信じるということ

たとえば経済で考えてみますと、かつてマルクスは資本主義経済がいずれ破綻すると予言し、それにかわる理想的な経済の仕組みとして社会主義を提唱しました。それはとても理論的で、多くの人たちの心をとらえることにもなるのですが、結局のところ社会主義をとりいれた国の人々は競争心を失くし、情報も厳しく管理され、表現の自由もなく、もちろん経済は伸び悩み、多くの人々が貧困にあえぎ、さらに国際紛争を引き起こし、後発であったにもかかわらず、あっけなく先に破綻してしまいます。

マルクスは一時期圧倒的な支持を得ました。日本社会党や日本共産党がどのような関わりかは知りませんが、私が大学に入学したころは、すでに学生運動などはすっかり廃れてしまい「三無主義」とか「シラケの時代」などと揶揄されたものでした。私の少し下の世代になると「新人類」が登場しました。この頃になると、もはや学生運動とか、学生が思想を語るなどと言ったことは、完全に時代遅れのものになりました。学生が顔をタオルで覆いヘルメットをかぶり角材をもってデモ行進をする姿は、たんなる昔話になっていました。

高度経済成長のかけ声とともに60年代から70年にかけて、日本は激動の時代とよばれ、また創価学会をはじめとした新興宗教も盛んに広まりました。日本人が戦後の貧しさから抜け出して、科学の進歩とともに、幸せな時代がやってくるかのように、日本全体が夢を見ていた時代です。それがオイルショックを皮切りに、どんどん崩れさります。政財界の汚職が表に出るようになり、一時的な狂乱バブルは、結局日本経済をどん底に突き落としました。

私たちは何かを信じて、明るい夢をみようとして生きてきました。マルクスの思想に理想の社会を夢見た団塊世代の人たちも多いでしょう。あるいは北朝鮮に楽園のような生活ができると信じて移住した多くの人たちもいました。あるいは創価を信じて幸せになろうとした多くの人たちがいたんです。しかしそれは他の新興宗教と同じように、組織的な詐欺だったのですが、あの高度経済成長期の日本人は、疑うことを知りませんでした。原発導入にしてもそうです。核開発によって、私たちは無限のエネルギーを手に入れたかのような錯覚をしていました。まさに鉄腕アトムに描かれたキラキラと輝く未来世界がいずれ現実のものになるんだと、たいへんな思い違いをさせられていました。広島・長崎に投下された原爆によって、日本人はたいへんな核アレルギーを持っていたのですが、アメリカの言うとおりに動いた政府は、マスコミを抱き込むことによって、原子力が安全で夢のようなエネルギーだということにすり替えられました。そして原子力ムラの実態はみなさんご存知のとおりです。

創価学会は、単に会員をだまして小銭を巻き上げるだけのチンケな詐欺集団ではありません。もっといろんな権力や利害と結びついた戦後最悪の犯罪集団です。しかしそれに真正面から立ち向かっても、私たちのような一般市民はまったく太刀打ちなどできようはずがありません。

私たちは、原子力発電が未来になくてはならない安全で素晴らしいエネルギーだと教えられてきましたよね。また、いくらかは危険な部分もあるが、いまさら原子力なしでは生きていけないのだと思い込まされてきました。しかしあの東日本大震災での原発事故によって、私たちは原子力が安全どころか、まったく人間の手には負えない、とんでもなく危険なものだったということを思い知らされました。ああしたとんでもないことが起きる前までは、私たちは多少危険かもしれないが、それは必要悪だなどと、知ったかぶりをしていたものです。しかし現実は違いました。私たちは核を制御する技術などないという現実を目の当たりにしました。それと同時に、私たちは政府や企業やマスコミから完全に情報を操作され、騙されつづけていたことにやっと気づくことができました。それはあの未曽有の大事故の衝撃はもちろんですが、インターネットの普及によって、情報が操作されづらくなった時代に突入したということも大きかったでしょう。

さて、創価学会の思想が正しいと信じ込まされてきた学会員も、ちょうどそれと同じだったんだということがわかりますよね。福島の原発事故がなければ、私たちはまだ原子力に依存する社会を当然のことと思わされていたでしょう。創価の場合は大事故こそ起きていませんから、まだ創価を信じて、組織の言うがままに動かされ搾取されつづけている会員が何百万人もいるわけですが、やはりネットの普及によって、創価の実態が隠しようのないものになった結果、今のように会員数や活動家の数が激減しているとみていいと思います。

このブログを訪れる方のほとんどは、創価は正しいと信じていたにもかかわらず、なにかをきっかけに「おかしい」と感じることができ、さらにネットの情報によって、自分が感じた「おかしさ」が間違いないものだったのだと確証を得られるような時代になったのだからだと思われます。

何かを信じるということは、とても崇高な人間の精神のはたらきであるとは思いますが、それでも「何を信じるか」によって、その人の幸不幸が完全に分かれてしまうものだとも思います。信じることに理屈は通用しません。理屈だけでは信じることは不可能です。逆に言えば、理屈にならないことだからこそ、信じると言う行為が成立するのだと思います。戦後の高度経済成長期の日本人のほとんどが原子力がすばらしいエネルギーだと信じ込まされてきました。それは誰もが理屈で納得したわけではなく、なんとなく雰囲気で思いこんでしまった。信じてしまったからです。しかしふたを開ければ、それは一部の人間の金と権力のために操作されたあやまった情報でした。創価学会もまったく同じです。高度経済成長期に、幸せになれる最高の信仰だと言い聞かされて、まったく疑うことなく活動に邁進してきた創価学会員は、原発が安全なエネルギーだと騙されてきた日本人と同じ構造を持っています。そして同じようにネットの情報によってその真実が明らかにされるようになりました。

ご存知のように、日本は人類史上最悪の原子力事故に会い、今なおまったく解決の方途さえ見出せないにもかかわらず、全国の原発を再稼働に向けて動いていますし、これからも原子力発電が日本のエネルギー政策の柱にしていくと明言しています。また日本の原発技術を海外に輸出するために、私たちの税金を原子力の海外輸出のために湯水のようにつかい、原発関連の大企業が精力的に売り込んでいます。一方で選挙で国民の支持を得たとして、政府はさっそく年金の削減や医療費保険の削減を指示しています。そうした自公政権を支持しているのが創価学会であることを学会員さんはどのように考えているのか、私にはさっぱりわかりません。自分で自分の首をしめていることがなぜわからないのか、不思議でなりません。しかし、それも「信じる」という人間のいわば「落とし穴」なのだと思います。

創価学会の会員さんは、創価の信仰にまちがいはないと信じています。外から見れば、誰もが簡単にわかるようなとんでもない詐欺行為なのに、それにも気がつきません。それは「信じる」という一点において、完全に意識を操作されてしまう人間の弱さでもあると、つくづく思います。オレオレ詐欺があとを絶ちません。子どもや孫を思う優しい気持ちを利用した悪質な詐欺です。被害者は加害者の言葉を信じて疑いません。端から見れば「そんなのなんで信用するんだよ。どうかんがえてもあり得ないだろ」というようなことでも、当事者にしてみれば、かわいい子どもや孫の一大事です。疑うような気持ちの余裕などありません。そうした人の善良な信じる心を巧みに利用したのがオレオレ詐欺ですが、学会員さんが創価が正しい信仰であるということを信じて疑わないのも、ほぼ同じだと思います。当事者は「幸せになりたい」という純粋な気持ちでいることはよくわかります。だからこそそこに疑う気持ちを排除し「幸せになれるのなら、頑張ってみよう」と思ってしまうんですよね。

さて、長くなりましたが、今回のテーマは「信じるということ」です。
なんだか美しい響きのことばですが、場合によっては人を不幸のどん底にまで落としてしまう恐ろしいことばでもあります。
いま一度、みなさんといっしょに、この「信じるということ」の素晴らしさと恐ろしさの両面を考えてみたいと思います。
そして学会員のみなさんが信じていることとは何なのかということを、あらためてはっきりとさせることができればと思います。

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信じるということ」への72件のフィードバック

  1. 非会員のあかりです。

    もうすぐクリスマスですね。
    子どものころは、親が枕元に本やおもちゃをそっと置いてくれて、朝目覚めた時「サンタさんがきてくれた!」と純粋に喜んでいました。

    今は立派なオッサンになった弟に、
    「いくつくらいまでサンタさんを信じていた?」
    と聞くと、
    「けっこう大きくなるまで信じていた。家には煙突がないのに、どこから入ってくるのか不思議だった。」
    と真顔で答えるので、親と爆笑しました。

    弟はとても純真で真面目な男です。

    信心深い祖父母と一緒に暮らしていたので、神仏に手をあわせることは私たち姉弟の日課でした。

    弟は、近所の神社へもひとりでよくおまいりに行ったり、道端のお地蔵さまには欠かさず手をあわせたりする子どもでした。

    それが、親も私も気がつかない間に学会に入ってしまいました。
    当時、弟は未成年。
    学校の友だちに誘われたようです。

    今の弟は学会のことをまるまる信じています。
    いつか覚醒してくれるように願っていますが、それはサンタクロースの思い出のようにはならないでしょうね。

    辛いです。
    でも、対話を続けていきたいと思っています。

  2. あかりさん、辛い気持ち お察しいたします。いつの日か 弟さんが、このブログに出会われ 静かに創価学会からフェードアウトされることを、心より願っております。真心からの対話を続けていかれる限り、その日は必ず訪れるものと信じております。

    テーマについてですが、signifieさんも述べられていたように、創価学会が明日から イワシの頭に念仏を唱えることに会則が変更されても、異議はありません。何を信じて生きていこうと、本人の自由だと思います。
    ただ、繰り返しコメントしているように、他人の宗教感や人生感を否定し、時には強引な勧誘をしながら会員を増やし、金儲けの材料にすることが問題だと思っているのです。
    「広宣流布」なるものに、お金がかかるといいながら、収支報告もなしに税金を免れながら、物凄い金額を集めているのです。
    そんなに素晴らしい宗教なら、給与を貰う職員など廃して、全てボランティアでやればいいのです。実際、創価ピラミッドの底辺付近の人間は、新聞配達や会館任務など、ボランティアでやっています。なぜ、その方針をピラミッドの上部まで貫かないのでしょうか?
    財務や学会活動は、真心から行うべきだという活動家の意見もありますが、実際の組織ではそうしたキレイごとではすまされない事実があります。
    自分が活動していた頃も、そうした現実に日々遭遇していましたし、このブログのたくさんのコメントを読ませていただくなかでも、そうした事実は確認できます。
    何かを信じることは 本来自由ですが、それは他人の迷惑や不幸を犠牲にしてまで成り立つものではないのです。

  3. あかりさん
    マインドコントロールから
    抜けるのは本当に至難の技です。
    でも現に抜けれた人がたくさんいるのも
    事実ですので希望を持って下さい。
    私は自力で7年程掛かりました。
    こんなに良いブログに出会えていたら
    もっと早かったでしょう。

    学会員は選民意識が植え付けられています。
    爪上の土 と言って
    広大な砂漠に手を入れて
    上げたときに爪の上に乗っている土。
    こんな僅かな人しかこの宇宙一の仏法に出会えない。
    出会えて信じることが出来るわたし達は
    本当に稀有な素晴らしい存在なのです、と。

    なので財務や選挙も自責。
    喜捨の精神でしてました。
    そのようにマインドコントロール
    されているんですから。

    覚醒したら、なんてアホなと(*_*)

    弟さん、自ら疑問に感じて
    調べてみようと思うように
    もっていけたらいいですね。

    私の親は全く聞く耳がありません。
    辛い親子関係です。

  4. あかりさん、はじめまして。

    現役の、活動家と言われる学会員です。

    純真で真面目な弟さん、だからサンタさんを疑問に思いながら信じてた。
    学会とはまったく関係のないことですよね。

    信心深い祖父母と一緒に暮らしていたので、神仏に手をあわせることは姉弟の日課、
    これもこの時点までは学会とは無関係です。

    近所の神社へもひとりでよくおまいりに行ったり、道端のお地蔵さまには欠かさず手をあわせたりする子どもであったということも、同様です。

      >それが、親も私も気がつかない間に学会に入ってしまいました。
      >当時、弟は未成年。
      >学校の友だちに誘われたようです。
    未成年、このことは問題だと思います、弟さんに言えなければ、そのことを書いて弟さんを通じてでも、何らかの対応を検討してもらうよう、他の学会員にお伝えください。
    組織においても、未成年の方にはきちんと保護者の方々の了承を得ることになっていますから、お話したにも関わらず理解いただけず、それでも尚、弟さんが反対を押し切って、或いは内緒にしてならあり得ることですが、通常はあってはならないことです。
    (ここで何を言わんとしているかはご理解いただけますね、結婚を親に反対されかけおち同然に一緒になったような状況です。)

    その結婚の例えをそのまま流用しますが、反対を押し切ってまで結婚を選んだ弟さんが、サンタクロースの思い出のように、純真で真面目な弟さんが、その人と別れる、それを覚醒というのだと思いますか。

    言葉の使い方、目的をあやまることにも問題があると思いますが、とらえ方を誤まると今回のようにとんでもなくずれた結論を招くことにもなりかねないんです。
    身内の出来事だから、尚のこと辛いという心情はわかりますが、とらえ方の誤りに気づかかなかったために陥っている心情でもあるということをきちんと整理してお考え下さい。

    先の方の、信心深いとされた部分の年代も、学会とは何ら無関係、にも拘らず、疑問に思いながらも純真に信じていた。
    ここではとりわけ学会のことを一番の問題としてとりあげられてますが、他宗も同様のようにとも示したり、疑問に思いながらも純真に信じていた、そのことを、学会が利用して刷り込んだ、それがマインドコントロールだとも主張されています。
    そしてそれは簡単には解けず、だから活動家の学会員には何を言っても通じないという論調なんです。

    それでは、サンタさんのこと、神社や信心深い祖父母からの影響、これも刷り込まれたマインドコントロールということになってしまいませんか、そこに学会は何ら登場していないにも関わらず。

    おわかりになりますか、学会がどうのということではないんです。
    今回のご意見を用いて説明してみましたが、きちんと物事をとらえていかないと、いつの時代においても、どこまで行っても、自身がすべきこと、考えるべきことを見誤りかねないんです。

    さらにネットの情報によって、自分が感じた「おかしさ」が間違いないものだったのだと確証を得られるような時代になった、貴方はそう思いますか?

    受け止める側の理解の仕方によって、受ける心情はどうにでも変わってしまいかねませんし、それが果たしてどこまで真実なのか、まして、誰でもがほとんど何の制限もなく提示できるネットの世界において、それをもとに誰が確証を得たなんていえるのでしょう。

    信じるということもそうです。
    物事そのほとんど全ては、両刃の剣なんです、使う側、受け取る側の、目的、考え、心情によってどちらにもなり得ることなんです。
    だからこそ、その使い手、受け取り手の、心の方向性、そしてその奥深い部分に当たる生命を磨き高めることが大切であって、そこが、遠回りに見えたとしても、あらゆる問題を根底から解決するには、その点を外しては付け焼刃であったり、いたちごっこにしかならないからです。
      
    創価学会の会員さんは、創価の信仰にまちがいはないと信じています、そして組織の中においても、
    関わりのある範囲において、疑問を感じたことは提起確認し理解を深め、問題と思うことにも、提起し確認し解決に向けた努力をしています。
    外から見れば、誰もが簡単にわかるようなとんでもない詐欺行為、一部にあったとして、そこに関わるか方々しかわかりようもないことなんです。
    そこに関わるか方々しかわかりようもないこと、これにしても、何ら学会に限ったことではなすことはご理解いただけますよね。
    “外から見れば、誰もが簡単にわかるようなとんでもない詐欺行為”、中から見たのであればその場で提起すればいいことですし、外からしか見れないことだとしても、誰もが簡単にわかるような、ことなのですから気づかないはずもありません。
    そしてこれも、そこに関わるか方々しかわかりようもないことなんです。
    それが何故、”ネットだと確証を得られる”ということになるんでしょう、であるなら、とっくに事件になり結論が出るのもそう時間はかからないはずです。

    なのに、なのに、それにも気がつきません、としています。
    そこに関わるか方々しかわかりようもないこと、そして、”ネットだと確証を得られる”ことであっても、事件になり結論も出ていないとしたら、それが「信じる」という一点において、完全に意識を操作されてしまう人間の弱さでもあると、いうことに通じると思えますか。
    だとしたら、ネットが意識を操作しているということにも通じかねないことで、これは先に述べた両刃の剣の一端と言えると思います。

    この点もそうです、両刃の剣の一端といえます。
    オレオレ詐欺は、子どもや孫を思う優しい気持ちを利用した悪質な詐欺です、ですが、既に述べたとおり、疑う気持ちを排除して考えてはいないことは、先の説明でもご理解いただけるものと思います。
    なのに、疑う気持ちを排除しているから「幸せになれるのなら、頑張ってみよう」と思ってしまうと解釈されています。
    たった一つの決めつけで、こうまで結論の理由が摩り替わってしまうんです。

    弟さんにここを読ませてあげてください、そして、まずは、学会がどうのというのではなく、そして事実としてここで説明されていることをどう解釈することがお二人にとってどう大切なのか、そこのところをよくよくお考えになり話し合ってみてください。
    こういうところであれこれ心情を述べることも一つの息抜きにはなるかもしれませんが、お二人だけで心配なら、あかりさんに賛同されている親御さんを交えてでも、あかりさんが信頼する方を交えてでも構いません。
    本音で面と向かってお互いを信じて対話をすることが、あかりさん、にとって一番の近道であることに間違いはないと思います。

  5. 信じるということ…
    それが続けられなくなり、手放すより仕方ない現実を知ったとき、
    どんなに辛かったでしょう……
    全否定したり、もう思い出さないようにしたり、辛かった。

    そんな中で、こちらの場に出会い、
    管理人さんの言葉にあれっ?と光をもらい、
    いろんな皆さんがそれぞれの立場で、
    同じように悩みながらもそれからの人生を送っている
    現実を知って、どれほど勇気づけられたことか…

    いまではもう私が忘れかけている御書や教学等を、
    みなさんが明晰な言葉でやりとりされているコメントを見て
    ああそうだった、と思い出すのが辛いことばかりではなくなったのです。
    とても楽になったのです、ありがとうございます

    最近またあらたに思うようになった、
    静かに辞めるためへの私なりのキーワード
    勇気それから柔軟性…だと思います。

  6. 今回は公明ではなく民主に投票しました。

    最近のこのブログを見ていると
    どんどん学会が嫌いになっていくようです。
    こんな人間にはなりたくない人格に
    学会を狂信していると陥ってしまうようですね。
    典型的なサンプルを見られて良かったです。
    まともな精神も創造力も他を思いやる
    心も失ってしまうのですね。
    独善的で排他的な思考。
    恐いです。
    こんな人間にされる前に気づいて良かった。

  7. ネットを介してこのブログで対話を試みているにもかかわらず、ネットの情報があてにならないとか言っている者がおりますが、テーマに即してコメントするならば、ネットの情報をあらゆる側面から吟味し、検証し、真実であると「信じる」ならば、問題ないと思います。
    創価学会がネットの情報を基に詐欺団体だと気が付き、覚醒し、「他人に迷惑をかけることもなく」、洗脳から開放され、幸せを実感しながら平和に生活できているなら、OK だと思いますが。
    ですよね!? kickeyさん。

  8. うわあ〜。。魑魅魍魎の蜘蛛の糸を張り巡らし始めたわあ。。☆*:.。. o(≧▽≦)o .。.:*☆

    あんまり膿を広げんといてやあ〜。。
    ここの場が腐っていくさかい。。

    貴方の言動を静かに観察させてもらいますわ。。非常におもろいですわ。。^_−☆

  9. ゾリさん、お久し振りです。お元気でしたか?
    あかりさんの弟さんは、駆け落ちなどされてないのに、失礼で非常識な例えのコメントを寄せてくる神経が理解不能です。
    ゾリさん、気が付かれて良かったです。
    相変わらずの、ピンぼけ写真のような、ファンベルトの弛んだ車のような、的を得ない、意味不明のコメントを読むのは悩ましいことではありますが、このようなコメントが、創価学会の活動家の異常性の証明になっていることを ゾリさんのコメントにより確認できました。
    ゾリさん、ありがとうございます♪

  10. ゾリさん、良かったです。。(((o(*゚▽゚*)o)))
    多分、ゾリさんがここに書き込まれた時から既に自分の中で答えは見つかっていたのかもしれないですよね。。
    そしてそれは亡くなられた彼女に導き出されたものかもしれません。。

    彼女さんがあなたに自身が創価学会員であると言えなかったのは、きっと彼女の中にも創価学会に対して疑問があったのではないか?とわたくしはゾリさんのコメントを見て即座に察しましたよ。。

    もう、充分に供養はされたと思います。
    どうか、止まってしまった自分の人生の時計をこれからまた動かせて行ってくださいね。。
    彼女も、きっとそのことを心から望んでいると思います。。

    あなたの心の傷が癒されるには、まだまだ時が必要かもしれませんが。。
    大丈夫ですよ。。

    わたしは25年かかりましたが、じつは今日もまた思い出してしんみりしてしまいました。。
    でも、それが人生。。ですものね。。
    *・゜゚・*:.。..。.:*・'(*゚▽゚*)’・*:.。. .。.:*・゜゚・*

  11. 私も結構長い時があるけど、誰かさんのびっくりするほどの長文にびっくりして、
    ここのテーマにコメントする気力を失ってました。その直後に投稿したくなかったので。
    でも、宝星さん、ゾリさん、ラザリスさんのコメントの後なので、投稿します♪
    宝星さん、こまったことがあれば一緒にここで話していきましょう♪
    私もまだまだ覚醒したとはいえ、今までのいろんな思いが抜けなくて悩むときがあります。
    そこでみんなのコメントが心強いですから・・・。柔軟性・・・大切ですね。創価にいたら柔軟性と言う言葉は無縁ですもんね。誰かさんのように・・・・。

    ゾリさん、私も同じ党に入れました。どうしてよいかわからなかったのです。浮動票と言う体験を初めてした気がします。最近活躍(?)している活動家さんを見て、ゾリさんは嫌になられたのでしょうか?私はそうではないかなと思います。本当に、ゾリさんのおっしゃる通りだと思います。反面教師という言葉が当てはまるかどうかわかりませんけど、そのように思ってらっしゃるのかな??あのかたをみて・・。
    ラザリスさん、そうですよね~。ネットが信憑性ないなんて思うなら、このブログでのみんなの書き込みで反論したり、説教したりしなければいいんですよね。信憑性ないんでしょ?ネットはダメなんでしょ?
    しかしネットであれだけ時間かけて書き込みしてるって・・・。創価の活動って、今は冬休みですか?
    ここに集うほとんどの人たちが、ネットや書籍で、確認していろんな方面から検証して今に至ってます。ネットだけじゃないですよ。自分の実体験もありますし。実体験と、ネットといろんな本を総合して検証すれば、なまじっかネットや本での話も「デマ」じゃあなかったんだな~って結果です。何か文句でも?信じるってそういうことですよ。何を信じるかはその人の自由ってこと。で、何も活動家さんをやめさせるとか、そんなこと、ここのブログはしていません。なので、対話と称して「説得」に来たのなら、お門違いです。私たちは誰にも迷惑かけず、一線を引いたんです。それだけですけど、何か?
    ラザリスさん、そうですよね~♪前テーマでのラザリスさんへのあのかたの書き込み返信が私にもあまり理解できませんでした。なにこれ、って思ったのは私だけじゃなかったんだ~。わはは。

  12. >創価学会が明日から イワシの頭に念仏を唱えることに会則が変更されても、異議はありません。何を信じて生きていこうと、本人の自由だと思います。
    >何かを信じることは 本来自由ですが、それは他人の迷惑や不幸を犠牲にしてまで成り立つものではないのです。
    ラザリスさん、その通りだと思います。

    生命論に文句があるわけじゃないんです。
    それを素晴らしいと思って信仰なさるのもいいんです。
    「生命論を信じないからといって蔑視する、非難する態度が」迷惑なんです。
    どうして人に迷惑かけずに信仰できないんでしょうね。

    >こんな人間にはなりたくない人格に
    学会を狂信していると陥ってしまうようですね。
    典型的なサンプルを見られて良かったです。
    まともな精神も創造力も他を思いやる
    心も失ってしまうのですね。
    独善的で排他的な思考。
    恐いです。

    ゾリさん、率直なコメントに同感します。
    本来はこのように思われないために信仰があるのではないのでしょうか?
    なぜ信仰者でありながらこう思われてしまうのでしょうか?

  13. 宝星さんの仰る通り、覚醒するためにはまず勇気
    勇気をもって一歩踏み出すことが大切だとつくずく思います
    勇気がなければ何も始まりません。どうか創価に疑問を持ちこのブログを覗かれている皆さん
    罰など微塵もないのですから勇気をもって、このブログに参加してください
    早ければ早いほど人生の立て直しが早くできること間違いなしですよ

  14. ちょっと失礼します。
    寝る前にひとこと、ふたこと。
    >関わりのある範囲において、疑問を感じたことは提起確認し理解を深め、問題と思うことにも、提起し確認し解決に向けた努力をしています。

    していません。
    創価の都合のいい方向になる場合だけ、そういう質問の時だけ解決しようとします。しかし都合の悪い質問にはスルーし、質問した人を悪者にします。(実体験ですので。ネット情報ではありません!)
    まったくもって慈悲のない団体です。

    >外から見れば、誰もが簡単にわかるようなとんでもない詐欺行為、一部にあったとして、そこに関わるか方々しかわかりようもないことなんです。

    外から見れば誰もがわかる詐欺なら、みんなわかるじゃん! なぜ、「そこにかかわる方々しかわかりようもないことなんです」に続くんでしょう。
    意味不明。

    >そしてこれも、そこに関わるか方々しかわかりようもないことなんです。
    それが何故、”ネットだと確証を得られる”ということになるんでしょう、であるなら、とっくに事件になり結論が出るのもそう時間はかからないはずです。

    おめでたい人ですね。
    皆様からの真心の財務は、報道機関、公的機関の最高部(警察の最高部含む)に、口止め料として、そして聖教新聞の印刷は毎日新聞社など、外部に印刷を頼んでいる。「創価学会~♪」のCMを流して、広告会社に儲けさせる。わかりますか?創価はいろんなところのお客さんになってるんですよね。お客さんの悪口、記事にできますか?警察や最高裁の中にも創価はいますし、そうやってあらゆる機関を創価で固めよう!と、創価王国にしようと過去の会合で池田老人が言ってるじゃないですか。知らないんですか?記録に残ってる指導ですよ。総体革命とか言ってましたね。その本も読んでないんですか?学会の本で載ってると思いますよ。それとも最近は都合悪いから絶版になったのでしょうか?
    もう一つ、公明が与党として自民と組むのもいろんなことの口止め、揉み消し対策です。

    これ以上書いていたら朝までかかる。ここで止めておきます。
    こんなこと、こちらのブログに今までたくさん書いてますよ。記事、読んでないのですか?実際これを知っている人からの情報筋ですから、うそではないでしょう。
    読んでからコメントしてね。

    とにかく、言ってることがまったく意味不明ですけど、
    ここに集う皆さんどう思いますか?
    私はある人の文章の感想を述べてるだけですので。返信のコメントは結構ですので。

  15. 私が信じる事が難しくなったのは、先生の為に!先生にお応えできる人材に!と言っていたわりに

    あれ?会ったことないし、そもそも知り合いでもなくない?
    どんな人なのか、実は知らなかったんですよね。
    ほとんど私の幻想というか想像というか、ユートピア?みたいな憧れを投影していたのかもしれないですね。

    あとは、日蓮仏法に根拠を感じなかったところです。
    これは青年教学一級を合格したにも関わらず、勉強しても根拠が見当たらなかったところです。釈迦の教えも、どこまで正確に伝わっているのか?とも疑問を持ちましたし…だって、インドから中国語に変換された時、あの時代背景で正確になんて出来るの?それにそこから日本語でしょ?それに伝言ゲームでしょ?現代でやろうったって正確に伝えるの厳しいんじゃないかなって思う。
    それに日蓮の独断的な解釈な訳ですよね。さらに曲解されてる気がしてならないです。

    あとは、日蓮の人格を違う方向から感じてみたときに、さらに冷静になってしまった感じです。一言で言うと、怖い人だわ…。
    自分の上司には絶対したくないタイプ。現代に置き換えて、さらに身近に置き換えて考えたら、激し過ぎて、何かの事件に私も巻き込まれそうだわ!と思いましたね…。

    中から問題提起?
    しましたよ、私。
    でも皆んな口をそろえて、先生は寝る間を惜しんで会員の為に…って、だから、あなたそれをリアルタイムでずっと見てきたのかい?って感じなんですけどね。

  16.  >「生命論を信じないからといって蔑視する、非難する態度が」迷惑なんです。
    申し訳ありませんが、そうした方へ直接言ってあげて下さい。

    どう解釈されたのかももう結構ですが、少なくとも、私は、生命論を信じないからといって蔑視する、非難などしておりません、とらえ方の違いを述べているだけです。
    また、生命より生命論の方が大切だなどと思ってもいませんし、述べてもいません。

    安易に賛同を求め人を頼り、尻馬に乗らないと自身の考え方に自信も持てない方が何人かおられるようですが、
    『ネットを介しての対話にはその人の心が反映されます。 そして、ネットの情報には意図はあっても心は必ずしも反映されません。 それは単に画像や映像を並べたものであったり、真偽もわからない説明が加えてあったするからです。
    にもかかわらず、ネットの情報をあらゆる側面から吟味し、検証し、真実であるという作業自体、人間の能力の限界を越えてしまいかねないことがあるということも少なくないと思います。』
    それが出来ないまま、そして「信じる」ならば、その結果において、それは鵜呑みにしたということと大差はないとこになってしまいます。 
    それでいながら問題ないなどと、ご自身だけならまだしも、そこからの更なる誤認識も含め、他者をも巻き込みかねない、こうした無法地帯とも言える場で発言することの罪は計り知れず、私には恐怖にさえ思えます。

    また、ご覧になる方々にも対比させてわかり易いようにと、こうした手法で説明すると、ことの本質をまったく無視しておきながら、挙句の果てには問題のすり替えだとまで言いはじめる方まで出てきかねません。

    以上『』の部分の内容を、客観的に理解できるごく普通の方ならば、”創価学会がネットの情報を基に詐欺団体だと気が付き、覚醒し、「他人に迷惑をかけることもなく」、洗脳から開放され、幸せを実感しながら平和に生活できているなら、OK だと思いますが。”という結論付けに、ならないことが、広く公の場で評価を得てご活躍されている方々には何の説得力もない文章と映るでしょう。

    ご覧の通り、これも、あくまでも、事実として一人の感想であり意見ですが、どちらが納得しうる説明なのかは、退転された方、退転しようとしている方(退会も含め)と、外部であっても学会に不信感のある方、そして学会員、それら以外の方々に判断していただくしかないということになります。
    そのいずれも、お互いに先入観や偏見があるとして譲らないのであれば、それは自明の理です。

    対話の場としていながら、さっさと追い出すのも一つの方法でしょう、招き入れて一方的に意見を述べるのも方法でしょう、理解しあおうという前提で述べるのも方法でしょう、何点かの方法も実際に行わせていただきました。
    そういう意味では、場を提供していただいたことに感謝していますし、自分の立場に置き換えて学ばせていただいたとも言える訳ですから、その点にも感謝しています。
    その上で、ほとんどの方が何ら歩み寄ることなく、しかも歩み寄って対話に臨もうとしているものに対して、再三述べてきたとおり、無視と文句がほとんどでした。

    ほとんどを文字でしか表現しようのない、まして相手の表情の見えない、こうした場での表現方法に配慮することの必要性だけでも理解していただけないのでしょうか。
    ほんの何日間しか見たり書いたりしているわけではなく、何名かは、3年以上対話をしてきたのでしょうから、何を言わんとしているかぐらいわかっていただけませんか。

    おそらく、もうお忘れの方、或いは全然知らない方々ばかりなんでしょうね、自己紹介の中で、”創価学会応援隊や創価仏法研鑽板で主に議論などしていた”と述べていたことを覚えてますか。
    それぞれのサイトの是非までは述べませんが、数年間そこでの、十数名の方々とのやり取りで、その仲には実際にお会いしたり、いろいろな経験をし、ネットの功罪も嫌というほど経験しました。
    同志どおしでありながら、たった少しの誤解からまったく意に介さない結果を招いてしまうこともありました。
    私からすると、そうした苦い経験は皆さんにもしてもらいたくはなかったので、時間をかけてでも、そうしたことも感じてもらおうと、工夫を重ね書き綴ってきましたが、どうやら、問題のことの本質にまで至ることなく、この場での対話は終焉を迎えそうな雰囲気ですね。

    これでは、私にはどうしようもありませんよね、何らリンク先や他からのコピペさえ使用せず、ほとんど自分の言葉で説明してきたことに対し、理解できない、意に介さない、それだけでスルーしたり、馬鹿にしたような表現したり、冷やかしたり、感情あらわに、書いていいものかとご自身の書き込みにそう感じながら、エイやで送信されたり、ヒステリック丸出しの表現をしてまで、対話を避けてこられたのですから。

    主催者の方へは、自らも約束したことですし配慮いただいたことへは誠意を表していきたいと思いますので、引き続き対話をさせていただきますし、卯月さんとも、その誠意が目頭が熱くなるほど伝わりましたから、きちんと対話を続けたいと思っています。

  17. メルシーさん

    なるほどね。
    また”皆んな”ですか。
    安易な問いに誠意を込めて返答するまでもなかったということですね。
    ありがとうございました。

  18. 信じると言う事

    私達は実際に原発事故に遭遇し事故後の対応も含めてその怖さ(原発の怖さはもちろんの事ですがそれを推進したり隠蔽したりする国家の怖さ)を知ってしまったのです。
    今回の福島での事故が起きるまでは原子力というものは完全に科学の力でコントロールされていると信じて疑わなかった私達です。
    「信じる」とはこの程度のものなのです。
    昔の人は「人を見たら泥棒と思え」とまで例えました。石橋を叩いて渡ると言う諺もあります、石で出来た橋でも壊れる時は壊れると言う事なのでしょう。正に道理です。

    自分には信念があり自分の意思で信じてきたのだと、何も疑う事さえしなかった事が実は信じさせられていたという事象はかなり多いと言うことに気付かなければなりません。
    回りくどい言い方でしたが信じると言う事は騙されると言う意味に非常に近い事なんです、そして信じたものには依存してしまう危うい一面があります。
    先ずは疑問を持つ、これは大切な事です、だから私達は調べるのです
    とは言っても自分の直感が半分ぐらいで、後の半分を埋めるためにネットで検索する、口コミを調べる、他人の意見を聞く、誰かに相談する
    様々な過程を経て自分の直感に納得が出来たなら 「信じる」と言う結論に辿りつくわけです。
    創価学会はどうですか?
    誰かに折伏され、これしかない!と直感だけで誰にも相談もせずに入信してしまった人の割合が多いのでは無いでしょうか?
    もちろん自分を信じるのは大切です、ただ自分の指標は何かと考えたら意外と直感だけだったり、単なる思い込みだけだったりします。
    「信じる」とは素晴らしい言葉です、しかし騙されると同意語であると私は考えています。

  19. メガネさん、親切で解りやすいコメント ありがとうございました。当時の公明党のイラク侵攻加担の様子が良くわかりました。
    Hさんは、このことに関してのソース提供を要求されましたが、そもそも 真実を求めて さんが、繰り返し繰り返し、ソースを提供されながら対話されていたはずですが…。これも 誠実な対話を求める姿勢ではありませんね。
    あと、このブログに参加するにあたって、自らのコメントを投稿する際に いちいちその根拠となるソースを添付する義務はないと思います。
    (そのコメントが、個人の名誉や著作権などを侵害していると明らかに解る場合を除いて。)
    他のコメントに関し 疑問があり、間違っていると判断したなら、その人間が 証拠となるソースを提示すればいい話だと思います。
    さらに、内部検討資料の件ですが、社外秘資料とは明らかに意味が違います。社外秘資料は、その資料が外部に漏洩した場合に、その会社の営業や利益に損害がもたらされることを懸念してのものであり、その場合は 漏洩させた本人が会社から処分されるべきものです。
    一方、創価学会の内部検討資料は、主に選挙関連の資料だと思いますが、漏洩した場合 公職選挙法などに抵触することを懸念して作成されたものであって、むしろ創価学会の選挙対策の違法性が問題あるのです。
    外部にバレたら警察にパクられるのを怖れるなら、そんな危ない資料など作成せずに、正々堂々と選挙活動すればいいのにと思いますが。

    最後に、イラク侵攻加担の立役者二名、良心の呵責のストレスからか、一人は早死に、あとの一人は重病をかかえて闘病中とのことです。
    勲章集めが趣味のトップのじいさんは、天皇陛下と自分しか食べられない超高級メロンを食べ過ぎて あのざまです。
    片や、トップのじいさんと同い年の近所のじいさんは、芋と豆を食べながら寒風の中 4WDの軽トラックに乗りながら、畑の冬支度におお忙しです。
    「じいさん、元気がいいなあ~。」
    「何を言うか、若造。人生これからじゃわい。」
    ってな具合です。
    人間、生きてきたようにしか 死ねません。

  20. >安易に賛同を求め人を頼り、尻馬に乗らないと自身の考え方に自信も持てない方が何人かおられるようですが

    は?みんなここに来る人は自分の意見持ってますよ。自信なく右へならえするのは、創価の会員でしょ。自分の意見を持ってるから覚醒できたんですわ!思考停止の会員とは違うのでね。

    >そして「信じる」ならば、その結果において、それは鵜呑みにしたということと大差はないとこになってしまいます。 それでいながら問題ないなどと、ご自身だけならまだしも、そこからの更なる誤認識も含め、他者をも巻き込みかねない、こうした無法地帯とも言える場で発言することの罪は計り知れず、私には恐怖にさえ思えます

    このご意見、そっくりそのまま、創価の方々にお返しします。

    >以上『』の部分の内容を、客観的に理解できるごく普通の方ならば、”創価学会がネットの情報を基に詐欺団体だと気が付き、覚醒し、「他人に迷惑をかけることもなく」、洗脳から開放され、幸せを実感しながら平和に生活できているなら、OK だと思いますが。”という結論付けに、ならないことが、広く公の場で評価を得てご活躍されている方々には何の説得力もない文章と映るでしょう。

    もっとわかりやすく書けないのかな?何が言いたいんですか?
    OKだと思いますが~までの事柄について、我々は誰かを説得しようとしてるのではないのでね。自分たちはこうなのですよって話です。話だけです。信じることは自由だから。わからない人にはわかってもらわなくて結構。それで?何か問題でも?
    で、広く公の場で評価を得てご活躍されている方々って?????
    もっと簡潔に書けないですか?ま、そんなわからない人たちにわかってもらうためにここに書き込んでるのではありませんので。

    >ご覧の通り、これも、あくまでも、事実として一人の感想であり意見ですが、どちらが納得しうる説明なのかは、退転された方、退転しようとしている方(退会も含め)と、外部であっても学会に不信感のある方、そして学会員、それら以外の方々に判断していただくしかないということになります。

    最初からそう言ってるじゃん。迷われてる方はこのブログを「参考」にしてくださいと管理人様も言われてますし。その意味はそれぞれの判断って解釈です。当たり前でしょ。それにね、私たちはあなたを説得しているのではなく、あなたが勝手に乗り込んできて、お話をしたいと言ってきたんですよ。ここのみんなはそれに応じただけ。そして、意見を述べてきただけです。それがなにか?
    で、意見は同じじゃないとまずいんでしょうか?「やはり、創価はすばらしい、ごめんね~。こんなこと言っちゃって~」って白旗を上げてほしいんですか?
    まったく逆の考えを持っていると知ってながら乗り込んできたはずですよね。
    今更なにを言ってるのやら。

    で、退転とかいう差別用語、やめてもらえません?こういう言葉は過去に私も使っていましたけど、人を馬鹿にする言葉ですよ。世間では通用しませんし。ま、ほとんどの創価の行動は世間では通用しませんけど。

    >そのいずれも、お互いに先入観や偏見があるとして譲らないのであれば、それは自明の理です

    まだ先入観とか云々言ってるんですか?頭おかしいんですか?何度も口をそろえて先入観なんてないって言ってるでしょ?今現在考え方が逆なだけですよ。
    で、何を譲るんですか?先ほども書いたけど、お互い違う考えって最初からわかってましたよね?それをわかってて対話を望んできたわけですよね?反対意見が出ないとでも思っていたんですか?で、今更何を譲るとか譲らないとかの話になるんですか?

    >その上で、ほとんどの方が何ら歩み寄ることなく、しかも歩み寄って対話に臨もうとしているものに対して、再三述べてきたとおり、無視と文句がほとんどでした。

    だから~~~~~、同じ意見じゃないから「文句」に聞こえるんでしょうが!
    今まで書き込まれたほとんどのメッセージ読みましたけど、これらの書き込みは、全部それぞれの自信の意見ですってば、「意見」ですよ、いいですか?「意見」です。
    あなたも「受け取り方の問題です」って人には言うじゃないですか。
    これこそ、受け取り方の問題ですよ!

    >ほとんどを文字でしか表現しようのない、まして相手の表情の見えない、こうした場での表現方法に配慮することの必要性だけでも理解していただけないのでしょうか。
    ほんの何日間しか見たり書いたりしているわけではなく、何名かは、3年以上対話をしてきたのでしょうから、何を言わんとしているかぐらいわかっていただけませんか。

    この文章自体が何を言わんとしているのかまったく意味不明なんですけど。
    しかもいつも長すぎる!簡潔に書けないんですか?

    >おそらく、もうお忘れの方、或いは全然知らない方々ばかりなんでしょうね、自己紹介の中で、”創価学会応援隊や創価仏法研鑽板で主に議論などしていた”と述べていたことを覚えてますか。
    それぞれのサイトの是非までは述べませんが、数年間そこでの、十数名の方々とのやり取りで、その仲には実際にお会いしたり、いろいろな経験をし、ネットの功罪も嫌というほど経験しました。
    同志どおしでありながら、たった少しの誤解からまったく意に介さない結果を招いてしまうこともありました。

    だからなに?

    >これでは、私にはどうしようもありませんよね

    だれもどうにかしてほしいなんて言ってないですよ。

    >何らリンク先や他からのコピペさえ使用せず、ほとんど自分の言葉で説明してきたことに対し、理解できない、意に介さない、それだけでスルーしたり、馬鹿にしたような表現したり、冷やかしたり、感情あらわに、書いていいものかとご自身の書き込みにそう感じながら、エイやで送信されたり、ヒステリック丸出しの表現をしてまで、対話を避けてこられたのですから。

    あなた自身、最初から上から目線の書き込みで、あなたの意に反した人を攻撃したじゃないですか?私はその頃はロムってましたが、文章に冷静を保てば何を書いても許されるってもんでもないんですよ。確かに文面は冷静っぽかったですけどね。でも書いている内容は、見る人から見れば「ひどい上から目線」と受け取れる部分がありました。でも、その一部分だけではわからないから、様子を見ていましたが、だんだん意味不明、それこそこちらを非難する文章(お気づきじゃないのでしょうが)があり、見るに見かねて私も途中から参加しました。
    対話を避けてこられた、とか言ってますけど、書き込みしている時点で対話に参加しているんですが。はい、全員です。
    何度も言いますけど、それが創価を見直すようなコメントならどんな書き方しても無視したとか対話をしていない、なんて思わないのでは???
    それも、「受け止め方」でしょう~w

    以上、文章に関する感想でした!
    賀状をしていたため、寝るのが遅くなり、遅くなりついでの「感想」「意見」でした。

  21. 信じるということ。
    その人にとって、それが生きる指針になったり希望になれば信じ続ければいいことだと思いますが、信じられなくなれば、その瞬間から全く意味のないものになります。
    私にとって創価とは、正に全く意味のないものになっています。

    私が結婚し入会した当初、慣れない土地にきて奮闘している頃、私にとって姉妹のように親しくしていた創価の人がいます。
    創価3世で女子部の頃からバリバリの活動家で、同じバリ活の男子部と結婚していました。
    太陽のように朗らかで明るくて優しくて、創価の事を何も知らなかった私は同世代の彼女と活動を共にすることで、大きく影響を受けてきました。
    ヤング時代4人の子育てに奮闘している頃も、お互いにいつも助け合ってきました。
    同じ支部内で、共にB担(今の白ゆり長)、地区婦として一緒に活動し励まし合ってきた人なのです。
    その彼女ですが、10数年前にご主人の転勤に伴い、遠い地に引越ししたのですが、数年前から突然に連絡がとれなくなってしまったのです。
    それまでは、こちらに来る用事があれば必ず我が家に寄り泊まっていったりと、頻繁に行き来していました。
    どうしたんだろうと心配し、共通の知人に聞いてみると「仕事が忙しくなり、あまり活動はしていないようだ」に聞いていましたが、なんで突然連絡がとれなくなったのか理解できませんでした。

    でも、先日ある人から、「彼女は脱会したようだよ」と聞いたのです。
    活動に参加しなくなっているという噂を耳にしても、覚醒していなかった私は「どうしたんだろう?新天地での組織があわないのかなぁ」ぐらいにしか思っていなかったのですが、今となっては「そういう事だったのかぁ」と彼女の気持ちがわかった気がしました。
    彼女は、どこを切っても創価の金太郎飴のような人で、池田先生命だった人ですから、彼女を知る人達にとっては、こちらの支部内では昨夜から衝撃が走っています。

    今、心の底からとても彼女に会いたいと思っています。
    会って話がしたい、話を聞かせてほしいし、私の話を聞いてほしい。
    昨日からその気持ちでいっぱいになっています。

  22. メルシーさんもおっしゃっていましたが、私もあからさまな先生宣揚路線に切り替わったことに、これは何かおかしいと思うようになりましたね。
    全ては先生のため!、先生に喜んでいただくために!って、本当にこんな思想が広まって世界が平和になるんだろうかって思いましたよ。
    まるで過去に否定していた一神教そのものって感じです。
    そうそう、SGIグラフの新春号に、先生の写真が載ってましたが、目線が完全に泳いでいて、
    どこを見ているかも分からない表情でした。カラーなので怖いくらいにはっきり分かりました。
    一般の人が見たら、絶対に普通じゃない状態だって思うはずなんですけど、よくこんな写真載せられたなと思いました。
    しかも同じページに力強いメッセージも書いてあって違和感がハンパないでした。

  23. >どう解釈されたのかももう結構ですが、少なくとも、私は、生命論を信じないからといって蔑視する、非難などしておりません、とらえ方の違いを述べているだけです。

    じゃあ捉え方の違いを述べた、でも結構ですよ。
    そう、人は捉え方が違うんです。
    生命論を聞いて感動する人もいれば、どうでもいいと思う人もいるいんです。
    どうでもいい人は、感動する人にどうこうは言いません。どうでもいいからです。
    ですが、感動する人はその価値観を執拗に押し付けてきます。
    いや、迷惑ですねえ。
    「大工さんには必要なノミやカンナでしょうが、今のところ私には必要ないです」と言ってるのにそれでもギャアギャア喚き続ける。
    押し売り、押し付けしないといられないみたいですね。
    「強いてでも聞かせよ」日蓮のこれですかね?

    更にはこれだけでは済みません。
    人によっては「結構です」と言ってるだけの人に、やれ命が汚いだの業が深いだの、去っていった後ボロクソに言います。
    「そうなんですよ。素直に聞ける人は命がきれいなんです」という指導を、わざわざ登壇して言う世界ですからね。
    自分たちを信教の自由というわりに、じゃあ信教を持たない自由はなんで認めないんでしょうね。
    干渉しないと気が済まない。
    これって相当迷惑なことですよ。気づいてますか?

    今回もアンチブログに来て何をしたいかというと、
    「君たちは間違っている。悪いこと言わないからその考えを改めて私の話を聞きなさい」
    とこれが言いたいんですよね。
    ですから布教が目的なら、聞きたい人のところに行って布教すれば如何ですか?と言ってるんです。
    その「興味ない人に布教することが迷惑行為」なんですよ。

    辞めた私たちの言い分を聞いて、なるほどと相槌打ってるだけならいいですよ。
    何か情報に誤解があって、それは違います、実際はこういうことですとか、知りうる情報を提示するならわかりますよ。
    でも宗教の教義を言いたいなら、それは全くお呼びじゃないですから。
    ここは悩める子羊の布教道場ではありません。

  24. ヒューマンさん
    >ほとんどを文字でしか表現しようのない、まして相手の表情の見えない、こうした場での表現方法に配慮することの必要性だけでも理解していただけないのでしょうか。

    それは皆同じ条件です。
    ネットの対話は技術も精神力も要ります。
    そんな制約の中で、明確に自分に意見を伝え、相手の真意を読み取る力を要求されます。
    中でも伝える力は重要です。
    伝わらない、何を言ってるかわからないと言われたら、それは受け手ではなく、発信側が未熟なのです。
    意見の内容以前に、この伝える力がないとネットで対話はできませんよ。
    それも含め、説得力になるのです。

  25. >ネットの情報をあらゆる側面から吟味し、検証し、真実であるという作業自体、人間の能力の限界を越えてしまいかねないことがあるということも少なくないと思います。』
    それが出来ないまま、そして「信じる」ならば、その結果において、それは鵜呑みにしたということと大差はないとこになってしまいます。 
    それでいながら問題ないなどと、ご自身だけならまだしも、そこからの更なる誤認識も含め、他者をも巻き込みかねない、こうした無法地帯とも言える場で発言することの罪は計り知れず、私には恐怖にさえ思えます。

    確かにネットの情報には曖昧なものもあるでしょうが、それが全てでもありません。
    私たちはネットの「全て」について話しているのではありません。
    例えばこの「対話を求めて」は正真正銘のアンチブログです。
    アンチブログに見せかけたガセじゃないことを「信じて」コメントを書いているのでしょう?
    それが信じられず、ここに書き込みすることも恐怖ですか?
    恐怖にさえ思えるなら書かなければいいのです。
    無法地帯だからと一切ノータッチでいようと、吟味して参加しようと自由ですよ。

    「ネットはデマ」も「ネットは無法地帯」も「ネットを鵜呑みにするな」も散々聞きました。
    否定もしませんが、全てを肯定もしません。
    そういう側面もあることと、全てがそうであることは別ですから。
    この一言で済むのに、全く意味のない意見ですよね。
    また何もデマなんてネットに限ったことではないですよ。

    創価時代、伝聞で聞いたことにどれだけ嘘が多かったことか。
    どれだけ裏のない話が飛び交っていたことか。
    池田センセイは寝ないで戦っている。
    日顕はウォークマンを聞きながら本尊書写をしている。
    久遠の昔から日蓮は御本仏だった。
    戸田センセイは牛乳瓶の蓋で数珠を作り、虚空会の儀式を体感した。
    あんたら見たんかい。ソースは?(笑)
    こんなことを無責任に言って、他人の人生を巻き込むことの方がよほど恐怖ですけどねえ。

  26. 非会員のあかりです。
    ラザリスさん、巴里さん、ヒューマンさん、はじめまして。
    コメント、ご助言をありがとうございました。

    これからも弟を信じて、対話を続けていきたいと強く決意しました。

    こちらのブログの過去ログを少しずつ拝見しています。
    まだまだ認識が甘かったことが分かりました。
    弟も私も、そして家族も、それぞれが現実に気がつき、それを直視できるようにならなくてはと思います。

    ありがとうございました。

  27. ヒューマンさん、申し訳ありませんが、仰ることがどんどん理解不能になっています。
    失礼ですが、ヒューマンさんはものごとを言葉で説明することがあまり得意ではないように思います。長いコメントを書かれていて恐縮ですが、その「わからなさ」が日に々に増しています。ここまでくるとはっきり言って読む気がしません。
    また、ここでの皆さんとの会話が、ほぼ口喧嘩状態です。
    私はこれまでのブログ運営の経験から考えて、現役活動家さんとの対話は、普通では成立しないと思いましたので、あえてヒューマンさんが対話をしてみたいと仰る卯月さんとの場を設けました。あいにく卯月さんが体調なども含めて対話できる状況ではないとのことでしたので、それまで待っていてくださいとお願いしたつもりです。他の方のコメントについて語られても、何の生産性もない不毛な討論しか生みませんと言ったはずです。また、私も年末は仕事が忙しくて、まともにコメントもできない状況です。
    あなたに対して、ここの常連さんの多くが批判されているから黙っておれないという気持ちもわかりますが、それはあなたのコメントに黙っておれないという皆さんの気持ちもわかっていただけないでしょうか。
    それと、ヒューマンさんのコメントで感じるのは、このブログの過去のやりとりをどこまで読んでいらっしゃるのだろうかという疑問です。もちろん全てを読めとは言いませんが、教義のことや政治関連のことにしても、過去にかなり具体的な議論もしています。224のページと6800以上のコメントがありますので、その中で多方面にわたって創価の問題をとりあげてきました。
    ヒューマンさん、このままここの皆さんとの苛ついた口喧嘩を続けますか?互いに言葉尻をあげつらって罵りあって、昼も夜もネット上のどこの誰かもわからない人たちとの言い争いに時間を費やしますか?
    私はいくら続けても同じだと思います。それは先日も言ったと思います。
    卯月さんが対話に復帰されるか、私が時間の余裕ができるかするまでコメントは控えて、しばらく過去ログを読んでおく時間にしませんか?
    あなたが反論すればするだけ、ここの皆さんも苛ついて感情的な発言を引き出されてしまいます。売り言葉に買い言葉。それはお互い様でしょう。ヒューマンさんは対話をしに来られたのではないのですか?ここにいる人がどんな考えなのかをわかってて来られてるんですよね。
    何度も繰り返しになりますが、このブログは討論の場ではありません。あなたが創価の立場で自分の正当性を主張し、脱会者の考えや言動を否定するのであれば、当然今のような不毛な言い争いになるでしょう。言われたほうもそれなりに言い返したくもなります。またそれを受けたあなたも黙っておれない。しかしここはそもそもそんな場所ではないということを何度も念を押していることはおわかりですよね。
    このブログに活動家さんが来るのはめずらしいです。来たとしてもほとんど話にも何もなりませんでした。しかしもし対話が成立するならば、活動家と脱会者は何が違うのかを明らかにすることができるかもしれないし、それは価値があることだと考えます。そしてヒューマンさんの最初の語り口から判断して、もしかしたら対話のできる活動家さんなのかもしれないとの思いでこうした場を設定したつもりです。
    これも何度も申し上げてきましたが、ヒューマンさんは創価を正しいと信じていらっしゃる。このブログの多くの方は、かつてヒューマンさんと同じ考えであったにもかかわらず、創価を信じられなくなった。もちろんそれだけの経験をしてきたからこそ、そうなったわけです。理屈だけを考えて出した結論ではありません。経験にもとづく結論です。ヒューマンさんが私たちの経験に対していくら「それは違う」と言って何になるんですか?私たちは自分の体験に基づいた話をしているのです。ヒューマンさんは他人の経験をひたすら否定しています。だからそこは違うと皆さんが言っているのです。それを最初から単に偏見などと決めつけられたのでは、まったく話になりません。もうそこから食い違っていることがおわかりですか?
    ヒューマンさんと脱会者の違いは創価が「信じられなくなった」ということです。なぜ信じられなくなったのかということが、このブログの膨大な数のコメントとして積み重なっています。そうした視点でぜひいくらかでもこのブログを読んでみてください。
    いまヒューマンさんは私たちの間違いをどうやったら指摘できて、どうやったら創価の正しさを伝えられるかということを考えていますよね。でしたらそれは無駄なことです。私たちは創価が正しくないということに自分の経験を通じて「気づいた」からです。「気づいた人間」からすればヒューマンさんは「気づいていない人間」ということです。それはヒューマンさんが「気づく」という経験をしていないからです。これは私たちが立場的に優位であることを言おうとしているのではありません。ある時点まで同じ考えだった。同じように信じていた。ある時点から一方はそのまま信じている。一方では信じなくなった。これは否定しようのない経験があるかないかの違いです。私はこの違いを対話によって客観的にはっきりすることができるかもしれないと思っています。ですからここでの活動家さんとの対話の意味はそれだけだと思っています。どっちが正しいかなどと言った議論は無意味です。ヒューマンさんは創価が正しいと信じているし、私たちは経験によって間違いだと気づいた。この互いの考えを否定するための場所ではありません。正しい正しくないはひとまず置いといて、お互いがどんな考えなのかを理解しようという態度が対話の前提だと考えます。「なるほどそう言う考えなのか」「こんなふうな考えもあるとは思いもよらなかった」対話によって生まれるものはこうした新たな発見です。だからこそ価値があると思います。
    そこで、これも何度も言いますが、私たちはヒューマンさんとほぼ同じ考えを持って、同じものを信じて生きてきた人間です。しかしそれがまったく信じられなくなるほどの経験をしてきた。ヒューマンさんはそこに至っていない。この違いをまず認められなければ、ここでの対話は成立しないと思います。ヒューマンさんが気づくことのなかった体験が、このブログには山ほど積み重ねられています。私たちを今現在のヒューマンさんが持っている創価のものさしで計る前に、自分と私たちの何が違っているのかという視点で、ぜひ過去ログを読んでみてください。そして卯月さんか私のどちらかが対話できるようになるまで、他の方との言い争いはしないでいただきたいと思います。そんなエネルギーを使うくらいなら、ひとつでもここの過去ログを読んでいただければと思います。
    ヒューマンさん、いかがですか?

  28. シニフィエさん、申し訳ありませんがやっとイラク戦争の事に関してヒューマンさんと対話出来そうな局面を迎える事が出来たので、その件だけでもお話を進めさせていただけるとありがたいのですが、いかがでしょうか?私が公明党・創価学会を見限る根拠になった情報は既に提示させていただきましたので取りあえずその情報をヒューマンさんが御存じだったかどうか知っておきたいんです。知ってて尚且つ今の創価・公明の在り方を肯定しているのなら、それは何故なのか。
    それとも組織に都合の良い情報ばかりを聞かされて、私が提示したような情報を知らなかっただけなのか?もしそうなら今回それを知って考えは変わるのか変わらないのか、その辺をもう少し知りたいなぁと思ってます。

  29. わたくしが創価学会に入信したのは、その10年前に母が創価学会に入信したことから始まります。

    その頃父は創価学会の実態に薄々気づいていたので、身体の弱い母が入信するのは仕方ないが子供たちには絶対にさせるな、というのが約束でした。

    しかし多感でかつ想像力の逞しいわたくしは、この世には人の人智の越えたチカラがあると感じていた中学生の頃からか、母の信じる創価学会というものに興味を持ち、また自身では超えられない悩みもあり、高校生の時に弟たちとご授戒を受けました。
    その頃はお寺でしたね。

    16歳から20代、学会活動が楽しかったです。その頃は、組織に必ず日蓮の御書の達人がいましたし、組織の中も男女青年部仲が良く命通う組織でした。。
    そして、組織には必ず面倒見の良い婦人部壮年部が役職に関係なくいました。

    婦人部になってからも指導の達人、人生の達人のような婦人部の大先輩に支えられて頑張ってきたんですね。。

    でも、多分ですが。。池田大作が日蓮正宗から破門された辺りからか、いままでわたしたちの知り得なかった創価学会の腐りに腐り切った事実が、じわりじわりと表面化してきました。

    それはまず、機関紙である聖教新聞のあちこちに如実に現れてきましたよね。

    その頃からか、わたくしは誇りを持ってお友だちに勧めてきた新聞を自分でも開くのが苦痛になりました。

    高校生の時から聖教新聞を読み勇気づけられてきた自分が新聞を開くのが怖くなった。それくらいに酷い紙面でしたね。。

    わたしは入会が関西でしたので、学生部の頃から組織では池田大作の師弟論を徹底的に刷り込まれました。
    ここのみなさんには言ってはいないかもしれませんが、池田大作に対する想いは相当でした。

    創価学会にはてな?と違和感が出て来た時でさえ、先生はご存知ないのだ、と思っていたくらいなんですよ。。

    でも、脱会に至るまでの伏線はたくさんありました。
    わたくしは、何度も申し上げていることですが、脱会してしばらくしてからアンチBlogに出会っていますし、いままで一度も創価学会を糾弾するような書物も読んではいません。。

    そのわたくしが何故、創価学会に疑問を持ちたった一人で誰に相談することもなく(家族にさえ。。)脱会したのか。。
    気になりませんか。。?

    話しは飛躍するようですが。。
    それは、2011.9.11のニューヨークで起きた爆破テロ、です。。

    その時に、まざまざと信じることの恐ろしさと狂気を感じたのです。
    人は己の信ずることで、こんなにも残酷で救い様のないことをやってのけるのだ!
    正義の名の下に。。

    それは、創価学会の自分たちの正義の名の下に日蓮正宗を攻撃し脱会者を許せないとばかりに集まっては呪いの南無妙法蓮華経を唱えていることと一致してしまったのです、わたくしの中で。。

    そして、そのあとアメリカのイラク攻撃に対し公明党も創価学会でさえ人道復興支援と称し派兵していくことに、わたしはとても理解できなくて。。。

    組織で会う人会う人に疑問を投げかけましたが、誰もまともに答えられる人はいなかった。かなりな幹部でも。。

    そうこうするうちに、わたくしは組織での困ったさんになり、流れ星さんの話しは聞いちゃダメよ。ちょっとおかしくなっているからね。。

    そして、次第に組織から離れていき様々な創価学会以外の人たちと交流していく中、創価学会をまさに外側から冷静に見ていけるようになったのです。。

    。。。という経過でしたのよ。ヒューマンさん?Σ( ̄。 ̄ノ)ノ

    あなたの受け答えは、ただの義務感からですよね。。?
    信心なんてない癖に。。
    はあ〜白々しいわ。。

    お給料、相当もらっているんだもの。それに見合った働きをしなくちゃね。。

    でも、わたくしには解る。。
    あなたの信仰の泉は枯れていること。。
    大地に張った信仰の根も腐りかけているってことを。。

    自分に正直に生きたほうがイイとわたしは思うなぁ。。
    そんなお役目捨て去ったほうが自分自身のためではないかしら。。

    あなたの信じる正義は万人の想う悪、です。。
    。。と思考を柔軟にして逆さまから物事をお考えになっては如何でしょう。。

    信じることって諸刃の剣、ですよね。。

  30. メガネさん、わかりました。
    そうですね。公明党が自民党の言いなりにしか動かないにもかかわらず、学会員さんはその事実さえ認めようとはしません。事実を事実としてみることができない自分に気づかないのが洗脳の特徴です。これも私自身が体験として身にしみていることですし、そこは多かれ少なかれ皆さんも実感されていることだと思います。
    そこはヒューマンさんが知ってての発言なのか、知らなかったのかは知りたいですね。

  31. 流れ星さん、私にとっては3.11の大震災がくっきりとした自覚した印象です。
    うちの実家は変わらず剛情な信心を続けていますが、
    ことが起きてから何も具体的に動かないスルーしているかのような
    違和感が拭えなくなってしまった…

    すると、あちこちから疑問点がてんでばらばらの矢印を指し示しながら、
    自分の中の創価学会のまわりをぐるぐるうごめきだし、
    すっかり色味を失ってしまったのです、
    なんだか蜃気楼のような実体感のないものに。

    うまく現実的な言葉に置き換えられないですが、
    こちらでいろんな方のコメントに出会うたびに、
    それがリンクして合致し否定しきれない確証に
    つながっていくのです

  32. signifieさん、ここ数日のブログの内容については指摘されたとおりだと思います。自分も反省すべき点については、反省し 謝罪致します。
    当たり前のことですが、signifieさんの文章は説得力があり 素晴らしいです。惚れぼれします。それに比べたら、自分の文章は まだまだ 中学生レベルだなと恥ずかしくなりました。このブログに参加させていただくなかで、謙虚に学んでいきたいと思います。

    メガネさんが、彼の要求に素直に応じてくださったので、次は イラク侵攻の件について彼がどのように考えているのか興味深く見守りたいと思います。
    自分の言葉で、率直に解りやすく答えてほしいと思います。

  33. signifieさん

    お気遣いありがとうございます、承知しました。
    少なくとも文筆家には向いてませんね、ご指摘ありがとうございます、今一度推敲することに心がけます。

    理解不能になっていますとのことですが、私が申し上げたかったのは、signifieさんの対話を求めている姿勢を認め信用した上で、私が参加してから以降、対話に関わった方々の中での何人かからの説明内容の違い、矛盾について焦点を当てて問題と思う部分の説明も加え述べてきました。
    そして、賛同できる部分には、私もそう思いますと意思の表明もしてきました。

    それに対し、それに気づくこと、確認することさえ怠り、まったく経緯や背景を無視したかのように、冷やかしや悪口、罵声の表現でしか示さず、教義以外のことでも、通常の会話、対話の部分において、こちらから何点か確認、説明してきたことへ、反論なり間違いの指摘、或いは、何故気づかないのかと私に説明していただく内容に、その文章の意味の曖昧さ、不正確さ、そして、それらを省みることもないような反応をされてきたからであって、私もこうした同じ説明を何度もしたくはありません。
    いまだに、思わせぶりな言い方で、何ら私の心情を言いあててもいないのに、わかったような言いまわし。
    このような対話にもならないいやらしい言いまわしをされることは不愉快に思います。
    決して批判のつもりはありませんが、正直なところ、そうした方々の姿勢から、この先そうした方々がこのままで大丈夫なのかと心配にさえ思えました。

    先の、モニカさんの、”否定もしませんが、全てを肯定もしません。そういう側面もあることと、全てがそうであることは別ですから” 、についても、そういう側面もあることと、全てがそうであることは別ならば、学会にも当てはまる訳で、にもかかわらず、学会が殺人集団、詐欺集団などと罵る方もあり、結果として、signifieさん側の立場の方々が仰ることに、一貫性がないことになり、更に、暗に誤解釈を容認したままの場ともなりかねないと危惧しています。

    そのことは、私だけがどうということではなく、ここへ来られるどなたにも公平な目線で対話するための必要最低限のことと思っていますし、その辺が守られていかないと、signifieさん側の立場の方々の姿勢や言動が、かえってsignifieさんの求める対話の姿勢に反して映るのではないかとも思いました。
    そうした心配は無用ということでしたら、そうしたことへの配慮はしないようにします。

     >ヒューマンさんは私たちの間違いをどうやったら指摘できて、どうやったら創価の正しさを伝えられるかということを考えていますよね。

    この点は、前の方で申し上げたように、”私たちの間違い”ではなく、どなたであっても、”発言内容の矛盾、説明内容の間違い”に気づいていただきたく、”創価の正しさ”にしても、”組織総体ということよりも、創価仏法の正しいとらえ方”が大切ということを意思表示したものであって、曖昧な表現にしておきたくはないと思っていても、伝わるかどうかは相手次第の部分もありますから、どうやったら伝えられるかということは、今は考えていません。

    いずれにしましても、signifieさんにご配慮いただいたことを尊重したいと思っていますので宜しくお願いします。

  34. テーマに戻ります。
    「信じるということ」を「宗教を信じるということ」に限定してみます。
    Akiraさんの仰るように、私も最初は原発を例にして考えてみました。
    一方的な情報を鵜呑みにして原子力は平和利用に使うなら安全だと信じていたけど、事故が起きてそんな幻想は崩れてしまった。
    理論だてて考えればよく解りました。

    でも宗教を信じてしまった人たちは簡単にはいきません。
    どんなに明快な事実を突き出しても目の当たりにしても、信じることを止めません。
    意地やプライドのような、理屈ではない強い感情が入るのです。
    理屈などとうに破たんしていてもおかまいなしです。
    好きな人をとことん信じたい、という感情に似てるのかもしれませんね。
    違うよ、止めた方がいいよと、忠告する人たちを憎んだり蔑んだりもします。
    信じるということに自分の感情、魂まで賭けてしまうのです。

    恋愛は理屈じゃないと言いますが、宗教も同じみたいですね。
    「だってこんなに素敵な人だから…」
    素敵なんじゃなくて好きになったから素敵に見えるのでは?
    「だってこんなに深い教えだから…」
    深いんじゃなくて信じだから深く思えるのでは?

    気持ちが覚めた時、改めて理屈が冷静に入ってくる。
    なんだ、こんな子供だましなことに夢中だったのか…
    いいえ最初から同じこと言ってたんですよ。
    盲信して燃え上がってたら、何もかもがキラキラと輝いて見えたんですね。

  35. テーマについてのコメントです。これは、創価脳から覚醒し、ニュートラルな宗教感のもと、自らの経験に沿っての考えです。自分には、これを強要する意思も権利もありませんので、覚醒した人間の一考察としてお読み下さい。

    宗教とは、宗教を信じることとは、建設現場の足場みたいなものと捉えています。建物が完成した後は、取り外すことを前提とした仮設物です。
    建物が完成する前には、鉄筋を組み上げたり、コンクリートを打ったり、塗装をしたりするためになくてはならないものですが、完成した後は残してはならない物です。
    同じく、人間が生きていく上で、宗教は基本的な人間としての有るべき姿を模索する上で、必要なものだと思います。自分の生き方のバックグラウンドとなっているのは、父親の神道的な倫理観、そして 母方のばあちゃんの一般的な仏教の人生感です。
    その上で、人間に与えられた最高の価値は、自らの自由意思に基づいた体験を通して何かを学び、失敗や成功を繰り返しながら成長していくことにあると思います。
    宗教は、ある意味 他人から与えられた人生感、価値感です。卓越した人物が作りあげた教えであるにせよ、それに頼り続ける限り、本当の意味で自分自身の体験にはなりえないと思います。
    人生とは自らの体験を基に、自分自身の頭で考え、知恵を使い、自らの責任で作り上げるものです。宗教に頼ることを絶ち、(建設現場の足場を取り外すように、)その取り払われた姿で価値を計られるものだと考えています。
    自分は、転生を信じています。自分の生きざまが今世のうちに その足場を取り払われたレベルに到達できるか、いまの段階では難しいかもしれませんが、あきらめることなく、様々なことにチャレンジしつつ、 周りの人間に感謝しながら 一日一日を大切に過ごしていかなくてはならないと思っています。

  36. ヒューマンさん、ご理解いただきありがとうございます。
    誤解のないように言っておきますが、私はあなたの発言のすべてを制止するものではありません。ここで無意味な言い争いの原因となるような発言を控えていただきたいという意味で言っています。こういえばこんな答えが返ってくるというくらいの予想はつく方だと思います。「私は何も間違ったことを言っているわけではない」というのは、あくまでもあなたの考え方であって、それが客観的に正しいのか間違いなのかは証明のしようがありません。そして私たちはあなたの創価に関する評価は間違っていると気づいた側の人間ですから、いくらあなたが自分が間違っていないという前提で話をしても、こちらとしてはその前提こそが間違っているとしか言いようがないのです。ですからここで私たちと対話をしようとするなら、お互いにそれぞれが「信じている前提」から一度下りてみたところで向き合わなければならないのではないでしょうか。
    今年の5月にも、活動家さんがこのブログに来られて似たようなバトルがありました。そのとき私はこうコメントしました。
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    それで、管理者の結論としては、もうこのブログでのバトルのためのバトルはやめましょうということです。やはりバトルは対話ではありません。よりよい方向を見出すためのものではなく、どちらが正しいのかではなく、どちらがうまいこと言い負かせるのかという目的を見失った感情のぶつかりあいがエスカレートして、結局何の意味もない結果しかありません。
    以前にも勝海舟が対話によって坂本龍馬の心を180°転換させた例をひいて書きました(まあ、その結果が正しかったかどうかは別として)が、対話とはお互いに自分の立場をいったん下りたうえで、同じ土俵に立って話をすることだと思います。もちろん、そこには矛盾やまどろっこしさは出てくることも承知の上で、それでもまるきり考えの違うものが対話をしようとするなら、それくらいの無理を承知でお互いに努力をして、はじめて成り立つのだと思います。きれいごとに聞こえるかもしれませんが、とりあえず対話をするために自分を抑えながら、本音を隠しながら話をするというのは、逆にバトルよりも汚いやりとりなのかもしれません。ただそのすべてを承知しながらもなんとか対話にこぎつけることができたなら、それまで思ってもみなかった結果が出てくるのではないでしょうか。「やっぱりこれだからアンチ創価は」とか「所詮MCされている学会員にはわかりっこない」とか、そんなことで終わらせたくないのです。
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    それから今年の7月に、以下のような書き込みをしました。
    まだ読んでおられないなら、コピペしておきますので、いま一度読んでみてください。

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    このブログを見てくれているすべての創価学会員の皆さんへ

    このブログをかなりの数の現役学会員さんも読んでいらっしゃることがわかりまして、まずは現役学会員さんへ向けて、すこし長くなりますが、お話ししたいと思います。ほんと長いですから、退屈しないように、ちょっとジョークも交えながら話しますけど、決しておちゃらけているわけではありませんので、そこは軽くスルーしてください。ぜひ現役活動家さんにも対話に加わって欲しいと思います。

    では、とりあえず誰もが承知の身近な話題から。

    昨年7月、自民党の細田博之幹事長代行が、原発問題を扱うフジテレビの番組に出演して「福島の不幸で原発をやめるのは、耐えがたい苦痛を将来の日本国民に与える」「原子力発電を推進しようって、みんな世界中が言っているんですよ」と何度も発言したのを、みなさんは憶えておいででしょうか。将来の国民の苦痛に比べれば、今現在、福島の方が耐えがたい苦痛を強いられていることは考えなくていいということでしょうか。同じく自民党の高市早苗政務調査会長は「原発事故では誰も死んではいない」という有名な発言も、原発は誰かが死ぬまではやるってことでしょうね。福一での死者はいないことになっていますが、それ以前に東海原発の事故で死者が出ているんですけどね。

    今月8日に経団連の榊原定征会長が『原発再稼働は「国民全体の願い」』と語りました。

    http://www.huffingtonpost.jp/2014/07/08/sadayuki-sakakibara-nuclear-power_n_5568861.html?utm_hp_ref=japan

    凄いですね、原発再稼働は「国民全体の願い」…目眩がしますね。福島の人の前で同じことが言えるんですかね。国民全体ってことは福島や広島や長崎の人もみんな原発再稼働を願っていると、いったい誰に向かって言っているのでしょう。

    とにかく自民党は何がなんでも原発の再稼働をやるつもりです。それも表向き国民の生活に電力は欠かせないという子供だましの理由で。福島原発事故がまったく収束しないどころか、汚染水が毎日何万トンも出て、その貯蓄タンクを日に日に増やすも追いついていない現状で、国内での原発が頭打ちとなった今、東欧やアジア諸国に日本製の原発を、東芝や三菱の重役とともに首相自ら出向いて売って回っています。

    これは↓7月4日の西日本新聞です。やはり地方紙のほうがきちんとしたことを書きますね。

    http://www.nishinippon.co.jp/wordbox/word/7767/10554

    これを見ても、安倍政権は見るからに大企業の使いっ走りであることがわかりますね。その使いっ走りの太鼓持ちをしているのが公明党なんです。ここでも何度も言いましたが、宗教法人の課税を何としても防ぐために、公明党は自民党の言われるがままに動くしかありませんから、秘密保護法や集団的自衛権のときと同じで、とりあえず原発に消極的な顔を見せはしますが、実質的には自民党の原発政策を支持するでしょう。とうぜん原発の海外輸出にも賛成するでしょう。

    福島の創価学会のみなさんは、それでも公明党を一生懸命支援するのでしょうか。創価脳の人ならするでしょう。震災や原発事故を目の当たりにした方でも、創価学会員は原発を推進しようとする公明党を支持するんですよね。「創価学会にまちがいはない。先生はちゃんと私たちのことを考えていらっしゃる」と信じて疑うことをしない。すごいですね。これはどんな理不尽なことであっても気がつかないことの証明ではないでしょうか。原発事故で故郷を追われてもなお「公明党に間違いはない、創価学会に間違いはない、先生に間違いはない」と頑に信じています。もう誰にも動かせない、誰の言うことも聞かないすごい確信です。

    よく4年も姿を見せない池田氏について、学会員さんにその理由を訊くと「先生はご高齢だから」「先生は私たちにすべてを託されたんです」「先生はお元気に毎日執筆活動をされています」などなど、勝手に想像して言われます。誰一人実際の池田氏を知る人はいません。この4年以上ものあいだ、池田氏の声すら誰も聞いたことがありません。あるのはほんの数回、しょぼしょぼになってうつろな遠い目をした池田氏の姿が聖教新聞に載っただけです。なのに学会員さんは見てきたようにその場しのぎで勝手に都合のいいことを言います。なんの確証もないのに。人によっては激怒スイッチが入ります(笑)。こちらとしては素朴な質問をしているだけなのに、顔を真っ赤にして「そんなことを言って、あなた先生を疑ってるの?」「きみは自分が何を言ってるのかがわかってるのか?」とすごい剣幕です。まるで戦時中に「きさまっ!それでも軍人かっ!!」って部下を怒鳴りつける上官です(笑)。でもここで確かなのは、もう4年以上も池田氏は会員の前に姿を現さないという事実。そして幹部と言えども、池田氏が姿を現さない理由を知らされないという事実。なんらかの理由(どんな理由かわかりませんが)があって姿を見せることが無理なら、本幹の同中で声のメッセージぐらい流せばいいだろうに、それも一切ない。たいへんな量の執筆活動をする時間と体力があるのなら、マイクにひとことぐらいメッセージを発しても罰はあたらないと思いますが(笑)。自分が働いている会社の社長や、役所のトップが、4年以上も顔も見せない声もない、かといって病気だとも言わないし、仕事はしてそう。社員や職員は心配しますよね、普通。でも学会員さんは心配一つしない。どうしてるんでしょうね?って訊くと「きさまっ!」って怒りだす。これっておかしいと思いませんか?思わないのが普通ですか?やっぱりそれでも創価は正しいですか?社会に実証を示していますか?

    まず、そうしたことに疑問を持たない自分でいいのかどうかという疑問を持っていただきたい。疑問を持つと功徳が消える、福運を積めない、罰が当たる、はては地獄に堕ちる…そうやって創価は会員を真綿で首をしめるように脅しながら「何も考えなくていい」「ただひたすら祈りなさい」「池田先生にお応えするんだ」そう言って、辛い理不尽な活動を強制していきます。

    もう典型的なカルト宗教の見本みたいなものですが、そのことに会員さんは気がつかないんですね。統一教会や幸福の科学とどこが違いますか?日蓮仏法ですか?そうですね、統一教会はキリスト教、幸福の科学は仏教を教義の中心としています。でも本来のキリスト教や仏教とは似ても似つかないものですよ。同じように創価の教える日蓮仏法も、本来の仏教からはほど遠い独裁のためのテキストに変えられています。うそだと思ったら自分で調べてください。

    でも怖いんですよね。疑ったら欲しくてたまらない功徳が逃げていくと思ってる。でもね、その功徳に執着する姿こそが反仏教なんです。本来の仏教は、功徳でもなんでも、何かに執着することから離れて真実を見極めなさいと言っているのを知っていますか?人間の不幸はその執着(仏教では「しゅうじゃく」と読みます)することによって生まれるというのが仏教の基本中の基本です。ウソだと思ったら調べてくださいね。私はウソは言いませんよ。ここでちょっとでもウソがあったら、このブログの信頼性はいっぺんに吹っ飛びます。この2年半、少しのインターバルはあったものの、これまでやってきたことが、ひとつのウソで全部水の泡になりますからね。

    仏教の基本概念の一つに四諦というのがあります。学会の教学では、十界論をはじめとした天台の一念三千の体系を学びますが、天台がそこに行き着くまでに、もっと基本的な釈迦の悟りがあるわけで、創価では十界論のほうがわかりやすくて、会員を洗脳するのに都合がいいので、こればっかり教えます。それはともかく四諦というのは、それこそ基本中の基本であり、これまた仏教の基本中の基本である因果律とともに欠かせない概念です。ちょっと説明しますね。

    四諦とは、「苦諦(くたい)」「集諦(じったい)」「滅諦(めったい)」「動諦(どうたい)」の四つを言います。具体的に言うと

    苦諦…生きていく上でどうしても直面せざるを得ない苦しみ
    集諦…苦しみを生み出す原因 これがさっきから言ってる「執着(しゅうじゃく)」ですね。
    滅諦…苦が解体された状態 仏教の目指す理想のことです。成仏のことですね。
    道諦…滅諦に至る道すじ 八正道(はっしょうどう)のような実践法のことです

    超簡単にまとめると「苦諦という誰もが直面する苦しみから抜けて、滅諦という幸せをつかむには、道諦という方法を実践して、集諦という苦しみの原因を克服することである」という意味ですね。

    さて、このなかの集諦、つまり苦しみを生み出す原因となるのが「執着(しゅうじゃく)」というわけですが、これは「すべてが刻々と変化し続けていることを実感できず、こだわり、しがみついている者は、老い、病、死などの苦しみに身をこがす。悲しみや憂いといったさまざまな苦悩をかかえることとなる」という意味です。この意訳は「『中阿含経』第六十」を引用したものです。私が勝手に言ってるわけではありませんよ(笑)。

    以上の四諦に関する解説は、じつは先日紹介した本『いきなりはじめる仏教入門』内田樹・釈徹宗(角川文庫)に載っていることです。
    http://www.amazon.co.jp/dp/4044089043/ref=cm_sw_r_tw_dp_1dLVtb1QHDQBX
    たった200ページちょっとの薄っぺらな入門書ですが、ほんとに仏教のエッセンスだけをギュッと詰めてあります。なによりわかりやすくて楽しい本です。オススメです。そしてこの仏教の基本中の基本である四諦が、創価の教学には出てきません。なぜかというと、日蓮はこの仏教の基本中の基本を否定しているからです。その論拠はあとで説明しますね。

    さて本題です。学会員さんが日頃、目の色を変えて、なにかに執着しているものがありますよね。

    功徳

    そう、日夜仏壇の前に座って「功徳をください、福運がめぐってきますように、幸せになれますように」。
    「今年は頑張って3桁の財務をします。どうか倍になって戻ってきますように〜」。
    そして会合では「私はこの信心によって、こんなに功徳をいただきました。これからはこのご恩を池田先生にお返しするために、報恩感謝の気持ちを忘れることなく、ご本尊を根本に、お題目を上げに上げきって広宣流布に邁進していきます!」などと、どこでも誰でも判で押したように同じ体験発表をします。
    家庭訪問では「この信心をすれば、どんな願いでも叶うのよ。何があっても池田先生を信じきって、腹一杯功徳をもらいましょうよ」となぜか信心の対象が池田氏になってたりします(笑)。
    座談会では「ご本尊に祈ったおかげで、パートの時給が100円上がりました〜!」と嬉々として報告する婦人部。それは功徳じゃなくて最初からそういうシステムだって(笑)。
    もう何でもかんでも功徳、功徳。
    「功徳があれば何でも出来る!1、2、3…ダーッ!」です(笑)

    創価学会員のみなさん、さきほど説明した仏教の基本である四諦にてらすと、功徳に執着するということは、幸せから遠ざかるということがわかりますよね?功徳に執着すればするほど、悩み苦しみが際限なく大きくなるというのが仏教の基本的な智慧なのです。慧眼なのです。悟りなのです。わかりませんか?

    一般的にも言うでしょ。物欲は限りがない。手に入れれば、またそれよりたくさんのモノが欲しくなる。いわゆる依存症です。ネットワークビジネスにはまって、結局大損をする人たちといっしょです。これを仏教の生命論では餓鬼界の命と言いますよね。それなら知ってるでしょ。あなたがたが毎日仏壇の前で祈る姿は、餓鬼界の命を増幅していることだと思いませんか?……思いませんねぇ(笑)

    創価の教学で、生命論としての十界論はしつこく学んでも、そのさらに大前提となる四諦という仏教の基本を学ばせないのは、ズバリ!これで会員に気づかれてはまずいということでしょう(笑)(丸尾くん風に←さくらももこのクラス委員)。

    そこで日蓮仏法は、この四諦の基本的な考え方を否定します。御書にも出てくるんですけどね。『守護国家論』に釈迦教典の浅深を、いろいろ理屈をこねて書きまくっています。

    たとえば

    『第二に諸経の浅深を明さば、無量義経に云く「初に四諦を説き阿含次に方等十二部経・摩訶般若・華厳海空を説き菩薩の歴劫修行を宣説す」亦云く「四十余年には未だ真実を顕わさず」又云く「無量義経は尊く過上無し」此等の文の如くんば四十余年の諸経は無量義経に劣ること疑い無き者なり。』

    そして

    『其の外・法華経に対して実義を論ずる時・法華経より外の四十余年の諸大乗経は皆小乗にして法華経は大乗なり』

    っていうふうに。

    つまりわかりやすく言えば、釈迦が解いたとされる法華経以前の経文は方便であり、君たちのようなバカにもわかるように作ったウソぴょ〜んって言うんです。で、皆さんご存知のように、日蓮は天台に学びながら、結局はその天台も否定して、自分こそが末法万年にわたるご本仏そのものだと宣言しますよね。(学会員さんは、天台というと「大聖人よりも下の人でしょ」っていう感覚で教え込まれていますが、その天台の祖である中国の龍樹(ナーガールジュナ)という人間が、人類史上稀に見る大天才だという認識がまるでないですよね。ウソだと思ったら自分で調べてください。
    たとえば『龍樹 』(講談社学術文庫) 中村 元 http://www.amazon.co.jp/dp/4061595482/ref=cm_sw_r_tw_dp_FFJVtb1B1P3QF
    この本は、難解な専門書とは違って、一般人向けにわかりやすく書かれています。とはいえ、内容が高度すぎて私には読むだけで精一杯でしたが、逆に、日蓮の教義がいかに独善的なものかということがわかります。)

    結局、日蓮はそんな龍樹や天台の英知をさしおいて、「我こそは末法のご本仏だ」と言いたいがための御書での仏典の否定の連続だったわけです。もうこの時点で完全に仏教ではなく、じつは日蓮宗というのは日蓮というメシアの一神教だったんですね。幸福の科学の大川隆法総裁が我こそはこの世の創造主だと言うのといっしょです。

    それからさらに日蓮宗はいろいろあって(笑)たくさん分裂していって、その中の特に異端なひとつが日蓮正宗だということもみなさん知ってますよね。で、七百年後、さらに創価学会はその異端な日蓮正宗の教義を都合のいいように会員に教えて、やりたい放題のお金集めをしたために、日蓮正宗からも破門されます。するとその後は、もはや仏教でも日蓮正宗でもなくなった、ただの新興宗教である創価学会が、破門したほうの日寛上人の御本尊を勝手にスキャンし、そのデータを勝手に画像処理したあと、外側の表装の部分もいっしょにまるごと大量にカラーコピーしてつくった本尊を会員に販売しましたよね。これも動かしがたい事実です。そして今度は池田大作をメシアであるかのように神格化して崇め奉るようになったのが、今現在の創価学会です。もう二重どころか、三重にも四重にも仏教を否定しながら、教義的には仏教と真逆の独裁者のマニュアルができあがっていくわけですね。教義を勝手につくりかえ、ご本尊だって偽物。いろいろ考えずに、だまってお金を出せば、功徳があって、何でも願いが叶いますよという、絵に描いたような詐欺ビジネスですね。

    池田氏はこの独裁色豊かな教義を使って、やりたい放題の金儲けを繰り返してきたわけですよ。学会員さんは、御書は絶対正しいと教えられていて、釈迦の教えも日蓮が出現するための地ならしだったとして否定されるので、自分たちが仏教を信じているという意識は希薄です。というか、仏教云々よりも、自分たちこそが、自分たちだけが正しい宗教を実践しているのだから功徳がもらえて当然という、まったく本末転倒で物欲満載の怪しい信仰をさせられていることに気がつきません。そして今度は日蓮正宗さえも否定して、独自の池田教を打ち立てています。

    創価学会員の皆さん、よ〜く考えてみてください。創価はこの功徳と引き換えに、いろんなかたちで会員さんからお金を要求します。会員さんは財務はもちろん、新聞、書籍、民音、DVD、果てはものすごいド田舎に、みすぼらしいペット霊園のような墓石を大量にならべて売りつけられます。ちなみに墓を買った私の母と兄夫婦は父の納骨の時に一度だけ行ったきり。私と妻は二度だけ。他の兄弟は行ったこともありません。そんな墓ってありますか?何のための墓かというと、金集めです。聖教新聞といっしょです。

    そして集めたお金の内容や行方が知られないように、宗教法人の課税制度を阻止するために公明党をつくり、自民党に票をやるかわりに課税制度をさせないというバーター契約を結んでいる。だから安倍政権が次々と打ち出す数々の増税にもまったく反対しないは、原発再稼働にも何も言わない、秘密保護法もあっさり通す、そして今回の集団的自衛権の行使容認に至っては、公明党のほうから推進案を提出する始末。平和と福祉の公明党なんて、1ミリもありませんよ。ただただ創価学会の保身のために政治を利用している政党です。

    このように、創価学会の活動のすべてが会員からの金集めに集約されていることが、外から見るとあきらかなのですが、会員だけにはご都合主義の教学を使って巧妙にわからないようにしているんですね。外から見れば、これらが騙しだということがこんなにはっきりしているのに、お金を出している学会員さんだけには絶対に知られないように、あの手この手を尽くしているわけです。もう本当にわかりやすすぎです。

    怖いのは、創価がただ単に事実を隠しているだけではなくて、目の前の事実が事実としてわからないように宗教をダシにして会員さんを洗脳している点ですね。このように会員だけには真実を「知られないように」ではなく「わからないように」しているところですね。だから、外からどんなに真実を訴えても「何を言っているのかわかりません」という反応しか帰ってこないのも当然と言えば当然なんです。

    少し前に、ポラリスさんという現役活動家さんがこのブログにしばらくいらっしゃいました。私や他の方がいくつか質問をしたなかで、とても印象的だったのが「何を言っているのかわかりません」という言葉でした。わたしは驚きを通り越して、恐怖さえ感じました。ああ、創価を信じてしまうと、こんなふうになるんだなと、あらためて思いました。考えてみると、昔の自分も確かにそうだったと思い出しました。人から何を言われようが、学会の都合のいいように解釈する。あきらかに矛盾することに関しては、突然言葉の意味さえわからなくなる。ごまかしているのではなく、ほんとうに言葉の意味がわからなくなるんですね。その部分だけ頭が真っ白になる。そんな自分のことを思い出して、よけいに恐怖を憶えました。

    活動家の皆さんは「洗脳はせんのう」……あ、失礼「学会が洗脳なんてするわけないじゃないですか」と鼻っから相手にしませんが、外から見たら、誰がどうみても洗脳されていることはあきらかだし、学会員さんを知ってる人は、だいたい洗脳されてると思ってますよ。でも自分たちがそう思われていることさえ理解できないほど洗脳されているということです。言葉にするとちょっとこんがらがりそうですが(笑)、わかりますか? 洗脳されていると目の前のリンゴが普通にミカンに見えるってことです。ミカンぐらいなら可愛いですが、リンゴが金塊に見えたり、原子爆弾に見えたりするからヤバいんです。

    学会員さんは「先生にお応えするために、世界平和のために、命をかけて広宣流布をやり抜きます」といいながら、やってることは功徳欲しさにお金を貢いでいるだけです。本人に自覚がないだけで、やってることはそういうことです。だから外部の人や覚醒した人にはよくわかるんです。功徳欲しさに新聞をたくさんとる。折伏すると凄い功徳がもらえると信じている。功徳欲しさに本でもDVDでもお墓でも買う。功徳欲しさに平気で選挙違反をする。これが客観的な目で見た創価学会のやっていることです。おかしいでしょ?笑っちゃいませんか?……でも学会員さんにとってはおかしくもなんともないんですよね。

    なんだか「功徳を欲しがって何が悪い!」って聞こえてきそうですが(笑)、さっき言ったように、この世の不幸の原因は、その功徳に執着する心にあるんだと、仏教が言ってるんですぅ。日蓮以外の仏教では、そう言ってるんですぅ。言い換えれば、あなたがたは自分で頑張ってなけなしのお金をはたいて不幸の因をつくり、それをどんどん膨らませているということです。わかりませんか?……わかりませんねえ。洗脳されてるから、創価以外は間違いだとインプットされてるから、わかりませんよね。だいたい創価以外が間違っているなら、この世のほとんどが間違いってことでしょ。せいぜい2〜300万人の創価学会員以外は、みんな間違った生き方をしているって言ってるわけでしょ。じゃあ、創価がこの世に出てくる前は、この世のすべては間違いだったってことになるんじゃないですか?すごい考えだと思いませんか?人類史の文化も、科学も、思想哲学も、芸術も、すべてが間違いだったってか?…いや、だったということですか?じゃあ、なんで「ガンジー、キング、イケダ展」なんてやるんでしょう。イスラム教やキリスト教の指導者と並びたがる池田氏はどういうつもりなんでしょうか?創価の教義に依れば、イスラム教もキリスト教も永遠の生命観を説かない低い教えなんでしょ。そんな低い教えの指導者と肩を並べたがる池田先生って何?そしてそうまでして世界的な宗教指導者として賞賛されたいという「執着」は何なんでしょうね。どんだけ「執着」してんね〜ん(笑)

    もし、池田氏がガンジーやキング牧師と同じように評価されているなら、
    とっくにノーベル平和賞をもらっているでしょう。でも創価学会以外での評価は、単なるカルト教団のトップというだけなんです。フランスは国が創価をカルト指定しているのは有名ですよね。そして今度は「アメリカが創価をカルト指定するぞ」と自民党から公明党が脅されていることも最近のニュースで報道されましたよね。いよいよ公明党は自民党の言いなりです。

    公明党の話が出たついでに、こちらの画像を見てください。

    イラク戦争がなぜ始まって、アメリカが核兵器疑惑をふっかけて参戦して、結局は核兵器はなかったのか。結局は多くの民間の人たちや子どもたちが殺され、アメリカ兵も殺され、国にもどったアメリカ兵の多くが心を病み自殺しました。この画像に日本語訳をよく読んでください。この画像の青年の訴えにあるように、戦争をするのは当事者ですが、戦争を起こすのは、それで金儲けをする雲の上の金持ちたちです。彼らが政府やCIAを操り、世界各地で戦争を起こします。その操られている中に日本政府がいて、日本政府は公明党を操っています。公明党はそれを承知で操られ、そのかわりに創価学会の宗教法人課税を免れています。つまり、創価学会の皆さんも、世界の戦争による金儲けに加担しているということです。だからあなたがたが「広宣流布のために使って欲しい」と差し出した財務のお金が何に遣われているかなんて、絶対バラされては困るわけです。宗教法人の課税制度は、創価にとって直接的な、そして決定的な死活問題な訳ですよ。

    よく「池田先生と世界的著名人との対談があるじゃないか」とか、「世界中の名誉称号をもらっているじゃないか」という学会員さんもいます。創価は学会員さんをそのように思わせるのが目的で、池田氏の会談や名誉称号を聖教新聞に大々的に載せています。よく調べてください。いかに著名人との関わりが、あたかも池田氏を尊敬しているかのような演出をして都合よくでっちあげられているか。名誉称号がその大学や自治体への寄付金に対する単なるお礼でしかないということ。その証拠に、学会以外では何の評価も得ていませんよね。それを学会員には魔だとかなんとか、適当に言い訳をしているんです。学会員さんは何を言っても信じてくれますからね。これらのことは、もともと学会員の洗脳が目的でやっていることなので、学会以外での評価なんて創価にとってはどうでもいいんですよ。

    もう思い出したら、いくらでもおかしなことが出てきますよ。でももうそんなことはキリがないですし、どうせ言ったところで「何を言ってるのかわかりません」としか答えてくれませんからね。

    要は、学会員さん、それで幸せになりましたか?ってことです。
    それって正直な話、幸せのフリじゃないですか?
    心の奥のどこかで無理をしていませんか?
    功徳をいっぱいもらいましたか?
    そうですか、それにいくらお金がかかりましたか?
    そのお金が何倍にもなって返ってきましたか?
    お金を出せば功徳をもらえるのが創価学会ですか?
    お金を出せば何でも願いが叶うという、けっこうドライな宗教なんですね。
    そんなお金で買えるような功徳をもらって満足ですか?
    もっと欲しくなってませんか?
    どれくらいの功徳をもらったら満足しますか?
    それが人間の目指す最高の信仰者の姿ですか?
    そんな生き方を世界中の人がすることが広宣流布なのですか?

    自分の頭と心で、
    今の自分がやっていること、考えていることを
    もう一度、じっくり考えてみてください。
    ここにコメントしてくださる、たくさんの方の
    創価での悲惨な実体験をよく読んで、
    自分では何も考えることなく、創価の言うとおり
    死ぬまでお金とひきかえに
    功徳を求め続ける人生であっていいものかどうかを、
    自分の人生が、目先の功徳に振り回されていないかどうかを、
    じっくりと考えてみてください。

    もう一度言います。
    創価学会は仏教ではないのはもちろん
    宗教ですらありません。
    ありもしない功徳を餌に
    会員さんからお金をまきあげる詐欺団体です。
    そのおかしさを、心の底のどこかで感じているとしたら
    まだあなたには覚醒の可能性があります。
    まだ自分の人生を取り戻すチャンスがあるはずです。

    私のような残念な人生を送ってしまう前に
    はやく気づいて下さい。

    最後まで、ご清聴……いや、ご精読ありがとうございました。m( _ _ )m

    _________________________

    ヒューマンさん、このブログでは、創価のおかしさに気づいて脱会した方や脱会しようとしている方の膨大な数の実体験の話が集まっています。そこにときどき現役活動家さんが現れては、こちらの常連さんとのバトルが展開され、そのたびに私は同じように「ここはそんな場所ではありません」と言ってきました。今回で何回目かわからないほどです。そのたびに同じような話をしてきたんです。ですから、このブログの過去ログを読んでいただければ、現役活動家さんがあなたと同じようなことを発言し、ここの常連さんが同じように反論し、不毛なバトルを何度となく繰り返してきたこともすぐにわかると思います。公明党のイラク支援の話だってたくさんしています。仏教がインドで発生してから日本に伝わるまでの百年もの間にどれだけ教義が変わっていったかとか、日蓮の教義が本来の仏教とどれだけ離れているのかなどの話を山ほどしています。ぜひ読んでみてください。その上で、これまでここでは上がることのなかったことなどがありましたら話題としてとっておいてください。
    それからとりあえずメガネさんからの公明党のイラク支援についてのお返事してください。

  37. 私もテーマに戻ります。

    モニカさんが、とてもわかりやすい「恋愛」をたとえにされたので、
    よく理解できました。

    そうです。恋愛だって、まずは好きになるところから入っていきますが、
    その裏には、その人を絶対的に信じているというのが条件ですよね。
    いえ、信じる心はひっついてきますよね。信じられない人とは恋愛できませんもんね。
    お付き合い別れたり、離婚するときって、相手を信じられないようになった時ですもんね。

    恋は盲目・・・ってのもありますね。

    創価信者は、こういったことも見えないふりなんでしょうか?
    今日、実際の映像でみました。テレビ放映です!
    だってですね、今年の総決算のニュース特番をバンバンしているのですから。

    それがこれ。

    【表明】「返せばいい」東大阪市議会議長が辞任
    2014/11/10 19:27
    東大阪市議会の政務活動費問題で、「返せばいいだけ」と発言した公明党所属の議長が議長職辞任を表明しました。
    東大阪市議会では政務活動費の不正が相次ぎましたが、公明党市議団はこれまで、「不適切な使用はなかった」としてきました。
    しかし「出張費の二重請求」などの不正が明らかになり、10日、これらを含む680万円を返還しました。

    【政活費】東大阪市議らが視察旅費を二重受給
    2014/11/4 19:12
    東大阪市議会の議長を含む公明党の市議らが、視察の旅費と政務活動費を二重受給していたことがわかりました。
    東大阪市議会の平田正造議長ら公明党市議6人は、2012年、東京に幼稚園と保育園の一元化などを視察した旅費として、およそ31万円を受け取りました。
    視察の旅費は領収書を添付する必要がなく、公明党市議団は25万円分の領収書を政務活動費の報告書に添付して二重に受け取っていました。
    平田議長は事務的なミスだと主張しています。
    平田議長は、「たまたま、まざったんだと思います。もう1回調べて、返せばいいだけのこと」と話しました。
    東大阪市議会では政務活動費の不正支出が相次ぎ、議員の半数の20人が3165万円の返還を表明しています。

    信者は「こういうことも出てくるさ、たくさんの議員がいるんだから」なんて言うのでしょう。そして過去にもそういう言い訳を聞いてきました。本当に、信じるって怖いですね。
    悪い事しても怒らないんですね。他党や他宗がしたら、ぼろくそなのに。

    悪いのは議員個人で、党や創価はわるくないって、そういう解釈でしょうね。
    しかし、この場合はこんぺいとうの市議団がやってるんですよね~。

    よく支援できますね。

    信じるって怖いです。

    宗教だけじゃなくて、今後のいろんな生活の中ではうのみにせず、いろいろと考えてから
    「信じる」ことを行いたいと思っています。

  38. signifieさんの以前のコメントコピペでの紹介の本、「龍樹」ってゴショに出てくる「竜樹」ですよね。
    ふとゴショで、「竜樹、天台、伝教」と「日蓮」を足して三国四師と言っていたゴショを思い出しました。
    今思えば、とてもド厚かましいゴショなわけですね?ド厚かましいと言えば、
    そのゴショと同じように「ガンジー 、キング、 イケダ 」などと言っている、御老人を思い出しました。

    信じるって怖い。創価以外勉強しなくなりますもん。それでいいって信じるから。
    これから、仏教の歴史を創価の教学以外の側面から勉強したいと思います。

  39. signifieさん

    ご丁寧に、ここまでしていただいてありがとうございました。

    貴方がここに書き始められたあたりを2, 3ヶ月分かは読みました。
    そして今回のご提示していただいたものを今一通り読みました。
    ほとんど理解できましたが、やはり、長いのであらためて読み直しますけれども、今日はもう遅いのと、うちのカミさん、何かと言えば、私のやることなすことを監視していて(妄想も含め)、時にヒステリックな面を爆発させるタイプですので、更に火に油を注ぐことは特に危害の及ぶ我が家では控えた方が賢明と思いますから、感想なり意見などは、明日以降とさせていただきます。

    失礼な物言いかもしれませんしが、また、嫌味のつもりはまったくありませんが、これだけ真剣にそして誠実さを失わないよう配慮されている方なのに、余計とも言えるご苦労をなされて、しかも、ここ一月ほどの期間でさえ、味方であろうはずの、ここに退会しようと来られる方々、退会した方々の目に余る醜態にも似た姿勢にまで、ご配慮されての行動は、私からすると、一言で言えばもったいないことしてますね、になります。

    これまで、貴方や、satouさんのご提言もありましたから、すべてとまでいかないまでも、ある程度ははじめから呼んでみようと思っていましたが、今回提示していただいた内容を拝見し読み直す必要がないと認識したことと、私が読み直してからでは、かえって何か対策を練ったかのような印象を与えては不本意ですし、卑怯者が使うともいえる後出しジャンケンになりかねませんので、そうしたこととならないよう配慮しての意味でも、まずは今回提示していただいた内容への感想や意見を述べさせていただきます。
    もちろん、メガネさんへの誠意を先に示してからとなりますから、ご心配なく。
    (今日以降、読み直したかどうかは、貴方或いは主催者と同じ立場の方にはおわかりですよね、たぶん、私がここへの書き込みをしていたPCが2台であることもそちらにはお見通しでしょうし、いつ、そして何回アクセスしたかもお分かりでしょうから。)

    私との対話はさておき、卯月さんが早くお元気になられるといいですね、もう年の瀬ですし新年を迎えるためにも。 そして、ハンドルネームでは届かないかもと思いながらも、人智を越えた生命の可能性にも期待して、卯月さんの最後の書き込みの日から卯月さんへもお題目を送っています。
    これは性分によるところもあるかもかもしれません、信心する前からそういう一面が他者より強かった気がしていますから。
    (一例ですが、邪宗の家庭に生まれた私が、高校生の時、小さい頃から繰り返していた喘息の発作が出始めた際、吸入の薬を切らしてしまっていて、どうせ2, 3日苦しみ寝込むなら、吸入の薬のようにタバコを思いっきり吸い込んで、吐き出したらどうかと試してみたら、その途端に発作が止まったことがありました。)

    最後になりますが、はじめの頃に貴方が書かれた内容に、本にしたりそうしたブログにしていけたらいいとお考えだったのですね、今となっては何の証拠も提示できませんが、ここに参加しはじめ内容もほとんど理解していない頃から、まったく同じことを私も考えてもいました。
    私は不思議だなと思いましたが、やはりそれも創価脳のなせる技なのでしょうか。

    私との対話は、なるべくご提供いただいたスレッドでと思っていますし、特にあそこは経緯も大切にしたいと思っていますから、そちらの方へもこの内容をコピペしておきます。

    では、おやすみなさい。

  40. さすがです、”学会の書物は読破しました。” と仰った方は、学ぶ姿勢もハンパない。

    読破しましたなんて、学会の重要な書物は一通り読みました、としか私には恐れおおくて言えません。
    やば、もうこんな時間だ!! カミさんに見つからないように、しずか~に寝よ。
    (説明もいらないと思いますが、上記は私なりの茶目っ気です。)

  41. kickeyさんの仰るとおり、創価を「信じる」ことは、世界最高の生命哲学を知っているから、他の宗教や哲学について学ぶ必要がないと勘違いすることに繋がるから恐いのです。
    実際、自分が牙城会任務の際、暇な時間帯を見計らって『神との対話』の本を読んでいたら、圏男に見つかって メチャ怒られました。
    ちなみに、イスラム教のスーフィーと呼ばれる教えは、とても素晴らしい教えです。あと、生きざまという観点では、現代のキリストと呼ばれる
    サドゥ サンダーシングというクリスチャンの信仰に徹する姿にシビレました。
    世界には、我々の想像を遥かに超えた偉人がたくさんおります。
    ガンジー キング イケダ ???
    悪い冗談はやめて下さいな!!

  42. メガネさん、彼との対話中に割り込みまして大変恐縮ですが、当時の自分に創価の組織から与えられた情報と驚くほど一致します。その偏った情報から、創価学会と公明党の判断は「正しい」と信じていましたが、ネットの情報を「正しく」活用し、覚醒に至った我々の判断は「正しかった」と信じています。signifieさんの文章と同じく、いつも的確に要点を掴んだ解りやすい表現、ありがとうございます。

  43. 連投すみません。
    昨日、勲章コレクターのじいさんと同い年の近所のじいさんから、ネギと芋のお裾分けをたくさん頂きました。こうしたあたたかい心を持った人間がそばにいてくれる幸せをかみしめています。
    寒風の中、ラギッドな作業着に身を包み、畑仕事に精を出す。このじいさんも、親父と同じく神道的な宗教観です。
    じいさん、いつも優しく 時に厳しいあなたは、超クールです。あなたのようなじいさんになりたいです。
    それでは皆様、ハッピーなクリスマスを…。
    (^_^)/~~

  44. ヒューマンさん、言いたくないのですが、あなたは注意された後も一言わないと気が済まない方のようですね。
    「>味方であろうはずの、ここに退会しようと来られる方々、退会した方々の目に余る醜態にも似た姿勢」というのは私にはさっぱりわかりませんでした。
    ここに来ている方の多くは、貴方より古くからこの書き込みを知っていて「読む必要がない」とは思わず、多くのスレッドをきちんと読んでいます。
    またシニフィエさんが誠実なのは、誰よりもここの皆さんが御存です。
    なので、その誠意を裏切らないような書き込みを心がけています。
    今回「余計と言えるご苦労」をしなければいけなかったのは、誰でもないヒューマンさんに対してということを少しがご理解ください。
    自分はまったく悪くない、というそんな態度は少なからず慎んだ方が良いと思います。
    いえ、そう思ってはいないというのであればそれでいいと思いますが、文面からこのような印象を持ってしまったので一言申し上げました。

    これ以上は言いませんので、貴方もめがねさんとの対話に集中されてください。

  45. あらためてクリスマスです

    私は長女が公立の高校受験が不合格となり、私立のキリスト系の高校へ進学することとなった
    とき、はじめてキリスト教の式典に参加する機会がありました。
    まさか、こんなことになるとは思いもよらず、なんでもうちょっと私立進学を考えておかなかったんだろうか、と複雑な心境で会場に向かいました。
    響き渡るパイプオルガンの音色、賛美歌のうっとりとするハーモニー……
    そして新入生やその保護者に対しての講話も思いのほか慈愛に満ちたものでした。
    周りの誰も私を知っているどころか創価学会の実家で過ごしたことも知る由でなく、
    それなのに自分は、いかに慢心に満ちて心を閉ざしていたのか、
    とても恥じ入るような気持ちになり、頬が紅潮しました。
    まるで久しぶりに現れたペーターが思わず帽子を取るような気分…でした。

    長女が入学してからも、折にふれての行事に接する機会があり、
    だんだんと素直に感謝する気持ちというものの有難さを感じるようなりました。
    長女はそのままキリスト系の大学に進学し、リベラルな中で勉学を続けています。
    隣人を愛することが平和につながるという身近な講話がすてきに思っています。

    私は結婚して実家を離れることで活動はしなくなりましたが、
    この長女のキリスト系への進学を通じて、創価学会にいた頃の自分が
    とにかく理不尽なままに他宗や他の思想を受け付けることなく、
    ガチガチな頭で人生を過ごしていた虚しさを実感しました。
    その後この場に出会い、より自由にものを考え、覚醒が始まりました。

    だからといって、キリスト系に改宗するつもりではないのです。
    気持ちを楽に、心からそういった良い面にふれることができたのがよかったのです。
    クリスマスが終われば、年末年始に神社仏閣にふらりと訪れる機会もあると思います。
    あまり突き詰めることなく、少しフランクな気持ちで向かえば、何かきっかけがあるかも

  46. 初めまして。二世のみるくと申します。少し前にこちらを知り遡って読ませて頂いています。
    私は未来部の頃から活動してきました。結婚し婦人部になりある日突然鬱病になりました。それ以来ほとんど会合には出ていません。
    鬱病になったのは完全に学会活動が原因だと思っています。学会の中では、心や時間やお金の限界を突破するようにすごく煽られますよね。
    でも、「もう限界」と思うことは自分の心や身体や生活を守るために必要なことだと今は思います。
    あるクリニックに通っていますが、そこのカウンセラーが言っていました。「学会員さんが多く通っていますよ」と。
    私も学会の教義や生命論など感動して信じて活動してきましたが、これが現実なのでは・・と今は思っています。

  47. 以下、signifieさんにお願いすればいいことでしょうか。

    テーマに関係しないことに関してですみません。
    システムなのかアプリなのか、signifieさんが承認してから掲載される仕組みなのか、どこに原因があるかはわかりませんが、

    *こちらのテーマのところへこの時間に書いたこの内容と、
         ヒューマン
         2014年12月24日 01:27
         
         私との対話は、なるべくご提供いただいたスレッドでと思っていますし、特にあそこは経緯も大切にしたいと思っていますから、そちらの方へもこの内容をコピペしておきます。

    *そのあとで、提供していただいているスレッドへ書いたこちらの内容の”間の時刻”に、
           ヒューマン
            2014年12月24日 01:36
           
           メガネさん
           
           ありがとうございます、わかっています、気にしないで下さい。

    *2014年12月24日 01:27の”そちらの方へもこの内容をコピペしておきます。”として、同じものを載せたはずなのですが掲載されていないようです。

    *冒頭のいずれの原因によるものかご確認いただけないでしょうか。

    私としては、同じ内容なのでそこへ貼る必要もないからと、signifieさんの配慮で割愛されたのでしたら、それはそれで構いませんが、何かシステム側の原因によるものなら、どなたであってもせっかく書き込んだ内容が消失してしまったのであれば問題なことと思いますので宜しくお願いします。

  48. ヒューマンさんへ

    >うちのカミさん、何かと言えば、私のやることなすことを監視していて(妄想も含め)、時にヒステリックな面を爆発させるタイプですので、更に火に油を注ぐことは特に危害の及ぶ我が家では控えた方が賢明と思いますから、感想なり意見などは、明日以降とさせていただきます。

    ヒューマンさん、ここへ感想や意見を無理に書き込まなくても良いですよ
    奥様がなぜヒューマンさんのやることなすことを監視されるのか知る由もありませんが奥様と仲良く暮らされることのほうが大事です。

    こう言っては実も蓋もありませんが貴殿の書き込みを真剣にとらえている人は誰もいません
    ええ、はっきり言いますよ
    今となってはただの1人も貴殿の書き込みに賛同されるひとはいないのです
    もはや貴殿の書き込みは多くの方が理解不能あるいは解読不能となっています。
    どうしようもありません、コメントしようもありません、読んでもわからないのですから。

    すなわちここへの書き込みは貴殿にとって大切な時間の浪費でしかありません
    奥様にとっても何一つ利益になることもありません

    ここはひとつ邪宗(笑)であるクリスマスを祝い、奥様に素敵なプレゼントでも差し上げてみたらいかがですか?
    分厚い御書を読み聞かせるよりも美味しいクリスマスケーキを仲良く一緒に食べたほうが奥様はにっこりほほ笑むでしょう。

    連日さぞお疲れでしょう、どうか頭と心を休ませて穏やかな年末年始をお迎え下さい。

  49. 管理人さんの長いコメントの後にもまだ懲りず嫌味のコメント、かみさんが。。とか言いながらしっかり書き込むところが、すごいです、名指しでなくても誰宛の嫌味かわかります!いちいちコメントする必要のない内容ですよね!そんなことしてるから、みんなにいろいろ言われるんです!signifieさんのコメントのあとは、ここの常連は、あなたへのコメントまったくせずテーマに戻ってるんですよ!
    あんたは、メガネさんの質問に集中したらいいんです!
    いい加減にしろ。
    創価を一生懸命したらそこまでしつこく性格悪くなるという証明にこられたんですか?
    くだらないコメントは結構ですので!誰もあなたに対して話しかけてませんので!
    管理人さんのコメントにコメント返したんです!
    もう、ここに書き込むな!またまた感情的とかいうかもしれないけど、
    自分のした事を考えてみてください。
    管理人さんのコメント以降の常連のコメントもみてください!
    あなただけですよ、変な嫌味コメントしてるのは。
    管理人さんの意図伝わってないのですか、それとも完全な理解不能なバカですか?

  50. 久々の投稿でふ。
    みなさんメリークリスマス

    クリスマスプレゼントをもらえなかった悲しい三世の世代です。
    私の子供にはそんな悲しい思いをさせたくありません。

    最近こちらに来ることも少なくなりました。覚醒当初は色々気になって他のサイトとかも色々みていたのですが、それすらも、なくなりました。

    1番の決定打は信じてたものをコロコロ変える組織の体質です。一応私はお山にもいったことがあり、大御本尊様を拝んだことがあります。私はそれを信じてました。なのでとある事情で、いまは離れてるという認識でした。いつかは戻ると。
    でもそれも否定したので、綺麗さっぱりやめてます。籍はありますけど。宗門にいくつもりもないです。
    なくても何も変わらないし、むしろ縛られるものがなくなって、気が楽になりました。
    みなさんには黙ってましたが、ここに書き込むようになってからも、人間関係から創価班の着任だけはついてました。人足りてなくてかわいそうだからという理由で。
    でももうあれ以降やめました。
    最後の砦みたいなもんだったのですが、それもやめたら本当気が楽になりストレスなくなりました。
    家族を犠牲にしてまでなんのためにやってたのかって思います。
    選挙は次世代にいれました。死に票になりましたけど笑

  51. 信じるということ
    まさに生まれてから信じこまされてきました
    そうです、完全なマインドコントロールです
    学会の人たちの中には本当良い方もいることも
    確かです。が、トップは
    緻密な計画性と人の心の動かし方を
    良く心得ている方たちの詐欺の集団です。
    ただ、今のようにインターネットもなかった時代は
    いろんな事件や世界の情勢やその他宗教のことが
    目に触れにくかったので余計にがちがちにコントロールが
    できやすかったのですね
    ネット時代になり
    融通が利く分不利なことも情報は山のように
    出てきます
    学会を去って行った方たちは
    苦しんだ末の覚醒で虚しさやくやしさが残る結果であることだけは
    事実です。
    それがすべてです。
    信じたものが間違っていた・・・
    なんていうことでしょうか・・・
    最近はずっと読むだけでしたが
    私の頭が悪いのか
    全くもって意味が分からない
    コメントする方を拝見しながら
    やっぱり創価はインチキなんだな~
    と、改めて感じた次第でした
    ありがとうございました。

  52. ここの場を逆手にとって裁判とかも起こしかねない?のかも、と思いあたったら正直、怖くなりました。。

    なにしろ創価学会は裁判好き、ですものね。
    相手に全く非がなくても、ふっかけ兼ねないとまで想像してしまいました。考えすぎかもしれませんが。。

    みなさま、言動や使われるソースなど充分にお気をつけくださいね。。

    取り越し苦労、ばかりの流れ星より。。

  53. 11月末から本日(クリスマスイブ)まで、短期間で利益率35%を叩き出すという、この業界では今時あり得ない無謀で困難な仕事を請け負っていました。時に、命の危険にさらされるような職務でしたが、下請業者にも恵まれ、予定通りの利益率を確保しつつ、お陰様で無事に終えることができました。
    自分を信じ、周りの人間を信じ、努力を重ねていくうちに シンクロニシティみたいな不思議な偶然が重なり最高の仕事ができました。
    とりあえず、平和な正月休みになりそうです。

    子供達の枕元にプレゼントを置く時間帯を考えながら、ゆっくり休みます。明日の朝方、子供達のテンション上がりまくりの笑顔が楽しみです。
    (^_^)v

  54. loga です。
    今日はクリスマスです。
    世界を見渡せばあらゆる所で戦争と云う名の殺し合いが行われています。
    私はクリスマスダデイは世界中の人が一斉に皆で平和の祈る日だとも思っています。

    この世の中には戦争をビジネスにして大儲けを願っている人、
    そのおこぼれをいただき手先になっている政府や政治家、
    外交上の損得勘定でそれに賛同せねばならない弱小国、
    そして戦争に借り出される若者とその家族、
    突然の砲撃を受けねばならぬ羽目に陥るひそやかに貧しくも暮らしている当事国の国民、
    残念なことにそういう人たちがいて戦争の悲劇が成り立ってしまいます。

    創価の人も、脱会を考えている人も、既に覚醒した多くの人も同じ立場で戦争のない平和を
    それぞれの立場でもう一度考える日にしませんか?
    イラク戦争への加担、集団的自衛権行使容認、それに原発再稼動、、、等など
    何かこの日本はしなければならないのではないですか?
    このままで良い訳はないですよね。

    幸い創価の人は公明党に影響力があります。
    心からの平和共存への叫びを損得や宗教の違いを超えて願い訴えてもらいたいのです。
    あなた達にとって生命論の話は大事でしょうが、
    今現在も世界のあらゆる所で人権が奪われ命が奪われる戦争が蔓延しているこの世を
    まずどうにかしないといけないですよね。
    是非公明党、更に自民党の影響力のある人たちに働きかけて欲しいのです。

    あなたたち私たちが出来る小さなことをそれぞれの立場で行使していきませんか?
    それには創価であれ、そうでなくても共通の課題だと思ってくれることを私のクリスマスの
    願い事としたいと思います。

    最後に私の大切な人とその家族が早くきっかけをつかんで
    覚醒できますように、、、と !

    An eye for an eye will makes all blind.
    Mahatma Gandhi
    (目には目、、、では人々を盲目にしてしまうでしょう     マハトマガンジー)

  55. 今日の午後2時頃にコメントしていただきました「ひまわり太郎」さん。このブログは最初にコメントされる方には自己紹介をお願いしています。自己紹介のない方のコメントは承認しないか、してもすぐに削除するようにしています。それは対話の意志がなく単に言い捨てるだけのコメントがないようにするためのルールとして設けています。よろしくお願いします。

  56. ラザリスさん、仕事での実績を持って年末を迎えられること、おめでとうございます。
    今日はクリスマスなので、皆さんの書き込みや、FBの友達の画像などを楽しみに見ています。
    最近は、幹部でもクリスマスパーティーしてますね。
    何人かの人が、まだまだ繋がっていますが、パーティーの画像をアップしてましたよ。
    それでは、皆さん、年末年始身体に気をつけてお過ごしください。
    Signifieさんに至っては、お忙しいようですので、無理なさらずお大事にされてくださいね。
    メリクリ!

  57. 幹部がクリスマスパーティーしてるってことは、もう気付いてるんですよね。
    本部にはクリスマスツリーが飾ってあったりして(笑)
    私がここで一貫して活動家に問うている質問で、これだけは絶対にアンサーが来ないことが以下です。

    昔は「人生の不幸の原因は、実は誤った宗教が原因である」「正しい宗教はたった一つしかない」
    創価はこれをお題目に発展してきたんです。
    お守り袋一つ持ってるだけで大騒ぎでしたね。
    他宗は邪宗といい、力がないだけでなく、害毒であると。
    どんなに普段の行いが正しかろうと思いやりに満ちてようと、信じる宗教が間違っていたら人生は間違うのだと。
    ロクな死に方をしないと。
    成仏なんかあり得ないのだと。

    これを完全になかったことにしている時点で、教義は完全に破たんしています。
    唯一正しい宗教なんてこの世に存在しないし、人生の不幸が誤った宗教からくるなんて有り得ない。
    いや、ある宗教の宗派ではそういう教えかもしれないし、それはいいと思うんですよ全然。
    ただこれを一宗派の言い分に留まらせず、全世界の法則、宇宙の法則とまで言い切った事実はどうするんでしょう。

    創価はこれを否定しますとは公式ではっきり明言してません。
    ただピタリと言わなくなり、そんなこと言いましたっけ?とばかりに書籍を絶版にしてなかったことにしているだけです。
    明言しない代わりにこうするのが手法です。

    つまりトップはインチキだと当然わかってるんですよ。
    インチキというか、この宗教で騙せるのは戦後数十年だなと。
    わかってるんだけど、それを頑なに信じて莫大なお金を貢ぐ信者に、なぜ本当のことを告げる必要があるでしょう?
    ウッシッシッシ!それで救われている人がいるんだからいいじゃないか。
    そうなんでしょうね。

    活動家はただのカモです。
    ここで何を言おうとカモの言い分です。
    バカにしてるんじゃないんです。
    むしろ同情しているんです。
    それに納得がいかないなら、今でも幸・不幸の原因は宗教だと断言できますか?
    かつて創価はこれを免罪符に発展した事実を知っていますか?
    今は、それをなかったことにしているのは何故でしょう?
    明確に答えて下さい。

  58. kickeyさん、ありがとうございます♪
    楽しい年末年始を過ごされて下さい。
    (^_^)/~~

    創価学会の教義については、モニカさんの仰るとおりだと思います。たかだか数十年間の内に内容がコロコロ変わってますね。仏教の長い歴史に比べたら、ほんの僅かな時間です。
    『折伏教典』の扱い、日蓮正宗との関係、戸田二代会長が言ってた宗門を護る姿勢、偽御本尊についての見解、etc.
    昔は、謗法をことごとく戒めてましたね。家に神札一枚あるだけで功徳が全くないみたいな…。
    男子部の先輩は、神社の鳥居の中を通らず 脇を必ず通ってました。
    たしか、ゴショに 漆千杯のなかに蟹の脚一本なんちゃらってありましたよね。
    最近の会則変更の件にしてもそうですが、その場しのぎで要領よく教義を変えていってるとしか思えません。
    自分としては、創価学会の教義については全く興味がないのでどうでもいいのですが、少なくも宗教を語るのなら、そこらへんは根幹部分でしょうから、あいまいにしないほうがいいと思います。

  59. 連投すみません。
    創価学会の信心という観点について、自分がものすごく尊敬している、サンダー シングというクリスチャンの信仰に徹する姿を通して述べます。
    インド人である彼は、ヒンズー教からキリスト教に改宗する際に、家族から毒を盛られ殺されかけています。また、神に対して「真実」を示してくれなければ、自らの命を絶つと無謀にも早朝の鉄道のレールに体を縛りつけ命からがら「真実」を探しだすきっかけを掴んだと言っております。
    また、ボロ布一枚の服に聖書だけ持って、アジア各地方を布教していますが、彼のそうした活動に反対する勢力によって、死体が山積みされた牢獄に入れられますが、この時も不思議な体験によって命からがら逃れたとのことです。
    まだまだ、彼にまつわるエピソードはたくさんあるのですが、これだけとっても 会員から巧みに金を巻き上げ、その金で立派な家に住み、冷暖房の整った会館で暇をもて甘し、高級チョコレートを食べながら、アイロンのかかったブランドのシャツを着て、勲章コレクターのじいさんをおだてまくって自己満足している宗教貴族さんとは訳が違うと思います。
    創価学会の信心のリーダーとは、この程度の人間です。

  60. スマホからの投稿です。
    管理人さん、いつもお世話になっております。

    子どもの頃から、創価学会の組織に何となく嫌悪感がありました。なぜかわかりません。学会員さんの印象は良かったのですがね。(父親がアンチ創価で猛反対するから?)

    子どもから見て、生真面目で他人に親切な母のことは人として信頼でき、自己中でお酒にだらしない父は信頼できませんでした。
    母は決して子どもに信心を強制しませんでしたが、信心の素晴らしさはよく語り、センセーのことは「偉大な師匠」と…。
    信頼する母の言葉、母の姿を見ていて、いつの間にかこの信仰を信じるようになっていた自分です。

    創価学会組織への抵抗感はずっと消えずありましたが、信仰としては正しい信仰だと微塵も疑うことなく、今年覚醒するまで信じきっていました。
    信頼する身内からの感化で信じていた。あと、日蓮上人の言葉も信じる支えになっていました。
    本当に創価学会の宗教ビジネスは巧いですね。

    モニカさんのコメント
    〉昔は「人生の不幸の原因は、実は誤った宗教が原因である」「正しい宗教はたった一つしかない」
    と。
    〉どんなに普段の行いが正しかろうと思いやりに満ちてようと、信じる宗教が間違っていたら人生は間違うのだと。
    ロクな死に方をしないと。
    成仏なんかあり得ないのだと。

    ありましたね。子どもの頃からよく聞きました。
    20年前、婦人部で活動していた頃、当時の地区幹部に、家の中にある邪宗関連のものを探しまくり(屋根裏まで探したと)、焼き捨てたら、人生が良い方向へナンタラカンタラと、邪宗を払うことの大切さを力説されました。
    その地区幹部は、何人ものお宅のホウボウ払いをしてあげた(屋根裏まで探し)と、真剣に言っていました。
    当時、では我が家もぜひ…とならず、その地区幹部に狂気を感じ、引いてしまったことをよく覚えています。
    そんなご苦労なことをされた地区婦、今現在もバリ活らしいのですが、おかしいなと思ってもよさそうなのですがね。

    ラザリスさんのご家族のお話しや近所のおじいさんのお話しはいいですね~。心があたたまります。(o^-^o)

  61. 御書には“謙譲”という文字があるのでしょうか?
    以下の文章はある宮司さんが中国人や韓国人に対して言われた事なのですがまんま創価学会員にもあてはまるのではないでしょうか

    日本の文化は「慎ましさ」を礼賛しわびとさびの世界なのです。
    「控えめ」を推奨しています。
    「能ある鷹は爪を隠す」というのが「望ましい人」の行動原理を代表しています。
    才を誇ってはならないということです。
    似たようなものに「実るほど頭を垂れる稲穂かな」があり、
    「下がるほどその名は上がる藤の花」があります。
    功績を上げた人、美しき人は「謙虚」だからこそその美徳が一層輝くのだ、という意味なのです
    それは、良いとか悪いとかではなく「日本人の民族性」なのです。
    また世間の忠告としては「出る杭は打たれる」というのもあり
    「雉も鳴かずば撃たれまい」とか「言わぬが花」という助言もあります。
    これらは自己主張を戒め、言動の「節度」の重要性を説いています。
    有る意味での「謙譲の美徳」です
    <謙譲の美徳の意味>
    「謙譲」という言葉の意味は、へりくだって控えめに行動することで、 相手を優先した行為を行うことを言う。
    日本には「謙譲の美徳」という精神があり、人を先に立てて、自分は出しゃばらないということが美しい行為であるとされてきた。
    日本の武士道の中にも、真に優れた武士は外見上あくまで威張らず、
    武勇を誇ったりしないものという精神文化が存在したと言われている。
    この日本特有の“謙譲”の精神とは、「謙譲に値する能力・資質を身につけること」
    「相手を立てる行為に、“愛情”を注ぐこと」である。
    人々にも“愛情深く”接し、決して、後ろ指をさされるような行為をしない。
    あらゆる人々から尊敬される。
    その精神が、尊い精神で、昔からが受け継がれていたものである。

    いかがですか
    創価学会員の選挙活動に謙譲の美徳を感じられますか?
    聖教新聞の紙面には謙譲の美徳がありますか?
    他宗を邪宗と言い捨てる創価学会に謙譲の美徳がありますか?
    私達日本人は昔からの文化として謙譲の心を持っているのです
    創価学会が多くの人々に嫌悪感を持たれるのはそういう理由があるのです。
    しかし、現に多くの会員を有し創価学会は存在します
    謙遜や謙譲などなんの得も無いという方もおられるでしょう
    師子吼の題目で仏天を揺り動かし勝利を勝ち取ろうと言う方もおられます
    そのような方々には必要な組織で存在価値はあるのかも知れません。
    それはそれでかまいませんがいつかは自分たち日本人特有の美しい文化に気がつく時が必ずやってくるものと私は信じております。

  62. signifieさま、皆様、はじめまして。
    つきこと申します。

    数ヶ月かけて、はじめからじっくりと
    signifieさまの記事、皆様方のやり取りを拝見して
    自分の直感が間違ってはいなかったのだという自信をいただき、
    長年の胸のつかえも取れました。
    本当にありがとうございます。

    拙い文章で、大変恐縮ですがどうぞよろしくお願いいたします。

    わたしの夫は男子部の幹部で、
    両親も地区幹部という、バリバリの活動家一家です。

    わたし自身も結婚を機に、有無を言わさず入会させられておりますが(子供達もです)
    この件に関しては、分別のつく、大人の自分で選んだことなので、
    自分で責任を取るしかないと思っております。

    幹部の夫の手前、しおらしく、物分りの良いふりをし、
    役職を引き受けたり、(役職を断ると、福運が遠のく(?)と、夫から強く言われてきました)
    学会活動とも、それなりに折り合いをつけてきましたが
    (新聞の啓蒙や、選挙活動、折伏などは、拒否反応があり、一切しませんでした)
    入会して、十数年が経過しても、
    どうしても創価学会という団体に魅力も、好意も持てず
    知れば知るほど、不信感と疑問しか出てこなくなりました。

    また、学会の中でしか通用しない、特殊な価値観が
    当たり前だと子供には思って欲しくない。

    わたしも、周りにいる学会員さんのようになりたくない。

    これまでに夫に、やんわりと学会の矛盾や
    自分がのめりこめない事や、わたしはこう思う・・・と
    気持ちを話すことも試みてきたのですが、本人の性格もあって、
    それを批判と受け止め、烈火のごとく、怒り狂ってしまい、
    説得は難しいだろうと感じますので
    今現在、こちらのテーマにありますように、
    少しずつ、少しずつ学会と距離を取り、
    せめて、自分と子供たちは、静かに去ろうとしています。

    夫は2世ですので、生まれた時から当たり前に学会という環境と、
    学会基準の価値観と共に育ってきていて
    それを否定される事は、自分の全てを否定されるような事でしょうし
    その気持ちはわからなくもないのです。

    突き放すようですが、夫が誰にも迷惑をかけず、
    何かの宗教に一人勝手にのめり込む分には、好きにしたら、と思っていますが
    創価学会というところは、個人の信仰では済まず
    活動が日常生活を侵食し
    折伏にしろ、選挙にしろ、必ず周りを巻き込んでしまいます。

    その辺はどう思っているの?と聞いたら
    「いい事を知っているんだから、他の人にも教えてあげたいじゃないか」
    と言いました。

    その気持ちも少しはわかりますが
    そこには自分の気持ちしかありません。

    相手が迷惑に思っていたり、不快で、余計なおせっかいの場合もあるのに
    「「でも」いい事だから・・・」
    と言います。

    その「でも」が通用すると思っているところが
    そもそも間違っていることに気付きません。

    とてもシンプルで簡単な、
    ごくあたりまえの道徳観や社会的ルールが分からなくなってしまい、
    平気で、人から疎まれることをしてしまう。

    何度もこちらで話題になっていますが、
    MCの部分、麻痺している部分、本人の資質など
    いろんな事が重なってはいるのだとは思いますが、
    人として、最低限のルールを簡単に踏み越える人から
    いくらこの信仰で幸せになれるとか、選挙を頼まれても
    「イヤ、アナタの様な人に言われても・・・」と、引いてしまうぐらいで
    何一つ、説得力がないと思ってしまいます。

    以前、夫との会話の中で、哲学の真・善・美の話になりました。
    学会は、美・利・善(順番が違うかも・・・)だそうです。

    例えば、風邪を引いている人が居て
    よく効く風邪薬を自分は知っているとします。

    大事なのは、その成分が何かではなくて、効くか効かないか。

    この薬を飲めば治る。
    だからこの薬を教えてあげる。

    中身(成分)を知っていなくても、風邪が治るならそれでいいじゃないか。

    みたいな、極端な事を言っていました。

    そりゃあ治る事も大事ですが、成分・・・それも大事ですよね。

    人によっては、副作用やアレルギーで、
    生命の危機にさらされる事だってあります。
    人によって(症状によって)処方も違うはずです。

    それは、真・・・というと大げさですが
    変えようのない本質の部分だと思うのですが
    それよりやみくもな、目先の効果の方が大事かと言われると
    何だか違う気がします。

    あくまでわたし個人の考え・価値観ですが、
    学会の活動、信心の面でもこれと同じ事をしている気がして
    もっと根本的な大事な事があるのでは?

    こういう思考、行いが
    人として美しいものではないのでは・・・と
    ずっともやもやと思っていました。

    今、夫には、
    やらない言い訳、お前は理屈ばっかりと言われ
    とても悔しい思いをしております(笑)。

    もちろん、やりたくないから言っているのですが
    それすら分かってもらえない。
    ぐうの音もでない、愛あるトドメの理論はないものでしょうか。

    ああでも、それがあるのなら
    こんなに沢山、悩む人達はいないですよね・・・。

    記事の内容とも反れており、
    皆さんのように、知的に明快に書けず
    だらだらとまとまりのない文章になり、申し訳ありません。

    質の高い意見を知ることの出来るこの場所を、
    大切に思い、心の拠り所にしています。
    signifieさま、皆様のやりとり、来年も楽しみにしております。
    ありがとうございました。

  63. つきこさん、はじめまして。丁寧なコメントをありがとうございます。深刻な問題ですね。
    このブログを読んでいくなかで、同じような家族の問題に直面している方々がたくさんおられます。一家和楽とか言いながら、創価学会のバリ活と覚醒者が同居している場合は、ほぼ100%いさかいが絶えません。覚醒率1000%の自分にしても、義理母がいる限り、大嫌いな創価学会と完全に縁を切ることは出来ずにいます。いずれにせよ、家族は大切にしていかなくてはなりませんので、時間はかかってもそれぞれの家族にとって最善の道を模索する以外にありません。創価学会の崩壊するその日まで、お互い頑張りましょう。
    またのコメント、楽しみにしております。
    (^_^)/~~

  64. つきこさん、はじめまして。
    コメントありがとうございます。
    このブログを全部読んでくださったんですね。
    ほんとうにありがとうございます。
    管理人の私でさえ、もう一度全部読めと言われても勘弁してほしいほど(笑)の量をよくぞ読んでくださいました。
    そして、つきこさんの自信につながったことも、とても嬉しいです。こちらこそお礼を言わせてください。
    ご覧のように、このところ多少とっちらかった部分はありますが、これからも決してぶれることなく、皆さんと一緒に創価からどうやって去ることができるかを話していきたいと思っています。どうぞよろしくお願いします。

    >ぐうの音もでない、愛あるトドメの理論はないものでしょうか。

    私もかなり考えました(笑)。
    でもそれは相手がまともに話を聞く環境があるかどうかの問題であり、私たちがここで話していることのほとんどは、本来なら「ぐうの音もでない、愛あるトドメの理論」なんですよ。でもそれを聞く耳を持たない、持たされていない、耳を奪われてしまっている学会員さんである限りは、それは何の役にも立たないんですよね。これまでのこのブログで展開されてきた活動家さんとの対話の試みを通して、私たちはその不毛さに何度も落胆しました。今度こそ、今度こそと思って、ありとあらゆるアプローチを試みてきたつもりですが、ご覧のようなありさまです。
    ですから私は途中で無理はしないことにしました。ああ、無駄な努力なんだと、いわば諦めたわけです。バリ活の人とどんなに討論しようと、話がかみ合いません。私たちはこれまで現役活動家として、彼らと同じような考えだったのですから、彼らが何をどのように考え、脱会者をどのように見てきたかを知っているわけです。自分のことですから、今さら言われなくてもよくわかっていることですよね。それがあるきっかけを境に、180°考えが変わってしまった。ですからこのブログで現役活動家さんと対話をすることがあるとすれば、私たちがなぜ180°考えが変わったのかということについて、いったんお互いの立場や主張のステージから飛び降りた上で、つまりできるだけニュートラルな場所で、お互いのことにも配慮しながら、対話をしてみようじゃないかという前提に立つことが、対話の第一歩だと考えています。しかしいまだにそのような対話をしようという活動家さんは現れません。

    また、まともな社会規範や道徳の話さえも通じない学会員さんや、ましてやそれがご主人であったりすれば、なおのこと辛いでしょう。私も父親は創価を信じたまま亡くなりましたし、母親は認知症で何もかもわからない状態です。兄弟の中でも兄はいまだにバリ活ですし、おそらく一生そのままだと思います。あまり会うこともありませんので、お互いにそのことには触れないようにしています。
    私自身、創価がとんでもない詐欺集団だとわかったときには、ほんとうにショックでしたし、今もその後遺症を引きずっているありさまです。
    私が思うには、つきこさんは今のようなスタンスでいいのではないかと思います。無理に説き伏せようとしたり、反対しても逆効果だと思います。ただやはり子どもさんは絶対に守ってあげてください。宗教ならまだしも、創価は詐欺です。子どもに詐欺をすすめる親がいていいわけはありません。信教の自由とか、人権がどうとか、そんな問題ではありません。子どもを犯罪の被害者にするか否か、また子どもを犯罪者にするか否かの問題です。私やここに来られる多くの方は、知らないうちに犯罪の被害者となり、知らないうちに犯罪者になっていました。その現実に気がついたときのショックに悩んでいる方がたくさんおられます。だからこうして、みなさんの体験を共有し発信できる場所をつくりました。
    創価の問題は弾劾することではなく、ひとりでも多くの学会員さんが自分で創価の現実に気がつくことだと思っています。だから学会員さんと対決はしません。聞く耳を持たない人に何を言っても無駄です。しかし少しでも耳を傾けるような気持ちがある人なら、私たちの声は必ず届くはずだと信じています。それこそ信じるに値することだと思っています。
    つきこさん、これからもご自身のいろんな体験を話してください。よろしくお願いします。

    余談ですが 牧口初代会長が言ってた「利善美」って、懐かしかったです〜(笑)
    私も若い頃は牧口先生ってすごいんだなあ〜、カントを超える哲学者だったんだ〜と感心していました。いま考えると恥ずかしいです。
    ちなみに「真善美」って、西洋近代哲学の巨人カントがギリシャ哲学やキリスト教の教義を整理して提唱した理念ですが、とくにこの中の真というのはキリスト教的な絶対唯一神の存在を前提とした、この世には何ものにも動かしがたい「真」なるものがあるのだという考え方に依っています。つまり西洋哲学は近代になっても基本的にはキリスト教の世界観から離れることができていなかったわけです。かのデカルトも冷徹に世界を法則として読み解こうとしましたが、結局よくわからない部分はすべて「神の意志」というものに負いかぶせてしまいました。西洋哲学が神の存在に絶縁状を突きつけるのはニーチェ以降です。しかしニーチェ以降の全ての哲学者がキリスト教的な神の存在を否定したかと言うとそうでもありませんし、ご存知のように、21世紀になった今でも、キリスト教は世界の中でも圧倒的な数を占めています。キリスト教にくらべれば、日蓮正宗や創価の信者など、ハナクソほどにもなりませんし、影響力などほとんどありません。あるのは会員となってお金をもぎ取られ不幸になって、それでも自分が不幸であることにすら気づいていない人たちだけです。会員は常に「この信心こそが世界で唯一の正しいものであって、人々の不幸の原因はこの信心を知らないことだ」などと途方もないことを信じ込まされているわけです。だいいち創価学会はヨーロッパをはじめとしてた国から正式にカルト指定を言い渡されています。つまりオウム真理教と同じ扱いをうけている危険な団体なんですが、会員はそれがどんなことであるのかさえ理解できないほど洗脳されています。オウムの信者と同じ状況です。すみません、余計な話でしたね(笑)。

  65. つきこさん、はじめまして。
    この文章が知的で明快でなくてまとまりのない文章?
    どこが?!です。
    本当に明快で説得力のある文章で敬服しましたよ!
    仰っていることはもっともです。
    かつて自分がご主人様のような考えをしていただけに、当時そのように明確に言って頂ける人がいたら、と思いました。

    >誰にも迷惑をかけず、
    何かの宗教に一人勝手にのめり込む分には、好きにしたら、と思っていますが
    創価学会というところは、個人の信仰では済まず
    活動が日常生活を侵食し
    折伏にしろ、選挙にしろ、必ず周りを巻き込んでしまいます。

    その通りです。

    >相手が迷惑に思っていたり、不快で、余計なおせっかいの場合もあるのに
    「「でも」いい事だから・・・」
    と言います。
    その「でも」が通用すると思っているところが
    そもそも間違っていることに気付きません

    その通りで返す。言葉もありません。

    創価では相手によって合う、合わないとは教えませんからね。
    人間である以上誰一人例外はなく、題目で救われる。この信仰しかない、という教えなんですよね。

    気付かせる方法ですが、いちばんいいのは信頼する同志が覚醒することでしょうかね(笑)
    自分が上から目線にしてない相手から言われることなら、とりあえず話だけでも聞くかもです。
    あとバリ活さんの場合教義を愛してますから、実はとっくに首脳部はそんなもんどうでもいいんだよということを教えてあげてください。
    ※教義を信じて信仰しているのは末端だけ。
    ※その本気で信仰している人を使って騙してるから騙されてしまう。
    ※確かにあなたの周りの人、先輩はあなたを騙してないし、嘘もついてない。
    ※これが気づかない重要なポイントなんです、となんとか訴えてください。

  66. つきこさん
    初めまして。
    私もつきこさんと同じく結婚を機会に入会、主人は2世でバリ活。
    やはり役職は断ってはいけないといわれる指導のままに、役職は受けてきました。
    今は支部副婦人部長兼任の地区婦をしていて、主人は支部長をしています。
    義両親、義姉、義兄たちはそれぞれ支部・本部で正役職。
    甥っ子、姪っ子、その配偶者たちも、全員創価学園出身で20代の活動家たちです。
    そんな中で、昨年ごろから創価は根本的に何かオカシイと疑念を持つようになり、今年に入りこちらのブログを読ませて頂くうちにはっきりと覚醒し今に至っています。
    もし、こちらのブログに出会っていなければ、疑ってしまうのは「自分の信心が弱いから」だと疑念を振り払い題目を一心不乱にあげていたかもしれません。

    ご主人との会話、我が家も主人と創価の話になると、同じような感じになるのでよくわかります。
    でも、私と違って つきこさんは賢く振る舞っていて立派だなぁと思います。
    私は覚醒当時は、かなり混乱し動揺し、とにかく創価の間違いを伝えなければと気ばかり焦り、思っている事、感じていることをそのままズバズバ切り出して何度も喧嘩になりました。
    2世である主人にとって、生まれた時からこの思想で生きてきていること、自分なりに何度も体験?をつかんできたことで信仰に関しては揺るぎないものがあるので、簡単に「そうか、わかったよ」となるわけないんですよね。

    創価の指導は「裏切り者や反逆者は徹底的に許すな!」「忘恩の輩たちの末路は惨めなものだ」という擦り込みが会員たちに大きく影響をもたらしていますよね。
    池田さんが脱会した方達のことを、上から目線で蔑んだ表現を使い攻撃していることにより、それを末端会員たちも同じように表現するようになっています。
    もし池田さんの指導が、脱会した人の事を「卒業した人」という表現をして「今まで学会の為に尽くし支えてくれた人達です。この信仰は入るのも辞めるのも自由です。辞める人には最大限に感謝して送り出してあげましょう」と表現をしていたら、どうだったんでしょう。
    そんな事をしたらお金を詐欺れないからあり得ないんでしょうけど、時々、そんな事を考える事があります。
    池田さんがそういう表現を使えるような人間だったら、創価に縁して脱退した方、脱退しようとしている人が、こんなにも心に傷をうけることがなかった事でしょう。

    つきこさんの文章を読む限り、アラフィフの私よりもかなりお若い印象ですので、お子さんもまだ小さいのかなと思っています。
    参加する会合もまだ未来部の会合ぐらいだと思いますので、それほど影響を受けずに済んでいると思います。
    お互いに創価から完全に離れられる日がくるように頑張りましょうね。

  67. signifieさま、皆さま、
    昨日は突然お邪魔しましたのに、
    大変温かいお言葉と、アドバイスを本当にありがとうございました。

    夫のいぬ間だけになりますが(笑)←只今、絶賛学会活動中。
    学会に関わる、沢山の悩みの一例でしかありませんけれど
    わたしなどでお役に立てることがありましたら
    今後も是非、参加させてください。
    どうぞよろしくお願いいたします。

    ラザリスさま、はじめまして^^
    こちらこそ、心を砕いてくださり、温かいお言葉とても嬉しいです。

    ラザリスさまや、こちらの皆さまの状況、
    自分とも重なる部分が多くあり、共感するばかりです。

    学会員の大部分は、自分の信仰を家族にもして欲しいと思っていますので
    最低限、その宗教が、当人にとっては大切な物だ、という
    理解はしようとは思うのですが
    向こうが、それで妥協してくれる事は少ないです。

    俺が大事に思っているんだから、お前も大事に思えるだろう。
    この宗教は正しいのだから、何が問題がある?

    基本的に、他人と自分との境界が分からない人達です。
    (うちの夫の性格が、よりこういう思考を強めているとは思います)

    こちらの愛情と、創価を
    平気で天秤にかけることもあります。

    悲しく、残念としか言いようがありません。

    一家和楽を壊しているのは、それを掲げている本人だという認識が、全くないものですから
    本当にどうしようもないのです・・・。

    それでもラザリスさまの仰るとおり、
    相容れなくても、家族として大切にしていかなければという思いもあります。

    思いもよらない言葉に傷ついたり、落ち込んだりもしますが、
    わたしはわたしの妥協点を見つけて、
    できない事はできないと、ちゃんと主張もして
    当人と、創価の行く末を見守ろうと思っております。

    皮肉ではないですが、創価方式で行くと
    わたしがこのスタンスを、ずっと崩さずに
    じわじわと、彼よりも強い影響を与え続ければ
    今すぐでなくても、数十年かかっても、
    彼の方が変わるかもしれないという事でもあるし(笑)、
    すくなくとも、こちらの言い分の方が、地に足の着いた、常識的な考えです。

    当たり前だと思っていたけど、そうじゃなかった・・・
    ちゃんと意思の疎通ができる「普通の話」が、自然に出来ることがとても嬉しいです。
    皆さまと共に、したたかに、気長にがんばっていきたいです^^
    どうぞよろしくお願いいたします。

  68. つきこさん、はじめまして。
    非学会員のあかりです。
    学会員の弟との対話を試みている者です。
    お友達になってください!!(*^_^*)
    私はついつい感情的になってしまいますが、つきこさんは素晴らしいです。
    こちらの過去ログも全部読もうとして頑張っていますが、なかなか手ごわい(笑)
    でも、こちらのみなさんの書き込みがとても励みになっています。

    >ぐうの音もでない、愛あるトドメの理論
    私も欲しいです。。。

    先日、『雪の女王』という童話を改めて読んで、年甲斐もなく泣いてしまいました。
    つきこさんの愛情が、ご主人の御心を溶かす日が来ることをお祈りしています。

    signifieさん、みなさん、
    すばらしいブログとコメントをありがとうございます。
    どうぞよいお年をお迎えください。

  69. signifieさま、はじめまして。
    この度は、突然のコメントでしたのに
    承認をしていただきまして、ありがとうございました。
    あらためまして、どうぞよろしくお願いいたします。

    今年に入り、ますますこれは変だ、と思うことが重なり
    学会員さんに会う事も苦痛になり
    活動にもほとんど出ることがなくなりました。

    もちろん、その旨を上の役職の方に話さなければいけなかったのですが
    ある人は、それっきり音沙汰なしになり、
    ある人は、教義を持ち出して説得しようとし、
    ある人は、いつか分かるときがくるから、その時すればいい、と
    反応はそれぞれ、まちまちでした。

    わたしなら、そもそも何でこの人はこんな事を言い出したのだろうと
    気になると思うのですが、
    学会員さんは、「対処」しようとしてしまうのかな・・・
    こちらの気持ちを聞いてくださる方はいませんでした。

    周りには創価の悩みを打ち明けられる人もなく(知り合いもほぼ学会員・・・)
    ネットをさまよっていて、この場所に辿り着きました。

    沢山の同じ思いを抱えた人達があつまり
    リアルな体験、感情、重要な資料、知識の詰まった素晴らしい意見交換に驚き
    ひきこまれるようにして、読ませていただきました。

    signifieさまがこの場を作ってくださり、
    お忙しい中、心を砕きながら運営いただいている事で
    きっと沢山の人達が、勇気をもらっていることと思います。
    本当にありがとうございます。

    今は、こちらに集うみなさんのご意見や
    活動家さんからの視点も、楽しみに拝見させていただいております。
    どうぞ、これからよろしくお願いいたします。

    はい、愛あるトドメ(笑)、
    わたしは長年、これをずっと探してきました(笑)。

    しかし、理論でやりこめたい訳ではないのです。

    この世のごくごく小さな一部を、世界の全てだと思い込み
    一方的に与えられた知識で
    何もかも知っているつもりになっているうちの夫に
    一度、立ち止まって、自分の頭で考えて欲しいと思ってきました。

    もっと世の中は複雑で
    知らないこと、分からない事ばっかりなんだよと・・・。

    signifieさまの仰るとおり、こちらで交わされている意見のほとんどが
    聞く耳さえ持ってもらえれば、実際、当人自身も経験している事で、裏付けもあるのですから
    相当「刺さる」はずなんですが・・・
    実際は、シャットアウトして聞いてもらえないのですよね。

    そんなスタンスの活動家さんとの、こちらでの対話は
    日常的に、我が家でも起っていることですので(笑)
    管理されているsignifieさまのご心労、お察しします。

    今のところ、わたしは《秘密ノート》を作り、
    こちらで知った、「これだ!」と思う
    理路整然としたトドメのご意見を書き溜めさせていただいて
    自分ひとりで「そうだ、そのとおりだ!」と納得しております。
    使うべき時がきたら、わたしの強い味方になってくれると思っております。

    signifieさまをはじめ、わたし自信も、皆さんも悩まれているのは
    やはり、今も学会員の身内、ご家族のこと。

    覚醒された方の多くは、覚醒して本当に良かった、という気持ちと、
    これまでの後悔とが混在していらっしゃると思います・・・。

    知ってしまったからには、事実を告げて、
    すぐにでも関わりを絶ちたいと思う気持ち、よく分かります。

    ただ、あまりにも長い年月、学会に全てをかけ、生きがいにしてきた人、
    受け入れる下地のない人には
    あまりにも酷・・・というより、その人自身をダメにしてしまう可能性も高いです・・・。

    どこまで他人に立ち入るか、とても難しい問題です。

    わが家の子供は、現在未来部ですが
    そろそろ大人顔負けの話も出来る年頃になってきました。

    うちは、父親が反面教師となり、
    (会合準備や挨拶の原稿などを書くのに必死で、いらいら当たり散らします)
    学会の事も、父親の事も、かなりドライな目で見ています(笑)。

    わたしが強く学会を否定すればするほど
    きっと夫は、「子供達には正しい信心を・・・!」と燃えそうなので
    そのあたりは意地にならず、うまくやりたいと思っています。

    signifieさまは大変博識で、幅広い知識をご存知なので
    いつもすごいなあと感嘆しきりです。

    わたしも本が好きで、哲学の本も沢山読みましたし
    (それがちゃんと理解できたのか、身になったかは別ですが・・・)
    自分の宝物のような本、というのもあります。

    ですが、創価の書籍、指導の中には
    まったくわたしの心に響くものがありませんでした。

    浅い浅い平坦な言葉、
    どこをとっても、どこかで見たような内容の寄せ集め
    寒々しい自画自賛、
    それを素直に絶賛する人達の気持ちに、どうしても寄り添えませんでした。

    学会員の人達は、何て純粋で
    自分はどこまでひねくれているのだろう・・・とも思った時期もありました。

    でも、しょうがないんです、無理な物は無理(笑)。
    そう思ったら楽になりました。

    カルト指定の話も、かる~く夫にしてみたことがあるのですが
    「フランスの勘違い・・・」とか
    良くわからない事をむにゃむにゃ言っていました。

    そして、こちらでも何度も話題に出ている池田先生について
    うちの夫は、先生はご病気だと認めています。

    でも、何でみんな池田先生の事言わないの?
    タブーなの?と聞いたら

    「師弟がないし、もう今は皆が池田先生を必要としてないからだろ」

    と、ギョッとするような事を言いました。(夫が異端なのでしょうか)

    今までの、先生、先生にお応えして・・・とか
    アレは何だったんだろう、と、変わり身の早さに怖くなりました。

    でも確かにこれまでにも、お世話になった人が、不祥事を起こしたときに
    皆で鬼のような形相で悪口を言ったり、
    そういう白黒志向の、怖い部分は何度も見てきました。

    ということは、もしかすると
    創価の不祥事がばれた時、池田先生について、ごまかし続けていて、
    それを会員が「騙された」と受け取ったとき、
    手のひらを返すように、矛先が、一斉に学会に向くかもしれません。

    そういう感性の集団を育ててきたのが、創価学会で
    これこそ自業自得です。

    というより・・・
    創価ご自慢の、全世界の大勢の学会員が、
    先生のご健康を祈っていても
    それでも、先生ですら病気になるんです。

    人間だから仕方ないんです。

    そろそろ、色んなことに気付いていきませんか。

    本当に、それこそ心から、
    (ご本尊など特定の何かにではなく)願い、祈っています。

  70. モニカさま、はじめまして^^
    こちらでの聡明な皆さん方の、質の高い会話に
    自分のような者は場違いなのではないかと、ずっとひっそり見ているだけでしたが、
    勇気を出して書き込みをさせていただいて、本当に良かったです!
    今年最後に、とても素敵な経験をさせていただきました。
    ありがとうございます。

    バリ活の夫の目を盗みながら(笑)ですが、
    これからも少しずつ参加させていただけましたら幸いです。
    どうぞよろしくお願いいたします。

    モニカさまや、管理人さまや、
    こちらの元活動家さんたちの現在のお気持ちを伺っていますと、
    現在も活動家で妄信中のわが夫とは、決定的に違う部分に気付きました。

    身内の恥をさらすようですが・・・
    創価関連以外の語彙が、極端に少なく
    明らかに、(世間的な)ものを知らない。
    (自分は最高のものを知っているから、他は知らなくていいと思っている)

    よく言えば、素直で、裏表もないのですが、
    悪く言えば、非常に幼稚で、直情的で、機微がわからない。

    確かに役職は幹部なのですが・・・
    大人として、この人は大丈夫なんだろうか・・・といつも不安に感じていた部分は
    多分こういうところだったんだと、
    今更気付いたところです。

    だから、夫本人に、創価についての情報を伝えたところで
    今の段階で、理解する事は不可能だとも思います。

    そこでモニカさまのアドバイス(笑)、「信頼する同志が覚醒すること!」

    信頼する同志・・・
    実はこれが蓋をあけてみれば、
    本当に心の底から信頼しているのは、1人ぐらいしかないといつも言っています。

    幹部同士でも、会員さんから秘密にしていて欲しいと言われれば
    それを守る義務があるのですが、
    言いふらしたりしてしまうような人も多く、
    そういう部分を、いい意味では真っすぐな夫は許せません(笑)。

    なので、すごい数の会員を知っていても
    尊敬し、信頼できると思い当たるのはたった1人だけ。

    その人は、組織の中でも「成功者」の部類に入る人なので・・・
    覚醒・・・どうだろう(笑)という感じです。

    教義を信じているというのは、まさにそうだと思っています。

    かといって、日蓮という人物には興味もなく、
    時代背景を勉強するわけでもなく、
    あくまでも、学会で勉強する「お手紙」の部分のみを信じているようです。

    ちょうどこちらの記事のテーマは「信じるということ」ですが、

    これまで長い間、夫と話してきた中で、
    教義、自分の功徳以外に、信じるに値する理由は、
    「正しくなければこんなにも世界中に広まらない」ということらしいです。
    (あくまでもそれも創価発信)

    たしかに、うちの地域でも、とうかん数だけはすごいですが
    活動家はほんのごく一部だし、
    その中で、なりふり構わずやっている人というのは、更に少なく、
    子供の人数が少ない事もありますが
    特に今20代前半の若い世代から、活動家はもう、ほとんどいない状態です。

    多分、若い世代の子たちの方が、冷静で、
    情や、熱意や、努力だけではどうにもならない世知辛さも
    時代的に感じているのかもしれません。

    昨日も、夫は、会合の挨拶文を考えておりましたが
    「勝ち続ける中には、攻めて攻めて攻め抜いて云々・・・」とかいう
    攻撃的な、暑苦しい内容でした。

    時代錯誤な檄ですが、火がついて、活動に励む人がほんのわずか
    「ああまた始まった・・・」とうんざりしている、醒めた若者達がほとんどでしょう。

    昨日、新年勤行会の券が、地区より配られてきました。

    夫は元旦、まるまる1日家にいません(笑)。
    そろそろお正月ぐらい、家族でゆっくりのんびりさせてほしいものです。

  71. つきこさん
    コメントありがとうございます。
    いえいえ旦那様と私は全然違わないです。
    組織にいた頃は同じようなものでした。

    あと気付く方法は、そうですね。前に書いたんですが、人を介さないで一人アンチブログに向き合うことが効果的なんですけどね。
    打ち負かしてやろうとか余計な気持ちが入らず、淡々と現実を知ることができます。
    そうなるきっかけがあればいいんですけどね。
    私の場合は、数人でこそこそと打ち合わせをして、新聞の多部数購読を分け合っていた事実を知ったことでした。(地区婦が、ご主人も子どもも未入会の専業主婦でありながら5部とってた!)

    アンチブログも様々あるんですが、最初に私が見たのは大阪事件だの投獄だの裁判だの、社会的にも話題となった創価の出来事です。
    これらを改めて客観的に読んでみたんです。
    そしたら、内部で聞いた話と全然違う。
    本当に偏った創価側に都合のいい情報しか知らないでいることに愕然としました。
    それから教学ですね。
    近代仏教の検知と創価の教学のギャップなんかを知って、ふんふんと。
    次にこういった体験のようなブログ記事ですね。
    私は幸か不幸か、組織や人間関係で嫌な思いって殆どしたことがなかったんです。
    だからこれで他の人の様々な辛い体験などを知って、こんな問題があったのか?!と驚きました。
    すべてが様々な角度から役に立ちましたね。

    何がきっかけになるかわかりません。
    でも希望を捨てないでください。
    今は本当に後押しツールがありますよ。
    ここがご主人様にとっても、いつか救いの場所となってくれたら嬉しいですね!

  72. はじめまして、comaです。皆さん宜しくお願い致します。シニフィエさんはとても知識がおありで、感心しております。勉強になります。私も長い間創価を信じてきました。次第に不信感を抱くようになり、今は組織から完全に離れています。それは何故か?今の内部をみればわかります。このような組織を誰がつくったのか?今,やっとその謎が解けました。組織の闇の部分をしれば知るほど嫌になります。狂信者は言うでしょう〰~頭おかしくなったんじゃない!~今現在、わたしは組織の問題児と化しました。組織について批判したり、物言えば異端者扱いです。攻撃されます。本当はそれを受け入れて貰えれば、納得するのに・・・人間革命もゴーストライターが書いたものだと知っていれば購読しませんでした。悲しい!これまで貢献してきたことはそれはそれでいいのです。今はいろいろな現実を知らされる度、虚しくなり、失望しました。~だから言ったじゃない、ただバカ正直に信じていればよかったのに~って、言われそう(*´・ω・`)bね。

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