創価の三大秘法とは何か

きのう私は白いブランコさんとの対話のスレッドで、創価の三大秘法に関する質問をしました。この質問は日蓮仏法を語る上では初歩の初歩、つまりこれを無視しては日蓮仏法はありえないというほどの基本的なことに関する質問です。今は白いブランコさんからの回答を待っている状態です。
このブログでは創価の教義に関しての議論をするつもりはありませんが、創価がいいかげんな教義の変更によって会員を平気で騙していることがはっきりすると思いましたので、あえて白いブランコさんに質問させていただきました。
ポイントは、創価の三大秘法の矛盾に対して会員さんが納得しているのかどうかといったところだと思います。教義の整合性がまったくとれていないにもかかわらず、学会員さんは財務に選挙に新聞啓蒙にと動かされているわけですからね。そして子どもたちにも唯一正しい宗教だと教えているのですからね。もし創価が日蓮の教義をもとに世界平和を推進する宗教団体として生まれ変わるための改善策があるとするならば、まず教義の矛盾を解消しなくてはいけないでしょう。
しかしどんなに教義を変えたところで、創価がもともと宗教団体ではないということは明白ですから、ほんというと教義の議論に意味はありません。注目すべきはその矛盾に気がついていない多くの学会員がいるという事実です。
そこで今回のテーマは「創価の三大秘法とは何か」です。すでに脱会した方にとってはどうでもいいことなんですが、白いブランコさんがなんらかの回答をしてくれると思いますので、それをもとに創価の教義の矛盾をはっきりさせていければと思っています。
みなさんにしてみればコメントしづらい内容かもしれませんので、むりにコメントされなくてもけっこうです。逆に、白いブランコさん以外の活動家の方に来ていただいて、創価の教義の正当性を解説していただけると、よりわかりやすくなるかなと思っています。もちろん、殴り込みはご遠慮します(笑)。白いブランコさんのように、きちんと人の話の聞けるような学会員さんの登場をお待ちしています。

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創価の三大秘法とは何か」への91件のフィードバック

  1. 本もんの戒壇
    本もんの題目
    本もんの本尊

    ですよね。

    私的には
    三大悲法

    本もんの財務
    本もんの新聞推進
    本もんの選挙活動

    ですよね。
    今は、もともとあった三大秘法なんて、そっちのけですよね。

  2. 三大秘法でググるとwikiがでます。
    日蓮宗と正宗で定義が違うのがわかります。

    今の創価って日蓮宗と同じなんすよね。
    笑いました。

  3. 本門の題目は 変わってないですが、後の二つは 「会則の教義条項改正に関する解説」とやらを読んでも よく わからないというか・・・
    ただ、「いずれの宗教教団も、独立した教団である以上、その教団の本尊、聖典、礼拝施設等を 決定するのは当然である。」と記してる文があるので もはや どう変更しようが 勝手でしょって 感じがします。

  4. あはは、このスレッドで三大秘法を三大秘宝って打ち間違えてました(笑)
    教えていただきありがとうございます。m(_ _)m
    秘宝だと温泉かどっかの怪しい施設ですね(笑)

  5. ダイアナさん、まあまあ(笑)

    私も三大秘法をググッてみました。まあいろいろ出てきますね(笑)。やはりここはけっこうな突っ込みどころだったんですね。確かに創価の苦しい言い訳にしかみえませんでした。私はそんな創価の教義の矛盾よりも、その矛盾をなんとも思っていない学会員さんの現実を問題にしたいんです。創価がどんなに教義を変えようともどうだっていいんです。問題はその異常さに気がつかない会員さんたちの現実です。あれだけ私たちの話を聞こうとしている白いブランコさんでさえ、教義となると聖教新聞に載ってるから自分で見てくれと言うだけで、自分で問題点を考えようという発想はありません。組織にあれだけ疑問を持って改善しようと考えている人でさえこんな感じなのですから、バリ活の創価脳の人が教義の変更に疑問を持つなんてまずないでしょう。

  6. 3大秘法が変わったことを、ほとんどの会員が知らないでしょうね。
    そのような話題を話すと、創価を疑う者=仏敵扱いされますね。

    先日、こちらのコメントにも出ていた関西の幹部が亡くなった話をしたら、以前から私の発言を常にマークしている担当の狂信幹部に「でたでた、今度は週刊誌ネタですか?」と言われました。
    「あいにく週刊誌は読まないんですよ。聖教新聞の隅の方に出てますよ、読んでないんですか?」と問い返すと「貴女は、部員さんが動揺するような発言ばかりするので、自分の立場をよく考えて発言してくださいね」と返答にならない返答。
    「組織について疑問を感じたことを、ご自身では調べたりしないのですか?」と聞くと「そのような質問をすること自体、貴女の発言は謗法です」と。
    何でこの質問がホウボウなの??

    あ、ちなみにこの狂信幹部は、4桁常連者です。
    クルッテルノハ オマエダーーー

  7. 白いブランコさんの>御本尊を授持しない、とは弘安2年の御本尊を拝まないことです。とありましたが、授とは御本尊への信心を受け入れること、持とはその信心修行を持続することです。授持しないというのは、信じることをやめたと同じことです。拝まないだけとは、け怠謗法で、それじたいが大御本尊に対する誹謗にあたります。との指摘もあるようですが、いかがなものでしょうか!?

  8. 学会員さんは日蓮宗でも日蓮正宗もなく、あくまで創価学会を信じてるんだからいいんではないでしょうか(笑)
    昔は正がつかない日蓮宗をボロクソ言ってました。
    似て非なるものはいちばん謗法なのだ。
    念仏やその他の比ではないのだと。
    じゃあなんで正がつく日蓮宗だけいいのかというと、それは「教義が正しいから」
    「日蓮の本義を狂いなく継承しているから」ということでした。

    その正宗は教義を変えたわけではありません。
    宗教団体として教義を変えること以外に非難されることはないと思いますが、ともかく創価は正宗と決別しました。(正確には池田が破門された)
    そして今度は正宗とは似て非なる教義を立てて(そうですね、かつて非難してた正のつかない日蓮宗のような)今度は「こっちこそが正しい」
    「似て非なる正宗こそ謗法だ」と言いました。
    会員は「そんな創価が」好きなのです。
    信じられるのです。

    白いブランコさんが仰るように信仰は信じられる人が信じるものです。
    それこそ信教の自由ですよね。
    信じない人にとっては、言うことが180度変わる教団など信じられません。
    まして脱会した今、教義そのものが全くどうでもよく、興味もありません。
    どこにある本尊がいちばんスゴイのか?
    本尊にはマスター本尊みたいのがあるのか?
    言ってること自体が、SFかおとぎ話かのように滑稽に思えるくらいです。

    ですが、会員は「創価が言うことだからともかく愚直に信じよう」としてるのだと思います。
    実際信仰には、思考停止して愚直になることが求められます。
    日常生活で思考停止は困りますが、信仰とはそういうものだと思います。
    信仰の姿勢としては正しいんだと思います。
    そして信教は自由です。

    ただ周りは思っています。
    くすくすと笑っています。
    なんでよりによってこんな明らかな矛盾に気づかないんだろう?
    おかしいでしょ?と声を上げないんだろう?
    しかもどこより教義について勉強していて、試験制度まであって
    「盲信じゃなく教学で納得しなさい。創価の教学はぐうの音も出ないほど矛盾がない」
    とそれを売りにしているのに?
    どう見ても騙してるでしょ(笑)

    全く「愚直でいることが何より優先されるべき」とMCをかけた創価の強かさをつくづく感じますよ。
    これがまずありき、の会員は理論じゃないんですよね。

  9. 正本堂が取り壊されていたんですか…知りませんでした。
    とても重厚な雰囲気の中、真摯に祈った十代の頃の気持ちは
    夢まぼろしとなってしまったのですね。
    大変ショックなのですが、現役信者の方々は
    どう気持ちに折り合いをつけているのでしょう…

    取り壊してまでとりつくろうものって
    いったい何なんでしょう?

    桜が咲く季節になると、
    大石寺の見事な桜を思い出してしまいます。
    静かに折り合いをつけていきたいです

  10. 私が学生部にいた頃の副会長指導で「宗教団体が学生部組織を持つのは、爆弾を抱え込むようなものである」と言われたことがあります。要するに、純粋で批判精神の旺盛な学生を組織化した場合、教義に矛盾があると団体が崩壊するきっかけとなる可能性があるということです。だから、「学会が学生部を結成したのは教義に毛筋ほどの矛盾がないことの証明です。誇りを持って学生部活動に取り組みなさい」ということでした。若かった私は、感動に震えたものです。

    一方で、「頭でっかちになるな」とも言われました。「方便品第二の冒頭で、釈尊が舎利弗にこの教えは難解難入と言っているではないか。知恵第一の舎利弗でさえ簡単にはわからない深遠な教えなんだから、君みたいな若造がうだうだ言わずにまず実践だ」と。学生部は十界のなかの声聞・縁覚に留まってしまう傾向があるから、「目の前の戦いにまず全力で取り組め。そうすれば境涯革命できる」ということです。

    この相反する2つの指針を、TPOで巧みに使い分け、マインドコントロールしているんですね。誰が考えたんだろう。洗脳コンサルタントでもいるのかな。

    それにしても、今の学生部何やってるんだ。もっと頑張れよ(笑)

  11. まず。
    今回の教義変更、ホントいい時期にぶっこんできたなぁというのが第一印象。
    新聞に掲載された直後には、衆議院の解散が取りざたされていたので、組織自体はすでに選挙モードに入りつつありました。
    区婦人部長ですら、「(交流で来ていた)SGIメンバーに教義がどのように変更になったのか質問されたけど、新聞なんかざっとしか読んでいないし、こっちはそれどころじゃないからまともに答えられませんでした(笑)」と解散を見込んで急きょ開かれた会合で話していました。
    区婦人部長ですらこんな感じなのですから、ZU台帳作りやマルK作りに奔走しているバリ活の方はなおのこと、そんなことに構っちゃいられない。

    ただ、教義変更だったか、補足だったかが新聞に掲載された数日後、教宣担当の人はその新聞に目を通しておくようにとのお達しがありました。
    私の地区の教宣担当者は引っ越ししていなかったので、私のところに連絡がきて、慌てて読みました。
    が・・・その後、地区婦が参加できる会合では、今に至るまで一度も教義変更についての説明はありません(笑)

    一会員さんにおいては、文字がいっぱいの、しかも教義についてなんか「読んでもよくわかんないし」ってな感じで、はなから読まない方がほとんどではないでしょうか。

    比較的話のできる創大卒の支部副婦人部長に「教義の変更、御本尊のことについてどう思うか」と質問したところ、究極は私たち自身が御本尊と同じ、当体であるから、曼荼羅は自分の中にある御本尊を写す鏡の役割であり、極論かもしれないが、曼荼羅御本尊がどれになろうが、私たち自身がどうあるかが大事だと思うと言ってました。
    加えて、牧口先生や戸田先生は生まれ変わってどこかの星で広宣流布をしているのだから、そういった星では同じ曼荼羅御本尊があるわけではないしとも。
    私自信、思わず「なるほど~」と思ってしまいましたが(笑)、まじめで信仰心のある、教学をそれなりに学んでいる方らしい回答なのかもしれません。
    座談会や御書学くらいでしか御書に触れないような方は、そこまで考えが及ばないし、考えない(笑)

    お~い創価学会員さん!
    日興遺戒置文にもあるように、時の管主や時の学会首脳部ですら、日蓮に違背して勝手に個義を構えてしまうことがあるんですよ!
    日興聖人が身延を去ったように、創価学会から離れないとホウボウで罰があたっちゃいますよー!!
    気をつけてーーーー!!!

    (爆)

  12. 創価学会仏(ぶつ)って聞いた事あります。(10年ほど前に)
    創価学会自体が仏だということで支部婦人部長がしきりに言ってました。
    一万年後に創価学会は仏になるとかそんな内容だったとお思いますが(⌒-⌒; )

  13. ある幹部に、他宗でも同じ日蓮を信仰し、南無妙法蓮華経と唱えるのに、何が違うのですか?
    と質問したことがあります。
    『拝む対照が違うからかな、他宗は仏像とかさ、ご本尊が違うのよ』びっくり仰天な答え。
    幹部なのに、あまり教学がなかったので、
    あっ、そうですか(苦笑)
    と、話は次へ進めました。
    では、創価学会って何宗になるのですか?と質問すると、
    『さぁ…なんだろう、まぁ日蓮の教えを正しくやってるのは創価学会だけってことは確かよ 』
    幹部だからって、教学があるとは限らないことを
    知りました(((^^;)

    また、父は草創期からの盲信ですが、まだ破門前に、父が実母を折伏した際に、母を登山させ、
    その母が、代表で「この日蓮正宗こそが、正しいと確信した」と、体験発表されたそうです。
    私の祖母にあたりますが、私が産まれる前に亡くなったので会ったことありません。
    そして、この話を、父は私に今も語ります。
    覚醒した頃に、学会を批判したら、
    また、この話をし、「お父さんの母親もな、確信をもってこの信心が正しいと言ったんだぞ」
    と、創価スイッチオンでいってきます。
    私は、「でもさ、もう正宗と縁をきったし、お祖母ちゃんは、それ破門前のことでしょ?
    正宗はもう、力ないんでしょ?今の創価学会と関係ないよ?」と言ってみたのですが、
    疑問に思わないようです。
    実家の御本尊が日達上人のものなのですが、なぜ創価学会のと取り換えないか?と聞くと、
    日達上人の直筆だったかな?幹部を通してだけど直々のものらしい、絶対にこれだけは取り換えられない我が家の家宝だぞ!と言います。
    それなのに、池田先生絶対!公明党員、バリ活!
    実家の御本尊に力があると信じているので、
    先生と御本尊だけは絶対信じろよ!と言います。
    もちろん、正宗は悪!日顕は悪!と思ってます。
    お父さんの頭の中は、いったいどうなってるのかまったく理解できません。
    私から見たらかなり矛盾します。
    日達の御本尊ならよく、日顕のはダメ、同じ正宗のものですが、日達と日顕のちがいだけで、抗力がないと(((^^;)
    それは、創価学会用の日寛のはいい、日顕はダメと同じことですが。
    創価学会はとうとう、正宗の大御本尊までもダメで、今後の創価学会用の御本尊はいいのだ、といい始めましたものね。
    私は一番に疑問を感じてならないのですが、
    父もあまり教学がないので、会則の変更の意味も
    わかってません。
    父はいったい何を信じているのだろう(笑)
    創価学会池田教にマインドコントロールされつつ、正宗時代のことも染み着いていて、ごちゃごちゃになってます。
    幹部にしろ、父にしろ、三大秘法なんてどうてことないってことですね。

  14. シニフィエさん、鎮めて頂きありがとうございました(笑)

    >バリ活の創価脳の人が教義の変更に疑問を持つなんてまずないでしょう。

    なぜ要の部分をしっかりと見ようとしないのでしょうか。住宅だって基礎が大切で、勉強だって基礎が大切なはず。そこを忘れてしまったら築き上げてもいずれは崩れ落ちてしまうものではないでしょうか。
    それにしても何故、大石寺にある御本尊曼荼羅を特許申請とかできないのでしょうか。

  15. 私は覚醒してからは宗教観がまるで変わりました。っていうか、覚醒するまでは創価の教義を信じてはいましたが、一般的な宗教との矛盾があることは理屈としてはわかっていたにもかかわらず、そこはまるで考えないようにしていました。理論的に矛盾を指摘されても思考停止している自分は「何をいわれようが創価が正しい」という結論ありきで、いっさいの反論をとりあいませんでした。ですから活動家さんの気持ちもよくわかります。それこそまるで過去の自分と話しているようなものです。
    他の宗教はともかく、創価のご本尊って、会員が勝手に「功徳製造機」だと思い込んで、この機械を動かすにはできるだけ多くの人とたくさんのお金と公明票が必要なんだと納得しているところです。こんな紙切れに生命力が強くなる魔法の力が備わっていると、いい大人が本気で信じているおめでたい集団なんだと気がつきました。「自己の生命力を高める方法として曼荼羅に向かってお題目を唱える」というのはまだわかります。それはヨガや禅などにも共通する瞑想の一形態とも言えなくもない。瞑想によって潜在的な力を引き出すというのは、さまざまな宗教においても見られます。しかし日蓮正宗と創価学会では、その曼荼羅自体に何かしら人間の力の及ばないものすごい力があるかのように勘違いしている、もしくは意図的に勘違いさせているんだと気がつきました。キリスト教やイスラム教のようないわゆる一神教、つまり人智を超えるようなこの世を支配している神の存在が前提となる教義をもっている宗教は、多かれ少なかれ人間の理解を超えた力を信じることでしか成立しません。日本の神道は同じ「神」でもかなりその解釈が違いますし、どちらかというと老荘思想に近い自然の摂理としての力に対する畏敬の念だったり、そうした「大きな物語」に沿っていく生き方というもののようです。ですから人智を超える自然の法則の存在は認めても、そこに唯一神的な力の存在はないようです。仏教の中でも釈迦の教えとされる原始仏教は、宗教というよりもとても現実的な科学哲学と言った感じで、それが時代と地域の変遷によって、いつのまにか釈迦自体が「神」としての一神教的な解釈に変化しました。また中国から伝わった禅の思想は、日本においてさらに進化したようで、この禅の思想をもとに日本の伝統的な芸術文化が花開きました。ところが鎌倉新興宗教においては、宗派によっていろんな解釈の仏(神)が出てきます。天変地異と戦争に明け暮れる暗い世相の中では、人々はありがたい仏様を信じて拝めば救われるという「他力本願」が大流行したようです。それに対し日蓮の思想は「自力本願」と言われはしますが、結局は人智を超えた不思議な力があるとされるご本尊におすがりして願いを叶えてもらうという、どう考えても「他力本願」であり、一神教の教えそのものです。「オレが元祖神(がんそかみ)だ」と宣言したのが日蓮でした。その元祖神は「オレが死んでもこれをオレだと思って拝めよ」と直筆の大御本尊を残したわけです。これは日蓮正宗の言い分であり、破門される前の創価の言い分でもありました。日蓮正宗以外の日蓮宗は、日蓮を本仏だとはしません。あくまで釈迦が仏であるという解釈です。
    覚醒すると、ここまでのことがスルスルと見えてきました。覚醒によって宗教観が変わったというよりも、いままでまるで見えていなかった、あるいは見ることを拒んでいた自分が解放されて、目の前のものが普通に見えるようになったということだと思います。そして創価学会はこのような日蓮正宗の独善的超異端思考停止メソッドを利用した詐欺団体なんだということがスパッと理解できました。会員から法外なお金をだまし取るには、きっと日蓮宗ではダメだったんだと思います。「オレが神だ。オレを信じれば幸せになるし、オレにさからうと不幸になる」という日蓮正宗の排他主義だからこそ創価は戦後最大の詐欺団体にふくれあがったのだと思います。
    ところが創価は利用してきた日蓮正宗から破門されて、会員を騙し続けるツールであるご本尊を手に入れることができなくなった。それじゃあということで、勝手に改ざんしたコピーご本尊を増産して、さらに日蓮正宗から文句を言われないように、完全に縁を切って、創価に都合のいいだけの教義の変更をしたんですね。覚醒すれば、こうした一連のことの辻褄が見事に合致して、創価が詐欺団体の何ものでもないことが簡単にわかります。逆に覚醒しない限りは、まだご本尊にはなにかしら不思議な力があるんじゃないかとか、疑うと罰が当たるんじゃないかなどと、勝手に自分で自分の心をしばりあげて、何も考えなくていい創価の活動にのめり込んでしまうのです。ほんとアクドイ商売ですね。

  16.  私今朝から朝の勤行をやめました。もうだいぶ前から晩の勤行はしてないのですが、何となく恐怖感があったのと、長年の習慣で、朝の勤行をやめられずにいました。
     けど、学会が本尊の位置づけを変更したことで訳がわからなくなりました。
     学会が日蓮正宗から破門されたときに、本尊を下付できなくなったわけですよね。それで学会に協力してくれる末寺にあった日寛上人書写の本尊と日顕の本尊を取り替えさせたわけですよね。
    しかし、日寛上人のものであっても、日達上人のものであっても、また日顕のものであっても、その元になっているのは、弘安2年の大御本尊ですよね。けど、正宗はだめなんですよね。でも、みんな正宗の法主です。日寛のものはよくて日顕のものはだめ?どういうこと?
     更に訳がわからんことに、去年の11月の会則変更で弘安2年の大御本尊を否定してますよね。これは一応日蓮の真筆ですよね。けど、現在学会が授与してる本尊は弘安2年の大御本尊の書写ですよね。原本が否定されているのにその書写を拝ませるのか?意味わからんわ。それにあの「折伏教典」で弘安2年の大御本尊でしか人類は救われない。他宗には何の力もない、とぶち上げていたはずですよ。
     何でもええんかい。宗教であるからには本尊を変えるのはあかんやろ。すっぱり変えるならまだしも、否定したものを使い続けるこの矛盾はどうや。まったく会員を愚弄してるぞ。もはや宗教などとはいえない。

  17. レモンさん
    >「貴女は、部員さんが動揺するような発言ばかりするので」
    部員さんはもっと動揺した方がいいですね(笑)

    活動家だって冷静に考え、分析すればおかしいのは解るんです。
    そのくらいの頭はあるはずです。
    でもその「冷静に考え、分析すること」が御法度なんですよね。
    〇疑うこと
    〇疑問を持つこと
    〇上から降りてきたことにゴチャゴチャ言うこと
    〇ハイと言わないこと
    まるで戒律があるかのように、会員はこれを恐れをなしてこれをやりません。
    やったら最後、負けたことになる。
    幸せを逃してしまう。
    婦人部はすべてこのパターンですね。

    ま、簡単にいうと中年になると頭が固くなって頑固になって、発想を変えるとか試すとか、すごく嫌がるんですよね。
    石のように頑固で思考がワンパターンで、怒鳴る一方のおばちゃん幹部。
    自分が思ってるより相当見苦しいですよ。
    動揺する方が新鮮な感性が動いて、ずっと若々しく見えますよ(笑)

  18. 三大秘法ねぇ…..
    教学試験(しかも任用)の時しか用はなかったような…..
    他になんか使い道あったかしら?
    教義変更で無くしちゃえばいいじゃないの創価の方(笑)

  19. 三大秘法の解釈が変っても、そんなことはおかまいなく創価を信じ続けることができる会員の姿から、もともと何を信じて入会したかということが見えてきます。要するになんでもいいのです。ただ今抱えてる悩みが解決して幸せになれるなら、しかも他と違ってこの宗教なら絶対に叶うからと力強く言ってくれるから入っただけ。ということなのでしょう。とりあえず、これやれば幸せが加速するらしいといわれるままに、何でもやってきた。新聞とってもらうことや(新聞啓蒙)、選挙活動(公明党の票取り)、会員の勧誘(折伏)などを、いわれるままにやってきた。ただそれだけ。宗教として何がどう正しいか間違っているかはどうでもいい。とにかく、選挙やったら福運つくって言われてるし、みんな福運ついて願い叶ったとか幸せになった報告してるから、自分も・・・と思ってやってるだけ。公明党の議員さんだって、同じ会員なんだから、応援してあげたいだけ。ただそれだけ。深く考えなくたって、ちゃんとやってくれてるでしょ。と。多くの会員はきっともともと深くなど考えずに入っている。深く考えずに入ったから、入ってからも深く考えない。深く考えないから、何が間違ってるとか今更言われてもピンと来ない。日蓮正宗とのかかわりの痕跡まで消してしまって、新たな創価教になっていても、すぐ受け入れてしまう。そもそも宗教とはいえない活動ばかりなのに、三大秘法を無視しながら日蓮を引っ張りだして宗教団体を装いながら、創価はさらにその上を行く思想で世界平和を実現できる素晴らしい団体と美化しまくっている。その程度の会員が大勢いて、創価を支えてるのでしょう。でもこれからは違います。若い人は勧誘されても、ネットで調べます。こんな胡散臭い組織とかかわりなどもちません。深く考えずに突っ走ってくれる会員は今で最後です。

  20. キリコさん、全く同感です。>本門戒壇の御本尊を否定してません。明らかに否定してます。戒壇の御本尊は根本中の根本です。それを~受持しない~ということは、>大石寺に行って拝まないということです。あなた方創価が、大石寺に登山する事を禁止されたのではないですか!そんなことは解ってますよ!日かん上人>弘安二年の本門戒壇の御本尊は、究竟の中の究竟、本懐の中の本懐なり。既に是れ三大秘法の随一なり~と、文証にあります。それに、あなた方は背くのですか!?明らかに大否定してます!!~受持の対象とはしない~とは、信仰の対象として放棄したということではないですか!池田会長指導~三大秘法の大御本尊が一切の根本であると拝していくことだ。と指導されてます。あなた方が崇めておられる会長に背くのですか!?ホント、ニセ本尊、拝まされてたなんて!情けない!

  21. すみませんまた、追加です。キリコさん、日寛上人の本尊は、写真に撮って授与書きをカットし、文字を太くしたり、伸ばしたりして改竄してます。私も活動家時代は全く知らなかったのですが、覚醒してからつい最近、知りました。私たちはそんな御本尊を拝まされていたのです。ニセ本尊です。魔の通力があるといわれています。こわいですよね!

  22. >創価学会は約80年前に誕生し、現代まで様々な実践をしてきて、最後に出した結論は日蓮正宗の教義は日蓮大聖人の本義とは違うということでしょう。

    なるほど。
    最初は日蓮の本義を伝えているのは日蓮正宗だと信じていた。
    しかし、いろいろなことを実践してきた創価だからこそ、必ずしもそうではないことに気づいた。
    80年という歳月をかけてようやく日蓮の本義がわかり、原理主義のまま信仰しても平和など望めないと知った。
    結果、今現在創価はその教えに基づいて万人に備わる仏性、そして世界平和を提唱する団体として存在する。
    明確にこう釈明してくれればわかりやすいのに、そこは残念ではあるが。
    そういうことでしょうかね。

    こんな公式発表は聞いたことがないので、これは白いブランコの信じる見解と思います。
    同時にもちろん「詐欺団体である」「金と票集めの団体で、日蓮を利用しました」という公式発表もありません(笑)これはアンチの一見識です。
    どちらを信じるかは自由です。

    >教義も変わったのだから、創価学会員さんの活動内容も、見直していただきたいところです。

    白いブランコさんの見解の通りなら、社会問題にまでなって久しい未成年の入会の禁止、未来部の廃止、家族満場一致でない限りの財務禁止、選挙支援は政教一致にならないよう宗教施設である会館での活動禁止、一般会員のF取りの報告を撤廃、会員による聖教新聞のノルマ販売の撤廃がとっくに成されていると思いますけどね。
    教義は変わったのに、これらは年々異常な空気を帯びているのは何故でしょう?
    ま、どちらを信じるかは個人の判断ということで。

  23. 公明党は、ストッパーの素振りをしているだけ、結局は容認していくんですよね。

    公明党が与党にいなかったら、こんな日本になってはいなかったでしょうね。。

    果たして、10年後の日本は戦前なのでしょうか?それとも戦中でしょうか。。?
    戦後、というのはもう終わっているのかも。。。

    もう、ヒタヒタと始まっているのかもしれません。。

  24. すみません、このコメント長いです(笑)。
    でも今考えてることをおもいつくまま書いてみました。
    最初は白いブランコさんとの対話のところに書いていましたが、これはもっと全般的な話になるなと思って、こちらに書きました。
    今、対話中の白いブランコさんのお話と合わせながら読んでみてください。

    私は単純に思うんですが、創価は日蓮正宗の信徒団体としてスタートしたわけですから、破門されたら、もうそこで終わりですよね、普通。会社で社長や上司の言うことを聞かずに好き勝手し放題だった社員がクビになったのに、社長や上司を恨んで恨んで、あることないことでっち上げて、裁判まで起こして悪口を言いまくる。そしてあの会社が偽物で、オレが本物だと言い出す始末。おいおい、もともと「社員」なんだろ?って言っても聞く耳をもたない。とにかく自分をクビにしたやつらが悪いの一点張り。それでやることがあんまり汚いもんだから、社長のほうも正式に訴訟を起こす。元社員も負けじと訴訟を起こす。結果はほとんど社員の負け。でも他の社員にはそんなこと絶対に知らせません。普通なら「は?何言ってんの?」って話でしょ(笑)。

    創価は会員から集めるものすごい額のお金で、政治もマスコミも出版界も広告業界も法曹界も抑え込んでる。すべて会員を騙してかき集めたお金で好き放題しています。何も知らないのはお金をまきあげられている会員。「創価だから間違いない」「きっと先生の深い考えがあるのよ」などと、自分で考えることはしません。というかできないように教え込まれています。何でそんな単純なことに気がつかないのか、外部の人にとっては信じられないかもしれませんが、それが宗教とか洗脳とかMCの恐ろしさなんですよね。人間はある条件がそろうと、驚くほど思考停止に陥ります。目の前のものが見えなくなるし、ありもしないものが見えるようになります。どんなにおかしなヘ理屈さえ、この世の美しい真理に見えてしまうんですね。催眠術にかかっているようなものです。ですから、創価が宗教ではないことに気がつくことを、ここでは「覚醒」という言葉を使っています。創価のやってることはおかしいなと思うくらいのことを「覚醒」とは言いません。創価がもともとから宗教などではないということを客観的な目で見ることができた瞬間を「覚醒」と呼んでいます。

    たとえば財務の額を求めすぎるから、上限を決めて一人100万円までにしようとか、聖教新聞は一人1部にしようとか、会合の数を半分に減らせば負担が少なくなって活動しやすくなるだろうとか、そんな問題ではありません。創価は宗教ではないのに、会員は宗教だと信じて活動をしていることが問題なのです。例えれば、困った人を助けるためのボランティア団体だと思って一生懸命活動していたら、じつは暴力団だった。そんなとき「麻薬を売る量を今までの半分にしよう」とか「オレオレ詐欺は月に10人までにしよう」なんて言ってるのといっしょですよ。「暴力団も改善すればボランティア団体になるのです」などと言ってるようなものです。もともとボランティア団体だったのが、何代目かの会長が悪の道に引き込んだのなら、改革次第ではもとのボランティア団体に戻る可能性もなくはないと思いますが、もとが暴力団では話になりません。所詮暴力団は暴力団でしかありません。

    それではどうやったら「創価は宗教ではない」ということが会員さんにも理解できるだろうか……とこれまでもいろいろ考えてはきました。でもやっぱり最終的には自分が気がつく以外にないんだなと思います。理屈では説得できません。理屈で入ったわけではありませんからね。とくに二世三世は、創価の価値観が全てなんです。生まれたときから創価の思想だけが正しいと教え込まれ続けています。これってほんとうに恐ろしいですよね。自爆テロの戦闘要員に使われる子どもたちのようなものです。たとえ途中で「じつは違ったんだ」とこれまでの価値観をひっくり返されても、何も残らないんですから恐ろしいです。心も折れますよ。

    でも、私や皆さんと同様に、どこかで、何かがきっかけで「覚醒」の瞬間が訪れるんですよね。それはひとつの決定的な出来事というよりは、いろんなことの積み重ねがあるなかで、ある日突然、少しずつたまっていたコップの水があふれるように、目の前のことが見えるようになります。見えるようになると、いままで何にも見えていなかったということがわかるんです。見えてないうちは、何が見えて何が見えないかなんてわかるわけがありません。見えて初めて見えなかった自分のことがわかるんです。

    そこで、そんな覚醒のためのひとつのきっかけに「三大秘法」について考えてみるという方法があるんじゃないかと思いました。つまり日蓮仏法の信仰の原点をもう一度見直してみようということです。なにも難しい仏教学をひも解こうというのではありません。自分が信じてきた日蓮仏法とは何なのか。その日蓮仏法のなかでもいちばんの胆とはとは何なのか。そして創価のいう日蓮仏法は、その肝に準じているのかを確かめてみようじゃないかということです。
    そこで何が日蓮仏法の肝かと言うと、やはり「三大秘法」なんですね。

    あ、私は日蓮仏法を評価したり奨励したりしているわけではありません。むしろこんなものに関わったばっかりに50年の人生を無駄にしてきたのですから、覚醒した今となってはまったく信じてはいません。念のため(笑)。

    で、その三大秘法とは何かと言うと、日蓮本人が言うには「自分はこれを顕わすために生まれてきたのだ。私が誰かと言えば、これをおいて他にない」と言い残すほどのものです。日蓮は多くの書簡や論文みたいなものの中で、いろいろ難しいことをたくさん言っていますが、とにかく何を置いてもこの「三大秘法」こそが自分の心そのものだと言い残しています。

    なにしろ「秘法」ですからね、どんな秘密なのかと思ったら、みなさんご存知の通り「本門の本尊」「本門の題目」「本門の戒壇」の三つを三大秘法と名付けたんですね。さらにこの三大秘法の中でも特にいちばん大事なのを一大秘法と言ってますよね。それが「本門の本尊」です。つまり日蓮の教えの究極というのは、この「本門の本尊」なんです。本人が言ってるんだから、他の誰かが「いや違う」などと言っても無駄です(笑)。このことをひっくり返すことのできる人間は後にも先にも絶対にいません。これがひっくり返った時点でそれは日蓮の教えではないことの証明になりますよね。

    そこで昨年の教義の変更で創価学会は何といったかと言うと「創価学会は日蓮正宗とはまったく何の関係もない。本門の本尊とも関係はない」と変更したわけです。これを変更と言っていいのかどうかはまた別にして(笑)、とにかく創価学会は日蓮の究極の教えである一大秘法の「本門の本尊」とは関係ないよと宣言したんですね。つまり創価は日蓮の教えとは関係ない団体ですってことを正式に発表したんです。

    ここでちょっとおさらいをしてみましょう。「本門の本尊」とは何かというと、いわゆるご本尊のことです。べつに秘密でも何でもないんですが、任用試験を受けた人なら知っての通り、この本尊には人本尊と法本尊があって、人本尊とは日蓮のことですね。自分で言ってるんです。オレが本尊だって。

    ちなみに日蓮正宗と創価学会以外の日蓮宗派、つまりいわゆる日蓮宗では本門の本尊は釈迦のことをさしています。もちろんほかの仏教もほとんどが本尊は釈迦です。もともと仏教は釈迦の教えってことでスタートしてますから、それが当然のことなんですが、数ある世界中の仏教教団の中で、本尊を釈迦以外だとしているのは日蓮正宗とその信徒団体だった創価学会とその他一部の新興宗教だけなんですよ。だからこそこれまで創価は仏教の中でも異端中の異端だって何度も言ってるわけです。創価学会が世界に認められたなんて思っているのは学会員だけです。客観的にはほんの小さなカルト集団です。

    まあそれはともかく、なにしろ日蓮正宗と創価にとっての人本尊は日蓮だってことは間違いなさそうです。では法本尊とは何のことか?これも日蓮が自分で書き残しているとおり、日蓮自身が顕わしたご本尊ですね。「日蓮が魂を墨に染め流してうんたらかんたら」ってやつです。日蓮は「自分が生きているうちは、自分を拝めばいいんだけど、後世の人や遠くの人は無理だから、自分の分身としてこの曼荼羅を拝むようにしなさい」といってこの曼荼羅を書いたんですね。「出世の本壊」って任用試験の勉強で教わりましたよね。ただ、日蓮正宗の大石寺にある「大御本尊」がその弘安2年に日蓮が書いたものなのかというと、それは誰にもわかりません(笑)。

    創価学会の公式HPではこのように書いてあります。
    「農民信徒たちの不惜身命(仏道修行のためには身命を惜しまないこと)の姿に、大聖人は、民衆が大難に耐える強き信心を確立したことを感じられて、10月1日に著された聖人御難事で、立宗以来「二十七年」目にして、「出世の本懐」を遂げられたと宣言されました。「出世の本懐」とは、仏がこの世に出現した目的という意味です。そして、弘安2年(1279年)10月12日に一閻浮提総与の大御本尊を建立されたのです(一閻浮提総与とは全世界の人々に授与するとの意)。」

    これからもわかるように、日蓮正宗としては、本門の本尊としての法本尊であるところの弘安2年の大御本尊をもっているのだから、これ以外に日蓮仏法はありえないという考えのようです。そして約750年後の今現在、日蓮系の各宗派が拝んでいる曼荼羅は数えきれませんが、日蓮正宗に関係している宗派の信者さんと創価学会員の家庭にあるご本尊だけが、この「本門の本尊」なのだと日蓮正宗と創価学会は言ってきました。だからこの本門の本尊だからこそ力があるんだと言ってきたわけです。他のご本尊を拝んでも功徳どころか、そんなもの謗法なんだから地獄に堕ちるとまで言ってきました。日蓮正宗以外の曼荼羅を拝んで地獄に堕ちた人がどこにいるんでしょうね(笑)。

    ま、それもともかく、学会員さんの家庭にあるご本尊は、日蓮正宗がいうところの大石寺にある大御本尊の出張版みたいなものですね。言ってみればテレビ番組の「なんでも鑑定団」のなかの「出張鑑定団」みたいなもんですね。本来なら日蓮その人自身のことがご本尊だったわけですけど、それは物理的に無理だから、いよいよ日蓮自身も寿命が尽きることを感じるようになった。そこで弘安二年にいわゆる「大御本尊」という後世にも伝わるようにと立派な板曼荼羅をつくったわけです。そしてこれを「本門の本尊」としたんですね。だからこれが人本尊たる日蓮の分身のようなものなので、これに代わるものがあるわけがないんです。たださっきも言ったように、遠くの人は拝めないから、遠くの人にもこの本門の本尊が拝めるように、ご本尊の書写を認めた。しかしそれが誰でもできるようなものだと伝言ゲームのようにどんどん変わっていっては困るので、日蓮の教えを正しく受け継いだ歴代の法主だけが書写できる資格があると決めました。いちおう言っておきますが、これは日蓮正宗が言っていることであって、ほんとかどうかは別の話です。あくまで日蓮正宗というひとつの宗派の中での決まり事です。日蓮正宗が大石寺に安置している「大御本尊」がほんとに日蓮が書いたものを板曼荼羅にしたものかどうかの客観的な証明はされていませんからね。あの大御本尊はどうも江戸時代のものらしいという話もあります。ま、どうでもいいんですけど(笑)。宗教とは基本的に人智を超えた力の存在を信じることが前提となっていますから、基本的に客観的な証明など不可能な世界なので、それを信じる人の中だけで完結する類いのものですし、ここでの話も「日蓮正宗としてはこう言っている。創価学会としてはこう言っている」という話をしています。私の個人的な見解ではありませんのでお間違えなく。

    いろいろ考えているうちに新たな疑問が出てくるのですが、とえいあえず一応そこは置いといて(笑)、ともかく日蓮正宗としては、あの「大御本尊」こそ日蓮仏法の究極の姿だというわけです。創価学会も破門される前までは、そのことに異議を唱えることはありませんでした。信徒なんですから当然ですね。ところが創価学会は日蓮正宗の言うことを聞かずに、さんざん好き勝手なことをやるようになって、日蓮正宗から何度も諌められて、そのたびに創価は謝ったりしてきたんですが、結局創価は口ばかりで宗門を見下して言うことを聞きませんでした。なのでとうとう破門になってしまいました。学会員さんは破門になったことを「学会のほうから見切りを付けた」なんて教え込まれていますが、そんなことが一般社会に通用するわけもありません(笑)。

    すぐに話がそれてしまってすみません(笑)。
    本門の本尊とは何かという話ですね。つまり日蓮正宗が言うには「本門の本尊」とは人本尊である日蓮自身であると同時に、本人が残した弘安2年の「大御本尊」のことになります。それを創価学会は破門されてからはじめて「本門の本尊は弘安2年の大御本尊だけをさすものではない」となんだかわけのわからないことを言い出しました。わけわかりませんよね。今回の創価の教義の変更で、大御本尊と学会員さんの家庭にあるご本尊との関係が変わったんです。それもなんだかわけのわからない関係になってしまった。「まあ大御本尊もご本尊のひとつなんだけど、べつに拝むまでもないですよ」なんて、じゃあこれまでものすごいお金を出させて正本堂まで建てて、ものすごい額の参拝料を出させてきたのは何だったんだ?って話です。「あれは間違いでした」ってことなんでしょうか?でも今回の教義の変更から解釈すると、そのようにしか考えられませんよね。つまり創価はこれまでの日蓮正宗の教義は間違いだったし、それに従って信仰してきた創価学会も間違いでした。今になってやっとそれに気づいたから「こっちから見限ってやったんです」って言うわけですよ。そしてこれからの創価学会は日蓮正宗とか何の関係もない、世界で唯一の日蓮仏法を正しく広めることのできる宗教団体としてスタートしますってことですよ。

    そう言うんならそれでもいですよ(笑)。でもそれって学会員さんに伝わっているんでしょうか?これが「教義の変更」程度のことで、ひととおり新聞に載せるだけで済ませていいんでしょうか?日蓮仏法の根幹である三大秘法のなかでもさらにいちばんの中心である一大秘法とまで日蓮が言っている「本門の本尊」が「じつは違いました」って宣言したんですよ。これ凄いことですよね。日蓮を全否定ですよ。ちがいますか?発足以来80年の創価学会の内容がまったく180°変わったんです。創価学会は日蓮が「これがオレの全てだ」と言っているものを全否定しているのに「創価学会は日蓮仏法を正しく広めようとしている団体だ」と言っているんです。これどこの誰がどう考えてもおかしいですよね。

    でも創価の末端の組織では、そんなこと話題にもなりませんよね。選挙で公明票がどれだけとれるか…というよりも「自分とこの地区ではFの数をどれだけ上に報告できるか」で頭の中はいっぱいです。それによってもらえる功徳の量が決まると本気で信じてますからね。政治のことなんか関心ありません。活動家にとってはFの数が功徳ポイントです。なんかすごい組織ですよね。昨日のニュースで自衛隊が国外派遣できるような憲法解釈をすることで自民と公明が一致したというのがありました。いよいよ自衛隊が大手を振って国外の戦争に参加できるようになったわけです。学会員さんは創価は世界平和を目指して活動していると言っていますが、実際にやっていることは自衛隊の海外派遣を現実にすることです。このことに何の関心も無く、今でも毎日Fの数を増やすことで頭がいっぱいです。自分たちが信じてきた日蓮仏法を創価学会は全否定したというのに、誰も何とも思わないで功徳ほしさで公明票獲得にやきもきしているんですもんね。おめでたいですね。

    結局、これはどういうことかというと、私はこう考えました。
    創価は日蓮正宗から破門された時点で、本来ならその存在理由が消滅したんです。本来ならというのは、もともと創価が日蓮正宗の信徒団体として発足していればということです。つまり創価学会がほんとうに宗教団体であればという仮定の話しです。しかし現実には創価学会は破門されても解散しなかった。もうこれだけでも創価が宗教団体ではないことの証明なんですが、そこは千歩ゆずりましょう(笑)。

    では破門された後に創価は何をしたか。みなさんご存知のように、徹底した日蓮正宗のバッシングです。とにかく破門されたことで会員が創価を疑っては大変なことになる。会員が減ったら金儲けができない。だから何をやってもいいから「自分たちを破門した宗門のほうが悪い」ということを会員の頭に叩き込むんだ!ということで、コーヒーカップ事件や日顕ラスベガス豪遊事件などをでっち上げますが、創価は裁判で負けてしまいます。と同時に、創価ではそれより困ったことになりました。そう、ご本尊がもらえない。当然でしょう。創価は破門されたんだからご本尊はもらえません。すると創価学会員は会員を増やせない。つまりお金もうけができなくなる。こりゃ大変だ、どうにかしてご本尊を会員に売りつけなきゃ新聞も売れないし財務もとれない。商売上がったりじゃないか。会員が減ったら会館の維持管理もできない。創価班や牙城会の仕事をタダでやる若者もどんどん減っているというのに。

    そこで創価が何をしたか。「もらえないんだったら作ればいいじゃん(笑)」。仕入れ先が卸さないんだったら、自分で工場作ろう。ということでいちばんコストのかからないカラープリンターで増産することにしました。ついでに今会員さんが持ってるご本尊もみんな取り替えて売れば……◯◯◯億円!ゔぉっ!ラッキー!これで行こう!じゃ、自家製ご本尊の原版はどうする?今の日顕書写じゃ理屈が合わないから創価が持ってるやつを使おう。おお、学会員が坊主になった東北のお寺に日寛上人のご本尊があるらしいぞ。それスキャンしとけ。「あの、授与書きとかありますけど」なに言ってんの、そんなの消しとけ。墨のかすれてるとこも立派に見えるように修正しとけよ。ってなことで、創価は日顕書写のご本尊を1点3000円で表装までも画像ぶっこみでカラープリンタ版ご本尊に取り替えさせるボロい商売を始めました。ご本尊を自家製にしながら思いついたのは、他にもあります。お寺で葬式ができない。じゃあ、会館でやりゃいいじゃん。坊主に儲けさせなくてすむし、手配は会員がただでしてくれるから、会員も安くついてありがたがるぞ。おお、そしたら墓にも入れないんだから、この際、墓で儲けるか!安い山奥の土地を買いたたいてみんな同じ仕様の墓を並べて、全国の会員に墓を買わせる。もちろんこれがいちばんの成仏だと言って、一家に一つじゃなくて、一人に一つずつ買わせるんだよ。どうせ遠くの山奥なんだから、めったにお詣りに来ないしな。てきとうにほったらかしときゃいいんだよ。ってなことで、お墓でもものすごい商売をはじめました。

    しかしそんなこんなでいろいろ策を講じてみても、創価学会の会員さんもさすがに「これおかしいんじゃないか?」「いくらやってもちっともいいことなんかないぞ」「活動活動で家庭を顧みる暇もなくて、夫婦仲は悪くなるし、子どもはグレるか引きこもりになる」「毎年これだけお金を出してるのに、いっこうに返ってこない。指導では何倍にもなって返ってるっていってたのに」「公明党を応援してるけど、世界平和を目指す団体がなんで集団的自衛権をすすめるんだ?」などなど、創価が言ってることと現実が違うことに少しずつ気がつく人が出てきました。それがどんどん加速度的に増えているんですね。だから末端組織はお年寄りばっかりになってしまいました。普通なら一発でわかることなんですが、とにかく疑問を持つだけで不幸になると脅され続けてきた学会員さんは、現実の創価に疑問にもつことができないまま、そのことを口に出すことさえできないまま、言われることをやり、お金を出し続けてきました。しかしもうこの衰退ぶりはどうにも止まらないでしょう。とにかく言ってることに無理がありすぎます。そして現実に学会員は創価の信仰によって誰も幸せになっていません。そこを会員になんとか気づかせないようにしているのが創価のいちばん悪質なところです。創価が宗教だと純粋に信じている人の信教の自由を奪い、基本的人権を奪い去って、時間を奪い、家族を奪い、お金を奪い、人生そのもの奪い取ってきた。それが創価学会の現実の姿です。

  25. 最近は、情報化社会が進み、今までは知りえなかった真実や、内部情報が曝されるようになってきています。このサイトにも延べ人数ですが、大勢の方が来られています。コメントを残す方、コメントを残したいけど閲覧だけの方も大勢いると思います。その中には、元来の学会嫌いの方の閲覧者もいることでしょう。また別に、このサイトを知らないものの、覚醒予備軍がいることも大いに考えられます。

    お寺のH講や、創価同様に、そこから分裂した会派であるK正会および、創価学会を良く思わない宗教団体、民間団体も幾多かあると、無料動画掲示板などでも確認できます。

    そこで気づいたことがあるのですが、センセイの葬儀は、こんな状況で、果たして恙無く実施されるのでしょうか。つまり、これらの敵対(?)団体が、センセイにお悔やみ申し上げるのを、黙って傍観する保証があるのでしょうか。

    なぜなら、創価学会は、お寺に破門され、数々の裁判を起こしたり、K正会が殴り込みに来たり、機関紙で悪口雑言を言い合ったりした過去は既成事実で、また敵対関係は明らかに継続中です。創価学会を良く思わない他の宗教団体、民間団体も、署名やデモ、その他諸活動を行っているようです。

    こんな特異と思われる状況で、「教団のカリスマ(?)とされる人物が居なくなりましたよ」的な行事を行うことは、今後統制に大きく影響する問題で、創価的にも都合の良い状態ではないと思います。また、最初に列挙した予備軍や、アンチ団体などが、海路の日和とし、溜まっていた怒号が爆発するかもしれません。

    こういうことから、大袈裟かも知れませんが、警察沙汰になるような危険性も充分に考えられ、発表も葬儀すらも、正直できないのではと思います。

    また、つい最近も、関西の幹部のN氏が死去しました。しかし、学会内の要職に就いて高給をもらっていたとされる人物ならば、ある程度の人脈もあると思うのですが、何故か不思議なことに家族葬らしいのです。

    よくこれまでも幹部の葬儀がヒッソリと会員の知らないうちに行われるらしいのですが、最初に列挙した予備軍や、アンチ団体などからの防護対策なのでしょうか?

    あくまでも予測ですが、敵対する某お坊さんよりもどうしても長生きしなくてはならないことや、過去からの既成事実を鑑みても、こういうことから、センセイが現状不明のままであるネックなのではないでしょうか?
    死に際までもこういうリスクも考えなければならないとすると、もはや何の団体なのでしょう・・?

    また、新たに思ったのですが、ここまで来ると、センセイの長寿記録を作るつもりではないでしょうか?
    「取り敢えず100歳は越しておいた方が功徳っぽい」とかあり得そうです。日本記録とか、世界記録となると、賞がほしくても、公に姿を見せることなので難しそうですが…、写真も加工できる時代ですし、メッセージだけ伝えに代理人が来るかもしれませんね。

    このことから考えて現在の創価の三大ナンチャラとされるものは、
        ▼献金システム(聖教・財務)
        ▼総体革命(選挙・国家機関への送り込み)
    NEW ▼センセイの無理から長寿記録作成および幹部の密葬
        
    として、因数分解しなおして、勝手ながら考えてみました。 長文で失礼します。

  26. 創価さんは、とにかく自分達が良いように、教義を変えられるのですね。もう、本尊はいらんがな!早く、ヤクザカルトから足抜けしたいわ!!!

  27. さっきまで、創価とは何の関係もない友人と居酒屋で話をしていました。そんななかで、私がこのブログを続けているという話を切り出したところ、「あれ?池田大作さんって死んだんじゃなかったの?」ってまじで訊かれました。
    「いや、まだ死んではいないようなんだけど、人前に出られるような状態じゃないみたいだよ。東日本大震災のときだって、ちらっとも顔を見せなかったしね。もう5年も姿を見せないんだよね」
    「へ〜〜そうなんだ。まあ、いろいろ都合があるんだろうね」
    こんな感じでした。
    世間一般の多くはこんな感じではないでしょうか。池田氏というのは学会員が思ってるほどの存在ではもちろんないし、べつに死んでいようがいまいが関係ないんです。
    もしかしたら学会員さんもそうなのですか?
    5年も顔を見せないのに誰も何にも言わない。見てもいないのに「元気です」としか言わない。
    私が男子部のときには「先生と直結の信心だ!今先生が何を考えているのかわかるか?!先生と命を合わせるんだ!それが学会精神だ!自分対先生。それ以外何も入ってこない。それが師弟不二なんだ!」と「指導」されたものです。今ではその偉大なる師匠はどこで何をしているのやら、誰も知らないし、誰も知ろうともしない。5年も姿を見ていないのに心配ひとつしない。異常な集団です。あの師弟不二って何だったんでしょうね?(笑)

  28. 現在、世界の人口は72億4000万人。爆発的に増えています。前も言いましたが、
    この中で
    キリスト教 22億5400万人 33.4%
    イスラム教 15億0000万人 22.2%
    ヒンズー教 9億1360万人 13.5%
    仏 教    3億8400万人 5.7%
    創価学会員は公称850万世帯ということですから、1世帯2人として1700万人。比例代表の公明党の獲得数は730万票。あれだけ全国の学会員さんが血眼になって選挙活動をしても、自分たちの世帯数にも及びません。一人でなんとか一票か二票獲得できたとしたらの人数で考えても創価の活動家はせいぜい300万人くらいってとこでしょうか。
    それでは学会員さんがどれくらい頑張ったら、これまで750年もなし得なかった広宣流布が達成するでしょうね。今のあなたの地区の座談会の顔ぶれを思い浮かべてください。こんな人たちが300万にいるとして、これから全員が一年間に一人折伏し続けたとしても、単純に2413年かかるんです。折伏された人がさらに折伏するんだからもっと増えるはずだと言いたいでしょうが、そんなレベルの数字じゃないでしょう(笑)。だいいち今の座談会顔ぶれの人たちが、毎年毎年一人の折伏が可能でしょうか?絶対無理ですよね。それができるくらいなら、創価は今ごろ世界制覇してますよ(笑)。そこまで言わなくても、たとえばあなたの地区の人たちが今から必死に頑張ったとして、来年座談会の顔ぶれが二倍になると思いますか?ありえないですよね。できなかったらそのぶんだけ広宣流布は先延ばしになるんです。2413年が3000年後6000年後になりますよね。あなたたちはそんな途方も無いことを真顔で夢見てるんですよ。来年学会員が倍になる勢いで続けても2413年かかることをやろうとしているんです。「池田先生のために!」いったい何なんでしょう?池田先生のために何千年かかるかわかりもしないことを頑張らされてるんです。とんでもなくお金を出させられて、夫婦仲は悪くなり、子どもはいじめられ、引きこもりになるんです。
    学会員さん、それでも創価が正しいと思うのであれば2500年後の広宣流布達成に向けて頑張ってください(笑)。2500年後に創価があればの話ですけどね。

  29. Signifie様の広宣流布のお話で私も同様に思うことがあります。
    以前から思っていたのですが「広宣流布達成」って誰が確認して、どう決めるのでしょうか?
    人口の出生および死去、転入および転出は、日々変動し、また、時々刻々とも当然変動するでしょう。
    各自治体の公式ホームページでも正確な人口の数値が日々発表されているところは稀ですし、あったとしても次の日には当然変動しているでしょう。
    また、人の信仰や心の中なんて当然、目に見えませんし確証もないでしょう。親子ですらです。
    こんな状況で「広宣流布達成しました」と言っても根拠ゼロといつも思うのですが・・
    「広宣流布集計機」みたいなものでも創●大学工学部と共同開発して持っているのでしょうか?
    たしか「幸福製造機」ってのもあるんですよね、あれば特許申請すればいいのにと思います。どの宗教団体も「広宣流布集計機」あれば便利とは思うのですが・・。
    一番手っ取り早いのは、極端ですが「祝!広宣流布達成!!創価王国」「あの仏敵を折伏した」などと聖教新聞などの、創価が自由に主張できる機関紙に載せれば済むことですが、何故かそれすらしていないのではないでしょうか?
    また、敵対する宗派や、その他宗派も宗教法人登録(約18万団体)しており、それを取り消すことも手っ取り早いはずなのにしているのでしょうか? 
    ▼文化庁 HP内 データ
    http://www.bunka.go.jp/shukyouhoujin/gaiyou.html
    他の宗教の集会があれば、そこで集中的に折伏すれば効率的と思うのですが・・。
    広宣流布達成には、イスラムをどう折伏するのかも問題ですし、平和会館の類がイスラム圏にあるのでしょうか?なければ造る予定はあるのでしょうか?その為に自衛隊派遣をするのでしょうか?
    このことから考えると、当然、経営上、達成なんかしないし、させないのではないでしょうか?
    もし達成する(してしまう)と、創価のノルマ拡張の意義が無くなるのではないでしょうか?
    結局「『広宣流布』達成=廃業」になってしまうのではないでしょうか?
    創価の三大ナンチャラ同様に因数分解して考えてみました。
    連投で申し訳ございません。

  30. awakeさん、楽しいコメントありがとうございます(笑)。
    人間って愚かだなあと思うのは、創価のような子ども騙しに、いい大人が真面目に騙されてしまうっていう現実です。

    そもそもあんな紙切れに向かって呪文を唱えたからって、不治の病が治ったり、突然大金持ちになったりするわけがないのに、そんなことを本気で信じて、汗水流して稼いだお金を差し出してしまうんですからね。公明党の票をとったら功徳がある。牙城会で会館を警備したら家も守られる。財務の額が多ければ多いほど幸せになれる。「この印鑑を買えば過去世からの宿業が切れて幸せになれる」「この壷を買えば幸せな結婚生活が待っている」こんなのとどこが違うんでしょうね。でもそれさえ見分けがつかなくなるんですよ。「奥さん、今日はついてるねえ、今だけの大サービスで、この秋刀魚は3匹で300円なんだけど、奥さん美人だから4匹で400円でいいや、もってきな〜」って言われて、うれしくなって買っちゃうみたいな(笑)。

    広宣流布っていったいなんでしょ。日蓮が三大秘法を顕わしてから750年経ったんです。わかります?750年という時の長さを。たとえば今から750年後に世界はどうなっていると思いますか?木製の仏壇にカラーコピーのご本尊をぶらさげて世界中の人が正座して毎日お題目をあげていると思いますか?日蓮は末法の世を救うために現れたって言ってましたっけ。末法って釈迦滅後の2000年でしょ。それが日蓮が現れた年が末法だとしても、もう何百年経ったと思ってんですかね。それからあと何百年かけて広宣流布が達成されたら日蓮の予言が正しかったことになるんでしょうね(笑)。もう時間切れじゃないですかね(笑)。せめて江戸時代ぐらいには広宣流布してないと、日蓮うそつき〜ってことなんじゃないですかね。

    まあ、それも一万歩ぐらい譲って、これから300年ぐらいして広宣流布が達成したとしましょう。学会員さんはどんな世界になってるか想像したことがあるんでしょうか。まず300年後がどんな世界なのかもまったく想像つきませんよね。もしかしたら地球に生物は住んでないかもしれません。今、地球上に何百回も地球を焼き払うだけの核兵器があります。この80年ほどで人間がつくった核兵器です。創価学会も80年でしたね。細菌兵器や神経ガスもありますね。私たちの知らないような、もっととんでもない殺戮兵器が作られているかもしれません。昨日は公明党のおかげで自衛隊は外国に戦いにいけるように法整備されました。イスラエルでの安倍首相の演説のおかげで、日本は完璧にテロの標的になりました。ウクライナも一触即発状態です。アフリカ諸国もとんでもない殺戮が横行しています。世界平和を標榜する創価学会がなんかしましたか?なんかできるのですか?池田氏の写真パネル展ですか?

    学会員さん。あなたの創価学会員としての活動のどこが世界平和につながっているのか考えたことがありますか?聖教新聞の購読数を増やしたり、公明党の票を増やしたりすることで、世界が平和になっているんですかね?こんな活動を何百年も続ける気なんですかね?だって日蓮の弟子は750年も本門の本尊に世界平和を祈り続けてきて、世界平和のへの字もありゃしませんよね。
    なおかつ創価は発足して80年経つという今になって「今までやってきた日蓮正宗は間違いだった」って言ってるんでしょ。いいですか?いままでのは間違いだったですってよ(笑)。だから今度は本当の本尊に向かってお題目をあげましょうって買わされたのが、あのカラーコピーの改ざんご本尊です。これ完全になめてますよね。会員をなめきってます。何度も言いますが、私の父は草創期からの幹部で、20年前に亡くなりました。結局のところ父は間違ったことをやらされたまま死んでいったってことですよ。1957年に大阪事件というのがありました。私が生まれる前のことです。選挙違反で池田氏が逮捕されて大騒ぎになったときに、私の父も仕事を放り出して大阪に駆けつけたそうです。小説人間革命に感動的に書いてありますが、実際のところ真相はわかりません。父ばかりではありません。草創期の人たちは純粋に創価を信じるあまり、よかれと思って今では考えられないような人権侵害をいくつも重ねて来たんです。それを今になって「間違ってました。もう日蓮正宗とは何の関係もありません」って言ってるんです。

    まず創価は全会員に向かって謝罪すべきではないでしょうか。「これまでの創価学会は間違ってました。申し訳ありません。今度こそ本当の仏法を基調とした平和団体としてやり直していきます」って。ご本尊が間違ってたのなら、どこがどう間違っていて、こんどはこうだから本当の日蓮のご本尊なんだという根拠を示すべきですよね。実際はそんなもの一切ありません。また、創価のカラーコピーご本尊が「本物」である証明なんてどうひっくり返ってもできるわけがありません。

    学会員さん。ちょっと冷静になって考えれば、すべてわかることなんですよ。創価学会は宗教じゃないって。宗教じゃないばかりか、お金目的の悪質な詐欺団体なんですって。ここにコメントしてくださるこれだけの方が口を揃えて言っている事実をどう説明しますか?みなさん何十年と創価学会の活動をやってこられた方ばかりです。そんな方々が「創価は宗教なんかじゃなかった」って言ってるんですから、一度でいいから「もしかしたら」って考えても罰はあたりませんよ(笑)。あ、当たると思ってるから考えないようにしてるんですよね(笑)。でもこれだけのそして多くの人がそれに気がついて辞めていってるんです。あなたが参加している座談会の顔ぶれに、これからの創価学会を発展させてくれるだろうという息吹がありますか?これから世界中の人がご本尊にお題目をあげる姿を想像できますか?あ、ときどき聖教新聞にSGIメンバーが勤行している写真が載りますから、想像はできるでしょうね。でもそれって世界中の人たちじゃないんです。ほんとにほんの一部だけなんですよ。数えるほどですよ。それをあたかも世界中の人たちに広まっているかのように写真を載せているんです。そのための写真です。ほんとに広まっていたら、何カ国もの国でカルト指定されませんよね。

  31. シニフィエさんのコメントを読んでいて宗教って何なんだろう仏教って何なんだろうって凄く疑問に思い始め知りたくなりました。シニフィエさんの博学に圧倒されました。

    遥かなる歴史や偽りない真実をもっと勉強したいと思います。そこで何気に創価大ホームページを観たのですが仏教を学ぶ学部みたいなものが見当たらないのです。不思議です…。

    私は改めてきちんと仏教について学びたくなりました。ミイラ取りがミイラになるなよ、と主人には言われております(笑)学ぶことは知ることだからです。原発事故によって行われている食品検査やその根拠を視点を180度変えて数年前から勉強しています。如何に地道な作業が沢山の方達の手で行われていて、そこに葛藤や御苦労があるのかを知りました。糸井重里氏「知ろうとすること。」も持っています。知ろうとしなければ間違ったまま生きて行ってしまうことが骨身に沁みて分かりました。

    学びたい、知りたい。そう思います。

  32. 隠蔽…信濃町幹部にとって都合の悪い事は会員に隠す。
    姑息…現場は選挙体制の多忙中での会則改訂の掲載(しかも3面に掲載)

    信濃町幹部の為の三大秘法。
    集金・集票の為の三大秘法。
    継ぎ接ぎだらけの三大秘法。
    日寛上人の論を否定しておきながら日寛上人書写(偽造済みカラーコピー)を拝ませる

    日蓮正宗も創価も金と権力に支配されてる。
    大石寺も信濃町も魔性の巣窟

  33. ダイアナさん

    創価で執念とか諦めるなとか
    勝ちにこだわれって教わってきて、改めて基本的な仏教の考えを学ぶと、
    むしろそういうこだわりを捨てろって教えなんだすよね
    執着するなって笑

    真逆です。

    青い目の禅僧ネルケ無方さんとかの本わかりやすくておすすめです

  34. イケダDがもともと三大秘法を軽視していたのは、御本尊模刻事件を起こしたことでも読み取れます。結局自作模刻本尊を謝罪して返還したものの、それも入仏開眼式の導師をイケダ自らが行ったことで、幹部や本部職員、一般会員に、総本山の許可を受けているのか?板本尊の入仏式をなぜ会長が行うのか?という動揺が走って放置できなくなったためという経緯からみても、このイケダという人は、元から全く信仰心はなかったのだと思います。現在は、そのイケダDに感化された取り巻きばかりで、カラーコピー御本尊でもなんでもOKなひとばかり。そもそも今になって、あの大御本尊はもともと間違いでしたというのであれば、大御本尊の功徳として登山の体験談語っていた人ってなんだったのでしょう。要するに、この御本尊が正しいから力があるとかなんとかいってきたことも、全部思い込みだった。この御本尊だからどうこうということではなかったということを組織自らが認めたってことです。でも、カラーコピーといえど、憎んでいる本家のパクリでそのパクリ元の御本尊も、もとは、否定している大御本尊なわけでしょうから矛盾してますね。本家の饅頭よりうちの饅頭のほうが美味しいんだと言いながら、まずいとこき下ろしてる本家のレシピをちょこっと変えて売りまくっている。あくどい商売してるとしか思えません。できるだけ早くオリジナル御本尊作って、完全に決別してくださいよ。微妙に味変えて昔からの客を誤魔化すようなまねはやめたほうがいいです。

  35. やまとだましいさん

    >青い目の禅僧ネルケ無方さんとかの本わかりやすくておすすめです

    ありがとうございます!早速探してみます^ ^
    少し調べてみたら曹洞宗の住職さんなんですね。本も面白そうです!

  36. 関西の創価学会の組織幹部の葬儀について、家族葬となっていましたね、
    私は日経新聞で確認しました、あれっ?と思いましたね。

    創価学会の肩書きを出しているのだから、学会葬とすれば、
    正式に一般紙で公表するいい機会だったのになぜでしょう?
    実際にどういった形式で弔われたのでしょうね…

    幹部の親族からして学会葬の形にとらわれていないのなら
    末端信者がどう選ぼうと個人の自由ですよ、一般紙に事実記載されたのだし。
    一方的な上からの指図に下手に出て従う必要は全然ありません、あれもこれも。

  37. 新聞啓蒙も、選挙のF取りも全て功徳に、折伏と一緒だから・・といわれ、頑張ってました。新聞も200%の月があって、そんな時には地区から連絡が入り~啓蒙できた?~私曰く、~まだできてません~そこであちらは上手く新聞をとらせるように仕向ける。~わかりました、マイ聖教します!~と、私。F取りも、地区は情報を把握しており、寸分たりとも見逃さない。~誰々さん、頼んでみて~私曰く~わかりました!・・以前の私でした。そんな私が、今はNO聖教、NO財務!住居侵入拒否!もちろん活動もしてません!あなた方に酷い目にあったからですよ!!

  38. 日蓮正宗を仏敵とまでこきおろしていながら、日蓮正宗の狂信者だった初代、二代会長を創価の永遠の指導者とする。
    ……無理ありますって(笑)
    初代、二代会長って頭のどこを切っても日蓮正宗ですよ。

    日蓮など全く信じてなかった池田が、日蓮狂信者戸田さんと師弟不二。
    これも無理ですってば(笑)
    信者の手前そういうことにしておきましたが、戸田亡き後本領を発揮した池田。
    「日蓮なんて信じるもんじゃないのさ。使うもんなんだよ」

    自分が信じてもいない日蓮だもん、教義なんて知ったことじゃないですよ。
    気にいらないことがあれば簡単に変えもします。
    でもそんなことして信者は疑問に思いませんか、ふつう?
    大丈夫。思わないようにちゃんと池田教にしておいたから。
    「池田先生の言うことに間違いはない」
    「創価に都合の良い方へ、良い方へとる」
    これをとにかく徹底させたもんねー。

    どのくらい徹底させたかというと白いブランコさんのコメントを読めばわかります。
    どうやっても何が起こっても、都合のいいようにしか見えない。
    もう見事ですよ。
    何も説明しないし謝罪もしないトップに変わって、誠実に代弁してくれるほどです。
    感情より理論的なはずで、実際しっかり考えている壮年部でさえこうなんですから、婦人部なんてもっとスゴイです。
    教義の変更なんてどうだっていいんです。
    「ごちゃごちゃ言っちゃダメよ」
    「池田先生の仰ることに間違いはないの」
    これ一本でOKです。

    池田は女性の生真面目さや母性を巧みに使いました。
    とにかくヨイショする。
    「夫も子どもも一家の太陽たる貴女で決まる、というと彼女たちは信じられないほど頑張るからね」
    「居場所と使命感を与えるんだよ」
    「母」の歌を作って泣かせてイチコロです。
    私の母親世代は皆これでした。

  39. 白いブランコさんとの対話は、これまでのこのブログのいきさつから考えれば、画期的なことだと思います。しかしさすがに創価を正しい宗教だと考えて活動もそれなりに頑張ってきた人にとって「創価は詐欺団体だ」といわれて「はいそうですか」と言える人はまずいませんよね(笑)。
    たとえば自分が長年通っているダンス教室について、他人から「あそこは法外な月謝をとるだけのインチキ教室だ」と言われてもムッとするでしょうから、人生をかけて頑張っているつもりの信仰を詐欺だなどと言われて気持ちのいい人はいないでしょう。
    でも実際にそのダンス教室に通ってきた人のほとんどの人が「あそこはインチキだからやめといたほうがいいんじゃない」って次から次へとアドバイスされたら、そりゃ「もしかしたらそうかもしれない」と考えてもみるでしょうし、あらためて教室の様子や月謝の相場を他の教室のものを調べてくらべたりすれば、客観的な事実とともに判断ができるようになりますよね。でも創価の場合、なぜそれができないかというと、宗教を道具にしているからなんですね。方法はいろいろありますが、とにかく「疑うと不幸になる」という恐怖心を徹底的に叩き込まれます。これがダンス教室との決定的な違いですね。ダンス教室だと、同じような内容でも他の教室より月謝が高いことがわかれば、それが判断材料になります。しかし創価は判断する以前に、調べようとする以前に、ちょっとでも疑うと「地獄に堕ちるで〜〜ええんか〜あした何が起こっても知らへんで〜」とどこからか自分の心にささやく声が聞こえます。怖いですね〜。そして本人は自分がそんな恐怖心に縛られていることすら認めようとしません。なぜならそれを認めると自分がやっている信仰が正しくないことを認めるようなものだからです。そうやってどうにかして自分の信仰が正しいんだと自分に言い聞かせるようになる。聖教新聞や幹部の指導を何の疑いもなく聞くようになる。このときに疑うものなら、また「ええんか〜〜」ってささやく声がするんですね。
    今日の白いブランコさんのとの対話のスレッドにsatouさんがコメントしてくれました。ほんとならこのスレッドでは承認できないのでこちらのスレッドに移すところでしたが、その前に白いブランコさんが返事をされていたのでそのまま掲載しています。それに私の言いたいことをズバリいってくださってもいたので、このままいいかなと思いました。そして創価の信仰の中で、かならず出てくるこうした「恐怖心」。これはほんとうに大きな問題だと思います。たとえ覚醒して脱会しても、この身に沁み着いてしまった恐怖心から逃れるのは容易ではありません。私も完全に覚醒した後でも、すいぶんこの恐怖心には悩まされました。覚醒して、創価が宗教でも何でもないただの詐欺だとわかっても、こころのどこかに「何か悪いことが起きるんじゃないか」とか、ちょっとした失敗とか不運にでくわしたとき(たとえば宝クジに外れたとか、会いたくない人に会ってしまったとか、または、彼にふられてしまったとか、会社をクビになったとか)とにかくいろんなことにつけて、創価をやめたからなんじゃないかなんて、ふと考えたりもするのです。覚醒したからと言って、次の日からきれいさっぱり全てを忘れられるわけではありませんので、ほんとうにやっかいな詐欺です。ただの詐欺なら「人生経験の高い授業料やったな〜」であとは引っかからないように気をつければそれですむ話ですが、創価の場合はそんな簡単な問題ではありません。
    自分がなぜこんなに苦しい言い訳までして創価を庇っているのだろう?って一度よく考えてみれば、すぐにわかることなんですけど、それでもやっぱり「ええんか〜〜そうか〜ええんやな〜〜どうなっても知らんで〜」ってささやく声がするんですよ、きっと。

  40. 草創期のバイブルである「折伏教典」の238頁に、

    また結論して仰せには、「なかんづく弘安二年の本門戒壇の御本尊は究竟中の究竟・本懐の中の本懐なり、既に是れ三大秘法の随一なり、況んや一閻浮提惣体の本尊なる故なり」と。
    以上のように、最高無比の大御本尊が日蓮正宗富士大石寺の本尊である。この本尊建立のために日蓮大聖人がこの世にご出現になったのである。

    とありますが、これがまちがいなら日蓮さんは何のために出現なされたのでしょうか?
    創価学会の思考停止人間(成仏????)を増やして、コンペイトウを守る為ですかね。
    バイブルの内容がたかだか数十年で180°変わるような宗教なら、大した教えではありまへんなぁ。
    ( ̄▽ ̄;)

  41. 白いブランコさんとsinifieさんの対話のところにコメントしてしまいましたが、書くときタイトルを確認せずに書いてしまいました(汗)。白いブランコさんに私宛の返答させてしまってすみません。白いブランコさんがなんだかだんだん考えがまとまらなくなって苦しくなっているのではないかな~とちょっと心配してます(笑)。でも、この機会に、自分の思いを吐き出して、signifieさんと本音で対話してくださることを願っています。
    signifieさんの白いブランコさんへの突っ込みは、粗捜しではなく、親心のようなものだと感じます。その思いが届けばいいなと。

  42. Signifie 様 
    確かに、「奥さん、今日はついてるねえ、今だけの大サービスで、この秋刀魚は3匹で300円なんだけど、奥さん美人だから4匹で400円でいいや、もってきな〜」という落語のような話ですね。冷静に見れば、コント集団「劇団創価」なのかもしれませんね。

    あれからまた、新たな疑問が湧きました。

    「他の宗教の集会があれば、そこで集中的に折伏すれば効率的と思うのですが・・。」
    と前投稿で書いたのですが、極端ですが、更に効率的と思われる方法に気づかされました。
    日本国内においては、いっそのこと、約18万団体ある宗教法人の教祖とされる者を折伏すれば、その宗教は、一気に創価にできるのではないでしょうか?その信者も、芋蔓式で学会員化できてしまい、ひょっとして、3000年とか6000年とかよりは、比較的短くできるのではないでしょうか・・。

    でもここで疑問があります。

    ▼お寺のN氏や、K正会のA氏をどう折伏するのでしょうか?(それができるのなら、今でもこんなに牽制し合わないはずですが・・・。)

    ▼神社の長である天●陛下をどう折伏するのでしょうか?

    ▼会長のH田氏やA谷氏など、果たして他宗の教祖を折伏する気はあるのでしょうか?また、そのような実績はあるのでしょうか?それとは別に、今でも個人的に折伏しているのでしょうか?Fを取っているのでしょうか?

    ▼そもそも、もうセンセイは折伏しないのでしょうか?Fを取らないのでしょうか?

    ▼センセイは、世界の偉人とされる人物と対談しているのに、その際、折伏もしたのでしょうか?マンデラ氏などを折伏したのでしょうか?

    ▼連立でくっ付いているA倍首相を、折伏したのでしょうか?

    ▼公明議員も、しょっちゅう国会や地方議会で会っているはずの共産党議員などを、勤務時間外で折伏しないのでしょうか?(献金も増えるし、数も取れると思うのですが・・。)

    ▼イスラム幹部をどう折伏するのでしょうか?(そもそも言葉や仏法が通じるのでしょうか?)

    ▼折伏するのに、仏敵にしてしまうと、もはや折伏できないのではないでしょうか?(Y野氏やO骨氏を、もはや折伏しないのでしょうか?)

    ▼そもそも、折伏に根拠とかあるのでしょうか?
                                                              など
    いずれにせよ、創価の三大ナンチャラが無かった時代からも、時系列的に、人類および生物は地球に生存し発展、進化してきているのですが・・・ 。
    何か屁理屈っぽいくだらない長文なのかもしれませんが、よく考えると「あれっ?」と思ったので、提起させていただきました。ありがとうございます。

  43. 連投になりますが、創価をやめたいけれど罰が怖い。とか、やめたあとも何か悪い事がおきそうな不安を持っている人も多いと思いますが、やめた人にやめたことを後悔しているか?もう一度戻れるなら戻りたいか?と聞いてみたら、おそらく99.99%の人はやめたことを後悔していない二度と戻りたくないと答えると思います。それが答えです。要するに、悪い事が起きるかもという不安が払拭されてなくても、やめた今のほうがずっと良かったと思ってるという事です。私も脱会するかもと話したときに、やめたら戻れなくなるよ?脱会者を二度と受け入れないから。それでもいいの?と聞かれました。が、こんなインチキ組織にいられない。と思い脱会しました。やめてしまえば去るもの日々に疎しで、罰論に縛られることもなくなります。中途半端にかかわっていると、いつまでも恐怖心に縛られたまま飼い殺し状態です。監禁されて怯えながらも、監禁者の顔色を伺ってご機嫌とっているのと同じように、逃げる気力を無くし、今の自分の置かれてる状況と向き合わないことで、パニックにならないよう自分を誤魔化している。そんな会員も多いのでしょう。

  44. 創価学会の会則のいちばんはじめにこんなくだりがあります。

    >戸田第二代会長は、獄中において「仏とは生命なり」「我、地涌の菩薩なり」との悟達を得、人間革命の理念を掲げて、日蓮大聖人の仏法を現代に蘇生させた。そして、75万世帯の誓願を達成し、日本における広宣流布の基盤を確立した。

    今回の創価学会の教義の変更は、この戸田城聖二代会長が築いた広宣流布の基盤は「間違いでした」ということなんですよね。
    とにかく創価が発足以来80年間貫いてきた日蓮正宗の外護団体としての立場は、この期に及んで「間違いでした」って宣言したわけです。これはものすごいことなんですが、この聖教新聞に掲載された「教義の変更」について、創価学会公式HPにはひとことも触れていません。そして創価学会の歴史が紹介してある部分に、日蓮正宗の信徒団体だったことはおろか、日蓮正宗とのかかわりなどはじめから一切無かったようになっています。なるほど日蓮正宗とのかかわりが一切無かったことにするためには、教義の変更などを載せていたんでは辻褄が合いませんからね。

    >日蓮大聖人の仏法を現代に蘇生させた。

    という戸田城聖は、日蓮正宗の信徒を75万世帯達成したということなのに、そこに日蓮正宗のにの字もありません。創価にとって日蓮正宗は今となっては破門した仏敵ですから、出すに出せないんでしょうけどね(笑)。でもこれはどう考えても不自然ですよね。

    戸田城聖は師匠の牧口常三郎に連れられて、日蓮正宗の檀徒になって日蓮仏法を知り、日蓮正宗の信徒として、信者を増やしていったんです。そんな師匠の弟子となって活動してきたのが池田大作にほかなりません。破門される前までは創価学会員全員が日蓮正宗の教義の下に、日蓮正宗の信徒として、日蓮正宗の教えを広めんがために活動してきたんです。もちろん名目はですけど(笑)。でもそのことを、今回の教義の変更によって「完全に間違ってました。日蓮正宗アウトです。関係ありません。大御本尊なんて拝まなくてもいいです。これからは自分たちでやっていきます」って宣言したんですよ。でもそのことを公表したのが聖教新聞だけで、公式HPにすら載せていないんです。これってアリですか?その新聞を見なかった会員さんは何にも知らないってことです。

    かたや日蓮正宗の公式HPにはこんな記載がありました。

    『今般、創価学会は会則を改変し、その説明として聖教新聞紙上に「弘安2年の御本尊は受持の対象にはいたしません」と発表しました。
    これは、創価学会の前身である創価教育学会が昭和5(1930)年に設立されて以来、80数年にわたって会員が等しく信仰の対境として尊崇してきた宗祖日蓮大聖人弘安二年十月十二日所顕の本門戒壇の大御本尊を放棄することを意味します。信仰の世界において、礼拝の対象となる本尊は最も重視されなければなりません。
    今回、創価学会が行った本尊義の改変は、教団の存立基盤を揺るがし、80数年の歴史を覆す大事件です。日蓮大聖人を御本仏と立てながら、大聖人出世の本懐たる大御本尊を放棄するという致命的な過ちを犯した創価学会は、それを繕うため、いくつかの異説を唱えざるをえない状態に至りました。まさしく創価学会は、はてしない矛盾のスパイラル(らせん状の進行)におちいったと言えましょう。』

    これは至極まっとうな話と思います。これだけの大転換を会員向けの新聞に載せただけですませるのは、それだけ会員には知らせたくないというふうにしか考えられません。こんな矛盾したことを載せるんだから、これを読んで疑問を感じる会員がかなり出るだろうと計算したんでしょうね。なにしろ「日蓮が出世の本壊として後世に残した大御本尊なんかいらないよ〜」って言っちゃったんだから「日蓮仏法は間違いと気づいたので捨てることにしました。もう創価学会は日蓮仏法とは何の関係もありません」って言ってるんです。そりゃ会員が聞いたらビックリするでしょう。え〜〜っ!じゃあ今までのは何だったの〜〜っ!創価学会80年の全ては間違いだったんですか〜〜っ?!って、そりゃなりますわな。ならなかったらおかしい。でもならないんです。だからおかしいんです。まさに矛盾のスパイラルですね。基本的なことをねじ曲げたんですから、それに関わることのすべてがネジ曲がっていくのは当たり前です。でもそれを「おかしい」と思ったんでは罰が当たる、不幸になると思ってるのが創価脳なんですよ。「ええか〜ええのんか〜罰当たってもしらんで〜あした何が起こるか楽しみにしといてや〜」ってささやく声が聞こえるんですよ。怖いですねえ〜。

    でもって、日蓮正宗とは何の関係もなくなって、公式HPから日蓮正宗の記載が消え去ったというのに、創価学会の会員さんは日蓮正宗の江戸時代の法主が書いたご本尊を買わされて、毎日勤行唱題をするように指導されているんです。いったいこのご本尊って何なんでしょう?日蓮正宗の法主日寛上人のご本尊を拝んでいるというのに、日蓮正宗とはまったく関係ありませんって宣言するってどうなんですか?日蓮正宗とは関係ないんだったら、本門の本尊なんて何の意味も無いでしょう。なのにどうして日蓮正宗のご本尊に向かって勤行唱題をすることが創価学会の信仰の基本になるんでしょう。
    創価学会のみなさん。これ誰にもわかるように、だれか説明してくれませんか?

  45. とりあえず、入れてる事を示すコメントを書きます。
    他でちょっと管理人さんを色々と言ってしまい申し訳なかったですm(__)m
    単純にブラウザの設定が原因で入れなかっただけでしたf^^;

  46. 白いブランコさんへ
     以前こちらにコメントしていた50代の壮年幹部です。私は忍辱の鎧がすぐ破れるのか(笑い)、ネットでの対話が苦手のようなのでコメントは遠慮しておりましたが、多勢のなか一人誠実に応対される姿勢に感銘を受け、黙っていられなく応援のコメントをさせていただきます。

     創価学会がこの世に存在する前から、700年以上に渡り、日蓮の妙法の信仰を実感、体得されている方々が大勢いるという事実をこちらの方はお忘れなのでしょうか?たかが100年にも満たない教団の指導者や組織に疑問を抱き、信仰において一番肝心要の我が胸中の妙法の世界をも捨て去った自身の信仰観を見つめ直すことをせずに、教団の功罪の罪ばかりを強調し金集めの詐欺団体と決め付けるいうことで自身を正当化していることに共感の輪が広がらないことにどうして気づかないのでしょうか?

     妙法の世界を妙薬に例えるなら、創価学会はその妙薬の効能を世界中の人々にわかりやすい説明と広告、宣伝、プレゼン、セールス、トップの真剣さ、現場の助け合いの精神が飛びぬけて勝れていたからこそ、貧乏人と病人の集まりとバカにされた時代から今はお金があり過ぎていると揶揄されるまでになったということなんでしょう。

     当然思想、信条の自由はありますから、信仰をやめるのも自由、文句をいうのも自由ですが、信仰を捨てない私どもからみれば、どのような理由で妙薬までを捨ててしまったかはわかりませんが、容量、用法を誤らずに実践していれば、九識心王真如の都の世界をみなさん体得できたのではないかと思い残念でなりません。おそらく創価のここがすばらしいというコメントを解禁すればただちに数百倍の声が届きこのブログの声もかき消してしまうでしょう。

     このブログで紹介されている話は、長年活動しておれば誰もが感じることで共感することも多いはずです。しかしそれ以上に自身の人生をよりよくする信仰の実感、体感という功があるのでやめない方が多いのです。むしろ今まで非活や脱会する方の本音などなかなか聞くことができなかったものが、こういうブログのおかげで知ることができ、自分の地域ではこういう方を出さないようさらに改善の余地が生まれることに感謝しなければいけないのかも知れません。

     地区やブロックの現場の第一線はまだまだ信仰の目的に対しての良識がありますよ。レモンさんでしたか、自分の思いを地区のかたに訴えたら、第一線の方からは異論が出ずに、担当の中間幹部からにらまれただけでしょう。腹の中は面従腹背なんですよ現場の活動家は、、、。第一線で汗をかかず、会合ではっぱかける幹部なんて成果出させて自分の名を高めたい会員利用の奴らがほとんどです。そんな連中に左右されずに信仰の王道を歩めばよろしいと思いますよ。

     以前にもキリスト教の例えでお話しましたが、身近な信徒や神父が信用できない、ローマ法王にスキャンダルがあるからといって、聖書や十字架をすてる信仰者は少ないと思いますよ。

     この信仰の目的は、自身においては仏性という生命力を引き出し人生の課題に関わり、他者においては悩める方に寄り添い抜苦与楽の慈悲の実践でお互いが歓喜と躍動の世界に導くものではないでしょうか?この麗しい世界を私に教えてくれたのが創価学会ですし、下手なドラマより庶民の蘇生のドラマをリアルに体感できるわけですから、それは学会活動が趣味というくらいに楽しくなるのはしょうがないと思いますよ。

     この信仰の目的からしたら創価学会という組織、教団、教義も手段であり、ツールと考えれば、手段と目的が混同して現実の組織の打ち出しに右往左往することはなくなると私は思いますし、30年以上その姿勢は一貫し、そのことでギャアギャア騒ぐ幹部もいますが面と向かってくる奴は堂々としてればおとなしくなりますよ。そんな私でも正役職もつき大勢の同志を育てることができたのですから、懐の深い組織ですよ。白いブランコさんもどうか安心して今のままのスタンスで貫いてください。

     だいたい信仰を捨てた方が教義のことで質問することになんの意味があるのでしょう。正直相手の方もウンザリだと思いますよ。組織に疑問があり信仰心が少しは残っている方ならともかく、それならそれでそういう方と白いブランコさんとのじっくりとした対話を別に設ける方が価値的と思いませんか?

     シニフィエさんもこちらでお話しているように、釈迦は何も言葉を残さず数百年後の人たちが聞きずてで集めたものが仏典なのですから、正邪なんてまったくもって無意味で、もし意味があるとしたらどの教えが多くの人々の人生に良い影響を与えることができたのかという尺度しかないのかな私は思います。

     教義に関するテーマは正直この場でお話することにどれだけの意味があるのか疑問ですが、私見を述べさせていただきます。公式発表をいうと上からいわれたままの自分の考えがないMCと言われるし、自分の考えを述べればそんなのは創価の考えと違う変わりものの意見とまで言われたらどう話せばよいのやら、、、。

     まず自分の立ち位置を明確にします。破門された時点で日蓮正宗創価学会から日蓮世界宗創価学会として独立した教団として日蓮系の新興宗教に近い形に実質はパラダイムシフトされたと思っています。謗法厳戒、邪宗撲滅路線では世界宗教として、先にいった信仰の目的を達することができないと判断され、寛容な精神で他宗を尊重しというSGI憲章を一読してほしいのですが、今までの興門流、日寛教学の枠で収まりきれないほど、創価学会の運動が多角的、重層的になったからと私は解釈しております。今起きている改正の話も今後もさらなる展開も視野にある過渡期の途中のことと思っています。

     正直数十年もすればシニフィエさんや私のような登山に郷愁を感じる世代はいなくなるので、本尊の件はその間棚上げしていれば良かったのかも知れません。信仰の目的に合っていれば常に古くなった道具(教義)も道具箱から処分したり、時代にあった道具を入れたりリニューアルするのが、教条主義に陥らない生きた宗教なら当然のことですし、多くの会員もその方向性に納得されていると思います。そう思わないという方は、宗門に行かれたり、組織から距離を置いたりするわけですからそれは各々の信仰観による判断として尊重されるべきことと思います。

     独立した教団であるなら、創価学会常住御本尊を下付するなり、歴代会長が書写したほうがスッキリするのかもしれませんが、宗門と関わった古い世代の方々がいる以上、私のようなルネサンス派からみるとじれったいのですが、カタツムリのようなスピードで教義、解釈も変えていくのでしょう。

     憲法9条を教義に例えると、この条文は戦争をせず、国民の財産と安全を守ることが目的と考えられますよね、、、。しかしその解釈といえば時代によって、非武装中立から国防軍まで相当違いがありますよね。時代により解釈の違いはあれども、9条の目的に敵うなら変更も受け入れてきたのも多数派の国民だと思います。こちらのブログでは少数派のやまとだましいさんだって、戦争やることに賛成ではないでしょうし、9条の本来の目的に沿った考えと思うのですが、違っていたらごめんなさいね、、、。

     本尊もしかりです。信仰の目的に敵うかどうかの判断を各々の信仰観によって判断されればよいことと思います。過去との整合性から違和感をお持ちの方は多くいると思いますが、大御本尊という神秘的権威に隷属するような信仰より、我が肉団の胸中にある御本尊を尊重する法が理に叶い価値的と判断される方が多いというほうが自然なのではないでしょうか?
     
     700年前と現在の価値観において、変わらざるもの、変えていくべきものを信仰の目的から判断して変更していくことは、宗祖もきっと理解されることと思いますし、白いブランコさんの言われるように各々の信仰観による自己責任だと私も思います。

     白いブランコさんとは見解も違うかも知れませんので、この対話の邪魔だと思えば引き下がりますので、また個々にやり取りする時間もありませんので、ご容赦願います。ただ信仰心が少しでも残っている方が見ておられたら、参考にしていただけるだけ幸いと感じます。

  47. 私が脱会したのは、矛盾がないと信じていた教えがウソだったと知ったからです。
    なーんだと思いました。
    そしたらバカバカしくなって祈る気も失せたんです。
    だけどその後、学会員さんのコメントなど読むうち、この人たちはどうやったって信じることを止めないんだと思いました。
    理屈がどんな滅茶苦茶であれ信じることができる。
    その人にとっては生きる支えでかけがえのないものなら、それはその人にとっては宗教なんでしょう。
    中枢部は金と票を吸い上げてほくそ笑んでたとしても、周りが笑っていたとしても、その人にとっては大切なもの。
    本当なら口出ししたくありません。
    でも何度も言うように家族の反対によって家庭が崩壊したり、強引な布教や票取りで回りとの亀裂が入ったり、その票が政治に悪影響を及ぼしたり、何も知らない子どもに間違った情報を信じこませたり、創価は問題が多すぎます。
    信者が「仏性を開く」とか「平和の意識が持つ」とか百歩譲ってメリットを認めても、デメリットが多すぎる。
    メリットがあるかといってデメリットは消せないし、むしろデメリットが必ずセットであり増長させます。

    白いブランコさんのような誠実な学会員さんは、決して創価を絶対正義とは言わず、矛盾も問題も認めてくれています。
    その上で改善したいと健気なことを仰ってくれます。
    ですがデメリットを無くすのは不可能です。
    薬の効用だけ貰って副作用を無くすのが無理なのと同じです。
    またアンチは声を上げるのを絶対に止めません。
    創価が崩壊するの日まで非難も説得も続けるでしょう。
    その声には圧倒的に説得力があり、会員は戦意を喪失してしまいます。
    実際ここまで膨れ上がった脱会者を食い止めることは不可能です。
    もはや勝ち目はありませんよ。

    活動家は「学会はすべて勝ってきた!」という池田の声が耳に残って、これからも越えられない山はない、と思っているのかもしれません。
    生き残りたいならひっそりと祈ることくらいかもしれません。
    中枢部から降りてくる打出しを純粋に信じてそのまま闘っていたら、間違いなくパッシングされて友人を無くし、お金を吸い取られ疲労します。
    最後には意地だけが残り、自分でも気づかないうちに危険な人になってしまいますよ。
    これでは何のための信仰でしょうか?

    自分の可能性(仏性?)を信じて平和を願うこと自体は誰も悪く言いません。
    それは創価に在籍してないとできないことでしょうか?
    創価にしかいないから見えてないだけです。
    世間にだって素晴らしい団体も個人もたくさん存在しますよ。

  48. 覚醒の瞬間にコメントさせていただいたものです。
    確か任用試験の時勉強したんだとおもうんですがもうわすれちゃいました。

    わたしはいま不妊治療にかよっていて、1年ほどです。なかなか人に言えることでもなく、言えるような方がいても同じ経験をしたわけではないのでアドバイスというか、相談にのってもらうのは、難しいです。
    わたしの母も流産後5年わたしができるまでかかったときいていたので、相談できるのは、この人だけだとおもって先日話しました。
    一通りきいたあと、ご本尊にそろそろ向かうときが来たんだね。これ以上のことがおこるまえに、やれるといいとおもうよー。以上でした。
    それではわたしが頑張ってきたことなどは、まったく意味がないことになってしまいませんか?わたしが、活動しなかったから子供ができないみたいじゃないですか?そんなのっておかしくないですか?すごく悲しかったです。
    事細かに治療のこととか説明したのに、そんなことあるのー?きいたことないけど、信心できないの?しなさいよーってかるーく言われて終わりでした。

    旦那は親身にはもちろんなってくれますが、なんにもわからないって感じなので、わたしはネットでしか情報を、得られずにいて不安です。
    母にまでこんなふうにされてなんか。。かなりショックで絶望です。

    疑う疑わないとかではなく、もう、こんなのはおかしいっておもいます。

  49. 信仰する事で病が治るのであるならば医者はいらないと思います。
    ただ信仰する事で心を強く持ち決して挫けたりはしないという姿勢を持てるならばそういう部分では信仰心は素晴らしいと思います。

    ただモニカさんが仰っているとおりその信仰によって政治に悪影響を及ぼしている事が私は今とても怖いのです。学会員さんの中で例えば息子さんが自衛官の方は絶対にいるはずですよね?恒久法を容認した公明党を支援する事は息子さんが戦地に向かう事に対しても容認した事になります。学会員の親御さんは息子さんを喜んで送り出すのでしょうか。それでも平和の党だから、自民党のストッパー役だからと言うのでしょうか。
    それを自己責任という綺麗事でオブラートに包み、信仰にまだ励むのでしょうか。
    恒久法さえ認識しておらずただただフレンド票を集めているのが少なくとも私の周りの末端学会員です。
    いい加減に政治から離れて頂きたい。

  50.  「教団の功罪の罪ばかりを強調し金集めの詐欺団体と決め付けるいうことで自身を正当化していることに共感の輪が広がらないことにどうして気づかないのでしょうか?」
     教団の功罪は問題ではないのでしょうか?罪の方は無視して功にのみ目を向けろというのでしょうか?自分が正しいと信じてきた組織が数々の犯罪行為に手を染めている事実を知った。勿論そんな話は幹部から一度も聞いたことはありません。はっきり言って「裏切られた」と思いましたよ。
     かつてオウムが引き起こした数々の犯罪を皆さん覚えているでしょう。今はアーレフと名を変えて活動してますね。けど、アーレフの幹部が「あれは過去のことであり、今はそんなことはありません」と言ったとして、皆さんそれで納得しますか?アーレフにもこの信仰で救われたと感じている人はいるでしょう。けど、かつてオウムが引き起こした数々の犯罪を知るなら、功に目を向けろなんていう話にはならないでしょう。いかがですか?

  51. ありゃ?
    ひょっとしてあのyさんかい?f^^;
    話す内容はともかく、どうやら白いブランコさんへの「思い」は近いようだね。
    それで、しばらくぶりに読んだ感触としては、シニフィエさんも白いブランコさんも、お互いに『善意』で話してる様子が感じられますよ。けどまぁ、「流れ」としては白いブランコさんの話はちょっと手が届かない範囲になっているなぁ。

    とりあえず、白ブランコさん、もっとシンプルな方がわかりやすいと感じたので。

    本門の本尊・・・末法の衆生のために『仏界を自覚した者(大聖人様など)』により御図顕・書写された十界の文字曼荼羅
    本門の戒壇・・・「本門の本尊」に唱える場がそのまま 「本門の戒壇」
    本門の題目・・・「本門の本尊」 に唱える南無妙法蓮華経が 「本門の題目」

    10年ほどネットをやってきたのだけど、学会員さんの話を聞いてると、簡単には上記のようです。

    ちなみに僕は曼荼羅は無い状態での個人信仰だけどね。
    それであるから、上記だけでは『明瞭な矛盾』があるわけだけど、ここで話しても仕方ないであろうから割合するけどf^^;

  52. yさんお久しぶりです。

    >釈迦は何も言葉を残さず数百年後の人たちが聞きずてで集めたものが仏典なのですから、正邪なんてまったくもって無意味で、もし意味があるとしたらどの教えが多くの人々の人生に良い影響を与えることができたのかという尺度しかないのかな私は思います

    これは私も賛成します。
    宗教は「その人の人生に良い影響を与えるか」「救いになるか」が全てだと思います。
    見方によっては矛盾してようが素っ頓狂であろうが、そんなもの物理学でも数学でもないんだからそんなところに価値は見いだせません。
    論争は無意味だと思います。

    ただ創価の場合はそういった教え方でなく教学試験まで儲け、理証を懇々と訴える教団なので、ならばということでシニフィエさんはそういったアプローチの一つの側面として述べられてるだけです。

    >日蓮の妙法の信仰を実感、体得されている方々が大勢いるという事実をこちらの方はお忘れなのでしょうか?

    いいえ忘れてはいません。
    自分も長らくその世界に居たのですからメリットも否定はしませんよ。
    百害あって一利なしとは思いませんよ。
    先のコメントで書いたようにでは害の方はどうするんでしょうか?ということです。

    >おそらく創価のここがすばらしいというコメントを解禁すればただちに数百倍の声が届きこのブログの声もかき消してしまうでしょう。

    ということですが、ではその「すばらしい」が「やめてくれ」の声をかき消してねじ伏せて強引に慣行してもいいということですか?
    効果があると言われるワクチンがあったとして、一部に被害が出ても知らんふりして続行しますか?
    自分には合うからって、被害を受けた人の声を無視して平気ですか?ということです。

    白いブランコさんは改革を望んでいますが、その一朝一夕にはいかない、或いはできると保証のない改革とやらをしている間にもどんどん被害は出ます。
    創価の信仰は性質上、信者だけのものではなく確実に周りを巻き込むからです。
    完全に誰からも恨まれない体制が整ったところで、思う存分活動されてはいかがでしょうかと思いますよ。
    それができないならアンチは批判を続けますし、この声を止めることはできないでしょう。

  53. 暫く閲覧のみで過ごしていましたが
    コメントせざるを得ない心境になりました。

    私も学会の矛盾を確信したからヤル気が失せました。
    現学会員さんが自分の福運を積むために密かにおとなしく拝んでいるだけなら
    誰も否定しないし咎めようともしないと思います。

    自分の福運を積むためだと都合の良い解釈で
    周りの関係ない人達まで巻き込むから問題があるのだと思います。
    相手がどんなに不愉快に感じようがお構い無しに。

    相手の気持ちを考える事ができずして
    人間主義、世界平和なんて掲げていること自体言語道断だと思います。

    先ずは自分の福運を積むために
    相手を犠牲にしない
    そう言った根本的なところから改めてみてはいかがでしょうか❓

    >>なぎささん
    初めまして。
    私は不妊には悩んでいませんが
    上の子の妊娠中主人の両親からどこかの神社の安産のお札を貰いました。
    信心強情な私の母は当然大騒ぎし
    『直ぐに捨てろ‼捨てろ‼』と。

    私自身当時はまだ熱い信仰心を持っていたので他宗派のお守りを持っているのは怖かったですが
    『これは向こうの両親が私の安産を願い持って来てくれたのだから
    どうしても捨てる事はできない』と言いました。

    母は
    『奇形児が産まれるからな‼』と電話を叩き切りました。

    信心云々以前に
    人としてどうなのか❓と(笑)

    これが信心強情な親が
    初出産を控えた実の娘にかける言葉なのかと

    相手をどんなに傷つけていても悪気はないようで。

    これが
    人間革命ですか❓(笑)

  54. yさんは多分、面倒な学会活動は組織の婦人部にお任せされているから、そのような呑気なことを言われているのかな?との感想をわたくしは持ちましたよ。

    末端組織の役職ある方々が数字に追われ、数の掌握から報告、数の目標の達成に日々苦心されていることはご存知ないのでしょう。。
    いえ、知っていても時々新聞啓蒙用紙を提出されて協力してる、と自負されている程度なのかもしれませんね。。

    家庭指導がお好きな幹部さんのようにお見受けしますが、家庭指導はそれは自他ともに元気をいただける学会活動の一つでしょう。。

    でも、創価学会の組織はそれだけでは成り立ちませんね。
    人が嫌がるようなことをされている末端幹部がいるから。。それを体験せずして創価学会をあたかも歓喜あふれるユートピアのように言われているyさんは、創価学会の中でもお幸せな立ち位置におられる、と思ったりします。。

    わたくしは、正直言って、創価学会の教義には、あまり興味がありません。教義に関しては、間違いがあろうが、どのようにだって屁理屈を言って正当化していくのにいちいち付き合っていくのも、正直、どうだっていい。。初めっから間違いがあったものは、それがすべて。。わたしの中では、そこで終わりなんで。。

    創価学会の人が百万だろうが一千万だろうが財務をされているのも個人の自由でやっておられるのだろうから、老後にお金がなくなり生活保護の生活になろうが、ご本人の自由で自己責任と思うので勝手にすれば、と思ったりもします。。

    小市民なわたくしは、毎日つましく、その中でも日々楽しみつつ、時には孫たちに何かやってあげる、そんな生活ですが大満足です。。

    それよりもわたくしが困るなあ、と思うのは創価学会の政治活動です。。

    もし選挙の活動をされるのであれば、お願いですから政治のことを日々勉強されてくださるとありがたいのですが。。

    池田大作は、小説人間革命の中でも戸田城聖の言葉をかりて。。政治を監視せよ、と言われていますよね。。

    いえ、公明新聞だけ読んで安心しているのはやめてくださいね。。

    政治を少しは勉強されて、公明党のやっていることをしっかり監視していきませんか?幹部の偏った話だけを聞いて政治を知った気になっている創価学会員が怖ろしいです。。

    正常な判断ができる方なら、自分たちがやっている政治活動に疑問が出てくる筈なのですが。。
    残念ながら、なんですよね。。

  55. カガテツ
     初めまして。
    私くし、昭和30年頃に母親が戸田城聖に惚れ込んだのか?日蓮正宗創価学会に入会し、勝手に三つ子の頃に入会してたみたいですが、
    「城聖死ぬまでに75万世帯達成!」とかの話を、小学5年生頃から座談会でよく聞かされてた者です。
    座談会に親父に連れられて小学~中学まで毎月のように行ってました。
    当時の熱気は物凄く(縦線ですが)小汚い4畳半の部屋に数十人が詰め込まれ(集まって)て活気が物凄かったのを覚えています。
    その母親も正本堂建立の時、これが最初で最後のご供養と言う事で初めてご供養しましたが、(当時の創価は「邪宗は金取主義で学会は一銭も取らない」と言うのが売りでした。)
    財務部員なんて居るのを知ったのは後になってからです。
    その母が二年後(昭和47年)の財務の話を聞いて頭来て、フザケルナという事で非活になったのですが、私は昭和45年度に丁度高校卒業で東京へ出たため知りませんでした。
     その母は、戸田城聖の写真を飾ってましたが、家へ来る学会員から池田に変えろと言われてたみたいですが絶対変えずに非活なるとともに、戸田の写真も捨てましたが、豚っとした池田は大嫌いでした。
     その母も死期を悟ったのか、20年ほど前に[日達猊下のご本尊様もボロボロになっているし正式にお寺に戻って僧侶に葬式を挙げて貰いたい。]というう事で日蓮正宗へ戻りましたが、……残念ながら、「お寺も学会と同じ金取主義だったね」と言いながら一年後に亡くなりました。
     母親死亡後三周忌後にお寺も辞めまして今に至ります。(丁度創価に約40年お寺に4年在籍)以上簡単な自己紹介です。

    この度、初めて投稿しますが、
     今までの投稿では学会被害者の方がほとんどだったのですが……今回yなる「100万出せ」で有名な柏原ヤスの弟子みたいなyさん。なる者の投稿をみて、黙っておけなくなり投稿しました。

    シニフェさんのブログに対して「共感の輪が広がらない」云々と云ってますが、共感の輪が広がっているからこそ日に数千件のアクセスがあるのでしょうが、例えばたまに見る「創価学会のおっさんです」は、わずか300で創価ブログランキングの上位ですよね?
    「700年以上に渡り、日蓮の妙法の信仰を実感、体感されているという事実をこちらの方はお忘れなのでしょうか?」とか言ってますが、まさに創価が口汚く叩いてきた日蓮宗が700年以上に渡り伝えて来たものですよね。
     おそらく創価のここがすばらしいとのノコメントを解禁すれば数百倍云々とホザイテルが、ノルマで言わせるだけの話でしょうが。
     信仰を捨てた方が云々と云ってるが、法華講樋田昌志が「いつでも教義論争は受けて立つ」と云ってるのだから、樋田氏を打ち負かしてから「対話を求めて」に来なさい。
    以上です。もし、yさんなる者が教義論争するなら、いつでも受けて立ちますよ。

  56. 白いブランコさんへ
     どうも私のコメントでお二方の真摯な対話に水を差すような結果になりそうですので、一旦控えさせていただきます。申し訳ございませんでした。

  57. 私も宗教団体としてでなくて、政党支持団体として
    あまりにも無責任ではないか…と憤慨に絶えません。
    公明党の政策は本当のところ何が目的なのでしょう?

    オウム真理教信者にも通じるような
    身近な社会や周りをかえりみない自己中心的な活動の連続に、
    それでいいのか、自分さえ良ければいいのかと、強く糾弾する思いです。

  58. カガテツ
    追記です。
    本当にすぐコメントに載ったので、びっくりしました。

     手元にある「訂訛 日蓮上人伝/倉沢啓樹(一生掛けて日蓮伝を研究してきた人)」1994年7月発行・近代文藝社」の帯に……日蓮聖人をカリスマとして尊敬しているならば、國は滅びるであろう。………とありますが、まさに今がその時でしょう。

     教学的には、ネットの
    アンチ日蓮正宗(+創価・顕正会・正信会)オフィシャルブログ
    及び
    創価学会内部改革派、憂創同盟-蘇生の選択=「蘇生への選択/福島源次郎」平成2年2月鷹書房
    を看れば大概のあらましは分かると思います。
    ほか個人ブログ色々有りますが、創価の圧力で潰されたら困るので挙げません。潰されたらと云う事が(北朝鮮か)そもそもオカシイだろう。

    私の現在の立ち位置は「寒や汝/北山淳一」(1991年星雲社)氏と同じく独り信仰です。

     気の向いた時に1カ月以上掛けて法華経28品を唱えてみたり、方便品、寿量品、観世音普門品を唱えたり座禅したりとかやってます。基本は、大昔の「お天道様への感謝」とか極、常識的なことです。

     私が不思議でたまらんのは、何で財務とか言われておめおめと、何万円何十万円何百万円とか差し出すのかが理解に苦しみます。
     ただのオレオレ詐欺、ちょい昔の豊田ペーパー金商法に引っかかった間抜け野郎と同じにしか見えません。
     誰かが、パチンコやギャンブルと違うと言い訳していたが、奥さんから見たら同じこと。
    社会的に見たらその金でヤクザを雇って悪さしたり、マスコミへ宣伝費名目で黙らせたりして……もっと悪いわ。
     ちなみに、顕正会の財務の上限は8万円みたいですね。

  59. なぎささん
    わたくしは、結婚してすぐに流産してしまい、その時の医者の処置がよくなくて身体を壊し、他の医者にかかり入院したりしましたが、その時その医者にもう子供はできないかもしれないと親に言ったらしいけれど、結局子ども3人産み、いまは孫もいる生活です。
    希望は捨てないで行きましょうね。

    この創価学会の信心をやっていると、なんでも思うようにいかないことを信仰に結びつけやすいのですが、自分が納得できないことに流されるまま受け入れてしまうと後々大きく後悔すると思うので、お母さまの言葉は、スルーしていきましょうね。。

    それから身体をよく温めることも大事です。冷えは万病の元ですから。。

    なぎささんが近い将来笑顔で我が子を抱いている姿を願っております。。
    一喜一憂せず、おおらかに構えて笑顔で過ごせるといいですね、上手に気分転換してくださいね。。

  60. 「ええか~ええのんか~~、罰あたっても知らんで~~、明日どうなるか楽しみにしといてや~~」←シニフィエさんのこのセリフ、むっちゃ うけました!
    しょうもないMC罰論は ジョークで笑いとばすのが一番ですね。

  61. 「教学の基礎」という本のなかに、
    出世の本懐とは、仏がこの世に出現された目的ということで、大聖人が末法の世に出現されたのは、この大御本尊を顕されるためだったのです。
    大聖人は、文永八年九月十二日の竜の口の頸の座において末法の御本仏としての本地をあらわされて以降、御本尊をしたためられて門下の僧俗に対し授与されていますが、それらは一機一縁といって、あくまで個人にあてた御本尊にすぎませんでした。それに対して、弘安二年十月十二日に御図顕の本門戒壇の大御本尊こそ、一閻浮提総与の御本尊なのです。また、この大御本尊を三大秘法総在の御本尊といいます。(18~19頁)

    とありますが、大御本尊とカラーコピー御本尊は同ランクに位置付けるには無理がありそうですね。ここは、宗教団体を名のる以上は曖昧にしてはならぬ一大事だと思いますがね。
    日蓮さんにこっぴどく怒られますよ。
    「ワシをなめとんか!!」ってね。
    この「教学の基礎」なる本に書かれている内容が誤りであるなら、創価学会として公式に謝罪すべきだと思います。
    教義の変更とかいう言葉でごまかすのではなく!!
    (`ヘ´)
    白いブランコさん、いかがでしょうか?

  62. もうこれ以上ないほど創価問題をシンプルに表すとしたら「このご本尊に向かって南無妙法蓮華経と唱えれば、願いの叶わないことはない。しかしそのことを疑うと逆に不幸になる」と日蓮が言った言葉をエサにしてお金をまきあげてきたのが創価学会です。日蓮宗の教義では日蓮は信仰の対象ではなく、信仰の対象つまり本尊はあくまで釈迦ですから、エサにはなりません。日蓮こそがこの世の全てを司る絶対唯一神(無始無終の久遠元初の根本仏である日蓮)なのだから、日蓮に逆らうことはすなわちこの世の法則に逆らうことになるので地獄に堕ちるのは当然だという理屈が通ります。つまり日蓮正宗の日蓮の位置づけって一神教そのものなんですね。創価はそこに目を付けたんです。日蓮正宗以外の仏教では罰と功徳にインパクトが無い。つまりアメとムチで信者を思考停止できない。日蓮こそが末法の御本仏であり本門の本尊であり、本仏の日蓮と同じとするのが紙の曼荼羅だから、この紙切れ一枚がこの世の法則であり、これに逆らったら恐ろしいことが起るっていう恐怖で震え上がらせるわけです。そして日蓮は自分が末法の御本仏であると言う理論的な証明をするために法華経をうまいこと利用しました。法華経の内容から日蓮が末法のご本仏であるという結論にもっていくには、めちゃくちゃな無理があるのですが、結局日蓮正宗だけがそんな無理をごり押しして伝承してきた宗派であることを歴代会長は見抜いたんでしょうね。「これはいけるぞ」って。でもそれを恐ろしくえげつなく利用して人を騙す才能に長けていたのが池田大作だったということだと思います。
    仏教は釈迦がはじめた教団ですが、教義を文章化することを釈迦自身が禁じていたこともあって、釈迦滅後100年かそこらは口伝えでしたし、釈迦も説教する相手の状況によって言うことがまったく逆だったりしたので、その100年の間にもずいぶん内容が変化していったと考えるほうが自然でしょう。その後、何人かの権力者の庇護によって仏典結集がなされますが、釈迦の意向がどれだけ反映されているのかはわかりません。なにしろ100年以上かかって何百人もの人たちの壮大な伝言ゲームの結果なんですからね。そしていろんな意見に別れてたくさんの派閥ができていくなかで、釈迦滅後500年が経った頃に誰が書いたかもわからない法華経ができあがります。ヒンドゥ教の台頭があり、仏教はインドから完全に消滅し、かろうじて国外に逃れた仏教の教えが巡り巡って中国に渡り、そこで漢訳され儒教の教えなども色濃くまざりながら、朝鮮半島を経て、ようやく日本に伝わってきます。釈迦滅後1000年の頃です。そこで大和朝廷において仏教を用いるか用いないかで曽我氏と物部氏が血で血を洗う恐ろしい権力争いの末、仏教を用いるとした曽我氏が勝利したので、日本ではそこから仏教が用いられることになりました。もしそこで物部氏が勝っていたら、日本に仏教は広まらなかったかもしれませんし、日蓮もいなかったでしょう。そのあと法華経に目を付けたのが聖徳太子でした。ご存知のように当時の聖徳太子は摂政(今で言う安倍さんの立場)としてそうとうな切れ者だったようで、大和朝廷を治めるために外国から入ってきた仏教を用いて、全国にお寺を建てたりしましたが、彼の有名な十七条憲法のほとんどは儒教をもとにしたものでした。つまり聖徳太子は国をおさめるための道具として、外来思想を巧みに利用したんですね。それでも遣唐使やらなんやらで仏教が日本に定着し、最澄、空海などの天才僧が出現したりしました。とくに空海が中国から日本に持ち込んだ「密教」は、もともとの釈迦の教えのような現実的な哲学とは似ても似つかない怪しいもので、信仰というよりは呪術に近いものでした。要するに人智を超えた絶大な力を操る方法であるかのように吹聴し、その功徳にあやかろうと当時の貴族が保護するようになり栄えました。そこから日本の仏教が「おすがり一神教」へと変化していったのです。その後、貴族のものであった仏教の信仰が一般へも広まるようになり、そこに現れたのがいわゆる鎌倉新仏教と言われるニューウェーブで、日蓮もその中の一人でした。なので日蓮はそうした「おすがり一神教」の特色をさらに色濃くしていったのですが、このあたりは実際のところはよくわかりません。日蓮の教えは幾度も分裂を繰り返し、それぞれに宗派の都合のいいようにさまざまな伝承がされているからです。なかでも日蓮正宗は極端な教えとなり、法華経を自分勝手な解釈をしました。日蓮はなんと教祖の釈迦をさしおいて自分が本当の仏であって、世界は自分が救うのだと言い切ったというのです。だから「オレを拝みなさい」というのが日蓮正宗の教えです。オレでは死んでしまうので、代わりにコレを残しといてやるぜって書いたのが曼荼羅らしいんですが、弘安二年に大御本尊として残したと言っているのも日蓮正宗だけみたいですね。だからどこまでほんとのことなのかは誰も知らないし、ちゃんとした記録が残っているわけでもない。日蓮が書いたとされる御書にしても、どこまで真筆なのかもいまだにわかっていません。
    さあ、2500年前にゴータマ・シッダールタという一人の王子に始まる仏教の教えが、土地や時代や権力争いに翻弄されながらさまざまに変わっていく中で、日蓮正宗の教義が本来の仏教からどれだけ違ったものになっていても、少しも不思議ではありません。それからさらにその教えを金儲けのために利用した創価学会が「今までの日蓮正宗の教義は間違いでした。これからは日蓮正宗とはまったく関係のない宗教としてやっていきます」と宣言したんです。おまけにここまで言い切っているにもかかわらず、拝む本尊は日蓮正宗のコピーなんですよね。学会員さんはいったい自分が何に向かって拝んでいるのか、一度考えてみてはいかがでしょう。

    こんな話をすると「シニフィエさんは博識ですねえ」と言われる方がいますが、まったくそうではありません。中学生向けの入門書をパラパラと読めば、この程度のおおざっぱなことは書いてあります。創価の教学や日蓮正宗の教義ありきで考えるから、わけがわからなくなるんですね。手塚治虫さんのマンガ「ブッダ」を読んだほうがどれだけ勉強になるか比較にならないくらいですよ(笑)。創価問題を考えるにあたり、私の場合には中学生向けの仏教の歴史入門程度の本を読むことで、創価や日蓮正宗の教義がいかに偏ったものであるかが簡単にわかりました。つまり三大秘法とか本門の本尊にしても、それがあることが正しいというのが単なるひとつの仮定であって、何の根拠もないんだという地平に立たなくては、何を考えても無意味だなということがよくわかります。それでも信じたいなら信じればいいことだし、信じないにしても、それを人からとやかく言われることはありません。
    創価学会の皆さんは、他人に自分の信じていることを押し付けることが自分にとってもその人にとっても幸せになるんだと思い込まされているのでしょうけど、それはほんとに余計なお世話なんです。迷惑なんです。子どもに至っては重大な人権侵害であり、ある意味DVです。

    もうひとつ、こうして仏教の一般的な歴史を見ていると「なぜ日蓮正宗はここまで利用されてしまったのか?」という疑問につきあたります。初めは宗門については関わらないようにしようと思っていましたが、創価がここまでやりたい放題をしてきた背景を考えざるを得ません。日蓮正宗は創価学会に目を付けられるまでは日蓮系宗派のなかでもほんの小さなお寺に過ぎなかったわけです。いくらなんでも途中で気がついたと思います。70年近く、何も気がつかなかったわけがありません。しかし、創価学会のおかげで爆発的に末寺が増えるわ、檀家が増えるわ、本山の施設が途方も無く立派になるわ、参拝料も半端ないわで、日蓮正宗はものすごいアメリカンドリームだったわけです。だまっていても全国から学会員が押し寄せて参拝料だご供養だって持ってきてくれる。それに負けたんでしょうなあ…。私は日蓮正宗の金満体質にも責任はあると思います。700年もひっそりとしていたお寺にいきなり何十万何百万の信徒が増えたんですから、その時点でお寺のあり方も考えるべきだったと今さらですが思います。創価学会をここまでのさばらせたことの謝罪があってもいいような気がしますけどね。

  63. 話のついでに、中学生レベルの仏教豆知識を紹介します。
    南無阿弥陀仏って何だと思います?
    昔からの学会員さんだったら、南無阿弥陀仏って聞いただけでしかめっ面しますよね(笑)。もう聞いただけで不幸になるみたいな呪いの言葉みたいに。でもね、これ訳すと「助けて阿弥陀さん!」ってことなんですよ。そうHelp me! Mr.AMIDA
    じゃ、ミスターアミダって誰?って思うでしょ。アミダババアじゃないですよ(笑)
    阿弥陀というのは昔のお坊さんの名前で、修行中の彼がいよいよ悟りを開いて仏になるというときに「いやいや、私はこの世に苦しんでいる人がいるかぎり仏になんかならないぞ。この世のすべての人が悟って生きる苦しみを克服してから、最後に仏になるんだ」とタイタニック号の船長みたいなカッコいいことを言ったのだそうです。韓国のどこかの船長とはえらい違いですね。そして「私を頼ってきたら必ず極楽浄土に連れて行ってあげるよ〜」って約束したんだそうです。まその、極楽浄土が何なのかは置いといて、だからどんな人でも「助けて阿弥陀さん!」って言えば極楽浄土に行けるんですよという教えが浄土真宗の基本なんですね。もちろん物語ですから阿弥陀さんは架空の人物ですし、極楽浄土にしてもヨタ話ですよ。今考えると、そんなヨタ話を信じるほうがどうかしてると思うでしょ。でも時は750年前の鎌倉時代。芥川龍之介の羅生門そのままの時代ですよ。飢饉、疫病、洪水、地震に大火事、略奪に人食まで横行するとんでもない世の中で、文字も読めないほとんどの人たちにとって、この教えがどんなに生きる希望になったかと思えば、ヨタ話だどうだって関係ないですよね。まさに藁をもつかむとき、もうどうにもこうにもならない極限状態のときに、ひとつの言葉を繰り返すことの精神的な効果は精神医学的に見ても絶大だといいます。大舞台の前の緊張をやわらげるために手のひらに人って字を3度書いて飲み込むっていうおまじない。これも単なる嘘っぱちではなくて、人によっては精神的な効果が実際にあるわけですからね。
    ついでに言いますと、これが白いブランコさんが言っていた思考停止の効能だと思います。もうなにもかもダメでどうしようもない極限状態のときに、人はあれこれ考えることなどやめて、一心不乱におすがりする。それが「他力本願」であり「思考停止」であり、私は違うと思うけど「成仏の姿」だと言ってるんだなと思います。日蓮系は自力本願だと言われますが、それは外見のイメージであって、実質的には浄土宗と同じ他力本願です。だって「南無」って言葉は「おすがりします〜」ってことなんですよ。
    じゃこのノリで南無妙法蓮華経って何だと思います?もうおわかりですね。
    正解は「法華経におすがりします〜」です。Help me! HOKEKYO
    これ冗談じゃないんです。題目三唱って「法華経におすがりします〜法華経におすがりします〜法華経におすがりします〜〜(お数珠ジャラジャラ〜)」って唱えてるんです、カラーコピーに向かって(笑)。
    たしかに信じる何かにすがって一心不乱に大声出し続ければ、脳内物質のなんちゃらかんちゃらが分泌されて、ハイな気分にもなるでしょう。でもそれだけですよ。そのカラーコピーや呪文自体に力があるわけないじゃないですか。悲惨きわまりない鎌倉時代は有効だったでしょう。戦後すぐの貧しかったり病気だったりした学会員さんにも有効だったでしょう。念仏とていっしょです。信じて唱えればなにがしかそんな気分になるでしょう。でも人智を超える力が紙切れや呪文にあるんじゃなくて、そのことによる精神的刺激が気分を高揚させるってことです。
    Help me! Mr.AMIDA なのか Help me! HOKEKYO なのか
    その違いです。
    今度からSGIメンバーには南無妙法蓮華経ではなくて、ちゃんと意味のわかるHelp me! HOKEKYOをお題目にすれば、自分たちが何をしているのかわかってもらえるんじゃないでしょうか。ちなみにHelp me! Mr.AMIDAでもいいけど〜って。

  64. signifieさん、とても解りやすく解説してくださりありがとうございます。とても勉強になります。
    (^o^)

  65. ええか~ ええのんか~って思わず腹抱えて笑いました
    ひょっとしてシニフイエさんはかくれ鶴光ではと想像してしまいました (^_^;)m(_ _)m
    おもしろくて肝心のコメントする内容わすれちゃいましたよ
    今更ながらにいつもわかりやすいシニフィエさんのコメント勉強させてもらってます
    シニフイエさんのコメントによってますます脱会したことに自信が揺らぎないものになってきます感謝です

  66. シニフィエさん
    わかりやすい解決ありがとうございます!

    あと100年もしたら
    南無エル・カンターレになってるかもしれないですよ笑

  67. >この信仰の目的からしたら創価学会という組織、教団、教義も手段であり、ツールと考えれば、

    そもそも、日蓮仏教を信仰するためならば、創価学会の活動に専念しなくてはならない理由があるのでしょうか?創価学会は以前は、この日蓮正宗がもっとも日蓮の教えを忠実に守ってきた。だから人を幸せにする力がある。他の宗教は一切駄目と言っていました。それがいまや日蓮の教えを時代に合わせてどんどん変えてゆくのだ。となってしまい、組織に都合のいいようにどんどん変えてしまった。180度言ってきたことを変えてしまいました。もはや日蓮仏教と言えないのでは?

    >どのような理由で妙薬までを捨ててしまったかはわかりませんが、

    創価が効果があるよ、これ以外では病気は治らないよとさんざん売ってきた妙薬が、実は全然効き目が無いインチキだった。だから、新しい薬をつくる会社に生まれ変わりました。と言ってるのですから、元の薬を信じて飲んできた人は、なんだ効き目があったと思ってたのは気のせいだったのかアホクサ。となってそんな信用できない会社の薬を買うのはやめるでしょう。

    signifieさんの仏教解説でもわかるように、仏教の原点をよくよく遡って行くと、結局その時代その時代で、人々の悩み苦しみをなんとかしたいと思う人が、さまざまな考えで、教えとして広めてきた。ということなのでしょう。そんな中で、信仰心を利用して犯罪を起こさせたり、金銭を上納させたり、本来の人を救う目的から外れて、自分の欲望の為に利用する人間も現れるようになった。創価学会は「世界中の人々にわかりやすい説明と広告、宣伝、プレゼン、セールス、トップの真剣さ、現場の助け合いの精神が飛びぬけて勝れていたからこそ」膨大な資産を集めることに成功した悪徳企業と言ってもいいのではないでしょうか?
    そもそも、幸せになるために問題の多い日蓮の教えに頼らなくてはならない理由がわかりません。創価に頼らなくてはならない理由がわかりません。助けてくださいと、コピー用紙に向かって何時間もすがらなくてはならない理由がわかりません。創価学会の存在理由は、組織のごく一部の人間が潤う為としか思えません。
    創価の第一線の人って、どんな活動をしているのでしょうか?面倒は全部末端会員におしつけて、自分は一体、どんな活動をしているのでしょうか?洗脳でお金どんどん取られて、家庭内は活動が原因で心がバラバラ、子供たちの結婚にも支障がでる。非会員との人間関係を崩壊させ、選挙選挙で振り回される。入会勧められてる人は、会員は実はこんな現実を隠してます。

  68. 白いブランコさんを見ていて感じてること。

    『けなげだなぁ』

    文面からでもあまりよくわかってないのをちゃんと『自覚』してる様子が感じられるし、それでも長いこと続けるのは相当な根気が必要だろうし、言ってる内容はともかく『幸せにしたい思い』が本物でなければここまで続けられないだろうと思う。

    シニフィエさんも『心境』は同じく『幸せにしてあげたい』という様子が強く感じられますね。
    いやむしろ『思いの強さ』でいえばシニフィエさんの方が若干は強い、というのがシニフィエさんが若干リードの流れになってる結果の要因に感じられますよ。

    学会でいえば『一念の強さ』ということです。
    なぜこんな『逆転現象』になっているか、僕にはわかります。

    『相対的』な意味合いだけど、学会員よりもむしろ外部の方のほうが御本尊を感じやすいという見本がちょうど白いブランコさんとシニフィエさんとの状態ですよ(本人が自覚してないというだけで)。

    最近の学会員の傾向として、学会は『日蓮仏法』を信仰してる、というハズが、学会で言う『念仏の害毒ばかりが実際の結果的現象』になっています。信仰が『観念的』になりすぎて、結果的には『実質念仏信仰状態』になってしまっている、というのを裏付けてる『現象』です。

    白いブランコさんからも『念仏の害毒の傾向』が出ています。
    『御本尊様』を目の前にしながら『仏』を『念じてる』のがそういう『現象』になってしまっているのでしょうね。
    『学会』の教義では『御本尊』と『自分』との間には余計なものを挟んではいけない、という基本中の基本があります。『信じる』のと『念じる』のでは全く別宗教をやってるようなもんです。日蓮仏法の曼荼羅を見ながら『仏』を『念じて間に入れて』やるようなもんで、『矛盾』したことをやっているから学会で言うところの『念仏の害毒』が出てしまうんですよ。『自語相違』をやってるようなもんだからこれだけ学会は狂った現象に陥ってるんですよ。

    白いブランコさんの勤行・唱題、というより『信仰の姿勢』はぶっちゃけ『謗法』です。だから相手が『良心的』という最高の環境であっても『結果』が出ないんです。残念ながら、今の学会最高幹部の推し進めてるものは『実質念仏信仰状態』であって『日蓮仏法』ではないんですよ。まして宗門の宗教ですらない。

    『正しい基準』を教えます。
    『良い結果』を『基準』にする必要があります。『大聖人様が言ってるから』でも『先生が言ってるから』でもないんです。『良い結果』だから『正しい』のであって『正しい』から『良い結果』ではない。
    『現証には過ぎず』ということです。現実の結果を良くするためにやっているのであるから、『実際の良い結果』を基準にする必要があるのです。『理屈』は『実際の良い結果』へ目的とした『方便のひとつ』でしかないんです。横暴に聞こえるかもしれないけれど『実際の良い結果』にならないものは、たとえ大聖人様の使ってる理屈であっても誤りです。いや、正確には『大聖人様とは理屈の用いかたの方便の誤り』ということです。大聖人様が用いてるからって安直に使っても『結果』が出ないケースはそんな理由なんですよ。『理屈』にしろ『喩え』にしろ、『相互感謝』を助長するような用い方が『最善』であり、『実際に良い結果』にまでできたものが『正しい理屈』であり『正しい喩え』であり『正しい方便』なんです。真に『大聖人様が正しい』と感じるのなら、なぜ自分には『良い結果』となっていないのか、大聖人様とドコが違うのかよくよく吟味をされた方がいいです。

    『感謝』を主張してるのは大聖人様だけではないのですよ。
    それぞれの人生経験で『感謝の効用』がわかっていれば、たとえ相手が『学会員以外』であってもリードしてしまう、という具体例が白いブランコさんとシニフィエさんお二方のそれぞれの『姿』なんです。

    白いブランコさん、ストレートに言う。
    『悔しい』『情けない』それが本音です。
    戸田先生もそういう感想を抱くのではないかな、たぶん。
    活動が特に今は多忙なのわかるのだけどね。

  69. 御無沙汰してました。ちょっとコメントするモチベーションが下がってしばらくロムしてました。

    私がもし今も活動家だったら、今回の教義変更もそれ程違和感なく受け入れたと思います。
    何故なら自分が信じているのは末法の御本仏そのものであって、大石寺にある大御本尊はその御本仏の生命を形としてあらわしたものであって、御本仏そのものではないから。
    各家庭の御本尊もあくまでも御本仏に向かって祈る為の仮の対象物に過ぎない・・・。
    だから大石寺のように物体そのものが御本仏であるかのような扱いをしているのはちょっと違うんじゃないか、と。大御本尊が贋作だとわかったらその物体を尊重する意味もないでしょう。
    今の学会員の感覚ってこんな感じではないでしょうか。
    だったら、もう偶像崇拝などやめたらいいと思うんですよね。題目だけ唱えてればいいじゃないかと思います。学会がカラーコピーを配るのは対象物がないと信仰を持続させるにはインパクトが弱すぎるという事と、やっぱり何といってもあらゆる機会を使ってお金を集めたいからなのだと思います。
    日蓮正宗の教義など現代では受け入れられるような代物ではないと私も思いますが、だからといって今までその正宗の教義で大量に会員を獲得してきた学会が涼しい顔して現代風に教義を変更して、過去の学会の悪弊は全て宗門のせいだと言ってる姿を見るとあまりの汚らわしさに吐き気がします。
    自画自賛するほど素晴らしい宗教だと思うなら、宗門の教義で獲得した信者をこっそり騙して金づるとして温存するような姑息な真似などせず、新宗教として再出発を内外にきちんと宣言すれば良いのです。『私は先生を師匠として信じてるからどこまでも学会について行きます!』という人だけで再出発するなら誰も文句など言いません。
    関係ないなどと言いながらもこれからも宗門を口汚く攻撃するのでしょう?
    どこまで汚いのか・・・。
    去年集団的自衛権が閣議決定された時、私は『アリの一穴』だと思いました。ここからどんどん崩されていくだろうと。本当にその通りになっています。現役学会員の方は現実をよく見て下さい。どこまで騙されたら気が付くのでしょう。
    宗門の教義を今更持ち出すのもなんですが現役会員の方にはこういう表現が一番きくだろうと思って敢えて言いますが、『第六天の魔王』がいったい誰なのかそろそろみんな気づいても良いころではないですか?

  70. もーyさんののんきなコメントが未だ頭から離れずイライラしてます‼(笑)

    流れ星さんも仰られてた様に
    婦人部やヤングのめんどくさい活動を一切把握してないからだと思います。

    私はヤングで本部の副本責やってました。
    やりたくないと何度も断ったけどしつこいしつこい幹部の説得攻撃にあって無理矢理やらされた感じでした。

    その面接受けるのにスーツを用意しろ
    証明写真も何センチ×何センチ以外のものはダメだ
    とか
    「は❓知らねえーよ‼めんどくせーな‼だから引き受けたくなかったんだよ‼」と最初から思ったし

    選挙前になれば
    自分の部員さん一人一人に何人Fが取れたか、学会宣言できたか等
    毎日毎日確認を取り上に報告しなければならないし
    同盟唱題週間なんか
    毎日自分が何時間唱題できたのかもメールで一斉送信しなければならなかった。

    幼子抱えながら毎日一時間二時間も唱題しろなんて本当に無理な話です‼

    やりたい人だけがやればいいのに
    変な連帯感からそれを強要してくるし

    一時間も二時間も唱題する時間
    それだったら一時間二時間子供と遊んであげたいし
    家事をやりたいですよ。

    絶対に
    婦人部ヤングのめんどくさい活動を知らないから
    のんきな事が言えるのだと思います。

  71. 太ちゃんさん、コメントありがとうございます。「念仏の害毒」とか「大聖人様」との言葉からすると、太ちゃんさんは日蓮正宗の信仰を単独でされているんですか?

  72. 連投済みません。

    副本責の面接受ける際に
    面接カードなるものがあって
    そこに今回この役職を受けるにあたっての抱負を書く欄があったのですが

    「抱負❓(笑)
    抱負もクソもねーよ‼
    嫌だって言ったのに無理矢理やらされるんだから‼」
    と思いながらも小心者の私は
    「池田先生の弟子として師匠にお応えするために…」と体裁の良いコメントを書き入れた訳ですが。

    もし私があの面接時に
    「やる気はありませんが幹部の方に強引に説得され今日面接に来ました~」と言ってたとしたら
    面接官の婦人部の方はどんな反応をしたのだろうと…(笑)

    それでも私は副本責に任命されたのでしょうか(笑)

    今だったら絶対にそう言えます‼(笑)
    それができなかったのが残念でならない。

    でもヤングの部員会で
    新聞啓蒙等の年間目標立てる時に
    副本責でありながら
    「目標はゼロです」と言った事はあります(笑)

    結構当時から組織の問題児でした。

  73. シニフィエさん、それだけの文面が書けるならちゃんと読解力もおありでしょうにf^^;
    あの文面はいくらなんでも宗門側の文面には読めないでしょうにf^^;

    事実は、僕は学会二世で、10年ほど前より内得信仰です。
    学会の教義を元に、個人で可能な範囲のところから地道にやってきたんですよ。
    なので、学会に近いけれど『異端』に映るようで(笑)。
    つい最近も例の掲示板から追い出されてしまいましたよf^^;

    なんだかなぁf–;

  74. 学会員さんって「お題目を唱えればなんでも願いが叶う」みたいな魔法の呪文を手に入れたような気持ちになってるんですよね。すっげー!ラッキー!って。それはそれでいいんですよ。それを家族や他人にごり押しするのは人としてどうなの?って言ってるんです。ましてや何も知らない子どもにそれだけが正しい生き方だなんて教えるなんて親として最低なんじゃないの〜?って言ってるだけなんですけど、こんな常識が通用しないから、いろいろなたとえ話や矛盾点を話してるんです。魔法の呪文を何百万編も唱えて幸せな気持ちになってることに文句はいいません。どうぞ気がすむまで唱えてください。ただ周りの人たちを巻き込まないでほしいんです。自分ではよかれと思ってやってるかも知れませんが、はっきり言って迷惑なんですよ。魔が競ってきたなんて言われてるのを信じてるかも知れませんが、そう信じるのも勝手ですけど、それを人に押し付けるのは単に「他人の迷惑を顧みない困った人」でしかないんです。そんなことすらわからなくなっていることに、どうか気がついてくださいねって言ってるだけなんですけどね〜。教義のここがおかしいとか、念仏とここが違うとか、そんなことどうだっていいんです。創価学会がどんだけ社会に迷惑かけてるのか、それさえわかってくれればいいんですよ。改善すればいいって話じゃなくて、存在そのものが迷惑なんです。いつも暴力団の話をしてるでしょ。暴力団がいくら改善策を講じたところで暴力団は暴力団ですよね。
    暴力団はオレオレ詐欺をしたりして一般人からお金を巻き上げる詐欺をやっています。
    創価は「宗教のようなもの」で会員を騙してお金を巻き上げる詐欺をやっています。
    暴力団も創価学会も内部でドンパチやる分はけっこうですが、関係ない一般人に被害を与えないでほしいんです。それと、おせっかいとは思いますが、自分の経験もあって、あなたがたもそろそろ足抜けしたほうがいいんじゃないですか?って言ってるだけなんですけどね〜。そしたらいきなり逆上して殴り込みしますよね。それだから暴力団と一緒だっていわれるんですよ。魔法の呪文で何かいいことあったんですか〜?そのためにどれだけの時間とお金をつぎ込みましたか〜?その時間とお金を使って手に入れたものは、魔法の呪文がなくてはならなかったですか〜?そうですか。人間が幸せになるには魔法の呪文と創価に貢ぐ時間とお金が必要なんですね。それが無始無終の絶対変わることのないこの世の法則なんですね。あれ?ついこのあいだまでその法則とは日蓮正宗の教えだけだと80年間も人に押し付けてきたのが創価学会の皆さんだったのに、それが間違いだったんですね。間違いだったのなら間違いだったって、ちゃんと会員さんに謝るのが人の道ってもんじゃないですか?そんなとんでもなく大きな間違いを犯しときながら謝罪会見しないんですか?悪いのはみんな日蓮正宗だと言ってるようですが、日蓮正宗は創価学会を騙したんでしょうか?日蓮正宗は何もかわりませんよね。言ってることが変わったのは創価のほうですよね。なのに変わらないほうの責任にしますか?濡れ衣の事件まで捏造して会員を騙してきたのは創価のほうですよね。そして会員さんに呪いの呪文まで唱えさせてますよね。それが無始無終の絶対変わることのないこの世の法則を知っている平和と文化の団体がすることなんですね。いや、そうだと思うんならそれでいいんです。でもそれを他人にごり押しして迷惑かけないでほしいんです。新聞をたくさん買えば買うほど幸せになるんだったら、有り金はたいて自分で全部買い占めたらいいじゃないですか。たくさんお金を出せば出すだけ幸せになれるんなら死ねまで出し続ければいいですよ。誰も文句は言いません。ただそれを他人に要求しないでいただきたい。他人はあなたとは違う方法で幸せになろうと努力してるんです。少なくとも魔法の呪文に頼るような人生を幸せだとは考えられないんです。それくらいの他人の人生に対して敬意をはらってほしいと、他人への思いやりを持ってほしいと言ってるんです。私たちはあなたがたの信仰を邪魔しようとする魔などではありません。邪魔する気持ちもさらさらありませんし、できることなら関わりたくもありません。だいいち他人をつかまえて「魔」ってなんですか?中世ヨーロッパの魔女狩りじゃあるまいし(笑)。学会員の皆さん、人としてあたりまえのことをわきまえてくださいねってお願いしているだけだということをわかってくださいね(=゚ω゚)ノ

  75. 学会系の団体に、東洋哲学研究所というのが ありますよね。
    御本尊を研究してるとかで、南無妙法蓮華経は サンスクリット語で「百万回ありがとう」
    との意味があり、南無阿弥陀仏は それこそ 「助けてください」だから他力本願だと
    おしえられました。
    スピ系では ありがとうの言葉を沢山いうことによって いいことが起こると 
    本とかで 読んだので 当時は「題目一遍でありがとう百万回なら 効率いいわ~」
    と思ってましたが、両方とも 「助けてください」の意味だったのですね。
    お経は 出家僧にまかすとして 今の私には どちらも唱える気ないですが・・・
    なんか だまされた気分・・・

  76. 太ちゃんさん
    すみません、私が言いたかったのは、日蓮正宗的な教義を信じてるんですよねってお尋ねしたまでです。日蓮宗でも「大聖人様」とは言いませんからね。では非活の創価学会員ということでいいんですね。私にとっては創価も正宗も教義は同じと思っています。太ちゃんさんには申し訳ないですが、宗教か詐欺団体かの違いです。あ、これについてはここで議論はしませんので、よろしくお願いします。では太ちゃんさんは今回創価が完全否定した日蓮正宗の教義を信じている創価学会員ということですか?

  77. >それを家族や他人にごり押しするのは人としてどうなの?って言ってるんです

    おいおい『誤爆』するなってのf^^;
    いくら『学会の教義を元に』と言っても『個人』でやってるんであって『特定の宗教団体へ勧誘』はやってないのだけどね。そもそもそこまでやる気なら組織から距離を置くどころか『活動家』としてやってることだろうね。

    で、あるから『誤爆』と見るしかないので、いくら『管理人』であっても『横暴』と感じるゆえ文面のほんの最初のみしか読んでないのであしからずm(__)m

    PS
    いきなり大長文なんかやっちゃ『ゴリ押し』と変わらんのでは?f^^;
    思い切りヒいてしまったよ。

    まぁ、今回は僕もちょっと管理人に失礼なことをやってしまってるから見なかったことにしますm(__)m

  78. 太ちゃんさん
    さっきの私が書いた長文は太ちゃんさんに言ってるわけじゃないですよ。
    いちばん最初に「学会員さんって」ってはっきり主語を書いてます。
    最後は読んでないそうですが、「学会員の皆さん、人としてあたりまえのことをわきまえてくださいねってお願いしているだけだということをわかってくださいね(=゚ω゚)ノ」とはっきり「学会員の皆さん」って呼びかけてますよ。
    この長文を書いたあとに太ちゃんさんから「私は学会二世で今は内得信仰してます」ってコメントを見たのですから、あの長文を書いてるときは太ちゃんさんが学会員かどうかも知らなかったんですよ。私が太ちゃんさんに向けて言ってもいないことを、勝手に自分に言われたものと決めつけて、「おいおい『誤爆』するなってのf^^;」はないんじゃないですか?

    それと、ついでだから言いますが、太ちゃんさんって自意識過剰なところがありませんか?その言葉使いもそうですけど、自分のパソコンの不具合を確かめもせずに、何の理由もなく私がブロックしたと決めつけて例のブログに書きましたよね。だいいち私があなたをブロックする理由がどこにあるんですか?しかもビビるくんがすぐに私に連絡してきてくれて確認とってくれながら「シニフィエさんがブロックする理由はないし、きっとシステム上の不具合だと思います」と言ってくれているにもかかわららずです。少し周りのことも考えてから発言されてはいかがでしょうか。

    見ての通り、このブログのコメント欄はたくさんの方がコメントされますので、誰に言ってるのかをはっきりしておかないと誤解が生まれます。ですから私はとくに気をつけて日本語にしては主語をしつこいくらいに書いています。「学会員っさんて」から始まり、「創価学会が」「暴力団が」「暴力団も創価学会も」「日蓮正宗は」「他人は」「私たちは」「学会員の皆さん、」など、誰のことを指して言っているのかは明確に書いているつもりだし、またあの長文には「太ちゃんさん」の文字は一度も登場していません。なのになぜこの長文を自分宛に書かれていると判断したのですか?この長文のどこを読んだら太ちゃんさんへの「ごり押し」に見えるのでしょう?私の「誤爆」ですか?私がなぜ太ちゃんさんを爆撃しないといけないんでしょう?
    太ちゃんさんは自分のパソコンでこのブログが開けないことを、私からブロックされたと判断したんですよね。それって私を敵視しているからではないのですか?私は太ちゃんさんに関しては、以前別ブログで不当な扱い(文章の盗用)をうけたときに取り次いでくれたご恩もあって感謝していましたので、そのこともきちんと述べたと思います。それなのにどうしてこうした敵意を感じるような態度をとられるのでしょう。私には理解できません。何かしら私の勘違いなどがありましたら遠慮なく仰ってください。よろしくお願いします。

  79. 太ちゃん様
    初めまして、ではないかもしれませんね?
    私はこのブログがカキコデビューで、それ以外は殆ど知らないんです。
    でもかなり前(ネットを見始めて間もない頃)、新聞の多部数購読について疑問でそれを検索してた時、たまたま見つけたブログにちょっとだけ書き込みしたことがあって、その時話しかけられたことを記憶しています。
    ですがごめんなさい、創価の方は興味がなくてお返事はしませんでした。
    その時は失礼致しました。

    私は創価アンチとか言いながら、なんだかんだで創価や日蓮系信者は創価と判別できません。
    どこが違うの?
    実際創価の活動家でもそのくらいの人ごまんといますよ。
    俺は自由なフーテン創価なんだ~。
    そんなもん一緒くたに創価ですよ。
    むしろ個人的には、白いブランコさんの方がコメントにずっと誠実さを感じます。
    白いブランコさんのコメントに、創価独特の上から目線は一度も感じたことはありません。
    本当に人柄はいい人だな~と思います。

    どこがって根本が「自分の思想こそが正しい」という言動がソックリです。
    だからってアンチが「自分たちこそ正しい」と言ってるじゃないか、アンチ教じゃないか、なんて屁理屈は止めてくださいね。
    無宗教の人は、これが正しいなんて誰も言ってません。
    ただ迷惑行為は止めてくださいとそれだけ言ってるんです。
    それから価値観は多様なので、人に特定の宗教を押し付けないでくださいと言ってるんです。
    それ以外は尊重したいんです。
    シニフィエさんやここの書き込みをする人たちはいろんな見解や意見を言いますが、それは宗教じゃないです。
    人は意見を言われる分には寛容になれますが、布教されることには違和感を感じるものなんです。
    それは宗教を信じる人にしか通じない価値観だからです。

    >学会員よりもむしろ外部の方のほうが御本尊を感じやすいという見本がちょうど白いブランコさんとシニフィエさんとの状態ですよ
    とか
    >白いブランコさんからも『念仏の害毒の傾向』が出ています。
    とか
    >白いブランコさんの勤行・唱題、というより『信仰の姿勢』はぶっちゃけ『謗法』です。だから相手が『良心的』という最高の環境であっても『結果』が出ないんです

    なんて発言は、貴方の信じる宗教の教えであって、信じてない人にとっては失礼極まりない話ですよ。
    そうやって自分の信じる世界だけで通る独特な理屈を、世間に平気で押し付けてくる。
    これが創価の創価たるとこで、聖教新聞の押し売りやF取りと何ら変わらないと思いますよ。

  80. 意味不明ですよ。
    それなら以下のことって「ドコ」を指して言っているのでしょうか?
    普通に読んで長文を指していません?

    signifie

    2015年3月22日 16:37

    太ちゃんさん
    すみません、私が言いたかったのは、

  81. 育児で忙しくお返事が遅くなりすみません、、、。シニフィエさん、にゃんころころさん、ひっかき傷さん、ありがとうございます(^_^)
    もう一刻も早くこんな組織はなくなって欲しいと強く思います。
    脱会してから精神的に楽になった気がします。入会するときに、「もう初詣も行けないし、神社やお寺のお参りも行けないんだな、」と少し寂しかったのを思い出しました。ちなみに主人のお母さん(バリ活)は、伊勢神宮を参拝しないのはもちろんですが、鳥居さえ一礼せず避けて通るそうです。天皇陛下も参拝しているのに、、(。-_-。)

    皆さんのコメントを読んでいると、私の主人はそれほど活動家では無いように思います。勤行も会社の出勤前に3分くらい。夜はしない。唱題しない(多分)。池田氏それほど尊敬してない。聖教新聞読まない(ので啓蒙もしない)。選挙は本当に仲の良い人だけ。でも言われれば活動し、それでちやほやされて、ああ、学会楽しい、という1番覚醒出来ないタイプなのではないかと、、。
    でもしっかりMCされているし、財務もしているし、活動で家にいなかったり、夜にお宅訪問があったりして、本当に本当に迷惑なんです!題目を唱えるのは結構ですが、周りに迷惑をかけないでください‼︎
    バリ活のご主人をもつ方々のコメントが凄く励みになります。長い道のりですが、頑張ります。

  82. 単純に読むと私は「以下のこと」とは、長文のことではなく、この文章をさしていると思いましたが。
    >signifie
    2015年3月22日 14:39
    太ちゃんさん、コメントありがとうございます。「念仏の害毒」とか「大聖人様」との言葉からすると、太ちゃんさんは日蓮正宗の信仰を単独でされているんですか?

  83. 太ちゃんさんの方が明らかに誤爆でしたよ~~。
    おバカな私でもわかりました。それに太ちゃんさんがやたら攻撃的なのもすごく違和感を感じます。あまり傷を広げないうちに誤爆だったと認めた方が良いと思います。
    シニフィエさんの16:37のコメントだって太ちゃんさんの15:06分のコメントを受けてのものですよ?16:18の長文コメントは太ちゃんさんへのコメントではないですよ。
    長文コメント途中までしか読んでないのですよね?ちゃんと読んでみて下さい。
    あと、いかにも議論することが目的みたいなコメントはここに相応しくないような気がします。例え同じ反創価であったとしても全く共感できません。どこぞの掲示板から追い出されたのもそういう姿勢が原因なのだと思います。

  84. 少しづつ、ですが。。ありんこの歩みのようにマスメディアも、このままじゃいかんやろ、と報道の内容が変わりつつあるのかなあ?とここ数日の報道の傾向を鑑みて感じている流れ星、です。。

    創価学会員さんが時間がなくて政治に無頓着なのは承知しています。。

    でしたら、ピックアップした番組を録画されて時間のある時に見ることをお勧めいたします。。

    わたくしのお勧めする報道番組は、テレ朝の報道ステーションと土曜日夕方からの東京MXの週間リテラシー、日曜夜遅くのBSーTBS報道部。。

    日曜午前中のNHK日曜討論は、時々しょうもないですが、今日は、政党10の代表が今日本の直面する問題をテーマに各政党代表の討論。。めずらしくよかったです。

    まあ、学会員さんはおしなべて公明党、自民党びいきですから自分カラーで見られるとは思うので、どこまで真実、事実を見抜く眼差しがあるか甚だ疑問ですけれど。。
    お節介ながら、紹介させていただきました。。

    ちょっと、クールダウンさせていただきました。。( T_T)\(^-^ )

  85. 太ちゃんさん
    これって、私が明確に学会員さんへあてた長文を、太ちゃんさんが自分あてに書かれたものだって勘違いしただけの話じゃないですか?それだけの話でしょ。私が書いた学会員さんあての長文の中に「それを家族や他人にごり押しするのは人としてどうなの?って言ってるんです。」っていうのを、最初の「学会員さんって」という主語があるのをすっ飛ばして自分に言われたものだと勘違いしたんですよね。そうじゃないんですか?だって私がこの学会員さんあての長文を書いた時点で、私は太ちゃんさんが学会員だとも脱会者だとも部外者だとも知らないわけですから、冒頭に「学会員さんって」と書いたものが太ちゃんさん宛であるわけがないじゃないですか……とも言いましたよね。なんでその意味がわからないんですか?

    どうしてもわからないのであれば、もう少し具体的に時間を追って説明しますね。めんどくさいですけど(笑)

    まず最初は太ちゃんさんが白いブランコさん宛へのコメントでした
    __________________________________
    太ちゃん
    2015年3月22日 10:19
    白いブランコさんを見ていて感じてること。
    『けなげだなぁ』
    文面からでもあまりよくわかってないのをちゃんと『自覚』してる様子が感じられるし、それでも長いこと続けるのは相当な根気が必要だろうし、言ってる内容はともかく『幸せにしたい思い』が本物でなければここまで続けられないだろうと思う。
    シニフィエさんも『心境』は同じく『幸せにしてあげたい』という様子が強く感じられますね。
    いやむしろ『思いの強さ』でいえばシニフィエさんの方が若干は強い、というのがシニフィエさんが若干リードの流れになってる結果の要因に感じられますよ。
    学会でいえば『一念の強さ』ということです。
    なぜこんな『逆転現象』になっているか、僕にはわかります。
    『相対的』な意味合いだけど、学会員よりもむしろ外部の方のほうが御本尊を感じやすいという見本がちょうど白いブランコさんとシニフィエさんとの状態ですよ(本人が自覚してないというだけで)。
    最近の学会員の傾向として、学会は『日蓮仏法』を信仰してる、というハズが、学会で言う『念仏の害毒ばかりが実際の結果的現象』になっています。信仰が『観念的』になりすぎて、結果的には『実質念仏信仰状態』になってしまっている、というのを裏付けてる『現象』です。
    白いブランコさんからも『念仏の害毒の傾向』が出ています。
    『御本尊様』を目の前にしながら『仏』を『念じてる』のがそういう『現象』になってしまっているのでしょうね。
    『学会』の教義では『御本尊』と『自分』との間には余計なものを挟んではいけない、という基本中の基本があります。『信じる』のと『念じる』のでは全く別宗教をやってるようなもんです。日蓮仏法の曼荼羅を見ながら『仏』を『念じて間に入れて』やるようなもんで、『矛盾』したことをやっているから学会で言うところの『念仏の害毒』が出てしまうんですよ。『自語相違』をやってるようなもんだからこれだけ学会は狂った現象に陥ってるんですよ。
    白いブランコさんの勤行・唱題、というより『信仰の姿勢』はぶっちゃけ『謗法』です。だから相手が『良心的』という最高の環境であっても『結果』が出ないんです。残念ながら、今の学会最高幹部の推し進めてるものは『実質念仏信仰状態』であって『日蓮仏法』ではないんですよ。まして宗門の宗教ですらない。
    『正しい基準』を教えます。
    『良い結果』を『基準』にする必要があります。『大聖人様が言ってるから』でも『先生が言ってるから』でもないんです。『良い結果』だから『正しい』のであって『正しい』から『良い結果』ではない。
    『現証には過ぎず』ということです。現実の結果を良くするためにやっているのであるから、『実際の良い結果』を基準にする必要があるのです。『理屈』は『実際の良い結果』へ目的とした『方便のひとつ』でしかないんです。横暴に聞こえるかもしれないけれど『実際の良い結果』にならないものは、たとえ大聖人様の使ってる理屈であっても誤りです。いや、正確には『大聖人様とは理屈の用いかたの方便の誤り』ということです。大聖人様が用いてるからって安直に使っても『結果』が出ないケースはそんな理由なんですよ。『理屈』にしろ『喩え』にしろ、『相互感謝』を助長するような用い方が『最善』であり、『実際に良い結果』にまでできたものが『正しい理屈』であり『正しい喩え』であり『正しい方便』なんです。真に『大聖人様が正しい』と感じるのなら、なぜ自分には『良い結果』となっていないのか、大聖人様とドコが違うのかよくよく吟味をされた方がいいです。
    『感謝』を主張してるのは大聖人様だけではないのですよ。
    それぞれの人生経験で『感謝の効用』がわかっていれば、たとえ相手が『学会員以外』であってもリードしてしまう、という具体例が白いブランコさんとシニフィエさんお二方のそれぞれの『姿』なんです。
    白いブランコさん、ストレートに言う。
    『悔しい』『情けない』それが本音です。
    戸田先生もそういう感想を抱くのではないかな、たぶん。
    活動が特に今は多忙なのわかるのだけどね。
    __________________________________

    白いブランコさんの誠実な言葉遣いとは対照的に、この横柄で自信たっぷりの太ちゃんさんの物言いはいかがなものかと思いつつ、しかし太ちゃんさんがどのような人かもほとんど知らなかったので、ここはひとつ大人の対応と思って素朴な質問をしたんです。もちろんこの時点で太ちゃんさんが学会員なのか非活の人なのか、宗門の人なのか、脱会者なのか、まったくの部外者なのかも知りませんでしたので。こんな質問をしました。
    __________________________________

    signifie
    2015年3月22日 14:39
    太ちゃんさん、コメントありがとうございます。「念仏の害毒」とか「大聖人様」との言葉からすると、太ちゃんさんは日蓮正宗の信仰を単独でされているんですか?
    ___________________________________

    という私の問いに対して
    ___________________________________

    太ちゃん
    2015年3月22日 15:06
    シニフィエさん、それだけの文面が書けるならちゃんと読解力もおありでしょうにf^^;
    あの文面はいくらなんでも宗門側の文面には読めないでしょうにf^^;
    事実は、僕は学会二世で、10年ほど前より内得信仰です。
    学会の教義を元に、個人で可能な範囲のところから地道にやってきたんですよ。
    なので、学会に近いけれど『異端』に映るようで(笑)。
    つい最近も例の掲示板から追い出されてしまいましたよf^^;
    なんだかなぁf–;
    ___________________________________

    いいですか?太ちゃんさんが15:06にした返事が↑これにですよね。
    太ちゃんさんがこれをアップしているときは、私は例の学会員さんあての長文を書いていました。
    ですからその長文を書き終えてアップした16:18よりも後にしか太ちゃんさんのこの15:06のコメントは読むことができていません。わかります?
    長文をアップした後になるまでこのコメントを見ていない私は、太ちゃんさんが学会員なのか非活の人なのか、宗門の人なのか、脱会者なのか、まったくの部外者なのか私は知らなかったのです。それはわかりますよね?
    なので私がその長文をアップした後で太ちゃんさんの15:06の「事実は、僕は学会二世で、10年ほど前より内得信仰です。」ということをはじめて確認したのはおそらく16:30ごろでしょうか、その上で16:37に
    ___________________________________

    signifie
    2015年3月22日 16:37
    太ちゃんさん
    すみません、私が言いたかったのは、日蓮正宗的な教義を信じてるんですよねってお尋ねしたまでです。日蓮宗でも「大聖人様」とは言いませんからね。では非活の創価学会員ということでいいんですね。私にとっては創価も正宗も教義は同じと思っています。太ちゃんさんには申し訳ないですが、宗教か詐欺団体かの違いです。あ、これについてはここで議論はしませんので、よろしくお願いします。では太ちゃんさんは今回創価が完全否定した日蓮正宗の教義を信じている創価学会員ということですか?
    ___________________________________

    と返事をしたんです。私が太ちゃんさんにした質問や答えに不自然なところがありますか?
    いったいどこの部分が「意味不明」なんでしょうか?なんか食い違ってます?

    つまりもう一回言いますけど、私は太ちゃんさんとのやりとりとは全く関係のないあの長文を書き終わって16:18にアップしたあとに、はじめて太ちゃんさんの15:06のコメントを読んだんです。太ちゃんさんからの15:06のコメントを読んでから長文を太ちゃんさん宛に書いたのではありません。太ちゃんさんはそのように勘違いしているのでしょ。私はその太ちゃんさんのコメントの中ではじめて太ちゃんさんが学会二世の内得信仰だとわかったので、それを受けた形で私が16:37に返事のコメントをしました。長文は太ちゃんさんとは何の関係もありません。それでもなにか不自然なところがありますか?どこか「意味不明」ですか?

    私が最初から言ってるとおり、太ちゃんさんのコメントと私が書いた学会員さんへの長文は何の関係もないし、事実その長文の中に大ちゃんさんにはまったく触れていませんとも言いましたよね。どうしてそれがわからないんですか?これって太ちゃんさんがただのパソコンの不具合を勝手に私がブロックしたと勘違いしたのと同じことですよ。ちがいますか?だから私は「またしても」と思って、ちょっと注意したんです。それが気に食わなかったですか?太ちゃんさんが「自分を勝手にブロックしたとしか考えられない」と書いたのは、よそ様のブログですよね。それも何の確認もしないで、さらにビビるくんも「不具合じゃないですか」と言ってくれているにもかかわらず、私が太ちゃんさんをブロックしたとよそのブログに書いたんです。これって失礼な話しですよね。それですぐにブラウザの不具合だとわかって謝罪されましたから、私も何も言いませんでした。よろしくお願いしますとだけ言いました。そしたら今度はこれでしょ。私のコメントを勝手に自分に言われたものと勘違いして、事実関係の確認もしないまま

     >>それを家族や他人にごり押しするのは人としてどうなの?って言ってるんです
     >おいおい『誤爆』するなってのf^^;
    って、これ失礼な話ではないですか?違いますか?

    太ちゃんさんからのこのコメントではじめて私は太ちゃんさんが勘違いしてると気づいたわけですが、そのことを私が説明したら、今度は
    _____________________

    太ちゃん
    2015年3月22日 21:26 編集
    意味不明ですよ。
    それなら以下のことって「ドコ」を指して言っているのでしょうか?
    普通に読んで長文を指していません?
    signifie
    2015年3月22日 16:37
    太ちゃんさん
    すみません、私が言いたかったのは、
    ______________________

    と言ってきたわけです。「ドコ」かと聞かれれば、当然
    ______________________
    signifie
    2015年3月22日 14:39
    太ちゃんさん、コメントありがとうございます。「念仏の害毒」とか「大聖人様」との言葉からすると、太ちゃんさんは日蓮正宗の信仰を単独でされているんですか?
    ______________________

    ↑これ以外にないじゃないですか。ほかに何が考えられるんですか?
    この最初の私からの質問に対する太ちゃんさんの返事が、どうも勘違いしているように思えたので、

    >すみません、私が言いたかったのは、日蓮正宗的な教義を信じてるんですよねってお尋ねしたまでです。

    と返事をしました。
    だって長文は太ちゃんさんあてに書いていませんからね。書いた本人が言っているのだし、中身もはっきりと主語である「学会員さんって」との書き出しでわかるとおり、誰が読んでもあきらかに学会員さんへむけての文ですよね。何度も言いますが、この長文には太ちゃんさんの太の字も入っていません。この長文を書いた時点で、私は太ちゃんさんが学会員であるかどうかも知らないというのに、あの長文が自分宛に書かれたものだと主張する根拠はどこにあるのでしょうか?こっちが教えてもらいたいくらいです。これとんだ言いがかりってもんですよ。

    こんな初歩的な勘違いを繰り返している人が

    >『正しい基準』を教えます。
     『良い結果』を『基準』にする必要があります。『大聖人様が言ってるから』でも『先生が言ってるから』でもないんです。『良い結果』だから『正しい』のであって『正しい』から『良い結果』ではない。

    などとよく上から目線で言えるものだと思いますけどね。
    説得力ゼロですけど。

    太ちゃんさん
    というふうに、私は誰にあててのコメントなのかは特に注意して書いているつもりです。
    ですから「学会員さんって」というあの長文の書き出しが、太ちゃんさん宛であるわけは100%ありえません。でしょ。
    それは太ちゃんさんでなくても、それを読んだ方ならほとんどわかることだと思います。
    それっておかしいですか?何をもって「学会員さんって」が自分のことだと思ったのですか?
    たとえば自分が書いたコメントのすぐ下にあるというだけで、それがみんな自分宛のコメントだと言うこの世の絶対の法則でもあるんですか?
    自分のコメントのすぐ下に長文がきたんで腰が抜けて思考停止に陥ったんですか?
    それとも世界は太ちゃんさんを中心に回っているんでしょうか?
    太ちゃんさんの言葉遣いにはそうしたものを感じます。
    「オレがいちばんだ」
    完全に上から目線ですよね。
    まるで日蓮某ですよね。
    まるで池田某ですよね。
    だから他のブログからも追い出されるんですよ。
    ここは基本討論の場ではないということは常日頃言っていることです。
    太ちゃんさんが白いブランコさんに「『正しい基準』を教えます。」などと教条的なことを言うのも迷惑です。
    教えられたくてもけっこうです。
    誰も聞いてません。
    そんなことさえわかりませんか?

    パソコンの不具合の時は素直に認められたのに、
    どうして今回は食い下がるのでしょう。
    「自分の勘違いでした、すみません」のひとことで済んだことなんですけどね。
    なんてことなかったのに、それが太ちゃんさんのカラーなんでしょうね。
    創価流に言うと生命の傾向性ってやつですかね。
    これですからね↓
    _________________________

    >PS
     いきなり大長文なんかやっちゃ『ゴリ押し』と変わらんのでは?f^^;
     思い切りヒいてしまったよ。
     まぁ、今回は僕もちょっと管理人に失礼なことをやってしまってるから見なかったことにしますm(__)m
    _________________________

    まるでボコボコにやられて「今回はこれくらいにしてやる」っていう吉本新喜劇のギャグですよ(笑)

  86. 白いブランコさんへ
     過分のコメントありがとうございます。ここから話すコメントもイエロー、レッドカードと思えばすぐ言ってください。

     私は以前から金集めの暴力団並みの詐欺団体なら、司法で訴え創価学会という詐欺宗教団体を断罪したらどうですか?と統一教会への青春返せ訴訟の話を進言し、司法の場で断罪されればこの場で私は謝罪致しますといってきたわけですが、陰謀論うんたらでその気はあまりないようです。

     犯罪に加担、オレオレ詐欺の片棒担がされているとまでいうなら、世間の人からみても充分勝てるとおもうのですが、そこまでしないなら単なる言いがかりでしょう。金、政治の力で司法、マスコミを牛耳っているとでもいうのですかね、、、。少なくても司法に対しての行動があるだけでも、勝ち負けは別としても、正反対の立場、考えであっても私はシニフィエさんには敬意の念を持ちますよ。
     
     他人に布教する、政治活動する、子供に宗教教育をすることが迷惑行為(法律で認められている行為ですが)だというのと、全然批判の質が違うことがおわかりになりませんかね。この件に関しては対話の価値はあるとは思いますが、犯罪集団、詐欺集団というスタンスをおろさない限り私は対話できないと感じているものなので、白いブランコさんとの対話を見守りたいと思います。

     

     

  87. 洗脳というのは、司法でどうにかできほど甘っちょろいものではないと思います。だから、地道に覚醒を促す以外にないわけです。オウムのように、たとえ司法で裁かれても、洗脳がとけない人はいますから。創価はいろいろな裁判で負けても、負けを認めず謝罪もしないようですから、司法ではっきりさせることは、あまり意味がないことと思います。

  88. どこの部分にキレて過激な言動につながったのか
    よく分かりません、全然ついていけません(*〜*)
    この場のリアルな積み重ねに関することが感じられません。
    こうした思考回路がテロ活動に利用されることが
    決してないようにと、危惧に思っています。

    偽本尊については、あえて偽ブランドでも
    格好つけばそれで良いと思っているような感じを受けます。
    ノルマのきつさに無責任なのが気になります

  89. yさんへ
    作曲もしていないのに自分が作曲したと偽り、嘘がばれた佐村河内守氏は、世間から詐欺師と呼ばれています。
    当然です。あたりまえのことです。

    自分で書いてもいない本を自分で書いたと信者に本を売りつけ、教祖が健康を害しているのに健康だと言って財務を集める団体があるとしたら、その人とその団体は詐欺ですよね。

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