にいらした活動家さんみたいに”とはどういうことでしょう。
    先日来説明している通りここに来て数日しか経ってませんので理解しきれないところです。

    その上で、signifieさんの質問だけにと言われましても、きちんと受け止めようとすればそれら(此処にいらした活動家さんみたいということ)の確認のために、ここ2年ほどに書かれた内容読み切ってからでないとわからないことかもしれませんし。

    “真実を求めてさんすみません、、何か本部長さんみたいになりたくないので”などと内輪だけの裏話みたいなことをここで囁かれても何のことやらかえって気になります。
    本部長さんとはここでのどういう方なのですか。

    すくなくとも、signifieさんと、卯月さんとの対話には集中したいと考えてましたが、signifieさんだけに集中してとされるのは何故ですか。

    名指しで書かれ、読み流しても失礼でしょうし、応答しないで無視と誤解されるのも本意でありませんので、お手数かけてすみませんがきちんと、ご説明していただけますか。

  9. わかりました。ちょっと面倒なことになっていますので、話を整理しましょう。

    私はヒューマンさんに関しては、こちらでおおいに対話を試みて欲しいと思っていますし、そのことは先日も話したとおりです。これまでここにやってきた「殴り込み」の連中とはちがいますので、こうしてできるだけスムーズな対話ができるようにヒューマンさんとのページをつくらせていただきました。

    もう何度も何度も最初から言っていますように、このブログは学会員と脱会者の決闘場ではありません。とくに脱会者の方は、かつての活動家だったわけですから、学会員さんがどのような気持ちで活動をしているかはよくわかっていると思います。それでよくわかっていることを前提に、脱会者として、あるいは脱会しようとしているものとして、活動家さんとの対話を試みようとしているということを常に頭において欲しいと思います。

    これまでにここで創価学会のまちがいについて気づいたことを、多くの脱会者の方の体験を通して知ることができました。それはほんとうに実体験として切実に受けとめるべきだと思います。また一方で、今でも創価学会が正しいと信じて活動している方にとっては、まったくありえない話だということも、脱会者の方はよく理解できるものと思います。ですから、ここで活動家であるヒューマンさんが思ってもみないことを立て続けに訴えられても、そして自分が信じているものを頭ごなしに悪の代表のように責められても、対話をするつもりで来られたヒューマンさんがいやになるのも当然です。

    確かに私は創価学会の実態にやっと気づいた人間のひとりとして、創価学会のやってきたことを少しも許すことはできません。しかしだからといって、今でも正しいと信じているヒューマンさんに「おまえは間違っている!」と責め立てて何になるのでしょうか。

    たとえば極端な話ですが、北朝鮮が国家としてやっていることは国際法上でも許されないことをたくさんやっています。拉致問題にかぎらず、多くの人たちが独裁政府の一方的な都合で苦しみ、あるいは虐殺されています。だからといって、北朝鮮の一般市民をつかまえて「おまえの国は悪の枢軸だ!覚悟しろ」なんて言ってどうするんでしょう。話は極端でもことの本質はそういうことです。創価の実態について対話をしようと勇気をもってひとりで来られたヒューマンさんに創価の責任を追及することは、何の意味もないばかりか、ほんのわずかな対話の可能性をこっちからぶっ潰してしまうことでしかありません。

    ヒューマンさんは創価学会を正しいと信じて活動している。私たちはかつては同じ立場であったけれども、それが間違いであることに気がついた。ではその違いとは何なのかを、腹をわって話をして、明らかにできることは明らかにしようじゃないかということではないでしょうか。お互いの誤解があれば、それが解けることは素晴らしいことだと思います。

    「おまえはこう言ったじゃないか」「いやその前におまえのほうがこう言ったからこう言わざるをえんだろう」「いや、だいたいおまえの考えているのは間違っている」「何を言うか、そっちこそついこの前まで信じていたことを簡単にひっくり返すのか」などなど、こんなことをいくら言いあっても何もなりません。いい大人が恥ずかしい。自分の子どもにそんな姿を見せられますか?

    これまでこのブログにきちんと対話をしようとして来られた方が、数名おられました。それ以外はやはり闘う気満々でしたので、私のほうからご遠慮していただきました。私はヒューマンさんは脱会者と対話の意志のある数少ない現役活動家の方ではないかと思います。そして決して創価学会代表ではありません。創価を正しいと信じている一人の人間としてやってこられたのだと思っています。ですから私は創価の間違いに気づいた一人の人間として対話ができればいいなと考えています。

    私が管理人であるこのブログでは、少なくとも不毛な罵りあいや討論はしないでいただきたい。創価の間違いは気づいた人にしかわかりません。気づかない人に何を言ってもどうにもならないことは、ここにいらっしゃるみなさんは体験的によくご存知のはずだと思います。

    ということで、話の流れから判断して、このページは当面ヒューマンさんと卯月さんとの対話の場所とさせていただきます。

    私も参加したいのはやまやまですが、今の時点ではかえって迷惑をかけてしまうと思います。上の私からヒューマンさんの質問は、ごく当然のように出てくるであろう質問をしたまでですので、もし話のきっかけとしてヒューマンさんに答えていただけたらと思ったまでです。

    また他の方もいろいろと訊きたいこともあるでしょうが、どちらが正しいのかとか、どこが間違っているとかいうことよりも、ここはまず対話を成立させることが優先課題だと思いますので、しばらくはヒューマンさんと卯月さんとの対話ということにかぎらせていただきます。

    卯月さん、私もろくに挨拶もできないでいたままで、こんなことをお願いするのも恐縮なんですが、ここはひとつ引き受けてくださると嬉しいです。よろしくお願いします。

  10. ヒューマンさん失礼致しました。
    けしてsignifieさんの指示でもなく、内輪だけで裏話をしたつもりもございません。
    説明不足で不快な思いをさせてしまいましたら、申し訳ございません。
    ヒューマンさんのコメントを読んでいてとても誠実な方だと思い、色々な方から質問が集中してしまったらいけないと思いコメントさせて頂きました。
    signifieさん皆様、余計な事をしてすみません。ヒューマンさん引き続き対話をお願いします。

  11. アンディさん、ありがとうございました。

    不快な思いはしていません、理解に困惑しただけですのでご安心ください。
    ご配慮いただきありがとうございました。

  12. 卯月さん

    – 確認になりますが、「唯一」「絶対」とは、あれは絶対にしてはいけないとか、絶対ありえないよねそれってとか、唯一大切にしているとか、そうした、表現のための、「唯一」「絶対」ではありませんよね。

    そこは共通理解していただけることとして、その上で、誤解を恐れずに言いますが、宗教(定義やとらえ方もあるかと思いますが)において、生命の可能性を開く信仰(生命論が含まれますが)で、最高の信仰が日蓮大聖人の仏法だと理解していますから、それを平たく表現すると「幸福になるための唯一の教え」と理解していますし、真剣に相手(知人・友人・親類等)に幸せを実感してもらうために、一番いいと思うことを勧めることは自然な心情と思いますから、その大切に思う人に、違いを明確に理解してもらうために、
    他宗の教義を破折する必要もあると思います。
    それを受け取る側は排除と受け止める方もいると思いますし、なるほどという方もいるでしょう。

    このあいだ、私と長い付き合いになる違う地域に住む同志が、娘さんの彼氏を入会に導いたのですが、その際には何ら他の宗教には関心も示さず、学会の内容や活動に関して理解してくれたそうで、同志本人曰く、拍子抜けするぐらい順調に折伏が進み、かえって魔が入らないように、より真剣に入会を祈念したと話してました。 その話を聞いて、私はその人の命がきれいなんだと思いました。
    また、彼は幹部に入会の日取りの相談をしたところ、今回の法戦が囁かれる時期でもありましたので、
    上の幹部からは、これから忙しくなるしまず法戦を戦い切ってから年明けにでも入会勤行会をしてはと言われ、彼は、何を言ってるんですかその人が幸せへの第一歩を踏み出すことの方が大切ではないですかと、言い返したそうで、私も同感でした。

       >学会の中に居るとどうしても、宗教に限らず物事の見識が狭まってしまうと感じたのです。

    – そうですか、決して揚げ足取りのつもりではありませんが、”学会の中に居る”といっても仕事や日常生活も含め他の時間の方が多いわけですから、それは学会活動の理解を取り違えていただけな気がします。

    仕事との両立とか耳にしますが、量的な部分や単に時間の割合とかではなく、位置付けのとらえ方がそうした見解に通じているのではないかと思います。
    とらえ方の違いとして、たいていは、仕事と信心(信仰)を横に並び立てて考えるのかと思いますが、上下に見立てて根本に信心があり、その上に仕事やその他の日常生活を位置づけてとらえることが大切と思います。

    >周りの同志は優しく親身になって相談に乗ってくれましたし、お世話になりましたが、
    疑問や嫌気を相談した時にいつも納得の得られる答えが返って来なかったのです。
    その時は「自分の信心が弱いから、言われた通りにやるしかないんだ」と言い聞かせて
    いましたが、 今はそのように思えなくなりました。

    – そうですか、相談といっても、相談といいながら往々にして先に結論は決めていて、同意、賛同してもらいたいのに、そうでない答えだったので納得できない、不満に思い、不信に陥るということが意外とあると思います。
    或いは、相談した同志の説明が足りないか、卯月さんはある程度教学を理解しているから、事細かに説明しなくともわかってもらえていると思っていたのかもしれません。
    差し障りない範囲で構いませんから具体的に何を相談し、どうアドバイスしてもらったのか例を出していただくと状況を理解しやすいので、出来ましたら宜しくお願いします。

    ただ、今後、機が熟すれば取り上げてみたいと思っている一つの問題にも通じることですが、女子部にかかわらず活動全般において、もう少し努力や工夫が必要のではないかと思いますし、それが要因でないことを願いたいとは思っています。

    – 煩悩即菩提、生死即涅槃の即とは、南無妙法蓮華経のことで、わかりやすく言うと唱題のことになります。
    ご存知のように、煩悩イコール菩提ではなく、ともすれば良くないことにも通じる煩悩が、唱題することで、
    そのまま菩提に変わる(正確には煩悩心が冥伏し菩提心が盛んになる)と、いうことになります。
    文面知識としての理解ですと、卯月さんが理解されたような解釈と理解してしまいがちですし、とはいえ、ほんの少しの違いに見えますが大切な部分ですのでご理解いただければと思います。、
    すぐに答えることが出来たということは、少なくとも真剣に教学に取り組まれたのだと思いますし、その姿勢は素晴らしいことだと思います。

    >小説というフィクションの形式を採用したと説明してたと思います。
    仮に、代作であったとしても、内容がどうかが第一と思っています。

    – あらためて念を押しておきますが、”仮に”として、代作だとしてもとしたのは、内容の良し悪しの方が大切ということのみを言いたかっただけでした。 説明が足りなかってかもしれません、失礼しました。

    「執筆しています」という部分では、たまたま昨日(12/2付)の聖教新聞にも載ってましたが、体調によっては口述筆記によって奥さんに書いてもらったこともあると書かれていました。
    それをもって、執筆したのは”お前ではないだろっていう”程、どうのということでもないと思います。
    本人直筆という原稿を見たこともありますし、そのほとんどすべてを他の人が考え執筆したのならともかく、そうではないなら、大変な中、読み続けられた卯月さんの思いや学んだことは決して無駄ではないと思います。

    – 組織体制の会長として、原田会長は責任を果たしていると思います。
    これも、誤解を恐れずに言いますが、”かつて名誉会長がされていたような指導”を、可能性までは否定しませんが、原田会長含め他の副会長には出来ないことではないかと思います。

    もちろん、初代、二代、三代会長のように後継として、私たちに指導していただけることはとてもありがたいことなのですが、これまでの事実として、先生の思い、構想、体験、足跡、それらは、それ以降の会長には失礼ながら及ぶところではないと思うからです。
    但し、教義において矛盾することなく、指針、活動の方向性において一致していれば、その力量においては推し量れるものではないとしても、指導として受け止めるべき大切な要素は外されていないと思います。

    また、組織体制においては、連絡や打ち出しなどは、上から流されますが、それ以外の面では単に上から下への組織体でもありませんし、体系付ける役職も、単に数値として現れる功績として与えられる役職でも名誉職でもありません。
    どこまでいっても学会の役職は責任職ですし、責任や重要度から見ると第一線の地区・ブロックが最重要になります。
    一般的に用法として認識されるところの”上位の幹部”が、”下位の幹部”を下から支える、支援するというのが、これまで一貫して提示されてきた体制ですし、今後も変わらず理想とすべき創価学会の組織体制になります。

    そして、池田名誉会長は徐々に、組織体制の活動面からは一線から退いてきているのであっても、あくまで指導面においては、命ある限り伝えられる限り会員のためにを第一に、発信続けられているのであって、それらを、弟子の立場からは申し訳なくもありがたく受け止めているということで、既に前半に一端を述べた通り、壮絶な奮闘をされてきた先生に、”いるなら元気なら、せめて顔だけでも”というのではなく、
    少しでも静養していただきたい、安心していただきたいと思う会員の方が自然な心情だと思います。
    限られた紙面上、これまでの功績やメッセージを載せることも大切なので、未だに一線に居るかのような扱いをされているように映るかもしれませんが、新聞とはいえ機関紙でもある訳ですから、事実として多大な功績のある先生のメッセージや写真が掲載されること自体に何ら問題はないと思います。

    – 最後に、これも先の取り上げてみたいと思っている一つの問題にも通じることでもあるのですが、”会員のための幹部”であり、また、”宗教のための人間”では決してあってはならず、何があっても何時になっても”人間のための宗教”でなければならないと思っています。

    すみませんが、少し長くなってしまいましたので、表現間違いなどの確認漏れがありましたら、お手数かもしれませんがご指摘お願いします。 

  13. こちらはアンチブログでなく、どちらかというとシェルター的な
    意味合いを含んでいる場だと思います。
    管理人さんのご好意で、なかなか現実には理解してもらいにくく、
    話せない中、語ることのできる場と感謝しています。

    年の瀬に選挙が加わり、いっそう忙しくなりましたが、
    管理人さん、どなた様も、お体に気をつけてお過ごしください。

  14. 原発事故に誰も責任をとらない日本というメッセージを世界に発信した作家の村上春樹氏。それを報道すらしない日本のマスコミ。
    https://www.facebook.com/notes/669139786540378/

    学会員さんは、選挙には関心ありますが、政治には関心ないんですよね。
    今回の選挙で何か争点になっているかってことも知らないアベノミクスも原発推進も突然の選挙も何がなんだか知ろうともせずに「公明党に入れてね!」って知り合いという知り合いに言って回っている。公明党が自民党といっしょに何をしているのか、何の関心もないまま「池田センセーがつくった公明党なんだから正しいに決まっている」そして何より「Fをとったらとっただけ功徳をもらえる」と、やっぱり功徳ポイントアップのために血眼になってるんですよね。こういう思考停止して支配者の言うがままに動く集団のことをカルトといって、ヨーロッパをはじめ、何カ国もカルト指定を受けている創価学会です。オウム真理教と同じく危険な思想集団だと国から指定されているんです。そんな事実には目もくれず、自分がいいように操られていることに気づかない。私もさんざん気づかずに活動していましたから、気づかない人のことを批難することはできません。ときには批難めいた言葉や、皮肉っぽい比喩で表現したりもしますが、実際には批難することが目的なのではなく「はやく気づいてください!」と呼びかけています。でも「はやく気づいてくださいね〜」といって「はいそうですか、気がつきました〜」って言う人はいませんからね(笑)。いろんなことをいろんな形であらわして訴えてきました。ときには真実を求めてさんやkickeyさんのようにストレートに訴える方もいらっしゃいます。また別の方は別の方法で訴えられています。どなたも正直にご自分の思いを伝えようとされていますので、そのことはまったく問題ないと思います。
    ただ先日からのヒューマンさんと真実を求めてさんの会話は、いわゆる「売り言葉に買い言葉」になってしまっていて、およそ対話へと発展する見込みもなさそうでしたのでストップをかけさせていただきました。真実を求めてさんを制したわけではありませんし、ヒューマンさんのおっしゃることに賛同しているわけでもありません。現役活動家であるならばああいった考えにしかならないことはみなさんよくご存知のはず。そのことを批難したり、熱く語ったところで、言葉は悪いかもしれませんが「焼け石に水」です。それはみなさんが脱会へ向けて、地域の活動さんとの軋轢を体験してよくおわかりだと思います。それをこのブログ上にもってきてもどうしようもありません。せっかく脱会者と話をしてみたいとおっしゃるヒューマンさんなのですから、そこかで対話ができる可能性を探ってもいいのではないかと思っています。私たちからすればヒューマンさんのおっしゃることは、これも言葉は悪いですが「話になりません」。だからといって、それをつついてもヒューマンさんにとっては何が話にならないのかさえ理解できないと思います。思考回路が完全に創価脳だからです。逆にこのような方がへどういった話をすれば、創価の真実に気がつく突破口となりうるのかを探るよい機会になると考えます。
    もし私がヒューマンさんだったら、こんなガチガチのアンチのブログの人とかみ合わない話をする暇があるくらいなら、一票でも多くの公明票をとりに走り回ったほうが自分の福運も積むことができるし、人間革命もすることができると思うでしょう。でもヒューマンさんはそうではない。創価にとって選挙の時期はとんでもない厳戒態勢みたいなものです。そんなときにネットでアンチと対話をしようとしているのですから、何かしら考えもあるのかもしれません。もしかしたら自分でも気づかないどこかに創価に対する疑問を抑えきれない部分があって、ここに来られたのかもしれません。まあ、それは本人は否定するでしょうけどね。まさか私たちを諌めようとして来られたとは思えません(笑)。
    とにかく、私はヒューマンさんに関しては「大いに対話をしてください」と言いたいです。何度も言いますが、私たちはかつて同じ考えを持って生きてきた人間ですし、ヒューマンさんのおっしゃることはほとんどわかります。でもそのことが全部間違いだったということに、これだけ多くの人が気がついて、そのことの実体験を綴ったものがこのブログであることを前提にお話をしていただきたいということです。ですから今さらヒューマンさんに創価のことを話してもらわなくてもいいんです。論点は、創価学会活動家と脱会者の何が違うのかを客観的な視点で見ても納得できるだけの具体的な事実関係をあきらかにしましょうよということです。だれそれがああ言ったこう言ったということではなく「あなたと私はここが違う」そのことを認めあうだけの関係をつくりましょう。それが対話というものではないかと思っています。どうかそのことを忘れずに、会話が対話となり、お互いの理解にまでたどり着けることができれば一番いいのではないかと思っています。

  15. すみません。。
    横から失礼致します。。

    ヒューマンさんのお話しって、裸の王さまに素晴らしい生地で仕立てた服だと透明ななにもないのに。。王さま、よくお似合いです。。みなさま、よくご覧になってください。。王さま、素敵ですよね。。と裸の王さまを褒め称えているようですよ。。

    正直でピュアな子どもには言える。。

    「王さまは服なんか着ていない。裸ん坊だよ」

    そういうことではないでしょうか。。?
    わたくしには、そう想えるのですが。。

  16. 管理人様
    ヒューマンさんとの対話に関して、私で宜しければ是非お願い致します。正直、私は会話力がある訳でも文章力がある訳でもないので、自分の考えを上手く伝える事ができるのか不安ではありますが、ヒューマンさんとの対話が実りあるものになるよう、誠心誠意を尽くします。いらしている皆様にも暫しご覧になって頂き、拙い私の言葉(思い)に少しでも理解を示して頂けたら幸いです。

  17. ヒューマンさん 

    >最高の信仰が日蓮大聖人の仏法だと理解していますから、それを平たく表現すると「幸福になるための唯一の教え」と理解していますし、真剣に相手(知人・友人・親類等)に幸せを実感してもらうために、一番いいと思うことを勧めることは自然な心情と思いますから、その大切に思う人に、違いを明確に理解してもらうために、他宗の教義を破折する必要もあると思います。

    「唯一」「絶対」に関してはヒューマンさんが仰った通りです。他宗との違いを比較するために破折する点もある程度は理解できますが、相手へ幸せを実感してもらう為にこの信仰を勧める。申し訳ありませんが、私はこの考えには共感できません。活動をしていた頃は純粋にこの考えを受け止め、そうする事で悩み苦しんでいる人を幸福へと導く事ができ、私自身もそうなれると信じていました。ですが、幸せって信仰の量(何人に仏法対話をした、折伏した、新聞を勧めた等)で回数が増減するものではないと思うのです。言葉にするのが難しいのですが、自分の幸福を宗教に委ねるというのは違うんじゃないかなと。
    よく、学会は「創価は他宗のようなおすがり信仰とは違う」と言いますが、客観的に見たら、学会も他宗と同じおすがり信仰だと思います。ただ祈るだけではなく現実になるように行動していると言われるかもしれませんが、結果的にご本尊に縋っていると思うのです。どの幹部・名誉会長も「題目根本に」と言われていませんか?結局は“祈ること”に帰結していませんか?また「祈れば何とかなる」ともよく聞いてきました。事実、私は今まで一度も祈って何か良い事が起こった事がないです。悩みながら自分で何とか問題を解決してきました。自分の幸せや出来た悩みは自分で解決するしか無いですし、幸福になるための手助けのような役割を信仰に求めるのも違うと思うのです。

     >上下に見立てて根本に信心があり、その上に仕事やその他の日常生活を位置づけてとらえることが大切と思います。

    私も仕事(日常生活全般も含む)と学会活動の両立の捉え方に関してはヒューマンさんが仰ったように、信心を根本としその上に仕事があるとしていましたが、信心が根本にあるという事は物事の考え方が全て信心ありきになってしまうのではないのでしょうか。
    学会では、叶えたい願いがある時、悩みが出来た時、自身に何か良くない事が起こった時にはまず「勤行・唱題」です。そして御書を学び、同志へ相談したり幹部の指導を受けたりと、その中で培った事を実生活に活かしていく。私は学会の先輩・幹部からこのように教わりました。もちろん学会外で学ぶ事も沢山ありますが、学会員の比率は【信心で学んだ事>社会で学んだ事】というように重要度が信心へ傾いていませんか?そういう方が多いのではと思います。少なくとも私と周りの同志はそうでした。社会で学んだ事も一理あるし大切だけど、信心で学んだ事の方が大事、と。
    そうなると、物事の判断基準までも信心になぞらえるようになってきます。良い事があっても悪い事があっても全て信心しているが故。「しっかり信心していれば大丈夫!必ず良い方向に進んでいくから!」この言葉、何回も聞きました。これがある限り、信心というものを自分の頭の中から外して多方面的に物事を考える事が出来なくなってしまうと感じていますし、実際に私も同志もそうでした。以上の理由から、学会の中に居ると物事の見識が狭まってしまうと思ったのです。

     >相談といっても、相談といいながら往々にして先に結論は決めていて、同意、賛同してもらいたいのに、そうでない答えだったので納得できない、不満に思い、不信に陥るということが意外とあると思います。

    相談した事は、

    ① 新聞啓蒙や仏法対話を試みた友達に「私は宗教に興味ないし必要ない。前から言おうと思っていたけど、卯月はどうして創価学会の活動に熱心なの?卯月にとって学会は大切かもしれないけど、言葉は悪いけど気味が悪いよ。卯月とは学会以外の事で付き合いしていきたいから、今後は一切、学会の話はしないで」と言われ、ありのままに先輩へ相談した所「お友達は今は無理解でも、いつの日かきっと解ってくれる時がくる。卯月ちゃんはお友達の仏性を信じて種を蒔いたのだから、いつかきっと芽が出る日が来るよ。これからもお友達を大切にして唱題根本に根気強く対話していこう!」

    ② 白蓮時代に仕事の終業時間の関係で白蓮の着任時間に間に合わなかったり、着任出来ない事について相談した所「ご本尊様に“時間革命させて下さい!”としっかりと祈る事が大事だよ。そうすればきっと道が開けるよ」

    二つとも私にとって具体的なアドバイスには成り得ませんでした。①に関しては対話したのが2年前だったのですが、友達とは疎遠になってしまいました。私なりに気遣って出来るだけ学会に対して不快なイメージを抱かせないように学会に関して知って貰おうとあれこれ手を尽くしたのですが、宗教活動(F活動も含む)を熱心にしているというだけで拒絶反応が出たと友達から言われました。②に関してはいくら祈っても変わりませんでした。それは私の祈り方が足りなかったと言われるかもしれませんが、仕事をする上での要領の良し悪し以前に、仕事をしていれば急な残業や予定変更などあるのに、どうやっても変えようのない事実なのではないでしょうか。
    ヒューマンさんが取り上げたいと仰った活動全般の努力・工夫に関して同意ですし、その部分でも疑問や嫌気はありました。活動に於いて末端組織で感じる大小様々な問題は改善すべきだと感じます。

     >煩悩即菩提、生死即涅槃の即とは、南無妙法蓮華経のことで、わかりやすく言うと唱題のことになります。

    即の意味は南無妙法蓮華経(唱題)の事だったのですね!私の勉強不足でした。教えて頂きまして感謝致します。煩悩=菩提の意味、唱題する事で…の意味は理解しております。教学に関して、お褒め頂き恐縮です。ありがとうございます。

     >体系付ける役職も、単に数値として現れる功績として与えられる役職でも名誉職でもありません。

    役職の話を頂いた時も上記のように幹部より指導され、学会の役職は位が上がったから偉いのでなくて位が上がれば上がるほど会員さんに尽くす事だとも教わりました。ヒューマンさんのコメントの最後にも書かれていましたが、会員のための幹部なのに、私の地域では壮年・婦人・一部の男子幹部は役職の意味を勘違いしている方が何名かおられます。これでは学会の指導に反していると先輩や女子部の幹部にも質問してみたのですが、言葉を濁されてしまいました。

    私の回答が大分長くなってしまったのでヒューマンさんがお答え下さった項目全てにお返事出来ていません事、お許し下さい。今後は基本的にヒューマンさんと考え方が明確に違う問いに関してだけ回答させて頂きますので、こちらも合わせてご容赦頂きたいです。

  18. 卯月さん

    あなたの誠実さ誠意に感謝します。
    心からありがとうございますと思えました。
    真剣に、本音で、そして誰にもおもねることなく命を削る思いで誠意にお応えしていきたいと思いました。

    まったくご心配なく、あなたの言葉で十分理解できますし通じています。
    他人の力添えを少なくともここでは借りる必要はないと私には思えました。

    今日はもう遅いし、いま読ませていただいたばかりですので、返答はもう少し時間を下さい。
    非常識な時間に書き込んでると、あらぬ誤解や言いがかりをつけられませんので、その点はご容赦下さい。

    こんな純粋に向上心を大切にしている人を、迷わせてしまうだけで終わらてしまうような幹部がいるのでしたら、私の心情としては許せません。
    ありがとうございました、例年より寒さのおとずれが早いようですし、ネットに書き込むために無理をして体調を崩したりしないないよう、ご自身を大切にしてください。

  19. ヒューマンさん(こちらへの返信は不要です)
    横から失礼いたします。
    創価学会はなぜ駄目なのか、言いたいことが集約されているので、ヒューマンさんにも是非みていただきたいと思いました。この動画の下のコメント欄に書かれている、学会二世の方の嘆きも是非読んでみてください。

    創価学会はなぜ悪いのか

  20. すみません
    この動画はヒューマンさんのような立場の方向けのものではなかったですね。
    外部向け、創価学会に知識の無い人向けにできているので。
    でもマインドコントロールのところがなかなかよく語られてるなと思いました。
    (二世の方のコメントは画像横のyoutubeというところをクリックしないと見られないようです。)
    非公開願いを出そうと思ったら、公開されてましたので、それはそれでいいのですが、
    卯月さんとの対話に余計な横槍入れてすみませんでした。
    ここをロムしにきた非会員の方向けということで・・・。

  21. 卯月さん

    幸せって、信仰の量(何人に仏法対話をした、折伏した、新聞を勧めた等)で、幸せを実感する回数が増減するものではない、と仰りたかったのですね。
    確かにそう思います、単純に量ではありません。
    その活動に取り組む心の方向性が大切であって、その上で卯月さんの仰るところの信仰の量が増えることが大切です。
    更に幸せといっても他者との実感する幸せと比較してのことではなく、それは病気が治る、収入が増えるなどはかかる病気の程度もありますし、満足する収入にも人によって違いがあるように、それら比較しての幸せ(相対的幸福)も、もちろん功徳のうちですが、更に大切なのは、同じ例を用いても、どんな病気にも負けない、例え収入が減ろうとも動揺しない、打ち勝って乗り越えてやると思える自身になれたことへの幸せ(絶対的幸福)を実感できることの方が、より重要です。
    そのためには、生命(心と体より根本に位置します)を磨き鍛えることが必要で、そのために、活動に取り組む心の方向性にずれがなく、思いの深さ(信仰の量にも通じます)が重要で、その結果、幸せになると
    いうことになります。

    ですから、一言で幸せになろう、幸せになった、といっても、具体的にはその方法に厳密な違いがあるので、そこを履き違えると、信仰の量(何人に仏法対話をした、折伏した、新聞を勧めた等)で、幸せを実感する回数が増減するかのように、錯覚に陥ってしまいがちなんです。
    とかく人は、一人で悩み考えがちですが、学会の組織は、本来そうしたところをより少なくするためにも、声を掛け合い励ましあいを自然に出来るように、様々な会合や家庭訪問などを通じて行っているわけです。

    結果的にご本尊に縋っていると思うのです。(すみません、難しくて読めませんでした。結果的にご本尊に頼っている、と同意でしょうか。)
    「祈れば何とかなる」は少々雑な説明ですね、信心をしてても最終的には自分で解決しなければならないことには変わりがありません。
    御本尊に祈るというのは、誰にでもわかり易いから当体としての本尊に、御本尊に祈ると言うのですが、
    その実、その行為は、自身の本尊、つまり生命にある仏界に祈り、磨き、開いていくように祈っていることになります。
    いくら生命の当体といっても、単に掛け軸にお願いことをしているような感覚で理解していては、どこまで行っても他の仏教と変わらなくなってしまいます。
    本尊に関しても、よく、本物とか偽物とか議論されますが、また、日顕さん(ゲイカでもいいですが漢字変換出てきません)の御本尊は功徳がないから取り替えるといか方もいますが、それは間違いです。
    乱暴な言い方をすれば、御本尊の姿(大聖人が御書に示してます)さえ正しければ、卯月さんが書いても御本尊です。
    よく、写真に撮ってはいけないと言われるのは、写真として出来上がると写った御本尊も同じこととなり粗末な扱いが出来なくなるためです。
    ただ、誰が書いても同じといっても、祈る側の心にどうしても同じものと信じきれるものではありませんから、それでは意味を成さなくなってしまいます。 字を誰しもが認めるような達筆で書けるならまだしも、私には書けません。
    もし下手な字で出来上がってもそれを一切気にしないなんて到底出来ない気がします。
    日顕さんのも同様です。
    学会の誠意を無駄にし裏切った訳(もちろん異論があるのは知っています)ですから、その人の名前がそこにある以上、祈る側の祈りも純粋なものにならないことは明らかだと思います。
    ですから、時期で言えば、学会破門前は日顕さんの御本尊でも功徳はありましたし、破門以降は、日寛上人(中興の祖)の御本尊をお形木にしていますが、功徳という意味では変わらずあることになります。

    その上で、祈ることがおすがりで、何かに手助けを求めると言われるように、祈る行為そのものはそう映るかもしれませんが、先に述べた、祈りの姿勢、また、対象としての違いがありますし、更に祈るといっても、正月とか何かの節目や困ったときだけ祈るというのと違い、継続し続けるということは紛れもなく自身の力以外になく、おすがりや手助けのような心情で出来ることではないと思います。
    先日の会合で、地区内の婦人部の方が、お孫さんが任用試験を受けることになつていて、少し前の日になって、急にその日は彼女に会いに約束したから受けないと言われたとき、一切小言も言わず、次の日に10時間唱題を一人でしたそうです。
    信じる信じないはともかく、このことがどれだけ大変なことかはお解かりですよね。
    その結果、お孫さんのほうから、約束がだめになったといって任用試験を受け合格し、その婦人部の方は晴れ晴れしい笑顔でそのことを語っていましたし、婦人部の方にとってもそれは功徳と実感されていました。

    すみません、半分ぐらいまでの返答になりましたでしょうか、少しの間夜勤が続きますし、長くなりましたので、”私も仕事(日常生活全般も含む)と学会活動の両立の捉え方に関してはヒューマンさんが仰ったように、”、以降に関しては、また次回にさせていただきます。

  22. satouさん

    ありがとうございました。
    優しい方ですね、嫌味じゃありませんよ、外部向け、創価学会に知識の無い人向け、貼られた後に内容を見てそう思えました。

  23. ヒューマンさん
    様々な気配りに心の底から感謝致します。
    返信に関しては、私も遅い時があるので数日またがっても気になさらないで下さいね。
    今回も丁寧にお答え下さいましてありがとうございます。お返事は後日させていただきます。
    連日寒い日が続いておりますのでくれぐれもご無理などなさらないよう、ご自愛ください。

  24. 卯月さん

    ここのところほんと寒いですね、夜勤がこたえました。
    道産子なので寒さには強かったのですが、最近では内地の気候にすっかり慣れてしまって、いまでは冬より夏の方が好きです。

    さて、”仕事(日常生活全般も含む)と学会活動の両立で見識が狭くなる”のでは、ということからですが、念頭にまず何故信仰が大切かということの理解を外しては、単に意見の相違に終始することとなってしまいますから、この点はしっかり押さえて読んでいただきたいと思います。
    端的に言うと、それは人間のもっとも根幹となる生命について解き明かした生命論が示されているからです。 どんな生活であっても、命あって生じる生命活動ですから生命論抜きに考えることは、何を語っても空論となりかねませんので”何が大切か”という点だけはお忘れのないようお願いしたいと思います。
    具体的な説明は、回を重ねながら対話の内容に照らし合わせてさせていただこうと思いますが、その根本として、生命に関しては十界論があり、その上の精神の部分に関しては九識論で解き明かされています。

    その上で、叶えたい願いがある時、悩みが出来た時、自身に何か良くないことがあった場合に、卯月さんの周りの学会の先輩・幹部から教わったことに間違いはありません、それは根底で、十界論、九識論に通じることだからです。

    ですが、御書を学び、同志へ相談したり幹部の指導を受けたり、また、学会外で学ぶ沢山のことも、
    それらは知識であったり、経験や単に方法論に過ぎず、個人差はあれ、多く覚えれば覚えていない人よりはいいかもしれませんが、必ずしもそうしたことを含めた見識は量的なことや範囲で推し量れることでははないと思います。

    例えば、若いうちはどんどん吸収出来るし忘れにくいかもしれません、でも、ほとんど誰もが年配になってもこれまで学んだことは全て覚えていて、更に吸収していけると思えませんよね。
    だからといって、成長もなく、生きがいもなく、幸せを実感できないということでもないでしょうし、そうではないと、ともすれば、年をとればとるほどいやになっていくという心情になりかねないのではと思います。
    もちろん、学会員でない方にも、老いてなお元気な方はいらっしゃいますが、学会員の年配の方には同様に老いてなお元気な方は、生活に占める割合は変わっても、若い頃と変わらず信仰も学会活動にも励んでいます。
    他の何かとは違い、信心に定年も引退もありませんし、言い換えれば命尽きるまで必要なことだと思っています。 それは、一言で言えば、仕事も含め社会での一般的な事柄と違い、前の方で提示した生命論で示される、”人として生きるための生命”に必要ことだからです。

    物事の見識の違いは、どの世界にいても生じますし、学会の中といってもそのほとんどは実社会で他の方々と同様に生活しているのですから、物事の見識は自身の自覚しだいで広げられるものだと思いますし、それ以外のどんな世界(スポーツや趣味なども含め)に没頭したとしても狭くなりうることですから、学会にいたら狭くなってしまうという考えは当てはまりません。

    また、”良い事があっても悪い事があっても全て信心しているが故。”、については、事が起こるのも福運に関連はしますが、前回の例えで用いたように、どんな病気にも負けない、例え収入が減ろうとも動揺しない、打ち勝って乗り越えてやると思える自身になることから得られる幸せ(絶対的幸福)の方がより重要ですし、信心してもしなくても”良い事、悪い事”が起きことは、人として生きていて生じるのは自然のことですし防ぎようもありません。(良い事は防ぐ必要もありませんが。)

    こうした理解の上での、信心を根本としその上に仕事をおく、仕事(日常生活全般も含む)と学会活動の両立であれば、これまで卯月さんも理解されていたことに何ら問題は無いと思います。

    “相談した事は、”、から以降はまた次回にします。
    長くなったからというだけではなく、ここまでの説明をもとに、あらためて”相談した事から以降”のご自身の内容を冷静に読み直していただくなど、そうしたことで何らかの気づく部分があるかもしれませんし、より具体的な内容であり他者との関わりの部分についてですので、より慎重に考えを取りまとめる必要があると思っているからです。
    何とか次回で、先の卯月さんからのお話にすべておこえしたいと思っていますので宜しくお願いします。

  25. 卯月さん、こんにちは。

    ここのところこれまでにない寒さですね、四国での大雪には驚きました。
    では早速、続きを述べたいと思います。

    ①については、”学会以外の事で付き合いしていきたい”、そのことをはきちんと受け止めて、卯月さんの友人がそれ以外のことでも友人として惹かれる部分があるということでしょうから、それを大切にして長い目で友人としてのお付き合いを続け、それで続く友人関係ならそれはそれでいいと思います。

    学会だけではなく、とりわけ若い人には宗教も含め関心がなければ尚のこと、いいところを見つけようという気持ちがわかないのは自然ですし、かえって世間で話題になりがちな良くない印象にしか目がいきにくいですから、気味が悪いよと思われても仕方のないことで、大切なのは、だからといって卯月さんがそのまま気味が悪いことをしていることにはならない、あくまでもその人の感じ方が今はそうだというだけのことだということです。
    例えば、空手家が修行と称して焼けた砂に何度も何度も手刀(手を刀にみたてて)を突き刺したり、
    腹話術の練習で、言葉を口の動きより遅らせて発するための練習をしているうちに、
    口の中を切ってしまい出血してまでも続けたり、癌が転移し医師からは見放された人が、治りたい一心で吐血をしながらも祈り続け癌が消えてしまったり、本人にとっての真剣さゆえ、関心のない人からすれば何でそこまでとか、時には不気味にさえ感じる人もいるかもしれません。

    何のためかが大切なのであって、程度の違いはあれ、関心のないことにはそうそう好感を持てないのも
    自然な心情だと思いますし、そうした人にその人にとって関心のない話は聞きなくないのも自然の心情ですから、自然に友人としての付き合いを重ね、何か時が来たときに相応の話をすればいいだけのことと思います。
    家族、親戚、どちらかと言えば関わりの深い関係であってさえそうなのですから、まして友人とはいえ境遇の違う他人なのですから、相手の自然な反応に、こちらが過剰に心情を害する必要もないと思います。

    一般的なアドバイスでも変わりは無いと思います。
    卯月さんが他の人より何かに詳しいこと、経験して自身のあることをアドバイスして、その人のためを思ってのことであれば、それが正しい判断であり行為であるならば、そのことを相手がどう受け止めようとどう反論しようと、その時の相手の反応から受ける自身の感情に流され自身の正しい行為を覆してしまっては、自身のために損なことではありませんか。

    先輩に、唱題根本に根気強く対話していこう、と言われたことも、別に今日明日、何ヵ月後ということでもなく、仮に、10年、20年かかっても、友人としての付き合いは大切にしながら、いつかその時が来ると信じていればいいと受け止めれば言い訳で、そうでない、まだ信心に少しは理解がある人には、それよりも短いスパンで仏法対話をすればいいい訳で、”唱題根本に根気強く対話していこう”という心根が大切ということと受け止めていただきたいと思います。

    無理したり、背伸びする必要なんてないんです。
    まず自分が、祈りを根本に、信心の根本をしっかり理解し、疑問も含め社会の中でいろいろと思考、
    経験するなかで、自分にとって何が大切なのか、自分の弱さ、もっと伸ばしたいのはどこなのかをしっかり見つめなおしていく中で、時に、助けを求めてくる友人に親身に解決方法を考えてあげたり、そうした繰り返しの中で自身を成長させていく、それだけでも大変なことなのですから。

    そして、そうした一人一人を育てていこう、増やしていこう、そしてそれが、一人の人間の偉大な人間革命がやがて一国をの宿命をも転換していく、という思想の根本的なとらえ方なのであり、とても大切なことであって何ら気味の悪いことでは決してありません。

    ②については、①が長くなったこともありますのでなるべく手短に説明しますね。
    ①で説明した根本の部分の姿勢を理解していただいた上で、ご本尊様に“時間革命させて下さい!”としっかりと祈ることが大切なことは言うまでもないことなのですが、祈りの深さ真剣さが必要ですし、それによってその通りとなったと思える時が何時になるかは誰にもわからないことなので、言葉足りなく思うかもしれませんが、そうすればきっと道が開けるとしか言えませんし、それ以上何か具体的な期間を示すことはかえって無責任なことに通じかねません。

    祈っていても、”急な残業や予定変更など”、その場合そのまま正直に説明し着任すれば済むことで、それ以上その時点でどうこう言ってもどうしようもありません、次はそうならないようにとまた決意することが大切なのであって、もしそうしたこと以上に、単に感情で責任を追及するようなことはあってはならないと思います。
    もしそうであったのでしたら、その方にそこまでの度量が備わってなかったのかもしれません。
    でも、皆さんそれぞれに、また、卯月さんと違った立場で成長過程なのですから、そういうこともあると受け止めて、では、自分にとって何が大切なのか、単に感情で責任を追及するようなことであっても、そのことで自分を見失ってはいけないと受け止めるのか、そうしたことの方が大切なのではと思います。
    学会員であれ、そうでない人であれ、相手から受ける言動や行動から自身の心情が損なわれることのないように受け止めていくことが大切なのではないでしょうか。

    ですから、①に関して、対話したのが2年前だったのですが、友達とは疎遠になってしまいましたとのことですが、前の方で示したことを踏まえていただいた上でのことですが、それ以外のことで付き合いしていきたいと言いながら、それ以外の部分で友人としての必要性が生じなかったわけですから、失礼ながらその程度の友人関係であったと受け止めるべきではありませんか。
    “宗教活動(F活動も含む)を熱心にしているというだけで拒絶反応”にしても、そのことについて、きちんとその人なりの考えがあるならまだしも、卯月さんが理由はどうあれ熱心にしていることを、あれこれどうのという立場に無いと思いますし、まして、これまでに、いろいろと説明してきた中に、一生懸命活動してきた卯月さんでさえ、何点かは理解違いだったと感じられた点はあったのではないかと思います。

    信心していない、まして宗教の違いも知らず、関心さえない、そうした方々の。
    繰り返しになりますが、その時の相手の反応から受ける自身の感情に流され自身の正しい行為を覆してしまっては、自身のために損なことではありませんか。

    相手を気遣って出来るだけ学会に対して不快なイメージを抱かせないように、
    学会に関して知って貰おうとあれこれ手を尽くしたことは、とても立派な心遣いですし、その大変な苦労は必ずや卯月さんの人柄を磨くことに通じたことだと思います。
    しかし、残念ながら、それがそのまま相手に理解されるとは限らないのも社会の中での実情だと思います。

    ②に関しては、いくら祈っても変わりませんでしたとのことですが、これも、前の方で示したことも踏まえていただいた上で、お考えいただきたいのですが、足りる足りないといっても、単に量の問題ではありませんし、どちらかといえばどれだけ真剣に祈れたかということが大切だと思います。
    そして、その真剣さはある意味その人自身にしかわかりませんし、ともすれば自身もわかってないかもしれません。
    そう思おうとしている場合もあるでしょうし、いっとき(これも一瞬かもしれませんし、1年ぐらいなら
    それであきらめてしまえば、これも一時といえるでしょう)、盛り上がっただけかも知れません。

    結局、どんな祈りにしても、心の底から望んでいる、欲していることしか祈りとして叶いませんし、
    おまじないではないのですから、そうでなければ当然時間もかかります。
    まして、自分だけではない、相手あってのことでしたら尚更です。
    努力・工夫も必要なことながら、”仕事の終業時間の関係で白蓮の着任時間に間に合わせる”ということは、自分だけの都合ですむ範疇ではありませんよね。

    例えば、自分の病気を治したい、これは自分だけの範疇が大半になりますが、仕事のように規則や同僚や上司の関わりがある以上、わかりやすく言えばそれ以上の根気が必要になることになります。
    誤解を恐れず例えてみますが、”真剣に祈り続けた結果”、何か仕事で失敗し辞めるようになって、それでもあきらめず再就職も賭け祈り続け、再就職した先が、何ら支障なく白蓮の着任時間に間に合う職場に巡り合えたということも、祈りが叶った一つの結果だと思います。
    これは、私の実例ですが、入会して3年ぐらいした頃、世の中の情勢が変わり、3人に2人或いは2人に1人が辞めなければならない人員削減が決まった際(これは入会してから良くないとが起きたとも言えますが)、信心の何たるかもまだしらないまま、ただ一心に再就職を祈り続け(いつまで祈ればいいのかも考えず)、何社かにも落ちながら、3ヶ月程して決まった会社のその月の給料が、前の職場での給料の2倍になっていました。 いかに、純粋な、真剣な祈りが大切かということを実感した出来事でもありました。

    誰にでも、どんな関わりにも、どこへ行っても、人間である以上、人間と関わらざるを得ない社会である以上、疑問や嫌気を避けることはできないと思います。
    その上で、卯月さんの言う、活動に於いて末端組織で感じる大小様々な問題も改善すべきと、そう感じた人は誰しもそう思っていると思います。
    どんなことであっても、相手が誰であっても、それらに粉動されず、自身を向上させていく以外、本当の意味で生きがいというのは見出せないのではないでしょうか。

    会員のための幹部なのに、壮年・婦人・一部の男子幹部は役職の意味を勘違いしている方が何名かおられます、とのこと。
    これはとても残念なことと思いますが、先ほどから繰り返し述べてきたとおり、大切なのは、自身がどうか。
    大切なのはその一点だと思います。
    壮年・婦人・一部の男子幹部は役職の意味を勘違いしている方、これが事実だとして本当のことであるならば、そして何ら改める気がないならば、そうした方々はいずれ自然と学会から離れざるを得ない状況になっていきますから、卯月さんがそうしたことを案ずる気持ちは尊い心情と思いますが、卯月さんのその時の考えや心情に問題がなければ、そうしたことに、決して惑わされさえしなければ問題ないと思います。
    失礼ながら、これでは学会の指導に反していると先輩や女子部の幹部にも質問して言葉を濁されてしまった、というところは、先にも述べましたが、お互いそれぞれ成長過程であって、ここでこれまで述べてきたような説明を出来なかったことも一つの要因かもしれません。
    だとしても、卯月さん自身が正しいと思い向上しよう成長したいとおもう志が惑わされてしまう理由にしてしまっては、ご自身にとって何の得にもならなくなってしまいかねないと思います。

    要は、相手が誰であれ、どういう状況であれ、自身の人生は一切が自身に責任があるととらえない限り、事の大小、相違を問わず、自身が感じる問題の根本的な解決には至らないということになると思います。

    私もまだまだ成長過程ですから、これまで、様々な悩み、問題もありましたし、惑わされそうにもなりましたが、そう感じたとき、”自身の人生は一切が自身に責任がある”と思い起こして奮い立たせるようにしてきました。

    今一度、”自身の人生は一切が自身に責任がある”ということをお考えいただき、少しでもこれまで述べてきたことに理解を示していただければと思います。
    長くなりましたので、表現等わかりにくいところがありましたら遠慮なくご指摘お願いします。

  26. ヒューマンさん 卯月さん 横から口出ししないと言いながら、チョロチョロ陰の声を発してうるさいやつですみません。投稿したあとで、あ、また余計な事してると思い、追って掲載をsignifieさんにお任せしたのですが、出ていましたので失礼しました(食べ続けるを種続けると書いた誤字もありました)。
    ヒューマンさんが語られてる内容に関して言えば、おそらく元会員だった立場の人は、ヒューマンさん独自の新しい考え方だと思う人はいないのではないか?と思いました。マニュアルと言うのは、何かに書かれてるものというよりは、学会によって語り伝えられてきた指導内容です。ヒューマンさんが、何かを読んで同じ事を書いているわけではないということはもちろんわかります。でも、基本となっている指導の方向性が同じということです。でもヒューマンさんが一途に創価学会を信じている気持は充分伝わってきます。指導に熱心ないい役職者だとも思いました。横からの余計なコメントは今後しませんので、外野のことは気にせずに、卯月さんの回答を待ってください。

  27. satouさん

    読み始めた頃から、良識ある方だとは思っていました。
    お伝えしようとしていた真意はご理解いただけたようですので安心しました。
    また、誠意と受け止め、貴方からの卯月さんへの回答に対するご指摘、素直に従いたいと思いました。

      >ヒューマンさんが語られてる内容に関して言えば、おそらく元会員だった立場の人は、
      >ヒューマンさん独自の新しい考え方だと思う人はいないのではないか?と思いました。
      >マニュアルと言うのは、何かに書かれてるものというよりは、
      >学会によって語り伝えられてきた指導内容です。
      >ヒューマンさんが、何かを読んで同じ事を書いているわけではないということはもちろんわかります。
      >でも、基本となっている指導の方向性が同じということです。

    ただ、先に別スレッドでもお伝えしたように大切なところですので、もう少し確認させて下さい。
    焦点をぼやかさず、感想や心情だけではなく、もう少しお考えを具体的に示していただけませんか。

      >元会員だった立場の人は、ヒューマンさん独自の新しい考え方だと思う人はいないのではないか?
    これは現在学会員であったとしてもという意味と理解していいでしょうか?
    私自身、独自の新しい考え方としているのではなく、”私があの場で述べたきたことで使用した表現は”、つまり、その説明方法が独自だということです。
    ですから、基本となっている指導の方向性が同じなのは当然のこととならなければおかしい話になるわけで、”でも”と反意の接続詞を、その説明に使用されるのは意味が違ってしまいます。
    “マニュアルと言うのは、何かに書かれてるものというよりは、学会によって語り伝えられてきた指導内容です。”、この点も、どちらかと言えばではなく、マニュアルになんてなってませんし、まして学会によって語り伝えられてきた指導内容に、私がここで使用した説明方法が指導として用いられたこともありません。

    satouさんは、まったくの外部ではありませんでしたよね(違いましたら訂正しお詫びします)。
    ならば、ああした表現、説明の仕方が、指導としてされたことはありますか。
    誰が書いてもその姿さえ御書で示された通りならそれは御本尊である、という、ともすればタブー視されかねないことを、幹部の指導や書物を通して指導したことがありますか。
    そういう意味で”マニュアル”通りな発言とされることは不本意ですとお伝えしているのです。

    聞いたことがある程度でしたら、こちらでの私の説明の仕方は、ああいったことで実際に相談された際など、機会に応じて説明したことはありますし、十数年以上も前からのことですから、口コミやネットを含め耳にすることはあるかもしれません。
    これらのことまで、マニュアル通りとされるなら、世の奥様方の口コミすらマニュアル通りということになってしまいませんか。

    せめて、思い込みや勘違いなどで誤解が生じることだけは避けたいことだと思いますので、その点はご理解いただきたいと思います。

  28. 新参者ですが、横からすみません。

    ヒューマンさん、こんにちは。
    私は、自分の意思なく生まれた頃から入信しており、二世で活動家でもありましたが、今は活動を一切停止している者です。
    両親、特に父親が信心強盛で、そんな父親に、まだ創価学会を辞めたいと言えずにいます。

    そこで聞きたいのですが
    ヒューマンさんの身内の方、特に自分と近い人が創価学会を辞めると言ったら、どうしますか?

    横入り、本当に申し訳ありませんが、ぜひヒューマンさんに伺いたいと思いました。
    よろしくお願いします。

  29. ヒューマンさん
    質問がありましたので、一つだけお答えしたいと思います。
    ヒューマンさんがタブーを犯したと書かれてるご本尊に関してですが、
    すでに池田氏が発言していることと被ります。
    日蓮正宗に破門されていなければ、この発言は出てこなかったことと思います。
    破門されて以降、ご本尊に対しての捉え方がまったく変ってしまったと思います。
    そしてその考え方は、知らず知らず、組織に蔓延していった結果、ヒューマンさんのように、ご本尊を誰が書いたかは問題ではなく、それを信じる気持の強さが大事という発想が作られていったのだと理解しました。
    以下池田氏発言から
    「宗祖日蓮大聖人がこの御本尊も、ただ信心の二字におさまれりと言われたのであります。信心の二字の中にしか本尊はないんです。本門戒壇の板御本尊、なんだ寛尊、信心の中にしか本尊はないんです、ただのモノです。一応の。機械です。幸福製造機だもの。大聖人の御書だ。」    (平成五年九月七日・本部幹部会)

  30. 本尊問題ですが、日蓮正宗では「誰が書いたか」ということを重要とする教義。
    今の創価は「信心の二字の中しか本尊はない」という教義。
    これでどっちが正しいの間違ってるの論争してますが、宗教なんだから教義はいろいろあるでしょう。
    そんなもの信じる人にとっては、信じる方が正しく、信じる方に力があるんですよ。
    だって今も活動家の人は本尊は変わってるけど、同じように活動家でしょ?
    同じように本尊を大事に思い、同じように祈っている。
    その人にとっては同じように力がある。
    私も信じていた頃は、どっちにも同じように力がありました。
    そして信じなくなれば、どちらにも力はなくなりました。
    破門後の創価の活動家は今の本尊にしか力はないと思い、正宗の本尊なんか魔が住んでるという。
    宗門に言わせれば力があるのはうちだけで、創価の偽本尊こそ猛毒だという。
    同じ本尊なのに、皆立場によって言うことが違う。
    正しいの間違いだのではなく、信じる、信じないの受け取り方ですよね。

    創価を信じているヒューマンさんのような信者と、信じられなくなった人と宗教の話をしても永遠に食い違うでしょうね。
    そんなことより、なぜ多くの人が創価にうんざりしたのかというと、創価が実際に引き起こした社会問題、犯罪、また各家庭での弊害(二世問題や、結婚問題、一人が脱会することによって起こる家庭不和など)です。
    自他ともに幸福を追求するための団体と言いながら迷惑行為になってしまっている実態を、活動家は説明する責任があると思うのです。
    本当に社会の平和と個人の幸福にもたらす力があるならば、これほど多くの人から叩かれるでしょうか。
    自分の信じる教義についてあれこれ力説する前に、ではなぜそこまで素晴らしい教えがこんな弊害を生むのか、理論的に説明して頂きたいですね。

  31. マニュアル云々を書き込みしたあと、あの
    スレッドンは暫く見ていませんでした。
    ヒューマンさんは大変気にされていたのですね。
    きずかずにすみませんでした。
    対話の邪魔をしないようにと
    敢えて別の箇所に書き込みしたあと
    経過に先程気付き本人が答えるベキダト
    思いこちらに来ました。

    マニュアルどおりのロボットと申し上げたのは
    そのままの意味です。
    ヒューマンさんが何かをコピペしたとは
    いっていません。
    周りの同志と比べて人間味がなく
    単に学会指導を自分の単語に置き換えて
    語るだけ。
    現実が見えていない見ようとしない
    盲信はしているだけの人物だと
    おもってしまいました。
    これは私の個人的感想です。
    気分を悪くされるでしょうが
    ヒューマンさんの書き込みを見るたびに
    そのようにおもってしまいます。

  32. >どっちが正しいの間違ってるの論争してますが、
    私としては論争してるつもりはまったくないのです。
    私が述べたのは、ヒューマンさんがタブーだと思っているご本尊に対する認識も、すでに同じ事を池田氏が言ってますから、いまさらタブーでもないでしょう。という話です。
    ただ、池田氏発言は建前として、破門前なら言ってなかったであろうということです。
    破門されたことで、本音が出たということと、創価にとって、ご本尊にこだわることが都合悪くなったという事の結果の発言だと思います。
    そういう風に、ころころと教義が変って行っても、それに信者はただ黙ってついてゆく。
    それもMCの姿だなと思ったまでです。どっちの教義がどうかとかどっちのご本尊がどうかとかの問題を議論したわけではなかったのでご理解ください。

  33. ゾリさん初めましてゾリさんは皆さんの真摯なお話に自らのことには
    アクセルを踏まず慎重にブレーキを掛けられたのですね
    訥々と語られるお話の内容には大変好が持てました
    どうかハンドルを切り直されて、アクシデントのない道を進んでください
    応援していますよ

    そしてヒューマンさんのお話は今までに幹部によって語りつくされたお話の繰り返しのようですね。聞き飽きた言葉の羅列のような気がします。自分も部員の指導に使ってきたような内容です法戦なんてのもね、法戦なんて子供だましもいいとこですよ
    モニカさんが仰ってるごとく
    信じられなくなったものと、盲信者が宗教の話をしても永遠に食い違うでしょう、は
    全くその通りだと思います
    ヒューマンさんのお人柄がにじみ出るようなコメントですが、組織にいた頃幹部に諭されているような気持になりました
    所詮はすべて学会が基盤となったお考えからは抜け出せないということではないでしょうか
    私たち覚醒したものは、それが井の中の蛙大海を知らず ってことに気が付きました
    そしてもっと知ったのです、宗教ではなく詐欺団体であることを、これが一番重要なことです

  34. ヒューマンさんへ
    前回選挙活動が福運がつくというのなら・・・略・・・聖教新聞で示してあげてくださいというようなことを書いたのは、ヒューマンさんに宛てたのではなく、学会組織に対して言ったものです。学会の指導でまかり通っていながら、文章で示されたものがあったかな?と思ったもので。
    もしかして、ヒューマンさんに言っていると勘違いされたかもしれませんので訂正させてください。
    私はヒューマンさんにいろいろな事を、ほんの少しでも疑問に思って気づいてくれればと思っています。ただそれだけです。

  35. satouさん、モニカさん、ゾリさん

    貴重なお時間をわざわざ費やしていただきありがとうございました。

    おかげ様で、各人それぞれの仰りたいことはよく理解できました。
    少なくとも、外のスレッドでの姿勢ではありませんし、
    たぶん、各人のこれまでの全てのご意見を読むまでもないと思えました。

    ようやく論点の焦点が合わさってきたのかとも思いますし、
    期待以上に早くその時期が来たようにも感じました。

    satouさん

    立場には、それぞれを主張や擁護するだけではなく、
    相手を思い配慮しての立場からの、言動そして行動があるということをお忘れないようお願いします。

    破門されて以降、ご本尊に対しての捉え方がまったく変ってしまった、のではありません。
    言い逃れでも言い訳でもありません。

    長くなりますから一例に留めます。
    宗門と共に信仰に励んでいた時代、学会は宗門のためにと正本堂や全国の末寺約350ヶ寺を寄進してきました。
    にも拘らず、表現が教義の上でどうと、言いがかりのような指摘、批判を繰り返してきたのが宗門でした。

    また、私は先の本尊の理解の説明でもタブーを犯したとは思っていません。
    周りがタブー視しているだろうとのもとで、タブー視されていることにも触れたのですということです。

    根本の理解に何ら矛盾がない、だから例えば私がしたような例えでも、本質は変わっていないということをお伝えしたかったまでです。

    同じ目的感に立って推進していこうとし、まして赤誠(すみません、誤字かもしれません)の思いで、学会が宗門に尽くしてきて、何故あのようなことになるのでしょう、よくよくお考えいただきたいところです。

    モニカさん

    教義だけに関して言えば、問題視すべき点、その教義の問題点としている点を、学会は、更にきちんと教義に基づいて明確に説明してきています。

    根本の部分だからこそ曖昧にしては、それこそ何のための宗教なのか意味がなくなってしまいます。
    学会の信仰において、信・行・学が基本中の基本ですが、その根本が信の一字に納まることは
    大聖人が御書に述べられている通り、学会が勝手に作り上げた教義でないことは紛れもない事実です。

    そんなことよりと、棚に上げられても、根本の部分というのは生命論における根本の部分ですから
    切り離して考えてしまっては、それこそ単に主張し合うだけになり永遠に食い違う、平行線に
    なってしまいます。

    決して嫌味ではなく、物事きちんと考えられる方なのですから、また、主催者の意も尊重し相手も理解してみようという気持ちで対話していただけませんか。

    自身の立場と違う問題を、人ごとのように書き連ねることは造作もないことかもしれませんが、同じ生命を持つ人としての、同じ立場になって対話していただけないと、何度も言いたくはありませんが、アウェイな場で対話する、そのこと自体意味が無くなってしまいかねず、費やした時間さえもったいないことになりかねないと思いますので。

    ゾリさん

    単に気にしていたのではありません、それぐらいのこと、であるなら読み流して何ら問題ないとさえ思っています。

    ここでのこれまでの活動家の人たちがどういった言動、姿勢を示されたのかはまだ全てを読める状況に
    ありませんから知る由もありませんが、言い換えれば、ことの本質から外れさえしなければ、
    それらのことや、他の方々の書き込みを読み直さなくても概ね見当がつくものと思っていました。
    そうしたことをきちんと確認し合わないで、主張ばかりを繰り返し、結果お互いまでもそうなって
    いったのではないか、一つの要因であったのではと思っています。
    とはいえ、極力、先入観や偏見なく皆さんのご意見など真意を汲み取っていきたいと思ってますから、
    出来る範囲から読みつくしてみたいとは思っています。
    satouさんの当初のご提案でもありますし。

    どう映ろうと文章だけの世界ですから致し方ないことと、重々受け止めてますが、
    “現実が見えていない見ようとしない盲信はしているだけの人物”、勿論、ご存じないことでしょうし
    わかりようもないことですが、それでどうして、ほんの一端ですが、事実として、家庭を持ち、
    学会以外でも気の合う同僚が全国にいて、19才から途切れることなく社会人として
    働き続けられるのでしょう(先の方で述べたとおり転職は一度していますが)?
    少なくとも同様なご経験が貴方にもおありなのですね?
    もちろん答えていただく必要もありませんが。

    故郷の北海道では、いまだに町内会の方で学会員でなく、私が根っからの活動家ということを知っている方で私が町内に戻ることを心待ちにしている方さえいます。

    貴方のことは、正直な方だとは思っていますよ、とはいえ少しは相手に気遣う心を持てませんか。
    それでいて、周りの同志と比べてなんて、よくそこまでわかるものだと呆れる心情さえおきました。
    お会いできるものならそれでも構いません、ご都合も一切貴方に合わせます、周りの同志とされたその方本人に。
    普通の学会員なら何ら心配も問題もありません、支障があるとすれば貴方が、その方々に約束を取り付けられるかどうかということと、お互いの地域との距離ぐらいです。
    どんな人をとまでは言いませんが、少なくとも相手が学会員なら、人となりは少し話せばわかりますし、どのぐらいの活動をされてきた方なのかは、意識して隠そうとさえしなければ、30分も話せばだいたいわかりますから。

    もちろん、その失礼な評価も率直な本音に違いはないとも理解してますが、一つだけ提案させて下さい。
    私自身も相手の真意を汲み取れないときに行うことなのですが、相手の書いたことを自分に、自分の書いたことを相手に見立てて、読み直して考えてみて下さい。
    少しは偏見という名の色眼鏡を外す手立てになると思いますから。

    ここからは、どなた宛ではありません。
    単なる言いがかりはまったく不本意ですし、これまで、出来るだけ普段の生活、家族との関わり、仕事、学会活動、もちろん法戦も、それらをきちんとやり終え区切りをつけてここで書いてきました。
    自身が日々積み重ねてきている、事実としてのことさえ、捻じ曲げてとらえられてしまうこと、誤解してでしか捉えられないこと、それが最も不本意なことと思っているからです。
    そうした対話の場となってしまうのなら、一つの思い出としてしまっておく以外、私にとって特に価値は見出せなかったことになるかもしれません。
    そうであったとしても、自責においてのことですから何ら他者を責めるつもりはありません。

    メルシーさん、はじめまして。

    家庭内のことは特に大切なことですので、もうしばらく時間を下さい、それと、卯月さんからの書き込みがあってからとさせて下さい。
    意図せずとはいえ、主催者さんの配慮をないがしろにするようになってしまっても申し訳ないと思っていますから。

  36. サラマンダラさん、はじめまして。

    お願いですが、主催者さんの配慮も尊重されて場をわきまえていただけませんか。
    ここでいつから書き込みをされている方かは存じ上げませんが、少なくとも私との対話になってない内容ですので。

  37. わたくしも、申し訳ないけれどヒューマンさんのお話しは少し読むとアタマが腐りそうな感覚になってしまうので、いまは読みません。。
    ごめんなさい。。

    だって活動家の頃、散々どの幹部も言っていたことなんだもの。。

  38. 末寺を多数寄進したのは、宗門の為ばかりではないと思います。

    本来は日蓮正宗の在家の信徒団体であったが、戸田が布教の利便と宗門である日蓮正宗を外護のため、宗門に宗教法人格の取得の許可を願い出た。 日蓮正宗は「新規会員は信徒として末寺に所属させること」、「教義を守ること」、「仏・法・僧の三宝を守ること」を条件に承諾した。

    という経緯からも、創価学会の組織拡大のために会員を末寺に所属させる必要があったために、数多く作ったともいえます。
    そのことよりも、私は現代において、学会が会員から巨額のお金を集め続けていることの方が問題だと思っています。
    その悪度さは宗門がどうのこうのの比ではありません。ヒューマンさんが純粋に一生懸命信じて、組織を守ったところで、結局学会が向かってる方向の真意は何なのか?ということです。

  39. ヒューマンさん、レスありがとうございます。
    信仰者にとっては宗教の教義こそが要で、これがあるから盲信しているのではないという根本の根幹なんでしょう。
    仰ることはよく理解できます。

    でも所詮宗教と言うべきか、それは信じる者にしか通用しない理屈なんですよ。
    どんな深い生命論であってもです。
    万人が納得する、化学的に立証できる、強制的に教育すべきもの、とは違って、信じるも信じないも自由なんですよ。
    信者にとっては「明確なもの」であっても、それ以外の者にとっては戯言。
    わけのわからない外国語をまくしたてられているようなものです。
    一方的な理屈を熱く語られても通用しないことを理解していますか?

    「棚上げ」といのはそういう意味です。
    共通点を見出すなら、その教えを信じることで起こった実態です。
    目に見える実態であれば、信者もそれ以外でも共通項となるでしょう。
    これに目をそらして信じる教義にうっとりしててはいけません。

  40. 何度も横からすみません、とりあえずこれで最後にします。
    創価が執拗に日顕宗を攻め立てている理由に、手を緩めずに徹底的に追撃して撲滅に追い込むという目的があるかと思いますが、そのような心理戦を行う場合、実は、敵に目を向けさせることで、自分の方へ向く批判を回避するためということもあります。これほど執拗に日顕憎しを続けている理由は、実はそういうところにもあるかもしれません。日顕撲滅の題目を会員に上げさせているけれど、創価のトップたちは実際にそれをやっているんでしょうか(独り言のようですみません)。
    ヒューマンさんが頑なに信じている創価って、今もまだ本当にヒューマンさんが思っているような組織なんでしょうかと思いました。(返信は要りません。)

  41. みなさん、ヒューマンさんに仰りたいことや質問もあるかとは思いますが、このページはもうしばらくはヒューマンさんと卯月さんとだけの対話の場にさせてください。複数の方からまとまって質問や批判がきますと、本来の対話までたどり着けません。脱会者にしてみればヒューマンさんの言動は信じられないことが多々あるというのもわかりますが、ヒューマンさんにしてみれば、同じように私たちの言動が信じられないと思います。学会員にとっては学会への批判はすべて根も葉もない言いがかりだと思わされていることは、みなさんがいちばんご存知だと思います。そのうえであえてヒューマンさんが対話を望まれているのですから、言ってることがどのような内容であるとしても、私たちのほうがそのことを理解しなければならないと思います。ヒューマンさんが私たちのことを理解できないのは当然です。理解できたら創価に留まっているはずがありません。どこかの時点でそれが間違いだったことに気づいた私たちが、気づかない方の気持ちを理解できる立場として発言しなければならないのではないでしょうか。それぞれに昔の自分を思い出して見てください。昔、創価が正しいと信じて活動していたとき、同じようなことを言われて「はいそうですね」と言えましたか? だからこそ私たちは何をどうすれば学会員さんが創価の実態を客観的に見ようとする気持ちになってくれるのかを模索するいい機会だと思うのです。今のヒューマンさんに創価に対する批判やそれにもとづく質問をどれほどたくさん投げかけても、対話ができるとは考えられません。言えば言うだけ対話への気持ちは消えてなくなるだけだと思います。今はお互いの立場を理解して、共通項を見出そうとする気持ちが大切なのではないでしょうか。
    ですからもうしばらくヒューマンさんへは卯月さんとの対話を見守っていてください。
    よろしくお願いします。

  42. メルシーさん

    あらためまして、こちらこそ今後とも宜しくお願いします。

    本音でおこたえしたいと思いますが、まだ、卯月さんからは返答がありませんし、より具体的におこたえするためにもその間何点か確認させて下さい。
     - 発心動機
     - 活動家の際の役職
    - 活動家としての期間
    - 青年教学が何級か
     - 何故やめたいか
     - 何故言えないのか

    それとここで私に対し問いかけられたということは、少なくともここのスレッドに綴られた内容は、賛同は出来なくとも理解はされているという認識でいいでしょうか、もちろん理解できない部分は遠慮なく指摘/質問していただいて構いません。

  43. satouさん

    まだしばらくこの場が静かなようなので、今のうちに確認させて下さい。

    まずは、わざわざ先生の本部幹部会での指導を提示していただきありがとうございました。
    (一部、最後の”大聖人の御書だ。」”の部分は欠落しているのか文章としてわかりませんでした。)

    satouさんの理解された内容を流用して、私の理解から表現すると、先生の指導から、会員の考え方が、知らず知らず、組織に浸透していった結果、ああいうとらえ方を理解出来るようになっていき、ご本尊を誰が書いたかは問題ではなく、一人一人の生命にある仏性(仏界)を開くための方法が大事ということがわかってきたということは言えると思います。

    ご本尊にこだわることが都合悪くなったという事の結果の発言、とも仰ってますが、こだわってもいませんし不都合もありません、仮にこだわって不都合が生じるとしてもそれは宗門側ですし。

    日蓮正宗に破門されていなければ、破門されて以降、云々にしても、先の方で述べたように、寄進してきた事実まで何か裏があるかのようなとらえ方としたり、それぞれの立場や様々な状況にある方々への配慮に応じた部分を考慮せず、単に破門が境になって、さも不都合があるから、或いはその腹いせに教義を変えたかのような説明は、短絡的であり、的外れなとらえ方に陥りやすいと思います。

  44. ヒューマンさま 最後に一言だけ。
    今、こちらが言いたかった真意を伝えても、ヒューマンさんには理解不能だと思います。いつか創価の枠をはずして考えられるようになったときに、見えてくるものがいろいろとあると思います。その日がヒューマンさんにもいつか訪れることを願っています。

  45. ヒューマンさん、返信ありがとうございます。

    私の情報を元に考えなくていいのです。
    単純にヒューマンさんなら、どうするのか?
    という質問でしたので。

    シニフィエさんの意向に反しますので、この質問はここまでにします。
    横入り失礼しました。

  46. ヒューマンさん
    お返事が遅くなりまして、申し訳ありません。体調を崩してしまったのと、身内で不幸があり、現在時間が取れない状況です。加えてまだヒューマンさんのコメントを全文読めていないのでもう暫しお時間を頂きたく思います。再来週までにはお返事させて頂きますので、待たせてしまい恐縮ですが何卒宜しくお願い致します。

  47. 卯月さん

    承知しました、お体大切にして下さい。

    以前もここで書いたかもしれませんが、まずはご自身ためを第一にお考え下さい。

  48. メルシーさん

    意図がわかりません。
      >単に、特に自分と近い人が創価学会を辞めると言ったら、どうしますか?

    もちろん、先のご質問の意味はわかります。
    引き止める、仕方ないと認める、その二つに一つを私から聞きたかったのですか?
    これでは、メルシーさんにとって何の参考にもなりませんよね。
    そんなアンケートに答えるような返答を求めてたのですか?

    違いますよね、もちろん貴方の真意はあの短い文章からは推し量りかねますが、少なくとも条件として
    特に自分と近い人、そしてそれに先立って、ご自身の紹介の際に、付け加える形で、”特に父親が信心強盛で、そんな父親に、まだ創価学会を辞めたいと言えずにいます。”としていたのですから。
    まして、私以外の活動家の誰にでも答えてもらえそうな質問を、私との対話のスレッドと認識した上で、敢えて”ぜひヒューマンさんに伺いたい”とされていたのですから、相応の説明なり理由を含めた返答を求めていたのだと思っていました。

    ですから、その後、あらためて、家庭内のことは特に大切なことですので、もうしばらく時間を下さい、としていたのもご理解いただけますね。

    その上で、きちんと返答しようとすると、いくらかの情報が必要で、もちろん一般的な情報はご自身が書こうと思わない限り知りえませんから、少なからずメルシーさんに関する信心の状況が必要と感じ、先の、確認としての何点かを提示したものでした。
    そして、そこに何ら触れることなく、”単純にヒューマンさんなら、どうするのか?”、そんな簡単な念の押し方に至るまで何故何日も掛かるのでしょう。

    本当に、単純にどうするのかでよかったのでしたら、まずは引き止めます、としか答えようがありません。
    それ以上は、状況や条件によって変わりますから。
    これでは、わざわざ挨拶までしてこの場で敢えて問い合わせたことへの回答に見合わない、というより何の意味もないことになりませんか。

    ここでは、少なくともこれまで事実と本音しか述べていません。
    何か意図がおありだったのではありませんか?
    なかったのならそれはそれで結構ですが、いずれにせよ、ここで何かを述べられる際には、本音で対話していただくようお願いします。

  49. どうも、先入観、或いは偏見のコメントが少なくありませんので、一端、意見を追記しておきます。

    師弟不二は信仰心においてです。
    その他の、政治家などの職業においては、学会員を信用しているからといって、それ以外の秀でた方を信用していないということはまったくありません。

    それに、自分と同じ正しい信仰を持っている政治家なら間違いない、でもありません。
    信仰を持ち、その行動も、信条も信頼出来るから支援するというのがまず第一です。
    実際に活動を共にしたこともあり、信条も信頼するに足りていたから支援した議員もいます。

    例えば引越ししたりした場合、必ずしも活動を目にしたりは出来ませんが、同様にその議員の周りの活動家が実際に見聞きしてきたわけですから、少なくとも単に演説やチラシなどで知りえることよりは信用できると思っています。

    そもそも前提の成立していないことに、いくら説明を加えても、それこそ的外れというものだということにお気づき下さい。

    貴方ではありませんが、こちらでの政教一致の認識も間違っています。
    政教一致を禁じているのは、国が宗教に対しての権力による影響を禁じているのであって、宗教の信条をもって国政に影響を与えるのを禁じているのではありません。
    宗教の信条をもって国政に影響を与えるのを禁じているのなら、そもそも公明党はおろか諸外国の宗教名を関した政党は存在出来ないことになります。
    その、政教一致の解釈において、宗教が国にではなく国が宗教にを禁じているのであって、そのところの方向の認識が間違っています。
    議会でも提起され何度も国がそう解釈した説明をしてきていたのを覚えています。

    単に批判しているのではありません、そんなことのためにここで費やす時間が相応の成果をもたらすとは思えませんし、かえって、皆さんお一人お一人が相応の時間を費やして、前提崩れのことをいくら繰り返し述べても価値あるものにならないことを案じているぐらいです。

    何を書いても理解さえ示さない、学会員の書くことははなから疑ってかかる、そんなことでここの主催者さんの意思にも沿っていると言えるのでしょうか。

    その主催者さんでさえ、この忙しい法戦のさなかにここに書き込んで何をやっているんだと思われかねないと、見に来た活動家があざ笑いかねないかのような表現をしたり、学会員であったことがあり、学会というものを知り尽くしているという割には、これまで、どなたも教義の真偽に関し説明し問題点を指摘できていない現状、本当にこのままでここがどなたからも理解を得られる場になるのでしょうか、単に意見の言い合い、それらの感想のみで、それに終始したままで。

    そうならないことが、かえって元学会員の皆さんが、また、退会しようと思っている皆さんの主張が広く認められていくことになるのではありませんか。
    (一部、説明不足と思い、=> 見に来た活動家があざ笑いかねないかのような表現、と別スレッドの表現を訂正し、また、後半文意が変わらず理解しやすいようにと訂正しました。 訂正しお詫びします。 )

  50. 少しここで、コーヒーブレイクにしたいと思います。
    (ごらんになった方が晩酌の時間でしたら晩酌タイムでも構いません。)

    私の紹介は、これまで述べてきましたのでここでは省略します。

    その点はご理解いただいているとの上で、
    英語の挨拶に、Hello, long time no see(talk). というのがあります、そして特にアメリカ人の英語が一般的になってきているようです。

    そこで、皆さんにお聞きしたいのですが、皆さんに外国人の知り合いがいたらその方に聞いても構いません、short time no see(talk) と挨拶に使用したら通じると思いますか?、或いはどういった使われ方が考えられますか?

    それぞれの単語は小学生の高学年でも理解していると思われるものです。
    申し訳なく思わなければならないことかもしれませんが、ぜひ皆さんに伺いたいと思いました。
    宜しくお願いします。

  51. 宝星さん、はじめまして。

    政教一致を禁じてという意味での政教分離に関してですが、先に説明したとおり方向の理解を取り違えては言葉の意味さえなくなってしまいます。

    既に議会でも提起され何度も国会の場で法務大臣が、そう解釈した説明をしてきていたのを覚えています。

    “公明党を支援するということとは”のスレッドで、それでも反していると、思うのは自由ですが間違いは間違いです。
    間違った理解を前提としての説明は、いくら表現を変えてまことしやかにわかりやすく見えるようにしても説得力に欠けてしまいます。

    しばらく卯月さんもこられませんし、とはいえ大切な部分を見過ごして後から指摘するのも焦点がぼやけかねないので書き残しておきます。

    次回は、この空いた期間に、主催者でもあるsignifieさんからの問いにおこたえしたいと思っています。

  52. 私の理解力に問題があるのかもしれませんが、ヒューマンさんの仰ることが、日に々に理解できなくなっています。Hello, long time no see(talk). に至っては質問の意図がさっぱりわかりません。
    これまでのヒューマンさんのお話は、おしなべて創価の組織が会員に押し付けてきた話をそのまま主張しているようにしか見えませんし、それはかつて私や他の方も聞かされつづけてきたことですので、今さら言われなくてもわかっています。前にも言いましたが、私たちはヒューマンさんの考えや思いを聞きたいのです。創価の都合で操作されてきた情報をヒューマンさんから聞いても何の意味もありません。ここに来られるほとんどの人が、ヒューマンさんの仰ることを同じように聞かされて、信じてもきて、しかしそれがすべて間違いだったということに気づいた人たちです。そした人に対して、また同じような創価の情報を聞かされてもどうしようもないではありませんか。「いや、私もかつてはそのように信じていた。しかしそれが間違いだったということに気がついた」と言っているのですから、そうした人間と対話をしようとしていると言うヒューマンさん自身がご自分の立場を理解した上で話しなり質問なりをしていただきたいと思います。
    現在、私は年末の仕事でたいへん忙しくてヒューマンさときっちりとお話しできるような状況ではありませんが、年が明けたらいくらかは時間もできると思います。そのときに私との対話もお願いできればと思います。当面は卯月さんとの対話ということでお願いします。卯月さんはあいにく体調を崩されたようで、無理をされないようにお願いします。
    また他の方との対話はまだしばらくはなしにしていてください。このままいろんな方と話をされてもかみ合わない不毛な討論にしかならないようですからね。
    よろしくお願いします。

  53. ヒューマンさん、私は最初から何度も言ってますように、あなたがここで話をしている相手は、創価のことを何もしらない外部の人間ではありません。たとえば私の両親は草創期の幹部でしたし、今の副会長も父の後輩だし、従兄弟は総県長だし、別の従兄弟も県幹部です。私も当然そんな環境で育ちましたから、ヒューマンさんが仰ることはすべてわかります。だって、ヒューマンさんが仰ることは上から教えられてきたことばかりですから。Kickyさんも言われてましたように、ここに来られる方がここで教義の矛盾について言及しないのは、できないからなのではありません。今さら言うほどのことですらないからです。このブログでも過去に教義の矛盾について話をしたことはあります。矛盾を語ろうと思えばいくらでもあります。しかし私たちはそんなことを問題にしているのではありません。たとえ学会員が明日からイワシの頭に念仏を唱えてもかまいません。何も言いませんよ。日本では信教の自由が保障されていますからね。私たちが問題にしているのは、創価が子どもたちも含めた多くの人々の思想信教の自由を奪い、お金を搾取し、人生をうばってきたことです。モニカさんも言われていたように、だれが何を信じようがそれは勝手に好きなだけ信じればいいんです。私たちは創価の教義など何の関心もありません。創価が多くの人々を騙してきたこと。多くの人々が創価によって人生を棒にふらされてきたこと。このことを問題にしています。教義に関して言えば、県幹部の集団へ話をしているつもりでお話しください。また私の父は私が物心つく前から公明党の議員でしたので、公明党がどのようなものかも、少なくともヒューマンさんよりは肌で知っていると思います。昔は父の選挙の度に自宅が選挙事務所になっていました。また、私の母は若い頃から登山責任者でしたから、私は赤ちゃんの頃から毎月のように大石寺に連れて行かされていました。学会歌が子守唄がわりでしたよ。ヒューマンさんがここで対話をしようとしているのは、多かれ少なかれ創価に精通した人間が創価の間違いに気づいたのです。ですから、ここで問題にされるべきことは、なぜ私たちは創価の間違いに気づいたのかと言うことと、なぜヒューマンさんは気づかないのかと言うことだと思います。教義の矛盾や政教分離など、単なる話の通過点でしかありません。問題は創価が実際に行なってきた詐欺行為と人権侵害の実態に私たちは気がついていることが、なぜヒューマンさんが気がつかないのかということです。これについて徹底的に話ができればいいなと思います。

  54. signifieさん

    お忙しい中ありがとうございました。

    配慮のつもりで遠回しにも説明してきましたが、かえってご理解いただけてないようですので、なるべくストレートに述べます。

    結論から言いますと、意図が理解できないのは、私のことを先入観で判断しているからだと思います。

    これまで私はなるべく先入観を排し、この場で語られている意見などの真意や背景を考え、意図を理解しながらこれまで対話してきました。

    ですから、反論もしましたが、同意もしましたし、理解してもらおうともしましたが、理解しようともしてきました。
    それに対しほとんどの方は、単に意見、反論、感想を述べるものの、対話の場でありながら、理解さえしようともせず、理解してもらおうともせず、また、およそ対話と呼べない方法で挑発し(意図したのではないかもしれませんが使用したのは事実です)、中には茶化したり冷やかしたり、それでも憤慨して投げ出すことなく私は対話を求めてきたことはご覧の通りです。

    このスレッドに書かれたことは理解しながら、疑問に思ったことは質問し、経緯も尊重しています。
    そうしたことを理解していただけず、まして、こちらからわからないと意思表示もしていないのに、それを私が理解していないかのように、自ら同じことを繰り返し説明し、それをもって私が見たこともない人たちと同じであるかのように印象付けられても心外なこととしか言えません。

    不毛な対話となっている、或いはこれからなりかねないのも、全て私の責任だということですか。
    ならば、具体的な問題にしても、どなたでもわかるようにここで説明していただけますか。
    事情や経緯も含めて、結果のみの鵜呑みにしか出来ないような説明ではなく。
    そしてそれは、どなたでも出来ますよね、それが第一の問題とされているのですから尚のこと。
    一つの問題として、詐欺と断言しているのですから、訴えれば勝てないはずもないでしょう。

    これまでの経験や周りが幹部だったからといって、精通しているとは限りませんし、第一に問題とされていることに気づく理由に関係があるということにはなりません。
    何故なら、そうでなければ気づかない問題ではないでしょうし、貴方がされた経験や、周りが幹部なことが、言うまでもなく学会の全てではないからです。
    まして、根本の部分で教義のとらえ方を履き違えていたら勘違いに陥るのも道理なことです。
    ですから当初、教義の基本の部分に触れてきましたし、どこまでいっても自身に責任にがあると述べてきました。

    お仕事お忙しいのは理解しています、無理をなさらず仕事にまず専念されて下さい。
    ありがとうございました。

  55. かすみ草さん、はじめまして。

    まず最初に、”法務大臣が、そう解釈した説明をしてきていた”としたところに関し、訂正してお詫びします。
    正しくは、内閣法制局だったのですね、ありがとうございました。

    kickeyさん、はじめまして。

    政教一致の件、間違えて解釈してることへの説明は先に述べた通りわかるように説明しました。

    仏教と選挙をなぜ結びつけて考える必要があるのか、人として生活していくうえでも、権利を行使していくためにも必要なことだからです。
    結び付けるも何も、生活していくうえで、幸せを求めていく上で、
    同じ行為を行う人間がどうして一切排除したように分けて考えられる方が不自然だと思います。

    そのきっちりと説明ができなかったここでのバリ活さんとは、どなたのことでしょうか。
    具体的にお願い出来ますか、後ほどここで確認したいので教えていただけませんか。

      >ここの常連には、ハンパな説明では納得しません。
    人任せにしなくても結構です、ご自身が半端な説明では納得しない、それほど奥深く理解されていると
    仰るなら、ここで私が述べてきたことへの、説明を加えての反論は赤子の手をひねるように簡単だという認識で宜しいでしょうか。

    理解している、既にわかっていると、対話が出来ない言い訳に利用しないで下さいね、今後とも。
    だいたいバリ活であったというなら、青年教学一級は合格して当たり前です。
    御書講義は長の役職にあるものは責任として行うことが当然であって、それをしてきたからといって必ずしも正しく教学を理解していることにはなりません。
    自慢されてるわけではなさそうですので悔しくもないと思いますが、何もわざわざ説明してまで、教学力を裏付けることにはなりませんのでご心配なく。
    そもそも教学は単なる知識ではありません、行動にも裏付けられた知恵が大切なのですから。
    釈迦に説法でしたか、失礼、ご存知のはずでしたね。
    しかしながら、これでは尚のこと教学の理解が浅い方々は、コロッとなびいてしまいかねませんね。嘆かわしいやら恐ろしいやら。

    では、生命論だの、創価で言われているところの教義を120パーセントご存知な貴方が生命論のおかしいところさえ、どなたにもわかるように説明できないのは何故ですか?
    十界論を否定するぐらい、いとも簡単と、言うだけなら日本語話せる方ならどなたでも言えますし。

    根本の信無くして、何ごとも成り立ちません。
    例えば、明日が来ると意識せずとも信じているから安心して眠れるんです。
    何かの理由や事情で、明日が来ないかもしれない、なんて思ったら安心して寝てられないかもしれません。
    人として、全てのものごと、まず先に信じる心があるから生活が成り立っていくんです。
    まして、生命の根幹に関わる生命論でもある仏法に対してなら尚更のことです。
    これも、釈迦に説法でしたか、失礼、ご存知のはずですね。

      > 信心がなくなったということ=創価のことを何もわかっていないと、解釈するのは間違いです。
    そうですよ、否定はしません。
    どなたがそうな安直なことを言ったのでしょうか。
    まさか、きちんと説明した人もいたのに、はなから理解しようとしないで決め付けて聞き流したなんてことはないですよね。

    勿論男性にもそうした傾向の強い方がいますが、とかく女性は相談したいことがあると言いながら、その実、結論は決めていて、相手がためを思って親身に対応や解決の手立てを考え提案しても、
    はなから決めているから、賛同を求めているだけで、意見や意にそぐわない解決策は耳に入らないということがよくあります。
    うちのカミさんなんか典型的で、そのことを会社の同僚の何人かに話したことがありますが、そうなんだよね~、まいっちゃうよね。
    相談したいというから真剣に考えたんだけど、とっくに自分がすること決めてたんだよね~、まったく珍しくもない話です。
    なのに、知らず知らずそこに陥ってしまい誤解が生じ、ものわかれに終わってしまったりする。
    (世の男性諸氏、お気をつけ下さい、お互いそうしたトラップにかからぬよう。)

      >近所の人たちに言ってきた、嫌と言うほど見て来てるだろ!
      >私(kickey)が御書講義までしてきた時代も。
      >女子部の幹部が御書講義で部員から質問されて困ってるところを何度も解決してきた私を
      >見てきているだろ、って。
    これって事実として、いいとこその場で十数人、せいぜいのべにしても数百人、その中で一番理解していたというだけのことです。

    望んでここに来られた方ばかりではないと思いますが、ここをご覧になる方々は数百人どころではないでしょうね、今後もサイトが存在する限り。
    貴方でなくともここでの私が述べてきたことを、間違っているとどなたにもわかるように説明できる方が、いつここに参加されるやら、その日がくるのもここでの一つの楽しみと言えるかもしれません。

  56. メルシーさん

      >ぜひヒューマンさんに伺いたいと思いました。

    ご自身、自らそう思ったのではなかったのでしょうか。
    少なくとも、返答したことに対しての心情なり応答がないのは何故でしょう。
    私には、成りすましなのかも一切わかりません、もちろんそうなのかとも思ってもいません。

    不自然というより失礼なことではありませんか、問いかけておきながら一言も示されないということは。
    何か事情がおありかもしれませんので、これ以上は言いません。
    信用しいつまででもお待ちしています。

  57. ココアさん、はじめまして。

      >このブログに集う元活動家の方々が、根本のところで間違え勘違いから覚醒に至った?
    根本のところの理解が、とらえ方が間違っているから学会員のいうことを信じられなくなっているのではという意味です。
    こんなことは言っていません、覚醒したと思っているのはここでの私以外の方々ですから。

    ですから、とんでもないです! も何も、前提からずれています。

    だいたい教育を刷り込まれたとしか理解できないとらえ方ではどこまでいっても他責にした考えです。
    丁寧にと配慮のつもりで遠まわしに表現すると焦点がぼけるのか誤解の元にもなってるようですので、
    なるべくストレートに言い切った表現にすれば、”苛立っておられるのか、キツイ言い方が多い印象をうけます。
    最初はそんな風に感じなかったんだけどな。残念です。”などと思われますし、正直苦労しています。

    私の心情言い当てたように書いてる方々の、とりわけ冷やかしたり批判めいた表現をされる方々の感想を読んで、ま~どうしてここまでずれてしまうものかと不思議にさえ思っています。

    たくさん活動内容を掲げられてますが、基本的に受け止め方が義務感にしか感じられません、これらも、他責にするところから生じる心情です。
    だいたい、自ら進んでしていることに、ときには自腹なんて思いもしません。

    読みもしないのに聖教新聞を多部数入れる親の姿にずっと感じていた違和感、にしても、親が望んでしているならとやかく言うのはおかど違いです。
    自分は一部でいい、或いは親のを読めばいい、それでいいだけのことです。
    現実的なものとなったも何も、ご自身の受け止め方が自責なのか他責なのか、そこが違うという現実がある、それだけのことです。

    だいたい、背伸びしたり、良く見られたいとか無理をするからギッャプが生じるんです。
    出来ないことに無理をすることと、何とかしなければならないことに無理をすることとは、似ていて非なることです。

    選挙の際にしても、師弟不二に徹してないから、何て誰がいいました? 
    (そんな方をこれまで見たこともありません、言葉足らずであったなら確認も必要と思います。)
    既に、師弟不二は信仰心においてです、と述べました。
    はなから理解しよう思ってないから、短絡的に、選挙に協力しないと、師弟不二じゃないと言われたかのように解釈して、既にずれた解釈していながら、更にそれはおかしいと思いはじめるんではありませんか。
    これまでもそうですが、ここで書き綴ってきたそのほとんどは、日常で使われる言葉ですし、このスレッドに至るまでのやり取りの中で繰り広げられてきたことです。

    教義にしても、根本の部分のほんの一部ですし、現状はそれで十分です。
    これは繰り返しになり恐縮しますが、そのたった少しのことさえ間違いも指摘できず、挙句の果てに生命無くして生きられない人間でありながら生命論なんてと軽視したりする方もいらっしゃる。

    それで噛み合わないのがすべて私に責任があるかのような感想や意見が当たり前のように繰り返されるのは何故なのでしょう、これからも考えていきたいと思っていますが、ここに来られている中で、私だけが考えれば済むことのようなことではない気がしています。

    このような現実をどう受け止めているのか、ほとんどごく一般的に使われる言葉で、ご覧のように上記に説明しました。
    これも現実ということに違いはありません、どう受け止めるのかの違いであって、簡単ではないかもしれませんが誰かに相談しなければならない程難しいこととも思えません。

    一切言及することもなく、ではなく、言及しても気づいてない、ただそれだけのことと思います。
    ですから、一方的に決めつけてもいません、その証拠に自ら賛同も示してきています。

       >ただこのように感じている者がいるということだけ少しでも伝わればと思います。
    十分伝わっています、伝わっていない者がわざわざここで説明をする必要も理由もありませんから。
    ここで書かれている方も、様々に考え、様々に感じられることは重々承知しています。
    おかしいと思うことをおかしいのではとここに書き連ねているだけであって、いちいち感情的になんかなってません。

    主催者の方はここでの立場もあるでしょうし、お忙しい方のようですから、ご都合にもあわせ、機を見てお話をうかがいたいと思っていますし、卯月さんは、少なくとも私の誠意は理解していただいてると受け止めていますから、丁寧に本音で話したいと思っています。
    (念のためお断りしておきますが、だから他の方とは丁寧に本音で話さないという意味ではありません。
    失礼ながら、そうした表現で、私の述べたことに批判めいたことを仰っている方もいらっしゃるようですので、ここできちんと説明しておきます。)

    生命無く人にはなり得ない、そして物事を正しく受け止められてこそ明確に動物と違う、
    自責か他責か、対話に、信じることから入るか疑うことから入るか、無理にとは言いませんが、あらためて落ち着いて、あいつは学会員だからという先入観をはさまず読み直してみてください。
    それ以外にも何点かポイントになるとこるが見えてくるはずです、それでも真意を汲み取っていただけなくとも、それは私の説明不足と受け止めますからご心配なく。

  58. モニカさん

    生命無くして生きられない人間でありながら生命論なんてと軽視したりする方もいらっしゃる。

    これに対してですか、”ここの誰が「生命」を軽視しましたか?” との問いかけは。

    言いがかりが癖になっているのなら、直す努力ぐらいは必要と思いますよ、ご自身のためですから。
    生命論なんてと軽視、これは生命論を軽視してという意味です。
    生命論が命が大切だと示しているだけではないことは言うまでもありませんよね、皆さんご存知と繰り返し自ら仰ってきてますから。
    ご覧のように、「生命」を軽視、と、「生命論」を軽視とは、意味合いが違います。
    私が述べてもいないことに対して、”ここの誰が「生命」を軽視しましたか?”、とは空振りですよね。
    なのに、私に問いかけるって、これって言いがかりっていいませんか。

    何度も述べてきたとおり、相手の心情を理解しようとして読んでいないからこうなるんです。

    たったこのぐらいの違いに気づかず、その見誤ったままで相手の意図を推し量ろうとするから、
    あーいった感情丸出しの表現になるんです。

    そうした方ばかりではないと信じたいですが、これまででさえ、あら捜し、悪口、罵詈雑言、感情むき出しの表現、そしてここは私たちの庭だからおかまいなしと言わんばかり。
    ご覧の通り、いずれもそれらは私からではありません。

    主催者の配慮や、これまでの経緯、内容をきちんと理解されているはずの皆さんがどうしてこうなのでしょう。
    何かと言えば、何かといえば反論めいた言いまわしには、あれ、それ、これ、誰かさん、周りはみんな、ほとんど省略していながら説明したかのように、そして、具体的に説明しても、私へは、”そんなことは”云々の繰り返しとか。
    返答が安易、安直にも関わらず、相手には、やれ誰にでもわかるようにとか。

    こんなこと繰り返してたら、私はおろか、学会の活動家がここで対話しようと思うと思えますか。
    話が合い、気の合う人たちだけで、不満や、批判、問題を提起し続けるだけで。

    要は、内容の是非にかかわらず、単に一方的な言い分と何ら変わらなくなってしまい、結果、せっかく大切に取り上げるべきことも、落書きと変わりなくなってしまいませんか。
    これも前に述べました、そろそろそのぐらいはお気づきになった方がいいのではないでしょうか。

  59. メガネさん、あらためてはじめまして。

    失礼しました、既に問いかけたのに挨拶をし忘れてました。

    私がこのサイトで書き始めた前後あたりから、貴方の意見を読みなおしてみました。

    まず、直近の二つより以前までの私への問いかけに関するコメント等に関してですが。
      >2014年12月2日 09:23
      
      >私もイラク戦争を支持するような公明党を支援してきた事が後悔してもしきれません。
    イラク戦争を支持するようなとは、具体的にどういったことでしょうか。
    認識をあわせたいと思いますのでなるべく具体的に提示していただけますか。 
      
      >ヒューマンさんよく考えてみて下さい。『何の為にここに来たのですか?』
    最初に述べたかと思いますが、はじめはただ検索しているうちにたまたま目についたのでROMしてみました。
    そして、ご存知の通り、卯月さんの書き込みが気になり対話してみたいと思ったからで、それ以降はご覧の通りです。
     
     >私の今の認識では、公明党は到底応援できるものではありません。色んな情報からそのように判断してます。
     >その認識を変えるほどの根拠を示してくださいませんか?
     >取りあえずイラク戦争の問題はスルーしないで回答して欲しかったです。
    まず話題として取り上げたほうから、その具体的な情報を提示していただけますか、色んな情報などとどうにでも使える表現ではない方法でお願いします。

     >2014年12月5日 22:48
     
     >内部討議資料をもらいました。
    内容も提示してましたね、これって学会のだから許されるってことではないのではありませんか。
    会社の社外秘を公開する行為と変わらないと思いますが、いかがでしょう。
    (以後、お気をつけいただければそれ以上は不問にしますが。) 
     
     
     >2014年12月16日 14:11
     
     >公明党への疑問を持ったことがきっかけで信仰心まで失う事になった私だからこそ
     >この問題はどこまでも追及していきたいと思います。
    政党支援と信仰をそもそも分けてとらえてたのではありませんでしたか。
    それを今度は、信仰心を失った理由にするのは都合がよくありませんか。
    公明党への疑問が解消されれば信仰心がまた起きるというならまだしも、そういう考えではありませんよね。

    以下直近の二つになりますが、
     >2014年12月19日 13:27
     
     >生命論などを含めてもう信じてないのに生命論のおかしいところを説明せよって言われても、
     >そもそも信じてない事を前提とした話に乗れるわけがありません。
    次のスレッドで述べられた感じでは少し視線を変えていただいたように思えたのですが、そう受け止めてもいいですかる

     >質問したことに対して自分の都合の良い事には散々言葉を尽くして説明もしてくれますが、
     >都合の悪い質問は巧妙にスルー。
     >あまりにもストレートに聞かれてスルー出来ない時は態度が悪いといって回答拒否。
    都合も何も、失礼な対応されてまで対話を求めなければならない義理が私にはあり、皆さんには無いということですか。
    逆の立場でも貴方なら快く受け止めて対話をすると言うことでしたら考え直してみますが、どうなのでしょう。

     >2014年12月20日 23:00
     
     >生命論や十界論など、そういう知識を求めているときにはとても素晴らしく感じ内容が深いと思ったりもしました。
     >ちょっとイライラしてる時には十界論で『あ、私今修羅界の命だ』と思って気持ちを落ち着けたり
     >悩みに囚われてる時には『これが地獄界なのかな』など客観的に自分を見つめる助けにもなりました。
     >だから学会で学んだこと全てを否定するつもりはありません。
     >ただ、そういう立派な教義をいろいろ習って唯一の成仏の法を実践してるにも関わらず
     >学会員の人生は一般の無宗教の人たちの人生と同じように、相変わらず生老病死の苦悩を抱えてますし
     >六道輪廻から抜け出してるようにも見えません。
    唯一の成仏の法、それを受け止める、使う側の人間は様々な条件で必ずしも正しく理解できていない場合も否めないと思います。
    ですから、これまでも、その根本のところに関し確認するためにも、何点か提示する必要がある訳で、それでさえとらえ方が明らかに違ってしまっていたら、その他のことへの理解、認識、解釈も、ともすれば正反対のとらえ方になりかねないと思うからです。
    それに、生老病死の苦悩から抜け出せるなどとは一切説明していないはずです。
    生老病死の苦悩は、生命ある限り避けられるものではありませんし、六道輪廻にしても、一旦抜け出したら戻らなくて済むとは決して説明されてません。
    十界論を正しく理解していたら、そのような解釈にはならないはずです。

     >却って一般の人より心身への負担や金銭的な負担などよけいにしょい込んでるくらいです。
    これは、何度かこちらでも説明して来ましたが、無理をするから、背伸びをするからそう感じるんです。
    順序が逆です、確かに指導する側もそう勘違いさせる説明しかしない言葉足らずな場合があることは否めませんし、そうした部分を、私が代わりにお詫びすることでもされても意に介さないこととは思いますが、まず信仰で実感した功徳(自身への何らかの正の価値を実感すること)への、感謝の思いから財務をすべきであって、また、感謝の思いをといっても、生活に支障を感じてまで、或いは後から後悔に感じるような金額はすべきではないと思います。
    私は三桁の財務も何度もしてますが、あくまで感謝の思いからであり、生活に支障を感じない範囲で、
    そして後から後悔に感じるような金額にしたことはありませんので、何ら心身への負担や金銭的な負担など感じたことはありません。
    まだまだ未熟者なこともあり、時に少し減らして何かに使おうかとか考えたことはありますが、一旦行った財務に後からどうのとか、それがどう使われるかとかまで心配したらきりがありませんし、何か個人的なことに期待したり、見返りを求めている訳ではありませんので、財務が出来たということ以外に学会に対しても特別な期待はしてませんから、誤解を恐れずいいますが、一部の幹部に不正があったとしてそれを問題視し追求こそすれ、返還を求めるなどという心情はありません。
    それは、これまでも何度か示してきましたが、自責(自身の責任)において行ったことだからです。

     >それでも人より苦労が多くても、学会の思想を広げる事が世界平和につながると信じたからこそ頑張ってきました。
     >しかし生命尊厳をうたってるはずの学会は、戦争支持したり武器輸出を自民党と一緒になって推進してる公明党を
     >強力に支援しています。
    こちらは、先の方でお願いしたとおり、具体的に提示をお願いします。

    ほれみろ主催者の配慮を無視してるじゃないかと思われるかもしれませんが、何度も申し上げたとおり、
    ご配慮いただいたことはしっかりと受け止めています。
    ただ、これも既に説明したとおり、何度説明しても、対話もしないで冷やかしたり馬鹿にしたような表現を並べ立て、更にそれに対して賛同までして冷やかし続けることしか芸の無いような方々へも配慮し、卯月さんや主催者さんとの対話の時を待っている間、出来る範囲で問いかけや疑問などに関して書き残しています。
    それは、名指しで意見をしながら、それが他者に対しての配慮なり理解しようとしている姿勢には映らないからです。
    中には、一つもこたえもしないで、相手にはすべてにこたえてみろ、という、これは学会員であるとかないとか以前の問題で、少なくとも私には、良識ある姿勢とは思えない行為と思うからです。

  60. せっかくまともに取り合って下さったので、こちらで少しお話しさせていただきたいと思います。
    イラク戦争支持に関してですが、先にお断りしておきますが私は記事のリンクとかやり方がわからないので拾ってきた情報を抜き書きさせていただきます。本当は色々な情報を見聞きして総合的に判断したんですが、ここですべての情報を書き出すのは時間も手間もかかりすぎるし長い文章をだらだらと書き続けるのはこちらのブログ主さんに御迷惑をおかけしてしまうので、ほんの一部のみご紹介します。本当は色んな情報を提示できる方がこういう議論にはむいてると思うんですが仕方ありません。出来ればここを見ている方で、公明党がイラク戦争時にとった対応を時系列で詳しく紹介しているサイトなどご存知でしたらちょっと手を貸していただけると有り難いと思ってます。
    でも取りあえず、私が拾ってきた情報を下記に記します。

    2003年3月、イラクのフセイン政権打倒を目的に米英主体の有志連合が軍事作戦を開始。武力行使を明確に容認する国連安保理決議はなく、仏独も強く反対したが米は『イラクが大量破壊兵器を開発している』とする『証拠』を示し『戦争の大義』とした。その後『証拠』は虚偽だったと判明。2003年の開戦時、当時の小泉純一郎首相が戦争支持を表明。自衛隊の派遣にも踏み切った。

    ここまでは、当時の背景として参考までに。ここからは別のサイトから拾いました。

    2003年3月、公明党の神崎代表は訪米し、アーミテージ国務副長官と会談『日本はイラク攻撃の為の新決議案を支持している。公明党は政府の立場を理解し同じ考えに立っている』と米国支持を表明、小泉政権と一体であることを強調した。また公明党は米国が安保理の決議なしでイラクを攻撃した場合、米国の武力行使を支持することも伝えるなど米国のイラク攻撃に最大限のエールを送った。
    一方で冬柴幹事長は『イラク問題で戦争反対をいう事は利敵行為』などと発言。平和を願いイラク戦争に反対した国民の8割に対し悪罵を浴びせた。またイラクで11月、邦人外交官が銃撃され死亡し、自衛隊のイラク派兵の前提であった『現地の治安安定』の大嘘が覆い隠せない状況となった際も、神崎代表が12月にイラクを電撃訪問『現地は比較的平穏だ』と『安全宣言』してみせ、『平和の党だからこそ自衛隊派遣に賛成している』(冬柴幹事長)など詭弁まで弄して自衛隊派兵への地ならしを行った。
    結局こうした公明党の惜しみない『協力』に助けられ小泉は心置きなく米国のイラク侵略支援・自衛隊イラク派兵に踏み込むことが出来たのである。

    以上は「労働新聞」という記事の抜粋です。
    この情報が間違いなら指摘してください。私が以前に見たサイトがここかどうかは覚えてませんが、いくつかのサイトを見て同じような情報を目にしました。
    これを読むと、公明党が明確にイラク攻撃を支持した事になってますね。イラク派兵に関しても積極的に露払い役を果たしたようです。自衛隊のイラク派兵に関しては確か以前satouさんがリンクして下さったサイトに実態が書かれていたように記憶してます。
    私はこういう情報をもとにして判断しました。ヒューマンさんはご存知でしたか?

    イラク戦争支持に関するお話は以上です。
    続きは後でにします。
    あ、でも一つだけ。内部討議資料についてですが、まさかそんな指摘をされるとは思いませんでした。超びっくりです。
    会社の社外秘公開と同じですか?・・・なんか違うような気がしますが。
    そもそも私は支援活動どころか一切の活動を拒否してそれを公言してるのに、内部討議資料持ってきた人が秘密の漏えいに当たるんじゃないですか?私は党員でもなんでもないんですから言わば外部みたいなものでしょう?それに秘密を守りますなどと宣誓しているわけでもなく・・・。
    学会の会館では宗教行為しか出来ないのに政治の勉強(と言っていいのかどうかわかりませんが)するのがそもそもおかしくないですか?公明党支持してる人だけで別の場所でああいう物を勉強するのは結構ですが宗教行為を行う場所でするのは駄目だと思います。本来宗教団体は会員に対しては政治的に中立の立場でないといけないと思います。学会員にだって公明党以外の党を応援してる人だっているんですから。そういう人達の思想信条を侵害することになるんじゃないでしょうか?支援している党に敵対しているからと言って他党への批判を行い会員を政治的に誘導する行為は法に触れませんか?まぁ、少なくとも公明党が与党にいる限りは不問に付されるのかもしれませんが。
    っていうか、特定秘密保護法が騒がれてる昨今、あんなことを言われるとかなり萎縮しますよ。
    もしかして脅してます?

  61. ヒューマンさん

    12月15日の、貴方への返信に
    「シニフィエさんの意向に反しますので、この質問はここまでにします。
    横入り失礼しました。」

    と言いました通り、ここまでにしますので、これ以上は結構ですという事です。

    シニフィエさんにご迷惑がかかりますので、これ以上の返信不要です。失礼します。

  62. メガネさん

    ありがとうございました、貴方の誠意に感謝します。

    すみませんが、私が貴方を脅して何の得になるんですか。
    まして、今後しなければ一切不問にしますとも意思表示していたのですから信用してください。
    信頼しなくても構いませんが、少しは信用していただけませんか。

    会社の例えは、厳密にはふさわしくなかったかもしれませんね、失礼しました。
    言いたかったのは、信頼関係を大切にして下さいということです。
    内部資料、つまり外へは開示しないでほしいということですから、誰が誰に渡しても、その点に変わりはありません。
    友人から黙っててねと言われたのについ言ってしまったということのように、信頼関係が壊れかねないという意味でのことです。

    まして、そうした場は、心知れた友人ばかりではないのですから、誤解を受ける場合もあるかもしれません。
    誤解の原因となるようなことはしない方がご自身のためですよと言いたかったのです。

    後からじっくりと読み直します、ありがとうございました。

  63. “真実を求めてさん”の部分を”ここの皆さんは”と読み替えてください。

    主催者の方になりかわりまして、また、主催者方の立場に配慮しての思いとして、転記させていただきますこと御了承願います。

    ただ先日からのヒューマンさんと真実を求めてさんの会話は、いわゆる「売り言葉に買い言葉」になってしまっていて、およそ対話へと発展する見込みもなさそうでしたのでストップをかけさせていただきました。真実を求めてさんを制したわけではありませんし、ヒューマンさんのおっしゃることに賛同しているわけでもありません。現役活動家であるならばああいった考えにしかならないことはみなさんよくご存知のはず。そのことを批難したり、熱く語ったところで、言葉は悪いかもしれませんが「焼け石に水」です。それはみなさんが脱会へ向けて、地域の活動さんとの軋轢を体験してよくおわかりだと思います。それをこのブログ上にもってきてもどうしようもありません。せっかく脱会者と話をしてみたいとおっしゃるヒューマンさんなのですから、そこかで対話ができる可能性を探ってもいいのではないかと思っています。私たちからすればヒューマンさんのおっしゃることは、これも言葉は悪いですが「話になりません」。だからといって、それをつついてもヒューマンさんにとっては何が話にならないのかさえ理解できないと思います。思考回路が完全に創価脳だからです。逆にこのような方がへどういった話をすれば、創価の真実に気がつく突破口となりうるのかを探るよい機会になると考えます。

  64. 『今後しなければ一切不問にします』という言葉が十分脅しになってますよ。
    でも、きっとどこかに訴えたりはなさらないでしょうからそこら辺は信じる事にいたします。
    (てか、訴えたところで罪になるのかな?)
    信頼関係、もうこちらは信頼してないのでそもそもそんなものはありません。ので、誤解を受けようとどうなろうと私は気にしません。
    でも心配して下さってありがとうございます。

  65. ちなみに今後も内部討議資料をもらったら、内容によってはまたここでご紹介させていただくつもりです。
    都合が悪いなら、支援活動拒否してる人にまで内部討議資料を渡さないように組織に徹底させるようにしたら良いと思います。

  66. 信・行・学
    最初に来るのが「信」
    「疑う心無くば 自然に仏界にいたるべし」
    疑うな、疑うなと幼少期からの刷り込み。
    なので、全てを疑うことなく
    悪いこともポジティブに考えて
    信仰のおかげで守られた。
    この悪いことは自分が試されているんだ。
    感謝感謝。

    *財務の使い道?世界平和の為に
    決まってるじゃない。
    *センセイの勲章をお金で買ってるですって!?
    それって勲章を下さっている相手を
    侮辱することよね。
    *週刊誌はお金儲けが目的だから
    嘘でも何でも書くの。
    *友達に縁を切られた?!大丈夫、下種は確実に
    出来ているし、貴女の福運が積まれたことには
    間違いないから。
    etc.

    親や幹部からの刷り込みで
    自分も当然こう言う人になっていた。

    本当に気が付けて良かった。

    学会員さん、
    「信じる」ということ。
    「疑う」ということ。
    もう一度よく考えて下さい。
    自分の頭で。
    マインドコントロールされている
    幹部の指導はダメですよ。

  67. シニフィエさんの了解をいただいたのでイラク戦争支持に関する話題を続けさせていただきます。その前に今回のヒューマンさんと常連さんの一連のバトルの発端となったのは、やはり私がヒューマンさんと卯月さんの対話に茶々を入れてしまったからなので、その件に関しては大変申し訳なかったと思ってます。そういう経緯があったにも関わらずこのように私の疑問に応えて下さるということに本当に感謝しています。
    では前置きはこのくらいにして対話を続けさせていただきたいと思います。

    イラク戦争時の公明党の対応については既に記させていただきました。私はこの一連の公明党の対応を恥ずかしながらイラク戦争当時は知りませんでした。言い訳がましいですが活動に明け暮れる毎日でゆとりがなく、ろくにニュースも見てませんでしたし新聞は聖教しかとってませんでしたので組織経由で流れてくる情報にしか触れてなかったのです。神崎代表がサマワに飛んだニュースは見てましたが冬柴さんの発言や、イラク攻撃にいち早く賛同の意を表明していることなどは全く知りませんでした。
    私の当時の認識はこうです。『イラクへ自衛隊を派遣することは人道復興支援であること。戦闘はもうひと段落ついたところなので戦闘地域に行くわけではない。誰かが行かなくてはならないが、自衛隊が装備も整っているし訓練も受けているので適任だ。自衛隊が行くことは憲法の問題にも関わることで国民の反対も大きいけれど、憲法に違反するような状況になりそうなときはすぐに撤退するなどの対応をとると言っている。公明党は責任ある与党として苦渋の決断をしたのだ。』
    だから、野党がイラク戦争を支持した!と騒いでいるのを見てとても歯がゆい悔しい思いをしました。戦争を支援してるわけじゃない!復興支援なんだと。
    でも、派遣当時は騒いでいたテレビなどもだんだんその話題を取り上げなくなってくると私もそのことはすっかり忘れてしまいました。
    私が公明党のイラク戦争時の対応を知ったのは偶然です。
    学会の弓谷問題の事をある人から聞いて、会員に知らされない不祥事もあるんだという事を知り禁断のネット検索をしたのです。ネットには恐ろしいほどの学会にまつわる怪情報が溢れてました。こんなもの見てたら毒されてしまうな、と思ってそういう情報からは目を背けてたのですがたまたまある現役活動家の掲示板を目にして衝撃を受けました。
    公明党のイラク戦争当時の対応を厳しく批判している内容でした。そこには私が知らなかった情報が書かれてました。これは本当なのか?と思って色んなサイトを調べました。前のコメントで上げたようなサイトです。
    公明党がイラク攻撃に対していち早く賛同を表明していたこと。私は攻撃に対しては反対していたのだと思ってました。復興支援の為に尽力しただけだと思ってたのです。ショックでした。
    それからは外部の公明党に関する情報を読み漁りました。自分がいかに一方的な情報しか取り入れてなかったかという事を嫌と言うほど知りました。そして2005年の選挙から支援活動を完全拒否するに至りました。それからは信仰と言うフィルターを外して公明党を冷静に見るようになりました。第二次安倍政権になりどんどん右傾化していく政権を見るにつけ、この異常な政権を誕生させたのは公明党の働きがあったからだとの思いが強くなり、このような状況を作ってしまった原因について自分なりに考えました。そして思ったのは、この政治の異常さは公明党を支援している学会が会員の信仰心を利用しているからこそ成り立っているんだという事でした。熱狂的な信仰心が引き起こした結果だろうと。
    その考えに至った時、何てとんでもない事に自分は加担させられてたんだろうと恐ろしくなったのです。そして会員を欺き権力の手駒となって庶民の暮らしを破壊している組織に対する怒りが湧きました。そんなときに集団的自衛権の問題がありました。
    私は最初から公明党は集団的自衛権の閣議決定に応じるだろうと思ってましたが案の定賛成したのは皆さんもご存知の通りです。
    その閣議決定に際しても、散々抵抗するふりをしてブレーキ役をアピールしているのが白々しかった。どうせ安倍さんだって一気に事が運ぶなんて最初から思ってないでしょう。最初の固い岩盤にヒビを入れてしまえば後は少しずつ崩していけると思ってるに違いありません。そのヒビを公明党が入れてしまった。その事に今回たくさんの人が気づくのかな、と期待してましたが大きく外れてしまいました。いまだに学会の善男善女が騙されているという事に歯ぎしりするような思いです。
    そんな思いもありまして、ついヒューマンさんに当たってしまったのでした。
    私は、学会の事を信じていた時は生命論とか素晴らしいと思ってましたよ。
    でも、いくら立派な理論を語っていても学会そのものを信頼できなくなったのでもう学会の提供する思想を探求しようという気持ちは失せてしまったのです。結局学会を信じてついて行っても戦争ひとつ止められないんですから。生命論なんてただの机上の空論にしか聞こえないんです。
    もし公明党が全ての戦争に反対し、武器輸出もストップするなら生命論のお話にも真剣に耳を傾けられると思います。
    決して茶化すつもりはないです。ヒューマンさんも学会の思想が世の中にどれだけの影響を与えているのか考えてみていただけませんか?学会がこれだけ選挙に力を入れてるんですからもっと世の中が良くなってても良いはずでしょう?少なくともイラク攻撃に支持を表明したことは生命尊厳の思想とは全くかけ離れていたと思います。

  68. signifieさん

    ご丁寧に、ここまでしていただいてありがとうございました。

    貴方がここに書き始められたあたりを2, 3ヶ月分かは読みました。
    そして今回のご提示していただいたものを今一通り読みました。
    ほとんど理解できましたが、やはり、長いのであらためて読み直しますけれども、今日はもう遅いのと、うちのカミさん、何かと言えば、私のやることなすことを監視していて(妄想も含め)、時にヒステリックな面を爆発させるタイプですので、更に火に油を注ぐことは特に危害の及ぶ我が家では控えた方が賢明と思いますから、感想なり意見などは、明日以降とさせていただきます。

    失礼な物言いかもしれませんしが、また、嫌味のつもりはまったくありませんが、これだけ真剣にそして誠実さを失わないよう配慮されている方なのに、余計とも言えるご苦労をなされて、しかも、ここ一月ほどの期間でさえ、味方であろうはずの、ここに退会しようと来られる方々、退会した方々の目に余る醜態にも似た姿勢にまで、ご配慮されての行動は、私からすると、一言で言えばもったいないことしてますね、になります。

    これまで、貴方や、satouさんのご提言もありましたから、すべてとまでいかないまでも、ある程度ははじめから呼んでみようと思っていましたが、今回提示していただいた内容を拝見し読み直す必要がないと認識したことと、私が読み直してからでは、かえって何か対策を練ったかのような印象を与えては不本意ですし、卑怯者が使うともいえる後出しジャンケンになりかねませんので、そうしたこととならないよう配慮しての意味でも、まずは今回提示していただいた内容への感想や意見を述べさせていただきます。
    もちろん、メガネさんへの誠意を先に示してからとなりますから、ご心配なく。
    (今日以降、読み直したかどうかは、貴方或いは主催者と同じ立場の方にはおわかりですよね、たぶん、私がここへの書き込みをしていたPCが2台であることもそちらにはお見通しでしょうし、いつ、そして何回アクセスしたかもお分かりでしょうから。)

    私との対話はさておき、卯月さんが早くお元気になられるといいですね、もう年の瀬ですし新年を迎えるためにも。 そして、ハンドルネームでは届かないかもと思いながらも、人智を越えた生命の可能性にも期待して、卯月さんの最後の書き込みの日から卯月さんへもお題目を送っています。
    これは性分によるところもあるかもかもしれません、信心する前からそういう一面が他者より強かった気がしていますから。
    (一例ですが、邪宗の家庭に生まれた私が、高校生の時、小さい頃から繰り返していた喘息の発作が出始めた際、吸入の薬を切らしてしまっていて、どうせ2, 3日苦しみ寝込むなら、吸入の薬のようにタバコを思いっきり吸い込んで、吐き出したらどうかと試してみたら、その途端に発作が止まったことがありました。)

    最後になりますが、はじめの頃に貴方が書かれた内容に、本にしたりそうしたブログにしていけたらいいとお考えだったのですね、今となっては何の証拠も提示できませんが、ここに参加しはじめ内容もほとんど理解していない頃から、まったく同じことを私も考えてもいました。
    私は不思議だなと思いましたが、やはりそれも創価脳のなせる技なのでしょうか。

    私との対話は、なるべくご提供いただいたスレッドでと思っていますし、特にあそこは経緯も大切にしたいと思っていますから、そちらの方へもこの内容をコピペしておきます。

    では、おやすみなさい。

  69. メガネさん

    ありがとうございます、わかっています、気にしないで下さい。
    私にとってあれぐらいは、うちのカミさんとのバトルに比べれば、バトルでも何でもありませんから。(こう書くと、愚痴だとか、強がっているように映るんでしょうね、ま~もいいです。)

    ごめんなさいね、主催者さんへの返答をしてから貴方のを拝見しましたので、貴方への返答は次回とさせて下さい。

  70. メガネさん

    一つ教えてください。
    私は今回貴方からの対話に誠実さを感じ、自分の考えを整理しながら確認すべきことに何が必要かなども考えたりしてました。

    そうそうお相手していただけるかどうかもわかりませんから真剣に受け止めていましたのに、何ら挨拶もなく次のように述べられた方はどういう方なんでしょうか。
    確認する努力を惜しんでいる訳ではありません、実際に過去ログからそれを確認することは、対話として現実的ではないと思うからです。

    少なくとも、signifieさん、卯月さん、メガネさんは受け入れていただけたのに、彼の仰っていることをどうとらえたらいいのでしょう。

        こう言っては実も蓋もありませんが貴殿の書き込みを真剣にとらえている人は誰もいません
        ええ、はっきり言いますよ
        今となってはただの1人も貴殿の書き込みに賛同されるひとはいないのです
        もはや貴殿の書き込みは多くの方が理解不能あるいは解読不能となっています。
        どうしようもありません、コメントしようもありません、読んでもわからないのですから。

    貴方を頼るつもりはありませんが、本人に問い合わせても意味はないでしょうし、どなたもそれに対しご意見がなければ、そう受け止めなければならないでしょう。
    そもそもここは学会員に対してはそういう場なんだから何をいまさらと仰るのでしたら、signifieさんからのこれまでのご好意はなんだったのかということになります。
    念を押して恐縮ですが、学会員には、こちらが聞きたいことだけは聞く、いいたいだけ言わせ、理解できないことにもどこがどうなのかも確認もせず、こちらから何を説明しようが理解出来ないということなのでしょうか。

    それでは、何のための”対話を求めて”なのか、真に、”静かに創価学会を去るために”だけのためのサイトでしたら、サイトの始まりから学会を去る気のない学会員はだれも来なくなりますし、時々提唱される、学会員に見てください、問題を新たに気づきあうための対話をしましょう、ということと矛盾することになりませんか。
    意味がないといわれる方の側におられる方へのご質問にお答えする理由も目的もくなってしまうことになりますので、申し訳ありませんがどうか率直に教えてください。

    私とは対話もしたことがない方が、私に進言する意図がわかりません。
    意図がわからないままでも、既にお三方の誠意は受け止めてますから対話は続けさせていただこうと思ってますが、そうしたことまで気づかわなければいけない場なのでしたら、垣根なく公開されている意味がわかりません。

    一意見としてでも、また、メガネさんが答え難ければ、ここをご覧のどなたでも構いませんのでお聞かせいただけませんか。
    賛意を求めているのではありません、私も今回を機にこれまでご指摘いただいたことを反省しあらためて肝に銘じていきます。 また、これまでご指摘された点に関して、signifieさんにはあらためてお詫び申し上げます。

  71. ラザリスさん

    素晴らしい貴重な体験談ありがとうございます。
    仰りたい意図はわかりました、本当にありがとうございました。

    ラザリスさんともゆっくりお話をさせていただきたいと思いましたので、無理のない範囲で”シンクロニシティみたいな不思議な偶然が重なり最高の仕事ができました”、という点に関しもう少し具体的に教えていただけませんか。

    小学生ぐらいのお子さんがおられるのですね、笑顔が目に浮かびそうです。
    返答はお三方の後になってしまうかと思いますが、かえって時間的には丁度いいのではと思います。
    よいお年をお迎えください、短い間でしたがこちらの方々にもお世話になりました。
    ありがとうございました。

  72. たまたま、今、家族ゲームというドラマが放映されてたので見ていました。
    嵐の桜井さんが主演のドラマです。

    信心の素晴らしさ、大切さの実感が深まり、とてもいい内容だと思いました。

    関心がある方はご覧になってみて下さい、特に学会員にお薦めしたいとも思いました。
    時間帯が男性には向かないので残念かもしれませんが、ドラマのDVDの宣伝をするつもりはまったくありませんが、ドラマのDVDは今も販売されてるとのことでした。

    今日は、家内との結婚式をあげた大切な日でもありますので前もってお休みをいただいてましたし、大切にしたいと思っています。

    いよいよ本題に入らせていただきたいと思っていますので、今後ともご理解の程宜しくお願いします。

  73. 先ほど別のPCから書き込んでましたが、サーバーの問題として送信されませんでしたので、再度もう一台の方から書きました。
    同じものの繰り返しとなってしまった際はご容赦願います。

    前回も内容は違うものの不具合のような状態がありましたが、きちんと確認対処されてはいかがでしょうか。
    ネットワークが確立されかなりの年数になりますかし品質もかなり向上していると思われますから、いまどき珍しい事象と言えるかもしれません。

  74. ヒューマンさん、間違ってこちらのページにコメントを投稿してしまいました。そちらは、削除して頂きました。大変失礼いたしました。

  75. 他の方のコメントについてその意図がどういうものかということはわからないのでお答えすることは出来ませんが、一つ私がわかってるのはヒューマンさんがお尋ねの人は外部の方だという事です(記憶違いだったらすいません)。このブログにコメントされる理由などは過去に書かれているので、お読み頂ければ一番良いかと思いますがヒューマンさんが過去のコメントを全て読む必要はないとお考えならそれはそれで構わないと思います。
    ヒューマンさんの一連の発言に対してここの常連の方々が様々な思いを持たれて時には感情的になって批判的なコメントをしてしまう気持ちは私にはわかります。私自身もそうでしたから。
    理由の一つは疑惑です。ここに活動家と称して書き込む人間は二通りに分かれると思ってます。一つは騙す側の人間。つまり学会から給料を貰って反学会ブログを荒らすことを目的としている人間。そしてもう一つは騙されてる側の人間。(騙されてる、というのは信じてる人からすれば不本意な表現だとは承知してますが)ここに来られる活動家の方々がどちら側の人間なのか厳しい目で見られてしまうのはある意味仕方がない事だとご理解いただけないでしょうか?
    荒らしの人は揚げ足取りをするのが常套手段なので、ヒューマンさんが他の方のコメントに反応されて矛盾点などを細かく指摘されたりするのを見るとやはり誤解されてしまうのではないでしょうか。今まで騙されてきたという結論に達した人が基本的に集っている場なので騙してる側の人間だと誤解されると対話はかなり難しくなると思います。そういう意味では活動家の人にとってはここはかなりコメントし辛い場所であると思うし対話を続けるためには活動家の方にかなりのご苦労をおかけしてしまうのが現状です。
    荒らしの疑いが晴れたとしても次は話したい内容についても見解が異なります。
    活動家の人は離れていった人間は信仰への理解が浅かったから離れていったのだと思って、少しでも理解を深めて貰おうと説明しようとしますが、私たちは違います。理解が浅かろうと深かろうとこの信仰自体に興味を失ってしまった、もしくは信仰を提供する組織に愛想が尽きたのだからこれ以上そういう話は受け付けられない!と拒否反応が出てしまうのです。
    拒否してるのに話し続けるから『話が通じない、理解できない』などと言われてしまうのでしょう。(理解できないというよりは理解したくないという気持ちですかね)
    だからヒューマンさんが話の前提として教義の説明が必要だとどうしても考えるのであれば、その前提をそもそも認められない人たちとの対話は無理です。私も自分が教義について深く理解してるとは全く思ってませんが、今のところ理解したいとも思わないのでヒューマンさんが教義を前提としたお話をどうしてもしたいのであればこれ以上私との対話にお付き合いしていただく義理はありません。こちらの聞きたいことだけ聞いて後は聞きたくない!という態度はフェアじゃありませんものね。だから回答を拒否していただいても結構です。私は教義の詳しい説明は抜きにしてもいろんなお話は出来るんじゃないかなと思ってるんですがヒューマンさんのお考えは違っているかもしれません。
    卯月さんはその点、ヒューマンさんの前提に乗って話をして下さるので卯月さんが付き合って下さる限りはここで対話をされたら良いと思います。
    もしかしたらその対話の中から何かが生まれるのかもしれません。

    ですので私と公明党関係の対話を続けるかどうかはヒューマンさんのご判断にお任せいたします。

  76. またまた横から失礼いたします。
    メガネさんが書かれている事がすべてなのですが、ヒューマンさんは、創価学会の宗教的教義についての理解を求めてるかもしれませんが、脱会した人で、その部分に関心のある人はいないと思います。それよりも、創価学会という組織そのものについてや、創価学会が強力に支援している公明党について、活動家がどう考えているのかに関して関心がある人がほとんどだと思いますので、ヒューマンさんも、ここで質問の上がっているその部分に関して、最優先に対話して頂けたら良いのではと思います。そして、その過程において、ヒューマンさん自身も、自分の見てきた見方がすべてなのか?という疑問も少しは持ちながら、相手の意見も聞いていただければ、さらに対話が有意義なものになるかと思います。脱会者は学会員が頑なに一つの方向しか見られなくなっていることを理解していますが、それでは対話が成立しないので、相手を打ち負かさなければ魔に負けたことになるという気持ち?を一旦封印して対話に臨んでいただけたらと思います。ヒューマンさんは、ご自分では相手に誠意を持って聞こうと努力してると思っているかもしれませんが、向き合っているのは顔だけで、心はシャッターを下して跳ね返してるような印象です。ご家族となんとなくギクシャクしてしまっている?のも、そんなところに原因があるのかもしれません。勝手な意見ですみません。(返信不要ですので、他の方の質問への返答を優先的にお願いいたします。)

  77. ラザリスさん

    意図はなかったこと、また、間違って記載されたこと、承知しました。
    何ら支障はありませんでしたが、ご丁寧にありがとうございました。

  78. メガネさん

    ご丁寧にご説明いただきありがとうございました。
    まず、一点お断りさせていただきたいのですが、仰るとか、申し上げる、といった尊敬語ですか、相手を選んではもちろんのこと、全てに対して使用すると、意味は変わらないのに態度が変わったとか不本意なとらえ方をされてしまっていますし、ご覧になる方にとっても、少々不自然に映るのではとも思いますので、今後は”です””ます”体といいますか、平易語にしたいと思いますのでご理解いただきたいと思います。

    そうでしたか、外部の方でしたか、でしたらその時点の発言はほぼ的外れなことになるので、気にしないことにします。
    外部の方でないなら、いまもって、signifieさんの対話に対しての心情と相容れないところだと思いますから甚だ疑問に思います。

    当初より、satouさんも提案されてましたし、最近までは出来る範囲で全てを読んでみようと思っていました。
    流れの中で、一つに、私の知らない、ここでのやりとりも知らない、活動家と呼ばれる方々と私を比較したような表現や、その私が知らないことをもって、私がその方々と同じことをしかねないという表現をしばしば見かけましたので、それについても確認してみようとも思いましたが、ここではまだ私は信用されてない訳ですし、彼らのやり取りを読んでからここに私が何かを書いた場合、更に、私が彼らの書き込みや姿勢を考慮したから、お前はそう言っているんだとも、言われかねないと思い、それ以降は彼らのやり取りを確認しない方がいいと思いました。

    また、これは、signifieさんとの対話の機会となったときにきちんと説明しますから、ここでは一端に留めますが、あれだけ長文で述べられた内容でありながら、私にはほとんど言いたいことは理解出来、更に、矛盾した点、あるいは考え方にも矛盾した点が、何点か見受けられましたので、それ以上、全てを読んで確認するまでもないのではと思ったからです。
    もちろん、それ以外の部分にも言及されているのかもしれませんが、あれだけの長文の矛盾する部分を具体的な理由を提示して、どなたにも理解していただける内容にするだけでも大変な労作業と思います。
    ですが、繰り返しになりますが、satouさんや何人かの提案を無碍にする気もありませんから、はじめから読み直すことの必要性はあまり感じませんが、断念した訳ではありません。

    お気遣いと受け止めるようにしますが、メガネさんが心配されているような、感情的になって批判的なコメントはしておりません。
    感情が無い、抑えている、ということでもありません。
    別にそれほど腹立たしいこととも思っていませんでした。
    おかしいと思う点を文章では伝えにくい部分ですが、真剣さや熱意を伝えたいとの思いで、言葉を荒げたような表現にしてみただけのことです。
    それよりも、何故ああしたとらえ方になるんだろう、そして、その時点では心情や意図はわかりえませんから、きちんと相手の心情、意図を理解しようと思って、方法は相手によって使い分けましたが、何点か確認や想定して指摘してみたのであって感情的にやみくもに行ったわけではありません。

    ですので、私の心情として憤りという点についてとしても、今回メガネさんがご指摘、ご心配いただいた部分ではありません。
    あえて言うなら、基本的な礼儀や、文章から映る姿勢、さらに、ご自身で発した言動に対する責任の無さに対してです。 まして、言葉、単語の一つ一つなどのことではありません。

    理由の一つの疑惑、失礼ながら、決して馬鹿にしているのではありませんが、二通りに分かれるの内に
    入ってもいませんし、想像力にしても足らない気がします。

    騙す側の人間。 学会から給料を貰って反学会ブログを荒らすことを目的としている人間。
    騙されてる側の人間。

    いずれも違います。
    まして、学会から給料を貰って反学会ブログを荒らすことを目的としている者などいないと言っても過言ではないと思います。
    以前、ここに来た理由のべました。
    その時点では、まだ自身も目的は明確になっていないと述べています。
    そして、目的や理由、背景は様々でしょうか、対話の機会を設けていただいたので、これも既に述べたとおり、これまでも本音で対話させていただきますとしていますし、更にあらためてになるかわかりませんが、一般的な例えを除き、自身に関わる内容はすべて事実といっても差し支えありません。
    ですので、見られ方が厳しくても、それ以上何ら取り繕ってもいませんから、signifieさんに指摘を受けた
    表現力の足りなさの部分を除いては、これまでの自身のここでの内容に、殊更取り上げて問題視するようなことは無いとも思っています。
    おかげさまで、signifieさんに指摘を受けて以降、その点に関し原因を考えてみたのですが、相手の内容に対し、自分の考えなり考えつく理由の説明に、文章を入力するスピードが追いついていないから、同じ言葉を不適切なところで繰り返したり、述べる順序が反対になって、かえってわかりにくかったり、それが原因の一つと気づかせていただいたので、かえって感謝さえしているぐらいです。

    話を戻しますと、私がここに今も来ている理由は、もちろんメガネさん他、機会を与えていただいたから
    ですが、かえって、皆さんに対してよりも、私のような活動家と呼ばれている、見られている方々に対して意見なり見解なり、事実を発信し、問題提起しているというぐらいに思って書いています。
    何故なら、ここで取り上げられている、皆さんが感じている問題は、皆さんから見てそうした彼らに原因があるということでしょうから、その立場を代弁しているかのようなここでの私の立場に対して、賛意もそうですが、疑問なり反論なりがあれば、そこから問題解決の共通の糸口が見出せるかもしれないと思っているからです。
    また、そうした場でない限り、活動家と呼ばれる方々が関心を持ち自由に皆さんと対話できる場となっていかなければ、以前も述べましたが、意見が合うものだけの馴れ合いの場と変わりなく、その先にあるものは単なる落書きと変わらない結果となってしまいかねないからです。

    荒らしの人は揚げ足取りをするのが常套手段、これも一理ありますが、アラシ目的だけで、これだけ具体的に説明すると思えますか?
    それが目的なら、私よりここでの経験の長い貴方たちに見破ることは簡単と思いますし、signifieさんが
    一つ一つ、そして彼にしか(彼女でもいいですが)、わかり得ない、アクセスの履歴やIP addressを掌握した上で承認してここへ載せているのですから、そんなことは出来ませんし、まして、数年前、数年間にわたり、ここよりも無法地帯とも言えるサイトで対話を重ね、苦い経験もしたことがある私にとって、それがいかに時間の無駄かはわかっていることです。

    すみませんが、矛盾点を具体的に指摘することが、誤解の原因とされるのはおかしいですよ。
    私が、同じことをされたとしても、理解は深めたとしても誤解にはなりませんし、疑問に思った時点で、意図なり、目的を確認すれば解消することだと思います。
    ですが、ご苦労をおかけしてしまうのが現状、とご配慮いただいた点については感謝したいと思います。

    理解が浅かろうと深かろうとこの信仰自体に興味を失ってしまった、
    もしくは信仰を提供する組織に愛想が尽きたのだからこれ以上そういう話は受け付けられない!
    と拒否反応が出てしまう、理解できないというよりは理解したくないという気持、
    それでは、signifieさんが言われている対話への心情とこれも相容れなくなってしまいませんか?
    言ってる意味は、理解しています。
    問いただしているのではなく、ご自身の中で早い時点で、消化、解決しておく必要があるのではということです。

    前提として教義の説明が必要だと、不可欠とは思いますが、ご覧の通りここ最近まで教義の話はしていませんし、どちらかといえば、ここでの、日常的にもあり得そうなことでのやり取りであり、その時点でもほとんど私の説明に反意は示しながら、確認はおろか理解さえ出来ない方々がおられるようです。
    メガネさんのお気持ちは十分に理解させていただきました、ありがとうございました。

    公明党関係の対話を続けるかどうかは私の判断にお任せいただけるとのことですので、不本意とはいえ、いまだ、途中の内容への説明に追われ、メガネさんの関心のある部分にお答えできておらず
    申し訳ありませんが、そのことへの意見、私なりの結論は、前に述べていたとしてもこれから述べても
    その主旨に何ら変わりはありませんので、いましばらくお待ち下さい。
    本当に、貴重な時間をありがとうございました。

  79. satouさん

    いろいろとお気遣いいただきありがとうございました。

    創価学会の宗教的教義についての理解、云々については、先のメガネさんのところで述べました。

    創価学会という組織そのものについてや、創価学会が強力に支援している公明党について、活動家がどう考えているのかに関して関心がある人がほとんどだと思います、とのこと、あらためて承知しました。
    ありがとうございます、手を煩わせてしまったようですみません。

    “そして、その過程において、ヒューマンさん自身も、自分の見てきた見方がすべてなのか?
    という疑問も少しは持ちながら、相手の意見も聞いていただければ、さらに対話が有意義なものになるかと思います。”、これまでもそうしてきたという心情に何ら偽りはありませんが、あらためて承知しました。
    ですので、せめて、satouさんも同じ気持ちでいていただけますか。

    あれだけ様々な視点から述べてきたのに、いまだに、頑なに一つの方向しか見られなくなっている
    としか受け止めていただけてないのですか。
    残念というより、不思議な感じがするぐらい心外なことと思えました。

    “それでは対話が成立しないので、相手を打ち負かさなければ魔に負けたことになるという気持ち?
    を一旦封印して対話に臨んでいただけたら”、とのことてすが、目的なり、理由は、先にメガネさんのところへ述べたとおりです。
    そんな心情はさらさらありません、だいたい、打ち負かせるなんて思っていませんし、打ち負かす必要さえ
    ないと思っていますので。
    まずは、その辺のご自身からこのような先入観を取り払われることに努力していただく方が先決かと思います。

    家族とギクシャクしていることもありますよ、別に珍しい家庭でもないと思いますし。
    但し何が原因かはわかっていますし、徐々に、解決してきています。
    家内の例を例えとして示したのは、例えとして、一番身近の者のことを使用するほうが、より具体的ですし、少なくとも私が了承していることですから、家内以外の他人に何ら迷惑をかけることにはならないと思ったからです。
    ご認識から生じたこととはいえ、ご心配いただきありがとうございました。

    一点お断りしておきますが、昨日遅番なため、帰宅は0時をまわってました。
    また、今晩から夜勤のため、通常でもそれに備えて明け方近くまでは起きています。
    それから夜勤に備え就寝し夜遅くに出勤するためです。
    勤務体制は、看護師のような不規則な周期での三交替ですから、家族はそれを理解の上既に就寝してますし、何ら日常生活に支障はありません。
    今日から、3日間は昼夜逆転しますので、向こう3日間は体力的にも調整が難しいので次回の返答にいましばらく時間を要することご了承願います。

  80. 恥ずかしくないんでしょうか。

    何方もご覧になるこのような公の場で。
    既に1ヶ月は経つというのに、何ら挨拶もなく、いきなり私に対して次のように言い放った方が、謙譲の美徳なることをまことしやかに語る。

        こう言っては実も蓋もありませんが貴殿の書き込みを真剣にとらえている人は誰もいません
        ええ、はっきり言いますよ
        今となってはただの1人も貴殿の書き込みに賛同されるひとはいないのです
        もはや貴殿の書き込みは多くの方が理解不能あるいは解読不能となっています。
        どうしようもありません、コメントしようもありません、読んでもわからないのですから。

    他人を評価することはおろか反意をしめす資質などあるとは言えない姿勢と思うのは、私だけではなく学会員に限られたことではないでしょうね。
    後日、ここでのこれまでの経緯確認させていただきます、メガネさんの仰ったように外部の方であることを信じて。
    では、夜勤に備えもう一寝入りしますのでお静かにお願いします。

  81. 私は文章が下手なので細かい点を色々と指摘されるととても恥ずかしいので本論とあまり関係ない事はスルーしていただけるとありがたいです。
    例えばお金を貰って荒らしをしている云々の表現を指摘されましたが、別に私も荒らし専門の工作員を雇ってるなんて思ってもいません。そういう意味ではなくて、学会から給料を貰ってる職員が書くこともあるだろうというくらいの意味です。反学会ブログに活動家を装って書き込みしてくだらない罵り合いにでもなればロムしてる人がブログを真剣に読む気が無くなりますから。それから有給の職員でなくても熱心な会員がこのブログをけしからんと思って荒らしてやろうと意気込んでくるかもしれません。これは騙されてる側の人間ですけど。騙されてる側の人間も色んな意図で書き込まれるでしょうから(アラシではなくて学会擁護の為とか)2種類というのはちょっと見当はずれな分類の仕方だったとは思います。想像力が足りないというのはその通りです。すいません。(ここまでの説明も適切な表現ではないと思います。文才の無さゆえです。)
    しかしながら、上記の話などはそれ程突っ込む必要もない事ですよね?
    そういう事まで突っ込まれるといつまでも本論に辿り着けない気がします。なのでこれからは出来るだけそういう細かいツッコミはご容赦願いたいです。
    ちなみにヒューマンさんがアラシかどうか正直なところまだ半信半疑ですが(肝心の本論に入ってないので)私に声をかけていただいたのでやはり対話の意思がある人なのかな、と可能性は感じています。ただ、正式にこちらのスレッドに意見を書いてない人の言葉までいちいち反論するのは出来ればもうおやめになった方が良いと思います。自分の事を書かれてるのに反論できないなんて不本意だとは思いますが(ヒューマンさんへの言葉でないことにまで反論するのはさすがにやりすぎだと思います)このままではいつまでも水掛け論が続いてヒューマンさんへの皆さんの心証を悪くするばかりです。それこそアラシだと思われるのは心外ではありませんか?
    Akiraさんへの突込みなど傍から見るとそれこそ感情的になってるだけのようにも見えます。
    せっかく対話出来そうなところまで行ったのに本論に入る前に対話を打ち切られてしまったら非常に残念です。ですから、これからはここのスレに書かれたことだけに集中していただけないでしょうか?そうすればそのうち誰もヒューマンさんの事に触れなくなると思います。

  82. メガネさん、ありがとうございました。

    本当に心根の優しい方ですね、貴方の誠意は今回も十分に伝わりました。

    蛇足ですが、学会を非難している同じ側に立つものとしてどうしてこうもバラつきが激しいのでしょう。
    ここに来られている目的は皆さん概ね同じはずなのに、不思議なことだと思いませんか。
    少し考えていただければ構わないことですが、私にはそう思えました。

    さて、メガネさんとの対話の主題でもある、先に提示していただいた記事やメガネさんのご意見、主張についてですが、まずは、「労働新聞」という記事の抜粋からでしたね。

    神崎代表がアーミテージ国務副長官へ”日本はイラク攻撃の為の新決議案を支持している。
    公明党は政府の立場を理解し同じ考えに立っている”、を受けて、”米国支持を表明、小泉政権と一体であることを強調した。” は、あくまで書き手の主観ですから、イコールでないことは言うまでもありません。

    公明党が、イラク攻撃に最大限のエールを送った、とされてますが、背景としての、”米国の武力行使を支持することも伝えるなど”、は抽象的な表現というだけではなく、これも書き手の主観の域を抜けていません。
    ですので、私がこの記事をいつ読んだとしても、短絡的に、公明党が無条件にイラク攻撃を支持したとの解釈には至りません。

    冬柴幹事長が『イラク問題で戦争反対をいう事は利敵行為』などと発言したのは記憶に残っていました。
    失礼ながら、配慮が足りなすぎる表現で、当時は正直なんでそんなこと言うんだろうと疑問に思いました。
    当時、その後、彼が選挙区だったか比例区だったかは忘れましたが、仮に真剣に落選を訴え通じるとしても、選挙区であれば、私は当時神奈川県でしたから投票はおろか、反対の支援など出来るはずもありませんし、これはそういう観点では見てなかったので当時の当選順位はわかりませんが、比例区で彼が当選確実な順位ギリギリの位置ならまだしも、そうでなければ、発言や考えに無関係な議員までも
    落選させてしまう結果になるわけですから、それも出来なかったと思います。

    神崎代表がイラクを訪問し、『現地は比較的平穏だ』といったと書かれたようですが、現地の説明が
    これだけの説明でなかったと思う方が自然で、何の理由も説明もなく『現地は比較的平穏だ』と言うことの方が不自然だと私は思います。
    ですから、結論としての、”公明党は自衛隊派兵への地ならしを行った”、は、曖昧な表現のまま、これも
    書き手の主観を含めての見解ですから、そうなのかとは思っても鵜呑みにするほど信憑性がある記事だとは思えません。

    間違いがある無しの判断以前に、客観的事実のみならず主観も入ってますし、表現にも曖昧さもありますから、一つの意見としては認めますが、自身の考えや思いが覆るほど信憑性が高い内容とは、私には思えません。

    先に述べたとおり、全てではありませんが部分的には知っていました。
    ただ、同じ記事を見ても、おそらく導かれた結論は異なっているのでしょうから、他の情報やサイトを見ても、当人同士、また、直接関わった方々の、事実としての発言、その意図を確認しないまま、簡単に二つに一つという結論付けできることではないと思います。

    メガネさんから提示された内容も2回にわたりなかなかの長文でしたので、一旦、長文がどうのと仰る方々へも配慮しここまでとして、続きは次回とさせて下さい。

    メガネさん以外で、私の書き込みに好感を持たれていない方々にお願いですが、余計な心配かもしれませんけれども、対話のやり取りの最中に茶々を入れるような行為は、迷惑なことと映りかねませんし、主催者のご意向にも反することにも通じかねないと思いますから、ご遠慮いただければ幸いです。

  83. ヒューマンさん、管理人のシニフィエです。
    昨夜、私はいちばん新しいスレッドにて以下のことをお願いしたのですが、お読みになっていないのでしょうか?

    >もし、これからヒューマンさんがここでの対話を望むとすれば、まずヒューマンさんがこのブログでの対話によって何をしようとしているのかを、わかるように説明していただければと思います。私にはそれすらわかりません。他のことはけっこうです。他の方の質問にも今は答えられなくてけっこうです。とにかく、あなた自身が、このブログで何をするためにコメントしてきたのかをお話しください。よろしくお願いします。

    あなたのコメントは、意味不明でしかも不快なもので、読む気がしないと仰る方ばかりだということはおわかりですよね。これはこのブログの信頼性にも関わる問題なので看過するわけにはいきません。ところがあなたは管理人である私の問いかけをスルーしたかたちで、

    >メガネさん以外で、私の書き込みに好感を持たれていない方々にお願いですが、余計な心配かもしれませんけれども、対話のやり取りの最中に茶々を入れるような行為は、迷惑なことと映りかねませんし、主催者のご意向にも反することにも通じかねないと思いますから、ご遠慮いただければ幸いです。
    と、まるで管理人のようなもの言いで、一方的に自論をコメントしています。
    いったいどういうつもりでしょうか?
    主催者である私の意向は「このままでは対話にならないので、まず誰にでもわかる日本語で、あなたのここでの目的を教えてください」とお願いしています。私も含めてここに来られる多くの方が、あなたの言葉が理解できないと言っているのです。まずはその問題を解決しなければ、対話などできませんよね。これ以上このように管理人である私の指摘を無視するのであれば、このスレッドの意味はありませんので削除させていただきます。
    ヒューマンさんは創価の正当性を主張したいのかもしれませんが、あなたのこうした態度は、かえって創価の異様さをことさらアピールしているのですよ。それさえ理解できないのでしょうか?

  84. スマホからでコピペのやり方がわかりません。
    だから最後の部分のみ。

    メガネさん以外で私の書き込みに好感を持たれない方にお願いです。
    余計な心配かも知れませんけれども対話のやり取りに茶々を入れる行為は迷惑なことと
    映りかねません。
    また主催者の意向にも反することにつながり
    かねません。
    ご遠慮頂ければ幸いです。

  85. signifieさん

    結果的に、何度となくお手を煩わせて申し訳ございませんでした。

    ここでの目的についてですが、学会の問題を具体的に認識し、改善の方向へ繋げるため、対話を通じ認識を深めたい、というのが一番の目的であり参加している理由です。

    そこまでに至った経緯、心情、理由に関しては、これまで都度述べさせていただきましたが、下記が、そうした部分を裏付けるところを示しているところの主な部分の抜粋になります。

    – 最初に述べたかと思いますが、はじめはただ検索しているうちにたまたま目についたのでROMしてみました。そして、ご存知の通り、卯月さんの書き込みが気になり対話してみたいと思ったからです。

    – 私がここに今も来ている理由は、もちろんメガネさん他、機会を与えていただいたからですが、
    かえって、皆さんに対してよりも、私のような活動家と呼ばれている、見られている方々に対して意見なり見解なり、事実を発信し、問題提起しているというぐらいに思って書いています。

    – 何故なら、ここで取り上げられている、皆さんが感じている問題は、皆さんから見てそうした彼らに原因があるということでしょうから、その立場を代弁しているかのようなここでの私の立場に対して、賛意もそうですが、疑問なり反論なりがあれば、そこから問題解決の共通の糸口が見出せるかもしれないと思っているからです。
    また、そうした場でない限り、活動家と呼ばれる方々が関心を持ち自由に皆さんと対話できる場となっていかなければ、意見が合うものだけの馴れ合いの場と変わりなく、その先にあるものは単なる落書きと変わらない結果となってしまいかねないからです。

    以上でご理解いただければ幸いです。
    では、夜勤に備え就寝します、お気遣いありがとうございました。

  86. ヒューマンさん、このブログの意図は最初に書いてあるとおりだと、これまで何度も言いましたよね。ここは活動家と脱会者の対決の場ではないということ。創価に少しでも疑問をいだいた方が、自分の疑問が正しいのかどうかを判断するにあたって、多くの同じような方の体験を知ることによって確信を得ることができ、また静かに創価から離れることができるように、対話を通じて創価の問題点をあきらかにしていきましょうという場所です。活動家から見れば「意見が合うものだけの馴れ合いの場」としか見れないかもしれませんが、それこそ偏見であり、創価脳の会員から見れば魔に負けた反逆の輩なのでしょう。私たちはそうした人との対話を求めているわけではありません。ヒューマンさんにとっては単なる落書きにしか見えないかもしれませんが、ここに書かれる方の言葉によって、創価の間違いに気がつき、本来の人生を取り戻すことができたと言う報告もたくさんいただいています。単なる落書きが人生を変えますか?意見が合うものだけの馴れ合いの場が、これだけの大きな共感を生む場所になりえるものでしょうか?
    おそらくこうした質問には、あなたは決して答えない。私が指摘したあなたの日本語のおかしさ、意味不明であることに関しても、まったく答えようとしない。ほかの皆さんからの質問にも、答えないばかりか、質問の言葉尻だけをとりあげて、まるで質問者に落ち度があるかのように批判をする。そうしたあなたのおよそ対話の意志など見られない態度が、ここにいらっしゃる皆さんが揃って「もう読みたくない」と言われる所以です。そんなことあなた自身がよくわかっているでしょう。わかっているから、徹底して無視するのでしょう。
    まったく時間の無駄です。無駄どころか、管理者としてはとても迷惑です。
    私はあなたに気遣っているのではなく、あなたに忠告しているのです。それすらかみ合わないあなたを承認する理由はないと考えます。
    この次のあなたのコメントの内容で、このスレッドの削除とこれからのアクセス禁止を決めますので、そのつもりでコメントしてください。

  87. 管理人様、お久しぶりです。ヒューマンさんのコメントをさかのぼって読み進めたのですが、返答に困ってしまいまして、どうお返事をするべきか数日悩んでいたのもあり、コメントが遅くなってしまい申し訳ありませんでした。
    数日のこちらでのやり取りも拝見したのですが、対話を続ける気が失せてしまいました。私の読解力が無いせいでヒューマンさんの仰りたい事が理解出来ないのかと何度も読み返したのですが、どうしても把握できなかったので管理人様へ辞退の旨をお伝えしようとしていました。

  88. 卯月さん、すみませんがそういうことです。こちらからお願いしておきながら、勝手にこのような判断したことをお許しください。ご覧のとおりこのままでは対話も何もなりませんのでご理解ください。

  89. メガネさん、すみませんがそういうことです。せっかくの機会でしたが、おそらく何をどういっても対話にはならないと思いますし、それ以上にこのブログの信頼性が危ぶまれるほどになってきましたので、このように対処させていただきました。どうかご理解ください。

  90. ヒューマンさんの投稿が驚くほど多かったのだな、と初めてこの場を読み返して知りました。まるで対話を求めて、というこのサイトを乗っ取るような勢いだったのですね。驚きました。

    メガネさんの問いかけに真摯に答えるようなフリ?をしながら肝心なことには見事に曖昧にしはぐらかそうとしているような印象を持ちました。とても残念ですね。。

    本来の自分の言葉で率直に語ることを忘れたかのようです。
    ヒューマンさんの本音は、どこにあったのでしょう?
    それとももう自身の本心すら解らなくなってしまったのでしょうか。。?
    まるで雲を掴もうとしても何も得られることがないような、そんな感覚の対話でしたね。。

  91. signifieさん

    返答が遅くなり申し訳ありません。
    最後となるかもしれないことと、夜勤のさなかであったため考えを整理するのに時間を要しました。
    もちろんそれも言い訳にするつもりはありません。

    まず、signifieさんはじめ皆さんが、これまでの私の姿勢に不快な思いをさせてしまったことに関し、一切自身の側に非があったと認め心から謝罪の念をお伝えしたいと思います。
    結果としてであれ何度となく指摘されながら繰り返してしまった非礼をお詫びします。
    申し訳ございませんでした、せっかく設けていただいた機会を意味のないことにしてしまったことを反省しています。

    日本語の表現についても、あらためて省みてみたのですが、ご指摘いただいた、主語と述語の関係も
    さることながら、面と向かって行う会話や対話と、こうした場での文章表現との違いを混同し、その表現方法に対しても配慮が足りなかったと反省しています。

    落書き云々については、不満や、批判、問題を提起し、そして否定を続けるだけでは、せっかく大切に取り上げるべきことも落書きと変わりなくなってしまいませんか、とお伝えしたかったもので、内容すべてを落書きだ断定したつもりはありませんでした。
    しかしながら、これも言葉足らずで誤解を生じさせてしまったものと反省しています。

    既に遅すぎるかもしれませんが、もしも許していただけるなら、本当に最後の機会として、また、自身の反省の意をその姿勢をもって示させていただく機会としても、もう少しメガネさんとの対話を続けさせていただきたいと思っています。
    その上で皆さんにご判断いただき、少しずつ対話の機会を広げていただければと思っています。

    私はいまでも何方とも対話させていただきたいと思っています。
    皆さんが創価の間違いに気づいたということと、私がそこに何故気づかないのかということが、signifieさんが提起されたこの場での重要な点であることを認識し、そして、同じくsignifieさんが提唱された、相手の立場を考えながら対話によって意見の相違を確認する場と、示していただいたことを大切に、対話の機会を与えていただきたいと思っています。

    最後となりますが、もしも最後の機会をいただけるとしても、どこまでも、”静かに創価学会を去るために”を目的とされるサイトということですと、私が、学会の問題を具体的に認識し、改善の方向へ繋げるため、対話を通じ認識を深めたい、というのが一番の目的であり参加させていただいている理由ですから、この点を対話の前提として位置づけられますと、私が参加すること自体、また、同様の志をもつ他の学会員は参加できないことになると思いますので、参加させていただくこと、対話に応じていただくことにおいて、
    せめてこの点だけは譲歩して(了承してとなりましょうか)いただければ幸いです。

    短い間となってしまったかもしれませんが、いろいろと学ばせていただきました。
    感謝の思いと今年の終わりの挨拶にかえ、あらためまして、ありがとうございましたと申し上げます。
    良いお年をお迎えください。

  92. わかりました。
    それではこれまでのこともありますので、ヒューマンさんのコメントはこのスレッドだけに限らせてください。他の場所にコメントされても承認しません。
    これまでの経緯からして、今後ヒューマンさんのコメントをどれだけの方が読むのかすらわかりませんが、とりあえずこのスレッドに限ってコメントは承認することにします。
    それから卯月さんへは当初私からヒューマンさんへの対話をお願いしましたが、私としてはとりさげます。卯月さん、無理に対応されなくてかまいません。今後卯月さんがヒューマンさんと対話を望まれるかどうかは卯月さんの判断にお任せします。またメガネさんに関しても、メガネさんご自身の判断で対応をお願いします。私からは何も言いません。私もヒューマンさんと対話する気はありませんのでご了承ください。理由はこれまでの経緯を見ればおわかりいただけるかと思います。よろしくお願いします。

  93. “静かに創価学会を去るために”

    どこまでもそれが目的のブログです
    それ以外の何物でもありません
    シニフィエさんは本気です
    これまでの人生とこれからの人生に折り合いをつけるためにも
    御自身の命をかけてこのテーマに取り組んでいるのです
    まずそこを御理解下さい。

    “学会の問題を具体的に認識し、改善の方向へ繋げるため、対話を通じ認識を深めたい、というのが一番の目的であり参加させていただいている理由ですから”

    そのような目的であるのならばヒューマンさんのお役に立てることは何もありません
    副支部長という立場であれ組織全体から見れば一兵隊です
    一兵隊が司令部を改善することは不可能なことです。

    ただし“貴方御自身の問題”を認識して御自身を改善されることを目的とされるならばここに参加される意義は大きいものになります。

    私は外部の人間です
    前にも貴殿には私なりの方法で話しかけましたが意図は御理解いただけなかったようですね
    たぶん今回の話しかけに対しても意図は理解していただけないと思いますが他の人に私の意図を尋ねても意味はありませんので悪しからず。

  94. signifieさん

    私にとっては忠告さえ配慮と受け止めさせていただきました。
    また、私にとっては、ここでの対話の機会を最大限に与えていただいたと受け止め感謝しています。
    ありがとうございました。
    決して同じ過ちを繰り返すこととならぬよう心がけていきますので宜しくお願いします。

    卯月さん、メガネさん

    いろいろと余計なご心配をかけさせてしまい、申し訳ありませんでした。
    理由はどうあれ、お二人に不信感を与えてしまったことについて、あらためてお詫びします。
    申し訳ありませんでした。

    卯月さんの純心さ、メガネさんの誠実さ、お二人の文面から感じ取れましたので、しっかりと対話をさせていただこうと思っておりました、せめてこの点は信じてください。
    先のお詫びの意を示したところの通り、結果としてこうなったのは自身に責任があり、どなたにも責任を求める心情はありません。
    卯月さんが、体調をくずされ、その間のこちらでの状況の慌しさに、どうしていいものかと苦慮された心情も、メガネさんが、考えをどう伝えられるかどう説明すれば理解してもらえるかと思慮をめぐらされたであろうことも、いまさらになってしまいましたが、ありがたく受け止め何としてもお応えしたいと思っていました。
    水に流してくださいなどとは決して言いません、すべてを受け止め心から反省し、悔い改めて対話を求めていきたいと思いますので宜しくお願いします。

    Akiraさん

    わざわざご意見残していただきありがとうございました。
    一度、私に名指しで問いかけられていたのですね、気にはしてましたが、私にとってははじめての方と思ってましたから、何故簡単な自己紹介や挨拶もされないのか不信に思い、結果スルーしてしまいました。
    立場をわきまえず失礼しました、ここでは私が一番下からの目線に立たなければならなかったということにも気づき、先の皆さんへのお詫びの言葉としました。

    大丈夫です、先のほうでも述べましたが、対話を通じて認識を深めることを目的としてきていますから、Akiraさんのみならず、こちらの皆さんに、私に何かお手伝いしていただこうとはまったく思っていません。
    ご指摘の通り、”自身の問題”を認識して自身を改善していくことも大切なことと思っていますから、その点に相違はないものと理解しています。

    外部の方には経験しようのないことですから、理解することは難しいことと思いますが、私は副支部長の立場を利用したこともありませんし、取り分け学会は役職で人を動かせるようなところではありません。
    そして、何ごとも実現したいと思う行為において、不可能なこととは決めつけないようにしていますから、諦めずに希望は持ち続けたいと思っています。

    年内はこれで最後になろうかと思います、ありがとうございました。

  95. 誰かと張り合おうとしたり細かい事にツッコミ入れたり揚げ足取るみたいなことをしなければ、お話を続けることは出来ますよ。
    でも、あまりご自分を卑下することなく『下から目線』などとおっしゃらずに対等に誠実にお話しできると良いですね。
    私としては、ヒューマンさんと語り合う事は自分の考えを再確認する機会にもなりますので歓迎します。(面倒くさくなることも確かにあるのですが)
    どこまで続けられるかわかりませんけど、シニフィエさんのルールに従って静かに対話を続けさせて頂こうと思います。今年はこれでおしまいにします。
    来年もよろしくお願いいたします。

  96. 躍進の年の開幕です、今年も宜しくお願いします。

    メガネさん、新年おめでとうございます。

    ありがとうございます、どのくらいになるかわかりませんが今年も宜しくお願いします。
    面倒くさければ無理しないで下さい。
    何であれ自身にとって価値のないことに時間を費やすことほど無駄なことはないと思います。

    ポラリスさん、はじめまして。

    (少し日本語がおかしいかもしれませんが)私はいま私自身の責任によりここにしか書くことを許されておりませんのでここに書きます。

    あなたのスレッドをみかけただけで、まだ読んでおりませんので、何のいまは意図もありませんが、もしここで私がこれまでに書き綴ってきたことに関心なり興味を感じられましたら、普段感じている疑問も含め少しここで対話しませんか、賛同してほしいとか賛意を示してほしいとかそういう心情は毛頭もありませんので、必ずしも実りあるものとなるかはわかりませんが、私はそうなるよう努力は惜しまないつもりでいます。
    その節は宜しくお願いします。

  97. あけましておめでとうございます。

    ヒューマンさん

    自分の文章を見直してください。
    一文が長すぎます。
    何回も文章の読みにくさを指摘されて
    いますよね。
    適宜。で区切りましょう。

  98. ゾリさん。はじめまして。
    あけましておめでとうございます。元男子部本部長で2013年に退会した者です。
    ゾリさんの実直なコメントに、いつも心でうなずきながら拝見しています。今後ともご自身を大切にされてくださいね。

    さて、ヒューマンさん。
    僕もゾリさんと全く同じ意見です。文章が長すぎる。
    意見の相違とか、それ以前の問題です。
    貴方の文章は、このブログで厳しい見方をされているのは自覚されてますよね?
    もっと端的に文章を書く練習をしましょう。

  99. 明けましておめでとうございます。
    本年もどうぞよろしくお願いします。

    ヒューマンさん

    大変申し訳ありませんが、やっぱり文章がわかりにくいです。
    僭越ながら、下記のとおり書き直してみました。
    ご参考にしてください。

    ↓↓↓↓↓

    あなたのスレッドをみかけただけで、まだ読んでおりません。
    内容を把握できていないため、ポラリスさんに対しいまは述べることはありません。
    もしポラリスさんが私のコメントに関心を感じられたのなら、ここで対話しませんか。
    ポラリスさんが普段感じている疑問があればお聞かせください。
    決して私の意見に賛同してほしいとか賛意を示してほしいとか、そういうことではありません。
    実りある対話となるよう、私は努力するつもりです。

    ・何のいまは意図もありません →意味不明です。ポラリスさんに先入観がないということでしょうか?
    ・関心と興味はほとんど同じ意味です
    ・普段感じている疑問も含め →主語はポラリスさんですね?
    ・必ずしも~ →否定と肯定が混ざってわかりにくいです。

    意図が~、心情が~、~と受け止めては、あいまいな表現であり理解しづらいので使わないほうがいいと思います。
    そして謙遜しているかのような文章をあいだに挟むのはやめてください。
    自分の考えを『正確に』相手に伝えることが大事なのであって、文章をこねくり回すことは無意味で無駄です。
    意味の伝わらない文章をだらだら書くぐらいなら、箇条書きのほうがまだマシです。
    よろしくお願いします。

    ※以前ライターの仕事をしていたので、どうしても気になって余計な口出しをしました。申し訳ありません。不適切であれば削除してください。

  100. こんにちは。外部のぽっけです^^
    年も明けたことだし、新たな気持ちでここの対話が再スタートすることを願います。
    でも、私だけかもしれませんが、今までヒューマンさんに対して投げかけている創価の問題点で、未回答のものがどれだけあるのか、把握しきれなくなってきました・・・。
    (もちろん、ほとんど未回答だとは思うのですが)

    丁寧すぎる挨拶や不要なエピソードにコメント欄を使うのはもう結構ですので、そろそろ本格的な対話をお願いします。
    ヒューマンさんに対する質問を、ヒューマンさん自身が箇条書きで抜き出して、それに対してご自身の言葉で明確にご回答いただければ理想的ですが。
    (その作業によって、回答すべき問題点をヒューマンさん自身が今一度、把握できると思います。)

    ここで対話の続行を熱望されるのであれば、何はともあれ質問に対して明確に回答するのが大切だと思います。

  101. あけましておめでとうございます!
    今年もよろしくお願いいたします。
    お正月期間は思うようにコメント出来ないですが、ちょっとだけ。
    ヒューマンさん、他のスレッドにコメントしてる人に話しかけて呼び込もうとするのはやめた方がいいと思います。
    ヒューマンさんに関心があれば向こうからこちらに来てくれるでしょうから。
    ここのスレッドに書きさえすれば誰に話しかけてもOKというわけではないでしょう?
    他のスレッドに書き込み禁止という事はつまり他のスレッドのコメントに口を出してはいけないという事だと思います。
    ご自分でもおっしゃってましたが他のスレッドを読む必要性を感じないという事でしたし、気が散るから他を読むのはやめた方が良いと思います。
    私との話はもう少しお待ちください。

  102. メガネさん、明けましておめでとうございます。
    どうかよろしくお願いします。
    メガネさんのおっしゃるとおりだと思います。他の方もおっしゃるとおり、ヒューマンさんの文章は、文法が壊れていて、しかも無駄に長く、さらに慇懃無礼な謙遜の言葉までがかさなって、読む気をそがれます。おそらくヒューマンさんのこのような態度はこのブログだけに限ったことではないと思われます。ヒューマンさんは実生活で自分でもわからないうちに話し相手が怒り出すことがあるのではないでしょうか?私としては、創価の問題を話し合う以前に、そのあたりをどうにかすることが先決ではないかと考えます。ですから私はヒューマンさんとは対話をしません。たぶんイライラするだけで終わるでしょう。メガネさんも、無理はしないでくださいね。

  103. ヒューマンさん、メガネさんの問いかけに対する回答は、いつになったら出てくるのでしょうか。。?!(♯`∧´)

    ヒューマンさんが、それに対して答える気がないようでしたら、ここの場は、サッサと閉じたほうが後後のためにも良いような気がしています。。

  104. ヒューマンさん

    自分のいつもの文章と、こういうコメントに投稿する文章は変えて書くんです。
    私もそうしていますよ。
    これはもう強く意識するしかないです。
    一文を短くは基本の基本です。
    論点を欲張らず、明確にするんです。
    「それから」とか「したがって」などの接続詞もできる限り省きます。
    修飾語も無駄に重ねないようにします。
    また、コントロールできない感情は書かないことです。
    感情を書いてはダメということではなくて、喜怒哀楽ははっきりさせる方が伝わります。
    どんな感情であれ、もってまわった書き方じゃなくて素直に書いた方が好感が持てます。

    ネットの対話は(特にこういう思想系の内容は)思った以上に、精神力も使います。
    何か言われて、いちいちどう感じた、どう気に障ったなどと書いてるとキリがないので、それは自分の中で処理します。
    それを踏まえた文章を、理論で書くんです。
    テーマから離れては対話の意味がありません。

  105. たいくさん、お久しぶりです。いつもたいくさんの書き込みには清々しさを感じています、今後ともよろしくお願いします。
    ヒューマンさんへ質問事項の回答をとの事ですが
    現状では彼から回答を得る事は出来ないのです。

    どうして私にこういう事を質問するのか?質問者の意図に合わせた回答をしなければならない、自分の回答を聞いて質問者はどのように納得するのか?人の数だけ人生がある、一般論で答えても意味が無い。
    的を得た答えを出すためには相手が何を求めているのか知らなければならない。
    例え自分の考え方を聞かれても受け取る相手が何を考えているのか知らなければ正確には伝わらないだろうと考え過ぎて何も答えられなくなってしまうのです。
    わかりやすく言えば創価を正当化する為に自意識過剰になってしまうという事です。
    普段の言葉でフランクに意見のやり取りをすれば良いとは思うのですが…
    伝わるものは伝わるし伝わらないものは伝わらないのがこの世界です
    見る人の判断までコントロールする事は出来ません。
    良く受け取る人もいるし思いっきり誤解する人もいます、それは仕方の無い事です。
    私なんかも文章がヘタクソなんでいつも誤解ばかりされます(笑)
    見知らぬ同士が本心まで理解し合えるまではそうとうな時間がかかるものですよね。

    どうでしょう?
    ヒューマンさん。

  106. 流れ星さん、はじめまして。

    自己紹介お願いできますか。

    少し前に、メガネさんは私に対し、”私との話はもう少しお待ちください。” と述べました。
    気づきませんでしたか、気づいても意味がわからなかったということでしょうか。

    その言葉を確認するまでは、まずメガネさんが以前示した問いかけに答えるつもりでいました。
    たとえ、その内容に、後で補足や一部訂正が生じたとしても、それはその際確認しあえば済むことです。
    提示することの早い遅いで、具体的に理由を加えて結論付けた内容に変わりはないと思いますからご心配なく。
    それに、これまで私との対話をほとんどの方が望んでないとの意を表明されてましたので、メガネさんのご都合に合わせたほうが望ましいと考えてたのですが、見当違いでしたでしょうか。

    これまで以上に、経緯を大切にしています。
    何故なら、一旦一切を受け止め謝罪したからです。

    そして、一人一人の意見、そしてその心情を大切にせずして、対話は成り立たない思うからです。
    私は、私宛と思われるコメントは、すべてといっていいほど読みました。
    言葉足らずの面もあったかもしれませんが、内容を理解し、矛盾或いは問題と思うことを指摘し必要に応じて目的も提示してきたつもりでした。
    私にも勘違いはあったと思いますが、勘違いというものに理由もへったくれもないとのことですし、それでも理解していただけなかったのが現状のようですので、残念には思っています。

    ご意見、ご指摘いただいた皆さん

    流れ星さんに返答したからといって、そこまでの内容をスルーするつもりはありません。
    ご指摘いただいた点、今後に生かしていけるよう努めます。
    先の文章にしても、まだまだ努力がたりませんね。
    お気遣いいただいた点、感謝しています。
    ありがとうございました。

  107. ヒューマンさんへ
    いろいろといらいらする気持ちになることがあったとしても、それをストレートに出さないほうがいいです。またその心情を長々と羅列しないほうがいいです。たとえ自分の気持ちを理解してもらうためだとしても、ヒューマンさんに対する印象が良くなるわけではありません。「気がついても意味が分からなかったということでしょうか?」というような言い方を、皮肉っぽい言い方というのだということを分かって言っているのでしょうか?分かってわざといつもそのようなもの言いをする癖があるのだとすると、それは改めた方がいいです。自分ではそんなつもりはないと思っていても、何か言われると、人をやり込めるため倍返しをしなくては気が済まない、呆れた性格の人にしか見られません。ヒューマンさんが、実生活でも自分の周りには、失礼な人、攻撃的な人、分かってない人ばかりと思うことが多いとしたら、それはヒューマンさん自身の人間性がそうだからです。意見、心情を大切にし、全て受け止めたというのでしたら、批判からも学んで欲しいと思います。ヒューマンさんは、創価で世界平和など壮大な目標を抱くことよりも、まずは自身の人間革命の方が先決ではないかと思います。

  108. ヒューマンさん、
    流れ星さんはここの常連さんです。
    ご自身のこれまでの経緯や最近の状況など、本当にたくさん書いていらっしゃいます。
    ヒューマンさんがこれまでのスレッドを読まないと豪語するのは自由ですが、ならこのような質問は今さらしないで下さい。
    本当にスペースの無駄です。

    めがねさんも、今年は落ち着いてからコメントしますと仰ってますが、ヒューマンさんにはこれまで明確な問いかけをされています。
    それに何一つアンサーを返さず、これ以上何を仰りたいんでしょう?

    誰々がこう言った、これに対して私はこう感じた、なんて個人的な感情に行を割くのは無駄で、そんなものは自分の中で整理してください。
    投稿にはテーマから外れず論点について明確にお答えください、と何度も言ってますか、まだわからないのですか?
    ※あなたが答えるべきは現役活動家としての「創価問題」「創価への認識」なんです。
    ※それ以外は誰も聞いてませんよ。
    いちいちわかりました、すみませんなど要りませんから、それをわかってるんだな、理解したんだなということを踏まえた「必要なコメント」を返してください。

  109. 外部のポッケです。
    まだこんなことを繰り返しているのですね。

    >メガネさんの問いかけに対する回答は、いつになったら出てくるのでしょうか。。?!
    という流れ星さんに対して(私も同意見です)、

    >自己紹介お願いできますか。
    少し前に、メガネさんは私に対し、”私との話はもう少しお待ちください。” と述べました。
    気づきませんでしたか、気づいても意味がわからなかったということでしょうか。

    今更どの立場から自己紹介を要求しているのですか、流れ星さんはヒューマンさんよりずっと前からこのサイトの常連さんです。
    それにメガネさんが対話を待ってくださいと言っているのは、「質問に答えなくてもいい」という事ではありません。
    質問はとっくに投げかけられているのです、気づきませんでしたか。気づいても逃げているということでしょうか。
    コメントしたくないがための言い訳にしか聞こえません。

    また、モニカさんが
    >何か言われて、いちいちどう感じた、どう気に障ったなどと書いてるとキリがないので、それは自分の中で処理します。

    とここでの心得をわざわざおっしゃっているのに、結局また皮肉めいた文章で、誰かを責めたり愚痴や言い訳ばかりで終わっています。
    本当にキリがないです。

    そして、satoさんのご指摘にもまったく同意見です。
    ヒューマンさんを不愉快にさせている一番の原因は、ヒューマンさん自身が質問に答えようとしない姿勢が招いたものです。
    無駄に引っ張らず、さっさと核心に触れるような話に入ってもらえませんか。

    あまりにもどかしくてコメントしてしまいました。

  110. >ポラリスさん、はじめまして。
    (少し日本語がおかしいかもしれませんが)私はいま私自身の責任によりここにしか書くことを許されておりませんのでここに書きます。
    あなたのスレッドをみかけただけで、まだ読んでおりませんので、何のいまは意図もありませんが、もしここで私がこれまでに書き綴ってきたことに関心なり興味を感じられましたら、普段感じている疑問も含め少しここで対話しませんか、賛同してほしいとか賛意を示してほしいとかそういう心情は毛頭もありませんので、必ずしも実りあるものとなるかはわかりませんが、私はそうなるよう努力は惜しまないつもりでいます。
    その節は宜しくお願いします。

    ヒューマンさん、これ↑はいったいどういうことでしょうか?
    このブログで対話を断られた方に対して、勝手に対話をしようなどと呼びかけないでください。
    あなたはこのブログの管理者ではありません。それくらいわかりますよね。
    ポラリスさんのここでのやりとりを読みもしないで、どうしてそのような勝手なことができるのか理解できません。
    あなたは自分の立場をまったくわかっていませんよね。
    あなたはメガネさんだけが対話に応じてもらえているのです。
    ちなみに私がポラリスさんに最後に話したコメントを以下に転載しておきます。

    =======================

    2014年6月9日 02:41 に投稿

    たいくさん、すみません。ポラリスさんとの対話の試みはこれでおしまいにします。もう何を訊いても無駄です。たいくさんの予想通り、質問は無視ですよ。とくに都合の悪い質問はね。

    それで今回のポラリスさんのコメントで謎が解けました。その謎解きを以下のポラリスさんへの最後のお返事にしたいと思います。

    ここからは私からポラリスさんへの最後のコメントです。

    >シニフィエさんも未来部の頃は頑張っていたのでしょうが、ここまでくると完全に反学会ですね

    ポラリスさんは、今まで私の立場やこのブログを何だと思っていたのでしょうね。ただただあきれるばかりです。このブログの主旨を理解しないままコメントされていたのかと思うと、ほんとうにがっかりです。でもそれにはポラリスさんなりの理由があることにやっと気がつきました。

    ポラリスさん、あなたはまず本当に人の話を徹底して聞けない方なんですね。ここのみなさんは、人の話も聞けないようなあなたの話にはうんざりしているんです。その証拠に、ネット上のどこにいっても、あなたのそのような態度にあきれて誰も相手にしていないではないですか。でもそんなことをポラリスさん自身は少しも気にしていないのですよね。その謎が解けました。

    >ハナ子さんは先生の何を知っていると言うのでしょうか

    ではポラリスさんは池田氏の何を知っているのですか?と聞き返されることを予想できないのですか?ポラリスさんも池田氏と直接会ったことはないんでしょ。私はありますよ。少なくともここにコメントされる方の何人かは池田氏を直接知っている方です。ポラリスさんがそこまで池田氏を信奉しているのに、どうして役職につけないのか考えたこともないのでしょうね。それとも組織がポラリスさんを妨害しているとでも言い出すのでしょうかね。

    今までは、私はこんな質問をしていました。でもそんな言葉の応酬は、ポラリスさんにとってはどうだっていいんですよね。私は、ポラリスさんがこのブログで何の質問にも答えず、まるで何も訊かれなかったかのように自分の言いたいことだけを言う態度が不思議でしたが、それもきれいさっぱり謎が解けました。

    もし、この場でポラリスさんの言うことに対して私が「わかりません」「意味がわかりません」の一点張りだとしたらどうですか?それでも話し続けますか?たぶん話し続けるでしょう。それは人の反応などどうでもいいからです。ポラリスさんは自分の話を残せる場所が欲しかっただけなんですよね。そしてリアルでは創価のブロックが唯一その場所だった。何も知らずにただただあなたの話を真に受けるブロック員さんだけがあなたの相手をしてくれるからこそ、しきりにブロックブロックと繰り返すのでしょう。それでも地区では相手にされないものだから、ブロック以外の組織はおかしいという。ブロックと池田氏だけが正しいと、普通ではわけのわからない主張する。そのことも不可解だったし、私が「地区も支部もゾーンもブロックの集合体ですよね」と尋ねても返す言葉がない。それはポラリスさんの相手をしてくれるのが、唯一ポラリスさんが所属するブロックだけだから。ポラリスさんが創価の組織も教義もどうだってかまわず、池田氏が天理教と言えば天理教に改宗するとまで言ったポラリスさん。それほどまでに池田氏を信奉し続けるのは、池田氏や池田氏の人間主義を信じているのではなく、ブロックという自分の居場所を確保するというただそれだけのためなのですよね。

    >私が思うに、ここにコメントされる方々はまだ覚醒されていないと思います。何故ならまだ創価にこだわりがあるからです。

    これもまたわけがわからない。もういちいち言葉の矛盾を指摘する気にもなれません。それ以前に、ポラリスさんは誰の話も聞いちゃいないんですよね。どうだっていいんです。でたらめな話をしても、それに私やここの他の人が反応してくれるのが楽しいから、どんなにボロクソに言われても楽しさが勝ってしまう。言い換えれば、それ以外の自分が無視されるリアルな世界を認めたくないのですよね。

    このブログで創価の矛盾を指摘しても、ポラリスさんにとってはどうでもいいことなんです。だから何を訊かれても平気でスルーできるんですね。「この人何を言ってるんだろう」「意味が分かりません」というふうに。それは創価の組織が悪いのでも何でもありません。組織が池田氏の人間主義を無視しているということでもありません。創価の悪も、池田氏の人間主義も、ただ単に自分の話を聞いてくれる場所を確保するための屁理屈でしかないのですよね。

    ポラリスさんは現実には池田氏からも組織からも何ら相手にされていないことは、うすうす、いや、いやというほどわかっているのですよね。しかしポラリスさんにしてみれば、そんなことは認めたくない。だって自分の唯一の居場所であるブロックを失くすくらいなら、どんな不都合にだって目を閉じてしまったほうがましだと思っている。だから自分が誰からも相手にされないことを組織のせいにするしかない。しかし自分が信じてきた創価が間違いだったと認めてしまうと大切な居場所を失くしてしまう。だから組織は悪くても池田氏だけは間違いないということにするしかない。理屈が合おうが合うまいが、そんなことはどうでもいいんですよね。池田氏を信じるには、あまりに現実とはかみ合わないこともわかってはいるけれども、そこを認めてしまうと、自分の居場所がなくなる。だからその現実に耳を塞ぐしかない。誰が何と言おうと見えない、聞こえないことにしてしまう。正しいのは自分と池田氏だけだということを主張するしか手だてがない。それもそんな自分の話を聞いてくれるのが唯一自分が属する組織のブロック員さんだけだから、自分はブロックのなかで池田氏を信奉し続けるということしか、言うことがないわけです。事実ポラリスさんはそのことしか言っていない。ただ自分の相手をしてくれる場所があればいいわけで、教義だとかどうでもいいし、池田氏の人間主義にしても、その人間主義とはどういうものなのかについては、一言だって述べてはいません。それはポラリスさんが人間主義を口実としてだけで使っているという証拠ですよね。それ以外に言うことなんてないわけです。

    ポラリスさんは結局のところ、創価に関しては何も信じてはいない。池田氏の人間主義はもちろん、そもそも宗教なんてどうだっていいんですよね。そのことを訊かれても、何も考えていないから、何も答えることはできない。だからスルーしかない。ただ自分の唯一の居場所であるブロックを失うのがいやだから、こんなうわべだけのおかしな主張でも続ける。どんなに現実の矛盾を指摘されてもなぜ平気でスルーできるのかという疑問も、こういうわけだったんだと気がつきました。

    そしてブロック以外にもここに自分の話を聞いてくれる人がいた。ネット上でもあちこちに書いてはみるが、なぜかすぐに相手にされなくなる。めずらしくこのブログでは相手にされた。だからボロクソに言われようが書き込むことが喜びになっていた。そしてブロック員さんにも、自分はこんなところにも話をする相手がいるということを言いたかったんじゃないでしょうか。

    このようにして考えると、ポラリスさんのここでの不可解な言動の辻褄がすべて合ってきました。ポラリスさん、私はこのブログの管理者として、今後このブログへの参加を拒否させていただきます。あなたとの話は何の意味もありません。ポラリスさんはハナっから創価の問題について対話をする気などなかったのですからね。私ももう少し早くこのことに気がつくべきでした。

    私はこのことに気がつくまでは、ポラリスさんとの対話ができるようにと、随分努力してきたつもりでした。しかしあなたの態度は結局は「荒らし」と何ら変わりません。他の方が真面目に対話の努力をされることが申し訳なくなりました。

    こんな言い方は失礼かもしれませんが、ポラリスさんは他人とコミュニケーションをとる能力が欠落していると思います。それが創価によるものなのか、それとも別の原因なのかはわかりませんが、いずれにせよ人とまともな対話をする能力がないとしか思えません。ポラリスさんの孤独は自らが招いたものです。おそらく創価以前の問題なのではないかと個人的には思います。でもそれはもういい大人なのですから自分で解決してください。

    ポラリスさん、すみませんが、もうここへは入れません。少なくともここはあなたの来るような場所ではないということです。できれば創価の問題についての真剣な対話の場を引っ掻き回さないでほしかったです。どうかご理解ください。

    ポラリスさん、それではお元気で。

    =======================

    ヒューマンさん、これを読めば普通の人だったらポラリスさんとここで対話をしようなんて言えないことはわかるはずです。

    このポラリスさんへの私からのコメントの最後あたりで、私は以下のように述べました。

    >こんな言い方は失礼かもしれませんが、ポラリスさんは他人とコミュニケーションをとる能力が欠落していると思います。それが創価によるものなのか、それとも別の原因なのかはわかりませんが、いずれにせよ人とまともな対話をする能力がないとしか思えません。ポラリスさんの孤独は自らが招いたものです。おそらく創価以前の問題なのではないかと個人的には思います。でもそれはもういい大人なのですから自分で解決してください。

    ヒューマンさん、私はこの言葉をそっくりそのままヒューマンさんへも言います。

    こんな言い方は失礼かもしれませんが、ヒューマンさんは他人とコミュニケーションをとる能力が欠落していると思います。それが創価によるものなのか、それとも別の原因なのかはわかりませんが、いずれにせよ人とまともな対話をする能力がないとしか思えません。ヒューマンさんの孤独は自らが招いたものです。おそらく創価以前の問題なのではないかと個人的には思います。でもそれはもういい大人なのですから自分で解決してください。

    あなたがここでできること、あるいはやるべきことは、これまでのメガネさんの質問に対して、簡潔に誰もが理解できる日本語で答えることです。ここはあなたの遊び場ではありません。ポラリスさんと対話をしたければ、どこか別の場所でやってください。ここではやられては迷惑です。そのことを理解できないのであれば、メガネさんとの会話もなかったことにさせていただきます。

  111. イラク攻撃を支持した件に関するお返事は中途半端でしたが、最初の部分をお聞きして大体ヒューマンさんのお考えは予想がついたのでもうこの件は終わりにしていただいて結構です。
    他のスレッドにも書きましたが、情報の受け止め方が現役活動家会員とそれ以外では大きく異なる事を明らかに出来たのでその点だけは良かったなと思います。
    私は神崎代表の言葉が全てを表していると受け止めましたが、ヒューマンさんはあの記事は書き手の主観が入っているから認識を変えるほどの信憑性を感じないというような受け止め方をしたようです。
    ヒューマンさんのコメントの引用です。
    「書き手の主観を含めての見解ですから、そうなのかとは思っても鵜呑みにするほど信憑性がある記事だとは思えません。
    間違いがある無しの判断以前に、客観的事実のみならず主観も入ってますし、表現にも曖昧さもありますから、一つの意見としては認めますが、自身の考えや思いが覆るほど信憑性が高い内容とは、私には思えません。」

    ヒューマンさんのこの情報の受け止め方を茶化すつもりはありません。何故なら私も学会を信じていた時にはそのように捉えたに違いないからです。これと同じ情報に触れた時の私は学会に対するわずかな疑念を感じていたことと、長年必死に素直に組織の打ち出し通りに活動してきたことで心身ともに疲れ切って逃げたい気持ちが強いという状況でした。
    私の場合上記の条件が二つ揃っていたので覚醒に繋がったのです。どちらかひとつだけでは駄目でした。幸運にも二つの条件がベストなタイミングで整ったところに最後の決め手の情報に触れる事が出来たのでした。間違った努力だったかもしれないけど精一杯自分のなすべきと信じた事をやりきったつもりなので、学会の御本尊さまじゃなくて別の神様が拾ってくれたのかもしれません。
    新しいスレッドにも関わる内容でしたが、私の覚醒はそのような段階を踏んで訪れたのでした。

    情報の受け止め方に関することですが自分がかつて感動して読んだ『人間革命』は、覚醒した今になって思い出してみると(わざわざ読み直したりはしません)ツッコミどころがいろいろあります。
    例えば小樽法論。確か山本伸一が司会を務め第一声で勝利は決した!みたいな事が書いてあったような気がしますが、司会の第一声で法論の勝敗が決まってたまるか!と今なら思います。声がでかくて迫力がある方が勝ちだって言ってるようなものです。その法論の内容も結局深い内容に踏み込んで法論したわけでもなく、とても法論で勝ったと言えるような状況ではなかったです。後は狸祭り事件。あれは完全な恫喝ですね。殴る蹴るという事実こそなかったようですが、大勢の殺気立った青年たちに担がれて牧口先生の墓前に連れていかれて謝罪を迫られた。その状況に自分がいたら恐ろしくてパニックになっていたと思います。とてもその状況で自分の信念を曲げずにいることなど出来そうもないです。
    もう一つは大阪事件。あれは末端会員をトカゲの尻尾切りして上層部が逃げた事件ですね。
    選挙の事など何もわからないから指示されたとおりに動いた末端会員が不憫としか言いようがないです。例え山本伸一本人が指示したのではないとしても、何も知らずに誰かの指示に従った末端会員に罪はあるのでしょうか?(国法には逆らったので裁かれるのは当然ですが、学会が切るのはおかしいという意味です)こういう事は現代にも起こりうる問題です。というか、戸別訪問で実際に捕まった人もかつていました。その人がどうなったかは知りませんが気の毒としか言いようがないです。というか自分も知らずに違反に近い事をさせられていたので警察の世話になっていたかもしれないと思うと怒りを感じます。
    あんな事件を学会の汚点として捉えるのではなく、法難として捉えてるのが学会の異常なところではないでしょうか。結局何に対しても反省するという事がないんです。(言論問題もそうでしたね。)

    話がそれましたが、つまり何を言いたいかといいますと『学会は絶対に正しい』という思い込みから一度離れていろんな情報を見た方が良いですよという事です。
    『まずは信ありき』ではなくて、いろんな情報を先入観なしで精査したうえで信じる価値があるのか考えてみても罰は当たりません。
    そういう事を今のヒューマンさんに行っても無駄なのかもしれませんが、いつか分かる時もくるかもしれません。

    それから私としてはもうヒューマンさんとこれ以上お話したいこともなくなったので、対話はこれで終了したいと思います。新年入ったらバリバリ対話すると期待してた方々(いるかどうかはわかりませんが)には申し訳ありませんが、多分何を話してもあまり実りのある対話は出来ないと思うので自分の言いたいことを言わせて頂いたところで終わらせていただきます。
    シニフィエさんにはご苦労とお手数をおかけいたしました。ありがとうございます。
    ヒューマンさんもありがとうございました。

  112. メガネさん

    いろいろとお気遣いありがとうございました。
    前回の分の残りの部分に対しての返答になります。
    事情はどうあれ、返答が遅れ申し訳ございませんでした。

    メガネさんから提起されたことへの、私の理解なり意見は、要約しますと次のようになります。

    戦争を起こすことはいかなる理由があろうと反対です。
    戦争を引き起こさないようにするには、どなたであれ、どんな立場であれ、
    一人一人が、正しく物事をとらえ、いい方向へ向かうよう思い続けていくことに尽きると思います。
    そして、そのことは、何ら生命尊厳の思想とかけ離れてはいませんし、かえって尊重していくことにさえ通じることだと思います。

    起こってしまった、或いは、起こりうる情勢になっている場合での、悪とされている側、善とされている側があり、同盟関係のある善の側から、協力を求められ、それが人道的な範疇である場合、協力の意を示すことに問題は無いと思います。

    起こったことは事実です、そして日本が起こしたわけではないことも事実です。
    日本がイラク戦争を支持したわけではありませんし、自衛隊の戦地派遣も軍事を目的としたものではないので問題ありません。
    現にその行動に評価さえ受けているのも事実です。

    学会や公明党の主張、その他の関わり得たメディアの情報も含め、現実的な生活の範疇で、自身が確認しうる事実関係をもとに、こうした考えを持ちました。
    このように問題のないことを主張するものから支援を求められ、そしてそれを同意して支援することに何の問題があるのでしょう、問題は無いと思います。

    集団的自衛権の閣議決定にしても、自国に対して生じうる危機を、早い時点で対処するための
    閣議決定です。
    また、閣議決定は法律でも何でもありませんから法的効力もありません。
    日本のためになることであっても、何ら戦争支援に通じることではありません。

    武器輸出のストップにしても、根底からそうしたことへの出資となりうることを取りやめるということは、
    貿易に頼らざるを得ない日本にとって、鎖国するしかないことになり現実的ではありません。

    メガネさんにお尋ねするわけではありませんが、その他の内紛などもそうですが、ウクライナ関連の紛争に、同様の反応を皆さんがされてきてないように思えますが、それは何故ですか?
    同じく人の命の尊厳が危ぶまれている戦争ともいえる事態であったと思います。
    知らなかったということですか?
    学会が関係していないからですか?
    それでは何とも不可解なことと言えませんか?
    即答も可能かもしれませんし、答えずして答えたということにはならないことも自明の理であることは、ご承知の通りかと思います。

    —————————————————————————————–
    メガネさん、先の説明に関する詳細は以下の通りです。

    あれだけ長い問いかけでしたので、説明がながくなってしまいましたが、
    先の要約した説明でご理解いただけたなら、無理に読んでいただかなくても構いません。

    一連の公明党の対応をとしているのは、先の方で提示していただいた記事に関してと思いますが、
    このことは既に説明しましたが、記事に書かれていることはほんの一部であり、書く者の主観が入りますから、必ずしもそこから真実が見えるとはいえません。
    また、読者をひきつけるために表現を印象付けることもしている場合もあると思います。

    そして、そのためにいちいち新聞を買いあさったり読みあさるにしても、同様に必ずしも事実とも、真実を示しているとも言えませんから、そうしたことケースを増やしたからといってかえって迷うことにもなりかねませんし、たくさん調べなければわからないということであれば、現実的なことではないと言えます。

    社会問題が起こる度、その都度そうしたことをそう簡単に出来るとも思えません。
    普通に生活していたら何もそこまですることも無いと思いますし、本質がどこにあるのか、何が大切なのかを考えればいいと思いますから、メガネさんが感じられたような、恥ずかしがることでも言い訳でもないと思います。

    イラクへ自衛隊を派遣することは人道復興支援であり、公明党は責任ある与党として苦渋の決断をした、
    私もそう思ってましたし、メガネさんが当初考えていたことと同じです。

    それに対し、メガネさんは、何かを見てたことをきっかけに、公明党がイラク攻撃に対していち早く賛同を表明していたことを知り、ある現役活動家の掲示板を目にして衝撃を受け、公明党のイラク戦争当時の対応を厳しく批判している内容を見て、疑いを深め、外部の公明党に関する情報を読み漁り、公明党が間違っていたと気づいたという訳ですね。

    その現役活動家という方もどういう立場の方かもわかりませんし、議員になると学会の役職からは外れますから、議員でもない方がどこまで知りえるものか、議員しか知りえない何を知っていたのかは、いささか疑問の残るところです。

    まず、生命の尊重、そして戦争への反対、それは思想がどうあれ政党がどうあれ、人間として当たり前のことで、話し合ってその結論が変わるわけもありませんし、変わってはいけない点だと思います。

    当時、国際的には、国際連合安全保障理事会の決議によって、国際連合加盟国がイラクに対し武力行使で対処することになり、それに伴う人道復興支援を行うことを日本が協力するのであって、イラクに対し武力行使のために自衛隊を派遣した訳でも、武力行使を支援した訳でもないと思います。

    先の方で、現実的なことではない言えますとしたように、事実関係や真実を、私やメガネさんその他大多数の方々は、直接的に政治に関われるわけではありませんし、政治に関する詳細な経緯などは、実際に関わる政治家にしかわかりませんから、政治家に任せざるを得ないのも現実です。

    もう少し、身近なケースで、多数の人質をとって立てこもった犯人を警察官が取り押さえようとしている
    状況を例として説明してみます。

      人質(クウェートの国民)を犯人(イラクの首謀者)が威嚇し、警官(アメリカ軍)に対して抵抗しています。
      そして、持久戦となってきたため、対処に足りない要員や特別な狙撃隊の応援(同盟国の軍)や
      周辺の市民の擁護のための要員や救護班(日本)の補充が必要になりました。

    こうしてみるとわかるように、日本の立場は戦争を支援しているということにならないのは明確だと思います。
    そして、あってはならないことですが、犯人の出方によって、また、それに応じた警官の対応によって、罪の無い人たちが巻き込まれる場合も無いとはいえません。
    だからといって、やはり日本のせいで罪の無い人たちが巻き込まれたということにもなりません。
    そして、警察(アメリカ)に対し、人質を助けてほしいと願う人(日本)がいて(支持する)も、
    自然なことだと思います。

    そして政治家は、戦争、紛争など、国際関係における対外的なことと共に、国民の生活を守る責任があります。
    まして政権を担当する与党には実現していくことに責任が伴います。

    もしも誤解さえも生じさせないように、人道復興支援さえも一切関わらないとして与党と別れても、当時の自民のように政権を取る状況下にある場合、他の政策の実現や、与党が提案する政策に修正や改善を加えることもやりにくくなります。
    政策を実現するために、与党としてその作る段階から意見を重ね協議し、より良いものとすることが
    大切だと思います。
    ですから、政権与党であるために、アメリカの支援において、国民からの誤解を生じかねないことを覚悟し、公明党は責任ある与党として苦渋の決断、という結論に至ったものだと思います。

    メガネさんの言う、第二次安倍政権になりどんどん右傾化していく政権だとしても、そこにブレーキをかけているのが公明党ですし、異常な政権と言われるなら、その大多数を占める自民がその対象となるべきであって、公明党を支援している学会に責任を問うのはおかしなことです。
    メガネさんが加担していたことにもなりませんのでご安心ください。

    ここまでの説明から、どこをどうとらえると、会員を欺き権力の手駒となって庶民の暮らしを破壊している組織とまで飛躍することになるのか、ということの方が不思議に思いませんか?

    集団的自衛権の閣議決定にしても、自民の案そのままで決定したのではなく、協議も重ね、公明党の主張や改善点を反映させたものだったと思います。
    また、法律化されてませんから効力もありません。

    佐藤氏の著書読まれたのではなかったでしたか、私はまだですが、聞くところでは、そのポイントとして、他国への派兵は出来ないことは当然として、現行法では同盟国への攻撃には一切関与出来ないところを、それを認めるように改正することで、仮に他国から同盟国への攻撃があり、それが日本の領空内を通過する時点で迎撃出来る様になることで、誤まって日本の国土へ爆撃されることになるのを防げるようになるとのことでした。
    他国から同盟国への攻撃の場合でも、何らかの不備などで国土に落ちないとも言えませんし、ただでさえ短時間に到着するでしょうから、早い時点での対処のためにも、今回の閣議決定の内容は日本のためになることであっても、何ら戦争支援に通じることではないことになります。

    武器輸出のストップにしても、お金に色分けは出来ないわけで、貿易に頼らざるを得ない日本ですから、
    武器以外での収益も戦争に回っていると言っても過言ではありません。
    それに、テレビを見て驚きましたが、こんなものが武器になるのというものまで、武器の材料になるそうです。
    完全にお金の面でストップさせようとすれば、鎖国するしかないことになり、これも現実的ではありません。

    同時に日常生活、経済活動が欠かせない以上、現実性の無い空論を掲げても意味がないことになります。
    政治の面、経済の面、人間の生活に関わる様々な面から考えないといけませんし、戦争に反対だけでは
    解決出来ないということはご理解いただけますでしょうか。

    結局、一人一人が、正しく物事をとらえたり、いい方向への思いを向けていくことに尽きると
    思いますし、それは生命尊厳の思想とかけ離れてはいないということになります。

  113. メガネさん、お疲れさまでした。ありがとうございました。結局は基本的にかみ合わないといいますか、かみ合う以前に何を言ってるのかわからない人の相手をするのは、それだけで疲れるでしょう。大変でしたね。

    ヒューマンさん、こういうことですので、メガネさんとの対話の試みはこれで終了させていただきます。
    管理者としては、最大限に対話の場をつくったつもりです。しかしここまで指摘してもなお、やはりあなたの文章は最後まで理解できませんでした。おそらく他の方もわからないと思うし、すでにわかろうという気力さえないと思われます。失礼ですが、それほどあなたの日本語は支離滅裂です。こういってはなんですが、ここまでわからない文章を書くほうが逆に難しいのではないかと思うくらいです。少なくとも他人にわかってもらおうというような文章ではありません。創価の内情をよく知っている私たちでさえチンプンカンプンですから、一般の方が読んだらもっとわからないと思います。言ってることが正しいとか正しくないとかいう以前に読んでも意味が分からないんです。余計なお世話かもしれませんが、意味の分からない話を延々と聞かされる人の気持ちをわかる人になってください。
    それからヒューマンさんのポラリスさんへの声かけが場違いだったということは承知してもらえましたでしょうか。対話をしませんかと声をかけるのであれば、相手がこのブログでどのような立場なのかぐらいは知ってからでないと、相手に失礼なのではないですか?常連の流れ星さんがどんな方かを自分で調べもせずに自己紹介をと求めるのも、ふつうの常識ではありえませんよ。すべてにおいてこんな調子だから非常識だと批難されて当然でしょう。ここで誰もあなたとの対話が成立しないのは、あなたが創価の活動家だからという理由ではありません。初めのほうでは私も含めてここの皆さんはなんとか対話ができるような場をつくろうと気を遣ってきました。しかし実際に誰もあなたと対話しようと言う気にならなかったのは、あなたのこのような非常識さと言葉の難解さ(内容が難しいのではなく日本語になっていないこと)が原因だと私は思います。あなた自身がこのような事態を招いていることを理解していただきたいと思います。そのことも何度となく指摘をしてきました。しかし最後まであなたの態度も文章の難解さも変わることはありませんでした。
    お疲れさまでした。

  114. 集団的自衛権の説明、先の動画の自衛隊員もいってましたが、日本が直接的に危険な目に会えば、個別的自衛権で攻撃できるそうですよ。どうも阿部さんはじめ、集団的自衛権の本来の目的を隠そうとしてなのか、個別的自衛権の説明にすり替える傾向がありますね。ヒューマンさんも、同盟国が善などと訳わからないこと言ってますが、自分の意見なんですかね?同盟国が警察=正義なわけではないですし。

  115. 戦争ができる国へと舵をとるお手伝いをしたのが公明党であり、創価学会ですよ。。

    細かいことをあれこれ言わなくてもシンプルに考えてみてくださいね。。

    それから、公明党は決してブレーキ役なんか果たしていないぢゃありませんか?!
    違いますか。。?

    ポーズ、だけやねん〜。。
    どこまで騙されていったら気がつくのかしらん。。( ̄^ ̄)ゞ

  116. 対話はもう終わりにするつもりでしたが、看過できないお話があったので反論させていただきます。それにしても本題に入るのを散々待たせておいて関係ない事ばかりにかまけてた人が、これが最後だと言うと途端に引き伸ばしてた質問に答える・・・。上手いですね。ほんと。
    それはさておき。きりがないのでこれっきりにしますが、ヒューマンさんのコメントにこういう言葉がありました。『起こってしまった、或いは、起こりうる情勢になっている場合での、悪とされている側、善とされている側があり、同盟関係のある善の側から、協力を求められ、それが人道的な範疇である場合、協力の意を示すことに問題は無いと思います。』
    これはお言葉通りならごもっともと言いたいところですが、そもそも善と悪って誰が決めるんですか?この場合はアメリカの言い分のみに従って判断したのでしょう?ところが、後になって見ると攻撃の根拠とされた大量破壊兵器は存在しませんでした。結局大義のない戦争に付き合わされただけでした。当時の判断としてはしょうがなかったというのでしょうが、それなら実態がわかった時点でしっかり反省するべきじゃないですか?反省をしないと次に同じようなことが起こった時また過ちを繰り返すことになるでしょう。
    過ちを過ちとして認めるという事はそれこそ政権与党としてとても大事な事なのではありませんか?イラク戦争の対応を反省も出来ないような政党が今後も政権与党として集団的自衛権の問題に関わっていくことがどれだけ恐ろしい事か。
    大体、当時の状況であってもイラク攻撃そのものに賛成する必要はなかったのではないですか?武力攻撃だけは賛成できないという意思表示をすべきではなかったでしょうか。言うまでもなく人道的支援と武力攻撃とは全く違います。
    もうヒューマンさんはとにかく信じたい気持ちが強すぎて何を言っても公明党の正当化にばかり血眼になってしまうんですよ。
    万事がそんなだから武器輸出に関してもトンデモな解釈をしてしまうんです。
    武器など輸出しなくたって日本が貿易していくには何も困ることないです。今までだってそうしてやってこれたんですから。よりにもよって武器産業でお金を稼ぐことまで肯定してしまうとは開いた口がふさがりません。これのどこが生命尊厳でしょうか。
    ウクライナ問題だってアメリカ側の情報ばかりで判断出来ません。
    ウクライナ問題がアメリカの謀略ではないと言い切れるでしょうか?もちろん真実は私たち一般市民には永遠に知ることはないでしょうが、そんなわけのわからないことの為に私たちは今後多くの犠牲を払わねばならないのでしょうか?
    結局公明党を支援したところで、世界平和など永遠にあり得ないという事がはっきりわかりましたよ。どうもありがとうございました。返事はいりません。

  117. メガネさん、おっしゃるとおりだと思います。
    ヒューマンさんは組織から流れてくる創価にとって都合よくねじ曲げられた情報しか知らないから、ああいったトンデモ発言を平気でできるんでしょうね。イラク戦争でアメリカがとった行動すら知らないのではないでしょうか。安倍政権の極端な右傾化を何もわからないまま後押ししているのが公明党であり創価学会だと、あのサザンの桑田さんもはっきり歌っているくらい一般的な認識であることも理解できないのです。あの調子だと911もすべてアルカイダが独自でやったことだと思っていてもおかしくないです。世界のバワーバランスや経済侵略について考えたこともないといった感じです。そんな人と集団的自衛権の話がまともにできるわけがありません。反論しても無駄です。多くの学会員さんがそうであるように、普通なら誰でも知ってるような一般的な知識をシャットアウトされてますからね。ちょっと気の利いた高校生がよっぽど話ができます。学会員さんの多くは世間のことは何も知ろうともしないで、魔が競うだの叶わない祈りはないだのと、頭の中はオカルトなんです。こんな人と話をして心を砕くのは、こっちが消耗するだけです。あと味の悪い終わりかたですが、しかたありません。ほんとお疲れ様さまでした。

  118. ヒューマンさん

    国連安保理決議で加盟国が武力行使した?
    何を馬鹿なこといってるのですか?

    国連安保理で武力行使反対派が多くて
    武力行使を認められる見通しが
    立たなかった。
    それで米英を中心に安保理決議は避けて
    独自に武力行使したんですよ。
    それに対し公明は積極的に支持したんですよ。

  119. ヒューマンさん
    これだけは言わせて下さい。
    「(一般紙は)書き手の主観ですから・・・」と仰るなら身内の文書ならいかがですか。

    >戦争を起こすことはいかなる理由があろうと反対です。

    テロ相手なら武力行使もやむなしと、宗教家にもかかわらず政治に踏み込んだのは貴方の師匠です。
    第28回「SGIの日」記念提言をよく読んで下さいね。
    「テロ行為は絶対に是認されるべきものではない。それと戦うために、ある場合には武力を伴った緊急対応も必要とされるかもしれない。また、そうした毅然たる姿勢がテロヘの抑止効果をもたらすという側面を全く否定するつもりはありません。」
    これが後の公明党の自民対米策すり寄りの原点と社会では言われていますよ。

    >日本がイラク戦争を支持したわけではありませんし、自衛隊の戦地派遣も軍事を目的としたものではないので問題ありません。

    公明党の赤松氏が「 ’10 公明」 でイラク戦争をこっそり総括して反省しきりですよ。(総括するのは早い、歴史家に任せるべきだなどと言いながらも)
    「03年3月の米国が戦争に踏み切った決断に対し、小泉純一郎首相が支持し、それをやむを得ざるものとして、苦渋の決断にせよ、公明党が容認した政策選択をどう見るか(中略)確たる裏付けがないにもかかわらず、一方的な情報に与したことは反省しなければなりません。フセイン政権の圧政がいかに大きかったとしても、圧政からの開放を理由に他国が軍事攻撃をしていいとの判断には結び付かず、それを理由とした戦争の開始は非難されて仕方ないと思います(中略)公明党が結果として容認したのは不適切であったとの見方は否定できません。」

    どうしてバリ活の皆さんは学会や公明党の失策に対して苦しい擁護に終始するのでしょう。そんな義理などないでしょうに。深層心理で自分が壊れることにつながると感じているのかも知れませんね。それがマインドコントロールの呪縛と言えるのだと思います。学会教義では学会本部も公明党も絶対正義ですから完全無欠でないと都合が悪いですものね。 反省さえすれば楽になれるのに絶対正義だなんて頓珍漢な思想で自縄自縛にしか見えません。

  120. まりこさん、ナイスですねえ!

    >どうしてバリ活の皆さんは学会や公明党の失策に対して苦しい擁護に終始するのでしょう。そんな義理などないでしょうに。深層心理で自分が壊れることにつながると感じているのかも知れませんね。

    どんな失態があろうと懸命に擁護する。
    今回だけではありません。
    ゴーストライターだって創価が関係ないとボロクソに言うでしょうに、どうして池田氏だと「魂が入っていれば」などと頓珍漢をいうのでしょう?
    これ、他宗でも同じこと言いますか?
    絶対言わないですよね。
    喜んでツッコミますよね。
    ヒューマンさんの文章はわかりにくい…これだってわかりにくいからわかりにくいと言ってるだけなのに、身内になると「そんなことはない!」となるんでしょうかねえ?

    要するに創価がやるんなら何だって許す。
    弁護する。
    見方する。
    見て見ぬふりをする。
    追及しない。
    はぐらかす。
    忘れる。

    創価というより、そんな教団に身も心も捧げている自分が責められるのが怖いんでしょう?
    誰も責めませんよ。
    素直におかしいものはおかしいと言えばいいんです。
    どう見ても穴がある団体を、必死になって擁護するから苦しいんですよ。
    誰にそこまで義理立てしてるんでしょうか?
    裸の王様の話を思い出してみましょう。

  121. まりこさんのコメント読んで、驚きました。
    一応ひっそりこっそり総括してたんですねw
    ただし目立たないようにこそっとやったのでしょうけども。
    きっと当時同じような批判を受けたんでしょう。
    だからそういう批判する人向けの反省文だったのだと思います。
    だって、大々的にやってたら会員さんに知られてしまって困りますから。

  122. メガネさん

    今回のヒューマンさんと常連さんの一連のバトルの発端となったのは、やはり私がヒューマンさんと卯月さんの対話に茶々を入れてしまったからなので、その件に関しては大変申し訳なかったと思ってます。そういう経緯があったにも関わらずこのように私の疑問に応えて下さるということに本当に感謝しています。

    これは間違いだったということですか、それとも心にも無いことであったとでも?

    私はこの言葉に目頭を熱くする思いで、一切を水に流し、それ以降もメガネさんの意向を尊重し対話させていただきました。ですから、それ以降あなたを一切批判するようなことはしてきておりません。
    間違っていますか?

    本題の問いかけが、あれだけの長文なので、きちんとすべてに答えようとしてあれだけの量になり、それさえも何とか要約しようと努力もしました。
    それを意見をいい、疑問に思うとこの確認もせず、対話をやめようと思っていたといいながら、反論し返答はいらないなどと。

    対話の姿勢と言えないんではありませんか。
    周りから援護や他人の弁を借りないと対話も出来ないのですか。
    丸腰で来ているような私にさえ、あなた一人であなたたちの言う誰から見てもわかるという問題を、私に対して何の納得もさせられないのですか。
    あなたからの返答さえ私には期待できないようですが、もし返答されるなら、これまでのやり取りをきちんと相手の立場も考えて読み直してから返答をお願いします。
    私に対しては、全て読んでからにして下さいとか言ってる方もいるんですし、ここ1ヶ月ぐらいの私に関わる部分ぐらい造作も無いことではありませんか。
    別に煽ってるわけでも、怒って言っているわけではありませんので誤解の無いようにお願いします。

  123. signifieさん

    対話を打ち切る理由になってないと思います。
    私の文章を理解出来ないとしながら、signifieさんは何故他者の考えが理解出来るのでしょうか。

    ポラリスさんへの声かけが場違いだったということは承知しました。
    ご指摘いただきありがとうございました。

    自己紹介を求めたのは、提供していただいた場では、はじめての会話でしたのでそうしました。
    私の勘違いになります、失礼しました。

    初めのほうでは私も含めてここの皆さんはなんとか対話ができるような場をつくろうと気を遣ってきましたとのことですが、気を使っていただいたのが、感情的になってとか、茶々を入れてきたこともということでしょうか。
    その都度、その方自身も感情的になってと、茶々を入れたと認められてたと思います。

    わざわざご説明いただきありがとうございました。

  124. ヒューマンさん、怒らないで真面目に聞いてください。たいへん申し訳ないのですが、これまでのあなたの言動は精神衛生上の一線をこえているように思われます。もしそうであれば、これまでいろいろ言葉の間違いを厳しく指摘したことはお詫びします。もしかして自分の話の支離滅裂なことが自覚できませんか?都合の悪いことを自分でも知らないうちになかったことにしている自覚がありませんよね。これは考えたことを表現するのが苦手とか、他人の気持ちを理解できないとかのレベルではないように思われます。創価学会の問題について誰かと話をすることよりも、ご自分の精神的な安定について、ご家族と相談されてはいかがでしょうか。申し訳ありませんが、ここでの対話の試みはこれで終わりにさせて下さい。お願いします。
    みなさん、ヒューマンさんとの対話はこれで終わりにさせていただきます。ありがとうございました。

  125. 管理人様
    お返事が遅くなりましたが、ヒューマンさんとの対話は管理人様のご意向に沿うように致します。
    また、謝らないで下さい。本当にありがとうございました。

    ヒューマンさん
    拙い私との対話をして下さいましてありがとうございました。わざわざ時間を割いて頂いた事、途中で私の都合で対話が進まなかった事をお詫び致します。少しの間でしたが様々ありがとうございました。

  126. signifieさん

    私は、はじめから今に至るまで、いたって真面目に聞いてきました。
    これまでも何度も、私は怒ってないと意思表示もしてきているのに、いつまでも疑ってかかるから、こんなとんちんかんな見解を出してしていることに、あなたも気づいて下さい。
    しかも、謙虚な言い方のふりをして、人をまるで人格異常な状態であるかのような表現までして。
    更に、そうであればお詫びしますと、こんな失礼なことを、見ず知らずの他人に対して普通に言えるとは。
    ご自身が正しいと思っていながら、相手が怒っていると思うと謝罪するんですか。
    体裁気にしながら、都合よく相手を貶めるように見せるやり方は、呆れるほど見事なものです。

    何から何まで、学会のせい、学会員のせい、理解を示さない人のせい、すべて自分以外のことのせい。
    自分の責任を認めないことって、その方が楽ですし簡単ですからね。
    ここでの私のやり取りが学会に恥を晒しているというなら、削除する必要はありませんね。
    削除するということは、あなたが、私とここの皆さんとのやり取りから、ここの信頼性が失われると仰った、signifieさんご自身のお考えにも矛盾することになりますから。

    私は、これまで何度も、あくまで自責において対話を求めてきたのに、ご自身も、何かをお互い気づき合える機会にしたいと述べてきていながら、学会員でなくても理解出来る、どなたでもわかる具体的な問題の説明を、どなたも一ヶ月以上もの間示せないまま、すべて私のせいにして対話を打ち切る、これっておかしな話ではありませんか。

    皆さんがここでしてきていることの責任は、皆さんがそれぞれご自身でもつことになりますし、それを先導したのは紛れもなく、”退会しようと思っていない学会員”ではありませんから。
    理由はどうあれ、対話を打ち切り、”退会しようと思っていない学会員”をここから締め出してきたのも、”退会しようと思っていない学会員”ではありません。

    アクセス禁止にしたがってるようですし、この文章さえ載るかもわかりません。
    これまで、手を変え品を変え、気づきのポイントを示してきましたが、あれだけ提示もし説明して気づかないのであれば、ご自身で気づかないとわからないことかもしれません。

    あなたは、こうした場での功罪について、取り分けその罪について、全くといっていいほど理解していません。
    私は、あなた自身のためにも、そのことをわかっていただく必要があると思っています。

    あらためてお尋ねします。
    私はこれまでもここでの対話を望み、今でもそれを望んでいます。
    そして、あなたはこれまでの経緯を把握することなく、振り返ることなく、一切歩み寄ることなく、私との対話を拒否するということでしょうか。

    都合がわるく載せられないというならそれも構いません。
    時間をかけ、真剣にお考えいただいた上での、誠意ある回答をお待ちしています。
    貴重な時間と場所を提供していただきありがとうございました。

  127. みなさん、これから先は私がヒューマンさんへ話をします。
    すでにヒューマンさんとは対話にならないということを管理者として判断しましたし、もう一人もヒューマンさんと対話をしようと言う人はおられませんので、そのことをヒューマンさんにわかってもらうために、私一人がヒューマンさんへ話をします。ですので、他の方はこのスレッドにコメントしないでください。また他のスレッドにもこのことに関してのコメントはお控えください。よろしくお願いします。

    >私は、はじめから今に至るまで、いたって真面目に聞いてきました。

    ヒューマンさん、この言葉↑をそっくりそのままお返しします。
    しかしどんなに理解しようとしても、支離滅裂なあなたの日本語は理解できなかった。
    これが全てです。
    しかしそこまで言われるのであれば、あなたがここで言ってきたことの一つひとつについて、最初からいかにおかしなことを述べてきたのかを、誰にでもわかりやすく解説していきましょうか?
    それには長い時間がかかると思いますが、暇を見つけて解説するようにしていきますよ。なぜ私がヒューマンさんとの対話を打ち切る決断をしたかは、このスレッドに何度も何度も何度もバカ丁寧なほど詳しく説明しています。その長い長い説明をもってしても、あなたは自分がここに書いてきたことが支離滅裂な意味不明の文章でしかないことを理解しませんでした。ですからこれからあなたがコメントしてきた一文一文をとりあげながら、私がしっかりと解説しましょう。おそらく1年ぐらいかかると思いますが、ヒューマンさんもそこまで言われるのであれば、しっかりとつきあってください。それは同時にあなたが1年ぐらいここに恥をさらし続けるということでもあるのですが、おそらくそのことも理解できないでしょうね。
    これから話すことも、もう何度も何度も何度書いてきました。しかしいっこうにきく気配などありませんでした。そればかりか、悪いのはすべて私だと仰る。そして自分たちにとって都合が悪いから一方的に打ち切るのだとまで言う。あなたはどこまで人の話を無視するのでしょう。
    あなたは、私からだけではなく、ここにコメントされるほとんどの人から「言葉の意味がわからないから、まずは意味がわかる日本語で話をしてください」と注意されてきましたよね。結局その点に関しては最後まで改まることはありませんでした。長々と支離滅裂な日本語を読まされる身にもなってくださいともお願いしましたが、まったく無視しましたよね。これは対話以前の問題だと、何度も何度も何度も言ってきました。あなたが対話をしたいと言ってきても、あなたの話は誰にも理解できずに、誰も対話をする気が無くなっていますよと注意をしてきましたが、あなたは結局そのことについては何も触れませんでした。それはあなたの主語述語すらはきりしない、冗長なだけの文章を理解できないここの多くの方が悪いのだと仰りたいのでしょうか?あなたは創価問題に対してこのブログに対話を求めて来ました。だからできるだけ皆さんとの対話が成立するように、あなたの無作法にも目をつぶって対応してきました。しかし私たちはあなたが何を言っているのか日本語自体がわからない。こればかりは譲歩のしようがない。だからせめて意味がわかるように話をしてくださいと言い続けてきましたよね。そのことをあなたは全く無視して、いかにも私たちが創価や自分が悪者だと決めつけて一方的に対話を打ち切ったのだと私を責めていますよね。なぜあなたは自分の日本語が誰にも通じないのかに関して、ひとことも触れないのですか?

    >私は、はじめから今に至るまで、いたって真面目に聞いてきました。

    ヒューマンさんのこの言葉は、いったいどういうことでしょう。
    いたって真面目に聞いてきた結果であっても、「あなたの日本語は意味不明ですから、わかるように話してください」という声はなぜ聞こえなかったのですか?私たちからの肝心な質問に答えようとしなかったのは、聞こえなかったわけではないのですよね。

    それとも私たち全員があなたの話をわざとわからないと言って意地悪をしていると思っているのでしょうか?そしてあなたとの対話が成り立たないことの責任が私たちにあるのだと言うのでしょうか?私は対話を成立させようと、頑張ったつもりです。あなたは他人の神経を逆なでするような慇懃無礼な物の言い方が、ここの皆さんの怒りを買ったときもありましたよね。そのとき私は百歩も千歩も譲って、あなたがここで対話のできるような状況をつくろうと努力しました。しかしあなたの無礼千万な言動はまったく変わることはありませんでした。また肝心の創価の質問に関しても、ずっと先延ばしにして答えようとしませんでしたし、そのことに関しての説明も何もありませんでした。もしかしたらあなたとしては説明したつもりなのかもしれませんが、なにしろあなたの日本語は理解できないので、まったく伝わっていないのが現実です。そうした状況がずっと続いた結果、あなたと対話をしようとする人が一人もいなくなったのです。

    わかりますか?

    あなたは、あなた自身の意味不明の日本語が原因で、

    誰もあなたと対話をしようという人がいなくなったのです。

    私が一方的に対話を打ち切ったのではありません。

    もう一回言います。

    私が一方的に対話を打ち切ったのではありません。

    あなたと話をする人がいなくなったので、

    ブログの管理者としてこのスレッドを終わりにしますと言いました。

    もう一回詳しく言います。

    私はヒューマンさんとの対話を一度たりとも遮ったことはありません。

    ヒューマンさんは、自分が発する意味不明の日本語と慇懃無礼に人を蔑む言葉によって、

    あなた自身が他人との対話を拒んだ結果がこれなのです。

    他の方があなたの支離滅裂な日本語や、破綻した理論や、自分に都合のいいことだけを主張し、自分が答えられそうにない質問に関しては徹底してスルーしてきました。そのこともすでに多くの人が指摘しています。しかし途中で謝罪したり勘違いでしたなどと言っておきながら、かならずその原因が私たちにあるかのような言い方をしてきました。だから私は途中で他の皆さんがヒューマンさんの話を聞く気がありますかとの質問をして、結果、ほぼ全員が「ノー」と答えましたよね。そのことに関してヒューマンさんはどのように対話の努力をされましたでしょうか?少なくとも私にはその努力の痕跡は発見できませんでした。
    そして挙げ句の果てに今回のあなたのコメント。
    ヒューマンさん、あなたは自分で何を言っているのか理解して書いているのでしょうか?
    私にはそれすらわからなくなりました。だから「失礼ですが精神的に大丈夫ですか?」とお尋ねしたんです。決して感情的な誹謗中傷ではありません。しかしあなたは他人に理解できるような文章を書くこともできなければ、他人が書く文章の意味を正しく理解することもできないでいます。それでも私が一方的にあなたを悪者にして対話を打ち切ったと主張するのであれば、私はこのブログの信頼性を守るためにも、一年かけてもあなたの文章のおかしさを、一番最初ら一言ひとこと具体的にとりあげながら解説をしていきます。そして私のその解説が間違っていれば遠慮なく指摘してくださって結構です。ただし「それはそんなつもりで書いたのではない」などといった言い訳は通用しません。

    >私は、はじめから今に至るまで、いたって真面目に聞いてきました。

    あなたのこの言葉に嘘偽りはありませんよね。しかし、私たちが再三にわたってあなたに注意してきた言葉は、どう考えても聞こえていないようにしか思えません。それは私一人だけの感想ではなく「あなたのコメントは意味がわからないので読む気がしない」との理由を述べられたほぼ全員の感想であることは、あなたもおわかりですよね。

    >私は、これまで何度も、あくまで自責において対話を求めてきたのに、
    ご自身も、何かをお互い気づき合える機会にしたいと述べてきていながら、
    学会員でなくても理解出来る、どなたでもわかる具体的な問題の説明を、
    どなたも一ヶ月以上もの間示せないまま、すべて私のせいにして対話を打ち切る、
    これっておかしな話ではありませんか。
    あらためてお尋ねします。
    私はこれまでもここでの対話を望み、今でもそれを望んでいます。
    そして、あなたはこれまでの経緯を把握することなく、振り返ることなく、
    一切歩み寄ることなく、私との対話を拒否するということでしょうか。

    このヒューマンさんの質問にお答えします。

    あなたは、あなた自身の意味不明の日本語が原因で、

    誰もあなたと対話をしようという人がいなくなったのです。

    私が一方的に対話を打ち切ったのではありません。

    もう一回言います。

    私が一方的に対話を打ち切ったのではありません。

    あなたと話をする人がいなくなったので、

    ブログの管理者としてこのスレッドを終わりにしますと言いました。

    もう一回少しだけ詳しく言います。

    私はヒューマンさんとの対話を一度たりとも遮ったことはありません。

    ヒューマンさんは、自分が発する意味不明の日本語と慇懃無礼に人を蔑む言葉によって、

    あなた自身が他人との対話を拒んだ結果がこれなのです。

    私はあなたと対話をしようと言う気がある人が一人でもいるかぎりは続けましたよね。また落ちついて対話ができるように、まわりで批判することも控えてくださいともお願いしてきました。そして最終的に、あなたと対話をしたいと言う人が一人もいなくなったのでこのスレッドを終わりにしますと言いました。その判断のどこがおかしかったのですか?

    あなたは自分が肝心な話ができないことをまわりの人たちのせいにしていますが、まわりから見れば、あなた自信が話をはぐらかしているようにしか思えませんでした。ですから多くの人が「はやくはっきりと対話の中の質問に答えてください」とお願いしてきました。私たちはあなたの対話の意志を一度でも遮ったことはありません。逆にあなたががあまりにも話をはぐらかしたり、論点にはないわけのわからないことを言い続けることに業を煮やした方たちが「いい加減にしてください」と異議を申し立てたのです。その異議を根も葉もない中傷であるかのように決めつけて、悪いのはあなたたちだと訴えられるのはお門違いと言うものです。

    言いたいことは山ほどありますが、まずあなたが理解しなければならないことは、結局のところ、あなたと話をしたいと言う人はこのブログにはひとりもいなくなったという事実です。そしてその事実をもたらしたのはあなたの言動によるものだと言うことです。このことがまだおわかりにならないのであれば、あなたのコメントの一番最初の一行目から、最後の行までのすべてについて、どこがおかしいのかをあなたがわかったと言うまで解説していきます。あなたがそこまで自分の言うことに自信があり、真面目に私たちの言うことを聞いてきたと主張するのであれば、これまでのあなたの長い長いコメントが、あなたのこの主張とまったく食い違っていることを、私が徹底的にあきらかにしてみせます。そしてあなた自信がその食い違いの証人になっていただくことになりますが、それでよろしいですね?

  128. ヒューマンさん、たとえばヒューマンさんの1月7日のコメントの最初の行から話をしてみます。

    >対話を打ち切る理由になってないと思います。

    これはヒューマンさんの私のコメントに対する感想ですが、まず、私のコメントのどの部分に対して「対話を打ち切る理由になっていない」と言われるのでしょうか?ここでもいきなり何に対してのことかを言わないで「対話を打ち切る理由になってないと思います」と質問されても私は何を答えていいのかわかりません。あなたは自分でわかっているつもりで書いているのでしょうが、少なくとも私には私のコメントのどの部分についてのことなのかがわかりません。

    >私の文章を理解出来ないとしながら、signifieさんは何故他者の考えが理解出来るのでしょうか。

    これも質問の意味がわかりません。私がヒューマンさんの文章を理解できないことと、他者の文章を理解できることのどこに矛盾点があるのでしょうか?
    この質問は、私がヒューマンさんの文章が理解できないというのなら、他者の文章も理解できないではないかという意味ですよね。他者(おそらくヒューマンさん以外の方という意味だと想像しますが)の考えは、普通の日本語で書かれていますから、私に限らず誰でも当然理解できます。しかしヒューマンさんの文章は主語がなかったり、どの言葉がどの言葉についての修飾なのかもわからない上に、たとえ日本語になっている部分でさえ、意味の通らないことを平気であたりまえのように書いているので意味不明だと何度も何度も言ってきましたよね。いいですか、もう一回言います。ヒューマンさんの書く日本語と、あなたのいう他者の日本語は「意味が通じる」という点で決定的に違うのです。ヒューマンさんの文章は理解できなくて、他者(笑)の文章は理解できることに何の矛盾点もありません。このことについてどこかおかしな点でもありましたら指摘してください。
    私の言ってることがわかりますか?ヒューマンさんは多くの他者から「あなたの文章は理解できません」と言われてきましたよね。なぜそのことについて聞く耳をもたずに、対話が成立しないことの理由を他者のせいにするのですか?
    これだけ多くの他者に「意味がわかりません」と言われ続けているにもかかわらず、そこを少しも改めようとしないのは、基本的にその能力がない人なのかと思ったので、私は最後のあたりで「もしかしたら精神的に不安定なところがあるかたなのではないですか」とおききしたのです。そして結果的にあたなと対話しようと言う人はいなくなったわけですから、その事実を素直に認めたらいかがでしょう。

    それからこの2行
    つまり
    >対話を打ち切る理由になってないと思います。
    >私の文章を理解出来ないとしながら、signifieさんは何故他者の考えが理解出来るのでしょうか。
    という感想の1行目と質問の2行目を連ねることの意図は何でしょう?そこもわかりません。私なりにこの二つの文章をむりやりつなげて理解しようとするならば、「シニフィエがヒューマンの文章を理解できないと言うのであれば、他者の文章も当然理解できないはずだ。なのに他者の言うことは理解できてヒューマンの言うことだけを理解できないということが、ヒューマンの対話を打ち切る理由にはならない」ということでしょうか?
    ヒューマンさん、もしそのような意味で言われているとしても、少なくとも私には理解できません。なぜなら、先にも言いましたように「ヒューマンさんの書く日本語と、あなたのいう他者の日本語は「意味が通じる」という点で決定的に違うのです。ヒューマンさんの文章は理解できなくて、他者(笑)の文章は理解できることに何の矛盾点もありません。」という前提があるからです。そしてこの前提は私一人が言っていることではなくて、あなたが他者と呼んでいるであろうここでコメントをくださっている多くの方が言っていることです。これは変えようのない、間違いようにない、他に違う解釈ができるはずもない事実です。しかしあなたはこの事実を認めようとはしないで、まったく真逆の前提で話をしているから、私も含めた他者へ言葉が通じないんです。
    私がこれほどまでにバカ丁寧に解説するのは、これまでも繰り返し同じことをあなたに言っても、あなたは毎回そのことを無視して、あなただけしか通じない前提のなかで私や他者についての判断をしているからです。今、私があなたに言ってることがわかりますか?

    私がなぜここまであなたに言うのかと言いますと、このブログの信頼性を保つために管理者としてやらなければいけないと思うからです。普通なら「はい終わり!」で済ませてもいいんです。しかし私はこのブログの性質上、対話をしたいと言う人を管理者は一方的に打ち切らないという姿勢を示す必要があると考えています。ですからそれなりの努力を続けてきたことは、このスレッドの私のコメントを最初から読んでいただければ誰にもわかることだと思います。ただし明らかに悪意のある「荒らし」なら話は別です。しかしたとえば結果的に荒しと同じようなことになるにせよ、対話を求めてくる方なら、どんな立場の人であっても、対話の可能性を自分の都合だけで打ち切ることはしないつもりです。ヒューマンさんの場合でも「対話をしたい」という方がいる限りその機会を設けてきたつもりです。しかし、もう誰もあなたと対話をする気はないということですので、管理者の私としてはこのスレッドを終わりにしたのです。決して対話をしたい人がいるにもかかわらず、私が一方的に打ち切ったわけではないのに、ヒューマンさんはなぜ「あらためてお尋ねします。私はこれまでもここでの対話を望み、今でもそれを望んでいます。そして、あなたはこれまでの経緯を把握することなく、振り返ることなく、一切歩み寄ることなく、私との対話を拒否するということでしょうか。」というふうに言われるのでしょう?私にはあなたのこの質問の意味もわかりません。管理人の私が「これまでの経緯を把握することなく、振り返ることなく、一切歩み寄ることなく、私との対話を拒否する」とあなたに言われるようなことをした覚えはありません。私のどのコメントをもって「これまでの経緯を把握することなく、振り返ることなく、一切歩み寄ることなく、私との対話を拒否」したと思われるのでしょう。まったく理解に苦しみます。

    ヒューマンさん、もしあなたが言うように、私のこのブログであなたがこれからも対話を続けたいと思うのであれば、まずあなたの言う他者が「ヒューマンさんと対話をしてみたい」と思うようなコメントをする以外にないことはわかりますよね?現実問題として、今現在そんな人はひとりもいないのですからね。それでもヒューマンさんがここでの対話を望むのであれば、まずは上記に述べた私の解説について、他者が納得するだけの論破をしてください。
    つまり私があなたの文章が理解できないのなら、他者の文章を理解できるはずがないということを理論的に証明してみてください。
    その論破ができたら、次はヒューマンさんのここでのコメントを最初からさかのぼって、私がこれと同様にあなたの文章の矛盾点を指摘していきます。そしたらそれについてすべて論破してください。それができなければ、あなたと誰が話をしても、あなたが一方的にこのようにわけのわからない前提に立ったまま「対話をしましょう」と言い続けることは目に見えてますからね。そんな調子ではおそらくあなたと対話をしようと思う人は現れないと思いますよ。
    いかがですか?

  129. signifieさん

    見たばかりでまだ流し読みですが、概ね仰りたいことはわかりました、こちらこそ貴重な時間をありがとうございます。
    あらためてしっかり読み直し返答させていただきます。

      >悪いのはすべて私だと仰る。
    すみませんが、そんなことは言っておりませんし思ってもいません。
    誤解の無いよう宜しくお願いします。

  130. ヒューマンさん
    1月10日 14:10のヒューマンさんのコメントの冒頭はこのようなものでした。

    >私は、はじめから今に至るまで、いたって真面目に聞いてきました。これまでも何度も、私は怒ってないと意思表示もしてきているのに、いつまでも疑ってかかるから、こんなとんちんかんな見解を出してしていることに、あなたも気づいて下さい。

    これも何がなんだかさっぱりわかりません。
    「はじめから今に至るまで」って何ですか?
    「これまで」ではダメなんですか?
    何を真面目に聞いてきたと言うのですか?
    何度も怒っていないと意思表示って、何のことですか?
    私があなたの何をいつまでも疑ってかかっているのでしょうか?
    「こんなとんちんかんな見解を出してしている」とは何のことでしょうか?
    「あなたも気づいて下さい」などと言われても「こんなとんちんかんな見解が何か」を示していないので気づくことなどできません。

    たとえば
    「あなたは◯◯◯が□□□□ではないかといつまでも疑ってかかっているから、△△△△△△といったとんちんかんな見解を出しているのだと思います。そのことに気づいてください」ならまだわかりますが、あなたの文章では肝心の「私が何を疑って」「何をもってトンチンカンなのか」というところが書かれていないので意味不明です。したがってあなたが私に何を気づけと言っているのかが理解できません。

    私はヒューマンさんに対して「あなたの文章は日本語になっていないから理解できません。それはここにコメントされる多くの方も同じことを言っていますよ。なのにどうしてそれを改めようとしないのですか?」という問いかけを何度もしていますよね。

    もう一回書きます。あなたの書いた文章は以下のとおりです。

    >私は、はじめから今に至るまで、いたって真面目に聞いてきました。これまでも何度も、私は怒ってないと意思表示もしてきているのに、いつまでも疑ってかかるから、こんなとんちんかんな見解を出してしていることに、あなたも気づいて下さい。

    ヒューマンさん、これ日本語になっていないんですよ。漢字とひらがなが並んでるだけで、読もうという気力すら失くします。
    もうこれだけで「ハァ?」で終わりですよ。

    たとえば私なら次のように書きます。

    「これまで私はいたって真面目にあなたのお話を聞いてきました。そして私は怒っていないと何度も意思表示をしてきました。しかしあなたがいつまでも疑ってかかるものだから、こんなトンチンカンな見解を出しているのだと私には思えます。ですから私はそのことをあなたにも気がついて欲しいと思っているのです。」

    これなら一応は日本語の体裁は整っています。つまり「てにをは」のおかしなところはありません。しかし意味不明であることには変わりありません。いいですか、私が言いたいのはここです。このようにたとえ日本語の体裁を整えたにしても、これで何を言おうとしているのかが不明なので、読み手が勝手に想像するしかないのです。そもそもここでなぜ突然「私は怒ってないと意思表示もしてきているのに」と言い出すのかが理解できません。そのことを解明するために、私はその前に私が書いたコメントの何かを指しているのかもしれないと推測して、自分のコメントをあらためて読み直さなくてはなりませんでした。そして見つけたのが、私が書いた「ヒューマンさん、怒らないで真面目に聞いてください」という前置きです。もしかしたらヒューマンさんは勝手に「ヒューマンさん、そんなに怒らなくてもいいでしょ」とでも言ったかのように思われているのかなと想像するしかないのです。私は「ヒューマンさん、怒らないで真面目に聞いてください」と書いたのは「(これから言うことは受け取り方によっては失礼に感じられるかもしれませんが、決してそんな気持ちではなく、真面目な話をしようとしているので)怒らないで真面目に聞いてください」という意味の「勘違いを避けるための断り書き」です。この「勘違いを避けるための断り書き」の文章は、当然あなたが怒っていると批難するものではありません。普通の人なら文字通りの前置きとして理解してもらえる内容の文章です。ですからあなたが「これまでも何度も、私は怒ってないと意思表示もしてきているのに、いつまでも疑ってかかるから」と言われているのは、私の書いた前書きを完全に違う意味にとってしまったからなのではないでしょうか?読む側としては、すでに冒頭のここから躓いてしまいます。
    このように、たった2、3行の文章であっても、まるで暗号解読なみの時間と手間をかけなければならないことが、あなたに想像できますか?あなたの意味不明の文章で、読者がどんなにウンザリしているかを、ここのみなさんがはっきり意思表示をされましたよね。あなたの文章は読みたくないと多くの方が言われているのは、このようにあなたの文章が日本語になっていないということ。つまり主語述語がはっきりしていないこと。指示代名詞が何を指しているのかもわからないこと。他人の文章をまったく勘違いして勝手に批判していること。そしてあきらかに感情が先に走って、誰がどう見ても怒っているような文体なのに「怒っていない」と書くほうが、よっぽどトンチンカンなのではないでしょうか。
    あなたの言う「こんなとんちんかんな見解」が何を指しているのかを、やはり私の以前のコメントをもう一度読み返しながら想像したところ、「これまでのあなたの言動は精神衛生上の一線をこえているように思われます」という箇所かもしれないなとは思いましたが、これもはっきり示されていないので想像するしかありません。
    このように、結局ヒューマンさんが何を言いたいのかわかりませんと、多くの方がずっと言ってきているのに、あなたは読まれることをわざと拒むような冗長で難解な文章をあいかわらず書くので、このような方との対話は不可能だと判断しました。

    ヒューマンさん、普通に目の前にいる人に話をするように文章が書けないのですか?それとも普段からこのようなデタラメな日本語で会話をしているのでしょうか?もしそうだとしたら、ここでの対話は不可能ですよと書きました。それが1月7日 03:39の私のコメントです。

    「ヒューマンさん、怒らないで真面目に聞いてください。たいへん申し訳ないのですが、これまでのあなたの言動は精神衛生上の一線をこえているように思われます。もしそうであれば、これまでいろいろ言葉の間違いを厳しく指摘したことはお詫びします。もしかして自分の話の支離滅裂なことが自覚できませんか?都合の悪いことを自分でも知らないうちになかったことにしている自覚がありませんよね。これは考えたことを表現するのが苦手とか、他人の気持ちを理解できないとかのレベルではないように思われます。創価学会の問題について誰かと話をすることよりも、ご自分の精神的な安定について、ご家族と相談されてはいかがでしょうか。申し訳ありませんが、ここでの対話の試みはこれで終わりにさせて下さい。お願いします。」

    要約しますと
    「ここまで多くの人の忠告を無視したまま、このように意味不明の文章を書き込み続けるのは、まともな神経の人ではないのではないか。もしそうであれば、無理もありませんから、対話を打ち切らせていただきます」といった意味ですよ。ですからヒューマンさんがそうでなければ「そうではありません」と「怒らずに」言えばいいではないですか?

    このときのコメントで、私は「もしそうであれば」と言ってますよね。上に例をあげたように、それくらいあなたは徹底して日本語がデタラメなんです。あなたは普通に書いているつもりでも、読む側にとってみれば人に何かをわかってもらおうという文章ではありません。それはここのみなさんが一様に言っていることもおわかりですよね。そしてもう誰一人ここであなたと対話をしようという人はいなくなりました。だから「申し訳ありませんが、ここでの対話の試みはこれで終わりにさせて下さい。お願いします。」とお願いしました。打ち切ったのではなく、これこれこうした理由で、管理者としての判断で打ち切らせてくださいとお願いしたわけですが、このお願いに対するあなたの返答がこれ↓でしたよね。

    >アクセス禁止にしたがってるようですし、この文章さえ載るかもわかりません。
    これまで、手を変え品を変え、気づきのポイントを示してきましたが、あれだけ提示もし説明して気づかないのであれば、ご自身で気づかないとわからないことかもしれません。

    あなたは「これまで、手を変え品を変え、気づきのポイントを示してきましたが、あれだけ提示もし説明して」と言っていますが、実際には読む側にとってみればデタラメな日本語で意味不明ですと、私は何度も何度も何度も忠告してきたではないですか。この再三の忠告をまったく無視して「アクセス禁止にしたがってるようです」などと言うのは、怒っていることになりませんか?少なくとも私はそのように受けとめています。これでも「これまでも何度も、私は怒ってないと意思表示もしてきているのに、いつまでも疑ってかかる」と言われますか?怒っているような口調で「怒っていない」って言うのはおかしいんじゃないですか?だからこそ「失礼ですが精神的に大丈夫なんですか?」とお尋ねしたんです。もし大丈夫であれば、誰もが理解できる日本語でお答えください。よろしくお願いします。

  131. signifieさん

    丁寧に補足説明していただき、ありがとうございました。
    仰りたいことは十分理解出来ましたので、私からの返答の前に、これ以上の説明はお控え下さい。

    私は昨日から夜勤に入り、これから夜勤に備え就寝します。
    夜勤中は生活が完全に昼夜逆転するため考えがまとまり難いので、予定している返答は、週末までを目処にと思ってますので宜しくお願いします。

    誠に勝手ながら、その間、一つだけご検討いただきたいことがあります。
    せっかく提供していただいたこのスレッドは、今後、なるべくポイントを絞って、誤解とならぬよう、お互い理解し合える場としたいと思っています。
    経緯や詳細な説明にあたる部分を書くためだけの用途で使うように、ワークスレッドのようなスレッドを一つだけ設けていただくことは出来ますでしょうか。

    引用する際にも、お互いにとって効率的かと思いますので、ご検討のほど宜しくお願いします。

  132. signifieさん

    お待たせして申し訳ございませんでした。
    また、週末を目処にということに、意を汲んで待っていただき、ありがとうございました。

    私が、対話を打ち切る理由になってないと思います、と述べたのは、このスレッドにおいては、メガネさんと私の対話は成立していたと思ったからでした。
    私のメガネさんへの返答に対し、それにメガネさんが返答する前の、2015年1月5日 20:47 に、あなたから、メガネさんとの対話の試みはこれで終了させていただきます、
    とされました。
    そして、メガネさんから、signifieさんのその言葉に乗じるように、対話はもう終わりにするつもりでしたが、看過できないお話があったので反論させていただきますと、反論だけして一方的に打ち切ると言い出してきたのです。
    不自然と思いましたので、その後他のスレッドを見ると、メガネさんが他のスレッドで、
    私に対し捨て台詞のように書いたのを見て、これまでメガネさんの言葉を信用して話してきたのに、裏切られた気さえしたので、メガネさんに、最初のお詫びと誠意を示したあの言葉は何だったのかと思い、問いかけました。
    意見をいい、疑問に思うとこの確認もせず、対話をやめようと思っていたといいながら、
    反論し返答はいらないなどと、これでは 対話の姿勢と言えないではありませんかと問いかけました。
    それに対しても何の返答もないまま、終了させていただきますとされましたので、納得できず、対話を打ち切る理由になってないと思いますと述べました。

    とはいえ、これまでの経緯を把握していただき、振り返っていただき、歩み寄ることもしていただいたとのですし、私との対話を拒否してはいませんでした、ということですので、この点はあらためてしっかり認識し承知しました。
    そういう意味では、今年に入り結果として信用にお応えできていなかったことに対して、
    あらためてお詫びしますと共に、誠意に関しあらためて感謝しています。
    アラシに関しても、結果としてそう映ることはそうではないと、寛大に受け止められていることについても、意思表示していただきましたので、快く承知しこうした場において素晴らしいことだとも思いました。

    これまでお詫びしてきたことは、今後も真摯に受け止め心掛けていきます。
    また、こうした場での日本語の表現方法について、これまでも反省の意を示してきましたが、今後も繰り返さないよう努力を惜しみません。

    ですから、あなたからあらためて、わざわざ一つ一つ確認していただくには及びませんし、偲びないことと思っていますので、そうしていただかなくて結構です。
    また、信じてもらえないでしょうが、私はこれまでずっとあなたに配慮していました。
    その思いは、お忙しい方のようですから、ご都合にもあわせ、機を見てお話をうかがいたいと思っています、などのように述べてもきました。
    このスレッドのやり取りを見て、あなたが書かざるを得ないと判断され、何度か割って入られましたが、そもそも、皆さんのことを信用し任せていたら、そうした負担も無かったわけですし、途中からは、ご自身も、私と他の人との対話を読む気がないとしていたのですから、その通り、取り合わなければよかっただけのことだと思います。

    あなたはそれについて、一年もかけてとも仰ってますが、そうした長い期間を費やしていただけるのでしたら、昨年から仰っていた、年明け時間が取れるようになったら対話したいとしてた件を、お話していただければありがたいと思いますし、そもそもそこが本題であったと思います。
    一対一、一問一答で、意見やそこへの疑問を確認し合いながら、
    お互い経緯を尊重し合えば、私はどなたとも対話は出来ると思っています。

    あなたも含め皆さんは、私が都合が悪いことには答えないとしてきましたが、私には、この場で対話するにあたり都合の悪いことなどありません。
    その時点での経緯や状況などから、取り合う必要があるかどうかを判断しての結果だけのことです。

    最後に、いただいた私への問いかけに関する説明など含め、下記に詳細を述べますが、理由なり説明としてまとめた私の意見としては前述の通りです。

    (言い訳のように長々と書いては読み手に失礼とも思いましたし、載せるまでもないかとも思いましたが、スルーしたと誤解されても不本意ですので載せました。
    私がお伝えしたいのは前述の結論が全てですから、必要ないとお考えなら読み流していただいて構いません。言葉足らずで理解出来ない部分がありましたら、ご指摘いただければ説明させていただきます。)

    ありがとうございました。

    —————————————————————————————————–
    (詳細)
    まず一番問題視された部分に関してからですが、

      >私の文章を理解出来ないとしながら、signifieさんは何故他者の考えが理解出来るのでしょうか。
    こちらについては表現不足でした、申し訳ありませんでした。

    あとで気づいて直したつもりでしたが、返答のための文章を用意し整理していく中で、
    うっかりその部分を外してしまいました。
    “signifieさんは私の文章を理解出来ないとしながら、signifieさんは何故、同じく私の文章を理解出来ない他者の私への考えが理解出来るのでしょうか。”ということを言いたかったのでした。
    私の文章で理解出来なかった部分があったことは既に何度も認めていますが、通じていた文章もあったからこそ、反応や返答や問いかけがあったのも事実です。
    私は配慮のつもりでもいましたが、それらにいちいち対応してしまったことも私の失敗だと思っています。

    あらためて、メガネさんとここで私が対話したやり取りを、見直しましたが対話は成立していました。
    そこに、signifieさんは、メガネさんが返答する前に、私からメガネさんへ問いかけているのに、メガネさんから私への返答がある前に、メガネさんの返答に賛意を示しながら、対話の打ち切りを言い出しました。

    私の言葉をそのままお返しするとのことですので、signifieさんも、はじめから今に至るまで、いたって真面目に聞いてきました、ということですし、しかしどんなに理解しようとしても、支離滅裂なあなたの日本語は理解できなかった、これが全てです、とのことですが、私の言っていた、”はじめから”と言っているのは、2014年12月1日に”ヒューマンさんとの対話”としてスレッドを設けていただいてから今に至るまで、のことです。
    私が、はじめからとしているのが、このスレッドを設けていただいた12/1からであることは、何ら普通の認識だと理解しています。

    日本語に関しては、signifieさんが、2014年12月28日 13:53 に、まず誰にでもわかる日本語で、あなたのここでの目的を教えてくださいとお願いしています、というのが最初でした。
    そして、2014年12月28日 15:21 に目的は詳細に説明しました。
    既に、学会の問題を具体的に認識し、改善の方向へ繋げるため、対話を通じ認識を深めたい、というのが一番の目的であり参加している理由と述べています。
    少なくとも、12/27まではどなたとも対話を成立していたことになりますし、それ以降の日本語についてや文章に関する指摘も受け止めた上でお礼も述べています。

    2014年12月27日 05:20 には、今晩から夜勤とし、夜勤の最中は次回の返答に、
    いましばらく時間を要することご了承願いますとも述べていましたし、実際に12/27の夜から12/30までは夜22:00-翌08:00まで勤務で、日中は通常就寝しています。
    そこに、”もし本当に騙されているとしたら”のスレッドで、signifieが 2014年12月27日 21:11 に、私との対話について、試しに皆さんに訊いてみましょうか? と賛否をその場で求めて、2014年12月28日 01:14 に、”私はなにもヒューマンさんを晒し者にする気は毛頭ありません、しかしヒューマンさんのコメントを読まれている方が、実際にどのような気持ちでいるのかを、直接わかっていただきたいので、このように皆さんからのコメントを求めました。” などと欠席裁判をし、私にとってその結果が事実であっても、そもそも私に賛意などない方々が見ているのですから、それをもって私との対話を拒否する理由にするのはおかしいと思います。
    そもそもそれ以外の方々が(例えば学会員の活動家と呼ばれている人を含む)、そんな時間に見てるはずもありません。
    まして、これまでの経緯まで確認して意見まで書くわけもないことは自然なことです。
    ですが、私が対話をしたいという心情とは無関係なことですから、今更問題視する気はありません。

    ここに書いてきたことが支離滅裂な意味不明の文章でしかないと言われますが、メガネさんとの対話では、メガネさんからそういう理由で意味を再確認されたことはありません。
    ですから、一部のことをもって全てを支離滅裂な意味不明の文章とされるかのようなことを言われても不本意なことです。
    少なくとも12/26以前の約一ヶ月間の話は成り立ってましたし、日本語に関する指摘もありません。
    また、日本語について指摘されたことに関しても、これも指摘していただいた方々へもお礼を述べています。
    それらのことまで、まったく無視とされても、私には心外なこととしか言えません。

    私が、都合が悪いから無視した、まったく無視したとのことですが、皆さんの批判も含めた問いかけは、本質の問題点でもないことも含め、何ら都合が悪いことではないことでしたが、とても一度に答えられる量はではありませんし、仮に全て答えても、答えになっていないとか理解出来ないとか、私の見解が間違っているかどうかも決まっていないうちから、更に問いかけられたりしますから、大切な部分、問題と思う部分に返答したのであって、それ以外のことに関して無視したのではありません。

    このことについては、以前signifieさんから皆さんに、多数から一人の人に問いかけても答えられないでしょうからと、配慮していただいてたので、そうなっていくのかと思っていましたが、相変わらず横槍のようなことを何度も書かれ続けましたし、他のスレッドでのかげ口のような好意も続いてました。
    放置すればスルーした無視したとも書かれたので、苦慮しましたが、やはり大切な部分、問題と思う部分には返答すべきかとも思いそうした繰り返しとなってしまいました。
    こうして、あなたの提案を無視して茶々を入れたり横槍を入れた方も何人かいましたが、それらに応じてしまったことは、ここでの接し方として、私自身は失敗してしまった思っていますし反省しています。

    私に、肝心の創価の質問に関しても、ずっと先延ばしにして答えようとしませんでしたし、そのことに関しての説明も何もありませんでした、といいますが、これも先の失敗と関連しますが、他者からの取り合わなくてもよかった問いかけや意見に、取り合ってしまったためもあり、また、そうしたことがありながらも、このスレッドでの経緯を大切にしているからとも説明しました。
    私からすれば、一対一の部分に関しては、それぞれ可能な限り経緯に配慮し対話してきたつもりでいました。

    以上のことから、signifieさんが私との対話を遮ったことだけを、対話が成立しなかった理由にしているわけではありませんし、最後のところで打ち切りますとするまでの経緯が不自然だと思っています。
    私が発した意味不明の日本語であった部分は反省もしましたし、慇懃無礼に人を蔑む言葉といわれましても、どう説明しても無礼と受け止められては表現のしようがないことになりますから、私自身に対話を望む心情がある限り、私が他人との対話を拒んだという結果には至らないと思います。

    信じてもらえないでしょうが、私はずっとあなたに配慮していました。
    その思いで、私との対話は年明け時間が出来たらでと何度か述べてきました。
    あなたは、その後のやり取りを見て書かざるを得ないと判断され何度か割って入られましたが、そもそも各文章は、あなたが内容を確認して承認して載るわけですし、皆さんのことを信用し任せていたら、そうした負担も無かったことになります。
    途中からは、ご自身も読む気がないとしていたなら尚のこと、皆さんにお任せしていたら、あなたがいちいち私が書いたことを評価し皆さんの同意を仰ぐまでもなかったことです。

    はじめの方で、真実を求めてさんが対話を求めてこられた件についても、あなたが場を取り持ったようにしてますが、あなたが言われたことは、そもそも本人がそのことを既に理解してなければおかしいことであって、あなたも彼に誤解されないよう、ずいぶんと丁寧な説明をされてましたが、別に公平でもなく、結局は彼を擁護した内容であり、それこそ私に対して失礼なものでした。
      >真実を求めてさんを制したわけではありませんし、ヒューマンさんのおっしゃることに賛同しているわけでもありません。

    彼にしても、あなたにそこまで言われなくとも、一言控えて下さいと伝えればわかったはずです。

    それらのことがあってさえ、私は一旦、彼の姿勢として、おかしいやり方ということを示し、そして、彼も感情的にしてしまったと反省もしたようでしたので、それ以上、あれ以降問題視しませんでした。
    とはいえ意見してもらったことは受け止め、引き続き内容の理解をする努力もしてました。

    一つの例ですが、彼ははじめから数々のリンク先と合わせ、画像を提示してました。
    きちんと見てからではないと失礼とも思い、その後も時間の合間を見て内容を理解するようにしてきました。
    仮に、その時点で、この場で相手に内容をここに示してくださいと求めても、見たらわかるとか、そんな不毛なやり取りになることは容易に推察できましたので、一旦姿勢を批判する形で、やり方がおかしいということを示しました。
    とはいえ、こうした場では、見ました理解しましたといっても、そのことをもとに対話しようとする場合、共通に確認しあうためには、同様に見て理解しその上でどこどこのどの点はどうとか、元となる部分が必要になるかと思い、平行して合間合間に何時間か掛け、
    次のように書き起こし、理解するようにしました。
    .
    ===============================================================
    (以下書き起こしたもの)
    今日は創立355年というアメリカ最古の伝統を誇る貴大学のご招待を受けまして、このスピーチの機会を賜り大変光栄に思っております。
    さて日本を震撼、世界を震撼させたソ連の政権は、大河のうねりのような歴史の動向となりました。
    近年、ライ教授等が指摘されておられるソフトパワーの台頭という現象を一段とクローズアップさせました。
    すなわち、歴史の動因として、かつては軍事力や権力、富といったハードパワーが決定的要素でありましたが、最近はその比重が落ち、知識や情報、文化、イデオロギー、システムなどのソフトパワーが著しく力を増しつつある原理になっております。
    そうした時流を不可逆的なものにしていくことによって、現代に生きる私どもに課せられた歴史的な使命は大変に重い。
    その際、ソフトパワーの時代を切り開く最も大切なキーワードとして、私は、”内発的なもの”、ということを申し上げてみたいと思います。
    ハードパワーというものの習性は、外発的に、時には外圧的(な)に、人間をある方向へ動かし、そしてまた進ませしていくが、それとは逆に人間同士の合意と納得による内発的な促し、内発的なエネルギーを軸とするところにソフトパワーの大きな特徴があると思います。
    このことは、古代、人間の精神性や宗教性に根ざした広い意味での哲学の本領とするところでありました。
    ソフトパワーの時代といえ、そうした哲学を欠けば、つまり人間の内からの、人間の中からの内発的な対応がなければ、知識や情報がいかに豊富であっても、例えば、容易に権力による情報操作を許し、笑顔のファシズムさえ招だいしかねないと思います。
    その意味からもソフトパワーの時代を支え、加速していけるか否かは、挙げて哲学の双肩にかかっていると私は言っても過言ではないと思うものであります。
    さて、膨積の内発的なパワー、エネルギーを、世紀末の枯渇した精神の大地にいかにして蘇生さしていくか。
    日本においてもアメリカにおいてもそれは容易ならざる作業であると思います。
    その意味からも、私は仏法哲理の骨格中の骨格ともいうべき、”縁起”という考え方に少々言及させていただきたいと思います。
    周知のように、仏法では人間界であれ自然界であれ、森羅万象ことごとく互いに因となり縁となって支えあい関連しあっており、物事は単独で生ずるものではなく、そうした関係性の中で生じていくと説いております。
    これが”縁りて起こる”ということであり、端的に言って個別性よりもむしろ関係性を重視するのであります。
    また、関係性を重視するといっても、その中に個が埋没してしまえば、人間は社会の動きに流されていくばかりで、現実への積極的な関わりは希薄になって参ります。
    仏教史にその傾向が大変著しく見られることは、ベルクソンや貴大学で長く教鞭をとられたホワイトヒットなど、知性が鋭くこれを指摘して参りました。
    しかし、真の仏教の真髄は、更にその先に光を当てておるのであります。
    すなわちの真実の仏法にあっては、その関係性のとらえ方が際立ってダイナミックであり、総合的であり内発的なのであります。
    関係性といっても必ずしも友好的なものばかりとは限らない。
    あちらを立てればこちらが立たない、といった敵対関係にあることもしばしば、なることも当然です。
    その場合調和ある関係とは何なのか。
    やはり、エピソードによる例が一番よいと思いますので、一言申し上げさしていただきたい。
    ある時、釈尊がこう問われた、ある人に。生命は尊厳だというけれども、人間誰しも他の生き物を犠牲にして食べなければ
    生きていけない。いかなる生き物は殺してよく、いかなる生き物は殺してはならないのであろうかと問う。
    誰もがジレンマに陥り易い、素朴な質問でありますが、これに対する釈尊の答えは、こうでありました。
    “殺す心を殺せばよいのだ”というのであります。釈尊の答えは逃げ口上でもなければ、ごまかしでもありません。
    縁起、縁起観に基づく見事なる回答なのであります。
    生命の尊厳という調和ある関係性は、殺してよい生き物と殺してはならない生き物といった、時に敵対し反目する現象界の表層ではなく、深層にまで求めなければならない。
    それは、単なる客観的な認識の対象ではなく、”殺す心を殺す”という、人間の主体的生命の内奥に脈打つ”主客未分化”の慈しみの驚異であります、件(くだり)であります。
    この、ダイナミック、総合的、内発的な生命の働きは、ベルクソンやホワイトへッドが証明しているように単なる自我の消滅、無我ではなく、自他の生命が融合しつつ広がりゆく、小我から大我へと、小さい我より大きい自分、生命への自我の宇宙大への拡大を志向しているのであります。
    私どもが信奉するする聖典には、”正法無くば依法無し”という言葉があります。
    正法、すなわち主観世界と、依法、すなわち客観世界が、二元的に対立しているのではなく、相即不二の関係にあるとするのが仏法の基本的な生命感であります、宇宙観であります。
    と同時に、その相即の仕方は、客体化された二つの世界が一体となるといった静的なものではない。
    依法である森羅万象も、正法という内発的な生命の発動(を)に、適えてありえないという極めてダイナミック、且つ実践的色彩が強いのであります。
    要するに、その正法である内発的なものをどう引き出すか。
    私も仏法者として、この精神にのっとって、例えば離婚の問題で相談を受けたような場合、離婚するもしないも、それはプライベートな問題で当然本人の自由であります。
    しかし、他人の不幸の上に自分の幸福を築く、という生き方は仏法には無い。
    それを基準に考えてください、と答えます。
    ジレンマを伴う、そうした苦悩と忍耐と熟慮の中でこそ、パスカル的意味での良心の内発的な働きは良きものへと鍛え上げられ、人間関係を分断し破壊する悪を最小限度に封じ込めることが出来ると、私は思うのであります。
    そして、このような内発的な精神に支えられた、自己犠牲、自己正義の心ほど現代に必要なものはないと思うのであります。
    それは、生命の尊厳のみならず、人間関係が希薄化していくこの世界にあって、現代にあって、ともすれば死語化されさえ憂慮されている、友情、信頼、愛情など、かけがいのない人間の絆を、瑞々しく蘇生さしていくために貴重な貢献をなしうるに違いないと思うからであります。
    広い意味で、哲学の復権であり、またそのような哲学の土壌の上に、ソフトパワーの問題は真のパワーの果実をたわわに実らせていくのではないかと、私は確信するのであります。
    とともに、それはボーダレスにふさわしい世界市民の勲章ではないかと思うのであります。
    私の敬愛してやまぬエマーソン、ソロー、ホイットマン等、アメリカルネッサンスの旗手たちもまた、そうした世界市民の一員だったのではないかと思うのであります。
    最後に、私が青春時代に愛唱した、エマーソンの友情を詩(うた)いあげた美しい詩の一節を、皆様方に捧げ、私の話とさしていただきたいと思います。
      私の胸は言った
       おお友よ
        君一人ゆえに空は晴れ
         君ゆえに薔薇は赤く
          万物は君ゆえにその姿は気高く
           この世ならぬものに見える
            宿命の水車の道も
             君の尊さきゆえに日輪の大道となる
              君の高潔さは私にも教えた
               私の絶望を克服すべきことを
                秘められた私の命の泉は 
                 君の友情ゆえに美しい
    ご静聴ありがとうございました。
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    .
    このようなものを提示していただき、真実を求めてさんには、あらためて感謝の意を示したいと思います。
    ありがとうございました。

    そして、同様にsatouさんからも提示いただいた(これは後でご自身が相応しくないとしてましたが)映像についても、内容を確認し、それだけでは先に説明した理由と同様に、こうした場では対話の元になりにくいですから、同様に合間に時間を見つけながら書き起こしました。

    確かにこの内容は、satouさんが後で言われたように相応しい内容ではありませんでした。
    説明も間違ってますし、根拠も具体的でなく、一方的な見解でしかありませんでした。
    しかしながら、わざわざ理解を求めようとされ、提示していただいたことには感謝していました。
    こちらについても、あらためて感謝の意を示したいと思います。
    ありがとうございました。
    .
    ===============================================================
    (以下書き起こしたもの)
    よくインターネットで、創価学会に入信している芸能人が、テレビに出る度に、創価学会だという理由だけで叩かれているのを目にするわ。
    何故創価学会だといけないのかわかりやすく解説するわ。
    そもそも創価学会とは、一般に新興宗教と言われるものなの。
    新興宗教とはごく最近の新しい時代になって出来た宗教のこと。
    そして創価学会は本尊を拝むと良いことが起こる、病気が治る、受験に合格すると言って、一般の人々を次々に入信させてきたのよ。
    拝むと良いことが起こる。
    この時点で普通の常識を持った人なら、”嘘だ~!!!”、ということがわかると思うわ。
    (無音部分)
    どう見ても百パーセント詐欺団体よね。
    本当に本尊を拝むと病気が治るというのなら、みんな拝んでるし、みーんな治ってる。
    でも実際に病気が治ったなんて聞いたことがないわ。
    だから、フランスなどの幾つかの国では、全く病気が治らない、大金を騙し取られた、
    などと信者から何度も訴えられて、今では”カルト”、危険な宗教団体に指定されているの。
    では、日本ではどうなのか。
    彼らは狡猾よ、日本人を騙すことが得意なの。
    昔はいくら拝んでも良いことが起こらない、病気が進行した、などと不満をいう人には、
    あなたの信仰心が足らないの、もっと祈りなさい、もっとお布施をしなさい、
    もっとこの宗教に広めるために布教活動をやりなさい、といってその信者の金も人生も
    骨の髄までしゃぶりつくしていたの。
    しかし、今は違うわ。
    やばい方法で少数の人間から搾り取るより、大勢の人間から少しずつ騙し取る方が、
    ずっと安全だということに気がついたの。
    まず、創価学会に入ると幸せになれるといって入信させるの。
    そして、入信した人に創価学会は世界平和を祈って良いことばかりしている素晴らしい団体だ、だから学会を学会を疑うことは悪いことだ、罪だ、地獄に堕ちる、などといって、
    学会を疑うことを禁止するの、徹底的に禁止するの。
    疑うことを禁止されると、自分で考えることをしなくなり、周りに言われるままに、
    どんどんのめり込んでいくの、これがマインドコントロールの手法なのよ。
    そして、学会が世界を平和にするためだからと言われ、様々な労働やお布施を要求されるようになるの。
    そうすると、これだけ学会のためになることをしてきたのだから、自分がすごく幸せになれるはずだ、と思うようになってしまうの。
    たとえ不幸が続いても疑うことが出来ないので、絶対に幸せになれる、ここでやめたら大損だ、いまさら辞められない、などと思うようになるのよ。
    この段階になると、学会を批判する人を激しく憎むようになるわ。
    学会が言っていることが嘘だ、ということは、イコール自分が今まで自分の時間のほとんどを費やしてやってきた祈りや、お布施や、布教活動の全部がまったくの無駄だった。
    すごくつらい思いをしてきたのに全部無駄だった、ということになるから、そんなことを認めるわけにはいかないの。
    彼らは新聞、ラジオ、テレビなどのメディアが、金(スポンサー)に弱いということに気づいて既に買収済みなので、元信者に訴えられても日本ではそれが報道されることがないわ。
    政府にカルト指定されることも無いの。
    そのために公明党と手を組んでいるのよ。
    そしてより一般的な人々を騙しやすくするために設置されているのが、創価学会芸能部なの。
    こんなに有名な人たちが学会員なの、そして学会に入ったからこんなに幸せになれているのよ、といって、するための広告塔なの。
    例えば、久本雅(ピー)がずっと高感度ランキング1位だったのは、学会員が組織票を行っていたからだし、まったく面白くもなく、まともなコメントも出来ない高橋ジョー(ピー)が、よくテレビに出ているのも、熱心な創価学会員だからなのだわ。
    そうやって作られた幸せによって学会員を騙すための存在なの。
    ここで重要なのが、一般の学会員は少数の幹部によって騙され、搾取され続けている被害者で、騙されているとはいえ、本当に世界の平和を願っている善良な市民だということ。
    だから、もし友人や、親、恋人などが学会員であることがわかった場合、彼らを毛嫌いして縁を切らないでほしいの。
    もしあなたが見放した場合、彼らは、こんなに不幸になっても学会のために頑張っているのだから、自分がすごく幸せになれるはずだなどと思い、より創価学会にのめり込んでしまうわ。
    そして一生、悪人に騙されたまま、お金や、労働力、布教活動や、公明党の組織活動など、を搾取され続ける悲惨な被害者になってしまうわ。
    だから、もしあなたの知り合いや大切な人が学会員だった場合、インターネットや本などでマインドコントロールについての知識を学んで、彼らをマインドコントロールから解き放つ手助けをしてあげてほしいの。
    そうやって出来るものこそが、本当の絆だと思うのだわ。
    この動画はすぐに創価の手によって消されるかもしれない、作者自身も伊丹じゅうぞうのように殺されるかもしれない。
    でもこの意思をより多くの人に受け継いでほしい。
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    .
    真実を求めてさんが対話として示された方法は、本人には容易であっても、見て理解する相手にとっては至難なことであり、そのことに気づくはずのことさえ気づかず感情に任せてそうしてしまった。
    私は、このことを問題な姿勢と思っての反論であり、その後に取り合わなかったのは、
    ご本人も気づいて仕切りなおされるかと思っていたからで、単にスルーしたのでもなければ無視したのでもありません。

    およそ通常の対話では成り立たないことをされ、それにさえ答えようとすると、これだけの手間と時間がかかることは、これ以上示すまでもないことだと思います。

    一例を挙げましたが、いまさら過去のことを一つ一つ問いただされても、何ら私にとって都合の悪いことはありません。
    まして、あなたは、私がこれまでに書き綴ってきたことが、学会にとって晒し者となっていると思っているのですから、その必要も無いということになります。
    かえってあなたに負担がかかることですから、そんなことにご足労いただくことも、無駄な時間は費やすことも、していただかなくて結構です。
    これも私からのあなたへの配慮と思っています。

    私には、どなたとであれ、学会に関するどんなことであれ、ここでの対話において、私にとって都合の悪いことなどありません。
    それでも、あくまでも場をお借りしている立場をわきまえ、既に何度も述べたとおり、これまで経緯を大切に、遠慮も含め配慮しながら、問題と感じた部分には謝罪もし、対話を求めてきましたが、こちらの方々は、私に対する配慮は出来ても、遠慮する必要はないにも関わらず、あなたに遠慮して自由にここに意見出来ないんです。

    あなたから学んだ文章表現を、ここで採用させていただきます。
    これ以降は、怒らないで真面目に聞いてください。
    中には、あなたが私に対しての説明を、長くてくどい文章だな、もう少し整理してポイントをついた説明出来ないのかな、何で同じところに同じことを何回も書くかな、何もそこまでして、と思った方もおられるでしょうが、あなたに遠慮して言えない方もいたでしょう。
    あなたに対して都合のよくないことを言うような勇気のある方は、あなたに賛意を示してきた方にはいらっしゃらないと思います。
    いらしたら、私は違うと理由もわかるように説明しこの場で示しせばいいことで簡単なことです。
    こうして私から示さなければ、偏った側への賛意しか示せないほど、もはや誰もが公正に判断できる対話の場になっていないと言えるかもしれません。

    これまでのように、対話が開始されても、ここの皆さんは、あなたから何らかの意思表示がされると、それに遠慮して、(賛意を示した方は)あなたに都合のよくないことに通じることは、言いたくても書かない、そしてそれ以上は、相手(対話の相手)に自分の言葉そのままで、どう伝えたら理解されるかも考えない、これって思考停止はおろか行動停止ではありませんか。
    結果、サイトを管理するに留まらず、他者の言論の自由さえ、統制或いは誘導したことになってしまいます。
    他人の意志を、統制或いは誘導し、それに何ら違和感を感じてないのでしたら、そして、そうなっていることにも気づかない方々ばかりなら、これって、あなた達の常套句であるマインドコントロールにも通じませんか。

    “あなたにとって都合の悪いこと”とは、これまで”あなたに賛意を示してた方が叛意を示し、或いは、示さなくても関心が失せ、静かにここを去っていく人が出ること”しかないと思っていますが、間違ってますでしょうか。

    それ以外に、ここでの対話において、馬鹿げたとか、恥ずかしい内容と映ることなどはあったとしても、都合の悪いことなど、どなたにも無いことと思っています。
    だとしたら、それを自覚した上で、これまでこのサイトで、管理の名のもとに、結果としてでも、こうしたことを繰り返してきたのでしたら、これだけでも問題なことだと思います。

    たとえ、いまさらであったとしても、そもそもの本題に絞って、一対一、一問一答で、
    意見やそこへの疑問を確認し合いながら、お互い経緯を尊重し合えば、私はどなたとも対話は出来ると思っていまし、あなたが問題とされている学会の問題は、どなたでも分かるほどのこととされているのですから、そのことについて対話を出来ない方が、かえって不自然なことと思います。

    今回もあれだけ長文の問いかけゆえ、それに対するの説明も長文とならざるを得ない点に関しましては、ご理解、ご容赦いただければ幸いです。

  133. ヒューマンさん

    もういろんな言い訳や、わけのわからな憶測や、他の方がこう言ったああ言ったとの引用はけっこうです。そんなことを誰も聞く気はありません。そんなこともわからないで、あいかわらずわけのわからない長文を書き込むから、ますますあなたは敬遠されるんです。
    何かに例えて話をしたほうがいいですか?それではこんなのはどうでしょう。

    あなたはとある日本のフレンチレストランに来ました。ところがあなたはこのレストランを中華料理屋と信じて、店員さんに向かって何度も餃子を注文しました。ところが店員さんは困った顔をして何度もあなたの注文を聞き返します。それもそのはず、あなたは日本語で餃子を注文したつもりでも誰も聞いたことのないスワヒリ語で注文しているのです。店員さんは何度も「すみません、お客様の言葉が理解できませんので、よろしかったら日本語でお話ししていただけませんか?」と丁寧に説明をしたのですが、あなたはそのことにまったく触れずにスワヒリ語で店員に餃子を注文します。怪訝そうな顔つきで見ている他のお客さんに気づいたあなたは「オマエナニガミテルアタシハギョウザ」と他のお客にまで「てにをは」のメチャクチャな日本語で文句を言い始めます。騒ぎに気づいた店主がその店員に事情を聞くと、店主はあなたのところにやってきて「お客様、私どもはお客様のご要望にお応えしたいと努力しましたが、どうしてもそのスワヒリ語らしき言葉を理解することができません。お客様のスワヒリ語らしき言葉ではこれ以上の対応はできそうにありません」と言いました。するとあなたはカタコトの日本語で「アタシギョウザタベルノスゴクネ」と言うので、自分の耳を疑った店主は「すみませんがもう一度仰っていただけますか?」と聞き返しました。するとあなたは「アタシニギョウザガタベルノココニイマスサッキカラ」と言いました。なんとなく意味を理解した店主は「お客様、ここはフレンチレストランでございますので、餃子のオーダーは承ることはできません。もし餃子をお召し上がりたいのであれば、中華レストランに行かれてはいかがでしょうか」と説明しました。するとあなたは「ドウシテワタシノココデギョウザニタベラレナイノカ」と文句を言ってきます。店主は「いえいえ、ここは餃子を召し上がるお客様は一人もいらっしゃいません」と何度も説明します。それでもあなたは「ココデノギョウザハタベラレナイノデオカシイ」との一点張りです。さらに「アタシヲギョウザガタベサセナイヨウニテンインニイッテルコッソリインボー」とまで言います。困り果てた店主は「それでは私どものお店がどういった料理をお出しするところかをわかっていただくために、特別に厨房をお見せしましょうか」と提案します。あなたは「ソンナヒツヨウナイギョウザノタベレバソレデイイトモ」と言います。店主は「いえいえ、そうではなくてですね……お客様、失礼ですが私の言っていることがわかりますか?お気はたしかですか?」と何度訊いても「アメリカルネッサンスノシジンハスバラシイアルヨアリガトネ」とわけのわからないことを言い出す始末。さすがに店主は開いた口がふさがりません。「ココハシコウテイシノミセマインドコントロール」「ワタシダケギョウザヲダストツゴウガワルイノダロキット」「オマエガユウドウシテルアリガトバカヤロ」といつまでも話がとまらないので、業を煮やした店主は「お客様、申し訳ありませんが、もう閉店のお時間でございます。ご覧のように他のお客様もお帰りになりました。またのお越しをお待ち申し上げております。ありがとうございました」とあなたに言いましたが「ギョウザノイツニナッタラタベラレルノカマッタクロクナミセデハナイアリガトウカンシャシマスゲンロンノジユウホカノキャクモイイタイコトイエネエアリガトオコラナイデキイテネ」といつまでたっても帰ろうとしない。

    ヒューマンさん、申し訳ありませんが、あなたの態度って読む側にとっては正直言ってこんな感じなんです。自分のいる場所がフレンチレストランであることも、言ってる言葉が通じていないことも無視して、そして餃子が出てこないことをレストランのせいにしてるんです。そんな人とまともに話をしようと思う人がいると思いますか?このように、あなたの言葉では、あなただけが理解できていても、あなたの思いは普通の人には通じていません。ここのみなさんの多くが口をそろえて「あなたとは話をする気がしない」とはっきり言われたのを憶えてますよね。
    「もし餃子をお召し上がりたいのであれば、中華レストランに行かれてはいかがでしょうか」ということです。ここで餃子が出てくるのを待っていても一生出てきませんよと言っているのです。

    あなたの話ぶりから、ここであなたと話をしてみたいと思う人が一人もいなくなった。

    どうかこの現実を受けとめてください。

    私はみなさんからこうしてたくさんのコメントをいただけるようになるまでに3年かかりました。右往左往しながらも、それなりに努力してこのブログの信用を築いてきたつもりです。ですからわけのわからない不毛な会話をいつまでもダラダラと続けるわけにはいかないんです。私も暇つぶしでやってるわけではありません。もしあなたが真剣に脱会者と対話がしたいと望むのであれば、自分で場所をつくって発信すればいいではないですか。ネット環境の普及によって、そんなことができる時代になりましたし、私はそうしてきました。この3年間で、現実に多くの見知らぬ方とも対話ができるようになりましたし、ここにいらっしゃる方同士も、おおいに対話をされています。同時に創価の実態があきらかになり、同じように創価で苦しんでいる人の実態もわかるようになりました。ご覧のように毎日たくさんの方がここで対話をされ、共感されています。ひと月に10万から15万のアクセスがあります。もしあなたがまともな発言をしたのであれば、あなたと対話をしようと言う人がたくさん現れて当然でしょう。しかし現実にはそんな方は一人もいない。そうですよね。

    ということで、ヒューマンさんと話がしたいと言う方が一人もおられない以上、ここでのヒューマンさんとの対話の試みはこれで終わりにさせていただきます。

    ヒューマンさん、言いたいことがあれば、自分でブログを立ち上げて、あなたの言うことに賛同してくださる読者を獲得して、そこでおおいに対話をしてください。

    それではお元気で。

  134. シニフィエさんのコメントを読んでいて、頭の中に「蛍の光」が流れてきました。

  135. 最後の最後まで勘違いしてコメントされている彼に対して、はっきり言っておきます。
    このブログのテーマは、「静かに創価学会を去るために」です。自分はこのテーマに賛同して、自らの意思でコメントをしております。他の皆様も同じく自由意思で参加されておられると思います。管理人さんの意向に対して賛同出来なくなれば静かに去って、自分の考え方に近いブログに参加するか、自分でブログを立ち上げてそのなかで自分の意見を世の中に発信すればいいだけのことであり、それは至って自然な道理だと思います。
    そうしたことに対して、言論の自由を脅かす行為であるとか、思考停止であるとか、マインドコントロールであるとか、言っていることが全く意味不明です。
    彼がこのブログに参加するようになったのは、たしか11月の末頃でした。この2ヶ月足らずの間に対話らしきものが成り立っていたとすれば、おそらく「公明党のイラク戦争加担の問題」でした。
    しかしながら、そのテーマについてもメガネさんと自分が一般的な新聞のソースを呈示して答えを求めたのに対して、彼はソースさえ示さず主観的な感想を述べたに留まりました。ゆえに、このブログに参加されている皆さんもこうした経緯を踏まえた上で、彼との対話は時間と労力の無駄であり、このブログのテーマに相応しくないと判断したまでです。
    常識的に考えて、彼との対話の終了は、何の問題もないと思います。

  136. ヒューマンさんへ
    もう閉められた後なので、こちらからの一方的なコメントになってしまいますが、私は最初ヒューマンさんは、口調から推測して、ネットに不慣れなただ真面目に信心してきた年配の方かな?と思いました。だから年相応の頑固さやプライドに理解力低下が加わり、うまく会話ができないのかなと。実際年齢がどうだったのかわかりませんが、年配の方だったのなら、大変失礼ではありますが、老化による思考力の低下、頑固さから思い込みが強くなっているという、老人特有の症状だったのかなと思いますが、もし、老人と言われる年齢ではないということでしたら、自分では全く気付いてないと思いますが、心を病んでいる可能性が否定できません。病名が特定されている知り合いの異常行動によく似ているのです。一度専門家の診断を受けられたほうがいいのではないかと思います。それで何も問題がないとのことなら、ただの性格ということになりますが、もし、気がつかないうちに病んでいたのだとしたら、進行しないうちに治療したほうがいいと思うのです。たぶん、実生活でも、周りの人たちと意見が衝突することが多いのではないかと思います。対人関係の仕事は中々うまくいかないという現実があるのではないでしょうか?自分で感情をコントロールできなくなることや、何か言われるとしつこくこだわってしまうということもあって、多分まわりから指摘されたことがあるのではないでしょうか?心情を説明するため、わかってもらうために長々と必要以上に意味不明な言い分を書いてしまう。というのも、自分にとって正しい行為であっても、周りが全然見えていない証拠です。単に創価がらみだから意見の相違があるからという問題ではないように思います。人の意見も理解できず、自分の言葉も人に伝わらない。コミュニケーション能力に異常をきたしています。このまま放置しないほうがいいです。ヒューマンさんがどんどんズレて来ているので心配になりました。ヒューマンさんをバカにしてるのではなく、余計なおせっかいですが、脳梗塞が起きていた親戚や、その他の精神疾患を抱えていた知り合いも、似たような経過をたどったので気になりました。

  137. ラザリスさん

    申し訳ありませんが、このブログのテーマは、「静かに創価学会を去るために」です、というのは誰が見ても明らかです。
    そしてこれまで、それをあらためて念押すことなく、当初から次のように繰り返し述べてこられてました。

    ****
    このブログは喧嘩や討論の場ではありません。相手の立場を考えながら対話によって意見の相違を確認する場としてあります。

    とくに脱会者の方は、かつての活動家だったわけですから、学会員さんがどのような気持ちで活動をしているかはよくわかっていると思います。それでよくわかっていることを前提に、脱会者として、あるいは脱会しようとしているものとして、活動家さんとの対話を試みようとしているということを常に頭において欲しいと思います。

    ヒューマンさんは創価学会を正しいと信じて活動している。私たちはかつては同じ立場であったけれども、それが間違いであることに気がついた。ではその違いとは何なのかを、腹をわって話をして、明らかにできることは明らかにしようじゃないかということではないでしょうか。お互いの誤解があれば、それが解けることは素晴らしいことだと思います。

    私はヒューマンさんは脱会者と対話の意志のある数少ない現役活動家の方ではないかと思います。創価を正しいと信じている一人の人間としてやってこられたのだと思っています。ですから私は創価の間違いに気づいた一人の人間として対話ができればいいなと考えています。

    逆にこのような方がへどういった話をすれば、創価の真実に気がつく突破口となりうるのかを探るよい機会になると考えます。

    私はヒューマンさんに関しては「大いに対話をしてください」と言いたいです。何度も言いますが、私たちはかつて同じ考えを持って生きてきた人間ですし、ヒューマンさんのおっしゃることはほとんどわかります。でもそのことが全部間違いだったということに、これだけ多くの人が気がついて、そのことの実体験を綴ったものがこのブログであることを前提にお話をしていただきたいということです。ですから今さらヒューマンさんに創価のことを話してもらわなくてもいいんです。論点は、創価学会活動家と脱会者の何が違うのかを客観的な視点で見ても納得できるだけの具体的な事実関係をあきらかにしましょうよということです。だれそれがああ言ったこう言ったということではなく「あなたと私はここが違う」そのことを認めあうだけの関係をつくりましょう。それが対話というものではないかと思っています。どうかそのことを忘れずに、会話が対話となり、お互いの理解にまでたどり着けることができれば一番いいのではないかと思っています。

    私たちは何をどうすれば学会員さんが創価の実態を客観的に見ようとする気持ちになってくれるのかを模索するいい機会だと思うのです。

    今はお互いの立場を理解して、共通項を見出そうとする気持ちが大切なのではないでしょうか。

    ここで問題にされるべきことは、なぜ私たちは創価の間違いに気づいたのかと言うことと、なぜヒューマンさんは気づかないのかと言うことだと思います。

    これについて徹底的に話ができればいいなと思います。
    ****

    これらを真摯に受け止めましたから対話を続けてきましたが、それらに対して、あらためて、こちらから確認の意味で12/25に次の通り確認しましたが、

    ++++
    そもそもここは学会員に対してはそういう場なんだから何をいまさらと仰るのでしたら、signifieさんからのこれまでのご好意はなんだったのかということになります。
    念を押して恐縮ですが、学会員には、こちらが聞きたいことだけは聞く、いいたいだけ言わせ、理解できないことにもどこがどうなのかも確認もせず、こちらから何を説明しようが理解出来ないということなのでしょうか。

    それでは、何のための”対話を求めて”なのか、真に、”静かに創価学会を去るために”だけのためのサイトでしたら、サイトの始まりから学会を去る気のない学会員はだれも来なくなりますし、時々提唱される、学会員に見てください、問題を新たに気づきあうための対話をしましょう、ということと矛盾することになりませんか。
    意味がないといわれる方の側におられる方へのご質問にお答えする理由も目的もくなってしまうことになりますので、申し訳ありませんがどうか率直に教えてください。

    私とは対話もしたことがない方が、私に進言する意図がわかりません。
    意図がわからないままでも、既にお三方の誠意は受け止めてますから対話は続けさせていただこうと思ってますが、そうしたことまで気づかわなければいけない場なのでしたら、垣根なく公開されている意味がわかりません。
    ++++

    Akiraさんが、何を言ってるここはテーマの通りだと述べてましたが、それに対してもきちんと返答しました。
    既に了承の上と理解してたところへ、ようやくsignifeさんからは、12月28日 15:53 になってから、下記の抜粋のように、”また静かに創価から離れることができるように、対話を通じて創価の問題点をあきらかにしていきましょうという場所です。” と念を押してきたのです。
    これまでの言葉を信用してきた私からすれば、何を今更という気がしましたが、やはりそもそものテーマは承知として、その上での対話と理解していたのは間違いということですか。

    ****
    ヒューマンさん、このブログの意図は最初に書いてあるとおりだと、これまで何度も言いましたよね。ここは活動家と脱会者の対決の場ではないということ。創価に少しでも疑問をいだいた方が、自分の疑問が正しいのかどうかを判断するにあたって、多くの同じような方の体験を知ることによって確信を得ることができ、また静かに創価から離れることができるように、対話を通じて創価の問題点をあきらかにしていきましょうという場所です。
    ****

    すみませんが、そこまで仰るなら、ラザリスさん、今一度きちんと私とのやり取りの経緯を確認していただいてからこうしたことを述べていただけませんか。
    私は何度も経緯を確認しました。
    また、苦労はしますが、これまで、皆さんお一人お一人ごとの対話をそれぞれ分けて整理しながら対話してきています。

    ちなみに、ご自身がご自身の中で、今では学会の中でもそう見かけることのない、罰論に関するコメントされてましたね、お気づきですか。
    何故、ここまで何度も説明しても、どなたも相手の心情に立っても対話をしようと考えないのでしょう。
    そのままお返ししますは聞き飽きました。
    何故、そうした繰り返しになるかをご自身にもお考えいただけないと、それこそ望んでもいない不毛な対話となると思います。
    お互い気づき合いませんか、せめてその点ぐらいは。

    思うまま書きました、”てにをは”の使い方間違ってましたら訂正してお詫びします。
    ありがとうございました。

  138. signifieさん

    正直言ってあなたはとても頭のいい方だと思っていますし、そうした部分には感心さえしていますが、意に介さない相手の、或いは、意に介さない他者の心情を汲み取ることに関しては、驚くほどズレていると思います。

    一つの例として、あなたが私のことを言い当てたかのように言ったことの、そのほとんどが外れていたからです。
    日本語がどうのという目に見えてわかること以外、言い当てられなかったということが一つの証左です。

    その日本語にしても、あなたにも誤字があり、意味のない繰り返しをし、表現だけ取り繕った長文さえありながら、あなたは意に介さない相手に対しては、見苦しいほど執拗に説明を繰り返してきました。

    仮に同じような心情、見識同士で、かたや日本人、かたや日本語がネイティブとは言えない外国人が対話した場合、相手の日本語にわからない部分があるからといって、相手に対し支離滅裂だとはとらえないし、そうしたことへの他者の見解に賛意を示して何になるんでしょう。
    他の外国人より結構日本語が上手な外国人が、大切に思う日本人の相手に、その考えや心情を、伝えようとし、相手の日本人が外国人の表現が若干おかしいため理解しにくいから、その相手に日本語が下手だからお前の話しはわからないし聞きたくもないと言った。
    この場合、どちらに配慮が必要なのかおわかりですよね。

    私は日本人ですが、自己紹介にも日本人ですとは言ってませんし、これまでもどこに住んでいるかはともかく、どこの国籍か述べる必要もありませんし、どこの国籍だとここでは対話出来ないというわけではないのですから、日本語の使い方がおかしいからといって、対話を断る理由にはなりません。
    恥ずかしいことではありますが、勿論何度もお詫びし努力しますと述べてきました。
    もちろん今後も努力は惜しみません。

    それに、私に限ったこととしても、このスレッドでのやり取り以外、日本語の使い方について、家庭生活にしても、仕事も含め、日常の対人関係において問題視されたことは事実としてありません。
    また、実際の対話なら、その時点で確認すれば済むことです。

    ご理解いただけるなら、既に遅いと思われようと、これまでかかったといっても2ヶ月以内のことですし、そもそも昨年末はそうした時間が取れないとのことでしたので、たかだか2週間ぐらいのことになりますから、お時間許すのでしたら本題について対話させていただきたいと思っています。

  139. satouさん

    お気遣いいただき、ありがとうございました。

    ご心配なく。
    否定の意味ではなく、事実としてそうした部分はsatouさんの見解は、まったくといっていいほどあたってませんのでご心配なく。

    どなたかが、実際の対話とネットも同じだと仰ってた方がいましたが、実際には明らかに違います。
    その点も承知の上、そうしたことも、そう仰った方に、ここでのやり取りを通じて気づいてほしいという思いもあって、正直しんどいことですが、あえてあなたから提示していただいた映像の内容を書き起こしました。

    これまで一連の勘違いすべては、あって話せばすぐにわかることなんです。
    それが出来ない方々ばかりでしょうから、こうしてあえて実際の対話の場面に近づけようと苦慮してきた部分ではあります。

    私に全て読めといいながら、私の書き込みは流し読み、それで対等な対話になろうはずもありません。
    ですが、何にせよ、私が諦めた時点で、対話はそれ以降すべてなかったことと同じになりかねないのも事実です。
    執拗にこだわっているのは、そのこと一点についてだけのことです。

    どなたかが、ここの主催者は命を架けてと仰ってましたが、命の問題以外に命を架けて取り組む必要なんてないと思っています。
    まして、家族、親戚、身の回りの方々のことでもない限り。
    みなさんは、そうした関係以外にも、ここで命懸けで問いかけられているんですか?

    そうしたとらえ方に関しても、きちんと見据えていかないと、時間の浪費や後悔に繋がりかねないと思い気づいていただきたいとの思いで、これまで続けていた面もあります。

    可能な限り、実際の対話に即した方法で対話しませんか、そうすることがこうした場での価値的な部分と思っていますから。
    ありがとうございました。

  140. みなさんへ

    私の言葉足らずな説明から生じた誤解と思われる部分に関してはあらためましてお詫び申し上げます。

    以前も申し上げましたが、もしも最後の機会をいただけるとしても、どこまでも、”静かに創価学会を去るために”を目的とされるサイトということですと、私が、学会の問題を具体的に認識し、改善の方向へ繋げるため、対話を通じ認識を深めたい、というのが一番の目的であり参加させていただいている理由ですから、この点を対話の前提として位置づけられますと、私が参加すること自体、また、同様の志をもつ他の学会員は参加できないことになると思いますので、参加させていただくこと、対話に応じていただくことにおいて、せめてこの点だけは譲歩していただければ幸いです。

  141. ヒューマンさん
    何をおっしゃられても、あなたと対話をする方はだれもいらっしゃいませんよ。
    その理由はいやというほど述べてきました。
    こうしてあなたがここに書けば書くほど、ここの皆さんは遠のいていくだけです。
    これも言いましたよね。それがわからないのですか?
    あなたが自分でここの皆さんを遠ざけているのです。
    あなたの言うことは今もまったく話にならないほど的外れなものです。
    私はこのブログの管理者として「このスレッドは終わりにします」と言っています。
    あなたはそれを覆す立場にありません。
    管理者の言うことを無視してまで言いたいことがあるなら自分のブログでと言ってもいます。
    このブログの管理者として申し上げます。
    もうここにコメントしないでください。
    よろしくお願いします。

  142. signifieさん

    既にsatouさんへのコメントと、皆さん宛のコメントは書いていました。

    それを載せてから今週一杯載せてから、どなたからもコメント無ければ、お約束通り私のスレッドを削除お願いします。
    また、合わせて、私への意見は全て削除お願いします。
    そうしていただけなければここでの辻褄が合いませんので。

    どう説明しようと対話を打ち切ると仰るのでしたら、終始お互い様ということになります。
    そうであるなら、一切今後私に関するコメントはここのサイトで行わないよう固くお断りしておきます。

    既にここをご覧の方で何らコメントも無いままの、何?人の方かが誤解したままで終わりかねないことを憂慮してのことです。
    決して私の保身のためではありません、誤解の無いように宜しくお願いします。
    以上お約束していただけるのでしたら今後一切ここへは書きません。

    ありがとうございました。

  143. ヒューマン殿
    >また、合わせて、私への意見は全て削除お願いします。

    何であんなたがそんな指示を管理人にするのですか?あなたへの意見なんてあちこちにたくさんあるんですから、それを全てピックアップして削除するのにどれだけの時間と労力がいるか想像できませんか。

    あなた、昨年ここに現れて締め出された人物と同一でしょう。そのときも同じことを言っていたのを覚えていますから。そんで、私も上記のようなコメントをしていますので。IPアドレスって、ルーターの電源落とせば変わりますので(正確には変わる場合とそうでないときがあります。変更される期間やタイミングというのは、契約しているプロバイダ次第です)、別人を装えるんです。

  144. 何で私が一方的に対話を打ち切ったかはっきり申し上げた方があなたの為かもしれないので最後に一言言っておきます。このコメントしたらもう二度とどんな反論をされようと私はもう応じませんのでシニフィエさんがあなたの勝手に出した条件を飲んで一週間後に削除されるかもしれません。

    あなたはまともに相手してくれそうな相手に対しては丁寧に対応しますが、横から意見を言ってきた相手に対してはとても戦闘的で嫌味っぽくて時には慇懃無礼でとにかく見ていて不愉快になるんです。しかも管理人でもないのに勝手に仕切ろうとする。
    いわれのない誹謗中傷なら反論するのは当然の権利だとは思いますが、あなたの場合は何というかそういう正当な反論とはどこか違う。何が違うかっていわれるとはっきりこうとは言えないからここまで決定打を打てずにズルズル来てしまった気がします。
    皆さんに日本語が通じないと言われたり無駄に文章が長いと言われたりしてちょっと気の毒に思った事もありましたが、実際に文章の意味がよくわからないところが多くて私は自分がわかるところにだけ対応してました。
    私は最初から何となくあなたの文章が虫が好かなかったので茶々を入れたのもあなたに対してというより、あなたの相手をしなくてはならない羽目になった卯月さんを気遣っての横やりでした。ところが私も何を血迷ったかあなたと対話することになってしまい、その途端あなたは急に私を持ち上げるような事を言うようになりましたのでこちらも社交辞令として丁寧に対応させていただきました。
    で、取りあえずこちらから資料を提示してあなたの意見を待ったものの中々お返事は頂けず。忙しいのかと思いきや他の方との応戦に血道をあげている。その時は『まぁ、横から色々批判的な事を言われるから反論したい気持ちはわからなくもないし』と軽く考えて答えをせっつかずにのんびり待ってたわけですが、あまりのあなたの暴れっぷりにシニフィエさんから対話の打ち切りをされそうになったら慌てて私への回答っぽい内容をコメントされた。私はそれを見て即座にコメント返したんですが、一旦シニフィエさんに止められたんです。あなたの態度を見てから対話を続けるかどうかを判断するという事で。そしてあなたは土下座せんばかりに謝罪したため何とか対話続行となったわけです。その時点ではあなたはまだ私への回答が中途半端でしたね。
    ちょうどお正月の期間になってました。私は家族が在宅なのでこちらからの長文のコメントは厳しい状況でしたので私からのコメントはお待ちください、と申しました。
    あなたは時間があるならここで回答の残りをコメントして下さっても良かったわけです。
    勿論、私の都合がよくなってからでも良かったのですがそれならそれであなたもコメントを休まれてれば良かったのに、他の方から意見を言われたことに対してまたしても不毛な言い合いを始めてましたね。しかもあの謝罪の後にも関わらず、相変わらずブログ主みたいな仕切りをして。
    あれを見たらもうサァーっと冷めちゃったんです。もう限界。嫌だこの人。気持ち悪い。
    臨界点を超えたんです。アレルギー物質と同じです。
    関わりたくない。
    あなたの文章が稚拙だとか長文が悪いとか全然思いませんが(自分も文章力ないので)文章の端々にあなたの人間性がにじみ出ている感じです。
    いくつか前のあの無駄に長い長文をみて確信しました。あれは完全にシニフィエさんを愚弄してましたね。あの書き起こし、何の意味がありますか?完全にイヤガラセですよ。
    あなたの思想信条にも賛同できないですが、それ以前にあなたの人間性が許容できません。ごめんなさいね、寛容じゃなくて。
    でもおそらくここであなたを受け入れられる人はもういないと思います。
    一週間楽しみにお待ちくださいませ。
    っていうか、勝手に条件付けて仕切らないでください!!
    ここはシニフィエさんのブログですから。

  145. 二郎さん、メガネさん、ありがとうございました。
    これでこのスレッドは終わりにします。

    ヒューマンさん

    >それを載せてから今週一杯載せてから、どなたからもコメント無ければ、お約束通り私のスレッドを削除お願いします。

    私はヒューマンさんのコメントを削除する約束はしていません。
    勝手なことを言わないでください。
    このスレッドを削除する気もありません。
    1月18日に私があなたへコメントした「お元気で」で最後なんです。
    昨日も言いましたがもう一度言います。
    私はこのブログの管理者として「このスレッドは終わりにします」と言っています。
    あなたはそれを覆す立場にありません。
    管理者の言うことを無視してまで言いたいことがあるなら自分のブログでと言ってもいます。
    このブログの管理者として申し上げます。
    もうここにコメントしないでください。
    よろしくお願いします。

  146. signifieさん

    以下は、ここでの、あなたの言葉です。

    >これ以上このように管理人である私の指摘を無視するのであれば、このスレッドの意味はありませんので削除させていただきます。

    騙したのですか、自己矛盾ですか、支離滅裂ですか。
    判断するのは読者です。

    コメントの削除は取り下げます。

  147. signifieさん

    他者の捨て台詞は許しておいて、対話を望むものの書き込みは許さないというのが、あなたの公正な手法なのですか。

    名指しで書かれたことへの返答を最後に、今週一杯でここから撤退することをお約束します。

    いろいろと学ばせていただき、ありがとうございました。

  148. signifieさん

    約2ヶ月という短い間でしたがいろいろとお世話になりました。
    いろいろ学ばせていただき、ありがとうございました。

    捨て台詞ととらえられようと、負け惜しみととらえられようと、ここで出来うることは、ほとんどさせていただきましたし、今ではもう清々しているぐらいです。

    名指しで書かれたことへの返答を最後に、ということで、メガネさん、二郎さん、ラザリスさん、satouさんへ、ここに書こうかとも思いましたが、ご存知かわかりませんけれども、下記のサイトに書き残しましたから、見たいと思えば見れますし、こちらへ重ねがきすることはやめました。
    (もちろん、このサイトへお呼び立てするつもりもありません。)
      *ttp://built-up.hatenablog.com/entry/2015/01/22/130829

    最後まで気づいてもらえなかったかもしれませんが、”あなたにとって都合の悪いこと”とは、これまで”あなたに賛意を示してた方が叛意を示し、或いは、示さなくても関心が失せ、静かにここを去っていく人が出ること”しかありません。

    私にとっては、ここであっても、どこであっても、対話の場において、都合の悪いことなどまったくありません。
    このことも、最後までお気づきにならなかったようですね。

    そうはなりたくありませんでしたが、どんな経緯であれ、いずれこういった結果になるだろうとも思っていました。
    スレッド削除であれ、アク禁であれ、今となっては私にとって何ら都合の悪いことはありません。
    何故なら、既に何度か述べたとおり、ここで書くことを一番の目的としてきた訳ではないからです。

    書き綴る中で感じてきたことですが、こうしたネットの世界の功罪の罪について、気づいていただきたいから、自らの非を認め謝罪しながらでも、ここでの対話の機会を途切れさせたくなかっただけのことでした。

    私は、ネットの世界もさることながら、もちろん現実の生活の場であっても、対話の機会として許されるなら、必要なこと、関心のあることに関し、私の方から対話の機会を閉ざすようなことをしたことはありません。
    そのスタンスだけは変えたくないから、ここまで執拗に対話を求めてきただけのことでした。

    何度かここで述べてきましたが、これまでの皆さんの労力が、一言で言えばもったいないと思うからであって、ここでの対話で、私が損をしたと感じることは何もありません。

    承認制をしいていながら、他の方に任せられない点が、かえってここが有名になれば
    なるほど、信頼性を保つといいながら、ご自身の首を絞めることになるということも、お気づきでなかったようですね。
    私は、この点も配慮してのことでしたと、手を変え品を変え示してきましたが、お気づきにならなかったようです。

    失礼ながら、元学会員だから学会のことはわかっているといいながら、結局、根本のところの理解、そして方向性を誤まっているから、こうした、気づきうることも気づけなかったのだと思います。

    卯月さんへは、何も最後の言葉を残せませんでしたから、この最後の機会に一言だけ残します。
    “少しの間でしたが、誠意ある対話をしていただき、ありがとうございました。
    せっかく純真に努力される方なのに、相手への誠意を示すための美辞麗句を、意せずしてでも、自身の保身のために使うようでは、こちらの皆さんの言葉に、いつしか騙されたと思う日がきますよ。” 
    とだけお伝えしておきます。

    あとは、これまでのように、あなたからの私への総括のお言葉をお待ちするだけとなりました。
    ありがとうございました。
    失礼します。

  149. ビビるくんさん、はじめまして。
    非公開のコメントありがとうございます。
    じつは他にも数名の方から同じような情報をいただきました。
    すでにヒューマンさんには「もうここにはコメントしないでください」と2度続けて言っておりますので、私としてはこれ以上彼のコメントを承認するつもりもありません。また、ここでアク禁になった者が集まって、ここの悪口を言い合っているみっともないブログで喜んでいることがわかって私もホッとしています。おそらく病んだ心に創価が入りこんでどうしようもなくなった例だと思います。

    私はヒューマンさんのコメントを承認しなかったことは一度もありませんが、彼は「例によって承認するかどうかわからない」などと言いがかりでしかありません。とにかく言ってることがメチャクチャなことは皆さんもよくおわかりだと思います。

    ということで、みなさんには長いこと不快な思いをさせてしまいましたが、このスレッドはこれで本当に終了します。みなさんもこのスレッドにはコメントしないでくださいね。
    これにて終了〜〜!

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